カテゴリー「見世物・鳴物」の36件の記事

2009年9月26日 (土)

"pax vobiscum" と「フォースのともにあらんことを」、そして「神ともにいまして」

一昨日朝 (2009/09/24 07:07:05)、キーフレーズ [pax vobiscum 意味] で、このサイトを訪問された方がいらしたようだ。

"pax vobiscum" なら、私のようなものが一知半解のラテン語知識を振り回さずとも、適切な情報が、ネットの何処かが開示されているに違いない、と、思えたので、一旦は、そのまま「スルー」したのだったが、その後、これが、以前書こうとしたが、何かに取り紛れて書かないままになった二・三の話題に関係していることに気が付いた。

それやこれやを、少し書いてみることにする。纏まりが悪くなるのは、予めご勘弁を願っておきたい。

で、取り敢えず「一知半解」を披露する。

"pax" は勿論「平和」の意 (勿論「ラテン語」)。Pax Romana (パクス・ロマーナ)、Pax Americana (パクス・アメリカーナ) の pax である。"vobiscum" は、人称代名詞第2人称複数もしくは敬意第2人称単数奪格 (「従格」と云う言い方もする) の"vobis" と、 共同・随伴・手段等の含意を有して奪格を支配する前置詞 "cum" との結合である (前置詞 "cum" は、人称代名詞、再帰代名詞、関係代名詞を支配する場合、後置されてしかも一語に融合される)。前置詞 "cum" は、英語で言えば "with" 又は "by" に相当する言葉であるとするなら、あらましは理解できるだろう。

つまり、"pax vobiscum" を英語に置き換えるなら "peace with you" ぐらいになる。しかし、これを、日本語で言い換えようとすると、英語の方に、もう少し補足が必要で、"peace be with you" 「平安の[汝/汝等]とともにあらんことを」 と願望法にまで引き戻して考えた方が良い (願望法だと文章が古格になる)。

更に言うなら、この "pax" は、本来ならば "pax Domini" つまり「主の平安」なのだ。以前、[フランス語で「主の平和」] (2009年7月19日[日]) で引用したように、所謂「ラテン語ミサ」では、その山場ともいえる聖体拝領の儀式の中で "Pax Domini sit semper vobiscum." (絶ゆることなく主の平安の汝等とともにあらんことを) と唱えられるが、その簡略形として "Pax Domini vobiscum" も使われることがあるのである。

このようにすると、"pax vobiscum" と、「神ともにいまして ("GOD BE WITH YOU")」、更に「フォースのともにあらんことを」との並行性が見えてくる。

これに就いては、[NIFTY翻訳フォーラム投稿再録(1997年7月3日?)] (2004年7月16日[金])、["May the Force be with you."に就いて] (2004年8月6日[金])、[「フォースのともにあらんことを」と「神ともにいまして」] (2008年5月28日[水]) も参照していただきたいのだが、要するに、これらは全て、神霊的な何かが相手に同伴することを念じている一種の「呪文」なのだ。そして、「神ともにいまして ("GOD BE WITH YOU")」と「フォースのともにあらんことを」とでは、その基本は、これから「旅」に出ようとするものに対する「はなむけの言葉」である。"pax vobiscum" に就いても、その根っこは、やはり、聖体拝受による象徴的生まれ変わりにおける (つまり、人生と云う旅の再出発に対する) はなむけの言葉であろうと、私は思っている。

付言するまでもないかもしれないが、[NIFTY翻訳フォーラム投稿再録(1997年7月3日?)] (2004年7月16日[金]) に指摘しているように、"goodbye" も、同じ範疇の挨拶である。

なお、この "pax vobiscum" を、復活したイエスが弟子たちに向かって放った言葉として説明されていることがある (例:ウェブページ「立教大学新座キャンパス・施設紹介チャペル(礼拝堂)」) が、これは私にはヤヤ不審。ラテン語聖書 (つまり、所謂ヒエロニムスの「ヴルガータ/Vulgata」) の範囲内では厳密には少しだけ異なる。Vulgata の [ルカによる福音書24:36] や [ヨハネによる福音書20:19] では、復活したイエスが弟子たちに "pax vobis" と言っていて、"pax vobiscum" ではないのだ。

ここで、一言書いておくと、特にルカの方では " pax vobis ego sum nolite timere" となっていて、その語感は、「あなたがたに平和があるように」(新共同訳) と言うより、「落ちつきなさい。私である。怖れてはならない」になるような気がする。

もっとも、現在のギリシャ語聖書テキスト ([現代ギリシャ語聖書] ではなくて、現代欧米語聖書の基礎となったギリシャ語聖書のオリジナル・テキスト) である Nestle-Aland (ネストレ・アーラント) の "NOVUM TESTAMENTUM GRAECE" (私が所持しているのは第26版だが、現在は第27版になっているようだ) では、該当箇所は、ともに "ειρηνη uμιν" (その前は、"και λεγει αuτοις" で、その後ではセンテンスが停止する) とあるのみで "ego sum nolite timere" に相当する語句 ("εγω ειμι, νη φοβεισθε") は、ヨハネでも(これは当然かもしれないが)、ルカにも見当たらないのだ。これと対応する形で、[新ヴルガータ/Nova Vulgata] では、[ルカ] でも [ヨハネ] でも、単に "Pax vobis!" になっている。つまり、復活したイエスは、ヘブライ語の "שָׁלוֹם" (シャーローム/Shalom) を連想させる挨拶をしたことになる (イエスが何語を話していたかと云う問題は、この際措いておく)。

ただし、これについて Bruce M. Metzger の "A textual commentary on the greek new testament" (2nd ed. 1994) は "εγω ειμι, νη φοβεισθε" を (恐らく[ヨハネによる福音書6:20] に由来する) 欄外注記の混入であると断じている一方で、"ειρηνη uμιν" に関連して、この状況で通常の挨拶の言葉が発せられるかには、若干の疑義が存在することを指摘している (p.160)。

なお Vulgata 内では "pax vobiscum" と云うコロケーションは、[創世記43:23] だけらしい。ただ、実は、この後に "nolite timere" と続くことは注意しておいてよいかもしれない。この "pax vobiscum nolite timere" は新共同訳では「御安心なさい。心配することはありません。」となっている。

こうした「素材」を並べてみると、私には "pax vobiscum" が聖書 (特に、福音書) に由来するというより、ラテン語ミサに由来すると考えた方が良いと思えるのだ。

旅の道連れとしての守護的神霊と云う発想は、所謂「旧約聖書外典」の [トビト記] で、トビトの息子トビアが旅をする際の指南役として天使のラファエルが同伴するし、日本においても、四国巡礼における「同行二人」が良く知られているから、宗教的気分として普遍的なものなのかもしれない。

以下、話が変わる。"May the Force be with you." を「フォースともにあらんことを」と訳す流儀と、「フォースともにあらんことを」と訳す流儀があるようだが、私は「の」派である。

[日本語で一番大事なもの] や [岩波古語辞典] に見られる大野晋の説明を私になりパラフレーズするなら、日本古語に限定する限りでは、元来連体助詞であったものが、主格の助詞に転用されるようになったと云う点では、「の」も「が」も同じであるのだが、「が」は発話者の身内の (より正確には、発話者が身内として扱った) 対象 (自分自身を含む) を受けるのに対し、「の」は、それ以外の、自分自身のみには所属しえない、一般的なもの、尊貴なもの、疎遠なものを受ける。

だから、自分自身を受ける時は「が」を使って「わが門の片山椿まこと汝我が手触れなな土に落ちもかも: nouse (物部広足 [万葉集20]4418/4442)」とか「君待つと我が恋ひ居れば我がやどの簾動かし秋の風吹く」(額田王 [万葉集488/491]) とかする訣だ。

「君」を受ける場合でも、その「君」が、自分のパートナーである場合には、「あかねさす紫野ゆき標野ゆき野守は見ずや君が袖ふる」(額田王 [万葉集1]20) と「が」で受けるが、「君」が主君である場合には、「大君の境ひたまふと山守据ゑ守るといふ山に入らずはやまじ」 (読人しらず。笠朝臣金村歌集所収歌。或いは車持朝臣千年の作かとも。 [万葉集6]952/957) とか「大君の みこの柴垣 八節結り 結り廻し 切れむ柴垣 焼けむ柴垣 」 (志毘臣 [古事記]歌謡109) などと「の」で受ける。

