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「画龍点睛」の出典と訳

ちなみに、「画龍点睛」( 「画竜点睛」) の出典とされいてるのは、通常、唐の張彦遠(音読みすると「チョウゲンエン」) の著わした「歴代名画記」第7巻所収の画家「張僧繇」(「チョウソウヨウ) の逸事である。

「歴代名画記」は翻訳されて、岩波文庫や東洋文庫に収められているようだが、私は未見。

そこで、ネットを探して見つかった [为学网] 中の資料 [《历代名画记》 唐·张彦远(7)] から、[張僧繇] 部分を転記する:

张僧繇(上品中),吴中人也。天监中,为武陵王国侍郎、直秘阁知画事,历右军将军、吴兴太守。武帝崇饰佛寺,多命僧繇画之。时诸王在外,武帝思之,遣僧繇乘传写貌,对之如面也。江陵天皇寺,明帝置。内有柏堂,僧繇画卢舍那佛像及仲尼十哲。帝怪问释门内如何画孔圣,僧繇曰:“后当赖此耳。”及后周灭佛法,焚天下寺塔,独以此殿有宣尼像,乃不令毁拆。又金陵安乐寺四白龙不点眼睛,每云点睛即飞去,人以为妄诞,固请点之。须臾,雷电破壁,两龙乘云腾去上天,二龙未点眼者见在。初吴曹不兴图青溪龙,僧繇见而鄙之,乃广其像于武帝龙泉亭。其画草留在秘阁,时未之重,至太清中震龙泉亭,遂失其壁,方知神妙。又画天竺二胡僧,因侯景乱散坼为二,后一僧为唐右常侍陆坚所宝。坚疾笃,梦一胡僧告云:“我有同侣,离坼多时,今在洛阳李家。若求合之,当以法力助君。”陆以钱帛果于其后购得,疾乃愈。刘长卿为记述其事。张画所有灵感,不可具记。(彦远家有僧繇定光如来像,元和中进入内,曾见维摩诘并二菩萨,妙极者也)姚最云:“善图寺壁,超越群公。价等昙度,朝衣野服,古今不失,奇形异貌,殊方夷夏,皆参其妙。唯公及私,手不释笔,俾画作夜,未尝倦怠。数纪之内,无须臾之闲。然圣贤晒曞,犹乏神气。岂可求备于一人?虽云晚出,殆亚前哲。在沈粲下。”(彦远以此评最谬)李嗣真云:“顾陆已往,郁为冠冕。盛称后叶,独有僧繇。今之学者,望其尘躅,如周、孔焉。何寺塔之云乎?且顾、陆人物衣冠,信称绝作,未睹其余。至于张公骨气奇伟,师模宏远,岂唯六法精备?实亦万类皆妙。千变万化,诡状殊形,经诸目,运诸掌,得之心,应之手。意者,天降圣人为后生,则何以制作之妙拟于阴阳者乎?请与顾陆同居上品。张怀梐云:“姚最称:‘虽云后生,殆亚前品’。未为知音之言。且张公思若涌泉,取资天造,笔纸一二而像已应焉。周材取之,今古独立。象人之妙,张得其肉,陆得其骨,顾得其神。”(《清溪官水怪图》、《吴王格虎图》、《维摩诘像》、《横泉闻龙图》、《昆明二龙图》、《行道天王图》、《汉代射蛟图》、《杂人马兵刀图》、《朱异像》、《羊仁跃马图》、《摩衲仙人图》、《梁北郊图》、《梁武帝像》、《梁宫人射雉图》、《定光佛像》、《醉僧图》、《田舍舞图》、《咏梅图》并传于代者也)
--唐·張彦遠 [歴代名画記] 第7巻 [張僧繇]

中国の故事成句とは言え、以下は日本人にとっても、少なくともかっては高校生レベルの漢文知識なんだが、一応書いておくと、「画竜点睛」に係るのは「又金陵安乐寺四白龙不点眼睛,每云点睛即飞去,人以为妄诞,固请点之。须臾,雷电破壁,两龙乘云腾去上天,二龙未点眼者见在。」である。

簡体字だと分かりづらいか。。。日本の「新字体」にすると:

