カテゴリー「語義・語法」の37件の記事

『「メモ:「泉声」の語義 (「百谷泉声」に関連して)」』補足

「ココログ」の「アクセス解析」を見たら、最近、このサイトのページ「メモ:「泉声」の語義 (「百谷泉声」に関連して)」を訪問される方が多いようだ。

まぁ、それはそれで良いのだが、実は、あの記事で、私は、当然含めるべき情報を書き洩らすという失態を演じている。脱稿した後も、全く気が付かず、かなり後になってから、予期しないまま、何かのきっかけで、事実を知った。それほど失念していたのだ。

それは、記事中、引用した詩のうちの最後である、菅茶山の詩が、富士川英郎 (ふじかわひでお) の「江戸後期の詩人たち」で取り上げられていることだ (筑摩叢書 [江戸後期の詩人たち] pp.50-51)。

分かる人には分かってもらえると思うが、これは至極ミットモナイ手抜かりで、見過ごしてもらえるものなら見過ごしてもらいたい態のものだ。そして、私は、実際放置してしまった。しかし、この一時期のことであろうけれども、そして、このささやかなサイトの中のランキングとは言え、注目を浴びている以上、当該記事の欠落を補わない訣にはいくまい。

まったく慚愧に堪えない。お詫びして、補足する。本来なら、関連情報を改めて調べ、その結果ともども報告すべきところだろうが、生憎、時間にも気分にも、余裕がない。情報を、そのままのものとして、お知らせする。

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「場の古典論(原書第6版)」第11章第96節中の用語「擬テンソル」に就いて

今年も押し詰まってしまった。暮れ切ってしまう前に。過去の記事の補足なり訂正なりでよいから、二つ三つ投稿をしようと11月ぐらいから考えていたのだが、ことここに至って、とても無理だということが分かった。

転居を比較的短い間に2度した後整理をサボっていて、蔵書 (と云うほど、大したものではないのだが) の大部分が段ボールの中に入ったまま、そこら中に積みあがっている。であるのに、現在自宅に「自力リフォーム」まがいのことをしており、どの部屋も乱雑を極めていて、段ボールから本を取り出すことがママならない。そのため「話のタネ」として用いたい本が何処にあるのかさえ見当が付かない状態なのだ。

しかし、去年・一昨年のように年間1本と云うテイタラクではないにしろ、今年も数本しか記事を書いていないのは情けないので、枯れ木に花を一輪足すだけにしかならないにしろ、一文をひねり出すことにする。記事として最低限のレベルを確保できるか危ぶみつつ。。。

「場の古典論(原書第6版)」(発行:東京図書株式会社) 第11章第96節「エネルギー・運動量の擬テンソル」(pp.312-319) の用語「擬テンソル」が気味が悪いと云う、それだけ言えば「出落ち」的に話が終わってしまうだけの話を、以下ヤヤ詳しく書くことにする (第96節には一目で分かる誤訳があるが、それこそ「一目で分かる」から全体の文脈には影響しないだろうから、ここではカカヅラワルことはしない。そうした話は、将来「『場の古典論』講読」と云った記事を書く機会があったら、他のものと合わせて取り上げよう)。

「擬テンソル」と云う用語は、「場の古典論(原書第6版)」の pp.19-20 でも出てくる。こちらの方は、私も気にならない。この両者は別物なのだ。

それは、「場の古典論」の記述自身から明らかだ。それが分かる、それぞれに就いて特徴的な文章を摘出しておく。

任意の階数の[擬テンソル],とくに[擬スカラー]は,回転から合成できない変換を除いて,すなわち,回転に帰着させることのできない,座標の符号の変化である反転をのぞいて,すべての変換に対してテンソルのようにふるまう.
--「場の古典論(原書第6版)」第1章第6節「4元ベクトル」pp.19-20

(重力場のエネルギー・運動量擬テンソルである/引用者補足/)t^{ik} の大切の性質は,それがテンソルをつくらないということである。それは、(p.314 での t^{ik} の定義式 96.5 中の/引用者補足/) \partial{h^{ikl}}/\partial{x^{l}} において現れるのが共変導関数ではなく,ふつうの導関数だということからたやすく示される.しかし,t^{ik}\varGamma^{i}_{kl} によって表わすことができ,\varGamma^{i}_{kl} は座標の1次変換にたいしてはテンソルのようにふるまうから (§ 85 を参照),t^{ik} についても同じことがいえる。
--「場の古典論(原書第6版)」第1章第96節「エネルギー・運動量の擬テンソル」p.315

ちなみに、どちらの「擬テンソル」も英語では pseudotensor, さらにちなみにロシア語では псевдотензор である。

後者の「擬テンソル」である「エネルギー・運動量の擬テンソル」は「ランダウ・リフシッツ擬テンソル」とも呼ばれるので、以下、そう呼ぶことにする。他方、前者を何と呼ぶかが、悩ましい。私としては只の「擬テンソル」としか呼びようがないのだ。しかし、対比の必要上、そうもいかない。仕方がないので、ad hoc な用語として「数学的擬テンソル」と呼ぶことにする。

念のため、一応注意しておくと、単に「テンソル」と云う用語が用いられている場合でも、その意味には大きく分けて2種類あることである。第1は、線形空間又は、その双対空間のテンソル積の元である。第2は、所謂「テンソル場」、つまり,極めて大雑把な言い方で申し訣ないが、可微分多様体の各点に対し、その点上の接空間と余接空間 (つまり接空間の双対空間) とのテンソル積の要素であるテンソルを対応させる写像で、その可微分多様体の構造と両立するものである。

困ったことに、上記の「ランダウ・リフシッツ擬テンソル」にしろ、「数学的擬テンソル」にしろ、可微分多様体の各点に、テンソル又は擬テンソルを対応させる写像だが、「テンソル場」ではない。

もう少し具体的に言うと、「ランダウ・リフシッツ擬テンソル」は、擬リーマン多様体の各点から、その点での余接空間2個のテンソル積の要素としのテンソルを対応させる写像だが、底空間をなす擬リーマン多様体の構造と両立していない。但し、余接空間の基底の一次変換に限るならば「テンソル」として振る舞う。

「数学的擬テンソル」の方は、ミンコフスキー計量が付いた実4次元アフィン空間の各点からその点上の接空間、つまり4次元ユークリッド空間に関わる擬テンソルを対応させる写像であるから、当然「テンソル場」ではない。

これを踏まえて言うと、上記の引用から分かるように、座標反転に対して、数学的擬テンソルは、相対論的環境では、擬テンソルとしてテンソルと異なる振る舞いをするが、座標反転も接空間や余接空間に移れば一次変換となるから、ランダウ・リフシッツ型擬テンソルでは、テンソルと同じ振る舞いをする。

ランダウ・リフシッツ擬テンソルは、擬リーマン多様体上の各点に、上記第1意味での「テンソル」を対応させているものの、テンソル場でないのは勿論、擬テンソルを対応させている訣でもないから「擬テンソル場」(今の文脈を離れた広いの文脈で適切な用語となるか疑問だが)でもない。せいぜい、テンソル場に類似する、テンソル場のまがい物と云う意味での「擬-テンソル場」(「擬テンソル-場」ではなく) といったところだろう。私が感じる「気味の悪さ」が分かっていただけるだろうか。

ただし、微分多様体上の「場」である以上、その局所化されえない属性は、本質的に大域的な存在と云うことになる。これに関連して、「場の古典論」の「重力場のエネルギーの空間内の局在化ということを考えるのは,いずれにしても無意味である」と云う記述 (p.316) は示唆に富む (これと同じことを P.A.M. ディラックが「一般相対性理論」の第31章で言っている)。「ランダウ・リフシッツ擬テンソル」の物理的意味は深い。

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語義: G.N.Watson "a treatise on the THEORY OF BESSEL FUNCTIONS" p.3 の "heavy chain"

G.N.Watson "a treatise on the THEORY OF BESSEL FUNCTIONS" p.3 (第1章) に、次の一文がある。

In 1738 Daniel Bernoulli published a memoir containing enunciations of a number of theorems on the oscillations of heavy chains.
1736年、ダニエル・ベルヌーイは、鎖の振動に関する幾つかの定理をまとめた覚え書きを発表した。

この "heavy" の語感は、「重い」よりも「(個々の環に)存在感がある」に近い。勿論「質量」にも関連していて、詳しくは「無視しえない質量線密度を有する」と云う含意だろう。だから、日本語としては「重い」より「太い」を使いたくなるが、単に「太い」と訳しても、原文における語感と隔たりがある。やや細かく「しっかりとした太さが感じられる鎖」としても、事態は改善されてない。"heavy" の語感を強調すべき文脈ではなく、サラリと訳す必要があるからだ。結局、日本語に訳すなら単に「鎖」とした方が良い。

単振子は「錘」に質量が集中し、錘と支点との間の桿は剛体でありながら、質量は無視されるが、「鎖」の場合は、独立した「錘」は存在せず、支点から懸下した、一定の長さを有する1次元延長体の全体に質量が一様に分布し、かつ、その延長体は、伸び縮みはしないが、自由に変形可能であることが想定されている。

なお、分子医学で、抗体 (antibody 機能名)、つまり、免疫グロブリン (immunoglobulin 物質名) の分子構造の「部品」として、英文で "heavy chain" 及び "light chain" と呼ばれるものがあり、それぞれ「重鎖」及び「軽鎖」と訳されることがあるが (「H鎖」及び「L鎖」と云う用語もある)、分野が異なり、しかも、文脈水準も「マクロな文脈」と「ミクロな文脈」とで異なるので、日を同じくして論ずる訣にはいかない。

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メモ:[幽明録] の一節における「日中当至」に就いて

以前 (十日ほど前?) にも二・三度 [幽明録 日中当至] と云うキーフレーズで、このサイトを訪問された方がいらして、つい調べかかったのだが、現在、私の「脳味噌」は「物理学のお勉強」モードになっていて、[中文/漢文] を喋喋すると、大失態を犯しそうなので、すぐに切り上げて、放置してしまった。

しかし、昨日深夜 (2013/07/12 23:20:05)、やはり、[幽明録 日中当至] なる訪問者がいらしたので、この機会に、全く的外れかもしれないことをお含み起き戴いた上で、前回調査時にチラと考えていたことを、ここに記録しておく。

おそらく、この「日中当至」は、[太平御覧] 所引の [幽明録] (幽明录) 中の次の一節に関わっているのだろう (魯迅の手になる [古小説鈎沈 (こしょうせつこうちん)] にも収められもいる)。

隴西秦嘉字士會,俊秀之士。婦曰徐淑,亦以才美流譽。桓帝時,嘉爲曹掾赴洛,淑歸寧于家。晝臥,流涕覆面。嫂怪問之,云:「適見嘉自說往津鄉亭病亡。二客俱留,一客守喪,一客賫書還,日中當至。」舉家大驚。書至,事事如夢。
--[維基文庫]太平御覽卷四百.人事部四十一「凶夢」
(引用文中「嫂怪問之,云:」の直後のゲタ一字を、他の資料で補った。)


陇西秦嘉,字士会,俊秀之士。妇曰徐淑,亦以才美流誉。桓帝时,嘉为曹掾赴洛。淑归宁于家,昼卧,流涕覆面,嫂怪问之,云:“适见嘉自说往津乡亭病亡,二客俱留,一客守丧,一客赍书还,日中当至。”举家大惊,书至,事事如梦。[御览四百]
--古小说钩沈 [幽明录]
(引用文で [トーフ] になっている「嫂」を補った。)

うーむ。新字体に直しておくか。

隴西秦嘉字士会,俊秀之士。婦曰徐淑,亦以才美流誉。桓帝時,嘉為曹掾赴洛,淑帰寧于家。昼臥,流涕覆面。嫂怪問之,云:「適見嘉自說往津鄉亭病亡。二客俱留,一客守喪,一客賫書還,日中当至。」舉家大驚。書至,事事如夢。

このコンテキストだと 「日中当至」は、「日中マサニ至ルベシ」とでも、読ませたいのではないか。中国語で「日中」は日本語の「正午」又は「正午前後のそれなりの長さの時間」を意味するらしいから、「(手紙は)正午頃には届く筈だ」ぐらいの意味だろうが、私自身の好みを言うなら、[徐淑] が昼寝をしていたことを踏まえて、「夕方までは」としたいところだ。

