カテゴリー「世間/世界/社会/会社」の47件の記事

taxi の語源。「タクシー」に付いているから「タクシーメーター」と呼ぶではなく、「タクシーメーター」が付いているから「タクシー」と呼ぶのだと云う話。

以前から、taxi と云う英単語を見るたびに「変わった綴りだな」と云う思いが頭をよぎっていた。ただ、一瞬して忘れてしまう。

タクシーなど、年に一度、8月に、父の墓のある北関東の山奥に最寄駅から向かう時に利用するだけである。存命だった父に連れられて訪れた昔は、曲がりなりにもバスが、地元民でない人間にも利用するに足る頻度で通っていたのだが、現在では申し訳程度に運行されているだけだ。もっとも、当時は、道路が十分整備されていなくて、幅員に余裕がなく、道路の片方に迫った斜面から伸びた木の枝をこすりぬけながら走るバスが、道路逆側で誘う崖に転がり落ちるのではないかと、子供心にヒヤヒヤしたものだった。

話がズレた。兎に角、私は滅多にタクシーに乗車しない。だからと言っては悪かろうが、事実として "TAXI" への興味が持続しないので、そのまま、「気になる」が膨らむことはなかった。

しかし、先日、外出中にやはり、TAXI と書いた表示を見た拍子に、英語 "taxi" の語源が、古典ギリシャ語 (この「古典ギリシャ語」は「新約ギリシャ語」をカヴァーする、非常に大まかな意味で言っている。本稿のレヴェルでは、「プラトンの頃」と「新約時代のコイネー」の、更には、現代ギリシャ語との区別をしても仕方がないので、以後、単に「ギリシャ語」と呼ぶことにする) の ΤΑΧΥΣ (形容詞「速い」) ではないかと、思い付いたのだ。

勿論、ギリシャ語の Χ を英語に翻字すると、通常 Ch になる (ギリシャ語 Χ を翻字すると通常 Ch になるのは英語に限らないだろうが、ロシア語では通常 Х になるから、話を一般化するのは控えておく) ことは、私のような無知な人間でも承知している。確かに、「キリスト」 (ギリシャ語だと Χριστός) が英語では "Christ" になるのだ。とは言え、キリスト生誕を祝うミサは、"Christmas" だけでなく "Xmas" と表記されることもあるから、"ΤΑΧΥΣ" を語源とする交通機関が "taxi" と名付けられることもあるうると云うのが、私の思い付きの根拠だった。

ちなみに、キリストは、ロシア語では Христос。これをカタカナ化するなら「ハリストス」になる。東京神田の聖橋そばにある所謂「ニコライ堂」は「日本ハリストス正教会」の首座主教座教会である (ただし、ややこしい話だが、「日本ハリストス正教会」の対応ロシア語 Японская православная церковь には Христос 又は、その屈折形は含まれていない)。

さすがに忘れずに帰宅してから調べたのだが、これはハズレだった。

taxi は、もともと、taxicab, 更には taximeter cab の省略形らしい。運行距離に応じた課金高を表示する taximeter を搭載した cab (これ自体も、本来は、一頭立ての二輪馬車を意味する cabriolet の省略形) だという。

そして、以下の文章の要になる情報を示しておくと、「タクシー」に搭載されている料金計だから「タクシーメーター」と呼ばれるようになったのではなく、「タクシーメーター」を搭載した「少人数の乗客を随時運搬して、タクシーメーターに従った料金を請求する車両」を「タクシー」と呼ぶのだと云うことである。

以下の情報は英文ウィキペディアの記事 "Taxicab" 及び "Taximeter" と、ウェブページ "Early Sports and Pop Culture History Blog: Taximeter, Taximeter, Uber Alles - a History of the Taxicab" その他の資料の内容を取捨選択したものである。従って、詳しくは、そして恐らく正確には、原文を確認されたい。

まず、周辺的情報を纏めておくと、ゴットリープ・ヴィルヘルム・ダイムラー (Gottlieb Wilhelm Daimler, 1834年3月17日 - 1900年3月6日) が、彼の盟友ヴィルヘルム・マイバッハ (Wilhelm Maybach, 1846年2月9日 - 1929年12月29日) と共にガソリンエンジン駆動の四輪車 (Daimler Motorkutsche) を発明したのは、1886年である。これは、4輪馬車に、ガソリンエンジンを取り付けたものだった。二人は、1890年に株式会社ダイムラー自動車会社 (Daimler-Motoren-Gesellschaft.略称は DMG) を設立し、1892年に史上最初のガソリンエンジン車 Daimler Motor-Straßenwagen を販売し始める。

DMG は1894年以降、ベルトドライヴ式の "Daimler Riemenwagen" (「ダイムラー・ベルトドライヴ車」ぐらいの意味) を製造・販売していたが、1986年6月、シュトゥットガルト (Stuttgart) の荷馬車業者 Friedrich Greiner (フリードリッヒ・グライナー) が、これに「タクシーメーター」(恐らく、当時、そう云う呼び方で指定されたのではないだろうが) を付け加えたものを注文してきた。これに応じて、DMG が製作したのが "Daimler Riemenwagen Typ Victoria" (「ダイムラー・ベルトドライヴ車」タイプ・ヴィクトリア) である。これは、翌1897年5月に納入された。そして、グライナーの会社は、史上最初のガソリン車によるタクシー会社となった。
参照:The world’s first motorized taxi cab – built by Daimler-Motoren-Gesellschaft - Daimler Global Media Site

この "Typ Victoria" は "Daimler Victoria" と呼ばれることもある。しかし、同時期に、当時 DMG と競合会社であった Benz & Cie. も "Benz Victoria" ("Benz Patent-Motorwagen Victoria" とも呼ばれる) を製造販売しており紛らわしい。

しかし、こうしたことども以前から「タクシーメーター」は存在した。しかも、それを搭載したのは馬車ばかりではなかった。「タクシーメーター」付の「電気自動車」さえ存在したのだ (両者は、結局、ガソリンエンジン型のものに駆逐される)。

「電気自動車」に就いては英文版ウィキペディアの記事 "Electric vehicle" 及び "History of the electric vehicle" を参照されたい。

また、所謂「輪タク」型のものも存在した。1896年の米国ニューヨークの新聞 New-York tribune (ニューヨーク・トリビューン) の記事には、ドイツのベルリンでの「3輪自転車キャブ」が登場したとの報告がある。それは、ドイツでは通常の「辻馬車」に装備されている "taximeter" が付いていて、前輪が1つに後輪が2つで、後輪の上方に乗客が後ろ向きに乗るようなものであったらしい。
参照:New-York tribune. (New York [N.Y.]) 1866-1924, November 15, 1896, Image 31 « Chronicling America « Library of Congress

さて本題に戻ると、「タクシーメーター」の原形を発明したのは、ドイツ (プロシア) の音楽教授ヴィルヘルム・フリードリッヒ・ネドラー (Wilhelm Friedrich Nedler) だった。彼は、乗客が馬車その他の車両を利用した距離・時間に応じた料金を表示する装置の特許を英米仏独で取得している。彼は、この装置を Taxanome と名付けた。

Taxanom の内、Taxa は「料金」を意味する中世ラテン語の taxa 及び/又は ドイツ語の Taxe (ラテン語 taxa からの転訛) に由来し、nome は「規則・法律」を意味する νομος (nomos) に由来すると思われる (nome の方は、ギリシャ語から直接と云うより、楽曲のテンポを測定するメトロノーム metronome がヒントになった可能性がある)。ネドラーは、株式会社 Taxanom-Aktien-Gesellschaft (タクサノム株式会社) を 1884年にハンブルクで設立した ("Early Sports and Pop Culture History Blog: Taximeter, Taximeter, Uber Alles - a History of the Taxicab" では "Professor Nedler, wound up in Hamburg with his taxanom in the mid-1880s:" となっていて、この言葉通りなら「事業を清算した」になるが、文脈からして、その逆である)。

中世ラテン語 taxa は、ラテン語の動詞 taxo (非難する。値踏みをする。計算する。) から来ている。「税金」を意味する英語 tax も、ラテン語 taxo に由来するから、taxi と tax は同語源という訣だ。

ネドラーのほかに、ハンブルクのクロノメーター (船舶用精密時計) の製造業者フェルディナンド・デンカー (Ferdinand Dencker. ドイツ語版ウィキペディアに "Ferdinand Dencker" と云う項目があるが、これと同一人物だろう) は、Taxanome の改良を行い、例えば、乗客人数や料金体系の変動に応じて、料金表示の変更が容易に行えるようにした。彼も、Taxanome に就いての特許を取得している。

Taxanome の市場規模は大きくなっていき、競合他社も増加して、競争も激しくなっていったが、品質的に優れていたのは、ネドラーの会社と デンカーの会社の2つだった。しかしながら、ネドラーとデンカーとは、1890年7月に Taxameter Fabrik Westendarp & Pieper (タクサメータ製造所ヴェステンダープ・ウント・ピーパ) と云う会社に、特許を譲渡している。

その詳細は不明である。なお、ここで Taxameter と云う言葉が使われていることに注意。Taxameter から Taximeter への転訛は容易に起こりそうな気がする (特に、ドイツ語 --にしろ、他の特定言語にしろ-- になじみのない場合は、「聞き取った単語相当の音の塊」に期待される意味からの情報補足が欠ける可能性があり、Taxameter を Taximeter と受け取り違えることもありうるだろう)。

現在使われているタクシーメーターの基本形を作ったのは、Taxameter Fabrik Westendarp & Pieper の技術者だった Friedrich Wilhelm Gustav Bruhn (フリードリッヒ・ヴィルヘルム・グスタフ・ブルーン。1853年11月11日 - 1927年) である。彼の行った代表的な改良は、料金メーター (Taxameter) に「空車」を示すパネルや小旗を取り付けて、それを倒し隠すと課金が始まり、同時に乗客がいることが分かるようにしたことである。

1897年、ブルーンは独立して、やはりハンブルクに、Internationaler Taxameter, G.m.b.H. (インタナツィオナーラ・タクサメータ株式会社) を設立した。事業は好調で、1906年には、ブルーンは、古巣の会社 Taxameter Fabrik Westendarp & Pieper を買収している。Taxameter Fabrik Westendarp & Pieper 買収後、ブルーンは、その製品に自分の名前を被せるようにした。例えば、"Taxameter" は "Original Taxameter Bruhn" として販売された。タクシーメーターの「発明者」がブルーンであるとされることがあるのはこのためかもしれない。

