カテゴリー「見世物・鳴物」の47件の記事

"Rolling Stones" 命名の由来について推測したことがあるがハズレだったようだ。

いつのことだったか、「Rolling Stones って、なんで、Rolling Stones って言うんだろう? 」って考えたことがある。

勿論、それまでも "Rolling Stones" は、素直に、諺の "Rolling stone gathers no moss." が典拠なんだろうな、とは考えていた。しかし、「ロック」と「諺」とはそぐわない。この「そぐわなさ」は、うまく説明できないが、「ロック」は、少なくとも表面上は「処世知」と対立するが (日本古語の「傾(かぶ)く」を連想させる。ちなみに、rock は、「体を前後左右に揺り動かす」)、「諺」は「処世知」をスローガン化したものである、と、いったところかもしれない (「そぐわなさ」を「ロック」にすることはできるだろうが、また、「諺」にさえできるかもしれないが、「表層性の深い意味合い」と云った類の話は、ここでする積りはない)。

譬えるなら、ロッカーが

金で買えないものもある。そりゃそうさ。
そんなもん、だけど、どうすりゃいいんだよ。
Berry Gordy and Janie Bradford
--Rolling Stones :::: Money. - YouTube
--マネー - Wikipedia
と歌う時、「どうすりゃいいのか」を云々するのが「諺」なんじゃないだろうか。もっもと、諺と云うものは、様々な状況に対して様々に云々するだけに終わることが多いのだが。

RollingStones_163by258.png


ま、兎に角、その違和感が急に膨らんで、あらためて "Rolling Stones" の命名の由来が気になりだしたのだった。

その時、ちょっとした「言葉遊び」が成立することに気が付いた。


<<== こんなものだ。。。


要素の文字を変えているから、agngram とは呼ぶには難があるが、応急的に semantic anagram とでも名付けておくと、"Rolling Stone(s)" とは、"Rock and Roll" の pseudonym by semantic anagram ではないか、と云うのが、その時思ったことだった。ただ、この思い付きは、そのまま放置してしてしまったのだが。

しかし、今回、本稿を草するにあたって調べた範囲では、これはハズレだったようだ。バンド名 "Rolling Stones" は Muddy Waters (マディ・ウォーターズ) の "Rollin' Stone" (aka "Catfish Blues") によるらしい。

According to Richards, Jones christened the band during a phone call to Jazz News. When asked for a band name, Jones saw a Muddy Waters LP lying on the floor; one of the tracks was "Rollin' Stone".
リチャーズによれば、バンドに命名したのはジョーンズで、それは「ジャズ・ニューズ」にかけた電話中のことだった。バンド名を聞かれたジョーンズに、床にあったマディ・ウォーターズの LP 中の一曲 "Rollin' Stone" が見えたのだ。
--The Rolling Stones - Wikipedia

そして、マディ・ウォーターズ の "Rollin' Stone" そのものは、諺の "Rolling stone gathers no moss." を踏まえているということだ (Cf. "Rollin' Stone - Wikipedia")。

この "Rolling Stones" 命名の逸話は、「ホラ話」(このごろの言い方をするなら「話を盛ってある」) 臭がする から話半分に聞いておくにしても、マディ・ウォーターズ の "Rollin' Stone" に基づいていることはありそうな気がする。しかし、マディ・ウォーターズ の "Rollin' Stone" そのものが諺の "Rolling stone gathers no moss." を踏まえていると云う説明には、私は、まだ釈然としないでいる。

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今更ながら「ファインディング・ニモ」

以前、頭の中をかすめただけの思い付きを書き始めたのだが、「芯」になるものが探し出せず、話がまとまらなかった。しかし、ほかの「ネタ」で話を組み立てるのも気疎いので、そのまま発表する。

"Finding Nemo" (邦題「ファインディング・ニモ」) と云う「ディズニー映画 (製作会社:ピクサー・アニメーション・スタジオ )」があって、私は未見である。ただ、このアニメ映画の日本公開時 (2003年12月)、私の居宅には TV 受像機がまだあって、そこで流れされたキャンペーンの情報の切れ端は、私の記憶の中に残っている。

もっとも、私が承知しているのは、「人間にさらわれた『クマノミの男の子』(名前は『二モ (Nemo)』) を、お父さんクマノミ (名前は「マーリン (Marlin)」) が探しに行く」と云う、極めて概括的なことでしかない。

内容を知らない映画について、いきなり半畳を入れるようで申し訣ないが、この記事を書くに当たって、ザッと調べて集めた情報に従うなら、この映画の設定は、動物学的・生態学的には無理があるような気がする。

クマノミは、所謂「雄性先熟性」、つまり、全ての個体はオスとして誕生する。では、メスはいないのかと言うと、そんなことはなくて、メスも存在する。メスは、オスが性転換したものである。

卵から孵化したクマノミは、途中、捕食されたりして大部分が死滅するとは言え、とにかく、イソギンチャク (例外もあるらしい) に、到達することで、幼生期を離脱する。前後してイソギンチャクに到着したクマノミは、シバシバ10匹足らずの個体からなるグループを作る。、

クマノミのグループは、最大で最強の個体である一匹のメス (つまり、「お母さんクマノミ」) と、2番目に大きい個体であり、「お母さんクマノミ」と共に繁殖に関わるオス (「お父さんクマノミ」)、そして、その他のオス (基本的には別の「父母」と云うか「母父」の間で形成された卵から孵化したのち浮遊してたどり着いた、最大でも数匹の「男の子(繁殖には関係しない)」) から構成されている。つまり、こうした「男の子」たちは、いわば「里子」であるが、むしろ「冷や飯喰い」と読んだ方が良いかも知れない。

「お母さん」が最強者としてグループ内を支配するが、「お父さん」と「冷や飯喰い」たちの間にも、序列があって、上位のものは下位のもの (特に直下のもの) を攻撃する。攻撃に耐えかねて、新参者が逃げだすこともある。この行動には、「冷や飯食い」が更に成長して、性的に成熟するのを防ぐ役割がある可能性がある (「お母さん」と「お父さん」との間では、攻撃はホボ抑制されているらしい)。

本稿のこうした記述は全て、泥縄の受け売りである。生態学や行動学的な記載は、新たな観測報告が追加されていくと重要な変更がありうると云う原則的な難点があるが、それ以前に、私が誤解していることも十分ありうる。だが、そうしたことは気にしないで、読みかじったものを未消化のまま吐き出していくことにする。

ただし、卵の段階では、親、特に「お父さん」は、卵塊を清潔にし、その数百から千数百ある卵が、捕食されないよう護ったり、また、酸素不足にならないよう、孵化までの1週間前後休みなくエラであおいで新鮮な海水を卵塊に供給し続けたり、死んでしまった卵があれば腐敗が他の卵に移らないように、死卵を除去 (食べちゃう) したりなど、献身的な世話をすると云う事実を付け加えておこう。

「お母さん」が欠けると (この映画では、「お母さん」の「コーラル (Coral)」がそうなる)、残ったグループのうち最大のオス である「お父さん」がメスへと性転換する。つまり、類型的には「お母さん」がいなくなると、「お父さん」が「お母さん」になる。そして、新しい「お母さん」は、その他のオスの中の一匹 -- 多分序列にして以前第3位だった「男の子」-- とツガイを組む。

それから、「ファインディング・ニモ/Finding Nemo」に登場するクマノミは、ディズニーの公式見解による「カクレクマノミ (Amphiprion ocellaris)」(つまり、「オケラリス種のクマノミ」) ではなく「ペルクラ種のクマノミ/Amphiprion percula」と云うことがシバシバ指摘されているようだ。

関連画像:

  1. ペルクラ種 Amphiprion percula のクマノミの画像
  2. オケラリス種 Amphiprion ocellaris (カクレクマノミ) の画像
  3. マーリン (ニモの父親) の画像

しかし、こうした諸諸のことはあまりこだわっても仕方がないような気もする。「お父さん」が「お父さん」のままなのが分からないことにしろ、オケラリス種にしろ、ペルクラ種にしろ、そうしたことが「問題」になるなら、クマノミに、人間みたいな歯が生えてるとか、白目があるとは思えないから、「問題」にするなら、そちらの方を先に「問題」にしろよ、と、思ったりする (「魚が、人間のように言語コミュニケーションを行う」ことは兎も角)。。。

。。。とは言うものの、本稿での「クマノミ」の説明は、ペルクラ種を基準にしている。

なお、余談になるが、日本語版のウィキペディアの記事「クマノミ亜科」では、英語風に「オセラリス種」としてあるが、学名では、一つの表記に一つの読み方を固定すべきである一方、学名はラテン語を基礎にすると云う原則があるのだから、ここはラテン語風に「オケラリス種」とすべき。日本は、ギリシア・ローマ文化の本流にはないのだから、むしろ、こうした点は厳格でないと、些細な誤りで重大な失敗を引き起こしかねない。

しかし、まぁ、道聴塗説はこれくらいにしておこう (私が書くものは、全て「道聴塗説」と云う指摘が聞こえてきそうだが、この際不問にしておく)。

で、本題だが、かって、「ファインディング・ニモ/Finding Nemo」と云うタイトルを聞いた時思ったのが、「この『ニモ/Nemo』は、ジュール・ヴェルヌの小説『海底二万マイル』に登場する『ネモ船長』からとったのだろうか?」と云う疑問だった。

自分でツッコんでおくと、「海底二万マイル」の原題はフランス語で "Vingt mille lieues sous les mers" だから、「マイル」は可笑しい。しかし、"lieue" は「3海里=5556m」だから、『海底2万海里』も可笑しい。フランス語の lieue に対応する英語は league --厳密な言い方では "nautical league"-- だから、『海底二万リーグ』で、そうした翻訳名もあった筈だが、ここでは、私が子供のころ覚えて馴染んだとおりにしておく(草稿が出来上がってから、気が付いて調べたら、実は、ここらの背景事情は、日本語版ウィキペディアの記事「海底二万里」で説明されていて、それを引用すれば、それで済んだ話だった。。。今回は、こんな話ばかりだ)。

こだわるなら、"sous les mers" を「海底」とするのだって可笑しいのだ。ここは、「潜水」とか「潜航」とすべきところだろう。「潜航二万リーグ」とか、これはこれで、タイトルとして成立すると思うのだが、どうやら、そうしたタイトルでは翻訳されたことはないようだ (検索でヒットしない)。

で、この疑問には日本語版のウィキペディアの記事「ファインディング・ニモ」の「概要」に

主人公ニモ(Nemo)の名は、ジュール・ベルヌの小説『海底二万里』に登場する主人公ネモ船長(Captain Nemo)から採られている。
と書いてあって、あっさり解決している。

ただし、勿論、それだけでは話は終わらないので、その時私は、「もし、『だとしたら』、面白いネーミングだな」と思ったからだ。何故なら、ネモ船長の "Nemo" は、pseudonym であり、ラテン語 nemo に従って「誰でもない」と云う意味が隠されているからだ (日本語版ウィキペディアの記事「ネモ船長」を参照されたい)。つまり "nemo" は、英語で言えば "no one" や "no body" にあたるので、"finding Nemo" は "finding no one" や "finding nobody" つまり、「誰も探さない」と云う意味になるのだ。

そして (草稿完成どころか) 書きながら調べいて分かったが、"finding Nemo" を "finding no one" や "finding nobody" に変換するのは、簡単な思い付きだと云うことだ。実際、"finding no one" や "finding nobody" で、検索すると、それらしい記事がヒットする (意気阻喪したので、私は、内容をチェックしなかった)。

これを知った時点で、書き続ける意欲が著しく減退したのだが、もう少し書いておくと、"Nemo" は文学史的には、古典ギリシアのホメロス「オデュッセイア/ΟΔΥΣΣΕΙΑ」に遡ることができる。「オデュッセイア」の主人公オデュッセウス (Ὀδυσσεύς) がキュクロープス (Κύκλωψ) に対して名乗った Οὖτις がそれである。この "Οὖτις" も「誰でもない」を意味する。

しかし、他方、「オデュッセウス」は「大航海者」の象徴だから、"finding Nemo" は「大航海者を探して」と云う意味をも持ちうる。だから、"finding Nemo" と云う物語には、「大航海者を探して」と云う隠れた意味があるのではないか、と、妄想したのだったが、どうやらハズレのようだ。