意味はこんな感じだろう。

隴西の[秦嘉]は、字(あざな) を「士会」と言って、才知に優れた官僚だった。妻は[徐淑]と云う名で、これも才色兼備の名声が流布していた。(後漢第11代) 桓帝の時、嘉は曹掾として (後漢の都である) 洛陽に赴いたが、淑は、自分の実家に戻った。彼女が昼寝した後、涙を流し顔を覆ったので、兄嫁が怪訝に思って尋ねると彼女は「たった今、嘉と遭ったのです。彼自らに、 『津鄉亭に行った所、そこで病死してしまった。津鄉亭に共に滞在していた二名の内、一人は私の遺体の見守ってくれており、もう一人は手紙を携えて、そちらに急行している。夕方までには届く筈だ』と伝えられました」と言ったので、家中が大騒ぎになった。実際、手紙が届くと悉く夢の通りであった。
--2013-08-18 [日] 訳文にカギカッコ 『』 を付加し、閉じの方のカギカッコ 』 と重なる読点を削除した。

色いろ不備もあろうが、今日は、高校のクラス会で、私は、所謂「ケツカッチン」なのだ。と云う訣で、これ以上のことはしないでおく。

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古今亭円菊 [町内の若い衆] における「しかんけの犬」

2012年10月13日に、落語家古今亭円菊が亡くなって、既にほぼ一か月が過ぎてしまった。と、事ごとしく書いたが、円菊さんに就いては、テレビ番組で噺を一・二度聞いたことがあるような記憶がうっすらとあるばかり。後は、やはりテレビか新聞かで、自らの師匠である古今亭志ん生の逸話を聞いたか読んだような気がする。

志ん生は、茶わんに盛った御飯に焼酎を掛けて、茶漬のようにして掻き込んでいたと云うことを聞いたことがあるが、これは円菊さんから仕入れたのかもしれない。何れにしろ、『飲まば焼酎・死なば卒中』と豪語していた志ん生らしい逸話ではある。

それだけの縁しかないのに、なぜこの文章を書き始めたのかと云うと、随分昔に、古今亭円菊の高座で、かすかながらも気になった [言葉尻] があるからだ。「テレビ番組で噺を一・二度聞いたことがあるような記憶」と書いたばかりで胡乱なことを言う、と思われそうだが、実は、彼の高座の口述筆記なら、読んだことがあるのである。

角川文庫に、落語協会が編集した [古典落語] と云う10冊組みの、タイトル通り、古典落語の口演を書き起こしたものが収められている。10冊中初めの2冊は「艶笑・郭ばなし」が充てられているのだが、第2冊の3話めが、円菊師匠演じるところの [町内の若い衆] と云う噺なのだ。

所謂 [艶笑ばなし] に分類されていて、類話と云うことになっている落語 [氏子中] は、1941年10月に、高座に載せることが自粛された53種 (所謂「禁演落語」) のひとつである。私には確認できなかったが、[町内の若い衆] も口演が自粛された可能性が十分あるだろう。事実、現在では、[町内の若い衆] は「かっての禁演落語」として扱われているようだ。

私は落語の [氏子中] を聞いたことはなく、また口演の筆記も読んだことがない。従って、以下の議論は、サイト [落語あらすじ事典 千字寄席] 中の項目 [氏子中(うじこじゅう)] に示された概況に拠るので、自分でも心もとないところがあるのだが、それを留保しつつ断ずるなら、[氏子中] と[町内の若い衆] では、サゲの発想が同工であるとは言え、物語の構造が異なっているのだ。

[氏子中] は、確かに所謂 [バレ噺] だが、[町内の若い衆] は、バレるのはサゲだけで、基本は「真似そこない」型の笑話と看做せる。実際、円菊版の [町内の若い衆] のマクラは、次のような典型的な「真似そこない」話である。

 一席ごきげんをうかがいます。
 ええむかしからこのう、付け燒き刃ははげやすいなんてえことを申しまして、とかくこのう人まねというもんは、これはうまくいくもんじゃございませんよ。まあ、でもむかしは、このう、夏の暑い盛りに甘酒(あまざけ)を売って歩いたなんという商売がございます。
 「あまあーい甘酒ェ」
 「おっ甘酒屋!」
 「へえい」
 「あついかい?」
 「へえい、あつうがんす」
 「じゃ日陰歩きな」
 「ばかにしてるなあの野郎」
 なんてんで、甘酒屋をからかって……。これをそばで聞いていたのがわれわれ同様というのか、少々ぼうーっとしてやつで、
 「旨(ンま)いこと言いやがるなあの野郎、『甘酒屋、あついかい』ってやがる。『おあつうござんす』と言ったら日陰歩けって、ふふん、おれもからかってやれ」
 なんてよしゃいいのに
 「あまあーい甘酒ェ」
 「おいっ、甘酒屋!」
 「へえい」
 「あついかい?」
 「いいえ、飲みごろです」
  「ん、フッフ一杯くれ」
  なんてんでね、逆に飲まされちゃったりなんかしまして……。
  とかくこの人まねというものは、これァうまくいくもんじゃございません。
--[古典落語〈2〉艶笑・廓ばなし 下] (東京。角川書店。角川文庫 1974年) pp.44--45
なお、ここにリンクを付けたアマゾン出品のものは1980年刊。1974年のものを復刊したものか?

また、構造的に、わかりやすい相違点を指摘しておくと、[氏子中] では、女性主人公の妊娠が冒頭から明らかにされて、そこから物語が展開していくのだが、[町内の若い衆] では、女性主人公の妊娠は、物語の完結に直結する最後の段階で明らかにされる。

ちなみに、[落語あらすじ事典 千字寄席] でも項目 [町内の若い衆(ちょうないのわかいしゅう)] の解説で「別話」であると指摘されている。

[落語あらすじ事典 千字寄席] の [氏子中(うじこじゅう)] に従うなら、落語 [氏子中] の現在知られている最古の原話は、正徳2年(1712)、江戸で刊行された笑話集「新話笑眉」中の [水中のためし] だと云う。この [水中のためし] が、その後半世紀経った宝暦12年(1762)刊の「軽口東方朔」巻二 [一人娘懐妊] 等、多くの模擬作品を産んで、その後の落語 [氏子中] につながったと云うことらしい。

ただ、ここで注意しておくなら、女性主人公は [水中のためし] では「下女」であり、[一人娘懐妊] では (私は、概況でさえ不承知なのだが、タイトルからホボ確実に) 「娘」であることだ。「物語」の層では「下女」はカテゴリとして「娘」であるから、笑話と落語 [氏子中] とでは物語としての「風合い」がかなり異なっている。議論を単純化しすぎであることを認めつつも、対比すると、笑話では「娘と後家は若衆のもの」を連想させるような、古代的な、更には、聖婚にまで遡りえるような神話的背景が感じられるのに対し、落語では、せいぜい中世以降、多分に近世的な、それも都市生活者間における cocuage が物語の要になっているからだ。

ただ、ここで実時代における「古代/近世」の対立に固執するのは意味がない。例えば、江戸時代、佐久間某の「下女」であった [お竹] が大日如来の化身であったと云う逸話に、川柳作者たちの間で「町内の若い衆」と同系の神話性が付与される機微を、石川淳は、その [江戸人の發想法について] で鮮やかに指摘している。

  佐久間の下女は箔附のちぢれ髪

  裏に來てきけばをとつひ象に乘り

 お竹大日如來のことは民俗學のはうではどうあつかふのか知らない。某寺の聖のはなしとか流しもとの飯粒を大切にするはなしとかがこれに關係づけられてゐるやうである。しかし、この風變りな如來縁起が市民生活の歴史のなかでいかなる關係物によつて支へられてゐるにしろ、前もつて能の江口といふものがあたへられてゐなかつたとすれば、すなはち江口に於て作品化された通俗西行噺が先行してゐなかつたとすれば、江戸の佐久間某の下女が大日如來の化けるといふ趣向は發明されなかつたらう。江口の君が白象に乘つて普賢菩薩と現じたといふ傳承は前代から見のこされて來た夢のやうなものだが、江戸人はその夢を解いて、生活上の現實をもつてこれに對應させつつ、そこにまたあらたなる夢を見直すことを知つてゐた。そして、かういふ操作がきはめてすらすらおこなはれてしまふので、それがかれらの生得の智慧のはたらきであること、同時に生活の祕術であることを、江戸人みづから知らなかつた。後世が作為の跡しか受け取らなかつたとすれば、當の江戸人はそのとほり駄洒落さと答へてけろりとしてゐるであらうが、じつは後世がむざむざとかれらの智慧にだまされてゐるようなものである。お竹大日如來の場合は、文學のはうではたまたま川柳の擔當になつてゐるので、後生の文藝批評家はなるべくこれをやすつぽく踏み倒すことによつて自家の見識を示さうとする。われわれは、その見識の高下をしらない。
 箔附のちぢれ髪といふ。おもての意味は明かに佛菩薩の螺髪のことをいつてゐる。しかし、箔附のとは、れつきとした、極めつきの、例のあれさ、といふ意味でもある。すると、ちぢれ髪とは何か。按ずるに、ちぢれ髪の女は情が濃いといふ俗説を踏まへてゐるのだらう。ここで「こなたも名におふ色好みの、家にはさしも埋木の、人知れぬことのみ多き宿に」といふ江口の本文をおもひ出しておいてよい。江戸の隠語に、來るもの拒まない女のことを、醫者の慣用藥にたとへて、枇杷葉湯といふ。お竹はけだし枇杷葉湯なのだらう。お竹とはかならずしも佐久間家の婢にはかぎるまい。市井の諸家の臺所に多くの可憐なるお竹がゐて、おそらくは時に町内の若者を濟度することを辭さなかつたのだらう。すなはち見立江口の君である。おろかな、たわいない、よわい女人はここにまで突き落とされたかと見るまに、一轉して後シテの出となる。臺所は「世をいとふ人とし聞けば假の宿に心とむなと思ふばかりぞ」といふ假の宿である。また「惜しむこそ惜しまぬ假の宿」である。すでにして、お竹は「これまでなりや歸るとて」白象に乘つた遠い普賢像であつた。その姿の消えた後に、裏に來て安否をとふものは、かならずやかつて濟度をかうむつた町内の若者の一人なのだらう。憶測をたくましくすれば、この相手方もまた一所不住の浮かれもの、見立西行といふこころいきであらうか。
--[文学大概] (東京。中央公論社。中公文庫 1976年) pp.74--76
--[石川淳選集 第14巻 評論・随筆 4] (東京。岩波書店。1980年) pp.173--174

しかし、現状では考える材料が調えられないので、これ以上、あれこれ頭をひねっても仕方がない。本題に入ろう。

角川文庫版の [町内の若い衆] には、次のようなくだりがある。

「なにを言ってんだい、夫が聞いてあきれるよ。[おっとおっと] って言いやがって、その下に [どっこい] をつけてごらん」
「おっとどっこい……なに言ってんだ、畜生め、ええ、いまなあ、ええ、感心しちゃったんだ、おらあ」
「なに言ってんだあ、感心しちゃ首曲げてやがらあ。しかんけの犬」
「なんだい、しかんけの犬てえのは」
「首を曲げてばかりいるからだよう」
--[古典落語〈2〉艶笑・廓ばなし 下] (東京。角川書店。角川文庫 1974年) p.49
上記引用文で [ と ] とで囲んで在る部分は、原文では「丶」による強調がされている。また、ここにリンクを付けたアマゾン出品のものは1980年刊。1974年のものを復刊したものか?

