カテゴリー「どうでもいいこと」の75件の記事

2009年11月11日 (水)

アルタイルの韓国語表記

今朝ほど (2009/11/11 04:25:45)、キーフレーズ [アルタイル 韓国語表記] でこのサイトを訪問された方がいらしたようだ。

「アルタイル/Altair」、つまり、「わし座/Aquila」の主星 (所謂「牽牛星」) の韓国語表記をお探しであるのかもしれない。

そう云うことなら、まぁ「견우성」ぐらいで良いのだろう。「견」・「우」・「성」のそれぞれが「牽」・「牛」・「星」に当たっている筈。読みは「キョンヌソン」ぐらいかな。

「星」を落として「견우」とだけ書くことも多いようだ。

因みに、連れ合いの「織女星」の方は、「직녀성」(チンニョソン)。これも「직녀」と云う言い方がある。

だから、所謂七夕伝説は「견우직녀」となる。

と、ここまで書いてきて、お探しになっているのが「牽牛」の対応語ではなくて、「アルタイル」の「音訳」である可能性があることに気が付いた。

そこで、ネットを検索してみたところ [シリスの物語 : 空と夢] と云う韓国語サイトがヒットしたのだが、その中の [견우성 (알타이르:Altair) 과 직녀성 (베가:Vega)] と云うページのタイトルが、そのまま示すように、「アルタイル」の韓国語音訳は「알타이르」(「ベガ/Vega」は「베가」) になる。

更に、改めて [알타이르] で検索してみたら、韓国語版ウィキペディアの項目に立っていたことが判明。つまり日本語版ウィキペディアの [アルタイル] の記事から、対応韓国語版ウィキペディアのページに飛べば、そのまま [알타이르] に辿りつけたのだ。勿論、[베가] のページもある。

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2009年10月23日 (金)

メモ:河出文庫版 [お楽しみはこれもなのじゃ] (著:みなもと太郎) 所引の「満州国国歌」

漫画家みなもと太郎に [お楽しみはこれもなのじゃ--漫画の名セリフ] と云う傑作がある。これは、映画評論画文集として著名な、そしてやはり傑作である和田誠の [お楽しみはこれからだ--映画の名セリフ] の鮮やかなパスティーシュである一方で漫画の評論としても十分に成立していると云う、アッパレとでも言うしかない放れ業なのだが、ここで、その内容を論ずる余裕はない (ただ、一言当てずっぽうを言っておくと、[お楽しみはこれもなのじゃ] の成功には、日本の漫画には映画評論と同じ手法による批評を受け入れる素地があることが関係しているのだろう)。

ここで書き止めておくのは、[お楽しみはこれもなのじゃ] 中、「上田とし子 [フイチンさん]」からの引用である次の一節とその脚註とへの注意である:

「レンミン三チェンワン♪ レンミン三チェンワン♬ ういーぷ」
 なんのことかわからないのも道理で、これは中国語の歌なのであります*

*読者の手紙によって、これは旧満州国国歌らしいことが判明した。「人民三億人」の字をあてるとか……。(み)
--河出文庫版 [お楽しみはこれもなのじゃ] (1997年4月。東京。河出書房。ISBN4-309-47325-3) p.331
ここで「(み)」とあるのは、「みなもと太郎」の略。

「レンミン」は勿論「人民」でよい ([人民日報] は、ピンインでは "Renmin Ribao" と表記される) が、「三チェンワン」は「三億人」にはならないだろう。ここはごく自然に「三千万」と解釈すべきだ。因みに、「チェン」の方は兎も角も、「万(萬)」を、中国語で「ワン」と読むことは、麻雀牌の中に「萬」の字を印したものを「ワンズ」と呼ぶことがあるから、知っている人も多いだろう。

それに、1930年代から1940年代にかけて、中国東北部の人口が「三億人」であったとは到底思えないから、その点からも「人民三億人」は本当らしくない。

そう思って、ネットを検索してみたら、簡単にウィキペディアの [満州国の国歌] と云う記事を見つけた。それによると、「満洲国の国歌は、国務院佈告として正式に制定された二曲があり、その前にも国歌の為に製作された一曲がある」そうだが、「正式に制定された二曲」のうちの一曲め (国務院佈告第4号により1933年2月24日制定) に「人民三千萬人民三千萬」と云うくだりがあるのだ。この「国歌」(作詞:鄭孝胥。作曲:高津敏・園山民平・村岡楽童) は、「軽快な旋律が中国的な印象を与え、日本語の歌詞がないにもかかわらず、日本人に親しまれた」由。

ついでに、検索していて見かけた記載中から、上記に関連する次項を補足すると、ウィキペディアの [満州国] によれば「1934年の初めの満洲国の人口は3088万人、1世帯あたりの平均人数は6.1人、男女比は122:100と推定されていた」とのこと。また、YouTube に音源「満州国国歌」がある。

なお、[お楽しみはこれもなのじゃ] には、私が持っている河出文庫版の他に、立風書房版 (1991年) と角川書店版 (2004年) があるらしいが、私は未見。

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2009年10月13日 (火)

メモ:泡坂妻夫「宝引の辰 捕者帳/幽霊太夫」所引の「小唄」

文春文庫版 [宝引の辰 捕者帳 「凧をみる武士」] (泡坂妻夫著。1999年8月。東京都。文藝春秋。) 所収の [幽霊太夫] 中に次のような一節がある:

どこからともなく聞こえてくる三味線は小唄で、
君がこぬとて枕をなげそ  なげる枕にとがもなや
--文春文庫 [凧をみる武士] p.82

「小唄」は、[捕者帳] と云う時代設定からいうと「端唄」の方が馴染みそうだが、これは細かい詮議だてをしても始まらない。

それよりも、問題は「枕をなげそ」のほうだ。「枕をなげそ」では日本語にならない。これは「枕をななげそ(枕をな投げそ)」とするか、七音にするために格助詞の [を] を取り去って「枕ななげそ(枕な投げそ)」とすべきところだ。

副詞の「な」と終助詞の「そ」とで動詞を挟んで穏和な禁止表現とするのは、日本語古典文法を幾らか学んだ者なら、誰でも知っているだろうから、これ以上くだくだしい説明はしない。

文春文庫版のオリジナルは日本放送出版協会が1995年5月に発行したものらしい。こちらの方は、私は未見である。

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2009年10月12日 (月)

アメリカ合衆国市警察のロゴ

先程 (2009/10/12 01:10:40)、キーフレーズ [合衆国市警察ロゴ] で画像検索 (google) されていて、このサイトを訪問された方がいらしたようだ。

若干興味が引かれて、キーフレーズ ["united states" police department logo city] で google 検索すると、その結果のトップが [Best Brands of the World] と云うサイトの [City of Philadelphia Police Department logo] と云うページだったんだが、これは「ジョーク」作品だろうな。記章の中のモットーが "COFFEE", "DONUTS, "CORRUPTION" (「コーヒー」、「ドーナッツ」、「腐敗」)と、当て擦りめいた文言になっているのだ。

ここは、地道に、英文版ウィキペディアのカテゴリページ [Category:Municipal police departments of the United States] をベースにして、アメリカ合衆国地方自治体警察の各記事をブラウズし、そこに「ロゴ」が掲載されているかチェックした方が確度が高いような気がする。

因みに、英文版ウィキペディアのフィラデルフィア市警察の記事 ([Philadelphia Police Department (Pennsylvania)]) によるなら、その記章に書かれているモットーは "HONOR", "SERVICE", "INTEGRITY" (「道義」、「奉仕」、「廉潔」と謂ったところか)。

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2009年9月30日 (水)

メモ:パーテル・ノステル (pater noster)

["pax vobiscum" と「フォースのともにあらんことを」、そして「神ともにいまして」] (2009年9月26日[土]) の最後のほうで、「願わくば」よりも「願わくは」(歴史仮名遣いでは「願はくは」) の方が、古典語としては正しいと云うことを書いたが、恐らく、現代日本人が聞き知っている可能性が一番多い用例は、文語聖書における「主の祈り」(pater noster) だろう。

イエスが「汝らは斯く祈れ」(マタイ傅6:9) と指定していると云う意味で、キリスト教において最も重要な祈祷文である。

天にいます我らの父よ、
願(ねがは)くは、御名(みな)の崇(あが)められん事を。
御國の來らんことを。
御意(みこころ)の天のごとく、地にも行はれん事を。
我らの日用の糧を今日もあたへ給へ。
我らに負債(おひめ)ある者を我らの免(ゆる)したる如く、我らの負債をも免し給へ。
我らを嘗試(こころみ)に遇(あは)せず、
惡より救ひ出(いだ)したまへ。
--マタイ傅6:9-6:13
[ルカ]にも平行記述が存在する。
父よ、願(ねがは)くは御名(みな)の崇(あが)められん事を。
御國の來らんことを。
我らの日用の糧を日毎(ひごと)に與へ給へ。
我らに負債(おひめ)ある凡(すべ)ての者を我ら免せば、我らの罪をも免し給へ。
我らを嘗試(こころみ)にあはせ給ふな。
--ルカ傅11:2-11:4

もっとも、私などは、子どものころ、出だしを「天にまします我らの父よ」と覚えたのだが、これはこれで、そのように訳している会派もあるるらしい (「くろはたホームページ:主の祈り」及び「主の祈り - Wikisource」を参照。その他、「主の祈り」の変異例に就いては「クリスチャン・ネット:主の祈り」も参考)。

"Pater Noster" はラテン語で「我らの父よ」("pater" は呼格で「父よ」。"noster" は複数第1人称所有代名詞男性形「我らの」)で、「主の祈り」が、こう呼ばれるのは、そのラテン語版が、この言葉で始まることによる。

そう云う訣で "Pater Noster" が Vulgata ではどうなっているかと云うと:

Pater noster qui in caelis es
sanctificetur nomen tuum
veniat regnum tuum
fiat voluntas tua sicut in caelo et in terra
panem nostrum supersubstantialem da nobis hodie
et dimitte nobis debita nostra sicut et nos dimisimus debitoribus nostris
et ne inducas nos in temptationem
sed libera nos a malo
--SECUNDUM MATTHEUM6:9-6:13
Pater sanctificetur nomen tuum
adveniat regnum tuum
panem nostrum cotidianum da nobis cotidie
et dimitte nobis peccata nostra siquidem et ipsi dimittimus omni debenti nobis
et ne nos inducas in temptationem
--SECUNDUM LUCAM11:2-11:4
新約聖書だからギリシャ語テキストも引用しておこう:
Πάτερ ἡμῶν ὁ ἐν τοῖς οὐρανοῖς·
ἁγιασθήτω τὸ ὄνομά σου·
ἐλθέτω ἡ βασιλεία σου·
γενηθήτω τὸ θέλημά σου, ὡς ἐν οὐρανῷ, καὶ ἐπὶ τῆς γῆς·
τὸν ἄρτον ἡμῶν τὸν ἐπιούσιον δὸς ἡμῖν σήμερον·
καὶ ἄφες ἡμῖν τὰ ὀφειλήματα ἡμῶν, ὡς καὶ ἡμεῖς ἀφίεμεν τοῖς ὀφειλέταις ἡμῶν·
καὶ μὴ εἰσενέγκῃς ἡμᾶς εἰς πειρασμόν,
ἀλλὰ ῥῦσαι ἡμᾶς ἀπὸ τοῦ πονηροῦ.
--ΚΑΤΑ ΜΑΘΘΑΙΟΝ6:9-6:13
Πάτερ, ἁγιασθήτω τὸ ὄνομά σου·
ἐλθέτω ἡ βασιλεία σου·
τὸν ἄρτον ἡμῶν τὸν ἐπιούσιον δίδου ἡμῖν τὸ καθ᾿ ἡμέραν·
καὶ ἄφες ἡμῖν τὰς ἁμαρτίας ἡμῶν· καὶ γὰρ αὐτοὶ ἀφίεμεν παντὶ τῷ ὀφείλοντι ἡμῖν·
καὶ μὴ εἰσενέγκῃς ἡμᾶς εἰς πειρασμόν.
--ΚΑΤΑ ΛΟΥΚΑΝ11:2-11:4
ただ、私の場合、"Pater Noster" と云うと、次の4行から始まる ジャック・プレヴェール (Jacques Prevért) の詩も懐かしい:
Notre Père qui êtes aux cieux
Restez-y
Et nous, nous resterons sur la terre
Qui est, quelquefois, si jolie.
--« Pater noster », dans Paroles, Jacques Prévert, éd. Pléiade Gallimard, 1992, p. 40 (Jacques Prevert - Wikiquote, le recueil de citations libre)

天にまします我らの父よ
天に留まりたまえ
我らは地上に残ります
地上は時々美しい
Jacques Prevért の "Pater Noster" 全文は、例えば "Jacques Prevért : Pater Noster (Commentaire composé)" を参照。

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2009年9月22日 (火)

メモ:江戸端唄 [海晏寺]について (アレ 見やしゃんせ 清玄は...)

今日、午後4時頃 (2009/09/22 15:57:48)、キーフレーズ [あれみやしゃんせ清玄は] で、このサイトを訪問された方がいらしたようだ。

既に解決されているかもしれないが、一応、書いておくと、これは、江戸端唄 [海晏寺 (かいあんじ)] の (その「替え歌」?) の一節と思しい。

[笹木美きえ] と云う方のサイト [江戸端唄・俗曲の試聴と紹介] に依れば、次のような詞である。

アレ 見やしゃんせ 海晏寺 ままよ 龍田が 高尾でも
   およびないぞえ 紅葉狩り

アレ 見やしゃんせ 与三郎 三十数か所の刀傷
   これも誰ゆえ お富ゆえ

アレ 見やしゃんせ 清玄は 破れ衣に破れ傘
   これも誰ゆえ 桜姫

同一内容が、江戸端唄・俗曲 笹木美きえ の「海晏寺」に示されている (ただし、このサイトにアクセスすると [JWordプラグイン] アドオンされるように求められるので注意)。

さらに、[月のあしび: 明治の歌…まとめ] には「『明笛胡琴月琴』(山田要三 大阪又間精華堂 明33)「俗曲」所載の工尺譜より復元」したと云う音曲 (mid) が紹介されている。

因みに、海晏寺は、東京都品川区南品川に現存するらしい。

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2009年7月21日 (火)

ドイツ語で「陽電子」

本日昼下がり (2009/07/21 14:35:06)、キーフレーズ [陽電子 ドイツ語] でこのサイトを訪問された方がいらしたようだ。ドイツ語で「陽電子」を何というかお調べだったのだろうか。

ログを読んでいて、「陽電子」...。英語だったら "positron" なんだから、ドイツ語だったら "Positron" で良いんとちゃうのん? と、思わず擬製関西弁してしまったが、調べてみると、それ以上付け加えることはない。

勿論 "Antielektron" と云う言い方もあるが、それほど一般的には使われていないのではないか。

言うまでもなかろうが "Positron" も "Antielektron" も、ともに中性名詞。

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2009年7月20日 (月)

オランダ語で「ねこちゃん」

先程 (2009/07/20 07:35:36)、キーフレーズ [オランダ語 ねこちゃん] で、このサイトを訪問された方がいらしたようだ。

([nouse: ウェブ・ガジェット "Maukie" に就いて] からも伺いとることができようが) オランダ語で「ねこちゃん」に相当する言葉と言えば、「ネコ」を意味する "kat" (de名詞女性) に指小辞 "je" を付けた "katje" ("je" が付いているので中性名詞) あたりが穏当なのではなかろうか。

辞書では "katje" の意味として「子猫」が挙げられているが、ネコ好きにとっては「全ての猫は子猫である」(或いは、少なくとも、自分の飼い猫は「子猫」でありつづける) と云ったようなところがあるようで 、実際 "katje" で google画像検索をしてみると、たしかに子猫の画像が数多くヒットするが、冷静な者なら「成体」と呼ぶしかないようなネコも含まれいてる。

いま、ふと思ったのだが、Ogden Nash は、はたしてネコ好きだったのだろうか? (Cf. [nouse: 子猫の欠点] 及び [nouse: 「子猫の欠点」補足])

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2009年7月19日 (日)

フランス語で「主の平和」

昨日夜 (2009/07/18 19:52:24) に、キーフレーズ [主の平和をフランス語訳にするとどうなるか] で、このサイトを訪問されたかたがいらしたようだ。

こう云うことを尋ねられても「どうなんでしょうなぁ」と答えるしかない。自らの教養の無さに恥じ入るばかりだ。

「主の平和」と聞いて思い出すのは、何かで聞き齧ったラテン語 "Pax Domini" だけだ。たぶん、カソリック典礼文中の言葉の筈 (この記憶は当たっていた。「ミサ聖祭の主な応答句」を参照)。

そして、私の当てずっぽうでしかないのだが、「主の平和」に対応する言葉は、フランス語のネイチヴスピーカであっても、ラテン語の "Pax Domini" を自然に使うことが少なくないような気がする (日本人が、本来は中国語である故事成語を日本語として使うように)。だとしたら、それを「フランス語」ではないと排除するのには、私は抵抗を感じる (フランス語のページに限定して "Pax Domini" を google 検索してみると2500件余がヒットする)。

勿論、私でも "Pax Domini" をフランス語に当て嵌めれば "la paix du Seigneur" になるぐらいの知識は持ってはいる (google で検索すると、10000 以上のヒット数があるから、流通している表現であることは確かだろう)。

しかし、それが「主の平和」に対応するかどうかは自信が持てなかったので、"Pax Domini" と "paix du Seigneur" とを AND 検索してみた。

すると "Ordinaire de la Messe selon le Rite de Saint Pie V: latin-français" と云う文書が出てきた。「ピウス5世典礼によるミサ通常文: ラテン語-フランス語」ぐらいの意味だろう。つまり、伝統的な「トリエント・ミサ/Rite tridentin」の羅仏対訳な訣だ。

この pdf イメージ、元のパンフレットの綴じを外して解体してからコピーしたものらしく、ページの順番が変わってしまって、左右対訳になっていないが、それでも、典礼文中において "Pax Domini" は、司祭 (で良いのかな?) が Pater Noster を唱えた後、Agnus Dei の直前に、司祭により会衆に対して投げかけられる "Pax Domini sit semper vobiscum." (主の平安が変わることなくあなたがたと共にあるように) として登場することが分かる (第14ページの下から3行目。この唱句そのものは、上記の「ミサ聖祭の主な応答句」でも確認できる)。

これに対するフランス語訳は "La paix du Seigneur soit toujours avec vous." (第15ページの下から3行目) である。

つまり、"Pax Domini" の「フランス語訳」は "la paix du Seigneur" とすることの裏付けが取れたと言って良いと思う。

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2009年7月18日 (土)

イタリア語で「夏の大三角」

今日昼ごろ (2009/07/18 12:08:28)、キーフレーズ [イタリア語辞典 翻訳 夏の大三角形] で、このサイトを訪問された方がいらしたようだ。

こと座/Lyra」の主星ベガ (Vega) つまり「織女星」、「わし座/Aquila」の主星アルタイル (Altair) つまり「牽牛星」、そして、「はくちょう座/Cygnus」の主星デネブ (Deneb) が夜空に描く三角形を示すイタリア語をお探しであるなら、"il triangolo estivo" で良いのではないかと思料する (日本語版ウィキペディアの「夏の大三角」の項から、対応イタリア語ページに飛べば簡単に分かる)。

ちなみに "triangolo" は勿論「三角形」の意の男性名詞。"estivo" は「夏の」、「夏期の」を意味する形容詞男性単数形。

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2009年7月 2日 (木)

ヘブライ語で「ねずみ」

本日昼ごろ (2009/07/02 12:01:43)、キーフレーズ [ねずみ ヘブライ語] で、このサイトを訪問された方がいらしたようだ。

もしヘブライ語で「ねずみ」を何と書き表すのかと云うことなら、取り敢えずは "עכבר" で良いではないか (ヘブライ語版ウィキペディアの該当項目 "עכבר" を参照)。

むりやりカタカナにすると「アハバル」ぐらいかな (ラテン文字では "achbar" になる。なお、これに就いては、ブログ記事 "Balashon - Hebrew Language Detective: achbar" が興味深い)。ただし "achbor" (アクボル) と云う表記もあるので注意。

"עכבר" は英語の "mouse" に相当するヘブライ語だが、"rat" (日本語での実験動物としての「ラット」とは異なる。rat は mouse よりはヤヤ大型) に相当するのは "חולדה" らしい (フルダ/Huldah)。

どうやら、コンピュータの入力装置のマウスも、"עכבר" のようですね。

それからウォルト・ディズニー・カンパニーのキャラクタである「あのネズミ」は "מיקי מאוס" だそうな。つまり、日本語におけるのと同様音訳してあって、まぁ「ごもっとも」とでも言うしかない。

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2009年6月 1日 (月)

スウェーデン語版の "amazing grace"

今朝ほど (2009/06/01 09:37:40)、キーフレーズ [Amazing Grace!のスウェーデン語訳] で、このサイトを訪問された方がいらしたようだが、次のウェブページを御覧になることをお薦めする:

  1. Oändlig nåd mig Herren gav
  2. History for 231 Oändlig nåd mig Herren gav (history as of 02/19/2009 13:10:39)

なお、スウェーデン語版ウィキペディアの "Oändlig nåd mig Herren gav の項も参照のこと。

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2009年5月29日 (金)

デカルトの正葉線の曲率

Folium of Descartes, or folium cartesii
デカルトの正葉線
Folium of Descartes (folium cartesii)

先日 (2009/05/22 17:22:28)、[デカルトの葉線 曲率] と言うキーフレーズでこのサイトを訪問された方がいらしたらしい。恐らくは、デカルトの葉線 (「デカルトの正葉線」とも言うが、要するに xy 平面上で、式 x^3 + y^3 - 3 a x y = 0 で表わされる曲線のことである。ちなみに、x + y + a = 0 が漸近線になる) の曲率の表示式をお探しだったのだろう。

