カテゴリー「ギリシャ語/Ελληνικά」の15件の記事

2009年9月30日 (水)

メモ:パーテル・ノステル (pater noster)

["pax vobiscum" と「フォースのともにあらんことを」、そして「神ともにいまして」] (2009年9月26日[土]) の最後のほうで、「願わくば」よりも「願わくは」(歴史仮名遣いでは「願はくは」) の方が、古典語としては正しいと云うことを書いたが、恐らく、現代日本人が聞き知っている可能性が一番多い用例は、文語聖書における「主の祈り」(pater noster) だろう。

イエスが「汝らは斯く祈れ」(マタイ傅6:9) と指定していると云う意味で、キリスト教において最も重要な祈祷文である。

天にいます我らの父よ、
願(ねがは)くは、御名(みな)の崇(あが)められん事を。
御國の來らんことを。
御意(みこころ)の天のごとく、地にも行はれん事を。
我らの日用の糧を今日もあたへ給へ。
我らに負債(おひめ)ある者を我らの免(ゆる)したる如く、我らの負債をも免し給へ。
我らを嘗試(こころみ)に遇(あは)せず、
惡より救ひ出(いだ)したまへ。
--マタイ傅6:9-6:13
[ルカ]にも平行記述が存在する。
父よ、願(ねがは)くは御名(みな)の崇(あが)められん事を。
御國の來らんことを。
我らの日用の糧を日毎(ひごと)に與へ給へ。
我らに負債(おひめ)ある凡(すべ)ての者を我ら免せば、我らの罪をも免し給へ。
我らを嘗試(こころみ)にあはせ給ふな。
--ルカ傅11:2-11:4

もっとも、私などは、子どものころ、出だしを「天にまします我らの父よ」と覚えたのだが、これはこれで、そのように訳している会派もあるるらしい (「くろはたホームページ:主の祈り」及び「主の祈り - Wikisource」を参照。その他、「主の祈り」の変異例に就いては「クリスチャン・ネット:主の祈り」も参考)。

"Pater Noster" はラテン語で「我らの父よ」("pater" は呼格で「父よ」。"noster" は複数第1人称所有代名詞男性形「我らの」)で、「主の祈り」が、こう呼ばれるのは、そのラテン語版が、この言葉で始まることによる。

そう云う訣で "Pater Noster" が Vulgata ではどうなっているかと云うと:

Pater noster qui in caelis es
sanctificetur nomen tuum
veniat regnum tuum
fiat voluntas tua sicut in caelo et in terra
panem nostrum supersubstantialem da nobis hodie
et dimitte nobis debita nostra sicut et nos dimisimus debitoribus nostris
et ne inducas nos in temptationem
sed libera nos a malo
--SECUNDUM MATTHEUM6:9-6:13
Pater sanctificetur nomen tuum
adveniat regnum tuum
panem nostrum cotidianum da nobis cotidie
et dimitte nobis peccata nostra siquidem et ipsi dimittimus omni debenti nobis
et ne nos inducas in temptationem
--SECUNDUM LUCAM11:2-11:4
新約聖書だからギリシャ語テキストも引用しておこう:
Πάτερ ἡμῶν ὁ ἐν τοῖς οὐρανοῖς·
ἁγιασθήτω τὸ ὄνομά σου·
ἐλθέτω ἡ βασιλεία σου·
γενηθήτω τὸ θέλημά σου, ὡς ἐν οὐρανῷ, καὶ ἐπὶ τῆς γῆς·
τὸν ἄρτον ἡμῶν τὸν ἐπιούσιον δὸς ἡμῖν σήμερον·
καὶ ἄφες ἡμῖν τὰ ὀφειλήματα ἡμῶν, ὡς καὶ ἡμεῖς ἀφίεμεν τοῖς ὀφειλέταις ἡμῶν·
καὶ μὴ εἰσενέγκῃς ἡμᾶς εἰς πειρασμόν,
ἀλλὰ ῥῦσαι ἡμᾶς ἀπὸ τοῦ πονηροῦ.
--ΚΑΤΑ ΜΑΘΘΑΙΟΝ6:9-6:13
Πάτερ, ἁγιασθήτω τὸ ὄνομά σου·
ἐλθέτω ἡ βασιλεία σου·
τὸν ἄρτον ἡμῶν τὸν ἐπιούσιον δίδου ἡμῖν τὸ καθ᾿ ἡμέραν·
καὶ ἄφες ἡμῖν τὰς ἁμαρτίας ἡμῶν· καὶ γὰρ αὐτοὶ ἀφίεμεν παντὶ τῷ ὀφείλοντι ἡμῖν·
καὶ μὴ εἰσενέγκῃς ἡμᾶς εἰς πειρασμόν.
--ΚΑΤΑ ΛΟΥΚΑΝ11:2-11:4
ただ、私の場合、"Pater Noster" と云うと、次の4行から始まる ジャック・プレヴェール (Jacques Prevért) の詩も懐かしい:
Notre Père qui êtes aux cieux
Restez-y
Et nous, nous resterons sur la terre
Qui est, quelquefois, si jolie.
--« Pater noster », dans Paroles, Jacques Prévert, éd. Pléiade Gallimard, 1992, p. 40 (Jacques Prevert - Wikiquote, le recueil de citations libre)

天にまします我らの父よ
天に留まりたまえ
我らは地上に残ります
地上は時々美しい
Jacques Prevért の "Pater Noster" 全文は、例えば "Jacques Prevért : Pater Noster (Commentaire composé)" を参照。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年9月26日 (土)

"pax vobiscum" と「フォースのともにあらんことを」、そして「神ともにいまして」

一昨日朝 (2009/09/24 07:07:05)、キーフレーズ [pax vobiscum 意味] で、このサイトを訪問された方がいらしたようだ。

"pax vobiscum" なら、私のようなものが一知半解のラテン語知識を振り回さずとも、適切な情報が、ネットの何処かが開示されているに違いない、と、思えたので、一旦は、そのまま「スルー」したのだったが、その後、これが、以前書こうとしたが、何かに取り紛れて書かないままになった二・三の話題に関係していることに気が付いた。

それやこれやを、少し書いてみることにする。纏まりが悪くなるのは、予めご勘弁を願っておきたい。

で、取り敢えず「一知半解」を披露する。

"pax" は勿論「平和」の意 (勿論「ラテン語」)。Pax Romana (パクス・ロマーナ)、Pax Americana (パクス・アメリカーナ) の pax である。"vobiscum" は、人称代名詞第2人称複数もしくは敬意第2人称単数奪格 (「従格」と云う言い方もする) の"vobis" と、 共同・随伴・手段等の含意を有して奪格を支配する前置詞 "cum" との結合である (前置詞 "cum" は、人称代名詞、再帰代名詞、関係代名詞を支配する場合、後置されてしかも一語に融合される)。前置詞 "cum" は、英語で言えば "with" 又は "by" に相当する言葉であるとするなら、あらましは理解できるだろう。

つまり、"pax vobiscum" を英語に置き換えるなら "peace with you" ぐらいになる。しかし、これを、日本語で言い換えようとすると、英語の方に、もう少し補足が必要で、"peace be with you" 「平安の[汝/汝等]とともにあらんことを」 と願望法にまで引き戻して考えた方が良い (願望法だと文章が古格になる)。

更に言うなら、この "pax" は、本来ならば "pax Domini" つまり「主の平安」なのだ。以前、[フランス語で「主の平和」] (2009年7月19日[日]) で引用したように、所謂「ラテン語ミサ」では、その山場ともいえる聖体拝領の儀式の中で "Pax Domini sit semper vobiscum." (絶ゆることなく主の平安の汝等とともにあらんことを) と唱えられるが、その簡略形として "Pax Domini vobiscum" も使われることがあるのである。

このようにすると、"pax vobiscum" と、「神ともにいまして ("GOD BE WITH YOU")」、更に「フォースのともにあらんことを」との並行性が見えてくる。

これに就いては、[NIFTY翻訳フォーラム投稿再録(1997年7月3日?)] (2004年7月16日[金])、["May the Force be with you."に就いて] (2004年8月6日[金])、[「フォースのともにあらんことを」と「神ともにいまして」] (2008年5月28日[水]) も参照していただきたいのだが、要するに、これらは全て、神霊的な何かが相手に同伴することを念じている一種の「呪文」なのだ。そして、「神ともにいまして ("GOD BE WITH YOU")」と「フォースのともにあらんことを」とでは、その基本は、これから「旅」に出ようとするものに対する「はなむけの言葉」である。"pax vobiscum" に就いても、その根っこは、やはり、聖体拝受による象徴的生まれ変わりにおける (つまり、人生と云う旅の再出発に対する) はなむけの言葉であろうと、私は思っている。

付言するまでもないかもしれないが、[NIFTY翻訳フォーラム投稿再録(1997年7月3日?)] (2004年7月16日[金]) に指摘しているように、"goodbye" も、同じ範疇の挨拶である。

なお、この "pax vobiscum" を、復活したイエスが弟子たちに向かって放った言葉として説明されていることがある (例:ウェブページ「立教大学新座キャンパス・施設紹介チャペル(礼拝堂)」) が、これは私にはヤヤ不審。ラテン語聖書 (つまり、所謂ヒエロニムスの「ヴルガータ/Vulgata」) の範囲内では厳密には少しだけ異なる。Vulgata の [ルカによる福音書24:36] や [ヨハネによる福音書20:19] では、復活したイエスが弟子たちに "pax vobis" と言っていて、"pax vobiscum" ではないのだ。

ここで、一言書いておくと、特にルカの方では " pax vobis ego sum nolite timere" となっていて、その語感は、「あなたがたに平和があるように」(新共同訳) と言うより、「落ちつきなさい。私である。怖れてはならない」になるような気がする。

もっとも、現在のギリシャ語聖書テキスト ([現代ギリシャ語聖書] ではなくて、現代欧米語聖書の基礎となったギリシャ語聖書のオリジナル・テキスト) である Nestle-Aland (ネストレ・アーラント) の "NOVUM TESTAMENTUM GRAECE" (私が所持しているのは第26版だが、現在は第27版になっているようだ) では、該当箇所は、ともに "ειρηνη uμιν" (その前は、"και λεγει αuτοις" で、その後ではセンテンスが停止する) とあるのみで "ego sum nolite timere" に相当する語句 ("εγω ειμι, νη φοβεισθε") は、ヨハネでも(これは当然かもしれないが)、ルカにも見当たらないのだ。これと対応する形で、[新ヴルガータ/Nova Vulgata] では、[ルカ] でも [ヨハネ] でも、単に "Pax vobis!" になっている。つまり、復活したイエスは、ヘブライ語の "שָׁלוֹם" (シャーローム/Shalom) を連想させる挨拶をしたことになる (イエスが何語を話していたかと云う問題は、この際措いておく)。

ただし、これについて Bruce M. Metzger の "A textual commentary on the greek new testament" (2nd ed. 1994) は "εγω ειμι, νη φοβεισθε" を (恐らく[ヨハネによる福音書6:20] に由来する) 欄外注記の混入であると断じている一方で、"ειρηνη uμιν" に関連して、この状況で通常の挨拶の言葉が発せられるかには、若干の疑義が存在することを指摘している (p.160)。

なお Vulgata 内では "pax vobiscum" と云うコロケーションは、[創世記43:23] だけらしい。ただ、実は、この後に "nolite timere" と続くことは注意しておいてよいかもしれない。この "pax vobiscum nolite timere" は新共同訳では「御安心なさい。心配することはありません。」となっている。

こうした「素材」を並べてみると、私には "pax vobiscum" が聖書 (特に、福音書) に由来するというより、ラテン語ミサに由来すると考えた方が良いと思えるのだ。

旅の道連れとしての守護的神霊と云う発想は、所謂「旧約聖書外典」の [トビト記] で、トビトの息子トビアが旅をする際の指南役として天使のラファエルが同伴するし、日本においても、四国巡礼における「同行二人」が良く知られているから、宗教的気分として普遍的なものなのかもしれない。

以下、話が変わる。"May the Force be with you." を「フォースともにあらんことを」と訳す流儀と、「フォースともにあらんことを」と訳す流儀があるようだが、私は「の」派である。

[日本語で一番大事なもの] や [岩波古語辞典] に見られる大野晋の説明を私になりパラフレーズするなら、日本古語に限定する限りでは、元来連体助詞であったものが、主格の助詞に転用されるようになったと云う点では、「の」も「が」も同じであるのだが、「が」は発話者の身内の (より正確には、発話者が身内として扱った) 対象 (自分自身を含む) を受けるのに対し、「の」は、それ以外の、自分自身のみには所属しえない、一般的なもの、尊貴なもの、疎遠なものを受ける。

だから、自分自身を受ける時は「が」を使って「わが門の片山椿まこと汝我が手触れなな土に落ちもかも: nouse (物部広足 [万葉集20]4418/4442)」とか「君待つと我が恋ひ居れば我がやどの簾動かし秋の風吹く」(額田王 [万葉集488/491]) とかする訣だ。

「君」を受ける場合でも、その「君」が、自分のパートナーである場合には、「あかねさす紫野ゆき標野ゆき野守は見ずや君が袖ふる」(額田王 [万葉集1]20) と「が」で受けるが、「君」が主君である場合には、「大君の境ひたまふと山守据ゑ守るといふ山に入らずはやまじ」 (読人しらず。笠朝臣金村歌集所収歌。或いは車持朝臣千年の作かとも。 [万葉集6]952/957) とか「大君の みこの柴垣 八節結り 結り廻し 切れむ柴垣 焼けむ柴垣 」 (志毘臣 [古事記]歌謡109) などと「の」で受ける。

ただし、こうした使い分けは、「扱い」の問題なので、一般的には尊貴な対象であっても、親愛の情を込める時には「が」で受けることもあるようだ。

「が」は、親愛の情だけでなく、狎れ親しんだものから、軽侮の対象を受けることもある。また、本来尊重しなければならないものを、「が」で受けることで、それに対する軽蔑の扱いを表わすこともある。これは大野晋が引用している例だが、[貧窮問答歌] 中の「しもと取る里長が声は寝屋戸まで来立ち呼ばひぬ」(山上憶良 [万葉集5]892/896) では「里長(さとをさ)だから本当は「の」で遠くに扱って敬意を表明すべきなのに、税金を取り立てに来る不愉快な相手なので、『里長が声』」と言っている。」

"May the Force be with you." の the Force は、超越的な能力を指すから、日本古語の通例としては「の」で受けるべきであると云うのが私の考えである。

"May the Force be with you." を「フォースともにあらんことを」と訳したり、或いは、命令形にして「フォースともにあれ」と訳すことがあるようだが、これは論外。引きもどって言うと、"pax vobiscum" にしろ "peace with you" にしろ、「(神の)平安」が「[あなた/あなたたち]とともにある」ようにと願っているのであって、「[あなた/あなたたち]」に「平安とともにある」よう命じているわけではない。それと同様、"May the Force be with you." も "the Force" が「[あなた/あなたたち]とともにある」ようにと願っているのであって、「[あなた/あなたたち]」に「"the Force" とともにある」よう願ったり命じているわけではない。

