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2009年8月14日 (金)

メモ:岩波書店 [ランダウ・リフシッツ統計物理学第2版 上]第1章第7節「エントロピー」中の或る訳語に付いて。ついでに第3版で1パラグラフ講読

昔買ったままでホッタラカシにしていた本を引っ張り出してきて読むと云うことを最近続けいてる。内容は、このブログと同様、極めて雑多なのだが、基本的には、手軽に読める本を選んでいる。ところが、何を読んでいても、極単純である筈のことに引っ掛かりたり、つまらないことでも一応確認したくなったりして、スグに行き詰まって止まってしまうのだ。

「読むのに抵抗を感じなかった書物は、読むに値しなかった書物だ」とは言っても、「頓挫」だからねぇ。自分のリテラシのなさを嘆くばかりだ (話がトッ散らかりそうだが、付け加えておくと、「読むのに抵抗を感じさせない」ことが、重要な要素になる文章作品もある。例えば、理念としての「エンターテインメント文学」がそれだ。その他、記録、報告、取扱い説明書、法規なども、表現自体に限れば、同様だろう。これらは、どれも基本的には [読者/利用者] に考え込ませたり、文意の判断に迷わせたりしてはならない。もっとも、私は、エンターテインメント文学を読んでいてさえ、素直に読み進めないことが大半であって、「読者失格」と言える)。

先日も、[ランダウ・リフシッツ統計物理学第2版 上] (岩波書店。東京1966年)を読み始めたのだが、どうも読みづらい。しかし、それは翻訳文には有りがちの「読みづらさ」(これは「読むに値する」かどうかには余り関係ない)と思えたのが半分、また [ランダウ・リフシッツ理論物理学教程] の他の巻 ([力学] と [場の古典論]) を、かって少しばかり読んだ際に出だしが取っ付きにくかった記憶があるので、[統計物理学] の場合も、それと同様なのだろうと思えたのが半分あったので、我慢して読み進めていった。だが、第1章第7節の、次の一文まで読んだ時に、強い違和感を感じて、頭の上に大きな疑問符が沸いて出てくるのが自分でもわかった。

そうするために, 考えている系は, ある仮想的な非常に大きな系の小さい部分とだけ相互作用をしているものと考えよう. (後者の系はこの意味で恒温槽とか熱浴とかいわれる.)
--[ランダウ・リフシッツ統計物理学第2版 上] (岩波書店。東京1966年) 第1章第7節 p.32 ll.13-14

その疑問符は、続きを読んですぐ破裂しまった。前後矛盾しているのだ。

恒温槽は完全な平衡にあるものとしよう. その際に, 考えている系 (今のばあいは恒温槽の閉じていない部分系であるが) の平均エネルギーは, ほんとうのエネルギー値 E_0 にちょうど等しいようになっているものとする.
--[ランダウ・リフシッツ統計物理学第2版 上] (岩波書店。東京1966年) 第1章第7節 p.32 ll.15-18

つまり、「考えている系」が、前の文では「恒温槽」の外、後の文では「恒温槽」の内にあることになっている。

それまでの流れから判断すると、前の方が可訝しいと思えたが、それはあくまでも印象であって、「ある程度確実なことは、原文を見てからでないと何とも言えない」と云うのが、その時の私の感想だった。だが、生憎、ロシア語原書は手元になかったのだ。

しかし、その後、ロシア語サイト www.eknigu.org で [ランダウ・リフシッツ統計物理学] のロシア語原書の djvu コピーを見つけた。"Л. Д ЛАНДАУ и Е. М. ЛИФШИЦ, ТЕОРЕТИЧЕСКАЯ ФИЗИКА ТОМ V, СТАТИСТИЧЕСКАЯ ФИЗИКА, ЧАСТЬ 1, ИЗДАНИЕ 3-е" というものだ (前記のサイトは、文書へのアクセスと云うかダウンロードと云うか、が、素直にできないようなのであるし、また著作権上の問題が無しとしないので、文書への直接リンクは張らない)。

でも ИЗДАНИЕ 3-е... って「第3版」だね (ちなみに、"ЧАСТЬ 1"/「第1部」とあるが、「第2部」は「理論物理学教程」に第9巻として収められている)。

困った...。第2版の訳文の翻訳品質を、原書第3版に基づいて喋喋するのは、疝気筋と云うものだろう。

だが、何も書けないと云う訣のものでもあるまいと思い返して書くことにした。以下の話はその程度のものだと思って、読み流されたい。

で、まぁ、怪しそうな「そうするために, 考えている系は, ある仮想的な非常に大きな系の小さい部分とだけ相互作用をしていると考えよう. (後者の系はこの意味で恒温槽とか熱浴とかいわれる.)」の対応原文を第3版から探してみると:

Для этого представим себе, что рассматриваемая система является в действительности лишь малой частью некоторой воображаемой очень большой системы (о которой в этой связи говорят как о термостате).--p.41 ll.29-32
そうするために、或る巨大な系を仮想して、ここで考察されている閉鎖系が、実は、そうした巨大な系の小さい一部分に過ぎなかったのだと想像してみよう (こうした関係にあるような巨大な系は恒温槽と呼ばれる)。

つまり、「相互作用をしている」とは書かれていない。

鍵となるのは действительности と云う単語である。これは、「現実」「実際」を意味する女性名詞 действительность の前置格形で、連語 "в действительности" として「実際には」「現実には」の意味となるが、この仮想の構成を叙述している文脈では、「実は...だった(と仮想する)」といった表現に訳すのが適当なところだ。

第2版の原文がどのようなものであったのか、調べが着いていないが、この文を含むパラグラフの第2版の訳文と第3版の原文を比べると、原文段階でも第2版と第3版との間には、全体として変化が無かったろうと思われる。恐らく、第3版の "в действительности" に相当する部分に、第2版原文では「相互作用」を意味する文言が使われていたか、或いは、第2版の翻訳者が、何らかの理由で "в действительности" に「相互作用をしている」と云う誤った訳語を当ててしまっただろう。

「相互作用」と云うと взаимодействие (中性名詞) ぐらいの言葉になりそうで、この単語から「相互の」を含意する接頭辞 взаимо- とった中性名詞 действие には勿論「作用」と云う意味がある訣だが、この単語は確かに действительности の前半に字面が重なっている。あるいは、ここら辺が、ロシア語原書段階か、和訳段階か、不明ではあるけれども、間違いの原因であったかもしれない。

ここで、自分の迂闊さを告白せねばならないが、上のようなことで、ジタバタと調べものをしたり、考え込んでいたりしている間、暫く、第3版の日本語訳が出版されている可能性に思い至らなかった。そして、それは実際に出版されていたのだ。勿論、「暫く」した後には気が付いたので、機会を見つけて、少少遠方の図書館に行き、問題の箇所を確認してみると:
そうするために, 考えている系はある仮想的な非常に大きな系のほんの小さな部分にすぎないと考えよう. (この仮想的な系はこの意味で恒温槽といわれる.)
--[ランダウ・リフシッツ統計物理学第3版 上] (岩波書店。東京1980年 ISBN-10: 4000057200 ISBN-13: 978-4000057202) 第1章第7節 p.33 ll.17-18

直っているね。一件落着。

上記の説明では、文脈の大きな流れが見えづらいかもしれないので、それをもう少し明らかにするために、問題の文を含むパラグラフの、岩波訳第2版訳文と第3版訳文とを並記しておく。

エントロピーの定義のしかたを明確に理解するためには, 次の事情に注意することが肝要である. 完全な平衡にある閉じた系 (その全エネルギーを E_0 であらわすことにする) のエントロピーは, 系を部分系に分割しなくても, 直接に定義することもできるのである. そうするために, 考えている系は, ある仮想的な非常に大きな系の小さな部分とだけ相互作用をしているものと考えよう. (後者の系はこの意味で恒温槽とか熱浴とかいわれる.) 恒温槽は完全な平衡にあるものとしよう. その際に, 考えている系 (今のばあいは恒温槽の閉じていない部分系であるが) の平均エネルギーは, ほんとうのエネルギー値 E_0 にちょうど等しいようになっているものとする. そうすればわれわれの系に対して, そのすべての部分系に対するのと同じ形の分布関数をあてがい, この分布関数をつかって統計的重み \Delta\Gamma を, さらにそれからエントロピーを, 部分系に対してつかったのと同じ公式 (7.3-12) をつかって直接に定義することができる. 恒温槽の存在の影響が, われわれの系の個々の小部分 (部分系) の統計的性質に現れないことは明らかである. 小部分は恒温槽がなくとも閉じてはおらず, 系の残りの部分と平衡にあるのである. それゆえ, 恒温槽の存在はこれらの部分の統計的重み \Delta\Gamma_a を変えることはなく, たったいま示したようなぐあいに定義された統計的重みは (7.13) の積の形の以前の定義と一致するであろう.
--[ランダウ・リフシッツ統計物理学第2版 上] (岩波書店。東京1966年) 第1章第7節 p.32 ll.10-26

エントロピーの定義のしかたを明確に理解するためには, 次の事情を念頭におくことが肝要である. 完全な統計的平衡にある閉じた系 (その全エネルギーを E_0 であらわすことにする) のエントロピーは, 系を部分系に分割するという手段に訴えなくとも, 直接に定義することもできる. そうするために, 考えている系はある仮想的な非常に大きな系のほんの小さな部分にすぎないと考えよう. (この仮想的な系はこの意味で恒温槽といわれる.) 恒温槽は完全な平衡にあるものとする. ただし考えている系 (今のばあいは恒温槽の閉じていない部分系であるが) の平均エネルギーは, エネルギーの真の値 E_0 にちょうど一致しているものとする. そうすればわれわれの系に対して, そのすべての部分系に対するのと同じ形の分布関数をあてがい, この分布をつかって統計的重率 \Delta\Gamma を, さらにそれといっしょにエントロピーを, 部分系に対してつかったのと同じ公式 (7.3-12) によって直接に定義することができる. 恒温槽の存在の影響が, われわれの系の個々の小部分 (部分系) の統計的性質に全く現れないことは明らかである. 小部分は恒温槽がなくとも閉じてはおらず, 系の残りの部分と平衡にあるのである. それゆえ, 恒温槽の存在はこれらの部分の統計的重率 \Delta\Gamma_a を変えることはなく, たったいま示したようなぐあいに定義された統計的重率は (7.13) の積の形の以前の定義と一致することになる.
--[ランダウ・リフシッツ統計物理学第3版 上] (岩波書店。東京1980年) 第1章第7節 p.33 l.14- p.34 l.5

ちなみにロシア語原文は以下の通り:

Для ясного понимания способа определения энтропии важно иметь в виду следующее обстоятельство. Энтропию замкнутой системы (полную энергию которой обозначим как E_0), находящейся в полном статистическом равновесии, можно определить и непосредственно, не прибегая к разделению системы на подсистемы. Для этого представим себе, что рассматриваемая система является в действительности лишь малой частью некоторой воображаемой очень большой системы (о которой в этой связи говорят как о термостате). Термостат предполагается находящимся в полном равновесии, причем таком, чтобы средняя энергия нашей системы (являющейся теперь незамкнутой подсистемой термостата) как раз совпадала с истинным значением энергии E_0. Тогда можно формально приписать нашей системе функцию распределения того же вида, что и для всякой ее подсистемы, и с помощью этого распределения определить ее статистический вес \Delta\Gamma, а с ним и энтропию, нэпосредственно по тем же формулам (7,3-12), которыми мы пользовались для подсистем. Ясно, что наличие термостата вообще не сказывается на статистических свойствах отдельных малых частей (подсистем) нашей системы, которые и без того не замкнуты и находятся в равновесии с остальными частями системы. Поэтому наличие термостата не изменит статистических весов \Delta\Gamma_a этих частей, и определенный только что указанным способом статистический вес будет совпадать с прежним определением в виде произведения (7,13).
--Л. Д ЛАНДАУ и Е. М. ЛИФШИЦ, ТЕОРЕТИЧЕСКАЯ ФИЗИКА ТОМ V, СТАТИСТИЧЕСКАЯ ФИЗИКА, ЧАСТЬ 1, ИЗДАНИЕ 3-е (НАУКА. МОСКВА 1976) p.41 l.24 (l.11 from the bottom) - p.42 l.13

以下、附録として、問題のパラグラフの読解を試みる。その構成は、原書第3版のセンテンス毎に、岩波第2版、岩波第3版、及び拙訳を並記し、その後に単語等を意味を列挙すると云う形式をとることにする。

Для ясного понимания способа определения энтропии важно иметь в виду следующее обстоятельство.
[岩波第2版]エントロピーの定義のしかたを明確に理解するためには, 次の事情に注意することが肝要である.
[岩波第3版]エントロピーの定義のしかたを明確に理解するためには, 次の事情を念頭におくことが肝要である.
[ゑ訳]エントロピー定義の仕組みを明確に理解するのには、以下に述べる事実を見て取ることが重要である。

  1. для:前置詞。生格支配。目的を表わす「...のために」。
  2. ясного:形容詞 ясный の中性生格形。「明解な」
  3. понимания:中性名詞 пониманияе の単数生格形。「理解」
  4. способа:男性名詞 способ の単数生格形。「方法」「やり方」。このセンテンスの鍵となる言葉なので、それなりの訴求力のある言葉を使って訳したほうが良い。「仕組み」と訳しておく。
  5. определения:中性名詞 определение の単数生格形。「確定」「定義」
  6. энтропии:女性名詞 энтропия の単数生格形。「エントロピー」
  7. важно:無人称述語。важно + 不定詞で「...は重要である」を意味する。
  8. иметь в виду:「考慮に入れる」ぐらいの意味らしいが、ここでは вид (男性名詞) が「見ること」「視野」の意味であることを踏まえて「見て取る」と訳したい。
  9. следующее:形容詞 следующий の中性対格形。「次の」
  10. обстоятельство:中性名詞 обстоятельство の単数対格形。「事情」「事実」

Энтропию замкнутой системы (полную энергию которой обозначим как E_0), находящейся в полном статистическом равновесии, можно определить и непосредственно, не прибегая к разделению системы на подсистемы.
[岩波第2版]完全な平衡にある閉じた系 (その全エネルギーを E_0 であらわすことにする) のエントロピーは, 系を部分系に分割しなくても, 直接に定義することもできるのである.
[岩波第3版]完全な統計的平衡にある閉じた系 (その全エネルギーを E_0 であらわすことにする) のエントロピーは, 系を部分系に分割するという手段に訴えなくとも, 直接に定義することもできる.
[ゑ訳]完全な統計的平衡状態にある閉鎖系 (その全エネルギーを記号 E_0 で表わすことにしよう) のエントロピーは、そうした閉鎖系を部分系に分割せずとも、直接確定することが可能なのである。

  1. энтропию:女性名詞 энтропия 「エントロピー」の単数対格形。
  2. замкнутой:形容詞 замкнутоый の女性生格形。「閉鎖的な」「孤立的な」
  3. системы:女性名詞 система の単数生格形。「体系」「システム」の意だが、この文脈では、単に「系」の語が当てられる。
  4. полную:形容詞 полный の女性対格形。「余すところのない」「完全な」
  5. энергию :女性名詞 энергия の単数対格形。「エネルギー」
  6. которой :関係代名詞 который 女性生格形。主文中の名詞・代名詞を先行詞として、それを引用する。
  7. обозначим :完了体動詞 обозначить 「記号・マークで表示する」の勧誘形 (語末の те は省略されている)。不活動体名詞対格支配。
  8. как :私の手持ちの辞書では確認できなかっが、「これを А と云う記号で表わすことにしよう」と云う意味で "обозначим его как А" などと書き表すのは普通に行なわれるらしい。
  9. находящейся :不完了体動詞 находиться 「(事物が)ある」の能動形現在女性生格形。
  10. в:前置詞。対格支配なら「...の中へ」、前置格支配なら「...の中に」「...の中で」
  11. полном:形容詞 полный の中性前置格形。
  12. статистическом:形容詞 статистический の中性前置格形。「統計(学)の」
  13. равновесии:中性名詞 равновесие の単数前置格。「平衡」
  14. можно:無人称述語。можно + 動詞不定形で「...できる」を意味する。一般的な可能を意味する場合には、主語は示されず、文は無人称文になる。
  15. определить:完了体動詞不定形。「確定する」「決定する」。確かに「定義する」と云う語義もあるが、「エントロピー定義」の仕組みを解明しようとする、この文脈にあっては「定義する」と云う訳語は、逆にそぐわないように思われる。
  16. и:接続詞。付加・強調を表わす言葉を導く。
  17. непосредственно:副詞。「直接的に」
  18. не:否定小詞
  19. прибегая:不完了体動詞 прибегать の副動詞形。прибегать к + 与格は伴って「(ある手段に)訴える」を意味する。
  20. разделению:中性名詞 разделение の単数与格形。「分割」
  21. на:前置詞。対格支配で「等価交換」を表わす。例文:менять крупные деньги на мелочь 「大金をくずす」
  22. подсистемы:女性名詞 подсистема の複数対格形。辞書では「下部組織」「サブシステム」と云う訳語が与えられているが、今の文脈では「部分系」

Для этого представим себе, что рассматриваемая система является в действительности лишь малой частью некоторой воображаемой очень большой системы (о которой в этой связи говорят как о термостате).
[岩波第2版]そうするために, 考えている系は, ある仮想的な非常に大きな系の小さな部分とだけ相互作用をしているものと考えよう. (後者の系はこの意味で恒温槽とか熱浴とかいわれる.)
[岩波第3版]そうするために, 考えている系はある仮想的な非常に大きな系のほんの小さな部分にすぎないと考えよう. (この仮想的な系はこの意味で恒温槽といわれる.)
[ゑ訳]そうするために、或る巨大な系を仮想して、ここで考察されている閉鎖系が、実は、そうした巨大な系の小さい一部分に過ぎなかったのだと想像してみよう (こうした関係にあるような巨大な系は「恒温槽」と呼ばれる)。

  1. этого:近称指示代名詞 этот の中性生格形。"Для этого" で「そうするために」の意味になる。
  2. представим:完了体動詞 представить 「提出する」の勧誘形。"представить себе" で「想像する」を意味する。完了体動詞の勧誘形は、個別的動作を勧誘する。
  3. что:接続詞。従属文を導く。
  4. рассматриваемая:不完了体動詞 рассматривать 「検討する」の被動形女性主格形。ただし、訳文中では、後続の文と揃えるために「検討」ではなく「考察」を使っている。
  5. система:これは、単に「系」と訳すよりも、何を指しているのかを明確にするために「閉鎖系」と訳した方がよかろう。
  6. является:不完了体動詞 являться の三人称単数現在形。造格を伴って「...である」を意味する。
  7. в действительности:「実際には」「現実には」。действительность は「現実」「実際」を意味する女性名詞。「作用」「影響」を意味する中性名詞 лействие とは別語。ちなみに тельность は「物質性」を意味する女性名詞。
  8. лишь:限定小詞。「...だけ」「...のみ」
  9. малой:形容詞 малый の女性造格形。「小さい」
  10. частью:女性名詞 часть の単数造格形。「(全体の)一部分」
  11. некоторой:不定代名詞 некоторый の女性生格形。「ある」
  12. воображаемой:形容詞 воображаемый の女性生格形。「仮想的な」。системы (生格形) に掛かっている。
  13. очень:副詞。「非常に」
  14. большой:形容詞 большой の女性生格形。「大きい」
  15. которой:関係代名詞 который の女性前置格形。主文中の名詞・代名詞を先行詞として、それを引用する。
  16. этой:近称指示代名詞 этот の女性前置格形。
  17. связи:女性名詞 связь の前置格。「関係」
  18. говорят:不完了体動詞 говорить 「語る」 の三人称複数現在。不定人称文になっている。"о + 名詞生格形 говорят как о + 名詞生格形" と云う表現は「『1番目の名詞』は、『2番目の名詞』と呼ばれる」ぐらいの意味らしい。"о которой говорят как о + 名詞生格形" といった形でも良く使われるようだ。
  19. как:接続詞。「...と同様に」「...として」
  20. термостате:男性名詞 термостат の単数前置格。手持ちの辞書では「自動温度調節器」・「サーモスタット」と云う訳語しか与えられていないが、ここはやはり「恒温槽」と訳すしかあるまい。

Термостат предполагается находящимся в полном равновесии, причем таком, чтобы средняя энергия нашей системы (являющейся теперь незамкнутой подсистемой термостата) как раз совпадала с истинным значением энергии E_0.
[岩波第2版]恒温槽は完全な平衡にあるものとしよう. その際に, 考えている系 (今のばあいは恒温槽の閉じていない部分系であるが) の平均エネルギーは, ほんとうのエネルギー値 E_0 にちょうど等しいようになっているものとする.
[岩波第3版]恒温槽は完全な平衡にあるものとする. ただし考えている系 (今のばあいは恒温槽の閉じていない部分系であるが) の平均エネルギーは, エネルギーの真の値 E_0 にちょうど一致しているものとする.
[ゑ訳]恒温槽は、完全な平衡状態にあるものとし、その上、我々が (今、恒温槽の開放部分系と見なして) 考察している系の平均エネルギーは、本来のエネルギー値 E_0 と丁度一致するようになっているものとする。

  1. предполагается:不完了体動詞 предполагать 「前提とする」「条件とする」の被動態 (受動態) 相当の動詞。三人称単数現在。訳としては「...(よう)になっているものとする」ぐらいだろう。
  2. находящимся:不完了体動詞 находиться の能動形現在男性造格形。「(人・事物がある状態に)ある」
  3. полном:形容詞 полный の中性前置格形。「完全な」「最大限に達した」
  4. равновесии:中性名詞 равновесие の前置格形。「平衡」
  5. причем:(причём) 接続詞。「その上」「しかも」
  6. таком: 指示代名詞 такой の中性前置格形。в 以下を受けている。"причем таком" で чтобы 以下を導く。
  7. чтобы:接続詞。未だ存在しない事態の実現への希望・必要・要求を表わす補語的従属文を導く (従属文中の動詞は過去形になる)。「...するような」「...するように」
  8. средняя:形容詞 средний の女性主格形。「平均的な」
  9. нашей:所有代名詞 наш の女性生格形。「(筆者・話者から読者・聞き手に向かって)いま私たちの問題[話題]になっている」「この」。訳文中では「我々が...考察している」としてある。
  10. являющейся:不完了体動詞 являться 「...である」(造格支配) の能動形現在女性生格形。日本語の流れとしては、「...と見なして」と訳した方が、文章がなだらかになるだろう。
  11. теперь:副詞 「今」
  12. незамкнутой:形容詞 незамкнутый 「開放した」女性造格形。
  13. подсистемой:女性名詞 подсистема の単数造格形。
  14. термостата:男性名詞 термостат の単数生格形。
  15. как раз:「丁度」
  16. совпадала:不完了体動詞 совпадать の過去女性形。с + 造格を伴って「一致する」の意味。
  17. истинным:形容詞 истинный の女性造格形。辞書では「真の」ぐらいの訳語が与えられている。しかし問題となっている部分系が、恒温槽中の他の部分系との相互作用によりエネルギーが揺らぐと云うのは仮想上の話なので、その「平均エネルギー」も作業概念である。したがって、それが問題となっている部分系の "истинным значением энергии" と一致すると云うことを日本語として言いたい時には「エネルギーの真の値」と云うより、問題となっている部分系 (本来は閉鎖系である) の「本来のエネルギー値」ぐらいに訳しておいたほうがよいだろう。
  18. значением:中性名詞 значение の単数造格形。「値」
  19. энергии:女性名詞 энергия の単数生格形。

Тогда можно формально приписать нашей системе функцию распределения того же вида, что и для всякой ее подсистемы, и с помощью этого распределения определить ее статистический вес \Delta\Gamma, а с ним и энтропию, нэпосредственно по тем же формулам (7,3-12), которыми мы пользовались для подсистем.
[岩波第2版]そうすればわれわれの系に対して, そのすべての部分系に対するのと同じ形の分布関数をあてがい, その分布関数をつかって統計的重み \Delta\Gamma を, さらにそれからエントロピーを, 部分系に対してつかったのと同じ公式 (7.3-12) をつかって直接に定義することができる.
[岩波第3版]そうすればわれわれの系に対して, そのすべての部分系に対するのと同じ形の分布関数をあてがい, この分布をつかって統計的重率 \Delta\Gamma を, さらにそれといっしょにエントロピーを, 部分系に対してつかったのと同じ公式 (7.3-12) によって直接に定義することができる.
[ゑ訳]このようにすると、我々が考察している系の個々の部分系と同一の形の分配関数を、我々が考察している系にも形式的に適用することが可能になるが、そうすると、この分配を用いることで、部分系に対して用いた式 (7.3-12) と同一の式を直接当て嵌めて、我々が考察している系の統計的重み \Delta\Gamma を決定し、そして更にそれから、我々が考察している系のエントロピーをも決定することが可能となる。

  1. тогда:副詞。「その場合は」「このようにすると」
  2. формально:副詞。「正式に」「公式に」「形式的に」。仮想上の議論をしているのだから「形式的に」と云う含意。
  3. приписать:完了体動詞の不定形。+ 対格 + 与格で「(...を...に)帰する」を意味する。
  4. функцию:女性名詞 функция の単数対格。「関数」
  5. распределения:中性名詞 распределение の単数生格形。「分配」
  6. того:定代名詞 тот の中性生格形。"тот же, что и" で「同一の」の意味になる。ただし "тот же" だけでも「同一の」を意味する。
  7. вида:男性名詞 вид の単数生格形。「外観」「状態」
  8. всякой:定代名詞 всякий の女性生格形。「各々」
  9. определить:完了体動詞不定形。「決定する」。
  10. ее:(её) 人称代名詞 она の生格。
  11. с помощью:前置詞相当の語句。生格を伴って「...を用いて」の意。
  12. статистический:形容詞 статистический の男性対格形。「統計(学)の」
  13. вес:男性名詞対格形。「重み」
  14. а:接続詞。「付加」「対比」「対照」「対立」を表わすが、ここでは「付加」だろう。
  15. ним:人称代名詞 он, она の造格。они の与格。
  16. нэпосредственно:副詞「直接的に」
  17. формулам:女性名詞 формула の複数与格形。「式」「公式」
  18. которыми:関係代名詞 который の複数造格形。定語的従属文を導く。
  19. пользовались:不完了体動詞 пользоватсь の過去複数形。+ 造格で「(自分の必要のために)利用する」の意味となる。

Ясно, что наличие термостата вообще не сказывается на статистических свойствах отдельных малых частей (подсистем) нашей системы, которые и без того не замкнуты и находятся в равновесии с остальными частями системы.
[岩波第2版]恒温槽の存在の影響が, われわれの系の個々の小部分 (部分系) の統計的性質に現れないことは明らかである. 小部分は恒温槽がなくとも閉じてはおらず, 系の残りの部分と平衡にあるのである.
[岩波第3版]恒温槽の存在の影響が, われわれの系の個々の小部分 (部分系) の統計的性質に全く現れないことは明らかである. 小部分は恒温槽がなくとも閉じてはおらず, 系の残りの部分と平衡にあるのである.
[ゑ訳]我々が考察している系の個々の小部分 (部分系) は、恒温槽が存在しなかったとしても、閉鎖しておらず、系の残りの部分と平衡しているから、恒温槽の存在が、我々が考察している系の統計的特性に影響を及ぼさないのは明らかである。

  1. ясно:副詞。「明確に」
  2. наличие:中性名詞主格形。「存在」
  3. вообще:副詞。「一般に」。ただし、連語 вообще не は「全然...でない」の意。
  4. сказывается:不完了体動詞 сказываться の三人称単数現在。на + 前置格を伴って「影響を及ぼす」の意。
  5. статистических:形容詞 статистический の複数前置格形。
  6. свойствах:中性名詞 свойство の複数前置格形。「特性」
  7. отдельных:形容詞 отдельный の複数生格形。「個々の」
  8. малых:形容詞 малый の複数生格形。「小さい」
  9. частей:女性名詞 часть の複数生格形。「一部分」
  10. которые:関係代名詞 который の複数主格形。
  11. без:生格支配の前置詞。"и без того" は、辞書では「それでなくてさえ」の訳が当てられているが、ここでは「恒温槽の存在が無かったとしても」と云うことだろう。
  12. замкнуты:形容詞 замкнутоый の短語尾複数形。「閉鎖的な」「孤立的な」
  13. находятся:不完了体動詞 находиться の三人称複数現在形。「(人・事物がある状態に)ある」
  14. равновесии:中性名詞 равновесие の前置格形。「平衡」
  15. остальными:形容詞 остальной の複数造格形。「残りの」
  16. частями:女性名詞 часть の複数造格形。

Поэтому наличие термостата не изменит статистических весов \Delta\Gamma_a этих частей, и определенный только что указанным способом статистический вес будет совпадать с прежним определением в виде произведения (7,13).
[岩波第2版]それゆえ, 恒温槽の存在はこれらの部分の統計的重み \Delta\Gamma_a を変えることはなく, たったいま示したようなぐあいに定義された統計的重みは (7.13) の積の形の以前の定義と一致するであろう.
[岩波第3版]それゆえ, 恒温槽の存在はこれらの部分の統計的重率 \Delta\Gamma_a を変えることはなく, たったいま示したようなぐあいに定義された統計的重率は (7.13) の積の形の以前の定義と一致することになる.
[ゑ訳]それ故、恒温槽の存在によって、これら小部分の統計的重み \Delta\Gamma_a が変わることはなく、上記に示された方法で定義された統計的重みは、以前の積 (7.13) の形での定義の場合に一致するのである。

