カテゴリー「語義」の18件の記事

2009年11月26日 (木)

ある誤解:「やおら」の語義

小学生だったか中学生だったか、はっきりした記憶は無いが、子供のころ、私は「やおら」の意味を誤解していた。「やおら」は「押っ取り刀」と同範疇で、「やおら起き上がる」とは、「むっくりと起き上がる」ぐらいの意味だと思っていたのだ。(こうして書いてみると、もし小学生の頃の話なら、我ながら「無気味なガキ」だが、この程度の「無気味さ」は、普通のような気もする。)

勿論、辞書を引かなかったのが悪いのだが、私が最初に読んだか聞いたかした「やおら」の用例 (たしか「寝転がっていた人、やおら起き上がって」か、「座っていた人が、やおら立ちあがって」ぐらいの言葉づかいだったと思う) が、文脈上、動作の変化が急であることを意味するのが、私には自然であるようなものだったので、そのまま読み流してしまって「やおら」と云う言葉の語感だけが残ってしまった。

かなり後になって、「やおら」とは動作の始まり方が緩やかな様の形容であることを知った。それも、たしか、「言葉の誤用の有りがちな例」と言った文章の中でだったような気がする。どうやら、これは私にとって余程忌々しかったらしく、それ以来、この言葉は、妙に強く記憶に残ってしまった。そして、その「記憶」はなるべく [そっとして] おきたい類いのものではあった。使ってはならない言葉」は持ちたくないし、また [トラウマ] を解消する為には、何時かさり気なく、勿論、正しい用法で使ってみたい気もしていたが、その一方で、「やおら」を使うことには、気恥づかしさがある。結局、使わないまま記憶の引き出しの中にしまいっぱなしになっていた。

ところが、先日、新聞で映画の紹介記事を読んでいたら、久しぶりに「やおら」が使われている例に出会ったのだな。それも、[誤用] (多分) であったりする:

むさい男子学生がたむろしていた朽ちかけた木造アパートは、名ばかりの弱小陸上競技部の合宿所だった。
だが、彼らはやおら、綿密に計画された長距離走のトレーニングに駆り立てられる。
彼らを引きつけた磁場は天性のリーダーシップに恵まれた4年生「ハイジ」と、彼がぶちあげた箱根駅伝出場というあまりに無謀な目標だった
--朝日新聞2009年10月31日(土) "be on Saturday" e6面 「今週の原作本:汗臭くない長距離走者たち 映画『風が強く吹いている』」(Cf. asahi.com (朝日新聞社):汗臭くない長距離走者たち 映画「風が強く吹いている」- 今週の原作本 - BOOK)
ただの変換ミスだろうから、とやかく言うつもりはないが、上記引用中「天性」は「天成」としたほうが良いのではないか。それに私は、とても他人様の事を言えた義理ではないのだ。このブログでも、漫然とコピーアンドペーストを繰り返した為に、出典書名「日本語で一番大事なもの」を「日本語で一番大切なもの」と誤った箇所が、恐らく千か所ほどにのぼっている。

記事中では「やおら...駆り立てられる」と繋がっているから、この「やおら」は、「本人たちの意図に反して唐突に」ぐらいの語感だろう。

しかし、「やおら」には、そのような意味はないのだ。

因みに、三省堂の [新明解国語辞典 (第5版)] 中の「やおら」の項を転記すると

やおら: 静から動へ移る動作が、悠然として見える形容。「やおら立ち上がって発言し始めた」
--三省堂 [新明解国語辞典 (第5版)] p.1405
ただし、原文では「やおら」はダーシになっている。

とあるが、現代語としてはこの釈義で間然とするところはあるまい。

更に、適宜の辞書を参照すれば、この言葉は古く (用例から見るところ [うつほ物語] や [源氏物語] のころ) から使われていることが分かる。ただし、その語義は「静かに、物音を立てないように動作するさま」([岩波古語辞典 補訂版]) とすべきであるようだ。

例えば、[岩波古語辞典 補訂版] の「やをら」の項 (pp.1360-1361) で引用されているように:

母屋の几帳の帷子引きあげて、いとやをら入り給ふとすれど、皆しづまれる夜の御衣のけはひ、やはらかなるしもいとしるかるけり
<源氏物語 空蝉>
ただし、原文では「やおら」はダーシになっている。

この箇所を含めて、[源氏物語 空蝉] の中から「やをら」の用例を拾い出してみると (以下引用中、フォントの都合上、適宜同等語句・記号で置き換えた箇所が在る):

童なれば、宿直人なども、殊に、見いれ追從せず、心やすし。ひむがしの妻戸に、たてたてまつりて、我は、南の隅の間より、格子叩きのゝしりて入りぬ。御達、「あらはなり」といふなり。
 「なぞ、かう暑きに、この格子は下ろされたる」
と問へば、
 「晝より、西の御方の、わたらせ給ひて、碁打たせ給ふ」
といふ。 「さて向ひゐたらむを見ばや」と、思ひて、やをら歩み出でて、簾垂のはざまに入り給ひぬ。この入りつる格子はまだ鎖さねば、隙見ゆるに、寄りて、西ざまに見通し給へば、この際に立てたる屏風も、端の方おし疊まれたるに、紛るべき几帳なども、暑ければにや、うち掛けて、いとよく見入れらる。
岩波文庫 [源氏物語(一)] pp.96-97

 「あはつけし」とは、思しながら、まめならぬ御心は、これも、え思し放つまじかりけり。見給ふ限りの人は、うちとけたる世なく、ひきつくろひ、そばめたるうはべをのみこそ、見給へ、かくうちとけたる、人の有様、垣間見などは、まだ、し給はざりつる事なれば、何心もなう、さやかなるは、いとほしながら、ひさしう、見給はまほしきに、小君出で來る心地すれば、やをら出で給ひぬ。渡殿の口に、より居給へり。
岩波文庫 [源氏物語(一)] pp.98-99

 「紀の守のいもうとも、こなたにあるか。われに、垣間見せさせよ」
と、のたまへど、
 「いかでか、さは侍らん。格子には、几帳そへて侍り」
と、聞ゆ。「さかし。されども」と、をかしくおぼせど、「『見つ』とは、知らせじ。いとほし」と、思して、「夜更くることの、心もとなさ」を、のたまふ。こたみは、妻戸を叩きて入る。皆、人人しづまり寝にけり。
 「この障子口に、まろは寝たらん。風吹き通せ」
とて、畳ひろげて臥す。御達、東の廂に、いとあまた寝たるべし。戸放ちつる童も、そなたに入りて臥しぬれば、とばかり空寝して、火明き方に屏風をひろげて、影ほのかなるに、やをら入れたてまつる。「いかにぞ。をこがましき事もこそ」と、おぼすに、いとつゝましけれど、みちびくまゝに、母屋の几帳の帷子ひき上げて、いとやをら、入り給ふとすれど、みなしづまれる夜の、御衣のけはひ、やはらかなるしも、いとしるかりけり。女は、さこそ、わすれ給ふを、「嬉しき」に思ひなせど、あやしく、夢のやうなる事を、心に離るゝ折なき頃にて、心解けたる寝だに寝られずなん、晝はながめ、夜は寝覺めがちなれば、「春ならぬ木のめ」も、暇なく嘆かしきに、碁打ちつる君、「今宵は、こなたに」と、今めかしく、うち語らひて、寝にけり。わかき人は、何心なく、いとようまどろみたるべし。
 かゝるけはひの、いと、香ばしくうち匂ふに、顏をもたげたるに、單衣うちかけたる几帳のすき間に、暗けれど、うちみじろき寄るけはひ、いとしるし。あさましくおぼえて、ともかくも思ひわかれず、やをら起き出でて、生絹なる單衣ひとつを着て、すべり出でにけり。
岩波文庫 [源氏物語(一)] pp.100-101