又金陵安楽寺四白竜不点眼睛,毎云点睛即飛去,人以為妄誕,固請点之。須臾,雷電破壁,両竜乗雲騰去上天,二竜未点眼者見在。
又、金陵の安楽寺の (壁に描いた) 四匹の白竜の眼には瞳を描き入れなかった。そして、常々、もし瞳を描き込んだら竜はすぐに飛び去ってしまうのだと言っていた。人々は、それをホラ話だと見做して、無理に描き込ませたところ、しばらくして、カミナリが鳴り響き、イナヅマが光って、壁が壊れると、二匹の竜が雲に乗って天空へと飛び去ってしまった。瞳を描き込まれなかった二匹は、現存している。

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[詩経/小雅/谷風之什/信南山] 中の [菹]


[nouse: 韓国語版ウィキぺディア [김치 (キムチ)] 訳文] (2007年6月26日) 中の [語源と由来] に

キムチに関する最も古い文献は、約三千年前の中国における「詩経」であって、キュウリを使った蔬菜の塩漬けを意味すると推定される「菹(저)」と云う言葉が出てくる。

と云う箇所がある。どうやらそれは、小雅の [信南山] のことらしい。テキストを Wikisource から引用する(繁体版と簡体版):

詩經‧小雅‧谷風之什‧信南山
信彼南山,維禹甸之。
畇畇原隰,曾孫田之。
我疆我理,南東其畝。
上天同雲,雨雪雰雰。
益之以霢霂,既優既渥。
既霑既足,生我百穀。
疆埸翼翼,黍稷彧彧。
曾孫之穡,以為酒食。
畀我尸賓,壽考萬年。
中田有廬,疆埸有瓜。
是剝是菹,獻之皇祖。
曾孫壽考,受天之祜。
祭以清酒,從以騂牡,享于祖考。
執其鸞刀,以啟其毛,取其血膋。
是烝是享,苾苾芬芬。
祀事孔明,先祖是皇。
報以介福,萬壽無疆。
--詩經/信南山(繁体) - Wikisource

诗经‧小雅‧谷风之什‧信南山
信彼南山,维禹甸之。
畇畇原隰,曾孙田之。
我疆我理,南东其亩。
上天同云,雨雪雰雰。
益之以霡霂,既优既渥。
既霑既足,生我百谷。
疆埸翼翼,黍稷彧彧。
曾孙之穑,以为酒食。
畀我尸宾,寿考万年。
中田有庐,疆埸有瓜。
是剥是菹,献之皇祖。
曾孙寿考,受天之祜。
祭以清酒,从以骍牡,享于祖考。
执其鸾刀,以启其毛,取其血膋。
是烝是享,苾苾芬芬。
祀事孔明,先祖是皇。
报以介福,万寿无疆。
--詩經/信南山(簡体) - Wikisource

なお、「谷風(谷风)」を「穀風」に作るテキストもある([国風/邶] にも [谷風(谷风)] と云う一篇があるので注意。さらに [信南山] が収められている [穀風之什(谷風之什)] 中の冒頭にも「穀風」とも「谷風(谷风)」とも表記される一篇があり紛らわしい)。:

穀風之什·信南山 210
信彼南山,維禹甸之。
畇畇原隰,曾孫田之。
我疆我理,南東其畝。
上天同云,雨雪雰雰。
益之以霢霂,既優既渥,既沾既足,生我百穀。
疆埸翼翼,黍稷彧彧。
曾孫之穡,以為酒食。
畀我尸賓,壽考萬年。
中田有廬,疆埸有瓜,是剝是菹。
獻之皇祖,曾孫壽考,受天之祜。
祭以清酒,從以騂牡,享于祖考。
執其鸞刀,以啟其毛,取其血膋。
是烝是享,苾苾芬芬,祀事孔明。
先祖是皇,報以介福,萬壽無疆。
--詩經 卷五

眼目は、当然「中田有廬,疆埸有瓜。是剝是菹,獻之皇祖。(中田有庐,疆埸有瓜。是剥是菹,献之皇祖。)」なんだが、解釈が難しい。

[詩経] だから、注釈が汗牛充棟ただならぬものがあるだろうが、いっさい知らないので、以下適当にご託を並べておく(自宅の中を探せば、注釈付きのテキストが一、二出てくるとは思うのが、たしか以前も書いた事情で、家の中の何処にあるのかサッパリ分からない)。