しかし、ブルーンが独立した 1897年は、ダイムラー社が、タクシーメーター (恐らく、取引上、当時はまだ Taxameter と呼ばれていたろうが) を搭載したガソリンエンジン車 Typ Victoria を出荷した年である (Daimler Victoria に搭載された Taxameter が Bruhn のものかどうかは確認できなかった)。

ただし、馬車からガソリン車への切り替えにしろ、Taxameter 付きガソリン車の一般化にしろ、すぐに起こったのではない。1906年、イギリス・ロンドンでの特別委員会に証人として出席したブルーンは、ベルリンに 7500台ある cab のうちガソリン車は 300台 に過ぎないと証言している。

それでも、どうやら、この 1906年から1907年あたりが、潮の変わり目だったらしい (「特別委員会」でブルーンが証言したこと自体が、そのことを暗示しているとも言える)。

米国ワシントンD.C.の新聞ナショナル・トリビューン (National tribune) 1907年5月23日号第2頁には、ロンドンでは taximeter を搭載した taxicab と云う自動車が評判で、数多くあり、馬車型の cab を駆逐しつつあると報じている (米国における例だが、既に、"taxicab" そして "taximeter" と云う単語が使われていることに注意)。
参照:The National tribune. (Washington, D.C.) 1877-1917, May 23, 1907, Page 2, Image 2 « Chronicling America « Library of Congress

また、米国ニューヨーク州の新聞ニューヨーク・トリビューン (New-York tribune) 1907年10月1日号第5頁では、New York Taxicab Company が、開業に合わせて、フランスから輸入した taxicab 25台のパレードを、前日、ニューヨーク市5番街で行ったと報じている。
参照:New-York tribune. (New York [N.Y.]) 1866-1924, October 01, 1907, Page 5, Image 5 « Chronicling America « Library of Congress

New York Taxicab Company が購入した自動車は、フランスの A Darracq et Cie 社製のものだった。また、タクシーメーターは、やはりフランスの Société Générale des Compteurs Voitures 社のものだった。

New York Taxicab Company は最終的には A Darracq et Cie から600台の taxicab を輸入したらしい。

この後、数年にして、ガソリン車のタクシーの普及は進み、その製造も一般化する。

Société Générale des Compteurs de Voitures の株券 (1904年) では、taxamètre と表記されていることを注意しておく。

結局、上記のように、既に 1896年には、taximeter と云う言葉が使用されており、taxameter から taximeter への変化は、かなり早かったらしいと云うことしか分からなかった。

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埼玉県越谷市 [慈眼寺] の地口行燈

もう一昨日になってしまったが2011年8月16日の [@nifty:デイリーポータル Z] の 記事 [お寺プロレスに行ってきた] ([大坪ケムタ] ) で、埼玉県越谷市の [慈眼寺] (埼玉県越谷市 大字大泊104番地) で行なわれた「お寺プロレス」が紹介されていた。

その概括的情報に就いては [8月7日はお寺プロレス!|プロレス文藝] から得られるし、また、その内容の詳細は大坪さんの上記記事そのものに依っていただきたいが、実は、私が一番興味深く思ったのは、「プロレス」ではなくて、慈眼寺の「お祭り仕様」の一例として取り上げられていた、大坪さんの言う所の「あちこちに貼られたむだ絵風な何か」であり「なんとなく風流ではあります」と形容されている [地口行燈] (地口行灯) だった。

「地口行燈」に就いては、都筑道夫が [なめくじ長屋捕物さわぎ] 中の一篇「鶴かめ鶴かめ」の中で、次のように叙述している。

 親方がいうと、行燈に地模様を書いていた職人が、立ち上がって、奥の障子をあけた。下駄常とセンセーが入ってみると、八畳の座敷が、行燈で埋まっていた。行燈は上のほうに、地模様だけが書いてある。波を逆さにしたような、というか、雲がたれさがったような模様で、甕だれ霞 (かめだれがすみ) という。それが、赤と紫とで二段、さっと刷毛でなすってあって、もう乾いていた。

畳のあいてあるところには、赤い毛氈が敷いてあって、二十五、六の女がその上で、墨と朱と緑の皿をわきに、行燈を前において、絵を書いている。墨の筆で、いま書きおわったのは、大きな口をあいて、だんごを食っている男の絵だった。顔じゅう口のようで、だんごがひとつ残った串のさきが、頬をつらぬいている。次の余白に、

   だんご食ふ口に串の槍

と、女は書いた。センセーは微笑して、

「ふむ『三国一の富士の山』か。ちと苦しいが、絵は面白いな。ひと筆がきのような略画なのに、ちゃんと動きがある」

--光文社時代小説文庫 [いなずま砂絵] (都筑道夫。pp.14-15)

慈眼寺の地口行燈は (変体仮名を現代風のかなになおして書くなら)、「小鬼ハッテすべってころんだ」(左)と「ほおづきさまいくつ」(右) とで、出典は、ともに古童謡の「お月さま幾つ」であって、岩波文庫の [わらべうた] にも所収されている有名なものだ (「センセー」の顰みに倣えば、どちらも「ちと苦しい」)。ただし、岩波文庫版では「ほおづきさまいくつ」の元になっている「お月さま幾つ」が、「お月さん幾つ」になっているのはともかく、「小鬼ハッテすべってころんだ」の「小鬼ハッテ」の元である「氷張って」が欠けている (註では、江戸時代の学僧 [釈行智] の [童謡集] に「油屋の縁で、氷がはつて」と云う例が見られることが指摘されている)。

ちなみに、「小鬼」の方は、東京都小平市の [Japan 小平グリーンロード 灯りまつり] でも、そっくりの物が飾られている。

[釈行智] の [童謡集] に収めれていることから分かるように [お月さま幾つ] は、少なくとも江戸時代に遡れる童謡で (北原白秋が作者だとクレジットしている記事がネット上で見られるが、白秋は採録・編集しただけだろう) 日本各地でヴァリアントがあるようだ。しかし、ネット上でザッと調べてみたが、「お月さま幾つ」と「氷張って滑って転んで」とを両方含む例が見つからなかった。あるいは、[釈行智] の [童謡集] のものが、そうなのかもしれないし、また、埼玉県越谷市に、そうした例が存在するのかもしれないが、それも確認できなかった。

仕方がないので、取り敢えず、[青空文庫] から北原白秋採録のものを引用すると

お月 (つき) さまいくつ。
十三 (じふさん) 七 (なな) つ。
まだ年 (とし) や若 (わか) いな。
あの子 (こ) を産 (う) んで、
この子 (こ) を産 (う) んで、
だアれに抱 (だ) かしよ。
お万 (まん) に抱 (だ) かしよ。
お万 (まん) は何処 (どこ) へ往 (い) た。
油 (あぶら) 買 (か) ひに茶 (ちや) 買 (か) ひに。
油屋 (あぶらや) の縁 (えん) で、
氷 (こほり) が張 (は) つて、
油 (あぶら) 一升 (しよう) こぼした。
その油 (あぶら) どうした。
太郎 (たろう) どんの犬 (いぬ) と
次郎 (じらう) どんの犬 (いぬ) と、
みんな嘗 (な) めてしまつた。
その犬 (いぬ) どうした。
太鼓 (たいこ) に張 (は) つて、
あつちの方 (はう) でもどんどんどん。
こつちの方 (はう) でもどんどんどん。
(東京)
--北原白秋 [お月さまいくつ]
また[NPO法人日本子守唄協会] では山口県玖珂郡錦町に伝わる [お月さんなんぼ] が見られるが、これは「氷がはって、すべってころんで」を含んでいる。
お月さんなんぼ
玖珂郡錦町

お月さんなんぼ 十三七つ
まだ年ゃ若いの
あんな子を産んで この子を産んで
誰に抱かしょ お万に抱かしょ
お万どこ行った 油買いに茶買いに
油屋の縁で 氷がはって
すべってころんで 油一升こぼして
太郎どんの犬と 次郎どんの犬が
みんな なめてしまった
その犬どうした 太鼓の皮にはって
あっち向いて どんどこどん
こっち向いて どんどこどん
--NPO法人日本子守唄協会 [子守唄 - お月さんなんぼ] - 玖珂郡錦町

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米国での地震時での個人の対応行動指針 ("Drop, Cover and Hold on")、及び「構内放送」(「場内放送」等) 例文

最近時々、[地震 放送 英語例文] と云うたぐいのキーフレーズでこのサイトを訪問された方がいらっしゃるのだが、そうした時、少し考えただけで、調べることはなく、そのままにしてしまってきた。調べても、ハカバカしい結果は得られそうもない (ヨリ正確に言えば「マト外れな結果」しか得られないだろう) と思ったからだ。

それどころか、踏み込んで言ってしまうなら、英語かどうかに限らず、大地震の発生中は、遠隔地はともかく、震央近くで、その地震のただ中にいる人々にとって「放送」は役に立たない。放送施設が利用可能であり得るかと云う問題もさて措き、「放送」を行うことで、むしろ現に地震発生の渦中にある人々の注意力を削いでしまうことになりかねない。むしろ大切なのは、日常時での、地震発生時の対応方法 (勿論、極めて限定的な行動しか出来ない訣だが、だからこそ、最も有効な行動) を明瞭簡潔に示したガイドやマニュアルの周知徹底と、その頻繁な訓練だろう。

勿論、揺れが一旦収まった後で (余震はあり得るにしても)、放送施設が生き残ったと云う条件の下では、何らかの情報伝達、特に避難誘導の為に、放送が活用されることが好ましい。また、構成員の主体が未成年者であるような「学校」等の施設では、激烈とは言えない地震であっても、一瞬にして非日常的状況に抛りこまれるわけだから、生徒個人の行動の判断を本人に任せる訣にいかない、と云う考え方もあり得る (逆に、特に「津波」が襲来する危険性がある時には、基本的には常に保護者が個別的に密着していることが期待される「乳幼児」と「要介護者」・「疾病者」以外は、「指針」は「指針」として、その具体的行動の判断を本人だけに委ねるしかないと云う考え方もあり得るが、この方向に議論を進めると、本稿の守備範囲が広がりすぎる恐れがあるので、なるべくしないようにするつもりだ)。当然、この場合、第一義的には教師・学校職員の直接指導が行なわれるべきだろうが、だとしても、副次的手段として放送が利用されることは、認められてよい筈だ。

ただし、ここで、「放送」とは所謂「館内放送」・「場内放送」・「構内放送」・「校内放送」等英語で謂う "public address (PA) system" のこととして解釈してある。つまり TV やラジオ乃至はインターネットを介する「放送」--英語で謂う "broadcast" または "telecommunications"-- のことは問題にしていない。