この人の、何心なく、若やかなるけはひも、あはれなれば、さすがに、情なさけしく契りおかせ給ふ。
 「「人知りたる事よりも、かやうなるは、あはれ添ふこと」となん、昔人もいひける。あひ思ひ給へよ。つゝむ事なきにしもあらねば、身ながら、心にも、え任すまじくなむありける。又、
 「さるべき人人も、ゆるされじかし」と、かねて胸痛くなむ。わすれで待ち給へよ」
など、なほなほしく語らひ給ふ。
 「人の思ひ侍らん事の、恥づかしきになむ、え聞えさすまじき」
と、うらもなく言ふ。
 「なべて、人に知らせばこそあらめ。この小さきうへ人などに、つたへ、聞えむ。けしきなく、もてなし給へ」
など、言ひ置きて、かの、脱ぎすべしたる薄衣を取りて、出で給ひぬ。
 小君、近う臥したるを、起こし給へば、うしろめたう思ひつゝ寝ければ、ふと驚きぬ。戸をやをら押し明くるに、老いたる御達の聲にて、「あれは、誰そ」と、おどろおどろしく問ふ。
岩波文庫 [源氏物語(一)] pp.102-103

[源氏物語 空蝉] の巻は、源氏が、[伊予介] の留守宅に行き、伊予介の妻である [空蝉] に「夜這い」を掛けた顛末が語られている (「露払い」をつとめるのは、空蝉の弟 [小君] である。そのために、源氏は小君を手懐けたのだった)。そこには、空蝉ばかりでなく、空蝉の「御達」(侍女達) や、伊予介と先妻との間の娘である [軒端萩] も居て、傍で就寝しているのだ ([空蝉] 巻の最初の方では、空蝉と軒端萩が囲碁をしていて、源氏はそれを、小君にさえ秘密にして、覗き見する)。源氏の行動が「静かに、物音を立てないよう」でなければならない由縁である。

もっとも、それだけ苦労しても、結局、空蝉に感づかれてしまい、彼女は [小袿] を残して寝床を去るのだが、それに気付かなかった源氏は、空蝉と勘違いして軒端萩のところへ行ってしまう。勿論、源氏は人違いに気づき「あさましく心やましけれど」、「この人の、何心なく、若やかなるけはひも、あはれなれば、さすがに、情なさけしく契りおかせ給ふ」のだ。

この文脈では「やをら」は、周囲の人々に自分の行動自体 (あるいは、小君が源氏を導き入れる --入れたてまつる-- 時の様に、他者の行動であっても、自分の責任下で行なわれる場合のその他者の行動) を気取られないようにすることを意味しているが、そこまで限定的な意味で使われるとは限らない。

[堀河天皇] の臨終記である [讃岐典侍日記 (さぬきのすけにっき)] によるなら、嘉承二年 (1107) 七月十八日夜、危篤に陥った天皇に対して [賢暹法印] による受戒 (カトリックの [終油の秘蹟] を連想させる。[懺悔] をするのではなくて、「戒律」を守るという誓約を行なうことが異なる訣だが、これは、僧侶と在俗者の社会的・宗教的関係が異なるためで、その心理的基盤は同一だろう) が行なわれたが、更に、修験僧 [増誉僧上] を召し出そうとしている間に、天皇の容体は更に悪化して、目の様子まで変わっていく (つまり、「虚ろ」になっていったのだろう)。やって来た増誉は天皇の傍で祈祷を始める (僧上、天皇の乳母二人、天皇、著者である讃岐典侍の「五人の人々、ひとつにまとはれあひたり」と云う状態である。なお [中宮篤子] は、賢暹法印が遣ってくるまでの間、「しばしばかり」天皇と対面した後、「今は、さは、帰りなん。あすの夜も」と云う言葉を残して、退出していた):

 声を惜しまず、頭より、まことに黒けぶり立つばかり、目も見あけず念じ入りて、仏をうらみくどき申さるるさま、いとたのもし。例ならぬをりは、あやしの僧だにも、もの祈るはたのもしくこそある心地すれ、かばかりの人の、一心に心を入れて、
「年ごろ仏に仕うまつりて、六十余年になりぬるに、まだされども仏法尽きず、すみやかにこの御目なほさせたまへ」と、人などを言ふように、
「おそし、おそし」とあれど、何のしるしもなくて、御口のかぎりなん念仏申させたまへるも、はたらかせたまはずならせたまひぬ。
--講談社学術文庫 [讃岐典侍日記] pp.74-75

このように、増誉の祈祷も空しく、天皇は崩御する。七月十九日朝方ことだった。この場合、増誉の立場は微妙だろう。彼は、既に「無用の長物」として「お呼びでない」状態に在るのだ。その行動は、周囲により、意識的かどうかは別として注目されている、その一方で、そそくさと退出するなら、天皇を見捨てた感じが出てくるのは否めない。折を見て、さりげなく立ち去るしかないのだ (それでも、彼は、その場にいた乳母の一人である大弐三位から非難されてしまうのだが)。従って、次にような記述になることが起こる。

 かかるほどに、日、はなばなとさしいでたり。日のたくるままに、御色の日ごろよりも白く、はれさせたたまへる御顔のきよらにて、御鬢のあたりなど、御けづりぐししたらんやうに見えて、ただおほとのごもりたるやうに、たがふことなし。
 僧上、今はと見はてたてまつりて、やをら立ちて、御かたはらの御障子を、しのびやかにひきあけていでたまふに、大弐三位、
 「あな、悲しや。いかにしなしいでさせたまひぬるぞ。助けさせたまへ」
と、声も惜しまず泣きたまふを聞きて、さながら泣きとよみあひたり。
--講談社学術文庫[讃岐典侍日記] pp.78
なお、[中右記] にも、堀河帝崩御の記事が在る。本来は、突き合わせて検討すべきなのだろうが、今は資料の準備ができないので、諦めることにする。

ここでは、「静かに、物音を立てないように」と云う全体的な意味の枠組みの中で、「さりげなさ」をあらわすために「やをら」が使われている。

もうひとつ、「やをら」の例を引用しておこう。

小松の帝の御母・このとのゝ御母、はらからにおはします。さて、児より小松のみかどをばしたしくみたてまつらせ給ふけるに、良房のおとどの大饗にや、むかしは親王達、かならず大饗につかせ給事にて、わたらせ給へるに、雉足はかならず大饗にもるものにてはべるを、いかゞしけん、尊者の御前にとりおとしてけり。陪膳の、みこの御まへのをとりて、まどひて尊者の御まへにすふるを、いかゞおぼしめしけん、御まへの御となぶらをやをらかいけたせ給。このおとゞは、そのをりは下臈にて、座のすゑにてみたてまつらせ給に、「いみじうもせさせ給かな」と、いよいよみめでたてまつらせ給て、陽成院おりさせ給べき陣定に候はせ給。融のおとゞ、左大臣にてやむ事なくて、位につかせ給はん御心ふかくて、「いかゞは。ちかき皇胤をたづねば、融らもはべるは」といひいでたまへるを、このおとゞこそ、「皇胤なれど、姓給てたゞ人にてつかへて、位につきたる例やある」と申いで給へれ。さもあることなれど、このおとゞのさだめによりて、小松の帝は位につかせ給へる也。
--岩波文庫 [大鏡] pp.45-46
「給ふけるに」と「良房のおとどの大饗にや」との間に、文が挿入されているテキストもある。例えば、九州大学附属図書館ウェブサイトで公開されている [萩野文庫本「大鏡」画像データベース)] の [上巻三十八丁表] から [上巻三十八丁裏] にかけてを参照。