「中田有廬」の「田」の一般的な語義は、所謂 [田] でも、[畑] でもありうるらしいが、ここでは、直前に「黍稷彧彧」とあるのだから、[キビ畑] だろう。しかし、私としては、つい [稲田] のイメージが沸いてくる。ここで連想しているのは、天智御製とされている「秋の田のかりほの庵の苫をあらみ我が衣手は露にぬれつつ」で、それを手掛かりに想像すると「中田有廬」も、見張りや収穫作業に都合の良い畑の中ほど、あるいは、「中央の畑」に仮小屋を作るような収穫(間近)の「秋」になったと云うことなのではなかろうか。、折しも、畦には瓜が実っている(「疆埸有瓜」)、その瓜をもいできて漬け物にし(「是剝是菹」)、ご先祖様にお供えしよう(「獻之皇祖」)と云うことだろう(ここで「皇」は、先代、特に亡くなった先代を示す言葉)。この後、詩は収穫を先祖に感謝する祭の描写に進む。

なお、どうでもいいことだが、[nouse: 南畝の由来] (2005年5月13日) で言及した [大田] は、[信南山] の2つ後にある([甫田之什] の2番目)。

ちなまれているのは:
nouse: 韓国語版ウィキぺディア [김치 (キムチ)] 訳文

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[「君子闻过而喜」に就いて] 補足: 「人告之以有過則喜」への注

[nouse:「君子闻过而喜」に就いて] で引用した、孟子 [公孫丑上] (3-8) で、焦点となるのは「子路,人告之以有過則喜」だが、岩波文庫 [孟子上] (小林勝人 訳註。東京 岩波書店。1968年) では、次のように註している。

人告之以有過、群書治要は引いて有を其の字に作り、意林も引くが以の字がない。趙岐は注して子路楽聞其過、過而能改也という。注文より推すと、趙岐拠るところの本は有を其の字に作ったらしい。金谷治博士の孟子上(朝日新聞社刊行)によれば、王叔民氏は有の字を其の字の誤りとしておられる由。訳者もまた、趙注・治要に据り其の字の誤りとみたい。
--岩波文庫 [孟子上] (小林勝人 訳註。東京 岩波書店。1968年) pp.142-143

しかりしこうして、その読み下しは「子路は人之に告ぐるに其の過ちを以ってすれば、則ち喜べり」。

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釈明若干: 記事 " List of Links to Mercurius/Hermes Images" に関連して

自分で書いておいてナニだが、日本語ブログのなかに英語のページが突然あると、かなり面妖なものだ。自己諒解が主目的である本ブログであっても、「鼠に齧らせておけばよい」などとすましてはいられまい。何らかの釈明が必要であろうと思って書いておく。

Wir überließen das Manuskript der nagenden Kritik der Mäuse um so williger, als wir unsern Hauptzweck erreicht hatten - Selbstverständigung.
--Karl Marx - Zur Kritik der Politischen Oekonomie - Vorwort

問題の英語ページ [nouse: List of Links to Mercurius/Hermes Images (English Version)] は、日本語ページ [nouse: メルクリウス/ヘルメス図像リンク集: イル・ジョルナーレ ("Il Giornale") ロゴに関連して] 中のリスト部分に、リスト作成の経緯を英文で付したものである。

いみじくも www (world wide web) と云う言葉が名詮自性するように、このささやかなブログであっても、世界中からアクセスがある。例えば、最近4ヵ月 ( 2007年1月1日 ~ 2007年4月11日) における当ブログ訪問者が使用するブラウザの言語設定を纏めたものを、ココログのアクセス解析から転写すると以下の通りだ。

1 [ja]Japanese2,369 93.1%
2 [en]English116 4.6%
3 [es]Spanish9 0.4%
3 [fr]French9 0.4%
5 [zh]Chinese8 0.3%
6 [de]German7 0.3%
7 [ko]Korean5 0.2%
8 [it]Italian4 0.2%
9 [ca]Catalan3 0.1%
9 [el]Greek3 0.1%
11 [pt]Portuguese2 0.1%
11 [ru]Russian2 0.1%
13 [da]Danish1 0.0%
13 [nb]NorwegianBokmal1 0.0%
13 [sl]Slovenian1 0.0%
13 [chr]1 0.0%
13 [hu]Hungarian1 0.0%
13 [nl]Dutch1 0.0%
13 [fi]Finnish1 0.0%