「ファインディング・ニモ」は、「父親」が「失われた息子」を探しに旅に出ると云う話 (そのために「母親」が死んでいることが前提になっている) だから、「航海者」であるのは「父親」であると云う訣だ。「旅」は、宜しくドリー(Dory)と云う「案内者」を得て、叙事詩的としてなら、「地獄巡り」の様相を呈するのが順当なのだろうか、そうでもないようだ。

結局、本稿には「思い付き」と呼ぶに値することが、全くない、と云う結果に終わってしまった。

関連情報へのリンク

  1. Orange clownfish - Wikipedia
  2. Orange Clownfish - Amphiprion percula - Details - Encyclopedia of Life
  3. Outis - Wikipedia

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メモ: 所謂「モンティ・ホール問題 (Monty Hall problem)」に就いて

以前、図書館から「放浪の天才数学者エルデシュ」と云う本を借りて読んだ時、彼が、所謂「モンティ・ホール問題 (Monty Hall problem)」に引っかかったと云うエピソードが紹介されていて (その後、文庫版を購入した。文庫版 /*草思社文庫 ISBN978-4-7942-1854-4*/ では第6章「はずれ」に書かれている)、その「問題」に就いて無知であった私は、ザッとネットで調べたことがある。

有名な問題らしく、ウィキペディアに項目が立てられていた (「モンティ・ホール問題」)。それに対する印象は、「説明がピンとこない」と云うものだった。実は、「放浪の天才数学者エルデシュ」にも解説があって、それも読んでいた訣だが、キツネにつままれた気分だった。しかし、「読んでいて理解できない・腑に落ちない」と云うことは、私のように超絶的に頭の悪い人間にはデフォルトで発生する現象なので、そうした場合のルーチンである、「何度も読み直す」とか、「新規まき直し自分の頭で考えてみる」とかをする訣だが、この場合も、結局は納得したのだった。ただ、「少なくとも、私自身にとっては、もっと分かりやすい説明の仕方がある」と云うオマケが付いたりする。

今回は、そのオマケを紹介しておく。ただ、当時、そして今回もこの原稿を書くに当たって、ごく簡単に調べただけだから、以下のことは、ネット上に、(あるいは、それどころか、私が気が付かないだけで、ウィキペディアの記事自体の中に)、既に指摘されているかもしれない。そうした場合は、笑殺していただきたい。調べたり考えたりしたことの前回分と今回分とが、私の頭の中で錯綜しているような気がするが、弁別することはしないでおく。そうしたことに拘るほど、大した内容ではないのだ。

ます、スタートラインとして、ウィキペディアに従って、本稿で論ずる「モンティ・ホール問題」とは、いかなるものかを確定しておこう。

「プレーヤーの前に閉まった3つのドアがあって、1つのドアの後ろには景品の新車が、2つのドアの後ろには、はずれを意味するヤギがいる。プレーヤーは新車のドアを当てると新車がもらえる。プレーヤーが1つのドアを選択した後、司会のモンティが残りのドアのうちヤギがいるドアを開けてヤギを見せる。

ここでプレーヤーは、最初に選んだドアを、残っている開けられていないドアに変更してもよいと言われる。プレーヤーはドアを変更すべきだろうか?」

1990年9月9日発行、ニュース雑誌 ''Parade'' にて、マリリン・ボス・サヴァントが連載するコラム「マリリンにおまかせ」において上記の読者投稿による質問に「正解は『ドアを変更する』である。なぜなら、ドアを変更した場合には景品を当てる確率が2倍になるからだ」と回答した。すると直後から、読者からの「彼女の解答は間違っている」との約1万通の投書が殺到し、本問題は大議論に発展した。
--モンティ・ホール問題(最終更新 2017年3月1日 [水] 04:14)

引用者註:「司会のモンティ」は、あらかじめ、アタリとハズレのドアを知っている。

こうした反論に対して、マリリン・ヴォス・サヴァント (Marilyn vos Savant) は、「ドアを変えれば勝てるのは3回の内2回、負けるのは3回の内1回だけ、しかしドアを変えなければ勝てるのは3回の内1回だけ」と反論したそうだ。私に言わせれば、私が読んだ説明の中では、最終的には、これが一番単純で分かりやすい。私の以下の説明も、このヴォス・サヴァントの指摘の枠内に留まるものであることをあらかじめ認めておく。


では、わたしなりの解釈を述べることにする。

いま、1つの「アタリ」と2つの「ハズレ」からなる3つの回答候補がある問題があって、それに対しに2つの異なるフォーマットのクイズ・プログラムを作るとする。それを F1 と F2 と呼ぶことにする。

フォーマットF1 のルールは所謂「三択(三者択一)」である。挑戦者は、3つの候補の内の1つドアを選択して、それがアタリであるなら、ウィナーになり、ハズレであればルーザーになる。挑戦者がウィナーになる確率は 1/3 である。

フォーマットF2 のルールでは、3つの候補の内、2個の選択が許される。選択した2つのドアを開けたとき、その内の中にアタリが含まれているなら挑戦者はウィナーになり、両方ともハズレであればルーザーになる。挑戦者がウィナーになる確率は 2/3 である。ここで、注意しておくと、「開けるドアを2つ選択する」と云うことは、「開けないドアを1つ選択する」と云うことと同じであることである。

私の「納得」のキッカケも、「モンティ・ホール問題」では、司会者の提案を受け入れると、挑戦者が「開けるドアを1つ選択する」状態から「開けないドアを1つ選択する」状態に推移することに気づいたことだった。

さて、次のような、プロトタイプのプログラムを考える。

プログラム0: 司会者 (上記の例で言うなら「司会のモンティ」) が、プログラムの冒頭で、挑戦者 (プレーヤー) に対して、フォーマットF1のクイズと、フォーマットF2のクイズとを提示して、そのどちらのフォーマットでクイズを行っても良いと宣言する。つまり、ドアの選択の前に、クイズ・フォーマットの選択をする。

そして、挑戦者が選択したフォーマットに従って、プログラムが進行する。この場合、どちらのフォーマットが挑戦者にとり有利かと言えば、当然 F2 (アタリの確率が 2/3) の方が F1 (アタリの確率が 1/3) の2倍有利である。

プログラム0 は、フォーマット自体の選択を行うことが明示されている。「モンティ・ホール問題」の核心は、プログラムの途中で、フォーマットF1 からフォーマットF2のへ切り替えが行われているのに、それが気づきづらいようにされていることである (フォーマットの切り替え自体、「ルール違反」だろう)。以下、フォーマット切り替えが容易に透けて見えるプログラムから、フォーマット切り替えがホボ隠蔽されているプログラムへと順次変更していく。

プログラムI: フォーマットF1のクイズでプログラムを開始して、挑戦者が開けるべき1つのドアを選択した時点で、司会者が、開けるドアをもう1つ追加して、2つにしても良いと宣言する。つまり、フォーマット F1 からフォーマット F2 への切り替えを提案する。

もし、挑戦者がこの提案に同意するなら、挑戦者がウィナーになる確率は 1/3 から 2/3 へと倍増する。

このプログラムI を以下の系列で、「 フォーマットF1 を、それの2倍有利なフォーマットF2 に切り替える提案が行われる」と云う事実を変えないまま、プログラムI のコンテンツを「モンティ・ホール」型のコンテンツへ徐々に変形していく。

プログラムII: フォーマットF1のクイズでプログラムを開始して、挑戦者が開けるべき1つのドアを選択した時点で、司会者が挑戦者に対して、当初選択した1つのドアを開けない代わりに、当初選択しなかった2つのドアを開けることを提案する。

この変更は、「開けるドアの集合」の包含関係を意味しない。つまり、「開けるドア」の追加ではない。しかし、「開けるドア」の個数 (集合の濃度) は、1つから2つへと2倍になっている。フォーマットF1 と F2 の要件は、「開けるドア」の個数のみに依存することに注意するなら、この場合も、フォーマットF1 から、フォーマットF2 への切り替えになっていることが分かる。

挑戦者は、司会者の提案に応じるか応じないかに従って、2つ又は1つのドアを開ける。当然のことながら、挑戦者がウィナーになる確率は、司会者の提案を受け入れた場合の方が、受け入れない場合の2倍になる。

プログラムIII: フォーマットF1のクイズでプログラムを開始して、挑戦者が開けるべき1つのドアを選択した時点で、司会者が挑戦者に対して、当初選択したドアを開けない代わりに、当初選択しなかった2つのドアを開けることを提案する。つまり、フォーマットF1 から、フォーマットF2 への切り替えを提案する。ここまでは、プログラムII と同じである。

しかし、プログラムIII では、挑戦者が提案を受け入れた場合、開けるべき2つのドアのうちの一つを挑戦者自身が、そして他方のドアを司会者が同時に開ける

ただし、「同時に開ける」のは、司会者が、「挑戦者の分身」としてドアを開けることを際立たせるためであり、フォーマットF2 への転換後なら、司会者が、挑戦者の前にドアを開けても (次のプログラムIV 参照)、後でドアを開けても、そして、勿論同時に開けても (このプログラムIIIの場合)、いずれの場合も、司会者が挑戦者の分身であることには変わりはない。どの場合も,挑戦者がウィナーになる確率の値は等しく 2/3 である。それらが、コンテンツとして訴求性を有するかどうかは問題にしていない。

プログラムIII以降では、フォーマットF2 への切り替えが行われるなら、司会者が、あるドアを開けるようになっている。ここで、確率の導出のため、挑戦者自身がドアを開ける最終段階までプログラムが進んだ状態を想定するなら、挑戦者自身と司会者がどう関わるにしろ、2つのドアの両方が開くという最終形態は同一であるのだから、その順番も (あるいは同時であっても)、また、司会者及び/又は挑戦者のどちらが開けるかも、挑戦者がウィナーになる確率には影響しない。しかも、司会者がドアを開けるのは、必ず挑戦者の分身としてであることが重要な意味を持つ。司会者はウィナーにもルーザーにもならないのである。

従って、以下、プログラムの変形で指針となるのは、「挑戦者自身の行為により、挑戦者がウィナーになるか、ルーザーになるかが決定する」と云う籤引き型クイズとしての基本的要請を守ることである。ただし、そのことは、確率の計算とは無関係である。

プログラムIV: フォーマットF1のクイズでプログラムを開始して、挑戦者が開けるべき1つのドアを選択した時点で、司会者が挑戦者に対して、当初選択したドアを開けない代わりに、当初選択しなかった2つのドアを開けることを提案する。つまり、フォーマットF1 から、フォーマットF2 への切り替えを提案する。ここまでは、プログラムII 及びプログラムIII と同一である。

しかし、プログラムIV では、挑戦者が提案を受け入れたなら、開けるべき2つのドアのうち、司会者が挑戦者より先に、2つのドアの内、少なくとも一つはあるハズレのドア (司会者は、アタリ・ハズレのドアを知っている) を開けてしまい。残りのドアを挑戦者自身に開けさせる。

この場合でも、時間が前後しているだけで、司会者が挑戦者の分身としてドアを開けると云う事実には変わりはないから、挑戦者がウィナーになる確率は、やはり、提案を受け入れない場合の確率の2倍になる。

このプログラムの場合、司会者がハズレのドアを開けた時点で、「挑戦者がウィナーになる確率は?」と云う設問に対して、「1/3」又は「1/2」と考える人たちが多数いたことが「モンティ・ホール問題」がスキャンダルになった理由だった。しかし、これは間違っている

つまり、F2 への切り替わり当初は「2/3」だったが、司会者がハズレのドアを開けた時点では「1/3」又は「1/2」になると云うようなことは、起こらない。開かないで残っているドアが2つになっていても、挑戦者がウィナーになる確率は 2/3 である。

ドアが2つになったことで、「二者択一」になったように見えても (この見かけにより、プログラムは「盛り上がる」かもしれないが)、それはあくまで「見かけ」であり、ウィナーになる確率には影響しない。アタリ/ハズレを知っている司会者が、意図的にハズレのドアをあけており、挑戦者が正解する可能性を減らしていないから、挑戦者がウィナーになる確率は 2/3 のままである。

挑戦者がウィナーになるかどうかは「フォーマットF2 では、開けることになった2つのドアにどちらかがアタリであればよい」と云う事実に変化はなく、少なくともその片方が必ずハズレと云うフォーマットF2移行時当初からの確定事項が意図的に暴露されたとしても、最終結果の確率には影響は出ないのである。