話が散らばって申しわけないが、改めて、キーフレーズ [pax vobiscum 意味] で再検索 (google) してみると、どうやら "pax vobiscum" はアニメソングのタイトルとして採用されているらしい。それが「PAX VOBISCUM-願わくば平安汝等とともに-SAMURAI DEEPER KYO」だと云うのだが、ここは「ば」ではなくて「は」にしてほしかったなぁ。「願はく」は、「老いらく/老ゆらく」や「思はく/思惑」と同様、動詞の「アク語法」 (一般の呼び方では「ク語法」)であって、名詞相当だから、係助詞の「は」で受けるのが、日本古語として順当なのだ。まぁ、「願はくば」も、常用日本語として定着してしまっているのは確かなのだが。

その他では、Bathory (バソリー) と云うスエーデンのメタルバンドの "Requiem" と云うアルバム (1994年) にも同名の曲が収められている由 (Cf. "Bathory:Pax Vobiscum - LyricWiki - Music lyrics from songs and albums")。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年5月28日 (水)

「フォースのともにあらんことを」と「神ともにいまして」

[nouse: "May the Force be with you" (「フォースのともにあらんことを」) を色色な言語で言うと] (2008年3月27日[木]) での補足や [nouse: 『"May the Force be with you" (「フォースのともにあらんことを」) を色色な言語で言うと』補足:ヘブライ語の場合] (2008年3月27日[木]) での補足で書いたように、「フォースのともにあらんことを」をヘブライ語で言うとしたら、取り敢えずは "יהיה הכוח אתכם" や "יהי הכוח אתכם" そして、更に "יהי הכוח עמך" ぐらいになるのだろう。

しかし、[nouse: NIFTY翻訳フォーラム投稿再録(1997年7月3日?)] や [nouse: 『"May the Force be with you" (「フォースのともにあらんことを」) を色色な言語で言うと』補足:ヘブライ語の場合] (2008年3月27日[木]) で論じたように、この "הכוח" (「(ザ・)フォース」) は "יהוה" (「神」) の「隠れ蓑」と考えることができる。

とすれば、これを置き換えるとどうなるか、と私が考えてみたのは当然の成り行きだろう。そうすると、次のようになる:

  • יהיה יהוה אתכם

  • יהי יהוה אתכם

  • יהי יהוה עמך

この内、最初の二つはネットで検索してもはかばかしい結果は得られないのだが、3番目の יהי יהוה עמך は、無慮2ダースほどヒットするのだな。その内容をいちいち細かく見なかったが、ざっと眺めた所、結局考慮すべきなのは1件だけらしい。それは [歴代誌上]第22章第11節 である。「なんだ」と言われそうで困るのだが (というか、私自身が「なんだ」と思ったのだから世話はないのだが)、これは [nouse: "May the Force be with you."に就いて (2004年8月6日[金]] 中の「宿題」で所在を書き留めておいた 「旧約 [出エジプト] 10:10; [ヨシュア] 1:17 ; [歴代誌 上] 22:11」と「新約 [テサロニケ 2] 3:16 」の内のひとつである:

עַתָּה בְנִי, יְהִי יְהוָה עִמָּךְ; וְהִצְלַחְתָּ, וּבָנִיתָ בֵּית יְהוָה אֱלֹהֶיךָ, כַּאֲשֶׁר, דִּבֶּר עָלֶיךָ.
--דברי הימים א פרק כב יא
わたしの子よ。今こそ主が共にいてくださり、あなたについて告げられたとおり、あなたの神、主の神殿の建築を成し遂げることができるように。
--新共同訳聖書 [歴代誌上]22:11

行き掛かり上、他のものも引用しておこう。まず旧約聖書の他の2つのパラグラフは:

וַיֹּאמֶר אֲלֵהֶם, יְהִי כֵן יְהוָה עִמָּכֶם, כַּאֲשֶׁר אֲשַׁלַּח אֶתְכֶם, וְאֶת-טַפְּכֶם; רְאוּ, כִּי רָעָה נֶגֶד פְּנֵיכֶם.
--שמות י י
ファラオは二人に言った。「よろしい。わたしがお前たちを家族ともども去らせるときには、主がお前たちとともにおられるように。お前たちの前には災いが待っているのを知るがよい。...」
新共同訳聖書 [出エジプト記]10:10

これが検索でヒットしなかったのは、間に「よろしい」(כֵן) が入っていたのと、対象が「お前たち」(עִמָּכֶם) と複数だったためだろう。

כְּכֹל אֲשֶׁר-שָׁמַעְנוּ אֶל-מֹשֶׁה, כֵּן נִשְׁמַע אֵלֶיךָ: רַק יִהְיֶה יְהוָה אֱלֹהֶיךָ, עִמָּךְ, כַּאֲשֶׁר הָיָה, עִם-מֹשֶׁה.
--יְהוֹשֻעַ בִּן נוּן א יז
我々はモーセに従ったように、あなたに従います。どうか、あなたの神、主がモーセと共におられたように、あなたと共におられますように。
新共同訳聖書 [ヨシュア記]1:17

これが検索でヒットしなかったのは、動詞2通り、前置詞2通りで、全部で4通りあるのに、3通りしか検索しなかったためというより、「あなたの神、主」(יְהוָה אֱלֹהֶיךָ) と云う形まで検索の手を拡げなっかったせいが大きかったと思う。

新約聖書の方は、以下の通り:

Αὐτὸς δὲ ὁ κύριος τῆς εἰρήνης δῴη ὑμῖν τὴν εἰρήνην διὰ παντὸς ἐν παντὶ τρόπῳ. ὁ κύριος μετὰ πάντων ὑμῶν.
--ΘΕΣΣΑΛΟΝΙΚΕΙΣ Β΄ 3:16
どうか、平和の主御自身が、いついかなる場合にも、あなたがたに平和をお与えくださるように。主があなたがた一同と共におられるように。
--新共同訳聖書 [テサロニケの信徒への手紙 二]3:16

こう並べてくると、語法が異なるものの、所謂「ヤコブの夢」中のヤハウェの約束と、それに応えた「ヤコブの誓願」も引用したくなる:

וְהִנֵּה אָנֹכִי עִמָּךְ, וּשְׁמַרְתִּיךָ בְּכֹל אֲשֶׁר-תֵּלֵךְ, וַהֲשִׁבֹתִיךָ, אֶל-הָאֲדָמָה הַזֹּאת: כִּי, לֹא אֶעֱזָבְךָ, עַד אֲשֶׁר אִם-עָשִׂיתִי, אֵת אֲשֶׁר-דִּבַּרְתִּי לָךְ.
--בראשית כח כ - כח טו
見よ、わたしはあなたと共にいる。あなたがどこへ行っても、わたしはあなたを守り、必ずこの土地へ連れ帰る。わたしは、あなたに約束したことを果たすまで決して見捨てない 。
--新共同訳聖書 [創世記]28:15
וַיִּדַּר יַעֲקֹב, נֶדֶר לֵאמֹר: אִם-יִהְיֶה אֱלֹהִים עִמָּדִי, וּשְׁמָרַנִי בַּדֶּרֶךְ הַזֶּה אֲשֶׁר אָנֹכִי הוֹלֵךְ, וְנָתַן-לִי לֶחֶם לֶאֱכֹל, וּבֶגֶד לִלְבֹּשׁ.
וְשַׁבְתִּי בְשָׁלוֹם, אֶל-בֵּית אָבִי; וְהָיָה יְהוָה לִי, לֵאלֹהִים.
וְהָאֶבֶן הַזֹּאת, אֲשֶׁר-שַׂמְתִּי מַצֵּבָה--יִהְיֶה, בֵּית אֱלֹהִים; וְכֹל אֲשֶׁר תִּתֶּן-לִי, עַשֵּׂר אֲעַשְּׂרֶנּוּ לָךְ.
--בראשית כח כ - כח כב
ヤコブはまた、誓願を立てて言った。
「神がわたしと共におられ、わたしが歩むこの旅路を守り、食べ物、着る者を与え、無事に父の家に帰らせてくださり、主がわたしの神となられるなら、わたしが記念碑として立てたこの石を神の家とし、すべて、あなたがわたしに与えられるものの十分の一をささげます。」
--新共同訳聖書 [創世記]28:20-28:22

(一応注意しておくと、「わたしはあなたと共にいる」は "אָנֹכִי עִמָּךְ" で、「神がわたしと共におられ」は "אֱלֹהִים עִמָּדִי" だから、この記事で問題にしている文型とは異なっている。)

しかし、「共にある」と云うヤハウェの本質属性を語るなら、モーセの召命におけるヤハウェ自身の言葉を逸するわけにはいかないだろう:

וַיֹּאמֶר מֹשֶׁה, אֶל-הָאֱלֹהִים, מִי אָנֹכִי, כִּי אֵלֵךְ אֶל-פַּרְעֹה; וְכִי אוֹצִיא אֶת-בְּנֵי יִשְׂרָאֵל, מִמִּצְרָיִם.
וַיֹּאמֶר, כִּי-אֶהְיֶה עִמָּךְ, וְזֶה-לְּךָ הָאוֹת, כִּי אָנֹכִי שְׁלַחְתִּיךָ: בְּהוֹצִיאֲךָ אֶת-הָעָם, מִמִּצְרַיִם, תַּעַבְדוּן אֶת-הָאֱלֹהִים, עַל הָהָר הַזֶּה.
--שמות ג יא - ג יב
モーセは神に言った。「わたしは何者でしょう。どうして、ファラオのもとに行き、しかもイスラエルの人々をエジプトから導き出さねばならないのですか。」
神は言われた。「わたしは必ずあなたと共にいる。このことこそ、わたしがあなたを遣わすしるしである。あなたが民をエジプトから導き出したとき、あなたたちはこの山で神に仕える。」
--新共同訳聖書 [出エジプト記]3:11-3:12

(「わたしは必ずあなたと共にいる。」は "אֶהְיֶה עִמָּךְ"。)

さらに言うなら、「ある」こそヤハウェの自己規定であった:

וַיֹּאמֶר אֱלֹהִים אֶל-מֹשֶׁה, אֶהְיֶה אֲשֶׁר אֶהְיֶה; וַיֹּאמֶר, כֹּה תֹאמַר לִבְנֵי יִשְׂרָאֵל, אֶהְיֶה, שְׁלָחַנִי אֲלֵיכֶם.
--שמות ג יד
神はモーセに、「わたしはある。わたしはあるという者だ」と言われ、また、「イスラエルの人々にこう言うが良い。『わたしはある』という方がわたしをあなたたちに遣わされたのだと。」
--新共同訳聖書 [出エジプト記]3:14

(「わたしはある。わたしはあるという者だ」--若干微妙な訳だが--は、"אֶהְיֶה אֲשֶׁר אֶהְיֶה"。注:少なくとも、私のブラウザではこの文は語順が正しく表示されない。ブラウザの所為というより、ココログ側の不備だろうけれども。)


ただし最後に、ミスリードを防ぐ為に、「神ともにいませ」が旅に出る者への別れの挨拶としてや、それを敷衍した書簡の結びの文句としてだけ使われるのでなく、語形が若干異なる (つまり「神ともにいませ」よりも「神ともにいます」と取れる) ものの、旅人がその土地で出会った相手の発する例もあることを注意しておいても良かろう:

וְהִנֵּה-בֹעַז, בָּא מִבֵּית לֶחֶם, וַיֹּאמֶר לַקּוֹצְרִים, יְהוָה עִמָּכֶם; וַיֹּאמְרוּ לוֹ, יְבָרֶכְךָ יְהוָה.
--רות ב ד
ボアズがベツレヘムからやって来て、農夫たちに、「主があなたたちと共におられますように」と言うと、彼らも、「主があなたを祝福してくださいますように」と言った。
--新共同訳聖書 [ルツ記]2:4

(「主があなたたちと共におられますように」は "יְהוָה עִמָּכֶם"。)

このほか、幾つか参考になるかも知れない「聖句」の所在を記録しておく:

    旧約聖書
  1. [民数記]14:43「行く手にはアマレク人とカナン人がいて、あなたたちは剣で倒される。主に背いたから、主はあなたたちと共におられない」。

  2. [サムエル記上]17:37「行くがよい。主がお前と共におられるように」。

  3. [サムエル記上]20:13「主が父と共におられたように、あなたと共におられるように」。

  4. [列王記上]1:37「主は王と共にいてくださいました。またソロモンと共にいてくださいますように」。

  5. [歴代誌上]22:16「立ち上がって実行せよ。主が共にいてくださるように」。

  6. [歴代誌下]20:17「ユダとエルサレムの人々よ。恐れるな。おじけるな。明日敵に向かって出て行け。 主がともにいる」。

    新約聖書
  1. [マタイによる福音書]28:20「わたしは世の終わりまで、いつもあなたがたとともにいる」。
  2. [ローマの信徒へ手紙]15:33「平和の源である神があなたがた一同と共におられるよう、アーメン」。
  3. [テモテへの手紙二]4:22「主があなたの霊と共にいてくださるように」。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年5月12日 (月)

ギリシャ語で「日本」は Ιαπωνία

本日四更 (2008/05/06 22:51)、キーフレーズ [ギリシャ語で日本 綴り] でこのサイトを訪問された方がいらしたようだ。

後追いで検索してみたところ、意外なことに、適当なものがヒットしないようなので、大きなお世話ながら、次のサイトを参照されることをお勧めしておく。

  1. Ιαπωνία (ギリシャ語版ウィキペディアの「日本」の項目)

  2. Ιαπωνία (日本語版ウィクショナリーの "Ιαπωνία" の項目)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年3月27日 (木)

"May the Force be with you" (「フォースのともにあらんことを」) を色色な言語で言うと

このまえ、"May the Force be with you." (「フォースのともにあらんことを」) を、スウェーデン語で何と言うかと云う記事を書いた ([nouse: 「フォースのともにあらんことを 」("May the Force be with you.") をスウェーデン語で言うと] 2008年3月2日[日])。昨年は、ドイツ語で何と言うかに就いても書いてある (nouse: 「フォースのともにあらんことを 」("May the Force be with you.") をドイツ語で言うと 2007年2月23日[金])。

それぞれ、そう云う目的でこのサイトを訪問されたらしい方がいらしたために、余計なお世話を焼いたに過ぎない。

しかし、スウェーデン語とドイツ語 (そして、英語) が分かると、その他の言語では何と言うのか気になってくる。そこで、以下簡単に纏めておく。

ただし、「定訳」が存在していないこともありうるし (このような「決め文句」は、文脈上特段の理由がない限り「定訳」が採用するのが好ましい)、また少なくとも一部の印欧系の言語では第二人称の単複と、それに伴う親称・敬称 (もしあれば) の扱いが問題になるのだが、何れもほぼ考慮せず、ネットで発見してものを収集したにとどまる。

それでも、印欧系言語で第二人称単数親称を使った表現らしいものが見つかった場合は、それが最初に来るようにはした。それは "May the Force be with you" が、基本的には使命を帯びて旅立つ者への「はなむけの言葉」であるからだ ([マタイ]28:20 参照。ただし、そこでのイエスの言葉は1人ではなく11人に言われているけれど)。

引用句の最後はピリオドではなく感嘆符とする例も多多あるのだが (スペイン語では文頭にも付くこともある)、以下では一切付けていないので、適宜補って読んで戴きたい。

イタリア語: Che la Forza sia con te. / Che la Forza sia con voi. / Che la Forza sia con lei. / Che la Forza sia con loro.
スペイン語: Que la Fuerza te acompañe. / Que la Fuerza esté contigo. / Que la Fuerza os acompañe. / Que la Fuerza esté con vosotros. / Que la Fuerza esté con ustedes. / Que la Fuerza lo acompañe. / Que la Fuerza les acompañe.
フランス語: Que la Force soit avec toi. / Que la Force soit avec vous.
ポルトガル語: Que a Força esteja contigo. / Que a força esteja com você. / Que a Força esteja convosco. / Que a força esteja com vocês.