  1. поэтому:副詞。「それ故」
  2. наличие:中性名詞主格形。「存在」
  3. не:否定小詞
  4. изменит:不完了体動詞 изменять 三人称単数現在形。生格を支配して「変える」の意。
  5. статистических:形容詞 статистический の複数生格形。
  6. весов:男性名詞 вес の複数生格形。「重量」「重み」
  7. этих:近称指示代名詞 этот の複数生格形。
  8. частей:女性名詞 часть「一部分」の複数生格形。
  9. определенный:完了体動詞 определить「定義する」の被動形過去男性主格形。
  10. только что:「たったいま」ぐらいの意味。つまり、部分系に分割しないで「統計的重み」を直接的に定義する仕方を指している。この文意からして、日本語表現としては「上記の/上記に」ぐらいに訳した方が良い。
  11. указанным:形容詞 указанный の男性造格形。「指定された」
  12. способом:男性名詞 способ の単数造格形。「方法」
  13. статистический:形容詞 статистический の男性対格形。「統計(学)の」
  14. будет:不完了体動詞 быть の三人称単数未来形。[быть の未来形 + 不完了体動詞不定形]は、その不完了体動詞の未来形を作る。
  15. совпадать:不完了体動詞不定形。с + 造格で、「...と同時に起こる」「...と合致する」の意味となる。
  16. прежним:形容詞 прежний の造格形。「以前の」
  17. определением:中性名詞 определениие の単数造格形。「定義」
  18. виде:男性名詞 вид の単数前置格。「外観」「状態」
  19. произведения:中性名詞 произведение の単数生格形。「産物」「積」

ここで、私の訳を一つにまとめておこう:

エントロピー定義の仕組みを明確に理解するのには、以下に述べる事実を見て取ることが重要である。完全な統計的平衡状態にある閉鎖系 (その全エネルギーを記号 E_0 で表わすことにしよう) のエントロピーは、そうした閉鎖系を部分系に分割せずとも、直接確定することが可能なのである。そうするために、或る巨大な系を仮想して、ここで考察されている閉鎖系が、実は、そうした巨大な系の小さい一部分に過ぎなかったのだと想像してみよう (こうした関係にあるような巨大な系は恒温槽と呼ばれる)。恒温槽は、完全な平衡状態にあるものとし、その上、我々が (今、恒温槽の開放部分系と見なして) 考察している系の平均エネルギーは、本来のエネルギー値 E_0 と丁度一致するようになっているものとする。このようにすると、我々が考察している系の個々の部分系と同一の形の分配関数を、我々が考察している系にも形式的に適用することが可能になるが、そうすると、この分配を用いることで、部分系に対して用いた式 (7.3-12) と同一の式を直接当て嵌めて、我々が考察している系の統計的重み \Delta\Gamma を決定し、そして更にそれから、我々が考察している系のエントロピーをも決定することが可能となる。我々が考察している系の個々の小部分 (部分系) は、恒温槽が存在しなかったとしても、閉鎖しておらず、系の残りの部分と平衡しているから、恒温槽の存在が、我々が考察している系の統計的特性に影響を及ぼさないのは明らかである。それ故、恒温槽の存在によって、これら小部分の統計的重み \Delta\Gamma_a が変わることはなく、上記に示された方法で定義された統計的重みは、以前の積 (7.13) の形での定義の場合に一致するのである。

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2009年7月21日 (火)

ドイツ語で「陽電子」

本日昼下がり (2009/07/21 14:35:06)、キーフレーズ [陽電子 ドイツ語] でこのサイトを訪問された方がいらしたようだ。ドイツ語で「陽電子」を何というかお調べだったのだろうか。

ログを読んでいて、「陽電子」...。英語だったら "positron" なんだから、ドイツ語だったら "Positron" で良いんとちゃうのん? と、思わず擬製関西弁してしまったが、調べてみると、それ以上付け加えることはない。

勿論 "Antielektron" と云う言い方もあるが、それほど一般的には使われていないのではないか。

言うまでもなかろうが "Positron" も "Antielektron" も、ともに中性名詞。

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2009年5月10日 (日)

メモ:ファインマンとワインバーグのディラック記念講演 "Elementary Particles and the Laws of Physics: The 1986 Dirac Memorial Lectures"

ケンブリッジ大学出版局 (Cambridge University Press) から "Elementary Particles and the Laws of Physics: The 1986 Dirac Memorial Lectures" (Richard Phillips Feynman and Steven Weinberg, Cambridge University Press, 1987, ISBN-10: 0521340004, ISBN-13: 978-0521340007) と云う本が出版されている。

1984年10月Paul Adrien Maurice Dirac が亡くなると、かって彼がルーカス教授職 (Lucasian Professor of Mathematics) として教鞭を執っていたケンブリッジ大学 (University of Cambridge) は、彼の業績を讃えて、毎年記念講演を開催することにした。その第1回の講演者として招待されたのがリチャード・P・ファインマンスティーヴン・ワインバーグである。この本は、その講演に基づいている。

私が、購入したのは随分前 (1995年5月20日) に日本橋丸善でだったが、ハードカヴァ四六判(ぐらい)110ページほどのもので、「瀟洒な一冊」とでも言いたくなる。ジャケットも、臙脂色と言うべきか蘇芳色と呼ぶべきか、或いは単にワインレッドで良いのか知らないが、華やかながら落ちついていて結構おシャレだ。

勿論、私は「ジャケ買い」をした訣でない。第一、ジャケットフロントにはディラックのポートレートが印刷されていて、これが「ある意味恐い」。 恐ろしく聡明そうな、それでいて我々とは全く別の世界が見えているような目をしているのだ。彼は「詩を書く」と云うことが理解できなかったらしいが、なにか詩人のような印象を受ける。それどころか「幻視者」と云う言葉がツイ出てしまう (うん? 実は「ジャケ買い」してたかな?)。

ついでに書いておくと、ジャケットの折り返しにはファインマンとワインバーグのポートレートも掲げられているが、ファインマンは映画俳優のような、そしてワインバーグは実業家のような顔をしている(ワインバーグのことはさておき、ファインマンが「芸達者」だったことは良く知られている)。

買ってはみたものの、そのうち読もうとだけ思って、部屋のそこらへんに転がしておいてそれっきりだったのだが、最近、このブログでは物理学 (と言うか、量子力学) の話題が幾つか続き、それに関係する勉強もしたので、ついでに卒読してみた。

で、この記事を書き始めたのだが、第一稿作成がかなり進んだ段階で (正確には、"Dirac's scissors demonstration" 用の図を、自らの絵心の無さにウンザリしながら、inkscape で「描いたものの、出来が悪いので直そうとして手を入れたら、返ってひどくなり、諦めて最初から作りなおす」を繰り返していた途中に) "Elementary Particles and the Laws of Physics" に日本語訳 (「素粒子と物理法則―窮極の物理法則を求めて (ちくま学芸文庫)」) が存在することに気付いた。迂闊な話で、申しわけないが、後ればせながら「ちくま学芸文庫版」を購入してきた (と言うか、それしか知らないのだが、培風館から出ていたものの文庫化だそうな)。

とは言え、読んだばかりの英語版に不満は無かったので、日本語版の方は読む気が起こらなかった。購入直後に、図面を少し眺めただけで、原稿作成の泥沼に再び飛び込んでしまったのである。ただ、この記事の内容が既に周知化している可能性があるので (「独創的なこと」にこだわる趣味はないから、周知化していても、それだけなら一向に構わないのだが、周知化していると云う事実に無知なのは、さすがに恥づかしい)、第一稿完成後、その点をチェックするため、この記事で扱っている箇所と対応する部分だけザッと読んでみた。結局、訳本に就いてしたのは、それだけである。従って、この記事では、ちくま学芸文庫版の翻訳品質を論ずるつもりはない。ただし、行き掛かり上、以下に論じた箇所の、ちくま学芸文庫版での対応箇所のページ・行番号だけは、追加記入していくつもりである。
--第一稿完成後、推敲前の付加記入。

まず全体の印象を述べておくなら、ファインマンの講演 "The Reason for Antiparticles" (「反粒子の存在理由」と謂ったところか) の方が、ワインバーグの講演 "Towards the final laws of physics" (「物理学の最終法則へ向かって」) よりも断然面白かった。(ちくま学芸文庫版では、それぞれ「反粒子はなぜ存在するのだろうか」と「究極の物理法則を求めて」になっている。)

これは、題材にもよっている。ファインマンが、特殊相対論と量子力学の結合が、必然的に反粒子の存在を要請すると云う、陽電子の存在を予言したディラックの記念講演としては、これ以上ないほど適切な素材を扱い、そして、一応出来上がった理論の総括として、ミンコフスキー空間を舞台にして見晴らしの良い議論ができたのに対し、ワインバーグは、一般相対論と量子力学の最終的統合をめざす一つの試みとして誕生した直後であった超弦理論 (superstring theory) の紹介を行なっているからだ (ワインバーグは講演の中で "string theory" と呼んでいる。当時、「弦理論」の欠陥を克服するものとして超双対性を取り入れた「超弦理論」が提唱され始めた頃だった筈だが、現在では「超弦理論」と呼ばずに、ステップバックして「弦理論」とだけにすることも多いようだ。「膜 (Membrane)」の登場で、「超双対性」は当たり前になったと云うことか。以下、この記事では、基本的には「弦理論」と呼ぶことにする)。 その極めて高度な数学的道具立てもあって、ワインバーグは、「弦理論」の内容の紹介というより、その存在の紹介をすることから余り進んでいない。

実際、当時は、脚註の中で指摘されているように "There are about a half-dozen string theories,..." 「半ダースほどの弦理論が存在する」(p.104 ちくま学芸文庫版 p.116) 状況だった。その解決策として エドワード・ウィッテン が、5つの「超弦理論」を纏める「M理論」(M-theory) を提唱したのは1995年のことである。

そして、多分に謙遜もあるだろうが、ワインバーグは、このように述べている。

The inventors of this theory, and those like myself who are not one of the inventors of the theory but are desperately trying to catch up with it, are now working to try and learn how to solve these theories so that we can find out what these theories say at ordinary energies and see whether they agree with the standard model.
--"Elementary Particles and the Laws of Physics" p.105 ll.14-20
参考: ちくま学芸文庫「素粒子と物理法則」p.117の4-9行
この理論の発明者達や、私自身を含めて、発明者でなくても死に物狂いでこの理論の発展に追い付こうとしている者たちは、現在、こうした理論が通常のエネルギー領域において如何なる結果を与えるかを見出だし、それが標準モデル理論と合致するかどうかを検証しようとして、理論の解明に努力しているところです。

しかし、"The Reason for Antiparticles" の方が面白いのは、単に題材の差だけが理由ではない。やはりファインマンは、講演においても素晴らしく「芸達者」なのだ。彼は、どうしたら、聴衆の興味を引きつけるような核心を速やかに提示し、その興味を持続させ、そして発見の喜びを与えることできるかを知っていた。

多人数を相手に授業する講壇型の教育者は、「芸人」としての資質を持たねばならないのだが、ファインマンは、確かにスタンダップ・コメディアンの資質を持っていたようだ。私は、この講演録を読んでいて、「ここでシッカリ笑いを取っただろうな」と思った箇所が二・三 (或いはもっと?) あった。

しかも伝えるべきことはしっかりと伝えている。何を伝えねばならないかを明確に意識しているからだ。それは、"The Reason for Antiparticles" の中で、その内容をファインマン自身が的確に要約しているからもうかがえる。

Summary
We've gone a long distance in great detail, but the basic ideas are the things to remember. Here's how it went. If we insist that paticles can only have positive energies, then you cannot avoid propagation outside the light cone. If we look at such propagation from a different frame, the paticle is traveling backwards in time: it is an antipaticle. One man's virtual paticle is another man's virtual antipaticle. Then, looking at the idea that the total probability of something happening must be one, we saw that the extra diagrams arising because of the existence of antiparticles and pair production implied Bose statistics for spinless paticles. When we tried the same idea on fermions, we saw that exchanging particles gave us a minus sign: they obey Fermi statistics. The general rule was that a double time reversal is the same as 360°rotation. This gave us the connection between spin and staticstics and the Pauli exclusion principle for spin \frac{1}{2}. That contains everthing, and the rest was just elaboration.
--"Elementary Particles and the Laws of Physics" p.54 l.3 from the bottom - p.55 l.8
参考: ちくま学芸文庫「素粒子と物理法則」p.68下から7行目 - p.70の6行目
要約
多くのことを非常に詳しく検討してきましたが、基本的なアイディアは覚えておいて頂きたい。それは、このようなものでした。粒子が正のエネルギーだけを持ちうるとするなら、我々は、光錐の外側に粒子が伝搬することを認めざるをえません。こうした伝搬では、粒子が、時間軸を逆方向に進むように見えるような別の座標系が存在します。これが反粒子です。ある観測者にとって粒子に見えても、別の観測者にとっては反粒子に見えることがあるのです。ここで、何かが起こると云うことの全確率は1にならねばならないと云う考え方を受け入れる限り、反粒子および対創成の存在のため余分に増える図形が存在すると云うことは、スピン・ゼロの粒子がボーズ統計に従うことを意味します。同じ考え方をフェルミ粒子に適用してみると、粒子の交換が、符号逆転を導き出すことが分ります。つまり、フェルミ粒子は、フェルミ統計に従う訣です。時間軸の逆転を2度することは、360度の回転と同じことだと云うのは一般的規則ですが、これにより、スピンと統計とが結び付き、またスピン \frac{1}{2} に対するパウリの排他原理が得られます。以上のことだけが、この講演の核心であり、それ以外のことは「細かいところの仕上げ」に過ぎなかったのです。

付言するなら、ここでファインマンは、自分が、話題を、スピン・ゼロとスピン \frac{1}{2} の場合に限っていることを明示的に認めている。ここらへんに、私などはファインマンの科学者としてのセンスの良さ、あるいは bon sens を感じてしまう。

これに対しワインバーグも "Towards the final laws of physics" の中で、「ジョーク」を試みてはいるのだが、これが「本人はジョークのつもり」程度のものでしかない。「前置き」も長すぎるし。。。まぁ、そうでもしないと、「尺が稼げない」ところがあったのかも知れないが、「面白くて為になる」講演ができない言い訣みたいになってしまっている。

しかし、ワインバーグも可哀想で、講演の準備中に主催者側から「量子力学の初歩を勉強中の学部学生に分かるレベルで」と云う注文を承けていたらしいのだ (p.67 ll.4-6 ちくま学芸文庫版 p.80の9-11行)。当時 (あるいは現在もかも知れないが)、形成途上にある理論を「解かりやすく」説明させようなどと云うのは無茶な話だ。だから、そんなことは無視してしまって、最初から「何だか分からないけど、或いは、何だか分からないから、面白いこと」を話せば良かったのだが、ワインバーグは結構それに囚われたのかもしれない。読んでいて、私は、多分、ワインバーグは「マジメ」人間なのだろうと思ったのだった。

余談だが、ファインマンは、大学の学部新入生に説明できないような話題は、十分に解明できたとはいえないと考えていたらしい。そういった意味では、「解明途上」の弦理論など、ワインバーグであろうとなかろうと (例えばファインマンでも。もっとも彼は「弦理論」に反発していたらしいが)、その audience に「理解」させようとしても無理なので、ワインバーグは「理解」にこだわる必要はなかったのだが、やはり性格なのかもしれない。ちなみに、ディラック御大の方は、講義をしても、学生が理解できたかどうかについて興味が無かったらしいから、人さまざまだ。

以下、"Elementary Particles and the Laws of Physics" を読んでいる途中に気付いたコマゴマとしたことを纏めておく。

取り敢えずは正誤表を作っておこう。

"Elementary Particles and the Laws of Physics" 正誤表
Richard P. Feynman "The Reason for Antiparticles"
p.7, Fig.1(b)
Elementary Particles and the Laws of Physics.  p.7 Fig.1(b) Elementary Particles and the Laws of Physics.  p.7 Fig.1(b) corrected

備考: p.5 ll.3-4 (ちくま学芸文庫版 p.16下から7-6行) に "Now suppose that there are two disturbances, one at time t_1 and another at a later time t_2,..."「ここで、2つの擾乱が、一方はある時刻 t_1 に、他方は、それよりも遅い時刻 t_2 に起こったとしよう・・・」とあるから (\mathbf{x}_1, t_1) = x_1(\mathbf{x}_2, t_2) = x_2 とを交換する必要がある。

参考: ちくま学芸文庫「素粒子と物理法則」p.18 図1

p.18, l.1

\begin{eqnarray*}
1 = |5a + 5b + \cdots|^2 + \\
\qquad |5c + \cdots|^2 + \cdots
\end{eqnarray*}
1 = |5a + 5b + \cdots|^2 + |5c|^2 + \cdots

備考: 引用した式は、原文では1行に書かれている。省略のリーダー (・・・) が1組多すぎるのは一目で分かる。そこで、式と第5図 (p.17 ちくま学芸文庫版 p.28) を対照してみると、真空-真空過程である第5a図と第5b図は確率振幅を足し合わせてから絶対値の平方を取らねばならないから、元のままでよいが、第5c図に対応する対創成は運動量の違いに応じて全て区別のつく過程だから、確率振幅の絶対値平方を足し合わせねばない。つまり、2番目のリーダーは不要である。

これを踏まえるなら、式は更に

1 = |5a + \sum\limits_{p, q}5b|^2 + \sum\limits_{p, q}|5c|^2

と書き直した方が良いと思われる。

参考: ちくま学芸文庫「素粒子と物理法則」p.29 下から3行目

p.19 Fig.7(d)
Elementary Particles and the Laws of Physics.  p.19 Fig.7(d) Elementary Particles and the Laws of Physics.  p.19 Fig.7(d) corrected

備考: 他の図形に揃えて、頂点を表わす白抜きの丸を付けるべき。 そのついでに、created with Inkscape \sum\limits_{p, q} ? の位置を動かした方が良いだろう (created with Inkscape \sum\limits_{p, q} ? の位置に就いては、Fig.7(f) に対しても、同じことが言える)。

参考: ちくま学芸文庫「素粒子と物理法則」p.30 図7(d)

p.34 l.2
(17) (16)

備考: 引用した式番号が間違っている。

参考: ちくま学芸文庫「素粒子と物理法則」p.47 下から6行目

p.34 l.2 from the bottom
(7) (9)

備考: 引用した式番号が間違っている。

参考: ちくま学芸文庫「素粒子と物理法則」p.48の7行目 (訂正済み)

p.39 Fig.11
Fig.11(a)
(E_a, \mathbf{Q}_a), a (E_a, \mathbf{Q}_a), \mathbf{a}
Fig.11(b)
(E_a, \mathbf{Q}_a), -a^\ast (E_a, \mathbf{Q}_a), -\mathbf{a}^\ast

備考: 光子の偏光 (polarization) は、本文に従ってボールド体で表記すべき。

参考: ちくま学芸文庫「素粒子と物理法則」p.52 図11 (訂正済み)

p.52 l.5 from the bottom
But notice that if the charge q were not quantized, at a multiple of \hbar/2\mu, But notice that if the charge q were not quantized at a multiple of \hbar/2\mu,

備考: 単純なパンクチュエーションミス ("quantized" と "at" との間のカンマが余計)。ちなみに、この講演では、冒頭 (第4ページ下から7行め) で \hbar = 1 として計算を初めてから、それを踏襲してきていたが、この式が含まれる "MAGNETIC MONOPOLES, SPIN AND FERMI STATISTICS" のセクションでは、記号 \hbar が復活している。

参考: ちくま学芸文庫「素粒子と物理法則」p.66 下から9-8行 (原文の余分なカンマは無視されている)

Steven Weinberg "Towards the Final Laws of Physics"
p.64 l.9
whey when

備考: 単純なタイプミス。

参考: ちくま学芸文庫「素粒子と物理法則」p.77 下から7行目 ("when" として訳してある)

p.87 l.2
[\mbox{mass}]^{-\beta_1} [\mbox{mass}]^{\beta_1}

備考: 式 (4) が成立するためには、\beta_1 の前のマイナス符号は取らねばならない。

参考: ちくま学芸文庫「素粒子と物理法則」p.98 下から3行目

p.87 l.3
[\mbox{mass}]^{-\beta_2} [\mbox{mass}]^{\beta_2}

備考: 式 (4) が成立するためには、\beta_2 の前のマイナス符号は取らねばならない。

参考: ちくま学芸文庫「素粒子と物理法則」p.98 下から3行目

その他に気付いたことを書いておく。

"Elementary Particles and the Laws of Physics" メモ
Richard P. Feynman "The Reason for Antiparticles"
p.1 l.2 from the bottom

第1ページの末尾3行には

Dirac with his relativistic equation for the electron was the first to, as he put it, wed quantum mechanics and relativity together.

と云う箇所がある。この "as he put it" は、「彼 (Dirac) の言い方に従えば」ぐらいの意味と捉えるのが一番自然なのだが、実際、Dirac がこうした言い方をしたかどうかは、確認できなかった。それはそれとして、この挿入文は、"wed" (結びつける) の使い方が独特だとファインマンが感じたことを表わしているが、私には、それほど変わった言い回しとは思えない。或いは、ディラックとしては珍しいと云うことなのかもしれない。

そう言えば、ディラックと云う人は、どうやら "girl shy" だったらしい。ガモフに、ご婦人の顔を今までで一番間近で見たのはどのくらいの距離であったか、尋ねられた際に、両手を2フィートほど拡げて、「このくらいの近さだったね」と答えたり、ディラックが結婚した後、その事実を知らなかった友人が、たまたまディラックの家に立ち寄った際、自分の妻を「こちらは、えーっと、ウィグナー (ユージン・ウィグナー/Eugene Wigner)の妹さんです」と紹介した (正確には "This is Wigner's sister, who is now my wife" と言ったらしい) と云う逸話があるのだ。

これに対しては、ファインマンは、「麗しい女性が音楽にのせて踊りながら着衣を一枚ずつ脱いでいく芸能 (だと思う。実態は良く知らない)」の大ファンで、そうした「小屋」に入り浸っていたと云う。そうしたファインマンからすれば、「結びつける」と云う意味で "wed" を使うのは、ディラックらしくないと、思えた可能性はある。

しかし、こうしたことは全て憶測に過ぎない。

或いは、この "wed quantum mechanics and relativity together" は、ディラックとファインマンとの会話の中で出てきたのかもしれない。実際、"Elementary Particles and the Laws of Physics" p.2 (ちくま学芸文庫版 p.12) には、正に二人が何やら話し合っているらしい姿のスナップショット写真が掲載されている。

参考: ちくま学芸文庫「素粒子と物理法則」p.14の3-4行

p.16, l.9

第16ページ第9行-第10行 に

We get the correct answer, but for the wrong reason.

とあるが、私なら "get" は --got-- とする。

参考: ちくま学芸文庫「素粒子と物理法則」p.27の6-7行

p22., l.11-8 from the bottom

第22ページ下から11行目-8行目に

The fact that the amplitude is to be added when two identical particles going A, B to A^\prime, B^\prime arrive A to B^\prime and B to A^\prime instead of A to A^\prime and B to B^\prime, seems very natural,...
A及び BからA^\prime及びB^\primeへと進む2つの同等な粒子が、AからA^\primeへと行き、BからB^\primeへと行く代わりに、AからB^\primeへと行き、BからA^\primeへと行く場合の振幅も加え合わされるべきであると云うことは、極めて自然に見えます。

とある (この "when" には「譲歩」つまり、「...であっても」と云うニュアンスがある)。

これは文法的・語法的に言って首を傾げたくなる文章だが、言いたいことは良くわかる。それに、「正しい」文章にしようとすると、廻りくどくなって返って分かりづらくなる可能性が無しとしない。ただ、この "arrive" の使い方は如何なもんだろうとは、やはり思うのだ。

参考: ちくま学芸文庫「素粒子と物理法則」p.34 ll.8-12

p.22, l.4 from the bottom - p.23 l.2

第22ページ下から4行目から第23ページ2行目の文章

Again, if particles arise from the quantization of a classical field (such as the electromagnetic field, or the vibration field of a crystal) the correspondence principle requires Bose particles if intensity correlations are to be correct, such as in the Hanbury Brown Twiss Effect.

とある。

冒頭の "Again" は「(上述の議論を) 再度適用すると」の含意。訳すとしたら「同様にして」。また、第2語の "if" (1番目の "if") には、譲歩のニュアンスがある。日本語にすると「...の場合でも」ぐらいになる。

"the correspondence principle" の "the" は、指示的な意味合いが強いので、訳すとしたら「この」ぐらいになるだろう。ただ "correspondence" が意外と訳しづらい。"correspondence" と云うと、通常「対応」と訳される。実際、量子力学で "correspondence principle" と言うと、ボーアの対応原理 "Bohr's correspondence principle" を指すのが普通だろう。

しかし、この場合はそうではない。(先回りして言ってしまうならボース統計に従う)同一種粒子の体系に起こる過程の確率振幅計算にあっては、粒子を入れ換えた各事象の確率振幅を加算しなければならないと云う「原理」を指している。これが、量子化される以前の古典的な場が変わっても、量子化後の粒子がボソンであるなら、やはり「対応する」(と言うか、「同じ」と言ってしまっても良いような気がするがするが)「原理」が成立すると言うことなのだ。従って、"correspondence" は敢えて訳す必要はないと思う

更に、2番目の "if" 以下は、"be + 不定詞句" と相俟って、目的を表わす副詞節になっている。従って、全体は次のような意味なる (「ハンベリ・ブラウン・トゥイス効果 (Hanbury Brown Twiss Effect)」に就いては次項参照):

同様にして、(電磁場とか、結晶の振動場とかの) 古典的場の量子化に由来する粒子の場合でも、ハンベリ・ブラウン・トゥイス効果に見られるような強度相関を正しく成立させようとするなら、この原理によって、そうした粒子はボース粒子でなければならないのです。

ここで「電磁場」が、例として挙げられているのはヤヤ不審。また、この議論では、暗黙のうちに、話題が正の強度相関に限定されている。

参考: ちくま学芸文庫「素粒子と物理法則」p.34 下から9-4行

p.23, l.2

第23ページ2行目には such as in the Hanbury Brown Twiss Effect (ハンベリ・ブラウン・トゥイス効果) とあるが、このHanbury Brown Twiss Effect (HBT) に就いては、英文版ウィキペディアの該当項目、及び "Hanbury-Brown and Twiss-type experiments in electronic devices" (Stefan Oberholzer, Institut für Physik, Universität Basel, 6. December2005) を参照。

光子の場合で言い表すと、熱的光源から発せられる光の強度を1対の検出器で測定した場合に得られる、1対の強度測定値の揺らぎの間には、(光子はボソンであるため) 正の相関があると云う現象のことである (R. Hanbury Brown and R. Q. Twiss, "Correlation between photons in two coherent beams of light", Nature 177/1956, pp.27-29)。

この効果は、Robert Hanbury BrownRichard Q. Twiss とが、恒星 (具体的にはシリウス主星) の角直径を測定するために開発した「強度干渉計」の原理として採用された (A test of a new type of stellar interferometer on Sirius)。

ただし、このへんのことには若干の経緯がある。もともと、「強度干渉計」は電波星 (はくちょう座A及びカシオペヤ座A) の角直径を測定するために開発されたもので、その動作原理は古典的電磁気学 (マクスウェル方程式) に基づいていた。Hanbury Brown と Twiss とは、同種の装置を光の場合に建造して、それでシリウス主星の角直径 0.0063秒が測定されたと発表した。

ちなみに、最近の測定値は、約 0.0059秒乃至約 0.0060秒。これについては、英文版ウィキペディア "Sirius" の項、及び、そこで引用されている Kervella et al. "The interferometric diameter and internal structure of Sirius A" Astronomy and Astrophysics 407: 681–688 を参照。日本語版/英語版ウィキペディアの「角直径/angular diameter に記載されているシリウス主星の角直径「約 0.007秒」は疑問

つまり、恒星由来の光の場合にも強度のゆらぎ間に正の相関が存在すると主張した訣である。

発光源が、シリウス主星であろうと、水銀灯であろうと、光が、量子 (光子) になっていることに変わりはないが、光の量子としての側面があからさまになる局面が存在する。その象徴的な例が、恒星が我々の肉眼で視認できると云うこと自体が示すように、発光源が恒星である場合である。当然、HBT は量子力学で解釈されねばならない。しかし、恒星に由来する光子群を1対の検出器で測定してえられる (当然、波動関数の位相情報が失われた) 強度の揺らぎの間に相関があると云うことは、一見量子力学の基本に反するように見えたので、発表当初、HBT は物理的な実在性が疑われたのだった。結局、実は HBT は光がボソンであることの本質的な結果 (電子等のフェルミオンの場合にも同様なことが起こるが、相関 は負 --逆相関 /反相関-- になる) であることが解明された ("The Question of Correlation between Photons in Coherent Light Rays" E. M. PURCELL. Nature 178, 1449 - 1450 [1956])。このことが礎の一つなって、研究が進み、その後大きな発展を遂げて「量子光学」(quantum optics) が成立したのである。

    次の記事も参照:
  1. Obituary: Robert Hanbury Brown (1916-2002) : Article : Nature
  2. "THE PHYSICS OF HANBURY BROWN–TWISS INTENSITY INTERFEROMETRY: FROM STARS TO NUCLEAR COLLISIONS" Gordon Baym. "ACTA PHYSICA POLONICA B" Vol. 29 No 7 (1998)
  3. "HBT Interferometry: Historical Perspective" Sandra S. Padula