と、考え直した上でも、(別段、何かの「調査」--この「調査」はネットを検索したぐらいではできないだろう-- をした上での根拠がある訣ではないが) 緊急時の「放送」が問題になるような「社会」で「地震」が切実であるのは、世界の中でまず第一に日本国においてではないのか。「諸外国の事例」を探しても得るところは少ない気がする。

話が、こんがらがりそうで困るが、[地震 放送 英語例文] と云うキーフレーズの本質に関わる筈なので、指摘しておくと、この日本国の国土で成長した訣ではない人々が、現在日本国内に在住・滞在している場合には、そのほぼ全員が、地震に関しては「学校生徒」と本質的に同じなのだ。だから、適切な避難誘導のためばかりでなく、その逆に、日本で生まれ育った社会人なら、危険性を感じないような揺れであっても、「外人」はパニックを起こす可能性は有るから。それを防ぐ為に、危険性はないので平静を保つように呼びかけると云った外国語放送はあっても良いだろう。とは言え、それを踏まえても以下の議論の主要部は成り立つと思う。

恐らく、私ができることは、ネットで調べるぐらいでは[地震 放送 英語例文] に就いて役に立つ情報は得られないことを確認することぐらいだろう。しかし、「役に立たないことをする」は、このブログのモットーであった。そこで、少し調べてみることにした。

で、google で検索してみたのだが、その結果の範囲内では、地震時の "PA system announcement" を話題しているのは、殆どがアメリカ含羞国又はカナダでの "K-12" 「学校」(日本での幼稚園から高等学校に対応する) における緊急事態対応マニュアル又は緊急事態想定訓練の「台本」であることだ。そして、ほぼ共通して、"Duck, Cover and Hold" 又は "Drop, Cover and Hold" と言う動作を執ることが呼びかけられている。

今、「放送例文」であるか否かを離れて、英文として、この "Duck, Cover and Hold" 又は "Drop, Cover and Hold" が具体的にはどのような動作を意味するかは、その名もズバリ "www.dropcoverholdon.org" と云うサイトのウェブページ "Drop! Cover! Hold On!" を見て戴くのが、解かり易いだろう。そこでは、次のようなピクトグラムを使ったアニメーションを用いた、地震発生時の簡潔な行動指針が与えられている。

Drop! Cover! Hold On!

ここで英語の語義の補足をするなら "duck" とは、一般には「素早く姿勢を低くする」と云う意味であり、"drop" は、より強く「(崩れ落ちるようにして、或いは、たたきのめされたようにして) うずくまったり、座り込んだり、寝転んだりする (その結果、足の裏以外の体の部分が地面や床面に着く)」といったニュアンスの違いがあるが、この「標語」に限っては、同じ意味で使われている。つまり、「素早く『四つん這い』又は、それに近い姿勢になれ」と云うことだ。

何故、今、"duck" と "drop" の語義の違いにこだわるかと云うと、図解等の説明抜きで聞いたり、読んだりした場合、"Duck, Cover and Hold" よりも "Drop, Cover and Hold" の方が、地震時の行動として遥かに的確と思われるからだ。どうやら、多数派は "Drop, Cover and Hold" ではあるらしいのだが、それでも、ミスリードする可能性がある"Duck, Cover and Hold" が使われている理由は、私には分からない。憶測するに、"drop" よりも "duck" の方が「聞こえが良い」(つまり、特に子どもにとっては "drop" にはネガティヴなイメージがあり "duck" にはポジティヴなイメージがあると云ったような) ところがあるのかもしれない。

これに関連して書いておくと、"ducking" は、ボクシングにおいて、相手の打撃を避ける技法として知られている。しかし "duck" の用例で一般に最もよく知られているものは、1981年3月30日に当時のアメリカ合衆国大統領ロナルド・ウィルソン・レーガン (Ronald Wilson Reagan. 第40代。在任:1981年1月20日--1989年1月20日) が、発した一言だろう。

当時就任間もなかったレーガン大統領は、ワシントンDC北西区域コネティカット大通り1919番 (1919 Connecticut Ave., NW) のワシントン・ヒルトン・ホテルで行なわれたアメリカ労働総同盟・産業別組合会議 (American Federation of Labor and Congress of Industrial Organizations/AFL-CIO) 代表者達の昼食会での講演を行なった。講演を終えてワシントンDC北西区域T番街 (T Street NW) に面したホテル出口から出てリムジンまで歩っていく途中の東部時間午後2時27分にジョン・ウォーノック・ヒンクリー・ジュニアJohn Warnock Hinckley, Jr. 1955年5月29日--) により、同行者3名と共に狙撃され、跳弾を左脇の下に受けたのだった (皮肉にもヒンクリーが撃った6発のうちの6発目が防弾装備をしたリムジンに当たって反跳したのだ)。銃弾はレーガンの心臓をかすめており重傷だったが、その痛みを、シークレット・サービスのジェリー・パール/Jerry Parrによりリムジンに押しこまれる際の打ち身だと信じて、レーガンは被弾したとは気が付かなかったらしい。しかし吐血した大統領を見たパールが、彼をジョージ・ワシントン大学病院/The George Washington University Hospital に急遽搬送した。レーガンは弾丸摘出手術をうける直前、救急救命室 (emergency room/ER) に駆けつけた妻のナンシー (Nancy Davis Reagan) に向かって "Honey, I forgot to duck" (「ダッキングし忘れちゃってさ」) と冗談を飛ばしたのだった (米国民は、そして多分英国民も、危機的な状況で、余裕綽々なジョークを飛ばせる「剛毅かつ人間味のある司令官」型の指導者を喜ぶようだ)。

もっとも、これもよく知られているように、この言葉は、1919年から1926年にかけてのボクシング世界ヘビー級王者ジャック・デンプシーJack Dempsey 1895年6月24日--1983年5月31日) が、前評判では格下と思われていたジーン・タニー (Gene Tunney, 1897年5月25日--1978年11月7日) に、1926年9月23日不覚の判定負けを喫した後、控え室に戻って妻の女優エステル・テイラー (Estelle Taylor) に語ったと云う言葉をそのまま使ったものである。

"Cover" は、勿論「何かで身体 (特に首筋と頭部) を覆うようにして、落下物・飛翔物から身体を護る」ことだ。具体的には、防護のための遮蔽物として、第一に、机やテーブルが想定されている訣だが、それが手近に無い場合や、あったとしても使用に適さない場合は、腕や手を使うことが推奨されていて、これも "Cover" のうちになっている (ただし、後の "Hold on" についての説明を参照)。また、"cover" を名詞にして "take cover" とすると「もぐる」・「隠れる」と云う語感が付く。

"Hold" は「そのまま動かずにジッとしている」ぐらいの意味である。ただし、サイト"www.dropcoverholdon.org" の例が示すように "Hold" は "Hold on" と云う表現になっていることもある。これもニュアンスが僅かに異なっていて、"Hold on <something>" だと (特に "Hold on to <something>" だと明確に)「何か (<something>) にへばりついて、或いは、しがみ付いて動かないようにしている」ぐらいだろう。更に言っておくなら、"Hold on" で、遮蔽物ではなく、自分の手で頭部や首筋を覆ったり、腕を頭部や首筋に巻付けたりすること意味させることもあるようだ。語義としては、微妙なような気がするが、目標とする体勢は他の場合と一致する。

実は、"Drop, Cover and Hold on" のヨリ詳細な内容は "www.earthquakecountry.info" と云うサイトのウェブページ "Protect Yourself During an Earthquake... Drop, Cover, and Hold On!" に、次のように纏められている:

  1. DROP down onto your hands and knees (before the earthquakes knocks you down). This position protects you from falling but allows you to still move if necessary.
  2. COVER your head and neck (and your entire body if possible) under a sturdy table or desk. If there is no shelter nearby, only then should you get down near an interior wall (or next to low-lying furniture that won't fall on you), and cover your head and neck with your arms and hands.
  3. HOLD ON to your shelter (or to your head and neck) until the shaking stops. Be prepared to move with your shelter if the shaking shifts it around.
--"Protect Yourself During an Earthquake... Drop, Cover, and Hold On!"

タイポグラフィまで考慮すると面倒なので、意味だけをザッと訳すと次のようになるだろう:

  1. (地震があなたを突き倒す前に) 四つん這いに身体を伏せましょう。この姿勢をすると、あなたは転ばずに済むようになるだけでなく、必要に応じて移動することが可能になります。
  2. 頑丈なテーブルや机で、あなたの頭や首を (そして、できれば全身を) 覆って防護しましょう。防護物が手近に無い場合にだけ、近くの室内壁の近く (又は倒れてきそうもない背の低い家具の側) で姿勢を低くして、腕と手とで頭と首を覆いましょう。
  3. 地震が収まるまで、防護物 (又は頭と首) を掴んでいましょう。地震の振動によって防護物が動くことがあるので、その場合には自分も一緒に移動できるようにしておきましょう。

更に、補足するなら、この "Drop, Cover, and Hold on" 等の動作は、地震時に限らず、多くの緊急時に取られるべき対応して考えられていることで、この点も留意されるべきだろう。また、翻訳技法上の注意をするなら "Drop, Cover, and Hold on" を標語風に訳すとしたら、簡潔さを重んじて「ふせ! まもれ! つかめ!」ぐらいにした方が良いだろうと思う。

ヨリ一般的に「地震に遭遇したら何をすべきか、そした何をすべきでないか」に就いて米国行政府がどう考えているかは、"Federal Emergency Management Agency/FEMA" (アメリカ合衆国連邦緊急事態管理庁) のウェブページ "FEMA: What to Do During an Earthquake" で知ることができる。

What to Do During an Earthquake
Stay as safe as possible during an earthquake. Be aware that some earthquakes are actually foreshocks and a larger earthquake might occur. Minimize your movements to a few steps to a nearby safe place and if you are indoors, stay there until the shaking has stopped and you are sure exiting is safe.