ただし、こうした使い分けは、「扱い」の問題なので、一般的には尊貴な対象であっても、親愛の情を込める時には「が」で受けることもあるようだ。

「が」は、親愛の情だけでなく、狎れ親しんだものから、軽侮の対象を受けることもある。また、本来尊重しなければならないものを、「が」で受けることで、それに対する軽蔑の扱いを表わすこともある。これは大野晋が引用している例だが、[貧窮問答歌] 中の「しもと取る里長が声は寝屋戸まで来立ち呼ばひぬ」(山上憶良 [万葉集5]892/896) では「里長(さとをさ)だから本当は「の」で遠くに扱って敬意を表明すべきなのに、税金を取り立てに来る不愉快な相手なので、『里長が声』」と言っている。」

"May the Force be with you." の the Force は、超越的な能力を指すから、日本古語の通例としては「の」で受けるべきであると云うのが私の考えである。

"May the Force be with you." を「フォースともにあらんことを」と訳したり、或いは、命令形にして「フォースともにあれ」と訳すことがあるようだが、これは論外。引きもどって言うと、"pax vobiscum" にしろ "peace with you" にしろ、「(神の)平安」が「[あなた/あなたたち]とともにある」ようにと願っているのであって、「[あなた/あなたたち]」に「平安とともにある」よう命じているわけではない。それと同様、"May the Force be with you." も "the Force" が「[あなた/あなたたち]とともにある」ようにと願っているのであって、「[あなた/あなたたち]」に「"the Force" とともにある」よう願ったり命じているわけではない。

話が散らばって申しわけないが、改めて、キーフレーズ [pax vobiscum 意味] で再検索 (google) してみると、どうやら "pax vobiscum" はアニメソングのタイトルとして採用されているらしい。それが「PAX VOBISCUM-願わくば平安汝等とともに-SAMURAI DEEPER KYO」だと云うのだが、ここは「ば」ではなくて「は」にしてほしかったなぁ。「願はく」は、「老いらく/老ゆらく」や「思はく/思惑」と同様、動詞の「アク語法」 (一般の呼び方では「ク語法」)であって、名詞相当だから、係助詞の「は」で受けるのが、日本古語として順当なのだ。まぁ、「願はくば」も、常用日本語として定着してしまっているのは確かなのだが。

その他では、Bathory (バソリー) と云うスエーデンのメタルバンドの "Requiem" と云うアルバム (1994年) にも同名の曲が収められている由 (Cf. "Bathory:Pax Vobiscum - LyricWiki - Music lyrics from songs and albums")。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年9月22日 (火)

メモ:江戸端唄 [海晏寺]について (アレ 見やしゃんせ 清玄は...)

今日、午後4時頃 (2009/09/22 15:57:48)、キーフレーズ [あれみやしゃんせ清玄は] で、このサイトを訪問された方がいらしたようだ。

既に解決されているかもしれないが、一応、書いておくと、これは、江戸端唄 [海晏寺 (かいあんじ)] の (その「替え歌」?) の一節と思しい。

[笹木美きえ] と云う方のサイト [江戸端唄・俗曲の試聴と紹介] に依れば、次のような詞である。

アレ 見やしゃんせ 海晏寺 ままよ 龍田が 高尾でも
   およびないぞえ 紅葉狩り

アレ 見やしゃんせ 与三郎 三十数か所の刀傷
   これも誰ゆえ お富ゆえ

アレ 見やしゃんせ 清玄は 破れ衣に破れ傘
   これも誰ゆえ 桜姫

同一内容が、江戸端唄・俗曲 笹木美きえ の「海晏寺」に示されている (ただし、このサイトにアクセスすると [JWordプラグイン] アドオンされるように求められるので注意)。

さらに、[月のあしび: 明治の歌…まとめ] には「『明笛胡琴月琴』(山田要三 大阪又間精華堂 明33)「俗曲」所載の工尺譜より復元」したと云う音曲 (mid) が紹介されている。

因みに、海晏寺は、東京都品川区南品川に現存するらしい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年3月 8日 (日)

長唄「都鳥」: たよりくる 船の内こそ ゆかしけれ 君なつかしと 都鳥...河上遠く 降る雨の 晴れて 逢う夜を 待乳山

数時間前 (2009/03/08 18:43:25) に、キーフレーズ [待乳山、逢ふて、うれしき、あれ、みやしゃんせ] でこのサイトを訪問された方がいらしたようだが、ここに限らずはかばかしい結果は得られなかったのではなかろうか。

問題のキーフレーズは、恐らく長唄の「都鳥」の一節と思われるので、そちらに重点を移して検索することをお薦めする。

例えば、グーグルで [長唄 都鳥] を検索するとヒットする [nagauta] と云うウェブページが参考になるのではないかと思われる。

その「都鳥」の項に、次のようにあった:

都鳥

(本調子)たよりくる、船の内こそ、ゆかしけれ、君なつかしと、都鳥(合)幾代かここに、隅田川は、往来の人に、名のみ問はれて(合)花の蔭、水に浮かれて面白や(合)河上遠く、降る雨の(合)晴れて、逢う夜を、待乳山、逢ふて嬉しき、あれ見やしゃんせ、つばさ交はしてぬるる夜は、いつしか、更けて、水の音(合)思ひ思ふて、深みぐさ、結びつとひつ、みだれ逢ふたる、よもすがら、早やきぬぎぬの、鐘の声(合)憎やつれなく、明くる夏の夜

解説

 安政二年、二代目杵屋勝三郎の作曲で、清水清玄と桜姫の書き替え狂言である、(以下略)
--nagauta


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年6月10日 (火)

[be minded + to 不定詞] に就いて: 我那覇問題仲裁判断翻訳に関連して

[nouse: 我那覇和樹対日本プロフェッショナルフットボールリーグ仲裁判断 (CAS 2008/A/1452) 結論部訳文] (2008年5月30日 [金]) での「訳註」に補足しておく。

[be minded + to 不定詞] は「[to 不定詞] したい」、「[to 不定詞] する意向である」と云う意味であることは、[nouse: 我那覇和樹対日本プロフェッショナルフットボールリーグ仲裁判断 (CAS 2008/A/1452) 結論部訳文] であることは「訳註」で書いた通りだが、その根拠を明示しておかなかったことが気になりだしたためである。

実際、例えば、私が現在事実上常用しているたった一つの英和辞典である「小学館プログレッシブ英和中辞典第3版」(現在「第4版」になっているが、これに就いては未確認)では、形容詞 "minded" の語義 (p.1203) としては「通例複合語」と云うラベルのもとに「1.<人が>...の心[気質]をもった」と「2.<人が>...に興味[関心]をいだいている」と云う語義しか与えられていなかったりしているのである。

勿論、こうした例ばかりではなく、研究社の「新編英和活用大辞典」では "minded" の項 (p.1576) に 「He would help us if he were minded to do so. 彼にその気があるなら私たちを助けてくれるだろうに」と云う文例を掲げている。

しかし、「特殊辞典」でなくても、一般的な英語辞典に目を向けるなら

Concise Oxford Dictionary (1999) 10th ed. p.906
mind
5. (be minded) be inclined to do a particular thing.

Collins COBUILD English Dictionary for Advanced Learners (2001) 3rd ed. p.981
minded
If someone is minded to do something, they want or intend to do it. [FORMAL]
The Home Office said at that time that it was minded to reject his application for political asylum...
If the Americans were so minded then they could take sanctions against them.

Concise Oxford Dictionary (COD) の語釈は "be minded" の形では「ある具体的な何かをするつもりである」と云うことだし、COBUILD の方は「誰かが何かを "(is) minded to do" とは、その何かをすることを欲する又はするつもりであるということである」と云う意味である。ちなみに COBUILD の2つの例文を訳すと「当事内務省は、彼の政治亡命申請を拒否する意向であると表明していた」と「もしアメリカ側にそう云う積もりがあるというのだったとしたら、それに対する制裁を受けることになりもしようが」となる。

なお、COD も COBUILD も手元にあったもので調べたのだが、現在 COD は第11版、COBUILD は第5版の筈。


ではオンライン辞典ではどうか。

"Online Dictionary, Encyclopedia and Thesaurus. Free access." で "minded" を調べると:

minded
adj.
1. Disposed; inclined: I am not minded to answer any of your questions.