[デカルトの葉線 曲率] では、デカルトの葉線の曲率表示式は、探しにくいかもしれないが、英語の "Folium of Descartes" や、或いは、ラテン語の "folium cartesii" を使うなら、なにも "curvature" を付けないでも、その検索結果 (Google 検索で "Folium of Descartes" 又は "folium cartesii") から、"Wolfram MathWorld" の "Folium of Descartes" のページに辿りつけて、そこで曲率の表示式を見つけることができる。ただし、その曲率の表示式では、パラメータ (t) が使われている。

「そもそも」と云うほど大げさなことではないが、少し遡って説明を補足するなら、デカルトの葉線は y = f(x) の陽関数で捉えようとすると、原点の近傍 (正確に言うなら、x が正の微小値である範囲内) では1価関数にならない。したがって、パラメータ (t とする) を使って、都合よく x = x(t),\ y = y(t) と表わすことができないかと考えて、葉線の形を見ると、原点を通る直線と葉線との原点以外の交点は、高々1つしかなく、また原点を通る直線の傾きが -1 以外なら、原点以外の交点が必ず1つ存在することが容易に確認できる。従って、 t = y/x をパラメータとするのが適当であると推測できるので、そのようにすると、x^3 + y^3 - 3 a x y = 0 から


\begin{eqnarray*}
x = \frac{3at}{1 + t^3} \\
y = \frac{3at^2}{1 + t^3}
\end{eqnarray*}

が簡単に得られる (ただし、t \ne -1)。従って、求める曲率もまた、このパラメータ t で表わすのが自然な流れとなる訣である。そして、それは "Wolfram MathWorld" の "Folium of Descartes" のページに書いてあるように、


k(t) = \frac{2(1 + t^3)^4}{3a(1 + 4t^2 - 4t^3 -4t^5 + 4t^6 + t^8)^{3/2}}

になる。

この曲率を計算するのは大学初年級の解析学の演習レベル (それどころか、高校生でも、「物好き」なら、この程度のことはするだろう) だから、くだくだしくは書かないが (つまり、書くと「くだくだしく」なる)、一言注意しておくと、平面曲線のパラメータ表記 x = x(t),\ y = y(t) による曲率の計算式


\[
\frac{x^\prime y^{\prime\prime} - y^\prime x^{\prime\prime}}{((x^\prime)^2 + (y^\prime)^2)^{3/2}}
\]

よりも、平面曲線の陰関数表示 F(x, y) = 0 からの曲率の計算式


-\frac{F_{xx}F_y{}^2 - 2F_{xy}F_xF_y + F_{yy}F_x{}^2}{(F_x{}^2 + F_y{}^2)^{3/2}}

を使って、曲率を一旦 x, y, a の式として表わしてから x = x(t),\ y = y(t) を代入した方が計算が若干簡単になる。

しかし、まぁ、こうしただけのことなら何も記事を書く必要はないのだ。放っておいても、自然にこの程度の結果は得られた筈だからだ (因みに、アクセスしてきたのは、数学とは非常に親近性のある技術系の大手メーカー内からである。相応のリソースが備わっていると信じてよいだろう)。

では、何故、今この記事を書いているのかと言うと、"Wolfram MathWorld" の"Folium of Descartes" のページを見たとき、最近 (2009年5月18日) 正式公開された検索エンジン "Wolfram|Alpha" のことを思い出したことから、話が始まる (そして、すぐ終わる)。

実は、"Wolfram|Alpha" の公開直後、一度試しに使ってみて、その「検索」の範囲が科学技術系に限定されているらしいことに気付き、そして反応が遅いことに落胆して、そのまま立ち去っていたのだった。私のように、ネット内を彷徨して知的冒険ならぬ知的遭難を繰り返しているような人間には、不向きな道具に思えたからである。

しかし、「デカルトの葉線の曲率」と云った明確な技術的課題を調べるには適切に思えた。

そこで、"Folium of Descartes" を "Wolfram|Alpha" を調べて見たのだが (私のシステムの場合、スクリプトの実行し続けるとコンピュータが反応しなくなる可能性があるとして、中止を示唆する警告が出るのだが、強いて続行したところ) 確かに、曲率の表示式を含む、幾つかの特徴が表示されたのだった。

しかし、その陰関数表示が x^3 + y^3 = 3xy となっていて、一般的な形式で書かれていなかったのだな。つまり、(やはりパラメータと呼ぶしかないのだが)パラメータの a --この記事の書き方でも、Wolfram|Alpha 内の書き方でも同じ記号 a が使われている-- が抜けいている。勿論、他の部分は a の存在を前提にした書き方をしているから、全体として不統一になってしまっている。

勿論、「検索エンジン」だから、内容のチェックをしていないと言われればそれまでなのだが、しかし、google 式の検索エンジンが、玉石混淆を、そのままブチまけるため、慣れた利用者には「石」の存在に耐性があるのに対し、「単一の答え」を提示する Wolfram|Alpha のスタイルでは、ここら辺で躓いてしまっては、早晩営業が苦しくなるのは目に見えている。

「デカルトの葉線」に就いて、デカルト (René Descartes) とフェルマー (Pierre de Fermat) とのメルセンヌ (Marin Mersenne) を介した応酬 (Cf.「The mathematical career of Pierre de Fermat, 1601-1665 - Google ブック検索」) や、デカルト自身は、「葉線」が第1象限と同じ図形が、第2象限・第3象限・第4象限で繰り返されている (つまり「四つ葉」風になっている) と信じていたらしいと云う話 ("La courbe possède une forme de nœud de ruban. Lors de leur étude, Descartes et Roberval se limitèrent à une boucle, ne considérant que les coordonnées positives (x>0,y>0) car ils pensaient que la boucle se répetait dans chaque quart de repère, à la manière des quatre pétales d'une fleur (d'où son nom de folium = feuille). "--フランス語版ウィキペディア"Folium de Descartes") の真偽などを調べて見たいのだが、今はその餘裕がない。後後の為に、参考になるかもしれないリンクを幾つか纏めて置くだけにする:

  1. Descartes - Œuvres, éd. Adam et Tannery, I.djvu
  2. Œuvres de Fermat - I
  3. persee.fr - Revue d'histoire des sciences, Annee 1998, Volume 51, Numero 51-2-3, pp. 355-362
  4. La géométrie by René Descartes - Project Gutenberg
  5. The mathematical career of Pierre de Fermat, 1601-1665 - Google ブック検索
  6. COMMENT L'HISTOIRE DE LA GEOMETRIE ANALYTIQUE PEUT AIDER LES ...
  7. Richard L. Amoroso Fe, Fi, Fo, Folium: A Discourse on Descartes’ Mathematical Curiosity
  8. Full text of "Oeuvres de Descartes"
  9. File:Folium of Descartes Curvature.svg - Wikimedia Commons

なお、「デカルトの葉線」はフランス語では "Folium de Descartes" だが "nœud de ruban" と呼ばれることもある (ドイツ語では "Kartesisches Blatt")。

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2009年5月 8日 (金)

續日本後紀第九巻仁明天皇承和七年五月「庚辰。停五日節 以後太上天皇不豫也」

昨日遅く (2009/05/07 23:33:20)、キーフレーズ [庚辰。停五日節 以後太上天皇不豫也] で、このサイトを訪問された方がいらしたようだ。

或いは、既に目的の情報を得られているかもしれないが、一応書いておくと、この言葉の出典は續日本後紀卷第九の仁明天皇承和七年五月の条にあると思われる。

    参考になるかもしれないサイト:
  1. 久遠の絆ファンサイト IN 台湾新編 續日本後紀卷第九 仁明天皇
  2. XMLの日本古典への応用の試み続日本後紀
  3. 國學院大學デジタルライブラリー続日本後紀 巻五 Page 015

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2009年3月31日 (火)

イタリア語で「つらら」は "ghiacciolo"

本日の午前2時過ぎ (2009/03/31 02:04:49) に、キーフレーズ [イタリア語 つらら] で、このサイトを訪問された方がいらしたようだ。リモートホスト名から推測するに、北海道札幌在住でいらっしゃるらしい。

こう云う場合は、日本語版ウィキペディアの [氷柱] を開いて、そこから対応イタリア語版の [Ghiacciolo] のページへ飛べば、「氷柱」はイタリア語で "ghiacciolo" であることが分かる (ちなみに男性名詞)。

その冒頭1センテンスは:

Un ghiacciolo è un cono appuntito di ghiaccio che si forma quando l'acqua che cade da un oggetto gela.
--Ghiacciolo (meteorologia) - Wikipedia

「つらら」とは、物体から落下しようとする水が氷結する場合に形成される先端の尖った円錐状の氷のことである。

カタカナ化するとしたら「ギァッチョーロ」ぐらいかな。なお、イタリア語 "ghiacciolo" には「アイスキャンディ」 の意味もある由。

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2009年3月24日 (火)

フランス語 "Le Système International d'Unités" の読み方

先程 (2009/03/24 10:05:30) も、キーフレーズ [Le Système International d'Unités フランス語 読み方] での訪問者があったようだ。

寡聞にして、私は "Le Système International d'Unités" (pdf/3.88MB) がカタカナ化して使われている例をしらない。と云う訣で、[フランス語 "comptes rendus" の読み方] で書いたこととは独立に、「読み方」で限定しようが限定しまいが、所望のページに辿り着くのは難しいかもしれないと思う。

「ル・システム・アンテルナショナル・デュニテ」ぐらいですかねぇ。

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フランス語 "comptes rendus" の読み方

未明 (2009/03/24 03:42:21) に、キーフレーズ [COMPTES RENDUS 読み方] で、このサイトを訪問された方がいらしたようだ。

「読み方」で限定すれば、「読み方」が書いてあるウェブページがスグに検索できると思うのは、ヤヤ素朴過ぎるような気がするのだが、このパターンが結構頻繁に見られるのはそれなりに効果があるのだろうか?

そう言えば「とは」をつけるパターンでの訪問もよくある。新聞の「インターネット初心者」への検索エンジン指南として薦められているのを私も読んだことがあるが、素直にそうした教えに従われているのだろう。私自身は使った記憶はないので、どの程度役に立つのかはしらないが、そうした全ての方々に "feeling lucky" であることをお祈り申し上げたい。

いきなり脱線した。フランス語限定であるとして "comptes rendus" をカタカナ化するなら「コント・ランデュ」ぐらいだろう。「コント・ランデュ」が出てくる日本語ウェブ・ページはあることはあるのだが、意外と到達しづらいようなので、ここに1ページ増やしておくことにする。

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2009年3月17日 (火)

ロシア語 "вечерняя звезда" の「読み」

先程から、[вечерняя звезда 読み] や [вечерняя звезда カタカナ] と云うキーフレーズで、このサイトを何度も訪問されている方がいらっしゃるようだが、「ベチェルニャ・ズベズダ」とか「ヴェチェルニャ・ズヴェズダ」ぐらいになるんぢゃないんでしょうか (ラテン文字表記では "vechern'aya zvezda")。


まぁ、こうしたことは、いくらでも異論が出てきそうなので、正しい発音を反映した表記だと言うつもりは全くありませんけれども。


    参考になるかもしれないサイト:
  1. ズヴェズダ - Wikipedia

  2. звезда - ウィクショナリー日本語版

  3. sundown - Wiktionary

  4. YouTube - Vechern'aya Zvezda /The evening star


    関連記事:
  1. nouse: ロシア語で「宵の明星」は "вечерняя звезда"


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2009年3月 8日 (日)

長唄「都鳥」: たよりくる 船の内こそ ゆかしけれ 君なつかしと 都鳥...河上遠く 降る雨の 晴れて 逢う夜を 待乳山

数時間前 (2009/03/08 18:43:25) に、キーフレーズ [待乳山、逢ふて、うれしき、あれ、みやしゃんせ] でこのサイトを訪問された方がいらしたようだが、ここに限らずはかばかしい結果は得られなかったのではなかろうか。

問題のキーフレーズは、恐らく長唄の「都鳥」の一節と思われるので、そちらに重点を移して検索することをお薦めする。

例えば、グーグルで [長唄 都鳥] を検索するとヒットする [nagauta] と云うウェブページが参考になるのではないかと思われる。

その「都鳥」の項に、次のようにあった:

都鳥

(本調子)たよりくる、船の内こそ、ゆかしけれ、君なつかしと、都鳥(合)幾代かここに、隅田川は、往来の人に、名のみ問はれて(合)花の蔭、水に浮かれて面白や(合)河上遠く、降る雨の(合)晴れて、逢う夜を、待乳山、逢ふて嬉しき、あれ見やしゃんせ、つばさ交はしてぬるる夜は、いつしか、更けて、水の音(合)思ひ思ふて、深みぐさ、結びつとひつ、みだれ逢ふたる、よもすがら、早やきぬぎぬの、鐘の声(合)憎やつれなく、明くる夏の夜

解説

 安政二年、二代目杵屋勝三郎の作曲で、清水清玄と桜姫の書き替え狂言である、(以下略)
--nagauta


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2009年1月19日 (月)

Ce train va-t-il à la station de Paris? 「この列車は『パリ駅』に行きますか?」

今朝ほど (2009/01/19 09:46:49)、[Ce train va-t-il à la station de Paris ?日本語] と云うキーフレーズで、このサイトを訪問された方がいらしたようだ。

一体、どう云う局面で、こうしたことを調べたくなったのでしょうなぁ。意味は単純で「この列車は『パリ駅』に行きますか?」だが、良く知られているように、フランスの首都パリには、厳密に "la station de Paris"(「パリ駅」) と云う呼称に一致する駅は存在しない (「フランス 国鉄 -- フルールドクール.com」などを参照)。

パリ以外の場所には、「パリ駅」はあるかもしれない。その場合は「パリから来た列車/パリに行く列車」の (多分ターミナル) 駅ぐらいの意味である可能性が大きいが、ここで憶測をしても始まらないだろう。

あと "la station de Paris" が、固有名詞ではなく「パリ (にある、あの) 駅」と云う意味合いで使われる場合もあるだろう。しかし、これも、そうだとは断定できない。

結局、分からない。

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2008年12月30日 (火)

Cymbeline (シンベリン) の一節

本日0時過ぎ (2008/12/30 00:14:00)、キーフレーズ [WAS I AS A TREE WHOSE BOUGHS DID BEND WITH FRUIT 日本語訳] で、このサイトを訪問された方がいらしたようだが、ここに限らず、はかばかしい結果は得られなかったのではないか。

しかし、「日本語訳」を取り除いて、英語部分を double quotation marks で囲って "WAS I AS A TREE WHOSE BOUGHS DID BEND WITH FRUIT" で検索すれば、シェークスピアの戯曲「シンベリン/Cymbeline」第3幕第3場の一節 (BELARIUS の科白) であることがスグに知れる。

BELARIUS

How you speak!
Did you but know the city's usuries
And felt them knowingly; the art o' the court
As hard to leave as keep; whose top to climb
Is certain falling, or so slippery that
The fear's as bad as falling; the toil o' the war,
A pain that only seems to seek out danger
I' the name of fame and honour; which dies i'
the search,
And hath as oft a slanderous epitaph
As record of fair act; nay, many times,
Doth ill deserve by doing well; what's worse,
Must court'sy at the censure:--O boys, this story
The world may read in me: my body's mark'd
With Roman swords, and my report was once
First with the best of note: Cymbeline loved me,
And when a soldier was the theme, my name
Was not far off: then was I as a tree
Whose boughs did bend with fruit
: but in one night,
A storm or robbery, call it what you will,
Shook down my mellow hangings, nay, my leaves,
And left me bare to weather.
--The Complete Works of William-Shakespeare > Cymbeline - Act 3, Scene 3">

Wikisource 版 (The Tragedy of Cymbeline) もある。

これを見ると、"was I as a tree whose boughs did bend with fruit" の前に、 "then" を付けないと文章として完結しないことが分かる。「当時は」・「かっては」は自分も栄華を誇ったものだったと云う意味合いだから、昔を偲ぶ感情が下敷きなっているので、時間への言及は重要である。そして、強調のためばかりではないだろうが、とにかく "then" が冒頭におかれた結果として "was" が引き摺られて "I" と倒置されたのだ。

"as" の語感は微妙だが、「(当時こそは) そのようなものであった」と云ったところだろうか。


ちなみに、小田島雄志は次のように訳している。

そのころのおれは
枝もたわわに実をつけた木であった
--白水社 u ブックス「シンベリン」ウィリアム・シェイクスピア (小田島雄志 訳) 1983年 東京 白水社 p.103

小田島訳に、ほぼ異論はない。前後の科白の流れを考慮するなら、こう訳した方が良いだろうことを認めつつ、しかし、この文章単独なら、私は「そのころのおれは」ではなくて「そのころはおれも」としたい。

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2008年11月18日 (火)

フランス語 "faisceau" の読み方

昨夕 (2008/11/17 17:04:21)、キーフレーズ [faisceau 発音] で、このサイトを訪問された方がいらしたようだ。リモートホスト名を見ると、某大学の数学科の関係者ではないかと推察される。まぁ、要するに、「」の対応フランス語である "faisceau" の読み方をお調べになっていらっしゃたのでしょうね。

しかし、確かに取り敢えずネットで調べるのも良いけれど、この場合は、むしろ、適宜の仏和辞典を引く方が、遥かに簡単で確実だろうと云う気がするのだが、如何なものだろうか。そうすれば、そのものズバリで、発音表記 [fεso] が見つかる筈である。それがネット上となると、所望の情報がある、例えば、フランス語版の "Wiktionnaire" の "faisceau" の項に辿り着くだけでも難しいし、その上、その内容は当然フランス語で書いてあるので、どれが発音を表わしているかを見いだすのに、再び苦労することになるだろう。

勿論、オンライン版の仏和辞典も幾つかあるのだが、私が簡単に覗いた限りでは、発音までカヴァーしているものは見当たらなかった。語義そのものも、「単語帳」レベルの越えていないし...

しかし、小言ばかり言っても仕方がない。それに [faisceau 発音] など「カワイイ方」ともいえるのだ。なにしろ、かなり頻繁に [et フランス語 意味] と云う組み合わせの検索が見受けられるからだ。こうなると、もう [and 英語 意味] と云う検索が何時現れるか、私なぞは期待に胸を震わせてしまうことになる。

で、[fεso] に話を戻すと、これをカタカナにするとしたら「フェソ」ぐらいだろうか。大雑把な意味は「束」ですね。「茎 (stalks)」を束ねたものと云うイメージなのでしょう。因みに、フランス語 "faisceau" の対応イタリア語は "fascio" つまり「ファッショ」で、これも「束」が基本語義。

だから、数学用語としても "faisceau" も「束」と訳した方が素直なのでしょうが、残念ながら「束」は、代数用語のことはさておき、位相の範疇でも "fiber bundle" ("vector bundle" や "principal bundle") の "bundle" の訳語として使われていたので、別の訳語が当てられたのでしょう (これは私の推測)。

"faisceau" に「層」と云う訳語を当てたのは秋月康夫さんらしい。「輓近代数学の展望(続)」の註にご自身で書いていらっしゃる、その理由が奮っていて:

層という訳語の由来は仏語 Faisceau のあとの方の 'ソー' をとったというが一つの根拠である。Faisceau の元来の意味は束 (タバ) である。'群の束' (X 上に配置された) の意である。ところで、これを横に見ると地層のような層になる。そこで、垂直を水平におきかえて層と訳してみたのである。この訳がよいか、悪いか、わが国で定着しているかどうか知らないが、この訳語の発案者として、その由来を記しておく。
--秋月康夫「輓近代数学の展望」p.176 (1970年)。ダイヤモンド社。東京

こうした事情を知らなかった或る若手数学者が、当事御存命であった秋月先生の面前で、「層」と云う訳語は問題が有ると発言してしまったと云う話を聞いたことがあるが、事実かどうかは私は知らない。だが、とにかく「層」と云う数学用語は、日本に定着している。先生、以って瞑すべし。

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2008年9月 1日 (月)

「先生」・「先生」・「先生」の聲

[nouse: 英文版ウィキペディア "Born coordinates" 導入部、第1節-第3節翻訳草稿] (2008年8月2日[土]) を書いていて、サニャック効果 (Sagnac effect) とは時空多様体を「空間」上のファイバーバンドル (fiber bundle) と捉えた時のホロノミー (holonomy) なのだと気付いたのだったが、少なくとも日本の「知的状況」では (と云う書き方もオゾマシイほど初歩的なことなんだが、まぁとにかく)、一般的に認識されていないようなので、微分幾何学の初歩の復習も兼ねて、ファイバーバンドルの理論をホロノミーの所ぐらいまで纏め始めたのだったが、これが例によって難渋している。

書きはじめる前の予定では、8月中旬には (ハッキリ書くと「8月11日」) 脱稿・ ポストだったのが、今日は既に8月末日である。

しかも昨日当たりから、当初は全く書くつもりのなかった「層 (sheaf/faisceau)」のことを、、極めて簡単ながらも (取り敢えず「層係数のコホモロジー」ぐらいに就いては) 触れる必要があることに気が付いた。しかし、幾ら「簡潔」と云っても、「1」のことを書こうとしたら、少なくとも「20」とか「30」ぐらいのことは調べたり考えたりする必要がある。そして、それだけ苦労しても、しばしば手ひどい過ちをするのが、私のような愚かな人間には通例なので、手を抜くわけにはいかないのだ。まだ、しばらく泥沼状態が続きそうである。

なんだかガッカリしてしまった。

そう云うわけで、今日は作業に手が着かず、バックレてしまって、カテゴリー「『日本語で一番大切なもの』」のなかの記事の内部リンクを補足したり、大意を書きたしたりし始めたのだったが、「紫草のにほへる妹を憎くあらば人妻ゆゑにわれ恋ひめやも (天武天皇 [万葉集1]21)」の大意を書こうとして、とたんに行き詰まってしまった。