地震発生時にすべきこと
地震が起きている間は、自分の身の安全維持に全力を尽くすこと。地震によっては、それが実は前震であって、更に大きい地震が発生することもあり得ることを留意しておくこと。近くの安全な場所に移動しようと云う場合でも、数歩程度の動きに留めること。屋内にいた場合には、地震の揺れが止まり、そして屋外に出ることが安全であることが確認できない限り、その場に留まること。

    If indoors
  • DROP to the ground; take COVER by getting under a sturdy table or other piece of furniture; and HOLD ON until the shaking stops. If there isn't a table or desk near you, cover your face and head with your arms and crouch in an inside corner of the building.
  • Stay away from glass, windows, outside doors and walls, and anything that could fall, such as lighting fixtures or furniture.
  • Stay in bed if you are there when the earthquake strikes. Hold on and protect your head with a pillow, unless you are under a heavy light fixture that could fall. In that case, move to the nearest safe place.
  • Use a doorway for shelter only if it is in close proximity to you and if you know it is a strongly supported, loadbearing doorway.
  • Stay inside until the shaking stops and it is safe to go outside. Research has shown that most injuries occur when people inside buildings attempt to move to a different location inside the building or try to leave.
  • Be aware that the electricity may go out or the sprinkler systems or fire alarms may turn on.
  • DO NOT use the elevators.
    屋内にいた場合
  • 床に伏せる。頑丈なテーブルその他の家具の下にもぐって、身体を防護する。地震の揺れが止まるまで、そのままの体勢でいる。テーブルや机が手近に無い場合には、腕で顔と頭とを覆って、建物の内部側の隅にしゃがんでいる。
  • ガラス、窓、戸外に続くドア及び壁、その他、照明器具・家具等の落ちたり倒れたりする可能性があるもの全てから離れている。
  • 地震発生時に寝床の上にいた場合には、そこに留まる。落ちてくるかもしれない重い照明器具の下にいるのでない限り、ジッとしていて、枕で頭を防護する。落ちてくるかもしれない重い照明器具の下にいる場合は、一番近い安全な場所に移動する。
  • 戸口を防護物にするのは、戸口が、たまたまスグそばにあって、しかも、基礎がしっかりとしていて荷重支持能力のあることが分っている場合だけにする。
  • 地震の揺れが収まった後でも、外に出ることが安全になるまで、その場に留まる。被災者が負傷するのは、殆どの場合、建物内にいた被災者が、建物内の別の場所に移動しようとしたり、建物外に出ようとした時であることが調査の結果分っている。
  • 停電している可能性が有ること、スプリンクラー・システムや火災報知器が作動している可能性が有ることに留意する。
  • エレベーターは利用しない
    If outdoors
  • Stay there.
  • Move away from buildings, streetlights, and utility wires.
  • Once in the open, stay there until the shaking stops. The greatest danger exists directly outside buildings, at exits and alongside exterior walls. Many of the 120 fatalities from the 1933 Long Beach earthquake occurred when people ran outside of buildings only to be killed by falling debris from collapsing walls. Ground movement during an earthquake is seldom the direct cause of death or injury. Most earthquake-related casualties result from collapsing walls, flying glass, and falling objects.
    屋外にいた場合
  • その場に留まる。
  • 建物、街灯、配線から離れる。
  • 広々とした場所にいたのだったら、地震の揺れが止まるまで、その場に留まる。一番危険なのは、建物の外側すぐ近く、出口や外壁傍なのである。1933年ロングビーチ地震の際の死亡者120名の多くは、建物の外側を走っていたと云うことだけのために、崩壊した壁からの落下物に当たって死亡する結果となった。地震中の地面の揺動が死亡や外傷の直接原因になることは殆どない。地震による死傷者の大多数は、崩壊した壁、飛び散ってきたガラス、そして、落下物が原因である。
    If in a moving vehicle
  • Stop as quickly as safety permits and stay in the vehicle. Avoid stopping near or under buildings, trees, overpasses, and utility wires.
  • Proceed cautiously once the earthquake has stopped. Avoid roads, bridges, or ramps that might have been damaged by the earthquake.
    移動中の車両内にいた場合
  • 安全性を確保しつつできる限り素早く停止して、車両内に留まる。建物、樹木、陸橋、配線の近く又は下には停止しない。
  • 地震が収まったなら、慎重に前進する。地震により被害を受けている可能性がある道路、橋、ランプ (高速道進入・離脱用傾斜路) は避ける。
    If trapped under debris
  • Do not light a match.
  • Do not move about or kick up dust.
  • Cover your mouth with a handkerchief or clothing.
  • Tap on a pipe or wall so rescuers can locate you. Use a whistle if one is available. Shout only as a last resort. Shouting can cause you to inhale dangerous amounts of dust.
    瓦礫に閉じ込められた場合
  • マッチを点けない
  • 動き回らない。埃を舞いあげない。
  • ハンカチ又は布で口を覆う。
  • 救助者があなたの居場所を突き止められるように配管や壁をコツコツたたく。利用可能であったなら、笛を吹く。叫ぶのは最後の手段に取っておく。叫ぶことで、危険な量の埃を吸い込むことになることがある。

Last Modified: Wednesday, 11-Aug-2010 14:41:22 EDT
最終更新:東部夏時間2010年8月11日14:41:22 (水曜)

--"FEMA: What to Do During an Earthquake"

なお、the 1933 Long Beach earthquake とは、1933年3月10日 太平洋標準時午後5時55分に発生した、カリフォルニア州南部のロサンゼルス郡内の湾口都市ロングビーチ南東沖を震源とするモーメント・マグニチュード6.4の地震。

因みに、東日本大地震のモーメント・マグニチュードは9.0だから、Gutenberg-Richter relation に従うなら、地震エネルギーとしては7900分の1程度の規模である (マグニチュードが1増えると、地震エネルギーとしては、1000の平方根倍、つまり約31.6倍になる)。

カリフォルニア州では1906年4月18日に、ヨリ大規模 (モーメント・マグニチュード7.9。東日本大地震の地震エネルギーの1200分の1以下) で、死者が3000人以上と伝えられるサンフランシスコ地震 が起きているが、これは、FEMA のガイドには参考例として採用されていない。100年以上前の災害である為に、訴求力に欠けると考えられたのか? ちなみに、理科年表平成23年版「世界のおもな大地震・被害地震年代表」には [1906年サンフランシスコ地震] は載せられている (p.753/地181) が、[1933年ロングビーチ地震] への記載はない。これは「表面波マグニチュード又は実体波マグニチュード7.8以上または死者が1000人以上」を掲げると云う基準があるためである。

個々の死の個別性から見るなら、地震の大小を云々するのは謹むしかないことを認めつつも、歴史的全体性の観点からは FEMA が想定している「大地震」は、こうしたレベルであることは留意しておいてよいだろう。

さらに FEMA の地震発生時対処法には "tsunami" のことがスッポリと抜け落ちている。勿論 FEMA のウェブサイトにも津波に就いてのウェブページ Tsunami があるが、そこには、1993年7月12日の北海道南西沖地震、所謂「奥尻島地震」におけるような地震発生後2-3分後に津波第1波が襲来することがあるのだと云う緊迫感は感じられない (余談にしかなるまいが、「"tsunami" は "soo-ná-mee" と発音する」と云う記述に至っては、脱力するしかない。確かに、日本語の「つ」の子音は、英語の t の子音とは対応せず、s の子音に似ているところもあるのだが、「ツナミ」と "soo-ná-mee" とは違う)。

なお [1906年サンフランシスコ地震] では、サンフランシスコ市が載っているサンフランシスコ半島の北端 (つまりサンフランシスコ市の北端でもある。"Golden Gate Bridge" の南だもと付近と言った方がイメージが掴めるかもしれない) のプレシディオ (Presidio) に設置されていた潮位計 (「験潮儀」・「検潮儀」) では40-45分周期で8cm程度の潮位変化が検知されたと云う。[1933年ロングビーチ地震] における津波に就いての記録は見つからなかった。これでは、日本、特に三陸地方における「津波てんでんこ」の切なさを求めるべくもないだろう。

前置きはこれぐらいにして、以下、地震時の放送例文を幾つか纏めておく。

まず、米国カリフォルニア州ロサンゼルス統合公立学区 (Los Angeles Unified School District) の健康安全環境事務局 (Office of Environmental Health and Safety) が策定した (2003年6月5日付け) 緊急時対応マニュアルのモデル版に示されている、地震を想定した訓練時の放送例文 (大文字部分):

6.7.3 DRILL 3: EARTHQUAKE
An earthquake drill is held to provide maximum protection in case of earthquake or other emergency where the risk of flying or falling debris is present. No advance warning or signal normally will be given. In practice drills, teachers should supervise students and be alert to the position of each student during the entire drill.
Signal: The signal for the drill is the following PA announcement.
"YOUR ATTENTION PLEASE. AS YOU ARE AWARE, WE ARE EXPERIENCING SOME SEISMIC ACTIVITY. FOR EVERYONE'S PROTECTION, ALL STUDENTS SHOULD FOLLOW STAFF DUCK AND COVER PROCEDURES, WHICH MEAN YOU SHOULD BE IN A PROTECTED POSITION UNDER A TABLE OR DESK, AWAY FROM WINDOWS AND ANYTHING THAT COULD FALL AND HURT YOU. HOLD THIS POSITION UNTIL THE SHAKE STOPS OR GIVEN FURTHER INSTRUCTIONS."
--"Model Safe School Plan: A Template for Ensuring a Safe, Healthy and Productive Learning Environment Volume 2 – Emergency Procedures" p.94/120 (Los Angeles Unified School District. Office of Environmental Health and Safety. Revised June 5, 2003)

地震訓練は、地震その他の、飛翔物・落下物の危険性が存在する非常事態において最大限の安全を確保する為に行なわれる。前以ての警告又は合図は通常用いられない。訓練実施時には、教師が生徒の監督を行ない、訓練全体を通じて、各生徒の姿勢に注意すること。
開始のきっかけ:次の校内放送で訓練が開始される。
お知らせがあるので聞いてください。お気付きのように、何からの地震現象が発生中です。全員の安全を確保する為に、生徒の皆さんは教職員がするのと同じようにして「ふせ! まもれ!」動作をとって下さい。つまり、テーブル又は机の下で安全な姿勢をとり、窓その他の落ちたり倒れたりしてきて怪我を負うことになりそうな物から離れていていて下さい。そして、地震の揺れが止まるか、新しい指示があるまでは、その姿勢でじっとしていて下さい。

この例では、"Duck, Cover and Hold" ではなく、"Follow Staff Duck and Cover" と云う標語が使われている (放送文の後の方で、"Hold" もでてくる)。このマニュアルの作成者は、未成年者に対しては、まず教職員が手本を示して、学生・学童達には、教職員の真似をする ("Follow Staff") ようにさせるのが一番確実だと考えている訣だ。

次は、"Code Red Training Associates" と云うウェブ・サイト中の「大地震」(the big one) に備えるた学校 ("Los Altos and Mountain View" とあるから、これもカリフォルニア州の学校だろう) の地震訓練を紹介した週刊誌記事の一部。そこでは「校内放送」ではなく、学校職員が口頭で "Duck and cover" を伝えている (やはり "Hold/Hold on" は脱落している):

Local schools prepare for 'the big one'
Los Altos Town Crier
Issue 22, Published on Wednesday, May 28, 2008
By Traci Newell.

