カテゴリー「スペイン語/Español」の10件の記事

スペイン語で "convosco" ?

本日昼ごろ (2010/07/12 12:07:52)、キーフレーズ [スペイン語 convoscoの意味] で、このサイトを訪問された方がいらしたようだ。

うーむ。小生浅学にしてスペイン語で "convosco" と云う単語のあることを知らない。

ポルトガル語ならあって、「あなたたちと共に」と云う意味になる。従って、["May the Force be with you" (「フォースのともにあらんことを」) を色色な言語で言うと] (2008年3月27日[木]) でも書いたように「フォースのともにあらんことを」のポルトガル語版の一つは "Que a Força esteja convosco." になる。

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「オランダ」をスペイン語でいうと

昨日夜 (2010/03/14 10:24)、キーフレーズ [オランダをスペイン語でいうと] で、このサイトを訪問された方がいらしたようだ。

こうした場合の簡易なルーチンワークは、このサイトで何度か述べたように、日本語版ウィキペディアの該当項目ページ (この場合は「オランダ」) を開けて (勿論、「あれば」の話だが、この場合は「ある」)、対象言語 (この場合はスペイン語だから"Español") へ飛べば、その項目名が、所望の情報である確率が高い (「スペイン語」をスペイン語では "Español" と云うことぐらいは知っておいてほしい。知らないで、スペイン語の事を調べるのは無謀である)。

当然、情報の裏を取るなどの、ルーチンワークの次段階に進むべきなのだが、それをどこまでするからは、個別事情により左右されるから、私がとやかく言うことではあるまい。

ちなみに、このようにして、「オランダ」をスペイン語でどのように言うか調べてみると、日本語版ウィキペディア (Wikipedia) の [オランダ] の、スペイン語版ウィキペディア (Wikipedia, la enciclopedia libre) における対応ページの項目名が [Países Bajos] だから、これがスペイン語での「オランダ」の言い方だろうと、ある程度の確かさで推定できる。

"Países Bajos" がスペイン語で「オランダ」を意味するかどうかの裏付けは、適宜の手段で各自取ればいいわけだが、初心者には「辞書を引く」と云うのが王道で、それ以外は勧められない。

ただ、スペイン語が僅かなりとも読解できると云うなら、[Países Bajos] の記述の冒頭:

Países Bajos (en neerlandés: Nederland) es un país europeo que forma parte del Reino de los Países Bajos (Koninkrijk der Nederlanden), que se compone de aquellos, de las Antillas Neerlandesas y de Aruba.
Países Bajos (オランダ語では: Nederland) は、オランダ領アンティル及びアルバとともに、オランダ王国 (Koninkrijk der Nederlanden) を形成するヨーロッパの地域。
--Wikipedia: "Países Bajos"

は参考になるだろう。

これを読むと感じるが、私などは普段「オランダ」と「オランダ王国」とを区別して考えていないようだ。と言うか、「オランダ領アンティル」の存在は知識としてはあっても、「オランダ王国」と云う言葉から、海外領土を連想することは、まずない。「アルバ」に至っては、今回初耳だった。不勉強と、感覚の鈍さを恥じるばかりだ。

ちなみに、オランダ語版ウィキペディア (Wikipedia, de vrije encyclopedie) の [Koninkrijk der Nederlanden] の項目冒頭でも:

Het Koninkrijk der Nederlanden is een staat met grondgebied in West-Europa (Nederland) en het Caraïbische gebied (Aruba en de Nederlandse Antillen).
オランダ王国は、西ヨーロッパ内の領土 (Nederland) と、カリブ海領 (Aruba 及び Nederlandse Antillen) とからなる国家である。
--Wikipedia: "Koninkrijk der Nederlanden"

となっている。

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スペイン語 "todo en uno"

今日午前 (2010/02/26 10:38:11)、キーフレーズ [todo en uno 意味] で、このサイトを訪問された方がいらしたようだ。

"todo en uno" は字面からしてスペイン語で、それを逐語英訳すると "all in one" になる訣だが、意味が対応しているかどうかは分からなかった。

そこで ["todo en uno" "all in one"] をキーワードにして検索してみたのだが、どうやら、電子機器関係やコンピュータ/ソフトウェアの分野を中心として、ほぼ同義で使われているらしい。

例えば、以下のサイトを参照されたい:

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ラスクの語源: 日本語版ウィキペディアと日経プラスワン記事に関連して

たまたま [日経プラスワン2010年1月30日 (土曜)] s7面の「ラスク化現象」と云うコラムを読んだのだが、そこに曰わく:

ラスクとは「2度焼く」という意味で、そもそもからして硬くなったパンを再利用した元祖ワケあり商品。
--[日経プラスワン2010年1月30日 (土曜)] s7面。title:ラスク化現象。author:福光 恵。

上記引用文で「意味」とは「語源」のことだろう。しかし、以前、私が少し調べた範囲では、rusk は、16世紀頃にスペイン語又はポルトガル語から英語に移入された言葉で、当時は「ネジパン」を意味していた rosca に由来する。ただし、現代では、rosca は、スペイン語でもポルトガル語でも「ドーナッツ」又は「ベーグル」状のものを意味する。また語形も現代スペイン語では指小形の Rosquilla の方が一般的らしい (Cf:"Rosca - Wikipedia, the free encyclopedia")