「みこ」(後の「小松の帝」つまり光孝天皇) の行為の動機は、単純に陪膳 (「ばいぜん」。この文脈では、現代語で言う「給仕」) の失態を庇うものではないだろう。「御となぶら」(灯火) を消したことで、陪膳の行為が逆に目立ってしまった可能性もあるのだ。また、「尊者」(主賓) ではないとは言え、仁明天皇の第3皇子として、尊者近くの上座にいた筈だから、陪膳の行為により、面子を潰された格好になった訣だが、だからと言って、暗黙の抗議をしたようにも見えない。灯火を「やをら」消していることに、それが顕れている。

これは、恐らく、このエピソードのもう一人の当事者である大饗の主人 (「このとの」である「藤原基経」の養父「藤原良房」と云うことになっている。良房には男子がおらず、兄の長良の三男基経を養子にした) への、この「事件」の処分には関与しないと云うメッセージであったろう。それは「事件」の存在そのものを無視することを意味し、もっとも徹底した形で、少なくともその場では、陪膳の失態ばかりでなく、自分の面子云々が話題となる可能性も揉み消してしまった訣だ。そして、そうするためには、眼前の事態とは全く無関係であるかの如く、さりげなく、灯火を消す必要があった。ここでも、やはり「やをら」には「さりげなさ」が含意されていると見做して良いだろう。

つまり、上記の源氏物語からの用例では、「やをら」は、身体的な気配を隠すことのを表徴だが、讃岐典侍日記や大鏡からの用例では、「おをら」は、心理的な動機を隠す「さりげなさ」の表現である。

妄想を逞しくするなら、「やおら」が「悠然とした」と云う語感を獲得するのは、この「さりげなさ」が下敷きになったものと思われる。そして更に妄想するなら、「やおら」の誤用は、行動が急かされている状況下に関わらず「悠然と」した態度をとることの形容 (festina lente の lente) に使われるために、私のような粗忽者が急な行動 (festinatio) の形容だと勘違いしたことによるのではなかろうか。

ただし、「やをら」の語義は、「気配を消すこと」や「さりげなさ」ではなく、単に運動の緩やかさを表わすこともある。[宇治拾遺物語 7-4] の「檢非違使忠明ノ事」では、「京わらべ」と喧嘩して追われた若き忠明が、蔀戸の一部を持って、谷底へ飛び込んだところ「鳥のゐるやうに、やをら落ちにければ、それより迯ていにけり」(角川文庫 [宇治拾遺物語] p.174) と書かれているのが、その例である。

[宇治拾遺物語] には「やをら」とほぼ同語義の「やはら」の用例もある。

1-13    田舎ノ兒櫻ノ散ヲ見テ泣ク事
 これも今は昔、ゐ中の兒のひえの山へのぼりたりけるが、櫻のめでたくさきたりけるに、風のはげしく吹きけるを見て、此兒さめざめとなきけるをみて、僧のやはらよりて、「などかうは、なかせ給ふぞ。此花のちるををしうおぼえさせ給か。櫻ははかなき物にて、かく程なくうつろひ候なり。されどもさのみぞさぶらふ。」となぐさめければ、「櫻のちらんは、あながちにいかがせん。くるしからず。我がてゝの作たる麥の花ちりて、實のいらざらん思ふがわびしき。」といひて、さくりあげて、をゝとなきけるは、うたてしやな。
--角川文庫[宇治拾遺物語] p.33

ただ、この「やはら」の語感の核は、「他者への接触の柔らかさ」なので、上記で引用した「やをら」の語感と僅かにズレている。これが、同一語の変異に属するか否かは、微妙なところだろう。後勘を俟ちたい。

なお、琉球語に「やおら」に対応する言葉が存在するらしい。中公文庫 [沖縄の言葉と歴史] (外間守善。2000年) 中の[「やうら」考] (pp.264-269) を参照のこと。

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2009年8月22日 (土)

メモ:「泉声」の語義 (「百谷泉声」に関連して)

20日夜 (2009/08/20 22:18:31)、キーフレーズ [百谷泉声の意味] で、このサイトを訪問された方がいらしたようだ。

「百谷泉声」と云うと、素直に読み下すかぎり「百谷の泉声」として、その意味は「百の渓谷には泉から湧き出る水の音 (がする)」ぐらいだろうという気がしたが (勿論「百」は「数が多い」たとえ)、こうした文の「読み下し」と「意味」は、文脈によって可成異なってくるのは当然で、それどころか、私のように無学なものは、文脈をチェックしないと、トンでもない間違いをしでかしがちである。

と云う訣で、取り敢えず「"百谷泉声"」で google 検索してみると、書道教室の「お題」がらみで何件かヒットするのだが、その他に、中国語サイトで、[中华古诗文网] (中華古詩文網) 中の [全唐诗逸] のページがヒットした。

この [全唐詩逸] は日本国内の出版である。唐詩を網羅すべく編纂された [全唐詩] に、残念というべきだろうが、同時に当然ともいえる遺漏の詩句を、市河寛斎が全三巻に纏めたものだ。1804年 (文化元年) 刊。

この [中华古诗文网] によるなら「百谷泉声」は、[贺兰暹 (賀蘭暹)] 作の断片11句の内の一つ:

千峰黛色因晴出 百谷泉声欲暮寒

に含まれる。

元元は、「望太宝山」(「太宝山を望む」だろう) と云う詩の一句だそうな。

で、この読み下しなのだが、実は [全唐詩逸] は、その影印の pdf が、[うわづらをblogで] と云うブログサイトに掲載されている (全唐詩逸.pdf)。それに曰わく:

千峰黛色因晴出
百谷泉聲欲暮寒
千峰の黛色 晴に因って出で
百谷の泉聲 暮なんと欲して寒し

素直な読み下しで、私としても異論はない。これで、「一件落着」と思ったのだが、実は、そうではなかった。

一応、作者の [賀蘭暹] と、題にある [太宝山] の情報を補足しておこうと調べ始めたところ、いつものことながら、ジタバタ騒ぎをする羽目になったのだったのだ。

作者の [賀蘭暹] は、ネットを検索してもはかばかしいデータを得られなっかったが、彼は、氏名と詩断片とのみならば、日本で古くから知られていた詩人だったらしい。何故なら [和漢朗詠集] に、次の2句が見られるからだ (実は、この2句も [全唐詩逸] に収められている。と云うか、むしろ [全唐詩逸] の方が、[和漢朗詠集] から引用したのだろう):

黛色迥臨蒼海上。
泉声遥落白雲中。

(百丈山)
黛色迥(はる)かに 蒼海の上に臨み
泉声遥(はる)かに 白雲の中(うち)に落つ

--[和漢朗詠集 巻下]491「山」
秋水未鳴遊女佩。
寒雲空満望夫山。

(寄所思佳人)
秋水 未だ遊女の佩を鳴らさず
寒雲 空しく望夫の山に満つ

--[和漢朗詠集 巻下]718「遊女」

ここで、私は戸惑ってしまった。[百丈山] の句「黛色迥臨蒼海上。泉声遥落白雲中。」にも「泉声」の語句があるが、これは「泉から湧き出る水の音」と云う解釈には馴染まない(「[全唐詩逸] を覗いた時に気が付けよ」と、自分でも思うのだが、事ほど左様に私は迂闊だと云うことだとでも言うしかない)。

実際、[和漢朗詠集] の通常の注釈では、この「泉」を「滝」と解しているようだ。うーむ。「滝」....