「恋ひめやも」が反語であることはともかく、「憎くあらば」は何なのだろう。

勿論、贈歌は言わずと知れた「あかねさす紫野ゆき標野ゆき野守は見ずや君が袖ふる (額田王 [万葉集1]20)」なんだが、この贈返二歌、微妙に照応していない。

恋愛の上でのことだから、「ズラシ」は基本的な作法でありうるのだが、だとしたら、背景に「事件」があったことを想像してしまう。

素直に受けとるならば、二人の間に、「女」の側からすれば、「男」から嫌われたかもしれないと考えたとしても不思議でない「事件」があったことになる。

さらに厳密に言うならば、これは「男」の発想内での「事件」なのだ。つまり、男の発想では「『女』の側からすれば、『男』から嫌われたかもしれないと考えたとしても不思議でない『事件』があった」。

「男」は、「女」の「不安」を劇的に解消するために、「野守」が監視している「標野」で、「女」に対して「袖を振る」と云う愛情表現をすると云う無謀なことをワザとする (cocu は、クニの支配者である)。

「女」は、「男」の行為に呆れたのか、感激したのか、そのどちらかであるかは、実は恋愛の相のもとでは、あまり意味がないので、重要なのは、「男」の関係修復を願うサインを受け入れたことを示すための優位の姿勢で、「男」をたしためたと云うのが、「[万葉集1]20」だ。「野守が見ていないとでも言うのですか?」

これに対する「男」の返歌は、「女」の贈歌に直接答えていない。自分は「女」を嫌っていないと云う、当面の最重要メッセージを伝えることに終始している。「美しい女性よ。あなたに腹を立てているのだとしてら、人妻であるあなたを何とかして手に入れたいなどと思うでしょうか?」

勿論、「事件」を、単純に、「女」が「人妻」になったと云う事実であると捉えることは可能なのだが、実は、それ以外の何かがあったような気もするのだ。しかし、そうなると、結局「憎くあらば」をどう解釈するかと云う問題に戻ってしまう。

思案投げ首していたら、窓の外から、この雨続きで肌寒い一週間ばかり聞こえていなかったクマゼミの鳴き声が「シャン・シャン・シャン」と聞こえてきた。物理/数学も不可、万葉も不可である私を「先生・先生・先生」と嗤わっているようだ。

     大窪詩佛
古松林裏聽蟬鳴
先生先生先生聲
聲聲似把先生笑
莫笑先生老遠行
三十年來舊遊地
白首重來幾先生


富士川英郎 (「江戸後期の詩人たち (1973年)」) によれば、常陸国多賀郡大久保に生まれ、江戸神田お玉ヶ池に詩佛堂を営んだ詩人が紀州に旅をしたときのこの詩 (題はないらしい) の「蟬」は「おそらく熊蟬だろう」と云うことだ。おそらく、彼の耳に、このセミの鳴き声は耳新しかったのだろう。そう言えば、やはり関東に生まれ、いまもその住人である私にとっても、「シャン・シャン・シャン」は、幼年時代聞かなかったような気がする。

詩を詩佛に倣おうとは思わないが、それでも、ここはやはり蝉どもに対して、「嗤ふなかれ小生の老いて遠行することを」と言っておきたい。


駄文を弄しているうちに、日付が変わってしまった。もともと、原稿が書きあぐねたすさびに書き始めた文章だから、それも当然か。「莫笑」。

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2008年6月 5日 (木)

ロシア語で「秋」(と「冬」、「春」、「夏」)

本日昼過ぎ (2008/06/05 13:13:14)、キーフレーズ [ロシア語で秋] で、このサイトを訪問された方がいらしたようだ。

同様なケースで、前にも書いたことがある筈だが、こう云う場合は、日本語版のウィキペディアで、問題の言葉 (今は []) の項目を開いて (なければ仕方がないが、この場合はある)、そのページ左側にある [他の言語] コラム中から、ターゲットとなる言語名 (ロシア語ならば "Русский") をクリックすると、対応ページ、つまり、今の場合はロシア語ウィキペディア中の、"Осень" に辿り着く。

このようにすれば、大抵の場合は、その項目名として、求める言葉が得られる筈。[秋] の場合も、例外ではなくて "осень" (女性名詞) が求めるものである。その証拠に、その内容を読んでみると、次のようになっている。

Осень — одно из четырёх времён года между летом и зимой. Состоит из трёх месяцев: в северном полушарии — сентября, октября и ноября, в южном — марта, апреля и мая.

В отличие от календарной, астрономическая осень наступает позже — во время осеннего равноденствия 22 или 23 сентября (в северном полушарии) или 20 или 21 марта (в южном полушарии) и продолжается до зимнего солнцестояния (21 или 22 декабря в северном полушарии, 20 или 21 июня в южном полушарии).
--Осень

秋 - 一年の四季中、夏と冬との間の季節。北半球では9月、10月、11月、南半球では3月、4月、5月の3か月からなる。

暦の上の場合とは異なり、天文学的には、秋の始まりは遅くなり、(北半球では) 9月22日又は23日、あるいは (南半球では) 3月20日又は21日の昼夜平分日に秋となり、冬至 (北半球では12月21日又は22日、南半球では6月20日又は21日) まで続く。

記載が簡単過ぎて、「季節」の文化的意味合いが不明だが、「秋」の説明以外の何ものでもあるまい。

ちなみに、ロシア語版ウィキペディアのこのページには、四季が列挙されていて、次のようになっている。

Зима | Весна | Лето | Осень

夫々、順に「冬」(女性)、「春」(女性)、「夏」(中性)、「秋」である。

余談。クアーズ (Coors) 社から "ZIMA" と云うアルコール飲料が販売されているが、これはロシア語の зима を踏まえた商標とのこと (英文版ウィキペディア "Zima" の項参照)。

ネット上で訳語を調べる同様な手段で、ウィクショナリー日本語版の該当項目を見ると言うものが有るが、[] の場合、現時点ではロシア語訳は記載されていないようだ。


英語を軸にして調べると云う手段もある。その場合、取り敢えず便利であるのが "Webster's Online Dictionary" である。この場合は、検索フォームに、例えば「秋」と入力して、"Non-English" 指定で検索すると、英訳語が現れる (元の日本語よっては現れないこともあるだろうが、その場合は諦める) から、その意味が適切であるならクリックして、該当ページを開けば、その中にターゲット言語への訳語が記載されている可能性が大きい。実際、「秋」の場合は、"Autumn" のページ中に "осень" が見いだせる。("Fall" のページ中にも "осень" が採録されているが "fall" 自体の意味が多岐に亘るので、その訳語も多種類になってしまっている。)

他にも「手管」はあるのだが、私の拙い説明で分かるような人は、もともと知っているか、あるいは私なぞが説明しなくても、自得できる人だろうから、多弁は弄すまい。

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2008年5月28日 (水)

「フォースのともにあらんことを」と「神ともにいまして」

[nouse: "May the Force be with you" (「フォースのともにあらんことを」) を色色な言語で言うと] (2008年3月27日[木]) での補足や [nouse: 『"May the Force be with you" (「フォースのともにあらんことを」) を色色な言語で言うと』補足:ヘブライ語の場合] (2008年3月27日[木]) での補足で書いたように、「フォースのともにあらんことを」をヘブライ語で言うとしたら、取り敢えずは "יהיה הכוח אתכם" や "יהי הכוח אתכם" そして、更に "יהי הכוח עמך" ぐらいになるのだろう。

しかし、[nouse: NIFTY翻訳フォーラム投稿再録(1997年7月3日?)] や [nouse: 『"May the Force be with you" (「フォースのともにあらんことを」) を色色な言語で言うと』補足:ヘブライ語の場合] (2008年3月27日[木]) で論じたように、この "הכוח" (「(ザ・)フォース」) は "יהוה" (「神」) の「隠れ蓑」と考えることができる。

とすれば、これを置き換えるとどうなるか、と私が考えてみたのは当然の成り行きだろう。そうすると、次のようになる:

  • יהיה יהוה אתכם

  • יהי יהוה אתכם

  • יהי יהוה עמך

この内、最初の二つはネットで検索してもはかばかしい結果は得られないのだが、3番目の יהי יהוה עמך は、無慮2ダースほどヒットするのだな。その内容をいちいち細かく見なかったが、ざっと眺めた所、結局考慮すべきなのは1件だけらしい。それは [歴代誌上]第22章第11節 である。「なんだ」と言われそうで困るのだが (というか、私自身が「なんだ」と思ったのだから世話はないのだが)、これは [nouse: "May the Force be with you."に就いて (2004年8月6日[金]] 中の「宿題」で所在を書き留めておいた 「旧約 [出エジプト] 10:10; [ヨシュア] 1:17 ; [歴代誌 上] 22:11」と「新約 [テサロニケ 2] 3:16 」の内のひとつである:

עַתָּה בְנִי, יְהִי יְהוָה עִמָּךְ; וְהִצְלַחְתָּ, וּבָנִיתָ בֵּית יְהוָה אֱלֹהֶיךָ, כַּאֲשֶׁר, דִּבֶּר עָלֶיךָ.
--דברי הימים א פרק כב יא
わたしの子よ。今こそ主が共にいてくださり、あなたについて告げられたとおり、あなたの神、主の神殿の建築を成し遂げることができるように。
--新共同訳聖書 [歴代誌上]22:11

行き掛かり上、他のものも引用しておこう。まず旧約聖書の他の2つのパラグラフは:

וַיֹּאמֶר אֲלֵהֶם, יְהִי כֵן יְהוָה עִמָּכֶם, כַּאֲשֶׁר אֲשַׁלַּח אֶתְכֶם, וְאֶת-טַפְּכֶם; רְאוּ, כִּי רָעָה נֶגֶד פְּנֵיכֶם.
--שמות י י
ファラオは二人に言った。「よろしい。わたしがお前たちを家族ともども去らせるときには、主がお前たちとともにおられるように。お前たちの前には災いが待っているのを知るがよい。...」
新共同訳聖書 [出エジプト記]10:10

これが検索でヒットしなかったのは、間に「よろしい」(כֵן) が入っていたのと、対象が「お前たち」(עִמָּכֶם) と複数だったためだろう。

כְּכֹל אֲשֶׁר-שָׁמַעְנוּ אֶל-מֹשֶׁה, כֵּן נִשְׁמַע אֵלֶיךָ: רַק יִהְיֶה יְהוָה אֱלֹהֶיךָ, עִמָּךְ, כַּאֲשֶׁר הָיָה, עִם-מֹשֶׁה.
--יְהוֹשֻעַ בִּן נוּן א יז
我々はモーセに従ったように、あなたに従います。どうか、あなたの神、主がモーセと共におられたように、あなたと共におられますように。
新共同訳聖書 [ヨシュア記]1:17

これが検索でヒットしなかったのは、動詞2通り、前置詞2通りで、全部で4通りあるのに、3通りしか検索しなかったためというより、「あなたの神、主」(יְהוָה אֱלֹהֶיךָ) と云う形まで検索の手を拡げなっかったせいが大きかったと思う。

新約聖書の方は、以下の通り:

Αὐτὸς δὲ ὁ κύριος τῆς εἰρήνης δῴη ὑμῖν τὴν εἰρήνην διὰ παντὸς ἐν παντὶ τρόπῳ. ὁ κύριος μετὰ πάντων ὑμῶν.
--ΘΕΣΣΑΛΟΝΙΚΕΙΣ Β΄ 3:16
どうか、平和の主御自身が、いついかなる場合にも、あなたがたに平和をお与えくださるように。主があなたがた一同と共におられるように。
--新共同訳聖書 [テサロニケの信徒への手紙 二]3:16

こう並べてくると、語法が異なるものの、所謂「ヤコブの夢」中のヤハウェの約束と、それに応えた「ヤコブの誓願」も引用したくなる:

וְהִנֵּה אָנֹכִי עִמָּךְ, וּשְׁמַרְתִּיךָ בְּכֹל אֲשֶׁר-תֵּלֵךְ, וַהֲשִׁבֹתִיךָ, אֶל-הָאֲדָמָה הַזֹּאת: כִּי, לֹא אֶעֱזָבְךָ, עַד אֲשֶׁר אִם-עָשִׂיתִי, אֵת אֲשֶׁר-דִּבַּרְתִּי לָךְ.
--בראשית כח כ - כח טו
見よ、わたしはあなたと共にいる。あなたがどこへ行っても、わたしはあなたを守り、必ずこの土地へ連れ帰る。わたしは、あなたに約束したことを果たすまで決して見捨てない 。
--新共同訳聖書 [創世記]28:15
וַיִּדַּר יַעֲקֹב, נֶדֶר לֵאמֹר: אִם-יִהְיֶה אֱלֹהִים עִמָּדִי, וּשְׁמָרַנִי בַּדֶּרֶךְ הַזֶּה אֲשֶׁר אָנֹכִי הוֹלֵךְ, וְנָתַן-לִי לֶחֶם לֶאֱכֹל, וּבֶגֶד לִלְבֹּשׁ.
וְשַׁבְתִּי בְשָׁלוֹם, אֶל-בֵּית אָבִי; וְהָיָה יְהוָה לִי, לֵאלֹהִים.
וְהָאֶבֶן הַזֹּאת, אֲשֶׁר-שַׂמְתִּי מַצֵּבָה--יִהְיֶה, בֵּית אֱלֹהִים; וְכֹל אֲשֶׁר תִּתֶּן-לִי, עַשֵּׂר אֲעַשְּׂרֶנּוּ לָךְ.
--בראשית כח כ - כח כב
ヤコブはまた、誓願を立てて言った。
「神がわたしと共におられ、わたしが歩むこの旅路を守り、食べ物、着る者を与え、無事に父の家に帰らせてくださり、主がわたしの神となられるなら、わたしが記念碑として立てたこの石を神の家とし、すべて、あなたがわたしに与えられるものの十分の一をささげます。」
--新共同訳聖書 [創世記]28:20-28:22

(一応注意しておくと、「わたしはあなたと共にいる」は "אָנֹכִי עִמָּךְ" で、「神がわたしと共におられ」は "אֱלֹהִים עִמָּדִי" だから、この記事で問題にしている文型とは異なっている。)

しかし、「共にある」と云うヤハウェの本質属性を語るなら、モーセの召命におけるヤハウェ自身の言葉を逸するわけにはいかないだろう:

וַיֹּאמֶר מֹשֶׁה, אֶל-הָאֱלֹהִים, מִי אָנֹכִי, כִּי אֵלֵךְ אֶל-פַּרְעֹה; וְכִי אוֹצִיא אֶת-בְּנֵי יִשְׂרָאֵל, מִמִּצְרָיִם.
וַיֹּאמֶר, כִּי-אֶהְיֶה עִמָּךְ, וְזֶה-לְּךָ הָאוֹת, כִּי אָנֹכִי שְׁלַחְתִּיךָ: בְּהוֹצִיאֲךָ אֶת-הָעָם, מִמִּצְרַיִם, תַּעַבְדוּן אֶת-הָאֱלֹהִים, עַל הָהָר הַזֶּה.
--שמות ג יא - ג יב
モーセは神に言った。「わたしは何者でしょう。どうして、ファラオのもとに行き、しかもイスラエルの人々をエジプトから導き出さねばならないのですか。」
神は言われた。「わたしは必ずあなたと共にいる。このことこそ、わたしがあなたを遣わすしるしである。あなたが民をエジプトから導き出したとき、あなたたちはこの山で神に仕える。」
--新共同訳聖書 [出エジプト記]3:11-3:12

(「わたしは必ずあなたと共にいる。」は "אֶהְיֶה עִמָּךְ"。)

さらに言うなら、「ある」こそヤハウェの自己規定であった:

וַיֹּאמֶר אֱלֹהִים אֶל-מֹשֶׁה, אֶהְיֶה אֲשֶׁר אֶהְיֶה; וַיֹּאמֶר, כֹּה תֹאמַר לִבְנֵי יִשְׂרָאֵל, אֶהְיֶה, שְׁלָחַנִי אֲלֵיכֶם.
--שמות ג יד
神はモーセに、「わたしはある。わたしはあるという者だ」と言われ、また、「イスラエルの人々にこう言うが良い。『わたしはある』という方がわたしをあなたたちに遣わされたのだと。」
--新共同訳聖書 [出エジプト記]3:14

(「わたしはある。わたしはあるという者だ」--若干微妙な訳だが--は、"אֶהְיֶה אֲשֶׁר אֶהְיֶה"。注:少なくとも、私のブラウザではこの文は語順が正しく表示されない。ブラウザの所為というより、ココログ側の不備だろうけれども。)


ただし最後に、ミスリードを防ぐ為に、「神ともにいませ」が旅に出る者への別れの挨拶としてや、それを敷衍した書簡の結びの文句としてだけ使われるのでなく、語形が若干異なる (つまり「神ともにいませ」よりも「神ともにいます」と取れる) ものの、旅人がその土地で出会った相手の発する例もあることを注意しておいても良かろう:

וְהִנֵּה-בֹעַז, בָּא מִבֵּית לֶחֶם, וַיֹּאמֶר לַקּוֹצְרִים, יְהוָה עִמָּכֶם; וַיֹּאמְרוּ לוֹ, יְבָרֶכְךָ יְהוָה.
--רות ב ד
ボアズがベツレヘムからやって来て、農夫たちに、「主があなたたちと共におられますように」と言うと、彼らも、「主があなたを祝福してくださいますように」と言った。
--新共同訳聖書 [ルツ記]2:4

(「主があなたたちと共におられますように」は "יְהוָה עִמָּכֶם"。)

このほか、幾つか参考になるかも知れない「聖句」の所在を記録しておく:

    旧約聖書
  1. [民数記]14:43「行く手にはアマレク人とカナン人がいて、あなたたちは剣で倒される。主に背いたから、主はあなたたちと共におられない」。

  2. [サムエル記上]17:37「行くがよい。主がお前と共におられるように」。

  3. [サムエル記上]20:13「主が父と共におられたように、あなたと共におられるように」。

  4. [列王記上]1:37「主は王と共にいてくださいました。またソロモンと共にいてくださいますように」。

  5. [歴代誌上]22:16「立ち上がって実行せよ。主が共にいてくださるように」。

  6. [歴代誌下]20:17「ユダとエルサレムの人々よ。恐れるな。おじけるな。明日敵に向かって出て行け。 主がともにいる」。

    新約聖書
  1. [マタイによる福音書]28:20「わたしは世の終わりまで、いつもあなたがたとともにいる」。
  2. [ローマの信徒へ手紙]15:33「平和の源である神があなたがた一同と共におられるよう、アーメン」。
  3. [テモテへの手紙二]4:22「主があなたの霊と共にいてくださるように」。

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2008年5月12日 (月)

ギリシャ語で「日本」は Ιαπωνία

本日四更 (2008/05/06 22:51)、キーフレーズ [ギリシャ語で日本 綴り] でこのサイトを訪問された方がいらしたようだ。

後追いで検索してみたところ、意外なことに、適当なものがヒットしないようなので、大きなお世話ながら、次のサイトを参照されることをお勧めしておく。

  1. Ιαπωνία (ギリシャ語版ウィキペディアの「日本」の項目)

  2. Ιαπωνία (日本語版ウィクショナリーの "Ιαπωνία" の項目)

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2008年5月 7日 (水)

所謂 "Boc" と呼ばれる官能基に就いて

昨夜 (2008/05/06 22:51)、キーフレーズ [Boc 官能基 化學式] で、このサイトを訪問された方がいらしたようだ。

既に解決しているかもしれないが、一応書いておくと、所謂 "Boc" に就いては、[tert-ブトキシカルボニル基 - Wikipedia] を御覧になっては如何と思料する。そこに、曰く:

tert-ブトキシカルボニル基 (tert-butoxycarbonyl group) は有機化学における原子団の一種で、(CH3)3C−O−C(=O)− の構造を持つ。しばしば Boc または t-Boc と略記される。

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2008年5月 6日 (火)

「ビクトリアシークレット」の ロシア語表記

先程 (2008/05/05 22:18)、このサイトに、キーフレーズ [ビクトリアシークレット ロシア語] で訪問された方がいらしたようだ。

はかばかしいことは何も知らないのだが、もし「婦人服・美容用品を扱うアメリカの企業」(ウィキペディア) "Victoria's Secret" のロシア語表記をお調べであるのなら、日本語版ウィキペディアから対応するロシア語版ページに飛べば、その冒頭に、Виктория Сикрет と書いてある。

Сикрет は "Secret" の音訳だろうが、Виктория の方も、形としては主格だから "Victoria's" のロシア語訳と云うより、やはり "Victoria" 部分のみの音を移したと見做した方が良いかもしれない。丁度日本語でも「ヴィクトリアの秘密」ではなくて、「ヴィクトリア・シークレット」と呼ばれることが多いように(もっとも、日本語版ウィキペディアでは「ヴィクトリアズ・シークレット」だが)。

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「円鑿方枘」?

先程 (2008/05/05 21:01)、このサイトに、キーフレーズ [円鑿方枘 史記] で訪問された方がいらしたようだ。

まことに大きなお世話なのだが、[円鑿方枘 史記] でも、それなりのことは分かるであろうけども、しかし、これは少し変更して検索しなおされた方が収穫が多いのではないか?