もっとも、「ネジパン」と書いたが、これは "twist of bread" を訳しただけのものである。ヨリ具体的な形状を確認したかったのだが、私には出来なかった。大体、「ネジパン」が「ドーナッツ/ベーグル」に変化する過程が、私には釈然としないままなのだ。

ちなみに rosca (本来は「ネジ」又は「螺旋」を意味する) の語源そのものは、ハッキリしないらしい。車輪を意味するラテン語 rota の俗ラテン語時代の (推定による) 指小形 *rotisca とする説があるらしいが確定的ではないようだ。

結局、「調査」と云うほどの事はできず、中断してしまったのだが、その際、「オイオイ」と思ったことがあった。日本語版ウィキペディアの「ラスク」の項に、次のような一節があったからだ。

もともとは「二度焼いたパン」を意味しており、固くなったパンを食べるために工夫されたもの。
--日本語版ウィキペディア [ラスク] (最終更新 2010年1月24日 [日] 04:00)
この引用自体は、現時点での最新版からのものだが、私が以前読んだものも、これと同一趣旨であった。以下同様。

しかし、「二度焼いた」が biscuit (ビスケット) の語源であるのは、英語の豆知識 (「トリビア」と言ったほうが良いか) の初級段階のものの一つだろう。実際、私が、これを知ったのは、高校生の時の参考書だか、所謂「英単語記憶術」のたぐいの有りがちハウトゥー本の中でだった。

わざわざ説明するのも気が引けるが、biscuit は、ラテン語から古フランス語経由で英語に移入されてきた言葉で、 bis + cuit と分解される。そして bis は「ニ度」を意味するラテン語副詞 (所謂「度数詞」又は「数副詞」) 由来の言葉。cuit はラテン語形では coctus で、これは、「調理する」を意味する動詞 coquere の過去分詞 (大雑把な意味での「ヨーロッパ文化」では「調理する」とは、「生」の素材に火を使って加熱することなのだ)。

日本語版ウィキペディアの記事が、如何してこんな「チョンボ」を犯したのかは不明だし、知りたくもないが、対応する英語版 Wikipedia の記載を読むと、嫌でも憶測ができてしまう。

A rusk is a rectangular, hard, dry biscuit or a twice-baked bread (zwieback, biscotte).
--Wikipedia "Rusk" (last modified on 23 January 2010 at 03:13)
「ラスク」とは、硬質で水分の少ないタイプの四角い「ビスケット」、つまり、二度焼きしたパンのことである (ドイツ語:zwieback フランス語:biscotte)。
(2010-02-05 [金] 補足)
訳文が不適切だったので若干改めた。これでも分かりづらいかもしれない。
つまり、ドイツ語の "zwieback" と、フランス語の "biscotte" は、"biscuit" と同様、「2度焼かれた」と云う語源を有するが、食品用語としては "rusk" の対応語なのである。
逆に言えば、食品としての "rusk" を示すドイツ語"zwieback" 及びフランス語 "biscotte" には「2度焼かれた」と云う意味があるが、英語としての "rusk" には「2度焼かれた」と云う意味はない。

ここで、"twice-baked bread" は biscuit と同格、つまり、言い換えなのだが (biscuit の語源を知らなかったとしても、他の解釈をするのは、ある程度英語になれた人間には難しい)、もし、rusk の言い換えだと勘違いしたなら、日本語版ウィキペディアのような誤解をしてしまう可能性は十分あるだろう。

そして、これも憶測だが、[日経プラスワン] のコラムは、日本語版ウィキペディアの記事を鵜呑みにしたのかもしれない。勿論、こんなことの事実を確認することには興味はないから、どうでもいいことなのだが。

ただ、いずれにしろ、rusk の語源説明から「2度焼く」と云う誤謬を排除する程度の知識は COD (Concise Oxford English Dictionary) レベルの辞典で簡単に調べられる。文を以って生業とするのなら、その程度のルーチンワークはしておくべきだっただろう。

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"May the Force be with you" (「フォースのともにあらんことを」) を色色な言語で言うと

このまえ、"May the Force be with you." (「フォースのともにあらんことを」) を、スウェーデン語で何と言うかと云う記事を書いた ([nouse: 「フォースのともにあらんことを 」("May the Force be with you.") をスウェーデン語で言うと] 2008年3月2日[日])。昨年は、ドイツ語で何と言うかに就いても書いてある (nouse: 「フォースのともにあらんことを 」("May the Force be with you.") をドイツ語で言うと 2007年2月23日[金])。

それぞれ、そう云う目的でこのサイトを訪問されたらしい方がいらしたために、余計なお世話を焼いたに過ぎない。

しかし、スウェーデン語とドイツ語 (そして、英語) が分かると、その他の言語では何と言うのか気になってくる。そこで、以下簡単に纏めておく。

ただし、「定訳」が存在していないこともありうるし (このような「決め文句」は、文脈上特段の理由がない限り「定訳」が採用するのが好ましい)、また少なくとも一部の印欧系の言語では第二人称の単複と、それに伴う親称・敬称 (もしあれば) の扱いが問題になるのだが、何れもほぼ考慮せず、ネットで発見してものを収集したにとどまる。