ドイツ語: Möge die Macht mit dir sein. / Möge die Macht mit euch sein. / Möge die Macht mit Ihnen sein.
オランダ語: Moge de kracht met je zijn. / Moge de kracht met jou zijn. / Moge de kracht met u zijn. / Moge de kracht met jullie zijn.

スウェーデン語: Må kraften vara med dig. / Må kraften vara med er.
デンマーク語: Må Kraften være med dig. / Må Kraften være med jer.
フィン語 (フィンランド語): Olkoon Voima kanssasi.
ハンガリー語: Az Erö Legyen Veled.

ギリシャ語: Η Δύναμη μαζί σου. / Η Δύναμη να είναι μαζί σου
ラテン語: Vis tecum sit. / Sit vis vobiscum. (2009-09-24 [木]:"nobiscum" を --vobiscum-- に訂正。)

ロシア語: Да пребудет с тобой Сила. / Да пребудет с Вами Сила.

ポーランド語: Niech Moc będzie z tobą. / Niech Moc będzie z Wami.
クロアチア語: Neka Sila bude s tobom. / Neka je Sila s tobom. / Neka Sila bude s vama. / Neka je Sila s vama.
ブルガリア語: Нека силата бъде с теб. / Нека силата бъде с вас.

中国語: 愿原力与你同在。/ 願原力與你同在。
韓国語: 포스가 함께 하기를。 / 포스가 당신과 함께 하기를 빌겠소。

トルコ語: Güç seninle olsun.

ヘブライ語では何というかに就いては調べがついていないので宿題としておこう。例えば "הכוח" "מלחמת הכוכבים" の組み合わせ (「スター・ウォーズ」と「フォース」) で検索してみたが、はかばかしい結果が得られなかった。

補足 (2008-04-30 [水]):
その後、"יהיה הכוח אתכם" で google 検索してみたところ、1件ヒットした (DEMONS: Under the Sink)。また "יהיה הכוח אתך" では1件もヒットしなかった。

2008-05-19 [月]: "יהי הכוח אתכם" でも1件ヒットする。それは、やはり "Demons: Under the Sink" 中の記事だが、別のページ (Reviews Master)である。更に、"יהי הכוח עמך" と云う言い方もありうる。これは数件ヒットするようだ。おそらく「フォースのともにあらんことを」のヘブライ語訳としては、この二つが最も「それっぽい」のではないか (文脈によっては、対象が二人称複数の形にしてもよいだろう)。

"יְהִי כֵן יְהוָה עִמָּכֶם" ([出エジプト記]10:10) が参考になるかもしれないので、ここに書き留めておく。

参考になるかもしれないサイト:
1. Force (Star Wars) - Wikipedia, the free encyclopedia
2. הכוח (מלחמת הכוכבים)

「"May the Force be with you" を色色な言語で言うと」は、「ネタ」としては平凡なものであるので、同主題で既に幾つもの記事が書かれている。そのうちの一つだけを引用しておく:
[Somewhere in the Middle: Que la Fuerza te acompane!]

このブログ記事は、[nouse: 「フォースのともにあらんことを 」("May the Force be with you.") をスウェーデン語で言うと] と [nouse: 「フォースのともにあらんことを 」("May the Force be with you.") をドイツ語で言うと] の他に次の記事にも関連する:
1. [nouse: "May the Force be with you."に就いて] (2004年8月6日[金])
2. [nouse: NIFTY翻訳フォーラム投稿再録(1997年7月3日?)] (2004年7月16日[金])

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年11月30日 (金)

色色な言語で「宵の明星」

今日午前 (2007/11/30 10:29:20) キーワード[宵の明星 明けの明星 イタリア] でこのサイトを訪問されたかたがいらしたらしい。[nouse: 色色な言語で「明けの明星」] (2007年11月14日[水]) は作ったが、「宵の明星」の方はとサボっていたので、この機会に作っておく。

前回と同様 [LOGOS - Multilingual E-Translation Portal] の[evening star] の項と [Webster's Online Dictionary] の [Evening Star] の項を、内容未チェックのまま纏める。

英語: Evening Star
アフリカーンス語: Venus, Aandster
オランダ語: Venus, Avondster
フランス語: Vénus, l'étoile du soir
ドイツ語: Venus
ハンガリア語: Vénusz
イタリア語: Venere, la stella della sera
日本語: 宵の明星, 一つ星
マン島語: Rollage yn Astyr (Hesperus, the evening star). (various references)
Papiamento: Venus //"Papiamento" はカリブ海の所謂 ABC 諸島 で話されている言語。
偽ラテン語 (Pig Latin): eveningay arstay
ルーマニア語: luceafãrul de searã
ロシア語: вечерняя звезда
セルビア・クロアチア語: večernjača
トルコ語: venüs, akşamyıldızı, çulpan
ベトナム語: sao hôm
ユカテク・マヤ語 (Yucatec): Xnuk Ek'
ラテン語: Cytherea, Venus, vesper, vespere, vesperi, vespero, vesperum
スペイン語: la estrella vespertina
デンマーク語: Venus
フィンランド語:iltatähti
ペルシャ語: ناهيد

[nouse: サッポーの詩] にも呼格の形で出てきたが、古典ギリシャ語で「夕づつ」つまり「宵の明星」は Ἔσπερος である。

また、[nouse: 色色な言語で「明けの明星」] で触れたように、中国語では「宵の明星」は「長庚(长庚)」。これをハングル表記すると 장경 になる。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年11月14日 (水)

色色な言語で「明けの明星」

昨夜、20時20分頃、キーフレーズ [イタリア語で明けの明星] で、このサイトを訪問された方がいらしたようだ。 まぁ、"l'astro del mattino" ぐらいでしょうね。

「明星」、「明星」と、イチイチ面倒なので、纏めて書いてあるものを探したら [l'astro del mattino - Logos Dictionary - Logos Translations multilingual dictionary] と Webster's Online Dictionary の [Morning Star] と云うものが見つかった。内容未チェックのまま、それに従うと:

英語: morning star
イタリア語: l'astro del mattino
スペイン語: lucero del alba
フランス語: l'étoile du matin
ブルトン語: gwerelaouen
デンマーク語: morgenstjerne
フィンランド語: aamutähti
ラテン語: sidus matutinum //ゑびすや贅言: Lucifer で良さそうな気がするが、キリスト教文化内では、安易に使えない言葉なのだろう。
マプンズグアン語: wüñejfe
ペルシャ語: ستاره صبح
ポルトガル語: estrela da manha, estrela d'alva
ウェールズ語: seren y bore
アルバニア語: ylli i mëngjesit
ブルガリア語: зорницата
チェコ語: jitřenka
オランダ語: morgenster
エスペラント: matenstelo
ドイツ語: morgenstern
現代ギリシャ語: αυγερινόσ
ヘブライ語: עמוד השחר 参考: עמוד השחר
אילת השחר, אילת 参考:morning star | Hebrew | Dictionary & Translation by Babylon
שחר 参考: Isaiah 14:12
ברקאי 参考: Naftali Herz Imber
ハンガリア語: hajnalcsillag
インドネシア語: bintang timur
日本語: 暁星, ぎょうせい, ひとつぼし, よあけのみょうじょう, みょうじょう
マン島語: rollage ny madjin, maddinagh
偽ラテン語 (Pig Latin): orningmay arstay
ルーマニア語: luceafãrul de dimineaţã
ロシア語: утренняя звезда
セルビア・クロアチア語: zvezda danica, zornjača
スウェーデン語: morgonstjärna
トルコ語: sabah yıldızı
ベトナム語: sao mai

以上に追加すべきものとしたら、以下のようなところだろうか(こちらも、あまり自信はない):

中国語: 啓明(启明)
参考: 「太白金星_百度百科」で指摘されているように [诗·小雅·大东 (詩経/小雅/大東]) には 「东有启明 西有长庚」(诗经·小雅) と云う句がある。つまり「啓明」が「明けの明星」を「長庚」が「宵の明星」を指す。

韓国語: 샛별
参考: Paran 사전(辞典):「啓」

古典ギリシャ語: Φωσφόρος

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2007年11月 8日 (木)

憂ひを払ふ玉箒: νηπενθές (nepenthe) に就いて

昨日、[オデュッセイア 忘れる 飲み物 ホメーロス] と云うキーで検索されてこのサイトを訪問された方がいらしたようだ。

うぅむ。どうなんでしょうねー。オデュッセイア第4書には:

ἔνθ' αὖτ' ἄλλ' ἐνόησ' Ἑλένη Διὸς ἐκγεγαυῖα·
αὐτίκ' ἄρ' εἰς οἶνον βάλε φάρμακον, ἔνθεν ἔπινον,
νηπενθές τ' ἄχολόν τε, κακῶν ἐπίληθον ἁπάντων.
ὃς τὸ καταβρόξειεν, ἐπὴν κρητῆρι μιγείη,
οὔ κεν ἐφημέριός γε βάλοι κατὰ δάκρυ παρειῶν,
οὐδ' εἴ οἱ κατατεθναίη μήτηρ τε πατήρ τε,
οὐδ' εἴ οἱ προπάροιθεν ἀδελφεὸν ἢ φίλον υἱὸν
χαλκῷ δηϊόῳεν, ὁ δ' ὀφθαλμοῖσιν ὁρῷτο.
--Οδύσσεια δ. - Wikisource - ll.219-216

と云うのがあって、このワイン (οἶνος) の中に投入されたと云う φάρμακον νηπενθές (引用文第2行-第3行) あたりが該当するんじゃないかと思うのだが....

このギリシャ語から派生して nepenthe と云う単語が英語になっている (フランス語だと "népenthès")。nepenthe の使用例として有名なのは、Edgar Allan Poe の "The Raven" だろう。

Then methought the air grew denser, perfumed from an unseen censer
Swung by Seraphim whose footfalls tinkled on the tufted floor.
"Wretch," I cried, "thy God hath lent thee - by these angels he hath sent thee
Respite — respite and nepenthe, from thy memories of Lenore
Quaff, oh quaff this kind nepenthe and forget this lost Lenore!"
Quoth the Raven, "Nevermore."
--The Raven (Poe) - Wikisource

これを Charles Baudelaire は、こう訳した。

Alors, il me sembla que l'air s'épaississait, parfumé par un encensoir invisible que balançaient les séraphins dont les pas frôlaient le tapis de ma chambre. « Infortuné ! – m'écriai-je, – ton Dieu t'a donné par ses anges, il t'a envoyé du répit, du répit et du népenthès dans tes ressouvenirs de Lénore! Bois, oh! bois ce bon népenthès, et oublie cette Lénore perdue! » Le corbeau dit : «Jamais plus ! »
--Le Corbeau (traduit par Charles Baudelaire) - Wikisource


ふふふ。フランス語の方が解かりやすかったりする。

nepenthe 自体なら、ネットで検索すれば、それなりの情報は得られるだろう。例えば...と思って、英文版の Wikipedia を当たったら、そのものズバリで "Nepenthe - Wikipedia, the free encyclopedia" が出て来た。なにか、私が駄文を草するまでもなかったと云う気がする。

日本語なら「ネペンテ」ですかね。こちらの方は、日本語版ウィキペディアに独立した項目はないようだ。少しホッとする。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年10月22日 (月)

「ブドウ糖」のギリシャ語対応語

先程、[ブドウ糖 ギリシャ表記] と云うキーフレーズでこのサイトを訪問された方がいらしたようだが、「ブドウ糖」のギリシャ語対応語を調べていらっしゃると云うことなら γλυκόζη ぐらいなのではないかと思う。

δεξτρόζησταφυλοσάκχαρο と云うのもあるらしい。

以下を参照:

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年4月 2日 (月)

ホメーロス「ヘルメース讃歌 (ΕΙΣ ΕΡΜΗΝ)」読解 (ヘルメースの属性に関する部分)

[nouse: メルクリウス/ヘルメス図像リンク集: イル・ジョルナーレ ("Il Giornale") ロゴに関連して] (2007年3月12日) でも触れたようにヘルメス(メルクリウス)には様様な属性がある。

以下は、「[ホメーロスの諸神讃歌] (訳註:沓掛良彦) 1990年4月 東京 平凡社 pp.169-202」中の [讃歌第4番:ヘルメース讃歌] をザッと読み、ヘルメス(以下、原語 Ἑρμῆς に合わせて、適宜「ヘルメース」と言う)の属性に関わりそうなところの「当たり」を付けてから、その部分のギリシア語テキストを Perseus Digital Library 所収の "Hymn 4 to Hermes Hugh G. Evelyn-White, Ed." から転写して、それに若干の読解を試みたものである。

更に、参考として沓掛訳も、拙訳に対照して並記してある。ただ、沓掛訳の原テキストは Les Belles Lettres 版 ("Homère, Hymnes" Texte ètablit et traduit par J. Humbert, Sociètè d'édition, Paris 1967. 私は未見) であって、Perseus Digital Library 版のギリシア語テキストの基本になっている筈の Loeb Classical Library 版 (おそらく "Hesiod: The Homeric Hymns and Homerica (Loeb Classical Library #57)") とは異なる。このため、訳文のみどうしでの比較は厳密には無意味であるし、また、並記したことに他意はないので、拙訳との比較検討をするつもりはない。

なお、沓掛訳は、文庫化されて筑摩書房から発売されている(ホメーロスの諸神讃歌)。その際訂正がなされたとのことだが、その文庫版を私は未見なので、その内容は参照していない。

ギリシア語テキストには、別に Oxford Classical Texts (Oxford University Press) 所収の "Homeri Opera: Vol. V. Hymns: (Hymni, Cyclus, Fragmenta, Margites, Batr, Vitae)" がある。これは手元にあったので、綴りのチェック程度には利用した。


ヘルメースの誕生。牧者。幸運を齎す者。神神の使者。


1 Ἑρμῆν ὕμνει, Μοῦσα, Διὸς καὶ Μαιάδος υἱόν,
2 Κυλλήνης μεδέοντα καὶ Ἀρκαδίης πολυμήλου,
3 ἄγγελον ἀθανάτων ἐριούνιον,