なぜなら [円鑿方枘] は、[nouse: 『史記:孟子荀卿列伝』に就いて] で引用した「持方枘欲內圜鑿」(方枘 [ホウゼイ] を持って圜鑿 [エンソウ] に內 [い] れんと欲す) に関わると思しいからだ。少なくとも、中国語のサイトでは「円鑿方枘」と云う表記よりも、「圜鑿方枘」(圜凿方枘) や「圓鑿方枘」(圆凿方枘) と表記されている可能性が大きいと考えられる。

勿論、日本語では「圓」と「円」は通用するから、[円鑿方枘] でもヒットする日本語サイトは存在するだろうが、『史記』(史记) のテキストとの整合性は少しく失われてしまうだろう。

ちなみに、「持方枘欲內圜鑿」は「四角いホゾを丸いホゾ穴に入れようとする」ぐらいの意味。

なお、『楚辭』所収の」(宋玉が作ると伝えられている)「九辯」中に「圜鑿而方枘兮 吾固知其鉏鋙而難入」(圜鑿 [エンソウ] にして方枘 [ホウゼイ]、吾固 [もと] より其の鉏鋙して入り難き知をる) とある。

さらに屈原の「離騷」中には「不量鑿而正枘兮 固前脩以菹醢」(鑿 [ソウ] を量らずして枘 [ぜい] を正す、固 [まこと] に前脩以って菹醢 [しょかい] にせらる)と云う句が見られる。

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2008年4月18日 (金)

ポルトガル語版の「アメイジング・グレイス」

今朝 (2008-04-18 [金] 06:06:31)、キーフレーズ [アメージング グレース ポルトガル語ヴァージョン] で、このサイトを訪問された方がいらしたようだ。

"Amazing Grace" は、ボルトガル語では順当に "Graça Surpreendente" でよいらしい。

あまり時間の余裕がないのと、またあったにしろ大したことは書けそうもないので、参考になるかもしれないウェブページ2つ (いづれもブラジルのものと思われるサイト内にあった) へのリンクを以下に貼っておくだけでお茶を濁すことにする。

1. Amazing Grace
2. Amazing Grace (Tradução)

[1] はジョン・ニュートン (John Newton) とアメイジング・グレイス (Amazing Grace) を紹介した、お勉強モード一色のページなんだが、[2] の方は変わっていて、どうやらゴッドヘッド (Godhead) と云うメタルロックバンドがインターネット限定でリリースしている英語版アメイジング・グレイス ("The Official Godhead Website" でダウンロード可能。笑える) の歌詞を「翻訳紹介」したもののようだ。

    関連記事:
  1. nouse: "Amazing Grace" の楽譜
  2. nouse: 中国語版 "Amazing Grace" なら
  3. nouse: "Amazing Grace" 歌詞「翻訳のようなもの」

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2008年4月14日 (月)

『雪濤小說』(明・江盈科) 中の「鼠技虎名」

今日、午後 (2008/04/14 16:14:51)、キーフレーズ [雪 小説 楚人 虎 鼠] で、このサイトを訪問された方がいらしたようだ。

これだけで喋喋するのは、まさしく「大きなお世話」と言うべきだろうが、一応書いておくと、明代の江盈科が著わした『雪濤小說』中の「鼠技虎名」あたりが参考になるのではないかと思う。一応、ネット上に見られるテキストを再録しておこう:

鼠技虎名
  楚地的人稱老虎為老蟲,蘇州人稱老鼠為老蟲。我在長洲做縣令的時候,因為有事到了婁東,住在客棧裡,把燭吹滅我就睡了。忽然聽得碗碟叮噹有聲,我便問看門的童子是怎麼回事,童子答道:「是老蟲鬧騰。」我是楚地人,一向稱老虎為老蟲,聽說是「老蟲」,很是害怕,說:「城裡怎麼會有這種野獸?」童子說:「不是別的獸,是老鼠。」我問他:「老鼠為什麼叫老蟲?」童子說這是吳地的風俗,世世代代都是這麼叫這麼傳下來的。
  啊哈!老鼠冒老虎之名,致使我嚇得要逃走,真是可笑。然而今日天下冒虎名以欺世的也真不少:那些堂而皇之戴官帽穿官服掌大印披綬帶的有權有勢的人,果真能阻止邪惡萌生、抑制權貴、打擊豪強嗎?軍營之內,那些戴高帽、佩長劍,左邊拿著斧鉞右邊握著大旗的人,威風凜凜,但能夠抵禦強盜,北阻北鄰部落入侵,南擋南方部族冒犯,如同古代良將孫武、吳起、王翦那樣的有勇有謀嗎?猛然間聽到這些文臣武將的大名,真可謂大名鼎鼎,聲震遠近,令人懼怕得很,如同見了老虎一般;但慢慢地就品出味道來了,這些人充其量,不過是玩弄鼠輩的伎倆而已。哎!那些以鼠輩伎倆,而冒充虎之威名的權黨們,都是騎在民眾頭上作威作福的鼠輩啊,這關係到天下危亡的大事怎麼能不叫人擔憂呢?
——明﹒江盈科《雪濤小說》
--熾天使書城--- 嘲諷類

『雪濤小說』は、2004年の大学入試センター試験に出たらしいから、ご存じの方も多いだろうが、浅学懶惰な私には「江盈科」も『雪濤小說』も初耳だった。

一応、『雪濤小說』は寓話文学に位置づけられるらしいのだが、「鼠技虎名」の内容は、「寓意」への繋げ方が強引すぎるきらいがあるとは言え、現代日本の「ライトエッセイ」に近いかもしれない。あるいは、もう少し酷なことを言うなら、現代日本の新聞にみられる「天声人語」風の詰まらない雑文にも似ている (瞥見による比較の限りでは、「天声人語」はまだマシな方だけれども)。

おそらく、これは江盈科の実体験であったのだろう。彼は、「桃源の人」つまり、「楚地人」である。しかし、ここで、「楚地」と「蘇州」との文化的格差に就いて論じるのは、私の手に余るし、また、この文章を素材にしても、(私自身の非才は無視して言うのだが)大したことは出来なそうな気がするので、やめておくことにしよう。

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2008年4月13日 (日)

ヘブライ語で「海」

今日になったばかりのころ (2008/04/13 00:13:55)、キーフレーズ [ヘブライ語で海] でこのサイトを訪問された方がいらしたようだ。多分、ヘブライ語で「海」は何というのかお調べなのだと思う。

ヘブライ語に興味をお持ちなのだろうから、旧約聖書の天地創造説話やモーセの「割れる海」説話はご存じだと思うのだが...

関連部分を一応再録しておくと:

神言ひたまひけるは 天の下の水は一處に集まりて乾ける土顯べしと 即ち斯なりぬ
神乾ける土を地と名け 水の集合(あつまれ)るを海と名けたまへり 神之を善(よし)と觀たまへり
--[創世記1:9-1:10]

時にヱホバ、モーセのいひたまひけるは 汝なんぞ我に呼はるや イスラエルの子孫(ひとびと)に言て進みゆかしめよ
汝杖を擧げ手を海の上に伸て之を分ち イスラエルの子孫(ひとびと)をして海の中の乾ける所を往かしめよ
[出エジプト記14:15-14:16]

で、その原文は:

וַיֹּאמֶר אֱלֹהִים, יִקָּווּ הַמַּיִם מִתַּחַת הַשָּׁמַיִם אֶל-מָקוֹם אֶחָד, וְתֵרָאֶה, הַיַּבָּשָׁה; וַיְהִי-כֵן.
וַיִּקְרָא אֱלֹהִים לַיַּבָּשָׁה אֶרֶץ, וּלְמִקְוֵה הַמַּיִם קָרָא יַמִּים; וַיַּרְא אֱלֹהִים, כִּי-טוֹב.
וַיֹּאמֶר יְהוָה אֶל-מֹשֶׁה, מַה-תִּצְעַק אֵלָי; דַּבֵּר אֶל-בְּנֵי-יִשְׂרָאֵל, וְיִסָּעוּ.
וְאַתָּה הָרֵם אֶת-מַטְּךָ, וּנְטֵה אֶת-יָדְךָ עַל-הַיָּם--וּבְקָעֵהוּ; וְיָבֹאוּ בְנֵי-יִשְׂרָאֵל בְּתוֹךְ הַיָּם, בַּיַּבָּשָׁה.

ハハ、自分で引用しておいて何だが、『創世記』の方は יַמִּים で複数形だし、『出エジプト記』の方は、二つとも הַיָּם で、定冠詞が付いていて、例としては適当ではないかもしれない。

裸の形を書いておくと יָם になる。むりやりカタカナにすれば「ヤム」ぐらいか。

יָם に方向を表わす接尾辞が付いて יָמָּה となると「(地中)海の方」で、「西へ」を意味するのだそうな(『創世記』28:14)。


勿論、上記のようなことをせずとも、日本語版ウィキペディアの [] のページの [他の言語] で עברית (← 「ヘブライ語」の意) をクリックして、対応するヘブライ語版ウィキペディアのページ [ים] を開けば、その見出しに求めるものが得られる (母音記号が付いていない形であるけれども)。

さら安直には、英文版の Wiktionary:Main Page で "sea" を検索して得られるページ "sea" を見ることある。そこには、各国語の海の訳語が列挙されていて、[Hebrew: יָם (yam) m. ] が含まれている。

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2008年3月27日 (木)

『"May the Force be with you" (「フォースのともにあらんことを」) を色色な言語で言うと』補足:ヘブライ語の場合

[nouse: "May the Force be with you" (「フォースのともにあらんことを」) を色色な言語で言うと] (2008年3月27日[木]) において、ヘブライ語の場合は調べがつかないと書いたが、その補足をしておく。

ヘブライ語版の "May the Force be with you." が見つからなかったのは、単に私の浅学の然らしむる處だったのかもしれないが、そのことは不問にして、私の印象を書いておくと、ヘブライ語利用者には "May the Force be with you." をヘブライ語化することを避けて、英語版をそのまま使っているのかの如き節が見られる。「翻訳が難しい」と一言で言っても、その含意は様ざまでありうるので、憶測はしないに限るが、そこに一種の文化的障壁がある可能性は排除できないだろう。

補足 2008-05-19 [月]: "יהי הכוח אתכם" や "יהיה הכוח אתכם" や、更に "יהי הכוח עמך "(このフレーズは正しい並び方で表記されていないようだ。確認画面では期待通りの並び方になるのだが、公表画面では順番が変わってしまう。いろいろ試してみたが修復に到っていていない) と云う表現が実在するが、用例は少ないようで google 検索で前二者はそれぞれ 1件、3番目は数件ヒットするのみである ([nouse: "May the Force be with you" (「フォースのともにあらんことを」) を色色な言語で言うと] 中の「補足」参照)。

この数は微妙な気もするのだが、一応以下の議論はそのままにしておく。

ヘブライ語化を避けている一番端的な例は、ヘブライ語版のウィキクォートの「スター・ウォーズ」の項 "מלחמת הכוכבים" で見られる (ちなみに「英語版」と言うか、その入り口は [Star Wars - Wikiquote] である):

.ברכה נפוצה בסרטי מלחמת הכוכבים - "may the force be with you"

つまり、翻訳を示さないで「映画『スター・ウォーズ』中で頻出する挨拶」と云う説明のみで済ましている。

「スター・ウォーズ」がイスラエルで公開された際 (エピソードⅣの特別版は1997年3月21日イスラエル・リリース)、この科白がどのような扱いをされたか、生憎私の承知する處ではないので、若干知りたくはある。


「常にともにある」と云うのは、ヘブライ語文化、あるいはユダヤ文化では、ヤハウェのみに許される属性であろうから、その属性を有するなにものかを「フォース」と呼んでしまうのは、一種の「偶像崇拝」になる可能性はあるだろう。


付言すると、「そして、Star Wars の中で、"May the Force be with you." は、まさに別れに際する挨拶であったはずです。少なくともこの局面では George Lucas が the Forceを[神]のメタファーとして使っていると、かなりの確度をもって推定できるでしょう」と云うのが [nouse: NIFTY翻訳フォーラム投稿再録(1997年7月3日?)] (2004年7月16日[金]) の結論だったが、George Lucas 自身が、インタヴュー記事 "Wired: Life After Darth - issued May 2005" において、"the Force" と云う言葉が、生命体が高度に複雑な機械にすぎないと主張する人工知能学者 Warren S. McCulloch に反対して映画製作者・監督 Roman Kroitor (IMAX 開発者の一人) が述べた:

"Many people feel that in the contemplation of nature and in communication with other living things, they become aware of some kind of force, or something, behind this apparent mask which we see in front of us, and they call it God."

に影響 ("an echo of that phrase") を受けていることを認めている。

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"May the Force be with you" (「フォースのともにあらんことを」) を色色な言語で言うと

このまえ、"May the Force be with you." (「フォースのともにあらんことを」) を、スウェーデン語で何と言うかと云う記事を書いた ([nouse: 「フォースのともにあらんことを 」("May the Force be with you.") をスウェーデン語で言うと] 2008年3月2日[日])。昨年は、ドイツ語で何と言うかに就いても書いてある (nouse: 「フォースのともにあらんことを 」("May the Force be with you.") をドイツ語で言うと 2007年2月23日[金])。

それぞれ、そう云う目的でこのサイトを訪問されたらしい方がいらしたために、余計なお世話を焼いたに過ぎない。

しかし、スウェーデン語とドイツ語 (そして、英語) が分かると、その他の言語では何と言うのか気になってくる。そこで、以下簡単に纏めておく。

ただし、「定訳」が存在していないこともありうるし (このような「決め文句」は、文脈上特段の理由がない限り「定訳」が採用するのが好ましい)、また少なくとも一部の印欧系の言語では第二人称の単複と、それに伴う親称・敬称 (もしあれば) の扱いが問題になるのだが、何れもほぼ考慮せず、ネットで発見してものを収集したにとどまる。

それでも、印欧系言語で第二人称単数親称を使った表現らしいものが見つかった場合は、それが最初に来るようにはした。それは "May the Force be with you" が、基本的には使命を帯びて旅立つ者への「はなむけの言葉」であるからだ ([マタイ]28:20 参照。ただし、そこでのイエスの言葉は1人ではなく11人に言われているけれど)。

引用句の最後はピリオドではなく感嘆符とする例も多多あるのだが (スペイン語では文頭にも付くこともある)、以下では一切付けていないので、適宜補って読んで戴きたい。

イタリア語: Che la Forza sia con te. / Che la Forza sia con voi. / Che la Forza sia con lei. / Che la Forza sia con loro.
スペイン語: Que la Fuerza te acompañe. / Que la Fuerza esté contigo. / Que la Fuerza os acompañe. / Que la Fuerza esté con vosotros. / Que la Fuerza esté con ustedes. / Que la Fuerza lo acompañe. / Que la Fuerza les acompañe.
フランス語: Que la Force soit avec toi. / Que la Force soit avec vous.
ポルトガル語: Que a Força esteja contigo. / Que a força esteja com você. / Que a Força esteja convosco. / Que a força esteja com vocês.

ドイツ語: Möge die Macht mit dir sein. / Möge die Macht mit euch sein. / Möge die Macht mit Ihnen sein.
オランダ語: Moge de kracht met je zijn. / Moge de kracht met jou zijn. / Moge de kracht met u zijn. / Moge de kracht met jullie zijn.

スウェーデン語: Må kraften vara med dig. / Må kraften vara med er.
デンマーク語: Må Kraften være med dig. / Må Kraften være med jer.
フィン語 (フィンランド語): Olkoon Voima kanssasi.
ハンガリー語: Az Erö Legyen Veled.

ギリシャ語: Η Δύναμη μαζί σου. / Η Δύναμη να είναι μαζί σου
ラテン語: Vis tecum sit. / Sit vis vobiscum. (2009-09-24 [木]:"nobiscum" を --vobiscum-- に訂正。)

ロシア語: Да пребудет с тобой Сила. / Да пребудет с Вами Сила.

ポーランド語: Niech Moc będzie z tobą. / Niech Moc będzie z Wami.
クロアチア語: Neka Sila bude s tobom. / Neka je Sila s tobom. / Neka Sila bude s vama. / Neka je Sila s vama.
ブルガリア語: Нека силата бъде с теб. / Нека силата бъде с вас.

中国語: 愿原力与你同在。/ 願原力與你同在。
韓国語: 포스가 함께 하기를。 / 포스가 당신과 함께 하기를 빌겠소。

トルコ語: Güç seninle olsun.

ヘブライ語では何というかに就いては調べがついていないので宿題としておこう。例えば "הכוח" "מלחמת הכוכבים" の組み合わせ (「スター・ウォーズ」と「フォース」) で検索してみたが、はかばかしい結果が得られなかった。

補足 (2008-04-30 [水]):
その後、"יהיה הכוח אתכם" で google 検索してみたところ、1件ヒットした (DEMONS: Under the Sink)。また "יהיה הכוח אתך" では1件もヒットしなかった。

2008-05-19 [月]: "יהי הכוח אתכם" でも1件ヒットする。それは、やはり "Demons: Under the Sink" 中の記事だが、別のページ (Reviews Master)である。更に、"יהי הכוח עמך" と云う言い方もありうる。これは数件ヒットするようだ。おそらく「フォースのともにあらんことを」のヘブライ語訳としては、この二つが最も「それっぽい」のではないか (文脈によっては、対象が二人称複数の形にしてもよいだろう)。

"יְהִי כֵן יְהוָה עִמָּכֶם" ([出エジプト記]10:10) が参考になるかもしれないので、ここに書き留めておく。

参考になるかもしれないサイト:
1. Force (Star Wars) - Wikipedia, the free encyclopedia
2. הכוח (מלחמת הכוכבים)

「"May the Force be with you" を色色な言語で言うと」は、「ネタ」としては平凡なものであるので、同主題で既に幾つもの記事が書かれている。そのうちの一つだけを引用しておく:
[Somewhere in the Middle: Que la Fuerza te acompane!]

このブログ記事は、[nouse: 「フォースのともにあらんことを 」("May the Force be with you.") をスウェーデン語で言うと] と [nouse: 「フォースのともにあらんことを 」("May the Force be with you.") をドイツ語で言うと] の他に次の記事にも関連する:
1. [nouse: "May the Force be with you."に就いて] (2004年8月6日[金])
2. [nouse: NIFTY翻訳フォーラム投稿再録(1997年7月3日?)] (2004年7月16日[金])

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2008年3月 2日 (日)

「フォースのともにあらんことを 」("May the Force be with you.") をスウェーデン語で言うと

本日未明 (2008/03/02 03:15:18)、キーフレーズ [May the Force be with you スウェーデン語] でこのサイトを訪問された方がいらしたようだ。恐らくは、「フォースのともにあらんことを 」("May the Force be with you.") をスウェーデン語で言うとどのようになるかお調べだったのだろうと思う。

生憎、スウェーデン語には、全く不案内で (まぁ、得意な分野など一つも無いのだが、それはさておき) まともな情報をお伝えできないのは残念至極である。

調べてみると "Må kraften vara med dig." なのだろうぐらいの当て推量はできるのだが、それまでのこと。

当てずっぽうを、さらに言うなら、"Må" が英語の "may"、 "kraften" が "the force" (定冠詞 "en" は後置されている)、 "vara" が"be"、 "med" が "with"、 "dig" が "you" に対応するのだろう。

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2008年2月18日 (月)

たとへていへば?

先程 (2008/02/18 05:32:39) キーフレーズ [白露も夢もこの世もまぼろしもたとへていへば久しかりけり] で、このサイトを訪問された方がいらしたようだ。

思わず首を傾げてしまった。勿論「たとへていへば」に引っ掛かったのだ。「なんで已然形なんだ?」

[nouse: 丸谷才一「新々百人一首(下)」(新潮文庫)] (2005年6月4日[土]) で引用してある形が、そうであるように、これは「たとへていはば」と未然形であるべきだろう、と思ったのだった。

思わず気になって、ログをもう少し詳しく見てみると、ウェブブラウザの使用言語が中国語になっている。失礼な話ながら、何となく腑に落ちて、更にその検索式を眺めると、どうやら台湾の方であるらしい。

しかし、それだけの事なら、別にブログ記事を起こすほどのことではない。話に続きがある。

実は、訪問者の検索 (google) を後追いしてみたのだが、そうすると、ネット上でも「たとへていへば」がヒットするのだ (例:[吉川栄治研究室(滋賀大学)])。やや驚いて、手持ちの岩波文庫版の『後拾遺和歌集』を覗いてみると、採用されているのは「いはば」だが、「いへば」とする写本が存在することが注記されている (p.165)...

気になって、訪問者の検索の後追いではなく、設定言語を日本語に変えて (つまり自分のブラウザの検索窓から) 検索すると、[白露も夢もこの世もまぼろしもたとへていへば久しかりけり] では5件ヒットするのに、[白露も夢もこの世もまぼろしもたとへていはば久しかりけり] では、このサイトを含めて1件もヒットしない。

やれやれ。

  露ばかり逢ひそめたる男の許につかはしける
白露も夢もこの世もまぼろしもたとへていはば久しかりけり
和泉式部 [後拾遺和歌集14]832

「露のひぬま」ほど逢ったばかりで来なくなった男に対して、和泉式部が「(「儚い」と云われる) 白露も夢もこの世もまぼろしも」、あなたの愛情の短さに比べて表現してみるならば「久し」と言えるほどの長さでしたね、と怨じている訣だ。

これは「比べたくもないけれど」と云う底意があるから、未然形であるべきで、それでこそ女の哀しさがにじみでる。もし已然形にしてしまうと、決めつける感じ (「実際に比べて分かったので教えてあげると」) がして、歌意が損なわれるだろう (ついでに言っておくと、已然形だと結びの「けり」にも馴染まない)。「和泉式部」は、そんな馬鹿なこと (「もののあはれ」に背くようなこと) をする女とは思えないのだ。


ついでに記す。「たとへて見れば」という表現があるが、この「見れ」は已然形である。これは、ここでは上一段動詞「見」(連用形) が「試みに...する」と云う補助動詞的な働きをしていて、「見れば」で、先行する動詞に、結果として未然形的な色合いを附加するので (「(試しに)比べてみたら」・「(試しに)譬えてみたら」)、已然形で構わない。例えば、「人心たとへて見ればしらつゆの消ゆるまもなほ久しかりけり (読人しらず [後撰和歌集18]1264)」は「あなたの愛情と比べてみたら、白露が消えるまでの短い間でさえもまだ長いものでしたね」になる。

更に記す。已然形「言へば」の典型例は、誰でも知っているだろうが:

   座右の銘
  人の短を言ふ事なかれ
  己が長を説く事なかれ

物言へば唇寒し秋の風
(芭蕉 [芭蕉庵小文庫])

である。「たとへていへば」には、なにやら「唇寒い」ところがある、と云うのは言い過ぎだろうか?