プログラムIV を変形して、フォーマットF2において開けるべき2つのドアのどちらかにアタリのドアがある場合に「司会者が先にアタリ・ハズレに関わらずドアを開く」としも、挑戦者がウィナーになる確率は 2/3 である。ただし、この場合は、上記の「挑戦者自身の行為により、挑戦者がウィナーになるか、ルーザーになるかが決定する」と云う籤引き型クイズとしての基本的要請に反することになる (この場合、司会者は、アタリのドアであることを承知で開ける訣で、プログラムとして滑稽なことが起こる)。

プログラムV: フォーマットF1のクイズでプログラムを開始して、挑戦者が開けるべき1つのドアを選択した時点で、司会者は、挑戦者が選択しなかったドアの内、少なくとも一つはあるハズレのドア (挑戦者は、アタリ・ハズレのドアを知っている) を開けてしまった後、挑戦者に対して、当初選択したドアを開けない代わりに、「当初選択しなかった2つのドアで、ハズレであることが分かっているドアの他」に、「まだ開いていない残りのドアも」開けることを提案する。

開けるドアは2つだから、これも、フォーマットF1 から、フォーマットF2 への切り替えになっている。ただし、フォーマット切り替えの提案が、プログラムIV では、司会者によるハズレのドア開扉の前に行われているのに対し、プログラムV では、司会者がハズレのドアを開けてしまった後に、フォーマットの切り替えが提案されているので、フォーマット切り替えという事実が認識しにくくなっている。

もし、挑戦者が提案を受け入れたなら、開けるべき2つのドアのうちのうち、司会者が既に開けてしまったドアとは別のドアを挑戦者自身に開けさせる。この場合でも、2つのドアを開けると云う選択を行ったのは挑戦者自身だから、時間が前後しているだけで、司会者が挑戦者の分身としてドアを開けると云う事実には変わりはない。従って、挑戦者がウィナーになる確率は、やはり、受け入れない場合に確率の2倍になる。

このように、このプログラムV (そして、次のプログラムVI) では、興味深いことが発生している。もし、挑戦者が司会者の提案を受け入れると、提案以前に司会者が、挑戦者と別主体として行ったドアを開けると云う行為が、挑戦者の分身としての行為に、時間を遡及して転化するのである。これは、フォーマットF1 及びフォーマットF2 の構成要件に時間が関係しないことから起こるパラドクスである。「モンティ・ホール問題」の解析にベイズ理論が親和するのも、これに起因するのだろう。

プログラムVI: フォーマットF1のクイズでプログラムを開始して、挑戦者が開けるべき1つのドアを選択した時点で、司会者は、挑戦者が選択しなかった2つのドアの内、少なくとも一つはあるハズレのドア (挑戦者は、アタリ・ハズレのドアを知っている) を開けてしまう。ここまでは、プログラムV と同一である。そして、挑戦者に対して、開けるドアを、「挑戦者が当初選択したドア」から、「挑戦者が当初選択しなかった2つのドアの内、まだ開いていないドア」に「切り替える」ことを提案する。

ここで、プログラムVI と司会者の提案の文言が異なっているだけであることに注意。司会者は挑戦者が開けるドアの「切り替え」を提案している形だが、実際には、開けるドアの追加を提案しているのである。

しかし、司会者がこうした言い方をすることで、実際にはフォーマットF1からフォーマットF2への切り替えが提案されているのに、そのことがホボ隠蔽されてしまっている。

提案を受け入れることにより、「切り替え」られるのは、「挑戦者が開けるドア」ではなく、クイズのフォーマットである。挑戦者は、司会者と云う「潜在的な分身」により、ドアを1つ開けており、提案を受け入れることは、「分身を含めて挑戦者が開けるドア」を2つにすることを意味する。従って、挑戦者がウィナーになる確率は、やはり、受け入れない場合に確率の2倍になる。

このプログラムVI は、「モンティ・ホール問題」そのものである。

付言すると、司会者の Monty と云う名前は、three-card Monte や three-cup Monte (これらに就いては、適宜、YouTube をご参照頂きたい) などの、short con game (イメージとしての訳語を当てるなら「大道芸」ならぬ「大道詐欺」) を連想させる。

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Love Me or Leave Me

ここしばらく、時間ができると、(趣味としてではなく、必要に迫られた)自宅のリフォームまがいか、(こちらは、趣味と云うか、完全な「物好き」だが一般相対論の)テンソルの計算ばかりしていて、やや屈託している。しばしば消沈してしまって、そうした時は、都筑道夫の小説を読んだりしてやり過ごすのだが、この前、そうした合間に、"Love Me or Leave Me" の大雑把な意味を日本語にしてみた。[物部太郎] ばりにカードで城でも作れると良いのだが、生憎手先が極めて不器用なため、こうしたことしかできないのだ。

"Love Me or Leave Me" はジャズのスタンダードだから、所謂「和訳」はいくらでもあるだろうが、それらと張り合うつもりは全くないし、全く参考にしていない。成立の背景なども調べていない。たしか、書き上げるのに30分ぐらいしかかけていないはずだ (まぁ、この投稿を書くにあたって、それなりに手を入れたが)。勿論 "Love America, or leave America" や "Love America, and leave America" に話を展開する気も起きなかった。

最初に、初歩的な注意をしておくと、原文 (ネットで検索してください。私が使ったのは "Songtext von Nina Simone - Love Me or Leave Me Lyrics") の "believe me" は、「私と云う人格を信じて」ではなく「私の今言っていることを信じて」つまり、「これは嘘ではない」あるいはくだけて言うと「マジなんだから」と云う意味。

lonely と only, kissing と reminiscing, you と blue, borrow と tomorrow とが脚韻を踏んでいる。kissing と reminiscing など無理筋と云う気がするが、somebody/someone や nobody の使い方は効果的だ (特に There'll be no one unless that someone is you)。

I'd rather be lonley than happy with somebody else
Regretting instead of forgetting with somebody else
There'll be no one unless that someone is you
There's no love for nobody else

これらが、スタンザの末尾行又は冒頭行になっているのは、勿論意図的なものだろう。

それから "the night time" (定冠詞あり) を「今夜」と解するか、「夜一般」と解するかが問題だろうが、私としては「今夜」をとる。これに対し "night time" (定冠詞なし) は「夜一般」。

「愛してないなら出て行って」

愛してないなら出て行って。一人きりにしておいて。
嘘じゃないのよ。愛しているのはあなただけ。
「次の人で幸せに」なんてどうでもいい。一人ぼっちで構わない。

「今夜はキスをしなくっちゃ」とあなたは思っているのでしょう。
私は違う。私には、夜は思い出だけのためもの。
次の人で忘れるくらいなら後悔していた方がいい。

あなた以外はありえない。
私は一人でひたすら沈んでいたかった。

借りものじゃないあなたの愛が欲しいのよ。
今日は私のもの。明日は誰かに返す。そういうのは御免だわ。
あなたの愛が私の愛。
他の人のは愛じゃない。

そうよ。愛してないなら出て行って。一人きりにしておいて。
嘘じゃないのよ。愛しているのはあなただけ。
「次の人で幸せに」なんてどうでもいい。一人ぼっちで構わない。

「今夜はキスをしなくっちゃ」とあなたは思っているのでしょう。
私は違う。私には、夜は思い出だけのためもの。
次の人で忘れるくらいなら後悔していた方がいい。

あなた以外はありえない。
私は一人でひたすら沈んでいたかった。

そうよ、借りものじゃないあなたの愛が欲しいのよ。
今日は私のもの。明日は誰かに返す。そういうのは御免だわ。
あなたの愛が私の愛。
私の愛はあなたの愛。
他の人のは愛じゃない。

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"What A Wonderful World" の「大雑把な意味」になるのかならないのか分からんが。。。

G.N.Watson の "a treatise on the THEORY OF BESSEL FUNCTIONS" の第1章 "BESSEL FUNCTIONS BEFORE 1826" を読んで簡単なメモを作ると云う作業を、しばらく前から細々と続けている。その草稿が出来上がったのだが、チェックをしようとして、気が萎えた。

実は、だいぶ以前にプリンタが故障していて、若干の事情のもとで (勿論「経済的事情」もある) そのままにしておいたのだが、紙にプリントアウトしてチェックしたほうが良いに決まっているからだ。私の個人的能力のせいかもしれないが、ディスプレイ上のチェックと、 (「古い意味での」と修飾すべきか?) ハードコピー上のチェックでは、ミスや補正・補足の必要性の摘出度が画然と異なる。

本来なら、当面出来るディスプレイ上でチェックをすべきなのだろうが、そうした気にもならず、グダグダと古いアメリカンポップスなんぞ聞いている。

で、まぁ、Louis Armstrong の "What A Wonderful World" が出てきたと思いねぇ。そこで、一向に気分が浮かない現状への一種の「作業療法」として、"What A Wonderful World" の「大雑把な意味」を書き上げたと云う按排な訣さ。半時間ほどのヤッツケ仕事だから、後から直したいところが色々でそうだが、そうした気分を振り切っておく。とりあえず「完成」するのが目的さ。勿論、"too" と "you", "white" と "night", "sky" と "by", "grow" と "know" と云う押韻を反映させるなどと云うことは、天から考えていない。

原文は "LOUIS ARMSTRONG LYRICS - What A Wonderful World" (http://www.azlyrics.com/) によっている。

そうだ、この世は素晴らしい。

そうだ。木々は緑で、バラは赤いのだ。
バラが咲くのは、僕と君のため。
僕は心の中でつぶやく。そうだ、この世は素晴らしい。

そうだ。空は青くて、雲は白いのだ。
昼は幸多き明るさ。夜は神聖な闇。
僕は心の中でつぶやく。そうだ。この世は素晴らしい。

空にかかる虹の色は、とりどりに美しい。
通り過ぎる人々の顔の色も、とりどりに美しい。
握手している人たちがいる。
「初めまして」と言っている。
けもども、本当の意味はこうだ。
「あなたを愛します。」

赤ん坊が泣いている。見守っていると育っていくのが分かるのさ。
そのうち、多くのことを学んで、僕を越えていくだろう。
僕は心の中でつぶやく。そうだ。この世は素晴らしい。

そうだ。僕は心の中でつぶやく。この世はとても素晴らしい。

本当に。本当に。

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五代目菊五郎の「無事でめでてえ」

[古今亭円菊 [町内の若い衆] における「しかんけの犬」] (2012年11月12日 [月]) で、「実際に聞いてみるならば東京弁使用者を認識することはできる気がする」などと書いたが、これは勿論、極ごく内輪に見積もってもらいたいので、この数十年の間に数度、「この人は東京弁を喋っている」と感じた経験があると云うだけのことなのだ。

もっとも、江戸にしろ、東京にしろ、地方出身者 (この「地方」は、単に [江戸/東京] 以外の「地方」と云う意味である) が数百年に亘って「寄ってたかって作った」ような都市だから、その言葉にも「鵺」的なものがある。また、特に江戸時代やそれに直接続く頃の明治時代では、社会的地理的配置で言葉遣いに大きな差があったから、[江戸弁/東京弁] といっても一概には言えないので、現代において関心のある人々の一人ひとりに「私の [江戸弁/東京弁]」があるだろう。

これが「江戸っ子」となると、一層取り留めが付かなくなる。結局、純系の「江戸っ子」とは、歌舞伎や戯作本、町の評判の中にしか生息したことはなかったのではないかと、私には思われる。

ただ、そうした仮想の世界と現実の社会との間を行き来した人たちはいた訣で、さしずめ歌舞伎役者などは、その尤なるものと言ひつべきか。

孫引きになってしまうが、安藤鶴夫が [落語鑑賞(上)] 所収の [富久] のエピグラフに用いている五代目尾上菊五郎 (1844年7月18日--1903年2月18日/天保15年6月4日--明治36年2月18日) の次の逸話など、最初に読んだ時「江戸っ子だね」、と思ったものだった。

刺ッ子、草鞋履きの五代目菊五郎、扇蔵の家の近火を見舞う。 手早く燗をつけようとするのを、門口で苦々しげに "おめえも俺の弟子じゃアねえか、冷でくんな、冷でよ" また丼鉢に、蛸、芋の類(たぐい)のごった盛りにしたのを盆へ、箸をつけて出すと "こいつアいけねえよ、沢庵を二切(ふたッきれ)ばかり持ってきねえ、皿になんか入れちゃアいけねえぜ、じかに掌(てのひら)でくんな" そこで、冷をあおって、香のものをひょいとほうり込み、"無事でめでてえ"
-音羽屋百話-
--旺文社文庫 [落語鑑賞] (安藤鶴夫。旺文社。1976年) p.8
この [音羽屋百話] は、川尻清潭編の [名優芸談] (中央公論社。1936年) に収められているらしいのだが、私は未見。