それでも、印欧系言語で第二人称単数親称を使った表現らしいものが見つかった場合は、それが最初に来るようにはした。それは "May the Force be with you" が、基本的には使命を帯びて旅立つ者への「はなむけの言葉」であるからだ ([マタイ]28:20 参照。ただし、そこでのイエスの言葉は1人ではなく11人に言われているけれど)。

引用句の最後はピリオドではなく感嘆符とする例も多多あるのだが (スペイン語では文頭にも付くこともある)、以下では一切付けていないので、適宜補って読んで戴きたい。

イタリア語: Che la Forza sia con te. / Che la Forza sia con voi. / Che la Forza sia con lei. / Che la Forza sia con loro.
スペイン語: Que la Fuerza te acompañe. / Que la Fuerza esté contigo. / Que la Fuerza os acompañe. / Que la Fuerza esté con vosotros. / Que la Fuerza esté con ustedes. / Que la Fuerza lo acompañe. / Que la Fuerza les acompañe.
フランス語: Que la Force soit avec toi. / Que la Force soit avec vous.
ポルトガル語: Que a Força esteja contigo. / Que a força esteja com você. / Que a Força esteja convosco. / Que a força esteja com vocês.

ドイツ語: Möge die Macht mit dir sein. / Möge die Macht mit euch sein. / Möge die Macht mit Ihnen sein.
オランダ語: Moge de kracht met je zijn. / Moge de kracht met jou zijn. / Moge de kracht met u zijn. / Moge de kracht met jullie zijn.

スウェーデン語: Må kraften vara med dig. / Må kraften vara med er.
デンマーク語: Må Kraften være med dig. / Må Kraften være med jer.
フィン語 (フィンランド語): Olkoon Voima kanssasi.
ハンガリー語: Az Erö Legyen Veled.

ギリシャ語: Η Δύναμη μαζί σου. / Η Δύναμη να είναι μαζί σου
ラテン語: Vis tecum sit. / Sit vis vobiscum. (2009-09-24 [木]:"nobiscum" を --vobiscum-- に訂正。)

ロシア語: Да пребудет с тобой Сила. / Да пребудет с Вами Сила.

ポーランド語: Niech Moc będzie z tobą. / Niech Moc będzie z Wami.
クロアチア語: Neka Sila bude s tobom. / Neka je Sila s tobom. / Neka Sila bude s vama. / Neka je Sila s vama.
ブルガリア語: Нека силата бъде с теб. / Нека силата бъде с вас.

中国語: 愿原力与你同在。/ 願原力與你同在。
韓国語: 포스가 함께 하기를。 / 포스가 당신과 함께 하기를 빌겠소。

トルコ語: Güç seninle olsun.

ヘブライ語では何というかに就いては調べがついていないので宿題としておこう。例えば "הכוח" "מלחמת הכוכבים" の組み合わせ (「スター・ウォーズ」と「フォース」) で検索してみたが、はかばかしい結果が得られなかった。

補足 (2008-04-30 [水]):
その後、"יהיה הכוח אתכם" で google 検索してみたところ、1件ヒットした (DEMONS: Under the Sink)。また "יהיה הכוח אתך" では1件もヒットしなかった。

2008-05-19 [月]: "יהי הכוח אתכם" でも1件ヒットする。それは、やはり "Demons: Under the Sink" 中の記事だが、別のページ (Reviews Master)である。更に、"יהי הכוח עמך" と云う言い方もありうる。これは数件ヒットするようだ。おそらく「フォースのともにあらんことを」のヘブライ語訳としては、この二つが最も「それっぽい」のではないか (文脈によっては、対象が二人称複数の形にしてもよいだろう)。

"יְהִי כֵן יְהוָה עִמָּכֶם" ([出エジプト記]10:10) が参考になるかもしれないので、ここに書き留めておく。

参考になるかもしれないサイト:
1. Force (Star Wars) - Wikipedia, the free encyclopedia
2. הכוח (מלחמת הכוכבים)

「"May the Force be with you" を色色な言語で言うと」は、「ネタ」としては平凡なものであるので、同主題で既に幾つもの記事が書かれている。そのうちの一つだけを引用しておく:
[Somewhere in the Middle: Que la Fuerza te acompane!]