(2008-10-29 [水] 補足)
この「座右の銘」は芭蕉の創成ではない。「崔子玉座右銘」として著名な (後漢の人 [崔瑗] 作「座右銘」として [文選] 第56巻に収められている) 次の五言二十句百字十聯の冒頭聯である。

無道人之短、無說己之長。
施人愼勿念、受施愼勿忘。
世譽不足慕、唯仁爲紀綱。
隱心而後動、謗議庸何傷。
無使名過實、守愚聖所臧。
在涅貴不淄、曖曖內含光。
柔弱生之徒、老氏誡剛強。
行行鄙夫志、悠悠故難量。
愼言節飮食、知足勝不祥。
行之苟有恆、久久自芬芳。
--(昭明文選/卷56座右銘 - Wikisource)

ちなみ空海真筆と云う「崔子玉座右銘」断簡が現存する。また、空海の「三教指帰」中 [龜毛先生論] には「好談人短莫願十韻之銘/好んで人の短を談じて十韻の銘を顧みることなく」(岩波文庫[三教指帰] p.126/p.20) と、この [座右銘] への言及がある。

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2008年2月13日 (水)

ヘブライ語で「月」

時どき (2週間に1度ぐらいか)、どうやらヘブライ語で「月」を何と言うのかお調べのご様子で、このサイトを訪問される方がいらっしゃる。私自身、「どうでもいいな」と云う内容ではあるし、また、[nouse: 吉田兼好の "deja vu" と私の "jamais vu"] でも書いたが、現在異常に長い (とうとう 600k bytes を超してしまった) ブログ原稿に掛かっているので無視していたのだが、今朝 (2008/02/13 03:58:53) やはりキーフレーズ [ヘブライ語で月] での訪問者があったのと併せて、ちょうど先程ブログ原稿作成が一区切りついたので (まぁ、もう一度ぐらい見直さねばならないのだが)、ヘブライ語で「月」を何と言うか、調べてみることにした。

といっても、「月月に月見る月は多けれど月見る月は此月の月」(『夏山雑談』) と云うくらいで、「月」には英語で言う "month" と "moon" の二つの意味がある (そう言えば、[獅子てんや・瀬戸わんや] が、「マンスマンスにムーン見るマンスは多けれどムーン見るマンスはこのマンスのムーン」と言っていたような気がするな)。そのどちらか分からないので、両方調べる。

もっとも、私が考えるようなことだから、遣ることは単純で、日本語版ウィキペディアの「月」の項目から、対応ヘブライ語版へ飛んで、その見出しを見るだけだ。

これは、それなりに応用が効くだろうから、今後似たようなことがあったら、ご自分で遣ってみることをお勧めする。そうすれば、このサイトを訪問するような無駄なことはしないですむだろう。

で、暦の方の月 (つまり「マンス」の方) は、חודש になる。

これに就いては、ウィキブック中の、ヘブライ語における日本語グロサリのページ יפנית/אוצר מילים/אחר も参照されたい。

では、空に浮かぶお月様 (つまり「ムーン」)の方はどうかと云うと、הירח だと云うことだ。これは定冠詞が付いた語形だが、それが付かない ירח では「衛星」と云う意味になる由。なるほどね。

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2008年2月 1日 (金)

「へゲール」とは俺のことかとヘーゲル言い

昨日深更 (2008/01/31 23:01:50)、キーフレーズ「へゲールの弁証法とは」で、このサイトを訪問された方がいらしたようだが、これではゲオルク・ヴィルヘルム・フリードリヒ・ヘーゲル (Georg Wilhelm Friedrich Hegel) の弁証法 (Dialektik) には辿りつけないのではないか。何故かと言うと:

1. 音引き「ー」と「ゲ」の位置が逆。
2. 最初の「へ」がカタカナではなくひらがな。

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2008年1月31日 (木)

吉田兼好の "deja vu" と私の "jamais vu"

[nouse: [幽明録 天台二女] に就いて:訳文] (2007年12月21日[金]) 直後以来だから、もう 40日間ぐらい、一つのブログ原稿を書いている。既に 550kb を超えてしまった。これから、もう少し、増えるのではないか。

全体の構成は出来ていて、今は訂正と補足をしているのだが、何度見直しても、訂正・補足 (特に、補足) したい所が出てくる。記事に変更が出ると、そのたびに、ファイルをコピーアンドペーストしてココログの投稿記事の確認で仕上がりをチェックするのだが、記事ファイルが長大な物だから、もうペーストと云うより、ファイルのアップロードみたようになってしまっているのだ。

その「アップロード」に、結構時間がかかるのだな。回線の状態にもよるが、数十秒ぐらいだろうか。

その間、手持ちぶさた。そう云う時は文庫本でも読むしかない。

で、今読んでいるのが「徒然草」。別に「つれづれなるままに」と云う洒落ではなくて、たまたま。本当に、たまたまだ。

で、こう云うところがあって面白かったと云うだけの話なんだが:

[徒然草]第71段
名を聞くより、やがて面影は推しはからるゝ心地するを、見る時は、また、かねて思ひつるまゝの顔したる人こそなけれ。昔物語を聞きても、この比の人の家の、そこほどにてぞありけんと覺え、人も、今見る人の中に思ひよそへらるゝは、誰もかく覺ゆるにや。
また、如何なる折ぞ、たゞいま人の云ふことも、目に見ゆる物も、わが心のうちも、かゝる事のいつぞやありしかと覺えて、いつとは思ひ出でねども、まさしくありし心地のするは、我ばかりかく思ふにや。

後半部分、"deja vu" の話だよねぇ。

「徒然草」って、前にも読んだ筈なんだがなぁ。全然記憶にない。"jamais vu" だね。

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2007年12月21日 (金)

"Rboard PRO for PC" 被昇天

昨2007年12月20日午前、十年ほどもしっかり働いてくれた "Rboard PRO for PC" が天に召されました。

ハードウエアとしての使い心地はとても優れていたものの、ドライヴァの出来は今ひとつで、ときどき突如として半角カナコードを吐き出すようになって、システム再起動を余儀無くさせられましたが、それも今となっては良い想い出です。

最近は、システム立ち上げ時に、キーボードの認識が成立せず、そのたびに BIOS 画面をオープン・アンド・シャットすると云う便法を取らざるを得ないことが頻頻と起こるようになっていました。

更に、この數日間は、数文字、或いは一文字打ち込んだだけで半角カナ状態に切り替わることが常態化していました。そして遂に昨日になって、システム立ち上げのキーボード認識失敗だけでなく、BIOS 画面を開く為の DEL キー入力さえ出来なくなってしまったのでした。

キーコードが入力できなければ、キーボードはキーボードではなく、コンピュータも只の箱です。こうなってしまっては、この Rboard を偏愛してきた私としても為す術がありません。思うに、二台の「アスキーボード」と、この "Rboard PRO for PC" とで長い間続いてきた親指シフト専用キーボードの利用が到頭終わってしまったので、若干の感傷ナシとしませんが、普通の日本語キーボードに AltIME と「親指ひゅんQ」を入れて凌いでいます。

でもやはり使いづらいですね。慣れれば何とかなるのでしょうか。そうあって欲しいとは思っていますが。

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2007年12月14日 (金)

メトキシ其?

先程 (2007/12/14 09:45頃)、[メトキシ其 構造 化学式] や [メトキシ其 化学式] でこのサイトを訪問された方がいらしたようだ。

まぁ、どうでもいいことなんだが、「メトキシ其」は「メトキシ基」に変えられた方が良いのではないか。

ついでに日本語版のウィキペディアから引用しておく。

メトキシ基(—-き、methoxy group)とは、有機化学において構造式が CH3O- と表される1価の官能基。メチルオキシ基。アルコキシ基の一種。
--メトキシ基 - Wikipedia


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2007年12月 6日 (木)

ロシア語で「チョコレート」

先程 (2007/12/06 10:51:11) キーフレーズ [ロシア語 チョコレート] で、このサイトを訪問された方がいらしたようだ。あるいは、ロシア語で「チョコレート」を何と言うのがお調べなのだろうか。

たしか、[nouse: ロシアの99%カカオ・チョコレート] には、"шоколада" と云う形で、ロシア語のチョコレートに就いて言及しているのだが、これは「生格形」であって主格形ではない。

主格形を書いておくと、"шоколад" になる。

関連があるかもしれないサイトを幾つか:

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2007年12月 5日 (水)

『孟子荀卿列伝』に就いて

先程 (2007/12/05 13:26:03) キーワード [孟子荀卿列伝 あらすじ] で、このサイトを訪問された方がいらしたようだ。

「あらすじ」と言われてもねぇ。

要するに『史記列伝』中に収められた孟子・荀子・騶子・淳子その他の人々の伝記 (獵儒墨之遺文,明禮義之統紀,絕惠王利端,列往世興衰。作孟子荀卿列傳第十四。[太史公自序 93]) で、全部で12パラグラフほどしかないのだ。

[中國哲學書電子化計劃] によると:

《孟子荀卿列傳》
1 孟子荀卿... : 太史公曰:余讀孟子書,至梁惠王問“何以利吾國”,未嘗不廢書而嘆也。曰:嗟乎,利誠亂之始也!夫子罕言利者,常防其原也。故曰“放於利而行,多怨”。自天子至於庶人,好利之獘何以異哉!

2 孟子荀卿... : 孟軻,騶人也。受業子思之門人。道既通,游事齊宣王,宣王不能用。適梁,梁惠王不果所言,則見以為迂遠而闊於事情。當是之時,秦用商君,富國彊兵;楚、魏用吳起,戰勝弱敵;齊威王、宣王用孫子、田忌之徒,而諸侯東面朝齊。天下方務於合從連衡,以攻伐為賢,而孟軻乃述唐、虞、三代之德,是以所如者不合。退而與萬章之徒序詩書,述仲尼之意,作孟子七篇。其后有騶子之屬。

3 孟子荀卿... : 齊有三騶子。其前騶忌,以鼓琴干威王,因及國政,封為成侯而受相印,先孟子。

4 孟子荀卿... : 其次騶衍,后孟子。騶衍睹有國者益淫侈,不能尚德,若大雅整之於身,施及黎庶矣。乃深觀陰陽消息而作怪迂之變,終始、大圣之篇十餘萬言。其語閎大不經,必先驗小物,推而大之,至於無垠。先序今以上至黃帝,學者所共術,大并世盛衰,因載其禨祥度制,推而遠之,至天地未生,窈冥不可考而原也。先列中國名山大川,通谷禽獸,水土所殖,物類所珍,因而推之,及海外人之所不能睹。稱引天地剖判以來,五德轉移,治各有宜,而符應若茲。以為儒者所謂中國者,於天下乃八十一分居其一分耳。中國名曰赤縣神州。赤縣神州內自有九州,禹之序九州是也,不得為州數。中國外如赤縣神州者九,乃所謂九州也。於是有裨海環之,人民禽獸莫能相通者,如一區中者,乃為一州。如此者九,乃有大瀛海環其外,天地之際焉。其術皆此類也。然要其歸,必止乎仁義節儉,君臣上下六親之施,始也濫耳。王公大人初見其術,懼然顧化,其后不能行之。

5 孟子荀卿... : 是以騶子重於齊。適梁,惠王郊迎,執賓主之禮。適趙,平原君側行撇席。如燕,昭王擁彗先驅,請列弟子之座而受業,筑碣石宮,身親往師之。作主運。其游諸侯見尊禮如此,豈與仲尼菜色陳蔡,孟軻困於齊梁同乎哉!笔武王以仁義伐紂而王,伯夷餓不食周粟;衛靈公問陳,而孔子不答;梁惠王謀欲攻趙,孟軻稱大王去邠。此豈有意阿世俗茍合而已哉!持方枘欲內圜鑿,其能入乎?或曰,伊尹負鼎而勉湯以王,百里奚飯牛車下而繆公用霸,作先合,然後引之大道。騶衍其言雖不軌,儻亦有牛鼎之意乎?

6 孟子荀卿... : 自騶衍與齊之稷下先生,如淳于髡、慎到、環淵、接子、田駢、騶奭之徒,各著書言治亂之事,以干世主,豈可勝道哉!

7 孟子荀卿... : 淳于髡,齊人也。博聞彊記,學無所主。其諫說,慕晏嬰之為人也,然而承意觀色為務。客有見髡於梁惠王,惠王屏左右,獨坐而再見之,終無言也。惠王怪之,以讓客曰:“子之稱淳于先生,管、晏不及,及見寡人,寡人未有得也。豈寡人不足為言邪?何故哉?”客以謂髡。髡曰:“固也。吾前見王,王志在驅逐;后復見王,王志在音聲:吾是以默然。”客具以報王,王大駭,曰:“嗟乎,淳于先生誠圣人也!前淳于先生之來,人有獻善馬者,寡人未及視,會先生至。后先生之來,人有獻謳者,未及試,亦會先生來。寡人雖屏人,然私心在彼,有之。”后淳于髡見,壹語連三日三夜無倦。惠王欲以卿相位待之,髡因謝去。於是送以安車駕駟,束帛加璧,黃金百鎰。終身不仕。

8 孟子荀卿... : 慎到,趙人。田駢、接子,齊人。環淵,楚人。皆學黃老道德之術,因發明序其指意。故慎到著十二論,環淵著上下篇,而田駢、接子皆有所論焉。

9 孟子荀卿... : 騶奭者,齊諸騶子,亦頗采騶衍之術以紀文。

10 孟子荀卿... : 於是齊王嘉之,自如淳于髡以下,皆命曰列大夫,為開第康莊之衢,高門大屋,尊寵之。覽天下諸侯賓客,言齊能致天下賢?恳病?

11 孟子荀卿... : 荀卿,趙人。年五十始來游學於齊。騶衍之術迂大而閎辯;奭也文具難施;淳于髡久與處,時有得善言。故齊人頌曰:“談天衍,雕龍奭,炙轂過髡。”田駢之屬皆已死齊襄王時,而荀卿最為老師。齊尚修列大夫之缺,而荀卿三為祭酒焉。齊人或讒荀卿,荀卿乃適楚,而春申君以為蘭陵令。春申君死而荀卿廢,因家蘭陵。李斯嘗為弟子,已而相秦。荀卿嫉濁世之政,亡國亂君相屬,不遂大道而營於巫祝,信禨祥,鄙儒小拘,如莊周等又猾稽亂俗,於是推儒、墨、道德之行事興壞,序列著數萬言而卒。因葬蘭陵。

12 孟子荀卿... : 而趙亦有公孫龍為堅白同異之辯,劇子之言;魏有李悝,盡地力之教;楚有尸子、長盧;阿之吁子焉。自如孟子至于吁子,世多有其書,故不論其傳云。

13 孟子荀卿... : 蓋墨翟,宋之大夫,善守御,為節用。或曰并孔子時,或曰在其后。
--中國哲學書電子化計劃(史記 : 列傳 : 孟子荀卿列傳 - 中國哲學書電子化計劃)

後は、『史記列伝』の邦訳本でもご参照下さいとでもいうしかない。岩波文庫版では第1分冊の pp.231-242 (注込み) に記載されている。

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2007年12月 3日 (月)

朝永振一郎『量子力学的世界像』中の誤植

岩波文庫「量子力学と私」(朝永振一郎。岩波書店。東京。1997年) の p.352 ([量子力学的世界像]中の注) に、

二次元の楕円を、x, y の二次の方程式で、三次元の楕円体は、x, y, z の三次の方程式で、それぞれ定義したように

とあるが、勿論「三次の方程式」は「二次の方程式」の誤植である。

弘文堂版 (1965年) 『量子力学的世界像』では、pp.138-139 に相当する。

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ヘブライ語で「宵の明星」

[nouse: 色色な言語で「宵の明星」] (2007年11月30日 [金]) で、ヘブライ語では「宵の明星」を何と言うか調べ忘れていたので、補足しておく。

"Babylon English-Hebrew " で "evening star" を引いてみると、次の結果が得られる:

כוכב הערב: 「宵の星
נוגה: 「金星
ונוס: 「ウェヌス

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2007年11月30日 (金)

色色な言語で「宵の明星」

今日午前 (2007/11/30 10:29:20) キーワード[宵の明星 明けの明星 イタリア] でこのサイトを訪問されたかたがいらしたらしい。[nouse: 色色な言語で「明けの明星」] (2007年11月14日[水]) は作ったが、「宵の明星」の方はとサボっていたので、この機会に作っておく。

前回と同様 [LOGOS - Multilingual E-Translation Portal] の[evening star] の項と [Webster's Online Dictionary] の [Evening Star] の項を、内容未チェックのまま纏める。

英語: Evening Star
アフリカーンス語: Venus, Aandster
オランダ語: Venus, Avondster
フランス語: Vénus, l'étoile du soir
ドイツ語: Venus
ハンガリア語: Vénusz
イタリア語: Venere, la stella della sera
日本語: 宵の明星, 一つ星
マン島語: Rollage yn Astyr (Hesperus, the evening star). (various references)
Papiamento: Venus //"Papiamento" はカリブ海の所謂 ABC 諸島 で話されている言語。
偽ラテン語 (Pig Latin): eveningay arstay
ルーマニア語: luceafãrul de searã
ロシア語: вечерняя звезда
セルビア・クロアチア語: večernjača
トルコ語: venüs, akşamyıldızı, çulpan
ベトナム語: sao hôm
ユカテク・マヤ語 (Yucatec): Xnuk Ek'
ラテン語: Cytherea, Venus, vesper, vespere, vesperi, vespero, vesperum
スペイン語: la estrella vespertina
デンマーク語: Venus
フィンランド語:iltatähti
ペルシャ語: ناهيد

[nouse: サッポーの詩] にも呼格の形で出てきたが、古典ギリシャ語で「夕づつ」つまり「宵の明星」は Ἔσπερος である。

また、[nouse: 色色な言語で「明けの明星」] で触れたように、中国語では「宵の明星」は「長庚(长庚)」。これをハングル表記すると 장경 になる。

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2007年11月29日 (木)

Eglantier?

昨深更 (2007/11/28 23:52:25) キーフレーズ [Eglantier 和訳] で、このサイトを訪問された方がいらしたようだ。

yahoo japan の検索では、このサイトしかヒットしないようだから (google では、何もヒットしない)、いらしたのだろうが、その先に進められたか、若干心許ない気がする。

なぜなら、このサイトには当時 "Eglantier" と云う単語は含まれていなかったからで (現在では、この記事によって含まれることになったが...)、必要な情報を選り分けるのは大変だったかもしれない。

では、何故 jahoo がこのサイトを拾ったのかと云うと "églantier" と云う単語が、[nouse: フランスの古童謡 "Nous n'irons plus au bois"] 中に表れるからだろう。一応「野バラ」と訳しておいた。

ただし、églantierRosa canina であるが (所謂「ローズヒップ」は、主としてこの種のバラの実)、日本で言う「野バラ」は Rosa multiflora である。

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2007年11月28日 (水)

「耗子」の読み方

先程 (2007/11/28 10:29:40) キーフレーズ [耗子の読み方] でこのサイトを訪問された方がいらしたようだ。辿り着いたかどうかは分からないが [nouse: 信用できない引用句サイト(鄧小平の「猫論」に関係して)] の

不管白猫黑猫,抓住老鼠就是好猫
--寂寞如雪—写在午夜的思索集
--大参考総第2404期(2004.10.01)専門散播各種受中共査禁的新聞和評論
「老鼠」の代わりに「耗子」とするものもある(北方方言とのこと)。意味は同じで「ネズミ」。
--十一、不管白猫黑猫,抓住耗子就是好猫

//リンク切れはそのままにしてある。

にヒットしたものと思われる。残念ながら、発音に就いては書いていなかったので、補足すると、ピンインでは "hàozi" と表記されるものであるらしい。

例えば、"耗子 - Wiktionary" を参照されたい。

さらに "hàozi" をカタカナ化するとどうなるかと思ってネットを検索したら次のサイトが見つかった。それによると「ハオズ」ぐらいになるらしい。

中国料理用語辞典:鳥・動物

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オランダ語で「夜」

本日 四更 (2007/11/28 01:38:09) キーフレーズ [夜 オランダ語] でこのサイトを訪問された方がいらしたようだ。おそらくは、オランダ語で「夜」を何というのかお調べだったのだと思う。

オランダ語で「夜」は "nacht" である(男性名詞)。ドイツ語と (Nacht 女性名詞) 同じ綴りだが、頭文字が大文字ではない。

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2007年11月27日 (火)

ヘキサクロロ白金酸の構造式

先程 (2007/11/27 16:18:58) キーフレーズ [ヘキサクロロ白金酸 構造式] でこのサイトを訪問された方がいらしたようだ。おそらくヘキサクロロ白金酸の構造式に就いてお調べなのだろう。

そう云うことだとしたら、取り敢えず、英文版ウィキペディアの "Dihydrogen hexachloroplatinate (IV) hexahydrate" (ヘキサクロロ白金(Ⅳ)酸六水和物) の項に当たられてはどうだろう。その冒頭に曰わく:

Dihydrogen hexachloroplatinate (IV) hexahydrate is the chemical compound with the formula H2PtCl6•(H2O)6. Also known as hexachlorplatinic acid or chloroplatinic acid,...
--Dihydrogen hexachloroplatinate (IV) hexahydrate - Wikipedia, the free encyclopedia

2008-09-08 [月] 補足
日本語版ウィキペディアにも [ヘキサクロロ白金酸] として項目が立てられていた(CAS No. [16941-12-1], RTECS No. TP1510000)。

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断熱普遍量?