参考: ちくま学芸文庫「素粒子と物理法則」p.34 下から7行目

p.29, l.3-5

第29ページ第3行-第5行に

Dirac had a very nice demonstration of this fact-that rotation one time around can be distinguished from doing nothing at all.
--"Elementary Particles and the Laws of Physics" p.29 ll.3-5
ディラックは、1回転することと全く何もしないこととは区別できるのだと云うこの事実を実証する大変巧い方法を知っていました。

とあって、それに脚註して

For this demonstration due to Dirac, his famous scissors demonstration, see R. Penrose and W. Rindler (1984). Spinors and Space-time, Vol.1 p,43. Cambridge University Press.
--"Elementary Particles and the Laws of Physics" p.29 footnote

と書かれていて、最初に読んだ時、一瞬文意が取れず戸惑ったが、"this demonstration due to Dirac" と "his famous scissors demonstration" とが同格であることに気付けば、「ギリギリセーフ」の文章ではではあるのだ (「ディラックによる、この有名な「鋏の実演」に就いては、R・ペンローズ及びW・リンドラー共著 1984年発行『スピノルと時空』第1巻第43ページ参照」ぐらいか)。

それはさておき、この Dirac の "scissors demonstration" の内容は、概ね次のようなものであるらしい (ディラック自身のオリジナルがどのようなものか調べが付かなかった。以下は、上記 Penrose 及び Rindler の著作を参考にして、私なりの表現をしたものである)。

鋏と紐と長い2本の棒を用意し、紐を、鋏の持ち手の2つの穴と、2本の棒とに次の図のように絡ませてから (棒が「長い」とは、要するに、棒から紐を外す操作を禁じる限定。数学的には「無限長」とすべきか)、鋏を刃部分を中心軸にして720度 (4\pi) 回転させる (下図参照)。この後、鋏を、その中心軸に対して逆回転させないでも、紐を「ネジネジ」を解くことができるのだが、どうしたらよいかと云うのが、ディラック "scissors problem/scissors demonstration" と云うことのようだ (ただし、最初の回転が360度では、元に戻すことは不可能と云うのも重要な点)。

Derac's scossors Problem

私は、パズルが苦手で (と言うか、そもそも得意なものは何もないのだが)、こう云う時はサッサと回答を探すことにしている。有り難いことに、"Spinors and Space-time" Vol.1 には、次のように書いてあった (以下の引用で「chair/椅子」とあるのは、問題がもともとの形が、紐を椅子の背もたれの支柱に巻きつけるものとして表現されていたためである)。

The fact that this problem can be solved for 4\pi but not for 2\pi is a consequence of the above properties of SO(3). The solution is made trivially easy if the four strands of string (whose main purpose is to confuse the issue) are regarded as glued (in an arbitrary manner) to an open belt issuing from the chair: a twist of 4\pi of the belt is undone by looping the belt once over its free end. This solution also yields another way of continuously deforming a 4\pi rotation into no rotation. If we regard the scissors as free to slide along the belt, then each position of the belt during the untwisting manoeuvre gives a closed path in the configuration space of the scissors. The first takes it through a rotation of 4\pi, the last through no rotation at all.
--R. Penrose and W. Rindler "Spinors and Space-time" Cambridge University Press (1984) Vol.1. p.43 l.3 from the bottom - p.44 l.8 (Google ブック検索 による)
この問題が、4\pi の場合には解けるが、2\pi の場合には解けないという事実は、SO(3) の上記の性質の結果である。この問題の答えは、4本になっている紐 (その主たる目的は、問題の核心を隠しくらますことにある) を、(適宜の仕方で良いから) 固め合わせて椅子からぶら下がっているベルトとして扱うならば、おのづから明らかになる: ベルトが 4\pi 捻ってあるなら、そのベルトを、椅子に繋がっていない方の端を1回廻り込む輪を描くように動かせば良いのである。この答えは、4\pi の回転を無回転へと連続的に変形する方法の別解にもなっている。実際、鋏がベルトに繋がっていない状態で紐に沿って移動すると見なすなら、ほどけていく過程中におけるベルトの「姿勢」の夫々は、鋏の配位空間内で閉径路を形成するが、その最初の「姿勢」は、4\pi の回転に対応し、最後の「姿勢」は無回転に対応するのである。

つまり、次の図に示すようにして、ネジネジの廻りを、ネジネジの方向とは逆に一周するよう鋏を動かせ、と、言っているのだろう。ただし、その際気をつけねばならないことは:

  1. 周回中、鋏自身は、その中心軸に対しては回転しないようにすること。
  2. 鋏の全体が、ネジネジの廻りを回るように、鋏に付いている紐をうまく捌くこと。

である。

Dirac's demonstration of his scissors problem

また、この "Dirac had a very nice demonstration" で始まる1段落は、編集者によると思われる "This was taken verbatim from Feynman's lecture." (この文章は、ファインマン講演の言葉どおり) と云う脚註も付けられている。これは p.30 の連続写真との対応に臨場感を出すため実況録音風にしたためとも考えられるが、その一方で、「編集者」がこの部分の内容及び/又は表現に留保する意向の現れである可能性もある。

    参考になるかもしれないウェブサイト
  1. "Orientation entanglement - Wikipedia, the free encyclopedia" 「紐と鋏」ではなく、「コーヒーカップとベルト」を使った説明。この問題の数学的な本質が、リー群としての3次特殊直交群 (3次元回転群) SO(3) が単連結でなく、そのスピノル群 (スピン群)、つまり単連結な二重被覆群として、2次特殊ユニタリ群 SU(2) を有することにあることが説明されている。
  2. "Air on the Dirac Strings" CG アニメと「フィリピン・ワイン・ダンス」の実写を収めたmpg 動画 (40MB) へのリンクがある。
  3. "Dirac belt trick" アプレットを使った説明。ベルトの根元とベルト動きとの前後関係が分かりづらい。
  4. "Spinor - Wikipedia, the free encyclopedia" 英文版ウィキペディアの「スピノル」の項。
  5. "Tangloids - Wikipedia, the free encyclopedia" スピノルの計算をモデル化した、つまり、Dirac's scissors demonstration と同じ原理の数理玩具
  6. "The Dirac String Trick - First Hand" Dirac's scissors demonstration の関連情報が纏められている。

次の書籍にも、説明があるようだ。そのGoogle ブック検索とアマゾンへのリンクを貼っておく (Google ブック検索でヒットする著作とアマゾンに掲載されている著作は版数が異なることがあり得るので注意されたい):

  1. Louis H. Kauffman "Knots and physics"
  2. George K Francis "A Topological Picturebook"

参考: ちくま学芸文庫「素粒子と物理法則」p.41 下から4-2行及び p.42 脚註
なお、この脚註には、「訳注」として "Spinors and Space-time" Vol.1 からの転載と思われる "scissors demonstration" の図と、それに就いての説明の要約が付記されている。

p.29 ll.7 from the bottom - the bottom.

第29ページ下から7行からページ末までを最初に読んだ時、とまどった。基本的には未来のことにかかわる "keep track of" の後に現在完了形の名詞節 "whether you've made a rotation or not" が従っていたからだ。「回転したのが1回かどうかを追跡監視する」と云う簡単なことを言っているのだと気づくまでにしばらく時間が掛かった。それほど、私は頭が鈍いのだ。こんなことに引っ掛かる者は多くはあるまい。特に、講演の実際の audience には (彼らの多くがネーチヴ・スピーカであっただろうことを考慮しなくても)、ファインマンのイントネーションや身振り・表情も相俟って問題なく理解できただろう。

一応、訳を付けておく。

So two rotations are equivalent to doing nothing, but one rotation can be different, so you have to keep track of whether you've made a rotation or not, and the rest of this talk is a nerve racking attempt to try to keep track of whether you've made a rotation or not.
つまり、2回転は何もしないのと等価ですが、1回転は異なることがあるのです。そこで、回転したのが1回かどうか常に気を付けていなければなりません。これからの話は、回転したのが1回かどうか注意しつづけるようにすると云う精神的にシンドイ作業になります。

なお、Google ブック検索ではこのページを閲覧することができる (Elementary particles and the laws of ... - Google ブック検索)。

参考: ちくま学芸文庫「素粒子と物理法則」p.42 下から行目-p.44の3行目

p.51, ll. 3-9

第51ページ3-9行目には

Now there's a famous theorem that states that when you move an electric charge q through a magnetic field then the phase changes by \mbox{exp}(iq\int\!\!\mathbf{A}\cdot\mbox{d}\mathbf{x}), where \int\!\!\mathbf{A}\cdot\mbox{d}\mathbf{x} is the line integral of the vector potential \mathbf{A} along the path that the electric charge follows. (That's meant to intimidate you!)
--"Elementary Particles and the Laws of Physics" p.51 ll.3-9

とある。

この "famous theorem" とは、アハラノフ・ボーム効果のことである ([nouse: アハラノフ・ボーム効果とその実証実験 (本ブログ「サニャック効果」関連記事の余談として)] 参照)。従って、最後の一文 "That's meant to intimidate you!" は、アハラノフ・ボーム効果がアハラノフとボームによる予言後も、かなり長い間、その信憑性が疑われ続けたことを踏まえているのだろう。

これは私の推測と言うか、憶測だが、ファインマンは、アハラノフ・ボーム効果に就いて説明したのに、「フツーの物理学者、或いは、物理学部学生」なら起こすのが不思議でない「拒絶反応」を聴衆が示さないので、一寸したイタヅラ心を起こしたのだろう。「君らをドン引きさせるつもりだったのだけれどな」と付け足した感じなのだ。その裏には、ファインマンが、アハラノフとボームの予言に当初から拒絶反応を起こすことなく認めたと云う自負があるはずだ。付言するなら、この第1回ディラック記念講演が行なわれた1986年は、奇しくも、日立製作所中央研究所における外村彰 (とのむら あきら) の研究グループが、アハラノフ・ボーム効果の実在を、最終的に実証した年だった。

さて、磁場内で電荷 q を動かすと、電荷の径路に沿ったベクトルポテンシャル \mathbf{A} の線積分を \int\!\!\mathbf{A}\cdot\mbox{d}\mathbf{x} として、電荷の位相が \mbox{exp}(iq\int\!\!\mathbf{A}\cdot\mbox{d}\mathbf{x}) 変化すると云う有名な定理があります。。君らをドン引きさせるつもりだったのだけれどな。

参考: ちくま学芸文庫「素粒子と物理法則」p.64 下から2行目-p.65の3行目

p.57 l.9 from the bottom

第57ページ下から9行めに記載されている "David Finkelstein" は、英文版ウィキペディアに項目のある "David Finkelstein" と思われる。

参考: ちくま学芸文庫「素粒子と物理法則」p.72の10-11行

Steven Weinberg "Towards the Final Laws of Physics"
p.84 ll.2-12

量子電磁力学 (Quantum Electrodynamics/QED) による、電子の異常磁気モーメントの計算に就いて、第84ページ2行目から12行目に次のように書かれている:

This has been calculated many times, first, I believe, by Schwinger, and most recently and comprehensively by Kinoshita in 1981. The result of Kinoshita's calculation, together with the current experimental value, are given below in (2)

Magnetic moment of the electron:

Kinoshita's calculation:
1.00115965246 ± 0.00000000020

Best experimental value:
1.00115965221 ± 0.00000000003 (2)

--"Elementary Particles and the Laws of Physics" p.84 ll.2-12

この計算は何度も行なわれていますが、最初は、確かシュインガーによって行なわれ、最近では、最も包括的な仕方で木下により1981年に行なわれました。木下の計算結果と、現在の実験値を以下の (2) に示しておきます。

電子の磁気モーメント:

木下の計算値:
1.00115965246 ± 0.00000000020

最良の実験値:
1.00115965221 ± 0.00000000003 (2)

この "Schwinger" は、勿論、朝永振一郎やファインマンと同時にノーベル物理学賞 --Nobel laureates in Physics-- (1965年) を受賞した Julian Schwinger のことだが、ここで言及されているのは彼の 1948年における論文 "On Quantum-Electrodynamics and the Magnetic Moment of the Electron" (Phys. Rev. 73, 416 - 417 [1948]) を指しているのだろう。

この "Kinoshita" は「木下東一郎」のこと。

本稿に就いては、以下で、やや補足説明する。

参考: ちくま学芸文庫「素粒子と物理法則」p.96の1-7行
p.97の脚註では、木下のその後の計算の結果が紹介されており、木下と仁尾の論文 "Improved α4 Term of the Electron Anomalous Magnetic Moment" (Phys.Rev. D73 (2006) 013003 arXiv:hep-ph/0507249) が引用されている (「訳注」内で、"Niho" とあるのは --Nio-- の誤り)。

Steven Weinberg "Towards the Final Laws of Physics"
p.100 Fig.4

第100ページの図4には、下のような感じの図が示されて

Interaction of two closed strings

次のようなキャプションが付けられている:

Fig.4 A string intersection involving the emission and reabsorption of a massless spin-two particle.
--"Elementary Particles and the Laws of Physics" p.100 Fig. 4
図4 質量ゼロ・スピン2の粒子の放出と再吸収とに関るストリングの交差

私は「弦理論/ひも理論」には全く無知だが、このキャプションには首を傾げてしまった。この図のように時間が左から右に流れているなら、この図は、粒子の「放出と再吸収」ではなく「吸収と再放出」に対応するような気がする。と言うか、むしろ、2つの閉ストリング (代表的には、質量ゼロ・スピン2の粒子である重力子/graviton) の相互作用を表わす worldsheet とでも説明した方が良いのではないか。(ファインマン図と同様、相互作用の高次の成分に対応する worldsheet も存在する訣だが、ここではそちらの方には立ち入らない)。

参考: ちくま学芸文庫「素粒子と物理法則」p.111 図4

Schwinger と木下東一郎の業績に付いて補足する。

しかし、まずは時間を巻き戻して、前期量子論から説明すると、そこでは、原子核の周りを電子が廻ると云う描像のもとで、電子の配置が量子化されて、当初の議論の段階では、電子の運動エネルギーに対応する主量子数と、電子の軌道運動の角運動量に対応する方位量子数及び磁気量子数とが導き出された (主量子数 n は自然数。方位量子数 ln 未満の非負整数、磁気量子数は、-l から +l までの整数)。ここで、方位量子数は、軌道角運動量全体の大きさ L に対応するのに対し (L = \sqrt{l(l+1)})、磁気量子数 m_\psi は、短絡的に表現するなら、原子が磁場内に置かれた際の、電子の軌道角運動量の磁場方向成分 (描像的には、磁場方向を中心軸とする電子の回転運動の角運動量) であって、磁場内を運動する荷電粒子としての電子の磁気モーメントを \frac{e\hbar}{2m_e}\cdot m_\psi と云う式で規定する値であった (ここで e は電気素量、m_e は電子の静止質量。なお、この式は SI 単位系による --具体的な値は、9.274 \times 10^{-24} J\cdot T^{-1}--。 ちなみに、cgs単位系では、分母に真空中の光速度 c が入る)。この \frac{e\hbar}{2m_e}ボーア磁子と呼ばれ、\mu_B などと記される。

前期量子論における、こうした「原子核の周囲を廻る電子の軌道」と云う描像は、その後確立されたコペンハーゲン教理では排斥されたが、勿論歴史的には十分意味がある。

さて、アルカリ金属原子の光学スペクトル線の予期せぬ二重項 (異常ゼーマン効果) に対する解釈を契機としてヴォルフガング・パウリが、電子に、当時知れられていなかった自由度が存在することを予想し、そしてそれに関連して、後年彼の名を冠せられて呼ばれるようになった排他原理を提唱 (1925年) したことが、電子の磁気モーメントに2種類の変異をもたらす内的自由度としてのスピンの概念に結実した訣だが、そのスピンは角運動量としての実在を持っていた。そして、スピンがゼロであると言う場合を含めると、スピンは、電子以外でもあっても、全ての素粒子が備える本質的な量子条件であることが分かっていく。(所謂、「シュテルン-ゲルラッハの実験」は、当初、スピンとの関係が認識されていなかった。)

電子のスピンと、その磁気モーメントを解明したのはディラックだった。彼は、電子に付いてのシュレディンガーの波動方程式を特殊相対論を満たすよう変形するなら、自然に電子が \frac{1}{2}\hbar (又は -\frac{1}{2}\hbar)) のスピン角運動量と、それに対応する磁気モーメント -\mu_B (又は \mu_B) を有することを示したのだ (岩波書店[ディラック 量子力學 原書第4版]第357ページ9-11行を参照)。ここで、注意すべきなのは、スピン各運動による磁気モーメントは、軌道角運動量から類推される量 (-\frac{1}{2}\mu_B/\frac{1}{2}\mu_B) の2倍になっていることである。

量子化された角運動量 P\hbar と、それに対応する磁気モーメント \mu があるとき、\mu\mu_B\cdot P の何倍かを表わす係数を g 因子 と呼んで、g で表わすことが多いが (つまり \mu = g\cdot\mu_B\cdot P. ただし、電子スピンの場合は、右辺にマイナス記号が付けられる)、ディラックは電子のスピン角運動量については g = 2 であると結論したのである。そして、これは実験と一致するように見えた。これに就いては、岩波書店[ディラック 量子力學 原書第4版]第356ページ2-3行に「この磁氣能率は...實驗と一致している」(This magnetic moment is ... in agreement with experiment.) ) とあることから、当時の認識の一端を伺える。

しかし、詳しい実験の結果、電子の g 因子は 2 から僅かにズレいてることが判明した (P. Kusch 及び H. M. Foley "Precision Measurement of the Ratio of the Atomic `g Values' in the 2P3/2 and 2P1/2 States of Gallium" Phys. Rev. 72, 1256 [1947] では \frac{(g-2)}{2} = 0.00115。 なお、P. Kusch 及び H. M. Foley "The Magnetic Moment of the Electron" Phys. Rev. 74, 250 - 263 [1948] も参照。そこでは \frac{(g-2)}{2} = 0.00119 とされた)。

1-loop Feynman diagram of magnetic moment of electron

このズレが、電子が光子を放出した後、それを吸収することよる効果だと見抜いたシュインガーは、"On Quantum-Electrodynamics and the Magnetic Moment of the Electron" (Phys. Rev. 73, 416 - 417 [1948]) で、ハミルトニアンに付加項を加えて、その補正値 \frac{(g-2)}{2} を、cgs 単位系で表わすと \frac{e^2}{2\pi \hbar c} となると導き、その値 0.001162 と算出して、実験結果を説明することに成功する (計算の際に現れる発散は「繰り込まれた」)。ディラックが産んだ量子電磁力学の卵を、シュインガーが孵した、と謂ったところか (量子電磁力学の成立には、ファインマンや朝永振一郎の功績があったことも忘れてはならないのは勿論だが...)。

なお、この補正値 \frac{e^2}{2\pi \hbar c} は、cgs単位系で表わした微細構造定数 (fine-structure constant) \alpha = \frac{e^2}{\hbar c} (SI では \alpha = \frac{e^2}{4\pi\epsilon_0\hbar c}) を使って書き直すと \frac{\alpha}{2\pi} となる訣だが、シュインガーの墓碑 (マサチューセッツ州マウント・オーバーン墓地/Mount Auburn Cemetery) には、この記号が刻まれいてると云う。

Simplified Feynman Diagram for magnetic moment of electron

しかし、シュインガーの議論は、磁場ポテンシャルの影響を所与とした上での最も単純な摂動を計算したに留まるものだった。つまり、ファインマンの観点で言うなら、シュインガーの補正は、単ループのファインマン図 (右上図) 1個の寄与分を求めたに過ぎない。もっとも、異常磁気モーメントの値なので、運動量の大きさの変化 |p-p^\prime| 及び電子の運動方向の変化がゼロになる極限値を求めれば良く、従ってファインマン図を簡略化することができる(右図)。

式が共変的であることが解かり易いシュインガーのアプローチではあったが、具体的な計算には不向きで、これ以上のことは、実質上不可能だった (ここら辺のところは、ハイゼンベルク表示とシュレディンガー表示の関係と同じである)。

しかし、この摂動は、実際には、次のような微細構造定数の級数として表わされる。つまり、ヨリ高次の項が存在する。


\frac{g-2}{2} = 0.5\times\frac{\alpha}{\pi} - (0.328478...\times\frac{\alpha}{\pi}^2) + (1.181241...\times\frac{\alpha}{\pi}^3) - (1.9144...\times\frac{\alpha}{\pi}^4) + \cdotsa

そして、\alpha の1次の項の計算には1つのファインマン図で間に合うが、2次の項では7つ、3次の項では72個、4次の項では891個、5次の項では12672個と、必要なファインマン図の数は急上昇していき、それに伴った数値計算も、それ以上速さで膨大になっていく。「人力」の計算では、せいぜい2次の項までが限界だった。これに対し、木下はコンピュータを駆使して、3次及び4次の項の摂動計算を行なった。

例えば、木下は、1972年に、P. Cvitanovic と共同で、"Sixth-Order Radiative Corrections to the Electron Magnetic Moment" と云う論文を "Physical Review Letters" Nov. 27, 1972 に発表している (タイトル中の "Sixth-Order" は \alpha の次数としては3次に対応する)。

1981年時点の木下の結果に就いては、"Calculation of the Eighth order anomalous magnetic moment of the electron" (T. Kinoshita and W.B. Lindquist. Submitted to the Second International Conference on Precision Measurement and Fundamental Constants, National Bureau of Standards, Gaithersburg, MD, 8-12 June, 1981) が参考になる。ワインバーグが引用している Kinoshita's calculation は、おそらく、この結果だろう。それは、実験値と小数点以下9桁までが一致するという驚くべきものだ。

しかし、木下は、さらに計算を進めて、2005年には理化学研究所の仁尾真紀子との共同論文 "Improved α4 Term of the Electron Anomalous Magnetic Moment" (Jul 2005. Phys. Rev. D73:013003, 2006. e-Print: hep-ph/0507249) を、翌2006年には、仁尾の他に、 ハーバード大学の研究者 (G. Gabrielse, D. Hanneke, B. Odom) も加えて "New Determination of the Fine Structure Constant from the Electron g Value and QED" (Phys. Rev. Lett. 97, 030802 (2006) [4 pages]) を発表する。この成果は、アメリカ物理学協会 (American Institute of Physics/AIP) の2006年度 "The Physics Story of the Year of 2006" に選ばれたのだった。

ただし、「2007年8月22日付けの理化学研究所プレスリリース: 電子の磁石の強さを1兆分の1の精度まで計算」によれば、理研・名古屋大学・米国コーネル大学の共同開発チーム (仁尾 真紀子その他) は、木下が開発した摂動計算の手法をコンピュータによる完全自動化することに成功し、木下・仁尾が2005年に発表した4次の項の計算を追試した所、そのプログラム20万行中の6行に誤りがあり、計算値を訂正する必要があることが分かったという。

なお、最近の木下の姿が、2008年4月9日[木曜]朝日新聞夕刊(東京本社3版)第1面掲載の「素粒子の狩人」第4回に報じられている。

    次の文書も参考にされたい:
  1. M. Nio (RIKEN) "Automated Calculation Scheme for αn Contributions of QED to Lepton g-2: Diagrams without Lepton Loops" Feb. 7, 2006 KEK大型シミュレーション研究ワークショップ「超高速計算機が切り開く計算物理学の展望」
  2. M. Nio (RIKEN) 「レプトンg-2のQED高次補正」December 1-2, 2008 「計算科学による素粒子・原子核・宇宙の融合」筑波大学
  3. G. Gabrielse, D. Hanneke, T. Kinoshita, M. Nio, and B. Odom. "New Determination of the Fine Structure Constant from the Electron g Value and QED" Phys. Rev. Lett. 97, 030802 (2006) [4 pages]
  4. T. Aoyama, M. Hayakawa, T. Kinoshita, M. Nio "Revised value of the eighth-order QED contribution to the anomalous magnetic moment of the electron" arXiv:[hep-ph]0712.2607v2

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2009年3月21日 (土)

メモ: 岩波書店 [ディラック 量子力學 原書第4版] の誤植及び微妙訳

私が ディラック (Paul Adrien Maurice Dirac) の名前を初めて聞いたのは、たしか中学生だったか小学生の時だったと思う。物理学の啓蒙書ででも聞きかじったのだろう (ガモフのトムキンス物--「不思議の国のトムキンス」とか--など読み散らしていたのだ)。物理学的内容など分かる訣もなく (これは確かに小学生の時だが、友達に「E = mc^2 って知ってる?」と聞かれてヘドモドした記憶がある)、「天才物理学者」達の逸話に無闇と興奮していただけだった。

その中でも、ディラックの逸話は印象的だった。例えば、ある婦人 (今、ネットで調べてみたら、ロシアの実験物理学者ピョートル・カピッツァ --Пётр Леонидович Капица-- の2度目の夫人 Анна Алексеевна らしい。ウェブページ "Paul Dirac" 参照) が、編み物をしているのを見て、数学 (位相幾何) 的に言って、その編み方とは別の編み方が可能だと気付き、それをそのご婦人に説明した所、彼女に、それは昔から良く知られていて「裏編み」と呼ばれていると言われてしまった。。。(つまり、彼女は「表編み」をしていた訣です。)

大学に入ってから、教養学部の、物理や化学の参考書として「ディラック」に再び出会う訣だが、読んでみると、何とも咀嚼しづらかった。これは、勿論私が「劣等生」だったと云うこともあるだろう。何しろ、化学の、分子軌道か何かの授業中に、講師が「 "self consitent theory" は通常『自己無道着理論』と呼ばれるが、『自己満足の理論』とも呼ばれる」と云うジョークを飛ばしたのだが、化学の授業で覚えたは、そのことだけだったりするのだ。

しかし、咀嚼しづらかった別の理由の一つは、当時既に、内容が微妙に陳腐化していたせいもあったろうが (なにしろ「量子力学」ではなくて「量子力學」だからね。ただ、ディラックの名誉のために付言するなら、「量子力學」の内容あるいは表現が陳腐化したのは、ディラック自身の偉業の結果だった。彼の量子電磁気学 (Quantum Electrodynamics/QED) は、現在爆発的成長を遂げた場の量子論の鏑矢となったし、超関数論成立の主要動機の一つは、当初数学的に厳密な根拠が与えられていなかったディラックのデルタ関数の合理化だった)、やはり、大きかったのは、量子力学そのものの「分かりにくさ」(と、当然、私の頭の悪さ) だったろう。

量子論の認識論的な「異常性」はさておき (いや、実は「さておき」ではない筈なのだが、ここでは兎に角「さておき」)、何と言うか「結果オーライ」的な「論理」の進展に私は付いて行けなかったのだ。

「こんなことをしてどうして間違えないでいられるのだろう」と立ちすくむ凡人の呟きを余所に、天才は量子の世界を疾走する。

そう云う訣で、「量子力學」に挫折したのだが、それがずっと心に残っていて (まぁ、「虎馬」と云うヤツだな)、時々思い出す度に「そのうち、また挑戦してみよう」と云う呪文で、記憶の亡霊を封印してきたのだ。

しかし、最近アハラノフ・ボーム効果に就いて少し勉強した ([nouse: アハラノフ・ボーム効果とその実証実験 (本ブログ「サニャック効果」関連記事の余談として)] 参照) ついでに、意を決して「量子力學」も強引に通読してみた (ただし「附録 近似的な解き方」は、読んでいない。また、「譯者の註」も必要に応じて参考しただけである)。

読後感は、「名著であることには異存はないのだけれども、やはり既に『歴史的文書』になっている」と云うものだった。

その際若干の誤植に気が付いた。そこで、以下、[ディラック 量子力學 原書第4版] (朝永振一郎・玉木英彦・木庭二郎・大塚益比古・伊藤大介共訳。岩波書店 1968年4月。ISBN-10: 4000061232 ISBN-13: 978-4000061230) の誤植に就いて纏めておく。利用したのは、私の手元にある第5刷 (1971年12月) である。ただし、単純に活字が欠落していることが明白であると思われるもの (「刷り」によって異なるだろうから、例になるかどうか分からないが、手元のものから挙げておくと p.160 の (29) 式で、指数関数の肩にかかっている式中の y が欠けていたり、p.235 の4行目の1つ目の \alpha に付くプライムは2つでなければならないのが1つになっていたりする) は、無視した。また、適宜、みすず書房刊のリプリント版原書 ("The Principles of Quantum Mechanics. 4th ed." ) を援用する。

併せて、「誤訳」と言えないまでも、翻訳として微妙な部分も纏めておいた。

一つ釈明しておくと、「誤植」・「微妙訳」の指摘と言っても、別に、原書全体と訳本を逐一対照させて検討した訣ではない。あくまでも、作業の基本は、訳本を読んでいて意味の通じないところと、そして、それに対して、私の一存で妥当と思われるような変更を並記しただけのことである。と云う訣で、見落とし・見損ないは当然あり得る。ただし、勿論、指摘した部分に就いて、原書の対応箇所に当たり「裏を取る」ぐらいのルーチンワークはしてある。その結果に就いては「備考」に記した。