1 ヘルメースを寿ぎたまえ。ムーサよ。そは、ゼウスとマイアの子。
2 キューレーネーと羊多きアルカディアとの護り主。
3 不死なる神神の御使い。幸運を齎す者。

ヘルメースを讃め歌え、ムーサよ、ゼウスとマイアの御子、
キューレーネーと羊多いアルカディアを統べる神、
幸運をもたらす御使者(みつかい)を。
--[ホメーロスの諸神讃歌] 訳註:沓掛良彦 (1990年 東京 平凡社) pp.169-232 [ヘルメース讃歌 (讃歌第四番)] p.169

    第1行
  • Ἑρμῆν: 男性名詞「ヘルメース」(Ἑρμῆς) 単数対格。
  • ὕμνει: 動詞「歌う」(ὕμνεω) 能動相現在命令法第2人称単数。
  • Μοῦσα: 女性名詞 「ムーサ」(Μοῦσα) 単数呼格。
  • Διὸς: 男性名詞「ゼウス」 (Ζεύς) 単数属格。
  • Μαιάδος: 女性名詞「マイア」(Μαιάς) 単数属格。
  • υἱόν 男性名詞「息子」 (υἱός) 単数対格。
    第2行
  • Κυλλήνης: 女性名詞「キューレーネー」(Κυλλήνη) 単数属格。アルカディアの山。対応する形容詞 Κυλλήνιος (男性単数主格) は、名詞化してヘルメースの通り名でもある。
  • μεδέοντα: 動詞「守る、支配する」(μέδω) の能動相現在分詞男性単数対格(男性単数主格形は μεδέων)。 名詞用法として「守護者/支配者」の意。μέδω は動詞としては用いられず、専ら、この名詞形として現われる。ちなみに、女性単数主格形は μεδέουσα だが、これが所謂「メドゥサ/メデューサ」の由来。
  • Ἀρκαδίης: 女性名詞「アルカディア」(Ἀρκαδία) 単数属格。
  • πολυμήλου: 形容詞「羊に富む」(πολύμηλος) 女性単数属格。πολύ + μηλος
    第3行
  • ἄγγελον: 男性名詞「使者」(ἄγγελος)単数対格。 ἄγγελος は "angel" の語源。
  • ἀθανάτων: 形容詞「不死なる」(ἀθάνατος) 男性複数属格。ἀθάνατος の男性/女性複数形 ἀθάνατοι/ἀθάναται には名詞用法として「不死なる者たち」特に「神神」の意がある。
  • ἐριούνιον: 男性名詞「幸運を齎す者」(ἐριούνης) 単数対格。ヘルメースの別名。

「老獪なる赤子」。詐欺師。盗人。牧者。夢の配達人。「戸口を見張る者」


13 καὶ τότ' ἐγείνατο παῖδα πολύτροπον, αἱμυλομήτην,
14 ληιστῆρ', ἐλατῆρα βοῶν, ἡγήτορ' ὀνείρων,
15 νυκτὸς ὀπωπητῆρα, πυληδόκον, ὃς τάχ' ἔμελλεν

13 そも(マイアが)産みたまいしは、老獪なる赤子、口先三寸にて誤魔化し、
14 盗みを働き、牛を追う、夢の先達、
15 夜陰を窺い、戸口を見張る。

その時かのニンフが産んだのは、策略に富み、奸知に長け、
盗人にして牛を追う者、夢をもたらし、夜陰をうかがい、門口を見張る神であった。
--[ホメーロスの諸神讃歌] 訳註:沓掛良彦 (1990年 東京 平凡社) pp.169-232 [ヘルメース讃歌 (讃歌第四番)] p.170

    第13行
  • ἐγείνατο: 動詞 「生まれる」(γείνομαι) 中動相アオリスト直説法第3人称単数。中動相として「産む」の意。
  • παῖδα: (男性)名詞「子供」(παῖς) 単数対格。
  • πολύτροπον: 形容詞 「劫を経た、老獪な」(πολύτροπος) 男性単数対格。オデュッセウス の「通り名」でもある。新生児であるヘルメースに対する形容なので可笑しみがでてくる(「海千山千の子供」)。ユング風の言い方をするなら「老賢者にして始原児」
  • αἱμυλομήτην 男性名詞「甘言で誤魔化すのが巧みな奴」(αἱμυλομήτης) 単数対格。Liddell-Scott で釈義を "of winning wiles" とするは、前に "man" が脱落したか?
    第14行
  • ληιστῆρ': 男性名詞「盗人」(ληιστήρ) 単数対格 ληιστῆρα の語末母音省音。
  • ἐλατῆρα: 男性名詞「(家畜を)追って移動させる者」(ἐλατήρ) 単数対格。
  • βοῶν: (男性/女性)名詞「牛」(βοῦς) 複数属格。"βοῦς" はラテン語 "bos" (属格形: bovis) を経由して、英語 "bovine" へ。BSE (牛海綿状脳症) の B である。
  • ἡγήτορ': 男性名詞「導く者」(ἡγήτωρ) 単数対格 ἡγήτορα の語末母音省音。
  • ὀνείρων: 男性名詞「夢」(ὄνειρος) 複数属格。
    第15行
  • νυκτὸς: 女性名詞「夜」(νύξ) 単数属格。
  • ὀπωπητῆρα: 男性名詞「見つめる者、窺う者」(ὀπωπητήρ) 単数対格。
  • πυληδόκον: 男性名詞「戸口の見張り」(πυληδόκος) 単数対格。


牛泥棒、敷居


20 ὃς καί, ἐπειδὴ μητρὸς ἀπ' ἀθανάτων θόρε γυίων,
21 οὐκέτι δηρὸν ἔκειτο μένων ἱερῷ ἐνὶ λίκνῳ,
22 ἀλλ' ὅ γ' ἀναί̈ξας ζήτει βόας Ἀπόλλωνος
23 οὐδὸν ὑπερβαίνων ὑψηρεφέος ἄντροιο.

20 ヘルメース、母なる神の胎内を飛び出でし後
21 留まり居べき神さびの揺籃より、幾許も居寝ぬまま
22 兎にも角にも起き出でて、アポローンの牛ども求め
23 天井高き洞窟の、敷居を跨いで越えて去りにけり。

ヘルメースは母の不死なる胎内から跳び出すと、
聖なる揺籃の中に、長くはじっとしてはいなかった。
天井の高い洞窟の敷居を躍り越え、
アポローンの牛どもを探しにでかけたのだ。
--[ホメーロスの諸神讃歌] 訳註:沓掛良彦 (1990年 東京 平凡社) pp.169-232 [ヘルメース讃歌 (讃歌第四番)] p.170

    第20行
  • ὃς: 関係代名詞。男性単数主格。指示代名詞の代わりに使われている。ヘルメースのこと。
  • ἐπειδὴ: 接続詞 (ἐπεί の異形)。「..の時、..の後」
  • μητρὸς: 女性名詞 (μήτηρ) 単数属格。
  • ἀπ': 前置詞属格支配。ἀπό
  • ἀθανάτων: 女性名詞複数属格。複数だから、「不死なる者たち」つまり「神神」のこと。ヘルメースの母、マイアがその内の一人だと云うこと。
  • θόρε: 動詞「飛ぶ、跳ねる」(θρῴσκω) 能動相アオリスト直説法第3人称単数。
  • γυίων: 中性名詞「手、腕、足」(γυῖον) 複数属格。"μητρὸς γυῖα" で「子宮」の意。
    第21行
  • οὐκέτι: 副詞「もはや...しない」
  • δηρὸν: 形容詞「長い、長すぎる」(δηρός) 中性対格。副詞用法。
  • ἔκειτο: 動詞「横たわる」(κεῖμαι) 中動相未完了過去直説法第3人称単数。
  • μένων: 動詞「本来の場所に留まる」(μένω) 能動相現在分詞男性単数主格。
  • ἱερῷ: 形容詞「神的な」(ἱερός) 中性単数与格。
  • λίκνῳ: 中性名詞「箕籃、揺籠」(λίκνον) 単数与格。
    第22行
  • ἀλλ': 接続詞。ἀλλά
  • γ': 小辞。「少なくとも、何れにしろ」γε
  • ἀναί̈ξας: 動詞「跳び起きる」(ἀναί̈σσω) 能動相アオリスト分詞男性単数主格。
  • ζήτει: 動詞「探す」(ζητέω) 能動相未完了過去直説法第3人称単数。
  • βόας: (男性/女性)名詞 (βοῦς) 複数対格。
  • Ἀπόλλωνος: 男性名詞「アポローン」(Ἀπόλλων) 単数属格。
    第23行
  • οὐδὸν: 男性名詞「敷居」(οὐδόσ) 単数対格。
  • ὑπερβαίνων: 動詞「跨ぎ越える」(ὑπερβαίνω) 能動相現在分詞男性主格。
  • ὑψηρεφέος: 形容詞「天井が高い、屋根が高い」(ὑψηρεφής) 中性単数属格。
  • ἄντροιο: 中性名詞「洞窟」(ἄντρον) 単数属格。


楽器 (竪琴) の発明者


24 ἔνθα χέλυν εὑρὼν ἐκτήσατο μυρίον ὄλβον:
25 Ἑρμῆς τοι πρώτιστα χέλυν τεκτήνατ' ἀοιδόν:

24 さても一尾の亀を見いだしたり。そは、限りなき宝にこそありけれ。
25 ヘルメース、亀をして妙なる音を奏でさせ初めにし者なりければ。

そこで一匹の亀を見つけたが、これは大層な宝を手に入れたというもの、
ヘルメースこそが、最初に亀を歌奏でる具としたのだから。
--[ホメーロスの諸神讃歌] 訳註:沓掛良彦 (1990年 東京 平凡社) pp.169-232 [ヘルメース讃歌 (讃歌第四番)] p.170

    第24行
  • ἔνθα: 小辞。「そこで」
  • χέλυν: 女性名詞「亀」(χέλυς) 単数対格。
  • εὑρὼν 動詞「発見する」(εὑρίσκω) 能動相アオリスト分詞男性単数主格。その能動相現在完了直説法第1人称単数が εὕρηκα 「我見い出せり」
  • ἐκτήσατο: 動詞「得る」(κτάομαι) 能動相アオリスト直説法第3人称男性単数。
  • μυρίον: 形容詞「限りない」(μυρίος) 男性単数対格。
  • ὄλβον: 男性名詞「富、幸福」(ὄλβος) 単数対格。
    第25行
  • τοι: 小辞。「まことに」
  • πρώτιστα: 形容詞「一番最初の」(πρώτιστος) 中性対格。副詞として用いられている。「一番最初に」
  • τεκτήνατ': 動詞「工作する」(τεκταίνομαι) deponentia 中動相アオリスト直説法第3人称単数。τεκτήνατο
  • ἀοιδόν: 男性名詞「歌手」(ἀοιδόσ) 単数対格。「音楽的な音を出す」の意の形容詞的用法か。

走る者


69 αὐτὰρ ἄρ' Ἑρμῆς
70 Πιερίης ἀφίκανε θέων ὄρεα σκιόεντα,

69 (ヘルメースは)ようよう、
70 森の小暗いピーエリアーの山あいに走り着けり

ヘルメースは足速に駆けて、ピーエリアーの蔭なす山あいへと着いた。
--[ホメーロスの諸神讃歌] 訳註:沓掛良彦 (1990年 東京 平凡社) pp.169-232 [ヘルメース讃歌 (讃歌第四番)] p.173

    第69行
  • αὐτὰρ: 小辞 「それで」「しかし、とはいえ」
  • ἄρ': 小辞「それで」「どうやら」「結局」「勿論」ἄρα
    第70行
  • Πιερίης: 女性名詞「ピーエリアー」(Πιερία) 単数属格。ムーサたちが住んでいたと云うマケドニアの山地。
  • ἀφίκανε: 動詞「到達する」(ἀφικάνω) 能動相未完了過去直説法第3人称単数。
  • θέων: 動詞「走る」(θέω) 能動相現在分詞男性単数主格。
  • ὄρεα: 中性名詞「山」(ὄρος) 複数対格。
  • σκιόεντα: 形容詞「蔭なす」つまり「木木が鬱蒼と茂っている」(σκιόεις) 中性複数対格。


足跡の詐術


73 τῶν τότε Μαιάδος υἱός, ἐύσκοπος Ἀργειφόντης,
74 πεντήκοντ' ἀγέλης ἀπετάμνετο βοῦς ἐριμύκους.
75 πλανοδίας δ' ἤλαυνε διὰ ψαμαθώδεα χῶρον
76 ἴχνι' ἀποστρέψας: δολίης δ' οὐ λήθετο τέχνης
77 ἀντία ποιήσας ὁπλάς, τὰς πρόσθεν ὄπισθεν,
78 τὰς δ' ὄπιθεν πρόσθεν: κατὰ δ' ἔμπαλιν αὐτὸς ἔβαινε.

73 かの時、アルゴス殺しなるマイアの御子は、牛の群れより用心深く
74 五十頭を、くすねて盗れば、嘶き騒ぐ
75 迷い出てたる牛どもに、砂地を渡らせ
76 さかしまに足跡を付けさせようと、悪巧み、おさおさ抜かりなく
77 牛どもの前に立ちふさがり、前の蹄を後ろにし、
78 後の蹄を前にせしめて、押し戻しつつ歩みたり。

マイアの息子、アルゴスの殺し手である神は、その牛の群から五十頭を切り離した。
そして足跡の向きを逆にさせ、砂地のあたりでかなたこなたと追いまわした。
策略を用いるにもぬかりなく、蹄の向きが逆になるように、
前足が後ろに後足が前になるよう歩かせ、自分はそれに向き合って歩いた。
--[ホメーロスの諸神讃歌] 訳註:沓掛良彦 (1990年 東京 平凡社) pp.169-232 [ヘルメース讃歌 (讃歌第四番)] p.173