「滝」と言っても、色色で、ナイアガラ瀑布と云ったものは、別範疇として除外するにしても、全てが [華厳の滝] や [那智の滝] のようなものばかりとは限るまいから、あまりこだわる必要はないのかもしれないのだが、「泉」を「滝」とするのにも抵抗を感じたのだ (勿論、ここで言う「滝」とは、日本語の「タキ」のことである。この「滝」を「タキ」の意味に使う用法は、日本独特らしい)。

つまり、私は、「泉声遥落白雲中」や、更に遡って「百谷泉声欲暮寒」の「泉」が、日本語で云う「イヅミ」と解釈するのには問題があることに気付いたものの、それを「タキ」と捉えることにも抵抗を感じたのだった。

「泉」の釈義は、ひとまず措いておくとして、改めて感じなおして見ると、私にとり、この「泉声」の情景としてしっくりするのは、川の最上流部で、流れが速く、水音が確かに聞こえてくると云うものだった (水量の多寡に就いては、どちらでもありうるだろうから、判断を保留しておく)。

と、ここまで考えて、日本語でも、少なくとも、古くは、そうした流れを「タキ」と呼んでいたことに気が付いた。「瀬を早み岩にせかるる滝川の」とは、まさにそうした情景である。コレまた迂闊なことではあった。

話の纏まりが悪くて申しわけない。混乱を避けるために言い直すと、「タキ」と云う表現や概念を排除しないものの、私には、この「泉」が、何よりも「(川の上流部の) 早瀬」のようなものに思えるのだ。

だから、王維の [過香積寺 (香積寺を過る)]
不知香積寺  知らず 香積寺(こうしゃくじ)
數里入雲峯  数里 雲峰に入る
古木無人徑  古木 人径無し
深山何處鐘  深山 何処の鐘ぞ
泉聲咽危石  泉声 危石に咽ぶ
日色冷青松  日色 青松に冷やかなり
薄暮空譚曲  薄暮 空譚の曲
安禪制毒龍  安禅 毒竜を制す
--王維 [過香積寺] (岩波文庫 [王維詩集] 岩波書店。東京 1972年。p.152)

においても、「泉聲咽危石」は「きりたつ岩にむせぶ泉の音」(岩波文庫 p.153) と解釈するより「切り立つ岩に早瀬が当たってむせんでいる」とした方が良いように思える。

こうした機微は、江戸時代の漢詩人には、皮膚感覚として理解されていたのかもしれない。管茶山が、其の死 (1827年) の数日前に詠じたという [病中即事] には

月露秋容嫩  月露 秋容嫩く
風軒暮色敷  風軒 暮色敷く
少間離病蓐  しばし病蓐を離れ
俄頃隠書梧  いささか書梧に隠(よ)る
幽澗泉声小  幽澗 泉声小にして
遙村火影孤  遙村 火影孤なり
従茲経幾日  これより幾日を経べし
転惜此宵徂  転た惜し 此の宵の徂くを
--病中即事

とあるそうだが、この「幽澗泉声小」は、人気(ひとけ)の無い谷川に水が音低く流れていることを描いているのだろう。

[太宝山] は未詳。所謂 [嵩山] は、かって [太宝山] と呼ばれたことがあったらしいが (「嵩山 (SongShan):中国五岳之一。春秋前称太宝山」--地理教師网)、賀蘭暹の詩との関係は何とも言えない。

一応、纏めるならば、「百谷泉聲」とは、「(太宝山の峰峰の合間あいまの)数多くの谷のそれぞれから聞こえてくる早瀬の水音」と謂ったところか。

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2009年3月31日 (火)

イタリア語で「つらら」は "ghiacciolo"

本日の午前2時過ぎ (2009/03/31 02:04:49) に、キーフレーズ [イタリア語 つらら] で、このサイトを訪問された方がいらしたようだ。リモートホスト名から推測するに、北海道札幌在住でいらっしゃるらしい。

こう云う場合は、日本語版ウィキペディアの [氷柱] を開いて、そこから対応イタリア語版の [Ghiacciolo] のページへ飛べば、「氷柱」はイタリア語で "ghiacciolo" であることが分かる (ちなみに男性名詞)。

その冒頭1センテンスは:

Un ghiacciolo è un cono appuntito di ghiaccio che si forma quando l'acqua che cade da un oggetto gela.
--Ghiacciolo (meteorologia) - Wikipedia

「つらら」とは、物体から落下しようとする水が氷結する場合に形成される先端の尖った円錐状の氷のことである。

カタカナ化するとしたら「ギァッチョーロ」ぐらいかな。なお、イタリア語 "ghiacciolo" には「アイスキャンディ」 の意味もある由。

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2009年3月 8日 (日)

1926年のシュレディンガー論文 "Quantisierung als Eigenwertproblem" (固有値問題としての量子化) に就いて: ファインマンの言及箇所探し

[nouse: アハラノフ・ボーム効果とその実証実験 (本ブログ「サニャック効果」関連記事の余談として)] (2009年3月1日[日]) で引用したリチャード・ファインマン (Richard Feynman) の物理学教科書 "The Feynman Lectures on Physics" の一節の冒頭に "The theory we have described was known from the beginning of quantum mechanics in 1926. The fact that the vector potential appears in the wave equation of quantum mechanics (called the Schrödinger equation) was obvious from the day it was written." 「上記に説明した理論は、量子力学の創成当初である1926年以来分っていたのだ。量子力学の波動方程式 (シュレディンガー方程式) が書き表されたその日から、そこには、明白な事実としてにベクトルポテンシャルが現れていた。」 とあるが、この「1926年 」とは、勿論、Erwin Schrödinger (エルヴィン・シュレディンガー) が、量子力学史上重要な "Quantisierung als Eigenwertproblem" (固有値問題としての量子化) 4部作を発表した年である (「重要な」などと書いたが、私はろくに読んだことはない):

  1. "Quantisierung als Eigenwertproblem (Erste Mitteilung)" Annalen der Physik, (4), 79, (1926), 361-376
  2. "Quantisierung als Eigenwertproblem (Zweite Mitteilung)" Annalen der Physik, (4), 79, (1926), 489-527
  3. "Quantisierung als Eigenwertproblem (Dritte Mitteilung: Störungstheorie, mit Anwendung auf den Starkeffekt der Balmerlinien)" Annalen der Physik, (4), 80, (1926), 437-490
  4. "Quantisierung als Eigenwertproblem (Vierte Mitteilung)" Annalen der Physik, (4), 81, (1926), 109-139