このブログ記事は、[nouse: 「フォースのともにあらんことを 」("May the Force be with you.") をスウェーデン語で言うと] と [nouse: 「フォースのともにあらんことを 」("May the Force be with you.") をドイツ語で言うと] の他に次の記事にも関連する:
1. [nouse: "May the Force be with you."に就いて] (2004年8月6日[金])
2. [nouse: NIFTY翻訳フォーラム投稿再録(1997年7月3日?)] (2004年7月16日[金])

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色色な言語で「宵の明星」

今日午前 (2007/11/30 10:29:20) キーワード[宵の明星 明けの明星 イタリア] でこのサイトを訪問されたかたがいらしたらしい。[nouse: 色色な言語で「明けの明星」] (2007年11月14日[水]) は作ったが、「宵の明星」の方はとサボっていたので、この機会に作っておく。

前回と同様 [LOGOS - Multilingual E-Translation Portal] の[evening star] の項と [Webster's Online Dictionary] の [Evening Star] の項を、内容未チェックのまま纏める。

英語: Evening Star
アフリカーンス語: Venus, Aandster
オランダ語: Venus, Avondster
フランス語: Vénus, l'étoile du soir
ドイツ語: Venus
ハンガリア語: Vénusz
イタリア語: Venere, la stella della sera
日本語: 宵の明星, 一つ星
マン島語: Rollage yn Astyr (Hesperus, the evening star). (various references)
Papiamento: Venus //"Papiamento" はカリブ海の所謂 ABC 諸島 で話されている言語。
偽ラテン語 (Pig Latin): eveningay arstay
ルーマニア語: luceafãrul de searã
ロシア語: вечерняя звезда
セルビア・クロアチア語: večernjača
トルコ語: venüs, akşamyıldızı, çulpan
ベトナム語: sao hôm
ユカテク・マヤ語 (Yucatec): Xnuk Ek'
ラテン語: Cytherea, Venus, vesper, vespere, vesperi, vespero, vesperum
スペイン語: la estrella vespertina
デンマーク語: Venus
フィンランド語:iltatähti
ペルシャ語: ناهيد

[nouse: サッポーの詩] にも呼格の形で出てきたが、古典ギリシャ語で「夕づつ」つまり「宵の明星」は Ἔσπερος である。

また、[nouse: 色色な言語で「明けの明星」] で触れたように、中国語では「宵の明星」は「長庚(长庚)」。これをハングル表記すると 장경 になる。

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色色な言語で「明けの明星」

昨夜、20時20分頃、キーフレーズ [イタリア語で明けの明星] で、このサイトを訪問された方がいらしたようだ。 まぁ、"l'astro del mattino" ぐらいでしょうね。

「明星」、「明星」と、イチイチ面倒なので、纏めて書いてあるものを探したら [l'astro del mattino - Logos Dictionary - Logos Translations multilingual dictionary] と Webster's Online Dictionary の [Morning Star] と云うものが見つかった。内容未チェックのまま、それに従うと:

英語: morning star
イタリア語: l'astro del mattino
スペイン語: lucero del alba
フランス語: l'étoile du matin
ブルトン語: gwerelaouen
デンマーク語: morgenstjerne
フィンランド語: aamutähti
ラテン語: sidus matutinum //ゑびすや贅言: Lucifer で良さそうな気がするが、キリスト教文化内では、安易に使えない言葉なのだろう。
マプンズグアン語: wüñejfe
ペルシャ語: ستاره صبح
ポルトガル語: estrela da manha, estrela d'alva
ウェールズ語: seren y bore
アルバニア語: ylli i mëngjesit
ブルガリア語: зорницата
チェコ語: jitřenka
オランダ語: morgenster
エスペラント: matenstelo
ドイツ語: Morgenstern
現代ギリシャ語: αυγερινόσ
ヘブライ語: עמוד השחר 参考: עמוד השחר
אילת השחר, אילת 参考:morning star | Hebrew | Dictionary & Translation by Babylon
שחר 参考: Isaiah 14:12
ברקאי 参考: Naftali Herz Imber
ハンガリア語: hajnalcsillag
インドネシア語: bintang timur
日本語: 暁星, ぎょうせい, ひとつぼし, よあけのみょうじょう, みょうじょう
マン島語: rollage ny madjin, maddinagh
偽ラテン語 (Pig Latin): orningmay arstay
ルーマニア語: luceafãrul de dimineaţã
ロシア語: утренняя звезда
セルビア・クロアチア語: zvezda danica, zornjača
スウェーデン語: morgonstjärna
トルコ語: sabah yıldızı
ベトナム語: sao mai

以上に追加すべきものとしたら、以下のようなところだろうか(こちらも、あまり自信はない):

中国語: 啓明(启明)
参考: 「太白金星_百度百科」で指摘されているように [诗·小雅·大东 (詩経/小雅/大東]) には 「东有启明 西有长庚」(诗经·小雅) と云う句がある。つまり「啓明」が「明けの明星」を「長庚」が「宵の明星」を指す。

韓国語: 샛별
参考: Paran 사전(辞典):「啓」

古典ギリシャ語: Φωσφόρος

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"la primavera" はイタリア語で「春」

昨日、イタリア語 "la primavera" が「秋」を意味するのか確認することを意図すると思われる検索で、このサイトを訪問された方がいらしたようだが、「惜しい!」
"la primavera" は「春」なのだ。