    第73行
  • τῶν: 定冠詞複数属格。「牛(複数)」を示す。指示代名詞として用いられている。奪格的な属格とすべきか、部分属格とすべきか微妙だが大意は変わるまい。
  • ἐύσκοπος: 形容詞 「目ざとい、用心深い」(εὔσκοπος) 男性単数主格。
  • Ἀργειφόντης: 「アルゴス殺し」男性名詞 (Ἀργειφόντης) 単数主格。ヘルメースのあだ名。
    第74行
  • πεντήκοντ': 数詞「50」。πεντήκοντα
  • ἀγέλης: 「(家畜の)一群」女性名詞 (ἀγέλη) 単数属格。
  • ἀπετάμνετο: 動詞 「切り取る、裁ち落とす」(ἀποτέμνω) 中動相未完了過去直説法第3人称単数。中動相では「切り取って横領する」の意となる。
  • βοῦς: (男性/女性)名詞複数対格。
  • ἐριμύκους: 形容詞 「喧しく嘶く」 (ἐρίμυκος) 男性/女性複数対格。
    第75行
  • πλανοδίας: 形容詞「迷い出た」(πλανόδιος) 女性複数対格。もとの群れから離れた牛たちを指す。これが女性形だと云うことは「牛ども」は雌であったか。
  • ἤλαυνε: 動詞「(盗んだ家畜を)追い立てる」(ἐλαύνω) 能動相アオリスト直説法第3人称単数。所謂「流音(幹)動詞」(verba liquida) であるため、アオリストの σ が消失する。高津 p.195。
  • ψαμαθώδεα: 形容詞「砂の」(ψαμαθώδης) 男性単数対格。
  • χῶρον: 男性名詞「地面」 (χῶρος) 単数対格。
    第76行
  • ἴχνι': 中性名詞 「足跡」(ἴχνιον) 複数対格。ἴχνια
  • ἀποστρέψας: 動詞「反転させる」(ἀποστρέφω) 能動相アオリスト分詞男性単数主格。
  • δολίης: 形容詞。「狡賢い」(δόλιος) 女性単数属格。
  • λήθετο: 動詞「気付かれない」(λανθάνω) 中動相未完了過去直説法第3人称単数。中動相としては「忘れる」の意(属格支配)。
  • τέχνης: 女性名詞「技能、手管」(τέχνη) 単数属格。
    第77行
  • ἀντία: 形容詞「対面する」(ἀντίος) 中性複数対格。副詞用法「対面して」
  • ποιήσας: 動詞 (ποιέω) 能動相アオリスト分詞男性単数主格。
  • ὁπλάς: 女性名詞 「蹄」(ὁπλή) 複数対格。
  • πρόσθεν: 副詞「前」
  • ὄπισθεν: 副詞「後」
    第78行
  • κατὰ: 副詞。「後を追って」と云う含意だろう。
  • ἔμπαλιν: 副詞「逆方向に」
  • ἔβαινε: 動詞「歩く」(βαίνω) 能動相未完了過去直説法第3人称単数。


ヘルメースのサンダル


79 σάνδαλα δ' αὐτίκα ῥιψὶν ἐπὶ ψαμάθοις ἁλίῃσιν,
80 ἄφραστ' ἠδ' ἀνόητα διέπλεκε, θαυματὰ ἔργα,
81 συμμίσγων μυρίκας καὶ μυρσινοειδέας ὄζους.
82 τῶν τότε συνδήσας νεοθηλέος ἄγκαλον ὕλης
83 ἀβλαβέως ὑπὸ ποσσὶν ἐδήσατο σάνδαλα κοῦφα

79 さて、海辺の砂の上ではすぐさまに、編み上げのサンダルをば、
80 言語道断、前代未聞、驚天動地の様に作りなす。
81 そは、御柳とミルテらしき枝とを綯い交ぜにして
82 芽生えの柴の一抱えを
83 葉取らぬままに両の足へと縛りつけ、歩みの軽き履き物となしたるなり。

それから海辺の砂浜に来ると、たちまちちして御柳(タマリスク)と天人花(ミルテ)の小枝とを織りまぜて
驚くべき作である、何とも言いがたい、思いもよらぬ形の草鞋を編み上げた。
若枝を一抱えほど束にして、その葉ともどもしっかりと足に縛りつけ、
それを軽い草鞋となしたのだ。
--[ホメーロスの諸神讃歌] 訳註:沓掛良彦 (1990年 東京 平凡社) pp.169-232 [ヘルメース讃歌 (讃歌第四番)] p.173

    第79行
  • σάνδαλα: 中性名詞「サンダル」 (σάνδαλον) 複数対格。通常複数形で用いられる。所謂「ヘルメスのサンダル」。(現代でも "hermes sandal" と云う商品が販売されている)。なお、このサンダルには「葉」は付いているが「翼」は付いていないことに注意。
  • αὐτίκα: 副詞「直ちに、その場で」
  • ῥιψὶν: 女性名詞「(麦藁、藺草、枝等の)編み物細工」(ῥίψ) 複数与格。
  • ψαμάθοις: 女性名詞「(海辺の)砂」(ψάμαθος) 複数与格。
  • ἁλίῃσιν: 形容詞「海の」(ἅλιοσ) 女性複数与格。
    第80行
  • ἄφραστ': 形容詞「表現不可能な」(ἄφραστος) 中性複数対格。ἄφραστα
  • ἠδ': 接続詞「であり、そして」。ἠδε
  • ἀνόητα: 形容詞「理解不可能な、前代未聞の」(ἀνόητος) 中性複数対格。
  • διέπλεκε: 動詞「編む」(διαπλέκω) 能動相未完了過去直説法第3人称単数。
  • θαυματὰ: 形容詞「驚くべき」(θαυματός) 中性複数対格。"θαυμαστός" の異形(叙事詩で用いられる)。
  • ἔργα: 中性名詞「作品」(ἔργον) 複数対格。
    第81行
  • συμμίσγων: 動詞「混ぜる」(συμμίγνυμι) 能動相現在分詞男性単数主格。
  • μυρίκας: 女性名詞「タマリスク (御柳)」(μυρίκη) 複数対格。
  • μυρσινοειδέας: 形容詞「ミルテ (銀梅花) のような」(μυρσινοειδής) 男性複数対格。ミルテ (Myrtle) はアプロディテ (Aphrodite) の神花とされる。ミルテ (μυρσίνη) そのものではなく、形容詞化 (εἶδος: 形状、種類) している。
  • ὄζους: 男性名詞「大枝、小枝」(ὄζος) 複数対格。
    第82行
  • συνδήσας: 動詞「結び合わせる」(συνδέω) 能動相アオリスト分詞男性単数主格。
  • νεοθηλέος: 形容詞「芽生えたばかりの」(νεοθηλής) 女性単数属格。
  • ἄγκαλον: 男性名詞「一抱え分」(ἄγκαλος) 単数対格。
  • ὕλης: 女性名詞「柴」(ὕλη) 単数属格。
  • なお、この行の "νεοθηλέος ἄγκαλον ὕλης" の部分は Oxford Classical Texts では "νεοθηλέαν ἄγκαλω ὥρην" を採用しており、脚注で、Loeb 版の形に言及している。
    第83行
  • ἀβλαβέως: 副詞「傷つけることなく」(ἀβλαβής)。
  • ὑπὸ: 前置詞。与格支配の場合は「に向かって」
  • ποσσὶν: 男性名詞「足」(πούς) 複数与格。
  • ἐδήσατο: 動詞「縛りつける」(δέω) 中動相アオリスト直説法第3人称単数。中動相として「我が身に縛りつける、我が身に結びつける、着る」
  • κοῦφα: 形容詞「軽い」(κοῦφος) 中性複数対格。


葡萄栽培の守護


87 τὸν δὲ γέρων ἐνόησε δέμων ἀνθοῦσαν ἀλωὴν
88 ἱέμενον πεδίονδε δι' Ὀγχηστὸν λεχεποίην
89 τὸν πρότερος προσέφη Μαίης ἐρικυδέος υἱός:
90 ὦ γέρον, ὅστε φυτὰ σκάπτεις ἐπικαμπύλος ὤμους,
91 ἦ πολυοινήσεις, εὖτ' ἂν τάδε πάντα φέρῃσι,
91α [εἴ κε πίθῃ, μάλα περ μεμνημένος ἐν φρεσὶ σῇσι]
92 καί τε ἰδὼν μὴ ἰδὼν εἶναι καὶ κωφὸς ἀκούσας,
93 καὶ σιγᾶν ὅτε μή τι καταβλάπτῃ τὸ σὸν αὐτοῦ.

87 さてもここに、花咲く葡萄園を築かんとする翁ありて、目に留めたるは、かの神
88 急ぎ平原目指して、草生す所に建てる都市オンケーストスを通り抜けんとする姿なり。
89 輝けるマイアの御子は、先手を打って翁に声をかけ
90 「やぁ、肩ひしゃげさせ草木を掘り起こしている爺さまよ。
91 成程、葡萄がみんな実ったならば、さぞかし葡萄酒が取れるだろうな。
91α [得心したなら、そなたの心に刻んで、努努忘るることなかれ]
92 見ざる、聞かざる、
93 言わざるを守ればこそ、お前の財産が即座に損なわれずにすむのだぞ。」

さて、草が緑の床なすオンケーストスを抜けて、平原へと向かうこの神に
花咲いている葡萄畑の手入れをしている老人が目をとめた。
そこでマイアの誉れ高い息子が先に言葉をかけた。
「肩をこごめて葡萄の木を掘り返している爺さんよ、
この葡萄が実ったら、たんと葡萄酒ができような。
だが、見ても見ぬふりをして、聞いても聞かぬふりをして、
黙っているがいい。あまえ自身の財産が損なわれたりしないかぎりはな。」
--[ホメーロスの諸神讃歌] 訳註:沓掛良彦 (1990年 東京 平凡社) pp.169-232 [ヘルメース讃歌 (讃歌第四番)] p.174

    第87行
  • γέρων: 男性名詞「老人」単数主格。
  • ἐνόησε: 動詞「気づく」(νοέω) 能動相アオリスト直説法第3人称単数。
  • δέμων: 動詞「作り上げる、構築する」(δέμω) 能動相現在分詞男性単数主格。
  • ἀνθοῦσαν: 動詞「花咲く」(ἀνθέω) 能動相現在分詞女性単数対格。
  • ἀλωὴν: 女性名詞「果樹園、葡萄園」(ἀλωή) 単数対格。
    第88行
  • ἱέμενον: 動詞「解発する、放出する」(ἵημι) 中動相現在分詞男性単数対格。中動相なので、自動詞的に「先を急ぐ」ぐらいの意味になる。
  • πεδίονδε: 副詞「平原へ、平地へ」
  • δι': 前置詞。 δια
  • Ὀγχηστὸν: 男性名詞「オンケーストス」(Ὀγχηστόν) 単数対格。古代ギリシア北部のボイオティア地方(Boeotia) の都市。往事、ボイオティアには (Copais) と云う湖があり、オンケーストスは、その湖畔に築かれていた。ポセイドーンの神殿があったと云う。
  • λεχεποίην: 男性名詞「草生す所に建つもの」(λεχεποίης) 単数対格。(λέχος:床 + ποίᾱ:草)。都市の形容語として使われる。
    第89行
  • πρότερος: 副詞「先に」
  • προσέφη: 動詞「声をかける」(πρόσφημι) 能動相未完了過去直説法第3人称単数。
  • ἐρικυδέος: 形容詞「著名な、輝かしき」(ἐρικυδής) 女性単数属格。「属格」である以上、この言葉は Μαῖα に係っている。
    第90行
  • γέρον: 男性名詞 γέρων 呼格。
  • ὅστε: 関係代名詞男性主格。ὅςὅστις と同義。
  • φυτὰ: 中性名詞「植物」(φυτόν) 複数対格。
  • σκάπτεις: 動詞「掘りおこす」(σκάπτω) 能動相現在直説法第2人称単数。
  • ἐπικαμπύλος: 形容詞「曲がった、捻じれた」(ἐπικαμπύλος) 男性単数主格。
  • ὤμους: 男性名詞「肩(及び上腕)」(ὦμος) 複数対格。所謂「限定対格」(別名「ギリシア式対格」)で形容詞の意味を限定している。「肩において」。"ἐπικαμπύλος ὤμους" は、「重みに『肩をひしゃげさせて』耕している」含意だろう。
    第91行
  • : 副詞「確かに、成程、如何にも」。単純な確認・保証ばかりでなく、皮肉、譲歩の意を持ちうる。
  • πολυοινήσεις: 動詞「多量の葡萄酒に恵まれる」(πολυοινέω) 能動相未来直説法第2人称単数と、能動相アオリスト接続法第2人称単数とが同形だが、接続法だろう。「葡萄が採れなくなることもありうる(葡萄を採れなくさせることもできる)」と云う、ヘルメースの「脅し」。
  • εὖτ': 接続詞。後続の ἂν と組みになって "εὖτ' ἂν" として接続法を導いて、未来時へ言及する。εὖτε
  • ἂν: 小辞。所謂 modal particle
  • τάδε: 近称代名詞中性複数主格。集合的に捉えられて、単数扱いになっているため、下の φέρῃσι が単数形になっている。
  • πάντα: 形容詞「全て」(πᾶς) 男性複数対格。副詞として使用されている。
  • φέρῃσι: 動詞「実を結ぶ」(φέρω) 能動相現在接続法第3人称単数。
    第91α行 Oxford 版では、これは欠行になっている。
  • εἴ: 接続詞「もしも」
  • κε: 小辞。"ἄν" に同じ。
  • πίθῃ: 動詞「説得する」(πείθω) 中動相接続法アオリスト第2人称単数。中動相では「納得する」ぐらいの意味になる。
  • μάλα: 副詞「非常に」
  • περ: 小辞。後置されて意味を強める。
  • μεμνημένος: 動詞「思い出させる」(μιμνήσκω) 中動相現在完了分詞男性単数主格。中動相なら通常は「思い出す」の意だが、特に独立用法の場合は「憶えておく、忘れない」
  • ἐν: 前置詞。与格支配。
  • φρεσὶ: 女性名詞「(情意の座としての)心臓、心」(φρήν) 複数与格。
  • σῇσι: 形容詞「汝の」(σός) 女性複数与格。
    第92行
  • καί: 接続詞
  • τε: 小辞。
  • ἰδὼν: 動詞「見る」(εἶδον) 能動相アオリスト分詞男性単数対格。
  • εἶναι: 動詞 (εἰμί) 能動相現在不定形。命令を表わす。"ἰδὼν μὴ ἰδὼν εἶναι" は「見えても見ないでおれ、(そうすれば...)」ぐらいか。
  • κωφὸς: 形容詞「鈍感な」(κωφός) 男性単数主格。
  • ἀκούσας: 動詞「聞く」(ἀκούω) 能動相アオリスト分詞男性単数主格。"κωφὸς ἀκούσας" は「耳を鈍感にしておくなら」ぐらいの意か
    第93行
  • σιγᾶν: 動詞「黙っている、言わないでおく」(σιγάω) 能動相現在分詞男性主格。「言わないでおくなら」
  • ὅτε: 接続詞。
  • μή: 接続法の動詞と合わさって、その動詞の実現を防止する目的を標示する。
  • τι: 不定代名詞「何か」(τις) 中性単数対格。
  • καταβλάπτῃ: 動詞「大きく損なう、損害を与える」(καταβλάπτω) 接続法中動相現在第2人称単数。中動相なので「自分自身に損害を与える」の意。葡萄が採れなくなったとしても、それは「老人」自身の態度の所為だと、ヘルメースは恫喝しているのである。
  • σὸν: 形容詞「汝の」(σός) 男性単数対格。
  • αὐτοῦ: 副詞「将にここで」


火起こしの発明


108 σὺν δ' ἐφόρει ξύλα πολλά, πυρὸς δ' ἐπεμαίετο τέχνην.
109 δάφνης ἀγλαὸν ὄζον ἑλὼν ἀπέλεψε σιδήρῳ
110 ... ἄρμενον ἐν παλάμῃ: ἄμπνυτο δὲ θερμὸς ἀυτμή:
111 Ἑρμῆς τοι πρώτιστα πυρήια πῦρ τ' ἀνέδωκε.