It's 10:45 a.m., and students all over Los Altos and Mountain View hear an announcement from their respective school officials - "Duck and cover, a major earthquake is striking the area."
--School Earthquake Preparation

「大地震」に備える当学区の学校
ロス・アルトズ・タウンクライア
2008年5月28日 (水曜) 第22号
トレィシ・ネウェル記事

午前10時45分、ロス・アルトズ及びマウンテン・ヴュー学区全域の学校生徒たちは、それぞれの学校の職員が「ふせ! まもれ! この地域で大きな地震が発生しています」と触れ回っているのを耳にした。

カリフォルニア州サンタクルーズ郡 (Santa Cruz County, California) 教育局 (Santa Cruz County Office of Education) 発行の緊急時対応マニュアル第4章「緊急時の対応 (Chapter 4: Emergency Response)」では、落下物等の危険があるような状況では "Duck, Cover and Hold On" で対処すると云う一般的な指示の後、次のように書かれている:

The call to "duck and cover" is usually initiated by classroom teachers. In the event of an earthquake, the ground-shaking initiates the Duck, Cover and Hold On procedures.
For all other events:
Make an announcement over the PA system*:
"Duck, cover, and hold on. Stand-by for further instructions."
Repeat Twice
*If you do not have a PA system or bell code system, and it is safe to do so: send runners to each classroom with above information. Be sure all classrooms, libraries, cafeterias, gymnasiums, and all other on-campus programs and offices are also notified.
--"Chapter 4: Emergency Response" p.25/57 (Santa Cruz County Office of Education)

「ふせ! まもれ!」と云う呼びかけは、通常、担当中の教師が発すること。ただし、地震の場合には、地震発生をキッカケにして「ふせ! まもれ! つかめ! 」動作を始めること。
その他の場合では
校内放送を用いて、次の放送文を流すこと*:
「ふせ! まもれ! つかまれ! 次の指示を待ちなさい。」
これを2度繰り返すこと。
*校内放送設備又はベル・コード設備 (bell code system) がない場合には、安全が確保されていると云う条件の下で: 連絡員を用いて各教室に上記の情報を知らせること。全ての教室、図書室、食堂、体育館、その他全ての校内活動が行なわれている場所及び事務部門に、もらさず連絡を行うこと。

つまり、暴動・爆発・土砂崩れ等の(我ながら奇妙な言い方だが)「一般の緊急時」は "Duck, Cover and Hold On" は教師が指示するするよう規定されているが、地震の発生時に限っては、教師の指示を俟つことなく "Duck, Cover and Hold On" を行うことになっている。そして、校内放送 (又は人的手段) による連絡は、地震時には期待されていないし、又に「一般の緊急時」においても校内放送 (又は人的手段) よる呼びかけは副次的な手段という扱いである。

"Drop, Cover, and Hold on" ではなく、建物を退去することが求められる例を引用しておく。ケンタッキー大学 (University of Kentucky) 農学部 (the College of Agriculture) の "Veterinary Diagnostic Laboratory (「動物疾病診断研究所」とでも訳すべきか) の緊急時対応マニュアル "Building Emergency Action Plans: University of Kentucky Veterinary Diagnostic Laboratory" (学部長事務室 --Office of the Dean-- 発行) に緊急時館内放送の文例が纏められていおり、その内の「地震」の場合の例は次のようになっている。

Earthquake
"Attention all building occupants. An earthquake has just occurred. All building occupants should immediately and calmly evacuate the building. Do NOT use the elevators. Once outside, please congregate at our designated assembly area. Remain there for roll call and further instructions"
--"Building Emergency Action Plans: University of Kentucky Veterinary Diagnostic Laboratory" p.22/23 (Office of the Dean)

地震時
「館内にいる人たちに全員お知らせが有りますのでお聞きください。ただ今、地震が発生しました。館内にいる全ての人たちは、落ちついてただちに建物から退去して下さい。エレベーターは使用禁止です。退出後は、所定の集会場所に集合して下さい。そこで、そこで総員点呼及び次の指示がありますので、それを待ってください。」

付言しておくと、この "Veterinary Diagnostic Laboratory" は最近 (2010年後半?) まで "Livestock Disease Diagnostic Center (LDDC)"「家畜疾病診断センター」と呼ばれており、このマニュアルも LDDC 時代のものをそのまま使っているようだ。

最後に、カリフォルニア州全域で、現地時間2011年10月20日午前10時20分から開始されると云う地震訓練 "the 2011 Great California ShakeOut!" での放送文案 (この「放送」は "broadcast") を紹介しておく。 60秒版と2分45秒版の2種類が有るが (両者とも原文は "ShakeOut - ShakeOut Drill Broadcast Transcript (English)" で見られる)、やはり「津波」への意識は、それほど鋭くなく、実際に地震が起きた時に海岸近くにいた場合は、徒歩で速やかに高台、又は海岸から離れた場所へ移動するようにと云う呼びかけがなされているだけで実質的な訓練は行なわれそうもな無かったり (60秒版)、「詳しくはウェブで」といった情報だけだったりする (2分45秒版)。

2分45秒版では「今回は訓練なので自動車を実際に止める必要はない」と云った注意もあるから、やはり訓練としての「メリハリ」を付けているところはあるのだろう。米国民にとって「津波」は「メリ」なのだと云うことだけなのかも知れない。

Below is a transcript of the drill broadcasts to be played at 10:20 am on Thursday, October 20, 2011.

Great California ShakeOut
Drill Broadcast Text, 60 second version

This is the Great California ShakeOut. You're joining millions of Californians in the largest earthquake drill in US history. Practice now so you can protect yourself during a real earthquake.

This is an earthquake drill. Right now, DROP, COVER. AND HOLD ON.

Unless you are driving, DROP to the ground now: if you are standing during a large earthquake, the ground might jerk strongly and throw you down. Take COVER under something sturdy to protect yourself from objects being hurled across the room. HOLD ON to it until the shaking stops. If you can't get under something, stay low and protect your head and neck with your arms.

Now look around. What objects might fall or be thrown at you in an earthquake, that you should secure in place now?

Finally, strong earthquakes may trigger tsunami. If you're near the beach during an earthquake, DROP, COVER, and HOLD ON, then walk quickly to high ground when the shaking stops.

This drill is over. Visit ShakeOut.org for simple steps to help you survive and recover from a major earthquake, including how to secure your space. Thank you for taking part in the Great California ShakeOut!

Great California ShakeOut
Drill Broadcast Text, 2 minute 45 second version

"This is the Great California ShakeOut. You are about to join millions of Californians in the largest earthquake drill in U.S. history. Practice now so you can protect yourself, without hesitation, during a real earthquake.

"This is an earthquake drill. Right now, DROP, COVER, AND HOLD ON. Again, this is an earthquake drill. This is not a real earthquake.

"Unless you are driving, DROP to the ground immediately; take COVER by getting under a sturdy desk or table; HOLD ON to it until the shaking stops. If you can't get under sturdy furniture, stay low and protect your head and neck with your arms. If you are indoors, stay indoors. If you are outdoors, stay outdoors. Injuries are more likely when you try to move around.

Right now, imagine what would be happening around you during a major earthquake, with strong shaking that could last from a few seconds, up to two minutes. You would be experiencing sudden and intense back and forth motions of up to six feet per second. The floor or the ground would jerk sideways out from under you; that's why you must DROP, COVER, and HOLD ON. Every unsecured object around you could topple, fall, or become airborne, potentially causing serious injury. Look around and imagine: What would fall on you or others? What would be damaged?

"This is an earthquake drill. If you are in a high-rise or a public building: DROP, COVER, and HOLD ON. Do not use elevators.

"If you are outdoors: Move to a clear area away from wires, buildings, and anything else that could fall and hurt you, but only if you can safely do so. If there is something sturdy to get under, DROP, COVER, and HOLD ON. Otherwise, sit on the ground until the shaking is over.

"If you are in a stadium or theater: DROP, COVER, and HOLD ON. Protect your head and neck with your arms. Don't try to leave until the shaking is over.

"If you are in bed, stay there and hold on; protect your head with a pillow.

"If you are driving, don't do anything now. During an actual earthquake, coast over to the side of the road, stop, and set the parking brake. Avoid bridges and overhead hazards. Stay inside the vehicle until the shaking is over.

"It's been two minutes, and the shaking is over; but after a real earthquake, there will be aftershocks. What can you do now, before a real earthquake, so that you can reduce your losses and recover as quickly as possible? If you live along the coast, what do you need to know, and do, to project yourself from a possible tsunami? Visit ShakeOut.org learn more about how to prepare, protect, and recover. You can also share stories or photos of your ShakeOut drill.

"This concludes our earthquake drill. Thank you for participating in the Great California ShakeOut, the largest earthquake drill in U.S. history."

--"ShakeOut - ShakeOut Drill Broadcast Transcript (English)"

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「東日本大震災」の文脈内での「避難所」・「避難者」・「避難者数」の英訳

いささか「時務」に亘る話柄なので、本ブログの趣意に悖るが、かなり頻繁に関連するアクセスがあるので、簡単に書いておく。

シバシバ日本人が書く英文において「避難」の英訳として用いられる "evacuation" は、その中心にあるのは「無人化」と云う概念であり、現在日本社会に馴染みやすい用語を使うなら「退避指示」又は「退避勧告」又は「立ち入り制限 (命令)」(本来「命令」と云う言葉を付けるべきなのだろうが、日本の行政は「命令」と云う言葉を使いたがらないようだ) が最も妥当することになるだろう。

今回の「東日本大震災」で実行されたかどうか寡聞にして知らないが、災害時の "evacuation" には、所謂「ペット」や家畜の "evacuation" もあり得る。この場合は「無人化」と云う用語は馴染まない訣だが、発想は「無『人』化」と同じである。なお、アメリカ合衆国ルイジアナ州農業・森林監理局 --Louisiana Department of Agriculture and Forestry-- のウェブページ "Animal Evacuation Information" を参照の事。

だから、福島の原子力発電所からの放射性物質噴出に伴う立ち入り制限区域のことを英文メディアは "evacuation zone" (Nature News Blog: High radiation levels outside Fukushima evacuation zone) とか "evacuation area" (Pro Nuclear Democrats: Fukushima I Nuclear Power Plant: The Facts So Far) と表現した訣だ (おそらく "evacuation zone" の方が英語としてこなれていると思う)。

従って、JIS の [標準案内図記号] の「広域避難場所」に "Safety evacuation area" と云う「英語」が付されているのは問題がある。英語のネイチブ・スピーカーが、本来とは逆の意味に取ってしまう可能性があるからだ。

では「避難所」はどう英訳すべきか?