最初この部分を読んだ時、私には「しかんけの犬」が何を指しているのか分からなかった。そして多分、江戸時代、又は、かっての東京で使われていた「悪態」の一つなのだろうと思ったのだった。

しかし、その後、「町内の若い衆」を別のテキストを読んだ時に、上記引用文では「しかんけの犬」となっているところが「蓄音機の犬」といるのを読んで、自分の勘違いに気が付いた。「首を傾げた」仕草を、音楽レコードのブランドである HMV (His Master's Voice) の商標である犬「ニッパー (Nipper)」になぞらえたのだ。

ただ、「ちくおんき」が「しかんけ」になるのは、[江戸/東京弁] としても、やや特異であるかもしれない。

私自身、東京で生まれ育った人間で、例えば、子どもの頃、夏場に近所の友達と水の掛け合いをしていて、その友達に、水を浴びせた瞬間「シャッケー、シャッケー」と叫ばれた経験がある。その時、私は「『鮭』がどうしたのだろう」と不思議に思うばかりだった。東京近辺だけのことか、それ以外に拡がりがあるか承知しないが、取り敢えず、私の身の回りでは「酒」は「さけ」だが、「鮭」は「しゃけ」だったのである。勿論、「鮭」を「さけ」と呼ぶこともあって、しかも「酒」の「さけ」と、「鮭」の「さけ」とはアクセントが異なるから、混同はしない筈なのだが、私なぞは、子どもの頃、塩を吹いて真白になった中に赤くて堅い切り身が隠れている形で食膳に載る魚は「しゃけ」だと思いこんでいたし、また今でも「鮭」は「しゃけ」でないと、微妙な違和感がある。

勿論、「シャッケー」は「冷やっこい」の訛りである。実際の転訛の変遷を私は知らないが、図式的には「ひやっこい → しゃっこい → しゃっけー」と考えられる。ただ、当時小学校低学年だった私は「冷やっこい」と云う言葉を知らなかったから (家庭内でも使っていなかった。使っていたのは「つめたい」か、「つべたい」だった。もっとも、私の母親は家庭内では、しばしば「おべたい」などと言っていたが、これは、おどけて幼児語化していたのだろう)、連想の浮かびようもなかったのだ。

もっとも、「シャッケー」そのものも、本来は幼児語だった可能性はある。何故なら、江戸時代の江戸では、町内を廻って水を売る商売 (所謂「ボテフリ」の「水売り」) があったが、それは2種類に分けられて、日照りで井戸枯れの時、取り敢えず必要になる飲料水を売り歩く種類と、現在で言う清涼飲料水を扱う種類があった (砂糖を溶かしたり、白玉を加えて売られたらしい) が、少なくとも、この [清涼飲料水] タイプの方の売り声が「ひゃっこいひゃっこい」だったからだ (従って、彼らは「ひゃっこい」とも呼ばれた)。細かく言うなら、文字どおり「ひゃっこい」と発音されていたと云う保証はないかもしれないが、順当に考えるなら、[大のおとな] は、少なくとも、その気になれば、「ひゃっこい」と言えたし、実際にそう発音していたと云うことなのだろう。

後ればせながら断わっておくと、私は自分が所謂「東京弁」を常用しているとは思っていない。「ひ」と「し」の使い分けに難があるだけが、微かにそれらしいだけで、取り立てて「某某弁」と呼べるような特徴のある話し方はしていない筈である (「まっつぐ」なんて言わないよ。「まん真ん中」も余り使わないな。逆に、関西由来と思われる「ど真ん中」は、時どき使っているかもしれない。一番使っているだろうのは、無印の「真ん中」)。実際に聞いてみるならば東京弁使用者を認識することはできる気がするが、「この人は東京弁を使っている」と感じる実体験は滅多にない。それが、東京弁ネイチブ・スピーカーが絶滅危惧種であるためか、私の東京弁認識能力が似非なのか、なんとも言えないだろう (「両方」と云うこともある)。だから、この記事に書いてあることが基本的に間違っている可能性さえあるのだ。

そう断わっておいて、改めて設問すると、で、「ちくおんき」が「しかんけ」になったのは、どう云うことなのか?

実は、この稿を書き始めるまでチャンと考えたことがなかったような気がする。円菊さんが亡くなったから思い出したので、普段は忘れていたからだ。

円菊さんは、当然、この噺を、師匠の古今亭志ん生から受け継いだのだろう。事実、志ん生には(七代)金原亭馬生時代に吹き込んだ「氏子中」のSP盤レコードがあるというが、その内容は、通常の「氏子中」(落語) ではなく、むしろ「町内の若い衆」であると云う。

円菊さんの口演では、静岡茶を褒めるクダリがあって、これは静岡出身である円菊師匠が付け加えたのではないかと思われるが、そのように、全てが志ん生譲りとは言えなかろう。「ちくおんき」が「しかんけ」に変わるに就いては、志ん生、円菊、原稿作成・校正者の3つのレベルが関わりうるのだ。

東京で育った人間なら、例えば「文字焼き (もんじやき) → もんじゃき → もんじゃ」と云う転訛が、ごく自然に受け入れられる。同様に、「蓄音機 (ちくおんき) → ちこんき」と云う転訛なら、当然そう云うこともあるだろう、と、納得できる (「ちこんき → ちこんけ」と云うのもありうるのではないか)。

この原稿を書きだしてから、思いついて google 検索してみて気付いたのだが、「しかんけの犬」や「シカンケの犬」では、現時点で1件もヒットしないが、「チコンキの犬」なら多数ヒットする。

「ちこんき → しかんけ」が、円菊さんの聞き間違え・言い間違えや、原稿作成・校正者のミスと云う可能性も勿論ある。しかし、私は、志ん生師匠自身が、円菊さんの前で「しかんけ」に聞えるような発話をしていたのではないかと思うのだ。「だから何なのだ」と言われると、それまでなのだが。。。

古今亭円菊と同日に、丸谷才一も亡くなった。私はこのブログで、2008年3月頃、彼と大野晋との対談 [日本語で一番大事なもの] 中で取り上げられた引用文に就いての記事を数多く書いているが、その際、肝腎の書名を書きあやまると云う大失態を犯してしまった。その訂正かたがた、必要ならば、記事への補足、又は瑕疵の点検と訂正を行ないたいと思っていたが、全く手つかずのまま、2008年7月の大野晋の死去に続いて、丸谷才一まで鬼籍に入ってしまった訣で、自らの怠惰に忸怩たらざるを得ない。

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メモ: 都筑卓司 [なっとくする量子力学] 及び [なっとくする統計力学]

たまたま図書館で見かけて都筑卓司の [なっとくする量子力学] (講談社。1994年6月) 及び [なっとくする統計力学] (講談社。1993年11月) を借りてきて通読した。子ども (高校生?) のころ読んだ同じ著者の [マックスウェルの悪魔―確率から物理学へ (ブルーバックス 152)]の記憶が懐かしかったからだ。もっとも、今、思いだそうしてみても [マックスウェルの悪魔] の内容はサッパリ思い出せない (新装版が出ているが、これに就いては、私は語るべきものを持っていない)。勿論、[統計力学] に就いての啓蒙書であったのだろうけれども、その後に僅かながらに学んだ物理学の雑多な知識に覆いかぶされてしまっているようだ。要するに、「面白いなぁ」と思ったぐらいの印象しか残っていないのだ。

いきなり脱線してしまって申しわけない。で、その [なっとくする量子力学] と [なっとくする統計力学] なんだが、読後感が「ビミョー」なのだ。形容が難しいのだが、強いて言えば、「物理学者の楽屋話」とでも言いたいことが所どころに書いてあって、他の入門書を読んでいて引っ掛かっる所が、まさに「なっとくする」かたちで書いてある。そして、(最近の入門書では改まっているものを見受けられるが) 初歩的なことを丁寧に書くと、自らの「沽券」に係わるとでも言いたげな発想から自由であるのも好ましい。

しかし、では、他人様(ひとさま)、特に初学者に薦められるかと云うと、到底出来ない。私のような「面白がり」が一種のゲーム感覚で読むと云う、本来の目的からズレている「利用法」ではなく、フツーに物理学の学習の為に読むには、いかんせん、[誤植/校正ミス] が多すぎるのだ。

一般論としては、[誤植/校正ミス] は書籍に付き物なので、基本的にはその価値に影響しない。そして、[誤植/校正ミス] に気付いた時には、必要に応じて、公表し、情報の共有をすればそれで済むだけのことだ。また、私の個人的感想だが、物理学関連の書籍、それも数式が出てくるレベルのものは、[誤植/校正ミス] が他の分野より格段に多い傾向がある。だから、物理学分野では、ある程度の [誤植/校正ミス] には目くじらを立てないようにしている。

しかし、何ごとにも限度がある。

私はザッと通読しただけなのだが、それでも [なっとくする量子力学] では20箇所以上、[なっとくする統計力学] では、60箇所程度の校正ミスが見つかった (あり体に言えば、[なっとくする統計力学] では、著者校を含めて、校正を行なったとは思えない)。私の見落としもあるだろうし、見誤りもあるだろうが、少なくとも 、[なっとくする統計力学] は出版物として失格している。

ただ、言い添えておきたいのは、2冊とも呆れながらも通読できたのは、文章に読ませる底力があったからだ。著者が「物理」を学ぶ楽しさを読者と共有したいと云う思いが伝わってくる。もし [誤植/校正ミス] がなかったら、物理学過程の副読本として優れたものになっていたと思われ、そうした意味で、残念な本なのだ。

「失格」などと書いた以上、幾つか事実を指摘しておく (煩わしいので、全てをあげることはしない。この2つの書籍の場合「情報の共有」の必要性は小さいと思われる。更に、記号の表記上、説明しやすいものだけにしておく)。

まず、「まだマシ」と言える [なっとくする量子力学] では、「量子力学は20世紀の初期30年間に花開いた」とすべきを「量子力学は19世紀の初期30年間に花開いた」とか(p.15)とか、「全体的に」を「全体的もに」(p.77) とか、「磁束密度」を「磁末密度」(p.123) とか、「正式」を「制式」 (p.147,p.177) とか、正弦関数の記号 sin を sim (p.181 の 5.24 式) とか、「相対論」を「相体論」(p.192) とかの一目で見て分かる「可愛いミス」 (その他、例えば「すなわち分解能」を「すなわ分解能」としているような脱字もある。p.198) だけではなく:

  • p.137 で Cr と Mn の量子数が逆 (6←→7)
  • p.177 で、ウィーンの公式及びプランクの公式 (式5.20) の両方で、指数関数の指数に誤ってマイナス符号が付いている。
  • p.178 の式 (5.21) は、変数が ν ではなく λ だから、左辺を U(ν) ではなく、U(λ) にする必要がある。
  • p.179 の式 (5.22) の第1辺で、指数関数の指数のマイナス符号は不要。
  • p.224 の式 (6.41) の左辺のブレース {} 内第3項の分母の sin は2乗でなければならない。(水素原子内のポテンシャルに就いての電子のシュレディンガー方程式。こう云う所で間違えられると本当に落胆する)
  • p.226 の「ラゲール関数」の定義式で括弧内の指数関数の指数 - n は - x としなければならない。
  • p.258 の式 (7.55) の亀甲括弧内の ν(n,m) の後に t を挿入する必要がある。
  • p.260 の式 (7.63) の左辺の縦ベクトルの第1要素 u の下付きサフィックス m は 1m にする必要がある。

[なっとくする統計力学] でも、p.41 の図1.7 でのサイコロの出目3-2が重複しているので、前の方を、出目の位置を逆転して、2-3にする必要があるとか、p.42 で「2のでる確率」を「3のでる確率」とし、また、エントロピーの計算式の2つ目の等号は削除する必要があるとか、p.197 で、ドイツ語 "Zunstandessumme" は "Zustandssumme" の綴り間違いだとか、p.236 の表6.1でコバルトの元素記号 Co の "o" が数字の 0 になっているとか、p.271 で「宇宙船」は「宇宙線」の誤りだとか、p.285 で、2箇所の「フォトン」は「フォノン」にしなければならないとかの、やはり「可愛いミス」もあるのだが (脱字もそれなりにある。例:p.179 て「固体結晶」が「固結晶」になっている。また p.235 で「反強磁性」が「反強性」になっている)、こちらの方は深刻な間違いも多い。例えば、式や図の 引用で番号が間違っているものが幾つかあって、これは見かけよりも重大になりうる。気がついたものを列挙しておくと (「→」がある場合、左側が原文で、右側が訂正したもの):

  • p.53 第2行「図 2.2」→「 図 2.3」
  • p.66 第1行「(2.5) 式から」→「(2.15) 式から」
  • p.95 下から6行目の「図 3.8」→「 図 3.9」
  • p.106 第2行「図 3.13」→「図 3.14」
  • p.295 第1行「(8.28) 式」→「(8.27) 式」
  • p.295 下から12行めの「(8.30) 式」→「(8.29) 式」

ついでに書いておくと、式番号 (3.3) はp.80 と p.81とで重複している。式 (3.14) の計算での引用 (p.91第10行) を考えると、p.80での (3.3) を削除した方が良いだろう。

また、単純な誤記であっても、等閑視できないものがあって(「→」がある場合、やはり、左側が原文で、右側が訂正したもの):

  • p.65 式 (2.17) の最後の 0 → 1
  • p.96 図3.8で「π/4 ステラジアン」→「π/2 ステラジアン」(ちなみに、p.95に言及があって、そこでは「π/2 ステラジアン」と正しく書かれている)
  • p.103 ページ末尾の式中で 0.131 + 10-2 t2 → 0.131 × 10-2 t2 (但し、式そのものが古いデータに拠っているようだ)。
  • p.106 クーロンの法則の式中の2番目の等号は不要。(ため息が出るほど初歩的な書き間違い)
  • p.121 「z 方向の速度成分が w + w + dw」→「z 方向の速度成分が w と w + dw」
  • p.145 式 (4.35) の2番目の等号は不要。