もっとも、この音羽屋も、「御上」を相手にすると、「からっきししッこしのねえ」ことになる。

岩波文庫 [増補幕末百話] (篠田鉱造。岩波書店。1996年) の第23話「音羽屋の滑稽旅芝居」に依れば、「御維新間もなく」、日光への遊山半分で宇都宮に旅興行に出かけた「宗十郎、菊五郎、秀調、寿三郎」一座は、途中参拝した神社で、音羽屋が賽銭を吝嗇った為か、神主を怒らせてしまい、参拝の際に、籠に乘っていた役者衆を地元の顔役達が拝殿まで担ぎ上げたことを捉えて「下馬札」の定めを守らなかったと難詰される。這うはうの態で窮地を逃げ出して、宇都宮で芝居を開け、大評判をとっていたものの、神主が宇都宮の役所に訴え出たために、頭取や太夫元代理が捕まってしまう。役者達は宇都宮を逐電したが、神主が更に栃木 (栃木には1871年から1884年にかけて、栃木県の県庁があった。このころのことか) に「急訴」したため、菊五郎たちは栃木で裁判を受けることになってしまった。。。

・・・御召喚を待つ間も秀調なんかは翻(こぼ)し抜いて、「マアどうなる事でしょう」と末を案じる女形気質、廃(よせ)ばよいのに音羽屋が串戯口(じょうだんぐち)に「十日も牢へ打込(ぶちこ)まれりゃア済むんだろう」と言ったため「エーッ」と気絶したなんて騒ぎ。

 御裁判(おさばき)の日に、一同恐入ると、「縄打て」とあって、後で「シッカリ締(しめ)ろ」(これは反てゆるめ手を入れて縛るのだそうです)。この時音羽屋は藍弁慶の単衣に献上博多の角帯、侠気(いなせ)な好みでしたが、まさかと思ったのが、「縄打て」と来たので、歩けなくなってしまった。白州を出る時は人の肩へつかまって出たので(早腰が抜けたのでしょう)、外で待っていた女房(おかみ)さんは、コノ態を見ると、ワッと泣出す。実地の愁嘆場。
--岩波文庫[増補 幕末百話] (篠田鉱造。岩波書店。1996年) pp.73--74

まぁ、これも「江戸っ子は皐月の鯉の吹き流し口先ばかりではらわたはなし」の例と見るならば、「江戸っ子」らしいと言えるだろう (通常、この狂歌は「口ではきついことを言っても、気性がさっぱりしていて含むところがない」と説明されているが、むしろ「口では強がりを言うが、実は意気地がない」と解釈した方が狂歌の有り様として素直だろう)。

amazon に、旺文社文庫版の [落語鑑賞] が見当たらなかったので、その元になったと思われる苦楽社版へのリンクを貼っておく。こちらの方は、私は未見。

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古今亭円菊 [町内の若い衆] における「しかんけの犬」

2012年10月13日に、落語家古今亭円菊が亡くなって、既にほぼ一か月が過ぎてしまった。と、事ごとしく書いたが、円菊さんに就いては、テレビ番組で噺を一・二度聞いたことがあるような記憶がうっすらとあるばかり。後は、やはりテレビか新聞かで、自らの師匠である古今亭志ん生の逸話を聞いたか読んだような気がする。

志ん生は、茶わんに盛った御飯に焼酎を掛けて、茶漬のようにして掻き込んでいたと云うことを聞いたことがあるが、これは円菊さんから仕入れたのかもしれない。何れにしろ、『飲まば焼酎・死なば卒中』と豪語していた志ん生らしい逸話ではある。

それだけの縁しかないのに、なぜこの文章を書き始めたのかと云うと、随分昔に、古今亭円菊の高座で、かすかながらも気になった [言葉尻] があるからだ。「テレビ番組で噺を一・二度聞いたことがあるような記憶」と書いたばかりで胡乱なことを言う、と思われそうだが、実は、彼の高座の口述筆記なら、読んだことがあるのである。

角川文庫に、落語協会が編集した [古典落語] と云う10冊組みの、タイトル通り、古典落語の口演を書き起こしたものが収められている。10冊中初めの2冊は「艶笑・郭ばなし」が充てられているのだが、第2冊の3話めが、円菊師匠演じるところの [町内の若い衆] と云う噺なのだ。

所謂 [艶笑ばなし] に分類されていて、類話と云うことになっている落語 [氏子中] は、1941年10月に、高座に載せることが自粛された53種 (所謂「禁演落語」) のひとつである。私には確認できなかったが、[町内の若い衆] も口演が自粛された可能性が十分あるだろう。事実、現在では、[町内の若い衆] は「かっての禁演落語」として扱われているようだ。

私は落語の [氏子中] を聞いたことはなく、また口演の筆記も読んだことがない。従って、以下の議論は、サイト [落語あらすじ事典 千字寄席] 中の項目 [氏子中(うじこじゅう)] に示された概況に拠るので、自分でも心もとないところがあるのだが、それを留保しつつ断ずるなら、[氏子中] と[町内の若い衆] では、サゲの発想が同工であるとは言え、物語の構造が異なっているのだ。

[氏子中] は、確かに所謂 [バレ噺] だが、[町内の若い衆] は、バレるのはサゲだけで、基本は「真似そこない」型の笑話と看做せる。実際、円菊版の [町内の若い衆] のマクラは、次のような典型的な「真似そこない」話である。

 一席ごきげんをうかがいます。
 ええむかしからこのう、付け燒き刃ははげやすいなんてえことを申しまして、とかくこのう人まねというもんは、これはうまくいくもんじゃございませんよ。まあ、でもむかしは、このう、夏の暑い盛りに甘酒(あまざけ)を売って歩いたなんという商売がございます。
 「あまあーい甘酒ェ」
 「おっ甘酒屋!」
 「へえい」
 「あついかい?」
 「へえい、あつうがんす」
 「じゃ日陰歩きな」
 「ばかにしてるなあの野郎」
 なんてんで、甘酒屋をからかって……。これをそばで聞いていたのがわれわれ同様というのか、少々ぼうーっとしてやつで、
 「旨(ンま)いこと言いやがるなあの野郎、『甘酒屋、あついかい』ってやがる。『おあつうござんす』と言ったら日陰歩けって、ふふん、おれもからかってやれ」
 なんてよしゃいいのに
 「あまあーい甘酒ェ」
 「おいっ、甘酒屋!」
 「へえい」
 「あついかい?」
 「いいえ、飲みごろです」
  「ん、フッフ一杯くれ」
  なんてんでね、逆に飲まされちゃったりなんかしまして……。
  とかくこの人まねというものは、これァうまくいくもんじゃございません。
--[古典落語〈2〉艶笑・廓ばなし 下] (東京。角川書店。角川文庫 1974年) pp.44--45
なお、ここにリンクを付けたアマゾン出品のものは1980年刊。1974年のものを復刊したものか?

また、構造的に、わかりやすい相違点を指摘しておくと、[氏子中] では、女性主人公の妊娠が冒頭から明らかにされて、そこから物語が展開していくのだが、[町内の若い衆] では、女性主人公の妊娠は、物語の完結に直結する最後の段階で明らかにされる。

ちなみに、[落語あらすじ事典 千字寄席] でも項目 [町内の若い衆(ちょうないのわかいしゅう)] の解説で「別話」であると指摘されている。

[落語あらすじ事典 千字寄席] の [氏子中(うじこじゅう)] に従うなら、落語 [氏子中] の現在知られている最古の原話は、正徳2年(1712)、江戸で刊行された笑話集「新話笑眉」中の [水中のためし] だと云う。この [水中のためし] が、その後半世紀経った宝暦12年(1762)刊の「軽口東方朔」巻二 [一人娘懐妊] 等、多くの模擬作品を産んで、その後の落語 [氏子中] につながったと云うことらしい。

ただ、ここで注意しておくなら、女性主人公は [水中のためし] では「下女」であり、[一人娘懐妊] では (私は、概況でさえ不承知なのだが、タイトルからホボ確実に) 「娘」であることだ。「物語」の層では「下女」はカテゴリとして「娘」であるから、笑話と落語 [氏子中] とでは物語としての「風合い」がかなり異なっている。議論を単純化しすぎであることを認めつつも、対比すると、笑話では「娘と後家は若衆のもの」を連想させるような、古代的な、更には、聖婚にまで遡りえるような神話的背景が感じられるのに対し、落語では、せいぜい中世以降、多分に近世的な、それも都市生活者間における cocuage が物語の要になっているからだ。

ただ、ここで実時代における「古代/近世」の対立に固執するのは意味がない。例えば、江戸時代、佐久間某の「下女」であった [お竹] が大日如来の化身であったと云う逸話に、川柳作者たちの間で「町内の若い衆」と同系の神話性が付与される機微を、石川淳は、その [江戸人の發想法について] で鮮やかに指摘している。

  佐久間の下女は箔附のちぢれ髪

  裏に來てきけばをとつひ象に乘り

 お竹大日如來のことは民俗學のはうではどうあつかふのか知らない。某寺の聖のはなしとか流しもとの飯粒を大切にするはなしとかがこれに關係づけられてゐるやうである。しかし、この風變りな如來縁起が市民生活の歴史のなかでいかなる關係物によつて支へられてゐるにしろ、前もつて能の江口といふものがあたへられてゐなかつたとすれば、すなはち江口に於て作品化された通俗西行噺が先行してゐなかつたとすれば、江戸の佐久間某の下女が大日如來の化けるといふ趣向は發明されなかつたらう。江口の君が白象に乘つて普賢菩薩と現じたといふ傳承は前代から見のこされて來た夢のやうなものだが、江戸人はその夢を解いて、生活上の現實をもつてこれに對應させつつ、そこにまたあらたなる夢を見直すことを知つてゐた。そして、かういふ操作がきはめてすらすらおこなはれてしまふので、それがかれらの生得の智慧のはたらきであること、同時に生活の祕術であることを、江戸人みづから知らなかつた。後世が作為の跡しか受け取らなかつたとすれば、當の江戸人はそのとほり駄洒落さと答へてけろりとしてゐるであらうが、じつは後世がむざむざとかれらの智慧にだまされてゐるようなものである。お竹大日如來の場合は、文學のはうではたまたま川柳の擔當になつてゐるので、後生の文藝批評家はなるべくこれをやすつぽく踏み倒すことによつて自家の見識を示さうとする。われわれは、その見識の高下をしらない。
 箔附のちぢれ髪といふ。おもての意味は明かに佛菩薩の螺髪のことをいつてゐる。しかし、箔附のとは、れつきとした、極めつきの、例のあれさ、といふ意味でもある。すると、ちぢれ髪とは何か。按ずるに、ちぢれ髪の女は情が濃いといふ俗説を踏まへてゐるのだらう。ここで「こなたも名におふ色好みの、家にはさしも埋木の、人知れぬことのみ多き宿に」といふ江口の本文をおもひ出しておいてよい。江戸の隠語に、來るもの拒まない女のことを、醫者の慣用藥にたとへて、枇杷葉湯といふ。お竹はけだし枇杷葉湯なのだらう。お竹とはかならずしも佐久間家の婢にはかぎるまい。市井の諸家の臺所に多くの可憐なるお竹がゐて、おそらくは時に町内の若者を濟度することを辭さなかつたのだらう。すなはち見立江口の君である。おろかな、たわいない、よわい女人はここにまで突き落とされたかと見るまに、一轉して後シテの出となる。臺所は「世をいとふ人とし聞けば假の宿に心とむなと思ふばかりぞ」といふ假の宿である。また「惜しむこそ惜しまぬ假の宿」である。すでにして、お竹は「これまでなりや歸るとて」白象に乘つた遠い普賢像であつた。その姿の消えた後に、裏に來て安否をとふものは、かならずやかつて濟度をかうむつた町内の若者の一人なのだらう。憶測をたくましくすれば、この相手方もまた一所不住の浮かれもの、見立西行といふこころいきであらうか。
--[文学大概] (東京。中央公論社。中公文庫 1976年) pp.74--76
--[石川淳選集 第14巻 評論・随筆 4] (東京。岩波書店。1980年) pp.173--174

しかし、現状では考える材料が調えられないので、これ以上、あれこれ頭をひねっても仕方がない。本題に入ろう。

角川文庫版の [町内の若い衆] には、次のようなくだりがある。

「なにを言ってんだい、夫が聞いてあきれるよ。[おっとおっと] って言いやがって、その下に [どっこい] をつけてごらん」
「おっとどっこい……なに言ってんだ、畜生め、ええ、いまなあ、ええ、感心しちゃったんだ、おらあ」
「なに言ってんだあ、感心しちゃ首曲げてやがらあ。しかんけの犬」
「なんだい、しかんけの犬てえのは」
「首を曲げてばかりいるからだよう」
--[古典落語〈2〉艶笑・廓ばなし 下] (東京。角川書店。角川文庫 1974年) p.49
上記引用文で [ と ] とで囲んで在る部分は、原文では「丶」による強調がされている。また、ここにリンクを付けたアマゾン出品のものは1980年刊。1974年のものを復刊したものか?