この語釈も「...したい」と云うことであるし、また例文を訳すなら「私は、君の質問には一切答える積もりはない」となる。


聖書からも引用できる。

Then Joseph her husband, being a just man, and not willing to make her a public example, was minded to put her away privily.
--Matthew 1:19 (King James Version)

これは、婚約中のマリアが、自分と関りなく妊娠したことを知ったヨセフが密かに彼女を離縁「しようと思った」と言う箇所である。「新共同訳」及び「文語訳」では、それぞれ次のようになっている。

夫ヨセフは正しい人であったので、マリアのことを表ざたにすることを望まず、ひそかに縁を切ろうと決心した。
--新共同訳「マタイによる福音書」第1章第19節

夫ヨセフは正しき人にて之を公然(おほやけ)にするを好まず、私(ひそか)に離縁せんと思ふ。
--文語訳「マタイ傅」第1章第19節


まぁ、これくらいでいいだろう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年5月30日 (金)

我那覇和樹対日本プロフェッショナルフットボールリーグ仲裁判断 (CAS 2008/A/1452) 結論部訳文

以下は 2008年5月27日(スイス・ローザンヌ) に Court of Arbitration for Sport が申立人我那覇和樹と被申立人日本プロフェッショナルフットボールリーグ (Jリーグ) との間の仲裁事件に対して下した仲裁判断 (CAS 2008/A/1452) の結論部分とその和訳文である。

46. As mentioned above, whilst the opinion of the treating doctor carries much weight it is not conclusive of this issue. Nor is it conclusive to say that that opinion has the support of another medical expert such as Dr. Onishi. We note that contrary opinions have been expressed by Dr. Aoki and Dr. Lefor. Had the alleged offense occurred in 2008 Dr. Goto and Mr. Ganaha would be required to seek a retroactive approval of a therapeutic use exemption from a body of independent medical experts who would conduct a medical re-assessment of the treatment.
46. 上述の如く、担当医の意見は大変重要だとは言え、本件にとり決定的なものではない。この意見を大西医師のような別の医療専門家が支持していると云うことも決定的ではない。当仲裁廷は、青木医師やレフォー医師は反対の意見を述べたということも留意しているのである。本事案が2008年に発生したものであったのなら、後藤医師及び我那覇氏は、治療行為に就いて医学的な再査定を行なう独立した医療専門組織から、治療上の使用と云う例外にあたることに遡及的な同意を得る必要があったであろう。

47. Whilst the Panel might be minded to accept that in all the particular circumstances of this case, the intravenous infusion was a legitimate medical treatment for Mr. Ganaha within the meaning of the 2007 WADA Code the Panel notes that at the time the J League had not adapted those provision of the WADA Code which related to sanctions.
47. 本仲裁廷は、本件の個別的な事情全体に鑑みて、2007年反ドーピング機関 (WADA) 規定に照らすなら、この静脈注射は、我那覇氏への正当な医療措置であったと認めらめるものなら認めたいのであるが、本仲裁廷は、当時、 Jリーグは、反ドーピング機関規定の制裁に関する該当条件を採用していなかったことにも留意するのである。

[[訳註:"be minded + to 不定詞" は「[to 不定詞] したい」、「[to 不定詞] する意向である」と云う意味だが (補足参考:[nouse: [be minded + to 不定詞] に就いて: 我那覇問題仲裁判断翻訳に関連して] 2008年6月10日[火])、その前に "might" が付いているので、「(本来ならば) [to 不定詞] したいのだが・・・」と云う含みのある表現になる。この文の場合は、さらに後に続く文により「(本来)認められるものなら認めたいのだが(それができない)」と云う含意になる。「正当な医療措置」であることを認めたくても、その根據になる反ドーピング機関規定の該当条件をJリーグが採用していなかったからである。]]

48. The Anti-Doping Regulations of the J League which were in force at the time of the infusion and which were reproduced as Exhibit 2.2 in the proceedings, provide that the Anti-Doping Special Committee under Article 5.1, "shall be entitled ... to impose sanctions upon players ..." (underlining added by the Panel). Article 5.2 then gives examples of the types of sanctions which are referred to. The Panel has considered the proper construction of the regulation and notes that under the wording of the clause, the Committee is "entitled" to impose a sanction. There is no obligation or requirement to impose a penalty. There is an entitlement to impose a penalty but there is no mandatory obligation that a penalty be imposed for every infraction. In the present case after a careful evaluation of the evidence and the competing submissions of the parties and hearing the witnesses, the Panel has reached the conclusion that there is no need to decide if there has been a violation because the Panel is satisfied that it is not a case where any sanction should be imposed on Mr. Ganaha. His conduct is not deserving of any sanction. The phrase used in the applicable section of WADA Code was unclear and the provision has since been revised. The explanation given by Dr. Aoki at the meeting in January 2007 was not sufficiently clear. The J League had not taken adequate action to specify the detailed conditions, both substantial and procedural, to determine what is legitimate medical treatment. There was, and still is, on the evidence divided medical views on the necessity for an intravenous infusion in the circumstances of this case. Mr. Ganaha had no capacity to evaluate the professional judgment of the treating medical practitioner. Mr. Ganaha had no ability to check the medical recording and reporting by the treating medical practitioner. If the medical recording and reporting had been more complete and not deficient in the respects asserted by Dr. Aoki, Mr. Ganaha may not have been charged with an infraction of the J League Anti-Doping Regulations. The Panel is of the view that Mr. Ganaha's conduct is not deserving of any sanction and the Panel does not need to reach a conclusion on whether Mr. Ganaha an anti-doping violation by using or applying a prohibited method or not. Even if the Panel were to reach a conclusion that Mr. Ganaha had committed an anti-doping violation by using a prohibited method he should not be sanctioned as he bears no fault. After considering the unique facts and circumstances of this case, the Panel has reached the conclusion that Mr. Ganaha acted totally without fault. The Appeal is upheld and the decision with respect to Mr. Ganaha is set aside and relief requested by Appellant is hereby granted.
48. 本件注射時に効力があり、証拠物件2.2として本件記録書類中に収録されているJリーグの反ドーピング規則は、第5条第1項で、反ドーピング専門委員会は「選手に対して制裁を課する権限を有するものとする」(下線は、当仲裁廷による付加) と規定している。次いで第5条第2項では、相当する制裁の種類の例が示されている。当仲裁廷は、「規則」の本来的な構成を検討した結果、この条項の文言によるなら、「委員会」は制裁を課する「権限を有する」ものであることに留意する。制裁金を課する義務又は必要性は記されていない。制裁金を課する権限は存在するわけだが、全ての違反に対し制裁金を課する職務上の義務は存在しない。本件の場合、証拠及び両当事者の係争意見を注意深く検証し、証人への訊問を行なった結果、本件にあっては、我那覇氏には如何なる制裁も課されるべきものではないことを、本仲裁廷が確信する以上、本仲裁廷は違反が存在したのかを判定する必要はないとの結論に達した。我那覇氏の行動は、如何なる制裁にも相当しない。反ドーピング機関 (WADA) 規定の該当部分で用いられていた表現は不明確であったため、条文は改訂されたのだった。2007年1月での会議において青木医師が行なった説明は、十分に明確ではなかった。Jリーグは、正当な医療行為が如何なるものかを決定するための内容上・手続上双方における詳細な条件を規定する適切な行動を取らなかった。当時、そして現在でもなお、本件の状況下において静脈内注射を行なう必要性に対する医学的な見解は、証拠上分かれている。我那覇氏には、医療措置実施者の専門的判断を評価する能力はなかった。我那覇氏には、医療措置実施者による治療記録作成及び報告をチェックすることは不可能であった。もし治療記録及び報告が、より完備したものであって、青木医師が主張した点において不備がなかったなら、我那覇氏は、Jリーグ反ドーピング規則違反に問われることはなかったかもしれない。本仲裁廷の見解では、我那覇氏の行動は如何なる制裁にも値するものではなく、我那覇氏が禁止されている方法を利用又は適用することで反ドーピング規則違反を犯したか否かに就いての結論は、出すに及ばない。たとえ、本仲裁廷が我那覇氏が禁止されている方法を利用して反ドーピング規則違反を犯したと云う結論に至るべきものがあったとしても、我那覇氏には過失はない以上、我那覇氏は制裁を課されてはならない。本案件固有の事実及び状況を検討した結果、本仲裁廷は、我那覇氏の行動には全く瑕疵がないとの結論に達した。本件申し立ての主張は支持され、我那覇氏に関する決定は破棄され、申立人が要求する救済はここに認可される。