岩波書店 [ディラック 量子力學 原書第4版] 正誤表
Chap.V-§31 p.165 l.14
\bra{a(q)\partialdiff{b(q)}{q_r}}\bra \bracket{{a(q)\partialdiff{b(q)}{q_r}}}
備考: 式 (41) の左辺の2番目のブラはケットにすべき。原書 p.123 l.19 from the bottom では正しく表記されている。
Chap.VI-§35 p.191 l.8 from the bottom
無限の回轉 無限小の回轉
備考: 原書 p.143, l.5 from the bottom では "infinitesimal ones". また訳文2行前では "infinitesimal rotations" の対応箇所が「無限小の回転」と訳されている。
Chap.VI-§41 p.222 l.4
\mathcal{H}_z + \hbar\sigma_z m_z + \hbar\sigma_z
備考: 原書 p.166 l.7 では正しく表記されている。
Chap.VII-§45 p.236 l.8 from the bottom
(3) (31)
備考: 式番号の間違い
Chap.VIII-§52 p.271 l.12
\absolutevalue{\bracketo{k}{V}{P^\prime\omega\chi d^\prime}} \absolutevalue{\bracketo{k}{V}{P^\prime\omega\chi\alpha^\prime}}
備考: 式(51) の最終辺の被積分関数中で \alphad と取り違えている。原書 p.203 l.10 では正しく表記されている。
Chap.VIII-§53 p.275 l.5 from the bottom
吸収の係數 (59) と, 放出の係數 (56) を 吸収の係數 (59) と放出の係數 (56) との積を
備考: 原書 p.206 ll.10-9 from the bottom では "the absorption coefficient (59) multiplied by the emission coefficient (56)" と、積を作ることが明示されている。
Chap.X-§60 p.311 l.5
\delta b_{x_r} \delta_{bx_{r}}
備考: 式 (27) 右辺中 \delta の後の b は、下付きの添字。原書 p.230 the bottom line では正しく表記されている。
Chap.X-§62 p.319 欄外
§61 §62
備考: 節番号の間違い。
Chap.XI-§69 p.352 l.3 from the bottom
-c\alpha_1 c\alpha_1
備考: マイナス記号は余計。原書 p.263 l.17 from the bottom では正しく表記されている。
Chap.XI-§69 p.353 l.5
\hbar/2mc^2 h/2mc^2
備考: \hbarh の誤り。原書 p.263 l.10 from the bottom では正しく表記されている。訳書の前2行の2か所で h であることにも注意。
Chap.XI-§73 p.364 l.4
\frac{H^\prime}{mc^2} = \left(1 + \frac{\alpha^2}{s_2}\right)^{-\frac{1}{2}} \frac{H^\prime}{mc^2} = \left(1 + \frac{\alpha^2}{s^2}\right)^{-\frac{1}{2}}
備考: s にかかる添字 2 は、下付きではなく上付き。原書 p.272 l.5 では正しく表記されている。
Chap.XI-§73 p.364 ll.5-4 from the bottom
この場合には, c_s の係數に a を掛け {c^\prime}_s の係數に a_2 を掛けて加え合わせると, この場合には, c_s の係數に a_1 を掛け {c^\prime}_s の係數に a を掛けて加え合わせると,
備考: 原書 p.272 では the first coefficient (c_s) と the second coefficient ({c^\prime}_s) に就いて "In this case we get, multiplying the first coefficient by a_1 and the second by a and adding," (ll.10-9 from the bottom) と正しく表記されている。
Chap.XII-§76 p.382 l.6 from the bottom
-(8\pi)^{-1}\mathcal{A}_r\mathcal{A}^{ss}_rd^3\mathbf{x} -(8\pi)^{-1}\int\mathcal{A}_r\mathcal{A}^{ss}_rd^3\mathbf{x}
備考: 式左辺で積分記号が抜けている。原書 p.287 l.4 では正しく表記されている。ちなみに、原書では \mathbf{x} はボールド体ではなくナミ字。他にも同様な箇所がある。少なくともこの本の範囲内では、趣味とか習慣の問題 (ともに大変重要な要素だが) であって、どちらが正しいと云うわけあいのものでもあるまい。
Chap.XII-§76 p.383 l.3
H_{FL}\!\! =\! (8\pi)^{-1}\!\!\int\!\{(U\!-\!A_0)^r(U\!+\!A_0)^r\! + (V^{rr}\!\!-\!B_0)(V^{ss}\!\!+\!B_0)\}d^3\mathbf{x}
備考: この式には、番号 (49) を付けねばならない。原書 p.287 l.12 では正しく表記されている。ちなみに、原書では \mathbf{x} はボールド体ではなくナミ字。
Chap.XII-§77 p.388 ll.13-14
光子の各状態あたり半エネルギー量子よりなる無限大の數項 光子の各状態あたり半エネルギー量子づつが寄与してなる無限大の項
備考: 原書 p.291 ll.2-1 from the bottom の "an infinite numerical term, consisting of a half-quantum of energy for each photon state." を参照。訳書のままだと、「項」が複数あるように見える。しかし、「無限大の數の項」とすると、日本語としてこなれない。ここは "numerical" を敢えて訳す必要はないだろう。
Chap.XII-§78 p.389 l.4 from the bottom
第2量子化によって, \psi は §65 の \bar{\eta} のように 第2量子化によって, \psi 等は §65 の \bar{\eta} 等のように
備考: この文章の内容には \psi, \bar{\psi}, \eta, \bar{\eta} と複数種類の関数が関わるので、そのことを明示的に示すよう「等」を付け加える必要がある。原書 p.293 ll.3-4 でも "The second quantization makes the \psi's into operators like the \bar{\eta}'s of §65," と複数形になっている。
Chap.XII-§78 p.395 ll.13-21
下記参照
Chap.XII-§79 p.399 ll.11-12
\begin{eqnarray*}&&[\kappa(\mathbf{x},x^\ast_0),\ \lambda(\mathbf{x}^\prime,x^\ast_0)] = [\kappa(\mathbf{x},x_0)+\epsilon v_r x_r[\kappa_{\mathbf{x}},H],\ \lambda(\mathbf{x}^\prime,x_0)+\epsilon v_s x^\prime_s[\lambda_{\mathbf{x}^\prime},H]] \\&&\quad =[\kappa(\mathbf{x},x_0),\ \lambda(\mathbf{x}^\prime,x_0)] + \epsilon v_s x^\prime_s[\kappa_{\mathbf{x}}, [\lambda_{\mathbf{x}^\prime},H]] + \epsilon v_r x_r[[\kappa_{\mathbf{x}},H], \lambda_{\mathbf{x}^\prime}]end{eqnarray*}
備考: 式 (103) の前半部分 (この引用ではスペースが少ないため折り畳んであるが、訳書ではもともとは2行に書かれいてる)。実は、数式としては誤っていない。また、原書 (p.301 ll.2-4) とも一致する。それでも式の全体の流れの統一の観点から言ったら、添え字の s は、4箇所全て r に直した方が良いだろう。実際、反交換子関係に就いての対応する式 (104) では r で統一されている。
Chap.XII-§79 p.400 ll.6-7
我々は方方で \epsilon のべきまで式を計算し, \epsilon^2 は無視してきた. 上記 \epsilon の冪式として計算した箇所においては、\epsilon^2 の項は無視された。
備考: 原書 p.301 ll.8-7 from the bottom では "At several places we worked out expressions in powers of \epsilon and neglected \epsilon^2." ここで "several" は敢えて訳す必要はあるまい。訳すにしても、「方方」などとしてはいけない。
Chap.XII-§80 p.401 l.9 from the bottom
\psi_{a{\mathbf{x}}},\ j_{0{\mathbf{x}}}] [\psi_{a{\mathbf{x}}},\ j_{0{\mathbf{x}^\prime}}]
備考: 式 (109) の左辺。原書 (p.302 the bottom line) でも同じなのだが、1つ前の式を見れば分かるように、荷電密度の添字 \mathbf{x} にはプライムを付けて \mathbf{x}^\prime にする必要がある。
Chap.XII-§81 p.406 l.7
\zeta^\ast_{\mathbf{bp}+\mathbf{k}\hbar} \zeta^\ast_{b\mathbf{p}+\mathbf{k}\hbar}
備考: 式 (120) での被積分関数中の \zeta^\ast の添え字でボールド体の \mathbf{b} は、ナミ字の b にする必要がある。原書 (p.306 l.4 from the bottom) では正しく表記されている。

[量子力學] の翻訳は、「意味を取る」と云う観点からだけ見るなら、概ね出来の良いものだ。ただ、(僅かな比較だけから判断してもうしわけないが) 訳者たちには、原文の「雰囲気」とか「ニュアンス」とかを伝えると云う努力はしなかったようだ。[量子力學]の訳文からは、訳者たちが行なったのは、原文を、単文に分解して、それぞれを直訳した後、英文を参照にしつつも、結局は和文の文脈の中で、適宜、論理的・物理的整合性に従って、訳文の文章を再構成していったと云う印象を受ける。そして、実を言うと、それで良かったので、ディラックの文章そのものが文飾に凝ったと云った類いのものではない。勿論、如何なる文章もその文化・歴史的背景を背負っているから、作者の意図に関わらず「雰囲気/ニュアンス」は発生する。しかし、ザッと見た限りでは、ディラックの文章には、「雰囲気/ニュアンス」が重要な意味を担うと云ったことはありそうもない。実際、彼自身は逸話の多い人で、そういった意味では、文学的対象になりうるのだが、その一方で、彼は文学的営為とは無縁であったらしいことが、その逸話自体から伺える (彼は、詩を書いていると云うオッペンハイマー (J. Robert Oppenheimer) に向かってこう言っている, "I do not see how a man can work on the frontiers of physics and write a poetry at the same time." 「物理学の最前線で活動する一方で、同時に詩を書けるなんて、僕には訣が分らない」)。

だから [量子力學] を「名訳」と呼ぶのは「贔屓の引き倒し」になりかねないにしても、「誤訳」らしい「誤訳」がほぼない (らしい) ことだけでも、十分優れていると言って良い。これは、訳者たちが、内容をしっかり理解していて、英文として日本語にしづらいところは、穏当な「意訳」をすることができたからだ。私が [量子力學] を読んでいて、「こう云う日本語になる英文ってあるのだろうか?」と感じて、原文を当たった所、確かに (少なくとも翻訳の非専門家にとっては) ヤヤ訳しづらいところだったと云うことが数度あった。と言うか、ある意味、[量子力學]全体が「穏当な意訳」からなっているとも言えるかもしれない。

しかし、残念ながら第 XII 章の翻訳品質は、若干落ちる。何か、翻訳に不慣れな人が訳した趣きがあるのだ。それは、自分の英文理解に自信がなく、「手探り」のまま訳しているとでも形容したら良いのかもしれない。。

例えば、XII-§78/p.394 ll.14-19 (原書 p.296 the bottom line - p.297 l.5) の反交換関係が満たすべき性質の箇条書きで "it" を「それ」と訳してしまっているため、日本語としてこなれていないが、ここは、すべて「反交換関係」を使うところだろう。

あるいはまた、XII-§76/p.380 ll.11 and 16 (原書 p.285 ll.14 and 20) で、原文の「波長が零でない波」は、「波数が零でない波」の思い違いだろうと云う正しい指摘を訳者は「譯者の註」(p.465) でしているにも関わらず、訳文では「波長」を温存しているのは、訳者が自分の物理学理解に自信がないためではなく、英語理解に自信がないことのあらわれと見てよい (もっとも「譯者の註」での説明は、大袈裟のような気がするが)。

そうした「不慣れな訳文」の中で、私が一番違和感を覚えたのは XII-§78/p.395 ll.13-21 (原書 p.297 l.8 from the bottom - p.298 l.2) だ。原文と対応させてみると、間違っているのではないのだが、もっと「普通の日本語」に訳せるだろうと云う気になる。これは、ヤヤ長いので、上記の表には纏めず、以下に、その概要を示すことにした。

まず、原文を示す:

Thus (l^\mu\alpha_\mu + S\alpha_m)_{ab}K_{ba}(x, x^\prime) (87)
should be invariant with K_{ab}(x, x^\prime) given by (85), and its invariance would be sufficient to ensure the invariance of the anticommutation relations. We get for (87)

<br />
\begin{eqnarray*}<br />
&&h^{-3}\!\!\int\Sigma\!\frac{1}{2}(l^\mu\alpha_\mu\! +\! S\alpha_m)_{ab}(p_0\! +\! \alpha_rp_r\! +\! \alpha_mm)_{ba}e^{-i(x-x^\prime)\cdot p/\hbar}p^{-1}_0d^3p \\<br />
&&\quad = h^{-3}\!\!\int\!\Sigma\frac{1}{2}\{(l_0\! -\! l_s\alpha_s\! +\! S\alpha_m)(p_0\! +\! \alpha_rp_r\! +\! \alpha_mm)\}_{aa}e^{-i(x-x^\prime)\cdot p/\hbar}p^{-1}_0d^3p \\<br />
&&\quad = h^{-3}\!\!\int\!\Sigma{2}(l_0p_0\! -\! l_rp_r\! +\! Sm)e^{-i(x-x^\prime)\cdot p/\hbar}p^{-1}_0d^3p. \qquad \qquad \qquad (88)<br />
\end{eqnarray*}<br />

This is Lorentz invariant because the differential element p^{-1}_0d^3\mathbf{p} is Lorentz invariant.
--P.A.M. Dirac "The Principles of Quantum Mechanics" 4th ed. Oxford University Prerss (1958) pp.297-298 (XII-§78)

これに対する [量子力學] の訳文は:

從って (85) で與えられる K_{ab}(x, x^\prime) について

(l^\mu\alpha_\mu + S\alpha_m)_{ab}K_{ba}(x, x^\prime) (87)

が不變でなければならない。そして、これが不變であることが、反交換關係の不變性を保証するのに十分である. (87) として,

<br />
\begin{eqnarray*}<br />
&&h^{-3}\!\!\int\!\Sigma\frac{1}{2}(l^\mu\alpha_\mu\! +\! S\alpha_m)_{ab}(p_0\! +\! \alpha_rp_r\! +\! \alpha_mm)_{ba}e^{-i(x-x^\prime)\cdot p/\hbar}p^{-1}_0d^3\mathbf{p} \\<br />
&&\quad = h^{-3}\!\!\int\!\Sigma\frac{1}{2}\{(l_0\! -\! l_s\alpha_s\! +\! S\alpha_m)(p_0\! +\! \alpha_rp_r\! +\! \alpha_mm)\}_{aa}e^{-i(x-x^\prime)\cdot p/\hbar}p^{-1}_0d^3\mathbf{p} \\<br />
&&\quad = h^{-3}\!\!\int\!\Sigma{2}(l_0p_0\! -\! l_rp_r\! +\! Sm)e^{-i(x-x^\prime)\cdot p/\hbar}p^{-1}_0d^3\mathbf{p}. \qquad \qquad \qquad (88)<br />
\end{eqnarray*}<br />

が得られる. 微分要素 p^{-1}_0d^3\mathbf{p} がローレンツ不變であるから、この式はローレンツ不變である。
--P.A.M. ディラック [ディラック 量子力學 第4版] 東京 岩波書店 (1968) 朝永振一郎・玉木英彦・木庭二郎・大塚益比古・伊藤大介共訳 p.395 ll.13-21 (第XII章第78節)

こまかい翻訳技量の難点をイチイチあげつらっても仕方がないので、私なりの訳文を示すだけにしておく:

と云う訣で (85) で表わされる K_{ab}(x, x^\prime)

(l^\mu\alpha_\mu + S\alpha_m)_{ab}K_{ba}(x, x^\prime) (87)

とは、不変量であるか否かが一致することなる。従って、反交換関係の不変性を証明するには (87) の不変性を証明しさえすれば良い。そこで (87) を計算すると

<br />
\begin{eqnarray*}<br />
&&h^{-3}\!\!\int\!\Sigma\frac{1}{2}(l^\mu\alpha_\mu\! +\! S\alpha_m)_{ab}(p_0\! +\! \alpha_rp_r\! +\! \alpha_mm)_{ba}e^{-i(x-x^\prime)\cdot p/\hbar}p^{-1}_0d^3\mathbf{p} \\<br />
&&\quad = h^{-3}\!\!\int\!\Sigma\frac{1}{2}\{(l_0\! -\! l_s\alpha_s\! +\! S\alpha_m)(p_0\! +\! \alpha_rp_r\! +\! \alpha_mm)\}_{aa}e^{-i(x-x^\prime)\cdot p/\hbar}p^{-1}_0d^3\mathbf{p} \\<br />
&&\quad = h^{-3}\!\!\int\!\Sigma{2}(l_0p_0\! -\! l_rp_r\! +\! Sm)e^{-i(x-x^\prime)\cdot p/\hbar}p^{-1}_0d^3\mathbf{p}. \qquad \qquad \qquad (88)<br />
\end{eqnarray*}<br />

が得られるが、微分要素 p^{-1}_0d^3\mathbf{p} はローレンツ不変であるから、この式もローレンツ不変である。


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2009年3月 8日 (日)

1926年のシュレディンガー論文 "Quantisierung als Eigenwertproblem" (固有値問題としての量子化) に就いて: ファインマンの言及箇所探し

[nouse: アハラノフ・ボーム効果とその実証実験 (本ブログ「サニャック効果」関連記事の余談として)] (2009年3月1日[日]) で引用したリチャード・ファインマン (Richard Feynman) の物理学教科書 "The Feynman Lectures on Physics" の一節の冒頭に "The theory we have described was known from the beginning of quantum mechanics in 1926. The fact that the vector potential appears in the wave equation of quantum mechanics (called the Schrödinger equation) was obvious from the day it was written." 「上記に説明した理論は、量子力学の創成当初である1926年以来分っていたのだ。量子力学の波動方程式 (シュレディンガー方程式) が書き表されたその日から、そこには、明白な事実としてにベクトルポテンシャルが現れていた。」 とあるが、この「1926年 」とは、勿論、Erwin Schrödinger (エルヴィン・シュレディンガー) が、量子力学史上重要な "Quantisierung als Eigenwertproblem" (固有値問題としての量子化) 4部作を発表した年である (「重要な」などと書いたが、私はろくに読んだことはない):

  1. "Quantisierung als Eigenwertproblem (Erste Mitteilung)" Annalen der Physik, (4), 79, (1926), 361-376
  2. "Quantisierung als Eigenwertproblem (Zweite Mitteilung)" Annalen der Physik, (4), 79, (1926), 489-527
  3. "Quantisierung als Eigenwertproblem (Dritte Mitteilung: Störungstheorie, mit Anwendung auf den Starkeffekt der Balmerlinien)" Annalen der Physik, (4), 80, (1926), 437-490
  4. "Quantisierung als Eigenwertproblem (Vierte Mitteilung)" Annalen der Physik, (4), 81, (1926), 109-139

因みに、シュレディンガーは、第2論文と第3論文との間に、これもまた「重要な」"Über das Verhältnis der Heisenberg-Born-Jordanschen Quantenmechanik zu der meinen" (Annalen der Physik, (4), 79, (1926), 734-756) (ハイゼンベルクボルンヨルダンの量子力学の私の量子力学に対する関係に就いて) を発表している。

で、ファインマンが言及している、1926年に書かれたベクトル・ポテンシャルを含む波動方程式のことなのだが、やはり「固有値問題としての量子化」4部作中に含まれていると考えるべきだろう。そして、ザッと眺めたところ、ハミルトニアンから波動方程式を導いて、更に、それをクーロン・ポテンシャルでの2体問題 (ケプラー問題) に適用しているらしい第1論文や、作用関数やホイヘンスの原理から波動方程式を論じて、更に、ケプラー問題以外の例として、磁場の非存在下 (第514ページ) での1次元調和振動子等の簡単な系の量子化を扱っているらしい第2論文中には現れるとは思えない。

これに対して摂動論を扱っている第3論文には、期待が持てそうだと、所々を覗いてみたのだが、結局、スカラーポテンシャルについて、次の記述が見つかっただけだった:

Indem wir der Wellengleichung des Keplerproblems, Gleichung (5), S. 362, Bd. 79 dieser Annalen, eine potentielle Energie +eFz hinzufügen, wie es der Einwirkung eines elektrischen Felds in der positiven z-Richtung von des Stärke F auf ein negatives Elektron vom Ladungsbetrag e entspricht, erhalten wir folgende Wellengleichung für den Starkeffekt des Wasserstoffatoms

(32) \Delta\psi + \frac{8\pi^2m}{h^2}\left(E + \frac{e^2}{r} - eFz\right)\psi = 0

welche die Grundlage des restlichen Teiles dieser Abhandlung bildet.
--"Quantisierung als Eigenwertproblem (Dritte Mitteilung)" II. 3 ("Annalen der Physik" Vierte Folge, Band 80, S. 457)

本紀要第79巻第362ページの式 (5) として示されたケプラー問題の波動方程式に、強さ Fz 軸正方向に向かう電場による、電荷 e の負である電子への作用に相当するポテンシャル・エネルギー +eFz を付け加えることで、以後の議論の基礎となる水素原子のスタルク効果に対する次の波動方程式が得られる

(32) \Delta\psi + \frac{8\pi^2m}{h^2}\left(E + \frac{e^2}{r} - eFz\right)\psi = 0

--「固有値問題としての量子化 第3部」第2章/第3節 (「物理学紀要」第80巻第4号第457ページ)

    訳註:
  1. シュレディンガーが "ein negatives Elektron vom Ladungsbetrag e" と云う持って回った言い方をしているので「電荷 e の負である電子」と訳してあるが (言うまでもないが、この論文時点で、陽電子は発見は勿論、少なくとも一般的には、予想もされていない。従って、シュレディンガーは、「陽電子」との区別のために "negative" と云う限定を入れたのではない)、「負電荷 -e の電子」と云うことだろう。

しかし、ファインマンはハッキリ「ベクトル・ポテンシャル」と書いているから、彼が言及しているのは第4論文の次のような箇所だったのだろう (第4論文も摂動を扱っている。ただし、第3論文は時間に依存しない系が主題であるのに対し、第4論文は時間に依存する系が主題である)。

Die Hamiltonsche partielle Differentialgleichung für das Lorentzsche Eelektron läßt sich leicht in folgende Gestalt setzen

(34) <br />
\begin{equation*}<br />
\left\{<br />
\begin{split}<br />
\Bigl(\frac{1}{c}\partialdiff{W}{t} + \frac{e}{c}V\Bigr) &- \Bigl(\partialdiff{W}{x} - \frac{e}{c}\mathfrak{A}_x\Bigr) - \Bigl(\partialdiff{W}{y} - \frac{e}{c}\mathfrak{A}_y\Bigr)  \\<br />
 &- \Bigl(\partialdiff{W}{z} - \frac{e}{c}\mathfrak{A}_z\Bigr) - m^2c^2 = 0 <br />
\end{split}<br />
\right.<br />
\end{equation*}<br />

Hier sind e, m, c Ladung, Masse des Elektrons und Lichtgeschwindigkeit; V, \mathfrak{A} sind die elektromagnetischen Potentiale das äußeren elektromagnetischen Feldes am Elektronenort. W ist die Wirkungsfunktion.

Aus der klassischen (relativistischen) Gleichung (34) suche ich nun die Wellengleichung für das Elektron abzuleiten durch folgendes rein formale Verfahren, welches, wie man leicht überlegt, auf die Gleichungen (4'') führen würde, wenn es auf die Hamiltonsche Gleichung eines in beliebigem Kraftfeld bewegten Massenpunktes der gewöhnlichen (nichtrelativischen) Mechanik angewendet wird. -- Ich ersetze in (34) nachdem Ausquadrieren die Größen

(35) <br />
\begin{equation*}<br />
\left\{<br />
\begin{split}<br />
&\hspace{10mm} \partialdiff{W}{t}, \quad \partialdiff{W}{x}, \quad \partialdiff{W}{y}, \quad \partialdiff{W}{z}, \quad \\<br />
&\mathrm{bezw. \ durch \ die} \ \mathit{Operatoren} \\<br />
&\pm \frac{h}{2\pi i}\partialdiff{}{t}, \quad \pm \frac{h}{2\pi i}\partialdiff{}{x}, \quad \pm \frac{h}{2\pi i}\partialdiff{}{y}, \quad \pm \frac{h}{2\pi i}\partialdiff{}{z} \mbox{.}<br />
\end{split}<br />
\right.<br />
\end{equation*}<br />

Den so erhaltenen linearen Doppeloperator, ausgeübt an einer Wellenfunktion \psi setze ich gleich Null:

(36) <br />
\begin{equation*}<br />
\left\{<br />
\begin{split}<br />
\Delta\psi - \frac{1}{c^2}\partialdiffsecond{\psi}{t} \mp \frac{4\pi ie}{hc}\Bigr( \frac{V}{c}\partialdiff{\psi}{t} + \mathfrak{A}\,\grad{\psi} \Bigl) \\<br />
\hspace{10mm} + \frac{4\pi^2e^2}{h^2c^2} \Bigr( V^2 - \mathfrak{A}^2 - \frac{m^2c^4}{e^2} \Bigl)\psi = 0 \mbox{.}<br />
\end{split}<br />
\right.<br />
\end{equation*}<br />

(Die Zeichen \Delta und \mathrm{grad} haben hier die elementare dreidimensionaleuklidische Bedeutung.) Das Gleichungspaar (36) wäre die vermutete relativistisch-magnetische Verallgemeinerung von (4'') für den Fall eines einzigen Elektrons und zwar wäre es ebenfalls in dem Sinne zu verstehen, daß die komplexe Wellenfunktion entweder der einen oder der anderen Gleichung zu genügen hat.
--"Quantisierung als Eigenwertproblem (Vierte Mitteilung)" ("Annalen der Physik" Vierte Folge, Band 81, SS. 133-134)

ローレンツ電子に就いてのハミルトン偏微分方程式は、容易に次の形式に表わすことができる:

(34) <br />
\begin{equation*}<br />
\left\{<br />
\begin{split}<br />
\Bigl(\frac{1}{c}\partialdiff{W}{t} + \frac{e}{c}V\Bigr) &- \Bigl(\partialdiff{W}{x} - \frac{e}{c}\mathfrak{A}_x\Bigr) - \Bigl(\partialdiff{W}{y} - \frac{e}{c}\mathfrak{A}_y\Bigr)  \\<br />
 &- \Bigl(\partialdiff{W}{z} - \frac{e}{c}\mathfrak{A}_z\Bigr) - m^2c^2 = 0 <br />
\end{split}<br />
\right.<br />
\end{equation*}<br />

ここで e, m, c は、電子の電荷・質量と光速度であり、V, \mathfrak{A} は、電子の位置における、外部電磁場の電磁ポテンシャルであり、W は、作用関数である。

古典論的な (相対論的な) 方程式 (34) から、以下の純形式的な手続き (容易に分かるように、これを、任意の力場における通常の非相対論力学的な運動質点のハミルトン方程式に適用するなら方程式 (4') が得られる) により、電子の波動方程式を導き出してみよう。つまり (34) において、平方展開に、各項

(35) <br />
\begin{equation*}<br />
\left\{<br />
\begin{split}<br />
&\hspace{10mm} \partialdiff{W}{t}, \quad \partialdiff{W}{x}, \quad \partialdiff{W}{y}, \quad \partialdiff{W}{z}, \quad \\<br />
&\mbox{それぞれを、次の{\bf 作用素}} \\<br />
&\pm \frac{h}{2\pi i}\partialdiff{}{t}, \quad \pm \frac{h}{2\pi i}\partialdiff{}{x}, \quad \pm \frac{h}{2\pi i}\partialdiff{}{y}, \quad \pm \frac{h}{2\pi i}\partialdiff{}{z} \mbox{.}<br />
\end{split}<br />
\right.<br />
\end{equation*}<br />

に置換するのだ。こうして得られた線型2階作用素を、波動関数 \psi に適用したものをゼロに等しいとすると、次のようになる:

(36) <br />
\begin{equation*}<br />
\left\{<br />
\begin{split}<br />
\Delta\psi - \frac{1}{c^2}\partialdiffsecond{\psi}{t} \mp \frac{4\pi ie}{hc}\Bigr( \frac{V}{c}\partialdiff{\psi}{t} + \mathfrak{A}\,\grad{\psi} \Bigl) \\<br />
\hspace{10mm} + \frac{4\pi^2e^2}{h^2c^2} \Bigr( V^2 - \mathfrak{A}^2 - \frac{m^2c^4}{e^2} \Bigl)\psi = 0 \mbox{.}<br />
\end{split}<br />
\right.<br />
\end{equation*}<br />

(ここで、記号 \Delta 及び \mathrm{grad} は、初等的な3次元ユークリッド空間に対するものである)。対をなす方程式 (36) は、単一電子の場合に対する方程式 (4'') を相対論的磁場への一般化と措定して良いだろうが、このことの意味はつまり、複素波動関数は、上記方程式のどちらか一方を満足しなければならないと解釈されるべきだと云うことである。

--「固有値問題としての量子化 第部」第6節 (「物理学紀要」第81巻第4号第133-134ページ)

    訳註:
  1. やや余談に属するが、上記独文の翻訳には、主に小学館の [独和大辞典第2版 (コンパクト版)] を参考にしたが、そこには "Quantisierung" (量子化) と云う見出しが見られず、少々落胆した。まぁ、恐らくは、"Quantisierung" は、ブリティッシュ英語の動詞 "quantise" のドイツ語したものの更に派生名詞形と思われるから、と言うか、あるいは "quantisation" から直接造語したのかもしれないが、いずれにしろドイツ語にとっては「外来語」である可能性が大きいので、「ドイツ語」の辞典に収録するのに抵抗があるかもしれないことを認めるに吝かではない。しかし、逆に、だからこそ、利用者に一定の予備知識がないと、語義を推測しようがないことにも留意してほしかった。辞書への収録は、言葉の重要性との兼ね合いがあるのは、勿論だが、私に言わせれば "Quantisierung" は十分重要な単語である。
  2. "Ausquadrieren" も採録されていない。実は、この語義に就いては、私も若干不審なところがある。一応字面に合わせて「平方展開」と訳しておいたが、一般に「(式の) 展開」を意味する可能性が捨て切れない。
  3. 訳文中の式 (34) に就いて: 最近の Winshell は日本語に対応しているので、tex ファイル中に日本語が入っていても無事に dvi を作成出力する。しかし、そうした dvi ファイルを dvipng.exe で png 画像に変換しようとすると拒絶されてしまう。上記訳文中、式 (34) で使用した png ファイルは、モニター画面上に表示させた dvi 画像をキャプチャして png 形式で保存し、GIMP を使って、所要部分の切り取り、縮小、背景透明化を行なったものである。
  4. 一応、式の (4') がどのようなものか、下に紹介しておく:
    (4') \Bigr( \Delta - \frac{8\pi^2}{h^2}V + \frac{8\pi^2}{h^2}E \Big
l) \Bigr( \Delta - \frac{8\pi^2}{h^2}V - \frac{8\pi^2}{h^2}E \Bigl) \psi = 0

