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2009年8月14日 (金)

メモ:岩波書店 [ランダウ・リフシッツ統計物理学第2版 上]第1章第7節「エントロピー」中の或る訳語に付いて。ついでに第3版で1パラグラフ講読

昔買ったままでホッタラカシにしていた本を引っ張り出してきて読むと云うことを最近続けいてる。内容は、このブログと同様、極めて雑多なのだが、基本的には、手軽に読める本を選んでいる。ところが、何を読んでいても、極単純である筈のことに引っ掛かりたり、つまらないことでも一応確認したくなったりして、スグに行き詰まって止まってしまうのだ。

「読むのに抵抗を感じなかった書物は、読むに値しなかった書物だ」とは言っても、「頓挫」だからねぇ。自分のリテラシのなさを嘆くばかりだ (話がトッ散らかりそうだが、付け加えておくと、「読むのに抵抗を感じさせない」ことが、重要な要素になる文章作品もある。例えば、理念としての「エンターテインメント文学」がそれだ。その他、記録、報告、取扱い説明書、法規なども、表現自体に限れば、同様だろう。これらは、どれも基本的には [読者/利用者] に考え込ませたり、文意の判断に迷わせたりしてはならない。もっとも、私は、エンターテインメント文学を読んでいてさえ、素直に読み進めないことが大半であって、「読者失格」と言える)。

先日も、[ランダウ・リフシッツ統計物理学第2版 上] (岩波書店。東京1966年)を読み始めたのだが、どうも読みづらい。しかし、それは翻訳文には有りがちの「読みづらさ」(これは「読むに値する」かどうかには余り関係ない)と思えたのが半分、また [ランダウ・リフシッツ理論物理学教程] の他の巻 ([力学] と [場の古典論]) を、かって少しばかり読んだ際に出だしが取っ付きにくかった記憶があるので、[統計物理学] の場合も、それと同様なのだろうと思えたのが半分あったので、我慢して読み進めていった。だが、第1章第7節の、次の一文まで読んだ時に、強い違和感を感じて、頭の上に大きな疑問符が沸いて出てくるのが自分でもわかった。

そうするために, 考えている系は, ある仮想的な非常に大きな系の小さい部分とだけ相互作用をしているものと考えよう. (後者の系はこの意味で恒温槽とか熱浴とかいわれる.)
--[ランダウ・リフシッツ統計物理学第2版 上] (岩波書店。東京1966年) 第1章第7節 p.32 ll.13-14

その疑問符は、続きを読んですぐ破裂しまった。前後矛盾しているのだ。

恒温槽は完全な平衡にあるものとしよう. その際に, 考えている系 (今のばあいは恒温槽の閉じていない部分系であるが) の平均エネルギーは, ほんとうのエネルギー値 E_0 にちょうど等しいようになっているものとする.
--[ランダウ・リフシッツ統計物理学第2版 上] (岩波書店。東京1966年) 第1章第7節 p.32 ll.15-18

つまり、「考えている系」が、前の文では「恒温槽」の外、後の文では「恒温槽」の内にあることになっている。

それまでの流れから判断すると、前の方が可訝しいと思えたが、それはあくまでも印象であって、「ある程度確実なことは、原文を見てからでないと何とも言えない」と云うのが、その時の私の感想だった。だが、生憎、ロシア語原書は手元になかったのだ。

しかし、その後、ロシア語サイト www.eknigu.org で [ランダウ・リフシッツ統計物理学] のロシア語原書の djvu コピーを見つけた。"Л. Д ЛАНДАУ и Е. М. ЛИФШИЦ, ТЕОРЕТИЧЕСКАЯ ФИЗИКА ТОМ V, СТАТИСТИЧЕСКАЯ ФИЗИКА, ЧАСТЬ 1, ИЗДАНИЕ 3-е" というものだ (前記のサイトは、文書へのアクセスと云うかダウンロードと云うか、が、素直にできないようなのであるし、また著作権上の問題が無しとしないので、文書への直接リンクは張らない)。

でも ИЗДАНИЕ 3-е... って「第3版」だね (ちなみに、"ЧАСТЬ 1"/「第1部」とあるが、「第2部」は「理論物理学教程」に第9巻として収められている)。

困った...。第2版の訳文の翻訳品質を、原書第3版に基づいて喋喋するのは、疝気筋と云うものだろう。

だが、何も書けないと云う訣のものでもあるまいと思い返して書くことにした。以下の話はその程度のものだと思って、読み流されたい。

で、まぁ、怪しそうな「そうするために, 考えている系は, ある仮想的な非常に大きな系の小さい部分とだけ相互作用をしていると考えよう. (後者の系はこの意味で恒温槽とか熱浴とかいわれる.)」の対応原文を第3版から探してみると:

Для этого представим себе, что рассматриваемая система является в действительности лишь малой частью некоторой воображаемой очень большой системы (о которой в этой связи говорят как о термостате).--p.41 ll.29-32
そうするために、或る巨大な系を仮想して、ここで考察されている閉鎖系が、実は、そうした巨大な系の小さい一部分に過ぎなかったのだと想像してみよう (こうした関係にあるような巨大な系は恒温槽と呼ばれる)。

つまり、「相互作用をしている」とは書かれていない。

鍵となるのは действительности と云う単語である。これは、「現実」「実際」を意味する女性名詞 действительность の前置格形で、連語 "в действительности" として「実際には」「現実には」の意味となるが、この仮想の構成を叙述している文脈では、「実は...だった(と仮想する)」といった表現に訳すのが適当なところだ。

第2版の原文がどのようなものであったのか、調べが着いていないが、この文を含むパラグラフの第2版の訳文と第3版の原文を比べると、原文段階でも第2版と第3版との間には、全体として変化が無かったろうと思われる。恐らく、第3版の "в действительности" に相当する部分に、第2版原文では「相互作用」を意味する文言が使われていたか、或いは、第2版の翻訳者が、何らかの理由で "в действительности" に「相互作用をしている」と云う誤った訳語を当ててしまっただろう。

「相互作用」と云うと взаимодействие (中性名詞) ぐらいの言葉になりそうで、この単語から「相互の」を含意する接頭辞 взаимо- とった中性名詞 действие には勿論「作用」と云う意味がある訣だが、この単語は確かに действительности の前半に字面が重なっている。あるいは、ここら辺が、ロシア語原書段階か、和訳段階か、不明ではあるけれども、間違いの原因であったかもしれない。

ここで、自分の迂闊さを告白せねばならないが、上のようなことで、ジタバタと調べものをしたり、考え込んでいたりしている間、暫く、第3版の日本語訳が出版されている可能性に思い至らなかった。そして、それは実際に出版されていたのだ。勿論、「暫く」した後には気が付いたので、機会を見つけて、少少遠方の図書館に行き、問題の箇所を確認してみると:
そうするために, 考えている系はある仮想的な非常に大きな系のほんの小さな部分にすぎないと考えよう. (この仮想的な系はこの意味で恒温槽といわれる.)
--[ランダウ・リフシッツ統計物理学第3版 上] (岩波書店。東京1980年 ISBN-10: 4000057200 ISBN-13: 978-4000057202) 第1章第7節 p.33 ll.17-18

直っているね。一件落着。

上記の説明では、文脈の大きな流れが見えづらいかもしれないので、それをもう少し明らかにするために、問題の文を含むパラグラフの、岩波訳第2版訳文と第3版訳文とを並記しておく。

エントロピーの定義のしかたを明確に理解するためには, 次の事情に注意することが肝要である. 完全な平衡にある閉じた系 (その全エネルギーを E_0 であらわすことにする) のエントロピーは, 系を部分系に分割しなくても, 直接に定義することもできるのである. そうするために, 考えている系は, ある仮想的な非常に大きな系の小さな部分とだけ相互作用をしているものと考えよう. (後者の系はこの意味で恒温槽とか熱浴とかいわれる.) 恒温槽は完全な平衡にあるものとしよう. その際に, 考えている系 (今のばあいは恒温槽の閉じていない部分系であるが) の平均エネルギーは, ほんとうのエネルギー値 E_0 にちょうど等しいようになっているものとする. そうすればわれわれの系に対して, そのすべての部分系に対するのと同じ形の分布関数をあてがい, この分布関数をつかって統計的重み \Delta\Gamma を, さらにそれからエントロピーを, 部分系に対してつかったのと同じ公式 (7.3-12) をつかって直接に定義することができる. 恒温槽の存在の影響が, われわれの系の個々の小部分 (部分系) の統計的性質に現れないことは明らかである. 小部分は恒温槽がなくとも閉じてはおらず, 系の残りの部分と平衡にあるのである. それゆえ, 恒温槽の存在はこれらの部分の統計的重み \Delta\Gamma_a を変えることはなく, たったいま示したようなぐあいに定義された統計的重みは (7.13) の積の形の以前の定義と一致するであろう.
--[ランダウ・リフシッツ統計物理学第2版 上] (岩波書店。東京1966年) 第1章第7節 p.32 ll.10-26

エントロピーの定義のしかたを明確に理解するためには, 次の事情を念頭におくことが肝要である. 完全な統計的平衡にある閉じた系 (その全エネルギーを E_0 であらわすことにする) のエントロピーは, 系を部分系に分割するという手段に訴えなくとも, 直接に定義することもできる. そうするために, 考えている系はある仮想的な非常に大きな系のほんの小さな部分にすぎないと考えよう. (この仮想的な系はこの意味で恒温槽といわれる.) 恒温槽は完全な平衡にあるものとする. ただし考えている系 (今のばあいは恒温槽の閉じていない部分系であるが) の平均エネルギーは, エネルギーの真の値 E_0 にちょうど一致しているものとする. そうすればわれわれの系に対して, そのすべての部分系に対するのと同じ形の分布関数をあてがい, この分布をつかって統計的重率 \Delta\Gamma を, さらにそれといっしょにエントロピーを, 部分系に対してつかったのと同じ公式 (7.3-12) によって直接に定義することができる. 恒温槽の存在の影響が, われわれの系の個々の小部分 (部分系) の統計的性質に全く現れないことは明らかである. 小部分は恒温槽がなくとも閉じてはおらず, 系の残りの部分と平衡にあるのである. それゆえ, 恒温槽の存在はこれらの部分の統計的重率 \Delta\Gamma_a を変えることはなく, たったいま示したようなぐあいに定義された統計的重率は (7.13) の積の形の以前の定義と一致することになる.
--[ランダウ・リフシッツ統計物理学第3版 上] (岩波書店。東京1980年) 第1章第7節 p.33 l.14- p.34 l.5

ちなみにロシア語原文は以下の通り:

Для ясного понимания способа определения энтропии важно иметь в виду следующее обстоятельство. Энтропию замкнутой системы (полную энергию которой обозначим как E_0), находящейся в полном статистическом равновесии, можно определить и непосредственно, не прибегая к разделению системы на подсистемы. Для этого представим себе, что рассматриваемая система является в действительности лишь малой частью некоторой воображаемой очень большой системы (о которой в этой связи говорят как о термостате). Термостат предполагается находящимся в полном равновесии, причем таком, чтобы средняя энергия нашей системы (являющейся теперь незамкнутой подсистемой термостата) как раз совпадала с истинным значением энергии E_0. Тогда можно формально приписать нашей системе функцию распределения того же вида, что и для всякой ее подсистемы, и с помощью этого распределения определить ее статистический вес \Delta\Gamma, а с ним и энтропию, нэпосредственно по тем же формулам (7,3-12), которыми мы пользовались для подсистем. Ясно, что наличие термостата вообще не сказывается на статистических свойствах отдельных малых частей (подсистем) нашей системы, которые и без того не замкнуты и находятся в равновесии с остальными частями системы. Поэтому наличие термостата не изменит статистических весов \Delta\Gamma_a этих частей, и определенный только что указанным способом статистический вес будет совпадать с прежним определением в виде произведения (7,13).
--Л. Д ЛАНДАУ и Е. М. ЛИФШИЦ, ТЕОРЕТИЧЕСКАЯ ФИЗИКА ТОМ V, СТАТИСТИЧЕСКАЯ ФИЗИКА, ЧАСТЬ 1, ИЗДАНИЕ 3-е (НАУКА. МОСКВА 1976) p.41 l.24 (l.11 from the bottom) - p.42 l.13

以下、附録として、問題のパラグラフの読解を試みる。その構成は、原書第3版のセンテンス毎に、岩波第2版、岩波第3版、及び拙訳を並記し、その後に単語等を意味を列挙すると云う形式をとることにする。

Для ясного понимания способа определения энтропии важно иметь в виду следующее обстоятельство.
[岩波第2版]エントロピーの定義のしかたを明確に理解するためには, 次の事情に注意することが肝要である.
[岩波第3版]エントロピーの定義のしかたを明確に理解するためには, 次の事情を念頭におくことが肝要である.
[ゑ訳]エントロピー定義の仕組みを明確に理解するのには、以下に述べる事実を見て取ることが重要である。

  1. для:前置詞。生格支配。目的を表わす「...のために」。
  2. ясного:形容詞 ясный の中性生格形。「明解な」
  3. понимания:中性名詞 пониманияе の単数生格形。「理解」
  4. способа:男性名詞 способ の単数生格形。「方法」「やり方」。このセンテンスの鍵となる言葉なので、それなりの訴求力のある言葉を使って訳したほうが良い。「仕組み」と訳しておく。
  5. определения:中性名詞 определение の単数生格形。「確定」「定義」
  6. энтропии:女性名詞 энтропия の単数生格形。「エントロピー」
  7. важно:無人称述語。важно + 不定詞で「...は重要である」を意味する。
  8. иметь в виду:「考慮に入れる」ぐらいの意味らしいが、ここでは вид (男性名詞) が「見ること」「視野」の意味であることを踏まえて「見て取る」と訳したい。
  9. следующее:形容詞 следующий の中性対格形。「次の」
  10. обстоятельство:中性名詞 обстоятельство の単数対格形。「事情」「事実」

Энтропию замкнутой системы (полную энергию которой обозначим как E_0), находящейся в полном статистическом равновесии, можно определить и непосредственно, не прибегая к разделению системы на подсистемы.
[岩波第2版]完全な平衡にある閉じた系 (その全エネルギーを E_0 であらわすことにする) のエントロピーは, 系を部分系に分割しなくても, 直接に定義することもできるのである.
[岩波第3版]完全な統計的平衡にある閉じた系 (その全エネルギーを E_0 であらわすことにする) のエントロピーは, 系を部分系に分割するという手段に訴えなくとも, 直接に定義することもできる.
[ゑ訳]完全な統計的平衡状態にある閉鎖系 (その全エネルギーを記号 E_0 で表わすことにしよう) のエントロピーは、そうした閉鎖系を部分系に分割せずとも、直接確定することが可能なのである。

  1. энтропию:女性名詞 энтропия 「エントロピー」の単数対格形。
  2. замкнутой:形容詞 замкнутоый の女性生格形。「閉鎖的な」「孤立的な」
  3. системы:女性名詞 система の単数生格形。「体系」「システム」の意だが、この文脈では、単に「系」の語が当てられる。
  4. полную:形容詞 полный の女性対格形。「余すところのない」「完全な」
  5. энергию :女性名詞 энергия の単数対格形。「エネルギー」
  6. которой :関係代名詞 который 女性生格形。主文中の名詞・代名詞を先行詞として、それを引用する。
  7. обозначим :完了体動詞 обозначить 「記号・マークで表示する」の勧誘形 (語末の те は省略されている)。不活動体名詞対格支配。
  8. как :私の手持ちの辞書では確認できなかっが、「これを А と云う記号で表わすことにしよう」と云う意味で "обозначим его как А" などと書き表すのは普通に行なわれるらしい。
  9. находящейся :不完了体動詞 находиться 「(事物が)ある」の能動形現在女性生格形。
  10. в:前置詞。対格支配なら「...の中へ」、前置格支配なら「...の中に」「...の中で」
  11. полном:形容詞 полный の中性前置格形。
  12. статистическом:形容詞 статистический の中性前置格形。「統計(学)の」
  13. равновесии:中性名詞 равновесие の単数前置格。「平衡」
  14. можно:無人称述語。можно + 動詞不定形で「...できる」を意味する。一般的な可能を意味する場合には、主語は示されず、文は無人称文になる。
  15. определить:完了体動詞不定形。「確定する」「決定する」。確かに「定義する」と云う語義もあるが、「エントロピー定義」の仕組みを解明しようとする、この文脈にあっては「定義する」と云う訳語は、逆にそぐわないように思われる。
  16. и:接続詞。付加・強調を表わす言葉を導く。
  17. непосредственно:副詞。「直接的に」
  18. не:否定小詞
  19. прибегая:不完了体動詞 прибегать の副動詞形。прибегать к + 与格は伴って「(ある手段に)訴える」を意味する。
  20. разделению:中性名詞 разделение の単数与格形。「分割」
  21. на:前置詞。対格支配で「等価交換」を表わす。例文:менять крупные деньги на мелочь 「大金をくずす」
  22. подсистемы:女性名詞 подсистема の複数対格形。辞書では「下部組織」「サブシステム」と云う訳語が与えられているが、今の文脈では「部分系」

Для этого представим себе, что рассматриваемая система является в действительности лишь малой частью некоторой воображаемой очень большой системы (о которой в этой связи говорят как о термостате).
[岩波第2版]そうするために, 考えている系は, ある仮想的な非常に大きな系の小さな部分とだけ相互作用をしているものと考えよう. (後者の系はこの意味で恒温槽とか熱浴とかいわれる.)
[岩波第3版]そうするために, 考えている系はある仮想的な非常に大きな系のほんの小さな部分にすぎないと考えよう. (この仮想的な系はこの意味で恒温槽といわれる.)
[ゑ訳]そうするために、或る巨大な系を仮想して、ここで考察されている閉鎖系が、実は、そうした巨大な系の小さい一部分に過ぎなかったのだと想像してみよう (こうした関係にあるような巨大な系は「恒温槽」と呼ばれる)。

  1. этого:近称指示代名詞 этот の中性生格形。"Для этого" で「そうするために」の意味になる。
  2. представим:完了体動詞 представить 「提出する」の勧誘形。"представить себе" で「想像する」を意味する。完了体動詞の勧誘形は、個別的動作を勧誘する。
  3. что:接続詞。従属文を導く。
  4. рассматриваемая:不完了体動詞 рассматривать 「検討する」の被動形女性主格形。ただし、訳文中では、後続の文と揃えるために「検討」ではなく「考察」を使っている。
  5. система:これは、単に「系」と訳すよりも、何を指しているのかを明確にするために「閉鎖系」と訳した方がよかろう。
  6. является:不完了体動詞 являться の三人称単数現在形。造格を伴って「...である」を意味する。
  7. в действительности:「実際には」「現実には」。действительность は「現実」「実際」を意味する女性名詞。「作用」「影響」を意味する中性名詞 лействие とは別語。ちなみに тельность は「物質性」を意味する女性名詞。
  8. лишь:限定小詞。「...だけ」「...のみ」
  9. малой:形容詞 малый の女性造格形。「小さい」
  10. частью:女性名詞 часть の単数造格形。「(全体の)一部分」
  11. некоторой:不定代名詞 некоторый の女性生格形。「ある」
  12. воображаемой:形容詞 воображаемый の女性生格形。「仮想的な」。системы (生格形) に掛かっている。
  13. очень:副詞。「非常に」
  14. большой:形容詞 большой の女性生格形。「大きい」
  15. которой:関係代名詞 который の女性前置格形。主文中の名詞・代名詞を先行詞として、それを引用する。
  16. этой:近称指示代名詞 этот の女性前置格形。
  17. связи:女性名詞 связь の前置格。「関係」
  18. говорят:不完了体動詞 говорить 「語る」 の三人称複数現在。不定人称文になっている。"о + 名詞生格形 говорят как о + 名詞生格形" と云う表現は「『1番目の名詞』は、『2番目の名詞』と呼ばれる」ぐらいの意味らしい。"о которой говорят как о + 名詞生格形" といった形でも良く使われるようだ。
  19. как:接続詞。「...と同様に」「...として」
  20. термостате:男性名詞 термостат の単数前置格。手持ちの辞書では「自動温度調節器」・「サーモスタット」と云う訳語しか与えられていないが、ここはやはり「恒温槽」と訳すしかあるまい。

Термостат предполагается находящимся в полном равновесии, причем таком, чтобы средняя энергия нашей системы (являющейся теперь незамкнутой подсистемой термостата) как раз совпадала с истинным значением энергии E_0.
[岩波第2版]恒温槽は完全な平衡にあるものとしよう. その際に, 考えている系 (今のばあいは恒温槽の閉じていない部分系であるが) の平均エネルギーは, ほんとうのエネルギー値 E_0 にちょうど等しいようになっているものとする.
[岩波第3版]恒温槽は完全な平衡にあるものとする. ただし考えている系 (今のばあいは恒温槽の閉じていない部分系であるが) の平均エネルギーは, エネルギーの真の値 E_0 にちょうど一致しているものとする.
[ゑ訳]恒温槽は、完全な平衡状態にあるものとし、その上、我々が (今、恒温槽の開放部分系と見なして) 考察している系の平均エネルギーは、本来のエネルギー値 E_0 と丁度一致するようになっているものとする。

  1. предполагается:不完了体動詞 предполагать 「前提とする」「条件とする」の被動態 (受動態) 相当の動詞。三人称単数現在。訳としては「...(よう)になっているものとする」ぐらいだろう。
  2. находящимся:不完了体動詞 находиться の能動形現在男性造格形。「(人・事物がある状態に)ある」
  3. полном:形容詞 полный の中性前置格形。「完全な」「最大限に達した」
  4. равновесии:中性名詞 равновесие の前置格形。「平衡」
  5. причем:(причём) 接続詞。「その上」「しかも」
  6. таком: 指示代名詞 такой の中性前置格形。в 以下を受けている。"причем таком" で чтобы 以下を導く。
  7. чтобы:接続詞。未だ存在しない事態の実現への希望・必要・要求を表わす補語的従属文を導く (従属文中の動詞は過去形になる)。「...するような」「...するように」
  8. средняя:形容詞 средний の女性主格形。「平均的な」
  9. нашей:所有代名詞 наш の女性生格形。「(筆者・話者から読者・聞き手に向かって)いま私たちの問題[話題]になっている」「この」。訳文中では「我々が...考察している」としてある。
  10. являющейся:不完了体動詞 являться 「...である」(造格支配) の能動形現在女性生格形。日本語の流れとしては、「...と見なして」と訳した方が、文章がなだらかになるだろう。
  11. теперь:副詞 「今」
  12. незамкнутой:形容詞 незамкнутый 「開放した」女性造格形。
  13. подсистемой:女性名詞 подсистема の単数造格形。
  14. термостата:男性名詞 термостат の単数生格形。
  15. как раз:「丁度」
  16. совпадала:不完了体動詞 совпадать の過去女性形。с + 造格を伴って「一致する」の意味。
  17. истинным:形容詞 истинный の女性造格形。辞書では「真の」ぐらいの訳語が与えられている。しかし問題となっている部分系が、恒温槽中の他の部分系との相互作用によりエネルギーが揺らぐと云うのは仮想上の話なので、その「平均エネルギー」も作業概念である。したがって、それが問題となっている部分系の "истинным значением энергии" と一致すると云うことを日本語として言いたい時には「エネルギーの真の値」と云うより、問題となっている部分系 (本来は閉鎖系である) の「本来のエネルギー値」ぐらいに訳しておいたほうがよいだろう。
  18. значением:中性名詞 значение の単数造格形。「値」
  19. энергии:女性名詞 энергия の単数生格形。

Тогда можно формально приписать нашей системе функцию распределения того же вида, что и для всякой ее подсистемы, и с помощью этого распределения определить ее статистический вес \Delta\Gamma, а с ним и энтропию, нэпосредственно по тем же формулам (7,3-12), которыми мы пользовались для подсистем.
[岩波第2版]そうすればわれわれの系に対して, そのすべての部分系に対するのと同じ形の分布関数をあてがい, その分布関数をつかって統計的重み \Delta\Gamma を, さらにそれからエントロピーを, 部分系に対してつかったのと同じ公式 (7.3-12) をつかって直接に定義することができる.
[岩波第3版]そうすればわれわれの系に対して, そのすべての部分系に対するのと同じ形の分布関数をあてがい, この分布をつかって統計的重率 \Delta\Gamma を, さらにそれといっしょにエントロピーを, 部分系に対してつかったのと同じ公式 (7.3-12) によって直接に定義することができる.
[ゑ訳]このようにすると、我々が考察している系の個々の部分系と同一の形の分配関数を、我々が考察している系にも形式的に適用することが可能になるが、そうすると、この分配を用いることで、部分系に対して用いた式 (7.3-12) と同一の式を直接当て嵌めて、我々が考察している系の統計的重み \Delta\Gamma を決定し、そして更にそれから、我々が考察している系のエントロピーをも決定することが可能となる。

  1. тогда:副詞。「その場合は」「このようにすると」
  2. формально:副詞。「正式に」「公式に」「形式的に」。仮想上の議論をしているのだから「形式的に」と云う含意。
  3. приписать:完了体動詞の不定形。+ 対格 + 与格で「(...を...に)帰する」を意味する。
  4. функцию:女性名詞 функция の単数対格。「関数」
  5. распределения:中性名詞 распределение の単数生格形。「分配」
  6. того:定代名詞 тот の中性生格形。"тот же, что и" で「同一の」の意味になる。ただし "тот же" だけでも「同一の」を意味する。
  7. вида:男性名詞 вид の単数生格形。「外観」「状態」
  8. всякой:定代名詞 всякий の女性生格形。「各々」
  9. определить:完了体動詞不定形。「決定する」。
  10. ее:(её) 人称代名詞 она の生格。
  11. с помощью:前置詞相当の語句。生格を伴って「...を用いて」の意。
  12. статистический:形容詞 статистический の男性対格形。「統計(学)の」
  13. вес:男性名詞対格形。「重み」
  14. а:接続詞。「付加」「対比」「対照」「対立」を表わすが、ここでは「付加」だろう。
  15. ним:人称代名詞 он, она の造格。они の与格。
  16. нэпосредственно:副詞「直接的に」
  17. формулам:女性名詞 формула の複数与格形。「式」「公式」
  18. которыми:関係代名詞 который の複数造格形。定語的従属文を導く。
  19. пользовались:不完了体動詞 пользоватсь の過去複数形。+ 造格で「(自分の必要のために)利用する」の意味となる。

Ясно, что наличие термостата вообще не сказывается на статистических свойствах отдельных малых частей (подсистем) нашей системы, которые и без того не замкнуты и находятся в равновесии с остальными частями системы.
[岩波第2版]恒温槽の存在の影響が, われわれの系の個々の小部分 (部分系) の統計的性質に現れないことは明らかである. 小部分は恒温槽がなくとも閉じてはおらず, 系の残りの部分と平衡にあるのである.
[岩波第3版]恒温槽の存在の影響が, われわれの系の個々の小部分 (部分系) の統計的性質に全く現れないことは明らかである. 小部分は恒温槽がなくとも閉じてはおらず, 系の残りの部分と平衡にあるのである.
[ゑ訳]我々が考察している系の個々の小部分 (部分系) は、恒温槽が存在しなかったとしても、閉鎖しておらず、系の残りの部分と平衡しているから、恒温槽の存在が、我々が考察している系の統計的特性に影響を及ぼさないのは明らかである。

  1. ясно:副詞。「明確に」
  2. наличие:中性名詞主格形。「存在」
  3. вообще:副詞。「一般に」。ただし、連語 вообще не は「全然...でない」の意。
  4. сказывается:不完了体動詞 сказываться の三人称単数現在。на + 前置格を伴って「影響を及ぼす」の意。
  5. статистических:形容詞 статистический の複数前置格形。
  6. свойствах:中性名詞 свойство の複数前置格形。「特性」
  7. отдельных:形容詞 отдельный の複数生格形。「個々の」
  8. малых:形容詞 малый の複数生格形。「小さい」
  9. частей:女性名詞 часть の複数生格形。「一部分」
  10. которые:関係代名詞 который の複数主格形。
  11. без:生格支配の前置詞。"и без того" は、辞書では「それでなくてさえ」の訳が当てられているが、ここでは「恒温槽の存在が無かったとしても」と云うことだろう。
  12. замкнуты:形容詞 замкнутоый の短語尾複数形。「閉鎖的な」「孤立的な」
  13. находятся:不完了体動詞 находиться の三人称複数現在形。「(人・事物がある状態に)ある」
  14. равновесии:中性名詞 равновесие の前置格形。「平衡」
  15. остальными:形容詞 остальной の複数造格形。「残りの」
  16. частями:女性名詞 часть の複数造格形。

Поэтому наличие термостата не изменит статистических весов \Delta\Gamma_a этих частей, и определенный только что указанным способом статистический вес будет совпадать с прежним определением в виде произведения (7,13).
[岩波第2版]それゆえ, 恒温槽の存在はこれらの部分の統計的重み \Delta\Gamma_a を変えることはなく, たったいま示したようなぐあいに定義された統計的重みは (7.13) の積の形の以前の定義と一致するであろう.
[岩波第3版]それゆえ, 恒温槽の存在はこれらの部分の統計的重率 \Delta\Gamma_a を変えることはなく, たったいま示したようなぐあいに定義された統計的重率は (7.13) の積の形の以前の定義と一致することになる.
[ゑ訳]それ故、恒温槽の存在によって、これら小部分の統計的重み \Delta\Gamma_a が変わることはなく、上記に示された方法で定義された統計的重みは、以前の積 (7.13) の形での定義の場合に一致するのである。

  1. поэтому:副詞。「それ故」
  2. наличие:中性名詞主格形。「存在」
  3. не:否定小詞
  4. изменит:不完了体動詞 изменять 三人称単数現在形。生格を支配して「変える」の意。
  5. статистических:形容詞 статистический の複数生格形。
  6. весов:男性名詞 вес の複数生格形。「重量」「重み」
  7. этих:近称指示代名詞 этот の複数生格形。
  8. частей:女性名詞 часть「一部分」の複数生格形。
  9. определенный:完了体動詞 определить「定義する」の被動形過去男性主格形。
  10. только что:「たったいま」ぐらいの意味。つまり、部分系に分割しないで「統計的重み」を直接的に定義する仕方を指している。この文意からして、日本語表現としては「上記の/上記に」ぐらいに訳した方が良い。
  11. указанным:形容詞 указанный の男性造格形。「指定された」
  12. способом:男性名詞 способ の単数造格形。「方法」
  13. статистический:形容詞 статистический の男性対格形。「統計(学)の」
  14. будет:不完了体動詞 быть の三人称単数未来形。[быть の未来形 + 不完了体動詞不定形]は、その不完了体動詞の未来形を作る。
  15. совпадать:不完了体動詞不定形。с + 造格で、「...と同時に起こる」「...と合致する」の意味となる。
  16. прежним:形容詞 прежний の造格形。「以前の」
  17. определением:中性名詞 определениие の単数造格形。「定義」
  18. виде:男性名詞 вид の単数前置格。「外観」「状態」
  19. произведения:中性名詞 произведение の単数生格形。「産物」「積」

ここで、私の訳を一つにまとめておこう:

エントロピー定義の仕組みを明確に理解するのには、以下に述べる事実を見て取ることが重要である。完全な統計的平衡状態にある閉鎖系 (その全エネルギーを記号 E_0 で表わすことにしよう) のエントロピーは、そうした閉鎖系を部分系に分割せずとも、直接確定することが可能なのである。そうするために、或る巨大な系を仮想して、ここで考察されている閉鎖系が、実は、そうした巨大な系の小さい一部分に過ぎなかったのだと想像してみよう (こうした関係にあるような巨大な系は恒温槽と呼ばれる)。恒温槽は、完全な平衡状態にあるものとし、その上、我々が (今、恒温槽の開放部分系と見なして) 考察している系の平均エネルギーは、本来のエネルギー値 E_0 と丁度一致するようになっているものとする。このようにすると、我々が考察している系の個々の部分系と同一の形の分配関数を、我々が考察している系にも形式的に適用することが可能になるが、そうすると、この分配を用いることで、部分系に対して用いた式 (7.3-12) と同一の式を直接当て嵌めて、我々が考察している系の統計的重み \Delta\Gamma を決定し、そして更にそれから、我々が考察している系のエントロピーをも決定することが可能となる。我々が考察している系の個々の小部分 (部分系) は、恒温槽が存在しなかったとしても、閉鎖しておらず、系の残りの部分と平衡しているから、恒温槽の存在が、我々が考察している系の統計的特性に影響を及ぼさないのは明らかである。それ故、恒温槽の存在によって、これら小部分の統計的重み \Delta\Gamma_a が変わることはなく、上記に示された方法で定義された統計的重みは、以前の積 (7.13) の形での定義の場合に一致するのである。

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2009年7月21日 (火)

ドイツ語で「陽電子」

本日昼下がり (2009/07/21 14:35:06)、キーフレーズ [陽電子 ドイツ語] でこのサイトを訪問された方がいらしたようだ。ドイツ語で「陽電子」を何というかお調べだったのだろうか。

ログを読んでいて、「陽電子」...。英語だったら "positron" なんだから、ドイツ語だったら "Positron" で良いんとちゃうのん? と、思わず擬製関西弁してしまったが、調べてみると、それ以上付け加えることはない。

勿論 "Antielektron" と云う言い方もあるが、それほど一般的には使われていないのではないか。

言うまでもなかろうが "Positron" も "Antielektron" も、ともに中性名詞。

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2009年5月10日 (日)

メモ:ファインマンとワインバーグのディラック記念講演 "Elementary Particles and the Laws of Physics: The 1986 Dirac Memorial Lectures"

ケンブリッジ大学出版局 (Cambridge University Press) から "Elementary Particles and the Laws of Physics: The 1986 Dirac Memorial Lectures" (Richard Phillips Feynman and Steven Weinberg, Cambridge University Press, 1987, ISBN-10: 0521340004, ISBN-13: 978-0521340007) と云う本が出版されている。

1984年10月Paul Adrien Maurice Dirac が亡くなると、かって彼がルーカス教授職 (Lucasian Professor of Mathematics) として教鞭を執っていたケンブリッジ大学 (University of Cambridge) は、彼の業績を讃えて、毎年記念講演を開催することにした。その第1回の講演者として招待されたのがリチャード・P・ファインマンスティーヴン・ワインバーグである。この本は、その講演に基づいている。

私が、購入したのは随分前 (1995年5月20日) に日本橋丸善でだったが、ハードカヴァ四六判(ぐらい)110ページほどのもので、「瀟洒な一冊」とでも言いたくなる。ジャケットも、臙脂色と言うべきか蘇芳色と呼ぶべきか、或いは単にワインレッドで良いのか知らないが、華やかながら落ちついていて結構おシャレだ。

勿論、私は「ジャケ買い」をした訣でない。第一、ジャケットフロントにはディラックのポートレートが印刷されていて、これが「ある意味恐い」。 恐ろしく聡明そうな、それでいて我々とは全く別の世界が見えているような目をしているのだ。彼は「詩を書く」と云うことが理解できなかったらしいが、なにか詩人のような印象を受ける。それどころか「幻視者」と云う言葉がツイ出てしまう (うん? 実は「ジャケ買い」してたかな?)。

ついでに書いておくと、ジャケットの折り返しにはファインマンとワインバーグのポートレートも掲げられているが、ファインマンは映画俳優のような、そしてワインバーグは実業家のような顔をしている(ワインバーグのことはさておき、ファインマンが「芸達者」だったことは良く知られている)。

買ってはみたものの、そのうち読もうとだけ思って、部屋のそこらへんに転がしておいてそれっきりだったのだが、最近、このブログでは物理学 (と言うか、量子力学) の話題が幾つか続き、それに関係する勉強もしたので、ついでに卒読してみた。

で、この記事を書き始めたのだが、第一稿作成がかなり進んだ段階で (正確には、"Dirac's scissors demonstration" 用の図を、自らの絵心の無さにウンザリしながら、inkscape で「描いたものの、出来が悪いので直そうとして手を入れたら、返ってひどくなり、諦めて最初から作りなおす」を繰り返していた途中に) "Elementary Particles and the Laws of Physics" に日本語訳 (「素粒子と物理法則―窮極の物理法則を求めて (ちくま学芸文庫)」) が存在することに気付いた。迂闊な話で、申しわけないが、後ればせながら「ちくま学芸文庫版」を購入してきた (と言うか、それしか知らないのだが、培風館から出ていたものの文庫化だそうな)。

とは言え、読んだばかりの英語版に不満は無かったので、日本語版の方は読む気が起こらなかった。購入直後に、図面を少し眺めただけで、原稿作成の泥沼に再び飛び込んでしまったのである。ただ、この記事の内容が既に周知化している可能性があるので (「独創的なこと」にこだわる趣味はないから、周知化していても、それだけなら一向に構わないのだが、周知化していると云う事実に無知なのは、さすがに恥づかしい)、第一稿完成後、その点をチェックするため、この記事で扱っている箇所と対応する部分だけザッと読んでみた。結局、訳本に就いてしたのは、それだけである。従って、この記事では、ちくま学芸文庫版の翻訳品質を論ずるつもりはない。ただし、行き掛かり上、以下に論じた箇所の、ちくま学芸文庫版での対応箇所のページ・行番号だけは、追加記入していくつもりである。
--第一稿完成後、推敲前の付加記入。

まず全体の印象を述べておくなら、ファインマンの講演 "The Reason for Antiparticles" (「反粒子の存在理由」と謂ったところか) の方が、ワインバーグの講演 "Towards the final laws of physics" (「物理学の最終法則へ向かって」) よりも断然面白かった。(ちくま学芸文庫版では、それぞれ「反粒子はなぜ存在するのだろうか」と「究極の物理法則を求めて」になっている。)

これは、題材にもよっている。ファインマンが、特殊相対論と量子力学の結合が、必然的に反粒子の存在を要請すると云う、陽電子の存在を予言したディラックの記念講演としては、これ以上ないほど適切な素材を扱い、そして、一応出来上がった理論の総括として、ミンコフスキー空間を舞台にして見晴らしの良い議論ができたのに対し、ワインバーグは、一般相対論と量子力学の最終的統合をめざす一つの試みとして誕生した直後であった超弦理論 (superstring theory) の紹介を行なっているからだ (ワインバーグは講演の中で "string theory" と呼んでいる。当時、「弦理論」の欠陥を克服するものとして超双対性を取り入れた「超弦理論」が提唱され始めた頃だった筈だが、現在では「超弦理論」と呼ばずに、ステップバックして「弦理論」とだけにすることも多いようだ。「膜 (Membrane)」の登場で、「超双対性」は当たり前になったと云うことか。以下、この記事では、基本的には「弦理論」と呼ぶことにする)。 その極めて高度な数学的道具立てもあって、ワインバーグは、「弦理論」の内容の紹介というより、その存在の紹介をすることから余り進んでいない。

実際、当時は、脚註の中で指摘されているように "There are about a half-dozen string theories,..." 「半ダースほどの弦理論が存在する」(p.104 ちくま学芸文庫版 p.116) 状況だった。その解決策として エドワード・ウィッテン が、5つの「超弦理論」を纏める「M理論」(M-theory) を提唱したのは1995年のことである。

そして、多分に謙遜もあるだろうが、ワインバーグは、このように述べている。

The inventors of this theory, and those like myself who are not one of the inventors of the theory but are desperately trying to catch up with it, are now working to try and learn how to solve these theories so that we can find out what these theories say at ordinary energies and see whether they agree with the standard model.
--"Elementary Particles and the Laws of Physics" p.105 ll.14-20
参考: ちくま学芸文庫「素粒子と物理法則」p.117の4-9行
この理論の発明者達や、私自身を含めて、発明者でなくても死に物狂いでこの理論の発展に追い付こうとしている者たちは、現在、こうした理論が通常のエネルギー領域において如何なる結果を与えるかを見出だし、それが標準モデル理論と合致するかどうかを検証しようとして、理論の解明に努力しているところです。

しかし、"The Reason for Antiparticles" の方が面白いのは、単に題材の差だけが理由ではない。やはりファインマンは、講演においても素晴らしく「芸達者」なのだ。彼は、どうしたら、聴衆の興味を引きつけるような核心を速やかに提示し、その興味を持続させ、そして発見の喜びを与えることできるかを知っていた。

多人数を相手に授業する講壇型の教育者は、「芸人」としての資質を持たねばならないのだが、ファインマンは、確かにスタンダップ・コメディアンの資質を持っていたようだ。私は、この講演録を読んでいて、「ここでシッカリ笑いを取っただろうな」と思った箇所が二・三 (或いはもっと?) あった。

しかも伝えるべきことはしっかりと伝えている。何を伝えねばならないかを明確に意識しているからだ。それは、"The Reason for Antiparticles" の中で、その内容をファインマン自身が的確に要約しているからもうかがえる。

Summary
We've gone a long distance in great detail, but the basic ideas are the things to remember. Here's how it went. If we insist that paticles can only have positive energies, then you cannot avoid propagation outside the light cone. If we look at such propagation from a different frame, the paticle is traveling backwards in time: it is an antipaticle. One man's virtual paticle is another man's virtual antipaticle. Then, looking at the idea that the total probability of something happening must be one, we saw that the extra diagrams arising because of the existence of antiparticles and pair production implied Bose statistics for spinless paticles. When we tried the same idea on fermions, we saw that exchanging particles gave us a minus sign: they obey Fermi statistics. The general rule was that a double time reversal is the same as 360°rotation. This gave us the connection between spin and staticstics and the Pauli exclusion principle for spin \frac{1}{2}. That contains everthing, and the rest was just elaboration.
--"Elementary Particles and the Laws of Physics" p.54 l.3 from the bottom - p.55 l.8
参考: ちくま学芸文庫「素粒子と物理法則」p.68下から7行目 - p.70の6行目
要約
多くのことを非常に詳しく検討してきましたが、基本的なアイディアは覚えておいて頂きたい。それは、このようなものでした。粒子が正のエネルギーだけを持ちうるとするなら、我々は、光錐の外側に粒子が伝搬することを認めざるをえません。こうした伝搬では、粒子が、時間軸を逆方向に進むように見えるような別の座標系が存在します。これが反粒子です。ある観測者にとって粒子に見えても、別の観測者にとっては反粒子に見えることがあるのです。ここで、何かが起こると云うことの全確率は1にならねばならないと云う考え方を受け入れる限り、反粒子および対創成の存在のため余分に増える図形が存在すると云うことは、スピン・ゼロの粒子がボーズ統計に従うことを意味します。同じ考え方をフェルミ粒子に適用してみると、粒子の交換が、符号逆転を導き出すことが分ります。つまり、フェルミ粒子は、フェルミ統計に従う訣です。時間軸の逆転を2度することは、360度の回転と同じことだと云うのは一般的規則ですが、これにより、スピンと統計とが結び付き、またスピン \frac{1}{2} に対するパウリの排他原理が得られます。以上のことだけが、この講演の核心であり、それ以外のことは「細かいところの仕上げ」に過ぎなかったのです。

付言するなら、ここでファインマンは、自分が、話題を、スピン・ゼロとスピン \frac{1}{2} の場合に限っていることを明示的に認めている。ここらへんに、私などはファインマンの科学者としてのセンスの良さ、あるいは bon sens を感じてしまう。

これに対しワインバーグも "Towards the final laws of physics" の中で、「ジョーク」を試みてはいるのだが、これが「本人はジョークのつもり」程度のものでしかない。「前置き」も長すぎるし。。。まぁ、そうでもしないと、「尺が稼げない」ところがあったのかも知れないが、「面白くて為になる」講演ができない言い訣みたいになってしまっている。

しかし、ワインバーグも可哀想で、講演の準備中に主催者側から「量子力学の初歩を勉強中の学部学生に分かるレベルで」と云う注文を承けていたらしいのだ (p.67 ll.4-6 ちくま学芸文庫版 p.80の9-11行)。当時 (あるいは現在もかも知れないが)、形成途上にある理論を「解かりやすく」説明させようなどと云うのは無茶な話だ。だから、そんなことは無視してしまって、最初から「何だか分からないけど、或いは、何だか分からないから、面白いこと」を話せば良かったのだが、ワインバーグは結構それに囚われたのかもしれない。読んでいて、私は、多分、ワインバーグは「マジメ」人間なのだろうと思ったのだった。

余談だが、ファインマンは、大学の学部新入生に説明できないような話題は、十分に解明できたとはいえないと考えていたらしい。そういった意味では、「解明途上」の弦理論など、ワインバーグであろうとなかろうと (例えばファインマンでも。もっとも彼は「弦理論」に反発していたらしいが)、その audience に「理解」させようとしても無理なので、ワインバーグは「理解」にこだわる必要はなかったのだが、やはり性格なのかもしれない。ちなみに、ディラック御大の方は、講義をしても、学生が理解できたかどうかについて興味が無かったらしいから、人さまざまだ。

以下、"Elementary Particles and the Laws of Physics" を読んでいる途中に気付いたコマゴマとしたことを纏めておく。

取り敢えずは正誤表を作っておこう。

"Elementary Particles and the Laws of Physics" 正誤表
Richard P. Feynman "The Reason for Antiparticles"
p.7, Fig.1(b)
Elementary Particles and the Laws of Physics.  p.7 Fig.1(b) Elementary Particles and the Laws of Physics.  p.7 Fig.1(b) corrected

備考: p.5 ll.3-4 (ちくま学芸文庫版 p.16下から7-6行) に "Now suppose that there are two disturbances, one at time t_1 and another at a later time t_2,..."「ここで、2つの擾乱が、一方はある時刻 t_1 に、他方は、それよりも遅い時刻 t_2 に起こったとしよう・・・」とあるから (\mathbf{x}_1, t_1) = x_1(\mathbf{x}_2, t_2) = x_2 とを交換する必要がある。

参考: ちくま学芸文庫「素粒子と物理法則」p.18 図1

p.18, l.1

\begin{eqnarray*}
1 = |5a + 5b + \cdots|^2 + \\
\qquad |5c + \cdots|^2 + \cdots
\end{eqnarray*}
1 = |5a + 5b + \cdots|^2 + |5c|^2 + \cdots

備考: 引用した式は、原文では1行に書かれている。省略のリーダー (・・・) が1組多すぎるのは一目で分かる。そこで、式と第5図 (p.17 ちくま学芸文庫版 p.28) を対照してみると、真空-真空過程である第5a図と第5b図は確率振幅を足し合わせてから絶対値の平方を取らねばならないから、元のままでよいが、第5c図に対応する対創成は運動量の違いに応じて全て区別のつく過程だから、確率振幅の絶対値平方を足し合わせねばない。つまり、2番目のリーダーは不要である。

これを踏まえるなら、式は更に

1 = |5a + \sum\limits_{p, q}5b|^2 + \sum\limits_{p, q}|5c|^2

と書き直した方が良いと思われる。

参考: ちくま学芸文庫「素粒子と物理法則」p.29 下から3行目

p.19 Fig.7(d)
Elementary Particles and the Laws of Physics.  p.19 Fig.7(d) Elementary Particles and the Laws of Physics.  p.19 Fig.7(d) corrected

備考: 他の図形に揃えて、頂点を表わす白抜きの丸を付けるべき。 そのついでに、created with Inkscape \sum\limits_{p, q} ? の位置を動かした方が良いだろう (created with Inkscape \sum\limits_{p, q} ? の位置に就いては、Fig.7(f) に対しても、同じことが言える)。

参考: ちくま学芸文庫「素粒子と物理法則」p.30 図7(d)

p.34 l.2
(17) (16)

備考: 引用した式番号が間違っている。

参考: ちくま学芸文庫「素粒子と物理法則」p.47 下から6行目

p.34 l.2 from the bottom
(7) (9)

備考: 引用した式番号が間違っている。

参考: ちくま学芸文庫「素粒子と物理法則」p.48の7行目 (訂正済み)

p.39 Fig.11
Fig.11(a)
(E_a, \mathbf{Q}_a), a (E_a, \mathbf{Q}_a), \mathbf{a}
Fig.11(b)
(E_a, \mathbf{Q}_a), -a^\ast (E_a, \mathbf{Q}_a), -\mathbf{a}^\ast

備考: 光子の偏光 (polarization) は、本文に従ってボールド体で表記すべき。

参考: ちくま学芸文庫「素粒子と物理法則」p.52 図11 (訂正済み)

p.52 l.5 from the bottom
But notice that if the charge q were not quantized, at a multiple of \hbar/2\mu, But notice that if the charge q were not quantized at a multiple of \hbar/2\mu,

備考: 単純なパンクチュエーションミス ("quantized" と "at" との間のカンマが余計)。ちなみに、この講演では、冒頭 (第4ページ下から7行め) で \hbar = 1 として計算を初めてから、それを踏襲してきていたが、この式が含まれる "MAGNETIC MONOPOLES, SPIN AND FERMI STATISTICS" のセクションでは、記号 \hbar が復活している。

参考: ちくま学芸文庫「素粒子と物理法則」p.66 下から9-8行 (原文の余分なカンマは無視されている)

Steven Weinberg "Towards the Final Laws of Physics"
p.64 l.9
whey when

備考: 単純なタイプミス。

参考: ちくま学芸文庫「素粒子と物理法則」p.77 下から7行目 ("when" として訳してある)

p.87 l.2
[\mbox{mass}]^{-\beta_1} [\mbox{mass}]^{\beta_1}

備考: 式 (4) が成立するためには、\beta_1 の前のマイナス符号は取らねばならない。

参考: ちくま学芸文庫「素粒子と物理法則」p.98 下から3行目

p.87 l.3
[\mbox{mass}]^{-\beta_2} [\mbox{mass}]^{\beta_2}

備考: 式 (4) が成立するためには、\beta_2 の前のマイナス符号は取らねばならない。

参考: ちくま学芸文庫「素粒子と物理法則」p.98 下から3行目

その他に気付いたことを書いておく。

"Elementary Particles and the Laws of Physics" メモ
Richard P. Feynman "The Reason for Antiparticles"
p.1 l.2 from the bottom

第1ページの末尾3行には

Dirac with his relativistic equation for the electron was the first to, as he put it, wed quantum mechanics and relativity together.

と云う箇所がある。この "as he put it" は、「彼 (Dirac) の言い方に従えば」ぐらいの意味と捉えるのが一番自然なのだが、実際、Dirac がこうした言い方をしたかどうかは、確認できなかった。それはそれとして、この挿入文は、"wed" (結びつける) の使い方が独特だとファインマンが感じたことを表わしているが、私には、それほど変わった言い回しとは思えない。或いは、ディラックとしては珍しいと云うことなのかもしれない。

そう言えば、ディラックと云う人は、どうやら "girl shy" だったらしい。ガモフに、ご婦人の顔を今までで一番間近で見たのはどのくらいの距離であったか、尋ねられた際に、両手を2フィートほど拡げて、「このくらいの近さだったね」と答えたり、ディラックが結婚した後、その事実を知らなかった友人が、たまたまディラックの家に立ち寄った際、自分の妻を「こちらは、えーっと、ウィグナー (ユージン・ウィグナー/Eugene Wigner)の妹さんです」と紹介した (正確には "This is Wigner's sister, who is now my wife" と言ったらしい) と云う逸話があるのだ。

これに対しては、ファインマンは、「麗しい女性が音楽にのせて踊りながら着衣を一枚ずつ脱いでいく芸能 (だと思う。実態は良く知らない)」の大ファンで、そうした「小屋」に入り浸っていたと云う。そうしたファインマンからすれば、「結びつける」と云う意味で "wed" を使うのは、ディラックらしくないと、思えた可能性はある。

しかし、こうしたことは全て憶測に過ぎない。

或いは、この "wed quantum mechanics and relativity together" は、ディラックとファインマンとの会話の中で出てきたのかもしれない。実際、"Elementary Particles and the Laws of Physics" p.2 (ちくま学芸文庫版 p.12) には、正に二人が何やら話し合っているらしい姿のスナップショット写真が掲載されている。

参考: ちくま学芸文庫「素粒子と物理法則」p.14の3-4行

p.16, l.9

第16ページ第9行-第10行 に

We get the correct answer, but for the wrong reason.

とあるが、私なら "get" は --got-- とする。

参考: ちくま学芸文庫「素粒子と物理法則」p.27の6-7行

p22., l.11-8 from the bottom

第22ページ下から11行目-8行目に

The fact that the amplitude is to be added when two identical particles going A, B to A^\prime, B^\prime arrive A to B^\prime and B to A^\prime instead of A to A^\prime and B to B^\prime, seems very natural,...
A及び BからA^\prime及びB^\primeへと進む2つの同等な粒子が、AからA^\primeへと行き、BからB^\primeへと行く代わりに、AからB^\primeへと行き、BからA^\primeへと行く場合の振幅も加え合わされるべきであると云うことは、極めて自然に見えます。

とある (この "when" には「譲歩」つまり、「...であっても」と云うニュアンスがある)。

これは文法的・語法的に言って首を傾げたくなる文章だが、言いたいことは良くわかる。それに、「正しい」文章にしようとすると、廻りくどくなって返って分かりづらくなる可能性が無しとしない。ただ、この "arrive" の使い方は如何なもんだろうとは、やはり思うのだ。

参考: ちくま学芸文庫「素粒子と物理法則」p.34 ll.8-12

p.22, l.4 from the bottom - p.23 l.2

第22ページ下から4行目から第23ページ2行目の文章

Again, if particles arise from the quantization of a classical field (such as the electromagnetic field, or the vibration field of a crystal) the correspondence principle requires Bose particles if intensity correlations are to be correct, such as in the Hanbury Brown Twiss Effect.