先程 (2007/11/26 22:28:54)、キーフレーズ [断熱普遍量 離心率] で、このサイトを訪問されたかたがいらしたようだ。大きなお世話と言われそうだが、「断熱普遍量」は「断熱不変量」とした方がよいのではあるまいか?

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2007年11月22日 (木)

略語 "C.R.Acad. Sci. Paris" に就いて

さきほど、(2007/11/22 10:58 ごろ) キーフレーズ [C.R.Acad. Sci. Paris 略語] で本サイトを訪問された方がいらっしゃったようだが、どうやらはかばかしい結果を得られていないようだ。そこで、大きなお世話だろうが、取り敢えず "Les Comptes rendus de l'Académie des sciences" で検索しなおされることをお薦めする。

"Les Comptes rendus de l'Académie des sciences" の日本語定訳の有無に就いては、私は無知。「フランス科学アカデミー報告」? 「フランス科学アカデミー学報」?「フランス科学アカデミー報文」?

「報告」は、検索すると若干引っ掛かるようだ。

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「かざがまえに又」に就いて

さきほど、(2007/11/22 10:16 ごろ) キーフレーズ [中国語 かざがまえに又] で本サイトを訪問された方がいらっしゃったようだが、もしそれが「凤」のことであるなら、われわれが通常使っている文字では「鳳」に対応する中国簡体字でしょう。ちなみに音は「ホウ」、訓は「おおとり」。鳳蘭 (おおとりらん) の「おおとり」ですね。中国音では fèng と云うことになります。

これ以上は、取り敢えず [百度百科: 凤] あたりをご参照ください。

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2007年11月15日 (木)

ラテン語で「伝令」

昨日、17時頃、キーフレーズ [伝令 ラテン語] で、このサイトを訪問された方がいらしたようだ。

もし「伝令」に対応するラテン語をお探しということであるならば "nuntius" あたりではないのか? これには、所謂「ニューズ」の他に、「伝令者」、「伝令内容」の意味があったはずである。

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2007年11月14日 (水)

色色な言語で「明けの明星」

昨夜、20時20分頃、キーフレーズ [イタリア語で明けの明星] で、このサイトを訪問された方がいらしたようだ。 まぁ、"l'astro del mattino" ぐらいでしょうね。

「明星」、「明星」と、イチイチ面倒なので、纏めて書いてあるものを探したら [l'astro del mattino - Logos Dictionary - Logos Translations multilingual dictionary] と Webster's Online Dictionary の [Morning Star] と云うものが見つかった。内容未チェックのまま、それに従うと:

英語: morning star
イタリア語: l'astro del mattino
スペイン語: lucero del alba
フランス語: l'étoile du matin
ブルトン語: gwerelaouen
デンマーク語: morgenstjerne
フィンランド語: aamutähti
ラテン語: sidus matutinum //ゑびすや贅言: Lucifer で良さそうな気がするが、キリスト教文化内では、安易に使えない言葉なのだろう。
マプンズグアン語: wüñejfe
ペルシャ語: ستاره صبح
ポルトガル語: estrela da manha, estrela d'alva
ウェールズ語: seren y bore
アルバニア語: ylli i mëngjesit
ブルガリア語: зорницата
チェコ語: jitřenka
オランダ語: morgenster
エスペラント: matenstelo
ドイツ語: morgenstern
現代ギリシャ語: αυγερινόσ
ヘブライ語: עמוד השחר 参考: עמוד השחר
אילת השחר, אילת 参考:morning star | Hebrew | Dictionary & Translation by Babylon
שחר 参考: Isaiah 14:12
ברקאי 参考: Naftali Herz Imber
ハンガリア語: hajnalcsillag
インドネシア語: bintang timur
日本語: 暁星, ぎょうせい, ひとつぼし, よあけのみょうじょう, みょうじょう
マン島語: rollage ny madjin, maddinagh
偽ラテン語 (Pig Latin): orningmay arstay
ルーマニア語: luceafãrul de dimineaţã
ロシア語: утренняя звезда
セルビア・クロアチア語: zvezda danica, zornjača
スウェーデン語: morgonstjärna
トルコ語: sabah yıldızı
ベトナム語: sao mai

以上に追加すべきものとしたら、以下のようなところだろうか(こちらも、あまり自信はない):

中国語: 啓明(启明)
参考: 「太白金星_百度百科」で指摘されているように [诗·小雅·大东 (詩経/小雅/大東]) には 「东有启明 西有长庚」(诗经·小雅) と云う句がある。つまり「啓明」が「明けの明星」を「長庚」が「宵の明星」を指す。

韓国語: 샛별
参考: Paran 사전(辞典):「啓」

古典ギリシャ語: Φωσφόρος

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2007年11月10日 (土)

ロシア語で「宵の明星」は "вечерняя звезда"

本日、午前1時半頃、[ロシア語 宵の明星] で、このサイトを訪問された方がいらしたようだが、目的は得られたであろうか? おそらくは、ロシア語で「宵の明星」が何と云うのかを探されていたのだろうと思う。

[和露g日記: 天文館 アーカイブ] と云うブログ (2005年10月06日) にも書かれていることだが、ロシア語で「宵の明星」は "вечерняя звезда" である。звезда が「星」(女性名詞単数主格形)、вечерняя は軟変化形容詞 "вечерний" (「夕の」)の女性形。

ちなみに、「明けの明星」は "утренняя звезда" だそうな。утренняя は、勿論「朝の」の意。基本形は "утренний" で、これも軟変化形容詞。

検索してみたら、「夕べの星」と云うシャーリー・マクレーン 主演の米国映画があるのだそうで、その原題が "The Evening Star," ロシア語タイトルが "Вечерняя звезда" とのこと。

一方 "утренняя звезда" は武器の一種の呼称して使われることがあるらしい。日本語でも、「モーニングスター」と呼ばれる由。

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2007年11月 8日 (木)

憂ひを払ふ玉箒: νηπενθές (nepenthe) に就いて

昨日、[オデュッセイア 忘れる 飲み物 ホメーロス] と云うキーで検索されてこのサイトを訪問された方がいらしたようだ。

うぅむ。どうなんでしょうねー。オデュッセイア第4書には:

ἔνθ' αὖτ' ἄλλ' ἐνόησ' Ἑλένη Διὸς ἐκγεγαυῖα·
αὐτίκ' ἄρ' εἰς οἶνον βάλε φάρμακον, ἔνθεν ἔπινον,
νηπενθές τ' ἄχολόν τε, κακῶν ἐπίληθον ἁπάντων.
ὃς τὸ καταβρόξειεν, ἐπὴν κρητῆρι μιγείη,
οὔ κεν ἐφημέριός γε βάλοι κατὰ δάκρυ παρειῶν,
οὐδ' εἴ οἱ κατατεθναίη μήτηρ τε πατήρ τε,
οὐδ' εἴ οἱ προπάροιθεν ἀδελφεὸν ἢ φίλον υἱὸν
χαλκῷ δηϊόῳεν, ὁ δ' ὀφθαλμοῖσιν ὁρῷτο.
--Οδύσσεια δ. - Wikisource - ll.219-216

と云うのがあって、このワイン (οἶνος) の中に投入されたと云う φάρμακον νηπενθές (引用文第2行-第3行) あたりが該当するんじゃないかと思うのだが....

このギリシャ語から派生して nepenthe と云う単語が英語になっている (フランス語だと "népenthès")。nepenthe の使用例として有名なのは、Edgar Allan Poe の "The Raven" だろう。

Then methought the air grew denser, perfumed from an unseen censer
Swung by Seraphim whose footfalls tinkled on the tufted floor.
"Wretch," I cried, "thy God hath lent thee - by these angels he hath sent thee
Respite — respite and nepenthe, from thy memories of Lenore
Quaff, oh quaff this kind nepenthe and forget this lost Lenore!"
Quoth the Raven, "Nevermore."
--The Raven (Poe) - Wikisource

これを Charles Baudelaire は、こう訳した。

Alors, il me sembla que l'air s'épaississait, parfumé par un encensoir invisible que balançaient les séraphins dont les pas frôlaient le tapis de ma chambre. « Infortuné ! – m'écriai-je, – ton Dieu t'a donné par ses anges, il t'a envoyé du répit, du répit et du népenthès dans tes ressouvenirs de Lénore! Bois, oh! bois ce bon népenthès, et oublie cette Lénore perdue! » Le corbeau dit : «Jamais plus ! »
--Le Corbeau (traduit par Charles Baudelaire) - Wikisource


ふふふ。フランス語の方が解かりやすかったりする。

nepenthe 自体なら、ネットで検索すれば、それなりの情報は得られるだろう。例えば...と思って、英文版の Wikipedia を当たったら、そのものズバリで "Nepenthe - Wikipedia, the free encyclopedia" が出て来た。なにか、私が駄文を草するまでもなかったと云う気がする。

日本語なら「ネペンテ」ですかね。こちらの方は、日本語版ウィキペディアに独立した項目はないようだ。少しホッとする。

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2007年10月14日 (日)

Elsa Lunghini "T'en va pas" に就いて

先日、"Ten va pas" と云うキー・フレーズで以って、このサイトを訪問された方がいらした。該当するページは、このサイトにはないのだが、「いったい何語だろう (va と pas はフランス語だろうけど、Ten はオランダ語? 英語? それとも固有名詞?)」と思って、つい調べ始めてしまったのが、ことの始まりです。

検索してみると、個個のサイトを訪れるまでもなく、原田知世さんがカヴァーされている楽曲のタイトルだと云うことが知れる。それも、原曲はフランス語らしい。

ここまで分かったら、如何に頭の回転が遅い私でも "(Ne) t'en va pas" のことだと分かる。

「『行かないで』とは、また随分有りがちなタイトルだな」と思いましたね。恋の別れを歌ったものを連想した訣です。

しかし、それでも、もう少し調べてみると、もともとは Elsa と云う女性が歌ったものらしいことまで確認できました。その後、検索しなおたら、原詩も簡単に探し出せたのですが、内容はそれほど「有りがち」ではありませんでした。

父親が、母親以外に「生涯の女性」に作って、家を出ていったちゃったと云うことらしい。ま、それはそれで「有りがち」かもしれませんが...

こんな感じですね:

行かないで
Elsa

行かないで。
私を愛しているなら行かないで。
ママを愛しているなら
ママが「生涯の女性」だと言ってあげて。
パパ行かないで。
パパがいないなら生きていたくない。
夜が明けるまで行かないで。

夜は恐いは。
夜は終わらないの。
こっそりと
私を置いてパパは出てった。
もう三人で映画に行けないじゃない。

夜は恐いは。
夜は終わらないの。
こっそりと
私を置いてパパは出てった。
パパが私のことを少しでも考えてくれたなら...

ここを出ていって一体どこへ行くの?
パパがいなければ生きていけないわ。
「生涯の女性」と一緒になって
馬鹿なことをしてはダメよ、パパ。
愛しているなら行けないはずよ。
真夜中なんかに出ていけないはずよ。

夜は恐いは。
夜は終わらないの。
こっそりと
私を置いてパパは出てった。
私をアメリカに連れて行ってくれるんじゃなかったの?

夜は恐いは。
夜は終わらないの。
こっそりと
私を置いてパパは出てった。
パパ、お願いだから、目を覚まして。

夜に...私を置いて...
パパ、お願いだから、何時か戻ってきて。

夜に...私を置いて...
パパ、お願いだから、目を覚まして。

夜に...私を置いて...
パパ、お願いだから、何時か戻ってきて。
(2x)

夜に...私を置いて...
パパが少しでも考えてくれたなら...
少しでも私のことを考えてくれたなら...

夜に...私を置いて...
私をアメリカに連れて行ってくれるんじゃなかったの?

夜に...私を置いて...
パパは、何時かきっと戻ってくるわ。
--T'en va pas - Elsa - Paroles
--Paroles Elsa T'en Va Pas lyrics - musique en parole
--Elsa - T'en Va Pas Lyrics
--Paroles T'en Va Pas - live - Elsa - Musique | Ados.fr
--T'en va pas de Elsa, les paroles


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2007年8月10日 (金)

[nouse: マルトデキストリンの構造式?] 補足

英語版ウィキペディア「デキストリン構造式」
デキストリン (dextrin) にしろ、マルトデキストリン (maltodextrin) にしろ、その「構造式」に拘っても仕方がないと思うのだが (今の文脈では、「シクロデキストリン (cyclodextrin)」は、考慮していない)、乗りかかった船 ([nouse: マルトデキストリンの構造式?] 2007年7月8日 [日]) なので、補足しておく。

実は、デキストリンの「構造式」なるものは、英語版ウィキペディア (上図) とドイツ語版ウィキペディア (下図) とに掲げられている。

ただし、見て分かる通り、英語版ウィキペディアの方は、ブドウ糖/デキストロース/グルコース (glucose) 3分子が重合した例であり、一般形ではない。

ドイツ語版ウィキペディア「デキストリン構造式」

これに対し、ドイツ語版ウィキペディアの方は、不特定数 (n 個) のブドウ糖が 1 → 4 α D グルコシド結合した (直鎖) 重合体を表わしてはいる。勿論「(直鎖) デンプン分子と何処か違うのだ」と云うツッコミは簡単に入れられる訣だが、かと言って、デンプンとデキストリンとの境をなす厳格な n の値など誰も入れられるものもあるまい。

結局のところ、米国食品安全局 (US Food and Drug Administration) による連邦規則第21編第1章 (食品安全局) B (人間用の食品-承前) 第184部 (概ね安全であることが確認されている直接的食品成分) 第184.1444章 マルトデキストリン (Maltodextrin) にあるように、

(a) Maltodextrin ((C6H10O5)n, CAS Reg. No. 9050-36-6) is a nonsweet nutritive saccharide polymer that consists of D-glucose units linked primarily by [alpha]-1-4 bonds and that has a dextrose equivalent (D.E.) of less than 20. It is prepared as a white powder or concentrated solution by partial hydrolysis of corn starch, potato starch, or rice starch with safe and suitable acids and enzymes.
--FDA > CDRH > CFR Title 21 Database Search

(a) マルトデキストリン ((C6H10O5)n CAS 登録番号 9050-36-6) は、主として α-1-4 結合により結びついた D-グルコースを単位とする重合体であって、且つ、デキストロース当量 (D.E.) が20未満であるような甘味性のない食用の糖質を言う。マルトデキストリンは、コーンスターチ、ジャガイモ・デンプン、米デンプンを安全性のある適宜の酸や酵素で部分的に加水分解することで調製される白色の粉体又は高濃度の液体である。

とするのが、穏当なところだろう (なお、ヨーロッパ産のマルトデキストリンの原料は、通常小麦デンプンが使われる。このため、製品にグルテンが残る可能性があるので、自己免疫疾患 「セリアック病」患者及び関係者は注意しなければならない-英語版ウィキペディアによる)。

ただ、一応指摘しておくと、FDA 規則の示す (C6H10O5)n と、ウィキペディアの構造式は、原子数が一致しない。例えば、n=2 とすると、C12H20O10 となって、麦芽糖の C12H22O11 とは食い違う。構造式を論ずる以上、これは「極端な例」とは言えないだろう。第一「マルトデキストリン」の「マルト」の由来は「麦芽 (モルト)」である。

なぜこのようなことが起こるのかと言うと、FDA 規則の方は、グルコシド結合で弾き出される水酸基・水素基を、単純にグルコース1分子当たり水分子1個分と勘定しているだけで、グルコシド結合を起こさない両端の 1 及び 4 部位を考慮していないからだ。正確にはn個のグルコースが結合したデキストリンでは、(n-1) 個の水分子に相当する要素を減らす必要がある。これは、所謂「植木算」だ。(私は、上記のFDA 規則を最初に読んだ時、「アメリカ人は植木算を学校で教えないのかね」と思ってしまった。) もっとも、ネットを探してみたが、OH-(C6H10O5)n-H などと云うような記法は見つからなかったが...

ついでに書いておくと、以前英文版ウィキペディアで引用されていた FDA 規則の条文を、或るオッチョコチョイが「著作権のあるテキスト(copyrighted text) だから」と云う理屈で削除して、その元のテキストだと云う食品添加物オンライン・データベースへの外部リンクに切り替えてしまった(15:12, 6 August 2007)。米国連邦法規が、基本的には著作権の対象にならない (米国著作権法第105条) ことは、著作権に関する知識のイロハである。(法規を著作権からの除外しない場合に予想される社会的混乱を考えれば、こうした例外規定は、米国に限るようなものではないことが分かるだろう。例えば、日本では著作権法第13条参照。)しかも、問題の FDA 規則を読めば、冒頭に連邦規則だと明記してあるし、外部リンクを張ったデータベースの構成も、問題のウェブページが連邦規則を転記したものであることが分かるようになっている。

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2007年6月 7日 (木)

一次信頼性理論?

キーワード [一次信頼性理論] で、当サイト (nouse) を訪問された方がいらしたようだが、あるいは、それは "一次近似信頼性手法" のことではあるまいか?

だとしたら日本語より英語で "first-order reliability method" (FORM) を検索した方が良いかもしれない。

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2007年5月12日 (土)

当サイトアクセス者の[国・言語]設定: 2007年4月12日(木) ~ 2007年5月11日(金)

1ヵ月ほど前 [nouse: 釈明若干: 記事 " List of Links to Mercurius/Hermes Images" に関連して] で、当サイトにアクセスされる方々が使用されているブラウザの国・言語設定を纏めたもの (期間: 2007年1月1日 ~ 2007年4月11日) を紹介したが、比較として最近30日間 (2007年4月12日 ~ 2007年5月11日) の記録を掲載しておく。

集計対象訪問者数:1,699
1[ja]Japanese1,46986.5%
2[en]English1357.9%
3[es]Spanish402.4%
4[zh]Chinese110.6%
5[it]Italian100.6%
6[fr]French90.5%
7[pt]Portuguese70.4%
8[tr]Turkish40.2%
9[nl]Dutch30.2%
10[no]Norwegian20.1%
10[ru]Russian20.1%
10[ko]Korean20.1%
10[de]German20.1%
14[sv]Swedish10.1%
14[hu]Hungarian10.1%
14[el]Greek10.1%

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2007年4月29日 (日)

YouTube [ドンキーコングJr.を嫁にやらせてみた]

ネットでブログパーツ探しをしていた時 ([nouse: ブログパーツを10個並べて]) に、ゲームもその中に入れようとしたのは、「品揃え」に対する一種の義務感からにすぎない。

私自身は、筋肉反射の応答時間が比較的に長めであり(通常「ドン臭い」と呼ばれる範疇に属する)、勝負勘と博才と籤運とには無縁、おまけに吝嗇で方向音痴であるために、ゲームと云うのは滅多にしない。(何かのきっかけで、たまにすることがあると、変にノメリ込んで、結局徒労感だけを残して放棄することになる。丁度、ガムなど買うことがないのに、人から貰うと延々と噛んだ挙げ句、翌日顎が痛くなって後悔するのに似ている。)

それで、幾らかでも興味を持てて選んだのが、[五目並べ+オセロ] (「数独」と云うのは、聞き知っているだけで、したことはない。あまり、する気もない。「数独」より「素読」と云う気分である) と [箱入り娘] だった。極めてクラシカルであって、ブログパーツとテレビゲームではジャンルが違うから、見当違いな感慨かもしれないが、「マリオ」や「ゼビウス」のレベルにさえ達していない。「済度し難い」と言われても仕方がないと思っている。

しかし、実を言うと、所謂「テレビゲーム」を、他人がするのを見ているのは嫌いではないのだ。自分が「とことんダメ」であるためか、誰がやっているのを見ても、素直に感心して見てしまう。だから、たまたま [【嫁の挑戦6】ドンキーコングJr.を嫁にやらせてみた【CX風編集】] と云うのを YouTube で見つけた時も、ブログパーツとは関係ないのに、つい見入ってしまった。

もっとも、この「感心」には、「嫁」の初々しさに対する共感も混じっているに違いなくて、それほど同時録音風に入る「嫁」の発言は微笑ましく、そして生々しい。その「生々しさ」の程が良いのだな。我々は、見ず知らずの家の居間で「嫁」がゲームをするのを横で見ている気分になるのだけれど、その一方で、他人の秘密を覗き見していると云った背徳感にとらわれないで済む。素材も良いのだろうし、編集も旨くいっている。全体の枠組みの作り方(編集方針)も正解だったのだろう。

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2007年4月28日 (土)

Claude Debussy (クロード・ドビュッシー) のロシア語表記に就いて

アクセス記録を見ると、[クロード・ドビュッシー] (Claude Debussy) のロシア語表記を探して、このサイトを訪問されたかたがいらっしゃるようだ。

勿論、[nouse: フランス語 "net et vif" に就いて] 中に張ったリンク "Сады под дождем (Net Et Vif) (Эстампы)" から辿ることもできるが、目的とすべき [71. Сады под дождем (Net Et Vif) (Эстампы)/(автор музыки: Клод Дебюсси)] が、ページの中に埋もれているので、お節介ながら、直接示しておくと、Claude は Клод (全部を大文字にすると КЛОД)に、Debussy は Дебюсси (全部を大文字にすると ДЕБЮССИ) に表記されている。

なお、以下のサイトも参照されると良いのではないかと思う。

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2007年4月18日 (水)

聊斎志異中の一篇 [嬰寧] と落語 [崇徳院]