しかし、深刻なのは、式中にひどい書き間違いがあることだ。ある程度数学や統計物理を学んだ経験がなければ、その瑕疵を修復することは困難だろうから。「ひどくないかもしれない」ものもあるのだが、弁別が面倒なので、取り敢えず、「説明しやすいものだけに限る」と云う原則で指摘しておくと:

  • p.56-p.57 指数関数の指数内にある分母の 2a は全て乗数として分子側に移さねばならない。実際、そうでなければ、p.57 の『a が大きいほど (よくひっくり返るほど)、それは「すみやか」である』と云う記述と整合しない。ちなみに、件の微分方程式の解法を「いわゆる変数変化法により」と説明しているが (p.56)、寡聞にして「変数変化法」なるものを私は知らない。知っているのは「定数変化法」と「変数分離法」だけである。そして、ここでの処理は、所謂「変数分離法」である。
  • p.57 指数関数の指数内にある分母の a + b は全て乗数として分子側に移さねばならない。
  • p.71 log p の前にマイナス記号 (-) を挿入する必要がある。
  • p.91 式 (3.14) の第2辺の最後の項の対数関数の変数部分での分数の分子は 1 → x。そして、第2辺の全体に係数 T を追加する必要がある。好ましいのは、冒頭のマイナス記号の後。
  • p.132 式の3行めの積分範囲の上端 α → ∞
  • p.135 式 (4.23) で第2辺の分母にも t を補う必要がある。
  • p.138 左辺が N12 の式。右辺に u を追加する必要がある。最後が適当。
  • p.139 「これを先の衝突回数の式に代入して」の直後の式で、右辺被積分関数内の分母の (2πkT)2 の指数の 2 は 3 に改めねばならない。また、ここでも、右辺に u を追加する必要がある。(a1 + a2)2 の後が適当。
  • p.139 「公式 (2.26-b) を利用して」の直後の式で、右辺の被積分関数内の指数中の分子の式で、μu122μ12u2 と改めねばならない。また、(a1 + a2) の指数を2にする必要がある。
  • p.156 式 (4.56) の第2辺のブレース {} 内の式第2項の (r0/r)6 には係数 2 が必要。
  • p.180 式 (5.6) で左辺第1項係数の分母 8m → 8πm。また、左辺第2項の π には 指数 2 が必要。(「調和振動子のシュレディンガー方程式を間違えるなよ」と、ツッコみたくなる)
  • p.183 式 (5.12) の (hνi/kT) には指数 2 を書き加える必要がある。同様に、式 (5.13) の (hν/kT) にも指数 2 を書き加える必要がある。
  • p.186 式 (5.16) 分数係数の分母中の c には指数 3 が必要。
  • p.191 熱容量 Cv を求める最初の式で被積分関数 (でなくて係数部分でもよいが) h が抜けている。或いは、分子の (hν/kT2) 中の h の指数を2にして (h2ν/kT2) でもよい。
  • p.195 下から3番目の式で、2つの括弧の夫々の内部の式で最初の項の 1 は x にしなければならない。また、2つめ括弧の中の式の第3項 ix5/5! の前はマイナス (-) でなくプラス (+) にする必要がある。
  • p.196 アインシュタインの比熱式の右辺の e の指数の分母分子を逆転する必要がある。つまり T/θEθE/T
  • p.242 式 (6.39) の第2辺の括弧内第2項の分子 c → 1
  • p.264 式 (7.20) の第1行の最後 nklog nk → nk
  • p.271 フェルミ関数の式の分母の最後の項は - 1 ではなく + 1 にしなければならない。
  • p.272 式 (8.1) の分母の指数中の + 1 は指数ではなく指数関数全体に係るように変更する必要がある。
  • p.283 式 (8.17) の右辺最後 (kT/μ) には指数 2 を付け加える必要がある。

その他、注意すべき箇所としては p.158 の第2行の「ところが係数が小さいと」は「ところが係数が大きいと」の書き誤り、そして、p.283 で「第二の積分は ζ 関数とよばれるもので」とあるが、正確には ζ(2) の2倍である (だから π2/3 になる)。

と、長々と書いたが、実は、この2冊の本を通読して、一番興味が引かれたのは物理学的な内容ではなくて、著者のちょっとした思い出話だった。

いささかくどいかもしれないが、似たような例で、将棋の金を4枚振る場合を考えよう。現在のようにゲーム器の発達していない昔 (戦前といったらいいか) には、これを盤上で振って、盤の隅を駒を回し、歩、香、桂……と順次上っていったものだ。2 が一番でやすく、ゼロや 4 はなかなか出なかった。そのためゼロを「夜桜」とよび、4を「お歯黒」などと称して、1度に 20 とか 50 とかすすむことができる……などという特典が与えられていたような記憶がある。
--[なっとくする統計力学] (都筑卓司。講談社。1993年11月) p.44

これは、所謂「まわり将棋」のことだろう。私も、子どものころ、遊んだ覚えがある。ただし、「夜桜」や「お歯黒」と云った「特典」に特典に就いては記憶がない。私は「戦争を知らない子供たち 」の一人だから、戦前のことを云々されると、「そうだったのですか」とでも言うしかない。むしろ、日本語版ウィキペディア [まわり将棋] (最終更新 2012年8月31日 [金] 22:36) で説明されているように、駒が立ったりした場合に特典がついた (もっもと、[ウィキペディア] では「裏向きの(何も文字が書いていない方が上を向いている)金将が4枚揃う」場合のことも書かれている)。

ただし、4枚とも表になることを「お歯黒」と呼ぶのは納得できる。駒の一つ一つを「歯」に見立てているに違いないからだ。現在の殆どのテレヴィや映画では無視しているが (歴史的・社会階層的に変動があるので、極めて大雑把な言い方になるが) 都市における既婚女性 (公家においては女性に限らないと云った話は、ここでしない) は五倍子(フシ)に含まれるタンニンと鉄とを用いて歯を黒く染めていた。東京墨田区で生まれ育った私の母の幼少時代 (おそらく、大正末年から昭和初年) でも、近所にお歯黒をしていた婦人がいたとのことだから、全く遠い過去の話ではないので、戦前の子供たちにとっても「お歯黒」と云う言葉に甚だしい違和感はなかっただろう。

しかし、4枚とも裏になることを「夜桜」と呼ぶのは、何故だろう?

将棋の金将の裏は、[王将/玉将] と並んで、空白になっている。共に「成り金」にはなりえないからだが (飛車・角行が「成って」竜・馬になることは、この文脈では無視してよい)、空白になっていることと「夜桜」とはどう結びつくのか、考えてしまったのだった。

一番単純には、4枚揃った白木の姿が、夜空に浮かぶ桜の花弁を連想させるのかもしれない、といったところだろうが、八重桜は論外として、通常の桜はバラ科の花の通例として5枚だろう。そこで、ネット上で調べもしたが、納得できる結論は出せないままでいる。

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[ところてん] 雑談。或いは、「スドちゃん」としての「古川緑波」

古川緑波 (1903年8月13日--1961年1月16日。 喜劇人 [古川ロッパ] は、文章をモノする時、[古川緑波] と云う筆名を用いた。読みは同じく 「ロッパ」) に、「氷屋ぞめき」と云う短文がある。手近に得られるだろう刊本では [ちくま文庫] の [ロッパの悲食記] (古川緑波。筑摩書房。1995年) で、表題を含めても2ページ余り (pp.87--89)、33行の短さだ (青空文庫にも収録されている [古川緑波 氷屋ぞめき])。

ロッパの子供時代は、[アイスクリーム] を売っているところが少なかったが「中流以上の家庭には、いまの電気洗濯機がある程度に、アイスクリームをつくる機械があって、時に応じて、ガラガラとハンドルを廻して、つくったものである」(「古川緑波」、こと、古川郁郎は、華族の家に生まれ、姻戚の満鉄役員に養子として引き取られて育ったから、それは「中流以上の家庭」と言って良かろう。おそらく、彼の養家には「アイスクリームをつくる機械」があったにちがいない)、と云う話から始まって、「アイスクリームよりも、もうちょっと安い」[ミルクセーキ] は氷屋で製造販売されていたと云う想い出から、東京と大阪での [氷屋] の違いに話題が移る。そして最後は、次のように結ばれている。

 大阪の氷屋に、「すいと」と書いてあった。
「すいと」とは何だろう。すいとんのことでもなさそうだし――と、きいてみたら、ところてんだった。
 ところてんを、酢糸とは、シャレてる。

古川緑波としては [すいと] を、糸にみたてた [ところてんの突き出し] に酢味のタレをかけ廻したイメージであったろう。しかし、この文章から窺えるように、緑波は「すいと」を実際に食べて (最近の言い方に倣えば「実食して」) いない。それどころか「実見」もしなかっただろう。そのせいだろうか、古川緑波はここで微妙な勘違いをしているようだ。

私は、[氷屋ぞめき] の初出情報を持っていないし、また、料理史に就いては全く無知であるから、全くの憶断になってしまうが、緑波が大阪の氷屋の、恐らくは [品書き] で見かけた「すいと」には、(多分黒蜜をかけることによる) 甘い味付けがしてあった筈である。

現在でも、[大阪府民はところてんに黒蜜をかけてたべるんですか?byケンミンSHOW - Yahoo!知恵袋] での

大阪府民はところてんに黒蜜をかけてたべるんですか?byケンミンSHOW
質問日時:2008/5/23 12:22:01ケータイからの投稿.

と云う質問に対して

はい黒蜜です。
横浜に引っ越したのですが、こちらはおかず/つまみ感覚なので、酢醤油ですね。
大阪では基本的におやつ感覚なので甘い黒蜜です。
目的が違うのだから食べ方が違っていても不思議じゃない。
回答日時:2008/5/23 14:32:4

と云う回答がされている。

ただ、古川緑波が見損なったであろう [すいと] に、黒蜜が懸かっていたであろうと云うのは、今のところ、私の憶断である。しかし、それは少なくとも「酢糸」ではないことは、確かである。

なぜなら、例えば、[大阪ことば事典] (牧村史陽編。講談社。1979年) に [スイト] (名詞) の項があって、次のように説明されている

すいとん [水飩] の約。ところてん。心太。今では死語に近い。
--[大阪ことば事典] (牧村史陽編。講談社。1979年) p.347

とあって、[守貞謾稿] 及び [皇都午睡 (みやこのひるね)] (日本語版Wikipedia [西沢一鳳] の項参照) からの引用を付している。

[守貞謾稿] は [近世風俗志] と云うタイトルで岩波文庫に収められている。[大阪ことば事典] における引用は、[守貞謾稿] の [心太売り] の記述の一部のみであるから、ここで岩波文庫版から全体を転記しておこう (図版は省略する)。

心太、ところてんと訓ず。三都とも夏月これを売る。けだし京阪、心太を晒したるを水飩 (すいとん) と号く。心太一箇一文、水飩二文。買ひて後に砂糖をかけこれを食す。江戸、心太値二文。またこれを晒すを寒天と云ひ、値四文。あるひは白糖をかけ、あるひは醤油をかけこれを食す。京阪は醤油を用ひず。またこれを晒し、乾きたるを寒天と云ひ、これを煮るを水飩と云ふ。江戸は乾物・煮物ともに寒天と云ふ。因みに曰く、江戸にては温飩粉を団し、味噌汁をもつて煮たるを水飩と云ふ。けだし二品とも非なり。本は水をもつて粉団を涼(さま)し食ふを水飩と云ふなり。今世冷し白玉と云ふ物水飩に近し。
--岩波文庫 [近世風俗志 (一)] p.280
[皇都午睡] の方は、[大阪ことば事典] での引用を転載しておく。
心太は、今上製の物をスイトンと云ふ。下品なるをトコロテンと云ふ。是、心太(こころぶと)にて、心太なり。水太(すいとん)も同じ心なるべし。
--[皇都午睡]二編上

つまり、既に幕末の時点で ([守貞謾稿] は天保/1830--1843/年間から約30年に亘って書きつがれたと云う。 本人による補正が完了したのは慶應3年/1867年。[皇都午睡] は嘉永3年/1850年上梓とのこと) 「ところてん」には「すいとん」と云う別名があったのだ 。古川緑波の「(東京地方における意味での)すいとんのことでもなさそうだし」は、本人の意外に的を射ていたと云う程ではないにしろ、的をかすめていた訣だが、それはそれとして「すいとん」では (「水飩」・「水太」を当てることの是非は別にして)、その「す」に「酢」を当てるのは難しいだろう。