『春』は、近年の修復の結果、オリジナルの華麗な色彩がよみがえり、従来、煤(すす)に覆われてはっきり見えなかった多くの草花が、ヴィーナス(ウェヌス)の立つ地面に描き込まれているのが見えるようになった。研究者によると、これらの草花のほとんどは、今でもフィレンツェ地方に自生しているという (「サンドロ・ボッティチェッリ」- Wikipedia)『春』は、近年の修復の結果、オリジナルの華麗な色彩がよみがえり、従来、煤(すす)に覆われてはっきり見えなかった多くの草花が、ヴィーナス(ウェヌス)の立つ地面に描き込まれているのが見えるようになった。研究者によると、これらの草花のほとんどは、今でもフィレンツェ地方に自生しているという ((サンドロ・ボッティチェッリ) - Wikipedia)
[nouse: 料理用語としてのイタリア語 "tagliare a rotelline"] に出てきているが、primavera, estate, autunno, inverno が、それぞれ春・夏・秋・冬になる (primavera と estate が女性名詞。autunno と inverno が男性名詞)。ちなみに 「季節」は "la stagione", 「四季」は "le quattro stagioni" になる。

と云う訣で、サンドロ・ボッティチェッリ (Sandro Botticelli) の代表作の絵画 (左上) も、アントニオ・ヴィヴァルディ (Antonio Vivaldi) の有名なヴァイオリン協奏曲 (下) も、イタリア語では、ともに "La Primavera" と呼ばれているのだ。

ヴィヴァルディの「春」の音声ファイルは、ウィキペディア・コモンズで入手した ogg フォーマットのものなので、ブラウザへのプラグイン内容によっては再生されないかもしれない。その場合は、悪しからず。

2008-01-18 [金] 補足:スペイン語でも春は "la primavera" ポルトガル語では定冠詞が違ってくるが、やはり "a primavera" である。

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"One for all, and all for one" (「一人は万人のために、万人は一人のために」) に就いて

記事 [「一人ひとりに、それぞれの必要に応じて。一人ひとりが、その能力に応じて。」と「全員が一人ひとりのために。一人ひとりは全員のために。」] (2007年1月26日) で書いた [三銃士 (ダルタニャン物語 第一部)] ("Les Trois Mousquetaires" 1844年) に現われる "Tous pour un, un pour tous." (「全員が一人のために。一人は全員のために。」) の対応英語形は "One for all, all for one" になる。この変異例としては "One for all, and all for one" や "all for one, one for all" 或いは "All for one, and one for all" がある。日本語の「一人は万人のために、万人は一人のために」も、この系統とみなして良いだろう。

"Voyage en Icarie ([イカリア旅行記] 第3版 1845年)" 表紙における "Tous pour chacun. Chacun pour tous." (全員が一人ひとりのために。一人ひとりは全員のために。) が、どう関わるのかは、未確認。


で、取り敢えず話を日本に限ると 「一人は万人のために、万人は一人のために」(変異例:「みんなが一人のために、一人はみんなのために」)や "One for all, all for one" 等は、様ざまな組織及び個人の pet philosophy になっている:

生活協同組合 (生協)
コープこうべ
全国生協連
大学生協
農業協同組合 (農協)。 ただし「"Each for All, All for Each (一人は万人のために 万人は一人のために)"」を採用している。
JA (農協) 東京中央会
JA 全農
JA 全中
その他の協同組合
全労済
労働組合
動労千葉
自治労群馬県本部
自治労横浜
関西合同労組
全日本郵政労働組合 英文による組織紹介のタイトルが "One for all, all for one"
チーム競技
ラグビー (愛知県「岡崎ラグビースクール」)
サッカー (神戸大学体育会サッカー部)
野球 (松坂大輔)
ソフトボール (茨城県東海村「舟石川ソフトボールスポーツ少年団」)
バレーボール (Vリーグ「トヨタ自動車」チーム)
フットサル (フットサルラボ:脱初級者フットサルブログ)
ラクロス (東京女子体育大学・ラクロス部)
駅伝 (99年北大駅伝)
モダンダンス (大東文化大学モダンダンス部)
チアリーディング (福井県 WENDYS)...
バンドスタイル又はシンガーチームスタイルのタレントの features
H.P.オールスターズ: "Hello! Project" のユニット。「ALL FOR ONE & ONE FOR ALL!」は、その楽曲名。
氣志團ちゃんブログ:ONE FOR ALL.ALL FOR ONE. (2006年4月21日)
学校/課外活動のモットー
聖ドミニコ学園小学校(東京都世田谷区)
山口県立豊北高等学校
岡山県立矢掛高校吹奏楽部
学園祭・運動会のテーマ
西九州大学福祉医療専門学校・佐賀調理製菓専門学校の合同学園祭
沖縄キリスト教学院大学・沖縄キリスト教短期大学 学生会2006キリ学祭
横浜市國學院大學幼児教育専門学校“若葉祭”
文教大学付属中学・高等学校学園祭 (東京都品川区旗の台)
神戸山手女子中学校・神戸山手女子高等学校
啓新高校(福井県)
広島県立加計高等学校
大阪産業大学
横浜市立日限山中学校
舞鶴市立城南中学校
高知県立高知追手前高等学校吾北分校
山口県立南陽工業高等学校体育祭...
成人式の標語
秋田県横手市
政治家の看板文句
豊島区議会議員 池田なおひろ (自由民主党)
衆議院議員 後藤田 正純 (自由民主党)
前・衆議院議員 田中慶秋 (民主党)
山口県下関市議会議員 長ひでたつ (公明党)
千葉県浦安市議会議員 辻田あきら
福井県議会議員 のだ富久 (県民連合)
神奈川県知事 松沢成文
長野県下伊那郡下條村議会議員 宮島きよのぶ
衆議院議員 森喜朗 (自由民主党)
ブログのタイトル
多数。無慮数百あるようだ。
個人の「好きな言葉」/「座右銘」
多数。