とある。

冒頭の "Again" は「(上述の議論を) 再度適用すると」の含意。訳すとしたら「同様にして」。また、第2語の "if" (1番目の "if") には、譲歩のニュアンスがある。日本語にすると「...の場合でも」ぐらいになる。

"the correspondence principle" の "the" は、指示的な意味合いが強いので、訳すとしたら「この」ぐらいになるだろう。ただ "correspondence" が意外と訳しづらい。"correspondence" と云うと、通常「対応」と訳される。実際、量子力学で "correspondence principle" と言うと、ボーアの対応原理 "Bohr's correspondence principle" を指すのが普通だろう。

しかし、この場合はそうではない。(先回りして言ってしまうならボース統計に従う)同一種粒子の体系に起こる過程の確率振幅計算にあっては、粒子を入れ換えた各事象の確率振幅を加算しなければならないと云う「原理」を指している。これが、量子化される以前の古典的な場が変わっても、量子化後の粒子がボソンであるなら、やはり「対応する」(と言うか、「同じ」と言ってしまっても良いような気がするがするが)「原理」が成立すると言うことなのだ。従って、"correspondence" は敢えて訳す必要はないと思う

更に、2番目の "if" 以下は、"be + 不定詞句" と相俟って、目的を表わす副詞節になっている。従って、全体は次のような意味なる (「ハンベリ・ブラウン・トゥイス効果 (Hanbury Brown Twiss Effect)」に就いては次項参照):

同様にして、(電磁場とか、結晶の振動場とかの) 古典的場の量子化に由来する粒子の場合でも、ハンベリ・ブラウン・トゥイス効果に見られるような強度相関を正しく成立させようとするなら、この原理によって、そうした粒子はボース粒子でなければならないのです。

ここで「電磁場」が、例として挙げられているのはヤヤ不審。また、この議論では、暗黙のうちに、話題が正の強度相関に限定されている。

参考: ちくま学芸文庫「素粒子と物理法則」p.34 下から9-4行

p.23, l.2

第23ページ2行目には such as in the Hanbury Brown Twiss Effect (ハンベリ・ブラウン・トゥイス効果) とあるが、このHanbury Brown Twiss Effect (HBT) に就いては、英文版ウィキペディアの該当項目、及び "Hanbury-Brown and Twiss-type experiments in electronic devices" (Stefan Oberholzer, Institut für Physik, Universität Basel, 6. December2005) を参照。

光子の場合で言い表すと、熱的光源から発せられる光の強度を1対の検出器で測定した場合に得られる、1対の強度測定値の揺らぎの間には、(光子はボソンであるため) 正の相関があると云う現象のことである (R. Hanbury Brown and R. Q. Twiss, "Correlation between photons in two coherent beams of light", Nature 177/1956, pp.27-29)。

この効果は、Robert Hanbury BrownRichard Q. Twiss とが、恒星 (具体的にはシリウス主星) の角直径を測定するために開発した「強度干渉計」の原理として採用された (A test of a new type of stellar interferometer on Sirius)。

ただし、このへんのことには若干の経緯がある。もともと、「強度干渉計」は電波星 (はくちょう座A及びカシオペヤ座A) の角直径を測定するために開発されたもので、その動作原理は古典的電磁気学 (マクスウェル方程式) に基づいていた。Hanbury Brown と Twiss とは、同種の装置を光の場合に建造して、それでシリウス主星の角直径 0.0063秒が測定されたと発表した。

ちなみに、最近の測定値は、約 0.0059秒乃至約 0.0060秒。これについては、英文版ウィキペディア "Sirius" の項、及び、そこで引用されている Kervella et al. "The interferometric diameter and internal structure of Sirius A" Astronomy and Astrophysics 407: 681–688 を参照。日本語版/英語版ウィキペディアの「角直径/angular diameter に記載されているシリウス主星の角直径「約 0.007秒」は疑問

つまり、恒星由来の光の場合にも強度のゆらぎ間に正の相関が存在すると主張した訣である。

発光源が、シリウス主星であろうと、水銀灯であろうと、光が、量子 (光子) になっていることに変わりはないが、光の量子としての側面があからさまになる局面が存在する。その象徴的な例が、恒星が我々の肉眼で視認できると云うこと自体が示すように、発光源が恒星である場合である。当然、HBT は量子力学で解釈されねばならない。しかし、恒星に由来する光子群を1対の検出器で測定してえられる (当然、波動関数の位相情報が失われた) 強度の揺らぎの間に相関があると云うことは、一見量子力学の基本に反するように見えたので、発表当初、HBT は物理的な実在性が疑われたのだった。結局、実は HBT は光がボソンであることの本質的な結果 (電子等のフェルミオンの場合にも同様なことが起こるが、相関 は負 --逆相関 /反相関-- になる) であることが解明された ("The Question of Correlation between Photons in Coherent Light Rays" E. M. PURCELL. Nature 178, 1449 - 1450 [1956])。このことが礎の一つなって、研究が進み、その後大きな発展を遂げて「量子光学」(quantum optics) が成立したのである。

    次の記事も参照:
  1. Obituary: Robert Hanbury Brown (1916-2002) : Article : Nature
  2. "THE PHYSICS OF HANBURY BROWN–TWISS INTENSITY INTERFEROMETRY: FROM STARS TO NUCLEAR COLLISIONS" Gordon Baym. "ACTA PHYSICA POLONICA B" Vol. 29 No 7 (1998)
  3. "HBT Interferometry: Historical Perspective" Sandra S. Padula

参考: ちくま学芸文庫「素粒子と物理法則」p.34 下から7行目

p.29, l.3-5

第29ページ第3行-第5行に

Dirac had a very nice demonstration of this fact-that rotation one time around can be distinguished from doing nothing at all.
--"Elementary Particles and the Laws of Physics" p.29 ll.3-5
ディラックは、1回転することと全く何もしないこととは区別できるのだと云うこの事実を実証する大変巧い方法を知っていました。

とあって、それに脚註して

For this demonstration due to Dirac, his famous scissors demonstration, see R. Penrose and W. Rindler (1984). Spinors and Space-time, Vol.1 p,43. Cambridge University Press.
--"Elementary Particles and the Laws of Physics" p.29 footnote

と書かれていて、最初に読んだ時、一瞬文意が取れず戸惑ったが、"this demonstration due to Dirac" と "his famous scissors demonstration" とが同格であることに気付けば、「ギリギリセーフ」の文章ではではあるのだ (「ディラックによる、この有名な「鋏の実演」に就いては、R・ペンローズ及びW・リンドラー共著 1984年発行『スピノルと時空』第1巻第43ページ参照」ぐらいか)。

それはさておき、この Dirac の "scissors demonstration" の内容は、概ね次のようなものであるらしい (ディラック自身のオリジナルがどのようなものか調べが付かなかった。以下は、上記 Penrose 及び Rindler の著作を参考にして、私なりの表現をしたものである)。

鋏と紐と長い2本の棒を用意し、紐を、鋏の持ち手の2つの穴と、2本の棒とに次の図のように絡ませてから (棒が「長い」とは、要するに、棒から紐を外す操作を禁じる限定。数学的には「無限長」とすべきか)、鋏を刃部分を中心軸にして720度 (4\pi) 回転させる (下図参照)。この後、鋏を、その中心軸に対して逆回転させないでも、紐を「ネジネジ」を解くことができるのだが、どうしたらよいかと云うのが、ディラック "scissors problem/scissors demonstration" と云うことのようだ (ただし、最初の回転が360度では、元に戻すことは不可能と云うのも重要な点)。

Derac's scossors Problem

私は、パズルが苦手で (と言うか、そもそも得意なものは何もないのだが)、こう云う時はサッサと回答を探すことにしている。有り難いことに、"Spinors and Space-time" Vol.1 には、次のように書いてあった (以下の引用で「chair/椅子」とあるのは、問題がもともとの形が、紐を椅子の背もたれの支柱に巻きつけるものとして表現されていたためである)。

The fact that this problem can be solved for 4\pi but not for 2\pi is a consequence of the above properties of SO(3). The solution is made trivially easy if the four strands of string (whose main purpose is to confuse the issue) are regarded as glued (in an arbitrary manner) to an open belt issuing from the chair: a twist of 4\pi of the belt is undone by looping the belt once over its free end. This solution also yields another way of continuously deforming a 4\pi rotation into no rotation. If we regard the scissors as free to slide along the belt, then each position of the belt during the untwisting manoeuvre gives a closed path in the configuration space of the scissors. The first takes it through a rotation of 4\pi, the last through no rotation at all.
--R. Penrose and W. Rindler "Spinors and Space-time" Cambridge University Press (1984) Vol.1. p.43 l.3 from the bottom - p.44 l.8 (Google ブック検索 による)
この問題が、4\pi の場合には解けるが、2\pi の場合には解けないという事実は、SO(3) の上記の性質の結果である。この問題の答えは、4本になっている紐 (その主たる目的は、問題の核心を隠しくらますことにある) を、(適宜の仕方で良いから) 固め合わせて椅子からぶら下がっているベルトとして扱うならば、おのづから明らかになる: ベルトが 4\pi 捻ってあるなら、そのベルトを、椅子に繋がっていない方の端を1回廻り込む輪を描くように動かせば良いのである。この答えは、4\pi の回転を無回転へと連続的に変形する方法の別解にもなっている。実際、鋏がベルトに繋がっていない状態で紐に沿って移動すると見なすなら、ほどけていく過程中におけるベルトの「姿勢」の夫々は、鋏の配位空間内で閉径路を形成するが、その最初の「姿勢」は、4\pi の回転に対応し、最後の「姿勢」は無回転に対応するのである。

つまり、次の図に示すようにして、ネジネジの廻りを、ネジネジの方向とは逆に一周するよう鋏を動かせ、と、言っているのだろう。ただし、その際気をつけねばならないことは:

  1. 周回中、鋏自身は、その中心軸に対しては回転しないようにすること。
  2. 鋏の全体が、ネジネジの廻りを回るように、鋏に付いている紐をうまく捌くこと。

である。

Dirac's demonstration of his scissors problem

また、この "Dirac had a very nice demonstration" で始まる1段落は、編集者によると思われる "This was taken verbatim from Feynman's lecture." (この文章は、ファインマン講演の言葉どおり) と云う脚註も付けられている。これは p.30 の連続写真との対応に臨場感を出すため実況録音風にしたためとも考えられるが、その一方で、「編集者」がこの部分の内容及び/又は表現に留保する意向の現れである可能性もある。

    参考になるかもしれないウェブサイト
  1. "Orientation entanglement - Wikipedia, the free encyclopedia" 「紐と鋏」ではなく、「コーヒーカップとベルト」を使った説明。この問題の数学的な本質が、リー群としての3次特殊直交群 (3次元回転群) SO(3) が単連結でなく、そのスピノル群 (スピン群)、つまり単連結な二重被覆群として、2次特殊ユニタリ群 SU(2) を有することにあることが説明されている。
  2. "Air on the Dirac Strings" CG アニメと「フィリピン・ワイン・ダンス」の実写を収めたmpg 動画 (40MB) へのリンクがある。
  3. "Dirac belt trick" アプレットを使った説明。ベルトの根元とベルト動きとの前後関係が分かりづらい。
  4. "Spinor - Wikipedia, the free encyclopedia" 英文版ウィキペディアの「スピノル」の項。
  5. "Tangloids - Wikipedia, the free encyclopedia" スピノルの計算をモデル化した、つまり、Dirac's scissors demonstration と同じ原理の数理玩具
  6. "The Dirac String Trick - First Hand" Dirac's scissors demonstration の関連情報が纏められている。

次の書籍にも、説明があるようだ。そのGoogle ブック検索とアマゾンへのリンクを貼っておく (Google ブック検索でヒットする著作とアマゾンに掲載されている著作は版数が異なることがあり得るので注意されたい):

  1. Louis H. Kauffman "Knots and physics"
  2. George K Francis "A Topological Picturebook"

参考: ちくま学芸文庫「素粒子と物理法則」p.41 下から4-2行及び p.42 脚註
なお、この脚註には、「訳注」として "Spinors and Space-time" Vol.1 からの転載と思われる "scissors demonstration" の図と、それに就いての説明の要約が付記されている。

p.29 ll.7 from the bottom - the bottom.

第29ページ下から7行からページ末までを最初に読んだ時、とまどった。基本的には未来のことにかかわる "keep track of" の後に現在完了形の名詞節 "whether you've made a rotation or not" が従っていたからだ。「回転したのが1回かどうかを追跡監視する」と云う簡単なことを言っているのだと気づくまでにしばらく時間が掛かった。それほど、私は頭が鈍いのだ。こんなことに引っ掛かる者は多くはあるまい。特に、講演の実際の audience には (彼らの多くがネーチヴ・スピーカであっただろうことを考慮しなくても)、ファインマンのイントネーションや身振り・表情も相俟って問題なく理解できただろう。

一応、訳を付けておく。

So two rotations are equivalent to doing nothing, but one rotation can be different, so you have to keep track of whether you've made a rotation or not, and the rest of this talk is a nerve racking attempt to try to keep track of whether you've made a rotation or not.
つまり、2回転は何もしないのと等価ですが、1回転は異なることがあるのです。そこで、回転したのが1回かどうか常に気を付けていなければなりません。これからの話は、回転したのが1回かどうか注意しつづけるようにすると云う精神的にシンドイ作業になります。

なお、Google ブック検索ではこのページを閲覧することができる (Elementary particles and the laws of ... - Google ブック検索)。

参考: ちくま学芸文庫「素粒子と物理法則」p.42 下から行目-p.44の3行目

p.51, ll. 3-9

第51ページ3-9行目には

Now there's a famous theorem that states that when you move an electric charge q through a magnetic field then the phase changes by \mbox{exp}(iq\int\!\!\mathbf{A}\cdot\mbox{d}\mathbf{x}), where \int\!\!\mathbf{A}\cdot\mbox{d}\mathbf{x} is the line integral of the vector potential \mathbf{A} along the path that the electric charge follows. (That's meant to intimidate you!)
--"Elementary Particles and the Laws of Physics" p.51 ll.3-9

とある。

この "famous theorem" とは、アハラノフ・ボーム効果のことである ([nouse: アハラノフ・ボーム効果とその実証実験 (本ブログ「サニャック効果」関連記事の余談として)] 参照)。従って、最後の一文 "That's meant to intimidate you!" は、アハラノフ・ボーム効果がアハラノフとボームによる予言後も、かなり長い間、その信憑性が疑われ続けたことを踏まえているのだろう。

これは私の推測と言うか、憶測だが、ファインマンは、アハラノフ・ボーム効果に就いて説明したのに、「フツーの物理学者、或いは、物理学部学生」なら起こすのが不思議でない「拒絶反応」を聴衆が示さないので、一寸したイタヅラ心を起こしたのだろう。「君らをドン引きさせるつもりだったのだけれどな」と付け足した感じなのだ。その裏には、ファインマンが、アハラノフとボームの予言に当初から拒絶反応を起こすことなく認めたと云う自負があるはずだ。付言するなら、この第1回ディラック記念講演が行なわれた1986年は、奇しくも、日立製作所中央研究所における外村彰 (とのむら あきら) の研究グループが、アハラノフ・ボーム効果の実在を、最終的に実証した年だった。

さて、磁場内で電荷 q を動かすと、電荷の径路に沿ったベクトルポテンシャル \mathbf{A} の線積分を \int\!\!\mathbf{A}\cdot\mbox{d}\mathbf{x} として、電荷の位相が \mbox{exp}(iq\int\!\!\mathbf{A}\cdot\mbox{d}\mathbf{x}) 変化すると云う有名な定理があります。。君らをドン引きさせるつもりだったのだけれどな。

参考: ちくま学芸文庫「素粒子と物理法則」p.64 下から2行目-p.65の3行目

p.57 l.9 from the bottom

第57ページ下から9行めに記載されている "David Finkelstein" は、英文版ウィキペディアに項目のある "David Finkelstein" と思われる。

参考: ちくま学芸文庫「素粒子と物理法則」p.72の10-11行

Steven Weinberg "Towards the Final Laws of Physics"
p.84 ll.2-12

量子電磁力学 (Quantum Electrodynamics/QED) による、電子の異常磁気モーメントの計算に就いて、第84ページ2行目から12行目に次のように書かれている:

This has been calculated many times, first, I believe, by Schwinger, and most recently and comprehensively by Kinoshita in 1981. The result of Kinoshita's calculation, together with the current experimental value, are given below in (2)

Magnetic moment of the electron:

Kinoshita's calculation:
1.00115965246 ± 0.00000000020

Best experimental value:
1.00115965221 ± 0.00000000003 (2)

--"Elementary Particles and the Laws of Physics" p.84 ll.2-12

この計算は何度も行なわれていますが、最初は、確かシュインガーによって行なわれ、最近では、最も包括的な仕方で木下により1981年に行なわれました。木下の計算結果と、現在の実験値を以下の (2) に示しておきます。

電子の磁気モーメント:

木下の計算値:
1.00115965246 ± 0.00000000020

最良の実験値:
1.00115965221 ± 0.00000000003 (2)

この "Schwinger" は、勿論、朝永振一郎やファインマンと同時にノーベル物理学賞 --Nobel laureates in Physics-- (1965年) を受賞した Julian Schwinger のことだが、ここで言及されているのは彼の 1948年における論文 "On Quantum-Electrodynamics and the Magnetic Moment of the Electron" (Phys. Rev. 73, 416 - 417 [1948]) を指しているのだろう。

この "Kinoshita" は「木下東一郎」のこと。

本稿に就いては、以下で、やや補足説明する。

参考: ちくま学芸文庫「素粒子と物理法則」p.96の1-7行
p.97の脚註では、木下のその後の計算の結果が紹介されており、木下と仁尾の論文 "Improved α4 Term of the Electron Anomalous Magnetic Moment" (Phys.Rev. D73 (2006) 013003 arXiv:hep-ph/0507249) が引用されている (「訳注」内で、"Niho" とあるのは --Nio-- の誤り)。

Steven Weinberg "Towards the Final Laws of Physics"
p.100 Fig.4

第100ページの図4には、下のような感じの図が示されて

Interaction of two closed strings

次のようなキャプションが付けられている:

Fig.4 A string intersection involving the emission and reabsorption of a massless spin-two particle.
--"Elementary Particles and the Laws of Physics" p.100 Fig. 4
図4 質量ゼロ・スピン2の粒子の放出と再吸収とに関るストリングの交差

私は「弦理論/ひも理論」には全く無知だが、このキャプションには首を傾げてしまった。この図のように時間が左から右に流れているなら、この図は、粒子の「放出と再吸収」ではなく「吸収と再放出」に対応するような気がする。と言うか、むしろ、2つの閉ストリング (代表的には、質量ゼロ・スピン2の粒子である重力子/graviton) の相互作用を表わす worldsheet とでも説明した方が良いのではないか。(ファインマン図と同様、相互作用の高次の成分に対応する worldsheet も存在する訣だが、ここではそちらの方には立ち入らない)。

参考: ちくま学芸文庫「素粒子と物理法則」p.111 図4

Schwinger と木下東一郎の業績に付いて補足する。

しかし、まずは時間を巻き戻して、前期量子論から説明すると、そこでは、原子核の周りを電子が廻ると云う描像のもとで、電子の配置が量子化されて、当初の議論の段階では、電子の運動エネルギーに対応する主量子数と、電子の軌道運動の角運動量に対応する方位量子数及び磁気量子数とが導き出された (主量子数 n は自然数。方位量子数 ln 未満の非負整数、磁気量子数は、-l から +l までの整数)。ここで、方位量子数は、軌道角運動量全体の大きさ L に対応するのに対し (L = \sqrt{l(l+1)})、磁気量子数 m_\psi は、短絡的に表現するなら、原子が磁場内に置かれた際の、電子の軌道角運動量の磁場方向成分 (描像的には、磁場方向を中心軸とする電子の回転運動の角運動量) であって、磁場内を運動する荷電粒子としての電子の磁気モーメントを \frac{e\hbar}{2m_e}\cdot m_\psi と云う式で規定する値であった (ここで e は電気素量、m_e は電子の静止質量。なお、この式は SI 単位系による --具体的な値は、9.274 \times 10^{-24} J\cdot T^{-1}--。 ちなみに、cgs単位系では、分母に真空中の光速度 c が入る)。この \frac{e\hbar}{2m_e}ボーア磁子と呼ばれ、\mu_B などと記される。

前期量子論における、こうした「原子核の周囲を廻る電子の軌道」と云う描像は、その後確立されたコペンハーゲン教理では排斥されたが、勿論歴史的には十分意味がある。

さて、アルカリ金属原子の光学スペクトル線の予期せぬ二重項 (異常ゼーマン効果) に対する解釈を契機としてヴォルフガング・パウリが、電子に、当時知れられていなかった自由度が存在することを予想し、そしてそれに関連して、後年彼の名を冠せられて呼ばれるようになった排他原理を提唱 (1925年) したことが、電子の磁気モーメントに2種類の変異をもたらす内的自由度としてのスピンの概念に結実した訣だが、そのスピンは角運動量としての実在を持っていた。そして、スピンがゼロであると言う場合を含めると、スピンは、電子以外でもあっても、全ての素粒子が備える本質的な量子条件であることが分かっていく。(所謂、「シュテルン-ゲルラッハの実験」は、当初、スピンとの関係が認識されていなかった。)

電子のスピンと、その磁気モーメントを解明したのはディラックだった。彼は、電子に付いてのシュレディンガーの波動方程式を特殊相対論を満たすよう変形するなら、自然に電子が \frac{1}{2}\hbar (又は -\frac{1}{2}\hbar)) のスピン角運動量と、それに対応する磁気モーメント -\mu_B (又は \mu_B) を有することを示したのだ (岩波書店[ディラック 量子力學 原書第4版]第357ページ9-11行を参照)。ここで、注意すべきなのは、スピン各運動による磁気モーメントは、軌道角運動量から類推される量 (-\frac{1}{2}\mu_B/\frac{1}{2}\mu_B) の2倍になっていることである。

量子化された角運動量 P\hbar と、それに対応する磁気モーメント \mu があるとき、\mu\mu_B\cdot P の何倍かを表わす係数を g 因子 と呼んで、g で表わすことが多いが (つまり \mu = g\cdot\mu_B\cdot P. ただし、電子スピンの場合は、右辺にマイナス記号が付けられる)、ディラックは電子のスピン角運動量については g = 2 であると結論したのである。そして、これは実験と一致するように見えた。これに就いては、岩波書店[ディラック 量子力學 原書第4版]第356ページ2-3行に「この磁氣能率は...實驗と一致している」(This magnetic moment is ... in agreement with experiment.) ) とあることから、当時の認識の一端を伺える。

しかし、詳しい実験の結果、電子の g 因子は 2 から僅かにズレいてることが判明した (P. Kusch 及び H. M. Foley "Precision Measurement of the Ratio of the Atomic `g Values' in the 2P3/2 and 2P1/2 States of Gallium" Phys. Rev. 72, 1256 [1947] では \frac{(g-2)}{2} = 0.00115。 なお、P. Kusch 及び H. M. Foley "The Magnetic Moment of the Electron" Phys. Rev. 74, 250 - 263 [1948] も参照。そこでは \frac{(g-2)}{2} = 0.00119 とされた)。

1-loop Feynman diagram of magnetic moment of electron

このズレが、電子が光子を放出した後、それを吸収することよる効果だと見抜いたシュインガーは、"On Quantum-Electrodynamics and the Magnetic Moment of the Electron" (Phys. Rev. 73, 416 - 417 [1948]) で、ハミルトニアンに付加項を加えて、その補正値 \frac{(g-2)}{2} を、cgs 単位系で表わすと \frac{e^2}{2\pi \hbar c} となると導き、その値 0.001162 と算出して、実験結果を説明することに成功する (計算の際に現れる発散は「繰り込まれた」)。ディラックが産んだ量子電磁力学の卵を、シュインガーが孵した、と謂ったところか (量子電磁力学の成立には、ファインマンや朝永振一郎の功績があったことも忘れてはならないのは勿論だが...)。

なお、この補正値 \frac{e^2}{2\pi \hbar c} は、cgs単位系で表わした微細構造定数 (fine-structure constant) \alpha = \frac{e^2}{\hbar c} (SI では \alpha = \frac{e^2}{4\pi\epsilon_0\hbar c}) を使って書き直すと \frac{\alpha}{2\pi} となる訣だが、シュインガーの墓碑 (マサチューセッツ州マウント・オーバーン墓地/Mount Auburn Cemetery) には、この記号が刻まれいてると云う。

Simplified Feynman Diagram for magnetic moment of electron

しかし、シュインガーの議論は、磁場ポテンシャルの影響を所与とした上での最も単純な摂動を計算したに留まるものだった。つまり、ファインマンの観点で言うなら、シュインガーの補正は、単ループのファインマン図 (右上図) 1個の寄与分を求めたに過ぎない。もっとも、異常磁気モーメントの値なので、運動量の大きさの変化 |p-p^\prime| 及び電子の運動方向の変化がゼロになる極限値を求めれば良く、従ってファインマン図を簡略化することができる(右図)。

式が共変的であることが解かり易いシュインガーのアプローチではあったが、具体的な計算には不向きで、これ以上のことは、実質上不可能だった (ここら辺のところは、ハイゼンベルク表示とシュレディンガー表示の関係と同じである)。

しかし、この摂動は、実際には、次のような微細構造定数の級数として表わされる。つまり、ヨリ高次の項が存在する。


\frac{g-2}{2} = 0.5\times\frac{\alpha}{\pi} - (0.328478...\times\frac{\alpha}{\pi}^2) + (1.181241...\times\frac{\alpha}{\pi}^3) - (1.9144...\times\frac{\alpha}{\pi}^4) + \cdotsa

そして、\alpha の1次の項の計算には1つのファインマン図で間に合うが、2次の項では7つ、3次の項では72個、4次の項では891個、5次の項では12672個と、必要なファインマン図の数は急上昇していき、それに伴った数値計算も、それ以上速さで膨大になっていく。「人力」の計算では、せいぜい2次の項までが限界だった。これに対し、木下はコンピュータを駆使して、3次及び4次の項の摂動計算を行なった。

例えば、木下は、1972年に、P. Cvitanovic と共同で、"Sixth-Order Radiative Corrections to the Electron Magnetic Moment" と云う論文を "Physical Review Letters" Nov. 27, 1972 に発表している (タイトル中の "Sixth-Order" は \alpha の次数としては3次に対応する)。

1981年時点の木下の結果に就いては、"Calculation of the Eighth order anomalous magnetic moment of the electron" (T. Kinoshita and W.B. Lindquist. Submitted to the Second International Conference on Precision Measurement and Fundamental Constants, National Bureau of Standards, Gaithersburg, MD, 8-12 June, 1981) が参考になる。ワインバーグが引用している Kinoshita's calculation は、おそらく、この結果だろう。それは、実験値と小数点以下9桁までが一致するという驚くべきものだ。

しかし、木下は、さらに計算を進めて、2005年には理化学研究所の仁尾真紀子との共同論文 "Improved α4 Term of the Electron Anomalous Magnetic Moment" (Jul 2005. Phys. Rev. D73:013003, 2006. e-Print: hep-ph/0507249) を、翌2006年には、仁尾の他に、 ハーバード大学の研究者 (G. Gabrielse, D. Hanneke, B. Odom) も加えて "New Determination of the Fine Structure Constant from the Electron g Value and QED" (Phys. Rev. Lett. 97, 030802 (2006) [4 pages]) を発表する。この成果は、アメリカ物理学協会 (American Institute of Physics/AIP) の2006年度 "The Physics Story of the Year of 2006" に選ばれたのだった。

ただし、「2007年8月22日付けの理化学研究所プレスリリース: 電子の磁石の強さを1兆分の1の精度まで計算」によれば、理研・名古屋大学・米国コーネル大学の共同開発チーム (仁尾 真紀子その他) は、木下が開発した摂動計算の手法をコンピュータによる完全自動化することに成功し、木下・仁尾が2005年に発表した4次の項の計算を追試した所、そのプログラム20万行中の6行に誤りがあり、計算値を訂正する必要があることが分かったという。

なお、最近の木下の姿が、2008年4月9日[木曜]朝日新聞夕刊(東京本社3版)第1面掲載の「素粒子の狩人」第4回に報じられている。

    次の文書も参考にされたい:
  1. M. Nio (RIKEN) "Automated Calculation Scheme for αn Contributions of QED to Lepton g-2: Diagrams without Lepton Loops" Feb. 7, 2006 KEK大型シミュレーション研究ワークショップ「超高速計算機が切り開く計算物理学の展望」
  2. M. Nio (RIKEN) 「レプトンg-2のQED高次補正」December 1-2, 2008 「計算科学による素粒子・原子核・宇宙の融合」筑波大学
  3. G. Gabrielse, D. Hanneke, T. Kinoshita, M. Nio, and B. Odom. "New Determination of the Fine Structure Constant from the Electron g Value and QED" Phys. Rev. Lett. 97, 030802 (2006) [4 pages]
  4. T. Aoyama, M. Hayakawa, T. Kinoshita, M. Nio "Revised value of the eighth-order QED contribution to the anomalous magnetic moment of the electron" arXiv:[hep-ph]0712.2607v2

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2009年3月21日 (土)

メモ: 岩波書店 [ディラック 量子力學 原書第4版] の誤植及び微妙訳

私が ディラック (Paul Adrien Maurice Dirac) の名前を初めて聞いたのは、たしか中学生だったか小学生の時だったと思う。物理学の啓蒙書ででも聞きかじったのだろう (ガモフのトムキンス物--「不思議の国のトムキンス」とか--など読み散らしていたのだ)。物理学的内容など分かる訣もなく (これは確かに小学生の時だが、友達に「E = mc^2 って知ってる?」と聞かれてヘドモドした記憶がある)、「天才物理学者」達の逸話に無闇と興奮していただけだった。

その中でも、ディラックの逸話は印象的だった。例えば、ある婦人 (今、ネットで調べてみたら、ロシアの実験物理学者ピョートル・カピッツァ --Пётр Леонидович Капица-- の2度目の夫人 Анна Алексеевна らしい。ウェブページ "Paul Dirac" 参照) が、編み物をしているのを見て、数学 (位相幾何) 的に言って、その編み方とは別の編み方が可能だと気付き、それをそのご婦人に説明した所、彼女に、それは昔から良く知られていて「裏編み」と呼ばれていると言われてしまった。。。(つまり、彼女は「表編み」をしていた訣です。)

大学に入ってから、教養学部の、物理や化学の参考書として「ディラック」に再び出会う訣だが、読んでみると、何とも咀嚼しづらかった。これは、勿論私が「劣等生」だったと云うこともあるだろう。何しろ、化学の、分子軌道か何かの授業中に、講師が「 "self consitent theory" は通常『自己無道着理論』と呼ばれるが、『自己満足の理論』とも呼ばれる」と云うジョークを飛ばしたのだが、化学の授業で覚えたは、そのことだけだったりするのだ。

しかし、咀嚼しづらかった別の理由の一つは、当時既に、内容が微妙に陳腐化していたせいもあったろうが (なにしろ「量子力学」ではなくて「量子力學」だからね。ただ、ディラックの名誉のために付言するなら、「量子力學」の内容あるいは表現が陳腐化したのは、ディラック自身の偉業の結果だった。彼の量子電磁気学 (Quantum Electrodynamics/QED) は、現在爆発的成長を遂げた場の量子論の鏑矢となったし、超関数論成立の主要動機の一つは、当初数学的に厳密な根拠が与えられていなかったディラックのデルタ関数の合理化だった)、やはり、大きかったのは、量子力学そのものの「分かりにくさ」(と、当然、私の頭の悪さ) だったろう。

量子論の認識論的な「異常性」はさておき (いや、実は「さておき」ではない筈なのだが、ここでは兎に角「さておき」)、何と言うか「結果オーライ」的な「論理」の進展に私は付いて行けなかったのだ。

「こんなことをしてどうして間違えないでいられるのだろう」と立ちすくむ凡人の呟きを余所に、天才は量子の世界を疾走する。

そう云う訣で、「量子力學」に挫折したのだが、それがずっと心に残っていて (まぁ、「虎馬」と云うヤツだな)、時々思い出す度に「そのうち、また挑戦してみよう」と云う呪文で、記憶の亡霊を封印してきたのだ。

しかし、最近アハラノフ・ボーム効果に就いて少し勉強した ([nouse: アハラノフ・ボーム効果とその実証実験 (本ブログ「サニャック効果」関連記事の余談として)] 参照) ついでに、意を決して「量子力學」も強引に通読してみた (ただし「附録 近似的な解き方」は、読んでいない。また、「譯者の註」も必要に応じて参考しただけである)。

読後感は、「名著であることには異存はないのだけれども、やはり既に『歴史的文書』になっている」と云うものだった。

その際若干の誤植に気が付いた。そこで、以下、[ディラック 量子力學 原書第4版] (朝永振一郎・玉木英彦・木庭二郎・大塚益比古・伊藤大介共訳。岩波書店 1968年4月。ISBN-10: 4000061232 ISBN-13: 978-4000061230) の誤植に就いて纏めておく。利用したのは、私の手元にある第5刷 (1971年12月) である。ただし、単純に活字が欠落していることが明白であると思われるもの (「刷り」によって異なるだろうから、例になるかどうか分からないが、手元のものから挙げておくと p.160 の (29) 式で、指数関数の肩にかかっている式中の y が欠けていたり、p.235 の4行目の1つ目の \alpha に付くプライムは2つでなければならないのが1つになっていたりする) は、無視した。また、適宜、みすず書房刊のリプリント版原書 ("The Principles of Quantum Mechanics. 4th ed." ) を援用する。

併せて、「誤訳」と言えないまでも、翻訳として微妙な部分も纏めておいた。

一つ釈明しておくと、「誤植」・「微妙訳」の指摘と言っても、別に、原書全体と訳本を逐一対照させて検討した訣ではない。あくまでも、作業の基本は、訳本を読んでいて意味の通じないところと、そして、それに対して、私の一存で妥当と思われるような変更を並記しただけのことである。と云う訣で、見落とし・見損ないは当然あり得る。ただし、勿論、指摘した部分に就いて、原書の対応箇所に当たり「裏を取る」ぐらいのルーチンワークはしてある。その結果に就いては「備考」に記した。

岩波書店 [ディラック 量子力學 原書第4版] 正誤表
Chap.V-§31 p.165 l.14
\bra{a(q)\partialdiff{b(q)}{q_r}}\bra \bracket{{a(q)\partialdiff{b(q)}{q_r}}}
備考: 式 (41) の左辺の2番目のブラはケットにすべき。原書 p.123 l.19 from the bottom では正しく表記されている。
Chap.VI-§35 p.191 l.8 from the bottom
無限の回轉 無限小の回轉
備考: 原書 p.143, l.5 from the bottom では "infinitesimal ones". また訳文2行前では "infinitesimal rotations" の対応箇所が「無限小の回転」と訳されている。
Chap.VI-§41 p.222 l.4
\mathcal{H}_z + \hbar\sigma_z m_z + \hbar\sigma_z
備考: 原書 p.166 l.7 では正しく表記されている。
Chap.VII-§45 p.236 l.8 from the bottom
(3) (31)
備考: 式番号の間違い
Chap.VIII-§52 p.271 l.12
\absolutevalue{\bracketo{k}{V}{P^\prime\omega\chi d^\prime}} \absolutevalue{\bracketo{k}{V}{P^\prime\omega\chi\alpha^\prime}}
備考: 式(51) の最終辺の被積分関数中で \alphad と取り違えている。原書 p.203 l.10 では正しく表記されている。
Chap.VIII-§53 p.275 l.5 from the bottom
吸収の係數 (59) と, 放出の係數 (56) を 吸収の係數 (59) と放出の係數 (56) との積を
備考: 原書 p.206 ll.10-9 from the bottom では "the absorption coefficient (59) multiplied by the emission coefficient (56)" と、積を作ることが明示されている。
Chap.X-§60 p.311 l.5
\delta b_{x_r} \delta_{bx_{r}}
備考: 式 (27) 右辺中 \delta の後の b は、下付きの添字。原書 p.230 the bottom line では正しく表記されている。
Chap.X-§62 p.319 欄外
§61 §62
備考: 節番号の間違い。
Chap.XI-§69 p.352 l.3 from the bottom
-c\alpha_1 c\alpha_1
備考: マイナス記号は余計。原書 p.263 l.17 from the bottom では正しく表記されている。
Chap.XI-§69 p.353 l.5
\hbar/2mc^2 h/2mc^2
備考: \hbarh の誤り。原書 p.263 l.10 from the bottom では正しく表記されている。訳書の前2行の2か所で h であることにも注意。
Chap.XI-§73 p.364 l.4
\frac{H^\prime}{mc^2} = \left(1 + \frac{\alpha^2}{s_2}\right)^{-\frac{1}{2}} \frac{H^\prime}{mc^2} = \left(1 + \frac{\alpha^2}{s^2}\right)^{-\frac{1}{2}}
備考: s にかかる添字 2 は、下付きではなく上付き。原書 p.272 l.5 では正しく表記されている。
Chap.XI-§73 p.364 ll.5-4 from the bottom
この場合には, c_s の係數に a を掛け {c^\prime}_s の係數に a_2 を掛けて加え合わせると, この場合には, c_s の係數に a_1 を掛け {c^\prime}_s の係數に a を掛けて加え合わせると,
備考: 原書 p.272 では the first coefficient (c_s) と the second coefficient ({c^\prime}_s) に就いて "In this case we get, multiplying the first coefficient by a_1 and the second by a and adding," (ll.10-9 from the bottom) と正しく表記されている。
Chap.XII-§76 p.382 l.6 from the bottom
-(8\pi)^{-1}\mathcal{A}_r\mathcal{A}^{ss}_rd^3\mathbf{x} -(8\pi)^{-1}\int\mathcal{A}_r\mathcal{A}^{ss}_rd^3\mathbf{x}
備考: 式左辺で積分記号が抜けている。原書 p.287 l.4 では正しく表記されている。ちなみに、原書では \mathbf{x} はボールド体ではなくナミ字。他にも同様な箇所がある。少なくともこの本の範囲内では、趣味とか習慣の問題 (ともに大変重要な要素だが) であって、どちらが正しいと云うわけあいのものでもあるまい。
Chap.XII-§76 p.383 l.3
H_{FL}\!\! =\! (8\pi)^{-1}\!\!\int\!\{(U\!-\!A_0)^r(U\!+\!A_0)^r\! + (V^{rr}\!\!-\!B_0)(V^{ss}\!\!+\!B_0)\}d^3\mathbf{x}
備考: この式には、番号 (49) を付けねばならない。原書 p.287 l.12 では正しく表記されている。ちなみに、原書では \mathbf{x} はボールド体ではなくナミ字。
Chap.XII-§77 p.388 ll.13-14
光子の各状態あたり半エネルギー量子よりなる無限大の數項 光子の各状態あたり半エネルギー量子づつが寄与してなる無限大の項
備考: 原書 p.291 ll.2-1 from the bottom の "an infinite numerical term, consisting of a half-quantum of energy for each photon state." を参照。訳書のままだと、「項」が複数あるように見える。しかし、「無限大の數の項」とすると、日本語としてこなれない。ここは "numerical" を敢えて訳す必要はないだろう。
Chap.XII-§78 p.389 l.4 from the bottom
第2量子化によって, \psi は §65 の \bar{\eta} のように 第2量子化によって, \psi 等は §65 の \bar{\eta} 等のように
備考: この文章の内容には \psi, \bar{\psi}, \eta, \bar{\eta} と複数種類の関数が関わるので、そのことを明示的に示すよう「等」を付け加える必要がある。原書 p.293 ll.3-4 でも "The second quantization makes the \psi's into operators like the \bar{\eta}'s of §65," と複数形になっている。
Chap.XII-§78 p.395 ll.13-21
下記参照
Chap.XII-§79 p.399 ll.11-12
\begin{eqnarray*}&&[\kappa(\mathbf{x},x^\ast_0),\ \lambda(\mathbf{x}^\prime,x^\ast_0)] = [\kappa(\mathbf{x},x_0)+\epsilon v_r x_r[\kappa_{\mathbf{x}},H],\ \lambda(\mathbf{x}^\prime,x_0)+\epsilon v_s x^\prime_s[\lambda_{\mathbf{x}^\prime},H]] \\&&\quad =[\kappa(\mathbf{x},x_0),\ \lambda(\mathbf{x}^\prime,x_0)] + \epsilon v_s x^\prime_s[\kappa_{\mathbf{x}}, [\lambda_{\mathbf{x}^\prime},H]] + \epsilon v_r x_r[[\kappa_{\mathbf{x}},H], \lambda_{\mathbf{x}^\prime}]end{eqnarray*}
備考: 式 (103) の前半部分 (この引用ではスペースが少ないため折り畳んであるが、訳書ではもともとは2行に書かれいてる)。実は、数式としては誤っていない。また、原書 (p.301 ll.2-4) とも一致する。それでも式の全体の流れの統一の観点から言ったら、添え字の s は、4箇所全て r に直した方が良いだろう。実際、反交換子関係に就いての対応する式 (104) では r で統一されている。
Chap.XII-§79 p.400 ll.6-7
我々は方方で \epsilon のべきまで式を計算し, \epsilon^2 は無視してきた. 上記 \epsilon の冪式として計算した箇所においては、\epsilon^2 の項は無視された。
備考: 原書 p.301 ll.8-7 from the bottom では "At several places we worked out expressions in powers of \epsilon and neglected \epsilon^2." ここで "several" は敢えて訳す必要はあるまい。訳すにしても、「方方」などとしてはいけない。
Chap.XII-§80 p.401 l.9 from the bottom
\psi_{a{\mathbf{x}}},\ j_{0{\mathbf{x}}}] [\psi_{a{\mathbf{x}}},\ j_{0{\mathbf{x}^\prime}}]
備考: 式 (109) の左辺。原書 (p.302 the bottom line) でも同じなのだが、1つ前の式を見れば分かるように、荷電密度の添字 \mathbf{x} にはプライムを付けて \mathbf{x}^\prime にする必要がある。
Chap.XII-§81 p.406 l.7
\zeta^\ast_{\mathbf{bp}+\mathbf{k}\hbar} \zeta^\ast_{b\mathbf{p}+\mathbf{k}\hbar}
備考: 式 (120) での被積分関数中の \zeta^\ast の添え字でボールド体の \mathbf{b} は、ナミ字の b にする必要がある。原書 (p.306 l.4 from the bottom) では正しく表記されている。

[量子力學] の翻訳は、「意味を取る」と云う観点からだけ見るなら、概ね出来の良いものだ。ただ、(僅かな比較だけから判断してもうしわけないが) 訳者たちには、原文の「雰囲気」とか「ニュアンス」とかを伝えると云う努力はしなかったようだ。[量子力學]の訳文からは、訳者たちが行なったのは、原文を、単文に分解して、それぞれを直訳した後、英文を参照にしつつも、結局は和文の文脈の中で、適宜、論理的・物理的整合性に従って、訳文の文章を再構成していったと云う印象を受ける。そして、実を言うと、それで良かったので、ディラックの文章そのものが文飾に凝ったと云った類いのものではない。勿論、如何なる文章もその文化・歴史的背景を背負っているから、作者の意図に関わらず「雰囲気/ニュアンス」は発生する。しかし、ザッと見た限りでは、ディラックの文章には、「雰囲気/ニュアンス」が重要な意味を担うと云ったことはありそうもない。実際、彼自身は逸話の多い人で、そういった意味では、文学的対象になりうるのだが、その一方で、彼は文学的営為とは無縁であったらしいことが、その逸話自体から伺える (彼は、詩を書いていると云うオッペンハイマー (J. Robert Oppenheimer) に向かってこう言っている, "I do not see how a man can work on the frontiers of physics and write a poetry at the same time." 「物理学の最前線で活動する一方で、同時に詩を書けるなんて、僕には訣が分らない」)。

だから [量子力學] を「名訳」と呼ぶのは「贔屓の引き倒し」になりかねないにしても、「誤訳」らしい「誤訳」がほぼない (らしい) ことだけでも、十分優れていると言って良い。これは、訳者たちが、内容をしっかり理解していて、英文として日本語にしづらいところは、穏当な「意訳」をすることができたからだ。私が [量子力學] を読んでいて、「こう云う日本語になる英文ってあるのだろうか?」と感じて、原文を当たった所、確かに (少なくとも翻訳の非専門家にとっては) ヤヤ訳しづらいところだったと云うことが数度あった。と言うか、ある意味、[量子力學]全体が「穏当な意訳」からなっているとも言えるかもしれない。

しかし、残念ながら第 XII 章の翻訳品質は、若干落ちる。何か、翻訳に不慣れな人が訳した趣きがあるのだ。それは、自分の英文理解に自信がなく、「手探り」のまま訳しているとでも形容したら良いのかもしれない。。

例えば、XII-§78/p.394 ll.14-19 (原書 p.296 the bottom line - p.297 l.5) の反交換関係が満たすべき性質の箇条書きで "it" を「それ」と訳してしまっているため、日本語としてこなれていないが、ここは、すべて「反交換関係」を使うところだろう。

あるいはまた、XII-§76/p.380 ll.11 and 16 (原書 p.285 ll.14 and 20) で、原文の「波長が零でない波」は、「波数が零でない波」の思い違いだろうと云う正しい指摘を訳者は「譯者の註」(p.465) でしているにも関わらず、訳文では「波長」を温存しているのは、訳者が自分の物理学理解に自信がないためではなく、英語理解に自信がないことのあらわれと見てよい (もっとも「譯者の註」での説明は、大袈裟のような気がするが)。

そうした「不慣れな訳文」の中で、私が一番違和感を覚えたのは XII-§78/p.395 ll.13-21 (原書 p.297 l.8 from the bottom - p.298 l.2) だ。原文と対応させてみると、間違っているのではないのだが、もっと「普通の日本語」に訳せるだろうと云う気になる。これは、ヤヤ長いので、上記の表には纏めず、以下に、その概要を示すことにした。

まず、原文を示す:

Thus (l^\mu\alpha_\mu + S\alpha_m)_{ab}K_{ba}(x, x^\prime) (87)
should be invariant with K_{ab}(x, x^\prime) given by (85), and its invariance would be sufficient to ensure the invariance of the anticommutation relations. We get for (87)

<br />
\begin{eqnarray*}<br />
&&h^{-3}\!\!\int\Sigma\!\frac{1}{2}(l^\mu\alpha_\mu\! +\! S\alpha_m)_{ab}(p_0\! +\! \alpha_rp_r\! +\! \alpha_mm)_{ba}e^{-i(x-x^\prime)\cdot p/\hbar}p^{-1}_0d^3p \\<br />
&&\quad = h^{-3}\!\!\int\!\Sigma\frac{1}{2}\{(l_0\! -\! l_s\alpha_s\! +\! S\alpha_m)(p_0\! +\! \alpha_rp_r\! +\! \alpha_mm)\}_{aa}e^{-i(x-x^\prime)\cdot p/\hbar}p^{-1}_0d^3p \\<br />
&&\quad = h^{-3}\!\!\int\!\Sigma{2}(l_0p_0\! -\! l_rp_r\! +\! Sm)e^{-i(x-x^\prime)\cdot p/\hbar}p^{-1}_0d^3p. \qquad \qquad \qquad (88)<br />
\end{eqnarray*}<br />

This is Lorentz invariant because the differential element p^{-1}_0d^3\mathbf{p} is Lorentz invariant.
--P.A.M. Dirac "The Principles of Quantum Mechanics" 4th ed. Oxford University Prerss (1958) pp.297-298 (XII-§78)

これに対する [量子力學] の訳文は:

從って (85) で與えられる K_{ab}(x, x^\prime) について

(l^\mu\alpha_\mu + S\alpha_m)_{ab}K_{ba}(x, x^\prime) (87)

が不變でなければならない。そして、これが不變であることが、反交換關係の不變性を保証するのに十分である. (87) として,

<br />
\begin{eqnarray*}<br />
&&h^{-3}\!\!\int\!\Sigma\frac{1}{2}(l^\mu\alpha_\mu\! +\! S\alpha_m)_{ab}(p_0\! +\! \alpha_rp_r\! +\! \alpha_mm)_{ba}e^{-i(x-x^\prime)\cdot p/\hbar}p^{-1}_0d^3\mathbf{p} \\<br />
&&\quad = h^{-3}\!\!\int\!\Sigma\frac{1}{2}\{(l_0\! -\! l_s\alpha_s\! +\! S\alpha_m)(p_0\! +\! \alpha_rp_r\! +\! \alpha_mm)\}_{aa}e^{-i(x-x^\prime)\cdot p/\hbar}p^{-1}_0d^3\mathbf{p} \\<br />
&&\quad = h^{-3}\!\!\int\!\Sigma{2}(l_0p_0\! -\! l_rp_r\! +\! Sm)e^{-i(x-x^\prime)\cdot p/\hbar}p^{-1}_0d^3\mathbf{p}. \qquad \qquad \qquad (88)<br />
\end{eqnarray*}<br />

が得られる. 微分要素 p^{-1}_0d^3\mathbf{p} がローレンツ不變であるから、この式はローレンツ不變である。
--P.A.M. ディラック [ディラック 量子力學 第4版] 東京 岩波書店 (1968) 朝永振一郎・玉木英彦・木庭二郎・大塚益比古・伊藤大介共訳 p.395 ll.13-21 (第XII章第78節)

こまかい翻訳技量の難点をイチイチあげつらっても仕方がないので、私なりの訳文を示すだけにしておく:

と云う訣で (85) で表わされる K_{ab}(x, x^\prime)

(l^\mu\alpha_\mu + S\alpha_m)_{ab}K_{ba}(x, x^\prime) (87)

とは、不変量であるか否かが一致することなる。従って、反交換関係の不変性を証明するには (87) の不変性を証明しさえすれば良い。そこで (87) を計算すると

<br />
\begin{eqnarray*}<br />
&&h^{-3}\!\!\int\!\Sigma\frac{1}{2}(l^\mu\alpha_\mu\! +\! S\alpha_m)_{ab}(p_0\! +\! \alpha_rp_r\! +\! \alpha_mm)_{ba}e^{-i(x-x^\prime)\cdot p/\hbar}p^{-1}_0d^3\mathbf{p} \\<br />
&&\quad = h^{-3}\!\!\int\!\Sigma\frac{1}{2}\{(l_0\! -\! l_s\alpha_s\! +\! S\alpha_m)(p_0\! +\! \alpha_rp_r\! +\! \alpha_mm)\}_{aa}e^{-i(x-x^\prime)\cdot p/\hbar}p^{-1}_0d^3\mathbf{p} \\<br />
&&\quad = h^{-3}\!\!\int\!\Sigma{2}(l_0p_0\! -\! l_rp_r\! +\! Sm)e^{-i(x-x^\prime)\cdot p/\hbar}p^{-1}_0d^3\mathbf{p}. \qquad \qquad \qquad (88)<br />
\end{eqnarray*}<br />

が得られるが、微分要素 p^{-1}_0d^3\mathbf{p} はローレンツ不変であるから、この式もローレンツ不変である。


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2009年3月 8日 (日)

1926年のシュレディンガー論文 "Quantisierung als Eigenwertproblem" (固有値問題としての量子化) に就いて: ファインマンの言及箇所探し

[nouse: アハラノフ・ボーム効果とその実証実験 (本ブログ「サニャック効果」関連記事の余談として)] (2009年3月1日[日]) で引用したリチャード・ファインマン (Richard Feynman) の物理学教科書 "The Feynman Lectures on Physics" の一節の冒頭に "The theory we have described was known from the beginning of quantum mechanics in 1926. The fact that the vector potential appears in the wave equation of quantum mechanics (called the Schrödinger equation) was obvious from the day it was written." 「上記に説明した理論は、量子力学の創成当初である1926年以来分っていたのだ。量子力学の波動方程式 (シュレディンガー方程式) が書き表されたその日から、そこには、明白な事実としてにベクトルポテンシャルが現れていた。」 とあるが、この「1926年 」とは、勿論、Erwin Schrödinger (エルヴィン・シュレディンガー) が、量子力学史上重要な "Quantisierung als Eigenwertproblem" (固有値問題としての量子化) 4部作を発表した年である (「重要な」などと書いたが、私はろくに読んだことはない):

  1. "Quantisierung als Eigenwertproblem (Erste Mitteilung)" Annalen der Physik, (4), 79, (1926), 361-376
  2. "Quantisierung als Eigenwertproblem (Zweite Mitteilung)" Annalen der Physik, (4), 79, (1926), 489-527
  3. "Quantisierung als Eigenwertproblem (Dritte Mitteilung: Störungstheorie, mit Anwendung auf den Starkeffekt der Balmerlinien)" Annalen der Physik, (4), 80, (1926), 437-490
  4. "Quantisierung als Eigenwertproblem (Vierte Mitteilung)" Annalen der Physik, (4), 81, (1926), 109-139

因みに、シュレディンガーは、第2論文と第3論文との間に、これもまた「重要な」"Über das Verhältnis der Heisenberg-Born-Jordanschen Quantenmechanik zu der meinen" (Annalen der Physik, (4), 79, (1926), 734-756) (ハイゼンベルクボルンヨルダンの量子力学の私の量子力学に対する関係に就いて) を発表している。

で、ファインマンが言及している、1926年に書かれたベクトル・ポテンシャルを含む波動方程式のことなのだが、やはり「固有値問題としての量子化」4部作中に含まれていると考えるべきだろう。そして、ザッと眺めたところ、ハミルトニアンから波動方程式を導いて、更に、それをクーロン・ポテンシャルでの2体問題 (ケプラー問題) に適用しているらしい第1論文や、作用関数やホイヘンスの原理から波動方程式を論じて、更に、ケプラー問題以外の例として、磁場の非存在下 (第514ページ) での1次元調和振動子等の簡単な系の量子化を扱っているらしい第2論文中には現れるとは思えない。

これに対して摂動論を扱っている第3論文には、期待が持てそうだと、所々を覗いてみたのだが、結局、スカラーポテンシャルについて、次の記述が見つかっただけだった:

Indem wir der Wellengleichung des Keplerproblems, Gleichung (5), S. 362, Bd. 79 dieser Annalen, eine potentielle Energie +eFz hinzufügen, wie es der Einwirkung eines elektrischen Felds in der positiven z-Richtung von des Stärke F auf ein negatives Elektron vom Ladungsbetrag e entspricht, erhalten wir folgende Wellengleichung für den Starkeffekt des Wasserstoffatoms

(32) \Delta\psi + \frac{8\pi^2m}{h^2}\left(E + \frac{e^2}{r} - eFz\right)\psi = 0

welche die Grundlage des restlichen Teiles dieser Abhandlung bildet.
--"Quantisierung als Eigenwertproblem (Dritte Mitteilung)" II. 3 ("Annalen der Physik" Vierte Folge, Band 80, S. 457)

本紀要第79巻第362ページの式 (5) として示されたケプラー問題の波動方程式に、強さ Fz 軸正方向に向かう電場による、電荷 e の負である電子への作用に相当するポテンシャル・エネルギー +eFz を付け加えることで、以後の議論の基礎となる水素原子のスタルク効果に対する次の波動方程式が得られる

(32) \Delta\psi + \frac{8\pi^2m}{h^2}\left(E + \frac{e^2}{r} - eFz\right)\psi = 0

--「固有値問題としての量子化 第3部」第2章/第3節 (「物理学紀要」第80巻第4号第457ページ)

    訳註:
  1. シュレディンガーが "ein negatives Elektron vom Ladungsbetrag e" と云う持って回った言い方をしているので「電荷 e の負である電子」と訳してあるが (言うまでもないが、この論文時点で、陽電子は発見は勿論、少なくとも一般的には、予想もされていない。従って、シュレディンガーは、「陽電子」との区別のために "negative" と云う限定を入れたのではない)、「負電荷 -e の電子」と云うことだろう。

しかし、ファインマンはハッキリ「ベクトル・ポテンシャル」と書いているから、彼が言及しているのは第4論文の次のような箇所だったのだろう (第4論文も摂動を扱っている。ただし、第3論文は時間に依存しない系が主題であるのに対し、第4論文は時間に依存する系が主題である)。

Die Hamiltonsche partielle Differentialgleichung für das Lorentzsche Eelektron läßt sich leicht in folgende Gestalt setzen

(34) <br />
\begin{equation*}<br />
\left\{<br />
\begin{split}<br />
\Bigl(\frac{1}{c}\partialdiff{W}{t} + \frac{e}{c}V\Bigr) &- \Bigl(\partialdiff{W}{x} - \frac{e}{c}\mathfrak{A}_x\Bigr) - \Bigl(\partialdiff{W}{y} - \frac{e}{c}\mathfrak{A}_y\Bigr)  \\<br />
 &- \Bigl(\partialdiff{W}{z} - \frac{e}{c}\mathfrak{A}_z\Bigr) - m^2c^2 = 0 <br />
\end{split}<br />
\right.<br />
\end{equation*}<br />

Hier sind e, m, c Ladung, Masse des Elektrons und Lichtgeschwindigkeit; V, \mathfrak{A} sind die elektromagnetischen Potentiale das äußeren elektromagnetischen Feldes am Elektronenort. W ist die Wirkungsfunktion.