"chr" と云う言語コードはアメリカ先住民のチェロキー (Cherokee) のものであるらしい。

私自身が世界中のサイトを覗きまわっているので、逆にこのサイトの訪問者の使用言語が多種に亘るのには「お互い様」だ。

使用言語とリモートホストの URL から見て、ギリシア在住のギリシャ人と思われる方が検索されて、世界でただ一つこのサイトがヒットしたために訪問されたのを見たりすると、ちょっとした縁 (えにし) を感じたりしたこともあるのだが、それまでのことなのだ。「非日本語使用者は、このサイトに来た瞬間に失望しているだろうな」とは思うのだが、だからドウコウするようなことはなかった。中には、グーグルの翻訳エンジンを使って、翻訳させている訪問者もあって、もちろん結果は噴飯物なのだが、「あんなものは使う方が悪い」と、私は考えているから、同情する気は起こらない。

そうした事情が、「メルクリウス/ヘルメス図像リンク集・・・」を書いた後、変わった。グーグルのイメージ検索を介して、様様な言語使用者が頻頻とそのページを訪問されるてくる。「瞬間最大風速」的なものではあるが、非日本語使用者総数が日本語使用者数に拮抗したりする。こうなると放ってはおけない。" List of Links to Mercurius/Hermes Images" を作成した所以である。機械翻訳より、ちったあマシな英文になっているであろうと思っている。

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List of Links to Mercurius/Hermes Images (English Version)

Below is a list of links to web image resources of Mercurius (or, Mercury)/Hermes, the Roman/Greek gods of herald, commerce, travel, invention, music, agriculture and thievery, and to pages showing images of the gods.

I prepared a Japanese version of the list in the course of writing a blog piece "Foundation of Starbucks and Changeovers of its Logo" (in Japanese) and published it with a preface as another Japanese article on March 12, 2007 ("List of Links to Mercurius/Hermes Images: Iconography of the Il Giornarle logo").

Il Giornarle color logo"Il Giornarle" (1985-1987) was a coffee bar chain in Seattle, Washington, USA, managed by Howard Schultz, who created it after he left Starbucks (a coffee beans retailer in those days) and ran it until he purchased his ex-employer and merged the two companies into a new one, Starbucks Corporation.

Original_twin_tailed_siren_1Starbucks_logo_until_1987Il Giornarle logo was a profile of Mercury's head printed, as testified by Schultz, in green, which the new company took as a logo color instead of the original dark brown.

Unfortunately, the available copy of Il Giornarle logo has lost shadings, and it is hard to me to state whether in the icon the god wears a winged cap, one of his specialties. The image, however, looks a reproduction of what can be dated to many years ago, such is exactly the mermaid (siren or melusina) of the Starbucks first logo.

Roman_coin_mercury_syd_00875Il Giornarle's Mercury may have been got from something old like an ancient or medieval fine art work, a legendary relic, and (most plausibly) a punch mark of Greco-Roman coins. Maybe. So not maybe. That is a question. Thus I began to collect images, ancient or not, of Mercurius and Hermes, often never distinguishable between the two. I realized soon that the image resource relating to the word "Mercurius," "Mercury" or "Hermes" is surprisingly large, and, what was worse, many images are irrelevant to the Roman/Greek god, but often pictures of goods such as a French boutique's.

Mercurius/Hermes is the god of commerce, and may hide himself in all the commercial products, though what I was seeking was apparent images of the god. I suspended the work, and made up a list of the then found pages showing either of the two gods or both and some image files.

Unlike the Japanese version, some links have thumbnails for help to readers.

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メルクリウス/ヘルメス図像リンク集: イル・ジョルナーレ ("Il Giornale") ロゴに関連して

(Supplementary note. April 11, 2007: This page is in Japanese. Please take a look at an English article "nouse: List of Links to Mercurius/Hermes Images (English Version)" if you feel it better.)