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年5月28日 (水)

「フォースのともにあらんことを」と「神ともにいまして」

[nouse: "May the Force be with you" (「フォースのともにあらんことを」) を色色な言語で言うと] (2008年3月27日[木]) での補足や [nouse: 『"May the Force be with you" (「フォースのともにあらんことを」) を色色な言語で言うと』補足:ヘブライ語の場合] (2008年3月27日[木]) での補足で書いたように、「フォースのともにあらんことを」をヘブライ語で言うとしたら、取り敢えずは "יהיה הכוח אתכם" や "יהי הכוח אתכם" そして、更に "יהי הכוח עמך" ぐらいになるのだろう。

しかし、[nouse: NIFTY翻訳フォーラム投稿再録(1997年7月3日?)] や [nouse: 『"May the Force be with you" (「フォースのともにあらんことを」) を色色な言語で言うと』補足:ヘブライ語の場合] (2008年3月27日[木]) で論じたように、この "הכוח" (「(ザ・)フォース」) は "יהוה" (「神」) の「隠れ蓑」と考えることができる。

とすれば、これを置き換えるとどうなるか、と私が考えてみたのは当然の成り行きだろう。そうすると、次のようになる:

  • יהיה יהוה אתכם

  • יהי יהוה אתכם

  • יהי יהוה עמך

この内、最初の二つはネットで検索してもはかばかしい結果は得られないのだが、3番目の יהי יהוה עמך は、無慮2ダースほどヒットするのだな。その内容をいちいち細かく見なかったが、ざっと眺めた所、結局考慮すべきなのは1件だけらしい。それは [歴代誌上]第22章第11節 である。「なんだ」と言われそうで困るのだが (というか、私自身が「なんだ」と思ったのだから世話はないのだが)、これは [nouse: "May the Force be with you."に就いて (2004年8月6日[金]] 中の「宿題」で所在を書き留めておいた 「旧約 [出エジプト] 10:10; [ヨシュア] 1:17 ; [歴代誌 上] 22:11」と「新約 [テサロニケ 2] 3:16 」の内のひとつである:

עַתָּה בְנִי, יְהִי יְהוָה עִמָּךְ; וְהִצְלַחְתָּ, וּבָנִיתָ בֵּית יְהוָה אֱלֹהֶיךָ, כַּאֲשֶׁר, דִּבֶּר עָלֶיךָ.
--דברי הימים א פרק כב יא
わたしの子よ。今こそ主が共にいてくださり、あなたについて告げられたとおり、あなたの神、主の神殿の建築を成し遂げることができるように。
--新共同訳聖書 [歴代誌上]22:11

行き掛かり上、他のものも引用しておこう。まず旧約聖書の他の2つのパラグラフは:

וַיֹּאמֶר אֲלֵהֶם, יְהִי כֵן יְהוָה עִמָּכֶם, כַּאֲשֶׁר אֲשַׁלַּח אֶתְכֶם, וְאֶת-טַפְּכֶם; רְאוּ, כִּי רָעָה נֶגֶד פְּנֵיכֶם.
--שמות י י
ファラオは二人に言った。「よろしい。わたしがお前たちを家族ともども去らせるときには、主がお前たちとともにおられるように。お前たちの前には災いが待っているのを知るがよい。...」
新共同訳聖書 [出エジプト記]10:10

これが検索でヒットしなかったのは、間に「よろしい」(כֵן) が入っていたのと、対象が「お前たち」(עִמָּכֶם) と複数だったためだろう。

כְּכֹל אֲשֶׁר-שָׁמַעְנוּ אֶל-מֹשֶׁה, כֵּן נִשְׁמַע אֵלֶיךָ: רַק יִהְיֶה יְהוָה אֱלֹהֶיךָ, עִמָּךְ, כַּאֲשֶׁר הָיָה, עִם-מֹשֶׁה.
--יְהוֹשֻעַ בִּן נוּן א יז
我々はモーセに従ったように、あなたに従います。どうか、あなたの神、主がモーセと共におられたように、あなたと共におられますように。
新共同訳聖書 [ヨシュア記]1:17

これが検索でヒットしなかったのは、動詞2通り、前置詞2通りで、全部で4通りあるのに、3通りしか検索しなかったためというより、「あなたの神、主」(יְהוָה אֱלֹהֶיךָ) と云う形まで検索の手を拡げなっかったせいが大きかったと思う。

新約聖書の方は、以下の通り:

Αὐτὸς δὲ ὁ κύριος τῆς εἰρήνης δῴη ὑμῖν τὴν εἰρήνην διὰ παντὸς ἐν παντὶ τρόπῳ. ὁ κύριος μετὰ πάντων ὑμῶν.
--ΘΕΣΣΑΛΟΝΙΚΕΙΣ Β΄ 3:16
どうか、平和の主御自身が、いついかなる場合にも、あなたがたに平和をお与えくださるように。主があなたがた一同と共におられるように。
--新共同訳聖書 [テサロニケの信徒への手紙 二]3:16

こう並べてくると、語法が異なるものの、所謂「ヤコブの夢」中のヤハウェの約束と、それに応えた「ヤコブの誓願」も引用したくなる:

וְהִנֵּה אָנֹכִי עִמָּךְ, וּשְׁמַרְתִּיךָ בְּכֹל אֲשֶׁר-תֵּלֵךְ, וַהֲשִׁבֹתִיךָ, אֶל-הָאֲדָמָה הַזֹּאת: כִּי, לֹא אֶעֱזָבְךָ, עַד אֲשֶׁר אִם-עָשִׂיתִי, אֵת אֲשֶׁר-דִּבַּרְתִּי לָךְ.
--בראשית כח כ - כח טו
見よ、わたしはあなたと共にいる。あなたがどこへ行っても、わたしはあなたを守り、必ずこの土地へ連れ帰る。わたしは、あなたに約束したことを果たすまで決して見捨てない 。
--新共同訳聖書 [創世記]28:15
וַיִּדַּר יַעֲקֹב, נֶדֶר לֵאמֹר: אִם-יִהְיֶה אֱלֹהִים עִמָּדִי, וּשְׁמָרַנִי בַּדֶּרֶךְ הַזֶּה אֲשֶׁר אָנֹכִי הוֹלֵךְ, וְנָתַן-לִי לֶחֶם לֶאֱכֹל, וּבֶגֶד לִלְבֹּשׁ.
וְשַׁבְתִּי בְשָׁלוֹם, אֶל-בֵּית אָבִי; וְהָיָה יְהוָה לִי, לֵאלֹהִים.
וְהָאֶבֶן הַזֹּאת, אֲשֶׁר-שַׂמְתִּי מַצֵּבָה--יִהְיֶה, בֵּית אֱלֹהִים; וְכֹל אֲשֶׁר תִּתֶּן-לִי, עַשֵּׂר אֲעַשְּׂרֶנּוּ לָךְ.
--בראשית כח כ - כח כב
ヤコブはまた、誓願を立てて言った。
「神がわたしと共におられ、わたしが歩むこの旅路を守り、食べ物、着る者を与え、無事に父の家に帰らせてくださり、主がわたしの神となられるなら、わたしが記念碑として立てたこの石を神の家とし、すべて、あなたがわたしに与えられるものの十分の一をささげます。」
--新共同訳聖書 [創世記]28:20-28:22