なお、私は未見だが (存在自体は承知していた)、以前共立出版から「シュレーディンガー選集」が出されたことがあって、その第1巻が [波動力学論文集] だった(1974年)。上記で引用した論文も、少なくとも一部は、当然収録されているだろう。

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2009年3月 1日 (日)

アハラノフ・ボーム効果とその実証実験 (本ブログ「サニャック効果」関連記事の余談として)

一般相対論の初歩的な議論で説明できるのにも関わらず、そして、少なくとも現状では一般相対論でしか正しい説明ができていないのにも関わらず、一部の人たちにサニャック効果の理解が進んでいないことの主たる理由は、恐らく、それが「主バンドルのホロノミー」であるためだろう。

[nouse: ホロノミー (holonomy) としてのサニャック効果 (Sagnac effect): 物理篇] (2008年11月8日[土]) の末尾でも触れたが、同じく、その本質が「主バンドルのホロノミー」である物理現象としてアハラノフ・ボーム効果 (Aharonov–Bohm effect) がある (「AB 効果」とも呼ばれる)。この効果も「一部の人たちに理解が進まなかった」。

アハラノフ・ボーム効果は、 Yakir Aharonov (ヤキール・アハラノフ) と David Bohm (デヴィッド・ボーム) が、1959年に、その効果を予言したものだが ("Significance of Electromagnetic Potentials in the Quantum Theory" Phys. Rev. 115, 485 - 491.) その後長い間、その妥当性に疑問が持たれ続けた (なお、実際にはアハラノフとボーム以前に、1949年の段階で Werner Ehrenberg と R.E. Siday とが同じことを既に予言していたと云う [W. Ehrenberg, R. E.Siday: "The Refractive Index in Electron Optics and the Principles of Dynamics"". Proc. Phys. Soc. (1949) B62: 8–21]。従って、この効果は、"Ehrenberg-Siday-Aharonov-Bohm effect" と呼ばれることもあるようだ)。

この記事は、最近図書館で見かけた「ゲージ場を見る―電子波が拓くミクロの世界」(外村彰/とのむらあきら。講談社ブルーバックス。東京講談社。ISBN-06-257162-5) を読んで知ったアハラノフ・ボーム効果実証に関わる逸話を紹介するためだけのものなので、効果の物理的内容に就いて深入りするつもりはないが、話の筋道上簡単に纏めておこう。

電磁気学における基本方程式であるマックスウェル方程式の説明に使われる、スカラーポテンシャルとベクトルポテンシャルは、マックスウェル自身は、その物理的な意義を信じていたようだが、その後、磁場や電場などと異なり大きな任意性がある (「計算の都合」で適当に変えられる) ことから、単なる数学的道具としてのみ見られるようになり、物理的実在性はないものと考えられるようになった。そして、マックスウェル方程式の表式からも隠されるようにな状態が長く続いた。しかし、アハラノフとボームは、量子力学に踏み込むなら、ある種の実験を行なうことで、ポテンシャルの方こそ物理学上基本的な概念であることを示せる筈であると予言し、それが後に実証されたのだった。

以下、ミンコフスキー空間の座標軸を、(x^0, x^1, x^2, x^3) で表わすことにする (ただし x^0 = ct である。x^1-軸、x^2-軸、x^3-軸 は、それぞれ、x-軸、y-軸、z-軸に対応させてある)。また、計量の符号系は [{+}{-}{-}{-}] とする。単位系は SI (になっていると思うが、控えめに MKSA 単位系と言っておいた方が良いかもしれない) である。

アハラノフ・ボーム効果は、スカラーポテンシャル \varphi (当然 1成分) から発生するものと、ベクトルポテンシャル \bm{A} (3次元空間に応じて 3成分) から発生するものの2種類があると云う説明がされることがあるが、これら 2つのポテンシャルは、合わさって相対論的な 4元反変ベクトル ({\varphi}/{c}, \bm{A}) (共変ベクトルとしては ({\varphi}/{c}, -\bm{A})) を構成しており、ミンコフスキー空間のミンコフスキー変換に対して共変的であるし、また、電場と磁場とは合わさって反対称テンソルである電磁テンソル F^{\mu\nu} (共変形式では F_{\mu\nu}) を形成するから (下式参照)、2つの現象は、実は同一現象の別の局面を見ていると考えることができる。

記法の整理をしておく。以下、場の量子論風に

\partial_\mu = (\frac{1}{c}\frac{\partial}{\partial t}, \frac{\partial}{\partial x^i}) \qquad \partial^\mu = (\frac{1}{c}\frac{\partial}{\partial t}, -\frac{\partial}{\partial x^i})

と書くことにする。この場合、電磁テンソルの定義は、

F_{\mu\nu} = \partial_\mu A_\nu - \partial_\nu A_\mu \qquad F^{\mu\nu} = \partial^\mu A^\nu - \partial^\nu A^\mu

となる。

ついでに、電磁ポテンシャルの反変ベクトル形 (A^\mu) \equiv (\frac{\varphi}{c}, \bm{A}) 及び共変ベクトル形 (A_\mu) \equiv (\frac{\varphi}{c}, -\bm{A}) を使って、電磁テンソルの反変形 F^{\mu\nu} 及び共変形 F_{\mu\nu} の成分を書いておこう。ただし、ここで、電場及び磁束密度を (E_x, E_y, E_z), \ (B_x, B_y, B_z) ではなく (E^1, E^2, E^3), \ (B^1, B^2, B^3) と表記することにする。


\begin{eqnarray*}
&& (F^{\mu\nu}) = 
\left(
\begin{array}{cccc}
0 & -{E^1}/{c} & -{E^2}/{c} & -{E^3}/{c} \\
{E^1}/{c} & 0 & -B^3 & B^2 \\
{E^2}/{c} & B^3 & 0 & -B^1 \\
{E^3}/{c} & -B^2 & B^1 & 0   
\end{array}
\right) \\
\\
&& (F_{\mu\nu}) = 
\left(
\begin{array}{cccc}
0 & {E^1}/{c} & {E^2}/{c} & {E^3}/{c} \\
-{E^1}/{c} & 0 & -B^3 & B^2 \\
-{E^2}/{c} & B^3 & 0 & -B^1 \\
-{E^3}/{c} & -B^2 & B^1 & 0   
\end{array}
\right)
\end{eqnarray*}

ちなみに電磁気場のラグランジアン密度は

\mathscr{L} = -\frac{1}{4}F_{\mu\nu}F^{\mu\nu} = \frac{1}{2}(\frac{1}{c^2}\bm{E}^2 - \bm{B}^2)

で与えられる。

まぁ、勿論、磁場だけの空間をミンコフスキー変換しても電場だけの空間にはならず、逆に、電場だけの空間をミンコフスキー変換しても磁場だけの空間にはならないから、単純に電場と磁場とは等価であるとは言い切れないのだけれども。。。。 しかし、例えば電場だけの空間をミンコフスキー変換した場合現れる電場と磁場とが直交することは、アハラノフ・ボーム効果を論ずる時には思い出してもよいかもしれない (これらは、MKSA単位系では、磁束密度 \bm{B} と電場 \bm{E} とに就いて、 c^2\bm{B}^2 - \bm{E}^2\bm{B}\cdot\bm{E} との双方がミンコフスキー不変式であることからいえる)。

この記事を書いている途中で知ったのだが、かっては磁気誘導と呼ばれ、私などは磁束密度として記憶していた \bm{B} は、最近、これもかっては磁場 (磁界) と呼ばれていた bm{H}" より本質的な物理量であるとして、これを改めて「磁場」と呼ぶ流儀があるらしい (参照: 英文版ウィキペディアの "Magnetic field" の項)。確かに、私なぞも昔に電磁気学を勉強した時に \bm{D}bm{H}" には若干の気持ちの悪さを感じたものだが、それはそれとして、本稿では、フツーに \bm{B} を「磁束密度」、bm{H}" を「磁場」と呼ぶことにする (もし登場すればの話だが 。それに、アハラノフ・ボーム効果は、\bm{D}bm{H}" ばかりでなく、\bm{B}\bm{E} も基本的ではありえず、ポテンシャル \varphi 及び \bm{A} の方が基本的であるを示している)。

と云う訣で、ここで、取り敢えずしばらく、アハラノフ・ボーム効果をベクトルポテンシャルに関わる場合、つまり磁場に就いてのアハラノフ・ボーム効果の話題に限ることにする。

磁場に就いてのアハラノフ・ボーム効果は、磁場を「有界領域」に閉じ込めて、その外部には磁場が存在しないようにすることが前提となる。ここで「有界」の意味なのだが、3次元的に有界である場合のほか、3次元空間が「金太郎飴」状態、つまり、或る直線に沿って構造が均一になっていて、その直線に直交する平面内で、磁場が有界であっても良いこととする。

アハラノフ・ボーム効果には、更に、前提条件があって、磁場の存在する「有界」領域を V とし、3次元空間全体を E としたとき E - V が単連結でないこと、つまり、基本群 \pi_1(E - V) が自明でないことも要求される (\pi_1(E - V) \not\cong \{\bm{1}\})。実際、アハラノフ・ボーム効果の説明がなされる時には、通常 \pi_1(E - V) \cong \mathbb{Z} の例が取り上げられる (\mathbb{Z} は整数全体がなす加群) 。

アハラノフとボームの論文 "Significance of Electromagnetic Potentials in Quantum Theory". Phys. Rev. 115 No.3 (Aug. 1, 1959): 485–491 で提示され、また Aharonov–Bohm solenoid effect として言及されることがある、磁場に関するアハラノフ・ボーム効果では、理念的には無限長のソレノイド内に磁場が閉じ込められる。このソレノイド内の空間を V とし、3次元空間全体を E とするなら、\pi_1(E - V) \cong \mathbb{Z} となる。 ここで n \in \mathbb{Z} は、閉曲線がソレノイドの周囲を n 回廻ったことに対応する。

さて、話を一般に戻して、4元電磁ポテンシャル (A_\mu) \equiv (\frac{\varphi}{c}, -\bm{A}) を有する電磁場中を運動する荷電粒子を考える。ここで、その荷電粒子の静止質量を m, 電荷を q とする)、時刻 t における空間位置 を \bm{x}(t) (\bm{x}(t) = (x^1(t), x^2(t), x^3(t))) と書くと、電磁場中で運動する荷電粒子のラグランジアン L は:


L = -mc^2\sqrt{1 - \frac{1}{c^2}\left(\differential{\bm{x}}{t}\right)^2} - qcA_0(t, \bm{x}(t)) - q\differential{x^i}{t}A_i(t, \bm{x}(t))

であるが、非相対論的近似が成立する場合 (\Big|\frac{d\bm{x}}{dt}\Big| \ll c) は、次のように書き直せる (ラグランジアンなので定数項は無視してよい):


L = \frac{1}{2}m \left(\differential{\bm{x}}{t}\right)^2 - q(A_\mu \dot{x}^\mu)

その作用は:


S(t_f\bm{x}_f, \, t_i\bm{x}_i) = \int^{t_f}_{t_i} L(\bm{x}, \dot{\bm{x}}) dt

であり、さらに時間的発展演算子は


U(t_f\bm{x}_f, \, t_i\bm{x}_i) = \int \mathrm{exp}[\frac{i}{\hbar} S(t_f\bm{x}_f, \, t_i\bm{x}_i)] d(\mathrm{path})

となる。アハラノフ・ボーム効果に効いてくるのは、この時間的発展演算子中の指数関数の変数として含まれる作用積分中の非相対論的近似ラグランジアン第2項であって、それを計算すると:


\begin{eqnarray*}
\frac{i}{\hbar}\oint q(A_\mu \dot{x}^\mu) &=& \frac{iq}{\hbar} \int_{\mu < \nu} (\partial_\nu A_\mu - \partial_\mu A_\nu) dx^\nu \wedge dx^\mu \\
&=& \frac{iq}{\hbar} \int_{\mu < \nu} F_{\mu\nu} dx^\mu \wedge dx^\nu
\end{eqnarray*}

従って、例えば、ソレノイド型のアハラノフ・ボーム効果を考えると、半径 R のソレノイドが x^1-軸方向に無限に延在しているとすると、その中の磁束密度ベクトル \bm{B}x^1-軸成分 B^1 しか持たず (ソレノイド内部で一定値 B^1 = \mathrm{const.} \neq 0)、x^2-軸方向、x^3-軸方向には成分を持たない (B^2 = 0 及び B^3 = 0) から、荷電粒子がソレノイドの周囲を1周した際に、電子の波動関数に発生する位相差 (符号の正負は無視する) は:


\frac{q}{\hbar}\int_{r < R} B^1 \, dx^2 \wedge dx^3 = \frac{q}{\hbar}\pi R^2 B^1 = \frac{q}{\hbar}\Phi

となる。ただし、ここで r は、ソレノイドの軸からの距離を表わし、\Phi は、ソレノイド内の全磁束を表わす。

一応ことわっておくと、「荷電粒子がソレノイドの周囲を1周」と言っても、これは、実験の際にそのような構成にしなければならないと云うことではない。これは、ホロノミーによる位相差の総量を計算をするためのもので、謂わば、多様体の「曲がり方」を調べる「測量径路」を指定してるに過ぎない。実際、ここで言う「荷電粒子」とは、要するに電子である訣だが、その場合には「干渉」は、2つの別の径路を通った自分自身との干渉になり、この2つの径路のうち一方を逆転させたものを他方の径路に繋げることで、全体が閉径路と見なされる。

対応して、電場の場合に就いても (つまり、所謂スカラーポテンシャル版のアハラノフ・ボーム効果) も存在する訣だが、この場合には、「荷電粒子が一周してくる」と云う単純な描像は、はっきり「実現」が不可能である。例えば、磁場におけるのと同様、「電場 \bm{E} には x^1-軸成分 E^1 しか存在しない場合」例で、「荷電粒子を一周」させようとすると、その荷電粒子は時間を逆行しなければならなくなるからだ。

ちなみに、アハラノフとボームの原論文では、(磁場の場合にしろ、電場の場合にしろ) 単一荷電粒子の周回と云う描像ではなく、2つの別々の径路を通った電子の波束の干渉を扱っている。そこで提案されている実験では、電場の場合のアハラノフ・ボーム効果は、電位は異なるものの、それぞれで電場の存在しない2つの径路 (異なる電位を有する金属管) を通った電子の波束間には位相差ができるので干渉が発生する筈だと云うものである。

しかし、位相差の計算に就いてなら、「時間を逆行」云々は問題にならない。やはり、ここでも荷電粒子の運動の向きを逆転して考えれば良いだけのことだ。そこで、上述のような電場に就いて、2つの等電位径路の間の間隔 L は一定であり、その電位差を W とし (W = E^1L)、また2つの等電位径路を通過する時間は同じ T であり、さらにこれら2つの等電位径路以外の径路は無視できるほど小さいとして位相差を計算すると (やはり、符号の正負は無視する):


\frac{q}{\hbar}\int ({E^1}/{c}) \, dx^0 \wedge dx^1 = \frac{q}{\hbar} \int E^1 \, dt \wedge dx^1= \frac{q}{\hbar}E^1TL = \frac{q}{\hbar}WT

となる。


アハラノフとボームとが、その名前を冠せられることになる効果の予言を発表した時 (1959年)、大方の物理学者の反応は冷ややかなものだったという。彼らの論文の審査者の一人であった Rudolf Ernst Peierls (ルドルフ・パイエルス) でさえ、一旦は納得したもの、後にそれを撤回する旨アハラノフの面前で表明したそうだ (「ゲージ場を見る」p.130)。「場」の存在しないところに「場」の効果が現れるのだから、遠隔作用的と見える訣で、大多数の物理学者が「そんなことが起こる筈がない」と拒否反応を起こしても不思議はない (アハラノフ・ボーム効果はファイバーバンドルのホロノミーなので、多様体の大局的構造に関わる。しかし、その大局的構造が局所的な空間の接続の仕方で決定されると云うのがガウス・リーマンの多様体論の構想だった)。その中で、論文発表直後に、「おめでとう」と云う祝福の電報を送ってきたのが Richard Feynman (リチャード・ファインマン) だった。そして、電文は、こう続いていた: 「だが、自分の手でこの現象を見つけたかった!」(「ゲージ場を見る」p.130)

これは、ファインマンの本心だっただろう。彼が発見していても何の不思議もなかったのだ。しかも、その内容は深い。ファインマンは、自分が逃がした魚の大きさに悔しがったに違いない。

彼は、その物理学教科書 R. P. Feynman, R. B. Leighton, M. Sands: "The Feynman Lectures on Physics" (私が持っているのは Addison-Wesley. 3 vols. (1963-1965)) 第2巻第15章5 において、早速アハラノフ・ボーム効果を取り上げて、こう総括している (当時、アハラノフ・ボーム効果の実在性に対する反対論が、未だ根強かった筈だが、ファインマンに迷いは見られない。彼の慧眼を思うべきであろう):

The subject has an interesting history. The theory we have described was known from the beginning of quantum mechanics in 1926. The fact that the vector potential appears in the wave equation of quantum mechanics (called the Schrödinger equation) was obvious from the day it was written. That it cannot be replaced by the magnetic field in any easy way was observed by one man after the other who tried to do so. This is also clear from our example of electrons moving in a region where there is no field and being affected nevertheless. But because in classical mechanics \bm{A} did not appear to have any direct importance and, furthermore, because it could be changed by adding a gradient, people repeated said that the vector potential had no direct physical significance -- that only the magnetic and electric fields are "right" even in quantum mechanics. It seems strange in retrospect that no one thought of discussing this experiment until 1956, when Bohm and Aharanov first suggested it and made the whole question crystal clear. The implication was there all the time, but no one paid attention to it. Thus many people were rather shocked when the matter was brought up. That's why someone thought it would be worth while to do the experiment to see that it really was right, even though quantum mechanics, which had been believed for so many years, gave an unequivocal answer. It is interesting that something like this can be around for thirty years but, because of certain prejudices of what is and is not significant, continues to be ignored.
--R. P. Feynman, R. B. Leighton, M. Sands: "The Feynman Lectures on Physics" Addison-Wesley (1964). Volume II 15-12

[ゑびすや註]: "it could be changed by adding a gradient" の "could" には、「当時の人は『事情』を知らなかった」と云う著者の視線が感じられる。また "it would be worth" の "would" には、「検証実験などするまでもないのに」と云う語感がある。

良く知られている通り、ファインマンの物理学教科書には和訳がある (岩波書店。「ファインマン物理学」5分冊 (1) (2) (3) (4) (5)。英文版第2巻に相当するのは、和訳の第3巻と第4巻だろうが、当該引用箇所が載っているのは、あるいは第3巻か)。実は、私もかっては和訳も所有していたのだが、大学生時代、同じ高校から進学してきた友人に進呈してしまって、それ以来持っていない。と云う訣で、岩波の和訳を参照することはできないから (まぁ、図書館に行けば良いのだが、そうまですることもあるまい。原文は至って簡明である) 私なりの訳文を付けておこう:

このことに就いては興味深い経緯がある。上記に説明した理論は、量子力学の創成当初である1926年以来分っていたのだ。量子力学の波動方程式 (シュレディンガー方程式) が書き表されたその日から、そこには、明白な事実としてにベクトルポテンシャルが現れていた。何人もが入れ代わり立ち代わり、ベクトルポテンシャルを磁場で置き換えようとしてみたが、それは容易には成功しなかった。このことは、場が存在しない領域で運動しているにもかかわらず場の影響を受ける上述の電子の例からも明らかである。しかし、古典力学では \bm{A} には、直接的な重要性はないように見えたし、またその上、\mathrm{grad} を加えても構わないようなものだったから、ベクトルポテンシャルには直接的な物理的意義は存在せず、量子力学であっても磁場と電場のみが「正当」なものなのだと、繰り返し表明されたのだった。今の時点で振り替えてみるなら奇妙に思えることだが、1956年、ボームとアハラノフが初めて提案して、問題の全貌を透徹した明確さで示すまで、この実験は、誰も思いつかれることはなかった。その内在的重要性は、常に目前にあり続けた訣だが、誰もそれに注意を払わなかったのだ。だから、問題が明らかになると、多くの人々が逆に驚いたのだった。それだからこそ、長年信じられてきた量子力学が誤解しようのない結論を出しているにもかかわらず、その真偽を確かめるため、そうした実験を行なう価値があると思うものが出てきた。何が重要で何が重要でないかに就いての或る種の先入観のおかげで、これほどのことが、30年間にわたり身近にありながら、無視され続けたと云うことには興味深いものがある。
--ファインマン、レイトン、サンズ「ファインマン物理学」(英文版) 第3巻 (1964年) 第15章第12ページ

アハラノフ・ボーム効果を導く数式の計算は、場の量子論としては初等的なものだ (例えば、藤川和男「ゲージ場の理論」東京 岩波書店。1993年。岩波講座 [現代の物理学] ISBN-10: 4000104500 ISBN-13: 978-4000104500 では、アハラノフ・ボーム効果は、冒頭第1章第2節 pp.6-7 で論じられている)。その発見・承認を遅らせたのは物理学者の心理的抵抗であったのだろう (ファインマンには「心理的抵抗」はなかった訣だ。贅言すると、彼は「心理学」を信じていなかったそうだ)。やや勘繰るならば、Ehrenberg と Siday の発表が黙殺されたのは、彼らが無名であったために、「半分素人の戯言」としか見られなかったためかもしれない (存在自体に注意が払われなかったと云うこともあり得るだろう)。しかし、同じことであっても、アハラノフはともかく、ボームが発表したとなると、無視も成らないが、かといって、「トンデモないこと」に賛成する訣にもいかないと云うことだったのではないか。

ファインマンが皮肉を込めて指摘しているが、幾つか検証実験も行なわれて、しかも、(と言うか、勿論と言うか) 肯定的な結果が得られた。

実際、1960年には Robert G. Chambers [Phys. Rev. Lett. 5, 3 (1960)] が、1961年には H. Börsch 他 [H. Börsch, H. Hamisch, K. Grohamann, D. Wohlleben: Z.Physik 165 (1961) 79] と、 L. L. Marton 他 [A. Fowler, L. Marton, J. A. Simpson, J. A. Suddeth: J.Appl. Phys. 32, 1153 (1961)] とが独立して、1962年には G. Möllenstedt 他 [G. Möllenstedt, W. Bayh: Naturwissenschaften 49, 81 (1962)] が、それぞれ、アハラノフ・ボーム効果が実証されたとの報告を行なっている。

しかし、それでも、アハラノフ・ボーム効果の実在性に対する抵抗は根強かった。実験に不備がある (磁場の閉じ込めが完全でない) とされたのだ。

1978年には、P. Bochhieri と A. Loinger は、アハラノフ・ボーム効果の実在性を否定する論文 [Nuovo Cimento A, 47, 475 (1978)] を発表し、これに対する反論、そして再反論と応酬され、議論は錯綜した (「ゲージ場を見る」pp.145-146)。

このした論争に、鮮やかな実験的結論を出したのが、当時日立製作所中央研究所 (東京都国分寺市) で電子線ホログラフィの研究をしていた外村彰 (とのむら あきら) の研究グループだった (総合科学技術会議 の「外村彰氏インタビュー」も参照)。

外村は、ソレノイドの代わりに微小なドーナッツ型の磁石を使うことを考える。勿論、電子の波動関数の位相差干渉検出には電子線ホログラフィを使う訣だが、しかし、磁石の作成の方は、自力では不可能なので、他の開発チームの協力が必要だった。。。 自分達の研究テーマを抱えている彼らの手を煩わせることになる磁石の作成を説得することが出来るだろうか?

そこで外村は、見ず知らずのC. N. Yang (楊振寧) に手紙を出す。「パリティ非保存」のヤン (Tsung-Dao Lee/李政道と共に論文を発表したのが 1956年、これにより、その翌年の 1957年には異例の速さでノーベル物理学賞を受賞した)、非アーベルゲージ理論の基本となる「Yang-Mills 場」のヤンにである。「AB 効果の検証実験を計画しているところですが、この実験は物理学にとって本当に重要でしょうか?」(「ゲージ場を見る」p.148)

ヤンの回答は、彼自身の行動が雄弁に物語った。その約1ヵ月後、ヤンは日立製作所中央研究所にやってきたのだ。1981年6月初めのことである。その時日本を訪れてきたヤンは、アハラノフ・ボーム効果に就いて議論するため国分寺に足を運んだのである。彼の来所により、「AB 効果を検証しようという気運は一気に盛り上がった。実験は中央研究所の磁性グループと一緒になって、ただちにスタートした。」(「ゲージ場を見る」p.149)

翌1982年には、結果が出た。ドーナッツの外側と内側を通る電子線の間に位相差が出ることが電子線ホログラフィで示されたのだ。位相差の値も、理論値に一致した。実験サンプルの中には、磁石から磁場がはみ出ているものもあったが、アハラノフ・ボーム効果の実験には磁場がはみ出ないサンプルが用いられた。アハラノフ・ボーム効果は実証された筈だった。

この結果は、"Physical Review Letters" に提出された (1982年2月16日)。しかし、アハラノフ・ボーム効果に就いての論争の最中であったので、この論文は、効果に対して肯定的な審査者と否定的な審査者により査読された。そして、やはり意見は真っ向から別れ、一旦は拒絶されてしまうのだが、結局、論文はそのままの形で雑誌に掲載されたのだった (Tonomura et al.: "Observation of Aharonov-Bohm Effect by Electron Holography" Phys. Rev. Lett. 48, 1443 - 1446 (May 24, 1982))。

"Physical Review Letters" の一方の審査者と同様、やはり、この論文でも納得しない物理学者がいた (P. Bocchieri, A. Loinger, G. Siragusa: "Remarks on « Observation of Aharonov-Bohm effect by electron holography »" Nuovo Cimento, 35, 11, 370-372 のこと?)。

外村は、誰もが納得する実験結果を出したいと望んだ。

幸いなことに、その後日立の中央研究所で開催された「量子力学の基礎に関する国際シンポジウム」(ISQM) のため再び来所したヤンは新しい実験の提案を行なった。「ドーナッツ状の磁石を超伝導体でつつんでみなさい。"磁束量子化" と呼ばれる超伝導の基本現象が、AB 効果によってドラマティックに観測できるはずである」。
--「ゲージ場を見る」p.153

[ゑびすや註]: ISQM は第1回が1983年に日立製作所中央研究所で開催された。第5回 (1995年) 以降は、日立製作所基礎研究所に場所を移して開催されている。

このヤンの提案は実現が困難であったが、1986年春、外村たちは、遂に実験に成功する。完成したサンプルは:

パーマロイのドーナツ状磁石を芯にして、そのまわりをニオブがとり囲んでいる。磁場が外に漏れないように、ニオブの厚さは三〇〇〇オングストローム以上とし、二枚重ねのニオブの膜の隙間に酸化物が生じないよう留意した。サンプルをマイナス二六八度 (絶対温度五度) まで冷やして、ニオブを超伝導状態にする。マイスナー効果によって磁場は内部に閉じ込められて外には漏れてこない。あてた電子線が磁石の中まで侵入することもない。
--「ゲージ場を見る」p.158

実験の結果、ドーナツの孔の中と外側を通る2本の電子線の間には、1/2 波長の位相差が生じていることがはっきりと映し出されたのだった(「ゲージ場を見る」ジャケット写真、又は p.160 を参照)。

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2009年2月17日 (火)

ニール・アシュビー「GPS における相対論」第1章及び第2章訳文 (草稿)

このサイトに、かなりの頻度で、[GPS 相対論] や、これに類するキーフレーズでの訪問される方々がいらっしゃる。たしかに、このサイトでは、[nouse: 飛行機に原子時計を載せて・・・] (2004年9月9日[木]) や [nouse: [飛行機に原子時計を載せて・・・] 補足: 相対論の話を少しばかり] (2007年4月17日[火]) などで GPS (Global Positioning System) に触れてはいるのだが、詳しいものではない。

もし詳細な議論をお望みなら、上記2記事で引用している "Relativity in the Global Positioning System" (Neil Ashby) を参照なさることをお薦めする。私が、ネットをザッと調べた範囲では、GPS への相対論の適用に就いてこれが一番包括的な記述であるように思われる (もっとも、私自身は、この文献の数か所を走り読みしただけで、内容を把握しているとは到底言えない。それでも、「一番包括的」などと言うのは、GPS に就いて詳しく説明した文書がネット上では、それほど少ないからである)。

そこで、紹介かたがた、以下に、"Relativity in the Global Positioning System" の第1章と第2章 (及び「要約」) の翻訳を試みることにした。この文書の「肝」は、第3章以降ではないかとも思われるが、今のところそこまでは手が回らないので、勘弁していただくことにする。それに、第2章ではサニャック効果について一応はまともな議論 (つまり、簡略化されているとは言え、一般相対論に従った解説) がされていて、これもネット上ではなかなか見られないものなので、それなりの価値があると言えるだろう。

なお、私が翻訳の底本とした "Relativity in the Global Positioning System" は a Creative Commons Attribution-Noncommercial-No Derivative Works 2.0 Germany License によって公開されている。

原文では、図や参考文献その他へのリンクのための anchor タグが数多く挿入されているが、この訳文中では機能しないため、それらは全て削ってある(第1図については、原文ではリンクされている先の大判のグラフを --そのままでは幅が広すぎて、このブログ画面には収まらないので、やや縮小して-- 訳文中に示すようにした) 。従って、参考文献番号や View Equation は「お飾り」にしかなっていないが、底本画面との見かけの対照性を維持するために残してある。


Relativity in the Global Positioning System

Neil Ashby
Dept. of Physics, University of Colorado
Boulder, CO 80309–0390
U.S.A.