2007年3月7日 (水) の記事 [nouse: スターバックスの成立と、そのロゴの変遷] で、スターバックス (Starbucks Corporation) の現 Chairman であるハワード・シュルツ (Howard Schultz) が一時期(1985年-1987年)スターバックスを離れていた際に経営していたコーヒー・ショップ・チェーンの「イル・ジョルナーレ ("Il Giornale")」のロゴが、ローマ神話の伝令神/商業神 メルクリウス (Mercurius. 英語表記は Mercury) であったことに付記して、そのロゴ中の横顔には、「翼の付いた帽子らしいものも見える」と書いただけで、それ以上は話を広げなかった。

勿論、話を広げようにも材料がないのだが、一応、何かを考える場合の手掛かりぐらいは作っておいた方がよいだろう。

と云う訣で、メルクリウス又はヘルメスの図像の簡単なリンク集を作成してみた。

その内容は、非常に雑多だが、これはある程度、メルクリウス/ヘルメスの性格が極めて多面的であるためかもしれない。まぁ、それはともかくも、雑多過ぎて、分類・整理するのが面倒なのは確かで、だからしていない。遺漏は当然あるだろうし(実際たとえば、ヘルメス文書関係のは大略落ちている筈である)、内容の当否のチェックもしていないので、本当にこれは手始めのものと言ってよい。

Il Giornarle color logoRoman_coin_mercury_syd_00875
ただ、それとは別に付言すると、「イル・ジョルナーレ ("Il Giornale")」のロゴに雛形がもしあったとするなら、それはコインに刻印された図像であった可能性が、それなりに大きいだろうから、そのことは僅かながら意識的に材料を収集した(近代になって、例えば切手の図案として描かれた可能性もあることはあるが、それにしても、その源流はコインの刻印になるのではないか)。とは言え、それもイル・ジョルナーレ・ロゴとの類似性の観点から採用したため、全体のごく一部である。

ここで、「イル・ジョルナーレ ("Il Giornale")」のロゴに右側に並べて示したのは、217-215 BC 頃のローマの貨幣で、表側 (obverse) に羽根の付いた帽子 (petasus 又は petasos) を被ったメルクリウスが刻印されているもので、元の画像は Wildwinds.com に掲載されている "Anonymous. 217-215 BC. Æ Semuncia (5.44 gm). Head of Mercury right wearing petasos / Prow of galley right; ROMA above. Crawford 38/7; Sydenham 87. * Sear RCV 620" の
Example No.6 に見られる。

Stc3a8le_de_mercure_01Fudomyouou_tnm_jp付言ついでに書いておくと、古拙なメルクリウス像には、我が文化における「鬼」の像を連想させるものがある。頭の翼が「角」で、手に持ったカドゥケウス(Caduceus) --ケリュケイオン (Κηρύκειον)-- が「金棒」と言う訣だ(不動明王や制託迦童子の像にも少し似ている)。

当然、メルクリウス像に配して、鬼の画像も並べたいところだが、適当な正対立像が見当たらなかったので、東京国立博物館に収蔵されている不動明王立像の画像を並べておく。似ているような似ていないような微妙なところではある。

不動明王が剣とは別の手で持っているのは、羂索、つまり縄である訣だが、メルクリウスが、カドゥケウスを持っている手と別の手で持っているのは、「小銭入れ」とか「袋」とかされているようだ。(「剣と索との組み合わせがカドゥケウスに対応することがありうるか?」は、一度考えた方が良いかもしれない)

ちなまれているのは: nouse: スターバックスの成立と、そのロゴの変遷

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ちなみに: [人人為我,我為人人] ([人人为我,我为人人]) は、よく使われる「中国語表現」である。

記事 ["One for all, and all for one" (「一人は万人のために、万人は一人のために」) に就いて] (2007年1月30日) 末尾で触れた [人人為我,我為人人] (簡体字では [人人为我,我为人人])、或いはむしろ [我為人人,人人為我] ([我为人人,人人为我]) は、よく使われる「中国語表現」である。

名人名言/經典名人名言30句」や「Yahoo! 雅虎 知识堂 [“我为人人,人人为我”出自何处?]」から分かるように、それが、アレクサンドル・デュマ・ペール (大仲马) の小説 [三銃士] ([三个火枪手] 又は [三劍客]) に由来すると云うことも、少なくともある程度は知られている(これは日本でも同様だろう)。

[雷锋纪念馆ウェブサイト中の或るページ] に見られるように、 [我為人人,人人為我] は、中国共産党が伝説的な労働英雄に仮託した期待される労働者像の属性であるだけでなく(「团结友爱,互相帮助,我为人人,人人为我的良好风气,雷锋正是在这样的时代精神熏陶下茁壮成长起来的」)、党が現在の人民に口を酸っぱくして説いている道徳律でもある。