忘れてしまわないうちに書いておく。どうでもいいことなので、すぐに忘れてしまいそうなのだ。

この前、自宅で、本の探し物をしていたら目的の物ではなくて [聊斋志异选(聊斎志異選)] (1978年 第2版。北京 人民文学出版社) が出てきたのだった。少し気になったので、仕舞い返さずにおいて、時時は取り上げて中を覗いたりしている。鉛筆の書き込みがあって、昔、日本橋の丸善でバーゲンセールの際、勢いで買ったものらしい。酸性紙を使っているらしくて、表紙などボロボロになってしまって可哀想なくらいだ。

その中に [婴宁(嬰寧)] と云う一篇があって、こんな風に始まっていた(書籍から写して入力するのが面倒なので、以下ネット上に見つけたテキストの方をコピーする):

婴宁

王子服,莒之罗店人,早孤,绝慧,十四入泮。母最爱之,寻常不令游郊野。聘萧氏,未嫁而夭,故求凰未就也。

会上元,有舅氏子吴生邀同眺瞩,方至村外,舅家仆来招吴去。生见游女如云,乘兴独游。

有女郎携婢,拈梅花一枝,容华绝代,笑容可掬。...
--中国新世纪读书网: 蒲松龄-->聊斋志异-->婴宁
[人民文学出版社]版では「舅家仆来」ではなく--舅家有僕来--。

「良いネ」と思いながら、その先を読むともなく読むと:

...生注目不移,竟忘顾忌。女过去数武,顾婢子笑曰:“个儿郎目灼灼似贼!”遗花地上,笑语自去。

生拾花怅然,神魂丧失,怏怏遂返。至家,藏花枕底,垂头而睡,不语亦不食。母忧之,醮禳益剧,肌革锐减。医师诊视,投剂发表,忽忽若迷。母抚问所由,默然不答。

适吴生来,嘱秘诘之。吴至榻前,生见之泪下,吴就榻慰解,渐致研诘,生具吐其实,且求谋画。吴笑曰:“君意亦痴!此愿有何难遂?当代访之。徒步于野,必非世家,如其未字,事固谐矣,不然,拚以重赂,计必允遂。但得痊瘳,成事在我。”生闻之不觉解颐。

吴出告母,物色女子居里。而探访既穷,并无踪迹。
--中国新世纪读书网: 蒲松龄-->聊斋志异-->婴宁

ここまで読むと、如何に鈍感な私でも、落語の [崇徳院] の出だしに似ていると気付いた。まぁ、似ているのはここら辺ぐらいまでなんだが。

[聊斎志異] なら、角川文庫の柴田天馬訳で読んだことがある(と言うか、私にとって [聊斎志異] は柴田訳しか考えられない)。和訳を以前読んだ時には気がつかなかったことを、今回中国語で読んで気がついたわけだが、そう云うことは時時あるものだ。兎に角、まず繁体字版、ついで柴田訳を引用しておこう。

嬰寧

王子服,莒之羅店人,早孤。絕惠,十四入泮,母最愛之,尋常不令游郊野。聘蕭氏, 未嫁而夭,故求凰未就也。

會上元,有舅氏子吳生,邀同眺矚。方至村外,舅家有仆來, 招吳去。生見游女如雲,乘興獨遨。

有女郎攜婢,拈梅花一枝,容華絕代,笑容可掬。生 注目不移,竟忘顧忌。女過去數武,顧婢曰:「個兒郎目灼灼似賊!」遺花地上,笑語自 去。

生拾花悵然,神魂喪失,怏怏遂返。至家,藏花枕底,垂頭而睡。不語亦不食。母懮 之。醮禳益劇,肌革銳減。醫師診視,投劑發表,忽忽若迷。母撫問所由,默然不答。

適 吳生來,囑密詰之。吳至榻前,生見之小下。吳就榻慰解,漸致研詰。生具吐其實,且求 謀畫。吳笑曰:「君意亦復痴!此願有何難遂?當代訪之。徒步于野,必非世家。如其未 字,事固諧矣;不然,拚以重賂,計必允遂。但得痊瘳,成事在我。」生聞之,不覺解頤。

吳出告母,物色女子居里,而近代訪既窮,並無蹤緒。母大懮,無所為計。
--Wikisource 中文版: 聊齋志異/第02卷 [嬰寧]

嬰寧

王子服(おうしふく)は莒(きょ)の羅店(らてん)の人だった。早く父をうしなって孤(みなしご)になったのだが、大そうりこうで、十四のとき泮(はん)に入った1)。母は、ひどく、かわいがって、常々は游郊野(ゆさん)などもさせず、蕭氏(しょうし)をもらって配偶(めあわ)せるつもりであったのが、未嫁(こない)まえに若死にをしたので、求凰(つまさだめ)が、まだ、すまずにいた。

上元の節句である。舅氏子(いとこ)の呉が迎えに来て、いっしょに散歩をしたが、村はずれまで来ると、叔父の家の僕(しもべ)が呉を呼びに来て連れていった。王は遊女2)が雲のようにいるを見て、興に乗じて、一人で遊び歩くのであった。

婢(こしもと)をつれ、一枝の梅花を、ひねくりながら歩いている娘がいた。絶代(よにまれ)なきりょうで、笑うようすが、手にも掬(く)まれるようである。王はじっとみつめて、しまいには、変に思われるのさえ忘れていた。女は幾足か過(いっ)てから、腰元を見返って、「このひとの目は灼灼(ぎょろぎょろ)して賊(どろぼう)みたいね」と言って、花を地上に遺(す)て、笑いながら行ってしまった。

王は急いで花を拾ったが、がっかりして、気が抜けたようになり、わびしく帰ってきたのである。家につくと、王は花を枕の底にしまい、頭を垂れて睡(ね)たまま、話もしないし食べもしないのだ。母は心配して醮禳(まじない)をさせるけれども、ますますひどくなるばかりで、すっかり、やせ、医師が診察して薬をやり病気を発表(そとにだ)すと、うっとりして迷ったようになってしまった。母が、やさしく、わけを聞いても、黙って返事もしないのである。

おりから呉が来たので、母は呉に、ないないで、たずねてみてくれと頼んだ。呉が榻(ねだい)の前に来ると、王は呉を見て、ほろほろと涙を流すのであった。呉は寝台の傍によって慰めながら、聞いてみると、王はくわしく事実を話し、そして、何とか考えてくれろと言った。呉は笑って、「きみも亦復痴(ずいぶんばか)げている。そんなことは何でもないさ。よろしい。きみに代わって探してみよう。徒歩于野(のあそび)をするくらいなら、きっと世家(いえがら)ではあるまい。もし許婚がなければ、もちろん、話は、まとまるし、そうでなかったら、たくさんな賂(かね)をやれば、思うに、きっと、ととのうさ。ただ、なおることだ。話はぼくが成功させる」と言った。王は、それを聞いて、思わず、にっこりしたのであった。

呉は部屋を出て母に話した。そして娘の居里(いどころ)を探したのであるが、訪ね尽くしても、さらに蹤緒(あとかた)がないので、母は、ひどく心配して、途方に暮れた。
--角川文庫 [完訳 聊斎志異 第三巻 (全4冊)] 柴田天馬訳。1969年改版。東京 角川書店。pp.15-16

注:
1)「泮に入る」: 「泮」は孔子廟の前の池のこと。明清時代、童試(県試・府試・院試の3つ)に合格して者が国立大学である [國子監] の学生になることを「入泮」と言った。
2)「遊女」: 「游(遊)」は物見遊山で出歩くこと。

この後、娘 (嬰寧) を探し出せなかった呉は、探索を諦めてしまって、適当なことを王に言って誤魔化す。業を煮やした、呉がデタラメに娘が暮らしていると言ったに場所へと出かける。すると...と云う具合に話が進み、落語の [崇徳院] からズレてしまう。

落語の [崇徳院] のテキストは、本稿の目的に丁度合うものが見つからないのだが、取り敢えずは以下を参照していただきたい。

[嬰寧] と [崇徳院] の構造上の類似点を挙げると次のようになる:

1. 親から大切にされている独身の青年が外出する。青年には、少なくとも途中までは同性の同伴者がいる。
2. 外出先で、青年は、美しい娘に遭う。娘には「婢(こしもと)」が同伴している。季節は「春」で、青年や娘が外出していることには、おそらく宗教的・祭儀的な意味がある。
3. 青年は娘を見つめ、娘は青年に気づく。
4. 娘は、ある物を落とし(あるいは、捨て)、青年がそれを拾う。その「ある物」とは限らないが、娘の象徴になる物が、娘から青年にわたる。
5. 娘の象徴になる物を持って、青年は自分の家に還る。青年は娘の象徴物を大切に仕舞う。
6. 青年は、娘に恋をしているが、その娘が誰かさえわからないために、「恋煩い」に陥り、元気をなくして病人のようになる。
7. 青年の親は心配して手を尽くすが、効果がない。青年は「元気がない」理由を、親に話さない。
8. 青年の親は、青年を医者に見せる。医者は、青年の「病」が内にこもったものであると診断して、それが外に出るような処方をする。
9. 青年の友人が、青年の家を訪れる。青年の親は、青年の友人に、青年から「元気がない」理由を聞き出すよう依頼する。
10. 青年の友人が青年に会うと、青年は友人に、外出時の娘との顛末と、娘が身元が不明であることをを話す。
11. 青年の友人は、青年の親に、青年の「元気がない」理由が「恋煩い」であること伝える。
12. 青年の友人は、娘を探し出すことになり、探しはじめるが、娘は見つからない。

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2007年4月12日 (木)

釈明若干: 記事 " List of Links to Mercurius/Hermes Images" に関連して

自分で書いておいてナニだが、日本語ブログのなかに英語のページが突然あると、かなり面妖なものだ。自己諒解が主目的である本ブログであっても、「鼠に齧らせておけばよい」などとすましてはいられまい。何らかの釈明が必要であろうと思って書いておく。

Wir überließen das Manuskript der nagenden Kritik der Mäuse um so williger, als wir unsern Hauptzweck erreicht hatten - Selbstverständigung.
--Karl Marx - Zur Kritik der Politischen Oekonomie - Vorwort

問題の英語ページ [nouse: List of Links to Mercurius/Hermes Images (English Version)] は、日本語ページ [nouse: メルクリウス/ヘルメス図像リンク集: イル・ジョルナーレ ("Il Giornale") ロゴに関連して] 中のリスト部分に、リスト作成の経緯を英文で付したものである。

いみじくも www (world wide web) と云う言葉が名詮自性するように、このささやかなブログであっても、世界中からアクセスがある。例えば、最近4ヵ月 ( 2007年1月1日 ~ 2007年4月11日) における当ブログ訪問者が使用するブラウザの言語設定を纏めたものを、ココログのアクセス解析から転写すると以下の通りだ。

1 [ja]Japanese2,369 93.1%
2 [en]English116 4.6%
3 [es]Spanish9 0.4%
3 [fr]French9 0.4%
5 [zh]Chinese8 0.3%
6 [de]German7 0.3%
7 [ko]Korean5 0.2%
8 [it]Italian4 0.2%
9 [ca]Catalan3 0.1%
9 [el]Greek3 0.1%
11 [pt]Portuguese2 0.1%
11 [ru]Russian2 0.1%
13 [da]Danish1 0.0%
13 [nb]NorwegianBokmal1 0.0%
13 [sl]Slovenian1 0.0%
13 [chr]1 0.0%
13 [hu]Hungarian1 0.0%
13 [nl]Dutch1 0.0%
13 [fi]Finnish1 0.0%

"chr" と云う言語コードはアメリカ先住民のチェロキー (Cherokee) のものであるらしい。

私自身が世界中のサイトを覗きまわっているので、逆にこのサイトの訪問者の使用言語が多種に亘るのには「お互い様」だ。

使用言語とリモートホストの URL から見て、ギリシア在住のギリシャ人と思われる方が検索されて、世界でただ一つこのサイトがヒットしたために訪問されたのを見たりすると、ちょっとした縁 (えにし) を感じたりしたこともあるのだが、それまでのことなのだ。「非日本語使用者は、このサイトに来た瞬間に失望しているだろうな」とは思うのだが、だからドウコウするようなことはなかった。中には、グーグルの翻訳エンジンを使って、翻訳させている訪問者もあって、もちろん結果は噴飯物なのだが、「あんなものは使う方が悪い」と、私は考えているから、同情する気は起こらない。

そうした事情が、「メルクリウス/ヘルメス図像リンク集・・・」を書いた後、変わった。グーグルのイメージ検索を介して、様様な言語使用者が頻頻とそのページを訪問されるてくる。「瞬間最大風速」的なものではあるが、非日本語使用者総数が日本語使用者数に拮抗したりする。こうなると放ってはおけない。" List of Links to Mercurius/Hermes Images" を作成した所以である。機械翻訳より、ちったあマシな英文になっているであろうと思っている。

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2007年3月 7日 (水)

スターバックスの成立と、そのロゴの変遷

スターバックス (Starbucks) コーヒーショップ・チェーンのロゴに就いて検索されて、このサイトを訪問されるかたが頻頻といらっしゃるので、少し情報をまとめておく。

コーヒーショップチェーンとしてのスターバックスの創業者であるハワード・シュルツ (Howard Schultz) の著作 --Dori Jones Yang との共著-- "Pour Your Heart into It: How Starbucks Built a Company One Cup at a Time" (私は未見。邦訳 [スターバックス成功物語] もあるが、これも未見) に、ある程度のことが書いてあるとは思うが、ネット上で収集できた情報を、以下まとめておく。

撞着していることもある雑多な情報源から選択・再構成を行なったので、錯誤の混入したことや、あるいは「組み合わせによる錯誤」が生じたこともありうるだろうが、その点は悪しからず。

スターバックスがコーヒーショップチェーンになるまで

「スターバックス」を創設したのは、ジェリー・ボールドウィン (Jerry Baldwin), ゴードン・バウカー (Gordon Bowker), ゼヴ・シーグル (Zev Siegl) と云う3人の男だった。しかし、物語は、4人目の男、アルフレッド・ピート (Alfred Peet) から始まる。

アルフレッド・ピートは、1920年、オランダで生まれた。生家が アルクマールでコーヒーや紅茶をあきなう店だった彼だが、学校の成績が芳しくないこともあって、父親から認めてもらえず、第二次世界大戦後、逃げるようにして母国を出て、インドネシアで紅茶業界に身を置いた。その後、ニュージーランドに居たこともあるが、結局1955年、35歳の時に米国カルフォルニア州 (State of California) のサンフランシスコ・ベイエリア (San Francisco Bay Area) に移り住んで、コーヒーの輸入業に職を得る。この仕事をする中、アメリカのコーヒーに幻滅を憶えた彼は、ヨーロッパ風のコーヒー豆販売を考えるようになり、遂に1966年、カルフォルニア州バークレイ (Berkeley) のヴァイン街 (Vine Street) とウォルナット街 (Walnut Street) との交差点に、自家焙煎のコーヒー豆と紅茶を販売する店「ピーツ・コーヒー・アンド・ティー」 (Peet's Coffee & Tea) を開いたのだった。

(2007-10-04 [木] 追加及び補正:Alfred H. Peet は、2007年8月29日に死去。享年87。その後に書かれた英文版ウィキペディアの記事 "Alfred Peet" や、ニューヨーク・タイムズの記事 "Alfred H. Peet, 87, Dies; Leader of a Coffee Revolution" を読むと、第二次世界大戦前後の彼の経歴は、私が書いたものと異なっていた可能性がある。大雑把にまとめると、ピートは、戦前にロンドンに移り住んでおり、コーヒー・紅茶の会社に就職していたが、戦後リプトンに再就職し、さらに、リプトンの社員としてインドネシアやニュージーランドに赴任したらしい。)

彼の店から数ブロックの近さにはカリフォルニア大学バークレー校 (University of California, Berkeley) のキャンパスがあり、学生、芸術家、作家、音楽家、そしてヒッピー (Hippie) などが彼の店を訪れる(ピート自身は、「ヒッピー」の客を喜ばなかったらしい)。高品質を追求するピートの店の深い煎りのコーヒー豆は評判となって、熱狂的ともいえる愛好家も現われるようになる。ピートは、自分が売っているコーヒー豆の挽き方や淹れ方を、顧客に教えることもするのだった。

ジェリー・ボールドウィン (1942年サンフランシスコ生まれ) は、当時、サンフランシスコで学生生活をしていたが、ある人物から貰ったピートの豆に感動したことをきっかけにして、ピートの店の存在を知る。彼は、ピートの店のことを、サンフランシスコ大学 (University of San Francisco) の同窓生でルームメイトのゴードン・バウカーにも教える。その後、二人は、ワシントン州 (State of Washington) シアトル (Seattle) に引っ越すが、通信販売でピートの豆を取り寄せてまで、そのコーヒーを飲み続けた。

ところで、バウカーは、カナダブリティッシュコロンビア州 (British Columbia) バンクーバー (Vancouver) にある「マーチーズ・ティー・アンド・コーヒー」 (Murchie's Tea & Coffee) のコーヒー豆もお気に入りで、しばしば3時間かけて車をとばし、豆を買いに行っていた。しかし、ある日、コーヒー豆を買ってきた返りのドライブの途中、バウカーは、シアトルにコーヒー豆の販売店を作ることを思いつく。

相談を受けて良いアイデアだと思ったボールドウィンは、バウカーの隣に住んでいた、やはりサンフランシスコ大学同窓生のゼヴ・シーグルにも声をかけると、シーグルも賛成するのだった。三人は、様ざまな機会(特に、1970年のクリスマス休暇)にピートの店を訪れ、コーヒーに就いての専門的知識を身に付けていく。

こうして1971年、ボールドウィン(英語教師)、バウカー(作家)、シーグル(歴史教師)の三人は、焙煎コーヒー豆とコーヒーメーカー、それに紅茶とスパイスを販売する店を開いた。資金は、三人が1350ドルづつ出し合い、そして借入も5000ドルして工面した。場所は、ワシントン州シアトルのパイク・プレイス・マーケット (Pike Place Market) が選ばれた。

店の名前は「スターバックス・コーヒー・ティー・アンド・スパイス」("Starbucks Coffee, Tea and Spice")。当初、バウカーは、アメリカの作家ハーマン・メルヴィル (Herman Melville 1819年8月1日–1891年9月28日) の小説 [白鯨] (Moby-Dick) に登場し、物語の舞台であると言って良い捕鯨船 Pequod を店の名前にしようと主張した。

You may have seen many a quaint craft in your day, for aught I know;--square-toed luggers; mountainous Japanese junks; butter-box galliots, and what not; but take my word for it, you never saw such a rare old craft as this same rare old Pequod.
--Moby Dick, or, the whale Chap. 16 "The Ship"
何はあれ、諸君も若いころそれぞれに奇妙な船を見たことはあるだろう。--底の四角な斜桁(しゃげた)船、山なす日本のジャンク、パタ箱みたいなガリイ船、その他さまざま。だが絶対に断言してもいいが、このたぐいまれな古船ピークォドほど、たぐいまれな古船を見られた人はないであろう。
--「白鯨」 (訳:阿部知二) 筑摩世界文學体系 36 [メルヴィル] 1972年。東京 筑摩書房。p.51 ([八木 敏雄]訳の岩波文庫版全3巻もある。)

しかし、意見を聞いた宣伝コンサルタントのテリー・ヘクラー (Terry Heckler) に、"Pequod" からは "Pee-quod" (オシッコ-刑務所)が連想されるとして反対される。そして、ヘクラーは、シアトルっ子にとっての「お山 (The Mountain)」--日系人は「タコマ富士」と呼んだ-- であるレーニア山 (Mount Rainier) に19世紀末/20世紀初頭にあった鉱石採掘場の名 "Starbo" (又は "Storbo") を主張するのだった。

議論の結果、店の名称に選ばれたのは "Starbo" に音が似ており、捕鯨船 Pequod の一等航海士の名前である "Starbuck" (スターバック) にちなんだ "Starbucks" (スターバックス) だった。(ちなみに、私が簡単に調べた範囲では、「白鯨」中にはスターバックがコーヒーを好んだとか、飲んだと云う記述はないようだ。)

The chief mate of the Pequod was Starbuck, a native of Nantucket, and a Quaker by descent. He was a long, earnest man, and though born on an icy coast, seemed well adapted to endure hot latitudes, his flesh being hard as twice-baked biscuit. Transported to the Indies, his live blood would not spoil like bottled ale.
--Moby Dick, or, the whale Chap. 26 "Knights and Squires"
ピークォド号の一等航海士はスターバック。ナンタケット出身で、代々の震教徒(クエイカ)である。丈の高い、熱のある人物で、寒冷な海岸に育ったにもかかわらず、肉は二度焼きのビスケットのように堅くて、熱帯にも適合しうる人柄と見えた。インド諸島に送られても、そのいきいきとした血は、瓶詰のビール同様、くさることはないであろう。
--「白鯨」 (訳:阿部知二) 筑摩世界文學体系 36 [メルヴィル] 1972年。東京 筑摩書房。p.76

三人が新しい店を開いた際、当初のうちはピートからコーヒーの生豆を廻してもらったり、焙煎機等の器材の業者の探し方を教えてもらったりしていた。その店構えもピートの店を手本にして作られていた。客に試飲はさせるが、飲み物としてのコーヒーを販売しないと云う方針も踏襲された。

最初のうちはシーグルだけが有給で、その彼が店頭に立った。他の二人は、それまでの仕事を止めずに、昼休みや夕方にやってきて手伝った。ボールドウィンの担当は会計だったが、コーヒーに就いての知識を更に追求していた。バウカーは実務には向かなかった。

店は、1971年から1976年までは Western Avenue 2000番地にあったが、その後 Pike Place 1912番地に移転した。("Pike Place Market" 及び "Seattle City Clerk's Neighborhood Map Atlas - PIKE-MARKET" を参照)。