'External link'http://www.colorado.edu/physics/Web/directory/faculty/ashby_n.html

This article has been revised on 21 June 2007 (see changes in detail).

Abstract

The Global Positioning System (GPS) uses accurate, stable atomic clocks in satellites and on the ground to provide world-wide position and time determination. These clocks have gravitational and motional frequency shifts which are so large that, without carefully accounting for numerous relativistic effects, the system would not work. This paper discusses the conceptual basis, founded on special and general relativity, for navigation using GPS. Relativistic principles and effects which must be considered include the constancy of the speed of light, the equivalence principle, the Sagnac effect, time dilation, gravitational frequency shifts, and relativity of synchronization. Experimental tests of relativity obtained with a GPS receiver aboard the TOPEX/POSEIDON satellite will be discussed. Recently frequency jumps arising from satellite orbit adjustments have been identified as relativistic effects. These will be explained and some interesting applications of GPS will be discussed.

グローバル・ポジショニング・システムにおける相対論

ニール・アシュビー
アメリカ合衆国コロラド州 80309–0390 ボウルダー市
コロラド大学物理学科

'External link'http://www.colorado.edu/physics/Web/directory/faculty/ashby_n.html

この文書は2007年6月21日に改訂されている。(「変更点の詳細」を参照されたい)

要約
グローバル・ポジショニング・システム (Global Positioning System/GPS) は、高精度で安定した原子時計 (衛星に搭載されたもの及び地上局に設置されたものの双方) を用いて、全世界で位置及び時刻の決定が出来るようにするためのシステムである。こうした原子時計には、重力及び運動が及ぼす影響による周波数シフトが発生するが、それは、様ざまな相対論的な影響を慎重に考慮しないならば、システムが機能しなくなる程に大きなものである。本文書では、GPS を用いた航行案内の概念的基礎を、特殊及び一般相対論に基づいて議論する。考慮すべき相対論における原理及び効果としては、光速度の不変性、等価原理、サニャック効果、時間遅延 (time dilation)、重力による周波数シフト及び、同時性が相対的であることが挙げられる。TOPEX/POSEIDON 衛星搭載の GPS 受信器による相対論の検証に就いても論じられる。最近発生した、衛星軌道調整に伴う周波数跳躍は、相対論的な効果であったことが解明された。こうしたことの説明が与えられ、また GPS の興味深い応用の幾つかが論ぜられる。

"Relativity in the Global Positioning System"
Neil Ashby
http://www.livingreviews.org/lrr-2003-1
Creative Commons License
This work is licensed under a
Creative Commons Attribution-
Noncommercial-No Derivative Works 2.0
Germany License
.
Problems/comments to livrev@aei.mpg.de

訳註


  1. http://www.colorado.edu/physics/Web/directory/faculty/ashby_n.html に就いては、このサイトで内容を紹介済みである。[nouse: Neil Ashby に就いて: 相対論の実用] (2007年4月26日[木]) を参照されたい。

  2. "changes in detail"/「変更点の詳細」へは、底本 (Relativity in the Global Positioning System) 内部からでないとでないと辿りつけないようだ。


1 Introduction

The Global Positioning System (GPS) can be described in terms of three principal “segments”: a Space Segment, a Control Segment, and a User Segment. The Space Segment consists essentially of 24 satellites carrying atomic clocks. (Spare satellites and spare clocks in satellites exist.) There are four satellites in each of six orbital planes inclined at &#x2218; 55 with respect to earth’s equatorial plane, distributed so that from any point on the earth, four or more satellites are almost always above the local horizon. Tied to the clocks are timing signals that are transmitted from each satellite. These can be thought of as sequences of events in spacetime, characterized by positions and times of transmission. Associated with these events are messages specifying the transmission events’ spacetime coordinates; below I will discuss the system of reference in which these coordinates are given. Additional information contained in the messages includes an almanac for the entire satellite constellation, information about satellite vehicle health, and information from which Universal Coordinated Time as maintained by the U.S. Naval Observatory – UTC(USNO) – can be determined.

1 序論

グローバル・ポジショニング・システム (GPS) は、大きく「宇宙」・「管制」・「利用者」の3つの部分に分けて説明することができる。宇宙部分は、本質的には、原子時計を搭載した24基の衛星からなる (予備の衛星、及び衛星内には予備の原子時計が存在する)。これら24基の衛星は、地球の赤道面に対し &#x2218; 55 傾斜した6枚の軌道平面上の各々にある4基の衛星からなっており、地球上のどの地点からも、そこでの地平線/水平線上空に、ほぼ常時4基以上の衛星が存在するように分布されている。原子時計には、各衛星から送信される時刻信号が割り当てられている。こうした信号送信は、送信位置及び送信時刻により特徴づけられる時空内での一連の事象として考えることができる。これらの事象に伴って、送信と云う事象の時空座標を特定するメッセージが送られる。こうした座標を規定する基準座標系に就いては、後述する。メッセージには、付加的な情報として、衛星系全体の航行暦 (almanac) と、衛星体の作動状態情報と、及び米国海軍天文台 (U.S. Naval Observatory/USNO) 管理担当分の協定世界時 (Universal Coordinated Time/UTC)、つまり UTC(USNO) を導き出すことが可能な情報とが含まれている。


The Control Segment is comprised of a number of ground-based monitoring stations, which continually gather information from the satellites. These data are sent to a Master Control Station in Colorado Springs, CO, which analyzes the constellation and projects the satellite ephemerides and clock behaviour forward for the next few hours. This information is then uploaded into the satellites for retransmission to users.
管制部分は、GPS 衛星からの情報を継続的に収集する幾つかの地上監視局からなる。そうしたデータは、コロラド州コロラド・スプリングズの主管制局に送られ、そこで衛星系の解析及び、以後数時間分の衛星軌道位置及び時刻推移の計画が策定される。この情報は、衛星へとアップロードされて、利用者へ配信される。


The User Segment consists of all users who, by receiving signals transmitted from the satellites, are able to determine their position, velocity, and the time on their local clocks.
利用者部分は、信号から発信された信号を受信して、自身の位置・速度及び地域計時での時刻を決定することが可能な全ての利用者からなる。

The GPS is a navigation and timing system that is operated by the United States Department of Defense (DoD), and therefore has a number of aspects to it that are classified. Several organizations monitor GPS signals independently and provide services from which satellite ephemerides and clock behavior can be obtained. Accuracies in the neighborhood of 5–10 cm are not unusual. Carrier phase measurements of the transmitted signals are commonly done to better than a millimeter.
GPS は、米国防衛総省 (United States Department of Defense/DoD) により運営されている航行案内及び計時システムであるため、機密扱いになっている局面が幾つか存在する。幾つかの機関が、個別に、GPS 信号を監視して、衛星軌道位置及び時刻推移が分かるようにするサービスを提供している。5–10 cm 程度の精度も稀なことではない。発信信号の搬送波位相測定も広く行なわれており、サブミリメートルの精度が得られる。


GPS signals are received on earth at two carrier frequencies, L1 (154 &#x00D7; 10.23 MHz) and L2 (120 &#x00D7; 10.23 MHz). The L1 carrier is modulated by two types of pseudorandom noise codes, one at 1.023 MHz – called the Coarse/Acquisition or C/A-code – and an encrypted one at 10.23 MHz called the P-code. P-code receivers have access to both L1 and L2 frequencies and can correct for ionospheric delays, whereas civilian users only have access to the C/A-code. There are thus two levels of positioning service available in real time, the Precise Positioning Service utilizing P-code, and the Standard Positioning Service using only C/A-code. The DoD has the capability of dithering the transmitted signal frequencies and other signal characteristics, so that C/A-code users would be limited in positioning accuracy to about &#x00B1;100 meters. This is termed Selective Availability, or SA. SA was turned off by order of President Clinton in May 2000.
地上で受信される GPS 信号の搬送波周波数は、L1 (154 &#x00D7; 10.23 MHz) と L2 (120 &#x00D7; 10.23 MHz) の2つがある。L1 搬送波は、2種類の擬似乱数雑音コードで変調されている。そのうちの1つは、1.023 MHz で変調されているもので、粗精度/捕捉コード (Coarse/Acquisition) 又は C/A コードと呼ばれる。他方は、10.23 MHz で変調され暗号化されているもので、P-コードと呼ばれている。P コード受信器は、L1 と L2 の双方の周波数を利用可能であって、電離層遅延の補正が可能であるのに対し、民間の利用者は C/A-コードのみの利用が可能である。従って、実時間で利用可能な位置決定サービスには、P-コードを用いる高精度位置決定サービスと、C/A-コードのみを利用する標準的位置決定サービスとの2つのレベルが存在することになる。国防総省は、送信信号の周波数その他の信号特性にディザリングを掛けることで、C/A-コード利用者の位置決定精度が、&#x00B1;100 メートル程度に限定されるようにすることが出来る。これは、選択的利用可能性 (Selective Availability/SA) と名付けられている。選択的利用可能性は、2000年5月にクリントン大統領の命令により停止された。





Figure 1
Figure 1: Typical Allan deviations of Cesium clocks and quartz oscillators, plotted as a function of averaging time &#x03C4;.
第1図: 平均化時間 &#x03C4; の関数として示されたセシウム原子時計及び水晶発振器における典型的なアラン偏差 (Allan deviation)。


The technological basis for GPS lies in extremely accurate, stable atomic clocks. Figure 1View Image gives a plot of the Allan deviation for a high-performance Cesium clock, as a function of sample time &#x03C4;. If an ensemble of clocks is initially synchronized, then when compared to each other after a time &#x03C4;, the Allan deviation provides a measure of the rms fractional frequency deviation among the clocks due to intrinsic noise processes in the clocks. Frequency offsets and frequency drifts are additional systematic effects which must be accounted for separately. Also on Figure 1View Image is an Allan deviation plot for a Quartz oscillator such as is typically found in a GPS receiver. Quartz oscillators usually have better short-term stability performance characteristics than Cesium clocks, but after 100 seconds or so, Cesium has far better performance. In actual clocks there is a wide range of variation around the nominal values plotted in Figure 1View Image.
GPS の技術的な基礎となっているのは、極めて正確で安定した原子時計である。図 1View Image には、サンプル時間の関数として高性能セシウム時計のアラン偏差が表示されてる。幾つかの時計を、初めに同期化してから、時間&#x03C4; の経過につれて互いを比較すると、アラン偏差は、時計に固有な雑音過程による、時計同士間の二乗平均平方根 (rms) 周波数偏差比 (fractional frequency deviation) を表わす。周波数オフセット及び周波数ドリフトも、別途考慮する必要のある構造的効果である。図 1View Image には、GPS 受信器に典型的に見られるような水晶発振器のアラン偏差も表示してある。水晶発振器は、通常、短期の安定特性では、セシウム時計よりも優れいてるが、100秒程度を越えると、セシウム時計の方が断然優れた性能を示す。実際の時計の変動域は、図 1View Image に示された公称値を含む幅広いものである。


The plot for Cesium, however, characterizes the best orbiting clocks in the GPS system. What this means is that after initializing a Cesium clock, and leaving it alone for a day, it should be correct to within about 5 parts in 1014, or 4 nanoseconds. Relativistic effects are huge compared to this.
しかしながら、このセシウム時計に就いてのグラフは、GPS システムにおいて軌道上にある時計として最良の様態を特徴づけるものなのである。これはつまり、セシウム時計は、初期化された後、1日放置されるなら、1014 分の 5 程度、言い換えると、4 ナノ秒ぐらいまでの補正が必要になると云うことである。相対論的な効果は、これと比較して非常に大きいのである。


The purpose of this article is to explain how relativistic effects are accounted for in the GPS. Although clock velocities are small and gravitational fields are weak near the earth, they give rise to significant relativistic effects. These effects include first- and second-order Doppler frequency shifts of clocks due to their relative motion, gravitational frequency shifts, and the Sagnac effect due to earth’s rotation. If such effects are not accounted for properly, unacceptably large errors in GPS navigation and time transfer will result. In the GPS one can find many examples of the application of fundamental relativity principles. These are worth careful study. Also, experimental tests of relativity can be performed with GPS, although generally speaking these are not at a level of precision any better than previously existing tests.
この文書の目的は、GPS において相対論的な効果が如何に考慮されているかを説明することにある。時計は低速度であり、地球近辺での重力場は弱いとは言え、そられは、重大な相対論的効果を引き起こす。そうした効果としては、時計の相対的運動による1次ドップラー周波数シフトと2次ドップラー周波数シフト、重力による周波数シフト、地球の自転によるサニャック効果が挙げられる。こうした効果を正当に考慮しないならば、認容しえないほど大きい誤差が、GPS による航行案内と時刻比較に発生することになる。GPS には、基本的な相対論的原理の応用例が数多く見られる。そうしたものは、注意深い研究に値する。また、GPS を用いて、相対論の検証実験を行なうことも可能である。もっとも、概して言えば、そうした検証実験は、既存の実験と比較して、精度が高いとは少しも言えないのだが。


The principles of position determination and time transfer in the GPS can be very simply stated. Let there be four synchronized atomic clocks that transmit sharply defined pulses from the positions rj at times tj, with j = 1,2,3,4 an index labelling the different transmission events. Suppose that these four signals are received at position r at one and the same instant t. Then, from the principle of the constancy of the speed of light,

c2&amp;#x0028;t &amp;#x2212; tj&amp;#x0029;2 = &amp;#x007C;r &amp;#x2212; rj&amp;#x007C;2, j = 1,2,3,4. &amp;#x0028;1 &amp;#x0029;

where the defined value of c is exactly 299792458 m s&#x2212;1. These four equations can be solved for the unknown space-time coordinates &#x007B;r,t&#x007D; of the reception event. Hence, the principle of the constancy of c finds application as the fundamental concept on which the GPS is based. Timing errors of one ns will lead to positioning errors of the order of 30 cm. Also, obviously, it is necessary to specify carefully the reference frame in which the transmitter clocks are synchronized, so that Eq. (1View Equation) is valid.
GPS における位置決定及び時刻比較原理は、非常に簡単に述べることができる。今、4台の同期した原子時計が、時刻 tj に、位置 rj から (ここで、添え字 j = 1,2,3,4 は、異なる送信事象を表わす)、エッジが急峻な (sharply defined) パルスを発信したものとしよう。これら 4つの信号は、位置 r において同一時刻 t に受信されたものとすると、光速度不変の原理より、

c2&amp;#x0028;t &amp;#x2212; tj&amp;#x0029;2 = &amp;#x007C;r &amp;#x2212; rj&amp;#x007C;2, j = 1,2,3,4. &amp;#x0028;1 &amp;#x0029;

が成り立つ。ただし、ここで c の定義値は、正確に 299792458 m s&#x2212;1 に等しい。こられ4つの方程式は、受信事象の未知の時空座標 &#x007B;r,t&#x007D; に就いて解くことが可能である。こうして、c 一定の原理は、GPS の基礎をなす基本概念としての応用を有している。時刻誤差が 1 ナノ秒あったとすると、位置の決定が 30 cm 程度ズレることになる。また、明らかなことだが、式 (1View Equation) が有効なものになるよう、送信側の時計を同期化するための基準座標系は慎重に指定されねばならない。


The timing pulses in question can be thought of as places in the transmitted wave trains where there is a particular phase reversal of the circularly polarized electromagnetic signals. At such places the electromagnetic field tensor passes through zero and therefore provides relatively moving observers with sequences of events that they can agree on, at least in principle.
ここで謂うところの時刻パルスとは、送信された波動の列の中で、円偏光電磁信号での特定の位相反転が起きている箇所のことと見なせる。そうした箇所では、電磁場テンソルがゼロ値を通過するため、少なくとも原理上は、相対的な運動を行なっている観測者に対し、一致可能な事象系列を提供することになる。

"Relativity in the Global Positioning System"
Neil Ashby
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訳註


  1. 恒星日 を 86164.091 秒として、その 1014 分の 5 を求めると 4.31 ナノ秒ほどになる。


2 Reference Frames and the Sagnac Effect
Almost all users of GPS are at fixed locations on the rotating earth, or else are moving very slowly over earth’s surface. This led to an early design decision to broadcast the satellite ephemerides in a model earth-centered, earth-fixed, reference frame (ECEF frame), in which the model earth rotates about a fixed axis with a defined rotation rate, &#x03C9;E = 7.2921151467 &#x00D7; 10 &#x2212;5 rad s&#x2212; 1. This reference frame is designated by the symbol WGS-84 (G873) [19, 3]. For discussions of relativity, the particular choice of ECEF frame is immaterial. Also, the fact the the earth truly rotates about a slightly different axis with a variable rotation rate has little consequence for relativity and I shall not go into this here. I shall simply regard the ECEF frame of GPS as closely related to, or determined by, the International Terrestrial Reference Frame established by the International Bureau of Weights and Measures (BIPM) in Paris.

2 基準座標系とサニャック効果

殆ど全ての GPS 利用者は、自転する地球上で固定した位置にいるか、又は、地表を非常にゆっくりとした速度で移動している。このため当初決定された設計では、地球中心地球固定基準座標系 (earth-centered, earth-fixed, reference frame/ECEF frame) モデル内での衛星軌道位置を送信することとなった。この地球モデルは、一定角速度 &#x03C9;E = 7.2921151467 &#x00D7; 10 &#x2212;5 rad s&#x2212; 1 で、固定した軸を中心にして自転している。この基準座標系には、記号 WGS-84 (G873) [19, 3] が付与されている。相対論に就いて議論する場合は、ECEF 基準座標系の具体的な選択は問題とならない。また、地球は、実際には、僅かに異なる軸を中心にし、回転速度が変動すると云う事実も、相対論上の議論には殆ど影響しないので、本文書では、この点を論じないおく。本文書では、GPS の ECEF 基準座標系とは、パリ国際度量衡局 (International Bureau of Weights and Measures/BIPM) が規定した国際地球基準座標系 (International Terrestrial Reference Frame/ITRF) と密接に関係する、もしくは、国際地球基準座標系によって決定されるものであると云うことだけにしておく。


It should be emphasized that the transmitted navigation messages provide the user only with a function from which the satellite position can be calculated in the ECEF as a function of the transmission time. Usually, the satellite transmission times tj are unequal, so the coordinate system in which the satellite positions are specified changes orientation from one measurement to the next. Therefore, to implement Eqs. (1View Equation), the receiver must generally perform a different rotation for each measurement made, into some common inertial frame, so that Eqs. (1View Equation) apply. After solving the propagation delay equations, a final rotation must usually be performed into the ECEF to determine the receiver’s position. This can become exceedingly complicated and confusing. A technical note [10] discusses these issues in considerable detail.
送信された航行案内メッセージから、利用者は、送信時刻の関数の形で、ECEF 慣性基準座標系内での衛星位置の計算値を導き出す関数が得られるだけであることは強調しておかねばならない。通常、複数の衛星からの送信時刻 tj は一致しないため、衛星の位置が指定される座標系は、計測の度に、方向が変わっている。従って、式 (1View Equation) を具体化するには、利用者は、一般には、測定の度に一定の共通な慣性座標系に対して異なる回転を与えて、式 (1View Equation) が適応するようにしなければならない。伝搬遅延方程式を解いた後には、通常 ECEF に最終的な回転を与えて、受信器の位置を決定する。これは、極めて複雑で混乱を招くものになりうる。技術上の注意点 [10] では、こうした問題点が相当に詳しく論じられている。


Although the ECEF frame is of primary interest for navigation, many physical processes (such as electromagnetic wave propagation) are simpler to describe in an inertial reference frame. Certainly, inertial reference frames are needed to express Eqs. (1View Equation), whereas it would lead to serious error to assert Eqs. (1View Equation) in the ECEF frame. A “Conventional Inertial Frame” is frequently discussed, whose origin coincides with earth’s center of mass, which is in free fall with the earth in the gravitational fields of other solar system bodies, and whose z-axis coincides with the angular momentum axis of earth at the epoch J2000.0. Such a local inertial frame may be related by a transformation of coordinates to the so-called International Celestial Reference Frame (ICRF), an inertial frame defined by the coordinates of about 500 stellar radio sources. The center of this reference frame is the barycenter of the solar system.
ECEF 基準座標系は、航行案内においては第一義的な重要性を持つとは言え、(電磁波伝搬など) 多くの物理過程は、慣性基準座標系で叙述した方が単純になる。実際、式 (1View Equation) を表現するには慣性基準座標系が必要であるのに対し、ECEF 基準座標系内において式 (1View Equation) を主張するなら、重大な誤りを犯すことになる。「慣用慣性座標系 (Conventional Inertial Frame)」に就いて言及されることがしばしばあるが、これは、原点が地球の重心に一致し、太陽系の他の天体の作る重力場の中で地球と共に自由落下しており、その z-軸が、元期 (epoch) J2000.0 における地球の角運動量の軸と一致するような慣性座標系のことである。こうした局所慣性座標系は、座標変換により、約 500 個の電波天体の座標によって定義される慣性基準座標系である所謂「国際天文基準座標系 (International Celestial Reference Frame/ICRF)」と関連付けられることができる。この基準座標系の中心は、太陽系の重心である。


In the ECEF frame used in the GPS, the unit of time is the SI second as realized by the clock ensemble of the U.S. Naval Observatory, and the unit of length is the SI meter. This is important in the GPS because it means that local observations using GPS are insensitive to effects on the scales of length and time measurements due to other solar system bodies, that are time-dependent.
GPS で用いられている ECEF 基準座標系では、時間の単位は、米国海軍天文台の時計群が実現している「SI 秒」であり、長さの単位は 「SI メートル」である。このことは、GPS を用いた局所的な観測が、時間依存的である太陽系の他の天体の長さ・時間測定尺度への効果の影響を受けないことを意味し、GPS にとり重要である。


Let us therefore consider the simplest instance of a transformation from an inertial frame, in which the space-time is Minkowskian, to a rotating frame of reference. Thus, ignoring gravitational potentials for the moment, the metric in an inertial frame in cylindrical coordinates is

2 2 2 2 2 2 &amp;#x2212; ds = &amp;#x2212; &amp;#x0028;c dt&amp;#x0029; + dr + r d&amp;#x03C6; + dz , &amp;#x0028;2 &amp;#x0029;

and the transformation to a coordinate system &#x007B;t&#x2032;,r&#x2032;,&#x03C6;&#x2032;,z &#x2032;&#x007D; rotating at the uniform angular rate &#x03C9;E is

&amp;#x2032; &amp;#x2032; &amp;#x2032; &amp;#x2032; &amp;#x2032; t = t, r = r, &amp;#x03C6; = &amp;#x03C6; + &amp;#x03C9;Et , z = z. &amp;#x0028;3 &amp;#x0029;

This results in the following well-known metric (Langevin metric) in the rotating frame:

&amp;#x0028; &amp;#x03C9;2 r&amp;#x2032;2 &amp;#x0029; &amp;#x2212; ds2 = &amp;#x2212; 1 &amp;#x2212; --E2-- &amp;#x0028;cdt&amp;#x2032;&amp;#x0029;2 + 2&amp;#x03C9;Er &amp;#x2032;2d &amp;#x03C6;&amp;#x2032;dt&amp;#x2032; + &amp;#x0028;d&amp;#x03C3;&amp;#x2032;&amp;#x0029;2, &amp;#x0028;4 &amp;#x0029; c

where the abbreviated expression &#x0028;d &#x03C3;&#x2032;&#x0029;2 = &#x0028;dr&#x2032;&#x0029;2 + &#x0028;r&#x2032;d&#x03C6;&#x2032;&#x0029;2 + &#x0028;dz &#x2032;&#x0029;2 for the square of the coordinate distance has been used.
そこで、慣性基準座標系からの変換の一番簡単な例、つまり、ミンコフスキー時空から回転基準座標系への変換を考えよう。従って、差し当たりは重力ポテンシャルは無視して、慣性基準座標系の計量を円筒座標系で表わすと

2 2 2 2 2 2 &amp;#x2212; ds = &amp;#x2212; &amp;#x0028;c dt&amp;#x0029; + dr + r d&amp;#x03C6; + dz , &amp;#x0028;2 &amp;#x0029;

となるが、ここで一様な角速度 &#x03C9;E で回転する座標系 &#x007B;t&#x2032;,r&#x2032;,&#x03C6;&#x2032;,z &#x2032;&#x007D; への変換

&amp;#x2032; &amp;#x2032; &amp;#x2032; &amp;#x2032; &amp;#x2032; t = t, r = r, &amp;#x03C6; = &amp;#x03C6; + &amp;#x03C9;Et , z = z. &amp;#x0028;3 &amp;#x0029;

を行なうなら、その結果は、回転基準座標系での周知の計量 (ランジェヴァン計量/Langevin metric)

&amp;#x0028; &amp;#x03C9;2 r&amp;#x2032;2 &amp;#x0029; &amp;#x2212; ds2 = &amp;#x2212; 1 &amp;#x2212; --E2-- &amp;#x0028;cdt&amp;#x2032;&amp;#x0029;2 + 2&amp;#x03C9;Er &amp;#x2032;2d &amp;#x03C6;&amp;#x2032;dt&amp;#x2032; + &amp;#x0028;d&amp;#x03C3;&amp;#x2032;&amp;#x0029;2, &amp;#x0028;4 &amp;#x0029; c

を導く。ただし、ここでは座標距離の平方に対する簡約化した記法 &#x0028;d &#x03C3;&#x2032;&#x0029;2 = &#x0028;dr&#x2032;&#x0029;2 + &#x0028;r&#x2032;d&#x03C6;&#x2032;&#x0029;2 + &#x0028;dz &#x2032;&#x0029;2 が用いられいてる。


The time transformation t = t&#x2032; in Eqs. (3View Equation) is deceivingly simple. It means that in the rotating frame the time variable t&#x2032; is really determined in the underlying inertial frame. It is an example of coordinate time. A similar concept is used in the GPS.
式 (3View Equation) における単純な時間変換 t = t&#x2032; は曲者である。その意味するところは、回転基準座標系においては時間変数 t&#x2032; が、実際には、前提となる慣性基準座標系により決定されると云うことである。それは座標時間の例となっている。同様な概念が GPS でも用いられている。


Now consider a process in which observers in the rotating frame attempt to use Einstein synchronization (that is, the principle of the constancy of the speed of light) to establish a network of synchronized clocks. Light travels along a null worldline, so we may set ds2 = 0 in Eq. (4View Equation). Also, it is sufficient for this discussion to keep only terms of first order in the small parameter &#x2032; &#x03C9;Er &#x2215;c. Then

&amp;#x2032;2 &amp;#x2032; &amp;#x2032; &amp;#x0028;cdt&amp;#x2032;&amp;#x0029;2 &amp;#x2212; 2-&amp;#x03C9;Er-d&amp;#x03C6;-&amp;#x0028;cdt-&amp;#x0029; &amp;#x2212; &amp;#x0028;d&amp;#x03C3;&amp;#x2032;&amp;#x0029;2 = 0, &amp;#x0028;5 &amp;#x0029; c

and solving for &#x0028;cdt&#x2032;&#x0029; yields

&amp;#x03C9;Er &amp;#x2032;2d&amp;#x03C6;&amp;#x2032; cdt&amp;#x2032; = d&amp;#x03C3;&amp;#x2032; + --------. &amp;#x0028;6 &amp;#x0029; c

さて、回転基準座標系内の観測者が "Einstein synchronization" (つまりは、光速度不変の原理) を用いて、一連の同期した時計の体系を構築しようとしたと考えてみよう。光は、ヌル世界線に沿って進行するので、式 (4View Equation) において ds2 = 0 とおいてよい。また、この議論にあっては微小なパラメータ &#x2032; &#x03C9;Er &#x2215;c の1次の項までを考えるだけで充分である。そこで

&amp;#x2032;2 &amp;#x2032; &amp;#x2032; &amp;#x0028;cdt&amp;#x2032;&amp;#x0029;2 &amp;#x2212; 2-&amp;#x03C9;Er-d&amp;#x03C6;-&amp;#x0028;cdt-&amp;#x0029; &amp;#x2212; &amp;#x0028;d&amp;#x03C3;&amp;#x2032;&amp;#x0029;2 = 0, &amp;#x0028;5 &amp;#x0029; c

が成り立つから、これを &#x0028;cdt&#x2032;&#x0029; について解くと

&amp;#x03C9;Er &amp;#x2032;2d&amp;#x03C6;&amp;#x2032; cdt&amp;#x2032; = d&amp;#x03C3;&amp;#x2032; + --------. &amp;#x0028;6 &amp;#x0029; c

が得られる。


The quantity r&#x2032;2d&#x03C6; &#x2032;&#x2215;2 is just the infinitesimal area dA &#x2032;z in the rotating coordinate system swept out by a vector from the rotation axis to the light pulse, and projected onto a plane parallel to the equatorial plane. Thus, the total time required for light to traverse some path is