なにか、こう目眩いがしてくるね。

保険会社も、しばしば「一人は万人のために、万人は一人のために」を標語にする:

その根拠にしているのは、ドイツ語形の "Einer für Alle, Alle für Einen" のようだ。これは、直接にはドイツ(その後米国に移住)の保険学者 Alfred Manes によるらしいが、それが更に由来するものがあるかどうかは、私には不明。

外国での対応表現の使われ方に就いて調べてみるつもりだったが、別の機会を俟つことにする。

    参考になるかもしれないサイト:
  • One for all, and all for one - Wikipedia: 記事中、"One for all, and all for one" をモットーとする団体として具体的に挙げられているのは "Hells Angels" だけである。
  • Panthéon de Paris - Wikipedia: 2002年11月30日に Alexandre Dumas がパリ・パンテオンに改葬された際に、棺にかけられた drap bleu には "Tous pour Un, Un pour Tous " と記されていたと云う (Alexandre Dumas, samedi 30 novembre 2002)。
  • Rugby School Internet Services: rugby football が始まったとされるイングランドの public school "Rugby School" のサイト。"one for all" や "all for one" に就いて特記している様子は見られない。「学校新聞」である "The Grapevine" 2006年2月号に "This term has been a pretty amazing one for all the badminton squads,..." とあるが、これは「今期は、バドミントンチームの全てが素晴らしい成績を残した」と云うこと。
  • Rugby Football Union: 英国ラグビーフットボール協会のサイト。"one for all" や "all for one" に就いて特記している様子は見られない。
  • RugbyRugby: Latest News: ラグビーフットボールの専門サイト中の記事。"one for all and all for one" と云うスローガンに就いての言及がある。
  • Unus pro omnibus, omnes pro uno - Wikipedia: ラテン語。非公式ながらもスイスの伝統的モットー。
  • Trivia for The Truman Show (1998) によれば、映画 "The Truman Show" (1998年) には、"UNUS PRO OMNIBUS, OMNES PRO UNO" が町のモットーとして登場する。この映画は、1967年のイギリステレビドラマシリーズ "The Prisoner" (「プリズナーNo.6」) を意識している。
  • Solidarität im Verfassungsstaat:「立憲国家における団結」"Einer für Alle, Alle für Einen" や Alfred Manes の話が出てくる。副題: "Grundzüge einer normativen Theorie der Verteilun" は「分配の標準理論の基本的特徴」と言ったところか。
  • 集団主義 - Wikipedia 曰わく: 「One for All , All for One」(1人はみんなのために、みんなは1人のために)というスローガンは、個人主義的な成員に、心理的に集団と一体化しよう、と呼びかける理念・イデオロギーで、1844年にイギリスで生活協同組合運動が発足したときに考案されたもの。これを西欧的集団主義と把握する考え方がある。北朝鮮はこのスローガンを愛用し、全体主義批判に対し、自国は集団主義であると反論する。
  • 朝鮮民主主義人民共和国社会主義憲法: 第5章 [公民の基本権利及び義務] 第63条 朝鮮民主主義人民共和国において公民の権利及び義務は、「1人はみんなのために、みんなは1人のために」という集団主義原則に基づく。
  • Rochdale - Wikipedia: イングランド西北部の都市。協同組合運動 (cooperative) 発祥の地。
  • Rochdale Principles - Wikipedia: 初期協同組合運動の原則。"one for all, all for one." に類する箇条は見当たらない。
  • Statement on the Co-operative Identity - Wikipedia: "International Co-operative Alliance" (ICA 国際協同組合同盟) による協同組合運動宣言。

ついでに書いておくと "one for all, all for one." 及び "one for all, and all for one." に対応するロシア語表現は,それぞれ "Один за всех, все за одного." 及び "Один за всех и все за одного." また、イタリア語形は "Uno per tutti, tutti per uno." 及び "Uno per tutti e tutti per uno."

"Один за всех" "все за одного" が、Сергей Михайлович Эйзенштейн (セルゲイ・エイゼンシュテイン)の 映画 "Броненосец Потёмкин" (「戦艦ポチョムキン」)に出てくるらしいが、未確認(ただし "Battleship Potemkin: Scenario and script by Sergei Eisenstein" 参照)。(このパラグラフへの補足記事 [メモ:映画 [戦艦ポチョムキン] 中の「全員は一人のために 一人は全員のために 」] も参照されたい。)

"One for all, all for one." は、「ユートピア/革命の昂揚」の指標であるのと同時に、「ディストピア/革命の幻滅」隠蔽の指標でもあると言うべきか。

いみじくも、アレクサンドル・デュマ・ペール (Alexandre Dumas) は、このあたりの機微を、アトスとアラミスに「手を差し出して誓え!」と迫られたポルトスが、「ブツブツ口ごもりながらも、周りの勢いに気圧されて」(Vaincu par l'exemple, maugréant tout bas)、ダルタニャンとの四人で「全員が一人のために、一人は全員のために」と唱和したと、書いていることを忘れるべきではないだろう( [ダルタニャン物語 第一部「三銃士」"Les Trois Mousquetaires"] 第9章)。


    最後に、各国語おける問題の標語を改めてまとめておこう(主な変異例がある場合には、それも付ける):
  • フランス語: "Tous pour un, un pour tous."