(一応注意しておくと、「わたしはあなたと共にいる」は "אָנֹכִי עִמָּךְ" で、「神がわたしと共におられ」は "אֱלֹהִים עִמָּדִי" だから、この記事で問題にしている文型とは異なっている。)

しかし、「共にある」と云うヤハウェの本質属性を語るなら、モーセの召命におけるヤハウェ自身の言葉を逸するわけにはいかないだろう:

וַיֹּאמֶר מֹשֶׁה, אֶל-הָאֱלֹהִים, מִי אָנֹכִי, כִּי אֵלֵךְ אֶל-פַּרְעֹה; וְכִי אוֹצִיא אֶת-בְּנֵי יִשְׂרָאֵל, מִמִּצְרָיִם.
וַיֹּאמֶר, כִּי-אֶהְיֶה עִמָּךְ, וְזֶה-לְּךָ הָאוֹת, כִּי אָנֹכִי שְׁלַחְתִּיךָ: בְּהוֹצִיאֲךָ אֶת-הָעָם, מִמִּצְרַיִם, תַּעַבְדוּן אֶת-הָאֱלֹהִים, עַל הָהָר הַזֶּה.
--שמות ג יא - ג יב
モーセは神に言った。「わたしは何者でしょう。どうして、ファラオのもとに行き、しかもイスラエルの人々をエジプトから導き出さねばならないのですか。」
神は言われた。「わたしは必ずあなたと共にいる。このことこそ、わたしがあなたを遣わすしるしである。あなたが民をエジプトから導き出したとき、あなたたちはこの山で神に仕える。」
--新共同訳聖書 [出エジプト記]3:11-3:12

(「わたしは必ずあなたと共にいる。」は "אֶהְיֶה עִמָּךְ"。)

さらに言うなら、「ある」こそヤハウェの自己規定であった:

וַיֹּאמֶר אֱלֹהִים אֶל-מֹשֶׁה, אֶהְיֶה אֲשֶׁר אֶהְיֶה; וַיֹּאמֶר, כֹּה תֹאמַר לִבְנֵי יִשְׂרָאֵל, אֶהְיֶה, שְׁלָחַנִי אֲלֵיכֶם.
--שמות ג יד
神はモーセに、「わたしはある。わたしはあるという者だ」と言われ、また、「イスラエルの人々にこう言うが良い。『わたしはある』という方がわたしをあなたたちに遣わされたのだと。」
--新共同訳聖書 [出エジプト記]3:14

(「わたしはある。わたしはあるという者だ」--若干微妙な訳だが--は、"אֶהְיֶה אֲשֶׁר אֶהְיֶה"。注:少なくとも、私のブラウザではこの文は語順が正しく表示されない。ブラウザの所為というより、ココログ側の不備だろうけれども。)


ただし最後に、ミスリードを防ぐ為に、「神ともにいませ」が旅に出る者への別れの挨拶としてや、それを敷衍した書簡の結びの文句としてだけ使われるのでなく、語形が若干異なる (つまり「神ともにいませ」よりも「神ともにいます」と取れる) ものの、旅人がその土地で出会った相手の発する例もあることを注意しておいても良かろう:

וְהִנֵּה-בֹעַז, בָּא מִבֵּית לֶחֶם, וַיֹּאמֶר לַקּוֹצְרִים, יְהוָה עִמָּכֶם; וַיֹּאמְרוּ לוֹ, יְבָרֶכְךָ יְהוָה.
--רות ב ד
ボアズがベツレヘムからやって来て、農夫たちに、「主があなたたちと共におられますように」と言うと、彼らも、「主があなたを祝福してくださいますように」と言った。
--新共同訳聖書 [ルツ記]2:4

(「主があなたたちと共におられますように」は "יְהוָה עִמָּכֶם"。)

このほか、幾つか参考になるかも知れない「聖句」の所在を記録しておく:

    旧約聖書
  1. [民数記]14:43「行く手にはアマレク人とカナン人がいて、あなたたちは剣で倒される。主に背いたから、主はあなたたちと共におられない」。

  2. [サムエル記上]17:37「行くがよい。主がお前と共におられるように」。

  3. [サムエル記上]20:13「主が父と共におられたように、あなたと共におられるように」。

  4. [列王記上]1:37「主は王と共にいてくださいました。またソロモンと共にいてくださいますように」。

  5. [歴代誌上]22:16「立ち上がって実行せよ。主が共にいてくださるように」。

  6. [歴代誌下]20:17「ユダとエルサレムの人々よ。恐れるな。おじけるな。明日敵に向かって出て行け。 主がともにいる」。

    新約聖書
  1. [マタイによる福音書]28:20「わたしは世の終わりまで、いつもあなたがたとともにいる」。
  2. [ローマの信徒へ手紙]15:33「平和の源である神があなたがた一同と共におられるよう、アーメン」。
  3. [テモテへの手紙二]4:22「主があなたの霊と共にいてくださるように」。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年4月18日 (金)

ポルトガル語版の「アメイジング・グレイス」

今朝 (2008-04-18 [金] 06:06:31)、キーフレーズ [アメージング グレース ポルトガル語ヴァージョン] で、このサイトを訪問された方がいらしたようだ。

"Amazing Grace" は、ボルトガル語では順当に "Graça Surpreendente" でよいらしい。

あまり時間の余裕がないのと、またあったにしろ大したことは書けそうもないので、参考になるかもしれないウェブページ2つ (いづれもブラジルのものと思われるサイト内にあった) へのリンクを以下に貼っておくだけでお茶を濁すことにする。

1. Amazing Grace
2. Amazing Grace (Tradução)

[1] はジョン・ニュートン (John Newton) とアメイジング・グレイス (Amazing Grace) を紹介した、お勉強モード一色のページなんだが、[2] の方は変わっていて、どうやらゴッドヘッド (Godhead) と云うメタルロックバンドがインターネット限定でリリースしている英語版アメイジング・グレイス ("The Official Godhead Website" でダウンロード可能。笑える) の歌詞を「翻訳紹介」したもののようだ。

    関連記事:
  1. nouse: "Amazing Grace" の楽譜
  2. nouse: 中国語版 "Amazing Grace" なら
  3. nouse: "Amazing Grace" 歌詞「翻訳のようなもの」

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年3月27日 (木)

『"May the Force be with you" (「フォースのともにあらんことを」) を色色な言語で言うと』補足:ヘブライ語の場合

[nouse: "May the Force be with you" (「フォースのともにあらんことを」) を色色な言語で言うと] (2008年3月27日[木]) において、ヘブライ語の場合は調べがつかないと書いたが、その補足をしておく。

ヘブライ語版の "May the Force be with you." が見つからなかったのは、単に私の浅学の然らしむる處だったのかもしれないが、そのことは不問にして、私の印象を書いておくと、ヘブライ語利用者には "May the Force be with you." をヘブライ語化することを避けて、英語版をそのまま使っているのかの如き節が見られる。「翻訳が難しい」と一言で言っても、その含意は様ざまでありうるので、憶測はしないに限るが、そこに一種の文化的障壁がある可能性は排除できないだろう。

補足 2008-05-19 [月]: "יהי הכוח אתכם" や "יהיה הכוח אתכם" や、更に "יהי הכוח עמך "(このフレーズは正しい並び方で表記されていないようだ。確認画面では期待通りの並び方になるのだが、公表画面では順番が変わってしまう。いろいろ試してみたが修復に到っていていない) と云う表現が実在するが、用例は少ないようで google 検索で前二者はそれぞれ 1件、3番目は数件ヒットするのみである ([nouse: "May the Force be with you" (「フォースのともにあらんことを」) を色色な言語で言うと] 中の「補足」参照)。

この数は微妙な気もするのだが、一応以下の議論はそのままにしておく。

ヘブライ語化を避けている一番端的な例は、ヘブライ語版のウィキクォートの「スター・ウォーズ」の項 "מלחמת הכוכבים" で見られる (ちなみに「英語版」と言うか、その入り口は [Star Wars - Wikiquote] である):

.ברכה נפוצה בסרטי מלחמת הכוכבים - "may the force be with you"