因みに、シュレディンガーは、第2論文と第3論文との間に、これもまた「重要な」"Über das Verhältnis der Heisenberg-Born-Jordanschen Quantenmechanik zu der meinen" (Annalen der Physik, (4), 79, (1926), 734-756) (ハイゼンベルクボルンヨルダンの量子力学の私の量子力学に対する関係に就いて) を発表している。

で、ファインマンが言及している、1926年に書かれたベクトル・ポテンシャルを含む波動方程式のことなのだが、やはり「固有値問題としての量子化」4部作中に含まれていると考えるべきだろう。そして、ザッと眺めたところ、ハミルトニアンから波動方程式を導いて、更に、それをクーロン・ポテンシャルでの2体問題 (ケプラー問題) に適用しているらしい第1論文や、作用関数やホイヘンスの原理から波動方程式を論じて、更に、ケプラー問題以外の例として、磁場の非存在下 (第514ページ) での1次元調和振動子等の簡単な系の量子化を扱っているらしい第2論文中には現れるとは思えない。

これに対して摂動論を扱っている第3論文には、期待が持てそうだと、所々を覗いてみたのだが、結局、スカラーポテンシャルについて、次の記述が見つかっただけだった:

Indem wir der Wellengleichung des Keplerproblems, Gleichung (5), S. 362, Bd. 79 dieser Annalen, eine potentielle Energie +eFz hinzufügen, wie es der Einwirkung eines elektrischen Felds in der positiven z-Richtung von des Stärke F auf ein negatives Elektron vom Ladungsbetrag e entspricht, erhalten wir folgende Wellengleichung für den Starkeffekt des Wasserstoffatoms

(32) \Delta\psi + \frac{8\pi^2m}{h^2}\left(E + \frac{e^2}{r} - eFz\right)\psi = 0

welche die Grundlage des restlichen Teiles dieser Abhandlung bildet.
--"Quantisierung als Eigenwertproblem (Dritte Mitteilung)" II. 3 ("Annalen der Physik" Vierte Folge, Band 80, S. 457)

本紀要第79巻第362ページの式 (5) として示されたケプラー問題の波動方程式に、強さ Fz 軸正方向に向かう電場による、電荷 e の負である電子への作用に相当するポテンシャル・エネルギー +eFz を付け加えることで、以後の議論の基礎となる水素原子のスタルク効果に対する次の波動方程式が得られる

(32) \Delta\psi + \frac{8\pi^2m}{h^2}\left(E + \frac{e^2}{r} - eFz\right)\psi = 0

--「固有値問題としての量子化 第3部」第2章/第3節 (「物理学紀要」第80巻第4号第457ページ)

    訳註:
  1. シュレディンガーが "ein negatives Elektron vom Ladungsbetrag e" と云う持って回った言い方をしているので「電荷 e の負である電子」と訳してあるが (言うまでもないが、この論文時点で、陽電子は発見は勿論、少なくとも一般的には、予想もされていない。従って、シュレディンガーは、「陽電子」との区別のために "negative" と云う限定を入れたのではない)、「負電荷 -e の電子」と云うことだろう。

しかし、ファインマンはハッキリ「ベクトル・ポテンシャル」と書いているから、彼が言及しているのは第4論文の次のような箇所だったのだろう (第4論文も摂動を扱っている。ただし、第3論文は時間に依存しない系が主題であるのに対し、第4論文は時間に依存する系が主題である)。

Die Hamiltonsche partielle Differentialgleichung für das Lorentzsche Eelektron läßt sich leicht in folgende Gestalt setzen

(34) <br />
\begin{equation*}<br />
\left\{<br />
\begin{split}<br />
\Bigl(\frac{1}{c}\partialdiff{W}{t} + \frac{e}{c}V\Bigr) &- \Bigl(\partialdiff{W}{x} - \frac{e}{c}\mathfrak{A}_x\Bigr) - \Bigl(\partialdiff{W}{y} - \frac{e}{c}\mathfrak{A}_y\Bigr)  \\<br />
 &- \Bigl(\partialdiff{W}{z} - \frac{e}{c}\mathfrak{A}_z\Bigr) - m^2c^2 = 0 <br />
\end{split}<br />
\right.<br />
\end{equation*}<br />

Hier sind e, m, c Ladung, Masse des Elektrons und Lichtgeschwindigkeit; V, \mathfrak{A} sind die elektromagnetischen Potentiale das äußeren elektromagnetischen Feldes am Elektronenort. W ist die Wirkungsfunktion.

Aus der klassischen (relativistischen) Gleichung (34) suche ich nun die Wellengleichung für das Elektron abzuleiten durch folgendes rein formale Verfahren, welches, wie man leicht überlegt, auf die Gleichungen (4'') führen würde, wenn es auf die Hamiltonsche Gleichung eines in beliebigem Kraftfeld bewegten Massenpunktes der gewöhnlichen (nichtrelativischen) Mechanik angewendet wird. -- Ich ersetze in (34) nachdem Ausquadrieren die Größen

(35) <br />
\begin{equation*}<br />
\left\{<br />
\begin{split}<br />
&\hspace{10mm} \partialdiff{W}{t}, \quad \partialdiff{W}{x}, \quad \partialdiff{W}{y}, \quad \partialdiff{W}{z}, \quad \\<br />
&\mathrm{bezw. \ durch \ die} \ \mathit{Operatoren} \\<br />
&\pm \frac{h}{2\pi i}\partialdiff{}{t}, \quad \pm \frac{h}{2\pi i}\partialdiff{}{x}, \quad \pm \frac{h}{2\pi i}\partialdiff{}{y}, \quad \pm \frac{h}{2\pi i}\partialdiff{}{z} \mbox{.}<br />
\end{split}<br />
\right.<br />
\end{equation*}<br />

Den so erhaltenen linearen Doppeloperator, ausgeübt an einer Wellenfunktion \psi setze ich gleich Null:

(36) <br />
\begin{equation*}<br />
\left\{<br />
\begin{split}<br />
\Delta\psi - \frac{1}{c^2}\partialdiffsecond{\psi}{t} \mp \frac{4\pi ie}{hc}\Bigr( \frac{V}{c}\partialdiff{\psi}{t} + \mathfrak{A}\,\grad{\psi} \Bigl) \\<br />
\hspace{10mm} + \frac{4\pi^2e^2}{h^2c^2} \Bigr( V^2 - \mathfrak{A}^2 - \frac{m^2c^4}{e^2} \Bigl)\psi = 0 \mbox{.}<br />
\end{split}<br />
\right.<br />
\end{equation*}<br />

(Die Zeichen \Delta und \mathrm{grad} haben hier die elementare dreidimensionaleuklidische Bedeutung.) Das Gleichungspaar (36) wäre die vermutete relativistisch-magnetische Verallgemeinerung von (4'') für den Fall eines einzigen Elektrons und zwar wäre es ebenfalls in dem Sinne zu verstehen, daß die komplexe Wellenfunktion entweder der einen oder der anderen Gleichung zu genügen hat.
--"Quantisierung als Eigenwertproblem (Vierte Mitteilung)" ("Annalen der Physik" Vierte Folge, Band 81, SS. 133-134)