Aus der klassischen (relativistischen) Gleichung (34) suche ich nun die Wellengleichung für das Elektron abzuleiten durch folgendes rein formale Verfahren, welches, wie man leicht überlegt, auf die Gleichungen (4'') führen würde, wenn es auf die Hamiltonsche Gleichung eines in beliebigem Kraftfeld bewegten Massenpunktes der gewöhnlichen (nichtrelativischen) Mechanik angewendet wird. -- Ich ersetze in (34) nachdem Ausquadrieren die Größen

(35) <br />
\begin{equation*}<br />
\left\{<br />
\begin{split}<br />
&\hspace{10mm} \partialdiff{W}{t}, \quad \partialdiff{W}{x}, \quad \partialdiff{W}{y}, \quad \partialdiff{W}{z}, \quad \\<br />
&\mathrm{bezw. \ durch \ die} \ \mathit{Operatoren} \\<br />
&\pm \frac{h}{2\pi i}\partialdiff{}{t}, \quad \pm \frac{h}{2\pi i}\partialdiff{}{x}, \quad \pm \frac{h}{2\pi i}\partialdiff{}{y}, \quad \pm \frac{h}{2\pi i}\partialdiff{}{z} \mbox{.}<br />
\end{split}<br />
\right.<br />
\end{equation*}<br />

Den so erhaltenen linearen Doppeloperator, ausgeübt an einer Wellenfunktion \psi setze ich gleich Null:

(36) <br />
\begin{equation*}<br />
\left\{<br />
\begin{split}<br />
\Delta\psi - \frac{1}{c^2}\partialdiffsecond{\psi}{t} \mp \frac{4\pi ie}{hc}\Bigr( \frac{V}{c}\partialdiff{\psi}{t} + \mathfrak{A}\,\grad{\psi} \Bigl) \\<br />
\hspace{10mm} + \frac{4\pi^2e^2}{h^2c^2} \Bigr( V^2 - \mathfrak{A}^2 - \frac{m^2c^4}{e^2} \Bigl)\psi = 0 \mbox{.}<br />
\end{split}<br />
\right.<br />
\end{equation*}<br />

(Die Zeichen \Delta und \mathrm{grad} haben hier die elementare dreidimensionaleuklidische Bedeutung.) Das Gleichungspaar (36) wäre die vermutete relativistisch-magnetische Verallgemeinerung von (4'') für den Fall eines einzigen Elektrons und zwar wäre es ebenfalls in dem Sinne zu verstehen, daß die komplexe Wellenfunktion entweder der einen oder der anderen Gleichung zu genügen hat.
--"Quantisierung als Eigenwertproblem (Vierte Mitteilung)" ("Annalen der Physik" Vierte Folge, Band 81, SS. 133-134)

ローレンツ電子に就いてのハミルトン偏微分方程式は、容易に次の形式に表わすことができる:

(34) <br />
\begin{equation*}<br />
\left\{<br />
\begin{split}<br />
\Bigl(\frac{1}{c}\partialdiff{W}{t} + \frac{e}{c}V\Bigr) &- \Bigl(\partialdiff{W}{x} - \frac{e}{c}\mathfrak{A}_x\Bigr) - \Bigl(\partialdiff{W}{y} - \frac{e}{c}\mathfrak{A}_y\Bigr)  \\<br />
 &- \Bigl(\partialdiff{W}{z} - \frac{e}{c}\mathfrak{A}_z\Bigr) - m^2c^2 = 0 <br />
\end{split}<br />
\right.<br />
\end{equation*}<br />

ここで e, m, c は、電子の電荷・質量と光速度であり、V, \mathfrak{A} は、電子の位置における、外部電磁場の電磁ポテンシャルであり、W は、作用関数である。

古典論的な (相対論的な) 方程式 (34) から、以下の純形式的な手続き (容易に分かるように、これを、任意の力場における通常の非相対論力学的な運動質点のハミルトン方程式に適用するなら方程式 (4') が得られる) により、電子の波動方程式を導き出してみよう。つまり (34) において、平方展開に、各項

(35) <br />
\begin{equation*}<br />
\left\{<br />
\begin{split}<br />
&\hspace{10mm} \partialdiff{W}{t}, \quad \partialdiff{W}{x}, \quad \partialdiff{W}{y}, \quad \partialdiff{W}{z}, \quad \\<br />
&\mbox{それぞれを、次の{\bf 作用素}} \\<br />
&\pm \frac{h}{2\pi i}\partialdiff{}{t}, \quad \pm \frac{h}{2\pi i}\partialdiff{}{x}, \quad \pm \frac{h}{2\pi i}\partialdiff{}{y}, \quad \pm \frac{h}{2\pi i}\partialdiff{}{z} \mbox{.}<br />
\end{split}<br />
\right.<br />
\end{equation*}<br />

に置換するのだ。こうして得られた線型2階作用素を、波動関数 \psi に適用したものをゼロに等しいとすると、次のようになる:

(36) <br />
\begin{equation*}<br />
\left\{<br />
\begin{split}<br />
\Delta\psi - \frac{1}{c^2}\partialdiffsecond{\psi}{t} \mp \frac{4\pi ie}{hc}\Bigr( \frac{V}{c}\partialdiff{\psi}{t} + \mathfrak{A}\,\grad{\psi} \Bigl) \\<br />
\hspace{10mm} + \frac{4\pi^2e^2}{h^2c^2} \Bigr( V^2 - \mathfrak{A}^2 - \frac{m^2c^4}{e^2} \Bigl)\psi = 0 \mbox{.}<br />
\end{split}<br />
\right.<br />
\end{equation*}<br />

(ここで、記号 \Delta 及び \mathrm{grad} は、初等的な3次元ユークリッド空間に対するものである)。対をなす方程式 (36) は、単一電子の場合に対する方程式 (4'') を相対論的磁場への一般化と措定して良いだろうが、このことの意味はつまり、複素波動関数は、上記方程式のどちらか一方を満足しなければならないと解釈されるべきだと云うことである。

--「固有値問題としての量子化 第部」第6節 (「物理学紀要」第81巻第4号第133-134ページ)

    訳註:
  1. やや余談に属するが、上記独文の翻訳には、主に小学館の [独和大辞典第2版 (コンパクト版)] を参考にしたが、そこには "Quantisierung" (量子化) と云う見出しが見られず、少々落胆した。まぁ、恐らくは、"Quantisierung" は、ブリティッシュ英語の動詞 "quantise" のドイツ語したものの更に派生名詞形と思われるから、と言うか、あるいは "quantisation" から直接造語したのかもしれないが、いずれにしろドイツ語にとっては「外来語」である可能性が大きいので、「ドイツ語」の辞典に収録するのに抵抗があるかもしれないことを認めるに吝かではない。しかし、逆に、だからこそ、利用者に一定の予備知識がないと、語義を推測しようがないことにも留意してほしかった。辞書への収録は、言葉の重要性との兼ね合いがあるのは、勿論だが、私に言わせれば "Quantisierung" は十分重要な単語である。
  2. "Ausquadrieren" も採録されていない。実は、この語義に就いては、私も若干不審なところがある。一応字面に合わせて「平方展開」と訳しておいたが、一般に「(式の) 展開」を意味する可能性が捨て切れない。
  3. 訳文中の式 (34) に就いて: 最近の Winshell は日本語に対応しているので、tex ファイル中に日本語が入っていても無事に dvi を作成出力する。しかし、そうした dvi ファイルを dvipng.exe で png 画像に変換しようとすると拒絶されてしまう。上記訳文中、式 (34) で使用した png ファイルは、モニター画面上に表示させた dvi 画像をキャプチャして png 形式で保存し、GIMP を使って、所要部分の切り取り、縮小、背景透明化を行なったものである。
  4. 一応、式の (4') がどのようなものか、下に紹介しておく:
    (4') \Bigr( \Delta - \frac{8\pi^2}{h^2}V + \frac{8\pi^2}{h^2}E \Big
l) \Bigr( \Delta - \frac{8\pi^2}{h^2}V - \frac{8\pi^2}{h^2}E \Bigl) \psi = 0

なお、私は未見だが (存在自体は承知していた)、以前共立出版から「シュレーディンガー選集」が出されたことがあって、その第1巻が [波動力学論文集] だった(1974年)。上記で引用した論文も、少なくとも一部は、当然収録されているだろう。

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2009年3月 1日 (日)

アハラノフ・ボーム効果とその実証実験 (本ブログ「サニャック効果」関連記事の余談として)

一般相対論の初歩的な議論で説明できるのにも関わらず、そして、少なくとも現状では一般相対論でしか正しい説明ができていないのにも関わらず、一部の人たちにサニャック効果の理解が進んでいないことの主たる理由は、恐らく、それが「主バンドルのホロノミー」であるためだろう。

[nouse: ホロノミー (holonomy) としてのサニャック効果 (Sagnac effect): 物理篇] (2008年11月8日[土]) の末尾でも触れたが、同じく、その本質が「主バンドルのホロノミー」である物理現象としてアハラノフ・ボーム効果 (Aharonov–Bohm effect) がある (「AB 効果」とも呼ばれる)。この効果も「一部の人たちに理解が進まなかった」。

アハラノフ・ボーム効果は、 Yakir Aharonov (ヤキール・アハラノフ) と David Bohm (デヴィッド・ボーム) が、1959年に、その効果を予言したものだが ("Significance of Electromagnetic Potentials in the Quantum Theory" Phys. Rev. 115, 485 - 491.) その後長い間、その妥当性に疑問が持たれ続けた (なお、実際にはアハラノフとボーム以前に、1949年の段階で Werner Ehrenberg と R.E. Siday とが同じことを既に予言していたと云う [W. Ehrenberg, R. E.Siday: "The Refractive Index in Electron Optics and the Principles of Dynamics"". Proc. Phys. Soc. (1949) B62: 8–21]。従って、この効果は、"Ehrenberg-Siday-Aharonov-Bohm effect" と呼ばれることもあるようだ)。

この記事は、最近図書館で見かけた「ゲージ場を見る―電子波が拓くミクロの世界」(外村彰/とのむらあきら。講談社ブルーバックス。東京講談社。ISBN-06-257162-5) を読んで知ったアハラノフ・ボーム効果実証に関わる逸話を紹介するためだけのものなので、効果の物理的内容に就いて深入りするつもりはないが、話の筋道上簡単に纏めておこう。

電磁気学における基本方程式であるマックスウェル方程式の説明に使われる、スカラーポテンシャルとベクトルポテンシャルは、マックスウェル自身は、その物理的な意義を信じていたようだが、その後、磁場や電場などと異なり大きな任意性がある (「計算の都合」で適当に変えられる) ことから、単なる数学的道具としてのみ見られるようになり、物理的実在性はないものと考えられるようになった。そして、マックスウェル方程式の表式からも隠されるようにな状態が長く続いた。しかし、アハラノフとボームは、量子力学に踏み込むなら、ある種の実験を行なうことで、ポテンシャルの方こそ物理学上基本的な概念であることを示せる筈であると予言し、それが後に実証されたのだった。

以下、ミンコフスキー空間の座標軸を、(x^0, x^1, x^2, x^3) で表わすことにする (ただし x^0 = ct である。x^1-軸、x^2-軸、x^3-軸 は、それぞれ、x-軸、y-軸、z-軸に対応させてある)。また、計量の符号系は [{+}{-}{-}{-}] とする。単位系は SI (になっていると思うが、控えめに MKSA 単位系と言っておいた方が良いかもしれない) である。

アハラノフ・ボーム効果は、スカラーポテンシャル \varphi (当然 1成分) から発生するものと、ベクトルポテンシャル \bm{A} (3次元空間に応じて 3成分) から発生するものの2種類があると云う説明がされることがあるが、これら 2つのポテンシャルは、合わさって相対論的な 4元反変ベクトル ({\varphi}/{c}, \bm{A}) (共変ベクトルとしては ({\varphi}/{c}, -\bm{A})) を構成しており、ミンコフスキー空間のミンコフスキー変換に対して共変的であるし、また、電場と磁場とは合わさって反対称テンソルである電磁テンソル F^{\mu\nu} (共変形式では F_{\mu\nu}) を形成するから (下式参照)、2つの現象は、実は同一現象の別の局面を見ていると考えることができる。

記法の整理をしておく。以下、場の量子論風に

\partial_\mu = (\frac{1}{c}\frac{\partial}{\partial t}, \frac{\partial}{\partial x^i}) \qquad \partial^\mu = (\frac{1}{c}\frac{\partial}{\partial t}, -\frac{\partial}{\partial x^i})

と書くことにする。この場合、電磁テンソルの定義は、

F_{\mu\nu} = \partial_\mu A_\nu - \partial_\nu A_\mu \qquad F^{\mu\nu} = \partial^\mu A^\nu - \partial^\nu A^\mu

となる。

ついでに、電磁ポテンシャルの反変ベクトル形 (A^\mu) \equiv (\frac{\varphi}{c}, \bm{A}) 及び共変ベクトル形 (A_\mu) \equiv (\frac{\varphi}{c}, -\bm{A}) を使って、電磁テンソルの反変形 F^{\mu\nu} 及び共変形 F_{\mu\nu} の成分を書いておこう。ただし、ここで、電場及び磁束密度を (E_x, E_y, E_z), \ (B_x, B_y, B_z) ではなく (E^1, E^2, E^3), \ (B^1, B^2, B^3) と表記することにする。


\begin{eqnarray*}
&& (F^{\mu\nu}) = 
\left(
\begin{array}{cccc}
0 & -{E^1}/{c} & -{E^2}/{c} & -{E^3}/{c} \\
{E^1}/{c} & 0 & -B^3 & B^2 \\
{E^2}/{c} & B^3 & 0 & -B^1 \\
{E^3}/{c} & -B^2 & B^1 & 0   
\end{array}
\right) \\
\\
&& (F_{\mu\nu}) = 
\left(
\begin{array}{cccc}
0 & {E^1}/{c} & {E^2}/{c} & {E^3}/{c} \\
-{E^1}/{c} & 0 & -B^3 & B^2 \\
-{E^2}/{c} & B^3 & 0 & -B^1 \\
-{E^3}/{c} & -B^2 & B^1 & 0   
\end{array}
\right)
\end{eqnarray*}

ちなみに電磁気場のラグランジアン密度は

\mathscr{L} = -\frac{1}{4}F_{\mu\nu}F^{\mu\nu} = \frac{1}{2}(\frac{1}{c^2}\bm{E}^2 - \bm{B}^2)

で与えられる。

まぁ、勿論、磁場だけの空間をミンコフスキー変換しても電場だけの空間にはならず、逆に、電場だけの空間をミンコフスキー変換しても磁場だけの空間にはならないから、単純に電場と磁場とは等価であるとは言い切れないのだけれども。。。。 しかし、例えば電場だけの空間をミンコフスキー変換した場合現れる電場と磁場とが直交することは、アハラノフ・ボーム効果を論ずる時には思い出してもよいかもしれない (これらは、MKSA単位系では、磁束密度 \bm{B} と電場 \bm{E} とに就いて、 c^2\bm{B}^2 - \bm{E}^2\bm{B}\cdot\bm{E} との双方がミンコフスキー不変式であることからいえる)。

この記事を書いている途中で知ったのだが、かっては磁気誘導と呼ばれ、私などは磁束密度として記憶していた \bm{B} は、最近、これもかっては磁場 (磁界) と呼ばれていた bm{H}" より本質的な物理量であるとして、これを改めて「磁場」と呼ぶ流儀があるらしい (参照: 英文版ウィキペディアの "Magnetic field" の項)。確かに、私なぞも昔に電磁気学を勉強した時に \bm{D}bm{H}" には若干の気持ちの悪さを感じたものだが、それはそれとして、本稿では、フツーに \bm{B} を「磁束密度」、bm{H}" を「磁場」と呼ぶことにする (もし登場すればの話だが 。それに、アハラノフ・ボーム効果は、\bm{D}bm{H}" ばかりでなく、\bm{B}\bm{E} も基本的ではありえず、ポテンシャル \varphi 及び \bm{A} の方が基本的であるを示している)。

と云う訣で、ここで、取り敢えずしばらく、アハラノフ・ボーム効果をベクトルポテンシャルに関わる場合、つまり磁場に就いてのアハラノフ・ボーム効果の話題に限ることにする。

磁場に就いてのアハラノフ・ボーム効果は、磁場を「有界領域」に閉じ込めて、その外部には磁場が存在しないようにすることが前提となる。ここで「有界」の意味なのだが、3次元的に有界である場合のほか、3次元空間が「金太郎飴」状態、つまり、或る直線に沿って構造が均一になっていて、その直線に直交する平面内で、磁場が有界であっても良いこととする。

アハラノフ・ボーム効果には、更に、前提条件があって、磁場の存在する「有界」領域を V とし、3次元空間全体を E としたとき E - V が単連結でないこと、つまり、基本群 \pi_1(E - V) が自明でないことも要求される (\pi_1(E - V) \not\cong \{\bm{1}\})。実際、アハラノフ・ボーム効果の説明がなされる時には、通常 \pi_1(E - V) \cong \mathbb{Z} の例が取り上げられる (\mathbb{Z} は整数全体がなす加群) 。

アハラノフとボームの論文 "Significance of Electromagnetic Potentials in Quantum Theory". Phys. Rev. 115 No.3 (Aug. 1, 1959): 485–491 で提示され、また Aharonov–Bohm solenoid effect として言及されることがある、磁場に関するアハラノフ・ボーム効果では、理念的には無限長のソレノイド内に磁場が閉じ込められる。このソレノイド内の空間を V とし、3次元空間全体を E とするなら、\pi_1(E - V) \cong \mathbb{Z} となる。 ここで n \in \mathbb{Z} は、閉曲線がソレノイドの周囲を n 回廻ったことに対応する。

さて、話を一般に戻して、4元電磁ポテンシャル (A_\mu) \equiv (\frac{\varphi}{c}, -\bm{A}) を有する電磁場中を運動する荷電粒子を考える。ここで、その荷電粒子の静止質量を m, 電荷を q とする)、時刻 t における空間位置 を \bm{x}(t) (\bm{x}(t) = (x^1(t), x^2(t), x^3(t))) と書くと、電磁場中で運動する荷電粒子のラグランジアン L は:


L = -mc^2\sqrt{1 - \frac{1}{c^2}\left(\differential{\bm{x}}{t}\right)^2} - qcA_0(t, \bm{x}(t)) - q\differential{x^i}{t}A_i(t, \bm{x}(t))

であるが、非相対論的近似が成立する場合 (\Big|\frac{d\bm{x}}{dt}\Big| \ll c) は、次のように書き直せる (ラグランジアンなので定数項は無視してよい):


L = \frac{1}{2}m \left(\differential{\bm{x}}{t}\right)^2 - q(A_\mu \dot{x}^\mu)

その作用は:


S(t_f\bm{x}_f, \, t_i\bm{x}_i) = \int^{t_f}_{t_i} L(\bm{x}, \dot{\bm{x}}) dt

であり、さらに時間的発展演算子は


U(t_f\bm{x}_f, \, t_i\bm{x}_i) = \int \mathrm{exp}[\frac{i}{\hbar} S(t_f\bm{x}_f, \, t_i\bm{x}_i)] d(\mathrm{path})

となる。アハラノフ・ボーム効果に効いてくるのは、この時間的発展演算子中の指数関数の変数として含まれる作用積分中の非相対論的近似ラグランジアン第2項であって、それを計算すると:


\begin{eqnarray*}
\frac{i}{\hbar}\oint q(A_\mu \dot{x}^\mu) &=& \frac{iq}{\hbar} \int_{\mu < \nu} (\partial_\nu A_\mu - \partial_\mu A_\nu) dx^\nu \wedge dx^\mu \\
&=& \frac{iq}{\hbar} \int_{\mu < \nu} F_{\mu\nu} dx^\mu \wedge dx^\nu
\end{eqnarray*}

従って、例えば、ソレノイド型のアハラノフ・ボーム効果を考えると、半径 R のソレノイドが x^1-軸方向に無限に延在しているとすると、その中の磁束密度ベクトル \bm{B}x^1-軸成分 B^1 しか持たず (ソレノイド内部で一定値 B^1 = \mathrm{const.} \neq 0)、x^2-軸方向、x^3-軸方向には成分を持たない (B^2 = 0 及び B^3 = 0) から、荷電粒子がソレノイドの周囲を1周した際に、電子の波動関数に発生する位相差 (符号の正負は無視する) は:


\frac{q}{\hbar}\int_{r < R} B^1 \, dx^2 \wedge dx^3 = \frac{q}{\hbar}\pi R^2 B^1 = \frac{q}{\hbar}\Phi

となる。ただし、ここで r は、ソレノイドの軸からの距離を表わし、\Phi は、ソレノイド内の全磁束を表わす。

一応ことわっておくと、「荷電粒子がソレノイドの周囲を1周」と言っても、これは、実験の際にそのような構成にしなければならないと云うことではない。これは、ホロノミーによる位相差の総量を計算をするためのもので、謂わば、多様体の「曲がり方」を調べる「測量径路」を指定してるに過ぎない。実際、ここで言う「荷電粒子」とは、要するに電子である訣だが、その場合には「干渉」は、2つの別の径路を通った自分自身との干渉になり、この2つの径路のうち一方を逆転させたものを他方の径路に繋げることで、全体が閉径路と見なされる。

対応して、電場の場合に就いても (つまり、所謂スカラーポテンシャル版のアハラノフ・ボーム効果) も存在する訣だが、この場合には、「荷電粒子が一周してくる」と云う単純な描像は、はっきり「実現」が不可能である。例えば、磁場におけるのと同様、「電場 \bm{E} には x^1-軸成分 E^1 しか存在しない場合」例で、「荷電粒子を一周」させようとすると、その荷電粒子は時間を逆行しなければならなくなるからだ。

ちなみに、アハラノフとボームの原論文では、(磁場の場合にしろ、電場の場合にしろ) 単一荷電粒子の周回と云う描像ではなく、2つの別々の径路を通った電子の波束の干渉を扱っている。そこで提案されている実験では、電場の場合のアハラノフ・ボーム効果は、電位は異なるものの、それぞれで電場の存在しない2つの径路 (異なる電位を有する金属管) を通った電子の波束間には位相差ができるので干渉が発生する筈だと云うものである。

しかし、位相差の計算に就いてなら、「時間を逆行」云々は問題にならない。やはり、ここでも荷電粒子の運動の向きを逆転して考えれば良いだけのことだ。そこで、上述のような電場に就いて、2つの等電位径路の間の間隔 L は一定であり、その電位差を W とし (W = E^1L)、また2つの等電位径路を通過する時間は同じ T であり、さらにこれら2つの等電位径路以外の径路は無視できるほど小さいとして位相差を計算すると (やはり、符号の正負は無視する):


\frac{q}{\hbar}\int ({E^1}/{c}) \, dx^0 \wedge dx^1 = \frac{q}{\hbar} \int E^1 \, dt \wedge dx^1= \frac{q}{\hbar}E^1TL = \frac{q}{\hbar}WT

となる。


アハラノフとボームとが、その名前を冠せられることになる効果の予言を発表した時 (1959年)、大方の物理学者の反応は冷ややかなものだったという。彼らの論文の審査者の一人であった Rudolf Ernst Peierls (ルドルフ・パイエルス) でさえ、一旦は納得したもの、後にそれを撤回する旨アハラノフの面前で表明したそうだ (「ゲージ場を見る」p.130)。「場」の存在しないところに「場」の効果が現れるのだから、遠隔作用的と見える訣で、大多数の物理学者が「そんなことが起こる筈がない」と拒否反応を起こしても不思議はない (アハラノフ・ボーム効果はファイバーバンドルのホロノミーなので、多様体の大局的構造に関わる。しかし、その大局的構造が局所的な空間の接続の仕方で決定されると云うのがガウス・リーマンの多様体論の構想だった)。その中で、論文発表直後に、「おめでとう」と云う祝福の電報を送ってきたのが Richard Feynman (リチャード・ファインマン) だった。そして、電文は、こう続いていた: 「だが、自分の手でこの現象を見つけたかった!」(「ゲージ場を見る」p.130)

これは、ファインマンの本心だっただろう。彼が発見していても何の不思議もなかったのだ。しかも、その内容は深い。ファインマンは、自分が逃がした魚の大きさに悔しがったに違いない。

彼は、その物理学教科書 R. P. Feynman, R. B. Leighton, M. Sands: "The Feynman Lectures on Physics" (私が持っているのは Addison-Wesley. 3 vols. (1963-1965)) 第2巻第15章5 において、早速アハラノフ・ボーム効果を取り上げて、こう総括している (当時、アハラノフ・ボーム効果の実在性に対する反対論が、未だ根強かった筈だが、ファインマンに迷いは見られない。彼の慧眼を思うべきであろう):

The subject has an interesting history. The theory we have described was known from the beginning of quantum mechanics in 1926. The fact that the vector potential appears in the wave equation of quantum mechanics (called the Schrödinger equation) was obvious from the day it was written. That it cannot be replaced by the magnetic field in any easy way was observed by one man after the other who tried to do so. This is also clear from our example of electrons moving in a region where there is no field and being affected nevertheless. But because in classical mechanics \bm{A} did not appear to have any direct importance and, furthermore, because it could be changed by adding a gradient, people repeated said that the vector potential had no direct physical significance -- that only the magnetic and electric fields are "right" even in quantum mechanics. It seems strange in retrospect that no one thought of discussing this experiment until 1956, when Bohm and Aharanov first suggested it and made the whole question crystal clear. The implication was there all the time, but no one paid attention to it. Thus many people were rather shocked when the matter was brought up. That's why someone thought it would be worth while to do the experiment to see that it really was right, even though quantum mechanics, which had been believed for so many years, gave an unequivocal answer. It is interesting that something like this can be around for thirty years but, because of certain prejudices of what is and is not significant, continues to be ignored.
--R. P. Feynman, R. B. Leighton, M. Sands: "The Feynman Lectures on Physics" Addison-Wesley (1964). Volume II 15-12

[ゑびすや註]: "it could be changed by adding a gradient" の "could" には、「当時の人は『事情』を知らなかった」と云う著者の視線が感じられる。また "it would be worth" の "would" には、「検証実験などするまでもないのに」と云う語感がある。

良く知られている通り、ファインマンの物理学教科書には和訳がある (岩波書店。「ファインマン物理学」5分冊 (1) (2) (3) (4) (5)。英文版第2巻に相当するのは、和訳の第3巻と第4巻だろうが、当該引用箇所が載っているのは、あるいは第3巻か)。実は、私もかっては和訳も所有していたのだが、大学生時代、同じ高校から進学してきた友人に進呈してしまって、それ以来持っていない。と云う訣で、岩波の和訳を参照することはできないから (まぁ、図書館に行けば良いのだが、そうまですることもあるまい。原文は至って簡明である) 私なりの訳文を付けておこう:

このことに就いては興味深い経緯がある。上記に説明した理論は、量子力学の創成当初である1926年以来分っていたのだ。量子力学の波動方程式 (シュレディンガー方程式) が書き表されたその日から、そこには、明白な事実としてにベクトルポテンシャルが現れていた。何人もが入れ代わり立ち代わり、ベクトルポテンシャルを磁場で置き換えようとしてみたが、それは容易には成功しなかった。このことは、場が存在しない領域で運動しているにもかかわらず場の影響を受ける上述の電子の例からも明らかである。しかし、古典力学では \bm{A} には、直接的な重要性はないように見えたし、またその上、\mathrm{grad} を加えても構わないようなものだったから、ベクトルポテンシャルには直接的な物理的意義は存在せず、量子力学であっても磁場と電場のみが「正当」なものなのだと、繰り返し表明されたのだった。今の時点で振り替えてみるなら奇妙に思えることだが、1956年、ボームとアハラノフが初めて提案して、問題の全貌を透徹した明確さで示すまで、この実験は、誰も思いつかれることはなかった。その内在的重要性は、常に目前にあり続けた訣だが、誰もそれに注意を払わなかったのだ。だから、問題が明らかになると、多くの人々が逆に驚いたのだった。それだからこそ、長年信じられてきた量子力学が誤解しようのない結論を出しているにもかかわらず、その真偽を確かめるため、そうした実験を行なう価値があると思うものが出てきた。何が重要で何が重要でないかに就いての或る種の先入観のおかげで、これほどのことが、30年間にわたり身近にありながら、無視され続けたと云うことには興味深いものがある。
--ファインマン、レイトン、サンズ「ファインマン物理学」(英文版) 第3巻 (1964年) 第15章第12ページ

アハラノフ・ボーム効果を導く数式の計算は、場の量子論としては初等的なものだ (例えば、藤川和男「ゲージ場の理論」東京 岩波書店。1993年。岩波講座 [現代の物理学] ISBN-10: 4000104500 ISBN-13: 978-4000104500 では、アハラノフ・ボーム効果は、冒頭第1章第2節 pp.6-7 で論じられている)。その発見・承認を遅らせたのは物理学者の心理的抵抗であったのだろう (ファインマンには「心理的抵抗」はなかった訣だ。贅言すると、彼は「心理学」を信じていなかったそうだ)。やや勘繰るならば、Ehrenberg と Siday の発表が黙殺されたのは、彼らが無名であったために、「半分素人の戯言」としか見られなかったためかもしれない (存在自体に注意が払われなかったと云うこともあり得るだろう)。しかし、同じことであっても、アハラノフはともかく、ボームが発表したとなると、無視も成らないが、かといって、「トンデモないこと」に賛成する訣にもいかないと云うことだったのではないか。

ファインマンが皮肉を込めて指摘しているが、幾つか検証実験も行なわれて、しかも、(と言うか、勿論と言うか) 肯定的な結果が得られた。

実際、1960年には Robert G. Chambers [Phys. Rev. Lett. 5, 3 (1960)] が、1961年には H. Börsch 他 [H. Börsch, H. Hamisch, K. Grohamann, D. Wohlleben: Z.Physik 165 (1961) 79] と、 L. L. Marton 他 [A. Fowler, L. Marton, J. A. Simpson, J. A. Suddeth: J.Appl. Phys. 32, 1153 (1961)] とが独立して、1962年には G. Möllenstedt 他 [G. Möllenstedt, W. Bayh: Naturwissenschaften 49, 81 (1962)] が、それぞれ、アハラノフ・ボーム効果が実証されたとの報告を行なっている。

しかし、それでも、アハラノフ・ボーム効果の実在性に対する抵抗は根強かった。実験に不備がある (磁場の閉じ込めが完全でない) とされたのだ。

1978年には、P. Bochhieri と A. Loinger は、アハラノフ・ボーム効果の実在性を否定する論文 [Nuovo Cimento A, 47, 475 (1978)] を発表し、これに対する反論、そして再反論と応酬され、議論は錯綜した (「ゲージ場を見る」pp.145-146)。

このした論争に、鮮やかな実験的結論を出したのが、当時日立製作所中央研究所 (東京都国分寺市) で電子線ホログラフィの研究をしていた外村彰 (とのむら あきら) の研究グループだった (総合科学技術会議 の「外村彰氏インタビュー」も参照)。

外村は、ソレノイドの代わりに微小なドーナッツ型の磁石を使うことを考える。勿論、電子の波動関数の位相差干渉検出には電子線ホログラフィを使う訣だが、しかし、磁石の作成の方は、自力では不可能なので、他の開発チームの協力が必要だった。。。 自分達の研究テーマを抱えている彼らの手を煩わせることになる磁石の作成を説得することが出来るだろうか?

そこで外村は、見ず知らずのC. N. Yang (楊振寧) に手紙を出す。「パリティ非保存」のヤン (Tsung-Dao Lee/李政道と共に論文を発表したのが 1956年、これにより、その翌年の 1957年には異例の速さでノーベル物理学賞を受賞した)、非アーベルゲージ理論の基本となる「Yang-Mills 場」のヤンにである。「AB 効果の検証実験を計画しているところですが、この実験は物理学にとって本当に重要でしょうか?」(「ゲージ場を見る」p.148)

ヤンの回答は、彼自身の行動が雄弁に物語った。その約1ヵ月後、ヤンは日立製作所中央研究所にやってきたのだ。1981年6月初めのことである。その時日本を訪れてきたヤンは、アハラノフ・ボーム効果に就いて議論するため国分寺に足を運んだのである。彼の来所により、「AB 効果を検証しようという気運は一気に盛り上がった。実験は中央研究所の磁性グループと一緒になって、ただちにスタートした。」(「ゲージ場を見る」p.149)

翌1982年には、結果が出た。ドーナッツの外側と内側を通る電子線の間に位相差が出ることが電子線ホログラフィで示されたのだ。位相差の値も、理論値に一致した。実験サンプルの中には、磁石から磁場がはみ出ているものもあったが、アハラノフ・ボーム効果の実験には磁場がはみ出ないサンプルが用いられた。アハラノフ・ボーム効果は実証された筈だった。

この結果は、"Physical Review Letters" に提出された (1982年2月16日)。しかし、アハラノフ・ボーム効果に就いての論争の最中であったので、この論文は、効果に対して肯定的な審査者と否定的な審査者により査読された。そして、やはり意見は真っ向から別れ、一旦は拒絶されてしまうのだが、結局、論文はそのままの形で雑誌に掲載されたのだった (Tonomura et al.: "Observation of Aharonov-Bohm Effect by Electron Holography" Phys. Rev. Lett. 48, 1443 - 1446 (May 24, 1982))。

"Physical Review Letters" の一方の審査者と同様、やはり、この論文でも納得しない物理学者がいた (P. Bocchieri, A. Loinger, G. Siragusa: "Remarks on « Observation of Aharonov-Bohm effect by electron holography »" Nuovo Cimento, 35, 11, 370-372 のこと?)。

外村は、誰もが納得する実験結果を出したいと望んだ。

幸いなことに、その後日立の中央研究所で開催された「量子力学の基礎に関する国際シンポジウム」(ISQM) のため再び来所したヤンは新しい実験の提案を行なった。「ドーナッツ状の磁石を超伝導体でつつんでみなさい。"磁束量子化" と呼ばれる超伝導の基本現象が、AB 効果によってドラマティックに観測できるはずである」。
--「ゲージ場を見る」p.153

[ゑびすや註]: ISQM は第1回が1983年に日立製作所中央研究所で開催された。第5回 (1995年) 以降は、日立製作所基礎研究所に場所を移して開催されている。

このヤンの提案は実現が困難であったが、1986年春、外村たちは、遂に実験に成功する。完成したサンプルは:

パーマロイのドーナツ状磁石を芯にして、そのまわりをニオブがとり囲んでいる。磁場が外に漏れないように、ニオブの厚さは三〇〇〇オングストローム以上とし、二枚重ねのニオブの膜の隙間に酸化物が生じないよう留意した。サンプルをマイナス二六八度 (絶対温度五度) まで冷やして、ニオブを超伝導状態にする。マイスナー効果によって磁場は内部に閉じ込められて外には漏れてこない。あてた電子線が磁石の中まで侵入することもない。
--「ゲージ場を見る」p.158

実験の結果、ドーナツの孔の中と外側を通る2本の電子線の間には、1/2 波長の位相差が生じていることがはっきりと映し出されたのだった(「ゲージ場を見る」ジャケット写真、又は p.160 を参照)。

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2009年2月17日 (火)

ニール・アシュビー「GPS における相対論」第1章及び第2章訳文 (草稿)

このサイトに、かなりの頻度で、[GPS 相対論] や、これに類するキーフレーズでの訪問される方々がいらっしゃる。たしかに、このサイトでは、[nouse: 飛行機に原子時計を載せて・・・] (2004年9月9日[木]) や [nouse: [飛行機に原子時計を載せて・・・] 補足: 相対論の話を少しばかり] (2007年4月17日[火]) などで GPS (Global Positioning System) に触れてはいるのだが、詳しいものではない。

もし詳細な議論をお望みなら、上記2記事で引用している "Relativity in the Global Positioning System" (Neil Ashby) を参照なさることをお薦めする。私が、ネットをザッと調べた範囲では、GPS への相対論の適用に就いてこれが一番包括的な記述であるように思われる (もっとも、私自身は、この文献の数か所を走り読みしただけで、内容を把握しているとは到底言えない。それでも、「一番包括的」などと言うのは、GPS に就いて詳しく説明した文書がネット上では、それほど少ないからである)。

そこで、紹介かたがた、以下に、"Relativity in the Global Positioning System" の第1章と第2章 (及び「要約」) の翻訳を試みることにした。この文書の「肝」は、第3章以降ではないかとも思われるが、今のところそこまでは手が回らないので、勘弁していただくことにする。それに、第2章ではサニャック効果について一応はまともな議論 (つまり、簡略化されているとは言え、一般相対論に従った解説) がされていて、これもネット上ではなかなか見られないものなので、それなりの価値があると言えるだろう。

なお、私が翻訳の底本とした "Relativity in the Global Positioning System" は a Creative Commons Attribution-Noncommercial-No Derivative Works 2.0 Germany License によって公開されている。

原文では、図や参考文献その他へのリンクのための anchor タグが数多く挿入されているが、この訳文中では機能しないため、それらは全て削ってある(第1図については、原文ではリンクされている先の大判のグラフを --そのままでは幅が広すぎて、このブログ画面には収まらないので、やや縮小して-- 訳文中に示すようにした) 。従って、参考文献番号や View Equation は「お飾り」にしかなっていないが、底本画面との見かけの対照性を維持するために残してある。


Relativity in the Global Positioning System

Neil Ashby
Dept. of Physics, University of Colorado
Boulder, CO 80309–0390
U.S.A.

'External link'http://www.colorado.edu/physics/Web/directory/faculty/ashby_n.html

This article has been revised on 21 June 2007 (see changes in detail).

Abstract

The Global Positioning System (GPS) uses accurate, stable atomic clocks in satellites and on the ground to provide world-wide position and time determination. These clocks have gravitational and motional frequency shifts which are so large that, without carefully accounting for numerous relativistic effects, the system would not work. This paper discusses the conceptual basis, founded on special and general relativity, for navigation using GPS. Relativistic principles and effects which must be considered include the constancy of the speed of light, the equivalence principle, the Sagnac effect, time dilation, gravitational frequency shifts, and relativity of synchronization. Experimental tests of relativity obtained with a GPS receiver aboard the TOPEX/POSEIDON satellite will be discussed. Recently frequency jumps arising from satellite orbit adjustments have been identified as relativistic effects. These will be explained and some interesting applications of GPS will be discussed.

グローバル・ポジショニング・システムにおける相対論

ニール・アシュビー
アメリカ合衆国コロラド州 80309–0390 ボウルダー市
コロラド大学物理学科

'External link'http://www.colorado.edu/physics/Web/directory/faculty/ashby_n.html

この文書は2007年6月21日に改訂されている。(「変更点の詳細」を参照されたい)

要約
グローバル・ポジショニング・システム (Global Positioning System/GPS) は、高精度で安定した原子時計 (衛星に搭載されたもの及び地上局に設置されたものの双方) を用いて、全世界で位置及び時刻の決定が出来るようにするためのシステムである。こうした原子時計には、重力及び運動が及ぼす影響による周波数シフトが発生するが、それは、様ざまな相対論的な影響を慎重に考慮しないならば、システムが機能しなくなる程に大きなものである。本文書では、GPS を用いた航行案内の概念的基礎を、特殊及び一般相対論に基づいて議論する。考慮すべき相対論における原理及び効果としては、光速度の不変性、等価原理、サニャック効果、時間遅延 (time dilation)、重力による周波数シフト及び、同時性が相対的であることが挙げられる。TOPEX/POSEIDON 衛星搭載の GPS 受信器による相対論の検証に就いても論じられる。最近発生した、衛星軌道調整に伴う周波数跳躍は、相対論的な効果であったことが解明された。こうしたことの説明が与えられ、また GPS の興味深い応用の幾つかが論ぜられる。

"Relativity in the Global Positioning System"
Neil Ashby
http://www.livingreviews.org/lrr-2003-1
Creative Commons License
This work is licensed under a
Creative Commons Attribution-
Noncommercial-No Derivative Works 2.0
Germany License
.
Problems/comments to livrev@aei.mpg.de

訳註


  1. http://www.colorado.edu/physics/Web/directory/faculty/ashby_n.html に就いては、このサイトで内容を紹介済みである。[nouse: Neil Ashby に就いて: 相対論の実用] (2007年4月26日[木]) を参照されたい。

  2. "changes in detail"/「変更点の詳細」へは、底本 (Relativity in the Global Positioning System) 内部からでないとでないと辿りつけないようだ。


1 Introduction

The Global Positioning System (GPS) can be described in terms of three principal “segments”: a Space Segment, a Control Segment, and a User Segment. The Space Segment consists essentially of 24 satellites carrying atomic clocks. (Spare satellites and spare clocks in satellites exist.) There are four satellites in each of six orbital planes inclined at &#x2218; 55 with respect to earth’s equatorial plane, distributed so that from any point on the earth, four or more satellites are almost always above the local horizon. Tied to the clocks are timing signals that are transmitted from each satellite. These can be thought of as sequences of events in spacetime, characterized by positions and times of transmission. Associated with these events are messages specifying the transmission events’ spacetime coordinates; below I will discuss the system of reference in which these coordinates are given. Additional information contained in the messages includes an almanac for the entire satellite constellation, information about satellite vehicle health, and information from which Universal Coordinated Time as maintained by the U.S. Naval Observatory – UTC(USNO) – can be determined.

1 序論

グローバル・ポジショニング・システム (GPS) は、大きく「宇宙」・「管制」・「利用者」の3つの部分に分けて説明することができる。宇宙部分は、本質的には、原子時計を搭載した24基の衛星からなる (予備の衛星、及び衛星内には予備の原子時計が存在する)。これら24基の衛星は、地球の赤道面に対し &#x2218; 55 傾斜した6枚の軌道平面上の各々にある4基の衛星からなっており、地球上のどの地点からも、そこでの地平線/水平線上空に、ほぼ常時4基以上の衛星が存在するように分布されている。原子時計には、各衛星から送信される時刻信号が割り当てられている。こうした信号送信は、送信位置及び送信時刻により特徴づけられる時空内での一連の事象として考えることができる。これらの事象に伴って、送信と云う事象の時空座標を特定するメッセージが送られる。こうした座標を規定する基準座標系に就いては、後述する。メッセージには、付加的な情報として、衛星系全体の航行暦 (almanac) と、衛星体の作動状態情報と、及び米国海軍天文台 (U.S. Naval Observatory/USNO) 管理担当分の協定世界時 (Universal Coordinated Time/UTC)、つまり UTC(USNO) を導き出すことが可能な情報とが含まれている。


The Control Segment is comprised of a number of ground-based monitoring stations, which continually gather information from the satellites. These data are sent to a Master Control Station in Colorado Springs, CO, which analyzes the constellation and projects the satellite ephemerides and clock behaviour forward for the next few hours. This information is then uploaded into the satellites for retransmission to users.
管制部分は、GPS 衛星からの情報を継続的に収集する幾つかの地上監視局からなる。そうしたデータは、コロラド州コロラド・スプリングズの主管制局に送られ、そこで衛星系の解析及び、以後数時間分の衛星軌道位置及び時刻推移の計画が策定される。この情報は、衛星へとアップロードされて、利用者へ配信される。


The User Segment consists of all users who, by receiving signals transmitted from the satellites, are able to determine their position, velocity, and the time on their local clocks.
利用者部分は、信号から発信された信号を受信して、自身の位置・速度及び地域計時での時刻を決定することが可能な全ての利用者からなる。

The GPS is a navigation and timing system that is operated by the United States Department of Defense (DoD), and therefore has a number of aspects to it that are classified. Several organizations monitor GPS signals independently and provide services from which satellite ephemerides and clock behavior can be obtained. Accuracies in the neighborhood of 5–10 cm are not unusual. Carrier phase measurements of the transmitted signals are commonly done to better than a millimeter.
GPS は、米国防衛総省 (United States Department of Defense/DoD) により運営されている航行案内及び計時システムであるため、機密扱いになっている局面が幾つか存在する。幾つかの機関が、個別に、GPS 信号を監視して、衛星軌道位置及び時刻推移が分かるようにするサービスを提供している。5–10 cm 程度の精度も稀なことではない。発信信号の搬送波位相測定も広く行なわれており、サブミリメートルの精度が得られる。


GPS signals are received on earth at two carrier frequencies, L1 (154 &#x00D7; 10.23 MHz) and L2 (120 &#x00D7; 10.23 MHz). The L1 carrier is modulated by two types of pseudorandom noise codes, one at 1.023 MHz – called the Coarse/Acquisition or C/A-code – and an encrypted one at 10.23 MHz called the P-code. P-code receivers have access to both L1 and L2 frequencies and can correct for ionospheric delays, whereas civilian users only have access to the C/A-code. There are thus two levels of positioning service available in real time, the Precise Positioning Service utilizing P-code, and the Standard Positioning Service using only C/A-code. The DoD has the capability of dithering the transmitted signal frequencies and other signal characteristics, so that C/A-code users would be limited in positioning accuracy to about &#x00B1;100 meters. This is termed Selective Availability, or SA. SA was turned off by order of President Clinton in May 2000.
地上で受信される GPS 信号の搬送波周波数は、L1 (154 &#x00D7; 10.23 MHz) と L2 (120 &#x00D7; 10.23 MHz) の2つがある。L1 搬送波は、2種類の擬似乱数雑音コードで変調されている。そのうちの1つは、1.023 MHz で変調されているもので、粗精度/捕捉コード (Coarse/Acquisition) 又は C/A コードと呼ばれる。他方は、10.23 MHz で変調され暗号化されているもので、P-コードと呼ばれている。P コード受信器は、L1 と L2 の双方の周波数を利用可能であって、電離層遅延の補正が可能であるのに対し、民間の利用者は C/A-コードのみの利用が可能である。従って、実時間で利用可能な位置決定サービスには、P-コードを用いる高精度位置決定サービスと、C/A-コードのみを利用する標準的位置決定サービスとの2つのレベルが存在することになる。国防総省は、送信信号の周波数その他の信号特性にディザリングを掛けることで、C/A-コード利用者の位置決定精度が、&#x00B1;100 メートル程度に限定されるようにすることが出来る。これは、選択的利用可能性 (Selective Availability/SA) と名付けられている。選択的利用可能性は、2000年5月にクリントン大統領の命令により停止された。





Figure 1
Figure 1: Typical Allan deviations of Cesium clocks and quartz oscillators, plotted as a function of averaging time &#x03C4;.
第1図: 平均化時間 &#x03C4; の関数として示されたセシウム原子時計及び水晶発振器における典型的なアラン偏差 (Allan deviation)。


The technological basis for GPS lies in extremely accurate, stable atomic clocks. Figure 1View Image gives a plot of the Allan deviation for a high-performance Cesium clock, as a function of sample time &#x03C4;. If an ensemble of clocks is initially synchronized, then when compared to each other after a time &#x03C4;, the Allan deviation provides a measure of the rms fractional frequency deviation among the clocks due to intrinsic noise processes in the clocks. Frequency offsets and frequency drifts are additional systematic effects which must be accounted for separately. Also on Figure 1View Image is an Allan deviation plot for a Quartz oscillator such as is typically found in a GPS receiver. Quartz oscillators usually have better short-term stability performance characteristics than Cesium clocks, but after 100 seconds or so, Cesium has far better performance. In actual clocks there is a wide range of variation around the nominal values plotted in Figure 1View Image.
GPS の技術的な基礎となっているのは、極めて正確で安定した原子時計である。図 1View Image には、サンプル時間の関数として高性能セシウム時計のアラン偏差が表示されてる。幾つかの時計を、初めに同期化してから、時間&#x03C4; の経過につれて互いを比較すると、アラン偏差は、時計に固有な雑音過程による、時計同士間の二乗平均平方根 (rms) 周波数偏差比 (fractional frequency deviation) を表わす。周波数オフセット及び周波数ドリフトも、別途考慮する必要のある構造的効果である。図 1View Image には、GPS 受信器に典型的に見られるような水晶発振器のアラン偏差も表示してある。水晶発振器は、通常、短期の安定特性では、セシウム時計よりも優れいてるが、100秒程度を越えると、セシウム時計の方が断然優れた性能を示す。実際の時計の変動域は、図 1View Image に示された公称値を含む幅広いものである。


The plot for Cesium, however, characterizes the best orbiting clocks in the GPS system. What this means is that after initializing a Cesium clock, and leaving it alone for a day, it should be correct to within about 5 parts in 1014, or 4 nanoseconds. Relativistic effects are huge compared to this.
しかしながら、このセシウム時計に就いてのグラフは、GPS システムにおいて軌道上にある時計として最良の様態を特徴づけるものなのである。これはつまり、セシウム時計は、初期化された後、1日放置されるなら、1014 分の 5 程度、言い換えると、4 ナノ秒ぐらいまでの補正が必要になると云うことである。相対論的な効果は、これと比較して非常に大きいのである。


The purpose of this article is to explain how relativistic effects are accounted for in the GPS. Although clock velocities are small and gravitational fields are weak near the earth, they give rise to significant relativistic effects. These effects include first- and second-order Doppler frequency shifts of clocks due to their relative motion, gravitational frequency shifts, and the Sagnac effect due to earth’s rotation. If such effects are not accounted for properly, unacceptably large errors in GPS navigation and time transfer will result. In the GPS one can find many examples of the application of fundamental relativity principles. These are worth careful study. Also, experimental tests of relativity can be performed with GPS, although generally speaking these are not at a level of precision any better than previously existing tests.
この文書の目的は、GPS において相対論的な効果が如何に考慮されているかを説明することにある。時計は低速度であり、地球近辺での重力場は弱いとは言え、そられは、重大な相対論的効果を引き起こす。そうした効果としては、時計の相対的運動による1次ドップラー周波数シフトと2次ドップラー周波数シフト、重力による周波数シフト、地球の自転によるサニャック効果が挙げられる。こうした効果を正当に考慮しないならば、認容しえないほど大きい誤差が、GPS による航行案内と時刻比較に発生することになる。GPS には、基本的な相対論的原理の応用例が数多く見られる。そうしたものは、注意深い研究に値する。また、GPS を用いて、相対論の検証実験を行なうことも可能である。もっとも、概して言えば、そうした検証実験は、既存の実験と比較して、精度が高いとは少しも言えないのだが。


The principles of position determination and time transfer in the GPS can be very simply stated. Let there be four synchronized atomic clocks that transmit sharply defined pulses from the positions rj at times tj, with j = 1,2,3,4 an index labelling the different transmission events. Suppose that these four signals are received at position r at one and the same instant t. Then, from the principle of the constancy of the speed of light,

c2&amp;#x0028;t &amp;#x2212; tj&amp;#x0029;2 = &amp;#x007C;r &amp;#x2212; rj&amp;#x007C;2, j = 1,2,3,4. &amp;#x0028;1 &amp;#x0029;

where the defined value of c is exactly 299792458 m s&#x2212;1. These four equations can be solved for the unknown space-time coordinates &#x007B;r,t&#x007D; of the reception event. Hence, the principle of the constancy of c finds application as the fundamental concept on which the GPS is based. Timing errors of one ns will lead to positioning errors of the order of 30 cm. Also, obviously, it is necessary to specify carefully the reference frame in which the transmitter clocks are synchronized, so that Eq. (1View Equation) is valid.
GPS における位置決定及び時刻比較原理は、非常に簡単に述べることができる。今、4台の同期した原子時計が、時刻 tj に、位置 rj から (ここで、添え字 j = 1,2,3,4 は、異なる送信事象を表わす)、エッジが急峻な (sharply defined) パルスを発信したものとしよう。これら 4つの信号は、位置 r において同一時刻 t に受信されたものとすると、光速度不変の原理より、

c2&amp;#x0028;t &amp;#x2212; tj&amp;#x0029;2 = &amp;#x007C;r &amp;#x2212; rj&amp;#x007C;2, j = 1,2,3,4. &amp;#x0028;1 &amp;#x0029;

が成り立つ。ただし、ここで c の定義値は、正確に 299792458 m s&#x2212;1 に等しい。こられ4つの方程式は、受信事象の未知の時空座標 &#x007B;r,t&#x007D; に就いて解くことが可能である。こうして、c 一定の原理は、GPS の基礎をなす基本概念としての応用を有している。時刻誤差が 1 ナノ秒あったとすると、位置の決定が 30 cm 程度ズレることになる。また、明らかなことだが、式 (1View Equation) が有効なものになるよう、送信側の時計を同期化するための基準座標系は慎重に指定されねばならない。


The timing pulses in question can be thought of as places in the transmitted wave trains where there is a particular phase reversal of the circularly polarized electromagnetic signals. At such places the electromagnetic field tensor passes through zero and therefore provides relatively moving observers with sequences of events that they can agree on, at least in principle.
ここで謂うところの時刻パルスとは、送信された波動の列の中で、円偏光電磁信号での特定の位相反転が起きている箇所のことと見なせる。そうした箇所では、電磁場テンソルがゼロ値を通過するため、少なくとも原理上は、相対的な運動を行なっている観測者に対し、一致可能な事象系列を提供することになる。

"Relativity in the Global Positioning System"
Neil Ashby
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訳註


  1. 恒星日 を 86164.091 秒として、その 1014 分の 5 を求めると 4.31 ナノ秒ほどになる。


2 Reference Frames and the Sagnac Effect
Almost all users of GPS are at fixed locations on the rotating earth, or else are moving very slowly over earth’s surface. This led to an early design decision to broadcast the satellite ephemerides in a model earth-centered, earth-fixed, reference frame (ECEF frame), in which the model earth rotates about a fixed axis with a defined rotation rate, &#x03C9;E = 7.2921151467 &#x00D7; 10 &#x2212;5 rad s&#x2212; 1. This reference frame is designated by the symbol WGS-84 (G873) [19, 3]. For discussions of relativity, the particular choice of ECEF frame is immaterial. Also, the fact the the earth truly rotates about a slightly different axis with a variable rotation rate has little consequence for relativity and I shall not go into this here. I shall simply regard the ECEF frame of GPS as closely related to, or determined by, the International Terrestrial Reference Frame established by the International Bureau of Weights and Measures (BIPM) in Paris.