  • 英語: "One for all, all for one." ("One for all, and all for one." )

  • ドイツ語: "Einer für Alle, Alle für Einen"

  • 日本語: 「一人は万人のために、万人は一人のために。」(「みんなは一人のために、一人はみんなのために。」)

  • イタリア語: "Uno per tutti, tutti per uno." ("Uno per tutti e tutti per uno.")

  • ラテン語: "Unus pro omnibus, omnes pro uno"

  • ロシア語: "Один за всех, все за одного." ("Один за всех и все за одного.")


    補足
  • スペイン語: "uno para todo, todo para uno." ("uno para todo y todo para uno.")

  • オランダ語: "Een voor allen, allen voor een." ("een voor allen en allen voor een.")

  • ポルトガル語: "um para todos, todos para um." ("um para todos e todos para um.")

  • 中国語形: "我為人人,人人為我" らしい。(中国語ウィキペディアのスイスの項 "瑞士" による。) "one" には「我」、"all" には「人人」が当てられているのが興味深い。

  • ハングル: "전체는 하나를 위해, 하나는 전체를 위해" 「チョンチェヌン ハナルル ウィフィェ, ハナヌン チョンチェルル ウィフィェ」か? (ハングル版ウィキペディアのスイスの項 "스위스" による。"전체"「チョンチェ」は「全体」の意、"는"「ヌン」は主題を表わす格助詞、"하나"「ハナ」は数詞「一」、"를"「ルル」は目的格助詞、"위해"「ウィフィェ」は目的を表わす用言「為である」。)


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メモ: John Lennon "Imagine"

"Happy Christmas (War Is Over)" に就いて書いた (2006年12月22日) ついでに、"Imagine" (1971年。同一タイトルのアルバムに収録) に就いても少し書いておく。

原歌詞に就いては、以下のサイトなどを参照:

この歌詞は、その「政治性」とか「反宗教性」を云云されることがあるようだ。しかし、私の見るところでは、この詩の内容は、反教会(勿論、キリスト教の「教会」)的かもしれないが、少なくとも部分的には明確に宗教的だ。更に端的に言えば、新約聖書におけるイエスの宣教とパラレルな部分もある(そうでない部分もあるが)。

共産主義的言辞を理由とする「政治性」に就いても、この歌詞が描いているのは、(「類型的な」と云う表現が意地悪になってしまうなら、言い換えると、いみじくもタイトルが示すように) image としての宗教的コミューンであって、政治的現実(変革への具体的プロセス)に対する深刻な認識は見られない(注意: そのことの善し悪しを言っているのではない)。

ここでの John Lennon は、無邪気な教祖のように振る舞っている。もっとも、だからと言って、Lennon の意図は別として、彼の歌が政治的アジテーションの役割を持ちえないかと云うと、それは別の話なのだが...(付言しておくと、"Power to the People" などの一見アジテーション・ソングに見えるようなものより、"Imagine" の方が、人びとを動かす力は強いかもしれない)。


以下 "Song Lyrics Domain - Discover the songs you love..." 所収の "John Lennon Imagine lyrics" に従って論じる。

第1スタンザの "all the peple living for today" は、新約聖書中の「だから、あすのことを思い煩ってはならない。あすのことは、あす思い煩えばよい。その日の苦労は、その日だけで十分である」(マタイ6:34。[フランシスコ会訳聖書研究所]版。以下の新約聖書からの引用に就いても同様) を思い起こさせる。あたかもこれに応えるように、本来の意味を現代人に伝えるように訳すと云う目標を持って出版されたと云う "New Living Translation/NLT" 版の英文聖書 (1996年) では、[マタイ6:34] は "So don't worry about tomorrow, for tomorrow will bring its own worries. Today's trouble is enough for today." と訳されている。

むしろ、第1スタンザは、[マタイ6:34] を踏まえないと、理解が難しいかもしれない。人が平安に生きていくには、「天国」に生まれ変われたいと思い煩ったり、「地獄」に落ちたくないと思い煩ったりすべきではない、と云うのが、このスタンザの含意だろう。

ちなみに、島崎藤村は [千曲川旅情の歌] で、「昨日またかくてありけり 今日もまたかくてありなむ この命なにを齷齪 明日のみを思ひわづらふ」と詠っているが、藤村の自己憐憫と Lennon の自己肯定との方向性の異なり方が面白い。