ローレンツ電子に就いてのハミルトン偏微分方程式は、容易に次の形式に表わすことができる:

(34) <br />
\begin{equation*}<br />
\left\{<br />
\begin{split}<br />
\Bigl(\frac{1}{c}\partialdiff{W}{t} + \frac{e}{c}V\Bigr) &- \Bigl(\partialdiff{W}{x} - \frac{e}{c}\mathfrak{A}_x\Bigr) - \Bigl(\partialdiff{W}{y} - \frac{e}{c}\mathfrak{A}_y\Bigr)  \\<br />
 &- \Bigl(\partialdiff{W}{z} - \frac{e}{c}\mathfrak{A}_z\Bigr) - m^2c^2 = 0 <br />
\end{split}<br />
\right.<br />
\end{equation*}<br />

ここで e, m, c は、電子の電荷・質量と光速度であり、V, \mathfrak{A} は、電子の位置における、外部電磁場の電磁ポテンシャルであり、W は、作用関数である。

古典論的な (相対論的な) 方程式 (34) から、以下の純形式的な手続き (容易に分かるように、これを、任意の力場における通常の非相対論力学的な運動質点のハミルトン方程式に適用するなら方程式 (4') が得られる) により、電子の波動方程式を導き出してみよう。つまり (34) において、平方展開に、各項

(35) <br />
\begin{equation*}<br />
\left\{<br />
\begin{split}<br />
&\hspace{10mm} \partialdiff{W}{t}, \quad \partialdiff{W}{x}, \quad \partialdiff{W}{y}, \quad \partialdiff{W}{z}, \quad \\<br />
&\mbox{それぞれを、次の{\bf 作用素}} \\<br />
&\pm \frac{h}{2\pi i}\partialdiff{}{t}, \quad \pm \frac{h}{2\pi i}\partialdiff{}{x}, \quad \pm \frac{h}{2\pi i}\partialdiff{}{y}, \quad \pm \frac{h}{2\pi i}\partialdiff{}{z} \mbox{.}<br />
\end{split}<br />
\right.<br />
\end{equation*}<br />

に置換するのだ。こうして得られた線型2階作用素を、波動関数 \psi に適用したものをゼロに等しいとすると、次のようになる:

(36) <br />
\begin{equation*}<br />
\left\{<br />
\begin{split}<br />
\Delta\psi - \frac{1}{c^2}\partialdiffsecond{\psi}{t} \mp \frac{4\pi ie}{hc}\Bigr( \frac{V}{c}\partialdiff{\psi}{t} + \mathfrak{A}\,\grad{\psi} \Bigl) \\<br />
\hspace{10mm} + \frac{4\pi^2e^2}{h^2c^2} \Bigr( V^2 - \mathfrak{A}^2 - \frac{m^2c^4}{e^2} \Bigl)\psi = 0 \mbox{.}<br />
\end{split}<br />
\right.<br />
\end{equation*}<br />

(ここで、記号 \Delta 及び \mathrm{grad} は、初等的な3次元ユークリッド空間に対するものである)。対をなす方程式 (36) は、単一電子の場合に対する方程式 (4'') を相対論的磁場への一般化と措定して良いだろうが、このことの意味はつまり、複素波動関数は、上記方程式のどちらか一方を満足しなければならないと解釈されるべきだと云うことである。

--「固有値問題としての量子化 第部」第6節 (「物理学紀要」第81巻第4号第133-134ページ)

    訳註:
  1. やや余談に属するが、上記独文の翻訳には、主に小学館の [独和大辞典第2版 (コンパクト版)] を参考にしたが、そこには "Quantisierung" (量子化) と云う見出しが見られず、少々落胆した。まぁ、恐らくは、"Quantisierung" は、ブリティッシュ英語の動詞 "quantise" のドイツ語したものの更に派生名詞形と思われるから、と言うか、あるいは "quantisation" から直接造語したのかもしれないが、いずれにしろドイツ語にとっては「外来語」である可能性が大きいので、「ドイツ語」の辞典に収録するのに抵抗があるかもしれないことを認めるに吝かではない。しかし、逆に、だからこそ、利用者に一定の予備知識がないと、語義を推測しようがないことにも留意してほしかった。辞書への収録は、言葉の重要性との兼ね合いがあるのは、勿論だが、私に言わせれば "Quantisierung" は十分重要な単語である。
  2. "Ausquadrieren" も採録されていない。実は、この語義に就いては、私も若干不審なところがある。一応字面に合わせて「平方展開」と訳しておいたが、一般に「(式の) 展開」を意味する可能性が捨て切れない。
  3. 訳文中の式 (34) に就いて: 最近の Winshell は日本語に対応しているので、tex ファイル中に日本語が入っていても無事に dvi を作成出力する。しかし、そうした dvi ファイルを dvipng.exe で png 画像に変換しようとすると拒絶されてしまう。上記訳文中、式 (34) で使用した png ファイルは、モニター画面上に表示させた dvi 画像をキャプチャして png 形式で保存し、GIMP を使って、所要部分の切り取り、縮小、背景透明化を行なったものである。
  4. 一応、式の (4') がどのようなものか、下に紹介しておく:
    (4') \Bigr( \Delta - \frac{8\pi^2}{h^2}V + \frac{8\pi^2}{h^2}E \Big
l) \Bigr( \Delta - \frac{8\pi^2}{h^2}V - \frac{8\pi^2}{h^2}E \Bigl) \psi = 0

なお、私は未見だが (存在自体は承知していた)、以前共立出版から「シュレーディンガー選集」が出されたことがあって、その第1巻が [波動力学論文集] だった(1974年)。上記で引用した論文も、少なくとも一部は、当然収録されているだろう。

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2008年11月18日 (火)

フランス語 "faisceau" の読み方

昨夕 (2008/11/17 17:04:21)、キーフレーズ [faisceau 発音] で、このサイトを訪問された方がいらしたようだ。リモートホスト名を見ると、某大学の数学科の関係者ではないかと推察される。まぁ、要するに、「」の対応フランス語である "faisceau" の読み方をお調べになっていらっしゃたのでしょうね。

しかし、確かに取り敢えずネットで調べるのも良いけれど、この場合は、むしろ、適宜の仏和辞典を引く方が、遥かに簡単で確実だろうと云う気がするのだが、如何なものだろうか。そうすれば、そのものズバリで、発音表記 [fεso] が見つかる筈である。それがネット上となると、所望の情報がある、例えば、フランス語版の "Wiktionnaire" の "faisceau" の項に辿り着くだけでも難しいし、その上、その内容は当然フランス語で書いてあるので、どれが発音を表わしているかを見いだすのに、再び苦労することになるだろう。

勿論、オンライン版の仏和辞典も幾つかあるのだが、私が簡単に覗いた限りでは、発音までカヴァーしているものは見当たらなかった。語義そのものも、「単語帳」レベルの越えていないし...