2 基準座標系とサニャック効果

殆ど全ての GPS 利用者は、自転する地球上で固定した位置にいるか、又は、地表を非常にゆっくりとした速度で移動している。このため当初決定された設計では、地球中心地球固定基準座標系 (earth-centered, earth-fixed, reference frame/ECEF frame) モデル内での衛星軌道位置を送信することとなった。この地球モデルは、一定角速度 &#x03C9;E = 7.2921151467 &#x00D7; 10 &#x2212;5 rad s&#x2212; 1 で、固定した軸を中心にして自転している。この基準座標系には、記号 WGS-84 (G873) [19, 3] が付与されている。相対論に就いて議論する場合は、ECEF 基準座標系の具体的な選択は問題とならない。また、地球は、実際には、僅かに異なる軸を中心にし、回転速度が変動すると云う事実も、相対論上の議論には殆ど影響しないので、本文書では、この点を論じないおく。本文書では、GPS の ECEF 基準座標系とは、パリ国際度量衡局 (International Bureau of Weights and Measures/BIPM) が規定した国際地球基準座標系 (International Terrestrial Reference Frame/ITRF) と密接に関係する、もしくは、国際地球基準座標系によって決定されるものであると云うことだけにしておく。


It should be emphasized that the transmitted navigation messages provide the user only with a function from which the satellite position can be calculated in the ECEF as a function of the transmission time. Usually, the satellite transmission times tj are unequal, so the coordinate system in which the satellite positions are specified changes orientation from one measurement to the next. Therefore, to implement Eqs. (1View Equation), the receiver must generally perform a different rotation for each measurement made, into some common inertial frame, so that Eqs. (1View Equation) apply. After solving the propagation delay equations, a final rotation must usually be performed into the ECEF to determine the receiver’s position. This can become exceedingly complicated and confusing. A technical note [10] discusses these issues in considerable detail.
送信された航行案内メッセージから、利用者は、送信時刻の関数の形で、ECEF 慣性基準座標系内での衛星位置の計算値を導き出す関数が得られるだけであることは強調しておかねばならない。通常、複数の衛星からの送信時刻 tj は一致しないため、衛星の位置が指定される座標系は、計測の度に、方向が変わっている。従って、式 (1View Equation) を具体化するには、利用者は、一般には、測定の度に一定の共通な慣性座標系に対して異なる回転を与えて、式 (1View Equation) が適応するようにしなければならない。伝搬遅延方程式を解いた後には、通常 ECEF に最終的な回転を与えて、受信器の位置を決定する。これは、極めて複雑で混乱を招くものになりうる。技術上の注意点 [10] では、こうした問題点が相当に詳しく論じられている。


Although the ECEF frame is of primary interest for navigation, many physical processes (such as electromagnetic wave propagation) are simpler to describe in an inertial reference frame. Certainly, inertial reference frames are needed to express Eqs. (1View Equation), whereas it would lead to serious error to assert Eqs. (1View Equation) in the ECEF frame. A “Conventional Inertial Frame” is frequently discussed, whose origin coincides with earth’s center of mass, which is in free fall with the earth in the gravitational fields of other solar system bodies, and whose z-axis coincides with the angular momentum axis of earth at the epoch J2000.0. Such a local inertial frame may be related by a transformation of coordinates to the so-called International Celestial Reference Frame (ICRF), an inertial frame defined by the coordinates of about 500 stellar radio sources. The center of this reference frame is the barycenter of the solar system.
ECEF 基準座標系は、航行案内においては第一義的な重要性を持つとは言え、(電磁波伝搬など) 多くの物理過程は、慣性基準座標系で叙述した方が単純になる。実際、式 (1View Equation) を表現するには慣性基準座標系が必要であるのに対し、ECEF 基準座標系内において式 (1View Equation) を主張するなら、重大な誤りを犯すことになる。「慣用慣性座標系 (Conventional Inertial Frame)」に就いて言及されることがしばしばあるが、これは、原点が地球の重心に一致し、太陽系の他の天体の作る重力場の中で地球と共に自由落下しており、その z-軸が、元期 (epoch) J2000.0 における地球の角運動量の軸と一致するような慣性座標系のことである。こうした局所慣性座標系は、座標変換により、約 500 個の電波天体の座標によって定義される慣性基準座標系である所謂「国際天文基準座標系 (International Celestial Reference Frame/ICRF)」と関連付けられることができる。この基準座標系の中心は、太陽系の重心である。


In the ECEF frame used in the GPS, the unit of time is the SI second as realized by the clock ensemble of the U.S. Naval Observatory, and the unit of length is the SI meter. This is important in the GPS because it means that local observations using GPS are insensitive to effects on the scales of length and time measurements due to other solar system bodies, that are time-dependent.
GPS で用いられている ECEF 基準座標系では、時間の単位は、米国海軍天文台の時計群が実現している「SI 秒」であり、長さの単位は 「SI メートル」である。このことは、GPS を用いた局所的な観測が、時間依存的である太陽系の他の天体の長さ・時間測定尺度への効果の影響を受けないことを意味し、GPS にとり重要である。


Let us therefore consider the simplest instance of a transformation from an inertial frame, in which the space-time is Minkowskian, to a rotating frame of reference. Thus, ignoring gravitational potentials for the moment, the metric in an inertial frame in cylindrical coordinates is

2 2 2 2 2 2 &amp;#x2212; ds = &amp;#x2212; &amp;#x0028;c dt&amp;#x0029; + dr + r d&amp;#x03C6; + dz , &amp;#x0028;2 &amp;#x0029;

and the transformation to a coordinate system &#x007B;t&#x2032;,r&#x2032;,&#x03C6;&#x2032;,z &#x2032;&#x007D; rotating at the uniform angular rate &#x03C9;E is

&amp;#x2032; &amp;#x2032; &amp;#x2032; &amp;#x2032; &amp;#x2032; t = t, r = r, &amp;#x03C6; = &amp;#x03C6; + &amp;#x03C9;Et , z = z. &amp;#x0028;3 &amp;#x0029;

This results in the following well-known metric (Langevin metric) in the rotating frame:

&amp;#x0028; &amp;#x03C9;2 r&amp;#x2032;2 &amp;#x0029; &amp;#x2212; ds2 = &amp;#x2212; 1 &amp;#x2212; --E2-- &amp;#x0028;cdt&amp;#x2032;&amp;#x0029;2 + 2&amp;#x03C9;Er &amp;#x2032;2d &amp;#x03C6;&amp;#x2032;dt&amp;#x2032; + &amp;#x0028;d&amp;#x03C3;&amp;#x2032;&amp;#x0029;2, &amp;#x0028;4 &amp;#x0029; c

where the abbreviated expression &#x0028;d &#x03C3;&#x2032;&#x0029;2 = &#x0028;dr&#x2032;&#x0029;2 + &#x0028;r&#x2032;d&#x03C6;&#x2032;&#x0029;2 + &#x0028;dz &#x2032;&#x0029;2 for the square of the coordinate distance has been used.
そこで、慣性基準座標系からの変換の一番簡単な例、つまり、ミンコフスキー時空から回転基準座標系への変換を考えよう。従って、差し当たりは重力ポテンシャルは無視して、慣性基準座標系の計量を円筒座標系で表わすと

2 2 2 2 2 2 &amp;#x2212; ds = &amp;#x2212; &amp;#x0028;c dt&amp;#x0029; + dr + r d&amp;#x03C6; + dz , &amp;#x0028;2 &amp;#x0029;

となるが、ここで一様な角速度 &#x03C9;E で回転する座標系 &#x007B;t&#x2032;,r&#x2032;,&#x03C6;&#x2032;,z &#x2032;&#x007D; への変換

&amp;#x2032; &amp;#x2032; &amp;#x2032; &amp;#x2032; &amp;#x2032; t = t, r = r, &amp;#x03C6; = &amp;#x03C6; + &amp;#x03C9;Et , z = z. &amp;#x0028;3 &amp;#x0029;

を行なうなら、その結果は、回転基準座標系での周知の計量 (ランジェヴァン計量/Langevin metric)

&amp;#x0028; &amp;#x03C9;2 r&amp;#x2032;2 &amp;#x0029; &amp;#x2212; ds2 = &amp;#x2212; 1 &amp;#x2212; --E2-- &amp;#x0028;cdt&amp;#x2032;&amp;#x0029;2 + 2&amp;#x03C9;Er &amp;#x2032;2d &amp;#x03C6;&amp;#x2032;dt&amp;#x2032; + &amp;#x0028;d&amp;#x03C3;&amp;#x2032;&amp;#x0029;2, &amp;#x0028;4 &amp;#x0029; c

を導く。ただし、ここでは座標距離の平方に対する簡約化した記法 &#x0028;d &#x03C3;&#x2032;&#x0029;2 = &#x0028;dr&#x2032;&#x0029;2 + &#x0028;r&#x2032;d&#x03C6;&#x2032;&#x0029;2 + &#x0028;dz &#x2032;&#x0029;2 が用いられいてる。


The time transformation t = t&#x2032; in Eqs. (3View Equation) is deceivingly simple. It means that in the rotating frame the time variable t&#x2032; is really determined in the underlying inertial frame. It is an example of coordinate time. A similar concept is used in the GPS.
式 (3View Equation) における単純な時間変換 t = t&#x2032; は曲者である。その意味するところは、回転基準座標系においては時間変数 t&#x2032; が、実際には、前提となる慣性基準座標系により決定されると云うことである。それは座標時間の例となっている。同様な概念が GPS でも用いられている。


Now consider a process in which observers in the rotating frame attempt to use Einstein synchronization (that is, the principle of the constancy of the speed of light) to establish a network of synchronized clocks. Light travels along a null worldline, so we may set ds2 = 0 in Eq. (4View Equation). Also, it is sufficient for this discussion to keep only terms of first order in the small parameter &#x2032; &#x03C9;Er &#x2215;c. Then

&amp;#x2032;2 &amp;#x2032; &amp;#x2032; &amp;#x0028;cdt&amp;#x2032;&amp;#x0029;2 &amp;#x2212; 2-&amp;#x03C9;Er-d&amp;#x03C6;-&amp;#x0028;cdt-&amp;#x0029; &amp;#x2212; &amp;#x0028;d&amp;#x03C3;&amp;#x2032;&amp;#x0029;2 = 0, &amp;#x0028;5 &amp;#x0029; c

and solving for &#x0028;cdt&#x2032;&#x0029; yields

&amp;#x03C9;Er &amp;#x2032;2d&amp;#x03C6;&amp;#x2032; cdt&amp;#x2032; = d&amp;#x03C3;&amp;#x2032; + --------. &amp;#x0028;6 &amp;#x0029; c

さて、回転基準座標系内の観測者が "Einstein synchronization" (つまりは、光速度不変の原理) を用いて、一連の同期した時計の体系を構築しようとしたと考えてみよう。光は、ヌル世界線に沿って進行するので、式 (4View Equation) において ds2 = 0 とおいてよい。また、この議論にあっては微小なパラメータ &#x2032; &#x03C9;Er &#x2215;c の1次の項までを考えるだけで充分である。そこで

&amp;#x2032;2 &amp;#x2032; &amp;#x2032; &amp;#x0028;cdt&amp;#x2032;&amp;#x0029;2 &amp;#x2212; 2-&amp;#x03C9;Er-d&amp;#x03C6;-&amp;#x0028;cdt-&amp;#x0029; &amp;#x2212; &amp;#x0028;d&amp;#x03C3;&amp;#x2032;&amp;#x0029;2 = 0, &amp;#x0028;5 &amp;#x0029; c

が成り立つから、これを &#x0028;cdt&#x2032;&#x0029; について解くと

&amp;#x03C9;Er &amp;#x2032;2d&amp;#x03C6;&amp;#x2032; cdt&amp;#x2032; = d&amp;#x03C3;&amp;#x2032; + --------. &amp;#x0028;6 &amp;#x0029; c

が得られる。


The quantity r&#x2032;2d&#x03C6; &#x2032;&#x2215;2 is just the infinitesimal area dA &#x2032;z in the rotating coordinate system swept out by a vector from the rotation axis to the light pulse, and projected onto a plane parallel to the equatorial plane. Thus, the total time required for light to traverse some path is

&amp;#x222B; &amp;#x222B; &amp;#x2032; &amp;#x222B; dt&amp;#x2032; = d&amp;#x03C3;--+ 2&amp;#x03C9;E- dA &amp;#x2032;. &amp;#x005B;light&amp;#x005D; &amp;#x0028;7 &amp;#x0029; path pathc c2 path z


r&#x2032;2d&#x03C6; &#x2032;&#x2215;2 は、回転座標系内において、回転軸から光パルス迄のベクトルが掃過する無限小領域を赤道面と平行な平面に投影した無限小面積 dA &#x2032;z そのものである。従って、光が、或る径路を通過するのに掛かる総時間は

&amp;#x222B; &amp;#x222B; &amp;#x2032; &amp;#x222B; dt&amp;#x2032; = d&amp;#x03C3;--+ 2&amp;#x03C9;E- dA &amp;#x2032;. &amp;#x005B;light&amp;#x005D; &amp;#x0028;7 &amp;#x0029; path pathc c2 path z

となる。


Observers fixed on the earth, who were unaware of earth rotation, would use just &#x222B; &#x2032; d&#x03C3; &#x2215;c for synchronizing their clock network. Observers at rest in the underlying inertial frame would say that this leads to significant path-dependent inconsistencies, which are proportional to the projected area encompassed by the path. Consider, for example, a synchronization process that follows earth’s equator in the eastwards direction. For earth, 2&#x03C9; &#x2215;c2 = 1.6227 &#x00D7; 10&#x2212;21 s m &#x2212;2 E and the equatorial radius is a1 = 6,378,137 m, so the area is 2 14 2 &#x03C0;a 1 = 1.27802 &#x00D7; 10 m. Thus, the last term in Eq. (7View Equation) is

2 &amp;#x03C9; &amp;#x222B; --2E dA &amp;#x2032;z = 207.4 ns. &amp;#x0028;8 &amp;#x0029; c path

地上に固定している観測者は、地球の自転を意識しないなら、時計の体系を同期化するために、&#x222B; &#x2032; d&#x03C3; &#x2215;c だけを利用することになるだろうが、回転座標系の前提となっている慣性基準座標系内で静止している観測者なら、そうした同期化していくと、径路が囲む領域の投影面積に比例する、径路依存の重大なズレが生じると指摘するであろう。例えば、地上を赤道に沿って東回りに同期化していく場合のことを考えてみよう。地球の諸元によるなら 2&#x03C9; &#x2215;c2 = 1.6227 &#x00D7; 10&#x2212;21 s m &#x2212;2 E であり、赤道半径は a1 = 6,378,137 m だから、赤道が囲む面積は 2 14 2 &#x03C0;a 1 = 1.27802 &#x00D7; 10 m となる。従って、式  (7View Equation) の最後の項は

2 &amp;#x03C9; &amp;#x222B; --2E dA &amp;#x2032;z = 207.4 ns. &amp;#x0028;8 &amp;#x0029; c path

となる。


From the underlying inertial frame, this can be regarded as the additional travel time required by light to catch up to the moving reference point. Simple-minded use of Einstein synchronization in the rotating frame gives only &#x222B; &#x2032; d&#x03C3; &#x2215;c, and thus leads to a significant error. Traversing the equator once eastward, the last clock in the synchronization path would lag the first clock by 207.4 ns. Traversing the equator once westward, the last clock in the synchronization path would lead the first clock by 207.4 ns.
回転座標系の前提となる慣性基準座標系の見地からは、これは、移動する基準点に光が追い付くのに掛かる付加的な時間と見なすことができる。Einstein synchronization を素朴に適用するなら &#x222B; &#x2032; d&#x03C3; &#x2215;c しか得られず、このため、重大な誤差が生じる。赤道上を東回りに同期化を進めた場合、径路を同期化していった最後の時計は、最初の時計より 207.4 ns 遅れるのである。西回りに進めた場合には、径路を同期化していった最後の時計は、最初の時計より 207.4 ns 進む。


In an inertial frame a portable clock can be used to disseminate time. The clock must be moved so slowly that changes in the moving clock’s rate due to time dilation, relative to a reference clock at rest on earth’s surface, are extremely small. On the other hand, observers in a rotating frame who attempt this, find that the proper time elapsed on the portable clock is affected by earth’s rotation rate. Factoring Eq. (4View Equation), the proper time increment d &#x03C4; on the moving clock is given by

&amp;#x230A; &amp;#x0028; &amp;#x2032;&amp;#x0029;2 &amp;#x2032;2 &amp;#x2032; &amp;#x0028; &amp;#x2032;&amp;#x0029;2&amp;#x230B; &amp;#x0028;d&amp;#x03C4;&amp;#x0029;2 = &amp;#x0028;ds&amp;#x2215;c&amp;#x0029;2 = dt&amp;#x2032;2&amp;#x2308;1 &amp;#x2212; &amp;#x03C9;Er-- &amp;#x2212; 2&amp;#x03C9;Er--d&amp;#x03C6;--&amp;#x2212; d&amp;#x03C3;-- &amp;#x2309; . &amp;#x0028;9 &amp;#x0029; c c2dt&amp;#x2032; cdt&amp;#x2032;

慣性基準座標系にあっては、移動式の時計を時間同期のために使うことができる。そうした時計は、移動中、地上に静止している基準時計に対して、移動する側の時計での時間遅延による時間の進み方の変化が極めて小さくなるよう緩やかに移動しなければならない。他方、回転基準座標系内の観測者が、同じことをしようとすると、移動式時計で経過する固有時間が、地球の自転速度に影響されることを見いだすことになる。式 (4View Equation) を積の形に表わすと、移動する時計における固有時間の増分 d &#x03C4;

&amp;#x230A; &amp;#x0028; &amp;#x2032;&amp;#x0029;2 &amp;#x2032;2 &amp;#x2032; &amp;#x0028; &amp;#x2032;&amp;#x0029;2&amp;#x230B; &amp;#x0028;d&amp;#x03C4;&amp;#x0029;2 = &amp;#x0028;ds&amp;#x2215;c&amp;#x0029;2 = dt&amp;#x2032;2&amp;#x2308;1 &amp;#x2212; &amp;#x03C9;Er-- &amp;#x2212; 2&amp;#x03C9;Er--d&amp;#x03C6;--&amp;#x2212; d&amp;#x03C3;-- &amp;#x2309; . &amp;#x0028;9 &amp;#x0029; c c2dt&amp;#x2032; cdt&amp;#x2032;

で表わされる。


For a slowly moving clock, &#x0028;d&#x03C3;&#x2032;&#x2215;cdt&#x2032;&#x0029;2 &#x226A; 1, so the last term in brackets in Eq. (9View Equation) can be neglected. Also, keeping only first order terms in the small quantity &#x03C9;Er &#x2032;&#x2215;c yields

&amp;#x03C9; r&amp;#x2032;2d &amp;#x03C6;&amp;#x2032; d &amp;#x03C4; = dt&amp;#x2032; &amp;#x2212;--E-2---- &amp;#x0028;10 &amp;#x0029; c

which leads to

&amp;#x222B; &amp;#x2032; &amp;#x222B; 2&amp;#x03C9;E-&amp;#x222B; &amp;#x2032; pathdt = pathd&amp;#x03C4; + c2 pathdA z. &amp;#x005B;portable clock&amp;#x005D; &amp;#x0028;11 &amp;#x0029;

緩やかに移動する時計では、&#x0028;d&#x03C3;&#x2032;&#x2215;cdt&#x2032;&#x0029;2 &#x226A; 1 となるから、式 (9View Equation) の角括弧内最後の項は無視することができる。さらに、微小な1次の項 &#x03C9;Er &#x2032;&#x2215;c だけを残すなら、その結果として

&amp;#x03C9; r&amp;#x2032;2d &amp;#x03C6;&amp;#x2032; d &amp;#x03C4; = dt&amp;#x2032; &amp;#x2212;--E-2---- &amp;#x0028;10 &amp;#x0029; c

が得られる。したがって

&amp;#x222B; &amp;#x2032; &amp;#x222B; 2&amp;#x03C9;E-&amp;#x222B; &amp;#x2032; pathdt = pathd&amp;#x03C4; + c2 pathdA z. &amp;#x005B;portable clock&amp;#x005D; &amp;#x0028;11 &amp;#x0029;

である。


This should be compared with Eq. (7View Equation). Path-dependent discrepancies in the rotating frame are thus inescapable whether one uses light or portable clocks to disseminate time, while synchronization in the underlying inertial frame using either process is self-consistent.
これは、式 (7View Equation) に相当するものである。このように、回転基準座標系で発生する径路依存型のズレは、時刻の同期化に光を使っても移動式の時計を使っても免れることはできない。これに対し、回転基準座標系の前提となっている慣性基準座標系では、どちらの方法でも同期化は食い違いを生じない。


Eqs. (7View Equation) and (11View Equation) can be reinterpreted as a means of realizing coordinate time t&#x2032; = t in the rotating frame, if after performing a synchronization process appropriate corrections of the form +&#x222B; &#x2032; 2 2&#x03C9;E pathdA z&#x2215;c are applied. It is remarkable how many different ways this can be viewed. For example, from the inertial frame it appears that the reference clock from which the synchronization process starts is moving, requiring light to traverse a different path than it appears to traverse in the rotating frame. The Sagnac effect can be regarded as arising from the relativity of simultaneity in a Lorentz transformation to a sequence of local inertial frames co-moving with points on the rotating earth. It can also be regarded as the difference between proper times of a slowly moving portable clock and a Master reference clock fixed on earth’s surface.
式 (7View Equation) 及び (11View Equation) は、同期化を行なった後、+&#x222B; &#x2032; 2 2&#x03C9;E pathdA z&#x2215;c と云う適切な補正を行なうならば、回転基準座標系内において、座標時間 t&#x2032; = t が見出だされると解釈しなおすこともできる。これには数多くの見方が可能あることは注目すべきである。例えば、慣性基準座標系から見ると、同期化を開始する基準時計は移動しており、光は、回転基準座標系から見る場合とは異なる径路を進まねばならない。サニャック効果は、ローレンツ変換の同時性が、自転する地球上の諸地点と共に運動する一連の局所慣性基準座標系に対して相対的であることから発生すると解釈できるが、また、サニャック効果は、緩やかに進む移動式時計の固有時間と、地上に固定した主基準時計の固有時間の相違と見なすこともできる。


This was recognized in the early 1980s by the Consultative Committee for the Definition of the Second and the International Radio Consultative Committee who formally adopted procedures incorporating such corrections for the comparison of time standards located far apart on earth’s surface. For the GPS it means that synchronization of the entire system of ground-based and orbiting atomic clocks is performed in the local inertial frame, or ECI coordinate system [6].
このことは、1980年代初頭には、「秒の定義のための諮問委員会 (Consultative Committee for the Definition of the Second)」及び「国際無線通信諮問委員会 (International Radio Consultative Committee)」によって認識され、地表から遠く離れた場所に位置における時刻標準との比較のために、こうした補正を取り入れる手続きが正式に採用された。それは、GPS にとっては、地上局内及び軌道上の全ての原子時計の体系の同期化を、局所慣性基準座標系、つまりは、ECI 座標系内で行なうことを意味する [6]


GPS can be used to compare times on two earth-fixed clocks when a single satellite is in view from both locations. This is the “common-view” method of comparison of Primary standards, whose locations on earth’s surface are usually known very accurately in advance from ground-based surveys. Signals from a single GPS satellite in common view of receivers at the two locations provide enough information to determine the time difference between the two local clocks. The Sagnac effect is very important in making such comparisons, as it can amount to hundreds of nanoseconds, depending on the geometry. In 1984 GPS satellites 3, 4, 6, and 8 were used in simultaneous common view between three pairs of earth timing centers, to accomplish closure in performing an around-the-world Sagnac experiment. The centers were the National Bureau of Standards (NBS) in Boulder, CO, Physikalisch-Technische Bundesanstalt (PTB) in Braunschweig, West Germany, and Tokyo Astronomical Observatory (TAO). The size of the Sagnac correction varied from 240 to 350 ns. Enough data were collected to perform 90 independent circumnavigations. The actual mean value of the residual obtained after adding the three pairs of time differences was 5 ns, which was less than 2 percent of the magnitude of the calculated total Sagnac effect [4].

GPS は、2つの地上に固定された時計から単一の衛星が見える時には、それらの時計間の時刻を比較するのに利用することができる。これが、前もって地上測量により地上位置が非常に正確に分っているのが普通である時間一次標準器間の比較を行なう「衛星仲介遠隔較正法 (common-view method)」である。2か所にある受信器から共通して見える単一の衛星からの信号から、地上の2つの時計間の時間差を決定するのに充分な情報が得られる。サニャック効果は、配置によっては数百ナノ秒に上るので、こうした比較を行なう際に極めて重要である。1984年、3対の地上時間センターから同時に共通して見える GPS 3号機、4号機、6号機、8号機が、地球周回サニャック効果実験に最終的な結論を出すために、用いられた。その地上センターとは、米国コロラド州ボウルダー市の「国立標準局 (National Bureau of Standards/NBS)」、ドイツ国ブラウンシュヴァイク (Braunschweig) の「国立理工学研究所 (Physikalisch-Technische Bundesanstalt/PTB)」と東京の国立天文台 (Tokyo Astronomical Observatory/TAO) である。サニャック効果による補正量は、240 ナノ秒乃至 350 ナノ秒であった。独立した 90 回の周回により充分なデータが収集された。3対の時間差を加えて得られた差し引き残余の実際の平均値は 5 ナノ秒であり、サニャック効果の計算合計値より 2 パーセント未満であった  [4]




"Relativity in the Global Positioning System"
Neil Ashby
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訳註


  1. 1 恒星日 を 86164.091 秒とし、円周率 π を 3.141592654 として、地球自転の角速度を計算すると 2π/86164.091 = 7.292115816 × 10-5 が得られる。

  2. 米国の "National Bureau of Standards/NBS" は 1988 年に、改組されて、"National Institute of Standards and Technology/NIST" となっているが、そのまま訳してある。他方、原文 "West Germany" は、現況に合わせて「ドイツ国」と訳した。

参考文献

[3] Department of Defense World Geodetic System 1984 – Its Definition and Relationships with Local Geodetic Systems, NIMA Technical Report, TR8350.2, (National Imagery and Mapping Agency, Bethesda, U.S.A., 2004). Related online version (cited on 11 June 2007):
External Linkhttp://earth-info.nga.mil/GandG/publications/tr8350.2/tr8350_2.html. 3rd amended edition.

[4] Allan, D.W., Weiss, M., and Ashby, N., “Around-the-World Relativistic Sagnac Experiment”, Science, 228, 69–70, (1985).

[6] Ashby, N., An Earth-Based Coordinate Clock Network, NBS Technical Note, 659; S.D. Catalog # C13:46:659, (U.S. Dept. of Commerce, U.S. Government Printing Office, Washington, U.S.A.,
1975).

[10] Ashby, N., and Weiss, M., Global Positioning System Receivers and Relativity, NIST Technical Note, TN 1385, (National Institute of Standards and Technology, Boulder, U.S.A., 1999).

[19] Malys, S., and Slater, J., “Maintenance and Enhancement of the World Geodetic System 1984”, in Proceedings of the 7th International Technical Meeting of The Satellite Division of The Institute of Navigation (ION GPS-94), September 20–23, 1994, Salt Palace Convention Center - Salt Lake City, UT, 17–24, (Institute of Navigation, Fairfax, U.S.A., 1994).




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  4. nouse: 英語版ウィキペディア "Sagnac effect" 訳文
  5. nouse: ドイツ語版ウィキペディア "Sagnac-Interferometer" 訳文
  6. nouse: フランス語版ウィキペディア "Effet Sagnac" 訳文
  7. nouse: オランダ語版ウィキペディア "Sagnac-effect" 訳文
  8. nouse: 一般相対論によるサニャック効果の導出 (注意: この記事の現在の URL は http://yeblog.cocolog-nifty.com/nouse/2007/09/post-4f1e.html てある。)
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2009年1月 8日 (木)

日本語版ウィキペディアの「サニャック効果」に対する誤った解説について。付けたし:欧州宇宙機関の HYPER プロジェクト

日本語版ウィキペディアの [サニャック効果 (最終更新 2008年12月10日 (水) 12:32)] の冒頭はこう始まっている。



サニャック効果( - こうか、Sagnac effect)は光に関する物理現象の一つで、特殊相対性理論で説明される現象によって、光路中を進む光の速度がその光路の運動に関係なく一定である為に、光路の運動によって光路の長さが変わったかのように見える現象である。
--サニャック効果 (最終更新 2008年12月10日 (水) 12:32)

しかし、この文章は物理学上、殆ど意味をなさない。僅かに、意味があるとしたら、相対論に就いての初歩的な勘違いの見本に使えるかもしれないと云ったぐらいだろう。

これが、実質的に一人の著作になるものなのか、あるいは「多くの船頭」がいたのかを確かめるほどの茶人では私はないし、また分かったとしても、他人様の頭の上の蝿を追う趣味はないので、以下は、誰彼の責任を追及するものでは全くないことを断わったうえで、話を続けていく。

この文章中の「光路」が如何なる意味で使われているのかが、まず問題になる。相対論で、時空中を自由な光が進む軌跡は所謂「ゼロ測地線/zero geodesic」(或いは「ヌル測地線/null geodesic」) になる。しかし、「光路の運動」と云う表現が物理的意味を持つには、「光路」がゼロ測地線そのものであることは難しいだろう。勿論、ゼロ測地線とは別のものである可能性もない訳ではないが、しかし「光の速度が...一定」であると言っている以上、ゼロ測地線の「空間」(「時空」の「空」部分) への投影を、時間をパラメータとして表現していると推定するのが最も妥当と言うべきだろう。勿論、これは「時空多様体」に「時間軸」を含む大域的な座標軸が存在している場合の話だが、「サニャック効果」が主題となる文脈では、この条件は満たされていると考えて良いだろう。

つまり、「光路の運動」とは、ゼロ測地線が載っている座標系が、観測者が載っている座標系に対して運動していると云うことを言いたいのだと考えることができる。

これを念頭に置いて、改めて、ウィキペディアの文章を読むと、「特殊相対性理論で説明される現象によって、光路中を進む光の速度がその光路の運動に関係なく一定である」となっていて、これだけで、この文章は「アウト」なのだ。

特殊相対論が言っているのは、異なる慣性系が互いに等速直線運動をしているなら (まぁ、一方の慣性系から見て、他方の慣性系が等速直線運動をしているなら、自動的に、その逆がなりたっているのだが...) 、真空中を進む同一の光の速度を、どちらの慣性系の時間と空間距離を以って測っても同一になると云うことだけである。

しかし、特殊相対論では、基本的には、それ以上のことは言えない。

一般の時空多様体は、ミンコフスキー空間 (つまり慣性系) を貼り合わせた構造を持つので、局所的には、慣性系になっている。従って、観測者が載っている局所座標系を取り敢えずは慣性系と見なすことは可能である (そして、それに載っている観測者自身に対しては静止している。以下、こうした座標系を「静止座標系」と呼ぶことにする)。しかし、静止座標系を作るのと同一の手続きで、真空中の光をゼロ測地線として載せいてる別の座標系を、静止座標系に対して等速直線運動をする慣性系にすることは一般には不可能である。そして、大雑把な言い方では、(サニャック効果に沿った例を挙げると) 静止座標系に対して回転運動する座標系に載っているゼロ測地線としての光の速度を静止座標系に乗っている観測者が測ると、一般には (具体的には、例えば、空間中、回転の接線方向に光が進んでいる場合など)、特殊相対論の謂う「真空中の光速 c」にはならない。

ここで「権威」を持ち出して議論の補強ような愚劣なことをする積もりはないが、それでも一般相対論の優れた解説者の言葉を引用しておくのも無駄ではないだろう。

重力場が存在すると、その自然な「光路」が屈曲することから得られる結論を論じて、アインシュタインは、次のように説明する:

In the second place our result shows that, according to the general theory of relativity, the law of the constancy of the velocity of light in vacuo, which constitutes one of the two fundamental assumptions in the special theory of relativity and to which we have already frequently referred, cannot claim any unlimited validity. A curvature of rays of light can only take place when the velocity of propagation of light varies with position. Now we might think that as a consequence of this, the special theory of relativity and with it the whole theory of relativity would be laid in the dust. But in reality this is not the case. We can only conclude that the special theory of relativity cannot claim an unlimited domain of validity ; its results hold only so long as we are able to disregard the influences of gravitational fields on the phenomena (e.g. of light).
--Albert Einstein. "Relativity: The Special and General Theory" (1920) Part II. Section 22. "A Few Inferences from the General Theory of Relativity" - Wikisource

この結論の2つめ重要な点としては、一般相対論に従うなら、特殊相対論の2つの基本的仮定の一方をなし、本書でしばしば言及されてきた真空中の光速度一定の法則が、無制限な妥当性を主張できなくなると云うことである。光線が屈曲すると云うことは、光の伝搬速度が場所によって変化しなければ起こりえない。この結果、特殊相対論と、相対論に関わる全ての理論が一敗地に塗れると云う風に考えることになるのだろうかと云うなら、事実はそうではない。これは、特殊相対論が妥当性を主張できる範囲は無制限ではなく、その結論は、(例えば、光の) 現象への重力場の影響が無視できる限りにおいてのみ成立すると云うだけのことなのであると言える。
--アルベルト・アインシュタイン「相対論:特殊と一般」(1920年)。第2部第22章「一般相対性原理からの幾つかの結論」

ただし、ドイツ語原書 "Über die spezielle und die allgemeine Relativitätstheorie" が出版されたのは 1916 年らしい。

一応補足しておくと、「光速度不変の法則」が成立しなくなるのは、静止座標系から加速度系を観測する場合であって、ゼロ測地線としての「光路」が載っている座標系自身において (つまり、その固有時間で) 光の速度を測るなら、その座標系が静止座標系に対して如何なる運動をしていようとも、所謂「真空中の光速度」になる。これはつまり、ゼロ測地線が座標変換してもゼロ測地線に移ると云うことである。さらに言うなら、このことは、物理法則が座標変換に対して共変的であらねばならないと云う、一般相対論の要請に従っている。つまり、「光速度不変の原理」と行ったものがあるなら、特殊相対論より一般相対論の方に馴染んでいるのだ。

これは、上記引用したアインシュタインの言葉尻とは一見異なるが、「光速度不変の原理が破れる」と云うのは、一般相対論が登場したばかりの当時 (例えば "Die Grundlage der allgemeinen Relativitätstheorie" の発表は1916年) として、啓蒙書において特殊相対論側から見た言い方をしたまでのことで、一般相対論側から表現すれば、固有時間で計った光速度は常に一定である。

これに対し、GPS により一般相対論が生活の中に入り込んでいる現在にあっては、メートル法自体が、距離の定義を一般相対論による「光速度不変の法則」に基づくようになっている。つまり、現在の国際単位系 (SI -- フランス語 "Le Système International d'unités" の略) では、長さの基本単位 1メートルを、光が真空中を 1/299,792,458 秒間に進む距離として定義されている (1983年) のは (第2.1.1.1項。Le Système international d’unités" 第8版 2006年 p.22 (仏文) p.112 (英文) 参照)、たとえ加速度系中で測定したとしても、「固有時間」の厳密性が精度良く担保される限り、その「固有時間」で測定した光速度は不変であることを踏まえているのだ。これに対応して「国際度量衡委員会 (CIPM -- フランス語 "Comité international des poids et mesures" の略。英語では "International Committee for Weights and Measures)")」の2002年の勧告では、一般相対論を考慮して、実際にメートル単位を構成する場合には、光路の長さを、固有時間の進み方に影響を与える重力ポテンシャルの不均一性が発生しないような短さに留めるよう求めている (国際度量衡局 [BIPM -- フランス語 "Bureau International des Poids et Mesures" の略] "Le Système international d’unités" 第8版 2006年 付録1. p.78 (仏文) 及び p.167 (英文) 参照)。

日本語版ウィキペディアの記載にとって皮肉なことに、「光路中を進む光の速度がその光路の運動に関係なく一定である」と云う表現に、幾らかでも物理的な意味を付与しようとするなら、それは、特殊相対論では不可能で、一般相対論によらねばならないのだ。


サニャック効果自体に就いても少し書いておこう (ただし、以下の内容は、このブログで既に書いてあることも多い)。

サニャック効果を論ずる場合は、空間中の光の伝搬速度としての「光の速度」と、時空の構造定数としての「(真空中の)光の速度」とを分けて考える必要がある。サニャック効果の成立にとり、空間中の光の伝搬速度は、本質的な重要性は持たない。

だから、光ファイバー中を、「(真空中の)光の速度」の速度をかなり下まわる伝搬速度で進んでも (勿論、表式中には光ファイバの屈折率が現れるが) 成立する。

また、「光路」がゼロ測地線である必要もない。サニャック効果に関わるのは、空間中の単純な径路である。サニャック効果の「説明」にしばしば使われる円周はゼロ測地線 (の「空間」への投影) ではないから安易に「光速度の不変性」を云々してはならないのだが、その事実とは無関係にサニャック効果は成立する。

それどころか、伝搬するのが光である必要さえない。これは「サニャック効果の普遍性」として知られている。実際問題として、サニャック効果を検出するには、時間差を高精度で測定する必要がある訣だが、光の場合は、光干渉計を用いることで、位相差として現れるサニャック効果の検出が容易になるため、歴史上最初に光に就いて発見されただけである。

しかし現在では、例えば、電子のクーパー対、電子、中性子、原子 (カルシウム、セシウム、ルビジウム) の物質波でのサニャック効果が確認されている。特に、サニャック効果による原子物質波の位相干渉を用いる回転角速度検出は、光を用いる場合より精度が格段に高くなることが期待されるために研究が進められている。

例えば ESA/ESTEC ("European Space Agency"/"European Space Research and Technology Centre" 欧州宇宙機関/欧州宇宙技術センター) で、宇宙空間において、地球の自転による Lense-Thirring effect の測定と、併せて、微細構造定数 の高精度測定を行なうべく推進されている HYPER プロジェクトでは、冷却原子の物質波のサニャック干渉を用いた装置 (Atomic Sagnac Interferometer--ASI--) 2基を観測衛星に搭載することが計画されている ("HYPER: A POTENTIAL ESA FLEXI-MISSION IN THE FUNDAMENTAL PHYSICS DOMAIN")。


サニャック効果は、静止座標系に対して、等速回転運動している座標系内部では大域的な同時性が成立せず (これは、同時性を表わす微分形式が完全積分可能ではないと云うことでありフロベニウスの定理/Frobinius' theorem に関わる)、空間中異なる位置にある2事象の同時性が、その2事象を結ぶ径路に依存することに起因する。この2事象の離間が無限小である場合には、その同時性のズレは線素から容易に求まるが、線素には時空の構造定数としての「(真空中の)光の速度」が入っているから、それに応じてサニャック効果の表式にも「(真空中の)光の速度」(「(真空中の)光の速度」を 1 とした場合は、見かけ上出てこないが、それは別の話だ) が現れる。しかし、これは、例えば光ファイバの中を光がどれだけの速度で伝搬するかとは独立している。一般の2事象の場合の同時性のズレは、無限小離間における同時性のズレを線積分すれば得られるわけだが、これは線積分をどの径路に従って行なうかで変化する。この時、特に、回転軸に対して径路の進む向きが重要となるが、これはサニャック効果を引き起こすコリオリ力ポテンシャルがベクトルポテンシャルであるためである。

こうしたことを踏まえるなら、「光路の長さ」を「光の速度」で割って求めた「時間」からサニャック効果を説明する仕方は、その基礎とする理論が何であったとしても、私は首を傾げざるを得ない。現在のメートル法がそうであるように、「長さ/距離」が「(固有) 時間」から求められるべきものであって、その逆ではないからだ。

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2008年12月 9日 (火)

[nouse: 一般相対論によるサニャック効果の導出] の URL (所謂「固定リンク」) に就いて

先日、本ブログの [nouse: 一般相対論によるサニャック効果の導出] (2007年9月30日[日]) に、[nouse: ホロノミー (holonomy) としてのサニャック効果 (Sagnac effect): 物理篇 ] (2008年11月 8日[土]) へのリンクを補足して、保存しなおしたところ、記事の URL (所謂「固定リンク」) が変わってしまった。

具体的には、ファイル名が "post_4f1e.html" から "post-4f1e.html" に変えられていたのだ。

「事故を防ぐ」と云う観点から、投稿記事の URL をココログが独自の方針で割り当てるのは、ある程度理解できる。しかし、一旦割り振った URL を変えてしまってどうするのだ。ファイルシステムが成立しないではないか。作成したファイルの内容の自己同一性を担保するのは、「公序良俗に反しない限り」投稿者 (厳密には「著作者」だが表見的には「投稿者」である) のみの責任であるとともに、投稿者のみの権利である (これは著作者人格権に関わる)。そして、同一の URL は、ファイルの内容の自己同一性の基本的な表示なのだ。

このブログ中の既存記事には [nouse: 一般相対論によるサニャック効果の導出] へのリンクを張ったものが複数存在する。それは現在リンク切れの状態になっている。しかし、リンクを張りなおしすと、リンク元の記事自体の URL が変わってしまう可能性があるので迂闊に手を出せない。

また、検索エンジンでも、古い方の記事にヒットした場合はリンク切れになっている。

ココログスタッフの猛省を促したい。

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2008年11月 8日 (土)

ホロノミー (holonomy) としてのサニャック効果 (Sagnac effect): 物理篇

本稿の用語・記法に就いては [nouse: ホロノミー (holonomy) としてのサニャック効果 (Sagnac effect): 数学的準備] (2008年10月31日[金]) を参照されたい。

時空多様体に就いての仮定

時空多様体を、弧連結4次元微分可能擬リーマン多様体 (M, \ g_{\alpha\beta}) として考える (g_{\alpha\beta} は、その計量)。なお、符号系は [{+}{-}{-}{-}] であるとする。

話を単純にするため、次の仮定をする。

  1. (M, \ g_{\alpha\beta}) 上には時間性キリングベクトル場 (time-like Killing vector filed) \mathbf{k}^\ast = (k^\mu) が存在する (以下、接ベクトル場 \mathbf{k}^\ast の共変化余接ベクトル場を \mathbf{k}_\ast = (k_\mu) で表わすことにする)。なお「時間性」とは、符号系 [{+}{-}{-}{-}] にあっては k_\mu k^\mu > 0 と云うことである 。
  2. mathbf{k}^\ast の積分曲線で M を割った商空間 S \ (\equiv M/T)g_\alpha\beta から導かれる計量によって3次元リーマン多様体となっている。これを、所謂「物理的空間」とする。
  3. 射影 \pi : M \to S は微分可能である。


相対論や量子重力論での底空間としの時空多様体

通常、相対論や量子重力論で扱われるのは、4次元時空多様体 M を底空間とし、接ベクトル空間 T_x(M), \; x \in M をファイバとするベクトルバンドル T(M)\{M, \; \pi, \; T_x(M), \; GL(4, \; \mathbb{R})\} (余接ベクトルバンドル T^\ast(M) も?)と、これに同伴する接フレームバンドルであるようだ。


主バンドルとしての時空多様体

しかし、本稿では、時空多様体の「時空」全体 M が全空間、「空間」S を底空間、時間性キリングベクトル場 mathbf{k}^\ast の積分曲線 (つまり、事象の世界線) F が個別ファイバー、mathbf{k}^\ast が生成する1パラメータ変換群 T が構造群 (リー群である) となる主バンドル M\{S, \; \pi, \; F, \; T\} を扱う。

この時空多様体内で静止している観測者の世界線は、或る個別ファイバーと一致する。そして、その静止観測者の4元速度 \mathbf{v}

\mathbf{v} = (v^\mu) = \Bigl(\frac{k^\mu}{k_\nu k^\nu}\Bigr)

で求められる。


主バンドルとしての時空多様体の構造群と、それに付随するリー代数

構造群 T は、リー群としての正実数乗法群 \mathbb{R}_+ である。 リー群 T \ (\equiv \mathbb{R}_+) のリー代数 (Lie algebra) \mathfrak{T} は、1次元ユークリッド空間 \mathbb{R} になる。これが「(キリング)時間軸」である。

時間性キリングベクトル場 mathbf{k}^\ast を、基本接ベクトル場として生成する \mathfrak{T} の元を \mathbf{k} とすると、その1パラメータ変換群は \{\mathrm{exp}t\mathbf{k}\} となり (但し、t \in \mathbb{R})

\mathbf{k}^\ast = \Big\{\frac{d (x \, \mathrm{exp} \, t\mathbf{k})}{dt}\big|_{t=0} \; \Big| \; x \in M \Big\}

が成り立つ。

つまり、1パラメータ変換群 \{\mathrm{exp}t\mathbf{k}\} とリー群 T \ (\equiv \mathbb{R}_+) との同一視は、リー代数 \mathfrak{T} \ (\equiv \mathbb{R}) の元 t \in \mathbb{R} を介在させることで成立する。更にこれに対応する右移動を、\sigma_t と記すことにすると、任意の x \in M に対して

x \, \mathrm{exp} \, t\mathbf{k} = \sigma_t(x)

となる。

また、時間性キリングベクトル場 mathbf{k}^\ast は、接ベクトル場であるから、それに着目する場合には \partial_t と記すことにする。


主バンドルとしての時空多様体の水平持ち上げ

特に、任意の x \in M に対して、x = \sigma_t(\pi(x)) となる t \in \mathbb{R} が一意に存在する。

従って、任意の点 u \in S において、その自明化近傍 u \in U をとり、更に t \in \mathbb{R} を固定して \sigma_t : U \to \pi^{-1}(U) \subset M を考えると、これは u \in UM の局所切断になっていて、「水平持ち上げ」を構成する。


水平持ち上げによる局所座標系

ここで、S 内の点 u = \pi(x) の適宜の近傍における局所座標系 (x^1, \;x^2, \; x^3) を取るなら、t と組み合わさって、x \in M の適宜の近傍における局所座標系 (t, \; x^1, \;x^2, \; x^3) が得られる。接ベクトル空間 この局所座標系に対応する接ベクトル場を (\partial_t, \; \partial_1, \; \partial_2, \; \partial_3) と記す。この接ベクトル場は接ベクトル空間 T(M) の基底となる。また、余接ベクトル空間 T^\ast(M) における (\partial_t, \; \partial_1, \; \partial_2, \; \partial_3) の双対基底を (dt, \; dx^1, \; dx^2, \; dx^3) と記す。


主バンドルとしての時空多様体の接続形式

さて、主バンドル M\{S, \; \pi, \; F, \; T\} としての時空多様体上の1次形式 \omega : T(M) \to \mathfrak{T} \ (\cong \mathbb{R}) が接続形式である必要十分条件は (この場合の「右移動」が \sigma_t であることに注意すれば)

  1. \sigma_t{}^\ast \omega = \omega \circ \sigma_t = \omega, \quad \forall  t \in T
  2. \omega(\mathbf{k}^\ast) = 1

でとなる。


キリングベクトル場とポアンカレ接続 (Einstein synchronization)

時空多様体において、時間性キリングベクトル場 \mathbf{k}^\ast = (k^\mu) と、その共変化余接ベクトル場 \mathbf{k}_\ast = (k_\mu) を使って構成した

\omega = \frac{k_\mu d x^\mu }{k_\nu k^\nu}

M 上の1次形式として、これら2つの条件を満たす (第1条件が成り立っているのは、リー微分の基本的性質 \mathscr{L}_{\mathbf{k}^\ast} \, \mathbf{k}^\ast = 0 と、キリングベクトル場の定義式 \mathscr{L}_{\mathbf{k}^\ast} \, g = 0 から分かる。第2条件は自明) ので、時空多様体における接続を定める。これが「ポアンカレ接続/Poincaré connection」もしくは「Einstein synchronization convention」である (E. Minguzzi "Simultaneity and generalized connections in general relativity" 23 May 2003 参照 。本稿は、この論文に多くを負っている)。

ここで、上記の余接ベクトル空間の基底 (dt, \; dx^1, \; dx^2, \; dx^3) で、このポアンカレ接続を表わすと \omega = dt + \sigma_t{}^\ast\omega となるが、この式の第2項は、底空間 S 上の1次形式とも看做せるから、それを \omega^\prime と記すなら、ポアンカレ接続の表式は \omega = dt + \omega^\prime となり、S 上では \sigma^\ast_t \omega^\prime = \omega^\prime が成り立つ。

また \omega は実1次形式だから、\omega \wedge \omega = 0 となり、従って、\Omega を、この接続形式 \omega に対応する曲率形式とすると d\omega = d\omega^\prime = \Omega - \omega \wedge \omega = \Omega が成り立つことに注意。

一応注意しておくと、この曲率形式 \Omega は、一般相対論などで使われる「曲率テンソル」とは別のものである。

上述のように、一般相対論の通常の議論は、時空多様体を底空間とするフレームバンドルの接続 (つまり、アフィン接続) を扱っている。その構造群は、一般線型群 GL(r, \mathbb{R}) (r = 4) であり、付随するリー代数は、全行列環 M(r, \mathbb{R}) だから、当該フレームバンドルの接続形式 \omega は、r \times r の行列 (\omega_\lambda{}^\mu) で表わせる r^2 個の実1次形式となる。

このフレームバンドルの接ベクトルバンドルに働く r^2 個の実1次形式を、局所座標系による自然標構

s : (x^1, \ldots, x^r) \mapsto \Big(\frac{\partial}{\partial x^1}, \ldots, \frac{\partial}{\partial x^r}\Big)

を用いて時空多様体の接ベクトルバンドル上に引き戻して、時空多様体の局所座標系に対応する余接ベクトル場の基底である実1次形式 dx^1, \ldots, dx^r の線型結合として表わす時に現れるのが所謂接続係数、つまりクリストッフェルの記号 \Gamma^\mu_{\lambda\nu} である。つまり

\omega_\lambda{}^\mu \circ ds = \Gamma^\mu_{\lambda\nu}\, dx^\nu

フレームバンドルにおける曲率形式は、この接続形式 \omega を共変微分 (\Omega = D\omega) したものであってテンソル的2次形式になる。


主バンドルとしての時空多様体のホロノミー、つまりサニャック効果

ここで S 内の区分的に滑らかな閉曲線 C : [a, \; b] \to S ([a, \; b] は実数直線内の閉区間であって C(a) = C(b)) の M 内への水平持ち上げ曲線 _\ast : [a, \; b] \to M を考えると、水平持ち上げの定義により C_\ast 上では omega = 0 であるから

\int_{C_\ast} \omega = \int_{C_\ast} (dt + \omega^\prime) = 0

が成り立つ。

dtC_\ast に沿って積分した \delta t が、接続 \omega の、閉曲線 C に沿ったホロノミー (holonomy) がサニャック効果 (Sagnac effect) であるから、接続 \omega に対応する水平持ち上げを引き起こす S 上の M の切断 sigma : S \to M (\sigma \in \Gamma(M)) を考えると、\sigma_\ast(C) =C_\ast であり、また S 上では、従って C 上では \sigma^\ast_t \omega^\prime = \omega^\prime が成り立つので

\delta t = \int_{C_\ast} dt = -\int_{C_\ast} \omega^\prime = -\oint_C \sigma^\ast \omega^\prime = -\oint_C \omega^\prime

となる。


ボルン座標系でのサニャック効果

ボルン座標系に対して、上記の議論を適用して、ミンコフスキー空間に対して等角速度運動をする座標系内に静止している観測者を起点とする径路のサニャック効果を計算してみよう。

ボルン座標系の線素は [nouse: 英文版ウィキペディア "Born coordinates" 導入部、第1節-第3節翻訳草稿] (2008年8月2日[土]) に見られるが、本稿では、その表式を若干改め、座標を表示する記号は、[nouse: 一般相対論によるサニャック効果の導出] に揃え (従って、符号系も逆転している)、また、真空中の光速度に関しても、1 に正規化せず、[nouse: 一般相対論によるサニャック効果の導出] (2007年9月30日[日]) や [nouse: 等角速度円運動の旅行者における「双子のパラドクス」] (2008年3月24日[月]) におけるのと同様 c として復活して書くことにして、ボルン座標系 (t, \; r, \; z, \; \theta) の線素を

ds^2 = \left( c^2- r^2 \, \omega^2 \right) \, dt^2 - dr^2 - r^2 \, d\theta^2 - dz^2 - 2 \, r^2 \, \omega \, dt \, d\theta

として、以下議論を進める。

線素の係数部分には時間変数 t が含まれないから、\mathscr{L}_{\partial_t} \, g = 0 となり、また、その「長さ」の平方は、この議論におけるボルン座標系の符号系から当然正となるので \partial_t は時間性キリングベクトル場になる。

つまり、ボルン座標系では、時間性のキリングベクトル場 \partial_t に直交する空間的超平面 T = T_0 を自然に底平面と同一視可能であり、射影 \pi も時間座標を捨てるだけで得られる。この場合、t は大域的な時間そのものだから、リー群のリー代数としてのキリング時間軸と 座標系の時間軸とは同一視できる。

従って、キリングベクトル場は局所座標系で \mathbf{k}^\ast = (1, \, 0, \, 0, \, 0) で表わされ、その共変化余接ベクトル場は \mathbf{k}_\ast = (c^2 - r^2\omega^2, \, 0, \, 0, \, -r^2\omega) と表わされる。当然 k_\nu k^\nu = c^2 - r^2\omega^2 となって、その結果、ポアンカレ接続は

\omega = dt - \frac{r^2 \, \omega}{c^2 - r^2 \, \omega^2}d\theta

となる。

ここで、CS 内の閉曲線とすると、それに沿った、ポアンカレ接続のホロノミー、つまり、サニャック効果は

\delta t = \oint_C \frac{r^2 \, \omega}{c^2 - r^2 \, \omega^2}d\theta

で与えられる。特に Cz 軸を中心軸とする半径 r_0 の円であるなら、それに沿ったサニャック効果は、その円の面積を A = \pi r_0^2 として

\delta t = \frac{2\pi r_0^2 \, \omega}{c^2 - r_0^2 \, \omega^2} = \frac{1}{c^2} \cdot \frac{2\omega A}{1 - \displaystyle\frac{r_0^2 \, \omega^2}{c^2}}

で表わせる。

ここで注意しなければならないことは、\partial_t つまり、キリング時間にはローレンツブーストが係っていることだ。そこで、固有時でのサニャック効果は、

\delta\tau = \delta t \sqrt{1 - \frac{r_0^2 \, \omega^2}{c^2}} = \frac{1}{c^2} \cdot \frac{2\omega A}{\sqrt{1 - \displaystyle\frac{r_0^2 \, \omega^2}{c^2}}} \qquad \delta \tau \approx \delta t \approx \frac{2\omega A}{c^2}

となるが、いづれにしろ、\frac{r_0 \, \omega}{c} \approx 0 である限りは、この値は \delta \tau \approx \delta t \approx \frac{2\omega A}{c^2} と看做せる。これは、円を正方向に廻った場合の固有時間のズレである。この円を負方向に廻る場合の固有時間のズレは、符号が逆になって -\!\frac{2\omega A}{c^2} となる。

通常行なわれているサニャック効果の実験 (サニャック干渉計) では、正逆両方の差が測定されるから、その表式は

2\delta\tau \approx 2\delta t \approx \frac{4\omega A}{c^2}

となる。


曲率形式とサニャック効果のゲージ不変性

ここで、一般論に戻って、S 内の閉曲線 C を再び取り上げる。ただし、微妙な議論を避けるために、z 直交平面への C の投影像はジョルダン閉曲線 (Jordan curve) になっているものとする。

この投影像が「何回 (ただし有限回) か 回転する閉曲線」や「区分的に滑らかな閉曲線」の場合も、「病理的な症例」を除けば、単純な場合の極限をとることで、以下の議論と同じ結論が得られるであろう。

更に、この S 内の部分多様体としての1次元C が、(C^\infty級微分可能)多様体であり、それが S 内のコンパクトで向きづけられた2次元(C^\infty級微分可能)多様体 D の向きを込めた意味で境界になっているものとする。つまり C = \partial であるとすると、ストークスの定理 (Stokes' theorem) により

\delta t = -\oint_C \omega^\prime = -\int_D d\omega^\prime = -\int_D \Omega

であることが分かる。これはつまり、サニャック効果が、「空間」上の主バンドルとしての時空多様体の接続に関して、ゲージ不変量であることを意味する。


ボルン座標系での曲率形式

具体例として、ボルン座標系でのポアンカレ接続 \omega = dt - \frac{r^2 \, \omega}{c^2 - r^2 \, \omega^2}d\theta の曲率形式を計算してみると

\omega^\prime = - \frac{r^2 \, \omega}{c^2 - r^2 \, \omega^2}d\theta \qquad \Omega = d\omega = d\omega^\prime = - \frac{2r\omega}{c^2\Bigl(1 - \displaystyle\frac{r^2\omega^2}{c^2}\Bigr)^2} \, dr \wedge d\theta

となる。これがポアンカレ接続に対応する所謂「場の力」だが、古典的なコリオリ力場に対応していることを見るのは容易だろう。


ボルン座標系での一般的な閉曲線に沿ったサニャック効果

やはりボルン座標系での範囲内ではあるが、ここで、C が円とは限らない場合を考えよう。ただし、この場合でも CS 内のコンパクトで向きづけられた2次元多様体 D の向きを込めた意味で境界になっているものとする。更に、座標の回転速度は十分遅くて \frac{r\omega}{c} \approx 0 である場合に限定すると \Omega \approx - \frac{2r\omega}{c^2} \, dr \wedge d\theta が言えるから、サニャック効果は

\delta t = - \int_D \Omega \approx \int_D  \frac{2r\omega}{c^2} \, dr \wedge d\theta = \frac{2\omega}{c^2} \int_D r \, dr \wedge d\theta

この最後の積分内の項 r \, dr \wedge d\thetar 軸と \theta 軸が張る平面、つまり、z 軸と直交する平面における面積要素である。従って、\int_D r \, dr \wedge d\theta とは、2次元多様体 Dz 軸直交平面への投影、つまり、閉曲線 Cz 軸直交平面への投影が囲む領域の面積に等しい。この面積を A とおくなら、一般的な閉曲線に対するサニャック効果の表式が、やはり

\delta t \approx \frac{2\omega A}{c^2}

で与えられることが分かる。回転方向の正負や固有時間に就いての議論は、C が円の場合と同じだから、やはり同じ式

\delta\tau \approx \delta t \approx \frac{2\omega A}{c^2}, \qquad 2\delta\tau \approx 2\delta t \approx \frac{4\omega A}{c^2}

が成り立つ。


サニャック効果とアハラノフ=ボーム効果

サニャック効果は、通常、光や物質波の位相干渉として検出される。光の場合は、Georges Sagnac が1913年に報告しており (G. Sagnac, "Comptes Rendus de l'Academie des Sciences" Paris. 157, pp.708-710,1410-1413 [1913])、「サニャック効果」の呼称は、彼の名に因む。また、物質波のサニャック効果による位相干渉は Cold Atom Sagnac Interferometer (CASI) として研究されている。(CASI に就いては CASI: Cold Atom Sagnac Interferometer などを参照。ただし、この記事のサニャック効果の説明は、感心できるものではない)。

サニャック効果を、引き起こすのは、コリオリ力場ポテンシャルである。 勿論、コリオリ力は、回転軸 (z 軸) に直交する平面内での運動には働かないが、コリオリ力場ポテンシャルは、効果を及ぼして、光や物質波の位相を変えるのである。

これと類似する現象が電磁気学でも知られている。それが、磁場が存在しない領域を通る荷電粒子の波動関数の位相が、電磁気学的ポテンシャルの影響で、径路に依存して変化すると云う アハラノフ=ボーム効果 (Aharonov-Bohm effect) である。アハラノフ=ボーム効果も構造群が1次ユニタリ群 (1) である主バンドルのホロノミーとして理解される。

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2008年10月31日 (金)

ホロノミー (holonomy) としてのサニャック効果 (Sagnac effect): 数学的準備

[nouse: 英文版ウィキペディア "Born coordinates" 導入部、第1節-第3節翻訳草稿] (2008年8月2日[土]) の「ボルン座標表示への変換」への訳註で書いたように、サニャック効果は時空多様体におけるホロノミー (holonomy) である。そのことを、少し纏めておきたいのだが、今はその余裕が無い。これは、のちのち、改めて考える際の手掛かりとして「泥縄式」に書きまとめたものである。内容に就いては保証しない。用語が、一般的な用法と異なる可能性も排除しない。


微分幾何学のお浚い

以下、取り敢えず、微分幾何学の初歩を御浚いしておこう。以下、「多様体」は C^\infty級構造を有する「実微分可能多様体」であり、「多様体」間の写像も C^\infty級「微分可能写像」であるとする。


微分形式

微分多様体 M の全ての点 x \in M において、接ベクトル空間 T_x(M), \; x \in Mk 個のテンソル積 \bigotimes\limits^k T_x(M) から有限次元実ベクトル空間 V への写像 \omega_x が実複線型性と交代性を備え、さらに x \mapsto \omega_x が微分可能である時 (つまり \omega_x を局所座標表示した時の係数が微分可能である時)、\omegaM 上の値域 V の「k-形式 (或いは「k次形式」) と呼ぶ (「次」を付けたり付けなかったりするが、文脈と口調と書き癖によるだけのことで、気にしないで頂きたい)。

値域V の0次形式とは M から V への微分写像である。値域が実数体 \mathbb{R}k-形式を「実 k-形式」と呼ぶ。実0次形式とは実微分可能関数のことである。実1次形式とは、余接ベクトル場のことである。

なお、一般に微分多様体 M 上での値域 Vk-形式 \theta : T^k(M) \to V は、T(M)k重外積冪空間 \wedge^k T(M) から V への線形写像 \theta : \wedge^k T(M) \to V と同一視できる。特に、値域が \mathbb{R} である実 k-形式は、\wedge^k T^\ast(M) の元である。まぁ、正確には、「M 上の \wedge^k T^\ast(M) の微分可能な切断」などとすべきだろうが、混乱が起こりそうでない限り、こうした書き方をしておく。

しかし、念のため、記号だけでも書いておこう:

\theta が、実 k-形式であること、及び、Vk-形式であることとは、それぞれ \theta \in \Gamma(\wedge^k T^\ast(M)) そして \theta \in \Gamma(\wedge^k T^\ast(M) \otimes V) で表わされる。


外積代数 (Grassmann 代数) の外積に就いての注意

ここで、一般に体 K 上のベクトル空間 Ek 重外積冪空間とは、\mathfrak{S}_kk次対称群、その元 \sigma の符号を \mathrm{sgn} \sigma とした時 A_k = \underset{\sigma \in \mathfrak{S}_k}{\Sigma} \! (\mathrm{sgn} \sigma) \sigma で表わされる k次交代化作用素を Ek 次テンソル積空間に作用させた時の余像 (coimage) である訣だが (つまり A_k : \; \bigotimes\limits^k \! E \to \bigotimes\limits^k \! E を考えた時の  \wedge^k \! E := \; \bigotimes\limits^k \! E/\mathrm{Ker}A_k である訣だが)、 \in \wedge^p \! Et \in \wedge^q \! E との間の外積 s \wedge t \in \wedge^{p+q} \! E の定義には2通りの流儀があるので注意する必要がある。

その第1は、

s \wedge t = \frac{1}{p!q!} A_{p+q}(s \otimes t)