もっとも、[守貞謾稿] における説明に関わらず、江戸時代、[ところてん] が酢味でも食べられていた。それは 江戸時代中期の1712年頃刊行の [和漢三才図会] における、[ところてん] への説明の一部に「用薑酸沙糖等食之能避暑也 (薑酸・砂糖等を用いてこれを食せば、よく暑を避くるなり)」とあることや、江戸時代前記から中期かけての俳人椎本才麿 (しいがもと さいまろ 1656--1738) の俳句「からし酢や鼻に夏なきところてん」(1678年刊[江戸新道]) からも窺える。

私は、古川緑波が「ところてんを、酢糸とは、シャレてる」と書いているのを見て、微笑せざるを得なかった。これでは、まるで「スドちゃん」、つまり落語「酢豆腐」に登場する「気障で知ったかぶりの若旦那」そのものではないか。しかし、だからと言って、私は古川緑波の無知を嗤うつもりはない。私自身、言ってみれば[コテコテの関東人] であり、[ところてん] とは「酢醤油・和がらし・一本箸」が基本であって (「浅草の辛子の味や心太」万太郎)、子どものころは、それ以外食べ方があるとは想像だにしなかったからだ ([ところてん] を操りなやみつつ「どうして、こんな食べづらい食べ方をするのだろう」と不思議には思ったが、変わった食べ方がそれはそれで面白かったのも事実だ)。

そうした、私は、かなりの昔のことだが、大阪では [ところてん] に黒蜜を書けると云う話を始めて聞いた時、生理的拒否反応を起したほどだった。冷静に考えるなら、麺状ではなく、サイコロ状に切ってあると云う違いだけで、黒蜜がかかっている [蜜豆] を何の躊躇もなく食べる人間が、[ところてん+黒蜜] を食わず嫌いする方が可訝しい。だから、いま改めて、心を落ち着けてつらつらとジックリ虚心坦懐に考えてみるなら、「歯応えのない葛きり」だと思いこんでしまえば食べられないことは無いような気がしないでもない。試してみる気は無いが。。。

やはり憶断になるが、古川緑波にとっても、ところてんと黒蜜の組み合わせは、想像を絶するものだったのではなかろうか。ここで、憶断に妄想を上乗せすると、もし、古川緑波が、件の「氷屋」で実際に「すいと」を食べていたなら、やはり拒否反応を起してしまったのではないかと私には思えるのだ。そして、その後で彼には是非こう言って欲しい。「いや、酢糸はひと口に限る。」

上記のアマゾンへのリンクのうち、[大阪ことば事典] は、講談社文庫版 (1984年刊) 及び新版 (2004年刊) で、私の持っているのは1979年版。私は [講談社文庫版]、[新版] とも未見だが、同内容だと思う。安藤鶴夫の [わが落語鑑賞] も、私が持っている [落語鑑賞] とは別の刊本で、内容は見ていないが、「酢豆腐」は採録されていて、その限りではほぼ同内容だと思う。

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メモ:理科年表 [物理/化学部 旋光物質] における用語の誤りに就いて

平成24年度版 (第85冊) [理科年表] (丸善出版 東京 2011年) のノンブルで言うなら [物102(464)] にある表 [旋光物質] は、次のようになっている。

物  質   条 件 [α]D20/(°)
果糖 c = 10 -104 (溶解後 6m), -90 (溶解後 33m)
果糖 p = 2 -- 31 -91.9 - 0.11p (平衡に達した後)
ショ糖 c = 0 -- 65 +66.462 + 0.00870c - 0.000235c2
転化糖 p = 9 -- 68 -19.447 - 0.06068p + 0.000221p2
ブドウ糖(右旋) c = 9.1 +105.2 (溶解後 5.5m), +52.5 (溶解後 6h)
ブドウ糖(右旋) p = 1 -- 18 +52.50 + 0.0188p + 0.000517p2 (平衡に達した後)
ブドウ糖(左旋) p = 4 -94.4(溶解後 7m), -51.4(溶解後 7h)
酒石酸 p = 4.7 -- 18 +14.83 - 0.149p
酒石酸 p = 18 -- 36 +14.849 - 0.144p
酒石酸カリウム p = 9 -- 55 +27.62 + 0.1064p - 0.00108p2
ロシェル塩 -------- +29.73 - 0.0078c

問題は、[ブドウ糖] に関する3行、特に3行目だ。これは、[旋光物質] としての「ブドウ糖」に [右旋型] と [左旋型] との2種類あることが前提となっている記載だろう。実際、比旋光度 [α]D20/(°) も、それに対応した値になっている。「右旋性」の物質の比旋光度は正であり、「左旋性」の物質の比旋光度は負であるからだ。

しかし、[ブドウ糖] とは D-glucose つまり、「右旋型 のグルコース」だけを意味し、「左旋型のグルコース」は「ブドウ糖」とは呼ばないのだ。つまり、「ブドウ糖」と書かれているなら、それは、その文脈が [旋光] に関していようがいまいが [右旋型] の化合物なのだ。

「右旋型」は [d-] とか [(+)-] と云う記号を使って表わされることが多い。これに対し、その対比形である「左旋型」は [l-] とか [(-)-] と云う記号を使って表わされることが多い。ここで d は dextrorotatory (右旋性の) により、l は levorotary (左旋性の) によっている。しかし、IUPAC (International Union of Pure and Applied Chemistry/国際純正・応用化学連合) は右旋性・左旋性を表わすのに [d-]・[l-] を用いないように強く勧めているので、以下では、基本的には d /l 対比ではなく(+)/(-) 対比を用いることにする。

例えば、[東京化学同人] 発行の [化学大辞典] で、[ブドウ糖] の項 (p.2019) は [D-グルコース] (p.647) へのクロスリファレンスを与えている (辞書中 [D-グルコース] の項目の位置は [グルコース] に従っている)。

ちなみに [果糖] (p.453) は [D-フルクトース] (p.2048) をクロスリファレンスしているのだが、[D-グルコース] 及び [D-フルクトース] から関連箇所を引用すると:

D-グルコース [D-glucose]
1700年代の末ごろ, ハチ蜜から単離され, ギリシャ語の glykys (sweet) にちなみ命名され, 右旋性を示すのでデキストロース (dextrose), ブドウ汁に含まれるのでブドウ糖 (grape sugar) ともいわれる.

L-グルコースは天然から産出せず, L-アラビノースから合成され, 融点 146~147℃, [α]22D -53°(水, 終末値).
-- [化学大辞典] (東京化学同人 1989年) p.647,648

D-フルクトース [D-fructose]
1800年代の末, ハチ蜜から始めて結晶化され, 果汁に広く含まれるので, ラテン語の fructus (fruit) にちなみ命名された. 大きな左旋性を示すので, 右旋性の D-グルコースをデキストロースというのに対比し, レブロースともいわれる.
-- [化学大辞典] (東京化学同人 東京 1989年) p.2048

ここで、ラテン語に就いて補足しておくと、dextrose の元になったラテン語は「右側へ/右側の」を意味する dexter, 「レブロース (levulose)」の元になったラテン語は「左側へ/左側の」を意味する laevus である。

glykys のギリシャ語原綴は γλυκυς である。

なお、比旋光度をあらわす記号 [α]22D で、測定光と測定時温度の上付き・下付きが、[理科年表] における [α]D20/(°) と逆になっているが気にしないでおく。

ついでに [岩波理化学辞典第5版] からも引用しておこう:

グルコース
アルドヘキソースの1つ. D-グルコースはブドウ糖 (grape suger) またはデキストロースともいい, 代表的なアルドースである. 単糖のうちD-フルクトースとともに最も分布が広く, 遊離状態では甘い果実中に多量に存在し, また血液, 脳脊髄液, リンパ液中にも少量含まれ, 糖尿病患者の尿中には多量に存在する.

L-グルコースはコウマ(黄麻)やある種のキク科植物の葉の加水分解物中に存在すると報告されているが, L-アラビノースから炭素数を増やしてゆく反応で得られる.
-- [岩波理化学辞典第5版] (岩波書店 東京 1998年) p.384

フルクトース
ケトヘキソースの一種. D-フルクトースは果糖 (fruit suger), 左旋糖 (levulose, レブロース) ともいう.
-- [岩波理化学辞典第5版] (岩波書店 東京 1998年) p.1205

[東京化学同人] の [生化学辞典第2版] (1990年。私の手持ちは、この版しかない。現在は第4版である) からも引用しようと思ったがやめておく。引用すべき内容が、特に [D-グルコース] では、[岩波理化学辞典第5版] とほぼ同一だからだ (どちら辞典にたいしても、それを咎め立てているわけではない。為念)。

(炭水化物・糖類の構成単位である) 単糖や (タンパク質・ペプチドの構成単位である) アミノ酸 (それらの誘導体も含む) の鏡像異性体を持つ場合 (殆どの場合持っている訣だが、それはそれはして)、1対存在する鏡像異性体を対比的に区別するため、分子の立体構造の特定の一部分の相違点に着目した D/L 対比と、旋光性の相違 (鏡像異性体は必ず一対で存在し、その一方が右旋性なら他方は必ず左旋性になり、逆に左旋性でないなら右旋性になる) に着目した (+)/(-) 対比に就いて説明することは控えておくが (有機化学の教科書を適宜読んで下さい)、様ざまなところで注意されているように、この2種類の区分は、歴史的な経緯から紛らわしい記号 D/Ld /l が用いられることがあるとは言え、現在の我々の立場からするなら、独立した区分法であることは改めて強調しておくべきだろう。

実際、グルコースにもフルクトースにも D 異性体と L 異性体が存在するが、上述のようにグルコースの D 体は右旋型 ((+)型) であるのに対し、フルクトースのD 体は左旋型 ((-) 型) である。

そして、D-グルコース、つまり「ブドウ糖」と、D-フルクトース、つまり「果糖」は、それ自体、又は、化合物の構成要素として、自然界に広く、そして多量に存在するのに対し (大雑把に言うなら、D-グルコース1分子と D-フルクトース1分子とがグリコシド結合したものがショ糖1分子である)、それぞれの L 異性体は、天然に存在しないか、するにしても僅かでしかない (希少糖)。

生体内の代謝で主要な役割を果たすのは、D-グルコースである。例えば、生化学での解糖系の議論や、食品工業にあっては L-グルコースは無視可能なので、D-グルコースを単に「グルコース」と呼ぶことは普通である。従って、その文脈では「グルコース」は「ブドウ糖」と同義になる。

しかし、これはあくまでも「文脈から明らかであるので」と云う条件のもとでの「D-グルコース」の省略形としての「グルコース」であって、全ての場合に通用する訣ではない。

憶測だが [理科年表] の表 [旋光物質] の作成担当者は、[グルコース] と[ブドウ糖] が同一であると思いこんでいたのだろう。だから「ブドウ糖(左旋)」とあるのは、「左旋体のグルコース」、つまり「L-グルコース」の積もりだったのだろう。しかし、「L-グルコース」は、左旋体の「グルコース」であっても、それを「左旋体のブドウ糖」と呼ぶことはできない。上記のように「ブドウ糖」は「右旋体のグルコース」限定の呼称であるからだ。

この表のように、右旋体と左旋体を区別する場合には、「グルコース」と「ブドウ糖」の混同は、致命的な誤りと言える。。。と言うか、むしろ不思議なのは、[理科年表] のような国民的リファレンスブックにあって、このような初歩的な誤りが、校正者・校閲者・そして恐らくは、読者からも見過ごされていることだ。まぁ、私自身、最近調べものをしている際 ([デキストロース当量] に就いて補足的な記事を書こうとしたのだが、結局纏まらないままでいる) に見るまで気がつかなかったのだから、偉そうなことは言えないのだけれども。

「(右旋)」と「(左旋)」の注意書が必要なのはむしろ [酒石酸] の方だろう。酒石酸は右旋型 (L体) も左旋型 (D体) もともに「酒石酸」と呼ばれているからだ (もっとも、表 [旋光物質] では右旋型酒石酸しか示されていない)。さらに、酒石酸は、分子内の内部補償により鏡像対称性をもったメソ体 (mesoisomer) も、D体とL体の等量混合物であるラセミ体 (racemic modification. 記号 (±)- 又は dl- が付されることが多い) も存在する。ラセミ体の酒石酸は「ブドウ酸 (racemic acid)」とも呼ばれ、「ラセミ体」の名は、これに拠っている。