[災害(地震)対策文書中の用語「避難所/避難場所」の英訳としての "evacuation area" に就いて] (2006年1月19日[木]) において、私は "refuge" を第一候補として挙げておいた。やや補足して "refuge zone" 又は "regional refuge" ぐらいにすると、「災害用語」らしくなると、後知恵ながら思いついたが、その時は、だからといって、補足修正しようと迄は考えなかった。

が、「東日本大震災及び広域的放射能汚染事件」後の現在は、事情が改まっている。 "refuge" では ("refuge zone" 又は "regional refuge" であっても) 一般的過ぎて、「発生するかもしれない災害を見越しての案内のための」と云う文脈には載りえても、「天災・人災を含めて具体的な災害の被害者のための」と云う文脈にはそぐわないからである。

かといって、別段私がしゃしゃり出てアレコレ述べたてるほどのことではないことであるだろうと、思っていた。少し調べれば解決が付くことだからだ。だから、[避難所 英語] と云うたぐいのキーフレーズで、このサイトを訪問される方が頻頻とあっても、無視してきた。しかし、本ブログへのそうしたアクセスが一向に治まりそうもないのだな。で、まぁ、こんなことを書いている訣だ。

そこで、まず「避難所」より「避難者」をどう訳すかが問題になる。新たの文脈では「避難所」とは現実に「避難者」が生活している場だからだ。

「避難者」は "refugee" (単数) と訳されることがある。しかし "refugee" が「亡命者」又は「政治難民」が中心語義であることが示すように、その含意には「迫害回避のための本来的帰属地からの自発的離脱」が基本にある ("refuge" 中の "fuge" は、「逃亡者」を意味する英語の "fugitive" や「逃亡」を意味し、音楽用語としては「遁走曲」と訳されることもあるイタリア語の "fuga" と同じく、「逃げる」を意味するラテン語の動詞 "fugere" が語源になっている)。

東日本大震災に起因して現在、所謂「避難所暮らしを余儀なくされている」人々は、むしろ "evacuee" (単数) と英訳されるべきなのだ (日本発のものを含めて、英文メディアでは普通に使われている)。特に、東京電力福島第一原子力発電所からの放射性物質噴出に起因する (何だか厭らしい言い方だが)「健康被害」を避けると云う名目の下で、"evacuation zone" から排除された人々はまさに "evacuees" (複数) と謂って良いだろう (ちなみに、1941年の日本軍による真珠湾攻撃の後、合衆国政府により収容所での生活を強制された日系米国人も "evacuees" と呼ばれる)。

そこで、この文脈における「避難所」は、どう訳すべきかと云うと、その規模や様態により、一様ではないような気がする。基本的に "evacuees" が入る訣だが "evacuees shelter", "evacuees center", "evacuees camp" (やや微妙だが"evacuees housing" もありうる) などと考えられる (細かいことを言うなら "evacuees" の後にアポストロフィを入れて "evacuees'" とすべきなのかもしれない)。

最後に「避難者数」はどうかと言うと "the evacuee population" ぐらいだろうが、勿論 "the number of evacuees" でも大丈夫だろう。

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メモ: 災害用語としての "evacuation" の訳語

最近 [evacuation 意味] と云ったたぐいのキーフレーズでこのサイトを訪れる方が多いようだ。その理由は容易に想像がつくが、「時務を論ぜず、不用不急の話題に終始する」をモットーとする本ブログとしては、話題とするのははばかられるところがある。それに、冷静な判断を放棄することを誠意の証明であると勘違いしている人々が多い社会では、ピンポイントの情報は、それが「正しい」かどうかとは別に、短期的には事態の紛糾を助長する可能性があることを考えると、そうしたことに関わりたくないと云う所もある。

しかし、それでも以前書いた記事への補足を行う必要に気がついた場合には、「必要なことは必要」と云う原則に従って行為するのに吝かではない。

そこで、以下の文章は、誰彼と何らかの議論を行う意図を全く持っておらず、それどころか、何らかの議論のキッカケになることを望むものでもなく、単に以前書いた記事の補足としてのみ書かれたと云うことを注意しておく。

本ブログの [災害(地震)対策文書中の用語「避難所/避難場所」の英訳としての "evacuation area" に就いて] (2006年1月19日 [木]) で指摘したように、「避難場所」に "evacuation area" と云う英語を当てることには若干の問題がある。English natives が "evacuation area" (及び "evacuation zone") と聞いたり読んだりしたら、災害時に「そこへと避難する場所」ではなく、「そこから退避する場所」と受け止められる可能性が大きいからだ。

何故なら、英語が標準的言語である社会で発行された文書中でも "evacuation area" (及び "evacuation zone") が、日本語の「避難場所」と同義に使用されている例もあることはあるが、災害用語としての "evacuation area" (及び "evacuation zone") の多くは、日本語で表現するなら「[避難勧告/避難命令]対象地域」とでもいえる場所に関連して用いられているのである。

何故このような「捻じれ現象」が起きたのかと改めて考えてみると、恐らく "evacuation" を安易に「避難」と訳してしまったからだろう。日本語の基本的発想は「主体と客体と行為」の枠組みではなく「場と状況」の枠組みで起こるので、「避難場所」にしても、「避難 (の為に人間が逃げ込む) 場所」と云う捉え方ではなく「避難 (した人間がいる) 場所」と云う捉え方をして「避難」+「場所」だから "evacuation" + "area" としてしまったのではないか。

しかし、"evacuation" を災害用語として訳すならば、端的には「無人化」とでもすべき語感があるのだ。勿論、訳語としては「避難」の方が適当である場合もあるだろうが、その底意は「避難による無人化」である。

確かに完全な「無人化」と云うことはまず不可能であって「必要な要員」や「『それでも残った』住民」と云った例外はありうるから、文脈により「無人化した地域」にも「無人化が期待される地域」にもなるのだけれども、そうした留保をした上でならば "evacuation area" や "evacuation zone" は「無人化地域」になるのである。

もっとも「避難通路」を "evacuation route" と訳すのは一向に構わない。それは「無人化誘導路」と云う語感であるからだ。

そして、やはり日本の文書等で「避難場所」の英訳として用いられている "evacuation site" は、「無人化実施用地」と云う語感であって、これは確かに日本語の「避難場所」としての意味を持つ。

ここで、災害用語としての "evacuation" (動詞として "evacuate") を「無人化」(動詞として「無人化する」) と訳すことの妥当性を幾つかの実例で検証しておく。

まず、モスクワ現地時間1986年4月26日に発生したチェルノブイリ原子力発電所事故に関する、英文版ウィキペディアの記事 "Chernobyl disaster" (last modified on 28 March 2011 at 14:40) から (なお、日本語版ウィキペディアの記事 [チェルノブイリ原子力発電所事故] も参照のこと):

Evacuation of Pripyat
The nearby city of Pripyat was not immediately evacuated after the incident.The general population of the Soviet Union was not informed of the disaster until April 29; during that time, all state-run radio broadcasts were replaced with classical music (a common method of preparing the public for an announcement that a tragedy had taken place).
--"Chernobyl disaster - Wikipedia, the free encyclopedia" (last modified on 28 March 2011 at 14:40)
プリピャチの無人化
近隣の都市であるプリピャチの無人化は、事故直後に行なわれたのではなかった。ソビエト連邦の一般人が事故に就いて知らされたのは4月29日になってからであり、それまでは、国営放送ラジオの番組全てがクラシック音楽に切り替えられたのである (公衆に悲しむべき出来事の発表があることを覚悟させるための一般的方法だった)。

英文版ウィキペディアの記事からもう1例引用する。これはチェルノブイリ原子力発電所事故による立入禁止地域に就いてのの記事:

Infrastructure
The industrial, transport, and residential infrastructure has been largely crumbling since the 1986 evacuation.
--"Chernobyl Nuclear Power Plant Exclusion Zone - Wikipedia, the free encyclopedia" (last modified on 27 March 2011 at 10:31)
社会基盤
産業・交通・居住者の為の社会基盤は、1986年の無人化以来、大きく崩壊してしまってきている。

もっとも「無人化」と言っても、次のような例もある。

An email message to American citizens from Ambassador John V. Roos in Japan says US officials recommend an 80km radius Fukushima evacuation zone.
--DigitalJournal "US govt recommends 80 Km Fukushima evac zone; currently 30km" (Mar 16, 2011 by Mark Weitzman)
駐日米国大使ジョン・ヴィクター・ルースから米国市民に配信された電子メールによるなら、米国当局は、福島での無人化地域の半径を 80km とすることを推奨しているとのことである。

勿論、ここで「無人化」を期待されているのは「米国市民」であって、「日本国民」その他の市民ではない。だから「立入禁止」とか「立入制限」とでも訳した方が良いだろう。それでも、駐日米国大使が望んでいるのは、作戦中の米国軍人を除く一般米国市民が福島の原子力発電所から80km以内に一人もいなくなることであるだろう。

そして、用語の発信源に日本社会が絡むと推定される場合には "evacuation" の意味が曖昧になってくる (どうやら、今の日本社会では「避難」は「念のため」にするものらしい)。次は科学雑誌 "nature" の電子版ニューズの一節である ("evacuation" を「無人化」と訳すと文意が奇妙になるので「」で括っておいた)。

High radiation levels outside Fukushima evacuation zone - March 17, 2011
As more radiation monitoring equipment arrives in Fukushima prefecture, we're starting to get a sense of just how far the radioactive material from the stricken Fukushima Daiichi nuclear plant is travelling. Surprisingly high doses have been seen outside the evacuation zone set up by the government.
--The Great Beyond: High radiation levels outside Fukushima evacuation zone
福島「無人化」地域外で高い放射線レベル - 2011年3月17日
福島県内での放射線モニター機器設置数が増加するに応じて、事故のあった福島第一原子力発電所からの放射性物質が何処まで飛散しているのか明確に判断できるようになってきているが、政府が設定した「無人化」地域外で驚くほどの高い線量が検出されている。

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「水は命だ」をオランダ語で言うと...