とするものであり、その第2は、

s \wedge t = \frac{1}{(p+q)!} A_{p+q}(s \otimes t)

とするものである。

E の双対空間 Estar に就いても A_k : \; \bigotimes\limits^k \! E^\ast \to \bigotimes\limits^k \! E^\ast から \wedge^k \! E^\ast := \; \bigotimes\limits^k \! E^\ast \! /\mathrm{Ker}A_k を構成し、s \in \wedge^p \! E^\astt \in \wedge^q \! E^\ast とから s \wedge t \in \wedge^{p+q} \! E^\ast を導く際に同様なことが言える。

そして、この2つの「流儀」では

e^\ast{}_1, \ldots, e^\ast{}_i, \ldots, e^\ast{}_k \in E^\ast, \ e_1, \ldots, e_j, \ldots, e_k \in E

に対して、第1の場合は

\langle e^\ast{}_1 \wedge \ldots \wedge e^\ast{}_k, \; e^\ast_1 \wedge \ldots \wedge e^\ast_k \rangle = \mathrm{det}(\langle e^\ast{}_i, \; e_j \rangle)

となり、第2の場合は

\langle e^\ast{}_1 \wedge \ldots \wedge e^\ast{}_k, \; e^\ast_1 \wedge \ldots \wedge e^\ast_k \rangle = \frac{1}{k!} \mathrm{det}(\langle e^\ast{}_i, \; e_j \rangle)

となって、実際に異なっている。

本稿の文脈では、後述の、微分形式の外微分の表式や、接ベクトル場と微分形式との内部積の表式が、この両者では異なるので、留意しなければならない (本稿では第2の場合を採用している)。

ちなみに松島与三「多様体入門」(東京「裳華房」1965年) は「いろいろの公式で無用の定乗数をのぞくため」第1の流儀を採用しており、小林昭七「接続の微分幾何とゲージ理論」(東京「裳華房」1989年) では第2の流儀を採用している。


微分形式の外微分

有限次元ベクトル空間 V を値域とする k-形式 \theta : T^k(M) \to V がある時、値域 V(k+1)-形式 d\theta : T^{(k+1)}(M) \to V であって、接ベクトル場 X_1, \; X_2, \;\ldots ,\; X_{k+1} に対して

<br />
\begin{eqnarray*}<br />
& & d\theta(X_1, \; X_2, \;\ldots ,\; X_{k+1}) \\<br />
& & \hspace{5mm} = \sum_{i=1}^{k+1}\frac{(-1)^{i-1}}{k+1}X_i(\theta(X_1, \;\ldots ,\; \hat{X_i}, \;\ldots, \;X_{k+1})) \\<br />
& & \hspace{10mm} + \sum_{i < j}\frac{(-1)^{i+j}}{k+1}\theta([X_i, X_j], \; X_1, \;\ldots ,\;\hat{X_i}, \;\ldots ,\;\hat{X_j}, \;\ldots ,\; X_{k+1}) <br />
\end{eqnarray*}<br />

を満たすものを、\theta の外微分と呼ぶ。ただし、ここで \hat{X_i}X_i を除くと云う意味である。また、接ベクトル場 XY とに対する交換子積 (「かっこ積」とも謂う) [X, \; Y] は、微分多様体 M の各点 x \in M において その自明化近傍における任意の 実数値微分可能関数 f に対して [X, \, Y]_xf = X_x(Yf) - Y_x(Xf) で定められる接ベクトル場である。

これを、局所自明化座標を使って明示的に表わすと、2つの接ベクトル場

X = \xi^\lambda \frac{\partial\hfill}{\partial x^\lambda}Y = \eta^\mu \frac{\partial\hfill}{\partial x^\mu}

に対して、交換子積は

[X, \; Y] = (\xi^\mu \frac{\partial\eta^\lambda}{\partial x^\mu} - \eta^\mu \frac{\partial\xi^\lambda}{\partial x^\mu}) \frac{\partial\hfill}{\partial x^\lambda}

となる。

値域 V の(微分可能)写像 (つまり、値域 V の0次形式) F に対し、その外微分 dF は、写像としての F の微分になっている。

一般には、外微分

d : \Gamma(\wedge^k T^\ast(M) \otimes V) \to \Gamma(\wedge^{(k+1)} T^\ast(M) \otimes V)

は、ベクトル空間間の実線型写像であって、次の性質を有する。

\theta 及び \omega を、多様体 M 上の、それぞれ k次、l次の (ただし、1次以上の) 微分形式、fM 上の実関数、\varphi : M \to N を、多様体 M から多様体 N への微分可能写像とする時、次の式が成り立つ。

<br />
\begin{eqnarray*}<br />
&&d^2 \ (:= d \circ d) = 0 \\<br />
&&d(\theta \circ \varphi) = d\theta \circ \varphi \\<br />
&&d(\theta \wedge df) = d\theta \wedge df \\<br />
&&d(\theta \wedge \omega) = d\theta \wedge \omega + (-1)^k \theta \wedge d\omega<br />
\end{eqnarray*}<br />


微分形式の接ベクトル場による内積 (内部積)

また、接ベクトル場 X と、値域Vk-形式 \theta : T^k(M) \to V がある時、値域V(k-1)-形式 i_X\theta : T^{(k-1)}(M) \to V であって、接ベクトル場 Y_1, \; Y_2, \;\ldots ,\; Y_{k-1} に対して

i_X\theta(Y_1, \; Y_2, \;\ldots ,\; Y_{k-1}) = k\theta(X, \; Y_1, \; Y_2, \;\ldots ,\; Y_{k-1})

を満たすものを、\thetaX による内積 (内部積) と呼ぶ。

微分形式と接ベクトル場の内部積には、次のような性質がある。

共通する多様体 M の上で考えて、\theta 及び \omega を、それぞれ k次、l次の (ただし、1次以上の) 微分形式、f 及び g を実関数、X 及び Y を接ベクトル場とした時、

<br />
\begin{eqnarray*}<br />
&&i_X(f\theta + g\omega) = f \,i _X\theta + g \,i _X\omega \\<br />
&&i_X \, f = 0 \\<br />
&&i_X \, df = Xf \\<br />
&&i_X \circ i_Y + i_Y \circ i_X = 0 \\<br />
&&i_X \circ i_X =0 \\<br />
&&i_X(\theta \wedge \omega) = i_X\theta \wedge \omega + (-1)^k\theta \wedge i_X\omega<br />
\end{eqnarray*}<br />

が成り立つ。


積分曲線

多様体 M 上の接ベクトル場 X がある時、常微分方程式の基本定理によって、任意の x \in M に対して、M 上の微分可能な曲線 c : (a, \; b) \to M (ただし、(a, \; b) \subset \mathbb{R}) が存在して、c(0) = x であり、かつ、任意の t \in (a, \; b) に対して、c(t) \in M における、曲線 c の接ベクトル ( 「速度ベクトル」と呼ぶこともある) \dot{c}(t) \in T_{c(t)} が、そこでの接ベクトル場 X の値 X_{c(t)} に一致する (\dot{c}(t) = X_{c(t)}) ようにでき、しかも、そのような曲線は一意に定まる。こうした曲線(の集合)を、接ベクトル場 X の「積分曲線」とよぶ。

任意の x \in M に対して、そこを通る接ベクトル場 X の積分曲線の定義域は無数に存在しうるが、それらは有向半順序集合をなしており、その極大元が存在する。それを (a_x, \; b_x) で表わすことにする。この極大定義域に対応する積分曲線を「極大積分曲線」と呼ぶ。

多様体 M 上の接ベクトル場 X がある時、X の極大積分曲線 は M を重複なく一面に敷き詰める (ただし、X の特異点、つまりベクトル値が 0 になる点では、(極大)積分曲線は1点からなる)。

直前の表現からも分かるように、写像としての「積分曲線」の他に、その像も「積分曲線」と呼んで、微妙な形で混用するが、混用の事実そのものを意識するなら、大きな問題にはなるまい。


1パラメータ局所変換群と無限小変換

多様体 M がある時、積多様体 \mathbb{R} \times M の開集合 W \subset \mathbb{R} \times M があって、任意の x \in M に対して、開区間 I_x := \{t \mid (t, \; x) \in W \} \subset \mathbb{R}0 を含み (0 \in I_x)、また、微分可能写像 \Phi : W \to M が存在して、それから導かれる微分可能写像の集合 \{\varphi_t \mid \varphi_t(x) := \Phi(t, \, x)\} に対して、次の2つの条件が成り立っている時、\{\varphi_t\} を「1パラメータ局所変換群 (1-parameter group of local transformations)」と呼ぶ。

  1. \varphi_0 = id_M (ただし id_M は、M の恒等写像。)
  2. \varphi_0 = id_M \qquad (s, \, t), \; (t, \, \varphi_s(t)), \; (t + s, \, x) \in W である時 \varphi_t \circ \varphi_s = \varphi_{t + s}
1パラメータ局所変換群には、次のような性質がある。

<br />
\begin{eqnarray*}<br />
&&\varphi_t \circ (\varphi_s \circ \varphi_r) = (\varphi_t \circ \varphi_s) \circ \varphi_r \\<br />
&&\varphi_{-t} = \varphi_t{}^{-1} \\<br />
&&\varphi_t \circ \varphi_s = \varphi_s \circ \varphi_t<br />
\end{eqnarray*}<br />

多様体 M の各点 x \in M に対して、\{\varphi_t(x) \mid t \in I_x\}x の「軌跡」と呼ぶ。この軌跡の t = 0 における接ベクトル (速度ベクトル) X_x := \frac{d\varphi_t(x)}{dt}\Big|_{t=0} は、接ベクトル場を構成する。この接ベクトル場を「無限小変換」と呼ぶ。


接ベクトル場と1パラメータ局所変換群

多様体 M における接ベクトル場と1パラメータ局所変換群とは等価な概念である。

つまり、接ベクトル場 X があるなら、任意の x \in M に対して、それを通る 極大積分曲線が、ただ1つ存在するから、それを c_{\phi(x)} と記し、各最大積分曲線の定義域と、その上での最大積分曲線の値との組み合わせ全体の集合を

W := \{(t, \, c_{\phi(x)}(t)) \in \mathbb{R} \times M \mid t \in (a_x, \, b_x), \; x \in M \}

として、W から多様体 M への写像

\Phi : W \to M \stackrel{\mathrm{def}}{\Longleftrightarrow} (t, \, x) \mapsto c_{\phi(x)}(t)

を構成すれば、これから1パラメータ局所変換群が導かれて、それから作られる無限小変換の接ベクトル場は元の接ベクトル場に一致する。

逆に、1パラメータ局所変換群から作られる無限小変換接ベクトル場から構成された1パラメータ局所変換群は、もとの1パラメータ局所変換群と一致する。

或る接ベクトル場は、その対応する1パラメータ局所変換群 \{\varphi_t\}\mathbb{R} \times M の全体に対して存在する時、「完備」であると呼ぶ。

「1パラメータ局所変換群」の「局所」は、\{\varphi_t\} が、全ての実数値 t \in \mathbb{R} に対して存在するとは限らないことに配慮したものなので、完備な接ベクトル場に対しては、「局所」を取って「1パラメータ変換群」と呼んでも構わない。

完備な接ベクトル場 X に対応する1パラメータ変換群 \{\varphi_t\}

\mathrm{exp}\,tX (t \in \mathbb{R})

と記すこともある。

ちなみに、「1パラメータ局所変換群/1パラメータ変換群」は、「1径数局所変換群 (或いはむしろ、局所1径数変換群)/1径数変換群」とか「1助変数局所変換群/1助変数変換群」などと呼ばれることもある。

(完備な) 1パラメータ変換群の場合、任意の t \in \mathbb{R} に対して \varphi_t は、多様体 M の自己微分同相写像になる。


写像の「引き戻し」(pullback) と「押し出し」(pushforward)

ここで、少し寄り道して、微分可能写像の「引き戻し」(pullback) と「押し出し」(pushforward) に就いて、本稿の文脈の範囲内だけに限る形で、大雑把に思い出しておこう。

2つの多様体 MN との間に微分同相写像 \varphi : M \stackrel{\sim}{\to} N がある時、N 上の関数 (本稿では微分可能な実数値関数に話題を限って「関数」と呼ぶ) 、ベクトル場、テンソル場、 微分形式などの (本当に大雑把な言い方で申しわけないが)「数学的対象」を、M 上の同種の「数学的対象」に「自然に」対応させることを「引き戻し」(pullback) と呼ぶ。写像 \varphi による「引き戻し」は、しばしば記号 \varphi^\ast を使って表わされる。

また、逆に、M 上の「数学的対象」を、N 上の同種の「数学的対象」に「自然に」対応させることを「押し出し」(pushforward) と呼ぶ。写像 \varphi による「押し出し」は、しばしば記号 \varphi_\ast を使って表わされる。

関数の引き戻しは簡単に構成できる。N 上の関数 f がある時、それに M の関数 f \circ \varphi を対応させれば良いからだ。つまり \varphi^\ast : f \mapsto f \circ \varphi である。

可換図式を使って、表わすなら

<br />
\begin{xy}<br />
\xymatrix{<br />
   M \ar@{->}[r]^{\varphi}\ar@{->}[d]_{f \circ \varphi}  & N \ar@{->}[dl]^{f}\\<br />
   \mathbb{R}  & \\<br />
}<br />
\end{xy}<br />

となる。

次に接ベクトル場の場合を考えると、まず初歩的なことだが、x \in M の適宜の自明化近傍 U_x と、\varphi(x) \in N の適宜の自明化近傍 V_{\varphi(x)} を取ると U_x = \varphi^{-1}(V_{\varphi(x)}) となるようにできることを思い出しておこう。

この U_x 上で微分可能な関数全体のなすベクトル空間を \Gamma(U_x, \, \mathbb{R}) で表わすと、これは関数同士の積 (f, g \in \Gamma(U_x, \, \mathbb{R}))に対して、(f \cdot g)(x) := f(x)g(x)) が導入できて環 (つまり「代数」) を形成する (このあたりの議論は、環付き空間の構造層の茎を考えた方が良いのだが、ここでは余り細かいことは言わないでおく)。

同様にして V_{\varphi(x)} 上で微分可能な関数全体のなすベクトル空間を \Gamma(V_{\varphi(x)}, \, \mathbb{R}) で表わすと、これらのベクトル空間の間には同型

\varphi^\ast{}_x : \Gamma(V_{\varphi(x)}, \, \mathbb{R}) \to \Gamma(U_x, \, \mathbb{R}) \stackrel{\mathrm{def}}{\Longleftrightarrow} \{f \mapsto f \circ \varphi\}

が存在する。そして、この同型は、U_xV_{\varphi(x)} とにおける制限写像と両立するから、varphi^\ast{}_x は自明化近傍の取り方に依存しない。


さて、x \in M における接ベクトル空間 T_x(M) は、\Gamma(U_x, \, \mathbb{R}) から \mathbb{R} への線型写像のなすベクトル空間の部分空間である (T_x(M) \subset \mathrm{Hom}(\Gamma(U_x, \, \mathbb{R}), \, \mathbb{R}))。つまり x \in M における接ベクトル X_x とは \mathrm{Hom}(\Gamma(U_x, \, \mathbb{R}), \, \mathbb{R}) の元であって、微分性条件

全ての f, g \in \Gamma(U_x, \, \mathbb{R}) に対して X_x(f \cdot g) = X_x(f)g(x) + f(x)X_x(g)

を満たすもののことであり、そうした 点 x \in M での接ベクトル全体が作るベクトル空間が接ベクトル空間 T_x(M) であった。従って、その双対性を用いて、M 上の接ベクトル場 X\varphi による押し出し varphi_\ast X が、次のように定義できる。

\varphi_\ast X \qquad \langle (\varphi_\ast X)_{\varphi(x)}, \, f\rangle = \langle X_x, \, \varphi^\ast f\rangle

この接ベクトル場の押し出しで現れる \varphi_\ast とは、自明化近傍間で考えるなら、ヤコビ行列

J_\varphi = \Bigl(\frac{\partial\varphi_i}{\partial x_j}\Bigr)_{(i=1,\ldots,r,\;j=1,\ldots,r)}

で表わされる (ただし、r は、多様体 M 及び N の次元) \varphi の微分 d\varphi のことであり、逆関数の定理により関係式 d(\varphi^{-1}) = (d\varphi)^{-1} が成り立つ。

更に、余接ベクトル空間 T^\ast_x(M) は、接ベクトル空間 T_x(M) 空間の双対空間だから、N 上の余接ベクトル場 (つまり、1次形式) \theta には、\varphi による引き戻し \varphi^\ast \theta

\langle (\varphi^\ast \theta)_x, \, X_x\rangle = \langle \theta_{\varphi(x)}, \, (\varphi_\ast X)_{\varphi(x)}\rangle

で定義される。

こうした、「引き戻し」・「押し出し」から、共変テンソルの「押し出し」や、反変テンソル・微分形式の「引き戻し」も自然に定義可能である。

ここで、写像 \varphi は、微分同相写像であったから、逆写像 varphi^{-1} : N \to M が存在する訣だが、これについて上記と同様の議論をすると、\varphi^{-1} による、M 上の関数・反変テンソル場・微分形式の引き戻しや、N 上の接ベクトル場・共変テンソル場の押し出しを考えることができるが、これらを \varphi による 関数・反変テンソル場・微分形式の押し出しや、接ベクトル場・共変テンソル場の引き戻しと見なすことができて、それらには、次の関係が存在する。

<br />
\begin{eqnarray*}<br />
&&\varphi_\ast = (\varphi^{-1})^\ast = (\varphi^\ast)^{-1}\\<br />
&&\varphi^\ast = (\varphi^{-1})_\ast = (\varphi_\ast)^{-1}<br />
\end{eqnarray*}<br />

特に、\varphi が、M 上の1パラメータ変換群 \varphi_t であった場合、

<br />
\begin{eqnarray*}<br />
&&(\varphi_t)_\ast = (\varphi_{-t})^\ast = (\varphi_t{}^\ast)^{-1}\\<br />
&&\varphi_t{}^\ast = (\varphi_{-t})_\ast = (\varphi_t)_\ast{}^{-1}<br />
\end{eqnarray*}<br />

が言える。


リー微分 (Lie derivative) の幾何学的定義

X 及び \{\varphi_t\} を、それぞれ、多様体 M 上の接ベクトル場と、それに付随する1パラメータ変換群とする。

ここで、\ThetaM 上の、関数・微分形式、又は、接ベクトル場・テンソル場であったとすると、\varphi_t による引き戻し (pulllback) \varphi_t{}^\ast\Theta も、それぞれ、関数・微分形式、又は、接ベクトル場・テンソル場になるので、次のリー微分 \mathscr{L}_X\Theta の定義が意味を持つ。

\mathscr{L}_X\Theta \qquad \mathscr{L}_X\Theta := \frac{d}{dt}(\varphi_t{}^\ast\Theta)\Big|_{t=0} = \lim_{t \to 0}\frac{\varphi_t{}^\ast\Theta - \Theta}{t} = \lim_{t \to 0}\frac{\Theta - (\varphi_t)_\ast\Theta}{t}

特に M 上の 関数 f に対して、

\mathscr{L}_Xf= \lim_{t \to 0}\frac{\varphi_t{}^\ast f - f}{t} = Xf

が成り立つ。

また M 上の接ベクトル場 Y に対し

\mathscr{L}_XY = \lim_{t \to 0}\frac{Y - (\varphi_t)_\ast Y}{t} = [X, \; Y]

が成り立つ。特に

\mathscr{L}_XX = 0


リー微分 (Lie derivative) の代数的定義


微分形式や共変テンソル場のリー微分には、こうした幾何学的な定義の他に、等価な代数的定義もある。つまり、, Y_1, \cdots, Y_kM 上の (k + 1) 個の接ベクトル場とし、\ThetaMk 次の微分形式又は共変テンソル場とすると \Theta のリー微分は、次の式で定義される。

<br />
\begin{eqnarray*}<br />
&&\mathscr{L}_X\Theta(Y_1, \cdots, Y_k) \\<br />
&&\hspace{10mm} = X(\Theta(Y_1, \cdots, Y_k)) - \sum_{j = 1}^{k}\Theta(Y_1, \cdots, [X, \, Y_j], \cdots, Y_k)<br />
\end{eqnarray*}<br />


リー微分と交換子積 (かっこ積)

XYM 上の接ベクトル場とすると

\mathscr{L}_{[X, \, Y]} = \mathscr{L}_X \circ \mathscr{L}_Y - \mathscr{L}_Y \circ \mathscr{L}_X

が成り立つ。このリー微分 (とリー微分からなる式) は、接ベクトル場を含む共変テンソル場および関数 (0次形式) を含む微分形式に掛けることができる。


リー微分と微分形式の内部積・外微分との関係

多様体 M での、リー微分と、1次以上の微分形式に適用される内部積・外微分には次の関係が存在する (ただし、XYM 上の接ベクトル場)。

<br />
\begin{eqnarray*}<br />
&&i_{[X, \, Y]} = \mathscr{L}_X \circ i_Y - i_Y \circ \mathscr{L}_X \\<br />
&&\mathscr{L}_X = i_X \circ d + d \circ i_X = (i_X + d)^2 \\<br />
&&\mathscr{L}_X \circ d = d \circ \mathscr{L}_X<br />
\end{eqnarray*}<br />

当然の事ながら、両辺の式も1次以上の微分形式に掛けられる。


ファイバーバンドル

全空間 が E, 底空間が B, 全空間から底空間への射影が \pi : x \in E \mapsto \pi(x) \in B, 標準ファイバーが F (u \in B 上の個別ファイバーは \pi^{-1}(u) \ \equiv F_u (\cong F)), 構造群が T であるファイバーバンドルを P\{E, \; B, \; \pi, \; F, \; T\} と記すことにする。構造群は、ファイバー F に左側から効果的に作用し F の位相変換群になっている。

直感的には、 構造群は、ファイバー の細い束 (bundle) 同士がどのように (一般的には捻じれながら) 繋がっているのかを規定する。

本稿では、特別の指定がない限り、全空間、底空間、ファイバーその他の「空間」の全てが(微分可能)多様体であり、射影その他の「空間」間の写像が微分可能写像である場合に話題を限定する。

ファイバーバンドル P\{E, \; B, \; \pi, \; F, \; T\} において、底空間 B の開集合 U が、その上での同相写像 \varphi : \pi^{-1}(U) \stackrel{\sim}{\to} U \times F が存在する場合には、自明化開集合と呼び、同相写像 \varphi を自明化写像と呼ぶことにする (多様体における「自明化」とは意味が異なるので注意。ただし文脈が明確なら混同することはないだろう)。また (U, \; \varphi) の組み合わせを自明化マップと呼ぶ。ファイバーバンドルでは、その底空間 B には自明化開集合からなる開被覆 \{U_\alpha, \; \alpha \in A\} が存在する。こうした開被覆を自明化開被覆と呼び、それに付随する自明化マップの全体 \{U_\alpha, \; \varphi_\alpha, \; \alpha \in A\} を、自明化アトラスと呼ぶ。

当然、B の各点 u には、同相写像 \varphi : \pi^{-1}(U) \stackrel{\sim}{\to} U \times F が存在するような近傍 u \in U が存在する (本稿では「近傍」は全て「開近傍」であるものとする)。これを「自明化近傍」と呼ぶ。

自明化を可換図式で表わすと次のようになる (proj_1 は直積の第1成分への射影)。

<br />
\begin{xy}<br />
\xymatrix{<br />
   \pi^{-1}(U) \ar@{->}[r]^{\varphi}\ar@{->}[d]_{\pi}  & U \times F \ar@{->}[dl]^{proj_1}\\<br />
   U  & \\<br />
}<br />
\end{xy}<br />


構造群に就いて

構造群に就いて、基本的なことを書いておく。

まず、底空間に2つの自明化マップ (U_\alpha, \; \varphi_\alpha)(U_\beta, \; \varphi_\beta) とがあって、その自明化開集合には共通点があるとする。つまり、U_\alpha \cap U_\beta \neq \emptyset である時には、写像

\varphi_\beta \circ \varphi_\alpha{}^{-1} : U_\alpha \cap U_\beta \times F \to U_\alpha \cap U_\beta \times F

が存在するが、この写像は直積の成分を使って

\varphi_\beta \circ \varphi_\alpha{}^{-1} : (u, \; f) \mapsto (u, \; t_{\beta\alpha}(u)f)

と表わせる。この

t_{\beta\alpha} : F \to F

を推移関数 (transition function) と呼ぶが、そうした推移関数の全体が群をなすと云うのが、構造群の趣旨である (自明化マップ、ひいては、自明化アトラスのとり方に応じて推移関数は変化しうるので、正確には同値関係を考慮して、その同値類としてファイバーバンドルを捉える必要が有る。これ以上微妙な議論は諦めるが、以下の記述で、アトラスの取り替えを行なっている際には、暗黙のうちに同値なアトラスを採用しているのであって、ファイバーバンドルとしては同一であると御理解していただきたい)。

「構造群」が「群」として成立するためには、ファンバーバンドルの推移関数は、次の性質を持たねばならない (1番目の式で、id_FF での恒等写像。また、3番目の性質は「コサイクル性 "cocycle condition"」と呼ばれ、U_\alpha \cap U_\beta \cap U_\gamma \neq \emptyset が前提されている)。

<br />
\begin{eqnarray*}<br />
t_{\alpha\alpha}(u) = id_F \\<br />
t_{\alpha\beta}(u) = t_{\beta\alpha}{}^{-1}(u) \\<br />
t_{\alpha\gamma}(u) = t_{\alpha\beta}(u) \circ t_{\beta\gamma}(u)<br />
\end{eqnarray*}<br />

これを、構造群 T のファイバー F への作用の形で表現すると、次のようになる。

  1. e \in TT の単位元とすると ef = f, \ \forall f \in F
  2. \forall t \in T, \; \forall f, \; f^\prime \in F について f^\prime = tf なら f = (t^{-1})f^\prime
  3. \forall t, \; t^\prime \in T, \; \forall f \in F, \ t(t^\prime)f = (tt^\prime)f

構造群 T がファイバー F に左から作用するとは、このコサイクル性のことである。

ファイバーバンドルは、「ファイバー束」とも呼ばれる。また、本稿では敢えて採用していない記法だが、ファイバーバンドルの構造群は、通常、記号 G で表わされる。そして、ファイバーバンドルは、構造群を有することを強調して「G バンドル」・「G 束」とも呼ばれることも多い。これは、構造群 (structure group) が 「ゲージ群 (gauge group)」とも呼ばれるためである。

底空間 B の 自明化開集合 U と、自明化写像

\varphi : \pi^{-1}(U) \stackrel{\sim}{\to} U \times F

を考える。ここで、ファイバ F 内の1点 f \in F を取って、写像

\sigma : U \to \pi^{-1}(U) \stackrel{\mathrm{def}}{\Longleftrightarrow} \{u \mapsto \varphi^{-1}(u, f)\}

を作ると、それは U 上の切断になっている。


主バンドル

主ファイバーバンドル (主バンドル) とは、ファイバーバンドルであって、構造群 T はリー群 (Lie group) であり、ファイバー F は、構造群と位相空間としては一致していて、構造群はファイバーに右からも作用する (作用される側が、作用する群と同一である場合、「右からの作用」を「右移動」と言うこともある。この場合は、「左からの作用」は「左移動」になる) ものの、ファイバー自体は、内的群構造が捨象されているものである。これを E\{B, \; \pi, \; F, \; T\} と書いたり、或いは、主バンドルであることを明示するために E\{B, \; \pi, \; F, \; T\}_{PB} と書くことにする。

「右から作用する」あるいは「右移動」の内容を式で表わすと、底空間 B の自明化アトラス \{U_\alpha, \; \varphi_\alpha, \; \alpha \in A\} であって、各 U_\alpha において

\forall u \in U_\alpha, \ \forall t,\; t^\prime \in T, \ \varphi^{-1}(u, \; t)t^\prime = \varphi^{-1}(u, \; tt^\prime)

が成り立つものが存在すると云うことである。これは、簡単には (ut)t^\prime = u(tt^\prime) と書ける。容易に分かるように、この式は、u \in B に限る必要なく、f \in F であっても ((ft)t^\prime = f(ft^\prime))、x \in E であっても成り立つ ((xt)t^\prime = x(tt^\prime))。

主バンドル E\{B, \; \pi, \; F, \; T\} にあっては、ファイバーと構造群とを同一視した記法も可能である。その場合、標準ファイバーは T、個別ファイバーは T_x などと記されることになる。特に、自明化開集合 U 上の自明化写像は、\varphi : \pi^{-1}(U) \stackrel{\sim}{\to} U \times T と書ける。そして、この自明化写像を使って、U 上の切断

\sigma : U \to \pi^{-1}(U) \stackrel{\mathrm{def}}{\Longleftrightarrow} \{u \mapsto \varphi^{-1}(u, e)\}

(但し、e は、ファイバーとしての T の単位元) が構成できる。

逆に、主バンドル E\{B, \; \pi, \; F, \; T\} にあっては、底空間 B の開集合 U 上に切断

\sigma : U \to E, \; \pi \circ \sigma = id_U

(但し、id_U は、U 上の恒等写像) があるなら、写像

\varphi : \pi^{-1}(U) \to U \times T

\varphi^{-1} (u, \; t) := \sigma(u)t

で定義することで、U 上の自明化写像を構成できる。

主バンドル E\{B, \; \pi, \; F, \; T\} にあっては、大域的な自明化写像が存在することと、積バンドル B \times F \; (\equiv B \times T) に同型であることとは、等価である。ただし、主バンドルでの大域的な自明化写像は、存在するとは限らない。つまり、主バンドル E\{B, \; \pi, \; F, \; T\} は、積バンドル B \times F \; (\equiv B \times T) に同型とは限らない。


主バンドルの例

リー群 tilde{T} を、その閉部分群 (リー部分群になる) T で割った等質空間 \tilde{T}/T を作ると、自然な射影 \pi : \tilde{T} \to \tilde{T}/T が得られ、T は、等質空間 \tilde{T}/T に左からも右からも自然に作用する。この時、\tilde{T}\{\tilde{T}/T, \; \pi, \; T, \; T\} は主バンドルとなる。

多様体に限らない弧状連結の位相空間 B に対する、所謂「正規被覆空間」("regular covering space") C と、射影 p : C \to X は、主バンドルをなし、その構造群は \pi_1(X)/p_\ast(\pi_1(C)) である。(ここで、\pi_1 は空間の基本群を表わす。)


ベクトルバンドル

ベクトルバンドルとは、ファイバーバンドルであって、標準ファイバーは r次元実ベクトル空間 V であり、構造群が一般線型群 GL(V) \cong GL(r, \; \mathbb{R}) であるようなものである。これを E\{B, \; \pi, \; V, \; GL(V)\} (E\{B, \; \pi, \; V, \; GL(r, \; \mathbb{R}) \})、或いは、ベクトルバンドルであることを明示するために E\{B, \; \pi, \; V, \; GL(V)\}_{VB} と書くことにする。

ベクトルバンドルには、底空間の各点 u \in B に対して、個別ファイバー V_u \equiv \pi^{-1}(u) の原点を対応させる大域的な切断が存在する。これを「ゼロ切断」と呼ぶ。

ベクトルバンドルとして代表的なものには、多様体 M があった時の、その接ベクトル空間 T_x(M) 全体が作るものと、余接ベクトル空間 T^\ast_x(M) 全体が作るものとがある。それぞれを「接ベクトルバンドル」・「余接ベクトルバンドル」とよび、T(M)
, T^\ast(M) などと記す。接ベクトルバンドルの「接続」(後述) は「アフィン接続」(affine connection)と呼ばれる。

特に、主バンドル E\{B, \; \pi, \; F, \; T\} がある時、全空間 E 及び底空間 B の夫々を底空間とする接ベクトルバンドル T(E) 及び T(B) 、余接ベクトルバンドル T^\ast(E) 及び T^\ast(B) が存在する。


フレームバンドル

ベクトルバンドル E\{B, \; \pi, \; V, \; GL(V)\} がある時、底空間の各点 x \in B 上のファイバー E_x の順序付けられた基底の全体を L_x(B) とする (各基底は、r = \mathrm{dim}(V) として線型同型 l : \mathbb{R}^r \to E_x と等価である)。こうした L_x(B) 全体の集合

L(B) = \underset{x \in B}{\bigcup} L_x(B)

B 上の主バンドルになる (構造群は GL(r, \; \mathbb{R}))。

これをフレームバンドル又は枠バンドルと言う。特に、ベクトルバンドルが、ある多様体 M の接ベクトルバンドル T(M) から構成したフレームバンドルは「接フレームバンドル」(接枠バンドル) と呼び、F(M) とか GL(M) などと記す。接フレームバンドルの「接続」(後述) のことも、接ベクトルバンドルの場合と同様に「アフィン接続」と呼ばれる。

ベクトルバンドルと、それから構成されたフレームバンドルは「同伴」関係にある (「同伴」に就いては後述)。


内積を有するベクトルバンドル

ベクトルバンドル E\{B, \; \pi, \; V, \; GL(r, \; \mathbb{R}) \} の各個別ファイバー V_u に (C^\infty級の) 正定値対称双線型形式

g_x : V_x \otimes V_x \to \mathbb{R}

が与えられている時、ベクトルバンドル E\{B, \; \pi, \; V, \; GL(r, \; \mathbb{R}) \} は「内積を有する」と云い、各点 x \in Mg_x を対応させる切断を g などで表わして (つまり g \in \Gamma(B, \, V^\ast \otimes V^\ast))、そのベクトルバンドルの「内積」と呼ぶ。


計量・擬リーマン多様体・リーマン多様体

多様体 M からは、接ベクトルバンドル

T(M)\{M, \; \pi, \; T_x(M), \; GL(r, \, \mathbb{R})\}

(ただし、r は、M の次元)及び、余接ベクトルバンドル

T^\ast(M)\{M, \; \pi, \; T^\ast_x(M), \; GL(r, \, \mathbb{R})\}

とが構成されるが、そこに非退化の2次対称反変テンソル場

g \in \Gamma(M, \, T^\ast(M) \otimes T^\ast(M))

が存在する時、そのテンソル場を「計量テンソル」或いは単に「計量」と呼ぶ。

計量を有する多様体を「擬リーマン多様体」と呼び (M, \, g) で表わす。(後述の計量の表し方を先回りして使うなら、擬リーマン多様体を ((M, \ g_{\alpha\beta})) で表わすことも可能である)。

計量テンソルは、接ベクトルバンドル T(M) 2個のテンソル積から実数体 \mathbb{R} への非退化対称双線型写像

\qquad g : T(M) \otimes T(M) \to \mathbb{R}

或いは、個別ファイバー上で表現するなら

g_x : T_x(M) \otimes T_x(M) \to \mathbb{R}

として捉えることもできる。この双線型写像や、それに付随する2次形式も「計量」と呼ぶことがある。

さらに、局所自明化座標で考えるなら、計量テンソルは2個の添え字を使って、正方行列 \{(g_{\alpha\beta})_x\}_{x \in M} と表わすこともできる。この場合、計量テンソルの対称性は (g_{\alpha\beta})_x = (g_{\beta\alpha})_x, \ \forall x \in M と云うことであり、非退化であることは \mathrm{det}(g_{\alpha\beta})_x \ne 0, \ \forall x \in M で表わせる。

擬リーマン多様体の計量を表わす双線型形式が内積である時 (つまり、正定値 \mathrm{det}(g_{\alpha\beta})_x > 0, \ \forall x \in M である時) は、特に「リーマン計量」と呼ばれ、その擬リーマン多様体は「リーマン多様体」と呼ばれる。


計量とキリングベクトル場

擬リーマン多様体 (M, \, g) 上のベクトル場 X

\mathscr{L}_Xg = 0

を満たす時、そのベクトル場を「キリングベクトル場 (Killing vector field)」と呼ぶ。

直感的には、キリングベクトル場とは、その方向に移動しても計量 g が変化しないようなベクトル場のことである。


その他のファイバーバンドル (球面バンドルと、単位接バンドル)

主バンドルには、ファイバーが n-球面 (S^n) 、構造群が O(n+1) となるものも存在する。これを「n-球面バンドル」(或いは、単に「球面バンドル」) と呼ぶ。接ベクトル空間にバナッハノルム (Banach norm) が存在す多様体にあっては、接ベクトル空間内の単位球をファイバーとする主バンドルが構成できる。これを「単位接バンドル」と呼ぶ。


層の説明は簡単に済ませる

層 (sheaf) に関係する説明はなるべく簡単に済ます。厳密な議論をするには条件を成るべく一般的にして (つまり圏論の枠組内で) しなければならず、基本的に C^\infty級の多様体のみを扱っている本稿に馴染まないからである。


圏 (小規模圏・大規模圏・局所小規模圏・米田の補題・アーベル圏)

(category) についての定義は省略する。 「小規模圏」(あるいは「小さな圏」、「小圏」) とは、対象の全体と射の全体とが共に集合となるような圏のことである。小規模圏ではない圏を「大規模圏」(あるいは「大きな圏」) と呼ぶが、そのうち特に、任意の2つの対象間の射全体が集合になる場合は、「局所小規模圏」(あるいは「局所的に小さい圏」) と呼ぶ ("Glossary of category theory - Wikipedia, the free encyclopedia" を参照)。

局所小規模圏では米田の補題 (Yoneda lemma) が成立する。

アーベル圏」(Abelian category) の定義も省略する。

アーベル圏は、零対象 (\mathbf{0} と記すことにする)、核/余核、像/余像、単射・全射などの概念、従って完全系列を、ひいてはコホモロジーを論じうるので重要である。また、アーベル圏では、スネーク・レンマ (snake lemma)、ファイヴ・レンマ (five lemma)、ナイン・レンマ (nine lemma, "3 \times 3 lemma" とも言う) が成り立つ。

可換群の全体、有限生成可換群の全体、有限可換群の全体はアーベル圏をなす。

或る環上の左加群 (left module) の全体も、右加群 (right module) の全体も共にアーベル圏をなす。特に、或る体の上のベクトル空間の全体は、アーベル圏をなす。

或る可換ネーター環上の有限生成加群全体は、アーベル圏をなす。特に、或る体の上の有限次元ベクトル空間全体はアーベル圏をなす。

単位元を有する環付き空間 (後述) 上の加群の圏は、アーベル圏をなす。

アーベル圏に関する決定的な結果を述べておくと、Mitchell の埋め込み定理 によって任意の小規模アーベル圏に対して、或る環上の (左/右) 加群 (modules) のなす圏 (当然アーベル圏) が存在して、当該アーベル圏から当該加群圏への「忠実/faithful」・「充満//full」・「完全/exact」な関手が存在する。つまり小規模アーベル圏は、或る環上の加群のなす圏の充満部分圏と同一視できる。


前層

位相空間 X の開集合全体が作る半順序集合 (partially ordered set) の圏 (category) \mathcal{O}(X) から圏 \mathcal{C} への反変関手 (contravariant functer) F を「前層」\mathcal{F} と呼ぶ。

前層の値域となる圏は、通常は、具象圏/concrete category、つまり集合のなす圏への「忠実/faithful」な忘却関手 (forgetful functor) が存在するような圏である。以下の議論で、前層の値域はこの具象圏に限定される。

この時、X の開集合 U に対する関手 F の値 F(U) を、開集合 U 上の \mathcal{F} の切断と呼び、\mathcal{F}(U)\Gamma(U, \; \mathcal{F}) で表わすことがある。さらに、前層そのものを \{\mathcal{F}(U_\lambda)\}_\lambda などのように記すことにする。

また \mathcal{O}(X) の包含写像 i_V{}^U : U \hookrightarrow V, \ U \subseteq V, \ U, V \in \mathcal{O}(X) の反変関手 F による像 F(i_V{}^U) が制限写像 \rho_V{}^U である。従って、次の性質を有する。

<br />
\begin{eqnarray*}<br />
&&\rho_U{}^U = id_U, \ \forall U \in \mathcal{O}(X) \\<br />
&&\rho_W{}^U = \rho_W{}^V \circ \rho_V{}^U, \ \forall W \subseteq U \subseteq V, \ (U, V, W \in \mathcal{O}(X)) <br />
\end{eqnarray*}<br />


前層の例

多様体 M の開集合 U \in \mathcal{O}(M) 上の実数値 (C^\infty級) 関数全体の集合を \mathcal{A}(U) と書くと、\mathcal{A} := \{\mathcal{A}(U_\lambda), \ U_\lambda \in \mathcal{O}(M)\} (これを \{\mathcal{A}(U_\lambda)\}_\lambda と書くことにする) はM 上で、単位元1を有する可換環の前層をなす。

多様体 M の開集合 U \in \mathcal{O}(M) から別の多様体 N への微分可能写像全体の集合を \mathcal{N}(U) とすると \{\mathcal{N}(U_\lambda), \ U_\lambda \in \mathcal{O}(M)\} (これを \{\mathcal{N}(U_\lambda)\}_\lambda と書くことにする) はM 上の前層をなす。

2つの多様体 MN とで、全射 p : M \to N がある時、N の開集合 V \in \mathcal{O}(N) 上の切断全体の集合 \Gamma(V, \; M) とすると \{\Gamma(V_\lambda, \; M), \; V_\lambda \in \mathcal{O}(N)\} (これを \{\Gamma(V_\lambda, \; M)\}_\lambda と書くことにする) は前層をなす。


前層の茎及び芽の定義

位相空間 X の開集合全体は、半順序集合 (partially ordered set) の圏 (category) \mathcal{O}(X) を構成するが、位相空間 X の任意の1点 x \in X の開近傍全体の集合も半順序集合をなす。これを \mathcal{O}_x(X) と記すことにする。

x \in X の開近傍が作る半順序集合 \{U_{(x, \; \lambda)}\}_{\lambda \in \Lambda} の順序の向きを

U_{(x, \; \lambda)} \le U_{(x, \; \mu)} \stackrel{\mathrm{def}}{\Longleftrightarrow} U_{(x, \; \lambda)} \supseteq U_{(x, \; \mu)}

で定めるなら、この半順序集合は右に有向となる。

ここで、X 上に前層 \mathcal{F} を考えて、点 x \in X の近傍 U_x 上の \mathcal{F} の切断 \mathcal{F}(U_x) \ (= \Gamma(U_x, \; \mathcal{F})) を取った時、この右に有向な半順序に就いての \mathcal{F}(U_x) の帰納極限 (前層の値域が集合の圏ならば、帰納極限は存在する)

\mathcal{F}_x := \varinjlim_{U_x \in \mathcal{O}_x(X)} \mathcal{F}(U_x)

を前層 \{\mathcal{F}(U_\lambda)\}_\lambdax \in X 上の「茎 (stalk)」と呼び \mathcal{F}_x と記す。この時、元 f \in \mathcal{F}(U) に対応する、茎 \mathcal{F}_x の元を、元 f の点 x における「芽 (germ)」と呼び、f_x で表わす。


帰納極限と射影極限の用語上の注意

帰納極限の双対的な概念を射影極限と言う。

集合の圏は、帰納極限・射影極限に就いて閉ぢているが、それ以外でも、群の圏、可換群の圏、或る環上の加群の圏、位相空間の圏、位相群の圏は、帰納極限・射影極限に就いて閉ぢている。このように圏が極限操作に就いて閉ぢていることを「完備」であると言う。

帰納極限は、「帰納的極限」、「順極限」、「直極限」と呼ばれることもあり、射影極限は「射影的極限」、「逆極限」と呼ばれることもあるが、圏論の語法に準ずるなら、「帰納極限」は「余極限」、「射影極限」は「極限」と呼ばれるべきものである。


層の定義

X の任意の開集合 U と、その任意の開被覆 \{U_\lambda\}_\lambda に対して、前層 \{\mathcal{F}(U_\lambda)\}_\lambda において、次の系列が完全である時、その前層を「層 (sheaf)」と呼ぶ。

<br />
\begin{xy}<br />
\xymatrix{<br />
\mathcal{F}(V) \ar[rr]^-{\prod_\alpha\rho_\alpha} && \prod_\alpha\mathcal{F}(V_\alpha) \ar@<0.5ex>[rr]^-{\prod_{\alpha\beta}\rho^\alpha_{\alpha\beta}} \ar@<-0.5ex>[rr]_-{\prod_{\alpha\beta}\rho^\beta_{\alpha\beta}} && \prod_{\alpha\beta}\mathcal{F}(V_\alpha \cap V_\beta)<br />
}<br />

言い換えると、\rho^\alpha_{\alpha\beta}(f_\alpha ) = \rho^\beta_{\alpha\beta}(f_\beta ) を満たすような

(\ldots , f_\alpha , \ldots , f_\beta , \ldots ) \in \prod_\alpha\mathcal{F}(U_\alpha )

が存在する時は、f_\alpha = \rho_\alpha (f) となる f \in \mathcal{F}(U) が必ずただ1つ存在すると云うことである。


前層の層化

前層 \{\mathcal{F}(U_\lambda)\}_\lambda がある時、その茎全体の集合

\tilde{\mathcal{F}} := \bigcup_{x \in X} \mathcal{F}_x

に、その部分集合であって、次のような条件を満たす芽 f_x の集合を開集合の基とすることで、位相を与えることができる。

\forall U \in \mathcal{O}(X), \ \tilde{U} := \{f_x | \; f \in \mathcal{F}(U), \; x \in U\}

この位相を与えた時、\tilde{\mathcal{F}} は層となる。この操作を、前層 \{\mathcal{F}(U_\lambda)\}_\lambda の「層化」と呼ぶ。得られる層を「前層の芽の層」或いは、本稿では「前層 \{\mathcal{F}(U_\lambda)\}_\lambda に同伴する層」と呼ぶ。

前層 \mathcal{F} を層化する位相とは、茎全体の集合 \tilde{\mathcal{F}} に対し、その底空間 X の任意の開集合 U \in \mathcal{O}(X) に就いて、その上での \tilde{\mathcal{F}} の「切断」が

\tilde{s} := x \mapsto s(x), \ \forall x \in U, s \in \mathcal{F}(U)

で構成できるが、こうした「切断」の構成を、底空間 X の全ての開集合 U \in \mathcal{O}(X) と、そこでの前層の値 \mathcal{F}(U) の要素 s に対して行なって得られる全ての \tilde{s} が連続となるような、一番粗い位相のことである。

更に言い換えると、茎全体の集合 \tilde{\mathcal{F}} を層化する位相の開集合 W とは、底空間 X の任意の開集合 U \in \mathcal{O}(X) と、そこでの前層 \mathcal{F} の値 \mathcal{F}(U) の任意の元 s \in \mathcal{F}(U) が引き起こす \tilde{\mathcal{F}} の切断 \tilde{s} に対して、底空間 X の部分集合 \{x | \; x \in U, \tilde{s}(x) \in W\} が、X の開集合になっているようなもののことである。

\mathcal{F} は、それを前層 \{\Gamma(U_\lambda, \; \mathcal{F})\}_\lambda と捉えて、それを層化してえられる芽の層は、元の層に一致する。

\mathcal{F} にあっては、底空間 X の各点 x \in X の上の芽 f_x を、その点 x に対応させる射影 p : f_x \mapsto x により、層 \mathcal{F} と、底空間 X とが局所同相になる。この性質が層の定義として用いられることがある (2つの位相空間 FX との間に連続な全射 p : F \to X があって、p により FX とが局所同相になる時、\{F, \; X, \; p\} を「層」と呼ぶ)。


アーベル圏と前層/層

小規模圏からアーベル圏への共変関手の全体も、反変関手の全体も、やはりアーベル圏となる。特に、或る位相空間上にあって、アーベル圏に値を持つ前層全体がなす圏は、アーベル圏になる。更に限定して、或る位相空間上にあって、可換群を値に持つ前層 (簡単に、「可換群の前層」と呼ぶ) 全体はアーベル圏をなす。

また、或る位相空間上にあって、可換群に値を持つ層 (簡単に、「可換群の層」) 全体はアーベル圏をなす。


圏での入射的対象・射影的対象

或る圏 \mathcal{C} の対象 I が、その圏 \mathcal{C} 内の全ての単射 \mathbf{0} \to A \stackrel{\alpha}{\to} A^\prime と、全ての射 \iota : A \to I に対し、射 \iota^\prime : A^\prime \to I が存在して、\iota = \iota^\prime \circ \alpha となる時、対象 I を「入射的 (inductive)」であると言う (「単射的」であると言うこともある)。

これは、射

\mathrm{Hom}_\mathcal{C}(A^\prime, \; I) \to \mathrm{Hom}_\mathcal{C}(A, \; I) \ \stackrel{\mathrm{def}}{\Longleftrightarrow} \ \{\iota^\prime \mapsto \iota^\prime \circ \alpha\}

が全射であると云うことである。このことは反変関手 \mathrm{Hom}_\mathcal{C}(-, \; I) が単射を全射に移すと云うことであるが、アーベル圏に限定するなら完全系列

\mathrm{Hom}_\mathcal{C}(A^\prime, \; I) \to \mathrm{Hom}_\mathcal{C}(A, \; I) \to \mathbf{0}

が成立する訣だから \mathrm{Hom}_\mathcal{C}(-, \; I) は完全関手になる。

「入射的対象 (inductive object)」 の双対的な概念を「射影的対象 (projective object)」 と呼ぶ。

或る環上の加群のなす圏での入射的対象を「入射的加群 (inductive module)」(又は「入射加群」) と呼ぶ。その双対概念は「射影的加群 (projective module)」又は「射影加群」である。


入射対象を十分豊富に持つ圏

或る圏が、その任意の対象 X に対して、入射対象 I が存在して、X から I への単射が存在する場合、その圏を入射対象を「十分豊富に持つ (to have enough injectives) 」 (「十分豊富に有する」) と言う。

或る環上の加群がなす圏は、入射対象を十分豊富に有する。

或る位相空間上の可換群の層は、入射対象を十分豊富に有する。

入射対象を充分豊富に持つアーベル圏では、所謂「入射分解」が可能になる。つまり、任意の対象 \mathcal{F} に対して、完全系列

\mathbf{0} \to \mathcal{F} \to \mathcal{I}^0 \to \mathcal{I}^1 \to \mathcal{I}^2 \to \cdots

(ただし \mathcal{I}^q, \ q = 0, \; 1, \; 2, \; \cdots は入射対象) が存在する。


可換群の層の圏における入射層・脆弱層・柔軟層・非輪状層・細質層

或る位相空間上の可換群の層の圏における入射対象を「入射的層」又は「入射層」と呼ぶ。入射層は、「脆弱 (flabby)」(底空間内の開集合上の切断が、大域切断に延長できる層) で、「柔軟 (soft)」(底空間内の閉集合上の切断が、大域切断に延長できる層) で、「非輪状 (acyclic)」(「非輪状層」とは、「高次層係数コホモロジーが消える層のこと」で、層係数コホモロジーの概念が必要だが、ここでは拘らずに使うことにする) である。

脆弱層は、柔軟かつ非輪状である。

ハウスドルフ・パラコンパクトな底空間上では、柔軟層は非輪状である。

ハウスドルフ・パラコンパクトな底空間上の層が「1の分割」を許す時、その層を「細質層 (fine sheaf)」と呼ぶ。細質層は、柔軟であり、従って非輪状である


層係数コホモロジー

位相空間 X 内の部分集合の空でない集合 \Phi で、次の3条件を満たすものを考える

  1. A \in \Phi なら AX 内の閉集合である。
  2. A \in \Phi があり、また X の閉集合 B がであって、B \subset A であるなら、B \in \Phi である。
  3. A \in \Phi かつ B \in \Phi であるなら、A \cup B \in \Phi である。

位相空間 X 上の可換群層 \mathcal{F} の大域切断 s \in \Gamma(X, \; \mathcal{F}) であって、その台が \Phi に含まれるものの全体を \Gamma_\Phi(\mathcal{F}) で表わす (特に、\PhiX の閉部分集合全体であるときは、\Phi を省略して \Gamma(\mathcal{F}) と記す)。

この \Gamma_\Phi は、位相空間 X 上の可換群層がなす圏 \mathcal{C}^X から可換群のなす圏 \mathbf{Ab} への左完全共変関手である。従って、\Gamma_\Phi の右導来関手

R^q\Gamma_\Phi : \mathcal{C}^X \to \mathbf{Ab}, \ (q = 0, \; 1, \; 2, \; \cdots)

が定義可能である。この時

H^q{}_\Phi(X, \; \mathcal{F}) := R^q\Gamma_\Phi(\mathcal{F})

と書いて、これを台の族 \Phi を有し、「層 \mathcal{F} を係数とする q次コホモロジー群」(簡単に、「層\mathcal{F} 係数 q次コホモロジー群」)と呼ぶ。


層の入射分解とコホモロジー群

位相空間 X 上の可換群層がなす圏 \mathcal{C}^X の元 (つまり X 上の可換群層) \mathcal{F} \in \mathcal{C}^X に対し、やはり \mathcal{C}^X の元であって、非輪状の層 \mathcal{L}^q, \ (q = 0, \; 1, \; 2, \; \cdots) があって、完全系列

\mathbf{0} \to \mathcal{F} \to \mathcal{L}^0 \to \mathcal{L}^1 \to \mathcal{L}^2 \to \cdots

が成立する時、これから誘導される鎖複体

\Gamma_\Phi(\mathcal{L}^0) \stackrel{d^0}{\to} \Gamma_\Phi(\mathcal{L}^1) \stackrel{d^1}{\to} \Gamma_\Phi(\mathcal{L}^2) \stackrel{d^2}{\to} \cdots

q次コホモロジー群が H^q{}_\Phi(X, \; \mathcal{F}) に一致する。つまり

H^q{}_\Phi(X, \; \mathcal{F}) = \mathrm{Ker} \; d^q / \mathrm{Im} \; d^{q-1}, \ (q = 0, \; 1, \; 2, \; \cdots)

ただし、d^{-1} は零射とする。

位相空間 X 上の可換群層がなす圏 \mathcal{C}^X は、入射対象を豊富に有するので、任意の可換群層 \mathcal{F} \in \mathcal{C}^X には、所謂「入射分解」

\mathbf{0} \to \mathcal{F} \to \mathcal{L}^0 \to \mathcal{L}^1 \to \mathcal{L}^2 \to \cdots

が存在する (ここで \mathcal{L}^q \ (q = 0, \; 1, \; 2, \; \cdots) は入射対象であり、従って非輪状である)。


可換群の前層と層とにおける完全系列

可換群の前層の完全系列

\mathbf{0} \to \{\mathcal{E}(U_\lambda)\}_\lambda \to \{\mathcal{F}(U_\lambda)\}_\lambda \to \{\mathcal{G}(U_\lambda)\}_\lambda \to \mathbf{0}

つまり

\mathbf{0} \to \{\Gamma(U_\lambda, \; \mathcal{E})\}_\lambda \to \{\Gamma(U_\lambda, \; \mathcal{F})\}_\lambda \to \{\Gamma(U_\lambda, \; \mathcal{G})\}_\lambda \to \mathbf{0}

がある時には、その芽の層に就いて、可換群の層の完全系列

\mathbf{0} \to \tilde{\mathcal{E}} \to \tilde{\mathcal{F}} \to \tilde{\mathcal{G}} \to \mathbf{0}

が成立する。

逆に、可換群の層の完全系列

\mathbf{0} \to \mathcal{E} \to \mathcal{F} \to \mathcal{G} \to \mathbf{0}

がある時には、可換群の前層の完全列

\mathbf{0} \to \{\mathcal{E}(U_\lambda)\}_\lambda \to \{\mathcal{F}(U_\lambda)\}_\lambda \to \{\mathcal{G}(U_\lambda)\}_\lambda

つまり

\mathbf{0} \to \{\Gamma(U_\lambda, \; \mathcal{E})\}_\lambda \to \{\Gamma(U_\lambda, \; \mathcal{F})\}_\lambda \to \{\Gamma(U_\lambda, \; \mathcal{G})\}_\lambda

が得られる。


層の短完全列と層係数コホモロジー

位相空間 X 上の可換群の層の完全系列

\mathbf{0} \to \mathcal{E} \to \mathcal{F} \to \mathcal{G} \to \mathbf{0}

がある時、次の層係数コホモロジー群の完全列が成立する。

<br />
\begin{eqnarray*}<br />
\mathbf{0} &\to& H^0{}_\Phi(X, \mathcal{E}) \to H^0{}_\Phi(X, \mathcal{F}) \to H^0{}_\Phi(X, \mathcal{G}) \\<br />
&\to& H^1{}_\Phi(X, \mathcal{E}) \to H^1{}_\Phi(X, \mathcal{F}) \to H^1{}_\Phi(X, \mathcal{G}) \\<br />
&\to& H^2{}_\Phi(X, \mathcal{E}) \to H^2{}_\Phi(X, \mathcal{F}) \to H^2{}_\Phi(X, \mathcal{G}) \to \; \cdots<br />
\end{eqnarray*}<br />

ここで、0次コホモロジーは、台が \Phi の元であるような大域切断全体の集合に一致すること (H^0{}_\Phi(X, \mathcal{E}) = \Gamma_\Phi(\mathcal{E}), H^0{}_\Phi(X, \mathcal{F}) = \Gamma_\Phi(\mathcal{F}) など) に注意。