蛇足的な注意をしておくと、表 [旋光物質] では比旋光度 [α]D20/(°) が統一的に与えられているから、この記事において所謂「コットン効果 (旋光異常分散)」([円偏光二色性 - Wikipedia] 参照) の影響の可能性について考慮する必要は全くない。

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米国での地震時での個人の対応行動指針 ("Drop, Cover and Hold on")、及び「構内放送」(「場内放送」等) 例文

最近時々、[地震 放送 英語例文] と云うたぐいのキーフレーズでこのサイトを訪問された方がいらっしゃるのだが、そうした時、少し考えただけで、調べることはなく、そのままにしてしまってきた。調べても、ハカバカしい結果は得られそうもない (ヨリ正確に言えば「マト外れな結果」しか得られないだろう) と思ったからだ。

それどころか、踏み込んで言ってしまうなら、英語かどうかに限らず、大地震の発生中は、遠隔地はともかく、震央近くで、その地震のただ中にいる人々にとって「放送」は役に立たない。放送施設が利用可能であり得るかと云う問題もさて措き、「放送」を行うことで、むしろ現に地震発生の渦中にある人々の注意力を削いでしまうことになりかねない。むしろ大切なのは、日常時での、地震発生時の対応方法 (勿論、極めて限定的な行動しか出来ない訣だが、だからこそ、最も有効な行動) を明瞭簡潔に示したガイドやマニュアルの周知徹底と、その頻繁な訓練だろう。

勿論、揺れが一旦収まった後で (余震はあり得るにしても)、放送施設が生き残ったと云う条件の下では、何らかの情報伝達、特に避難誘導の為に、放送が活用されることが好ましい。また、構成員の主体が未成年者であるような「学校」等の施設では、激烈とは言えない地震であっても、一瞬にして非日常的状況に抛りこまれるわけだから、生徒個人の行動の判断を本人に任せる訣にいかない、と云う考え方もあり得る (逆に、特に「津波」が襲来する危険性がある時には、基本的には常に保護者が個別的に密着していることが期待される「乳幼児」と「要介護者」・「疾病者」以外は、「指針」は「指針」として、その具体的行動の判断を本人だけに委ねるしかないと云う考え方もあり得るが、この方向に議論を進めると、本稿の守備範囲が広がりすぎる恐れがあるので、なるべくしないようにするつもりだ)。当然、この場合、第一義的には教師・学校職員の直接指導が行なわれるべきだろうが、だとしても、副次的手段として放送が利用されることは、認められてよい筈だ。

ただし、ここで、「放送」とは所謂「館内放送」・「場内放送」・「構内放送」・「校内放送」等英語で謂う "public address (PA) system" のこととして解釈してある。つまり TV やラジオ乃至はインターネットを介する「放送」--英語で謂う "broadcast" または "telecommunications"-- のことは問題にしていない。

と、考え直した上でも、(別段、何かの「調査」--この「調査」はネットを検索したぐらいではできないだろう-- をした上での根拠がある訣ではないが) 緊急時の「放送」が問題になるような「社会」で「地震」が切実であるのは、世界の中でまず第一に日本国においてではないのか。「諸外国の事例」を探しても得るところは少ない気がする。

話が、こんがらがりそうで困るが、[地震 放送 英語例文] と云うキーフレーズの本質に関わる筈なので、指摘しておくと、この日本国の国土で成長した訣ではない人々が、現在日本国内に在住・滞在している場合には、そのほぼ全員が、地震に関しては「学校生徒」と本質的に同じなのだ。だから、適切な避難誘導のためばかりでなく、その逆に、日本で生まれ育った社会人なら、危険性を感じないような揺れであっても、「外人」はパニックを起こす可能性は有るから。それを防ぐ為に、危険性はないので平静を保つように呼びかけると云った外国語放送はあっても良いだろう。とは言え、それを踏まえても以下の議論の主要部は成り立つと思う。

恐らく、私ができることは、ネットで調べるぐらいでは[地震 放送 英語例文] に就いて役に立つ情報は得られないことを確認することぐらいだろう。しかし、「役に立たないことをする」は、このブログのモットーであった。そこで、少し調べてみることにした。

で、google で検索してみたのだが、その結果の範囲内では、地震時の "PA system announcement" を話題しているのは、殆どがアメリカ含羞国又はカナダでの "K-12" 「学校」(日本での幼稚園から高等学校に対応する) における緊急事態対応マニュアル又は緊急事態想定訓練の「台本」であることだ。そして、ほぼ共通して、"Duck, Cover and Hold" 又は "Drop, Cover and Hold" と言う動作を執ることが呼びかけられている。

今、「放送例文」であるか否かを離れて、英文として、この "Duck, Cover and Hold" 又は "Drop, Cover and Hold" が具体的にはどのような動作を意味するかは、その名もズバリ "www.dropcoverholdon.org" と云うサイトのウェブページ "Drop! Cover! Hold On!" を見て戴くのが、解かり易いだろう。そこでは、次のようなピクトグラムを使ったアニメーションを用いた、地震発生時の簡潔な行動指針が与えられている。

Drop! Cover! Hold On!

ここで英語の語義の補足をするなら "duck" とは、一般には「素早く姿勢を低くする」と云う意味であり、"drop" は、より強く「(崩れ落ちるようにして、或いは、たたきのめされたようにして) うずくまったり、座り込んだり、寝転んだりする (その結果、足の裏以外の体の部分が地面や床面に着く)」といったニュアンスの違いがあるが、この「標語」に限っては、同じ意味で使われている。つまり、「素早く『四つん這い』又は、それに近い姿勢になれ」と云うことだ。

何故、今、"duck" と "drop" の語義の違いにこだわるかと云うと、図解等の説明抜きで聞いたり、読んだりした場合、"Duck, Cover and Hold" よりも "Drop, Cover and Hold" の方が、地震時の行動として遥かに的確と思われるからだ。どうやら、多数派は "Drop, Cover and Hold" ではあるらしいのだが、それでも、ミスリードする可能性がある"Duck, Cover and Hold" が使われている理由は、私には分からない。憶測するに、"drop" よりも "duck" の方が「聞こえが良い」(つまり、特に子どもにとっては "drop" にはネガティヴなイメージがあり "duck" にはポジティヴなイメージがあると云ったような) ところがあるのかもしれない。

これに関連して書いておくと、"ducking" は、ボクシングにおいて、相手の打撃を避ける技法として知られている。しかし "duck" の用例で一般に最もよく知られているものは、1981年3月30日に当時のアメリカ合衆国大統領ロナルド・ウィルソン・レーガン (Ronald Wilson Reagan. 第40代。在任:1981年1月20日--1989年1月20日) が、発した一言だろう。

当時就任間もなかったレーガン大統領は、ワシントンDC北西区域コネティカット大通り1919番 (1919 Connecticut Ave., NW) のワシントン・ヒルトン・ホテルで行なわれたアメリカ労働総同盟・産業別組合会議 (American Federation of Labor and Congress of Industrial Organizations/AFL-CIO) 代表者達の昼食会での講演を行なった。講演を終えてワシントンDC北西区域T番街 (T Street NW) に面したホテル出口から出てリムジンまで歩っていく途中の東部時間午後2時27分にジョン・ウォーノック・ヒンクリー・ジュニアJohn Warnock Hinckley, Jr. 1955年5月29日--) により、同行者3名と共に狙撃され、跳弾を左脇の下に受けたのだった (皮肉にもヒンクリーが撃った6発のうちの6発目が防弾装備をしたリムジンに当たって反跳したのだ)。銃弾はレーガンの心臓をかすめており重傷だったが、その痛みを、シークレット・サービスのジェリー・パール/Jerry Parrによりリムジンに押しこまれる際の打ち身だと信じて、レーガンは被弾したとは気が付かなかったらしい。しかし吐血した大統領を見たパールが、彼をジョージ・ワシントン大学病院/The George Washington University Hospital に急遽搬送した。レーガンは弾丸摘出手術をうける直前、救急救命室 (emergency room/ER) に駆けつけた妻のナンシー (Nancy Davis Reagan) に向かって "Honey, I forgot to duck" (「ダッキングし忘れちゃってさ」) と冗談を飛ばしたのだった (米国民は、そして多分英国民も、危機的な状況で、余裕綽々なジョークを飛ばせる「剛毅かつ人間味のある司令官」型の指導者を喜ぶようだ)。

もっとも、これもよく知られているように、この言葉は、1919年から1926年にかけてのボクシング世界ヘビー級王者ジャック・デンプシーJack Dempsey 1895年6月24日--1983年5月31日) が、前評判では格下と思われていたジーン・タニー (Gene Tunney, 1897年5月25日--1978年11月7日) に、1926年9月23日不覚の判定負けを喫した後、控え室に戻って妻の女優エステル・テイラー (Estelle Taylor) に語ったと云う言葉をそのまま使ったものである。

"Cover" は、勿論「何かで身体 (特に首筋と頭部) を覆うようにして、落下物・飛翔物から身体を護る」ことだ。具体的には、防護のための遮蔽物として、第一に、机やテーブルが想定されている訣だが、それが手近に無い場合や、あったとしても使用に適さない場合は、腕や手を使うことが推奨されていて、これも "Cover" のうちになっている (ただし、後の "Hold on" についての説明を参照)。また、"cover" を名詞にして "take cover" とすると「もぐる」・「隠れる」と云う語感が付く。

"Hold" は「そのまま動かずにジッとしている」ぐらいの意味である。ただし、サイト"www.dropcoverholdon.org" の例が示すように "Hold" は "Hold on" と云う表現になっていることもある。これもニュアンスが僅かに異なっていて、"Hold on <something>" だと (特に "Hold on to <something>" だと明確に)「何か (<something>) にへばりついて、或いは、しがみ付いて動かないようにしている」ぐらいだろう。更に言っておくなら、"Hold on" で、遮蔽物ではなく、自分の手で頭部や首筋を覆ったり、腕を頭部や首筋に巻付けたりすること意味させることもあるようだ。語義としては、微妙なような気がするが、目標とする体勢は他の場合と一致する。

実は、"Drop, Cover and Hold on" のヨリ詳細な内容は "www.earthquakecountry.info" と云うサイトのウェブページ "Protect Yourself During an Earthquake... Drop, Cover, and Hold On!" に、次のように纏められている:

  1. DROP down onto your hands and knees (before the earthquakes knocks you down). This position protects you from falling but allows you to still move if necessary.
  2. COVER your head and neck (and your entire body if possible) under a sturdy table or desk. If there is no shelter nearby, only then should you get down near an interior wall (or next to low-lying furniture that won't fall on you), and cover your head and neck with your arms and hands.
  3. HOLD ON to your shelter (or to your head and neck) until the shaking stops. Be prepared to move with your shelter if the shaking shifts it around.
--"Protect Yourself During an Earthquake... Drop, Cover, and Hold On!"

タイポグラフィまで考慮すると面倒なので、意味だけをザッと訳すと次のようになるだろう:

  1. (地震があなたを突き倒す前に) 四つん這いに身体を伏せましょう。この姿勢をすると、あなたは転ばずに済むようになるだけでなく、必要に応じて移動することが可能になります。
  2. 頑丈なテーブルや机で、あなたの頭や首を (そして、できれば全身を) 覆って防護しましょう。防護物が手近に無い場合にだけ、近くの室内壁の近く (又は倒れてきそうもない背の低い家具の側) で姿勢を低くして、腕と手とで頭と首を覆いましょう。
  3. 地震が収まるまで、防護物 (又は頭と首) を掴んでいましょう。地震の振動によって防護物が動くことがあるので、その場合には自分も一緒に移動できるようにしておきましょう。

更に、補足するなら、この "Drop, Cover, and Hold on" 等の動作は、地震時に限らず、多くの緊急時に取られるべき対応して考えられていることで、この点も留意されるべきだろう。また、翻訳技法上の注意をするなら "Drop, Cover, and Hold on" を標語風に訳すとしたら、簡潔さを重んじて「ふせ! まもれ! つかめ!」ぐらいにした方が良いだろうと思う。

ヨリ一般的に「地震に遭遇したら何をすべきか、そした何をすべきでないか」に就いて米国行政府がどう考えているかは、"Federal Emergency Management Agency/FEMA" (アメリカ合衆国連邦緊急事態管理庁) のウェブページ "FEMA: What to Do During an Earthquake" で知ることができる。

What to Do During an Earthquake
Stay as safe as possible during an earthquake. Be aware that some earthquakes are actually foreshocks and a larger earthquake might occur. Minimize your movements to a few steps to a nearby safe place and if you are indoors, stay there until the shaking has stopped and you are sure exiting is safe.