最初この部分を読んだ時、私には「しかんけの犬」が何を指しているのか分からなかった。そして多分、江戸時代、又は、かっての東京で使われていた「悪態」の一つなのだろうと思ったのだった。

しかし、その後、「町内の若い衆」を別のテキストを読んだ時に、上記引用文では「しかんけの犬」となっているところが「蓄音機の犬」といるのを読んで、自分の勘違いに気が付いた。「首を傾げた」仕草を、音楽レコードのブランドである HMV (His Master's Voice) の商標である犬「ニッパー (Nipper)」になぞらえたのだ。

ただ、「ちくおんき」が「しかんけ」になるのは、[江戸/東京弁] としても、やや特異であるかもしれない。

私自身、東京で生まれ育った人間で、例えば、子どもの頃、夏場に近所の友達と水の掛け合いをしていて、その友達に、水を浴びせた瞬間「シャッケー、シャッケー」と叫ばれた経験がある。その時、私は「『鮭』がどうしたのだろう」と不思議に思うばかりだった。東京近辺だけのことか、それ以外に拡がりがあるか承知しないが、取り敢えず、私の身の回りでは「酒」は「さけ」だが、「鮭」は「しゃけ」だったのである。勿論、「鮭」を「さけ」と呼ぶこともあって、しかも「酒」の「さけ」と、「鮭」の「さけ」とはアクセントが異なるから、混同はしない筈なのだが、私なぞは、子どもの頃、塩を吹いて真白になった中に赤くて堅い切り身が隠れている形で食膳に載る魚は「しゃけ」だと思いこんでいたし、また今でも「鮭」は「しゃけ」でないと、微妙な違和感がある。

勿論、「シャッケー」は「冷やっこい」の訛りである。実際の転訛の変遷を私は知らないが、図式的には「ひやっこい → しゃっこい → しゃっけー」と考えられる。ただ、当時小学校低学年だった私は「冷やっこい」と云う言葉を知らなかったから (家庭内でも使っていなかった。使っていたのは「つめたい」か、「つべたい」だった。もっとも、私の母親は家庭内では、しばしば「おべたい」などと言っていたが、これは、おどけて幼児語化していたのだろう)、連想の浮かびようもなかったのだ。

もっとも、「シャッケー」そのものも、本来は幼児語だった可能性はある。何故なら、江戸時代の江戸では、町内を廻って水を売る商売 (所謂「ボテフリ」の「水売り」) があったが、それは2種類に分けられて、日照りで井戸枯れの時、取り敢えず必要になる飲料水を売り歩く種類と、現在で言う清涼飲料水を扱う種類があった (砂糖を溶かしたり、白玉を加えて売られたらしい) が、少なくとも、この [清涼飲料水] タイプの方の売り声が「ひゃっこいひゃっこい」だったからだ (従って、彼らは「ひゃっこい」とも呼ばれた)。細かく言うなら、文字どおり「ひゃっこい」と発音されていたと云う保証はないかもしれないが、順当に考えるなら、[大のおとな] は、少なくとも、その気になれば、「ひゃっこい」と言えたし、実際にそう発音していたと云うことなのだろう。

後ればせながら断わっておくと、私は自分が所謂「東京弁」を常用しているとは思っていない。「ひ」と「し」の使い分けに難があるだけが、微かにそれらしいだけで、取り立てて「某某弁」と呼べるような特徴のある話し方はしていない筈である (「まっつぐ」なんて言わないよ。「まん真ん中」も余り使わないな。逆に、関西由来と思われる「ど真ん中」は、時どき使っているかもしれない。一番使っているだろうのは、無印の「真ん中」)。実際に聞いてみるならば東京弁使用者を認識することはできる気がするが、「この人は東京弁を使っている」と感じる実体験は滅多にない。それが、東京弁ネイチブ・スピーカーが絶滅危惧種であるためか、私の東京弁認識能力が似非なのか、なんとも言えないだろう (「両方」と云うこともある)。だから、この記事に書いてあることが基本的に間違っている可能性さえあるのだ。

そう断わっておいて、改めて設問すると、で、「ちくおんき」が「しかんけ」になったのは、どう云うことなのか?

実は、この稿を書き始めるまでチャンと考えたことがなかったような気がする。円菊さんが亡くなったから思い出したので、普段は忘れていたからだ。

円菊さんは、当然、この噺を、師匠の古今亭志ん生から受け継いだのだろう。事実、志ん生には(七代)金原亭馬生時代に吹き込んだ「氏子中」のSP盤レコードがあるというが、その内容は、通常の「氏子中」(落語) ではなく、むしろ「町内の若い衆」であると云う。

円菊さんの口演では、静岡茶を褒めるクダリがあって、これは静岡出身である円菊師匠が付け加えたのではないかと思われるが、そのように、全てが志ん生譲りとは言えなかろう。「ちくおんき」が「しかんけ」に変わるに就いては、志ん生、円菊、原稿作成・校正者の3つのレベルが関わりうるのだ。

東京で育った人間なら、例えば「文字焼き (もんじやき) → もんじゃき → もんじゃ」と云う転訛が、ごく自然に受け入れられる。同様に、「蓄音機 (ちくおんき) → ちこんき」と云う転訛なら、当然そう云うこともあるだろう、と、納得できる (「ちこんき → ちこんけ」と云うのもありうるのではないか)。

この原稿を書きだしてから、思いついて google 検索してみて気付いたのだが、「しかんけの犬」や「シカンケの犬」では、現時点で1件もヒットしないが、「チコンキの犬」なら多数ヒットする。

「ちこんき → しかんけ」が、円菊さんの聞き間違え・言い間違えや、原稿作成・校正者のミスと云う可能性も勿論ある。しかし、私は、志ん生師匠自身が、円菊さんの前で「しかんけ」に聞えるような発話をしていたのではないかと思うのだ。「だから何なのだ」と言われると、それまでなのだが。。。

古今亭円菊と同日に、丸谷才一も亡くなった。私はこのブログで、2008年3月頃、彼と大野晋との対談 [日本語で一番大事なもの] 中で取り上げられた引用文に就いての記事を数多く書いているが、その際、肝腎の書名を書きあやまると云う大失態を犯してしまった。その訂正かたがた、必要ならば、記事への補足、又は瑕疵の点検と訂正を行ないたいと思っていたが、全く手つかずのまま、2008年7月の大野晋の死去に続いて、丸谷才一まで鬼籍に入ってしまった訣で、自らの怠惰に忸怩たらざるを得ない。

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埼玉県越谷市 [慈眼寺] の地口行燈

もう一昨日になってしまったが2011年8月16日の [@nifty:デイリーポータル Z] の 記事 [お寺プロレスに行ってきた] ([大坪ケムタ] ) で、埼玉県越谷市の [慈眼寺] (埼玉県越谷市 大字大泊104番地) で行なわれた「お寺プロレス」が紹介されていた。

その概括的情報に就いては [8月7日はお寺プロレス!|プロレス文藝] から得られるし、また、その内容の詳細は大坪さんの上記記事そのものに依っていただきたいが、実は、私が一番興味深く思ったのは、「プロレス」ではなくて、慈眼寺の「お祭り仕様」の一例として取り上げられていた、大坪さんの言う所の「あちこちに貼られたむだ絵風な何か」であり「なんとなく風流ではあります」と形容されている [地口行燈] (地口行灯) だった。

「地口行燈」に就いては、都筑道夫が [なめくじ長屋捕物さわぎ] 中の一篇「鶴かめ鶴かめ」の中で、次のように叙述している。

 親方がいうと、行燈に地模様を書いていた職人が、立ち上がって、奥の障子をあけた。下駄常とセンセーが入ってみると、八畳の座敷が、行燈で埋まっていた。行燈は上のほうに、地模様だけが書いてある。波を逆さにしたような、というか、雲がたれさがったような模様で、甕だれ霞 (かめだれがすみ) という。それが、赤と紫とで二段、さっと刷毛でなすってあって、もう乾いていた。

畳のあいてあるところには、赤い毛氈が敷いてあって、二十五、六の女がその上で、墨と朱と緑の皿をわきに、行燈を前において、絵を書いている。墨の筆で、いま書きおわったのは、大きな口をあいて、だんごを食っている男の絵だった。顔じゅう口のようで、だんごがひとつ残った串のさきが、頬をつらぬいている。次の余白に、

   だんご食ふ口に串の槍

と、女は書いた。センセーは微笑して、

「ふむ『三国一の富士の山』か。ちと苦しいが、絵は面白いな。ひと筆がきのような略画なのに、ちゃんと動きがある」

--光文社時代小説文庫 [いなずま砂絵] (都筑道夫。pp.14-15)

慈眼寺の地口行燈は (変体仮名を現代風のかなになおして書くなら)、「小鬼ハッテすべってころんだ」(左)と「ほおづきさまいくつ」(右) とで、出典は、ともに古童謡の「お月さま幾つ」であって、岩波文庫の [わらべうた] にも所収されている有名なものだ (「センセー」の顰みに倣えば、どちらも「ちと苦しい」)。ただし、岩波文庫版では「ほおづきさまいくつ」の元になっている「お月さま幾つ」が、「お月さん幾つ」になっているのはともかく、「小鬼ハッテすべってころんだ」の「小鬼ハッテ」の元である「氷張って」が欠けている (註では、江戸時代の学僧 [釈行智] の [童謡集] に「油屋の縁で、氷がはつて」と云う例が見られることが指摘されている)。

ちなみに、「小鬼」の方は、東京都小平市の [Japan 小平グリーンロード 灯りまつり] でも、そっくりの物が飾られている。

[釈行智] の [童謡集] に収めれていることから分かるように [お月さま幾つ] は、少なくとも江戸時代に遡れる童謡で (北原白秋が作者だとクレジットしている記事がネット上で見られるが、白秋は採録・編集しただけだろう) 日本各地でヴァリアントがあるようだ。しかし、ネット上でザッと調べてみたが、「お月さま幾つ」と「氷張って滑って転んで」とを両方含む例が見つからなかった。あるいは、[釈行智] の [童謡集] のものが、そうなのかもしれないし、また、埼玉県越谷市に、そうした例が存在するのかもしれないが、それも確認できなかった。

仕方がないので、取り敢えず、[青空文庫] から北原白秋採録のものを引用すると

お月 (つき) さまいくつ。
十三 (じふさん) 七 (なな) つ。
まだ年 (とし) や若 (わか) いな。
あの子 (こ) を産 (う) んで、
この子 (こ) を産 (う) んで、
だアれに抱 (だ) かしよ。
お万 (まん) に抱 (だ) かしよ。
お万 (まん) は何処 (どこ) へ往 (い) た。
油 (あぶら) 買 (か) ひに茶 (ちや) 買 (か) ひに。
油屋 (あぶらや) の縁 (えん) で、
氷 (こほり) が張 (は) つて、
油 (あぶら) 一升 (しよう) こぼした。
その油 (あぶら) どうした。
太郎 (たろう) どんの犬 (いぬ) と
次郎 (じらう) どんの犬 (いぬ) と、
みんな嘗 (な) めてしまつた。
その犬 (いぬ) どうした。
太鼓 (たいこ) に張 (は) つて、
あつちの方 (はう) でもどんどんどん。
こつちの方 (はう) でもどんどんどん。
(東京)
--北原白秋 [お月さまいくつ]
また[NPO法人日本子守唄協会] では山口県玖珂郡錦町に伝わる [お月さんなんぼ] が見られるが、これは「氷がはって、すべってころんで」を含んでいる。
お月さんなんぼ
玖珂郡錦町