Čech のコホモロジー群

層係数のコホモロジー群としては、上記の如く大域切断関手の右導来関手として定義するもののほかに、「Čech のコホモロジー群」と呼ばれるものもある。この両者は、0次及び 1次では、常に一致する。また、底空間 X がパラコンパクトなら、全ての次数で一致する。


環付き空間と、その上の加群層

位相空間 X 上に、単位元を有する (可換) 環の層 \mathcal{O} があり、X の如何なる点 x \in X でも、層の茎 \mathcal{O}_x\{0\} とならない時、X\mathcal{O} との組 (X, \; \mathcal{O}) を「環付き空間」と呼び、\mathcal{O} をその「構造層」呼ぶ。

環付き空間 (X, \; \mathcal{O}) がある時、位相空間 X 上の層 \mathcal{F} で、X の任意の開集合 U を取ると、\mathcal{F}(U)\mathcal{O}(U) 加群であり、二つの層の制限写像が、環の加群への作用と両立する時、層 \mathcal{F}\mathcal{O} 加群と呼ぶ。この時、X の任意の点 x \in X\mathcal{F} の茎 \mathcal{F}_x\mathcal{O}_x 加群となる。

<br />
\begin{CD}<br />
\mathcal{F}(U) \times \mathcal{O}(U) @>{\times}>> \mathcal{O}(U) \\<br />
@VV{\rho^U_W \times \rho^U_W}V @VV{\rho^U_W}V \\<br />
\mathcal{F}(W) \times \mathcal{O}(W) @>{\times}>> \mathcal{O}(U) \\ <br />
@VV{\lim\limits_\to \times \lim\limits_\to}V @VV{\lim\limits_\to}V \\<br />
\mathcal{F}_x \times \mathcal{O}_x @>{\times}>> \mathcal{O}_x<br />
\end{CD}<br />


ここで、環付き空間の概念を使って、「関数の引き戻し」と接ベクトルの関係に就いて再説しておこう。一般に、微分多様体 M と、その上での実数値微分可能関数層 Omathcal は環付き空間を形成するが、それを (M, \; \mathcal{O}_x) で表わすことにし、x \in M 上の層 Omathcal の茎を\mathcal{O}_{M \! , \; x} で表わすことにすると、微分可能多様体 M から M^\prime への微分可能写像 (「関数の引き戻し」を論ずるだけなら、微分同相写像でなくてもよい)

<br />
\begin{CD}<br />
M @.{\stackrel{\varphi}{\to}} M^\prime \\<br />
x @.{\mapsto} \varphi(x) \\<br />
\end{CD}<br />

が、引き起こす層の茎間の写像 \varphi^\ast\varphi(x) \in M^\prime 上での「関数の引き戻し」になる。この \varphi^\ast と、x \in M\varphi(x) \in M^\prime それぞれにおける接ベクトル X_x, X^\prime_{x^\rpime} とは、次の可換図式を満たす。

<br />
\begin{xy}<br />
\xymatrix{<br />
   \mathcal{O}_{M \! , \; x} \ar@{->}[r]^{X_x}  & \mathbb{R} \\<br />
   \mathcal{O}_{M^\prime \!, \; \varphi(x)} \ar@{->}[u]^{\varphi^\ast} \ar@{->}[ur]_{X^\prime_{\varphi(x)}} & \\<br />
}<br />
\end{xy}<br />


主バンドルの構造と1次コホモロジー

リー群は一般に可換ではないので、本稿の文脈には馴染まないが、一応注意しておくと、微分可能多様体 S と、リー群 T がある時、S 上の局所写像で T に値をとるものの芽の層を \mathcal{T} とすると、S を底空間とし、T を構造群とする主バンドルの、バンドル同型類は、1次コホモロジー H^1(S, \; \mathcal{T}) により決定される。このように、リー群が可換ではない場合でも、1次コホモロジーを考えることができるが、一般に群とはならない。ただし、このコホモロジー集合で、1次コホモロジー群の単位元に相当する要素を考えると、それに対応する主バンドルの構造は積バンドルとなる。


ベクトルバンドルの局所切断の前層とその層化

ここでは、或る (C^\infty級) 多様体 B 上の局所 (C^\infty級) 微分可能関数がなす前層を \{\mathcal{A}(U_\lambda)\}_\lambda と記し、これに同伴する層を \mathcal{A} と記す。\mathcal{A} は単位元 \mathbf{1} を有する環の層であり、\{0\} に縮退することはないから、(B, \; \mathcal{A}) は環付き空間である。

B 上のベクトルバンドル E\{B, \; \pi, \; V, \; GL(V)\}_{VB} がある時、ここでは、それを簡単に E(B) と記すことにし、B の開集合 U \in \mathcal{O}(B) 上の (C^\infty級) 切断 \mathcal{E}(U) := \Gamma(U, \; E) を考えると、\{\mathcal{E}(U_\lambda)\}_\lambdaB 上の前層となるが、それは当然 \{\mathcal{A}(U_\lambda)\}_\lambda加群になっている。従って、\{\mathcal{E}(U_\lambda)\}_\lambda に同伴する層 \mathcal{E} は、\mathcal{A}加群である。

\mathcal{A} は柔軟層であり、\mathcal{E} は細質層である。

\mathcal{E} 係数の0次コホモロジー群は、ベクトルバンドル E(B) の大域切断全体がなす群である。つまり、

H^0(B, \; \mathcal{E}) = \Gamma(B, \; \mathcal{E}) \cong \Gamma(B, \; E(B))

が成り立つ。


ベクトルバンドルの分解

或る (C^\infty級) 多様体 B 上のベクトル・バンドル V(B) があった時、B 上のベクトル・バンドルが作る圏内では、関手 \mathrm{Hom}(V, \; -)\mathrm{Hom}(-, \; V) とは共に完全であるから、B 上のベクトル・バンドルの短完全列

<br />
\mathbf{0} \to E(B) \stackrel{\epsilon}{\to} F(B) \stackrel{\gamma}{\to} G(B) \to \mathbf{0}<br />

に対して

<br />
\mathbf{0} &\to& Hom(V(B), \; E(B)) \\<br />
&\to& Hom(V(B), \; F(B)) \\<br />
&\to& Hom(V(B), \; G(B)) \to \mathbf{0}<br />

<br />
\mathbf{0} &\to& Hom(G(B), \; V(B)) \\<br />
&\to& Hom(F(B), \; V(B)) \\<br />
&\to& Hom(E(B), \; V(B)) \to \mathbf{0}<br />

も、ともに短完全列になる。

したがって、それぞれの局所切断の芽の層を作ると、2つの短完全列

<br />
\begin{eqnarray*}<br />
\mathbf{0} &\to& \mathcal{H}\mathit{om}(V(B), \; E(B)) \\<br />
&\to& \mathcal{H}\mathit{om}(V(B), \; F(B)) \\<br />
&\to& \mathcal{H}\mathit{om}(V(B), \; G(B)) \to \mathbf{0}<br />
\end{eqnarray*}<br />

<br />
\begin{eqnarray*}<br />
\mathbf{0} &\to& \mathcal{H}\mathit{om}(G(B), \; V(B)) \\<br />
&\to& \mathcal{H}\mathit{om}(F(B), \; V(B)) \\<br />
&\to& \mathcal{H}\mathit{om}(E(B), \; V(B)) \to \mathbf{0}<br />
\end{eqnarray*}<br />

が出来る。そして、そのコホモロジー群の完全列は、

<br />
\begin{eqnarray*}<br />
\mathbf{0} &\to& \Gamma(B, \; Hom(V(B), \; E(B))) \\<br />
&\to& \Gamma(B, \; Hom(V(B), \; F(B))) \\<br />
&\to& \Gamma(B, \; Hom(V(B), \; G(B))) \\<br />
&\to& H^1(B, \; \mathcal{H}\mathit{om}(V(B), \; E(B))) \to \cdots<br />
\end{eqnarray*}<br />

<br />
\begin{eqnarray*}<br />
\mathbf{0} &\to& \Gamma(B, \; Hom(G(B), \; V(B))) \\<br />
&\to& \Gamma(B, \; Hom(F(B), \; V(B))) \\<br />
&\to& \Gamma(B, \; Hom(E(B), \; V(B))) \\<br />
&\to& H^1(B, \; \mathcal{H}\mathit{om}(G(B), \; V(B))) \to \cdots<br />
\end{eqnarray*}<br />

となるが、(C^\infty級) 多様体上にあっては、ベクトルバンドル間の準同型 (Hom(V(B), \; E(B))Hom(E(B), \; V(B))) の局所切断の芽の層 (\mathcal{H}\mathit{om}(V(B), \; E(B))\mathcal{H}\mathit{om}(G(B),) は細質層であるので、

<br />
\begin{eqnarray*}<br />
&&H^q(B, \; \mathcal{H}\mathit{om}(V(B), \; E(B))) = 0, \ q \ge 1 \\<br />
&&H^q(B, \; \mathcal{H}\mathit{om}(G(B), \; V(B))) = 0, \ q \ge 1<br />
\end{eqnarray*}<br />

が成り立ち、従って短完全列

<br />
\begin{eqnarray*}<br />
\mathbf{0} &\to& \Gamma(B, \; Hom(V(B), \; E(B))) \\<br />
&\to& \Gamma(B, \; Hom(V(B), \; F(B))) \\<br />
&\to& \Gamma(B, \; Hom(V(B), \; G(B))) \to \mathbf{0}<br />
\\<br />
\mathbf{0} &\to& \Gamma(B, \; Hom(G(B), \; V(B))) \\<br />
&\to& \Gamma(B, \; Hom(F(B), \; V(B))) \\<br />
&\to& \Gamma(B, \; Hom(E(B), \; V(B))) \to \mathbf{0}<br />
\end{eqnarray*}<br />

が成立する。これはつまり、任意の準同型 \varphi : V(B) \to G(B) に対し、必ず或る準同型 \phi : V(B) \to F(B) が存在して \varphi = \gamma \circ \phi となると云うことであり、また、任意の準同型 \varphi : E(B) \to V(B) に対し、必ず或る準同型 \phi : F(B) \to V(B) が存在して、\varphi = \phi \circ \epsilon となると云うことである。

特に、V(B) = G(B) または V(B) = E(B) の場合を考えると、ベクトルバンドルの短完全列

<br />
\mathbf{0} \to E(B) \stackrel{\epsilon}{\to} F(B) \stackrel{\gamma}{\to} G(B) \to \mathbf{0}<br />

必ず分解する、つまり、或る準同型 \beta : G(B) \to F(B) が存在して、\gamma \circ \beta = id_{G(B)} となり、また、或る準同型 \omega : F(B) \to E(B) が存在して \omega \circ \epsilon = id_{E(B)} となる。そして、関係 \epsilon \circ \omega + \beta \circ \gamma = id_{F(B)} が成り立っている。


約束事

以下、叙述を単純にするために、ファイバーバンドルの全空間及び底空間は、弧状連結 (path-connected)、従って、連結であると仮定する。そして、 ハウスドルフ・パラコンパクトであるとも仮定する。こうした条件の一部は外せる筈だとか、或いは、さらに可算基の存在や局所コンパクト性を仮定すべきだと云った議論は一切するつもりはない。「泥縄式」の「泥縄式」たる由縁である。要するに、以下の文章にあっては、ファイバーバンドルその他の対象は「説明に都合の良い性質を持っている」ことになっている、と、理解していただきたい。

以下の議論は、基本的に主バンドルとベクトルバンドルに限定される。また、既述の通り、バンドルの全空間・底空間・ファイバーは(勿論「C^\infty級実微分可能」)多様体であり、射影や構造群の元による「移動」も C^\infty級実微分可能であるとされている。


主バンドルにおける右移動と基本接ベクトル場

主バンドル M\{S, \; \pi, \; F, \; T\} の構造群 T の元 t による右移動を R_t と書き、また M の元 x を使って x \mapsto xt とも書く。右移動は、各ファイバー F 上において、不動点のない推移的な写像を引き起こす。

主バンドル M\{S, \; \pi, \; F, \; T\} において、構造群 T のリー代数 \mathfrak{T}、つまり、多様体としての構造群の単位元における接ベクトル空間 (\mathfrak{T} \equiv T_e(T)) の各元 \mathfrak{a} \in \mathfrak{T} が生成する1パラメータ局所変換群 \{\mathbf{exp}\,t\mathfrak{a}, \ t \in (a_x, \; b_x) \subseteq \mathbb{R} \} (ただし -\infty \le a_x < 0 かつ 0 < b_x \le \infty ) を M の元 x に右から作用させて得られる軌道 \{ x\mathbf{exp}\,t\mathfrak{a} \}t = 0 における (つまり、点 x) における、接ベクトルを \mathfrak{a}^\ast{}_x \in T_x(M) とする。\mathfrak{a}^\ast{}_x が作る接ベクトル場 \mathfrak{a}^\ast\mathfrak{a} \in \mathfrak{T} が生成する「基本接ベクトル場」と呼ぶ。


主バンドルと同伴バンドル、そして許容写像

主バンドル M\{S, \; \pi, \; F, \; T\} の構造群 T が、単位元以外に全体を固定する元が無いような (つまり、「効果的な」) 左変換群として作用する位相空間 G が存在する場合、左変換を明示的に表わす時には記号 \eta を使うことにして、この組み合わせを \{T, \ G, \ \eta\} と記す。左変換 \{T, \ G, \ \eta\} を備える主バンドル M\{S, \; \pi, \; F, \; T\} には、「同伴バンドル」と呼ばれるファイバーバンドル P\{E, \,S, \, \pi^\prime, \, G, \, T\} が一意に定まり、次の性質を有する。

  1. 積多様体 M \times G から E への全射 \chi : M \times G \to E が存在する。
  2. \chi (xt, \; y) = \chi (x, \; \eta (t, \; y)), \quad \forall x \in M, \; \forall t \in T, \; \forall y \in G
  3. x, \; x^\prime \in M, \ y,\; y^\prime \in G に対して \chi (x, \; y) = \chi (x^\prime, \; y^\prime) が成り立つなら、x^\prime = xt, \ y = \eta (t, \; y^\prime) となる t \in T が存在する。

(以下、関数 \chi\eta も1パラメータ変換群の作用と同様に、積として書き表し、混乱が生じる怖れがない限り、関数をあからさまに書くことはしないでおく。)

こうした同伴バンドルは M \times_T G と記され、写像 \chi は主写像、G は標準ファイバーと呼ばれる。

実は、同伴バンドルは、積多様体 M \times G を等値関係 (x, \ y) \sim (xt, \ t^{-1}y) で割った等化空間として構成できる。

主バンドル M\{S, \; \pi, \; F, \; T\} の射影 \pi : M \to S に対して、同伴バンドルの射影 \pi^\prime : M \times_T G \to S\pi^\prime (xy) = \pi (x), \ \forall x \in M, \; \ \forall y \in G と置くことで定まる。

また、主バンドル M\{S, \; \pi, \; F, \; T\} と、その同伴バンドル M \times_T G との、S の任意の点 u \in S の上での個別ファイバーを F_u, G_u と書くと、\forall p \in F_u に対して、微分同相写像 \chi_p : G \to G_u \stackrel{\mathrm{def}}{\Longleftrightarrow} \{y \mapsto py\} が存在する。

この \chi_p : G \to G_u を、点 p における許容写像と言うが、これを簡単に p : G \to G_u で表わすことがある。

主バンドル M\{S, \; \pi, \; F, \; T\} の構造群 T が、 G に変換群として作用すると云うことは、T から、位相空間 (あるいは、適宜「位相群」など) としての G の自己準同型群 \mathrm{End}(G) への表現 \rho : T \to \mathrm{End}(G) が与えられていると云うことである。このことを明示化するために、同伴バンドルを M \times_{\rho(T)} G と記することもある。更に、\times_\rho\times_{\mathrm{ad}} のように、表現を示す関数だけを \times に添えて書くこともある。


射影 \pi は、M の各点 x における接ベクトル空間 T_x(M) から S 上の点 \pi (x) における接ベクトル空間 T_{\pi (x)}(S) への線型写像を引き起こすが、これも同じ記号 \pi を使って表わす。また、右移動 R_t は、M の各点 x における接ベクトル空間 T_x(M) から M の点 xt における接ベクトル空間 T_{xt}(M) への線型写像を引き起こすが、これも同じ記号を使って R_t で表わしたり、あるいは単純に、接ベクトル場に t を右側から掛けて表わす (「左移動」についても同様であるが、勿論、その場合 t 等は左側から掛ける)。


主バンドル M\{S, \; \pi, \; F, \; T\} に対し、標準ファイバーに M の構造群 T そのものを取り、「左変換群」としは 各 a \in T に対し T における「左移動」 (L_a : t \mapsto at \; (\forall t \in T)) を対応させる表現 (やはり記号 L_a を使って表わすことにする) L_a : T \to End(T) \stackrel{\mathrm{def}}{\Longleftrightarrow} \{a \mapsto L_a\} を取って、同伴バンドル M \times_{L_a(T)} T を構成すると、それは M 自身と看做せる。つまり M \times_{L_a(T)} T \cong M となる。

主バンドル M\{S, \; \pi, \; F, \; T\} があって、構造群 T からベクトル空間 V の自己同型群への線型表現 \rho : T \to GL(V) が与えられているなら、同伴バンドル M \times_{\rho(T)} V はベクトルバンドルになる。V の双対ベクトル空間 V^\ast と、\rho の双対写像 \rho^\ast (\equiv {}^t\rho^{-1}) : T \to GL(V^\ast) から得られる同伴バンドル M \times_{\rho^\ast(G)} V^\ast も得られるが、これは M \times_{\rho(G)} V の双対ベクトルバンドルと呼ばれる。ベクトル空間 V の代わりにテンソル空間を使っても、同様な構成が可能である。


主バンドルの接ベクトル空間における垂直ベクトルと水平ベクトル、そして垂直ベクトル空間

主バンドル M\{S, \; \pi, \; F, \; T\} の接ベクトル空間 T_x(M) の全体 T(M) は、全空間 M 上のベクトルバンドルである。

線型写像 \pi : T_x(M) \to T_{\pi(x)}(S) の核を V_x(M) と書くと、それは当然 T_x(M) の部分ベクトル空間になっているが、これを垂直ベクトル空間 V_x(M) と呼び、その元を垂直ベクトルと呼ぶ。この垂直ベクトル空間 V_x(M) は、x を含むファイバー F_{\pi(x)} の接ベクトル空間 T_x(F_{\pi(x)}) になっている。

垂直ベクトル空間 V_x(M) の全体は M 上のベクトルバンドルになっている。これを M の垂直ベクトルバンドル V(M) と呼ぶ。

写像

\lambda : M \times \mathfrak{T} \stackrel{\sim}{\to} V(M) \stackrel{\mathrm{def}}{\Longleftrightarrow} \{(x, \; \mathfrak{a}) \mapsto x\mathfrak{a}^\ast \equiv \mathfrak{a}^\ast{}_x\}

は同型写像であるが、この同型を一点 x \in M 上で考えると同型

\lambda_x : \mathfrak{T} \stackrel{\sim}{\to}  V_x(M) \stackrel{\mathrm{def}}{\Longleftrightarrow} \{\mathfrak{a} \mapsto \mathfrak{a}^\ast{}_x\}

になる (簡単に見て取れると思うが、実は、垂直ベクトルバンドルは、主バンドルに限らず、一般のファイバーバンドルに対しても構成できる。しかし、勿論、垂直ベクトルバンドルが、全空間と構造群のリー代数との積バンドルと同型であると云う結果は、主バンドルであることが前提になっている)。

従って、主バンドル M\{S, \; \pi, \; F, \; T\} に対して、接ベクトルバンドル間の射影 \pi : T_x(M) \to T_{\pi(x)}(S) と、群 T のリー代数 \mathfrak{T} \ (\equiv T_e(T)) との間には、完全系列

\mathbf{0} \to \mathfrak{T} \stackrel{\lambda_x}{\to} T_x(M) \stackrel{\pi}{\to} T_{\pi(x)}(S) \to \mathbf{0}

が成り立つ。

主バンドル M\{S, \; \pi, \; F, \; T\} の垂直バンドル V(M) は、M 上の右移動によって不変である (つまり V_x(M) は右移動 R_t \; (t \in T) により V_{xt}(M) に移る)。そして

R_t \circ \lambda_x = \lambda_{xt} \circ \mathrm{ad}(t^{-1}), \quad \forall t \in T, \; \forall x \in M

が成り立つ。ただし、\mathrm{ad} : T \to GL(\mathfrak{T}) は、所謂、リー群 T の「随伴表現」\mathrm{ad}(t) : \mathfrak{a} \mapsto t\mathfrak{a}t^{-1} \ (t \in T, \; \mathfrak{a} \in \mathfrak{T}) である(当然 (x\mathfrak{a}^\ast)t = (xt)(t^{-1}\mathfrak{a}^\ast t) が成り立つ)。これを可換図式で表わすなら、次のようになる。

<br />
\begin{CD}<br />
\mathfrak{T} @>\lambda_x>> V_x(M) @.\hookrightarrow T_x(M) \\<br />
@VV{ad(t^{-1})}V @VV R_t V @VV R_t V\\<br />
\mathfrak{T} @>\lambda_{xt}>> V_{xt}(M) @.\hookrightarrow T_{xt}(M) \\<br />
\end{CD}<br />


主バンドルの接ベクトルバンドル・商垂直ベクトルバンドル・基本列

主バンドル M\{S, \; \pi, \; F, \; T\} 上の接ベクトルバンドル T(M) を、等値関係 X \sim Xt \ (t \in T) で割った等化空間 T(M)/TS 上のベクトルバンドルになる。T(M)/T の元は、M の或る個別ファイバー F_u 上における右移動で不変な M 上の接ベクトル場でもある。これを、M の商接ベクトルバンドルと呼ぶ。特に、M の垂直ベクトルバンドル V(M) \cong M \times \mathfrak{T} を上記の等価関係 (この場合は、x\mathfrak{a} \sim x \mathfrak{a}t \ (x \in M, \; \mathfrak{a} \in \mathfrak{T}, \ t \in T) と表わせる) で割った等化空間 V(M)/T は、リー群 T の随伴表現 \mathrm{ad} : T \to GL(\mathfrak{T}) による M の 同伴バンドル M \times_{\mathrm{ad}(T)} \mathfrak{T} となるが、これも S 上のベクトルバンドルとなっており、これを M の商垂直ベクトルバンドルと呼ぶ。この結果、主バンドル M\{S, \; \pi, \; F, \; T\} に対して S 上のベクトルバンドルの完全系列

\mathbf{0} \to M \times_{\mathrm{ad}(T)} \mathfrak{T} \stackrel{\lambda}{\to} T(M)/T \stackrel{\pi}{\to} T(S) \to \mathbf{0}

が成立する。これを、主バンドル M の基本列と呼ぶ。


主バンドルの接続

主バンドル M\{S, \; \pi, \; F, \; T\} の基本列

\mathbf{0} \to M \times_{\mathrm{ad}(T)} \mathfrak{T} \stackrel{\lambda}{\to} T(M)/T \stackrel{\pi}{\to} T(S) \to \mathbf{0}

に対して、「分解」、つまり \gamma : T(S) \to T(M)/T, \ \pi \circ \gamma = \mathbf{1} となる \gamma を指定するか、或いは、同値であるが \omega : T(M)/T \to M \times_{\mathrm{ad}(T)} \mathfrak{T}, \ \omega \circ \lambda = \mathbf{1}) となる \omega を指定することを M 上の接続を与えると云う (次の図式を参照)。

\mathbf{0} \to M \times_{\mathrm{ad}(T)} \mathfrak{T} {\stackrel{\lambda}{\to} \atop \underset{\omega}{\gets}} T(M)/T {\stackrel{\pi}{\to} \atop \underset{\gamma}{\gets}}T(S) \to \mathbf{0}

\gamma\omega との間には \gamma \circ \pi + \lambda \circ \omega = \mathbf{1} の関係がある (左から右方向と同様、右から左方向に就いても、完全系列となっている)。

言い換えるなら、主バンドル M\{S, \; \pi, \; F, \; T\} 上に接続を与えるとは、商接ベクトルバンドル T(M)/T の直和分解

<br />
\begin{eqnarray*}<br />
&&T(M)/T \cong (M \times_{\mathrm{ad}(T)} \mathfrak{T}) \oplus T(S) \\<br />
&&\hspace{20mm}M \times_{\mathrm{ad}(T)} \mathfrak{T} \cong \mathrm{Im}\lambda = \mathrm{Ker}\pi \\<br />
&&\hspace{20mm}T(S) \cong \mathrm{Im}\gamma = \mathrm{Ker}\omega<br />
\end{eqnarray*}<br />

を指定することである。

主バンドルの接続は、上記の如きベクトルバンドルの分解を指定することなので、層係数コホモロジーを援用して説明したように、(C^\infty級の多様体を底空間とする本稿の議論内にあっては) 必ず存在する。


主バンドルにおける擬テンソル形式 (反変形式)・水平形式

V を有限次元ベクトル空間とし、主バンドル M\{S, \; \pi, \; F, \; T\} 上の V に値を持つ k-形式 \theta : T^k(M) \to V が、リー群 T の表現 \rho : T \to GL(V) に対し、条件

R_t{}^\ast(\theta) = \theta \circ R_t = \rho(t^{-1}) \circ \theta, \quad \forall t \in T

を満たす時、\theta(\rho, \; V)型の反変形式、又は、(\rho, \; V)型の擬テンソル形式と呼ぶ。これは、

<br />
\begin{eqnarray*}<br />
\theta(X_1t, X_2t, \cdots, X_kt) &=& \rho(t^{-1})\theta(X_1, X_2, \cdots, X_k) \\<br />
& &\forall x \in M, \; \forall X_1, X_2, \cdots, X_k \in T_x(M), \; \forall t \in T<br />
\end{eqnarray*}<br />

が成り立っていると云うことである。更に、(\rho, \; V)型の反変形式 ((\rho, \; V)型の擬テンソル形式) \theta が、リー群 T のリー代数 \mathfrak{T} の任意の元 \mathfrak{a} が定める M 上の基本接ベクトル場 \mathfrak{a}^\ast に対して

i_{\mathfrak{a^\ast}} \theta = 0 \qquad i

を満たす時 (ここで、i は、内積作用素)、これを (\rho, \; V) 型のテンソル形式と呼ぶ。

なお、一般に微分多様体 M 上での値域 Vk-形式 \theta : T^k(M) \to V は、T(M)k重外積冪空間 \wedge^k T(M) から V への線形写像 \theta : \wedge^k T(M) \to V と同一視でき、さらに、\forall x \in M, \; \forall u \in \wedge^k T_x(M), \ u \mapsto (x, \; \theta(u)) とすることで、ベクトルバンドル間の線型写像 \theta : \wedge^k T(M) \to M \times V とも同一視できる。これらの写像は、全て \theta を使って表わす (次の可換図式参照)。

<br />
\begin{CD}<br />
T^k(M) @>\theta>> V \\<br />
@V R_t VV @VV \rho(t^{-1}) V\\<br />
T^k(M) @>>\theta> V \\<br />
\\<br />
\wedge^kT(M) @>\theta>> V \\<br />
@V R_t VV @VV \rho(t^{-1}) V\\<br />
\wedge^kT(M) @>>\theta> V \\<br />
\\<br />
\wedge^kT(M) @>\theta>> M \times V \\<br />
@V R_t VV @VV \rho(t^{-1}) V\\<br />
\wedge^kT(M) @>>\theta> M \times V \\<br />
\end{CD}

また、同様の記法で M 上の k-形式 \theta が、 \exists \; 1 \le i \le k, \ \pi(X_i) = 0 なら (つまり、いづれかの X_i が垂直ベクトルであるなら)、 \theta(X_1, X_2, \cdots, X_k) = 0 を満たす時、\theta を水平形式と呼ぶ。

\mathfrak{a}^\ast \ (\mathfrak{a} \in \mathfrak{T})M の各点 xV_x(M) を生成するから、M 上の k-形式 \theta がテンソル形式であるとは、擬テンソル形式であり、かつ、水平形式であると云うことである。

主バンドル M\{S, \; \pi, \; F, \; T\} 上の商接ベクトルバンドルを T(M)/T とすると、M 上の (\rho, \; V)型の反変k-形式 (擬テンソルk-形式) \theta : \wedge^k T(M) \to M \times V と、S 上のベクトルバンドルである T(M)/Tk重外積冪空間 \wedge^k (T(M)/T) から M の同伴主バンドル M \times_{\rho (T)} V への線形写像 \bar{\theta} とが、次の可換図式により一対一に対応する。ただし、ここで \sigma\chi は自然な射影、\rho はリー群の表現 \rho : T \to GL(V) である。これにより、両者は同一視することが出来る。

<br />
\begin{xy}<br />
\xymatrix{<br />
& \wedge^k T(M) \ar[r]^\theta \ar[ldd]^>>>>>>>>\sigma |!{[dl];[d]}\hole<br />
& M \times V \ar[ldd]^>>>>>>>>\chi \\<br />
\wedge^k T(M) \ar[ur]^{R_t} \ar[r]^<<<<<\theta \ar[d]_\sigma<br />
& M \times V \ar[ur]^{R_t} \ar[d]^\chi \\<br />
\wedge^k(T(M)/T) \ar[r]^{\bar\theta} & M \times_{\rho(T)} V<br />
}<br />
\end{xy}<br />

この \bar{\theta} も、単に \theta と書くことにする。

主バンドル M\{S, \; \pi, \; F, \; T\} 上での有限次元ベクトル空間 V に値を持つ k-形式 \theta : \wedge^k T(M) \to V が水平形式であることとは、元 u \in \wedge^k T(M) について \pi u = 0 なら \theta(u) = 0 を満たすことである。


主バンドルの接続形式

主バンドル M\{S, \; \pi, \; F, \; T\} 上に接続

<br />
\begin{eqnarray*}<br />
&&T(M)/T \cong (M \times_{\mathrm{ad}(T)} \mathfrak{T}) \oplus T(S) \\<br />
&&\hspace{20mm}M \times_{\mathrm{ad}(T)} \mathfrak{T} \cong \mathrm{Im}\lambda = \mathrm{Ker}\pi \\<br />
&&\hspace{20mm}T(S) \cong \mathrm{Im}\gamma = \mathrm{Ker}\omega<br />
\end{eqnarray*}<br />

が与えられている時、商垂直バンドル M \times_{\mathrm{ad}(T)} \mathfrak{T} は、M の同伴バンドル であるから、接続 \omega : T(M)/T \to M \times_{\mathrm{ad}(T)}  \mathfrak{T} は、M 上の反変1次形式 \omega \circ q: T(M) \to \mathfrak{T} と等価である (ここで q : T(M) \to T(M)/T は等化空間への射影)。これを接続形式と呼び、しばしば同じ記号 \omega で表わされる。

主バンドル M\{S, \; \pi, \; F, \; T\} 上の反変1次形式 \omega : T(M) \to \mathfrak{T} が接続形式であることとは次の2つの条件を満たすと云うことである。

  1. R_t{}^\ast\omega = \omega \circ R_t = \mathrm{ad}(t^{-1})\omega, \quad \forall t \in T
  2. \omega(\mathfrak{a}^\ast) = \omega(x\mathfrak{a}) = \mathfrak{a}, \quad x \in M, \ \mathfrak{a} \in \mathfrak{T}

ただし、\mathfrak{a}^\ast\mathfrak{a} \in \mathfrak{T} に対応する基本接ベクトル場 x\mathfrak{a} \; (\equiv \mathfrak{a}^\ast{}_x) である。第2条件は \omega \circ \lambda = \mathbf{1}_{\mathfrak{T}} と云うことである。第1条件の方は、可換図式で表わすと次のようになる。

<br />
\begin{xy}<br />
\xymatrix{<br />
\mathfrak{T} \ar@<0.5ex>[r]^-{\lambda_x} \ar[d]_{\mathrm{ad}(t^{-1})} & V_x(M) \ar@<0.5ex>[l]^-{\omega_x} \ar@{^{(}-_{>}}[r] \ar[d]^{R_t} & T_x(M)  \ar[d]^{R_t} \\<br />
\mathfrak{T} \ar@<0.5ex>[r]^-{\lambda_{xt}} & V_{xt}(M) \ar@<0.5ex>[l]^-{\omega_{xt}} \ar@{^{(}-_{>}}[r] & T_{xt}(M)<br />
}<br />
\end{xy}<br />

逆に、主バンドル M\{S, \; \pi, \; F, \; T\} 上の反変1次形式 \omega : T(M) \to \mathfrak{T} が、上記の2条件を満たすなら、それを接続形式とするような接続が定まる。つまり、「接続」と「接続形式」とは等価な概念である。ただし、主バンドルには無数の接続を入れることが可能である。

主バンドル M\{S, \; \pi, \; F, \; T\} 上の接続形式 \omega : T(M) \to \mathfrak{T} を単に「接続」と言うこともある。

任意の x \in M において、その点での垂直ベクトル空間 V_x(M) 内にあっては、接続形式 \omega は許容写像 \lambda_x : \mathfrak{T} \stackrel{\sim}{\to} V_x(M) の逆写像になっている。接ベクトル X \in T(P)\omega(X) = 0 を満たす時、X を、その接続の水平ベクトルと呼ぶ。点 x \in M における水平ベクトル全体の集合 H_x(M)T_x(M) の部分ベクトル空間となるが、これを、その接続の水平ベクトル空間と呼ぶ。水平ベクトル空間 H_x(M) 全体の集合 H(M)M 上のベクトルバンドルとなり、その x \in M でのファイバーは H_x(M) である。これを、水平ベクトルバンドルと呼ぶ。

垂直ベクトル空間は、主バンドルが与えられれば決定するが、水平ベクトル空間が如何なるものかは、接続に依存する。垂直ベクトル空間は、積分可能であるが、水平ベクトル空間は、一般には積分可能ではない。


主バンドルの接ベクトル空間での垂直射影・水平射影

水平ベクトル X \in H(M) に対して、元 t \in T による右移動をした Xt もまた水平ベクトルである。したがって水平ベクトルファイバー間の同型 R_t : H_x(M) \cong H_{xt}(M) が成り立つ。つまり接続形式 \omega : T(M) \to \mathfrak{T} による直和分解 T(M) = V(M) \oplus H(M) は、右移動 R_t により不変である。この分解の射影

v : T(M) \to V(M) \hookrightarrow T(M), \quad h : T(M) \to H(M) \hookrightarrow T(M)

は、T(M) 内の自己線型写像になっているが、それぞれ接続の垂直射影、水平射影と呼ぶ。垂直射影、水平射影には次の性質がある。

  1. h \circ h = h, \quad h \circ R_t = R_t \circ h, \quad \forall t \in T, \quad \mathrm{Ker} \; h = V(M)
  2. v \circ v = v, \quad v \circ R_t = R_t \circ v, \quad \forall t \in T, \quad \mathrm{Im} \; v = V(M)
  3. h \circ v = 0, \quad v \circ h = 0, \quad h + v = \mathbf{1}
  4. \omega \circ h = 0, \quad\omega \circ v = \omega


主バンドルでの共変微分

主バンドル M\{S, \; \pi, \; F, \; T\} 上に接続形式 \omega : T(M) \to \mathfrak{T} が指定されている時、ベクトル空間 V に値を持つ M 上の k-形式 \theta : T^k(M) \to V に対して D\theta = d\theta \circ h と置けば、M 上の (k+1)-形式 D\theta : T^{k + 1}(M) \to V が定まる (ここで d は微分形式の「外微分」)。これを微分形式 \theta の「共変微分」と呼ぶ。


リー群上の Maurer-Cartan の微分形式

リー群 T がある時、そのリー代数を \mathfrak{T} とし、T の接ベクトルバンドルを T(T) とすると、\mathfrak{T} \equiv T_e(T) (e は、T の単位元) となるが、次の完全系列が成立する。

\mathbf{0} \to \mathfrak{T} \equiv T_e(T) \hookrightarrow T(T) \stackrel{p}{\to} T \to \mathbf{0}

そして、この完全系列は分解する。

ここで注意しておくと、リー群 T 上の接ベクトル場 X が、左不変であるなら、それは T の単位元 e での接ベクトル X_e で決まる。つまり、X_e_\in_\mathfrak{T} であり、そして X = \{sX_e \; | \; s \in T\} となる。

リー群 T 上で定義され、T のリー代数 \mathfrak{T} に値を取る微分形式

\theta : T(T) \to \mathfrak{T} \quad \{\theta_s(X) = s^{-1}X, \ \forall s \in T, \; \forall X \in T_s(T)\}

を Maurer-Cartan の微分形式 と呼ぶ。これを纏めると、次の通り:

\mathbf{0} \to \mathfrak{T} {\stackrel{}{\hookrightarrow} \atop \underset{\theta}{\gets}} T(T) {\stackrel{p}{\to} \atop \underset{\sigma_0}{\gets}} T \to \mathbf{0}

ただし、ここで \sigma_0 : T \to T(T) はゼロ切断。

Maurer-Cartan の微分形式 \theta にあっても、t \in T に対して、

R_t{}^\ast\theta = \theta \circ R_t = \mathrm{ad}(t^{-1})\theta

が成り立つが、更に、L_t{}^\ast\theta = \theta \circ L_t = \theta となっている。つまり、Maurer-Cartan の微分形式は、リー群 T 上の左不変な1次微分形式である。逆に、リー群 T 上の左不変な1次微分形式は、Maurer-Cartan の微分形式である。

また、\mathfrak{T} \equiv T_e(T)T 上の左不変な接ベクトル場の空間と見なせば、Maurer-Cartan の微分形式 \theta は、 X \in \mathfrak{T} に対応する左不変接ベクトル場 X^\ast に対して

theta(X^\ast) = X

を満たす微分形式としても定義できる。


リー群の構造方程式

Maurer-Cartan の微分形式 \theta は次の式を満たす。

	d\theta = -\frac{1}{2}[\theta, \; \theta] \qquad (d\theta + \frac{1}{2}[\theta, \; \theta] = 0)

つまり、

d\theta(X, \; Y) = -\frac{1}{2} [\theta, \; \theta](X, Y) = -\frac{1}{2}[\theta(X), \; \theta(Y)]

これを リー群の構造方程式 (structure equation) と呼ぶ。

なお、外積を使ってリー群の構造方程式を書くなら

d\theta = -\theta \wedge \theta \qquad (d\theta + \theta \wedge \theta = 0)

となる。


主バンドルの接続形式と Maurer-Cartan の微分形式

上述のように、主バンドル M\{S, \; \pi, \; F, \; T\} の接続

\mathbf{0} \to M \times_{\mathrm{ad}(T)} \mathfrak{T} {\stackrel{\lambda}{\to} \atop \underset{\omega}{\gets}} T(M)/T {\stackrel{\pi}{\to} \atop \underset{\gamma}{\gets}}T(S) \to \mathbf{0}

が指定されている時、接ベクトルバンドル間の射影 \pi : T_x(M) \to T_{\pi(x)}(S) と、群 T のリー代数 \mathfrak{T} \ (\equiv T_e(T)) との間には 完全系列

\mathbf{0} \to \mathfrak{T} \stackrel{\lambda_x}{\to} T_x(M) \stackrel{\pi}{\to} T_{\pi(x)}(S) \to \mathbf{0}

が成り立つ。

ここで、接続形式 \omega (厳密には q : T(M) \to T(M)/T として \omega \circ q だが) を、任意の x \in M おける垂直ベクトル空間 V_x(M) に制限して考えると、\omega_x \; (:= \omega_x \circ q) は許容写像 \lambda_x : \mathfrak{T} \stackrel{\sim}{\to} V_x(M) の逆写像になっている。垂直ベクトル空間が基本接ベクトル場で張られているわけだから、 Maurer-Cartan の微分形式とは、主バンドルの接続形式から、個別ファイバーの個別性を捨象して、標準ファイバー (つまり、位相空間としてのリー群) からの微分形式と見たものと捉えることができる。

逆に言うなら、主バンドルの接続形式とは、Maurer-Cartan の微分形式に個別ファイバーの個別性を付与し、更に各個別ファイバー上の各点における「水平方向」を指定するようにしたものと言える。


共変微分の別の定式化 (ベクトルバンドルの場合)

ベクトルバンドル M\{S, \; \pi, \; V, \; GL(V)\}_{VB} に就いては「共変微分」に別の定式化がある。S 上の微分可能関数全体を A^0(S) で表わし、MS 上の切断を \Gamma(M) と表わし、ファイバーのテンソル積 T^\ast(S) \otimes MS 上の切断を \Gamma(T^\ast(S) \otimes M) と表わした時、これらは \mathbb{R} 上のベクトル空間でもあるし、A^0(S) 上の加群でもあるが、特に \mathbb{R} 線型写像

\nabla : \Gamma(M) \to \Gamma(T^\ast(S) \otimes M)

が、ライプニッツの公式 (Leibniz's law)

\forall f \in A^0(S), \; \forall \xi \in \Gamma(M), \ \nabla(f\xi) = df \otimes \xi + f \cdot \nabla\xi

を満たす時、\nabla を共変微分 (共変微分作用素) と呼び、\nabla\xi\xi の共変微分と呼ぶ。\Gamma(T^\ast(S) \otimes M) の元は、M 上に値を持つ1次形式とも呼ばれる。接ベクトル X \in T_x(S) に対して \nabla\xi(X)M_x の元であるが、これを \nabla_X\xi と書いて、\xiX 方向の共変微分と呼ぶ。

ベクトルバンドルに k個の共変微分 \nabla_i \ (i=1, \;\ldots, \; k) が存在する場合、線型結合 \sum_{i=1}^kt_i\nabla_i \ (t_1 + \cdots + t_k = 1) は、やはり、そのベクトルバンドルにおける共変微分になる。こうした共変微分のそれぞれに対応して接続が存在することに注意。

相対論などに伴うテンソル解析などで、「共変微分」を見知った人間にとっては、こちらのベクトルバンドルに対する「共変微分」の定義の方が馴染めるかもしれない。ライプニッツの公式の第1項は、座標による通常の偏微分に該当し、第2項は、共変的な補正項に該当するのが、即座に見て取れるからだ。局所座標系の基底 \{e_i\} に共変微分を適用すれば \nabla_{e_i}e_j から接続係数 (つまり、クリストッフェル記号/Christoffel symbol) の対応物が得られる筈だと云うことも容易に得心されるだろう。


ベクトルバンドルの直和・テンソル積・双対バンドルと共変微分

底空間が同一の2つのベクトルバンドル M\{S, \; \pi, \; V, \; GL(V)\}M^\prime(S, \; \pi^\prime, \; V^\prime, \; GL(V^\prime)) とがあって、それぞれに共変微分 \nabla\nabla^\prime が与えられている時、MM^\prime との直和に、次のような共変微分 \nabla \oplus \nabla^\prime を自然に定義することができる。

(\nabla \oplus \nabla^\prime)(\xi \oplus \xi^\prime) = \nabla\xi \oplus \nabla^\prime\xi^\prime, \quad \forall \xi \in \Gamma(M), \; \forall \xi^\prime \in \Gamma(M^\prime)

また、この時には、テンソル積 M \otimes M^\prime に対して、共変微分 \nabla \otimes I_{M^\prime} + I_M \otimes \nabla^\prime が定まる (ここで、I_M 及び I_{M^\prime} は、それぞれ M 及び M^\prime での恒等写像)。

(\nabla \otimes I_{M^\prime} + I_{M} \otimes \nabla^\prime) = \nabla\xi \otimes \xi^\prime + \xi \otimes \nabla^\prime \otimes \xi^\prime

さらに、M^\astM の双対ベクトルバンドルとすると、双対を定めるベクトル空間の内積 \langle \, , \, \rangle を使って、M^\ast での共変微分 (同じ記号 \nabla で表わす) が、次の式で定義される。

d\langle\xi^\ast \, ,\, \xi\rangle = \langle\nabla\xi^\ast \, ,\, \xi\rangle + \langle\xi^\ast \, ,\, \nabla\xi\rangle

さて、ベクトルバンドル M の自己準同型 \mathrm{End}(M) \equiv \mathrm{Hom}(M, \; M) は、テンソル積 M^\ast\otimes M と同一視できるから、M 上の共変微分 \nabla から \mathrm{End}(M) 上の共変微分 (これを、やはり \nabla を使って表わすことにして) が、次の式で得られる。

M^\ast\otimes M \qquad \nabla(\varphi \cdot \xi) = \nabla\varphi \cdot \xi + \varphi \cdot \nabla\xi, \quad \forall \varphi \in \Gamma(M^\ast), \; \forall \xi \in \Gamma(M)


ベクトルバンドルの共変微分から接続形式へ

上記のように、ベクトルバンドルでは、接続 (接続形式) を前提にせずに共変微分が定義することもできる。この場合、共変微分から接続形式を以下のようにして導き出すことができる。つまり、「共変微分」は「接続」(つまり「接続形式」) と等価である (「共変微分」自体のことを「接続」と呼ぶこともある)。

ベクトルバンドル M\{S, \; \pi, \; V, \; GL(V)\}_{VB} において、自明化マップ (U_\alpha, \; \varphi_\alpha) を取ると、(r = \mathrm{dim}(V) として) 各 \varphi : \pi^{-1}(U_\alpha) \cong U_\alpha \times \mathbb{R}^r だから、U_\alpha 上では一次独立な切断 e_1, e_2, \;\ldots, e_r (局所標構場 local frame filed) が存在する。

「標構」とか「標構場」とか、イメージ喚起力が弱いので、好きな用語ではないのだが、今は、そうしたことを論じる場ではないので、通用の表現として使っておく。

従って M の任意の切断 \xiU_\alpha 上では \xi = \xi^\mu e_\mu と一意的に書ける。また、各 e_\lambda の共変微分は \nabla e_\lambda \in \Gamma(T^\ast(S) \otimes M) だから、 U_\alpha 上で定義された実1次形式 \omega_\lambda{}^\mu を係数とする e_1, e_2, \;\ldots, e_r の一次結合

\nabla e_\lambda = \omega_\lambda{}^\mu e_\mu

と書き表せる。

この \omega_\lambda{}^\mu を使って、一般の切断 \xi = \xi^\mu e_\mu の共変微分を書き表すと、それは、U_\alpha 上では

\nabla \xi = (d \xi^\mu + \omega_\lambda{}^\mu\xi^\lambda) e_\mu

となる。この \omega_\lambda{}^\mu (行列表示) は U_\alpha 上で定義され、構造群 GL(V) のリー代数 M(r, \; \mathbb{R}) に値を取る1次形式であるので、M(r, \; \mathbb{R}) 値1次形式自体としては、同じ添え字を使って、\omega_\alpha\omega_\beta と書くと (後者は、U_\beta 上で定義された1次形式) 、若干の計算の後 U_\alpha 上では

\omega_\beta = \phi_{\alpha\beta}{}^{-1}\omega_\alpha\phi_{\alpha\beta} + \phi_{\alpha\beta}{}^{-1}d\phi_{\alpha\beta}

が成り立つことが確認できる。

逆に、各 U_\alpha 上で定義された M(r, \; \mathbb{R}) 値1次形式 \omega_\alpha が存在して、局所標構場 e_1{}^{(\alpha)}, e_2{}^{(\alpha)}, \;\ldots ,\; e_r{}^{(\alpha)} による、その行列表示が (r \times r) の行列 \omega_\lambda{}^{\mu \; (\alpha)} であり、そして、U_\alpha 上で、関係式

\omega_\beta = \phi_{\alpha\beta}{}^{-1}\omega_\alpha\phi_{\alpha\beta} + \phi_{\alpha\beta}{}^{-1}d\phi_{\alpha\beta}

を満たすなら、線型写像

\nabla^{(\alpha)} : \Gamma(E) \mid_{U_\alpha} \to \Gamma(T^\ast(S) \otimes M) \mid_{U_\alpha}

\nabla^{(\alpha)} \xi^\mu e_\mu{}^{(\alpha)} = (d \xi^\mu + \omega_\lambda{}^{\mu \; (\alpha)} \xi^\lambda) e_\mu{}^{(\alpha)}

で定義できる。こうした「局所的な共変微分」\nabla^{(\alpha)}, \nabla^{(\beta)}, \;\ldotsU_\alpha 上では \nabla^{(\alpha)} = \nabla^{(\beta)} であるので「貼り合わす」ことができ、その結果得られる \nabla は (大域的な) 共変微分になっている。

つまり、ベクトルバンドルにあっては、共変微分 \nabla と、上記の性質を有する1次形式 \omega とは等価である。 この \omega がベクトルバンドルの接続を規定し、したがってベクトルバンドルにおける「接続形式」と呼ばれる。


ベクトルバンドルの共変外微分と曲率形式

ベクトルバンドル M\{S, \; \pi, \; V, \; GL(V)\}_{VB} の共変微分は、SM に値をとる微分可能関数 (つまり、M の切断) を、SM に値をとる1次形式に対応させる線型写像であった。これを、次のようにp-形式に (p+1)-形式を対応させる線型写像に拡張することができる。

ベクトルバンドル M\{S, \; \pi, \; V, \; GL(V)\}_{VB} がある時、S 上の 実 p-形式全体を A^p(S)M に値を持つ S 上の p-形式全体を A^p(M) と書くことにする。つまり:

A^p(S) \equiv \Gamma(\wedge^pT^\ast(S)), \quad A^p(M)\equiv \Gamma(\wedge^pT^\ast(S)\otimes M)

と書くことにする。この場合、A^p(M) の任意の元は \xi \cdot \theta \quad (\xi \in A^0(M) = \Gamma(M), \; \theta \in A^p(S)) の形の項の和として表わせることに注意されたい。

ここで M に共変微分 \nabla : \Gamma(M) \to \Gamma(T^\ast(S) \otimes M) が指定されているとして、この時、線型写像 D : A^p(M) \to A^{p+1}(M)

D(\xi \cdot \theta) = \nabla\xi \; \wedge \theta + \xi \cdot d\theta, \ \forall \xi \in A^0(M) \equiv \Gamma(M), \; \forall \theta \in A^p(S)

で定義して、これを「共変外微分」と呼ぶ。共変外微分 D は次の式を満たす。

D\xi = \nabla\xi, \ \forall \xi \in A^0(M) \equiv \Gamma(M)

D(\varphi \wedge \theta) = D\varphi \wedge \theta + (-1)^p\varphi \wedge d\theta, \; \forall \varphi \in A^p(M), \; \forall \theta \in A^q(S)

さらに D^2 に就いて、次の式も成り立つ。

D^2(\xi \cdot \theta) = D^2\xi \wedge \theta, \ \xi \in A^0(M), \; \forall \theta \in A^q(S))

この D^2 は、定義域を A^0(M) に限定して D^2 : A^0 \to A^2(M) と云う線型写像として考えると、(D^2\xi)_x, \ x \in M, \;\xi \in A^0(M)\xi_x の値だけで定まる。従って、D^2D^2{}_x : M_x \to \wedge^2 T^\ast(S) \otimes M_x と云う線型写像とみなせる。これは D^2A^2(\mathrm{End}(M)) の元ということであり、つまりは、\mathrm{End}(M) \equiv M \otimes M^\ast に値を持つ2次形式と云うことである。これを接続 \nabla の曲率 (curvature) R と云う。

これを、M の局所標構場 \{e_1, e_2, \;\ldots\; e_r\} を使って、この曲率 R を表わすと次の関係を有する2次形式 \Omega が得られると云うことである。

Re_\lambda = \Omega_\lambda{}^\mu e_\mu

それには、この局所標構場で表わした接続形式を U_\alpha 上で定義された1次形式 \omega_\lambda{}^\mu として、\Omega を次のようにすればよい。

\Omega = d\omega + \omega \wedge \omega

この式をベクトルバンドルの接続 \nabla の構造方程式 (structure equation) と呼び、\Omega を、ベクトルバンドルの接続 \nabla の曲率形式 (curvature form) と呼ぶ。

次の関係がある。

Ricci の恒等式 R(X, \; Y)\xi = \frac{1}{2}(\nabla_X\nabla_Y - \nabla_Y\nabla_X - \nabla_{[X, \; Y]})\xi (本稿における外積の定義では、係数 \frac{1}{2} が付くが、付かない「流儀」も存在する。上記の「外積代数 (Grassmann 代数) の外積に就いての注意」の項を参照。)

Bianchi の恒等式 DR = 0

Bianchi の恒等式の別形 d\Omega = \Omega \wedge \omega - \omega \wedge \Omega


ベクトルバンドルの内積を保つ共変微分

ベクトルバンドル M\{S, \; \pi, \; V, \; GL(V)\} が内積 g を有する時、ベクトルバンドル M\{S, \; \pi, \; V, \; GL(V)\} の共変微分 \nabla が、条件 \nabla g = 0 を満たすなら、「\nablag を保つ」と言ったり、「g は、\nabla に関して平行である」などと言う。


キリングベクトル場と共変微分

擬リーマン多様体 ((M, \ g_{\alpha\beta})) のキリングベクトル場 X の別の定式化としては、アフィン接続の共変微分 \nabla を使って、任意のベクトル場 YZ に対し

g(\nabla_{Y} X, Z) + g(Y, \nabla_{Z} X) = 0

を満たすものと云うものもある。

局所自明化座標を用いたキリングベクトル場の定式化もあって、それは

\nabla_{\mu} X_{\nu} + \nabla_{\nu} X_{\mu} = 0

と云うものである。


主バンドルの曲率形式

主バンドルの接続形式 \omega の共変微分を \Omega = D\omega とすると、M 上の2次形式 \Omega : T^2(M) \to \mathfrak{T} が定まるが、これを接続の「曲率形式」と呼ぶ。次の式 (カルタンの構造方程式) が成り立つ。

\Omega = d\omega + \omega \wedge \omega \quad (= d\omega + \frac{1}{2} [\omega, \; \omega])

次の式も成り立っている。

  1. \Omega \circ R_t = \mathrm{ad}(t^{-1})\Omega, \quad \forall t \in T
  2. D。\Omega = 0


水平持ち上げと Einstein synchronization

S 上の接ベクトル場 X に対して、M 上の接ベクトル場 X^\ast"" で、次の2条件を条件を満たすもの一意に存在するが、それを X の「水平持ち上げ」と呼ぶ。

  1. \pi(X^\ast)
  2. X^\ast_x \in H_x

「(水平)持ち上げ」は S 上の区分的に滑らかな曲線 C : [a, \; b] \to S ([a, \; b] は実数直線内の閉区間) に関する形としても、定義できる。この場合、曲線 C の「持ち上げ」とは、M 内の曲線 _\ast : [a, \; b] \to M であって \pi(C_\ast(t)) = C(t), \ \forall t \in [a, \; b] を満たすもののことである。特に、曲線 C_\ast の速度ベクトル \dot{C}_\ast が水平である時には、この持ち上げを「水平持ち上げ」と呼ぶ。

ファイバー F_a 上の1点 x を取ると、C の水平持ち上げ C_\ast であって、かつ C_\ast(a) = x を満たす M の曲線 C_{\ast(x)} が一意に定まる。これを x から出発する C の水平持ち上げと呼ぶ。

ファイバー F_{C(a)} 上の各点 x に対し、x から出発する C の水平持ち上げ C_{\ast(x)} の終点は、当然ファイバー F_{C(b)} 上の点になるから、この C_{\ast(x)} の始点に終点を対応させると、それはファイバー F_{C(a)} から ファイバー F_{C(b)} への写像となる。この写像は、曲線 C に沿っての「平行移動」と呼ばれる。C_{\ast(xt)} = C_{\ast(x)}t \  (\forall t \in T) だから平行移動は右移動と可換である。別の言い方をすると、写像「平行移動」は T の元と可換である。

Einstein synchronization (convention) の本質は、この水平持ち上げである。別の言い方をするなら、時空多様体から時間を捨象した「空間」内の曲線に沿った移動に対応して、時空多様体内を、「空間」に落ちる影が当該曲線上に有るようにする一方、各点で時間軸 (正確には、時間性 キリングベクトル) に対し「直交」する方向に進んでいくことで (別の言い方をするなら、各接ベクトル空間内の水平ベクトル空間内方向に進んでいくことで)、少なくとも局所的な同時性を担保しようというのが Einstein synchronization である。

ただし、アインシュタインが水平持ち上げに採用した接続は、無数にある中でも最も直感的に手近な接続形式

\omega = \frac{k_\mu d x^\mu }{k_\nu k^\nu} (ここで (k^\mu) は、時空多様体における時間性キリングベクトル場。(k_\mu) は、その共変化余接ベクトル場)

に対応するものだった。もっとも、E. Minguzzi は、この接続の発見の優先権が H. Poincaré にあるとして「ポアンカレ接続」と呼んでおる ("Simultaneity and generalized connections in general relativity")。


ホロノミー (holonomy)