しかし、小言ばかり言っても仕方がない。それに [faisceau 発音] など「カワイイ方」ともいえるのだ。なにしろ、かなり頻繁に [et フランス語 意味] と云う組み合わせの検索が見受けられるからだ。こうなると、もう [and 英語 意味] と云う検索が何時現れるか、私なぞは期待に胸を震わせてしまうことになる。

で、[fεso] に話を戻すと、これをカタカナにするとしたら「フェソ」ぐらいだろうか。大雑把な意味は「束」ですね。「茎 (stalks)」を束ねたものと云うイメージなのでしょう。因みに、フランス語 "faisceau" の対応イタリア語は "fascio" つまり「ファッショ」で、これも「束」が基本語義。

だから、数学用語としても "faisceau" も「束」と訳した方が素直なのでしょうが、残念ながら「束」は、代数用語のことはさておき、位相の範疇でも "fiber bundle" ("vector bundle" や "principal bundle") の "bundle" の訳語として使われていたので、別の訳語が当てられたのでしょう (これは私の推測)。

"faisceau" に「層」と云う訳語を当てたのは秋月康夫さんらしい。「輓近代数学の展望(続)」の註にご自身で書いていらっしゃる、その理由が奮っていて:

層という訳語の由来は仏語 Faisceau のあとの方の 'ソー' をとったというが一つの根拠である。Faisceau の元来の意味は束 (タバ) である。'群の束' (X 上に配置された) の意である。ところで、これを横に見ると地層のような層になる。そこで、垂直を水平におきかえて層と訳してみたのである。この訳がよいか、悪いか、わが国で定着しているかどうか知らないが、この訳語の発案者として、その由来を記しておく。
--秋月康夫「輓近代数学の展望」p.176 (1970年)。ダイヤモンド社。東京

こうした事情を知らなかった或る若手数学者が、当事御存命であった秋月先生の面前で、「層」と云う訳語は問題が有ると発言してしまったと云う話を聞いたことがあるが、事実かどうかは私は知らない。だが、とにかく「層」と云う数学用語は、日本に定着している。先生、以って瞑すべし。

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2008年6月 5日 (木)

ロシア語で「秋」(と「冬」、「春」、「夏」)

本日昼過ぎ (2008/06/05 13:13:14)、キーフレーズ [ロシア語で秋] で、このサイトを訪問された方がいらしたようだ。

同様なケースで、前にも書いたことがある筈だが、こう云う場合は、日本語版のウィキペディアで、問題の言葉 (今は []) の項目を開いて (なければ仕方がないが、この場合はある)、そのページ左側にある [他の言語] コラム中から、ターゲットとなる言語名 (ロシア語ならば "Русский") をクリックすると、対応ページ、つまり、今の場合はロシア語ウィキペディア中の、"Осень" に辿り着く。

このようにすれば、大抵の場合は、その項目名として、求める言葉が得られる筈。[秋] の場合も、例外ではなくて "осень" (女性名詞) が求めるものである。その証拠に、その内容を読んでみると、次のようになっている。

Осень — одно из четырёх времён года между летом и зимой. Состоит из трёх месяцев: в северном полушарии — сентября, октября и ноября, в южном — марта, апреля и мая.

В отличие от календарной, астрономическая осень наступает позже — во время осеннего равноденствия 22 или 23 сентября (в северном полушарии) или 20 или 21 марта (в южном полушарии) и продолжается до зимнего солнцестояния (21 или 22 декабря в северном полушарии, 20 или 21 июня в южном полушарии).
--Осень

秋 - 一年の四季中、夏と冬との間の季節。北半球では9月、10月、11月、南半球では3月、4月、5月の3か月からなる。

暦の上の場合とは異なり、天文学的には、秋の始まりは遅くなり、(北半球では) 9月22日又は23日、あるいは (南半球では) 3月20日又は21日の昼夜平分日に秋となり、冬至 (北半球では12月21日又は22日、南半球では6月20日又は21日) まで続く。

記載が簡単過ぎて、「季節」の文化的意味合いが不明だが、「秋」の説明以外の何ものでもあるまい。

ちなみに、ロシア語版ウィキペディアのこのページには、四季が列挙されていて、次のようになっている。

Зима | Весна | Лето | Осень

夫々、順に「冬」(女性)、「春」(女性)、「夏」(中性)、「秋」である。

余談。クアーズ (Coors) 社から "ZIMA" と云うアルコール飲料が販売されているが、これはロシア語の зима を踏まえた商標とのこと (英文版ウィキペディア "Zima" の項参照)。

ネット上で訳語を調べる同様な手段で、ウィクショナリー日本語版の該当項目を見ると言うものが有るが、[] の場合、現時点ではロシア語訳は記載されていないようだ。


英語を軸にして調べると云う手段もある。その場合、取り敢えず便利であるのが "Webster's Online Dictionary" である。この場合は、検索フォームに、例えば「秋」と入力して、"Non-English" 指定で検索すると、英訳語が現れる (元の日本語よっては現れないこともあるだろうが、その場合は諦める) から、その意味が適切であるならクリックして、該当ページを開けば、その中にターゲット言語への訳語が記載されている可能性が大きい。実際、「秋」の場合は、"Autumn" のページ中に "осень" が見いだせる。("Fall" のページ中にも "осень" が採録されているが "fall" 自体の意味が多岐に亘るので、その訳語も多種類になってしまっている。)

他にも「手管」はあるのだが、私の拙い説明で分かるような人は、もともと知っているか、あるいは私なぞが説明しなくても、自得できる人だろうから、多弁は弄すまい。

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2007年11月29日 (木)

Eglantier?

昨深更 (2007/11/28 23:52:25) キーフレーズ [Eglantier 和訳] で、このサイトを訪問された方がいらしたようだ。

yahoo japan の検索では、このサイトしかヒットしないようだから (google では、何もヒットしない)、いらしたのだろうが、その先に進められたか、若干心許ない気がする。

なぜなら、このサイトには当時 "Eglantier" と云う単語は含まれていなかったからで (現在では、この記事によって含まれることになったが...)、必要な情報を選り分けるのは大変だったかもしれない。

では、何故 jahoo がこのサイトを拾ったのかと云うと "églantier" と云う単語が、[nouse: フランスの古童謡 "Nous n'irons plus au bois"] 中に表れるからだろう。一応「野バラ」と訳しておいた。

ただし、églantierRosa canina であるが (所謂「ローズヒップ」は、主としてこの種のバラの実)、日本で言う「野バラ」は Rosa multiflora である。

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2007年11月18日 (日)

"gtoreq" の意味

時々、このサイトに "gtoreq" の意味を尋ねてと思われるアクセスがある。私自身の経験からいっても、文脈から簡単に分かる事なので、事々しく取り上げることもないとは思って無視していたが、アクセスが何回か繰り返されると、一言だけ書いて、後は忘れておこうと思い返した。

と云う訣で一言。

"gtoreq" とは "greater than or equal" つまり「以上 (≥)」の略である。

ちなみに、「以下」の方は、"less than or equal" だから "ltoreq" と云うのが対応する表現になる。

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2007年10月23日 (火)

"la primavera" はイタリア語で「春」

昨日、イタリア語 "la primavera" が「秋」を意味するのか確認することを意図すると思われる検索で、このサイトを訪問された方がいらしたようだが、「惜しい!」
"la primavera" は「春」なのだ。