その後事業は拡大し、1980年には店舗も6店までに増えるが、この年には、既に事業に情熱を失っていたゼヴ・シーグルが、持ち株を、他の二人に売却してスターバックスを去ってしまう。また、バウカーは、オーナーの地位に留まっていたとはいえ、興味が別の事業に移ってしまっており、日々の具体的な経営を行なっていたのはボールドウィンだけだった。

開業してから10年後、1981年にシアトルのスターバックスを、ニューヨークのビジネスマン、ハワード・シュルツ (Howard Schultz) が訪れる。1953年7月19日ニューヨーク市 (New York City) ブルックリン地区 (Brooklyn) の貧しい家庭に生まれ育って、苦学して大学を出た後、ゼロックス (Xerox Corporation) のセールスマンなどを経て、当時のシュルツは、スウェーデン (Sverige) の家庭用プラスティック製品製造業者 Hammarplast の米国での営業マネージャーをしていた。彼は、Hammarplast 製のドリップ・コーヒーメーカーを、どのデパートよりも数多く仕入れてくれていたコーヒー豆販売店に興味を持ったのだった。パイク・プレイスの一号店を訪れたシュルツは、スターバックスでの丁寧で熱心な仕事ぶりに感銘を受ける。

スターバックスで働きたいと考えたシュルツは、東海岸の遣り手営業マンであるシュルツとの肌合いの違いに尻込みするスターバックスの二人のオーナー、ボールドウィンとバウカーを説得して、1982年9月にマーケティングと営業担当責任者としてスターバックスに入社する。

1983年春、国際見本市に出席するためイタリアのミラノを訪れたシュルツは、そこでのコーヒー・バーの居心地の良さに感激し、美味しいエスプレッソ・コーヒーが飲めるだけでなく、社会的・文化的な場としての役割も果たす店舗を米国とカナダに展開しようと、スターバックスの両オーナーに主張する。しかし、「良質な焙煎豆の販売」にこだわるオーナーたちは、「飲食業」への進出を望まず、シュルツの主張を認めなかった。逆に、ボールドウィンとバウカーは、1984年にサンフランシスコでのピートの事業を買収して、焙煎豆の小売販売に一層傾斜する。しかし、この結果、スターバックスは多額の負債を抱えることになった。

シアトルとサンフランシスコ双方で事業を管理しなければならなくなっボールドウィンのもと、シアトルのスターバックス従業員の士気は低下する。更に財政が逼迫したために賞与が支給されなくなった際に労働争議が発生する。これにショックを受けたボールドウィンはスターバックスの経営から逃げ腰になってしまった。

このころ、シュルツはボールドウィンを何とか説得して、試験的に飲料の販売をスターバックスの店舗で行なう。条件の悪いなか良好な成績があがってシュルツは喜び、ボールドウィンも考え方を改めるだろうと期待したが、ボールドウィンの態度はかたくなだった。

スターバックスの将来に展望を持てなくなったシュルツは、スターバックスを離れて、自分自身で新規事業を起こすことを考えるようになる。そうしたなかで、彼は弁護士のスコット・グリーンバーグ (Scott Greenberg) と出会い、自分の構想が有望であると励まされる。シュルツの不満を知ったボールドウィンとバウカーは、むしろシュルツが新規事業に始めることに肯定的で、計画が具体的なものになるまでは、それまでの地位に留まることに同意するのだった。

1985年、シュルツはスターバックスを去る。そして、自らシアトルにエスプレッソを提供するイタリアン・コーヒーの店舗チェーンを経営に乗り出した。ボールドウィンは開業資金を15万ドル投資してくれた上、シュルツの要請によって、新会社の取締役になった。バウカーも、6ヵ月契約で非常勤のコンサルタントを引き受けた。シュルツとバウカーは、1985年12月にイタリアのミラノとヴェローナにエスプレッソ・コーヒーバーの視察旅行に行っている。

店の名前はバウカーの提案に従って「イル・ジョルナーレ ("Il Giornale") 」になった。イタリア語で「日刊新聞」とか「日誌」を意味する言葉である。

1号店が1986年4月に開店したシュルツの「イル・ジョルナーレ」は成功する。半年後にはやはりシアトルに2号店、1987年4月にカナダ、バンクーバーに3号店が設けられた。そして1987年中間業績として、3店の販売年額は150万ドルに達した。

一方、スターバックス経営から別の事業へと興味が移っていたバウカーは、その事業のための資金が必要だった。また、ボールドウィンは、シアトルとサンフランシスコとの間の行き来や、スターバックスでの労働問題に倦んでいた。スターバックスと「ピートの店」とのうちの一つを選ぶと議論の余地なく「ピートの店」と云う気分だったのだ。1987年3月、二人はスターバックスの全てを売却する決心をする。

これを知ったシュルツはすぐに行動を開始する。彼は、自分の事業のためにスターバックスの獲得が必要であることを理解していた。数週間のうちに、シュルツは買収資金380万ドルを調達する。1987年8月に買収手続き完了。契約後、シュルツとグリーンバーグはイル・ジョルナーレ1号店へ歩っていき、窓際のテーブルに陣取ると、エスプレッソで乾杯したと云う。イル・ジョルナーレとスターバックスは統合され、新会社の名称は「スターバックス・コーポレーション」("Starbucks Corporation") とされた。ハワード・シュルツは、新スターバックスの社長兼最高経営責任者に就任した。

その後、スターバックスは成長を続ける。1996年には東京銀座の松屋店がオープンして、北米以外に初めて店舗を持つ(もっとも、1994年に成田空港内で一時期営業をしたことがあるが撤退していた)。1998年、コーヒーチェーン店の買収によりイギリス進出。2006年11月現在、全世界に直営店、7102店(米国内には5668店)、提携店が5338店(米国内3168店)、総計12,440店が存在する。


スターバックス・ロゴの変遷

Starbucks_logo_until_19871971年コーヒー豆の販売店としてスターバックスが出発した際のロゴは、あからさまに海又は水の女怪をモチーフにしており、簡単には「双尾の人魚 (女性) (Mermaid)」と言い表わせるものであった。船員たちを蠱惑して破滅させると云う特徴に注目するなら、代表的なものがギリシア神話(特に「オデュッセイア第12歌」)に登場するため、それに従ってセイレーン (Siren. ギリシア語複数形では Σειρήνες) と呼ばれることもある。警笛を意味する「サイレン」の語源であるのは周知の通り。

更に、女性の水怪として "Melusina (Melusine)" や ローレライ (Loreley) も同じ系譜に属する。

このセイレーンのロゴを提案したのも、テリー・ヘクラーだったらしい。ネットで引用されている、シュルツの記述によれば ("Pour Your Heart into It: How Starbucks Built a Company One Cup at a Time"):

"Terry [Heckler] also poured over old marine books until he came up with a logo based on an old sixteenth-century Norse woodcut: a two-tailed mermaid, or siren, encircled by the store's original name, Starbucks Coffee, Tea, and Spice. That early siren, bare-breasted and Rubenesque, was supposed to be as seductive as coffee itself." [pg. 33]
さらにテリーは、海事関係の古書を何冊もひろげて、双尾の人魚(つまりセイレーン)を描いた16世紀ノルウェーの古い木版画を元にして、周りを当初の店名 "Starbucks Coffee, Tea, and Spice" で縁どることで、ロゴを作り上げたのだった。この胸乳を露にしたルーベンス風の最初のロゴは、コーヒーそのものと同じぐらい蠱惑的であることを意図したものだった。(第33ページ)

ヘクラーが、エリザベス朝ロンドンにあった [人魚亭] ("Mermaid Tavern") を意識していたかどうかは不明だが、元になっている発想は同じだろう。

Original_twin_tailed_siren_1実は、初代のスターバックス・ロゴが下敷きにした図版は、ほぼ分っている。"Deadprogrammer's Cafe ≫ How the Starbucks Siren Became Less Naughty" によれば、 Juan Eduardo Cirlot による "A Dictionary of Symbols" の "siren" の項にあるそうだが、そのほかにも Ad De Vries による Elsevier's Dictionary Of Symbols And Imagery: In English With Definitions (イメージ・シンボル事典) の "melusina" の項にも掲載されている(私が確認したのは大修館書店刊の日本語版)。

初代のスターバックス・ロゴと、木版画板とを比較すると、基本的に同一の図像であることは議論の余地はないが、Michael Krakovskiy ("Deadprogrammer's Cafe" 作成者) も指摘しているように、両者には微妙な、そして重要な違いがある:

  1. 木版画版では、女性像の腹部の膨らみを強調するために入られていたハッチングが、スターバックス・ロゴでは、ほぼ消されている。

  2. 木版画版では、目立っていた臍穴が、スターバックス版では目立たないものになっている。

  3. 木版画板では、深く切れ込んだ二本の尾の境目が、スターバックス版では、なだらかなものになっている。

  4. 木版画板では、微妙に沈痛な表情(特に口元)であるのが、スターバックス版では、微笑している。

基本的に改変は「あからさまに性的な要素を取り除く」と云う方針で行なわれたと思しい。

二つの図像は、基本的に同一だから、もちろん共通点もある訣だが、特に目立つものは:

  1. 胸乳を露出している(両方とも)。

  2. 両手のそれぞれで、二本の尾のそれぞれを支えている。

  3. 王冠を被っている。

  4. 長い髪を背中にたらしている。

あと、もう一つ初代のスターバックス・ロゴの特徴として指摘しておかねばならないのは、その色彩である。それは、焙煎したコーヒー豆を連想させる(seal brown か?)。

Peetslogoちなみに、初代のスターバックス・ロゴと "Peet's Coffee & Tea" の(現在の) ロゴとは、ほぼ同一色である。焙煎コーヒー豆販売店としてのスターバックスが創業した1971年当時の "Peet's Coffee & Tea" ロゴ (もしあったとしての話) が、現在のものと、少なくとも色彩が同一であるかどうかの確認はとれなかったが、スターバックス・ロゴの色彩選択に影響を及ぼした可能性はある。

Il_giornarle_logoスターバックス・ロゴには、もう一つ源流がある。それは、シュルツがスターバックスを離れていた時に経営していた「イル・ジョルナーレ ("Il Giornale") 」のロゴである。円の中央に、ローマ神話のメルクリウス (Mercurius. 英文表記では Mercury) の横顔を配し(翼の付いた帽子らしいものも見える)、その周りを、文字 "IL GIORNALE" と3 + 3 個の星で縁どったものだった。

この星が何を象徴しているのかは、確認がとれなかった。もちろん、メルクリウスは水星をも意味する言葉ではあるが、それとの関連性も不明。更に、話を広げると、一応西洋占星術や錬金術のことも考えなければならなくなるだろうが、今その余裕はない。

注意すべきなのは、シュルツの著作 "Pour Your Heart into It: How Starbucks Built a Company One Cup at a Time") に従うなら、本来は、このロゴが緑色であったことである:

"Our logo reflected the emphasis on speed. The Il Giornale name was inscribed in a green circle that surrounded a head of Mercury, the swift messenger god." [pg. 88] (Note: Please excuse the poor condition of the Il Giornale logo. I scanned the image from a many times photocopied memo from Il Giornarle letterhead.)
私たちのロゴは、素早さの強調を反映したものだった。"Il Giornale" と云う店名が書き込まれた緑色の円が、素早く知らせを伝える神「マーキュリー (Mercury)」の頭部を取り囲むように配置されていた。[第88ページ] (「イル・ジョルナーレ ("Il Giornale") 」のロゴが見づらいことをご勘弁願いたい。この画像は、イル・ジョルナーレのレター・ヘッドから何遍もコピーを繰り返したメモをスキャンして得られたものなのだ。)

Starbucks_logo_198719921987年、スターバックスとイル・ジョルナーレとの統合に応じて、ロゴも変更される。中心となる像は、初代のスターバックス・ロゴに従って「セイレーン」が採用されたが、色はイル・ジョルナーレの緑色が選ばれた。また、扱う商品が変更になったので、縁どりの文字も、"Starbucks Coffee, Tea, and Spice" から "Starbucks Coffee" (そして、星 1 + 1 個) になった。

再び、シュルツの説明を引用するなら:

"To symbolize the melding of the two companies [Il Giornarle and Starbucks] and two cultures, Terry [Heckler] came up with a design that merged the two logos. We kept the Starbucks siren with her starred crown, but made her more contemporary. We dropped the tradition-bound brown, and changed the logo's color to Il Giornarle's more affirming green." [pg. 108]
両社 [スターバックスとイル・ジョルナーレ] と、その文化の融合を象徴するために、テリー・ヘクラーは、その二つのロゴを一つにまとめたデザインを作り上げた。スターバックスのセイレーンは星を付けた王冠を被せて残したが、ヨリ現代風にした。また、ロゴの色は、古めかしい茶色は止めて、イル・ジョルナーレの、ヨリ積極的な感じの緑色へと変更した。[第108ページ]

初代から二代目のロゴへの変更点は、図案の様式化を進めた(「より現代風にした」)だけではない。次のような特徴がある:

  1. 視覚的な厚みを意図的に排除しており、腹部に膨らみは全く感じられない。

  2. 髪の毛を背中に垂らさず、胸の方に垂らすようにしたことで、両乳首を隠した。

  3. 二本の尾の間の境目が実質的になくなっている。

  4. 顔が正対しているため、表情が明白に archaic smile になっている。

ただし、この段階では臍穴は残っていた。また、尾が、全体としての様式化により、水の関わり合いが薄れているのを補う形で、尾の文様が、波形になっている(もっもと、初代の鱗形が失われたと云う見方もできる)。

なお、セイレーンの「星を付けた王冠」には、メルクリウスの「翼が付いた帽子」が名残を留めているのかもしれない。だから、スターバックス・ロゴは、ヒョッとすると、手塚治虫の [ビッグX] や、鳥山明の [Dr.スランプ アラレちゃん] と細い線でつながっていると想像することはできる。

ただし、これに関連して書いておくと、"melusina" (melusine) や "Alchemical siren" は、しばしば冠を被った姿で描かれる。以下を参照:

Starbucks_logo_from19921992年、スターバックスは、再度ロゴを変更する。[二代目] でさえ、性的でありすぎると反発する顧客があったため(ただし風評)という。この年、スターバックスは NASDAQ に株式上場を行なっており、それが影響した可能性もあるだろう。

シュルツは、その著作で "In 1992 we also asked Terry Heckler to revise our logo: She stayed mostly the same but lost her navel. [pg. 309]" (1992年、我々は、テリー・ヘクラーに、スターバックス・ロゴを改訂するよう依頼した。その結果、女性像は、ほぼ元のままだが、臍穴がなくなることになった。[第309ページ]) と言っているが、勿論、他にも変更が加えられている。画像の一部を拡大して、はみ出た部分を切り落としたと云うのが、変更の要旨なのだが、その際、画像の中心を、二代目における胸から、三代目では顎に移している。このため、「風評」云々は別として、たしかに更に性的な含意は削ぎ落とされることになった。

目立つ変更点をまとめると:

  1. シュルツも認めるように、臍穴が見えない。

  2. セイレーンの下半身が、ほぼ見えなくなって、僅かに二本の尾の先端部分が「見切れる」ように移りこんでいるだけになっている。

  3. 尾の文様が、波形からヘリングボーン (herringbone) 風になっている。

Starbucks_logo_original2実は、スターバックスのオリジナル・ロゴと呼ばれるものには、別のパターンがある。ロゴの周囲銘文が "Starbucks Coffee, Tea, and Spice" ではなくて "Starbucks Fresh Roasted Coffee" になっているものだ。

2006年9月にスターバックスが創立35周年記念として、ワシントン州 (本社がある) とオレゴン州 (ワシントン州の南隣にある) 内の店で出すコーヒーのカップに付けてあるロゴを「オリジナルのもの」に差し替えたのだが、その時のロゴは、こちらの方だったらしい。("The Insider: Principal roasts Starbucks over steamy retro logo" 参照)

参考サイト:

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2007年2月23日 (金)

「フォースのともにあらんことを 」("May the Force be with you.") をドイツ語で言うと

検索キーワードから推測すると、「フォースのともにあらんことを 」("May the Force be with you.") をドイツ語で言うとどうなるかを確認すべく、本サイトを訪問された方がいるようだ。ネットでの検索結果を参考にすると "you" をどう解釈するかで、代名詞部分が変化するが、だいたい次のようになるのではないか。

  • Möge die Macht mit euch sein.
  • Möge die Macht mit dir sein.
  • Möge die Macht mit uns sein.
  • Möge die Macht mit Ihnen sein.

日本語に訳すと、どれも「フォースのともにあらんことを 」になってしまう。

英語で考えると、"Möge" は 助動詞 "mögen" の接続法で may に、"die" は the に、"Macht" は Force に、"mit" は with に、"sein" は be に対応する。代名詞部分は "euch" が二人称複数親称 (you)、"dir" は二人称単数親称 (thee)、"uns" は一人称複数 (us)、"Ihnen" は二人称単数及び複数敬称 (you) である。

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2007年2月 8日 (木)

"Amazing Grace" の楽譜

"Amazing Grace" の楽譜を探している方がいらっしゃるようだが、以下を参照されることをお薦めする。言うまでもないかとは思うが、それぞれの楽譜の利用に際しては、権利及び利害関係に就いて、ご自身の責任で処理されたい。

Numbered musical notation - Wikipedia, the free encyclopedia

Amazing Grace
ただし、これだと "Numbered musical notation" に就いての説明の行きがかり上の実例として示されているので、取り敢えずは必要がない情報も含まれているかもしれない。従って、より直接的には、

Image:AmazingGraceFamiliarStyle.PNG - Wikipedia, the free encyclopedia

を見られた方が良いかもしれない。



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2007年2月 7日 (水)

毛沢東郷関ヲ出ヅ

毛沢東に [改西乡隆盛诗赠父亲] (改西郷隆盛詩贈父親) と云う七言絶句がある。

七绝·改西乡隆盛诗赠父亲 (1909年)

孩儿立志出乡关,学不成名誓不还。
埋骨何须桑梓地,人生无处不青山!
--人民网>>中国共产党新闻>>领袖人物>>人民领袖毛泽东>>诗词作品

これは簡体字版だが、繁体字版(というか、日本語の旧字体版)では、次のものがネット上で見つかった。

留呈父親 毛澤東 (1910年)

孩兒立志出郷關,學不成名誓不還;
埋骨何須桑梓地,人間無處不靑山。
--毛沢東詩詞 留呈父親 詩詞世界 (碇豊長の詩詞 漢詩)

この二つの版を比べると、作成年度が一年、第四句が「人生」と「人間」とで異なっているが、いづれにしろ、この詩を藉りて郷関を出ようとする青年の志を述べたものと理解してよいだろう。しかし、具体的にはどのような状況であったのか?

試みに、中文版の wikipedia [毛泽东] を見た。ところが、それからは毛沢東が 1893年12月26日生まれであったことは分かったが、1909年/1910年の記載が見当たらない:

1893年12月26日,毛泽东出生在湖南省长沙府湘潭县韶山冲(今湖南省湘潭市韶山市)的一个中农家庭中。1908年,其父毛顺生为他配婚与罗氏(罗一秀),但毛泽东始终不承认这桩婚事。1911年春,到湖南长沙湘乡驻省中学求学。1912年,以第一名的成绩考入湖南全省公立高等中学校(今长沙市第一中学),次年春考入湖南省立第四师范学校,学校后来并入湖南省立第一师范。

ただ、父 毛順生 (毛顺生) により1908年に結婚させられた (其父毛顺生为他配婚与罗氏) 最初の妻 羅一秀 (罗一秀) が、1910年春に病死していることだけが分かっただけだ(个人生活)。

しかたがないので、別のサイトを探してみると、次のようなものが見つかった(簡体字版と繁体字版、双方を示す)。

  一九一○年秋天,毛泽东离开闭塞的韶山,走向外面更广阔的世界。这是他人生历程中的第一个转折。他的激动心情是可以想象的。临行前,他改写了一首诗,夹在父亲每天必看的帐簿里:“孩儿立志出乡关,学不成名誓不还。埋骨何须桑梓地,人生无处不青山。”
-- 中国共产党新闻>>毛泽东纪念馆>>一、出乡关

 一九一○年秋天,毛澤東離開閉塞的韶山,走向外面更廣闊的世界。這是他人生歷程中的第一個轉折。他的激動心情是可以想象的。臨行前,他改寫了一首詩,夾在父親每天必看的帳簿裡:“孩兒立志出鄉關,學不成名誓不還。埋骨何須桑梓地,人生無處不青山。”
--中國共產黨新聞>>毛澤東紀念館>>一、出鄉關

取り敢えず、この情報で良しとすべきだろう。つまり、詩は1910年秋に毛沢東が故郷を出る時に関わると云う訣だ(「他改寫了一首詩,夾在父親每天必看的帳簿裡/彼は、ある詩を書き直したものを、父親が毎日看る帳簿に挿み込んだ」)。

さらに [出乡关] に従って述べるなら、故郷(湖南省長沙府湘潭県韶山衝)を出た毛沢東は、韶山から五十里 (「公里 km」かどうか未確認) ほど離れた所の「湘郷県立東山小学堂 (湘乡县立东山小学堂)」に入学する。この小学堂は、湘郷県城近くの東山台の麓にあった。類似の私塾と比べて、伝統的な四書五経を始めとする経書以外に自然科学・地理・英語等の新学問を教えることが毛沢東には魅力だったらしい。

どうやら毛沢東を湘潭県城の米屋に徒弟奉公させるつもりだった父 毛順生 は、この進学には当初反対したらしく、親戚(母方の従兄弟? 文園昌)の説得でようやく同意してくれたのだが、そうした父に対し彼は「學不成名誓不還」と、意気込みを見せたかったのだろう。<