本日四更 (2011/02/04 01:56)、キーフレーズ [水は命だ in het nederlands] で、このサイトを訪問された方がいらしたようだ。

単純に "water is leven" ではいけないのだろうか?

water is leven
(2011-02-15 [火] 10:00: 後ればせながら、日本語ネイチブでない方が、日本語の「水は命だ」のオランダ語訳を求めていらっしゃる可能性があることに気付いたので、この画像を補足しておく。)

どうも質問の趣旨が腑に落ちないのは、生ログのデータを見る限り、訪問者はベルギーのオランダ語圏に在住の方らしく見える。当然 "water is leven" 程度のオランダ語表現は、日常的に接していらっしゃるようにも思えるのだ。(2011年2月4日16時過ぎ訂正。ユーザエージェント、つまり、ブラウザの指定言語はオランダ語なのだが、それでも、オランダ語圏に在住されているとは限らないことに気が付いた。とは言え、ベルギー国内なら、オランダ語に接する機会はそれなりにあるだろうから、一応この部分は残しておく。)

ただ "Water is leven" と云うオランダ人画家 Henk Hofstra による芸術プロジェクトがあるらしく、こんなことをしていて、それと関係があるのかもしれないとも思ったりする。

それから Flickr には、"005 Water is leven - L'eau, c'est la vie" と云う写真があった。アントウェルペン (Antwerpen) (ベルギー第2の都市。日本ではシバシバ「アントワープ」と呼ばれる) 動物園 (ZOO Antwerpen) で何かのイヴェントがあったのだろうけれども、詳細は不明。

なお、"Water is Life" と云うと、世界の水資源問題が語られる時の定番のスローガン。

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「ラテン語ミサ」中の「回心の祈り」

昨日夜 (2010/06/13 22:55:30)、キーフレーズ [回心の祈り ラテン語 全文] で、このサイトを訪問された方がいらしたようだ。

恐らく、ラテン語ミサ中の "Confiteor" の下りのテキストをお探しなのではなかろうかと思える。

それならば、このサイトの [フランス語で「主の平和」] で引用した、所謂 [「トリエント・ミサ」におけるものの羅仏対訳版 "Ordinaire de la Messe selon le Rite de Saint Pie V: latin-francais" を見るなら、ある程度の事は知れるのではないかと思われる。

もっとも、この「対訳」は、スクリーン上ページが整序していないので、本当の「対訳」になっておらず、使いづらいかもしれない

そう思って、少しネット上を行き来していたら [Per Mariam Ad Deum. マリア様を通して神様へ/告白の祈りいろいろ] と云うウェブページを見つけて、参考になったので、ここに書いておく。

そこで引用されている「ローマ式 (Romanum) のコンフィテオル (主司式司祭に対する場合の)」を、「孫引き」すると

Confiteor Deo omnipotenti, beatae Mariae semper Virgini, beato Michaeli Archangelo, beato Joanni Baptista, sanctis Apostolis Petro et Paulo, omnibus Sanctis, et tibi, pater, quia peccavi nimis cogitatione, verbo et opere: mea culpa, mea culpa, mea maxima culpa. Ideo precor beatam Mariam semper Virginem, beatum Michaelem Archangelum, beatum Joannem Baptistam, sanctos Apostolos Petrum et Paulum, omnes Sanctos, et te, pater, orare pro me ad Dominum Deum nostrum.
--Per Mariam Ad Deum. マリア様を通して神様へ/告白の祈りいろいろ

ただし、上記ウェブページでは、この後に、"Misereatur vestri omnipotens Deus, et, dimissis peccatis vestris, perducat vos ad vitam aternam." と云う引用もあるが、これは [司祭が告白した罪への神の許しを願う] 信徒側の応唱。その後に司祭側の "Amen." が付く。また、上記ウェブページでは引用されていないようだが、この後に司祭と信徒とが「告白」と「神の許しの祈願」との立場を交換する。

私のような不信心な者には、"Deo" と "pater" が言い分けられているのが興味深かった。

現在では、[第2バチカン公会議] (1962年--1965年) に応じ1969年に発布された新しい典礼様式によるミサ ("Novus Ordo Missae" 或いは「パウロ六世のミサ」) の採用が進んでいて (勿論「守旧派」もいる。ただしトリエント・ミサが廃止されている訣ではなく、その存続がカトリック協会によって認められいる)、この場合は現地語でミサが唱えられるが許されている。そして実際に [現地語ミサ] の採用が広まっているらしいが、それでもラテン語版が正式とされている訣で、そこでも勿論「回心の祈り/告白の祈り」は存在する。

今回調べていて、一番興味深かったのが、所謂「新ミサ」においては司祭の「回心の祈り/告白の祈り」が削除されて、信徒団のものだけになっていたことだった (これに対しては「守旧派」の激しい反発があるらしい)。

Confiteor Deo omnipotens et vobis, fratres, quia peccavi nimis cogitatione, verbo, opere et omissione: mea culpa, mea culpa, mea maxima culpa. Ideo precor beatam Mariam semper Virginem, omnes Angelos et Sanctos, et vos, fratres, orare pro me ad Dominum Deum nostrum.
--Mass of the 1970 Missal (Ordo Missae) Liturgy of the Word

随分簡単になっている。これに対し司祭が次のように答える。

Misereatur nostri omnipotens Deus et, dimissis peccatis nostris, perducat nos ad vitam aeternam.
--Mass of the 1970 Missal (Ordo Missae) Liturgy of the Word

この部分は、殆ど変わっていないが、末尾近くで "vos" が "nos" に変わっているのは重要だろう。つまり「司祭」は「信徒団」の一人と云う格付けである訣だ。

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アメリカ合衆国市警察のロゴ

先程 (2009/10/12 01:10:40)、キーフレーズ [合衆国市警察ロゴ] で画像検索 (google) されていて、このサイトを訪問された方がいらしたようだ。

若干興味が引かれて、キーフレーズ ["united states" police department logo city] で google 検索すると、その結果のトップが [Best Brands of the World] と云うサイトの [City of Philadelphia Police Department logo] と云うページだったんだが、これは「ジョーク」作品だろうな。記章の中のモットーが "COFFEE", "DONUTS, "CORRUPTION" (「コーヒー」、「ドーナッツ」、「腐敗」)と、当て擦りめいた文言になっているのだ。

ここは、地道に、英文版ウィキペディアのカテゴリページ [Category:Municipal police departments of the United States] をベースにして、アメリカ合衆国地方自治体警察の各記事をブラウズし、そこに「ロゴ」が掲載されているかチェックした方が確度が高いような気がする。

因みに、英文版ウィキペディアのフィラデルフィア市警察の記事 ([Philadelphia Police Department (Pennsylvania)]) によるなら、その記章に書かれているモットーは "HONOR", "SERVICE", "INTEGRITY" (「道義」、「奉仕」、「廉潔」と謂ったところか)。

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今日は初午。練馬区高松の地口行灯

東京都練馬区高松に、所謂「激安スーパー」である [業務スーパー練馬店] (東京都練馬区高松3-21-18) があって、時時買い物をする。だから、その敷地の中に、恐らく以前はそこに大きな屋敷 (農家) があっただろう名残と思われる稲荷祠があることには気が付いていた。

いま google map のストリートビューで確認してみたら、看板や木が邪魔をして屋代そのものは見えづらいのだが、鳥居ぐらいは見ることができた (航空写真では、屋代の赤い屋根が見える)。

その [業務スーパー] に、たまたま昨日今日 (2009年2月5日・6日) と行く用事があったのだが、その「お稲荷さん」に地口行灯 (地口行燈) が五・六灯飾ってあったのだな。「ああ。そう言えば、もう初午なんだな」と思ってしまった。調べてみたら今日 (「こんにち」と読んでいただきたい) 2月6日が初午だった。

しかし、顧みてみると、初午に地口行灯が飾ってあるのを実見したのは初めてかもしれない。子どものころ見たことがあるかもしれないのだが、だとすると、忘れてしまっている (そう言えば、去年だったか一昨年だったか、板橋の下頭橋の豊敬稲荷だったかの前を初午の日に通りかかったら、太鼓が柵柱に吊り下げてあって、誰でも叩けるようにしてあったのを見た記憶があるが、その時にも地口行灯はなかったようだ)。

勿論、地口行灯そのものは、北千住の商店街や浅草寺門前の伝法院通りで見かけたことがあるのだが、あれは観光用であって常時掲げられており、初午とは関係ない。

今日見た地口行灯で私が読み取れたものはたった二つで、曰わく「小狐三本桜」と「狐道成寺」だけだった。まぁ「義経千本桜」と「娘道成寺」ぐらいなら私でも知っていると云うだけのことなのだが、そのほかも全て「狐」で通しているらしかった。かってそう云う風習があったのだろうか。浅学にして、その有無を承知しないのが残念である。

原稿を書いているうちに日付が変わってしまったが、このまま投稿することにする。

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日本語版ウィキペディアの「サニャック効果」に対する誤った解説について。付けたし:欧州宇宙機関の HYPER プロジェクト

日本語版ウィキペディアの [サニャック効果 (最終更新 2008年12月10日 (水) 12:32)] の冒頭はこう始まっている。



サニャック効果( - こうか、Sagnac effect)は光に関する物理現象の一つで、特殊相対性理論で説明される現象によって、光路中を進む光の速度がその光路の運動に関係なく一定である為に、光路の運動によって光路の長さが変わったかのように見える現象である。
--サニャック効果 (最終更新 2008年12月10日 (水) 12:32)

しかし、この文章は物理学上、殆ど意味をなさない。僅かに、意味があるとしたら、相対論に就いての初歩的な勘違いの見本に使えるかもしれないと云ったぐらいだろう。

これが、実質的に一人の著作になるものなのか、あるいは「多くの船頭」がいたのかを確かめるほどの茶人では私はないし、また分かったとしても、他人様の頭の上の蝿を追う趣味はないので、以下は、誰彼の責任を追及するものでは全くないことを断わったうえで、話を続けていく。

この文章中の「光路」が如何なる意味で使われているのかが、まず問題になる。相対論で、時空中を自由な光が進む軌跡は所謂「ゼロ測地線/zero geodesic」(或いは「ヌル測地線/null geodesic」) になる。しかし、「光路の運動」と云う表現が物理的意味を持つには、「光路」がゼロ測地線そのものであることは難しいだろう。勿論、ゼロ測地線とは別のものである可能性もない訳ではないが、しかし「光の速度が...一定」であると言っている以上、ゼロ測地線の「空間」(「時空」の「空」部分) への投影を、時間をパラメータとして表現していると推定するのが最も妥当と言うべきだろう。勿論、これは「時空多様体」に「時間軸」を含む大域的な座標軸が存在している場合の話だが、「サニャック効果」が主題となる文脈では、この条件は満たされていると考えて良いだろう。