第2スタンザでは、教会や国家が必然的に伴う思想信条、つまり「大義」を拒絶している。勿論、そうした拒絶の思想信条も、「大義」ではないにしろ、一定の思想信条になってしまう。しかし、それをカテゴライズするのは、あまり意味がないと思う。「小義」だから当然かもしれないが、「John Lennon の思想信条」は、本人以外にとっては(そして多分、本人にとっても)かなり漠然としており、「Lennon 教」とでも言うしかないのではないか。

「サビ」の第3スタンザと第5スタンザは、謂わば、「Lennon 教」への勧誘だな。

第4スタンザ第1行の "possessions" は、個々の「財産」と云うより、「財産と云う考え方」つまり「私的所有制」を指す。たしかに、このスタンザの内容は共産主義的だ。"No need for greed or hunger" などマルクスが「ゴータ綱領批判」(Karl Marx - Kritik des Gothaer Programms) で示した共産主義社会における生産と供給との関係のスローガン "Jeder nach seinen Fähigkeiten, jedem nach seinen Bedürfnissen! (一人ひとりが、それぞれの能力に応じて! 一人ひとりに、それぞれの必要に応じて!)" を連想させる(ただし、人間性の理解に就いては若干浅薄ながらも秀逸なこのキャッチコピーは、マルクスの独創ではないらしい)。しかし、Lennon のボンヤリと描いている「共産主義」は「科学的」なものではなく、この歌詞の言葉尻を踏まえるなら「夢想的」と言えるものだ(「科学的社会主義」が破綻した現在では、その分、「夢」の重みが歴史の前景に迫り出してきているが)。

たいして意味のある措定ではないが、あるいは、Lennon の「思想」は、communism より、anarchism や dadaism に近いかもしれない。Lennon は、どうすれば「大人達」の顰蹙を買うか良く知っていて、そして旨く顰蹙を買うと、それで逆に安心していたようなところがある。

第4スタンザに言う財産の否定も、マタイ第19章後半の[金持ちの青年の逸話] (「もし完全になりたいならば、帰って、あなたの持ち物を売り、貧しい人々に施しなさい。そうすれば、天に宝を蓄えることになる。それから、わたしについて来なさい。」マタイ19:21) や、イエスが空腹になった群集にパンや魚を頒ち与えて満腹させたと云う逸話(マタイ第14章、マタイ第15章及び並行箇所)を思い起こさせる。

なお、第4スタンザ第4行末の "man" は、第2行末の "can" と韻を踏ませているのだが、冠詞なしに使われていて、「男」ではなく「人類一般」を表わしている。

第4スタンザ後半は、「世界は一家、人類はみな兄弟」と云ったところだ。それは、「史的弁証法」とは対極の発想であることに注意。更にこれは、「社会変革」のためには「闘争」が必要だと明確に意識していたナザレのイエスの考え方とも異なっている。イエスはこう言う:「わたしが来たのは地上に平和をもたらすためであると思うな。わたしが来たのは、平和をもたらすためではなく、剣を投げ込むためである。わたしが来たのは、人をその父と、娘をその母と、嫁をそのしゅうとめと仲たがいさせるためである。家の者は、主人の敵となる。」([マタイ10:34-10:36])。またマルコ第11章等に記されている、イエスの神殿境内市場への襲撃事件も参照。こうした反逆的行動と「アジテーション」ゆえに、イエスは処刑されることになるのだが、口実とされたのは、彼が「冒涜の言葉」を吐いたため、つまり「反宗教的」だと云うことだった。

第1, 第2, 及び第5スタンザは、それぞれ、最初の行で「天国(死後を含む将来への懸念)」、「国家(大義)」、「財産(私的所有制)」が無い世界をイメージするよう聴衆に呼びかけている。第2行では、イメージすることの叱咤又は挑発。第3行及び第4行は、第1行の敷衍。そして、第5行と第6行とで、そうした世界が素晴らしいものであることを約束する。全スタンザで第2行と第4行とが脚韻。

歌詞の大雑把な意味を書いておく。

考えてごらん

考えてごらん。「天国なんてものは無いんだ」って。
やってみれば簡単だよ。
足の下には地獄はなくって
頭の上には空があるばかり。
考えてごらん。「人びとみんなが
一日をその一日のためだけに生きている」姿を。

考えてごらん。「国家なんてものは無いんだ」って。
難しいことじゃないんだよ。
殺すこともないし、命を捨てなくてもいいんだ。
宗教なんかもなくってさ。
考えてごらん。「人びとみんなが
心穏やかに暮らしている」姿を。

夢物語を信じている奴って、君らは言うかもしれないな。
だけれど、こう云うのって僕一人だけじゃないんだよ。
君らがいつか、僕らの仲間になって
世界が一つになって欲しいんだ。

考えてごらん。「財産なんてものは無いんだ」って。
君らにはできるかな。
余計に欲しがることも、足りなくて困ることもないんだ。
人間がみな仲よく暮らしてさ。
考えてごらん。「人びとみんなが
世界全体を分かち合っている」姿を。

夢物語を信じている奴って、君らは言うかもしれないな。
だけれど、こう云うのって僕一人だけじゃないんだよ。
君らがいつか、僕らの仲間になって
世界が一つになって欲しいんだ。


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