『春』は、近年の修復の結果、オリジナルの華麗な色彩がよみがえり、従来、煤(すす)に覆われてはっきり見えなかった多くの草花が、ヴィーナス(ウェヌス)の立つ地面に描き込まれているのが見えるようになった。研究者によると、これらの草花のほとんどは、今でもフィレンツェ地方に自生しているという (「サンドロ・ボッティチェッリ」- Wikipedia)『春』は、近年の修復の結果、オリジナルの華麗な色彩がよみがえり、従来、煤(すす)に覆われてはっきり見えなかった多くの草花が、ヴィーナス(ウェヌス)の立つ地面に描き込まれているのが見えるようになった。研究者によると、これらの草花のほとんどは、今でもフィレンツェ地方に自生しているという ((サンドロ・ボッティチェッリ) - Wikipedia)
[nouse: 料理用語としてのイタリア語 "tagliare a rotelline"] に出てきているが、primavera, estate, autunno, inverno が、それぞれ春・夏・秋・冬になる (primavera と estate が女性名詞。autunno と inverno が男性名詞)。ちなみに 「季節」は "la stagione", 「四季」は "le quattro stagioni" になる。

と云う訣で、サンドロ・ボッティチェッリ (Sandro Botticelli) の代表作の絵画 (左上) も、アントニオ・ヴィヴァルディ (Antonio Vivaldi) の有名なヴァイオリン協奏曲 (下) も、イタリア語では、ともに "La Primavera" と呼ばれているのだ。

ヴィヴァルディの「春」の音声ファイルは、ウィキペディア・コモンズで入手した ogg フォーマットのものなので、ブラウザへのプラグイン内容によっては再生されないかもしれない。その場合は、悪しからず。

2008-01-18 [金] 補足:スペイン語でも春は "la primavera" ポルトガル語では定冠詞が違ってくるが、やはり "a primavera" である。

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2007年7月 8日 (日)

マルトデキストリンの構造式?

ときどき [maltodextrin (マルトデキストリン) 構造式] と云った類のキーフレーズで、このサイトを訪れる方がいらっしゃる。それを見ると、本当に大きなお世話だろうが、「一体、この人は、どの程度の情報を知りたがっているのだろう」と、首を傾げてしまうのだ。

変なサジェスチョンをすると、「そんな分かりきったことを調べているのではない」と叱られそうな気がする。その一方で、かなり初歩的なレベルで困っていらっしゃるのかも知れないと云う気もする。

最近も、そうした訪問者があった。勇を鼓して、変なサジェスチョンをしておこう。

まず話の土台を作るために、その物ずばりのタイトルであるドイツ語版ウィキペディア "Maltodextrin" (28. April 2007 um 14:38 Uhr) から少し訳出する:

Maltodextrin (Warenzeichen Maltrin) bezeichnet ein wasserlösliches Kohlenhydratgemisch, das durch Hydrolyse von Stärke (Poly-α-glucose) hergestellt wird (siehe modifizierte Stärke). Die Hydrolyse erfolgt teilweise durch Säure, teilweise auf enzymatischem Wege.
マルトデキストリン (商標名 "Maltrin") はデンプン (ポリ-α-グルコース) の加水分解により生産される水溶性炭水化物混合体のことである(ドイツ語版ウィキペディア "modifizierte Stärke" --化工デンプン-- の項を参照)。加水分解は、酸によって行なわれることも、酵素によって行なわれることもある。

Maltodextrin ist ein Gemisch aus Monomeren, Dimeren, Oligomeren und Polymeren der Glucose. Je nach Hydrolysegrad unterscheidet sich die prozentuale Zusammensetzung. Diese wird durch das Dextrose-Äquivalent beschrieben, das bei Maltodextrin zwischen 3 und 20 liegt.
マルトデキストリンは、グルコースの、モノマー、ダイマー、オリゴマーポリマーからなる混合物である。成分の割合は、加水分解の進み具合に応じて様様であるため、組成の記述にはデキストロース当量が用いられるが、その値は3乃至20である。

訳註:
1.「ダイマー」と「オリゴマー」との間に、「トリマー、...」を入れたくなるのだが、そのまま訳しておく。
2. デキストロース当量 (「ブドウ糖当量」とも謂う。或いは "DE" とも表記される。これは、英語 "Dextrose Equivalent" の略) とは、デンプンの加水分解物や糖が、同量のデキストロース(つまり「グルコース」、つまり「ブドウ糖」)の何%に相当する還元力を持っているかを示す値。従って、デンプンのデキストロース当量は0で、デキストロース(グルコース/ブドウ糖)のデキストロース当量は100になるのは当然だが、この他に例えばショ糖は非還元糖なのでは 0 になる。デキストロース当量は、デンプンの加水分解にあっては、還元糖までの分解がどの程度まで進んでいるかを示す目安になる。

Das Wort Maltodextrin leitet sich von Maltose und Dextrose ab: Maltose (= Malzzucker) ist das Dimer zweier Glucose-Moleküle, während Dextrose (= Glucose = Traubenzucker) ein Monomer darstellt.
マルトデキストリンと云う言葉は、マルトースとデキストロースに由来する。マルトース(麦芽糖)は、2個のグルコース分子のダイマーであるのに対し、デキストロース(つまりグルコース、つまりブドウ糖)は単糖である。

訳註:
1. "ab|leiten sich4 von et3": 「...に由来する」
2. この部分の記載に対して、私は眉に唾を付けざるをえない。字面を素直に読む限り、Maltodextrin は、麦芽(malt/モルト)中に形成される(のと同様な)デキストリンの意だろう。

Maltodextrin ist kaum süß und beinahe geschmacksneutral. Da es gerade noch wasserlöslich ist, wird es in der Diätetik eingesetzt, um Mahlzeiten mit Kohlenhydraten anzureichern. In Wasser bildet es eine klebende, trübe und viskose Masse.
マルトデキストリンには、殆ど甘味はなく、ほぼ無味である。水にはなんとか溶けるので、食事に炭水化物を補足する目的で、食餌療法において用いられる。水に溶けると、マルトデキストリンは、粘着性のある不透明な粘性な塊を形成する。

訳註:
1. "Diätetik" は「食餌療法」と訳しておいた。日本語の「ダイエット」は意味に偏りがありすぎるからである。

Maltodextrin hat die CAS-Nummer 9050-36-6.
マルトデキストリンの化学物質登録番号 (CAS Number) は9050-36-6である。

以上を読めば、お分かりになると思うが、「マルトデキストリン」の「化学物質」としての「立場」は、「ビミョー」なのだ。

まず、「マルトデキストリン」には、「デンプンの加水分解によって得られた」と云う製法依存の属性が付いている (つまり「マルトデキストリン」とは「デンプンの加水分解によって得られたデキストリン」と云うことだ)。従って、「マルトデキストリン」は化学的にはせいぜい「デキストリン」の下位概念にしかならないし、それどころか「工業的には意味があっても、化学的には独立した意味がない概念だ」と云う考え方もできるのだ。

その上、「デキストリン」そのものが、グルコースモノマーが基本になっているとは言え、様様な重合度の糖類が様様な割合で混合した一連の範囲の組成物の総称だから、議論によっては、構造式を云云すべきではないこともありうるだろう。

勿論、適用範囲に限界があることを十分念頭におくなら、英語版 Wikipedia の "Dextrin" の項 (あるいは、むしろ、Wikipedia が引用している "21 C.F.R. 184.1444 Maltodextrin") で示されているような、グルコース1分子から水1分子を落としたものを重合化したことを表わす ((C6H10O5)n が有用である場合もあるだろうけれども。

関連記事:
nouse: [nouse: マルトデキストリンの構造式?] 補足

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