お月さんなんぼ 十三七つ
まだ年ゃ若いの
あんな子を産んで この子を産んで
誰に抱かしょ お万に抱かしょ
お万どこ行った 油買いに茶買いに
油屋の縁で 氷がはって
すべってころんで 油一升こぼして
太郎どんの犬と 次郎どんの犬が
みんな なめてしまった
その犬どうした 太鼓の皮にはって
あっち向いて どんどこどん
こっち向いて どんどこどん
--NPO法人日本子守唄協会 [子守唄 - お月さんなんぼ] - 玖珂郡錦町

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米国での地震時での個人の対応行動指針 ("Drop, Cover and Hold on")、及び「構内放送」(「場内放送」等) 例文

最近時々、[地震 放送 英語例文] と云うたぐいのキーフレーズでこのサイトを訪問された方がいらっしゃるのだが、そうした時、少し考えただけで、調べることはなく、そのままにしてしまってきた。調べても、ハカバカしい結果は得られそうもない (ヨリ正確に言えば「マト外れな結果」しか得られないだろう) と思ったからだ。

それどころか、踏み込んで言ってしまうなら、英語かどうかに限らず、大地震の発生中は、遠隔地はともかく、震央近くで、その地震のただ中にいる人々にとって「放送」は役に立たない。放送施設が利用可能であり得るかと云う問題もさて措き、「放送」を行うことで、むしろ現に地震発生の渦中にある人々の注意力を削いでしまうことになりかねない。むしろ大切なのは、日常時での、地震発生時の対応方法 (勿論、極めて限定的な行動しか出来ない訣だが、だからこそ、最も有効な行動) を明瞭簡潔に示したガイドやマニュアルの周知徹底と、その頻繁な訓練だろう。

勿論、揺れが一旦収まった後で (余震はあり得るにしても)、放送施設が生き残ったと云う条件の下では、何らかの情報伝達、特に避難誘導の為に、放送が活用されることが好ましい。また、構成員の主体が未成年者であるような「学校」等の施設では、激烈とは言えない地震であっても、一瞬にして非日常的状況に抛りこまれるわけだから、生徒個人の行動の判断を本人に任せる訣にいかない、と云う考え方もあり得る (逆に、特に「津波」が襲来する危険性がある時には、基本的には常に保護者が個別的に密着していることが期待される「乳幼児」と「要介護者」・「疾病者」以外は、「指針」は「指針」として、その具体的行動の判断を本人だけに委ねるしかないと云う考え方もあり得るが、この方向に議論を進めると、本稿の守備範囲が広がりすぎる恐れがあるので、なるべくしないようにするつもりだ)。当然、この場合、第一義的には教師・学校職員の直接指導が行なわれるべきだろうが、だとしても、副次的手段として放送が利用されることは、認められてよい筈だ。

ただし、ここで、「放送」とは所謂「館内放送」・「場内放送」・「構内放送」・「校内放送」等英語で謂う "public address (PA) system" のこととして解釈してある。つまり TV やラジオ乃至はインターネットを介する「放送」--英語で謂う "broadcast" または "telecommunications"-- のことは問題にしていない。

と、考え直した上でも、(別段、何かの「調査」--この「調査」はネットを検索したぐらいではできないだろう-- をした上での根拠がある訣ではないが) 緊急時の「放送」が問題になるような「社会」で「地震」が切実であるのは、世界の中でまず第一に日本国においてではないのか。「諸外国の事例」を探しても得るところは少ない気がする。

話が、こんがらがりそうで困るが、[地震 放送 英語例文] と云うキーフレーズの本質に関わる筈なので、指摘しておくと、この日本国の国土で成長した訣ではない人々が、現在日本国内に在住・滞在している場合には、そのほぼ全員が、地震に関しては「学校生徒」と本質的に同じなのだ。だから、適切な避難誘導のためばかりでなく、その逆に、日本で生まれ育った社会人なら、危険性を感じないような揺れであっても、「外人」はパニックを起こす可能性は有るから。それを防ぐ為に、危険性はないので平静を保つように呼びかけると云った外国語放送はあっても良いだろう。とは言え、それを踏まえても以下の議論の主要部は成り立つと思う。

恐らく、私ができることは、ネットで調べるぐらいでは[地震 放送 英語例文] に就いて役に立つ情報は得られないことを確認することぐらいだろう。しかし、「役に立たないことをする」は、このブログのモットーであった。そこで、少し調べてみることにした。

で、google で検索してみたのだが、その結果の範囲内では、地震時の "PA system announcement" を話題しているのは、殆どがアメリカ含羞国又はカナダでの "K-12" 「学校」(日本での幼稚園から高等学校に対応する) における緊急事態対応マニュアル又は緊急事態想定訓練の「台本」であることだ。そして、ほぼ共通して、"Duck, Cover and Hold" 又は "Drop, Cover and Hold" と言う動作を執ることが呼びかけられている。

今、「放送例文」であるか否かを離れて、英文として、この "Duck, Cover and Hold" 又は "Drop, Cover and Hold" が具体的にはどのような動作を意味するかは、その名もズバリ "www.dropcoverholdon.org" と云うサイトのウェブページ "Drop! Cover! Hold On!" を見て戴くのが、解かり易いだろう。そこでは、次のようなピクトグラムを使ったアニメーションを用いた、地震発生時の簡潔な行動指針が与えられている。

Drop! Cover! Hold On!

ここで英語の語義の補足をするなら "duck" とは、一般には「素早く姿勢を低くする」と云う意味であり、"drop" は、より強く「(崩れ落ちるようにして、或いは、たたきのめされたようにして) うずくまったり、座り込んだり、寝転んだりする (その結果、足の裏以外の体の部分が地面や床面に着く)」といったニュアンスの違いがあるが、この「標語」に限っては、同じ意味で使われている。つまり、「素早く『四つん這い』又は、それに近い姿勢になれ」と云うことだ。

何故、今、"duck" と "drop" の語義の違いにこだわるかと云うと、図解等の説明抜きで聞いたり、読んだりした場合、"Duck, Cover and Hold" よりも "Drop, Cover and Hold" の方が、地震時の行動として遥かに的確と思われるからだ。どうやら、多数派は "Drop, Cover and Hold" ではあるらしいのだが、それでも、ミスリードする可能性がある"Duck, Cover and Hold" が使われている理由は、私には分からない。憶測するに、"drop" よりも "duck" の方が「聞こえが良い」(つまり、特に子どもにとっては "drop" にはネガティヴなイメージがあり "duck" にはポジティヴなイメージがあると云ったような) ところがあるのかもしれない。

これに関連して書いておくと、"ducking" は、ボクシングにおいて、相手の打撃を避ける技法として知られている。しかし "duck" の用例で一般に最もよく知られているものは、1981年3月30日に当時のアメリカ合衆国大統領ロナルド・ウィルソン・レーガン (Ronald Wilson Reagan. 第40代。在任:1981年1月20日--1989年1月20日) が、発した一言だろう。

当時就任間もなかったレーガン大統領は、ワシントンDC北西区域コネティカット大通り1919番 (1919 Connecticut Ave., NW) のワシントン・ヒルトン・ホテルで行なわれたアメリカ労働総同盟・産業別組合会議 (American Federation of Labor and Congress of Industrial Organizations/AFL-CIO) 代表者達の昼食会での講演を行なった。講演を終えてワシントンDC北西区域T番街 (T Street NW) に面したホテル出口から出てリムジンまで歩っていく途中の東部時間午後2時27分にジョン・ウォーノック・ヒンクリー・ジュニアJohn Warnock Hinckley, Jr. 1955年5月29日--) により、同行者3名と共に狙撃され、跳弾を左脇の下に受けたのだった (皮肉にもヒンクリーが撃った6発のうちの6発目が防弾装備をしたリムジンに当たって反跳したのだ)。銃弾はレーガンの心臓をかすめており重傷だったが、その痛みを、シークレット・サービスのジェリー・パール/Jerry Parrによりリムジンに押しこまれる際の打ち身だと信じて、レーガンは被弾したとは気が付かなかったらしい。しかし吐血した大統領を見たパールが、彼をジョージ・ワシントン大学病院/The George Washington University Hospital に急遽搬送した。レーガンは弾丸摘出手術をうける直前、救急救命室 (emergency room/ER) に駆けつけた妻のナンシー (Nancy Davis Reagan) に向かって "Honey, I forgot to duck" (「ダッキングし忘れちゃってさ」) と冗談を飛ばしたのだった (米国民は、そして多分英国民も、危機的な状況で、余裕綽々なジョークを飛ばせる「剛毅かつ人間味のある司令官」型の指導者を喜ぶようだ)。

もっとも、これもよく知られているように、この言葉は、1919年から1926年にかけてのボクシング世界ヘビー級王者ジャック・デンプシーJack Dempsey 1895年6月24日--1983年5月31日) が、前評判では格下と思われていたジーン・タニー (Gene Tunney, 1897年5月25日--1978年11月7日) に、1926年9月23日不覚の判定負けを喫した後、控え室に戻って妻の女優エステル・テイラー (Estelle Taylor) に語ったと云う言葉をそのまま使ったものである。

"Cover" は、勿論「何かで身体 (特に首筋と頭部) を覆うようにして、落下物・飛翔物から身体を護る」ことだ。具体的には、防護のための遮蔽物として、第一に、机やテーブルが想定されている訣だが、それが手近に無い場合や、あったとしても使用に適さない場合は、腕や手を使うことが推奨されていて、これも "Cover" のうちになっている (ただし、後の "Hold on" についての説明を参照)。また、"cover" を名詞にして "take cover" とすると「もぐる」・「隠れる」と云う語感が付く。

"Hold" は「そのまま動かずにジッとしている」ぐらいの意味である。ただし、サイト"www.dropcoverholdon.org" の例が示すように "Hold" は "Hold on" と云う表現になっていることもある。これもニュアンスが僅かに異なっていて、"Hold on <something>" だと (特に "Hold on to <something>" だと明確に)「何か (<something>) にへばりついて、或いは、しがみ付いて動かないようにしている」ぐらいだろう。更に言っておくなら、"Hold on" で、遮蔽物ではなく、自分の手で頭部や首筋を覆ったり、腕を頭部や首筋に巻付けたりすること意味させることもあるようだ。語義としては、微妙なような気がするが、目標とする体勢は他の場合と一致する。

実は、"Drop, Cover and Hold on" のヨリ詳細な内容は "www.earthquakecountry.info" と云うサイトのウェブページ "Protect Yourself During an Earthquake... Drop, Cover, and Hold On!" に、次のように纏められている:

  1. DROP down onto your hands and knees (before the earthquakes knocks you down). This position protects you from falling but allows you to still move if necessary.
  2. COVER your head and neck (and your entire body if possible) under a sturdy table or desk. If there is no shelter nearby, only then should you get down near an interior wall (or next to low-lying furniture that won't fall on you), and cover your head and neck with your arms and hands.
  3. HOLD ON to your shelter (or to your head and neck) until the shaking stops. Be prepared to move with your shelter if the shaking shifts it around.
--"Protect Yourself During an Earthquake... Drop, Cover, and Hold On!"

タイポグラフィまで考慮すると面倒なので、意味だけをザッと訳すと次のようになるだろう:

  1. (地震があなたを突き倒す前に) 四つん這いに身体を伏せましょう。この姿勢をすると、あなたは転ばずに済むようになるだけでなく、必要に応じて移動することが可能になります。
  2. 頑丈なテーブルや机で、あなたの頭や首を (そして、できれば全身を) 覆って防護しましょう。防護物が手近に無い場合にだけ、近くの室内壁の近く (又は倒れてきそうもない背の低い家具の側) で姿勢を低くして、腕と手とで頭と首を覆いましょう。
  3. 地震が収まるまで、防護物 (又は頭と首) を掴んでいましょう。地震の振動によって防護物が動くことがあるので、その場合には自分も一緒に移動できるようにしておきましょう。

更に、補足するなら、この "Drop, Cover, and Hold on" 等の動作は、地震時に限らず、多くの緊急時に取られるべき対応して考えられていることで、この点も留意されるべきだろう。また、翻訳技法上の注意をするなら "Drop, Cover, and Hold on" を標語風に訳すとしたら、簡潔さを重んじて「ふせ! まもれ! つかめ!」ぐらいにした方が良いだろうと思う。

ヨリ一般的に「地震に遭遇したら何をすべきか、そした何をすべきでないか」に就いて米国行政府がどう考えているかは、"Federal Emergency Management Agency/FEMA" (アメリカ合衆国連邦緊急事態管理庁) のウェブページ "FEMA: What to Do During an Earthquake" で知ることができる。

What to Do During an Earthquake
Stay as safe as possible during an earthquake. Be aware that some earthquakes are actually foreshocks and a larger earthquake might occur. Minimize your movements to a few steps to a nearby safe place and if you are indoors, stay there until the shaking has stopped and you are sure exiting is safe.