つまり、「光路の運動」とは、ゼロ測地線が載っている座標系が、観測者が載っている座標系に対して運動していると云うことを言いたいのだと考えることができる。

これを念頭に置いて、改めて、ウィキペディアの文章を読むと、「特殊相対性理論で説明される現象によって、光路中を進む光の速度がその光路の運動に関係なく一定である」となっていて、これだけで、この文章は「アウト」なのだ。

特殊相対論が言っているのは、異なる慣性系が互いに等速直線運動をしているなら (まぁ、一方の慣性系から見て、他方の慣性系が等速直線運動をしているなら、自動的に、その逆がなりたっているのだが...) 、真空中を進む同一の光の速度を、どちらの慣性系の時間と空間距離を以って測っても同一になると云うことだけである。

しかし、特殊相対論では、基本的には、それ以上のことは言えない。

一般の時空多様体は、ミンコフスキー空間 (つまり慣性系) を貼り合わせた構造を持つので、局所的には、慣性系になっている。従って、観測者が載っている局所座標系を取り敢えずは慣性系と見なすことは可能である (そして、それに載っている観測者自身に対しては静止している。以下、こうした座標系を「静止座標系」と呼ぶことにする)。しかし、静止座標系を作るのと同一の手続きで、真空中の光をゼロ測地線として載せいてる別の座標系を、静止座標系に対して等速直線運動をする慣性系にすることは一般には不可能である。そして、大雑把な言い方では、(サニャック効果に沿った例を挙げると) 静止座標系に対して回転運動する座標系に載っているゼロ測地線としての光の速度を静止座標系に乗っている観測者が測ると、一般には (具体的には、例えば、空間中、回転の接線方向に光が進んでいる場合など)、特殊相対論の謂う「真空中の光速 c」にはならない。

ここで「権威」を持ち出して議論の補強ような愚劣なことをする積もりはないが、それでも一般相対論の優れた解説者の言葉を引用しておくのも無駄ではないだろう。

重力場が存在すると、その自然な「光路」が屈曲することから得られる結論を論じて、アインシュタインは、次のように説明する:

In the second place our result shows that, according to the general theory of relativity, the law of the constancy of the velocity of light in vacuo, which constitutes one of the two fundamental assumptions in the special theory of relativity and to which we have already frequently referred, cannot claim any unlimited validity. A curvature of rays of light can only take place when the velocity of propagation of light varies with position. Now we might think that as a consequence of this, the special theory of relativity and with it the whole theory of relativity would be laid in the dust. But in reality this is not the case. We can only conclude that the special theory of relativity cannot claim an unlimited domain of validity ; its results hold only so long as we are able to disregard the influences of gravitational fields on the phenomena (e.g. of light).
--Albert Einstein. "Relativity: The Special and General Theory" (1920) Part II. Section 22. "A Few Inferences from the General Theory of Relativity" - Wikisource

この結論の2つめ重要な点としては、一般相対論に従うなら、特殊相対論の2つの基本的仮定の一方をなし、本書でしばしば言及されてきた真空中の光速度一定の法則が、無制限な妥当性を主張できなくなると云うことである。光線が屈曲すると云うことは、光の伝搬速度が場所によって変化しなければ起こりえない。この結果、特殊相対論と、相対論に関わる全ての理論が一敗地に塗れると云う風に考えることになるのだろうかと云うなら、事実はそうではない。これは、特殊相対論が妥当性を主張できる範囲は無制限ではなく、その結論は、(例えば、光の) 現象への重力場の影響が無視できる限りにおいてのみ成立すると云うだけのことなのであると言える。
--アルベルト・アインシュタイン「相対論:特殊と一般」(1920年)。第2部第22章「一般相対性原理からの幾つかの結論」

ただし、ドイツ語原書 "Über die spezielle und die allgemeine Relativitätstheorie" が出版されたのは 1916 年らしい。

一応補足しておくと、「光速度不変の法則」が成立しなくなるのは、静止座標系から加速度系を観測する場合であって、ゼロ測地線としての「光路」が載っている座標系自身において (つまり、その固有時間で) 光の速度を測るなら、その座標系が静止座標系に対して如何なる運動をしていようとも、所謂「真空中の光速度」になる。これはつまり、ゼロ測地線が座標変換してもゼロ測地線に移ると云うことである。さらに言うなら、このことは、物理法則が座標変換に対して共変的であらねばならないと云う、一般相対論の要請に従っている。つまり、「光速度不変の原理」と行ったものがあるなら、特殊相対論より一般相対論の方に馴染んでいるのだ。

これは、上記引用したアインシュタインの言葉尻とは一見異なるが、「光速度不変の原理が破れる」と云うのは、一般相対論が登場したばかりの当時 (例えば "Die Grundlage der allgemeinen Relativitätstheorie" の発表は1916年) として、啓蒙書において特殊相対論側から見た言い方をしたまでのことで、一般相対論側から表現すれば、固有時間で計った光速度は常に一定である。

これに対し、GPS により一般相対論が生活の中に入り込んでいる現在にあっては、メートル法自体が、距離の定義を一般相対論による「光速度不変の法則」に基づくようになっている。つまり、現在の国際単位系 (SI -- フランス語 "Le Système International d'unités" の略) では、長さの基本単位 1メートルを、光が真空中を 1/299,792,458 秒間に進む距離として定義されている (1983年) のは (第2.1.1.1項。Le Système international d’unités" 第8版 2006年 p.22 (仏文) p.112 (英文) 参照)、たとえ加速度系中で測定したとしても、「固有時間」の厳密性が精度良く担保される限り、その「固有時間」で測定した光速度は不変であることを踏まえているのだ。これに対応して「国際度量衡委員会 (CIPM -- フランス語 "Comité international des poids et mesures" の略。英語では "International Committee for Weights and Measures)")」の2002年の勧告では、一般相対論を考慮して、実際にメートル単位を構成する場合には、光路の長さを、固有時間の進み方に影響を与える重力ポテンシャルの不均一性が発生しないような短さに留めるよう求めている (国際度量衡局 [BIPM -- フランス語 "Bureau International des Poids et Mesures" の略] "Le Système international d’unités" 第8版 2006年 付録1. p.78 (仏文) 及び p.167 (英文) 参照)。

日本語版ウィキペディアの記載にとって皮肉なことに、「光路中を進む光の速度がその光路の運動に関係なく一定である」と云う表現に、幾らかでも物理的な意味を付与しようとするなら、それは、特殊相対論では不可能で、一般相対論によらねばならないのだ。


サニャック効果自体に就いても少し書いておこう (ただし、以下の内容は、このブログで既に書いてあることも多い)。

サニャック効果を論ずる場合は、空間中の光の伝搬速度としての「光の速度」と、時空の構造定数としての「(真空中の)光の速度」とを分けて考える必要がある。サニャック効果の成立にとり、空間中の光の伝搬速度は、本質的な重要性は持たない。

だから、光ファイバー中を、「(真空中の)光の速度」の速度をかなり下まわる伝搬速度で進んでも (勿論、表式中には光ファイバの屈折率が現れるが) 成立する。

また、「光路」がゼロ測地線である必要もない。サニャック効果に関わるのは、空間中の単純な径路である。サニャック効果の「説明」にしばしば使われる円周はゼロ測地線 (の「空間」への投影) ではないから安易に「光速度の不変性」を云々してはならないのだが、その事実とは無関係にサニャック効果は成立する。

それどころか、伝搬するのが光である必要さえない。これは「サニャック効果の普遍性」として知られている。実際問題として、サニャック効果を検出するには、時間差を高精度で測定する必要がある訣だが、光の場合は、光干渉計を用いることで、位相差として現れるサニャック効果の検出が容易になるため、歴史上最初に光に就いて発見されただけである。

しかし現在では、例えば、電子のクーパー対、電子、中性子、原子 (カルシウム、セシウム、ルビジウム) の物質波でのサニャック効果が確認されている。特に、サニャック効果による原子物質波の位相干渉を用いる回転角速度検出は、光を用いる場合より精度が格段に高くなることが期待されるために研究が進められている。

例えば ESA/ESTEC ("European Space Agency"/"European Space Research and Technology Centre" 欧州宇宙機関/欧州宇宙技術センター) で、宇宙空間において、地球の自転による Lense-Thirring effect の測定と、併せて、微細構造定数 の高精度測定を行なうべく推進されている HYPER プロジェクトでは、冷却原子の物質波のサニャック干渉を用いた装置 (Atomic Sagnac Interferometer--ASI--) 2基を観測衛星に搭載することが計画されている ("HYPER: A POTENTIAL ESA FLEXI-MISSION IN THE FUNDAMENTAL PHYSICS DOMAIN")。


サニャック効果は、静止座標系に対して、等速回転運動している座標系内部では大域的な同時性が成立せず (これは、同時性を表わす微分形式が完全積分可能ではないと云うことでありフロベニウスの定理/Frobinius' theorem に関わる)、空間中異なる位置にある2事象の同時性が、その2事象を結ぶ径路に依存することに起因する。この2事象の離間が無限小である場合には、その同時性のズレは線素から容易に求まるが、線素には時空の構造定数としての「(真空中の)光の速度」が入っているから、それに応じてサニャック効果の表式にも「(真空中の)光の速度」(「(真空中の)光の速度」を 1 とした場合は、見かけ上出てこないが、それは別の話だ) が現れる。しかし、これは、例えば光ファイバの中を光がどれだけの速度で伝搬するかとは独立している。一般の2事象の場合の同時性のズレは、無限小離間における同時性のズレを線積分すれば得られるわけだが、これは線積分をどの径路に従って行なうかで変化する。この時、特に、回転軸に対して径路の進む向きが重要となるが、これはサニャック効果を引き起こすコリオリ力ポテンシャルがベクトルポテンシャルであるためである。

こうしたことを踏まえるなら、「光路の長さ」を「光の速度」で割って求めた「時間」からサニャック効果を説明する仕方は、その基礎とする理論が何であったとしても、私は首を傾げざるを得ない。現在のメートル法がそうであるように、「長さ/距離」が「(固有) 時間」から求められるべきものであって、その逆ではないからだ。

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