108 そしてすぐさま、薪を多く運び来て、火の術を得んとて努めては
109 月桂樹の見事な枝一条を握り締め、鉄刀にて皮を剥ぎ、
110 ...掌に納めて...熱き煙は上がりたり。
111 ヘルメースこそ、木切れに火を付けし始めの者なりき。

さて今度は薪をたくさん拾い集めて、火を起す術に心を砕いたのだが、
月桂樹の美しい枝を折り取るとそれを固く手に握り、
ざくろの木に突き立てて回すと、熱い焔が生じた。
つまりは、火打ち道具で火を起こす術を最初に世にもたらしたのはヘルメースである。
--[ホメーロスの諸神讃歌] 訳註:沓掛良彦 (1990年 東京 平凡社) pp.169-232 [ヘルメース讃歌 (讃歌第四番)] p.175

    第108行
  • σὺν: 与格支配の前置詞だが、副詞として用いられいている。「すぐさま、そのまま引き続いて」。δέ 又は τε が後続することが多い。
  • ἐφόρει: 動詞「(何度も)運ぶ」(φορέω) 能動相未完了過去直説法第3人称単数。
  • ξύλα: 中性名詞「薪」(ξύλον) 複数対格。
  • πολλά: 形容詞「多くの」(πολύς) 中性複数対格。
  • πυρὸς: 中性名詞「火」(πῦρ) 属格単数。
  • ἐπεμαίετο: 動詞「探し求める」(ἐπιμαίομαι) deponentia 中動相未完了過去直説法第3人称単数。
  • τέχνην: 女性名詞単数対格。
    第109行
  • δάφνης: 女性名詞「月桂樹」(δάφνη) 単数属格。ダフネー
  • ἀγλαὸν: 形容詞「美しい、輝ける」(ἀγλαός) 男性単数対格。
  • ὄζον: 男性名詞 「杖」(ὄζος) 単数対格。
  • ἑλὼν: 動詞「握る」 (αἱρέω) 能動相アオリスト分詞男性単数主格。
  • ἀπέλεψε: 動詞「皮を剥ぐ」(ἀπολέπω) 能動相アオリスト直説法第3人称単数。
  • σιδήρῳ: 男性名詞「鉄器(ナイフ、鎌等)」(σίδηρος) 単数与格。
    第110行 Oxford 版では、この行の直前が欠行になっている。
  • ἄρμενον: 動詞「嵌め合わせる、備えつける」(ἀραρίσκω) 能動相アオリスト分詞男性単数対格。
  • παλάμῃ: 女性名詞「掌」(παλάμη) 単数与格。
  • ἄμπνυτο: 動詞「息を吹き出す」(ἀναπνέω) アオリスト直説法第3人称単数。
  • θερμὸς: 形容詞「熱い、暖かい」(θερμός) 女性単数主格。
  • ἀυτμή: 女性名詞「息、煙」(ἀυτμή) 単数主格。この段階では「焔」は上がっていないようだ。
    第111行
  • Ἑρμῆς: 男性名詞主格。
  • τοι: 小辞「確かに」
  • πρώτιστα: 形容詞「一番初めの」(πρώτιστος) 中性複数対格。副詞「一番始めに」として使われている。
  • πυρήια: 中性名詞「(火を起こすための)木片」(πυρεῖον) 複数対格。通常複数形で用いられる。日本古語の「火鑽杵」と「火鑽臼」のこと。ただし、対格であるので、道具を使って火を起こしたと言うより、木片としての火起こし道具に火を付けたと云う感じになっている。
  • πῦρ: 中性名詞対格
  • τ': 小辞。τε
  • ἀνέδωκε: 動詞「齎す」(ἀναδίδωμι) 能動相アオリスト直説法第3人称単数。


ヘルメースの足の速さ、巨大な歩幅


222 βήματα δ' οὔτ' ἀνδρὸς τάδε γίγνεται οὔτε γυναικὸς
223 οὔτε λύκων πολιῶν οὔτ' ἄρκτων οὔτε λεόντων:
224 οὔτε τι Κενταύρου λασιαύχενος ἔλπομαι εἶναι,
225 ὅς τις τοῖα πέλωρα βιβᾷ ποσὶ καρπαλίμοισιν:

222 人間の歩き方ではこのようになる訣がない。女の場合も含めてな。
223 灰毛の狼でも、熊でも、ライオンでもない。
224 鬣(たてがみ)荒荒しきケンタウロスでも無理だろう、
225 何者にせよ、かくの如き驚くべき歩幅で足速く歩むのは。

この歩き方は男のものでも女のものでもない、
灰色の狼のものでも、熊のものでも、獅子のものでもない。
思うに、たてがみをなびかせるケンタウロスのものでもない。
こんな巨大な歩幅で足速に歩いていくのは誰だろう。
--[ホメーロスの諸神讃歌] 訳註:沓掛良彦 (1990年 東京 平凡社) pp.169-232 [ヘルメース讃歌 (讃歌第四番)] p.181

    第222行
  • βήματα: 中性名詞「歩き方、歩幅」(βῆμα) 複数主格。
  • οὔτ': 副詞「決して....しない」。οὔτι
  • ἀνδρὸς: 男性名詞 「人間、男」(ἀνήρ) 単数属格。
  • τάδε: 代名詞「これ」(ὅδε) 中性複数主格。
  • γίγνεται: 動詞「(属格を伴って)...に由来する」(γίγνομαι) deponentia 中動相現在直説法第3人称単数。
  • οὔτε: 副詞「...もまた...でない」
  • γυναικὸς: 女性名詞「女」(γυνή) 単数属格。この行の前半は「人間の歩き方ではこのようになる訣がない」の意味なのだが、「男の歩き方ではこのようになる訣がない」と云うようにも受けとれるので、"οὔτε γυναικὸς" と付け加えている。可笑しみのある所なのだが、それを自然に日本語に移すのは難しい。
    第223行
  • λύκων: 男性名詞「狼」(λύκος) 複数属格。
  • πολιῶν: 形容詞「灰色の毛の」(πολιός) 男性複数属格
  • ἄρκτων: 女性名詞「熊」(ἄρκτος) 複数属格。
  • λεόντων: 男性名詞「ライオン」(λέων) 複数属格。
    第224行
  • τι: 不定代名詞中性単数対格。
  • Κενταύρου: 男性名詞「ケンタウロス」(Κένταυρος) 単数属格。
  • λασιαύχενος: 形容詞「鬣(たてがみ)が荒々しい」(λασιαύχην) 男性単数属格。
  • ἔλπομαι: 動詞「希望を持たせる」(ἔλπω) 中動相現在直説法第1人称単数。中動相として「希望を持つ、希望に縋る」。名詞形「希望」は ἡ ἐλπίς (属格:ἐλπίδος, 対格:ἐλπίδα)。このギリシア語に因んだ社名を有する DRAM 製造会社 (エルピーダメモリ) があるのは周知の通り。


    第225行
  • ὅς: 関係代名詞男性単数主格。

  • τις: 不定代名詞男性単数主格。"ὅστις" で「...する者は誰でも」の意。「疑問」と云うよりむしろ「譲歩」か。

  • τοῖα: 形容詞「こうした、そうした」(τοῖος) 中性複数対格。

  • πέλωρα: 形容詞「驚異的な、巨大な」(πέλωρος) 中性複数対格。"τοῖα πέλωρα" で副詞句を作る。

  • βιβᾷ: 動詞「大股で歩く」(βιβάω) 能動相現在直説法第3人称単数。

  • ποσὶ: 男性名詞「足」(πούς) 複数与格。

  • καρπαλίμοισιν: 形容詞「早い」(καρπάλιμος) 男性複数与格。



ゼウスの伝令としてのヘルメース (アポローンとヘルメースを前にしたゼウスの言葉)


330 φοῖβε, πόθεν ταύτην μενοεικέα ληίδ' ἐλαύνεις,
331 παῖδα νέον γεγαῶτα, φυὴν κήρυκος ἔχοντα;

330 フォイボスよ、全体何処からなら、その見事な獲物を狩り出せるのじゃ?
331 生まれたばかりの子供のくせに、布令役ばりの背丈をしておるのう。

フォイボスよ、どこからこのみごとな獲物を追い立ててきたのじゃ。
生まれたばかりの子供のくせに、使者の格好をしてとるな。
--[ホメーロスの諸神讃歌] 訳註:沓掛良彦 (1990年 東京 平凡社) pp.169-232 [ヘルメース讃歌 (讃歌第四番)] p.187

    第330行
  • φοῖβε: 形容詞「光り輝ける」(φοῖβος) 男性単数呼格。アポローンの通り名「フォイボス」
  • πόθεν: 疑問副詞「どこから」
  • ταύτην: 指示代名詞「その」(οὗτος) 女性単数対格。
  • μενοεικέα: 形容詞「満足すべき」(μενοεικής) 女性単数対格。
  • ληίδ': 女性名詞「獲物」(ληίς) 単数対格。ληίδα
  • ἐλαύνεις: 動詞「追い立てる」(ἐλαύνω) 能動相アオリスト接続法第2人称単数。アオリスト接続法と現在直説法とが同形だが、アポローンはヘルメースをゼウスの前に連れて来てしまっているので、「現在」ではなく「アオリスト」であると見なした方が順当。従って、接続法になり、ゼウスが戯れに訝しむ振りをしていると云うニュアンスが付く。これは、文脈にも合致する。
    第331行
  • παῖδα: 男性名詞 (παῖς) 単数対格。
  • νέον: 形容詞「若い、新しい」(νέος)。中性単数対格。副詞として用いられている。「新しく、最近」
  • γεγαῶτα: 動詞「生まれる」(γίγνομαι) 能動相現在完了分詞男性単数対格。
  • φυὴν: 女性名詞「成長、背丈」(φυή) 単数対格。
  • κήρυκος: 男性名詞「使者、伝令」。と云うより「布令役」か? (κῆρυξ) 単数属格。
  • ἔχοντα: 動詞「所有する」(ἔχω) 能動相現在分詞男性単数対格。


泥棒としてのヘルメス


336 παῖδά τιν' εὗρον τόνδε διαπρύσιον κεραϊστὴν
337 Κυλλήνης ἐν ὄρεσσι, πολὺν διὰ χῶρον ἀνύσσας,

336 あの紛れもない盗みを働いたのが子供だと分かったのは、
337 多くの地を経巡った後、キューレーネーの山中でのこと。

この子供ですが、こいつめは押しこみをはたらく盗人で、
わたしがあちこちを歩きまわった末に、キューレーネーの山の中で見つけたのです。
--[ホメーロスの諸神讃歌] 訳註:沓掛良彦 (1990年 東京 平凡社) pp.169-232 [ヘルメース讃歌 (讃歌第四番)] p.188

    第336行
  • παῖδά: 男性名詞 (παῖς) 単数対格。
  • τιν': 不定代名詞 (τις) 男性単数対格。τινᾰ
  • εὗρον 動詞「見つけ出す」(εὑρίσκω) 能動相アオリスト直説法第1人称単数。
  • τόνδε: 指示代名詞「この」(ὅδε) 男性単数対格。
  • διαπρύσιον: 形容詞「全くの、紛れもない(泥棒)」(διαπρύσιος) 男性単数対格。一般的には「突き抜ける」ぐらいの意味だが、κεραιστής に係る場合は「全くの、紛れもない」の意になる。
  • κεραϊστὴν: 男性名詞「泥棒、略奪者」(κεραιστής) 単数対格。
    第337行
  • Κυλλήνης: 女性名詞「キュレーネー」(Κυλλήνη) 単数属格。アルカディアの山。ἐν' を挟んで、ὄρεσσι に係る。なお、Κυλλήνιος はヘルメースの通り名。
  • ὄρεσσι: 中性名詞「山」(ὄρος) 複数与格。
  • πολὺν: 形容詞 (πολύς) 男性単数対格。δια を挟んで、χῶρον に係る。
  • χῶρον: 男性名詞「場所、土地」(χῶρος) 単数対格。
  • ἀνύσσας: 動詞「達成する、実行する、旅を終える」(ἀνύω) 能動相アオリスト分詞男性単数主格。


ヘルメースの詭弁


378 πείθεο: καὶ γὰρ ἐμεῖο πατὴρ φίλος εὔχεαι εἶναι,
379 ὡς οὐκ οἴκαδ' ἔλασσα βόας, ὣς ὄλβιος εἴην,
380 οὐδ' ὑπὲρ οὐδὸν ἔβην: τὸ δέ τ' ἀτρεκέως ἀγορεύω.

378 私に優しい父親でありたいと思っていらっしゃるなら、信じてくださいまし、
379 私が牛どもを、財産にしようと自分の家へと追い立てたことはありませぬ。
380 私は家の敷居を跨いだこともありませぬ。これは、本当の話なのでございます。

信じてください。[私の大事な父上だと称しておられるのですから。]
裕かになろうとて、牛を我が家へ追ってくるようなことはしていないし、
敷居から外に出てもいません。これは嘘偽りのないところを言っているのです。
--[ホメーロスの諸神讃歌] 訳註:沓掛良彦 (1990年 東京 平凡社) pp.169-232 [ヘルメース讃歌 (讃歌第四番)] p.190

    第378行
  • πείθεο: 動詞「説得する」(πείθω) 中動相現在命令法第2人称単数。中動相では「信じる」の意になる。
  • γὰρ: 小辞。「...であるなら」
  • ἐμεῖο: 代名詞。第1人称男性単数属格。ホメーロスにおける変異形。
  • πατὴρ: 男性名詞単数主格。
  • φίλος: 形容詞「魅力的な、愉快な、友好的な」(φίλος) 男性単数主格。名詞属格を伴って「(名詞属格)...にとって友好的な」の意。
  • εὔχεαι: 動詞「祈る、懇願する」(εὔχομαι) 中動相現在直説法第2人称単数。中動相なので自分自身に就いて願うことになる。
    第379行:ヘルメースの詭弁。実際、彼は、牛どもを「財産にしようと自分の家へと」ではなく、「燔祭にするためにピーエリアーの山あいへと」追い立てたのだった。
  • ὡς: 接続詞。名詞節を導く。前行の πείθεο に繋がる。
  • οἴκαδ': 副詞「自分の家まで」οἴκαδε
  • ἔλασσα: 動詞「(盗んだ家畜を)追い立てる」(ἐλαύνω) 能動相アオリスト直説法第1人称単数。
  • βόας: (男性/)女性名詞複数対格。
  • ὣς: 接続詞「...するために」。希求法とともに(先行する節は「過去」)。
  • ὄλβιος: 形容詞「(財貨に恵まれて)幸せな、祝福された」(ὄλβιος) 男性主格。
  • εἴην: 動詞 (εἰμί) 能動相現在希求法第1人称単数。
    第380行:ヘルメースの詭弁。家の敷居を「(歩いて)跨いだ」のではなく、「飛び越えた」のだ、と云うのが、ヘルメースの言い分だろう。
  • οὐδ': 接続詞「...もまたしない」οὐδε
  • οὐδὸν: 男性名詞「敷居」(οὐδός) 単数対格。
  • ἔβην: 動詞「歩く」(βαίνω) 能動相アオリスト直説法第3人称単数。ちなみに、第380行における表現は、"ὑπὲρ οὐδὸν ἔβην" であるのに対し、第23行では "οὐδὸν ὑπερβαίνων" であり、ὑπὲρ が前置詞になっているか、接頭辞になっているかぐらいの違いしかない。
  • ἀτρεκέως: 副詞「本当に」(ホメーロスで使われる)。 形容詞「本当の」ἀτρεκής から作られた副詞。動詞 ἀγορεύεινκαταλέξαι を伴う。
  • ἀγορεύω: 動詞「話す」(ἀγορεύω) 能動相現在直説法第1人称単数。


ゼウスがヘルメースの詭弁を嘉納する


389 Ζεὺς δὲ μέγ' ἐξεγέλασσεν ἰδὼν κακομηδέα παῖδα
390 εὖ καὶ ἐπισταμένως ἀρνεύμενον ἀμφὶ βόεσσιν.