S 上の曲線 C : [a, \; b] \to S が閉曲線である時、つまり C(a) = C(b) である時、C に沿った水平移動によって、ファイバー F_{C(a)} 上の点は、ファイバー F_{C(a)} 自身の上に移るが、その際、ファイバー上の元の点に戻るとは限らない。つまり、当然 _{C(a)} = F_{C(b)} 且つ C_{\ast(x)}(a)= x にはなるが、一般には C_{\ast(x)}(b)= x とは限らない。本質的には 同じことだが、S 上の2点 s1s2 との結ぶ曲線に沿った平行移動によってファイバー F_{s1} 上の一点が移る F_{s2} 上の点は、S 上の経路曲線が替わると変化しうる。

このことをホロノミー (holonomy) という。


時空多様体で言えば、Einstein synchronization により局所的な同時性を確保して行っても、「曲がった時空」では、大域的には (つまり、空間上閉曲線を廻って、「空間」内の「同一点」に戻ってきた時に) 「同時性」は破れており、その固有時は、ホロノミーによって、廻ってきた閉曲線に依存する。これがサニャック効果の本質である。


ベクトルバンドルにおける共変微分の集合

ベクトルバンドル M\{S, \; \pi, \; V, \; GL(V)\}_{VB} がある時、そこに共変微分

<br />
\begin{eqnarray*}<br />
&&\nabla : \Gamma(M) \to \Gamma(T^\ast(S) \otimes M), \\<br />
&&\forall f \in A^0(S), \; \forall \xi \in \Gamma(M), \ \nabla(f\xi) = df \otimes \xi + f \cdot \nabla\xi \ (Leibniz formula)<br />
\end{eqnarray*}<br />

は無数に導入可能であり、その全体 \mathcal{C}(M) はアフィン空間をなす。

実際、1つの共変微分 \nabla_0 \in \mathcal{C}(M) を固定してから、任意の \nabla \in \mathcal{C}(M) を取って

\alpha = \nabla - \nabla_0 : \Gamma(M) \to \Gamma(T^\ast(S) \otimes M)

を考えると、\alpha は、次の式

<br />
\begin{eqnarray*}<br />
&&\alpha(\xi_1 + \xi_2) = \alpha(\xi_1) + \alpha(\xi_2), \ \forall \xi_1, \, \xi_2 \in A^0(M) \\<br />
&&\alpha(f\xi) = f \cdot \alpha(\xi), \ \forall f \in A^0(S), \; \forall \xi \in A^0(M)<br />
\end{eqnarray*}<br />

を満たすのだが、この式から、\alpha\sigma \in \Gamma(M) での値 \alpha(\sigma) \in \Gamma(T^\ast(S) \otimes M) は、u \in S での \sigma の値 \sigma(u) にのみ依存することが導かれるので、\alpha は、\Gamma(\mathrm{Hom}(M, \; T^\ast(S) \otimes M)) \cong \Gamma(T^\ast(S) \otimes \mathrm{End}(M)) の元とみなせる。これから、\alpha\mathrm{End}(M) に値を取る1次形式である (\alpha \in A^1(\mathrm{End}(M))) ことが分かる。

逆に ベクトルバンドル M\{S, \; \pi, \; V, \; GL(V)\} がある時、その共変微分 \nabla_0 を1つ取るなら、任意の \alpha \in A^1(\mathrm{End}(M)) に対して \nabla_0 + \alpha も ベクトルバンドル M\{S, \; \pi, \; V, \; GL(V)\} の共変微分になる。


ベクトルバンドル M\{S, \; \pi, \; V, \; GL(V)\} が内積 g を有する時、g を保つ共変微分 (或いは「g が平行となるような共変微分」と言ってもよいが) の全体 \mathcal{C}(M, \; g)\mathcal{C}(M) の部分アフィン空間になる。


主バンドルにおける接続形式の集合

主バンドル M\{S, \; \pi, \; F, \; T\} で、リー群 T のリー代数 \mathfrak{T} と記す時、1次形式 \omega : T(M) \to \mathfrak{T} が接続形式である必要十分条件は (\mathfrak{a}^\ast\mathfrak{a} \in \mathfrak{T} に対応する基本接ベクトル場 x\mathfrak{a} \; (\equiv \mathfrak{a}^\ast{}_x) であるとして)

  1. R_t{}^\ast\omega = \omega \circ R_t = \mathrm{ad}(t^{-1})\omega, \quad \forall t \in T
  2. \omega(\mathfrak{a}^\ast) = \omega(x\mathfrak{a}) = \mathfrak{a}, \quad x \in M, \ \mathfrak{a} \in \mathfrak{T}

であった。

ここで、主バンドル M\{S, \; \pi, \; F, \; T\} の接続形式の全体を \mathcal{C}(M) と書くと、ベクトルバンドルの場合と同様、主バンドルにあっても \mathcal{C}(M) もアフィン空間になっている。ここで、或る接続形式 \omega_0 \in \mathcal{C}(M) を固定して、任意の \omega \in \mathcal{C}(M) に対して、\alpha = \omega - \omega_0 を考えると、\alpha : T(M) \to \mathfrak{T} は1次形式であって、次の2条件を満たす。

  1. R_t{}^\ast\alpha = \mathrm{ad}(t^{-1})\alpha, \ \forall t \in T
  2. \alpha(\mathfrak{a}^\ast) = 0, \ \mathfrak{a} \in \mathfrak{T}

逆に、1次形式 \alpha : T(M) \to \mathfrak{T} が、上記の2条件を満たすなら \omega_0 + \alpha は接続形式になる。

こうした \alpha 全体は、SM \times_{\mathrm{ad}(T)} \mathfrak{T} に値を取る1次形式の全体が作るベクトル空間 A^1(M \times_{ad(T)} \mathfrak{T}) と同一視できる。


ベクトルバンドルでのゲージ変換

ベクトルバンドル M\{S, \; \pi, \; V, \; GL(V)\} の自己同型写像 \varphi : M \to M が、各個別ファイバー V_u において、ベクトル空間としての自己同型写像を引き起こす時、M のゲージ変換 (gauge transformation) と呼ぶ。M のゲージ変換の全体は群を形成するので、ゲージ変換群 (gauge transformation group) と呼び、記号 \mathcal{G}(M) などで表わす。


ベクトルバンドルでのゲージ変換と、フレームバンドル

ここで、ベクトルバンドル M\{S, \; \pi, \; V, \; GL(V)\} のフレームバンドル F(M)\{S, \; \pi, L_u(B), \; GL(r, \mathbb{R})\} (ただし r = \mathrm{dim}(V)) を考える。このフレームバンドル F(M)\{S, \; \pi, L_u(B), \; GL(r, \mathbb{R})\} は主バンドルであり、ベクトルバンドル M\{S, \; \pi, \; V, \; GL(V)\} に同伴する。

フレームバンドルの元 l \in F(M) は、各 u \in S 上における線型同型写像 l_u : \mathbb{R}^r \to V_u の集合からなるから、M における任意のゲージ変換 \varphi \in \mathcal{G}(M) に就いて、\varphi \circ lF(M) の元になる。従って、同じ記号 \varphi を使って、フレームバンドル F(M) の自己同型写像

\varphi : F(M) \to F(M) \stackrel{\mathrm{def}}{\Longleftrightarrow} \{l \mapsto \varphi \circ l\}

で定義すれば、

\varphi(l \cdot a) = \varphi \circ (l \cdot a ) = \varphi \circ (l \circ a) = (\varphi \circ l) \circ a = \varphi(l) \cdot a

となり、\varphi の作用が、GL(r, \; \mathbb{R})) の作用と可換であることが分かる。

逆に、フレームバンドル F(M)\{S, \; \pi, L_u(B), \; GL(r, \mathbb{R})\} の自己同型写像 \varphi が、条件

\varphi(l \cdot a) = \varphi(l) \cdot a, \ \forall l \in F(M), \; \forall a \in GL(r, \mathbb{R})

を満たすなら、\pi(l) = u となる u \in F(M) を取り、同型写像 \varphi(l) \circ l^{-1} を考えると、これは l の取り方によらないから (\varphi(la) \circ (la)^{-1} = \varphi(l) \circ l^{-1})、\varphi は、各個別ファイバー V_u において、ベクトル空間としての自己同型写像を引き起こすベクトルバンドル M の自己同型写像を引き起こす。この写像も \varphi と表わすと、これは M におけるゲージ変換である (\varphi \in \mathcal{G}(M))。


主バンドルでのゲージ変換

主バンドル M\{S, \; \pi, \; F, \; T\} において、その自己同型写像 \varphi : M \to M が条件

\varphi(xt) = \varphi(x)t, \ \forall x \in M, \; \forall t \in T

を満たす時、それを主バンドル M におけるゲージ変換と呼ぶ。主バンドルにおけるゲージ変換の全体は群を形成するので、それをゲージ変換群と呼び、記号 \mathcal{G}(M) 或いは、単に \mathcal{G} などで表わす (主バンドルの構造群のことを「ゲージ群」と呼ぶことがあるが、これは勿論「ゲージ変換群」とは異なる)。

ここで、主バンドル M\{S, \; \pi, \; F, \; T\} の構造群 T を取って、その元 t \in TT の自己同型 \mathrm{ad}(t) : a \mapsto t^{-1}at, \; \forall a \in T を対応させる随伴表現 \mathrm{ad} : T \to GL(T) \stackrel{\mathrm{def}}{\Longleftrightarrow} \{t \mapsto \mathrm{ad}(t)\} でもって、標準ファイバーを T とする M の同伴バンドル M \times_{\mathrm{ad}(T)} T を作る。

主バンドル M\{S, \; \pi, \; F, \; T\} において x \in M を取ると、T から F_{\pi(x)} への同相写像 t \mapsto xt が存在する。この写像を、記号 x を使って表わし、その逆写像を x^{-1} : F_{\pi(x)} \to T と記す。

そうすると、x \in Ma \in T に就いて、合成写像

\varphi_{(x, \; a)} : F_{\pi(x)} \to F_{\pi(x)} \stackrel{\mathrm{def}}{\Longleftrightarrow} \{z \mapsto x \circ L_a \circ x^{-1}(z)\}

が考えられて、これは F_{\pi(x)} の自己同型になっている。この合成写像を、簡単に

\varphi_{(x, \; a)} : z \in F_{\pi(x)} \mapsto x \cdot a \cdot x^{-1} \cdot z \in F_{\pi(x)}

と記すことにする。

主バンドル M\{S, \; \pi, \; F, \; T\} の同伴バンドル M \times_{\mathrm{ad}(T)} T の元を取って、それを代表元 (x, \; a), \ x \in M, \; a \in T で表わす時、写像

\varphi_{(x, \; a)} : z \mapsto x \cdot a \cdot x^{-1} \cdot z

を考えると、この写像は代表元の取り方によらない ((xb) \cdot (b^{-1}ab) \cdot (xb)^{-1} \cdot z = x \cdot a \cdot x^{-1} \cdot z)。従って、この写像を u =\pi(x, \; a) \in S を使って、\varphi_u と記す。

つまり、同伴バンドル M \times_{\mathrm{ad}(T)} T の切断 \sigma を取ると、\sigma(u) \quad (u \in S) は、底空間 S の任意の点 u の上の主バンドル M\{S, \; \pi, \; F, \; T\} の個別ファイバー F_u の自己同型 \varphi_u を定める。これが、主バンドルのゲージ変換になっていること (\varphi_u(xt) = \varphi_u(x)t, \ \forall x \in M, \; t \in T であること) は、簡単に確かめられる。このゲージ変換を \varphi_\sigma と記す。

逆に、主バンドル M\{S, \; \pi, \; F, \; T\} のゲージ変換 \varphi : M \to M を取ると、

\sigma_{\varphi} : u \in S \mapsto [\varphi(u), u^{-1}\varphi(u)]

が、同伴バンドル M \times_{\mathrm{ad}(T)} T の切断を定めることも簡単に確かめられる。

従って、\mathcal{G}(M) \cong \Gamma(M \times_{ad(T)} T) であるので、これを無限次元リー群と捉えて、そのリー代数を考えると、それは A^0(M \times_{\mathrm{ad}} \mathfrak{T}) = \Gamma(M \times_{\mathrm{ad}} \mathfrak{T}) である。そして \mathrm{exp} : \mathfrak{T} \; \stackrel{\sim}{\to} \; TS の各点で考えて \mathrm{exp} : A^0(M \times_{\mathrm{ad}} \mathfrak{T}) \; \stackrel{\sim}{\to} \; \mathcal{G}(M) が得られる。


主バンドルの接続形式空間に作用するゲージ変換

主バンドル M\{S, \; \pi, \; F, \; T\} がある時には、上述のように接続形式全体が作るアフィン空間 \mathcal{C}(M) と、ゲージ変換群 \mathcal{G}(M) が構成できる。任意の接続形式 \omega \in \mathcal{C}(M) に対し、ゲージ変換 \varphi \in \mathcal{G}(M) を取って、\varphi^\ast \omega を考えると、この \varphi^\ast \omega も接続形式になっている。つまり、次の条件を満たす。

<br />
\begin{eqnarray*}<br />
&&R_t{}^\ast(\varphi^\ast \omega) = \mathrm{ad}(t^{-1})(\varphi^\ast \omega), \ \forall t \in T \\<br />
&&\varphi^\ast \omega(\mathfrak{a}^\ast) = \mathfrak{a}, \ \forall \mathfrak{a} \in \mathfrak{T}<br />
\end{eqnarray*}<br />

この結果、ゲージ変換 \varphi の引き戻し \varphi^\ast\omega \mapsto \varphi^\ast \omega により \mathcal{C}(M) に対し自然に作用することが分かる。

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2008年9月 1日 (月)

「先生」・「先生」・「先生」の聲

[nouse: 英文版ウィキペディア "Born coordinates" 導入部、第1節-第3節翻訳草稿] (2008年8月2日[土]) を書いていて、サニャック効果 (Sagnac effect) とは時空多様体を「空間」上のファイバーバンドル (fiber bundle) と捉えた時のホロノミー (holonomy) なのだと気付いたのだったが、少なくとも日本の「知的状況」では (と云う書き方もオゾマシイほど初歩的なことなんだが、まぁとにかく)、一般的に認識されていないようなので、微分幾何学の初歩の復習も兼ねて、ファイバーバンドルの理論をホロノミーの所ぐらいまで纏め始めたのだったが、これが例によって難渋している。

書きはじめる前の予定では、8月中旬には (ハッキリ書くと「8月11日」) 脱稿・ ポストだったのが、今日は既に8月末日である。

しかも昨日当たりから、当初は全く書くつもりのなかった「層 (sheaf/faisceau)」のことを、、極めて簡単ながらも (取り敢えず「層係数のコホモロジー」ぐらいに就いては) 触れる必要があることに気が付いた。しかし、幾ら「簡潔」と云っても、「1」のことを書こうとしたら、少なくとも「20」とか「30」ぐらいのことは調べたり考えたりする必要がある。そして、それだけ苦労しても、しばしば手ひどい過ちをするのが、私のような愚かな人間には通例なので、手を抜くわけにはいかないのだ。まだ、しばらく泥沼状態が続きそうである。

なんだかガッカリしてしまった。

そう云うわけで、今日は作業に手が着かず、バックレてしまって、カテゴリー「『日本語で一番大切なもの』」のなかの記事の内部リンクを補足したり、大意を書きたしたりし始めたのだったが、「紫草のにほへる妹を憎くあらば人妻ゆゑにわれ恋ひめやも (天武天皇 [万葉集1]21)」の大意を書こうとして、とたんに行き詰まってしまった。

「恋ひめやも」が反語であることはともかく、「憎くあらば」は何なのだろう。

勿論、贈歌は言わずと知れた「あかねさす紫野ゆき標野ゆき野守は見ずや君が袖ふる (額田王 [万葉集1]20)」なんだが、この贈返二歌、微妙に照応していない。

恋愛の上でのことだから、「ズラシ」は基本的な作法でありうるのだが、だとしたら、背景に「事件」があったことを想像してしまう。

素直に受けとるならば、二人の間に、「女」の側からすれば、「男」から嫌われたかもしれないと考えたとしても不思議でない「事件」があったことになる。

さらに厳密に言うならば、これは「男」の発想内での「事件」なのだ。つまり、男の発想では「『女』の側からすれば、『男』から嫌われたかもしれないと考えたとしても不思議でない『事件』があった」。

「男」は、「女」の「不安」を劇的に解消するために、「野守」が監視している「標野」で、「女」に対して「袖を振る」と云う愛情表現をすると云う無謀なことをワザとする (cocu は、クニの支配者である)。

「女」は、「男」の行為に呆れたのか、感激したのか、そのどちらかであるかは、実は恋愛の相のもとでは、あまり意味がないので、重要なのは、「男」の関係修復を願うサインを受け入れたことを示すための優位の姿勢で、「男」をたしためたと云うのが、「[万葉集1]20」だ。「野守が見ていないとでも言うのですか?」

これに対する「男」の返歌は、「女」の贈歌に直接答えていない。自分は「女」を嫌っていないと云う、当面の最重要メッセージを伝えることに終始している。「美しい女性よ。あなたに腹を立てているのだとしてら、人妻であるあなたを何とかして手に入れたいなどと思うでしょうか?」

勿論、「事件」を、単純に、「女」が「人妻」になったと云う事実であると捉えることは可能なのだが、実は、それ以外の何かがあったような気もするのだ。しかし、そうなると、結局「憎くあらば」をどう解釈するかと云う問題に戻ってしまう。

思案投げ首していたら、窓の外から、この雨続きで肌寒い一週間ばかり聞こえていなかったクマゼミの鳴き声が「シャン・シャン・シャン」と聞こえてきた。物理/数学も不可、万葉も不可である私を「先生・先生・先生」と嗤わっているようだ。

     大窪詩佛
古松林裏聽蟬鳴
先生先生先生聲
聲聲似把先生笑
莫笑先生老遠行
三十年來舊遊地
白首重來幾先生


富士川英郎 (「江戸後期の詩人たち (1973年)」) によれば、常陸国多賀郡大久保に生まれ、江戸神田お玉ヶ池に詩佛堂を営んだ詩人が紀州に旅をしたときのこの詩 (題はないらしい) の「蟬」は「おそらく熊蟬だろう」と云うことだ。おそらく、彼の耳に、このセミの鳴き声は耳新しかったのだろう。そう言えば、やはり関東に生まれ、いまもその住人である私にとっても、「シャン・シャン・シャン」は、幼年時代聞かなかったような気がする。

詩を詩佛に倣おうとは思わないが、それでも、ここはやはり蝉どもに対して、「嗤ふなかれ小生の老いて遠行することを」と言っておきたい。


駄文を弄しているうちに、日付が変わってしまった。もともと、原稿が書きあぐねたすさびに書き始めた文章だから、それも当然か。「莫笑」。

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2008年8月 2日 (土)

英文版ウィキペディア "Born coordinates" 導入部、第1節-第3節翻訳草稿

以下は、英文版ウィキペディア "Born coordinates" (last modified on 7 July 2008, at 15:29) の導入部、第1節 (Langevin observers in the cylindrical chart) 第2節 (Transforming to the Born chart) 及び、第3節 (The Sagnac effect) の翻訳草稿である。訳語・内容とも子細な見当はされていない。ただし、訳出にあたって、原文に若干の訂正をほどこした。対応して、英文版ウィキペディアのテキストにも同じ変更を加えたが、その内容に就いては "Revision as of 16:54, 26 June 2008" 及び "Current revision (15:29, 7 July 2008)" を参照していただきたい (英文版では 19 July 2008, at 18:24 にも編集上の変更が加えられているが、内容に実質的な変化はない)。


[nouse: 英文版ウィキペディア "Rindler coordinates" 翻訳草稿] (2008年6月25日 [水] におけるのと同様、この訳文でも、通常「時間的」・「空間的」と訳されている "timelike", "spacelike" を「時間性」・「空間性」と訳してある (これに対して "spatial hyperslice" などは「空間的超切片」と訳し分けてある)。

また英語版でのカテゴリ等、編集上のタグは原則として採用していない。なお、訳文部分の著作権は、原文と同様 [GNU Free Documentation License] に従う。

以下、一瞥すれば分かることだが、一応注意しておくと、本稿では、真空中の光速度が 1 に正規化してある。


Space-time geometry of Born coordinates.<br />Red lines are world lines (congruence) of points on disc.<br />Interlacing blue and grey stripes show change of <span style=T.
Orange curves ( / \ ) are time-like curves with fixed R.
ボルン座標の時空幾何構造。
赤い線は、円盤上の点の世界線 (線叢)。
交互に並んだ青と灰色の縞は T の変化を示す。
オレンジ色の曲線 ( / \ ) は、固定値の R に対する時間性曲線。" />
Space-time geometry of Born coordinates.
Red lines are world lines (congruence) of points on disc.
Interlacing blue and grey stripes show change of T.
Orange curves ( / \ ) are time-like curves with fixed R.
ボルン座標の時空幾何構造。
赤い線は、円盤上の点の世界線 (線叢)。
交互に並んだ青と灰色の縞は T の変化を示す。 オレンジ色の曲線 ( / \ ) は、固定値の R に対する時間性曲線。

In relativistic physics, the Born coordinate chart is a coordinate chart for (part of) Minkowski spacetime, the flat spacetime of special relativity. It is often used to analyze the physical experience of observers who ride on a rigidly rotating ring or disk. This chart is often attributed to Max Born.
相対論物理において、「ボルン座標表示」(Born coordinate chart) とは、特殊相対論平坦な時空であるミンコフスキー時空 (の一部分) のための座標表示である。ボルン座標表示は、剛体的に回転する円環又は円盤上に載っている観測者の物理的体験を分析するのに多く用いられる。この座標表示は、通常マックス・ボルン (Max Born) が考え出したとされている。


Langevin observers in the cylindrical chart
円筒座標表示でのランジェヴァン型観測者

To motivate the Born chart, we first consider the family of Langevin observers represented in an ordinary cylindrical coordinate chart for Minkowski spacetime. The world lines of these observers form a timelike congruence which is rigid in the sense of having a vanishing expansion tensor. They represent observers who rotate rigidly around an axis of cylindrical symmetry.
ボルン座標表示を引き出す準備として、通常の円筒座標表示で表わされたミンコフスキー時空中における一群のランジェヴァン型観測者 (Langevin observer) を、まず考察する。こうした観測者達の世界線は、膨張テンソル (expansion tensor) が消失すると云う意味で「剛体的」な時間性線叢 (timelike congruence) を形成する。こうした世界線は、円筒対称性の軸の周りを剛体的に回転する観測者を表わす。


From the line element
:<math> ds^2 = -dT^2 + dZ^2 + dR^2 + R^2 \, d\Phi^2, \; \; -\infty < T, \, Z < \infty, \; 0 < R < \infty, \; -\pi < \Phi < \pi </math>
we can immediately read off a frame field representing the local Lorentz frames of stationary (inertial) observers
:<math> \vec{e}_0 = \partial_T, \; \; \vec{e}_1 = \partial_Z, \; \; \vec{e}_2 = \partial_R, \; \; \vec{e}_3 = \frac{1}{R} \, \partial_\Phi </math>
Here, <math>\vec{e}_0</math> is a timelike unit vector field while the others are spacelike unit vector fields; at each event, all four are mutually orthogonal and determine the infinitesimal Lorentz frame of the static observer whose world line passes through that event.
その線素
:<math> ds^2 = -dT^2 + dZ^2 + dR^2 + R^2 \, d\Phi^2, \; \; -\infty < T, \, Z < \infty, \; 0 < R < \infty, \; -\pi < \Phi < \pi </math>
から、即座に、静止 (慣性) 観測者の局所ローレンツ基準系を表わす基準ベクトル場系 (frame field)
:<math> \vec{e}_0 = \partial_T, \; \; \vec{e}_1 = \partial_Z, \; \; \vec{e}_2 = \partial_R, \; \; \vec{e}_3 = \frac{1}{R} \, \partial_\Phi </math>
を読み取ることができる。ここで <math>\vec{e}_0</math> は、時間性単位ベクトル場であり、残りは、空間性 (spacelike) 単位ベクトル場である。個々の事象において、4つの単位ベクトル場は全て相互に直交しており、その事象を通過する世界線を有する静止観測者の無限小ローレンツ基準ベクトル場系を定める。


Simultaneously boosting these frame fields in the <math> \vec{e}_3</math> direction, we obtain the desired frame field describing the physical experience of the Langevin observers, namely
<br />
\begin{eqnarray}<br />
&& \vec{p}_0 = \frac{1}{\sqrt{1-\omega^2 \, R^2}} \, \partial_T + \frac{\omega \, R}{\sqrt{1-\omega^2 \, R^2}} \; \frac{1}{R} \partial_\Phi \nonumber \\<br />
&& \vec{p}_1 = \partial_Z, \; \; \vec{p}_2 = \partial_R \nonumber \\<br />
&& \vec{p}_3 = \frac{1}{\sqrt{1-\omega^2 \, R^2}} \; \frac{1}{R} \, \partial_\Phi +  \frac{\omega \, R}{\sqrt{1-\omega^2 \, R^2}} \, \partial_T \nonumber <br />
\end{eqnarray}
This frame was apparently first introduced (implicitly) by Paul Langevin in 1935; its first ''explicit'' use appears to have been by T. A. Weber, as recently as 1997! It is defined on the region 0 < R < 1/ \omega; this limitation is fundamental, since near the outer boundary, the velocity of the Langevin observers approaches the speed of light.
こうした基準ベクトル場系を、同時に <math> \vec{e}_3</math> 方向にブースト (boost) すると、ランジェヴァン型観測者の物理体験を叙述するのに適した基準ベクトル場系
<br />
\begin{eqnarray}<br />
&& \vec{p}_0 = \frac{1}{\sqrt{1-\omega^2 \, R^2}} \, \partial_T + \frac{\omega \, R}{\sqrt{1-\omega^2 \, R^2}} \; \frac{1}{R} \partial_\Phi \nonumber \\<br />
&& \vec{p}_1 = \partial_Z, \; \; \vec{p}_2 = \partial_R \nonumber \\<br />
&& \vec{p}_3 = \frac{1}{\sqrt{1-\omega^2 \, R^2}} \; \frac{1}{R} \, \partial_\Phi +  \frac{\omega \, R}{\sqrt{1-\omega^2 \, R^2}} \, \partial_T \nonumber <br />
\end{eqnarray}
が得られる。この基準系は、1935年、ポール・ランジェヴァン (Paul Langevin) により (内在的な形で) 導入されたのが最初だったらしいが、T. A. ウェーバー (T. A. Weber) によって最初に明示的な形で使用されたのは、なんと1997年になってからだったようである! この基準系は、領域 0 < R < 1/ \omega で定義されているが、この定義域の外周に接近すると、ランジェヴァン型観測者の速度は光速度に近付いていくので、この制限は本質的なものである。

[[訳註: "boost(ing)" は、局所ミンコフスキー空間でに「ローレンツ・ブースト」を行なうことを指すと思われるで「ブースト」と訳しておく。私 (ゑ) の趣味ではないのだが、現時点では良い代替案も思いつかないので、いたしかたがない。]]
[[訳註:唐突に \omega が式中に出てくるが、これは勿論「回転」の角速度。]]


Part of the helical world line of a typical Langevin observer (red curve), depicted in the cylindrical chart, with some future pointing light cones (gold) with the frame vectors assigned by the Langevin frame (black rods).  In this figure, the Z coordinate is inessential and has been suppressed.  The white cylinder shows a locus of constant radius; the dashed green line represents the symmetry axis R=0.  The blue curve is an integral curve of the azimuthal unit vector \vec{p}_3.<br />円筒座標表示で描かれた典型的なランジェヴァン型観測者の螺旋状世界線の一部分 (赤い曲線)。未来錐 (金色) 及びランジェヴァン基準ベクトル場系の基準ベクトル (黒い太線) も共に描かれている。この図では、Z 座標は非本質的なので描かれていない。白色の円筒は、一定半径の軌跡であり、緑色の破線は、対称軸 R=0 を示している。また、青い曲線は、方位単位ベクトル \vec{p}_3 の積分曲線である。 Part of the helical world line of a typical Langevin observer (red curve), depicted in the cylindrical chart, with some future pointing light cones (gold) with the frame vectors assigned by the Langevin frame (black rods). In this figure, the Z coordinate is inessential and has been suppressed. The white cylinder shows a locus of constant radius; the dashed green line represents the symmetry axis R=0. The blue curve is an integral curve of the azimuthal unit vector <math>\vec{p}_3</math>.
円筒座標表示で描かれた典型的なランジェヴァン型観測者の螺旋状世界線の一部分 (赤い曲線)。未来錐 (金色) 及びランジェヴァン基準ベクトル場系の基準ベクトル (黒い太線) も共に描かれている。この図では、Z 座標は非本質的なので描かれていない。白色の円筒は、一定半径の軌跡であり、緑色の破線は、対称軸 R=0 を示している。また、青い曲線は、方位単位ベクトル <math>\vec{p}_3</math> の積分曲線である。

Each integral curve of the timelike unit vector field <math>\vec{p}_0</math> appears in the cylindrical chart as a helix with constant radius (such as the red curve in the figure at right). Suppose we choose one Langevin observer and consider the other observers who ride on a ring of radius R which is rigidly rotating with angular velocity \omega. Then if we take an integral curve (blue helical curve in the figure at right) of the spacelike basis vector <math>\vec{p}_3</math>, we obtain a curve which we might hope can be interpreted as a "line of simultaneity" for the ring-riding observers. But as we see from the figure, ideal clocks carried by these ring-riding observers cannot be synchronized. This is our first hint that it is not as easy as one might expect to define a satisfactory notion of spatial geometry even for a rotating ring, much less a rotating disk !
時間性単位ベクトル場 <math>\vec{p}_0</math> の積分曲線は、いづれも、円筒座標表示において、一定半径の螺旋となる (上図での赤い螺旋)。一人のランジェヴァン型観測者を選んでおき、角速度 \omega で剛体的に回転する半径 R の円環に載っている他の観測者のことを考えてみよう。その場合、空間性基本ベクトル <math>\vec{p}_3</math> の積分曲線 (上図における青い螺旋) は、円環に載っている観測者たちにとり「等時性を表わす線」と解釈してよいと期待したくなる。しかし、図から見て取れるように、こうした円環に載っている観測者たちが、理想的な時計をもっていたとして、そうした時計は時刻を揃えることは不可能である。このことが、回転円環の場合であってすら、「空間幾何」に就いて満足しうる概念を定めるのは、思ったほど簡単には済まないことが伺える最初の例である。 そして「回転円盤」では、事態は一層深刻になる!


This figure shows the world lines of a fiducial Langevin observer (red curve) and his nearest neighbors (dashed navy blue curves).  This figure shows one quarter of one orbit by the fiducial observer about the axis of symmetry (vertical green line).<br />この図には、基準とされたランジェヴァン型観測者の世界線 (赤い線) とその近隣の観測者の世界線 (ネイビーブルーの破線) が示されている。図中には、基準観測者が対称軸 (緑色の垂直線) の周囲を廻る軌跡の4分の1が描かれている。 This figure shows the world lines of a fiducial Langevin observer (red curve) and his nearest neighbors (dashed navy blue curves). This figure shows one quarter of one orbit by the fiducial observer about the axis of symmetry (vertical green line).
この図には、基準とされたランジェヴァン型観測者の世界線 (赤い線) とその近隣の観測者の世界線 (ネイビーブルーの破線) が示されている。図中には、基準観測者が対称軸 (緑色の垂直線) の周囲を廻る軌跡の4分の1が描かれている。

Computing the kinematic decomposition of the Langevin congruence, we find that the acceleration vector is
:<math> \nabla_{\vec{p}_0} \vec{p}_0 = \frac{-\omega^2 \, R}{1- \omega^2 \, R^2} \; \vec{p}_2 </math>
This points radially inward and it depends only on the (constant) radius of each helical world line. The expansion tensor vanishes identically, which means that nearby Langevin observers maintain constant distance from each other. The vorticity vector is
:<math> \vec{\Omega} = \frac{\omega}{1 - \omega^2 \, R^2} \; \vec{p}_1 </math>
which is parallel to the axis of symmetry. This means that the world lines of the nearest neighbors of each Langevin observer are twisting about its own world line, as suggested by the figure at right. This is a kind of local notion of "swirling" or vorticity.
ランジェヴァン型線叢の運動学的分解を計算すると、その加速度ベクトルは
:<math> \nabla_{\vec{p}_0} \vec{p}_0 = \frac{-\omega^2 \, R}{1- \omega^2 \, R^2} \; \vec{p}_2 </math>
となっている。この加速度ベクトルは、半径方向内向きであり、各螺旋状世界線の (一定) 半径にのみ依存する。「膨張テンソル」は、恒等的に消失するが、これは隣り合ったランジェヴァン型観測者間の距離が一定に維持されることを意味する。「渦度テンソル」は
:<math> \vec{\Omega} = \frac{\omega}{1 - \omega^2 \, R^2} \; \vec{p}_1 </math>
となり、対称軸に対して平行である。これは、上図からも伺えるように、各ランジェヴァン型観測者に隣り合ったランジェヴァン型観測者の世界線は、元の世界線を中心にして捻じれて行っていると云うことである。これは、局所的な意味で、一種の「回旋」または「渦動」を行なっていると云うことである。

[[訳註:"Congruence (general relativity) - Wikipedia" を参照して計算すると、以下のようになる。いちいちの説明は煩わしいので、取り敢えずは省略するが、最小限の注意をしておくと、(\underrightarrow{p_0}, \underrightarrow{p_1}, \underrightarrow{p_2}, \underrightarrow{p_3}) は、ベクトル (\vec{p}_0, \vec{p}_1, \vec{p}_2, \vec{p}_3) にそれぞれ対応するコベクトル (covector) の積もりである。

induction of \nabla_{\vec{p_0}}\vec{p_0}

ここで、"Congruence (general relativity) - Wikipedia" での記法に準じて、

X = \vec{p}_0  \quad (= \frac{1}{\sqrt{1-\omega^2 \, R^2}} \, \partial_T + \frac{\omega \, R}{\sqrt{1-\omega^2 \, R^2}} \; \frac{1}{R} \partial_\Phi)
と置くと:

 calculus on acceleration vector X

となるから

\dot{X}_aX_b &+& X_{a;b} (= h^m{}_ah^n{}_bX_{m;n})

が得られる。

(ちなみに、投影テンソルは
\begin{eqnarray*}<br />
h^\alpha{}_\beta = \bordermatrix{ <br />
        &  T & Z & R & \Phi \cr<br />
   T    &- \frac{\omega^2 R^2}{1 - \omega^2 R^2} & 0 & 0 & \frac{\omega R^2}{1 - \omega^2 R^2}  \cr<br />
   Z    &  0 & 1 & 0 & 0 \cr<br />
   R    &  0 & 0 & 1 & 0 \cr<br />
   \Phi &  \frac{- \omega}{1 - \omega^2 R^2} & 0 & 0 & \frac{1}{1 - \omega^2 R^2}<br />
} <br />
\end{eqnarray*}
なので、こちちを使っても計算できる。)

これを

\begin{eqnarray}<br />
&& \underrightarrow{p_0} = \frac{- 1}{\sqrt{1-\omega^2 \, R^2}} \, dT + \frac{\omega \, R^2}{\sqrt{1-\omega^2 \, R^2}} d\Phi \nonumber \\<br />
&& \underrightarrow{p_1} = dZ, \; \; \underrightarrow{p_2} = dR \nonumber \\<br />
&& \underrightarrow{p_3} = \frac{R}{\sqrt{1-\omega^2 \, R^2}} d \Phi +  \frac{- \omega \, R}{\sqrt{1-\omega^2 \, R^2}} dT \nonumber <br />
\end{eqnarray}

を使って書き直すと

\begin{eqnarray*}<br />
\bordermatrix{ <br />
        & \underrightarrow{p_0} & \underrightarrow{p_1} & \underrightarrow{p_3} & \underrightarrow{p_3} \cr<br />
   \underrightarrow{p_0}    & 0 & 0 & 0 & 0 \cr<br />
   \underrightarrow{p_1}    & 0 & 0 & 0 & 0 \cr<br />
   \underrightarrow{p_2}    & 0 & 0 & 0 & \frac{- \omega}{1 - \omega^2 R^2}  \cr<br />
   \underrightarrow{p_3} & 0 & 0 & \frac{\omega}{1 - \omega^2 R^2} & 0<br />
} <br />
\end{eqnarray*}

になる。 これは反対称テンソルだから、対称成分 (膨張テンソル) はなく、そのまま渦度テンソルを表わすが、それを軸性ベクトルに書き直すなら

:<math> \vec{\Omega} = \frac{\omega}{1 - \omega^2 \, R^2} \; \vec{p}_1 </math>

と云う表現が得られる。
]]


In contrast, note that projecting the helices onto any one of the spatial hyperslices <math>T=T_0</math> orthogonal to the world lines of the static observers gives a circle, which is of course a closed curve. Even better, the coordinate basis vector <math>\partial_\Phi</math> is a spacelike Killing vector field whose integral curves are closed spacelike curves (circles, in fact), which moreover degenerate to zero length closed curves on the axis R = 0. This expresses the fact that our spacetime exhibits cylindrical symmetry, and also exhibits a kind of ''global notion'' of the rotation of our Langevin observers.
これと対照的に、こうした螺旋を、静止観測者の世界線と直交する空間的超切片 <math>T=T_0</math> のどれに投影したとしても、それは (当然の事ながら、閉曲線) となる。さらに都合の良いことには、座標基本ベクトル <math>\partial_\Phi</math> は、積分曲線が空間性閉曲線 (実際には円にっており、更には、軸 R = 0 において、長さがゼロの閉曲線に退化する) となる空間性のキリング・ベクトル場である。これは、この時空が「円筒対称性」を有すること、そして、ランジェヴァン型観測者の回転に一種の「大域性」があることを示している。


In the figure, the magenta curve shows how the spatial vectors <math>\vec{p}_2</math>, <math>\vec{p}_3</math> are spinning about <math>\vec{p}_1</math> (which is suppressed in the figure since the Z coordinate is inessential). That is, the vectors <math>\vec{p}_2</math>, <math>\vec{p}_3</math> are not Fermi-Walker transported along the world line, so the Langevin frame is ''spinning'' as well as non-inertial. In other words, in our straightforward derivation of the Langevin frame, we kept the frame aligned with the radial coordinate basis vector <math>\partial_R</math>. By introducing a constant rate rotation of the frame carried by each Langevin observer about <math>\vec{p}_1</math>, we could, if we wished "despin" our frame to obtain a gyrostabilized version.
上図に於いて、深紅色の曲線は、空間性ベクトル <math>\vec{p}_2</math>, <math>\vec{p}_3</math> が (Z 軸は非本質的であるため、図には示されていない) <math>\vec{p}_1</math> の周りを、回転している。つまり、ベクトル <math>\vec{p}_2</math>, <math>\vec{p}_3</math> は、世界線に沿ったフェルミ・ウオーカー (Fermi-Walker) 移動を行なっておらず、従って、ランジェヴァン型座標は、慣性系でないと云うばかりでなく、回転している訣である。換言すれば、上記のように単純に構成したランジェヴァン座標にあっては、座標系は、半径方向座標の基本ベクトル <math>\partial_R</math> に整列しているのである。だから、この回転を止めたいならば、ランジェヴァン型観測者のそれぞれが抱える座標系に <math>\vec{p}_1</math> を軸とする等速度回転を導入するすことで、方向が安定した座標系を得ることが出来るかもしれないということになる。


Transforming to the Born chart
ボルン座標表示への変換

To obtain the Born chart, we straighten out the helical world lines of the Langevin observers using the simple coordinate transformation
:<math> t = T, \; \; z = Z, \; \; r = R, \; \; \phi = \Phi - \omega \, T</math>
The new line element is
\begin{eqnarray}<br />
ds^2 &=& -\left( 1- \omega^2 \, r^2 \right) \, dt^2 + 2 \, \omega \, r^2 \, dt \, d\phi + dz^2 + dr^2 + r^2 \, d\phi^2 \nonumber \\<br />
& & \hspace{10pt} -\infty < t, \, z < \infty, 0 < r < \frac{1}{\omega}, \; -\pi < \phi < \pi \nonumber<br />
\end{eqnarray}
Notice the "cross-terms" involving <math>dt \, d\phi</math>, which show that the Born chart is not an orthogonal coordinate chart. The Born coordinates are also sometimes referred to as rotating cylindrical coordinates.
「ボルン座標表示」(Born chart) を得るには、単純な座標変換
:<math> t = T, \; \; z = Z, \; \; r = R, \; \; \phi = \Phi - \omega \, T</math>
を用いて、ランジェヴァン型観測者の螺旋状世界線を直線にしてしまえば良い。そうすると、新たな線素は
\begin{eqnarray}<br />
ds^2 &=& -\left( 1- \omega^2 \, r^2 \right) \, dt^2 + 2 \, \omega \, r^2 \, dt \, d\phi + dz^2 + dr^2 + r^2 \, d\phi^2 \nonumber \\<br />
& & \hspace{10pt} -\infty < t, \, z < \infty, 0 < r < \frac{1}{\omega}, \; -\pi < \phi < \pi \nonumber<br />
\end{eqnarray}
となる。ここで「混合項」(cross-terms) <math>dt \, d\phi</math> が出てくるが、これはボルン座標表示が直交座標系ではないと云うことであることに留意されたい。ボルン座標は、「回転円筒座標」とも呼ばれることもある。


In the new chart, the world lines of the Langevin observers appear as vertical straight lines. Indeed, we can easily transform the four vector fields making up the Langevin frame into the new chart. We obtain
<br />
\begin{eqnarray}<br />
\vec{p}_0 &=& \frac{1}{\sqrt{1-\omega^2 \, r^2}} \, \partial_t \nonumber \\<br />
\vec{p}_1 &=& \partial_z, \; \; \vec{p}_2 = \partial_r \nonumber \\<br />
\vec{p}_3 &=& \frac{\sqrt{1-\omega^2 \, r^2}}{r} \, \partial_\phi + \frac{\omega \, r}{\sqrt{1-\omega^2 \, r^2}} \, \partial_t \nonumber<br />
\end{eqnarray}
These are exactly the same vector fields as before--- they are now simply represented in a different coordinate chart!
ボルン座標表示では、ランジェヴァン型観測者の世界線は、垂直方向の直線になる。実際、ランジェヴァン座標表示を構成する上記4つのベクトル場は、ボルン座標表示に簡単に変換できて、次のようになる。
<br />
\begin{eqnarray}<br />
\vec{p}_0 &=& \frac{1}{\sqrt{1-\omega^2 \, r^2}} \, \partial_t \nonumber \\<br />
\vec{p}_1 &=& \partial_z, \; \; \vec{p}_2 = \partial_r \nonumber \\<br />
\vec{p}_3 &=& \frac{\sqrt{1-\omega^2 \, r^2}}{r} \, \partial_\phi + \frac{\omega \, r}{\sqrt{1-\omega^2 \, r^2}} \, \partial_t \nonumber<br />
\end{eqnarray}
これらは、ベクトル場としては、以前のものと全く同一である--- そられは、座標表示を変えて書き直したものに過ぎない!

[[訳註:この変換は、次の式に従って、簡単に出来る。
\partial_T = - \omega \, \partial_\phi + \partial_t \qquad \partial_\Phi = \partial_\phi
]]


Needless to say, in the process of unwinding the world lines of the Langevin observers, which appear as helices in the cylindrical chart, we wound up the world lines of the static observers, which now appear as helices in the Born chart! Note too that, like the Langevin frame, the Born chart is only defined on the region 0 < r < 1/ \omega.
言うまでもないことだが、円筒形座標では螺旋に見えるランジェヴァン型観測者の世界線の「巻きを解く」過程では、静止観測者の世界線が「巻かれていく」ので、静止観測者の世界線は、ボルン座標表示では螺旋状に見える! ランジェヴァン座標表示におけるのと同様、ボルン座標も、領域 0 < r < 1/ \omega でのみ定義可能であることにも留意されたい。


If we recompute the ''kinematic decomposition'' of the Langevin observers, that is of the timelike congruence <math> \vec{p}_0 = \frac{1}{\sqrt{1-\omega^2 \, r^2}} \, \partial_t</math>, we will of course obtain the same answer that we did before, only expressed in terms of the new chart. Specifically, the acceleration vector is
:<math> \nabla_{\vec{p}_0} \, \vec{p}_0 = \frac{-\omega^2 \,r}{1 - \omega^2 \, r^2} \, \vec{p}_2</math>
the expansion tensor vanishes, and the vorticity vector is
:<math> \vec{\Omega} = \frac{\omega}{1-\omega^2 \, r^2} \; \vec{p}_1</math>
ランジェヴァン型観測者の運動学的分解、つまり、時間性線叢 <math> \vec{p}_0 = \frac{1}{\sqrt{1-\omega^2 \, r^2}} \, \partial_t</math> の運動学的分解を計算しなおすと、新たな座標での変数表示になっているが、勿論、以前と同一の結果が得られる。特に、加速度ベクトルは
:<math> \nabla_{\vec{p}_0} \, \vec{p}_0 = \frac{-\omega^2 \,r}{1 - \omega^2 \, r^2} \, \vec{p}_2</math>
となり、膨張テンソルは消失し、渦度テンソルは
:<math> \vec{\Omega} = \frac{\omega}{1-\omega^2 \, r^2} \; \vec{p}_1</math>
となる。

[[訳註:この計算は、ランジェヴァン座標表示と場合と並行して行なえる。結果として得られる膨張テンソル・渦度テンソルの表記は、当然のことながらランジェヴァン座標表示と場合と同じになる。その計算のあらましは以下の通り:

calculation of vorticity vector in Born Coordinates. no.1

calculation of vorticity vector in Born Coordinates. no.2

\begin{eqnarray*}<br />
h^\alpha{}_\beta = \bordermatrix{ <br />
        &  t & z & r & \phi \cr<br />
   t    &  0 & 0 & 0 & 0  \cr<br />
   z    &  0 & 1 & 0 & 0 \cr<br />
   r    &  0 & 0 & 1 & 0 \cr<br />
   \phi &  0 & 0 & 0 & 1<br />
} <br />
\end{eqnarray*}

calculation of vorticity vector in Born Coordinates. no.3
]]

An attempt to define a notion of space at a time for our Langevin observers, depicted in the Born chart. This attempt is doomed to fail for at least two reasons! This figure depicts the region 0 < r < 1 when \omega = 1/5, with a discontinuity at \phi = \pi. The radial ray from which we have grownthe integral curves to make the surface is at \phi = 0 (on the far side in this image).
ボルン座標表示で描かれたランジェヴァン型観測者にとっての「ある時刻での空間」の概念を定義する試み。この試みは、少なくとも2つの理由で失敗せざるを得ない! この図は、\omega = 1/5 の場合の 0 < r < 1 領域が、\phi = \pi に不連続性が現れるようにして描かれている。曲面を形成するように「伸びていく」積分曲線が出発する半径は \phi = 0 (この図では、奥のほう) にある。


The dual covector field of the timelike unit vector field in any frame field represents infinitesimal spatial hyperslices. However, the Frobenius integrability theorem gives a strong restriction on whether or not these spatial hyperplane elements can be "knit together" to form a family of spatial hypersurfaces which are everywhere orthogonal to the world lines of the congruence. Indeed, it turns out that this is possible, in which case we say the congruence is hypersurface orthogonal, if and only if the vorticity vector vanishes identically. Thus, while the static observers in the cylindrical chart admits a unique family of orthogonal hyperslices <math>T=T_0</math>, ''the Langevin observers admit no such hyperslices''. In particular, the spatial surfaces <math>t=t_0</math> in the Born chart are orthogonal to the static observers, not to the Langevin observers. This is our second (and much more pointed) indication that defining "the spatial geometry of a rotating disk" is not as simple as one might expect.
時間性単位ベクトル場の双対コベクトル場は、いかなる規準ベクトル場系にあっても、空間的無限小超切片をあらわす。しかし、こうした空間的超切片要素が「編みあがって」、線叢をなす世界線と全ての場所で直交するような空間的超切片の族を形成するかどうかに就いては、「フロベニウスの積分可能性定理」(Frobenius integrability theorem) による強い制限が課せられる。実際、線叢が「超曲面直交」と呼ばれるものになるのは、渦度テンソルが恒等的に消失する場合であり、またそうした場合にのみ可能なのである。従って、こうしたことは、円筒座標系における静止観測者にとっては、唯一つ、直交超切片族 <math>T=T_0</math> が当てはまるが、ランジェヴァン型観測者に対しては、そうした超切片族が存在しない。特に、ボルン座標表示における空間的超曲面族 <math>t=t_0</math> は、静止観測者には直交するが、ランジェヴァン型観測者には直交しない。これが、「回転円盤の空間幾何学」を定義することが思ったより単純でない第二の (そして、はるかに本質的な) 問題点である。


To better understand this crucial point, consider integral curves of the third Langevin frame vector
:<math>\vec{p}_3 = \sqrt{1-\omega^2 \, r^2} \, \frac{1}{r} \, \partial_\phi + \frac{\omega \, r}{ \sqrt{1-\omega^2 \, r^2}} \, \partial_t</math>
which pass through the radius <math>\phi=0, \, t=0</math>. (For convenience, we will suppress the inessential coordinate z from our discussion.) These curves lie in the surface
:<math>\phi + \omega \, t - \frac{t}{\omega \, r^2} = 0, \; \; -\pi < \phi < \pi </math>
shown in the figure. We would like to regard this as a space at a time for our Langevin observers. But two things go wrong.
この問題点をヨリ良く理解するために、ランジェヴァン座標表示第3ベクトル
:<math>\vec{p}_3 = \sqrt{1-\omega^2 \, r^2} \, \frac{1}{r} \, \partial_\phi + \frac{\omega \, r}{ \sqrt{1-\omega^2 \, r^2}} \, \partial_t</math>
の積分曲線で、半径 <math>\phi=0, \, t=0</math> を通るものを考える (便宜上、非本質的な座標 z は議論から排除する)。こうした積分曲線は図中に示した曲面
:<math>\phi + \omega \, t - \frac{t}{\omega \, r^2} = 0, \; \; -\pi < \phi < \pi </math>
上にある。これを、ランジェヴァン型観測者にとっての「ある時刻での空間」としたくなるところだが、2つの点で旨くいかない。


First, the Frobenius theorem tells us that <math>\vec{p}_2</math>, <math>\vec{p}_3</math> are tangent to no spatial hyperslice whatever. Indeed, except on the initial radius, the vectors <math>\vec{p}_2</math> do not lie in our slice. Thus, while we found a spatial hypersurface, it is orthogonal to the world lines of only some our Langevin observers. Because the obstruction from the Frobenius theorem can be understood in terms of the failure of the vector fields <math>\vec{p}_2</math>, <math>\vec{p}_3</math> to form a Lie algebra, this obstruction is differential, in fact Lie theoretic. That is, it is a kind of ''infinitesimal obstruction'' to the existence of a satisfactory notion of spatial hyperslices for our rotating observers.
第一に、フロベニウスの定理により、<math>\vec{p}_2</math>, <math>\vec{p}_3</math> は、如何なる空間的超切片にも接することはない。実際、最初の半径上以外では、 ベクトル <math>\vec{p}_2</math> は、空間的切片には載ることはない。従って、空間的超曲面は存在しはするが、その超曲面が世界線に直交するランジェヴァン型観測者が何人か存在すると云うのが関の山である。フロベニウスの定理によるこの障害は、ベクトル場 <math>\vec{p}_2</math>, <math>\vec{p}_3</math>リー代数を構成できないと云う観点から理解できるから、この障害は、微分的、実は、リー理論的なものである。これが、回転する観測者にとっての空間的超切片の満足できる概念の存在にとっての、一種の「無限小障害」となっている。


Second, as the figure shows, our attempted hyperslice would lead to a discontinuous notion of "time" due to the "jumps" in the integral curves (shown as a coral colored discontinuity). Alternatively, we could try to use a multivalued time. Neither of these alternatives seems very attractive! This is evidently a global obstruction. It is of course a consequence of our inability to synchronize the clocks of the Langevin observers riding even a single ring---say the rim of a disk--- much less an entire disk.
第二に、図に示されているように、作成してみた超切片では、積分曲線の「段差」に起因する時間の不連続性 (図中、赤黄色で示されている不連続性) と云う観念が得られる。別の方法としては、複数の値を持つ時間を使用することを試みても良いかもしれないが、いづれにしろ「大変魅力的」であるようちは見えない! こちらの方は、「大域的障害」である。勿論、これは、回転する (円盤全体よりは遥かに小さいものである) 単一の円環 ---円盤の縁と言っても良いが--- においてさえ、そこに乗っているランジェヴァン型観測者達の時計の時刻を合わせるのは不可能であると云うことの帰結である。

[[訳註:
時間性単位ベクトル \vec{p}_0\partial_t\frac{1}{\sqrt{1 - \omega^2 r^2}} 倍であると云うことが [nouse: 等角速度円運動の旅行者における「双子のパラドクス」] (2008年3月24日[月]) で説明した、等角速度回転運動をする旅行者が体験する「時間遅延」に対応する。

これに対し、空間性単位ベクトル \vec{p}_3 は、所謂サニャック効果に関連する。「(\vec{p}_3 の) 積分曲線が載っている曲面」(These curves lie in the surface) と書かれているが、要するに \vec{p}_3 の積分曲線の族が連なって形成している曲面であって、その式
:<math>\phi + \omega \, t - \frac{t}{\omega \, r^2} = 0, \; \; -\pi < \phi < \pi </math>
は、r を固定すれば、ある積分曲線の式になる。この積分曲線の「段差」が「サニャック効果」そのものなのだ。その大きさは、式を t について解いて
t = \frac{\omega r^2}{1 - \omega^2 r^2} \; \phi
から得られるが、積分曲線を時計廻り (+) に辿るか反時計回り (-) に辿るかで、符号が逆転する。つまり、時計廻りでは
- \pi \rightarrow \pi : \ \Delta_t^{+} = - \frac{2 \pi \omega r^2}{1 - \omega^2 r^2} となり、反時計廻りでは
\pi \rightarrow - \pi : \ \Delta_t^{-} = \frac{2 \pi \omega r^2}{1 - \omega^2 r^2} となるから、両方を合わせると、その値は
\Delta_t^{-} - \Delta_t^{+} = \frac{4 \pi \omega r^2}{1 - \omega^2 r^2}
この右辺は、時間軸 (\vec{p}_0 軸) の直交超平面への積分曲線の射影 (円) が囲む面積を S とした時、式の右辺は \frac{4 \omega S}{1 - \omega^2 r^2} と書かれることもある (ここで、S = \pi r^2)。また分母の速度の2次の項は無視されることが多い (なお、本稿では、真空における光速度が 1 に正規化されていることに注意されたい)。

しかし、ここで最も注目すべきなのは、サニャック効果が 空間性単位ベクトル \vec{p}_3 の積分曲線の周回後の段差であると云う事実そのものである。つまり、多様体の用語で言えば、サニャック効果とは多様体のホロノミー (holonomy) なのだ。

私は、本稿をここまで訳してきて、このことに突如として気付いた時、しばしばあることとは言え、やはり自分の頭の悪さにつくづく慨嘆せざるを得なかった。 「どうして、こんなあからさまな事実に、最初から気付かなかったのだろう...」。

このことを了解しさえすれば、サニャック効果が「特殊相対論的」か「一般相対論的」かと云う設問に対して

特殊相対論と一般相対論とは、排除しあうものではないと云う当たり前の事 (「世界地図帳」と「地球儀」の一方が「正しい」とか「優れている」とか言いたてて、他方を発売禁止にするのは馬鹿げている) をわざわざ言いたくはないのだが、以下のことを言う前に、「そうなのだ」と念を押しておいてから話を続けると、「[双子のパラドクス] は、特殊相対論では説明できず、一般相対論で初めて説明できる」と云うコンテキストや、「水星の近日点移動の解明によって一般相対論の正しさが実証された」と云ったコンテキストでは、サニャック効果は優れて「一般相対論的」である。
--[nouse: 一般相対論によるサニャック効果の導出] (2007年9月30日[日])

などと持って回った言い方をする必要はなかったのだ。単に、「サニャック効果は、時空多様体のホロノミーである」とさえ言えばよかったのだから。

厳密にはファイバーバンドル (fiber bundle) 、と言うか、主バンドル (principal bundle) の用語を使うべきなのだが、ここでは話が大袈裟になるので、別の機会に譲るとして (下記引用論文参照)、大雑把な言い方をすると、多様体の接続が平坦でない場合、曲率が 0 にならず、大域的には自明でないホロノミーが発生する訣だが、局所的には、2つの平坦な時空 (ミンコフスキー時空) が、「少しだけ方向をずらして」接続しているとみなせる。その接続を初等的に表現したのが Einstein synchronization だ。だから Einstein synchronization は物理を特殊相対論の枠組内で説明するための便宜 (convention) ではなく、物理を曲がった時空で考えると云う一般相対論への入り口なのだ。

サニャック効果とホロノミーに就いてネットを検索したら、次の論文が見つかった。

E. Minguzzi "Simultaneity and generalized connections in general relativity" (arXiv.org > gr-qc > arXiv:gr-qc/0204063v2)

興味深い内容なので、機会があったら、別途紹介することにしたい。
]]


The Sagnac effect
サニャック効果

Imagine that we have fastened a fiber-optic cable around the circumference of a ring which is rotating with steady angular velocity \omega. We wish to compute the round trip travel time, as measured by a ring-riding observer, for a laser pulse sent clockwise and counterclockwise around the cable. For simplicity, we will ignore the fact that light travels through a fiber optic cable at somewhat less than the speed of light in a vacuum, and will pretend that the world line of our laser pulse is a null curve (but certainly not a null ''geodesic''!).
一定角速度 \omega で回転している円環の周囲をめぐらせて光ファイバを固定しているものとする。ここで、この光ファイバ・ケーブルを時計廻り・反時計廻りに発射されたレーザー・パルスの周回時間を、円環に乗っている観測者が測る値として求めてみたい。議論を単純にするため、光ファイバを通る光の速度が、真空中よりも若干遅くなることは無視し、レーザー・パルスの世界線がゼロ曲線である (ただし、勿論ゼロ測地線ではない!) と見なすことにする。


In the Born line element, let us put <math>ds = dz = dr = 0</math>. This gives
:<math> (1 - \omega^2 \, r_0^2) \, dt^2 = 2 \omega \, r_0^2 \, dt \, d\phi + r_0^2 \, d\phi^2 </math>
or
:<math> dt = \frac{r_0 \, d\phi}{1 \pm \omega \, r_0} </math>
We obtain for the round trip travel time
:<math> \Delta t_+ = \frac{2 \pi r_0}{1 + \omega \, r_0}, \; \; \Delta t_- = \frac{2 \pi r_0}{1 - \omega \, r_0} </math>
Putting <math>\delta = \frac{\Delta t_+  - \Delta t_-}{2 \, \pi \, r}</math>, we find <math> \omega = \frac{-1 + \sqrt{1+\delta^2}}{\delta \, r}</math> so that the ring-riding observers can determine the angular velocity of the ring (as measured by a static observer) from the difference between clockwise and counterclockwise travel times. This is known as the Sagnac effect. It is evidently a ''global effect''.
ボルン線素で、<math>ds = dz = dr = 0</math> とすると、
:<math> (1 - \omega^2 \, r_0^2) \, dt^2 = 2 \omega \, r_0^2 \, dt \, d\phi + r_0^2 \, d\phi^2 </math>
つまり
:<math> dt = \frac{r_0 \, d\phi}{1 \pm \omega \, r_0} </math>
だから、周回時間は
:<math> \Delta t_+ = \frac{2 \pi r_0}{1 + \omega \, r_0}, \; \; \Delta t_- = \frac{2 \pi r_0}{1 - \omega \, r_0} </math>
となる。ここで <math>\delta = \frac{\Delta t_+  - \Delta t_-}{2 \, \pi \, r}</math> と置くと <math> \omega = \frac{-1 + \sqrt{1+\delta^2}}{\delta \, r}</math> となって、円環に乗っている観測者は、時計廻りと反時計廻りとの周回時間の差から、(静止観測者が測定した値としての) 円環の角速度を決定することができる。これはサニャック効果 (Sagnac effect) として知られている。これは明らかに大域的効果である。

[[訳註:
残念ながら、このサニャック効果に就いての説明には不満が有る。この式の導き方には、サニャック効果がホロノミーと云う問題意識が見られないからだ。(実は、前節「ボルン座標表示への変換」においても、ホロノミーを考慮しない的外れな記述が行なわれているように見える。)

結局、この節で行なわれているのは、無限小光路を使った Einstein synchronization の算出とその積分である。そのこと自体は、間違っているわけではないのだが、これでは、サニャック効果が、光以外の伝搬でも成立することが見えてこない。ホロノミーは時空多様体そのものの構造に内在する性質であるから、閉路を通って「元の場所」に辿り着くことを行なえば、光であろうとなかろうと (例えば、物質でも) 発生するのだ。所謂「光」、特にレーザー光の場合は、干渉を用いた簡便で精度の良い効果の検出法が利用可能であると云うだけの話だ。

ただし、実際上、電子・中性子・原子等の物質のサニャック効果も、物質波の干渉として検出される。特に原子を使った冷却原子サニャック干渉計--Cold Atom Sagnac Interferometer (CASI)--は、レーザー光を使用する場合よりも、回転検出性能が劇的に向上することが期待されいる。
]]


Null Geodesics 翻訳省略

Radar distance in the large 翻訳省略

Radar distance in the small 翻訳省略

Summary 翻訳省略


See also
以下も参照

  • Ehrenfest paradox, for a sometimes controversial topic often studied using the Born chart. 「エーレンフェストのパラドクス」: 論争の主題となることがある。ボルン座標を使って検討されることが多い。
  • Fibre optic gyroscope 光ファイバ・ジャイロスコープ
  • Rindler coordinates, for another useful coordinate chart adapted to another important family of accelerated observers in Minkowski spacetime; this article also emphasizes the existence of distinct notions of distance which may be employed by such observers. 「リンドラー座標」。やはり重要である、ミンコフスキー時空における加速運動観測者群に適用されて有用な座標系表示である。この記事も、こうした観測者達にとり利用可能な複数の異なる距離概念の存在を強調している。
  • Sagnac effect サニャック効果


References
参考文献

A few papers of historical interest:
歴史的論文:



  • Born, M. (1909). "Die Theorie des starren Elektrons in der Kinematik des Relativitäts-Prinzipes". Ann. Phys. Lpz. 30: 1.