&amp;#x222B; &amp;#x222B; &amp;#x2032; &amp;#x222B; dt&amp;#x2032; = d&amp;#x03C3;--+ 2&amp;#x03C9;E- dA &amp;#x2032;. &amp;#x005B;light&amp;#x005D; &amp;#x0028;7 &amp;#x0029; path pathc c2 path z


r&#x2032;2d&#x03C6; &#x2032;&#x2215;2 は、回転座標系内において、回転軸から光パルス迄のベクトルが掃過する無限小領域を赤道面と平行な平面に投影した無限小面積 dA &#x2032;z そのものである。従って、光が、或る径路を通過するのに掛かる総時間は

&amp;#x222B; &amp;#x222B; &amp;#x2032; &amp;#x222B; dt&amp;#x2032; = d&amp;#x03C3;--+ 2&amp;#x03C9;E- dA &amp;#x2032;. &amp;#x005B;light&amp;#x005D; &amp;#x0028;7 &amp;#x0029; path pathc c2 path z

となる。


Observers fixed on the earth, who were unaware of earth rotation, would use just &#x222B; &#x2032; d&#x03C3; &#x2215;c for synchronizing their clock network. Observers at rest in the underlying inertial frame would say that this leads to significant path-dependent inconsistencies, which are proportional to the projected area encompassed by the path. Consider, for example, a synchronization process that follows earth’s equator in the eastwards direction. For earth, 2&#x03C9; &#x2215;c2 = 1.6227 &#x00D7; 10&#x2212;21 s m &#x2212;2 E and the equatorial radius is a1 = 6,378,137 m, so the area is 2 14 2 &#x03C0;a 1 = 1.27802 &#x00D7; 10 m. Thus, the last term in Eq. (7View Equation) is

2 &amp;#x03C9; &amp;#x222B; --2E dA &amp;#x2032;z = 207.4 ns. &amp;#x0028;8 &amp;#x0029; c path

地上に固定している観測者は、地球の自転を意識しないなら、時計の体系を同期化するために、&#x222B; &#x2032; d&#x03C3; &#x2215;c だけを利用することになるだろうが、回転座標系の前提となっている慣性基準座標系内で静止している観測者なら、そうした同期化していくと、径路が囲む領域の投影面積に比例する、径路依存の重大なズレが生じると指摘するであろう。例えば、地上を赤道に沿って東回りに同期化していく場合のことを考えてみよう。地球の諸元によるなら 2&#x03C9; &#x2215;c2 = 1.6227 &#x00D7; 10&#x2212;21 s m &#x2212;2 E であり、赤道半径は a1 = 6,378,137 m だから、赤道が囲む面積は 2 14 2 &#x03C0;a 1 = 1.27802 &#x00D7; 10 m となる。従って、式  (7View Equation) の最後の項は

2 &amp;#x03C9; &amp;#x222B; --2E dA &amp;#x2032;z = 207.4 ns. &amp;#x0028;8 &amp;#x0029; c path

となる。


From the underlying inertial frame, this can be regarded as the additional travel time required by light to catch up to the moving reference point. Simple-minded use of Einstein synchronization in the rotating frame gives only &#x222B; &#x2032; d&#x03C3; &#x2215;c, and thus leads to a significant error. Traversing the equator once eastward, the last clock in the synchronization path would lag the first clock by 207.4 ns. Traversing the equator once westward, the last clock in the synchronization path would lead the first clock by 207.4 ns.
回転座標系の前提となる慣性基準座標系の見地からは、これは、移動する基準点に光が追い付くのに掛かる付加的な時間と見なすことができる。Einstein synchronization を素朴に適用するなら &#x222B; &#x2032; d&#x03C3; &#x2215;c しか得られず、このため、重大な誤差が生じる。赤道上を東回りに同期化を進めた場合、径路を同期化していった最後の時計は、最初の時計より 207.4 ns 遅れるのである。西回りに進めた場合には、径路を同期化していった最後の時計は、最初の時計より 207.4 ns 進む。


In an inertial frame a portable clock can be used to disseminate time. The clock must be moved so slowly that changes in the moving clock’s rate due to time dilation, relative to a reference clock at rest on earth’s surface, are extremely small. On the other hand, observers in a rotating frame who attempt this, find that the proper time elapsed on the portable clock is affected by earth’s rotation rate. Factoring Eq. (4View Equation), the proper time increment d &#x03C4; on the moving clock is given by

&amp;#x230A; &amp;#x0028; &amp;#x2032;&amp;#x0029;2 &amp;#x2032;2 &amp;#x2032; &amp;#x0028; &amp;#x2032;&amp;#x0029;2&amp;#x230B; &amp;#x0028;d&amp;#x03C4;&amp;#x0029;2 = &amp;#x0028;ds&amp;#x2215;c&amp;#x0029;2 = dt&amp;#x2032;2&amp;#x2308;1 &amp;#x2212; &amp;#x03C9;Er-- &amp;#x2212; 2&amp;#x03C9;Er--d&amp;#x03C6;--&amp;#x2212; d&amp;#x03C3;-- &amp;#x2309; . &amp;#x0028;9 &amp;#x0029; c c2dt&amp;#x2032; cdt&amp;#x2032;

慣性基準座標系にあっては、移動式の時計を時間同期のために使うことができる。そうした時計は、移動中、地上に静止している基準時計に対して、移動する側の時計での時間遅延による時間の進み方の変化が極めて小さくなるよう緩やかに移動しなければならない。他方、回転基準座標系内の観測者が、同じことをしようとすると、移動式時計で経過する固有時間が、地球の自転速度に影響されることを見いだすことになる。式 (4View Equation) を積の形に表わすと、移動する時計における固有時間の増分 d &#x03C4;

&amp;#x230A; &amp;#x0028; &amp;#x2032;&amp;#x0029;2 &amp;#x2032;2 &amp;#x2032; &amp;#x0028; &amp;#x2032;&amp;#x0029;2&amp;#x230B; &amp;#x0028;d&amp;#x03C4;&amp;#x0029;2 = &amp;#x0028;ds&amp;#x2215;c&amp;#x0029;2 = dt&amp;#x2032;2&amp;#x2308;1 &amp;#x2212; &amp;#x03C9;Er-- &amp;#x2212; 2&amp;#x03C9;Er--d&amp;#x03C6;--&amp;#x2212; d&amp;#x03C3;-- &amp;#x2309; . &amp;#x0028;9 &amp;#x0029; c c2dt&amp;#x2032; cdt&amp;#x2032;

で表わされる。


For a slowly moving clock, &#x0028;d&#x03C3;&#x2032;&#x2215;cdt&#x2032;&#x0029;2 &#x226A; 1, so the last term in brackets in Eq. (9View Equation) can be neglected. Also, keeping only first order terms in the small quantity &#x03C9;Er &#x2032;&#x2215;c yields

&amp;#x03C9; r&amp;#x2032;2d &amp;#x03C6;&amp;#x2032; d &amp;#x03C4; = dt&amp;#x2032; &amp;#x2212;--E-2---- &amp;#x0028;10 &amp;#x0029; c

which leads to

&amp;#x222B; &amp;#x2032; &amp;#x222B; 2&amp;#x03C9;E-&amp;#x222B; &amp;#x2032; pathdt = pathd&amp;#x03C4; + c2 pathdA z. &amp;#x005B;portable clock&amp;#x005D; &amp;#x0028;11 &amp;#x0029;

緩やかに移動する時計では、&#x0028;d&#x03C3;&#x2032;&#x2215;cdt&#x2032;&#x0029;2 &#x226A; 1 となるから、式 (9View Equation) の角括弧内最後の項は無視することができる。さらに、微小な1次の項 &#x03C9;Er &#x2032;&#x2215;c だけを残すなら、その結果として

&amp;#x03C9; r&amp;#x2032;2d &amp;#x03C6;&amp;#x2032; d &amp;#x03C4; = dt&amp;#x2032; &amp;#x2212;--E-2---- &amp;#x0028;10 &amp;#x0029; c

が得られる。したがって

&amp;#x222B; &amp;#x2032; &amp;#x222B; 2&amp;#x03C9;E-&amp;#x222B; &amp;#x2032; pathdt = pathd&amp;#x03C4; + c2 pathdA z. &amp;#x005B;portable clock&amp;#x005D; &amp;#x0028;11 &amp;#x0029;

である。


This should be compared with Eq. (7View Equation). Path-dependent discrepancies in the rotating frame are thus inescapable whether one uses light or portable clocks to disseminate time, while synchronization in the underlying inertial frame using either process is self-consistent.
これは、式 (7View Equation) に相当するものである。このように、回転基準座標系で発生する径路依存型のズレは、時刻の同期化に光を使っても移動式の時計を使っても免れることはできない。これに対し、回転基準座標系の前提となっている慣性基準座標系では、どちらの方法でも同期化は食い違いを生じない。


Eqs. (7View Equation) and (11View Equation) can be reinterpreted as a means of realizing coordinate time t&#x2032; = t in the rotating frame, if after performing a synchronization process appropriate corrections of the form +&#x222B; &#x2032; 2 2&#x03C9;E pathdA z&#x2215;c are applied. It is remarkable how many different ways this can be viewed. For example, from the inertial frame it appears that the reference clock from which the synchronization process starts is moving, requiring light to traverse a different path than it appears to traverse in the rotating frame. The Sagnac effect can be regarded as arising from the relativity of simultaneity in a Lorentz transformation to a sequence of local inertial frames co-moving with points on the rotating earth. It can also be regarded as the difference between proper times of a slowly moving portable clock and a Master reference clock fixed on earth’s surface.
式 (7View Equation) 及び (11View Equation) は、同期化を行なった後、+&#x222B; &#x2032; 2 2&#x03C9;E pathdA z&#x2215;c と云う適切な補正を行なうならば、回転基準座標系内において、座標時間 t&#x2032; = t が見出だされると解釈しなおすこともできる。これには数多くの見方が可能あることは注目すべきである。例えば、慣性基準座標系から見ると、同期化を開始する基準時計は移動しており、光は、回転基準座標系から見る場合とは異なる径路を進まねばならない。サニャック効果は、ローレンツ変換の同時性が、自転する地球上の諸地点と共に運動する一連の局所慣性基準座標系に対して相対的であることから発生すると解釈できるが、また、サニャック効果は、緩やかに進む移動式時計の固有時間と、地上に固定した主基準時計の固有時間の相違と見なすこともできる。


This was recognized in the early 1980s by the Consultative Committee for the Definition of the Second and the International Radio Consultative Committee who formally adopted procedures incorporating such corrections for the comparison of time standards located far apart on earth’s surface. For the GPS it means that synchronization of the entire system of ground-based and orbiting atomic clocks is performed in the local inertial frame, or ECI coordinate system [6].
このことは、1980年代初頭には、「秒の定義のための諮問委員会 (Consultative Committee for the Definition of the Second)」及び「国際無線通信諮問委員会 (International Radio Consultative Committee)」によって認識され、地表から遠く離れた場所に位置における時刻標準との比較のために、こうした補正を取り入れる手続きが正式に採用された。それは、GPS にとっては、地上局内及び軌道上の全ての原子時計の体系の同期化を、局所慣性基準座標系、つまりは、ECI 座標系内で行なうことを意味する [6]


GPS can be used to compare times on two earth-fixed clocks when a single satellite is in view from both locations. This is the “common-view” method of comparison of Primary standards, whose locations on earth’s surface are usually known very accurately in advance from ground-based surveys. Signals from a single GPS satellite in common view of receivers at the two locations provide enough information to determine the time difference between the two local clocks. The Sagnac effect is very important in making such comparisons, as it can amount to hundreds of nanoseconds, depending on the geometry. In 1984 GPS satellites 3, 4, 6, and 8 were used in simultaneous common view between three pairs of earth timing centers, to accomplish closure in performing an around-the-world Sagnac experiment. The centers were the National Bureau of Standards (NBS) in Boulder, CO, Physikalisch-Technische Bundesanstalt (PTB) in Braunschweig, West Germany, and Tokyo Astronomical Observatory (TAO). The size of the Sagnac correction varied from 240 to 350 ns. Enough data were collected to perform 90 independent circumnavigations. The actual mean value of the residual obtained after adding the three pairs of time differences was 5 ns, which was less than 2 percent of the magnitude of the calculated total Sagnac effect [4].

GPS は、2つの地上に固定された時計から単一の衛星が見える時には、それらの時計間の時刻を比較するのに利用することができる。これが、前もって地上測量により地上位置が非常に正確に分っているのが普通である時間一次標準器間の比較を行なう「衛星仲介遠隔較正法 (common-view method)」である。2か所にある受信器から共通して見える単一の衛星からの信号から、地上の2つの時計間の時間差を決定するのに充分な情報が得られる。サニャック効果は、配置によっては数百ナノ秒に上るので、こうした比較を行なう際に極めて重要である。1984年、3対の地上時間センターから同時に共通して見える GPS 3号機、4号機、6号機、8号機が、地球周回サニャック効果実験に最終的な結論を出すために、用いられた。その地上センターとは、米国コロラド州ボウルダー市の「国立標準局 (National Bureau of Standards/NBS)」、ドイツ国ブラウンシュヴァイク (Braunschweig) の「国立理工学研究所 (Physikalisch-Technische Bundesanstalt/PTB)」と東京の国立天文台 (Tokyo Astronomical Observatory/TAO) である。サニャック効果による補正量は、240 ナノ秒乃至 350 ナノ秒であった。独立した 90 回の周回により充分なデータが収集された。3対の時間差を加えて得られた差し引き残余の実際の平均値は 5 ナノ秒であり、サニャック効果の計算合計値より 2 パーセント未満であった  [4]




"Relativity in the Global Positioning System"
Neil Ashby
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訳註


  1. 1 恒星日 を 86164.091 秒とし、円周率 π を 3.141592654 として、地球自転の角速度を計算すると 2π/86164.091 = 7.292115816 × 10-5 が得られる。

  2. 米国の "National Bureau of Standards/NBS" は 1988 年に、改組されて、"National Institute of Standards and Technology/NIST" となっているが、そのまま訳してある。他方、原文 "West Germany" は、現況に合わせて「ドイツ国」と訳した。

参考文献

[3] Department of Defense World Geodetic System 1984 – Its Definition and Relationships with Local Geodetic Systems, NIMA Technical Report, TR8350.2, (National Imagery and Mapping Agency, Bethesda, U.S.A., 2004). Related online version (cited on 11 June 2007):
External Linkhttp://earth-info.nga.mil/GandG/publications/tr8350.2/tr8350_2.html. 3rd amended edition.

[4] Allan, D.W., Weiss, M., and Ashby, N., “Around-the-World Relativistic Sagnac Experiment”, Science, 228, 69–70, (1985).

[6] Ashby, N., An Earth-Based Coordinate Clock Network, NBS Technical Note, 659; S.D. Catalog # C13:46:659, (U.S. Dept. of Commerce, U.S. Government Printing Office, Washington, U.S.A.,
1975).

[10] Ashby, N., and Weiss, M., Global Positioning System Receivers and Relativity, NIST Technical Note, TN 1385, (National Institute of Standards and Technology, Boulder, U.S.A., 1999).

[19] Malys, S., and Slater, J., “Maintenance and Enhancement of the World Geodetic System 1984”, in Proceedings of the 7th International Technical Meeting of The Satellite Division of The Institute of Navigation (ION GPS-94), September 20–23, 1994, Salt Palace Convention Center - Salt Lake City, UT, 17–24, (Institute of Navigation, Fairfax, U.S.A., 1994).




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  4. nouse: 英語版ウィキペディア "Sagnac effect" 訳文
  5. nouse: ドイツ語版ウィキペディア "Sagnac-Interferometer" 訳文
  6. nouse: フランス語版ウィキペディア "Effet Sagnac" 訳文
  7. nouse: オランダ語版ウィキペディア "Sagnac-effect" 訳文
  8. nouse: 一般相対論によるサニャック効果の導出 (注意: この記事の現在の URL は http://yeblog.cocolog-nifty.com/nouse/2007/09/post-4f1e.html てある。)
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2009年1月 8日 (木)

日本語版ウィキペディアの「サニャック効果」に対する誤った解説について。付けたし:欧州宇宙機関の HYPER プロジェクト

日本語版ウィキペディアの [サニャック効果 (最終更新 2008年12月10日 (水) 12:32)] の冒頭はこう始まっている。



サニャック効果( - こうか、Sagnac effect)は光に関する物理現象の一つで、特殊相対性理論で説明される現象によって、光路中を進む光の速度がその光路の運動に関係なく一定である為に、光路の運動によって光路の長さが変わったかのように見える現象である。
--サニャック効果 (最終更新 2008年12月10日 (水) 12:32)

しかし、この文章は物理学上、殆ど意味をなさない。僅かに、意味があるとしたら、相対論に就いての初歩的な勘違いの見本に使えるかもしれないと云ったぐらいだろう。

これが、実質的に一人の著作になるものなのか、あるいは「多くの船頭」がいたのかを確かめるほどの茶人では私はないし、また分かったとしても、他人様の頭の上の蝿を追う趣味はないので、以下は、誰彼の責任を追及するものでは全くないことを断わったうえで、話を続けていく。

この文章中の「光路」が如何なる意味で使われているのかが、まず問題になる。相対論で、時空中を自由な光が進む軌跡は所謂「ゼロ測地線/zero geodesic」(或いは「ヌル測地線/null geodesic」) になる。しかし、「光路の運動」と云う表現が物理的意味を持つには、「光路」がゼロ測地線そのものであることは難しいだろう。勿論、ゼロ測地線とは別のものである可能性もない訳ではないが、しかし「光の速度が...一定」であると言っている以上、ゼロ測地線の「空間」(「時空」の「空」部分) への投影を、時間をパラメータとして表現していると推定するのが最も妥当と言うべきだろう。勿論、これは「時空多様体」に「時間軸」を含む大域的な座標軸が存在している場合の話だが、「サニャック効果」が主題となる文脈では、この条件は満たされていると考えて良いだろう。

つまり、「光路の運動」とは、ゼロ測地線が載っている座標系が、観測者が載っている座標系に対して運動していると云うことを言いたいのだと考えることができる。

これを念頭に置いて、改めて、ウィキペディアの文章を読むと、「特殊相対性理論で説明される現象によって、光路中を進む光の速度がその光路の運動に関係なく一定である」となっていて、これだけで、この文章は「アウト」なのだ。

特殊相対論が言っているのは、異なる慣性系が互いに等速直線運動をしているなら (まぁ、一方の慣性系から見て、他方の慣性系が等速直線運動をしているなら、自動的に、その逆がなりたっているのだが...) 、真空中を進む同一の光の速度を、どちらの慣性系の時間と空間距離を以って測っても同一になると云うことだけである。

しかし、特殊相対論では、基本的には、それ以上のことは言えない。

一般の時空多様体は、ミンコフスキー空間 (つまり慣性系) を貼り合わせた構造を持つので、局所的には、慣性系になっている。従って、観測者が載っている局所座標系を取り敢えずは慣性系と見なすことは可能である (そして、それに載っている観測者自身に対しては静止している。以下、こうした座標系を「静止座標系」と呼ぶことにする)。しかし、静止座標系を作るのと同一の手続きで、真空中の光をゼロ測地線として載せいてる別の座標系を、静止座標系に対して等速直線運動をする慣性系にすることは一般には不可能である。そして、大雑把な言い方では、(サニャック効果に沿った例を挙げると) 静止座標系に対して回転運動する座標系に載っているゼロ測地線としての光の速度を静止座標系に乗っている観測者が測ると、一般には (具体的には、例えば、空間中、回転の接線方向に光が進んでいる場合など)、特殊相対論の謂う「真空中の光速 c」にはならない。

ここで「権威」を持ち出して議論の補強ような愚劣なことをする積もりはないが、それでも一般相対論の優れた解説者の言葉を引用しておくのも無駄ではないだろう。

重力場が存在すると、その自然な「光路」が屈曲することから得られる結論を論じて、アインシュタインは、次のように説明する:

In the second place our result shows that, according to the general theory of relativity, the law of the constancy of the velocity of light in vacuo, which constitutes one of the two fundamental assumptions in the special theory of relativity and to which we have already frequently referred, cannot claim any unlimited validity. A curvature of rays of light can only take place when the velocity of propagation of light varies with position. Now we might think that as a consequence of this, the special theory of relativity and with it the whole theory of relativity would be laid in the dust. But in reality this is not the case. We can only conclude that the special theory of relativity cannot claim an unlimited domain of validity ; its results hold only so long as we are able to disregard the influences of gravitational fields on the phenomena (e.g. of light).
--Albert Einstein. "Relativity: The Special and General Theory" (1920) Part II. Section 22. "A Few Inferences from the General Theory of Relativity" - Wikisource

この結論の2つめ重要な点としては、一般相対論に従うなら、特殊相対論の2つの基本的仮定の一方をなし、本書でしばしば言及されてきた真空中の光速度一定の法則が、無制限な妥当性を主張できなくなると云うことである。光線が屈曲すると云うことは、光の伝搬速度が場所によって変化しなければ起こりえない。この結果、特殊相対論と、相対論に関わる全ての理論が一敗地に塗れると云う風に考えることになるのだろうかと云うなら、事実はそうではない。これは、特殊相対論が妥当性を主張できる範囲は無制限ではなく、その結論は、(例えば、光の) 現象への重力場の影響が無視できる限りにおいてのみ成立すると云うだけのことなのであると言える。
--アルベルト・アインシュタイン「相対論:特殊と一般」(1920年)。第2部第22章「一般相対性原理からの幾つかの結論」

ただし、ドイツ語原書 "Über die spezielle und die allgemeine Relativitätstheorie" が出版されたのは 1916 年らしい。

一応補足しておくと、「光速度不変の法則」が成立しなくなるのは、静止座標系から加速度系を観測する場合であって、ゼロ測地線としての「光路」が載っている座標系自身において (つまり、その固有時間で) 光の速度を測るなら、その座標系が静止座標系に対して如何なる運動をしていようとも、所謂「真空中の光速度」になる。これはつまり、ゼロ測地線が座標変換してもゼロ測地線に移ると云うことである。さらに言うなら、このことは、物理法則が座標変換に対して共変的であらねばならないと云う、一般相対論の要請に従っている。つまり、「光速度不変の原理」と行ったものがあるなら、特殊相対論より一般相対論の方に馴染んでいるのだ。

これは、上記引用したアインシュタインの言葉尻とは一見異なるが、「光速度不変の原理が破れる」と云うのは、一般相対論が登場したばかりの当時 (例えば "Die Grundlage der allgemeinen Relativitätstheorie" の発表は1916年) として、啓蒙書において特殊相対論側から見た言い方をしたまでのことで、一般相対論側から表現すれば、固有時間で計った光速度は常に一定である。

これに対し、GPS により一般相対論が生活の中に入り込んでいる現在にあっては、メートル法自体が、距離の定義を一般相対論による「光速度不変の法則」に基づくようになっている。つまり、現在の国際単位系 (SI -- フランス語 "Le Système International d'unités" の略) では、長さの基本単位 1メートルを、光が真空中を 1/299,792,458 秒間に進む距離として定義されている (1983年) のは (第2.1.1.1項。Le Système international d’unités" 第8版 2006年 p.22 (仏文) p.112 (英文) 参照)、たとえ加速度系中で測定したとしても、「固有時間」の厳密性が精度良く担保される限り、その「固有時間」で測定した光速度は不変であることを踏まえているのだ。これに対応して「国際度量衡委員会 (CIPM -- フランス語 "Comité international des poids et mesures" の略。英語では "International Committee for Weights and Measures)")」の2002年の勧告では、一般相対論を考慮して、実際にメートル単位を構成する場合には、光路の長さを、固有時間の進み方に影響を与える重力ポテンシャルの不均一性が発生しないような短さに留めるよう求めている (国際度量衡局 [BIPM -- フランス語 "Bureau International des Poids et Mesures" の略] "Le Système international d’unités" 第8版 2006年 付録1. p.78 (仏文) 及び p.167 (英文) 参照)。

日本語版ウィキペディアの記載にとって皮肉なことに、「光路中を進む光の速度がその光路の運動に関係なく一定である」と云う表現に、幾らかでも物理的な意味を付与しようとするなら、それは、特殊相対論では不可能で、一般相対論によらねばならないのだ。


サニャック効果自体に就いても少し書いておこう (ただし、以下の内容は、このブログで既に書いてあることも多い)。

サニャック効果を論ずる場合は、空間中の光の伝搬速度としての「光の速度」と、時空の構造定数としての「(真空中の)光の速度」とを分けて考える必要がある。サニャック効果の成立にとり、空間中の光の伝搬速度は、本質的な重要性は持たない。

だから、光ファイバー中を、「(真空中の)光の速度」の速度をかなり下まわる伝搬速度で進んでも (勿論、表式中には光ファイバの屈折率が現れるが) 成立する。

また、「光路」がゼロ測地線である必要もない。サニャック効果に関わるのは、空間中の単純な径路である。サニャック効果の「説明」にしばしば使われる円周はゼロ測地線 (の「空間」への投影) ではないから安易に「光速度の不変性」を云々してはならないのだが、その事実とは無関係にサニャック効果は成立する。

それどころか、伝搬するのが光である必要さえない。これは「サニャック効果の普遍性」として知られている。実際問題として、サニャック効果を検出するには、時間差を高精度で測定する必要がある訣だが、光の場合は、光干渉計を用いることで、位相差として現れるサニャック効果の検出が容易になるため、歴史上最初に光に就いて発見されただけである。

しかし現在では、例えば、電子のクーパー対、電子、中性子、原子 (カルシウム、セシウム、ルビジウム) の物質波でのサニャック効果が確認されている。特に、サニャック効果による原子物質波の位相干渉を用いる回転角速度検出は、光を用いる場合より精度が格段に高くなることが期待されるために研究が進められている。

例えば ESA/ESTEC ("European Space Agency"/"European Space Research and Technology Centre" 欧州宇宙機関/欧州宇宙技術センター) で、宇宙空間において、地球の自転による Lense-Thirring effect の測定と、併せて、微細構造定数 の高精度測定を行なうべく推進されている HYPER プロジェクトでは、冷却原子の物質波のサニャック干渉を用いた装置 (Atomic Sagnac Interferometer--ASI--) 2基を観測衛星に搭載することが計画されている ("HYPER: A POTENTIAL ESA FLEXI-MISSION IN THE FUNDAMENTAL PHYSICS DOMAIN")。


サニャック効果は、静止座標系に対して、等速回転運動している座標系内部では大域的な同時性が成立せず (これは、同時性を表わす微分形式が完全積分可能ではないと云うことでありフロベニウスの定理/Frobinius' theorem に関わる)、空間中異なる位置にある2事象の同時性が、その2事象を結ぶ径路に依存することに起因する。この2事象の離間が無限小である場合には、その同時性のズレは線素から容易に求まるが、線素には時空の構造定数としての「(真空中の)光の速度」が入っているから、それに応じてサニャック効果の表式にも「(真空中の)光の速度」(「(真空中の)光の速度」を 1 とした場合は、見かけ上出てこないが、それは別の話だ) が現れる。しかし、これは、例えば光ファイバの中を光がどれだけの速度で伝搬するかとは独立している。一般の2事象の場合の同時性のズレは、無限小離間における同時性のズレを線積分すれば得られるわけだが、これは線積分をどの径路に従って行なうかで変化する。この時、特に、回転軸に対して径路の進む向きが重要となるが、これはサニャック効果を引き起こすコリオリ力ポテンシャルがベクトルポテンシャルであるためである。

こうしたことを踏まえるなら、「光路の長さ」を「光の速度」で割って求めた「時間」からサニャック効果を説明する仕方は、その基礎とする理論が何であったとしても、私は首を傾げざるを得ない。現在のメートル法がそうであるように、「長さ/距離」が「(固有) 時間」から求められるべきものであって、その逆ではないからだ。

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2008年12月 9日 (火)

[nouse: 一般相対論によるサニャック効果の導出] の URL (所謂「固定リンク」) に就いて

先日、本ブログの [nouse: 一般相対論によるサニャック効果の導出] (2007年9月30日[日]) に、[nouse: ホロノミー (holonomy) としてのサニャック効果 (Sagnac effect): 物理篇 ] (2008年11月 8日[土]) へのリンクを補足して、保存しなおしたところ、記事の URL (所謂「固定リンク」) が変わってしまった。

具体的には、ファイル名が "post_4f1e.html" から "post-4f1e.html" に変えられていたのだ。

「事故を防ぐ」と云う観点から、投稿記事の URL をココログが独自の方針で割り当てるのは、ある程度理解できる。しかし、一旦割り振った URL を変えてしまってどうするのだ。ファイルシステムが成立しないではないか。作成したファイルの内容の自己同一性を担保するのは、「公序良俗に反しない限り」投稿者 (厳密には「著作者」だが表見的には「投稿者」である) のみの責任であるとともに、投稿者のみの権利である (これは著作者人格権に関わる)。そして、同一の URL は、ファイルの内容の自己同一性の基本的な表示なのだ。

このブログ中の既存記事には [nouse: 一般相対論によるサニャック効果の導出] へのリンクを張ったものが複数存在する。それは現在リンク切れの状態になっている。しかし、リンクを張りなおしすと、リンク元の記事自体の URL が変わってしまう可能性があるので迂闊に手を出せない。

また、検索エンジンでも、古い方の記事にヒットした場合はリンク切れになっている。

ココログスタッフの猛省を促したい。

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2008年11月 8日 (土)