つまり、翻訳を示さないで「映画『スター・ウォーズ』中で頻出する挨拶」と云う説明のみで済ましている。

「スター・ウォーズ」がイスラエルで公開された際 (エピソードⅣの特別版は1997年3月21日イスラエル・リリース)、この科白がどのような扱いをされたか、生憎私の承知する處ではないので、若干知りたくはある。


「常にともにある」と云うのは、ヘブライ語文化、あるいはユダヤ文化では、ヤハウェのみに許される属性であろうから、その属性を有するなにものかを「フォース」と呼んでしまうのは、一種の「偶像崇拝」になる可能性はあるだろう。


付言すると、「そして、Star Wars の中で、"May the Force be with you." は、まさに別れに際する挨拶であったはずです。少なくともこの局面では George Lucas が the Forceを[神]のメタファーとして使っていると、かなりの確度をもって推定できるでしょう」と云うのが [nouse: NIFTY翻訳フォーラム投稿再録(1997年7月3日?)] (2004年7月16日[金]) の結論だったが、George Lucas 自身が、インタヴュー記事 "Wired: Life After Darth - issued May 2005" において、"the Force" と云う言葉が、生命体が高度に複雑な機械にすぎないと主張する人工知能学者 Warren S. McCulloch に反対して映画製作者・監督 Roman Kroitor (IMAX 開発者の一人) が述べた:

"Many people feel that in the contemplation of nature and in communication with other living things, they become aware of some kind of force, or something, behind this apparent mask which we see in front of us, and they call it God."

に影響 ("an echo of that phrase") を受けていることを認めている。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

"May the Force be with you" (「フォースのともにあらんことを」) を色色な言語で言うと

このまえ、"May the Force be with you." (「フォースのともにあらんことを」) を、スウェーデン語で何と言うかと云う記事を書いた ([nouse: 「フォースのともにあらんことを 」("May the Force be with you.") をスウェーデン語で言うと] 2008年3月2日[日])。昨年は、ドイツ語で何と言うかに就いても書いてある (nouse: 「フォースのともにあらんことを 」("May the Force be with you.") をドイツ語で言うと 2007年2月23日[金])。

それぞれ、そう云う目的でこのサイトを訪問されたらしい方がいらしたために、余計なお世話を焼いたに過ぎない。

しかし、スウェーデン語とドイツ語 (そして、英語) が分かると、その他の言語では何と言うのか気になってくる。そこで、以下簡単に纏めておく。

ただし、「定訳」が存在していないこともありうるし (このような「決め文句」は、文脈上特段の理由がない限り「定訳」が採用するのが好ましい)、また少なくとも一部の印欧系の言語では第二人称の単複と、それに伴う親称・敬称 (もしあれば) の扱いが問題になるのだが、何れもほぼ考慮せず、ネットで発見してものを収集したにとどまる。

それでも、印欧系言語で第二人称単数親称を使った表現らしいものが見つかった場合は、それが最初に来るようにはした。それは "May the Force be with you" が、基本的には使命を帯びて旅立つ者への「はなむけの言葉」であるからだ ([マタイ]28:20 参照。ただし、そこでのイエスの言葉は1人ではなく11人に言われているけれど)。

引用句の最後はピリオドではなく感嘆符とする例も多多あるのだが (スペイン語では文頭にも付くこともある)、以下では一切付けていないので、適宜補って読んで戴きたい。

イタリア語: Che la Forza sia con te. / Che la Forza sia con voi. / Che la Forza sia con lei. / Che la Forza sia con loro.
スペイン語: Que la Fuerza te acompañe. / Que la Fuerza esté contigo. / Que la Fuerza os acompañe. / Que la Fuerza esté con vosotros. / Que la Fuerza esté con ustedes. / Que la Fuerza lo acompañe. / Que la Fuerza les acompañe.
フランス語: Que la Force soit avec toi. / Que la Force soit avec vous.
ポルトガル語: Que a Força esteja contigo. / Que a força esteja com você. / Que a Força esteja convosco. / Que a força esteja com vocês.

ドイツ語: Möge die Macht mit dir sein. / Möge die Macht mit euch sein. / Möge die Macht mit Ihnen sein.
オランダ語: Moge de kracht met je zijn. / Moge de kracht met jou zijn. / Moge de kracht met u zijn. / Moge de kracht met jullie zijn.

スウェーデン語: Må kraften vara med dig. / Må kraften vara med er.
デンマーク語: Må Kraften være med dig. / Må Kraften være med jer.
フィン語 (フィンランド語): Olkoon Voima kanssasi.
ハンガリー語: Az Erö Legyen Veled.

ギリシャ語: Η Δύναμη μαζί σου. / Η Δύναμη να είναι μαζί σου
ラテン語: Vis tecum sit. / Sit vis vobiscum. (2009-09-24 [木]:"nobiscum" を --vobiscum-- に訂正。)

ロシア語: Да пребудет с тобой Сила. / Да пребудет с Вами Сила.

ポーランド語: Niech Moc będzie z tobą. / Niech Moc będzie z Wami.
クロアチア語: Neka Sila bude s tobom. / Neka je Sila s tobom. / Neka Sila bude s vama. / Neka je Sila s vama.
ブルガリア語: Нека силата бъде с теб. / Нека силата бъде с вас.

中国語: 愿原力与你同在。/ 願原力與你同在。
韓国語: 포스가 함께 하기를。 / 포스가 당신과 함께 하기를 빌겠소。

トルコ語: Güç seninle olsun.

ヘブライ語では何というかに就いては調べがついていないので宿題としておこう。例えば "הכוח" "מלחמת הכוכבים" の組み合わせ (「スター・ウォーズ」と「フォース」) で検索してみたが、はかばかしい結果が得られなかった。

補足 (2008-04-30 [水]):
その後、"יהיה הכוח אתכם" で google 検索してみたところ、1件ヒットした (DEMONS: Under the Sink)。また "יהיה הכוח אתך" では1件もヒットしなかった。

2008-05-19 [月]: "יהי הכוח אתכם" でも1件ヒットする。それは、やはり "Demons: Under the Sink" 中の記事だが、別のページ (Reviews Master)である。更に、"יהי הכוח עמך" と云う言い方もありうる。これは数件ヒットするようだ。おそらく「フォースのともにあらんことを」のヘブライ語訳としては、この二つが最も「それっぽい」のではないか (文脈によっては、対象が二人称複数の形にしてもよいだろう)。

"יְהִי כֵן יְהוָה עִמָּכֶם" ([出エジプト記]10:10) が参考になるかもしれないので、ここに書き留めておく。

参考になるかもしれないサイト:
1. Force (Star Wars) - Wikipedia, the free encyclopedia
2. הכוח (מלחמת הכוכבים)

「"May the Force be with you" を色色な言語で言うと」は、「ネタ」としては平凡なものであるので、同主題で既に幾つもの記事が書かれている。そのうちの一つだけを引用しておく:
[Somewhere in the Middle: Que la Fuerza te acompane!]

このブログ記事は、[nouse: 「フォースのともにあらんことを 」("May the Force be with you.") をスウェーデン語で言うと] と [nouse: 「フォースのともにあらんことを 」("May the Force be with you.") をドイツ語で言うと] の他に次の記事にも関連する:
1. [nouse: "May the Force be with you."に就いて] (2004年8月6日[金])
2. [nouse: NIFTY翻訳フォーラム投稿再録(1997年7月3日?)] (2004年7月16日[金])

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年3月 2日 (日)

「フォースのともにあらんことを 」("May the Force be with you.") をスウェーデン語で言うと

本日未明 (2008/03/02 03:15:18)、キーフレーズ [May the Force be with you スウェーデン語] でこのサイトを訪問された方がいらしたようだ。恐らくは、「フォースのともにあらんことを 」("May the Force be with you.") をスウェーデン語で言うとどのようになるかお調べだったのだろうと思う。

生憎、スウェーデン語には、全く不案内で (まぁ、得意な分野など一つも無いのだが、それはさておき) まともな情報をお伝えできないのは残念至極である。

調べてみると "Må kraften vara med dig." なのだろうぐらいの当て推量はできるのだが、それまでのこと。

当てずっぽうを、さらに言うなら、"Må" が英語の "may"、 "kraften" が "the force" (定冠詞 "en" は後置されている)、 "vara" が"be"、 "med" が "with"、 "dig" が "you" に対応するのだろう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年11月10日 (土)