389 ゼウス、大いに笑い給いき。詐欺師小僧が
390 牛のことを、言葉巧みに、しらきるを見そなわして。

この悪知恵に長けた子が、みごとにかつ言葉巧みに
牛の一件を否定するさまを見て、ゼウスは大声をあげて笑った。
--[ホメーロスの諸神讃歌] 訳註:沓掛良彦 (1990年 東京 平凡社) pp.169-232 [ヘルメース讃歌 (讃歌第四番)] p.191

    第389行
  • Ζεὺς: 男性名詞単数主格。
  • μέγ': 形容詞 (μέγας) 中性単数対格。副詞として用いられている。「大いに、非常に」μέγα
  • ἐξεγέλασσεν: 動詞「声を出して笑う」(ἐκγελάω) 能動相アオリスト直説法第3人称単数。
  • ἰδὼν: 動詞「見る」(εἶδον) 能動相アオリスト分詞男性単数主格
  • κακομηδέα: 形容詞「誤魔化し上手の、嘘つきの」(κακομηδής) 男性単数対格。
  • παῖδα: 男性名詞単数対格。
    第390行
  • εὖ: 副詞「よく、徹底的に、完全に」
  • ἐπισταμένως: 副詞「巧みに」
  • ἀρνεύμενον: 動詞「否定する」(ἀρνέομαι) deponentia 中動相現在分詞男性単数対格。
  • ἀμφὶ: 前置詞。与格支配の場合は「に就いて」
  • βόεσσιν: (男性/)女性名詞「牛」(βοῦς) 複数与格。

笛の音の工夫


511 αὐτὸς δ' αὖθ' ἑτέρης σοφίης ἐκμάσσατο τέχνην:
512 συρίγγων ἐνοπὴν ποιήσατο τηλόθ' ἀκουστήν.

511 次に、ヘルメースは、またもや智恵を働かせて工夫をなし
512 笛の音を遠くまで聞こえるようにしき。

さて、ヘルメース自身はまた別の技術を新たに工夫して、
遠くにまで音のよく通る葦の笛(シューリンクス)をこしられた。
--[ホメーロスの諸神讃歌] 訳註:沓掛良彦 (1990年 東京 平凡社) pp.169-232 [ヘルメース讃歌 (讃歌第四番)] p.198

    第511行
  • αὖθ': 副詞「再び、更に、次いで」(αὖτε)
  • ἑτέρης: 形容詞「もう一つの」(ἕτερος) 女性単数属格。
  • σοφίης: 女性名詞「智恵」(σοφία) 単数属格。
  • ἐκμάσσατο: 動詞「工夫した」(ἐκμάσσατο) アオリスト直説法第3人称単数。
    第512行
  • συρίγγων: 女性名詞「パイプ、笛」(σῦριγξ) 複数属格。
  • ἐνοπὴν: 女性名詞「声、音」単数対格。
  • ποιήσατο: 動詞「作る、にする」(ποιέω) アオリスト直説法第3人称単数。
  • τηλόθ': 副詞「遠くに、遠くから」(τηλόθι) 属格支配の場合は「遠くから」
  • ἀκουστήν: 形容詞「聞こえる」(ἀκουστής) 女性単数対格。笛 (σῡρίγγων) が複数であることに注意。笛と云う楽器 (単数) を発明したと云うより、笛一般 (複数) の音が遠くまで届くように改良したと云うように受けとれる。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年2月19日 (月)

サッポーの詩

平凡社ライブラリー [ギリシア詩文抄] (編訳:北嶋美雪)には、Sappho (Σαπφώ) の詩が7点収められている。その内の3点を紹介する。

アッティカ方言さえままならないのに、サッポーが使ったと云うレスボス方言....

たとえば、「月は入り」 では、月が σελήνη ではなく σελάννα と表記されている。ただ、これはレスボス方言と云うより、ヤヤ広くアイオリス方言というべきものらしい(高津春繁 [ギリシア語文法] 1960年 岩波書店 p.13 [Aiolis 方言の特徴] 2 参照)。もっとも、私が調べられる範囲内で、アイオリス方言から就中レスボス方言を区別してラベルを付けるレファレンスはないようなので、以下「アイオリス方言」と呼ぶことにする。

アイオリス方言の読解は、私の能力を超えるが、自分自身のために簡単な心覚えのようなものは書いておいた。まぁ、「自分自身のための心覚え」と云うなら、この web log の全ての記事がそうなのだが...

訳文は、僭越ながら幾つかの箇所で歴史仮名遣風に改めた。好みの問題だと思って笑殺されたい。(残念ながら、今回呉茂一の [花冠] を読み合わせることが出来なかった。機会と必要があれば、改めて本稿を考え直したい):

断片52(Bergk)

月は入り
昴も落ちて
夜はいまや 丑三つどき
時は刻み 過ぎゆくも
われはただ 独りし眠る


Δέδυκε μὲν ἀ σελάννα
καὶ Πληΐαδες, μέσαι δέ
νύκτες, πάρα δ' ἔρχετ' ὤρα,
ἔγω δὲ μόνα κατεύδω.
--Sappho frs. 51-67 in Wharton (Bergk numbering)

上述の如く、第1行の "σελάννα" は "σελήνη" のアイオリス方言。
第2行: "μέσαι" は "μέσος" の詩形? "μέσος" は [中央の]、[ 中間の] の意、英語の "middle" や、(英語化している)ラテン語の "medium," "media" と同根。
第3行: "νύκτες" は "νύξ" (夜) の複数形。夜を幾つかに区切った区分(初更、次更...等)を表わす。
語順等を私になりに変えるなら:
  月は入り
  昴も落ちて 深更にこそ
  夜はなりたれ 時は更に過ぎゆき
  我はただ独りかも寝む

断片94(Bergk)

山峡(やまかひ)に 羊飼ひらの足に踏まるとも
なお土くれに 紫と咲く ヒヤシンスの花のごとくに


Οἴαν τὰν υάκινθον ἐν οὔρεσι ποίμενες ἄνδρες
πόσσι καταστείβοισι, χάμαι δ' ἐπιπορφύρει ἄνθος.
--Sappho frs. 82 to 95 in Wharton (Bergk numbering)

第2行: "δ' ἐπιπορφύρει" をどう解釈するかで、詩の雰囲気が随分変わる。北嶋訳は、「なお(土くれに) 紫と咲く」と解釈した例。他方、英訳には「萎れて色が変わる」と云うような意味にしてある例もある。

断片95(Bergk)

夕星(ゆふづつ)よ 光をもたらす暁が 散らせしものを そなたはみなつれ戻す
羊をかへし 山羊をかへし 母のもとに子をつれかへす


Ἔσπερε, πάντα φέρων, ὄσα φαίνολις ἔσκέδας' αὔως,
φέρεις οἶν, φέρες αἶγα, φέρεις ἄπυ ματέρι παῖδα.
--Sappho frs. 82 to 95 in Wharton (Bergk numbering)

第1行: "Ἔσπερε" は、ここでは 「宵の明星」(呼格) と解釈されているが、単に「夕方」を指すと云う解釈も可能。
第1行: "αὔως" は "ἠώς" のアイオリス方言。[暁] 又は [暁の神]。
第2行: "οἶν" (羊)、 "αἶγα" (山羊)、"παῖδα" (子供)、いづれも単数対格。

なお、この最後の詩には、上田敏 による翻訳が存在する。

夕づつの淸光を歌ひて

汝は晨朝(あした)の蒔き散らしたるものをあつむ。
羊を集め、山羊を集め、
母の懷に稚兒を歸す。
--[上田敏全訳詩集] p.136 (岩波文庫31-034-1) 1962年 東京。岩波書店

ちなみに、次の上田敏訳「サッフォ」も魅力的だ。

忘れたるにはあらねども

たかき樹の枝にかかり、
梢にかかり
果實(このみ)とるひとが忘れてゆきたる、
いな、
忘れたるにはあらねども、
えがたくて、
のこしたる紅き林檎の果(み)のやうに。
--[上田敏全訳詩集] p.137 (岩波文庫31-034-1) 1962年 東京。岩波書店

断片93(Bergk)


Οἶον τὸ γλυκύμαλον ἐρεύθεται ἄκρῳ ἐπ' ὔσδῳ
ἄκρον ἐπ' ἀκροτάτῳ· λελάθοντο δὲ μαλοδρόπηες,
οὐ μὰν ἐκλελάθοντ', ἀλλ' οὐκ ἐδύναντ' ἐπίκεσθαι.
--Sappho frs. 82 to 95 in Wharton (Bergk numbering)

第1行: "γλυκύμαλον" はアイオリス方言。「甘い果実」の意。
第1行: "ὔσδῳ" もアイオリス方言らしい。「枝」の意。アッティカ方言では "ὄζος"
第2行: "ἄκρον ἐπ' ἀκροτάτῳ·" は畳語による強調表現。「先端部の先端」とか「頭の天辺」とかぐらいの意味。
第2行: "λελάθοντο" は "λανθάνω" (気付かずにいる) の詩語形第2アオリスト直説法中動相三人称複数。
第2行: "μαλοδρόπηες" は "μηλοδροπεύς" 「果実を摘み取る者」詩語複数形。(Bailey)
第3行: "οὐ μὰν" は、強調された否定。
第3行: "ἐπίκεσθαι" は "ἐφικνέομαι" (届く) の第2アオリスト未完了過去。イオーニア方言らしい。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2006年10月24日 (火)

メモ: 料理用語としてのイタリア語 "saltare" とフランス語 "sauter"(ついでにラテン語の諺2つ)

イタリア語の動詞 "saltare" の料理用語としての語義は、[小学館伊和中辞典] (1983年 東京 小学館。編者:池田 廉 他) に載っている。

フライパンでひっくり返しながら焼く,ソテーにする.

これで良いのだが、しかし、"saltare" はパスタ料理のレシピでも使われる言葉で、その場合の語義は、少し補足した方が解かりやすくなる。

このことは、define:saltare で Google 検索してみると、分かる。その結果は次の通り:

日本語 による saltare の定義は見つかりませんでした。
Web 上での イタリア語 による saltare の定義:

1) Per carni: cottura per rosolatura in padella;
2) Per paste alimentari: mettere la pasta in padella con la salsa e, con un particolare movimento della mano, rimuoverla affinchè assorba meglio il sugo;
3) Per verdure: procedere come sopra, saltando le verdure con burro o con un altro grasso.
www.whynat.it/terminologia/terminologia.php
1)肉に就いては: フライパンでキツネ色になるよう焼く料理法
2)パスタに就いては: パスタをソースと共にフライパンに入れ、ソースが吸収されやすいよう、独特な手の動きを使ってパスタを何度も動かすこと。
3)野菜に就いては: バターその他の油脂と共に野菜が跳ね上がるようにして、上記と同様な措置をすること。

Cuocere in padella o tegame basso, con un procedimento veloce ea calore vivo, pezzi di carne, con l'aiuto di materie grasse quali olio, burro o strutto.
www.lavinium.com/enciclopedia/enciclos.htm
フライパン又は浅鍋で、油・バター・ラード等の油脂を使って、肉の細片を強火で手早く調理すること。

"assorbire" ("assorba" は接続法現在形)だから「ソースが吸収され」と訳しておいたが、日本語のレシピとしては「ソースが絡み」とした方が良いかもしれない。


余談だが、フランス語での対応語 "sauter" に就いても、少し書いておく。

イタリア語 "saltare" もフランス語 "sauter" も、ともに「踊る」を意味するラテン語 "saltare" (不定法) に由来する訳だが、define:sauter でGoogle 検索して得られた結果から関係がありそうなところを引用すると:

日本語 による sauter の定義は見つかりませんでした。
Web 上での フランス語 による sauter の定義:

Cuire à découvert, sur un feu assez vif (l'ustensile approprié étant la sauteuse).
www.marmiton.org/recettes/lexique.cfm
素材をそのまま、十分な強火で加熱すること(適切な調理用具はソテー用浅鍋)。

cuire à feu moyen à vif dans une poêle à frire en remuant constamment.
www.lifescaneurope.com/befr/diabetique/recettes/terminologie/
フライパン内で、中火又は強火を使って常に動かしながら加熱すること。

Cuire à feu vif, sans mouiller et sans couvrir, dans des corps gras.
perso.wanadoo.fr/cuisinez/acceuil_termes.htm
水・スープ・ワイン等の液体を加えたり、蓋をしたりせずに、強火で脂肪と共に加熱すること。

Action de cuire de petites pièces de viandes, des poissons, des légumes, des oeufs..... dans très peu de corps gras chaud.
www.restocours.net/Anecdotes/glossaire%20technique1.htm
小さく切った肉・魚・野菜・卵を、極少量の熱い脂肪と共に加熱すること。

cuire dans une sauteuse avec un corps gras.
membres.lycos.fr/tambouilles/lexiq.htm
ソテー用浅鍋の中で脂肪と共に加熱すること。

faire rissoler un aliment dans un peu de gras, à feu vif.
www.cafa-rcat.on.ca/psa/glossaire.html
強火を使って、少量の脂肪で食品に焼き色を付けること。

Faire dorer dans une matière grasse des aliments.
www.cuisine-martine.com/technique/lexique-q-r-s.html
食品を脂肪と共にこんがりと焼くこと。

Cuire à feu vif des aliments dans la graisse chaude en agitant la casserole. Cuire dans une poêle avec peu de corps gras.
www.artculinaire.ch/voc/index.php4
強火を使って、シチュー鍋を揺すりながら、食品を熱い脂肪と共に加熱すること。フライパンの中で少量の脂肪と共に加熱すること。

Cuire un mets à feu vif avec une matière grasse, en le faisant sauter de temps à autre pour l'empêcher d'adhérer au récipient.
membres.lycos.fr/javelle9/glossaire.html
容器に貼りついてしまわないように食品を時々跳ね上げさせながら、強火を使って脂肪と共に加熱すること。

Faire cuire à feu vif avec un corps gras.
脂肪と共に強火で加熱すること。

当然かもしれないが、パスタに就いての特別なニュアンスが付いた語義は見られない。

なお、「ソテー」の語源として「フライパンで炒めると油が跳ね上がることから言われるようになった」と云う説があるらしいが(「語源由来辞典」)、上記の語釈を見るかぎり、首を傾げざるを得ない。素材を鍋の中で「躍らせる」ことを示していると解釈した方が素直だろう。Wiktionarysauté の項も参照のこと。