ホロノミー (holonomy) としてのサニャック効果 (Sagnac effect): 物理篇

本稿の用語・記法に就いては [nouse: ホロノミー (holonomy) としてのサニャック効果 (Sagnac effect): 数学的準備] (2008年10月31日[金]) を参照されたい。

時空多様体に就いての仮定

時空多様体を、弧連結4次元微分可能擬リーマン多様体 (M, \ g_{\alpha\beta}) として考える (g_{\alpha\beta} は、その計量)。なお、符号系は [{+}{-}{-}{-}] であるとする。

話を単純にするため、次の仮定をする。

  1. (M, \ g_{\alpha\beta}) 上には時間性キリングベクトル場 (time-like Killing vector filed) \mathbf{k}^\ast = (k^\mu) が存在する (以下、接ベクトル場 \mathbf{k}^\ast の共変化余接ベクトル場を \mathbf{k}_\ast = (k_\mu) で表わすことにする)。なお「時間性」とは、符号系 [{+}{-}{-}{-}] にあっては k_\mu k^\mu > 0 と云うことである 。
  2. mathbf{k}^\ast の積分曲線で M を割った商空間 S \ (\equiv M/T)g_\alpha\beta から導かれる計量によって3次元リーマン多様体となっている。これを、所謂「物理的空間」とする。
  3. 射影 \pi : M \to S は微分可能である。


相対論や量子重力論での底空間としの時空多様体

通常、相対論や量子重力論で扱われるのは、4次元時空多様体 M を底空間とし、接ベクトル空間 T_x(M), \; x \in M をファイバとするベクトルバンドル T(M)\{M, \; \pi, \; T_x(M), \; GL(4, \; \mathbb{R})\} (余接ベクトルバンドル T^\ast(M) も?)と、これに同伴する接フレームバンドルであるようだ。


主バンドルとしての時空多様体

しかし、本稿では、時空多様体の「時空」全体 M が全空間、「空間」S を底空間、時間性キリングベクトル場 mathbf{k}^\ast の積分曲線 (つまり、事象の世界線) F が個別ファイバー、mathbf{k}^\ast が生成する1パラメータ変換群 T が構造群 (リー群である) となる主バンドル M\{S, \; \pi, \; F, \; T\} を扱う。

この時空多様体内で静止している観測者の世界線は、或る個別ファイバーと一致する。そして、その静止観測者の4元速度 \mathbf{v}

\mathbf{v} = (v^\mu) = \Bigl(\frac{k^\mu}{k_\nu k^\nu}\Bigr)

で求められる。


主バンドルとしての時空多様体の構造群と、それに付随するリー代数

構造群 T は、リー群としての正実数乗法群 \mathbb{R}_+ である。 リー群 T \ (\equiv \mathbb{R}_+) のリー代数 (Lie algebra) \mathfrak{T} は、1次元ユークリッド空間 \mathbb{R} になる。これが「(キリング)時間軸」である。

時間性キリングベクトル場 mathbf{k}^\ast を、基本接ベクトル場として生成する \mathfrak{T} の元を \mathbf{k} とすると、その1パラメータ変換群は \{\mathrm{exp}t\mathbf{k}\} となり (但し、t \in \mathbb{R})

\mathbf{k}^\ast = \Big\{\frac{d (x \, \mathrm{exp} \, t\mathbf{k})}{dt}\big|_{t=0} \; \Big| \; x \in M \Big\}

が成り立つ。

つまり、1パラメータ変換群 \{\mathrm{exp}t\mathbf{k}\} とリー群 T \ (\equiv \mathbb{R}_+) との同一視は、リー代数 \mathfrak{T} \ (\equiv \mathbb{R}) の元 t \in \mathbb{R} を介在させることで成立する。更にこれに対応する右移動を、\sigma_t と記すことにすると、任意の x \in M に対して

x \, \mathrm{exp} \, t\mathbf{k} = \sigma_t(x)

となる。

また、時間性キリングベクトル場 mathbf{k}^\ast は、接ベクトル場であるから、それに着目する場合には \partial_t と記すことにする。


主バンドルとしての時空多様体の水平持ち上げ

特に、任意の x \in M に対して、x = \sigma_t(\pi(x)) となる t \in \mathbb{R} が一意に存在する。

従って、任意の点 u \in S において、その自明化近傍 u \in U をとり、更に t \in \mathbb{R} を固定して \sigma_t : U \to \pi^{-1}(U) \subset M を考えると、これは u \in UM の局所切断になっていて、「水平持ち上げ」を構成する。


水平持ち上げによる局所座標系

ここで、S 内の点 u = \pi(x) の適宜の近傍における局所座標系 (x^1, \;x^2, \; x^3) を取るなら、t と組み合わさって、x \in M の適宜の近傍における局所座標系 (t, \; x^1, \;x^2, \; x^3) が得られる。接ベクトル空間 この局所座標系に対応する接ベクトル場を (\partial_t, \; \partial_1, \; \partial_2, \; \partial_3) と記す。この接ベクトル場は接ベクトル空間 T(M) の基底となる。また、余接ベクトル空間 T^\ast(M) における (\partial_t, \; \partial_1, \; \partial_2, \; \partial_3) の双対基底を (dt, \; dx^1, \; dx^2, \; dx^3) と記す。


主バンドルとしての時空多様体の接続形式

さて、主バンドル M\{S, \; \pi, \; F, \; T\} としての時空多様体上の1次形式 \omega : T(M) \to \mathfrak{T} \ (\cong \mathbb{R}) が接続形式である必要十分条件は (この場合の「右移動」が \sigma_t であることに注意すれば)

  1. \sigma_t{}^\ast \omega = \omega \circ \sigma_t = \omega, \quad \forall  t \in T
  2. \omega(\mathbf{k}^\ast) = 1

でとなる。


キリングベクトル場とポアンカレ接続 (Einstein synchronization)

時空多様体において、時間性キリングベクトル場 \mathbf{k}^\ast = (k^\mu) と、その共変化余接ベクトル場 \mathbf{k}_\ast = (k_\mu) を使って構成した

\omega = \frac{k_\mu d x^\mu }{k_\nu k^\nu}

M 上の1次形式として、これら2つの条件を満たす (第1条件が成り立っているのは、リー微分の基本的性質 \mathscr{L}_{\mathbf{k}^\ast} \, \mathbf{k}^\ast = 0 と、キリングベクトル場の定義式 \mathscr{L}_{\mathbf{k}^\ast} \, g = 0 から分かる。第2条件は自明) ので、時空多様体における接続を定める。これが「ポアンカレ接続/Poincaré connection」もしくは「Einstein synchronization convention」である (E. Minguzzi "Simultaneity and generalized connections in general relativity" 23 May 2003 参照 。本稿は、この論文に多くを負っている)。

ここで、上記の余接ベクトル空間の基底 (dt, \; dx^1, \; dx^2, \; dx^3) で、このポアンカレ接続を表わすと \omega = dt + \sigma_t{}^\ast\omega となるが、この式の第2項は、底空間 S 上の1次形式とも看做せるから、それを \omega^\prime と記すなら、ポアンカレ接続の表式は \omega = dt + \omega^\prime となり、S 上では \sigma^\ast_t \omega^\prime = \omega^\prime が成り立つ。

また \omega は実1次形式だから、\omega \wedge \omega = 0 となり、従って、\Omega を、この接続形式 \omega に対応する曲率形式とすると d\omega = d\omega^\prime = \Omega - \omega \wedge \omega = \Omega が成り立つことに注意。

一応注意しておくと、この曲率形式 \Omega は、一般相対論などで使われる「曲率テンソル」とは別のものである。

上述のように、一般相対論の通常の議論は、時空多様体を底空間とするフレームバンドルの接続 (つまり、アフィン接続) を扱っている。その構造群は、一般線型群 GL(r, \mathbb{R}) (r = 4) であり、付随するリー代数は、全行列環 M(r, \mathbb{R}) だから、当該フレームバンドルの接続形式 \omega は、r \times r の行列 (\omega_\lambda{}^\mu) で表わせる r^2 個の実1次形式となる。

このフレームバンドルの接ベクトルバンドルに働く r^2 個の実1次形式を、局所座標系による自然標構

s : (x^1, \ldots, x^r) \mapsto \Big(\frac{\partial}{\partial x^1}, \ldots, \frac{\partial}{\partial x^r}\Big)

を用いて時空多様体の接ベクトルバンドル上に引き戻して、時空多様体の局所座標系に対応する余接ベクトル場の基底である実1次形式 dx^1, \ldots, dx^r の線型結合として表わす時に現れるのが所謂接続係数、つまりクリストッフェルの記号 \Gamma^\mu_{\lambda\nu} である。つまり

\omega_\lambda{}^\mu \circ ds = \Gamma^\mu_{\lambda\nu}\, dx^\nu

フレームバンドルにおける曲率形式は、この接続形式 \omega を共変微分 (\Omega = D\omega) したものであってテンソル的2次形式になる。


主バンドルとしての時空多様体のホロノミー、つまりサニャック効果

ここで S 内の区分的に滑らかな閉曲線 C : [a, \; b] \to S ([a, \; b] は実数直線内の閉区間であって C(a) = C(b)) の M 内への水平持ち上げ曲線 _\ast : [a, \; b] \to M を考えると、水平持ち上げの定義により C_\ast 上では omega = 0 であるから

\int_{C_\ast} \omega = \int_{C_\ast} (dt + \omega^\prime) = 0

が成り立つ。

dtC_\ast に沿って積分した \delta t が、接続 \omega の、閉曲線 C に沿ったホロノミー (holonomy) がサニャック効果 (Sagnac effect) であるから、接続 \omega に対応する水平持ち上げを引き起こす S 上の M の切断 sigma : S \to M (\sigma \in \Gamma(M)) を考えると、\sigma_\ast(C) =C_\ast であり、また S 上では、従って C 上では \sigma^\ast_t \omega^\prime = \omega^\prime が成り立つので

\delta t = \int_{C_\ast} dt = -\int_{C_\ast} \omega^\prime = -\oint_C \sigma^\ast \omega^\prime = -\oint_C \omega^\prime

となる。


ボルン座標系でのサニャック効果

ボルン座標系に対して、上記の議論を適用して、ミンコフスキー空間に対して等角速度運動をする座標系内に静止している観測者を起点とする径路のサニャック効果を計算してみよう。

ボルン座標系の線素は [nouse: 英文版ウィキペディア "Born coordinates" 導入部、第1節-第3節翻訳草稿] (2008年8月2日[土]) に見られるが、本稿では、その表式を若干改め、座標を表示する記号は、[nouse: 一般相対論によるサニャック効果の導出] に揃え (従って、符号系も逆転している)、また、真空中の光速度に関しても、1 に正規化せず、[nouse: 一般相対論によるサニャック効果の導出] (2007年9月30日[日]) や [nouse: 等角速度円運動の旅行者における「双子のパラドクス」] (2008年3月24日[月]) におけるのと同様 c として復活して書くことにして、ボルン座標系 (t, \; r, \; z, \; \theta) の線素を

ds^2 = \left( c^2- r^2 \, \omega^2 \right) \, dt^2 - dr^2 - r^2 \, d\theta^2 - dz^2 - 2 \, r^2 \, \omega \, dt \, d\theta

として、以下議論を進める。

線素の係数部分には時間変数 t が含まれないから、\mathscr{L}_{\partial_t} \, g = 0 となり、また、その「長さ」の平方は、この議論におけるボルン座標系の符号系から当然正となるので \partial_t は時間性キリングベクトル場になる。

つまり、ボルン座標系では、時間性のキリングベクトル場 \partial_t に直交する空間的超平面 T = T_0 を自然に底平面と同一視可能であり、射影 \pi も時間座標を捨てるだけで得られる。この場合、t は大域的な時間そのものだから、リー群のリー代数としてのキリング時間軸と 座標系の時間軸とは同一視できる。

従って、キリングベクトル場は局所座標系で \mathbf{k}^\ast = (1, \, 0, \, 0, \, 0) で表わされ、その共変化余接ベクトル場は \mathbf{k}_\ast = (c^2 - r^2\omega^2, \, 0, \, 0, \, -r^2\omega) と表わされる。当然 k_\nu k^\nu = c^2 - r^2\omega^2 となって、その結果、ポアンカレ接続は

\omega = dt - \frac{r^2 \, \omega}{c^2 - r^2 \, \omega^2}d\theta

となる。

ここで、CS 内の閉曲線とすると、それに沿った、ポアンカレ接続のホロノミー、つまり、サニャック効果は

\delta t = \oint_C \frac{r^2 \, \omega}{c^2 - r^2 \, \omega^2}d\theta

で与えられる。特に Cz 軸を中心軸とする半径 r_0 の円であるなら、それに沿ったサニャック効果は、その円の面積を A = \pi r_0^2 として

\delta t = \frac{2\pi r_0^2 \, \omega}{c^2 - r_0^2 \, \omega^2} = \frac{1}{c^2} \cdot \frac{2\omega A}{1 - \displaystyle\frac{r_0^2 \, \omega^2}{c^2}}

で表わせる。

ここで注意しなければならないことは、\partial_t つまり、キリング時間にはローレンツブーストが係っていることだ。そこで、固有時でのサニャック効果は、

\delta\tau = \delta t \sqrt{1 - \frac{r_0^2 \, \omega^2}{c^2}} = \frac{1}{c^2} \cdot \frac{2\omega A}{\sqrt{1 - \displaystyle\frac{r_0^2 \, \omega^2}{c^2}}} \qquad \delta \tau \approx \delta t \approx \frac{2\omega A}{c^2}

となるが、いづれにしろ、\frac{r_0 \, \omega}{c} \approx 0 である限りは、この値は \delta \tau \approx \delta t \approx \frac{2\omega A}{c^2} と看做せる。これは、円を正方向に廻った場合の固有時間のズレである。この円を負方向に廻る場合の固有時間のズレは、符号が逆になって -\!\frac{2\omega A}{c^2} となる。

通常行なわれているサニャック効果の実験 (サニャック干渉計) では、正逆両方の差が測定されるから、その表式は

2\delta\tau \approx 2\delta t \approx \frac{4\omega A}{c^2}

となる。


曲率形式とサニャック効果のゲージ不変性

ここで、一般論に戻って、S 内の閉曲線 C を再び取り上げる。ただし、微妙な議論を避けるために、z 直交平面への C の投影像はジョルダン閉曲線 (Jordan curve) になっているものとする。

この投影像が「何回 (ただし有限回) か 回転する閉曲線」や「区分的に滑らかな閉曲線」の場合も、「病理的な症例」を除けば、単純な場合の極限をとることで、以下の議論と同じ結論が得られるであろう。

更に、この S 内の部分多様体としての1次元C が、(C^\infty級微分可能)多様体であり、それが S 内のコンパクトで向きづけられた2次元(C^\infty級微分可能)多様体 D の向きを込めた意味で境界になっているものとする。つまり C = \partial であるとすると、ストークスの定理 (Stokes' theorem) により

\delta t = -\oint_C \omega^\prime = -\int_D d\omega^\prime = -\int_D \Omega

であることが分かる。これはつまり、サニャック効果が、「空間」上の主バンドルとしての時空多様体の接続に関して、ゲージ不変量であることを意味する。


ボルン座標系での曲率形式

具体例として、ボルン座標系でのポアンカレ接続 \omega = dt - \frac{r^2 \, \omega}{c^2 - r^2 \, \omega^2}d\theta の曲率形式を計算してみると

\omega^\prime = - \frac{r^2 \, \omega}{c^2 - r^2 \, \omega^2}d\theta \qquad \Omega = d\omega = d\omega^\prime = - \frac{2r\omega}{c^2\Bigl(1 - \displaystyle\frac{r^2\omega^2}{c^2}\Bigr)^2} \, dr \wedge d\theta

となる。これがポアンカレ接続に対応する所謂「場の力」だが、古典的なコリオリ力場に対応していることを見るのは容易だろう。


ボルン座標系での一般的な閉曲線に沿ったサニャック効果

やはりボルン座標系での範囲内ではあるが、ここで、C が円とは限らない場合を考えよう。ただし、この場合でも CS 内のコンパクトで向きづけられた2次元多様体 D の向きを込めた意味で境界になっているものとする。更に、座標の回転速度は十分遅くて \frac{r\omega}{c} \approx 0 である場合に限定すると \Omega \approx - \frac{2r\omega}{c^2} \, dr \wedge d\theta が言えるから、サニャック効果は

\delta t = - \int_D \Omega \approx \int_D  \frac{2r\omega}{c^2} \, dr \wedge d\theta = \frac{2\omega}{c^2} \int_D r \, dr \wedge d\theta

この最後の積分内の項 r \, dr \wedge d\thetar 軸と \theta 軸が張る平面、つまり、z 軸と直交する平面における面積要素である。従って、\int_D r \, dr \wedge d\theta とは、2次元多様体 Dz 軸直交平面への投影、つまり、閉曲線 Cz 軸直交平面への投影が囲む領域の面積に等しい。この面積を A とおくなら、一般的な閉曲線に対するサニャック効果の表式が、やはり

\delta t \approx \frac{2\omega A}{c^2}

で与えられることが分かる。回転方向の正負や固有時間に就いての議論は、C が円の場合と同じだから、やはり同じ式

\delta\tau \approx \delta t \approx \frac{2\omega A}{c^2}, \qquad 2\delta\tau \approx 2\delta t \approx \frac{4\omega A}{c^2}

が成り立つ。


サニャック効果とアハラノフ=ボーム効果

サニャック効果は、通常、光や物質波の位相干渉として検出される。光の場合は、Georges Sagnac が1913年に報告しており (G. Sagnac, "Comptes Rendus de l'Academie des Sciences" Paris. 157, pp.708-710,1410-1413 [1913])、「サニャック効果」の呼称は、彼の名に因む。また、物質波のサニャック効果による位相干渉は Cold Atom Sagnac Interferometer (CASI) として研究されている。(CASI に就いては CASI: Cold Atom Sagnac Interferometer などを参照。ただし、この記事のサニャック効果の説明は、感心できるものではない)。

サニャック効果を、引き起こすのは、コリオリ力場ポテンシャルである。 勿論、コリオリ力は、回転軸 (z 軸) に直交する平面内での運動には働かないが、コリオリ力場ポテンシャルは、効果を及ぼして、光や物質波の位相を変えるのである。

これと類似する現象が電磁気学でも知られている。それが、磁場が存在しない領域を通る荷電粒子の波動関数の位相が、電磁気学的ポテンシャルの影響で、径路に依存して変化すると云う アハラノフ=ボーム効果 (Aharonov-Bohm effect) である。アハラノフ=ボーム効果も構造群が1次ユニタリ群 (1) である主バンドルのホロノミーとして理解される。

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2008年10月31日 (金)

ホロノミー (holonomy) としてのサニャック効果 (Sagnac effect): 数学的準備

[nouse: 英文版ウィキペディア "Born coordinates" 導入部、第1節-第3節翻訳草稿] (2008年8月2日[土]) の「ボルン座標表示への変換」への訳註で書いたように、サニャック効果は時空多様体におけるホロノミー (holonomy) である。そのことを、少し纏めておきたいのだが、今はその余裕が無い。これは、のちのち、改めて考える際の手掛かりとして「泥縄式」に書きまとめたものである。内容に就いては保証しない。用語が、一般的な用法と異なる可能性も排除しない。


微分幾何学のお浚い

以下、取り敢えず、微分幾何学の初歩を御浚いしておこう。以下、「多様体」は C^\infty級構造を有する「実微分可能多様体」であり、「多様体」間の写像も C^\infty級「微分可能写像」であるとする。


微分形式

微分多様体 M の全ての点 x \in M において、接ベクトル空間 T_x(M), \; x \in Mk 個のテンソル積 \bigotimes\limits^k T_x(M) から有限次元実ベクトル空間 V への写像 \omega_x が実複線型性と交代性を備え、さらに x \mapsto \omega_x が微分可能である時 (つまり \omega_x を局所座標表示した時の係数が微分可能である時)、\omegaM 上の値域 V の「k-形式 (或いは「k次形式」) と呼ぶ (「次」を付けたり付けなかったりするが、文脈と口調と書き癖によるだけのことで、気にしないで頂きたい)。

値域V の0次形式とは M から V への微分写像である。値域が実数体 \mathbb{R}k-形式を「実 k-形式」と呼ぶ。実0次形式とは実微分可能関数のことである。実1次形式とは、余接ベクトル場のことである。

なお、一般に微分多様体 M 上での値域 Vk-形式 \theta : T^k(M) \to V は、T(M)k重外積冪空間 \wedge^k T(M) から V への線形写像 \theta : \wedge^k T(M) \to V と同一視できる。特に、値域が \mathbb{R} である実 k-形式は、\wedge^k T^\ast(M) の元である。まぁ、正確には、「M 上の \wedge^k T^\ast(M) の微分可能な切断」などとすべきだろうが、混乱が起こりそうでない限り、こうした書き方をしておく。

しかし、念のため、記号だけでも書いておこう:

\theta が、実 k-形式であること、及び、Vk-形式であることとは、それぞれ \theta \in \Gamma(\wedge^k T^\ast(M)) そして \theta \in \Gamma(\wedge^k T^\ast(M) \otimes V) で表わされる。


外積代数 (Grassmann 代数) の外積に就いての注意

ここで、一般に体 K 上のベクトル空間 Ek 重外積冪空間とは、\mathfrak{S}_kk次対称群、その元 \sigma の符号を \mathrm{sgn} \sigma とした時 A_k = \underset{\sigma \in \mathfrak{S}_k}{\Sigma} \! (\mathrm{sgn} \sigma) \sigma で表わされる k次交代化作用素を Ek 次テンソル積空間に作用させた時の余像 (coimage) である訣だが (つまり A_k : \; \bigotimes\limits^k \! E \to \bigotimes\limits^k \! E を考えた時の  \wedge^k \! E := \; \bigotimes\limits^k \! E/\mathrm{Ker}A_k である訣だが)、 \in \wedge^p \! Et \in \wedge^q \! E との間の外積 s \wedge t \in \wedge^{p+q} \! E の定義には2通りの流儀があるので注意する必要がある。

その第1は、

s \wedge t = \frac{1}{p!q!} A_{p+q}(s \otimes t)

とするものであり、その第2は、

s \wedge t = \frac{1}{(p+q)!} A_{p+q}(s \otimes t)

とするものである。

E の双対空間 Estar に就いても A_k : \; \bigotimes\limits^k \! E^\ast \to \bigotimes\limits^k \! E^\ast から \wedge^k \! E^\ast := \; \bigotimes\limits^k \! E^\ast \! /\mathrm{Ker}A_k を構成し、s \in \wedge^p \! E^\astt \in \wedge^q \! E^\ast とから s \wedge t \in \wedge^{p+q} \! E^\ast を導く際に同様なことが言える。

そして、この2つの「流儀」では

e^\ast{}_1, \ldots, e^\ast{}_i, \ldots, e^\ast{}_k \in E^\ast, \ e_1, \ldots, e_j, \ldots, e_k \in E

に対して、第1の場合は

\langle e^\ast{}_1 \wedge \ldots \wedge e^\ast{}_k, \; e^\ast_1 \wedge \ldots \wedge e^\ast_k \rangle = \mathrm{det}(\langle e^\ast{}_i, \; e_j \rangle)

となり、第2の場合は

\langle e^\ast{}_1 \wedge \ldots \wedge e^\ast{}_k, \; e^\ast_1 \wedge \ldots \wedge e^\ast_k \rangle = \frac{1}{k!} \mathrm{det}(\langle e^\ast{}_i, \; e_j \rangle)

となって、実際に異なっている。

本稿の文脈では、後述の、微分形式の外微分の表式や、接ベクトル場と微分形式との内部積の表式が、この両者では異なるので、留意しなければならない (本稿では第2の場合を採用している)。

ちなみに松島与三「多様体入門」(東京「裳華房」1965年) は「いろいろの公式で無用の定乗数をのぞくため」第1の流儀を採用しており、小林昭七「接続の微分幾何とゲージ理論」(東京「裳華房」1989年) では第2の流儀を採用している。


微分形式の外微分

有限次元ベクトル空間 V を値域とする k-形式 \theta : T^k(M) \to V がある時、値域 V(k+1)-形式 d\theta : T^{(k+1)}(M) \to V であって、接ベクトル場 X_1, \; X_2, \;\ldots ,\; X_{k+1} に対して

<br />
\begin{eqnarray*}<br />
& & d\theta(X_1, \; X_2, \;\ldots ,\; X_{k+1}) \\<br />
& & \hspace{5mm} = \sum_{i=1}^{k+1}\frac{(-1)^{i-1}}{k+1}X_i(\theta(X_1, \;\ldots ,\; \hat{X_i}, \;\ldots, \;X_{k+1})) \\<br />
& & \hspace{10mm} + \sum_{i < j}\frac{(-1)^{i+j}}{k+1}\theta([X_i, X_j], \; X_1, \;\ldots ,\;\hat{X_i}, \;\ldots ,\;\hat{X_j}, \;\ldots ,\; X_{k+1}) <br />
\end{eqnarray*}<br />

を満たすものを、\theta の外微分と呼ぶ。ただし、ここで \hat{X_i}X_i を除くと云う意味である。また、接ベクトル場 XY とに対する交換子積 (「かっこ積」とも謂う) [X, \; Y] は、微分多様体 M の各点 x \in M において その自明化近傍における任意の 実数値微分可能関数 f に対して [X, \, Y]_xf = X_x(Yf) - Y_x(Xf) で定められる接ベクトル場である。

これを、局所自明化座標を使って明示的に表わすと、2つの接ベクトル場

X = \xi^\lambda \frac{\partial\hfill}{\partial x^\lambda}Y = \eta^\mu \frac{\partial\hfill}{\partial x^\mu}

に対して、交換子積は

[X, \; Y] = (\xi^\mu \frac{\partial\eta^\lambda}{\partial x^\mu} - \eta^\mu \frac{\partial\xi^\lambda}{\partial x^\mu}) \frac{\partial\hfill}{\partial x^\lambda}

となる。

値域 V の(微分可能)写像 (つまり、値域 V の0次形式) F に対し、その外微分 dF は、写像としての F の微分になっている。

一般には、外微分

d : \Gamma(\wedge^k T^\ast(M) \otimes V) \to \Gamma(\wedge^{(k+1)} T^\ast(M) \otimes V)

は、ベクトル空間間の実線型写像であって、次の性質を有する。

\theta 及び \omega を、多様体 M 上の、それぞれ k次、l次の (ただし、1次以上の) 微分形式、fM 上の実関数、\varphi : M \to N を、多様体 M から多様体 N への微分可能写像とする時、次の式が成り立つ。

<br />
\begin{eqnarray*}<br />
&&d^2 \ (:= d \circ d) = 0 \\<br />
&&d(\theta \circ \varphi) = d\theta \circ \varphi \\<br />
&&d(\theta \wedge df) = d\theta \wedge df \\<br />
&&d(\theta \wedge \omega) = d\theta \wedge \omega + (-1)^k \theta \wedge d\omega<br />
\end{eqnarray*}<br />


微分形式の接ベクトル場による内積 (内部積)

また、接ベクトル場 X と、値域Vk-形式 \theta : T^k(M) \to V がある時、値域V(k-1)-形式 i_X\theta : T^{(k-1)}(M) \to V であって、接ベクトル場 Y_1, \; Y_2, \;\ldots ,\; Y_{k-1} に対して

i_X\theta(Y_1, \; Y_2, \;\ldots ,\; Y_{k-1}) = k\theta(X, \; Y_1, \; Y_2, \;\ldots ,\; Y_{k-1})

を満たすものを、\thetaX による内積 (内部積) と呼ぶ。

微分形式と接ベクトル場の内部積には、次のような性質がある。

共通する多様体 M の上で考えて、\theta 及び \omega を、それぞれ k次、l次の (ただし、1次以上の) 微分形式、f 及び g を実関数、X 及び Y を接ベクトル場とした時、

<br />
\begin{eqnarray*}<br />
&&i_X(f\theta + g\omega) = f \,i _X\theta + g \,i _X\omega \\<br />
&&i_X \, f = 0 \\<br />
&&i_X \, df = Xf \\<br />
&&i_X \circ i_Y + i_Y \circ i_X = 0 \\<br />
&&i_X \circ i_X =0 \\<br />
&&i_X(\theta \wedge \omega) = i_X\theta \wedge \omega + (-1)^k\theta \wedge i_X\omega<br />
\end{eqnarray*}<br />

が成り立つ。


積分曲線

多様体 M 上の接ベクトル場 X がある時、常微分方程式の基本定理によって、任意の x \in M に対して、M 上の微分可能な曲線 c : (a, \; b) \to M (ただし、(a, \; b) \subset \mathbb{R}) が存在して、c(0) = x であり、かつ、任意の t \in (a, \; b) に対して、c(t) \in M における、曲線 c の接ベクトル ( 「速度ベクトル」と呼ぶこともある) \dot{c}(t) \in T_{c(t)} が、そこでの接ベクトル場 X の値 X_{c(t)} に一致する (\dot{c}(t) = X_{c(t)}) ようにでき、しかも、そのような曲線は一意に定まる。こうした曲線(の集合)を、接ベクトル場 X の「積分曲線」とよぶ。

任意の x \in M に対して、そこを通る接ベクトル場 X の積分曲線の定義域は無数に存在しうるが、それらは有向半順序集合をなしており、その極大元が存在する。それを (a_x, \; b_x) で表わすことにする。この極大定義域に対応する積分曲線を「極大積分曲線」と呼ぶ。

多様体 M 上の接ベクトル場 X がある時、X の極大積分曲線 は M を重複なく一面に敷き詰める (ただし、X の特異点、つまりベクトル値が