形成我为人人、人人为我的社会氛围
2007年01月19日01:14

 ●我为人人和人人为我是辩证统一的整体,二者不能分割。只有先做到我为人人,才能实现人人为我。这种价值取向是与社会主义核心价值体系相一致的正确价值取向。
 ●我为人人、人人为我的价值取向,对国家、对社会、对他人充满责任感,是调节人际关系、维护社会秩序、促进社会和谐的润滑剂。
 推进和谐文化建设,构建社会主义和谐社会,是我们当前面临的重大战略任务。党的十六届六中全会《决定》指出,要“推动形成我为人人、人人为我的社会氛围。”和谐文化建设首先要求树立正确的价值取向。我为人人、人人为我,是处理个人与他人、个人与社会关系的正确价值取向。大力倡导我为人人、人人为我的价值取向,对于促进社会和谐具有极其重要的意义。

《人民日报》 (2007-01-19 第09版)

残念ながら、[我為人人,人人為我] が、いつごろから党中央のスローガンとして採用されたかは、確認できなかった。

北京大学付属中学の卒業生らしい [欧阳程] (北大附中63—11班) は、「1958—1963年,是国际共产主义大论战的年代,是国际风云变幻的年代;是中国人民告别大跃进、与自然灾害抗争的年代;是全国人民学雷锋,人人为我、我为人人的年代。」と回想している(难忘的五年)。

しかし、大躍進政策の惨澹たる失敗に応ずる形で毛沢東の後に劉少奇国家主席を襲ったのが 1959年4月27日、雷鋒の殉職は 1962年8月15日、毛沢東の「向雷鋒同志学習(雷鋒同志に学ぼう)」は、1963年3月5日で、若干の齟齬がある(ちなみに、所謂 [廬山会議] は、1959年7月/8月である)。どうやら、[我為人人,人人為我] は、大躍進政策の当時、既に使われていたらしい。毛沢東は、このスローガンに反対する立場を取っていたと云う。

      在群己關係上,1958年紅專討論的時候,曾有一個流行的觀點,即「人人為我,我為人人」,並把它看成是「無產階級的信條」14。毛澤東非常不以為然,他說15

    斯大林只談經濟,不談政治,雖然說忘我勞動,其實多作一小時也不行,都不能忘我。人的作用,勞動者的作用不談。如果沒有共產主義的運動,想過渡到共產主義是困難的。「人人為我,我為人人」不妥當,結果都離不開我。有人說馬克思講過的,是馬克思講過的我們可以不宣傳。人人為我,是人人都為我一個人,我為人人,能為幾個人?

    14:〈人人為我,我為人人〉,《人民日報》社論,1958年3月15日。
    15: 《毛澤東思想萬歲》(1969),頁248-49。
    --《二十一世紀》網絡版


政治関連以外のことも書いておこう。

日本語の [生活協同組合] に相当するのは "消費合作社" ("消费合作社") と呼ばれるものであるらしいが、これについて言えば、台湾 [國立勤益技術學院員生消費合作社] のスローガンは [我為人人。人人為我。互助合作。團結進步] である。

また [吴念鲁] と云う人物が亡父 [吴朗西] (吳朗西。作家、翻訳家。巴金と親交があったらしい。また、日本に留学していたことがある由) の想い出を綴った [忆父亲吴朗西] には、[吴朗西] が重慶で [消费合作社] を創設したと云うくだりがあるが、そこでも:

父亲于1939年9月回到重庆沙坪坝。后来,在父亲、巴金、田一文、陈辉等人努力下,终于在重庆民国路开办了文化生活出版社重庆分社,父亲任总经理,巴金任总编辑兼副总经理。
沙坪坝是重庆一个文化区,但是由于交通不便,销售渠道不畅通,使一些投机商人囤积居奇,特别是生活必需品的价格不断上涨,居民生活很不方便。
父亲为了改变这一状况,在他的互助、互爱、互利思想指导下,以"人人为我,我为人人"为服务宗旨,创办了消费合作社。

学校のモットーにも使われていて、香港のキリスト教系私立校 (幼稚園から、日本における高校ぐらいまでの一貫校) [民生書院 (Munsang College)] の校訓は、[人人為我,我為人人] である。