ロシア語で「宵の明星」は "вечерняя звезда"

本日、午前1時半頃、[ロシア語 宵の明星] で、このサイトを訪問された方がいらしたようだが、目的は得られたであろうか? おそらくは、ロシア語で「宵の明星」が何と云うのかを探されていたのだろうと思う。

[和露g日記: 天文館 アーカイブ] と云うブログ (2005年10月06日) にも書かれていることだが、ロシア語で「宵の明星」は "вечерняя звезда" である。звезда が「星」(女性名詞単数主格形)、вечерняя は軟変化形容詞 "вечерний" (「夕の」)の女性形。

ちなみに、「明けの明星」は "утренняя звезда" だそうな。утренняя は、勿論「朝の」の意。基本形は "утренний" で、これも軟変化形容詞。

検索してみたら、「夕べの星」と云うシャーリー・マクレーン 主演の米国映画があるのだそうで、その原題が "The Evening Star," ロシア語タイトルが "Вечерняя звезда" とのこと。

一方 "утренняя звезда" は武器の一種の呼称して使われることがあるらしい。日本語でも、「モーニングスター」と呼ばれる由。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年10月23日 (火)

"la primavera" はイタリア語で「春」

昨日、イタリア語 "la primavera" が「秋」を意味するのか確認することを意図すると思われる検索で、このサイトを訪問された方がいらしたようだが、「惜しい!」
"la primavera" は「春」なのだ。

『春』は、近年の修復の結果、オリジナルの華麗な色彩がよみがえり、従来、煤(すす)に覆われてはっきり見えなかった多くの草花が、ヴィーナス(ウェヌス)の立つ地面に描き込まれているのが見えるようになった。研究者によると、これらの草花のほとんどは、今でもフィレンツェ地方に自生しているという (「サンドロ・ボッティチェッリ」- Wikipedia)『春』は、近年の修復の結果、オリジナルの華麗な色彩がよみがえり、従来、煤(すす)に覆われてはっきり見えなかった多くの草花が、ヴィーナス(ウェヌス)の立つ地面に描き込まれているのが見えるようになった。研究者によると、これらの草花のほとんどは、今でもフィレンツェ地方に自生しているという ((サンドロ・ボッティチェッリ) - Wikipedia)
[nouse: 料理用語としてのイタリア語 "tagliare a rotelline"] に出てきているが、primavera, estate, autunno, inverno が、それぞれ春・夏・秋・冬になる (primavera と estate が女性名詞。autunno と inverno が男性名詞)。ちなみに 「季節」は "la stagione", 「四季」は "le quattro stagioni" になる。

と云う訣で、サンドロ・ボッティチェッリ (Sandro Botticelli) の代表作の絵画 (左上) も、アントニオ・ヴィヴァルディ (Antonio Vivaldi) の有名なヴァイオリン協奏曲 (下) も、イタリア語では、ともに "La Primavera" と呼ばれているのだ。

ヴィヴァルディの「春」の音声ファイルは、ウィキペディア・コモンズで入手した ogg フォーマットのものなので、ブラウザへのプラグイン内容によっては再生されないかもしれない。その場合は、悪しからず。

2008-01-18 [金] 補足:スペイン語でも春は "la primavera" ポルトガル語では定冠詞が違ってくるが、やはり "a primavera" である。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年10月14日 (日)

Elsa Lunghini "T'en va pas" に就いて

先日、"Ten va pas" と云うキー・フレーズで以って、このサイトを訪問された方がいらした。該当するページは、このサイトにはないのだが、「いったい何語だろう (va と pas はフランス語だろうけど、Ten はオランダ語? 英語? それとも固有名詞?)」と思って、つい調べ始めてしまったのが、ことの始まりです。

検索してみると、個個のサイトを訪れるまでもなく、原田知世さんがカヴァーされている楽曲のタイトルだと云うことが知れる。それも、原曲はフランス語らしい。

ここまで分かったら、如何に頭の回転が遅い私でも "(Ne) t'en va pas" のことだと分かる。

「『行かないで』とは、また随分有りがちなタイトルだな」と思いましたね。恋の別れを歌ったものを連想した訣です。

しかし、それでも、もう少し調べてみると、もともとは Elsa と云う女性が歌ったものらしいことまで確認できました。その後、検索しなおたら、原詩も簡単に探し出せたのですが、内容はそれほど「有りがち」ではありませんでした。

父親が、母親以外に「生涯の女性」に作って、家を出ていったちゃったと云うことらしい。ま、それはそれで「有りがち」かもしれませんが...

こんな感じですね:

行かないで
Elsa

行かないで。
私を愛しているなら行かないで。
ママを愛しているなら
ママが「生涯の女性」だと言ってあげて。
パパ行かないで。
パパがいないなら生きていたくない。
夜が明けるまで行かないで。

夜は恐いは。
夜は終わらないの。
こっそりと
私を置いてパパは出てった。
もう三人で映画に行けないじゃない。

夜は恐いは。
夜は終わらないの。
こっそりと
私を置いてパパは出てった。
パパが私のことを少しでも考えてくれたなら...

ここを出ていって一体どこへ行くの?
パパがいなければ生きていけないわ。
「生涯の女性」と一緒になって
馬鹿なことをしてはダメよ、パパ。
愛しているなら行けないはずよ。
真夜中なんかに出ていけないはずよ。

夜は恐いは。
夜は終わらないの。
こっそりと
私を置いてパパは出てった。
私をアメリカに連れて行ってくれるんじゃなかったの?

夜は恐いは。
夜は終わらないの。
こっそりと
私を置いてパパは出てった。
パパ、お願いだから、目を覚まして。

夜に...私を置いて...
パパ、お願いだから、何時か戻ってきて。

夜に...私を置いて...
パパ、お願いだから、目を覚まして。

夜に...私を置いて...
パパ、お願いだから、何時か戻ってきて。
(2x)

夜に...私を置いて...
パパが少しでも考えてくれたなら...
少しでも私のことを考えてくれたなら...

夜に...私を置いて...
私をアメリカに連れて行ってくれるんじゃなかったの?

夜に...私を置いて...
パパは、何時かきっと戻ってくるわ。
--T'en va pas - Elsa - Paroles
--Paroles Elsa T'en Va Pas lyrics - musique en parole
--Elsa - T'en Va Pas Lyrics
--Paroles T'en Va Pas - live - Elsa - Musique | Ados.fr
--T'en va pas de Elsa, les paroles


| | コメント (0) | トラックバック (1)

2007年5月 1日 (火)

讃美歌 [神ともにいまして] の楽譜に就いて

讃美歌 [神ともにいまして] の楽譜を探されて、このサイトを訪問した方がいらっしゃったようだが、ここには、その楽譜はない。

残念ながら、日本語サイトの中で [神ともにいまして] の楽譜を掲載しているものは、私が知る限りでは、一つだけだけある ([賛美歌405番神ともにいまして]) が、「使い勝手」が良いものであるか、私には判断しかねるところがある(なお [366 - 新生讃美歌ウィキ] も参照)。

ここはやはり、英文版の "GOD BE WITH YOU TILL WE MEET AGAIN" をキーフレーズにして探したほうがよいだろう。

ただ、注意しておくと、この Jeremiah Eames Rankin (1828-1904) の作詞には、日本で良く知られている William Gould Tomer (1833-1896) による作曲のほかに、Ralph Vaughan Williams (1872–1958) 版があり、その楽譜もウェブ上で見受けられることだ。

簡単な調査の範囲内で見つかったものだけではあるが Tomer 作曲の楽譜をリスト化したものを作っておく。内容に就いては未チェック。

なお、[nouse: "May the Force be with you."に就いて] で、言及した [God Be with You till We Meet Again] 中にも、楽譜へのリンクが貼られているが、そのファイル開くには、特別のソフトウェアが必要なので、ここでは取り上げない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年2月23日 (金)

「フォースのともにあらんことを 」("May the Force be with you.") をドイツ語で言うと

検索キーワードから推測すると、「フォースのともにあらんことを 」("May the Force be with you.") をドイツ語で言うとどうなるかを確認すべく、本サイトを訪問された方がいるようだ。ネットでの検索結果を参考にすると "you" をどう解釈するかで、代名詞部分が変化するが、だいたい次のようになるのではないか。

  • Möge die Macht mit euch sein.
  • Möge die Macht mit dir sein.
  • Möge die Macht mit uns sein.
  • Möge die Macht mit Ihnen sein.