地震発生時にすべきこと
地震が起きている間は、自分の身の安全維持に全力を尽くすこと。地震によっては、それが実は前震であって、更に大きい地震が発生することもあり得ることを留意しておくこと。近くの安全な場所に移動しようと云う場合でも、数歩程度の動きに留めること。屋内にいた場合には、地震の揺れが止まり、そして屋外に出ることが安全であることが確認できない限り、その場に留まること。

    If indoors
  • DROP to the ground; take COVER by getting under a sturdy table or other piece of furniture; and HOLD ON until the shaking stops. If there isn't a table or desk near you, cover your face and head with your arms and crouch in an inside corner of the building.
  • Stay away from glass, windows, outside doors and walls, and anything that could fall, such as lighting fixtures or furniture.
  • Stay in bed if you are there when the earthquake strikes. Hold on and protect your head with a pillow, unless you are under a heavy light fixture that could fall. In that case, move to the nearest safe place.
  • Use a doorway for shelter only if it is in close proximity to you and if you know it is a strongly supported, loadbearing doorway.
  • Stay inside until the shaking stops and it is safe to go outside. Research has shown that most injuries occur when people inside buildings attempt to move to a different location inside the building or try to leave.
  • Be aware that the electricity may go out or the sprinkler systems or fire alarms may turn on.
  • DO NOT use the elevators.
    屋内にいた場合
  • 床に伏せる。頑丈なテーブルその他の家具の下にもぐって、身体を防護する。地震の揺れが止まるまで、そのままの体勢でいる。テーブルや机が手近に無い場合には、腕で顔と頭とを覆って、建物の内部側の隅にしゃがんでいる。
  • ガラス、窓、戸外に続くドア及び壁、その他、照明器具・家具等の落ちたり倒れたりする可能性があるもの全てから離れている。
  • 地震発生時に寝床の上にいた場合には、そこに留まる。落ちてくるかもしれない重い照明器具の下にいるのでない限り、ジッとしていて、枕で頭を防護する。落ちてくるかもしれない重い照明器具の下にいる場合は、一番近い安全な場所に移動する。
  • 戸口を防護物にするのは、戸口が、たまたまスグそばにあって、しかも、基礎がしっかりとしていて荷重支持能力のあることが分っている場合だけにする。
  • 地震の揺れが収まった後でも、外に出ることが安全になるまで、その場に留まる。被災者が負傷するのは、殆どの場合、建物内にいた被災者が、建物内の別の場所に移動しようとしたり、建物外に出ようとした時であることが調査の結果分っている。
  • 停電している可能性が有ること、スプリンクラー・システムや火災報知器が作動している可能性が有ることに留意する。
  • エレベーターは利用しない
    If outdoors
  • Stay there.
  • Move away from buildings, streetlights, and utility wires.
  • Once in the open, stay there until the shaking stops. The greatest danger exists directly outside buildings, at exits and alongside exterior walls. Many of the 120 fatalities from the 1933 Long Beach earthquake occurred when people ran outside of buildings only to be killed by falling debris from collapsing walls. Ground movement during an earthquake is seldom the direct cause of death or injury. Most earthquake-related casualties result from collapsing walls, flying glass, and falling objects.
    屋外にいた場合
  • その場に留まる。
  • 建物、街灯、配線から離れる。
  • 広々とした場所にいたのだったら、地震の揺れが止まるまで、その場に留まる。一番危険なのは、建物の外側すぐ近く、出口や外壁傍なのである。1933年ロングビーチ地震の際の死亡者120名の多くは、建物の外側を走っていたと云うことだけのために、崩壊した壁からの落下物に当たって死亡する結果となった。地震中の地面の揺動が死亡や外傷の直接原因になることは殆どない。地震による死傷者の大多数は、崩壊した壁、飛び散ってきたガラス、そして、落下物が原因である。
    If in a moving vehicle
  • Stop as quickly as safety permits and stay in the vehicle. Avoid stopping near or under buildings, trees, overpasses, and utility wires.
  • Proceed cautiously once the earthquake has stopped. Avoid roads, bridges, or ramps that might have been damaged by the earthquake.
    移動中の車両内にいた場合
  • 安全性を確保しつつできる限り素早く停止して、車両内に留まる。建物、樹木、陸橋、配線の近く又は下には停止しない。
  • 地震が収まったなら、慎重に前進する。地震により被害を受けている可能性がある道路、橋、ランプ (高速道進入・離脱用傾斜路) は避ける。
    If trapped under debris
  • Do not light a match.
  • Do not move about or kick up dust.
  • Cover your mouth with a handkerchief or clothing.
  • Tap on a pipe or wall so rescuers can locate you. Use a whistle if one is available. Shout only as a last resort. Shouting can cause you to inhale dangerous amounts of dust.
    瓦礫に閉じ込められた場合
  • マッチを点けない
  • 動き回らない。埃を舞いあげない。
  • ハンカチ又は布で口を覆う。
  • 救助者があなたの居場所を突き止められるように配管や壁をコツコツたたく。利用可能であったなら、笛を吹く。叫ぶのは最後の手段に取っておく。叫ぶことで、危険な量の埃を吸い込むことになることがある。

Last Modified: Wednesday, 11-Aug-2010 14:41:22 EDT
最終更新:東部夏時間2010年8月11日14:41:22 (水曜)

--"FEMA: What to Do During an Earthquake"

なお、the 1933 Long Beach earthquake とは、1933年3月10日 太平洋標準時午後5時55分に発生した、カリフォルニア州南部のロサンゼルス郡内の湾口都市ロングビーチ南東沖を震源とするモーメント・マグニチュード6.4の地震。

因みに、東日本大地震のモーメント・マグニチュードは9.0だから、Gutenberg-Richter relation に従うなら、地震エネルギーとしては7900分の1程度の規模である (マグニチュードが1増えると、地震エネルギーとしては、1000の平方根倍、つまり約31.6倍になる)。

カリフォルニア州では1906年4月18日に、ヨリ大規模 (モーメント・マグニチュード7.9。東日本大地震の地震エネルギーの1200分の1以下) で、死者が3000人以上と伝えられるサンフランシスコ地震 が起きているが、これは、FEMA のガイドには参考例として採用されていない。100年以上前の災害である為に、訴求力に欠けると考えられたのか? ちなみに、理科年表平成23年版「世界のおもな大地震・被害地震年代表」には [1906年サンフランシスコ地震] は載せられている (p.753/地181) が、[1933年ロングビーチ地震] への記載はない。これは「表面波マグニチュード又は実体波マグニチュード7.8以上または死者が1000人以上」を掲げると云う基準があるためである。

個々の死の個別性から見るなら、地震の大小を云々するのは謹むしかないことを認めつつも、歴史的全体性の観点からは FEMA が想定している「大地震」は、こうしたレベルであることは留意しておいてよいだろう。

さらに FEMA の地震発生時対処法には "tsunami" のことがスッポリと抜け落ちている。勿論 FEMA のウェブサイトにも津波に就いてのウェブページ Tsunami があるが、そこには、1993年7月12日の北海道南西沖地震、所謂「奥尻島地震」におけるような地震発生後2-3分後に津波第1波が襲来することがあるのだと云う緊迫感は感じられない (余談にしかなるまいが、「"tsunami" は "soo-ná-mee" と発音する」と云う記述に至っては、脱力するしかない。確かに、日本語の「つ」の子音は、英語の t の子音とは対応せず、s の子音に似ているところもあるのだが、「ツナミ」と "soo-ná-mee" とは違う)。

なお [1906年サンフランシスコ地震] では、サンフランシスコ市が載っているサンフランシスコ半島の北端 (つまりサンフランシスコ市の北端でもある。"Golden Gate Bridge" の南だもと付近と言った方がイメージが掴めるかもしれない) のプレシディオ (Presidio) に設置されていた潮位計 (「験潮儀」・「検潮儀」) では40-45分周期で8cm程度の潮位変化が検知されたと云う。[1933年ロングビーチ地震] における津波に就いての記録は見つからなかった。これでは、日本、特に三陸地方における「津波てんでんこ」の切なさを求めるべくもないだろう。

前置きはこれぐらいにして、以下、地震時の放送例文を幾つか纏めておく。

まず、米国カリフォルニア州ロサンゼルス統合公立学区 (Los Angeles Unified School District) の健康安全環境事務局 (Office of Environmental Health and Safety) が策定した (2003年6月5日付け) 緊急時対応マニュアルのモデル版に示されている、地震を想定した訓練時の放送例文 (大文字部分):

6.7.3 DRILL 3: EARTHQUAKE
An earthquake drill is held to provide maximum protection in case of earthquake or other emergency where the risk of flying or falling debris is present. No advance warning or signal normally will be given. In practice drills, teachers should supervise students and be alert to the position of each student during the entire drill.
Signal: The signal for the drill is the following PA announcement.
"YOUR ATTENTION PLEASE. AS YOU ARE AWARE, WE ARE EXPERIENCING SOME SEISMIC ACTIVITY. FOR EVERYONE'S PROTECTION, ALL STUDENTS SHOULD FOLLOW STAFF DUCK AND COVER PROCEDURES, WHICH MEAN YOU SHOULD BE IN A PROTECTED POSITION UNDER A TABLE OR DESK, AWAY FROM WINDOWS AND ANYTHING THAT COULD FALL AND HURT YOU. HOLD THIS POSITION UNTIL THE SHAKE STOPS OR GIVEN FURTHER INSTRUCTIONS."
--"Model Safe School Plan: A Template for Ensuring a Safe, Healthy and Productive Learning Environment Volume 2 – Emergency Procedures" p.94/120 (Los Angeles Unified School District. Office of Environmental Health and Safety. Revised June 5, 2003)

地震訓練は、地震その他の、飛翔物・落下物の危険性が存在する非常事態において最大限の安全を確保する為に行なわれる。前以ての警告又は合図は通常用いられない。訓練実施時には、教師が生徒の監督を行ない、訓練全体を通じて、各生徒の姿勢に注意すること。
開始のきっかけ:次の校内放送で訓練が開始される。
お知らせがあるので聞いてください。お気付きのように、何からの地震現象が発生中です。全員の安全を確保する為に、生徒の皆さんは教職員がするのと同じようにして「ふせ! まもれ!」動作をとって下さい。つまり、テーブル又は机の下で安全な姿勢をとり、窓その他の落ちたり倒れたりしてきて怪我を負うことになりそうな物から離れていていて下さい。そして、地震の揺れが止まるか、新しい指示があるまでは、その姿勢でじっとしていて下さい。

この例では、"Duck, Cover and Hold" ではなく、"Follow Staff Duck and Cover" と云う標語が使われている (放送文の後の方で、"Hold" もでてくる)。このマニュアルの作成者は、未成年者に対しては、まず教職員が手本を示して、学生・学童達には、教職員の真似をする ("Follow Staff") ようにさせるのが一番確実だと考えている訣だ。

次は、"Code Red Training Associates" と云うウェブ・サイト中の「大地震」(the big one) に備えるた学校 ("Los Altos and Mountain View" とあるから、これもカリフォルニア州の学校だろう) の地震訓練を紹介した週刊誌記事の一部。そこでは「校内放送」ではなく、学校職員が口頭で "Duck and cover" を伝えている (やはり "Hold/Hold on" は脱落している):

Local schools prepare for 'the big one'
Los Altos Town Crier
Issue 22, Published on Wednesday, May 28, 2008
By Traci Newell.