地震発生時にすべきこと
地震が起きている間は、自分の身の安全維持に全力を尽くすこと。地震によっては、それが実は前震であって、更に大きい地震が発生することもあり得ることを留意しておくこと。近くの安全な場所に移動しようと云う場合でも、数歩程度の動きに留めること。屋内にいた場合には、地震の揺れが止まり、そして屋外に出ることが安全であることが確認できない限り、その場に留まること。

    If indoors
  • DROP to the ground; take COVER by getting under a sturdy table or other piece of furniture; and HOLD ON until the shaking stops. If there isn't a table or desk near you, cover your face and head with your arms and crouch in an inside corner of the building.
  • Stay away from glass, windows, outside doors and walls, and anything that could fall, such as lighting fixtures or furniture.
  • Stay in bed if you are there when the earthquake strikes. Hold on and protect your head with a pillow, unless you are under a heavy light fixture that could fall. In that case, move to the nearest safe place.
  • Use a doorway for shelter only if it is in close proximity to you and if you know it is a strongly supported, loadbearing doorway.
  • Stay inside until the shaking stops and it is safe to go outside. Research has shown that most injuries occur when people inside buildings attempt to move to a different location inside the building or try to leave.
  • Be aware that the electricity may go out or the sprinkler systems or fire alarms may turn on.
  • DO NOT use the elevators.
    屋内にいた場合
  • 床に伏せる。頑丈なテーブルその他の家具の下にもぐって、身体を防護する。地震の揺れが止まるまで、そのままの体勢でいる。テーブルや机が手近に無い場合には、腕で顔と頭とを覆って、建物の内部側の隅にしゃがんでいる。
  • ガラス、窓、戸外に続くドア及び壁、その他、照明器具・家具等の落ちたり倒れたりする可能性があるもの全てから離れている。
  • 地震発生時に寝床の上にいた場合には、そこに留まる。落ちてくるかもしれない重い照明器具の下にいるのでない限り、ジッとしていて、枕で頭を防護する。落ちてくるかもしれない重い照明器具の下にいる場合は、一番近い安全な場所に移動する。
  • 戸口を防護物にするのは、戸口が、たまたまスグそばにあって、しかも、基礎がしっかりとしていて荷重支持能力のあることが分っている場合だけにする。
  • 地震の揺れが収まった後でも、外に出ることが安全になるまで、その場に留まる。被災者が負傷するのは、殆どの場合、建物内にいた被災者が、建物内の別の場所に移動しようとしたり、建物外に出ようとした時であることが調査の結果分っている。
  • 停電している可能性が有ること、スプリンクラー・システムや火災報知器が作動している可能性が有ることに留意する。
  • エレベーターは利用しない
    If outdoors
  • Stay there.
  • Move away from buildings, streetlights, and utility wires.
  • Once in the open, stay there until the shaking stops. The greatest danger exists directly outside buildings, at exits and alongside exterior walls. Many of the 120 fatalities from the 1933 Long Beach earthquake occurred when people ran outside of buildings only to be killed by falling debris from collapsing walls. Ground movement during an earthquake is seldom the direct cause of death or injury. Most earthquake-related casualties result from collapsing walls, flying glass, and falling objects.
    屋外にいた場合
  • その場に留まる。
  • 建物、街灯、配線から離れる。
  • 広々とした場所にいたのだったら、地震の揺れが止まるまで、その場に留まる。一番危険なのは、建物の外側すぐ近く、出口や外壁傍なのである。1933年ロングビーチ地震の際の死亡者120名の多くは、建物の外側を走っていたと云うことだけのために、崩壊した壁からの落下物に当たって死亡する結果となった。地震中の地面の揺動が死亡や外傷の直接原因になることは殆どない。地震による死傷者の大多数は、崩壊した壁、飛び散ってきたガラス、そして、落下物が原因である。
    If in a moving vehicle
  • Stop as quickly as safety permits and stay in the vehicle. Avoid stopping near or under buildings, trees, overpasses, and utility wires.
  • Proceed cautiously once the earthquake has stopped. Avoid roads, bridges, or ramps that might have been damaged by the earthquake.
    移動中の車両内にいた場合
  • 安全性を確保しつつできる限り素早く停止して、車両内に留まる。建物、樹木、陸橋、配線の近く又は下には停止しない。
  • 地震が収まったなら、慎重に前進する。地震により被害を受けている可能性がある道路、橋、ランプ (高速道進入・離脱用傾斜路) は避ける。
    If trapped under debris
  • Do not light a match.
  • Do not move about or kick up dust.
  • Cover your mouth with a handkerchief or clothing.
  • Tap on a pipe or wall so rescuers can locate you. Use a whistle if one is available. Shout only as a last resort. Shouting can cause you to inhale dangerous amounts of dust.
    瓦礫に閉じ込められた場合
  • マッチを点けない
  • 動き回らない。埃を舞いあげない。
  • ハンカチ又は布で口を覆う。
  • 救助者があなたの居場所を突き止められるように配管や壁をコツコツたたく。利用可能であったなら、笛を吹く。叫ぶのは最後の手段に取っておく。叫ぶことで、危険な量の埃を吸い込むことになることがある。

Last Modified: Wednesday, 11-Aug-2010 14:41:22 EDT
最終更新:東部夏時間2010年8月11日14:41:22 (水曜)

--"FEMA: What to Do During an Earthquake"

なお、the 1933 Long Beach earthquake とは、1933年3月10日 太平洋標準時午後5時55分に発生した、カリフォルニア州南部のロサンゼルス郡内の湾口都市ロングビーチ南東沖を震源とするモーメント・マグニチュード6.4の地震。

因みに、東日本大地震のモーメント・マグニチュードは9.0だから、Gutenberg-Richter relation に従うなら、地震エネルギーとしては7900分の1程度の規模である (マグニチュードが1増えると、地震エネルギーとしては、1000の平方根倍、つまり約31.6倍になる)。

カリフォルニア州では1906年4月18日に、ヨリ大規模 (モーメント・マグニチュード7.9。東日本大地震の地震エネルギーの1200分の1以下) で、死者が3000人以上と伝えられるサンフランシスコ地震 が起きているが、これは、FEMA のガイドには参考例として採用されていない。100年以上前の災害である為に、訴求力に欠けると考えられたのか? ちなみに、理科年表平成23年版「世界のおもな大地震・被害地震年代表」には [1906年サンフランシスコ地震] は載せられている (p.753/地181) が、[1933年ロングビーチ地震] への記載はない。これは「表面波マグニチュード又は実体波マグニチュード7.8以上または死者が1000人以上」を掲げると云う基準があるためである。

個々の死の個別性から見るなら、地震の大小を云々するのは謹むしかないことを認めつつも、歴史的全体性の観点からは FEMA が想定している「大地震」は、こうしたレベルであることは留意しておいてよいだろう。

さらに FEMA の地震発生時対処法には "tsunami" のことがスッポリと抜け落ちている。勿論 FEMA のウェブサイトにも津波に就いてのウェブページ Tsunami があるが、そこには、1993年7月12日の北海道南西沖地震、所謂「奥尻島地震」におけるような地震発生後2-3分後に津波第1波が襲来することがあるのだと云う緊迫感は感じられない (余談にしかなるまいが、「"tsunami" は "soo-ná-mee" と発音する」と云う記述に至っては、脱力するしかない。確かに、日本語の「つ」の子音は、英語の t の子音とは対応せず、s の子音に似ているところもあるのだが、「ツナミ」と "soo-ná-mee" とは違う)。

なお [1906年サンフランシスコ地震] では、サンフランシスコ市が載っているサンフランシスコ半島の北端 (つまりサンフランシスコ市の北端でもある。"Golden Gate Bridge" の南だもと付近と言った方がイメージが掴めるかもしれない) のプレシディオ (Presidio) に設置されていた潮位計 (「験潮儀」・「検潮儀」) では40-45分周期で8cm程度の潮位変化が検知されたと云う。[1933年ロングビーチ地震] における津波に就いての記録は見つからなかった。これでは、日本、特に三陸地方における「津波てんでんこ」の切なさを求めるべくもないだろう。

前置きはこれぐらいにして、以下、地震時の放送例文を幾つか纏めておく。

まず、米国カリフォルニア州ロサンゼルス統合公立学区 (Los Angeles Unified School District) の健康安全環境事務局 (Office of Environmental Health and Safety) が策定した (2003年6月5日付け) 緊急時対応マニュアルのモデル版に示されている、地震を想定した訓練時の放送例文 (大文字部分):

6.7.3 DRILL 3: EARTHQUAKE
An earthquake drill is held to provide maximum protection in case of earthquake or other emergency where the risk of flying or falling debris is present. No advance warning or signal normally will be given. In practice drills, teachers should supervise students and be alert to the position of each student during the entire drill.
Signal: The signal for the drill is the following PA announcement.
"YOUR ATTENTION PLEASE. AS YOU ARE AWARE, WE ARE EXPERIENCING SOME SEISMIC ACTIVITY. FOR EVERYONE'S PROTECTION, ALL STUDENTS SHOULD FOLLOW STAFF DUCK AND COVER PROCEDURES, WHICH MEAN YOU SHOULD BE IN A PROTECTED POSITION UNDER A TABLE OR DESK, AWAY FROM WINDOWS AND ANYTHING THAT COULD FALL AND HURT YOU. HOLD THIS POSITION UNTIL THE SHAKE STOPS OR GIVEN FURTHER INSTRUCTIONS."
--"Model Safe School Plan: A Template for Ensuring a Safe, Healthy and Productive Learning Environment Volume 2 – Emergency Procedures" p.94/120 (Los Angeles Unified School District. Office of Environmental Health and Safety. Revised June 5, 2003)

地震訓練は、地震その他の、飛翔物・落下物の危険性が存在する非常事態において最大限の安全を確保する為に行なわれる。前以ての警告又は合図は通常用いられない。訓練実施時には、教師が生徒の監督を行ない、訓練全体を通じて、各生徒の姿勢に注意すること。
開始のきっかけ:次の校内放送で訓練が開始される。
お知らせがあるので聞いてください。お気付きのように、何からの地震現象が発生中です。全員の安全を確保する為に、生徒の皆さんは教職員がするのと同じようにして「ふせ! まもれ!」動作をとって下さい。つまり、テーブル又は机の下で安全な姿勢をとり、窓その他の落ちたり倒れたりしてきて怪我を負うことになりそうな物から離れていていて下さい。そして、地震の揺れが止まるか、新しい指示があるまでは、その姿勢でじっとしていて下さい。

この例では、"Duck, Cover and Hold" ではなく、"Follow Staff Duck and Cover" と云う標語が使われている (放送文の後の方で、"Hold" もでてくる)。このマニュアルの作成者は、未成年者に対しては、まず教職員が手本を示して、学生・学童達には、教職員の真似をする ("Follow Staff") ようにさせるのが一番確実だと考えている訣だ。

次は、"Code Red Training Associates" と云うウェブ・サイト中の「大地震」(the big one) に備えるた学校 ("Los Altos and Mountain View" とあるから、これもカリフォルニア州の学校だろう) の地震訓練を紹介した週刊誌記事の一部。そこでは「校内放送」ではなく、学校職員が口頭で "Duck and cover" を伝えている (やはり "Hold/Hold on" は脱落している):

Local schools prepare for 'the big one'
Los Altos Town Crier
Issue 22, Published on Wednesday, May 28, 2008
By Traci Newell.