  • Ehrenfest, P. (1909). "Gleichförmige Rotation starrer Körper und Relativitätstheorie". Phys. Zeitschrift 10: 918.

  • Planck, M. (1910). "Gleichförmige Rotation und Lorentz-Kontraktion". Phys. Zeitschrift 11: 294.

  • Einstein, A. (1911). "Zum Ehrenfesten Paradoxon". Phys. Zeitschrift 12: 509.

  • Sagnac, M. G. (1913). "L'éther lumineux démontré par l'effet du vent relatif d'éther dans un interféromètre en rotation uniforme". C. R. Acad. Sci. Paris 157: 708.

  • Langevin, P. (1935). "Remarques au sujet de la Note de Prunier". C. R. Acad. Sci. Paris 200: 48.


A few classic references:
古典的参考文献:

  • Grøn, Ø. (1975). "Relativistic description of a rotating disk". Amer. J. Phys. 43: 869–876. doi:10.1119/1.9969.
  • Landau, L. D. & Lifschitz, E. M. (1980). The Classical Theory of Fields (4th ed.). London: Butterworth-Heinemann. ISBN 0-7506-2768-9. See Section 84 for the Landau-Lifschitz metric on the quotient of a Lorentzian manifold by a stationary congruence; see the problem at the end of Section 89 for the application to Langevin observers. 「場の古典論 (第4版)」。第84節に見られる静的線叢によるローレンツ多様体の商上でのランダウ・リフシッツ計量を参照されたい。ランジェヴァン観測者への応用に就いて、第89節末の問題を参照されたい。

[[訳註:「場の古典論(第4版)」は勿論、英訳版としての版数。原ロシア語版では第6版に対応する筈。]]
[[訳註:"the quotient of a Lorentzian manifold by a stationary congruence" とは、ローレンツ多様体を、「静的線叢」に属する世界線の中の一本に共通して乗っていると云う同値関係で「割った」商空間。逆に言えば、ローレンツ多様体は、世界線をファイバーとし、商空間を底空間とするファイバーバンドルになっている。]]


Selected recent sources:
最近の参考文献から:

  • Rizzi, G. ; & Ruggiero, M. L. (2004). Relativity in Rotating Frames. Dordrecht: Kluwer. ISBN 1-4020-1805-3. This book contains a valuable historical survey by Øyvind Grøn and some other papers on the Ehrenfest paradox and related controversies and a paper by Lluis Bel discussing the Langevin congruence. Hundreds of additional references may be found in this book. この著作は、エーレンフェスト・パラドクス及びそれに関連する議論に就いての Øyvind Grøn による有意義な歴史的な調査と、その他の幾つかの論文、及び、ルイス・ベル (Lluis Bel) によるランジェヴァン線叢を論じた議論を収める。何百もの参考文献が示されている。
  • Pauri, Massimo; & Vallisneri, Michele (2000). "Märzke-Wheeler coordinates for accelerated observers in special relativity". Found. Phys. Lett. 13: 401–425. doi:10.1023/A:1007861914639. Studies a coordinate chart constructed using radar distance "in the large" from a single Langevin observer. See also the eprint version 単一のランジェヴァン型観測者からの「大規模」レーダー距離を用いて構成された座標表示の研究。eprint 版も参照されたい。


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2008年6月25日 (水)

英文版ウィキペディア "Rindler coordinates" 翻訳草稿

以下は、英文版ウィキペディア "Rindler coordinates" (last modified on 23 June 2008, at 02:34) の翻訳草稿である。訳語・内容とも子細な見当はされていない。ただし、訳出にあたって、原文に若干の校正をほどこした。対応して、英文版ウィキペディアのテキストにも同じ変更を加えたので、"Rindler coordinates - Current revision (08:46, 25 June 2008)" を参照していただければ、校正の内容を確認できる。

この訳文では、通常「時間的」・「空間的」と訳されている "timelike", "spacelike" を「時間性」・「空間性」と訳してある。これは訳者 ([ゑ]) の無知のためではなく --たしかに無知な人間だが-- 意図的なものである (これに対して "spatial hyperslice" などは「空間的超切片」と訳し分けてある)。

また英語版でのカテゴリ等、編集上のタグは原則として採用していない。なお、訳文部分の著作権は、原文と同様 [GNU Free Documentation License] に従う。



Rindler coordinates


In relativistic physics, the Rindler coordinate chart is an important and useful coordinate chart representing part of flat spacetime, also called the Minkowski vacuum. The Rindler chart was introduced by Wolfgang Rindler. The Rindler coordinate system or frame describes a uniformly accelerating frame of reference in Minkowski space. In special relativity, a uniformly accelerating particle undergoes hyperbolic motion. For each such particle a Rindler frame can be chosen in which it is at rest.
相対論物理においては、リンドラー座標表示 (Rindler coordinate chart) は、ミンコフスキー空間 (Minkowski vacuum) とも呼ばれる平坦な時空の一部分を表現するのに有用かつ重要な座標表示 (coordinate chart) である。リンドラー座標表示は、ウォルフガング・リンドラー (Wolfgang Rindler) により導入された。リンドラー座標系は、ミンコフスキー空間内で一様に加速しつつある基準系を記述する。特殊相対論にあっては、一様に加速しつつある粒子は、双曲線運動 (hyperbolic motion) を行なう。こうした粒子の一つ一つに就いて、その粒子が静止しているようなリンドラー座標系を選定することができる。

Relation to Cartesian chart
デカルト座標表示との関係

To obtain the Rindler chart, start with the Cartesian chart
:<math> ds^2 = -dT^2 + dX^2 + dY^2 + dZ^2, \; \; -\infty < T, X, Y, Z < \infty</math>
In the region <math>0 < X < \infty, \; -X < T < X</math>, which is often called the Rindler wedge, define the new chart using the coordinate transformation
:<math> t = \operatorname{arctanh}(T/X), \; x= \sqrt{X^2-T^2}, \; y = Y, \; z = Z</math>
The inverse transformation is
:<math> T = x \, \sinh(t), \; X = x \,  \cosh(t), \; Y = y, \; Z = z</math>
In the Rindler chart, the Minkowski line element becomes
:<math> ds^2 = -x^2 dt^2 + dx^2 + dy^2 + dz^2, \; 0 < x < \infty, -\infty < t, y, z < \infty</math>
リンドラー座標表示を構成するには、まずデカルト座標表示
:<math> ds^2 = -dT^2 + dX^2 + dY^2 + dZ^2, \; \; -\infty < T, X, Y, Z < \infty</math>
から始めて、通常「リンドラー・ウェッジ (Rindler wedge)」と呼ばれる領域 <math>0 < X < \infty, \; -X < T < X</math> において、座標変換
:<math> t = \operatorname{arctanh}(T/X), \; x= \sqrt{X^2-T^2}, \; y = Y, \; z = Z</math>
を用いて、新たに別の座標系を定義すればよい。その逆変換は
:<math> T = x \, \sinh(t), \; X = x \,  \cosh(t), \; Y = y, \; Z = z</math>
になる。リンドラー座標表示にあっては、ミンコフスキー線素は次のようになる:
:<math> ds^2 = -x^2 dt^2 + dx^2 + dy^2 + dz^2, \; 0 < x < \infty, -\infty < t, y, z < \infty</math>

[[訳註:見ての通り、この稿では、光速度と加速度が共に正規化されて 1 と置かれている。また、後述されていることだが、この定式化では「リンドラー地平 (The Rindler horizon)」は <math>x = 0</math> にある。]]


The Rindler observers
リンドラー型観測者

In the new chart, it is natural to take the coframe field
:<math> d\sigma^0 = -x \, dt, \; \; d\sigma^1 = dx, \; \; d\sigma^2 = dy, \; \; d\sigma^3 = dz</math>
which has the dual frame field
:<math> \vec{e}_0 = \frac{1}{x} \, \partial_t, \; \; \vec{e}_1 = \partial_x, \; \; \vec{e}_2 = \partial_y, \; \; \vec{e}_3 = \partial_z </math>
This defines a local Lorentz frame in the tangent space at each event (in the region covered by our Rindler chart, namely the Rindler wedge). The integral curves of the timelike unit vector field <math>\vec{e}_0</math> give a timelike congruence, consisting of the world lines of a family of observers called the Rindler observers. In the Rindler chart, these world lines appear as the vertical coordinate lines <math>x = x_0, \; y = y_0, z = z_0</math>. Using the coordinate transformation above, we find that these correspond to hyperbolic arcs in the original Cartesian chart.
リンドラー座標表示では、余接基準ベクトル場系 (coframe field) として
:<math> d\sigma^0 = -x \, dt, \; \; d\sigma^1 = dx, \; \; d\sigma^2 = dy, \; \; d\sigma^3 = dz</math>
を採用するのが自然である。そして、その双対的な基準ベクトル場系は
:<math> \vec{e}_0 = \frac{1}{x} \, \partial_t, \; \; \vec{e}_1 = \partial_x, \; \; \vec{e}_2 = \partial_y, \; \; \vec{e}_3 = \partial_z </math>
となる。これによって、(リンドラー座標表示がカバーする領域、つまりリンドラー・ウェッジにおける) 各事象での接ベクトル空間の「局所ローレンツ基準ベクトル場系 (local Lorentz frame)」が定式化される。時間性 (time-like) 単位ベクトル場 <math>\vec{e}_0</math> の積分曲線は、「リンドラー型観測者 (Rindler observers)」と呼ばれる一群の観測者の世界線から構成される「時間性線叢」 (timelike congruence) を形成する。リンドラー座標表示では、こうした世界線は、垂直座標軸方向に延びる線 <math>x = x_0, \; y = y_0, z = z_0</math> として現れる。上記の座標変換を用いると、こうした座標軸は、元々のデカルト座標表示での双曲線に対応していることが分かる。

Some representative Rindler observers (navy blue hyperbolic arcs) depicted using the Cartesian chart.<br />デカルト座標表示を使って描かれた代表的なリンドラー型観測者達 (ネービーブルーの双曲線)
Some representative Rindler observers (navy blue hyperbolic arcs) depicted using the Cartesian chart.
デカルト座標表示を使って描かれた代表的なリンドラー型観測者達 (ネービーブルーの双曲線)

[[訳註:「ネービーブルー」は明瞭には見えないようだが、拡大すると確かに双曲線部分はそうなっている。]]


As with any timelike congruence in any Lorentzian manifold, this congruence has a kinematic decomposition (see Raychaudhuri equation). In this case, the expansion and vorticity of the congruence of Rindler observers vanish. The vanishing of the expansion tensor implies that each of our observers maintains constant distance to his neighbors. The vanishing of the vorticity tensor implies that the world lines of our observers are not twisting about each other; this is a kind of local absence of "swirling".
任意のローレンツ多様体での任意の時間性線叢と同様に、この線叢でも「運動学的分解」(kinematic decomposition) が可能である ("Raychaudhuri equation" を参照) が、この場合では、リンドラー型観測者の線叢の「膨張」と「渦度」は消失する。膨張テンソルの消失 (膨張テンソルが 0 になること) は、「個々のリンドラー型観測者と隣のリンドラー型観測者との距離は一定である」と云うことを意味する。また、渦度テンソルの消失 (渦度テンソルが 0 になること) は、「リンドラー型観測者の世界線は互いに捻じれることはない。これは一種の『旋回』の局所的消失である」ことを意味する。


The acceleration vector of each observer is given by the covariant derivative
<math> \nabla_{\vec{e}_0} \vec{e}_0 = \frac{1}{x} \, \vec{e}_1 </math>
That is, each Rindler observer is accelerating in the <math>\partial_x</math> direction. Individually speaking, each observer is in fact accelerating with constant magnitude in this direction, so their world lines are the Lorentzian analogs of circles, which are the curves of constant path curvature in Euclidean geometry.
各観測者の加速度ベクトルは、共変導ベクトル (covariant derivative)
<math> \nabla_{\vec{e}_0} \vec{e}_0 = \frac{1}{x} \, \vec{e}_1 </math>
によって与えられる。つまり、各リンドラー型観測者は、<math>\partial_x</math> 方向に加速する。個々の観測者に着目すると、各観測者は、実際にこの方向に一定強度で加速するので、その世界線は、ユークリッド幾何学での定曲率曲線である円のローレンツ的な対応物になっている。


[[2008-07-01補足訳註:簡単に計算できるように、ゼロでない接続係数は \Gamma^0 {}_{01} = \Gamma^0 {}_{10} = \frac{1}{x}\Gamma^1 {}_{00} = x の3つだけである。\nabla_{\vec{e}_0} \vec{e}_0 = \frac{1}{x} \, \vec{e}_1 は、このことから直に出てくる。]]


Because the Rindler observers are vorticity-free, they are also hypersurface orthogonal. The orthogonal spatial hyperslices are <math>t=t_0</math>; these appear as horizontal half-planes in the Rindler chart and as half-planes through <math>T = X = 0</math> in the Cartesian chart (see the figure above). Setting <math>dt=0</math> in the line element, we see that these have ordinary Euclidean geometry, <math> d\sigma^2 = dx^2 + dy^2 + dz^2, \; 0 < x < \infty, \; -\infty < y, z < \infty</math>. Thus, the spatial coordinates in the Rindler chart have a very simple interpretation consistent with the claim that the Rindler observers are mutually stationary. We will return to this rigidity property of the Rindler observers a bit later in this article.
リンドラー型観測者には、渦度がないから、リンドラー型観測者は超表面に直交する。一連の空間的直交超切片は <math>t=t_0</math> で表わされるが、それらはリンドラー座標表示では水平な半平面になり、デカルト座標表示では <math>T = X = 0</math> を通る半平面になる (上図参照)。線素において、<math>dt=0</math> とするなら、<math> d\sigma^2 = dx^2 + dy^2 + dz^2, \; 0 < x < \infty, \; -\infty < y, z < \infty</math> となり、通常のユークリッド幾何学が得られるから、リンドラー座標系の空間座標は、リンドラー型観測者が互いに静止している条件に合致する形で、非常に単純な解釈が可能となる。リンドラー型観測者間の剛体性に就いては後述する。


A "paradoxical" property
「逆説」的性格


Note that Rindler observers with smaller constant x coordinate are accelerating harder to keep up! This may seem surprising because in Newtonian physics, observers who maintain constant relative distance must share the same acceleration. But in relativistic physics, we see that the trailing endpoint of a rod which is accelerated by some external force (parallel to its symmetry axis) must accelerate a bit harder than the leading endpoint, or else it must ultimately break.
x 座標が定数であるリンドラー型観測者では、その x 座標が小さい方の観測者は加速度を大きくしないと、x 座標が大きい方の観測者に付いていけない! ニュートン物理においては、相対的距離が一定の観測者は、加速度が同一でなければならないことを考えると、これは驚くべきことに見えるかもしれない。しかし、相対論物理では、棒が (棒の対称軸と平行な) 外力を受けて加速される場合、棒の後端は先端より若干量強く加速しなければならない。そうでないと、棒は遂にはちぎれざるをえなくなる。


This phenomenon is the basis of a well known "paradox". However, it is a simple consequence of relativistic kinematics. One way to see this is to observe that the magnitude of the acceleration vector is just the path curvature of the corresponding world line. But the world lines of our Rindler observers are the analogs of a family of concentric circles in the Euclidean plane, so we are simply dealing with the Lorentzian analog of a fact familiar to speed skaters: in a family of concentric circles, inner circles must bend faster (per unit arc length) than the outer ones.
この現象は、良く知られた「逆説」の基礎になっている。しかし、これは相対論的運動学の単純な帰結である。これを理解するには、加速度ベクトルの大きさとは、対応する世界線の曲率半径そのものだと云うことに気付けば良い。ここで、リンドラー型観測者達の世界線は、ユークリッド幾何学での平面における同心円の集まりに対応している訣だから、同心円において内側の円では外側の円よりも (単位長さ当たり) 速く曲がらねばならないと云う、スピードスケーター達にはお馴染みの事実のローレンツ的な対応現象が起こっているに過ぎないのだ。


Minkowski observers
ミンコフスキー型観測者

A representative Minkowski observer (navy blue hyperbolic secant curve) depicted using the Rindler chart.  The Rindler horizon is shown in red.<br />リンドラー座標表示に描かれた代表的ミンコフスキー型観測者 (ネービーブルーの双曲線正割曲線)。リンドラー地平は赤で示されている。
A representative Minkowski observer (navy blue hyperbolic secant curve) depicted using the Rindler chart. The Rindler horizon is shown in red.
リンドラー座標表示に描かれた代表的ミンコフスキー型観測者 (ネービーブルーの双曲線正割曲線)。リンドラー地平は赤で示されている。

It is worthwhile to also introduce an alternative frame, given in the Minkowski chart by the natural choice
:<math>\vec{f}_0 = \partial_T, \; \vec{f}_1 = \partial_X, \; \vec{f}_2 = \partial_Y, \; \vec{f}_3 = \partial_Z </math>
Transforming these vector fields using the coordinate transformation given above, we find that in the Rindler chart (in the Rinder wedge) this frame becomes
:<math>\vec{f}_0 =  \frac{\cosh(t)}{x} \, \partial_t - \sinh(t) \, \partial_x</math>
:<math>\vec{f}_1 = -\frac{\sinh(t)}{x} \, \partial_t + \cosh(t) \, \partial_x</math>
:<math>\vec{f}_2 = \partial_y, \; \vec{f}_3 = \partial_z </math>
Computing the kinematic decomposition of the timelike congruence defined by the timelike unit vector field <math>\vec{f}_0</math>, we find that the expansion and vorticity again vanishes, and in addition the acceleration vector vanishes, <math>\nabla_{\vec{f}_0} \vec{f}_0 = 0</math>. In other words, this is a geodesic congruence; the corresponding observers are in a state of inertial motion. In the original Cartesian chart, these observers, whom we will call Minkowski observers, are at rest.
ミンコフスキー座標表示中において自然な設定
:<math>\vec{f}_0 = \partial_T, \; \vec{f}_1 = \partial_X, \; \vec{f}_2 = \partial_Y, \; \vec{f}_3 = \partial_Z </math>
により別の基準系を導入するのも無駄なことではない。こうしたベクトル場に、上記の座標変換を適用すると、リンドラー座標表示においては (リンドラー・ウェッジ内では) この基準系が
:<math>\vec{f}_0 =  \frac{\cosh(t)}{x} \, \partial_t - \sinh(t) \, \partial_x</math>
:<math>\vec{f}_1 = -\frac{\sinh(t)}{x} \, \partial_t + \cosh(t) \, \partial_x</math>
:<math>\vec{f}_2 = \partial_y, \; \vec{f}_3 = \partial_z </math>
となることが分かる。時間性単位ベクトル場 <math>\vec{f}_0</math> が定める時間性線叢の運動学的分解を計算すると、膨張及び渦度がやはり消失しているばかりでなく、加速度ベクトルも消失していることが分かる (<math>\nabla_{\vec{f}_0} \vec{f}_0 = 0</math>)。換言すれば、それは「測地的線叢」になっており、対応する観測者は慣性運動状態にあることになる。元々のデカルト座標表示では、以下「ミンコフスキー型観測者」と呼ぶことにするこうした観測者は静止している。

[[2008-07-01補足訳註: \nabla_{\vec{f}_0} \vec{f}_0 = 0 の計算は以下の通り:
\begin{eqnarray}<br />
\nabla_{\vec{f}_0} \vec{f}_0 &=& \frac{\cosh (t)}{x} \, \nabla_{\partial_t} \, \vec{f}_0 - \sinh (t) \, \nabla_{\partial_x} \, \vec{f}_0 \nonumber \\<br />
{} &=& \frac{\cosh (t)}{x} \, \nabla_{\partial_t} \, \bigl( \frac{\cosh (t)}{x} \, \partial_t - \sinh (t) \, \partial_x \bigr) \nonumber \\<br />
{} & & \hspace{20pt} {}- \sinh (t) \, \nabla_{\partial_x} \, \bigl( \frac{\cosh (t)}{x} \, \partial_t - \sinh (t) \, \partial_x \bigr) \nonumber \\<br />
{} &=& \frac{\cosh (t)}{x} \, \bigl( \frac{\sinh (t)}{x} \, \partial_t + \frac{\cosh (t)}{x} \, \nabla_{\partial_t} \, \partial_t \nonumber \\<br />
{} & & \hspace{20pt} {} - \cosh (t) \, \partial_x - \sinh(t) \, \nabla_{\partial_t} \, \partial_x \bigr) \nonumber \\<br />
{} & & \hspace{20pt} {} - \sinh (t) \, \bigl( - \frac{\cosh (t)}{x^2} \, \partial_t \nonumber \\<br />
{} & & \hspace{40pt} {} + \frac{\cosh (t)}{x} \, \nabla_{\partial_x} \, \partial_t - \sinh (t) \nabla_{\partial_x} \, \partial_x \bigr) \nonumber \\<br />
{} &=& \frac{\cosh (t)}{x} \, \bigl( \frac{\sinh (t)}{x} \, \partial_t + \frac{\cosh (t)}{x} \, \Gamma^1 {}_{00} \, \partial_x \nonumber \\<br />
{} & & \hspace{20pt} {} - \cosh (t) \, \partial_x - \sinh(t) \, \Gamma^0 {}_{01} \, \partial_t \bigr) \nonumber \\<br />
{} & & \hspace{20pt} {} - \sinh (t) \, \bigl( - \frac{\cosh (t)}{x^2} \, \partial_t + \frac{\cosh (t)}{x} \, \Gamma^0 {}_{10} \, \partial_t \bigr) \nonumber \\<br />
{} &=& \frac{\cosh (t)}{x} \, \bigl( \frac{\sinh (t)}{x} \, \partial_t + \frac{\cosh (t)}{x} \cdot x \, \partial_x \nonumber \\<br />
{} & & \hspace{20pt} {} - \cosh (t) \, \partial_x - \sinh(t) \cdot \frac{1}{x} \, \partial_t \bigr) \nonumber \\<br />
{} & & \hspace{20pt} {} - \sinh (t) \, \bigl( - \frac{\cosh (t)}{x^2} \, \partial_t + \frac{\cosh (t)}{x} \cdot \frac{1}{x} \, \partial_t \bigr) \nonumber \\<br />
{} &=& 0 \nonumber<br />
\end{eqnarray}<br />
]]


In the Rindler chart, the world lines of the Minkowski observers appear as hyperbolic secant curves asymptotic to the coordinate plane <math>x=0</math>. Specifically, in Rindler coordinates, the world line of the Minkowski observer passing through the event <math>t=t_0, \; x=x_0, \; y=y_0, \; z=z_0</math> is
:<math>t = \operatorname{arctanh}(s/x_0), \; x = \sqrt{x_0^2-s^2}, \; y = y_0, \; z = z_0, \; -x_0 < s < x_0</math>
where <math>s</math> is the proper time of this Minkowski observer. Note that only a small portion of his history is covered by the Rindler chart! This shows explicitly why the Rindler chart is not geodesically complete; timelike geodesics run outside the region covered by the chart in finite proper time. Of course, we already knew that the Rindler chart cannot be geodesically complete, because it covers only a portion of the original Cartesian chart, which is a geodesically complete chart.
リンドラー座標表示では、ミンコフスキー型観測者の世界線は、座標面 <math>x=0</math> に漸近する双曲線正割曲線となる。具体的には、リンドラー座標系では、事象 <math>t=t_0, \; x=x_0, \; y=y_0, \; z=z_0</math> を通るミンコフスキー型観測者の世界線は、 <math>s</math> をミンコフスキー型観測者の固有時として
:<math>t = \operatorname{arctanh}(s/x_0), \; x = \sqrt{x_0^2-s^2}, \; y = y_0, \; z = z_0, \; -x_0 < s < x_0</math>
となる。リンドラー座標表示では、ミンコフスキー型観測者の活動期間のごく一部しかカバーされていないことに注意されたい! このことは、リンドラー座標表示が測地線に関して完全ではないことをあからさまに示している。つまり、座標表示上、有限な固有時内でカバーされる領域の外に時間性測地線が延びているのである。勿論、リンドラー座標表示が測地線に関して完全でありえないのは、リンドラー座標表示が、測地線に関して完全な元々のデカルト座標表示の一部分のみをカバーしているのだから、当然なのであった。



In the case depicted in the figure, <math>x_0 = 1</math> and we have drawn (correctly scaled and boosted) the light cones at <math>s=-\frac{1}{2}, \; 0, \; \frac{1}{2}</math>.
図に示した例では、<math>x_0 = 1</math> とし、<math>s=-\frac{1}{2}, \; 0, \; \frac{1}{2}</math> における光錐を (縮尺は保ったまま強調して) 描いてある。


The Rindler horizon
リンドラー地平


The Rindler coordinate chart has a coordinate singularity at <math>x = 0</math>, where the metric tensor (expressed in the Rindler coordinates) has vanishing determinant. This happens because as <math>x \rightarrow 0</math> the acceleration of the Rindler observers diverges. As we can see from the figure illustrating the Rindler wedge, the locus <math>x = 0</math> in the Rindler chart corresponds to the locus <math>T^2=X^2, \; X > 0</math> in the Cartesian chart, which consists of two null half-planes, each ruled by a null geodesic congruence.
リンドラー座標表示では、<math>x = 0</math> に、(リンドラー座標で表現された) 計量テンソルの行列式がゼロになる「座標特異点」が現れる。これは、<math>x \rightarrow 0</math> となるにつれて、リンドラー型観測者の加速度が発散するためである。リンドラー・ウェッジの図から見て取れるように、リンドラー座標表示での軌跡 <math>x = 0</math> は、デカルト座標表示にあっては、それぞれゼロ測地線叢で編まれた2枚のゼロ半平面 (null half-plane) からなる軌跡 <math>T^2=X^2, \; X > 0</math> に対応する。


For the moment, we simply consider the Rindler horizon as the boundary of the Rindler coordinates. Later we will see that it is in fact analogous in some important respects, to the event horizon of a black hole.
ここしばらくは、リンドラー地平とは、単にこうしたリンドラー座標の限界のことであるとして考えておくことにする。後で、実はリンドラー地平が、幾つかの重要な点でブラックホール事象地平と対応することを見ることになるであろう。


Geodesics
測地線


The geodesic equations in the Rindler chart are easily obtained from the geodesic Lagrangian; they are
:<math> \ddot{t} + \frac{2}{x} \, \dot{x} \, \dot{t} = 0, \; \ddot{x} + x \, \dot{t}^2 = 0, \; \ddot{y} = 0, \; \ddot{z} = 0</math>
Of course, in the original Cartesian chart, the geodesics appear as straight lines, so we could easily obtain them in the Rindler chart using our coordinate transformation. However, it is instructive to obtain and study them independently of the original chart, and we shall do so in this section.
リンドラー座標表示での測地線方程式は、測地線ラグランジアン (geodesic Lagrangian) から簡単に得られて、次のようになる:
:<math> \ddot{t} + \frac{2}{x} \, \dot{x} \, \dot{t} = 0, \; \ddot{x} + x \, \dot{t}^2 = 0, \; \ddot{y} = 0, \; \ddot{z} = 0</math>
勿論、元々のデカルト座標表示では、測地線は直線になるから、上記の座標変換を用いれば簡単に、リンドラー座標表示での測地線方程式は得られる訣ではあるのだけれども、もともとの座標表示とは独立して、測地線方程式を構成・検討することは示唆に富むものであるので、ここでは、実際にそれを行なってみることにする。

Some representative null geodesics (black hyperbolic semicircular arcs) projected into the spatial hyperslice t=0 of the Rindler observers.  The Rindler horizon is shown as a magenta plane.<br />リンドラー型観測者の空間的な超切片 t=0 に投影された、幾つかの代表的ゼロ測地線 (黒の双曲弧状線)。リンドラー地平は、深紅色の平面として表わされている。
Some representative null geodesics (black hyperbolic semicircular arcs) projected into the spatial hyperslice t=0 of the Rindler observers. The Rindler horizon is shown as a magenta plane.
リンドラー型観測者の空間的な超切片 t=0 に投影された、幾つかの代表的ゼロ測地線 (黒の双曲型半円弧)。リンドラー地平は、深紅色の平面として表わされている。


[[訳註:<math>L =\frac{1}{2}(-x^2\dot{t}^2 + \dot{x}^2 + \dot{y}^2 + \dot{z}^2)</math> と置くと、測地線の滞留性からラグランジ方程式 <math>\frac{d}{ds} \left(\frac{\partial L}{\partial \dot{t}} \right) - \frac{\partial L}{\partial t} = 0</math>, \frac{d}{ds} \left(\frac{\partial L}{\partial \dot{x}} \right) - \frac{\partial L}{\partial x} = 0, \frac{d}{ds} \left(\frac{\partial L}{\partial \dot{y}} \right) - \frac{\partial L}{\partial y} = 0, \frac{d}{ds} \left(\frac{\partial L}{\partial \dot{z}} \right) - \frac{\partial L}{\partial z} = 0 が得られる。上記の測地線方程式は、その直接の結果である。]]


From the first, third, and fourth we immediately obtain the first integrals
:<math> \dot{t} = \frac{E}{x^2}, \; \; \dot{y} = P, \; \; \dot{z} = Q </math>
But from the line element we have <math>\epsilon = -x^2 \, \dot{t}^2 + \dot{x}^2 + \dot{y}^2 + \dot{z}^2</math> where <math>\epsilon=-1, \, 0, \, 1</math> for timelike, null, and spacelike geodesics, respectively. This gives the fourth first integral, namely
:<math> \dot{x}^2 = \left( -\epsilon + \frac{E^2}{x^2} \right) - P^2 - Q^2</math>.
This suffices to give the complete solution of the geodesic equations.
1番目、3番目、4番目の式から、直ちに第1積分
:<math> \dot{t} = \frac{E}{x^2}, \; \; \dot{y} = P, \; \; \dot{z} = Q </math>
が得られる。そして更に、線素より <math>\epsilon = -x^2 \, \dot{t}^2 + \dot{x}^2 + \dot{y}^2 + \dot{z}^2</math> (ただし、時間性測地線、ゼロ測地線、空間性測地線夫々に対して <math>\epsilon=-1, \, 0, \, 1</math> とする) であるから、4番目の第1積分
:<math> \dot{x}^2 = \left( -\epsilon + \frac{E^2}{x^2} \right) - P^2 - Q^2</math>
も得ることができる。これにより、測地線方程式の完全な解が得られる。

In the case of null geodesics, from <math>\frac{E^2}{x^2} - P^2-Q^2</math> with nonzero <math>E</math>, we see that the x coordinate ranges over the interval <math>0 < x < \frac{E}{\sqrt{P^2+Q^2}}</math>.
ゼロ測地線の場合は、<math>E</math> をゼロでない値として <math>\frac{E^2}{x^2} - P^2-Q^2</math> より、x 座標の変動範囲が、区間 <math>0 < x < \frac{E}{\sqrt{P^2+Q^2}}</math> であることが分かる。



The complete seven parameter family giving any null geodesic through any event in the Rindler wedge, is
:<math>\begin{matrix}<br />
 t - t_0 & = &<br />
 \operatorname{arctanh} \left(<br />
 \frac{s \, (P^2+Q^2) - \sqrt{E^2- (P^2+Q^2) \, x_0^2}}{E}<br />
 \right) \\<br />
 & & + ~ \operatorname{arctanh} \left(<br />
 \frac{\sqrt{E^2 - (P^2+Q^2) \, x_0^2}}{E}<br />
 \right)<br />
\end{matrix}</math>
:<math> x = \sqrt{ x_0^2 + 2 \, s \, \sqrt{E^2-(P^2+Q^2) \, x_0^2} - s^2 \, (P^2+Q^2) } </math>
<math> y - y_0 = P \, s; \; \; z - z_0 = Q \, s</math>:
Plotting the tracks of some representative null geodesics through a given event (that is, projecting to the hyperslice <math>t=0</math>), we obtain a picture which looks suspiciously like the family of all semicircles through a point and orthogonal to the Rindler horizon! (See the figure.)
リンドラー・ウェッジ内の任意の事象に就いて、それを通る任意のゼロ測地線を既定する完全なパラメータ族 (パラメータは7つ) は
:<math>\begin{matrix}<br />
 t - t_0 & = &<br />
 \operatorname{arctanh} \left(<br />
 \frac{s \, (P^2+Q^2) - \sqrt{E^2- (P^2+Q^2) \, x_0^2}}{E}<br />
 \right) \\<br />
 & & + ~ \operatorname{arctanh} \left(<br />
 \frac{\sqrt{E^2 - (P^2+Q^2) \, x_0^2}}{E}<br />
 \right)<br />
\end{matrix}</math>
:<math> x = \sqrt{ x_0^2 + 2 \, s \, \sqrt{E^2-(P^2+Q^2) \, x_0^2} - s^2 \, (P^2+Q^2) } </math>
<math> y - y_0 = P \, s; \; \; z - z_0 = Q \, s</math>:
である。所与の事象を通る幾つかの代表的ゼロ測地線を描いてみると (つまり、超切片 <math>t=0</math> に投影してみると) 或る点を通り、リンドラー地平に対して直交する全ての半円弧の集合のように見えるものが得られる! (図参照)

[[訳註:第4の第1積分において x^2 を新たな変数で (例えば <math>\xi = x^2</math> として) 置き換えれば、変数の分離ができて、初等的な積分が可能になるので、それからゼロ測地線の x に対するパラメータ式を求めるのは容易である。更に、こうして得られた x に対するパラメータ式を第一の第1積分に代入して積分すれば t に関するパラメータ式を求めることができる。]]


The Fermat metric
フェルマー計量

The fact that in the Rindler chart, the projections of null geodesics into any spatial hyperslice for the Rindler observers are simply semicircular arcs can be verified directly from the general solution just given, but there is a very simple way to see this. A static spacetime is one in which a vorticity-free timelike Killing vector field can be found. In this case, we have a uniquely defined family of (identical) spatial hyperslices orthogonal to the corresponding static observers (who need not be inertial observers). This allows us to define a new metric on any of these hyperslices which is conformally related to the original metric inherited from the spacetime, but with the property that geodesics in the new metric (note this is a Riemannian metric on a Riemannian three-manifold) are precisely the projections of the null geodesics of spacetime. This new metric is called the Fermat metric, and in a static spacetime endowed with a coordinate chart in which the line element has the form
:<math> ds^2 = g_{00} \, dt^2 + g_{jk} \, dx^j \, dx^k, \; \; 1 \leq j, \; k \leq 3 </math>
the Fermat metric on <math>t = 0</math> is simply
:<math> d\rho^2 = \frac{g_{jk} \, dx^j \, dx^k}{-g_{00}}</math>
(where the metric coeffients are understood to be evaluated at <math>t = 0</math>).
リンドラー座標表示において、リンドラー型観測者に就いての空間的超切片へのゼロ測地線の投影が半円弧になってしまうと云うことは、上記の一般的な解から直接確認できるが、このことを見て取る非常に簡単な方法がある。静的な時空は、無渦度時間性キリング・ベクトル場が存在するような時空であるが、この場合、対応する静的な観測者 (慣性的観測者である必要はない) に直交すると云うことで一意に定まる (同等な) 空間的超切片の族が存在する。これにより、この時空に本来備わった計量に共形的に関連するこうした超切片のどれにおいても新たな計量が、その計量 (これが3次元リーマン多様体におけるリーマン計量であることに注意) での測地線が、実は時空のゼロ測地線の投影になっていると云う特徴を有するようにして、定義可能である。この新たな計量は「フェルマー計量」と呼ばれる。線素が
:<math> ds^2 = g_{00} \, dt^2 + g_{jk} \, dx^j \, dx^k, \; \; 1 \leq j, \; k \leq 3 </math>
の形の座標表示を有する静的時空にあっては、<math>t = 0</math> でのフェルマー計量は単に
:<math> d\rho^2 = \frac{g_{jk} \, dx^j \, dx^k}{-g_{00}}</math>
となる (ただし、計量係数は、<math>t = 0</math> での値とする)。



In the Rindler chart, the timelike translation <math>\partial_t</math> is such a Killing vector field, so this is a static spacetime (not surprisingly, since Minkowski spacetime is of course trivially a static vacuum solution of the Einstein field equation). Therefore, we may immediately write down the Fermat metric for the Rindler observers:
:<math> d\rho^2 = \frac{dx^2 + dy^2 + dz^2}{x^2}, \; \; 0 < x < \infty, \; \; -\infty < y, z < \infty </math>
But this is the well-known line element of hyperbolic three-space H3 in the upper half space chart! This is closely analogous to the well known upper half plane chart for the hyperbolic plane H2, which is familiar to generations of complex analysis students in connection with conformal mapping problems (and much more), and many mathematically minded readers already know that the geodesics of H2 in the upper half plane model are simply semicircles (orthogonal to the circle at infinity represented by the real axis).
リンドラー座標表示の場合には、時間性移動 <math>\partial_t</math> は、こうしたキリング・ベクトル場であるため、それは静的な時空になる (これは、勿論、ミンコフスキー時空が、アインシュタインの場の方程式の自明な静的真空解であるためだから当然のことである)。従って、リンドラー型観測者に対するフェルマー計量は、直ちに書くことができて、
:<math> d\rho^2 = \frac{dx^2 + dy^2 + dz^2}{x^2}, \; \; 0 < x < \infty, \; \; -\infty < y, z < \infty </math>
となる。しかし、これは上半空間座標表示による3次元双曲型空間 H3 の線素として周知である! それは、「等角写像問題」(及び、その他多くの問題) に関連して複素解析を学んだ者にとり従来馴染み深い双曲平面 H2 に対する周知の上半平面座標表示と強い類似性があり、数学の心得のある読者なら、大方は、上半平面モデルにおける H2 の測地線は、単純に (実軸によって表わされる無限遠円周に直交する) 半円弧になることをご存じの筈である。


Symmetries
対称性

Since the Rindler chart is a coordinate chart for Minkowksi spacetime, we expect to find ten linearly independent Killing vector fields. Indeed, in the Cartesian chart we can readily find ten linearly independent Killing vector fields, generating respectively one parameter subgroups of time translation, three spatials, three rotations and three boosts. Together these generate the (proper isochronous) Poincaré group, the symmetry group of Minkowski spacetime.
リンドラー座標表示は、ミンコフスキー時空のためのものであるから、10個の線型独立なキリング・ベクトル場があると考えられる。実際、デカルト座標表示では、簡単に10個の線型独立なキリング・ベクトル場が見つけられて、それぞれ、時間推移、3種類の空間、3種類の回転、3種類の拡大からなる1パラメータ部分群を生成する。これらは、全体で、ミンコフスキー時空の対称群である (固有等時) ポアンカレ群を生成する。


However, it is instructive to write down and solve the Killing vector equations directly. We obtain four familiar looking Killing vector fields
:<math> \partial_t, \; \; \partial_y, \; \; \partial_z, \; \; -z \, \partial_y + y \, \partial_z </math>
(time translation, spatial translations orthogonal to the direction of acceleration, and spatial rotation orthogonal to the direction of acceleration) plus six more:
:<math> \exp(\pm t) \, \left( \frac{y}{x} \, \partial_t \pm \left( y \, \partial_x - x \, \partial_y \right) \right) </math>
:<math> \exp(\pm t) \, \left( \frac{z}{x} \, \partial_t \pm \left( z \, \partial_x - x \, \partial_z \right) \right) </math>
:<math> \exp(\pm t) \, \left( \frac{1}{x} \, \partial_t \pm \partial_x \right) </math>
(where the signs are chosen consistently + or -). We leave it as an exercise to figure out how these are related to the standard generators; here we wish to point out that we must be able to obtain generators equivalent to <math>\partial_T</math> in the Cartesian chart, yet the Rindler wedge is obviously not invariant under this translation. How can this be? The answer is that like anything defined by a system of partial differential equations on a smooth manifold, the Killing equation will in general have locally defined solutions, but these might not exist globally. That is, with suitable restrictions on the group parameter, a Killing flow can always be defined in a suitable local neighborhood, but the flow might not be well-defined globally. This has nothing to do with Lorentzian manifolds per se, since the same issue arises in the study of general smooth manifolds.
それでも、キリング・ベクトル方程式を直接書き下して解くことには意義がある。4つのお馴染みのキリング・ベクトル場
:<math> \partial_t, \; \; \partial_y, \; \; \partial_z, \; \; -z \, \partial_y + y \, \partial_z </math>
(時間推移、加速方向と直交する空間移動、及び加速方向と直交する空間内回転) の他に6つのキリング・ベクトル場
:<math> \exp(\pm t) \, \left( \frac{y}{x} \, \partial_t \pm \left( y \, \partial_x - x \, \partial_y \right) \right) </math>
:<math> \exp(\pm t) \, \left( \frac{z}{x} \, \partial_t \pm \left( z \, \partial_x - x \, \partial_z \right) \right) </math>
:<math> \exp(\pm t) \, \left( \frac{1}{x} \, \partial_t \pm \partial_x \right) </math>
(ただし符号は、正か負かで統一が取られる) が存在する。それが標準的生成元とどう関係するかは演習問題としておくが、ここでは、デカルト座標表示における <math>\partial_T</math> と等価な生成元を得ることができる必要があるとはいえ、リンドラー・ウェッジは、この推移では不変とならないことは明らかであることを指摘しておきたい。どうしてそのようなことが起こるのか? その答えは、微分可能多様体上の偏微分微分方程式系で定義されるものならなんであってもそうなのだが、キリング方程式は、一般には局所的に定義された解を有するものの、そうした解は大域的に存在するとは限らないためなのである。つまり、群パラメータに適宜の制限を加えることで、キリング・フローは相応の近傍内でなら常に定義可能であるものの、そのフローは、大域的に矛盾なく定義できないことがあるりうるのである。一般的な微分可能多様体の研究時にも、同じ問題が発生するから、これは、ローレンツ多様体そのものとは無関係である。


[[訳註:
キリング・ベクトル場 (X) の定義には、等価なのものが幾つかあるが ("Killing vector field - Wikipedia, the free encyclopedia" を参照)、そのうちの一つは、計量テンソル g のその方向へのリー微分が消えると云うものである:

\mathcal{L}_X g = 0

これから、計量テンソル係数に陽に含まれない座標 t, y, z 方向の接ベクトル \partial_t, \partial_y, \partial_z はキリング・ベクトル場をなすことが分かる。

また、キリング・ベクトル場の別の定義としては、(局所) 座標を使った

\nabla_\mu X_\nu + \nabla_\nu X_\mu = 0<br />

と云うものもあるが、上記引用中のベクトル場で -z \, \partial_y + y \, \partial_z 以下については、共変化して添字を下げてから、上記の式に当て嵌めると、それらがキリング・ベクトル場をなすことが容易に確認できる。
]]


Notions of distance
距離の概念

One of the many valuable lessons to be learned from a study of the Rindler chart is that there are in fact several distinct (but reasonable) notions of distance which can be used by the Rindler observers.
リンドラー座標表示の研究からは多くの有用な知見が得られるが、その内の一つは、リンドラー型観測者にとって、幾つかの異なる (しかし、それぞれにもっともな) 距離の概念が実際に存在して利用可能であると云うことである。


The first is the one we have tacitly employed above: the induced Riemannian metric on the spatial hyperslices <math>t=t_0</math>. We will call this the ruler distance since it corresponds to this induced Riemannian metric, but its operational meaning might not be immediately apparent.
そのうちの最初のものは、上述の記載中で我々が暗黙のうちに用いたものであって、空間的超切片 <math>t=t_0</math> 上に誘導されたリーマン計量である。リーマン計量から誘導されたものに対応しているから、これを「定規的距離」(ruler distance) と呼ぶことにするが、その操作的な意味は、直ちに明らかになるようなものではない。

[[訳註:わざわざ "it corresponds to" と言っているのが若干不審。]]


Operational meaning of the <span style=radar distance between two Rindler observers (navy blue vertical lines). The Rindler horizon is shown at left (red vertical line). The world line of the radar pulse is also depicted, together with the (properly scaled) light cones at events A, B, C.
2人のリンドラー型観測者 (ネービーブルーの垂直線) 間の「レーダー距離」の操作的な意味。リンドラー地平は、左側に描かれている (赤い垂直線)。レーダーパルスの世界線も、事象 A, B, C での (縮尺の正しい) 光錐と共に描かれている。" />

Operational meaning of the radar distance between two Rindler observers (navy blue vertical lines). The Rindler horizon is shown at left (red vertical line). The world line of the radar pulse is also depicted, together with the (properly scaled) light cones at events A, B, C.
2人のリンドラー型観測者 (ネービーブルーの垂直線) 間の「レーダー距離」の操作的な意味。リンドラー地平は、左側に描かれている (赤い垂直線)。レーダーパルスの世界線も、事象 A, B, C での (縮尺の正しい) 光錐と共に描かれている。

From the standpoint of physical measurement, a more natural notion of distance between two world lines is the radar distance. This is computed by sending a null geodesic from the world line of our observer (event A) to the world line of some small object, whereupon it is reflected (event B) and returns to the observer (event C). The radar distance is then obtained by dividing the round trip travel time, as measured by an ideal clock carried by our observer.
物理学的な測定の見地から言うなら、2本の世界線間の距離としてヨリ自然なのは、「レーダー距離」(radar distance) である。それには、観測者の世界線から或る小さい対象の世界線へとゼロ測地線を発信し (事象A)、そこで反射され (事象B)、観測者に戻ってくる (事象C) までのことから算出される。レーダー距離は、観測者が保持する理想的時計により測定された往復時間を分割することで得られる。

[[訳註:"divide" には "divide ... by ..." と云う形で「除算する」とう意味があるが、ここでは、「除算」とするのはヤヤ微妙。]]


(In Minkowski spacetime, fortunately, we can ignore the possibility of multiple null geodesic paths between two world lines, but in cosmological models and other applications things are not so simple! We should also caution against assuming that this notion of distance between two observers gives a notion which is symmetric under interchanging the observers!)
(幸いなことに、ミンコフスキー時空では、2本の世界線間に多数のゼロ測地線が存在する可能性は無視できるが、宇宙論的なモデルやその他の応用では、物事はそれほど単純ではない! この2観測者間の距離概念に就いても、観測者間の交換に対して対称であると決めかからないよう注意すべきである!)


In particular, let us consider a pair of Rindler observers with coordinates <math>x=x_0, \; y=0, \; z=0</math> and <math>x=x_0 + h, \; y=0, \; z = 0</math> respectively. (Note that the first of these, the trailing observer, is accelerating a bit harder, in order to keep up with the leading observer). Setting <math>dy = dz = 0</math> in the Rindler line element, we readily obtain the equation of null geodesics moving in the direction of acceleration:
:<math> t-t_0 = \log(x/x_0) </math>
Therefore, the radar distance between these two observers is given by
:<math> x_0 \, \log \left(1 + \frac{h}{x_0} \right) = h - \frac{h^2}{2 \, x_0} + O \left( h^3 \right) </math>
This is a bit smaller than the ruler distance, but for nearby observers the discrepancy is negligible.
具体的に、座標がそれぞれ <math>x=x_0, \; y=0, \; z=0</math> 及び <math>x=x_0 + h, \; y=0, \; z = 0</math> である一対のリンドラー型観測者を考えてみよう (一人目の観測者である追尾者の方は、先行者に遅れないために、若干強く加速していることに留意されたい)。 リンドラー線素において <math>dy = dz = 0</math> とすると、簡単に加速方向に運動するゼロ測地線の方程式:
:<math> t-t_0 = \log(x/x_0) </math>
が得られる。従って、これら2人の観測者間のレーダー距離は
:<math> x_0 \, \log \left(1 + \frac{h}{x_0} \right) = h - \frac{h^2}{2 \, x_0} + O \left( h^3 \right) </math>
で与えられる。これは、定規的距離より僅かに短いが、近接している観測者間の場合は、そのズレは無視できる。


A third possible notion of distance is this: our observer measures the angle subtended by a unit disk placed on some object (not a point object!), as it appears from his location. We call this the optical diameter distance. Because of the simple character of null geodesics in Minkowski spacetime, we can readily determine the optical distance between our pair of Rindler observers (aligned with the direction of acceleration). From a sketch it should be plausible that the optical diameter distance scales like <math>h+ \frac{1}{x_0} + O \left( h^3 \right)</math>. Therefore, in the case of a trailing observer estimating distance to a leading observer (the case <math>h>0</math>), the optical distance is a bit larger than the ruler distance, which is a bit larger than the radar distance. The reader should now take a moment to consider the case of a leading observer estimating distance to a trailing observer!
3番目の距離の概念としてにありうるのは、観測者が、その位置から見えるある対象上に置かれた単位円盤 (質点ではない!) によって張られる角度を測定することによるものである。この距離概念は「光学直径距離」と呼ばれる。ミンコフスキー時空において、ゼロ測地線の性格は単純であるから、(加速方向に整列した) 一対のリンドラー型観測者間の光学的距離を決定するのは容易にできる。略算すると、光学直径距離は <math>h+ \frac{1}{x_0} + O \left( h^3 \right)</math> 程度である筈だと考えられる。従って、追尾観測者から先行観測者への距離を測る場合 (<math>h>0</math> の場合)、光学的距離は、レーダー距離より僅かに長い定規的距離より更に僅かに長くなる。先行観測者が追尾観測者迄の距離を測る場合に就いては、読者が考察していただきたい。

[[訳註:"(not a point object!)" は直前の "some object" ではなく "a unit disk" に係っていると解釈して訳してあるが、我ながら微妙なところだと思える。]]
[[訳註:私 (ゑ) には、「光学的直径距離」の 式 <math>h+ \frac{1}{x_0} + O \left( h^3 \right) を導き出すことは出来なかった。原文の意図を理解していないのかもしれないが、私が簡単に計算すると <math>h+ \frac{h^2}{x_0} + O \left( h^3 \right) になってしまった...]]

There are other notions of distance, but the main point is clear: while the values of these various notions will in general disagree for a given pair of Rindler observers, they all agree that every pair of Rindler observers maintains constant distance. The fact that very nearby Rindler observers are mutually stationary follows from the fact, noted above, that the expansion tensor of the Rindler congruence vanishes identically. However, we have shown here that in various senses, this rigidity property holds at larger scales. This is truly a remarkable rigidity property, given the well-known fact that in relativistic physics, no rod can be accelerated rigidly (and no disk can be spun up rigidly) --- at least, not without sustaining inhomogeneous stresses. The easiest way to see this is to observe that in Newtonian physics, if we "kick" a rigid body, all elements of matter in the body will immediately change their state of motion. This is of course incompatible with the relativistic principle that no information having any physical effect can be transmitted faster than the speed of light.
他にも距離の概念が存在するが、その要点は明らかであって、それは、こうした様ざまな概念による値は、所与の対のリンドラー型観測者に対して、概ね一致しないものの、「如何なるリンドラー型観測者の対も、一定の距離を維持する」と云うことでは一致することである。「非常に近接した」リンドラー型観測者同士は互いに静止していると云う事実は、リンドラー線叢の膨張テンソルが恒等的に 0 になると云う前述の事実に由来する。しかし、上記のように、この剛体性は、様ざまな意味で、ヨリ大きい尺度でも成立する。相対論物理にあっては ---少なくとも、不均一な応力を維持しない限り---「剛体的に加速できる棒は存在しない」(そして「剛体的に回転数を上げられる円盤は存在しない」)と云う周知の事実を考えるならば、この剛体性は真に驚くべきものである。このことは、ニュートン物理においては、我々が剛体を「蹴飛ばす」なら、剛体内の全ての物質要素が瞬時にその運動状態を変えることを考えてみると最も簡単に理解できる。これは、勿論、何らかの物理効果を有する情報は、如何なるものであっても光速度を越えては伝搬しえないと云う相対論の原理に矛盾する。