It's 10:45 a.m., and students all over Los Altos and Mountain View hear an announcement from their respective school officials - "Duck and cover, a major earthquake is striking the area."
--School Earthquake Preparation

「大地震」に備える当学区の学校
ロス・アルトズ・タウンクライア
2008年5月28日 (水曜) 第22号
トレィシ・ネウェル記事

午前10時45分、ロス・アルトズ及びマウンテン・ヴュー学区全域の学校生徒たちは、それぞれの学校の職員が「ふせ! まもれ! この地域で大きな地震が発生しています」と触れ回っているのを耳にした。

カリフォルニア州サンタクルーズ郡 (Santa Cruz County, California) 教育局 (Santa Cruz County Office of Education) 発行の緊急時対応マニュアル第4章「緊急時の対応 (Chapter 4: Emergency Response)」では、落下物等の危険があるような状況では "Duck, Cover and Hold On" で対処すると云う一般的な指示の後、次のように書かれている:

The call to "duck and cover" is usually initiated by classroom teachers. In the event of an earthquake, the ground-shaking initiates the Duck, Cover and Hold On procedures.
For all other events:
Make an announcement over the PA system*:
"Duck, cover, and hold on. Stand-by for further instructions."
Repeat Twice
*If you do not have a PA system or bell code system, and it is safe to do so: send runners to each classroom with above information. Be sure all classrooms, libraries, cafeterias, gymnasiums, and all other on-campus programs and offices are also notified.
--"Chapter 4: Emergency Response" p.25/57 (Santa Cruz County Office of Education)

「ふせ! まもれ!」と云う呼びかけは、通常、担当中の教師が発すること。ただし、地震の場合には、地震発生をキッカケにして「ふせ! まもれ! つかめ! 」動作を始めること。
その他の場合では
校内放送を用いて、次の放送文を流すこと*:
「ふせ! まもれ! つかまれ! 次の指示を待ちなさい。」
これを2度繰り返すこと。
*校内放送設備又はベル・コード設備 (bell code system) がない場合には、安全が確保されていると云う条件の下で: 連絡員を用いて各教室に上記の情報を知らせること。全ての教室、図書室、食堂、体育館、その他全ての校内活動が行なわれている場所及び事務部門に、もらさず連絡を行うこと。

つまり、暴動・爆発・土砂崩れ等の(我ながら奇妙な言い方だが)「一般の緊急時」は "Duck, Cover and Hold On" は教師が指示するするよう規定されているが、地震の発生時に限っては、教師の指示を俟つことなく "Duck, Cover and Hold On" を行うことになっている。そして、校内放送 (又は人的手段) による連絡は、地震時には期待されていないし、又に「一般の緊急時」においても校内放送 (又は人的手段) よる呼びかけは副次的な手段という扱いである。

"Drop, Cover, and Hold on" ではなく、建物を退去することが求められる例を引用しておく。ケンタッキー大学 (University of Kentucky) 農学部 (the College of Agriculture) の "Veterinary Diagnostic Laboratory (「動物疾病診断研究所」とでも訳すべきか) の緊急時対応マニュアル "Building Emergency Action Plans: University of Kentucky Veterinary Diagnostic Laboratory" (学部長事務室 --Office of the Dean-- 発行) に緊急時館内放送の文例が纏められていおり、その内の「地震」の場合の例は次のようになっている。

Earthquake
"Attention all building occupants. An earthquake has just occurred. All building occupants should immediately and calmly evacuate the building. Do NOT use the elevators. Once outside, please congregate at our designated assembly area. Remain there for roll call and further instructions"
--"Building Emergency Action Plans: University of Kentucky Veterinary Diagnostic Laboratory" p.22/23 (Office of the Dean)

地震時
「館内にいる人たちに全員お知らせが有りますのでお聞きください。ただ今、地震が発生しました。館内にいる全ての人たちは、落ちついてただちに建物から退去して下さい。エレベーターは使用禁止です。退出後は、所定の集会場所に集合して下さい。そこで、そこで総員点呼及び次の指示がありますので、それを待ってください。」

付言しておくと、この "Veterinary Diagnostic Laboratory" は最近 (2010年後半?) まで "Livestock Disease Diagnostic Center (LDDC)"「家畜疾病診断センター」と呼ばれており、このマニュアルも LDDC 時代のものをそのまま使っているようだ。

最後に、カリフォルニア州全域で、現地時間2011年10月20日午前10時20分から開始されると云う地震訓練 "the 2011 Great California ShakeOut!" での放送文案 (この「放送」は "broadcast") を紹介しておく。 60秒版と2分45秒版の2種類が有るが (両者とも原文は "ShakeOut - ShakeOut Drill Broadcast Transcript (English)" で見られる)、やはり「津波」への意識は、それほど鋭くなく、実際に地震が起きた時に海岸近くにいた場合は、徒歩で速やかに高台、又は海岸から離れた場所へ移動するようにと云う呼びかけがなされているだけで実質的な訓練は行なわれそうもな無かったり (60秒版)、「詳しくはウェブで」といった情報だけだったりする (2分45秒版)。

2分45秒版では「今回は訓練なので自動車を実際に止める必要はない」と云った注意もあるから、やはり訓練としての「メリハリ」を付けているところはあるのだろう。米国民にとって「津波」は「メリ」なのだと云うことだけなのかも知れない。

Below is a transcript of the drill broadcasts to be played at 10:20 am on Thursday, October 20, 2011.

Great California ShakeOut
Drill Broadcast Text, 60 second version

This is the Great California ShakeOut. You're joining millions of Californians in the largest earthquake drill in US history. Practice now so you can protect yourself during a real earthquake.

This is an earthquake drill. Right now, DROP, COVER. AND HOLD ON.

Unless you are driving, DROP to the ground now: if you are standing during a large earthquake, the ground might jerk strongly and throw you down. Take COVER under something sturdy to protect yourself from objects being hurled across the room. HOLD ON to it until the shaking stops. If you can't get under something, stay low and protect your head and neck with your arms.

Now look around. What objects might fall or be thrown at you in an earthquake, that you should secure in place now?

Finally, strong earthquakes may trigger tsunami. If you're near the beach during an earthquake, DROP, COVER, and HOLD ON, then walk quickly to high ground when the shaking stops.

This drill is over. Visit ShakeOut.org for simple steps to help you survive and recover from a major earthquake, including how to secure your space. Thank you for taking part in the Great California ShakeOut!

Great California ShakeOut
Drill Broadcast Text, 2 minute 45 second version

"This is the Great California ShakeOut. You are about to join millions of Californians in the largest earthquake drill in U.S. history. Practice now so you can protect yourself, without hesitation, during a real earthquake.

"This is an earthquake drill. Right now, DROP, COVER, AND HOLD ON. Again, this is an earthquake drill. This is not a real earthquake.

"Unless you are driving, DROP to the ground immediately; take COVER by getting under a sturdy desk or table; HOLD ON to it until the shaking stops. If you can't get under sturdy furniture, stay low and protect your head and neck with your arms. If you are indoors, stay indoors. If you are outdoors, stay outdoors. Injuries are more likely when you try to move around.

Right now, imagine what would be happening around you during a major earthquake, with strong shaking that could last from a few seconds, up to two minutes. You would be experiencing sudden and intense back and forth motions of up to six feet per second. The floor or the ground would jerk sideways out from under you; that's why you must DROP, COVER, and HOLD ON. Every unsecured object around you could topple, fall, or become airborne, potentially causing serious injury. Look around and imagine: What would fall on you or others? What would be damaged?

"This is an earthquake drill. If you are in a high-rise or a public building: DROP, COVER, and HOLD ON. Do not use elevators.

"If you are outdoors: Move to a clear area away from wires, buildings, and anything else that could fall and hurt you, but only if you can safely do so. If there is something sturdy to get under, DROP, COVER, and HOLD ON. Otherwise, sit on the ground until the shaking is over.

"If you are in a stadium or theater: DROP, COVER, and HOLD ON. Protect your head and neck with your arms. Don't try to leave until the shaking is over.

"If you are in bed, stay there and hold on; protect your head with a pillow.

"If you are driving, don't do anything now. During an actual earthquake, coast over to the side of the road, stop, and set the parking brake. Avoid bridges and overhead hazards. Stay inside the vehicle until the shaking is over.

"It's been two minutes, and the shaking is over; but after a real earthquake, there will be aftershocks. What can you do now, before a real earthquake, so that you can reduce your losses and recover as quickly as possible? If you live along the coast, what do you need to know, and do, to project yourself from a possible tsunami? Visit ShakeOut.org learn more about how to prepare, protect, and recover. You can also share stories or photos of your ShakeOut drill.

"This concludes our earthquake drill. Thank you for participating in the Great California ShakeOut, the largest earthquake drill in U.S. history."

--"ShakeOut - ShakeOut Drill Broadcast Transcript (English)"

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メモ:映画 [戦艦ポチョムキン] 中の「全員は一人のために 一人は全員のために 」

このブログの記事 ["One for all, and all for one" (「一人は万人のために、万人は一人のために」) に就いて] (2007年1月30日[火]) において、

"Один за всех" "все за одного" が、Сергей Михайлович Эйзенштейн (セルゲイ・エイゼンシュテイン)の 映画 "Броненосец Потёмкин" (「戦艦ポチョムキン」)に出てくるらしいが、未確認(ただし "Battleship Potemkin: Scenario and script by Sergei Eisenstein" 参照)。
--["One for all, and all for one" (「一人は万人のために、万人は一人のために」) に就いて] (2007年1月30日[火])

と書いたが、現在 YouTube には、この映画が、以下のように8つに分割された形でアップロードされている。

  1. Battleship Potemkin / Броненосец ≪Потёмкин≫ - 1/8
  2. Battleship Potemkin / Броненосец ≪Потёмкин≫ - 2/8
  3. Battleship Potemkin / Броненосец ≪Потёмкин≫ - 3/8
  4. Battleship Potemkin / Броненосец ≪Потёмкин≫ - 4/8
  5. Battleship Potemkin / Броненосец ≪Потёмкин≫ - 5/8
  6. Battleship Potemkin / Броненосец ≪Потёмкин≫ - 6/8
  7. Battleship Potemkin / Броненосец ≪Потёмкин≫ - 7/8
  8. Battleship Potemkin / Броненосец ≪Потёмкин≫ - 8/8

その「尺」は、"1" から "7" までが10分間、"8" が3分9秒で、これに対し英文版ウィキペディアの [The Battleship Potemkin] に示されている総時間は75分だから、ほぼ全体が再現されているとみなしてよいだろう。

これをザッと眺めてみると (ロシア語字幕付きサイレント映画だが、YouTube のものには字幕に英文のスーパーインポーズが付いている)、"Все за одного" (全員は一人のために) そして "ОДИН ЗА ВСЕХ" (一人は全員のために) と云う字幕が出てくるのは、"4" と "5" の丁度境目のところに1回だけだった。もうすこし厳密に言うと "4" の9分53秒あたりに "Все за одного" が 現れ、9分58秒あたりに "ОДИН" のみが現れて ("5" の0分0秒にも重複して現れる)、"5" の0分2秒に "ЗА ВСЕХ" が現れる。つまり「一人は全員のために」の方は、少し「タメ」が有るわけだ。そして、"Все за одного" が冒頭のみに大文字が使われていのに対し、"ОДИН ЗА ВСЕХ" では全てが大文字になっている。

これはなかなか面白い。この字幕処理がエイゼンシュテイン本人の通りであるかどうか (もし「だとすると」、それも「モンタージュ」の一つだろう) 私には確認する手段はないが、この「演出」は、「全員は一人のために」よりも「一人は全員のために」を明確に強調している。と言うか、踏み込んで言うなら「全員は一人のために」は「一人は全員のために」を引き出す為の「ダシ」に使われているだけだ。

その他、幾つかを備忘しておく。

  1. "1" の6分44秒あたりに "В Японии русских пленных лучше кормят, чем нас!" (日本のロシア人捕虜の方が俺達よりも良いものを食っているぜ!) と云う台詞が有る。これは、映画の中で「戦艦ポチョムキンの反乱」のキッカケとなった粗悪な料理、と言うか、その素材の「蛆虫がわいた牛肉」(実際にも、昼食のボルシチに使われた肉が腐敗していたのが始まりだったと云う) を目の前にした水兵の言葉なのだが、ポチョムキンにおける反乱の発生 (新暦1905年6月27日) が、日露戦役中、それも所謂「日本海海戦」(1905年5月27日及び28日) の直後であったことを考えあわせると、ヤヤ興味深い。
  2. "5" の1分51秒あたりで、ユダヤ人への差別的発言をした男性が周囲から袋だたきに遭っている。
  3. "5" の8分57秒あたりから、映画史上有名な「オデッサの階段」シーンが始まる。特に、「乳母車の階段落ち」シーンは "6" の4分52秒前後から。
  4. "8" の0分14秒あたりには "Все на одного" と云う字幕が現れ、0分42秒あたりには "ОДИН НА ВСЕХ" と云う字幕が現れるが、これは「ポチョムキン1隻」対「艦隊全部」を対比させた表現だろう。

YouTube 映像は取り消される可能性が有るので、私が実物を見たものではないが、ブルーレイディスク/DVD へのアマゾンリンクを貼っておく。

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