[生命保険] は、中国語では [人壽保險]。

人壽保險是「我為人人,人人為我」的經濟制度,以提供個人或家庭因生、老、疾病、殘廢及死亡所導致的生活不安定,給予確定的經濟生活保障為宗旨。
--壽險保戶手册

高尧 (高堯) と云うサッカー選手(山東魯能泰山隊所属)は、「你的座右铭是什么?」(あなたの座右の銘は?) と聞かれて、「我为人人,人人为我 」と答えている(高尧:我为人人,人人为我)。


ちなまれているのは: "One for all, and all for one" (「一人は万人のために、万人は一人のために」) に就いて

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ちなみに: アシモフとリメリック


アシモフ (Isaac Asimov) の [黒後家蜘蛛の会] (創元推理文庫版で全5巻) を読んでいると、彼がリメリック (limerick) 好きだったのだろうと推測されるが、実際にそうだったようで、晩年、自作の物を多数含む "Lecherous Limericks" や "Limericks: Too Gross" と云ったリメリック集を出している(いづれも、私は未見)。

アシモフが、ある人物を主題にしたリメリックを書いて、当人に渡したと云う逸話も、ネットで見られる。

たとえば、アシモフがアーサー・C・クラーク (Arthur C. Clarke) に "Old Arthur C. Clarke of Sri Lanka" で始まるリメリックを送ったと云う話が、"Arthur C Clarke Isaac Asimov Limerick" と云うウェブページに載っている。

ディック・ストッジヒル (Dick Stodghill) と云う退役軍人の作家が作っているウェブページ "Dick Stodghill | A veteran writer's books, magazines and recollections of infantry combat in Normandy" でも、アメリカ探偵作家クラブ (Mystery Writers of America) の会合の席上で1980年に初めて、アシモフに会った際、アシモフがストッジヒル夫人の Jackie に "There was a young woman named Jackie" で始まるリメリックを捧げたと云う出来事が懐かしそうに回想されている。

付け加えるならば、地球外知的生命体探査 (Search for Extra-Terrestrial Intelligence, SETI) 計画の熱心な支持者でありリメリックの愛好家であったアシモフを記念して、The SETI League, Inc は1995年3月から1998年3月まで、リメリックコンテストを開催した(優秀作が公表されている)。

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ちなみに: バーミヤンの中国語表記は「巴米揚」

アクセス解析を覗いてみて思い出したのだが、「バーミヤン」の中国語表記を調べようとしていて忘れていたのだった。[元好問「玄都觀桃花」。あるいは、老生、煩悶しながらバーミヤンで麻婆豆腐を食べること] (2006年12月4日) を書いた時に「煩悶しながらバーミヤンで麻婆豆腐を食べる」を、中国表記にするとどうなるか、ちょっと考えてみたのだ。

勿論、レストランチェーンの [バーミヤン] が、自らの中国語表記をどのようにしているか、と云うようなことは余り考えずに、スグに大仏遺跡がある(アフガニスタンの)のバーミヤンの中国語表記を調べ出したのだが、日本語ウィキペディアで [バーミヤン] の項目を出して([バーミヤーン] に転送される)、そこから中文ウィキペディア (维基百科) の対応項目に飛べば [巴米扬省] のページが現われる。これだと、簡体字だけどね。そうしたことは、必要に応じて適宜直せば良いだけの話で...

と云う訣で、「巴米揚」でした。

「巴米楊」や「巴米陽」と云う言い方もあるらしい。

簡体字なら、それぞれ「巴米扬」「巴米杨」「巴米阳」になる。

ただ、上記中文ウィキペディアの [巴米扬省] の記載によると、中国地名委員会が定める標準名は「巴米揚(巴米扬)」。木偏の方の「巴米楊(巴米杨)」は、「誤写」だと云う。「巴米陽」に就いては、調査がつかなかった。



ちなまれているのは: 元好問「玄都觀桃花」。あるいは、老生、煩悶しながらバーミヤンで麻婆豆腐を食べること

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ちなみに: "Nous n'irons plus au bois" と云うタイトルの推理小説がある

と言っても、英語で書かれたものの仏訳 (ISBN 2-7382-1695-1 La Bibliographie nationale française Livres - Cumulatif 2003 - 803. fictions (page 39/200) 参照) なんだが。

原題は "All Around the Town" (1992). 著者は Mary Higgins Clark. 和訳もあって、タイトルは [オルゴールの鳴る部屋で](新潮文庫)。いづれも、私は未見。

ちなまれているのは: フランスの古童謡 "Nous n'irons plus au bois"

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