脱線ついでに、ラテン語 "saltare" が使われている例を2つ、引用しておく(両者ともオリジナルはギリシャ語だが、おそらくラテン語の表現の方が良く知られているだろう)。ともに、有名な正に「引用句」である。

まづ、「跳ぶ」として使われている例:

Hic Rhodos, hic salta 「ここがロードス島だ。ここで跳べ。」(イソップ)
αυτου γαρ και Ροδος και πηδημα

ネットを調べると分かることだが、"Rhodos" は "Rhodus" とも表記されることがある(他に "Rhodes" と表記されることがあるが、これは現代語なので、問題が別になる)。また、"salta" に就いては "saltus" と表記されている例もある。ただ、この話をしだすと、Desiderius Erasmus, G.W. Friedrich Hegel, Karl Marx と云った面面のラテン語やギリシャ語のリテラシの話をしなければならなく可能性が高い。鬱陶しそうなので、それなりの必要性にせまられるまで手を着ける気はない。

次は、「踊る」:

cecinimus vobis et non saltastis 「われら汝等のために笛吹きたれど汝ら踊らず」(マタイ 11-17)
ηυλησαμεν υμιν και ουκ ωρχησασθε

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年6月 4日 (土)

丸谷才一「新々百人一首(下)」(新潮文庫)

「新々百人一首(下)」(新潮文庫 ISBN4-10-116910-1) のブックマーク。

73・91 永福門院(えいふくもんいん)
うれしとも一かたにやはながめらるる待つ夜にむかふ夕ぐれの空

76・40 和泉式部(いづみしきぶ)
黒髪のみだれもしらず打伏せばまづかきやりし人ぞ恋しき

78・72 式子内親王(のりこないしんのう)
わが恋は知る人もなしせく床の泪もらすなつげの小枕

80・34 藤原公任(ふぢはらのきんたふ)
おぼつかなうるまの島の人なれやわが言の葉を知らぬ顔なる

84・67 祇寿(ぎず)
難波江の春のなごりにたへぬかなあかぬ別れはいつもせしかど

85・50 源俊頼(みなもとのとしより)
あさましやこは何事のさまぞとよ恋せよとても生れざりけり

97・2 天智天皇(てんぢてんのう)
朝倉や木の丸殿(まろどの)にわがをれば名のりをしつつゆくはたが子ぞ

なお、ニ連の番号の始めは、書中の順番、後ろのほうは、時代順の番号。

「恋」の部中、第七十六首から第七十八首までの三首は、和泉式部、小野小町、式子内親王と続いて、「強打者を並べてみました」と云うおもむきで、厭味ですらある(ちなみに、第七十五首は清少納言であり、第七十九首は伊勢である)が、私としては、永福門院の歌に一番心打たれた。また「女が男を待つ」と云うテーマの「民謡」(「読人しらず」)の実作者の多くが男性だったらしいと云う指摘に注意。

和泉式部は、恋の歌の不動の四番打者とでも言うべきか。丸谷才一は、一首に対する寺田透の解釈を引用して、それに「ことごとく賛成した上で、なほ一つのことを言ひ添へておきたい」と云う形で重大な読み替えを提案している。片口を聞いただけの裁断になってしまうが、丸谷の読みは正鵠を失してはおるまい。

式子内親王の歌に関連して、枕が世界的に呪物であったことの例証としてエゼキエル書を引用したのは、勇み足に近かったろう。丸谷才一が依っているのは、いわゆる文語訳聖書「主ヱホバかくいいたまふ吾手(わがて)の節々の上に小枕を縫つけ諸(もろもろ)の大きさの頭に帽子(かぶりもの)を造り蒙(かぶら)せて霊魂(たましひ)を猟(から)んとするものは禍(わざはひ)なるかな・・・我汝等が用ひて霊魂(たましひ)を猟(かる)ところの小枕を奪ひ霊魂を飛さらしめん我なんぢらの臂(ひぢ)より小枕を裂(さき)とりて汝らが猟(かる)ところの霊魂(たましひ)を釈(はな)ち其(その)霊魂(たましひ)を飛さらしむべし」(エゼキエル第13章第18節及び第20節)だが、これは例えば、新共同訳では「主なる神はこう言われる。災いだ、人々の魂を捕らえようとして、どの手首にも呪術のひもを縫い付け、どんな大きさの頭にも合わせて呪術の頭巾を作る女たちよ。・・・わたしは、お前たちが、人々の魂を鳥を捕らえるように捕らえるために、使っている呪術のひもに立ち向かい、それをお前たちの腕から引きちぎり、お前たちが鳥を捕らえるように捕らえた魂を解き放つ。」

つまり「小枕」ではなく「呪術のひも」になっている。ざっと調べてみると、「七十人訳」や Vulgata, King James Version, そしてルター訳(1545年)では、それぞれ προσκεφαλαια, pulvillos, pillows, Kissen と、確かに「枕」を思わせる言葉が使われているが、日本語の旧口語訳(1955年)の時点で既に「占いひも」になっている。この変化の理由は、私のような浅学なものには不明であるし(マソラ本文の、あるいは כּסתות あたりの解釈の変更か)、また新しい訳の方が正しいとは限らないから、断定的なことは言わないが、それでも、問題のコンテキストでエゼキエルを引用するなら、議論の組み立てを一層周到にすべきだったろう。

藤原公任の一首中「うるまの島」とは鬱陵島のこと。

祇寿は「遊女」。「都で山ばかり見てゐる王朝貴族は、淀川を下つて難波の海を見ることを好んだ。」「ここで逸してならないのは、風光の楽しみのほかに江口、神崎の娼女があったといふ事情である。」「祇寿はおそらく江口か神崎の妓で、難波に同行したのだろう。」「王朝の風俗においては貴顕が遊女を召すことは卑しまれなかったし、母が遊女、白拍子、舞女である公卿も多かつた。」

源俊頼の歌も皮肉な味わいで良いのだが、それよりも、勅撰和歌集の恋の部の掉尾を飾ると云うことで(一首は「金葉和歌集」。ただし、「金葉」は三度奏上されて、ようやく白川院が嘉納。この「三奏本」が「勅撰」の地位を占めたわけだが、恋の部の最後と云うのは、流布した所謂「二度本」でのこと。まぁ、「二度本」にも異本はあるらしいのだが)参考引用されている、古今和歌集の「流れては妹背の山のなかに落つる吉野の川のよしや世の中(読人しらず)」や後拾遺和歌集の「しら露も夢もこの世もまぼろしもたとへていはば久しかりけり(和泉式部)」の方が印象に残った。

伝天智御製の解釈で、丸谷才一は、「名のりをしつつゆく」のは、ホトトギスなどの鳥であると主張している。この議論は十分説得力がある。ちなみに、議論に「さ夜ふかみ山時鳥なのりして木のまろ殿を今ぞすぐなる(藤原公行)」を援用していないのは、やや不思議。

| | コメント (0) | トラックバック (2)

2004年10月 2日 (土)

原子番号 5 硼素 は Pentium

国際純正・応用化学連合(International Union of Pure and Applied Chemistry), IUPACが提案している、組織的元素命名法と云うものがあります

それは、ギリシャ語やラテン語の数詞に由来する語要素

0: nil, 1: un, 2: bi,
3: tri, 4: quad, 5: pent,
6: hex, 7: sept, 8: oct,
9: enn.

を、元素の原子番号を構成する数字通りに張り合わせた上、語尾として -ium を付けると云う、簡明と言えば簡明、乱暴と言えば乱暴な方法です(例外: 1. bi 又は tri の後に ium が続く場合、重なってしまう ii を i 一つにする。 2. enn の後に nil が続く場合、三つ重なってしまう nnn を、二つ nn にする)。

だから、原子番号 111 の元素は、Unununium, 原子番号 224 の元素は、Bibiquadium, 原子番号 900 の元素は、Ennilnilium となる訣です。

この命名法は、命名権論争が起こりうる(原子番号 110 以上の)新元素を念頭に置いたものですが、「組織的」である故に、既に名称が確定している元素にも適用可能です。

でもって、原子番号 5 (まさに、「第五元素」)の [硼素] (B) は、この命名法では何と呼ぶことになるかと云うと、Pentium.

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2004年9月30日 (木)

Pentium と錬金術

以前から、Pentium の語源に錬金術的契機があるのか気になっていたのですが、ネット内 google 検索してもそれらしいことは書かれていませんね。

と、こう書けば、この話は終わりなんですが、それでは無愛想過ぎるので、ヤヤ詳しく書いておきましょう。

では、そもそも、Pentium の語源は、一般にどう説明されているのか、と云うと:

Pentium - Microprocessor from Intel
The fifth microprocessor in the 80x86 series. It would have been called i586 or 80586, but Intel decided to name it Pentium (penta = five) after it lost a trademark infringement lawsuit against AMD. (The judgment was that numbers like "286," "386," and "486" could not be trademarked.) According to Intel, Pentium conveys a meaning of strength "like titanium".
--List of computer term etymologies

Pentium - Intel のマイクロプロセッサ
五番目の 80x86 シリーズ・マイクロプロセッサ。本来 i566 又は 80586 と呼ばれるべきものであったが、Intel が AMD との商標侵害訴訟に敗れた後(判決では、「286」、「386」及び「486」などの数字は商標たりえないとされた)、Intel が Pentium (penta とは「5」の意味)と名づけることに決めた。Intel によれば、Pentium には、「チタン(titanium)」におけるのと同様に強さの意味が込められている。

肝腎の最後のセンテンス、何を言いたいんだか判らない。

Intel のサイトを覗いてみても、「Intel によれば」と云う箇所の裏づけになりそうなことは見つけられなかったけれども、Intel が、それに類するような事を言ったとして話を進めると・・・

Pentium と titanium との共通部分である接尾辞 -ium に関連するのだろうと推測は出来るのですが、だからこそ何を言いたいんだか判らないんです。

チタンと云う金属は確かに、「鉄よりも軽く、強く、そして錆びない」。しかし、同じ接尾辞を持つ金属アルミ(aluminium)だって、鉄より「軽く、そして錆びない」(正確には、錆び、つまり酸化、が内部に進行しないってことなんだろう。でも、これはチタンだって同じことなんじゃないかな)けれど、とても「強い」とは言えないのは、一円硬貨やビールの空き缶の事を考えればそれで十分でしょう。(helium のことは、発見の経緯が例外的だから此処では論じない。)

ここは素直に -ium は、Pentium と云う名称に、[元素な雰囲気] を出すために付けられたと理解すべきでしょう。実際、そう説明している例もある。

Names in the 1990s also need broad consumer appeal. In the 1970s, says Lexicon's Placek, Intel was far from creating a branded microprocessor. By 1993, when Lexicon created the name Pentium as a term to evoke a fifth-generation (pente) chip with resonance as an element (like titanium), Intel leveraged it into a big brand name.
--Name-o-rama: How do they come up with names like Pentium and AirTouch? (By Alex Frankel)

1990年代にあっては、名称も、消費者への広範な訴求力を持たねばならない。Lexicon Branding 社の社長 David Placek によれば、1970年代、Intel 社は、マイクロプロセッサをブランド化することが全く出来なかった。1993年に至って、Lexicon Branding 社が、第五世代(pente)チップに(チタンのような)元素の響きを持たせて登場させるために、Pentium と云う名称を作り出すと、Intel 社は、それを巨大なブランド名に育て上げた。

[[ゑびすや謂う。動詞 'leverage' の用法に注意。文脈上、このくらいの意味だろうと思われる訳を付けておく。ただし、一応裏付けはある。ネット上で使われる jargons を集めた netlingo を参照。]]

と云う訣で、Lexicon Branding のサイトにも行ってみましたが、Pentium の由来に就いて、ここでも分りませんでした(余談: この会社、Apple の PowerBook の名づけ親でもあるらしい)。

ついでに書いておくと、上記 'Name-o-rama' には、Lexicon Branding とは別の手法で商品名・企業名を作り出している会社 NameLab Inc に就いても触れられていて、その対比が面白かった。米国本田の "Acura" や、コンピュータ・メーカー "Compaq" (Hewlett-Packard と合併して、会社が無くなってしまったけれど)が、その「製品」。

ちなみに、Intel では、当初、「第五世代チップ」の新名称を社内公募したらしい。「賞品」は「お二人様、ハワイ旅行にご招待」。でも結局、どれにしたらよいか決められず、Lexicon Branding と NameLab との二社に、応募の審査ともども、別途新名称の提案を発注したとのこと。結局、Lexicon Branding の案が選ばれたのですが、それでも、正解に一番近かった(って、どう云うことだ?)二名は、ハワイ旅行に行けたそうです。そんな事が書いてあるのが、Pentium Name Story

脱線ばかりして申し訳ない。

で、まぁ、もし Pentium の -ium に元素を含意があるとすると、どうなるのかと云うと・・・

その成り立ちからして、"Pentium" には、「五番目の元素」と云う「自然な」意味が発生する。或いは、むしろ、「第五元素」と言うべきか。

ここで、漸く話が錬金術に繋がる訣です。

「第五元素」に就いて説明するのは、煩わしい。と云うか、私は知らない。所謂「四大(地・水・火・風)」の次の、というか、「四大」を超越する五番目の元素。卑金属(特に鉛)を、貴金属(特に金)に変える魔法の [触媒]。人の霊性を高め、不老不死にする「賢者の石」。と、一知半解を並べ立てたところで、捕らえ所がない。泥縄式にネットを漁ってみましたが、少なくとも、日本語の錬金術関連サイトの殆どは、まともに読む気が起こるような内容ではなかった。

それに、いま問題になっているのは、「錬金術」そのものではなくて、現代のアメリカ合衆国社会に落ちている「錬金術」の歴史的な影なんですね。

そのものずばりのタイトルを有する映画 "The Fifth Element (1997)" (邦題も「フィフス・エレメント (これも 1997年公開)」)に於いて、第五元素の具現と云うことになっている Milla Jovovich (as Leeloo) が、

Me fifth element - supreme being. Me protect you.

と言っていました(正確に言うと、TV で聞いたウロ覚えを、今回ネット上で確認した)が、まぁ、そう云う受けとられ方をしているのでしょう。("The Fifth Element" と云う映画タイトルが Pentium に示唆されている可能性も排除できないけれど。)

だから、商品名に纏わせるには、丁度良いオーラだと思ったんですが、結局、Pentium と錬金術との関係は確かめられませんでした。


これまた余談になりますが(初等的な知識を振り回すようで気恥づかしいけれど)、ギリシャ語の πεντε は基数詞、つまり、物が幾つあるかを指定する言葉なんですね。例: 複合語ですが、角が五つある図形、つまり「五角形」は、πενταγωνον となる。

これに対して、何番目に当たるかを示す序数詞では、形は変わって、例えば「五番目の」は πεμπτος と、すこし形が異なる。

なんでこんなことをワザワザ注意したかというと、「第五元素」或いは「第五実体」は、ラテン語では quinta essentia ギリシャ語では、πεμπτε ουσια と、共に序数詞を使っているのです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)