It's 10:45 a.m., and students all over Los Altos and Mountain View hear an announcement from their respective school officials - "Duck and cover, a major earthquake is striking the area."
--School Earthquake Preparation

「大地震」に備える当学区の学校
ロス・アルトズ・タウンクライア
2008年5月28日 (水曜) 第22号
トレィシ・ネウェル記事

午前10時45分、ロス・アルトズ及びマウンテン・ヴュー学区全域の学校生徒たちは、それぞれの学校の職員が「ふせ! まもれ! この地域で大きな地震が発生しています」と触れ回っているのを耳にした。

カリフォルニア州サンタクルーズ郡 (Santa Cruz County, California) 教育局 (Santa Cruz County Office of Education) 発行の緊急時対応マニュアル第4章「緊急時の対応 (Chapter 4: Emergency Response)」では、落下物等の危険があるような状況では "Duck, Cover and Hold On" で対処すると云う一般的な指示の後、次のように書かれている:

The call to "duck and cover" is usually initiated by classroom teachers. In the event of an earthquake, the ground-shaking initiates the Duck, Cover and Hold On procedures.
For all other events:
Make an announcement over the PA system*:
"Duck, cover, and hold on. Stand-by for further instructions."
Repeat Twice
*If you do not have a PA system or bell code system, and it is safe to do so: send runners to each classroom with above information. Be sure all classrooms, libraries, cafeterias, gymnasiums, and all other on-campus programs and offices are also notified.
--"Chapter 4: Emergency Response" p.25/57 (Santa Cruz County Office of Education)

「ふせ! まもれ!」と云う呼びかけは、通常、担当中の教師が発すること。ただし、地震の場合には、地震発生をキッカケにして「ふせ! まもれ! つかめ! 」動作を始めること。
その他の場合では
校内放送を用いて、次の放送文を流すこと*:
「ふせ! まもれ! つかまれ! 次の指示を待ちなさい。」
これを2度繰り返すこと。
*校内放送設備又はベル・コード設備 (bell code system) がない場合には、安全が確保されていると云う条件の下で: 連絡員を用いて各教室に上記の情報を知らせること。全ての教室、図書室、食堂、体育館、その他全ての校内活動が行なわれている場所及び事務部門に、もらさず連絡を行うこと。

つまり、暴動・爆発・土砂崩れ等の(我ながら奇妙な言い方だが)「一般の緊急時」は "Duck, Cover and Hold On" は教師が指示するするよう規定されているが、地震の発生時に限っては、教師の指示を俟つことなく "Duck, Cover and Hold On" を行うことになっている。そして、校内放送 (又は人的手段) による連絡は、地震時には期待されていないし、又に「一般の緊急時」においても校内放送 (又は人的手段) よる呼びかけは副次的な手段という扱いである。

"Drop, Cover, and Hold on" ではなく、建物を退去することが求められる例を引用しておく。ケンタッキー大学 (University of Kentucky) 農学部 (the College of Agriculture) の "Veterinary Diagnostic Laboratory (「動物疾病診断研究所」とでも訳すべきか) の緊急時対応マニュアル "Building Emergency Action Plans: University of Kentucky Veterinary Diagnostic Laboratory" (学部長事務室 --Office of the Dean-- 発行) に緊急時館内放送の文例が纏められていおり、その内の「地震」の場合の例は次のようになっている。

Earthquake
"Attention all building occupants. An earthquake has just occurred. All building occupants should immediately and calmly evacuate the building. Do NOT use the elevators. Once outside, please congregate at our designated assembly area. Remain there for roll call and further instructions"
--"Building Emergency Action Plans: University of Kentucky Veterinary Diagnostic Laboratory" p.22/23 (Office of the Dean)

地震時
「館内にいる人たちに全員お知らせが有りますのでお聞きください。ただ今、地震が発生しました。館内にいる全ての人たちは、落ちついてただちに建物から退去して下さい。エレベーターは使用禁止です。退出後は、所定の集会場所に集合して下さい。そこで、そこで総員点呼及び次の指示がありますので、それを待ってください。」

付言しておくと、この "Veterinary Diagnostic Laboratory" は最近 (2010年後半?) まで "Livestock Disease Diagnostic Center (LDDC)"「家畜疾病診断センター」と呼ばれており、このマニュアルも LDDC 時代のものをそのまま使っているようだ。

最後に、カリフォルニア州全域で、現地時間2011年10月20日午前10時20分から開始されると云う地震訓練 "the 2011 Great California ShakeOut!" での放送文案 (この「放送」は "broadcast") を紹介しておく。 60秒版と2分45秒版の2種類が有るが (両者とも原文は "ShakeOut - ShakeOut Drill Broadcast Transcript (English)" で見られる)、やはり「津波」への意識は、それほど鋭くなく、実際に地震が起きた時に海岸近くにいた場合は、徒歩で速やかに高台、又は海岸から離れた場所へ移動するようにと云う呼びかけがなされているだけで実質的な訓練は行なわれそうもな無かったり (60秒版)、「詳しくはウェブで」といった情報だけだったりする (2分45秒版)。

2分45秒版では「今回は訓練なので自動車を実際に止める必要はない」と云った注意もあるから、やはり訓練としての「メリハリ」を付けているところはあるのだろう。米国民にとって「津波」は「メリ」なのだと云うことだけなのかも知れない。

Below is a transcript of the drill broadcasts to be played at 10:20 am on Thursday, October 20, 2011.

Great California ShakeOut
Drill Broadcast Text, 60 second version

This is the Great California ShakeOut. You're joining millions of Californians in the largest earthquake drill in US history. Practice now so you can protect yourself during a real earthquake.

This is an earthquake drill. Right now, DROP, COVER. AND HOLD ON.

Unless you are driving, DROP to the ground now: if you are standing during a large earthquake, the ground might jerk strongly and throw you down. Take COVER under something sturdy to protect yourself from objects being hurled across the room. HOLD ON to it until the shaking stops. If you can't get under something, stay low and protect your head and neck with your arms.

Now look around. What objects might fall or be thrown at you in an earthquake, that you should secure in place now?

Finally, strong earthquakes may trigger tsunami. If you're near the beach during an earthquake, DROP, COVER, and HOLD ON, then walk quickly to high ground when the shaking stops.

This drill is over. Visit ShakeOut.org for simple steps to help you survive and recover from a major earthquake, including how to secure your space. Thank you for taking part in the Great California ShakeOut!

Great California ShakeOut
Drill Broadcast Text, 2 minute 45 second version

"This is the Great California ShakeOut. You are about to join millions of Californians in the largest earthquake drill in U.S. history. Practice now so you can protect yourself, without hesitation, during a real earthquake.

"This is an earthquake drill. Right now, DROP, COVER, AND HOLD ON. Again, this is an earthquake drill. This is not a real earthquake.

"Unless you are driving, DROP to the ground immediately; take COVER by getting under a sturdy desk or table; HOLD ON to it until the shaking stops. If you can't get under sturdy furniture, stay low and protect your head and neck with your arms. If you are indoors, stay indoors. If you are outdoors, stay outdoors. Injuries are more likely when you try to move around.

Right now, imagine what would be happening around you during a major earthquake, with strong shaking that could last from a few seconds, up to two minutes. You would be experiencing sudden and intense back and forth motions of up to six feet per second. The floor or the ground would jerk sideways out from under you; that's why you must DROP, COVER, and HOLD ON. Every unsecured object around you could topple, fall, or become airborne, potentially causing serious injury. Look around and imagine: What would fall on you or others? What would be damaged?

"This is an earthquake drill. If you are in a high-rise or a public building: DROP, COVER, and HOLD ON. Do not use elevators.

"If you are outdoors: Move to a clear area away from wires, buildings, and anything else that could fall and hurt you, but only if you can safely do so. If there is something sturdy to get under, DROP, COVER, and HOLD ON. Otherwise, sit on the ground until the shaking is over.

"If you are in a stadium or theater: DROP, COVER, and HOLD ON. Protect your head and neck with your arms. Don't try to leave until the shaking is over.

"If you are in bed, stay there and hold on; protect your head with a pillow.

"If you are driving, don't do anything now. During an actual earthquake, coast over to the side of the road, stop, and set the parking brake. Avoid bridges and overhead hazards. Stay inside the vehicle until the shaking is over.

"It's been two minutes, and the shaking is over; but after a real earthquake, there will be aftershocks. What can you do now, before a real earthquake, so that you can reduce your losses and recover as quickly as possible? If you live along the coast, what do you need to know, and do, to project yourself from a possible tsunami? Visit ShakeOut.org learn more about how to prepare, protect, and recover. You can also share stories or photos of your ShakeOut drill.

"This concludes our earthquake drill. Thank you for participating in the Great California ShakeOut, the largest earthquake drill in U.S. history."

--"ShakeOut - ShakeOut Drill Broadcast Transcript (English)"

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「東日本大震災」の文脈内での「避難所」・「避難者」・「避難者数」の英訳

いささか「時務」に亘る話柄なので、本ブログの趣意に悖るが、かなり頻繁に関連するアクセスがあるので、簡単に書いておく。

シバシバ日本人が書く英文において「避難」の英訳として用いられる "evacuation" は、その中心にあるのは「無人化」と云う概念であり、現在日本社会に馴染みやすい用語を使うなら「退避指示」又は「退避勧告」又は「立ち入り制限 (命令)」(本来「命令」と云う言葉を付けるべきなのだろうが、日本の行政は「命令」と云う言葉を使いたがらないようだ) が最も妥当することになるだろう。

今回の「東日本大震災」で実行されたかどうか寡聞にして知らないが、災害時の "evacuation" には、所謂「ペット」や家畜の "evacuation" もあり得る。この場合は「無人化」と云う用語は馴染まない訣だが、発想は「無『人』化」と同じである。なお、アメリカ合衆国ルイジアナ州農業・森林監理局 --Louisiana Department of Agriculture and Forestry-- のウェブページ "Animal Evacuation Information" を参照の事。

だから、福島の原子力発電所からの放射性物質噴出に伴う立ち入り制限区域のことを英文メディアは "evacuation zone" (Nature News Blog: High radiation levels outside Fukushima evacuation zone) とか "evacuation area" (Pro Nuclear Democrats: Fukushima I Nuclear Power Plant: The Facts So Far) と表現した訣だ (おそらく "evacuation zone" の方が英語としてこなれていると思う)。

従って、JIS の [標準案内図記号] の「広域避難場所」に "Safety evacuation area" と云う「英語」が付されているのは問題がある。英語のネイチブ・スピーカーが、本来とは逆の意味に取ってしまう可能性があるからだ。

では「避難所」はどう英訳すべきか?

[災害(地震)対策文書中の用語「避難所/避難場所」の英訳としての "evacuation area" に就いて] (2006年1月19日[木]) において、私は "refuge" を第一候補として挙げておいた。やや補足して "refuge zone" 又は "regional refuge" ぐらいにすると、「災害用語」らしくなると、後知恵ながら思いついたが、その時は、だからといって、補足修正しようと迄は考えなかった。

が、「東日本大震災及び広域的放射能汚染事件」後の現在は、事情が改まっている。 "refuge" では ("refuge zone" 又は "regional refuge" であっても) 一般的過ぎて、「発生するかもしれない災害を見越しての案内のための」と云う文脈には載りえても、「天災・人災を含めて具体的な災害の被害者のための」と云う文脈にはそぐわないからである。

かといって、別段私がしゃしゃり出てアレコレ述べたてるほどのことではないことであるだろうと、思っていた。少し調べれば解決が付くことだからだ。だから、[避難所 英語] と云うたぐいのキーフレーズで、このサイトを訪問される方が頻頻とあっても、無視してきた。しかし、本ブログへのそうしたアクセスが一向に治まりそうもないのだな。で、まぁ、こんなことを書いている訣だ。

そこで、まず「避難所」より「避難者」をどう訳すかが問題になる。新たの文脈では「避難所」とは現実に「避難者」が生活している場だからだ。

「避難者」は "refugee" (単数) と訳されることがある。しかし "refugee" が「亡命者」又は「政治難民」が中心語義であることが示すように、その含意には「迫害回避のための本来的帰属地からの自発的離脱」が基本にある ("refuge" 中の "fuge" は、「逃亡者」を意味する英語の "fugitive" や「逃亡」を意味し、音楽用語としては「遁走曲」と訳されることもあるイタリア語の "fuga" と同じく、「逃げる」を意味するラテン語の動詞 "fugere" が語源になっている)。

東日本大震災に起因して現在、所謂「避難所暮らしを余儀なくされている」人々は、むしろ "evacuee" (単数) と英訳されるべきなのだ (日本発のものを含めて、英文メディアでは普通に使われている)。特に、東京電力福島第一原子力発電所からの放射性物質噴出に起因する (何だか厭らしい言い方だが)「健康被害」を避けると云う名目の下で、"evacuation zone" から排除された人々はまさに "evacuees" (複数) と謂って良いだろう (ちなみに、1941年の日本軍による真珠湾攻撃の後、合衆国政府により収容所での生活を強制された日系米国人も "evacuees" と呼ばれる)。

そこで、この文脈における「避難所」は、どう訳すべきかと云うと、その規模や様態により、一様ではないような気がする。基本的に "evacuees" が入る訣だが "evacuees shelter", "evacuees center", "evacuees camp" (やや微妙だが"evacuees housing" もありうる) などと考えられる (細かいことを言うなら "evacuees" の後にアポストロフィを入れて "evacuees'" とすべきなのかもしれない)。

最後に「避難者数」はどうかと言うと "the evacuee population" ぐらいだろうが、勿論 "the number of evacuees" でも大丈夫だろう。

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