日本語に訳すと、どれも「フォースのともにあらんことを 」になってしまう。

英語で考えると、"Möge" は 助動詞 "mögen" の接続法で may に、"die" は the に、"Macht" は Force に、"mit" は with に、"sein" は be に対応する。代名詞部分は "euch" が二人称複数親称 (you)、"dir" は二人称単数親称 (thee)、"uns" は一人称複数 (us)、"Ihnen" は二人称単数及び複数敬称 (you) である。

| | コメント (0) | トラックバック (2)

2007年2月 8日 (木)

"Amazing Grace" の楽譜

"Amazing Grace" の楽譜を探している方がいらっしゃるようだが、以下を参照されることをお薦めする。言うまでもないかとは思うが、それぞれの楽譜の利用に際しては、権利及び利害関係に就いて、ご自身の責任で処理されたい。

Numbered musical notation - Wikipedia, the free encyclopedia

Amazing Grace
ただし、これだと "Numbered musical notation" に就いての説明の行きがかり上の実例として示されているので、取り敢えずは必要がない情報も含まれているかもしれない。従って、より直接的には、

Image:AmazingGraceFamiliarStyle.PNG - Wikipedia, the free encyclopedia

を見られた方が良いかもしれない。



| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年2月 5日 (月)

中国語版 "Amazing Grace" なら

中国語版 "Amazing Grace" なら、"奇異恩典""奇异恩典" で検索すれば、いろいろでてくる。

例えば、私は内容をチェックしていないが、次のようなサイトが見つかったのでリンクを張っておく(歌い出しも引用しておく):

*【古老聖詩】奇異恩典-寂寞≠出軌的理由-新浪部落
奇異恩典,何等甘甜,我罪巳得赦免;前我失喪,今被尋回,瞎眼今得看見。

*蔚藍的水平線 - [歌詞] Amazing grace / 奇異恩典 (附MIDI)
奇異恩典,樂聲何等甜美 拯救了像我這般無助的人

*奇異恩典 Amazing Grace
奇異恩典,何等甘甜,我罪全得赦免;

*Songs 奇異恩典
奇異恩典 何等甘甜 我罪已得赦免

*【奇異恩典】詩集:生命聖詩,185
奇異恩典,何等甘甜,我罪已得赦免;

*[精选诗歌]-圣诗-奇异恩典amazing grace
奇异恩典 何等甘甜 我罪以得赦免

*奇异恩典
奇异恩典, 何等甘甜, 我罪已得赦免!


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年1月26日 (金)

「一人ひとりに、それぞれの必要に応じて。一人ひとりが、その能力に応じて。」と「全員が一人ひとりのために。一人ひとりは全員のために。」

記事 [メモ: John Lennon "Imagine"] (2007年1月4日) において、

No need for greed or hunger" などマルクスが「ゴータ綱領批判」(Karl Marx - Kritik des Gothaer Programms) で示した共産主義社会における生産と供給との関係のスローガン "Jeder nach seinen Fähigkeiten, jedem nach seinen Bedürfnissen! (一人ひとりが、それぞれの能力に応じて! 一人ひとりに、それぞれの必要に応じて!)" を連想させる(ただし、人間性の理解に就いては若干浅薄ながらも秀逸なこのキャッチコピーは、マルクスの独創ではないらしい)。

と書いたが、これは Étienne Cabet (エチエンヌ・カベー。1788年1月I日-1856年11月9日) が、彼の著作 "Voyage en Icarie ([イカリア旅行記] 初版 1840年)" 第3版(1845年)の表紙に、

A chacun suivant ses besoins. De chacun suivant ses forces.
一人ひとりに、それぞれの必要に応じて。一人ひとりが、その能力に応じて。
("forces" を 「諸力」と訳す向きもあるようだが、これは「能力」と訳す方が良いと思う。)

と掲げているのを踏まえている。

なお "Voyage en Icarie" の表紙には、次の言葉も見られる。

Tous pour chacun. Chacun pour tous.
全員が一人ひとりのために。一人ひとりは全員のために。

これと類似するモットーに "Tous pour un, un pour tous." (「全員が一人のために。一人は全員のために。」)と云うものがある。これは、アレクサンドル・デュマ・ペール (Alexandre Dumas, 1802年7月24日-1870年12月5日) の小説 [三銃士 (ダルタニャン物語 第一部)] ("Les Trois Mousquetaires" 1844年) 第9章末尾近くに登場する。

-Et maintenant, messieurs, dit d'Artagnan sans se donner la peine d'expliquer sa conduite à Porthos, tous pour un, un pour tous, c'est notre devise, n'est-ce pas ?
– Cependant… dit Porthos.
– Étends la main et jure ! » s'écrièrent à la fois Athos et Aramis.
Vaincu par l'exemple, maugréant tout bas, Porthos étendit la main, et les quatre amis répétèrent d'une seule voix la formule dictée par d'Artagnan :
« Tous pour un, un pour tous. »
« C'est bien, que chacun se retire maintenant chez soi, dit d'Artagnan comme s'il n'avait fait autre chose que de commander toute sa vie, et attention, car à partir de ce moment, nous voilà aux prises avec le cardinal. »
--Les Trois Mousquetaires - Chapitre 9 - Wikisource
(文脈をチェックしていないので、心許ないが、一応訳を付けておく。)
ダルタニャンは、ポルトスには自分の振る舞いの訣を敢えて説明せずに、こう言った:「だって諸君、『全員が一人のために、一人は全員のために』と云うのが僕らの合い言葉だったんじゃなかったっけ?」
「しかしなぁ...」とポルトス。
「手を差し出して誓え!」アトスとアラミスとが同時に叫んだ。
ブツブツ口ごもりながらも、他の三人が手を差し出したのに気圧されて、ポルトスも手を差し出した。四人の朋友は、ダルタニャンが定めた「決め科白」を声を揃えて繰り返したのだった:「全員が一人のために、一人は全員のために。」
「これでよしと。各自、一旦自分のところに戻ること。」ダルタニャンは、生まれてこのかた命令ばかりしてきたかのような口振りで言った。「ただし、すぐに出発するぞ。今度は枢機卿との戦いだ。」

日本語版ウィキペディア [(ダルタニャン物語)] によれば「原作でこの言葉が登場するのは、手を重ねて誓いを立てた1度きりで、この合言葉で銃士たちが剣を掲げる場面は登場しない」とのこと( [三銃士たちの合言葉] の項参照)。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年1月22日 (月)

メモ: John Lennon "Happy Christmas (War Is Over)" 補足 その2


John Lennon の"Happy Christmas (War Is Over)" 歌詞の技法で、更に付け加えておくと、"so" の使い方が面白い。


歌詞自体が、"So this is Christmas" と、"so" で開始しているが、これは「そう云う訣だから (and for this reason; therefore)」を意味する接続詞。あたかも話の途中であるかのように始まって聞き手の注意を引く方法だ。ただ、そのままでは聞き手の「宙ぶらりん感情」 (suspense) が解消されないので、手早く第1スタンザの4行目で "so this is Xmas" を繰り返して、「一年がが終わって、旧年になり、新年が始まろうとしている」と云う文脈が明らかにされる。

第3スタンザ4行目の "so" は、強意の副詞:「それほどまでに (to such a great extent)。非常に (extremely)」。単純な強意ではなく、「それほどまでに (to such a great extent)」として解釈するならば、"The world is so wrong" は、「この世は(あなたも知っているように、それほどひどく)間違っている」と云う意味になる。

第3スタンザ5行目の "so" は、やや微妙だが、 前行の "so" と相俟って、同程度を表わす副詞「匹敵する程度に (to the same extent)」になっていると、私は思う。「この世はひどく間違っている」から「それに負けないくらいに素晴らしいクリスマスを」膚の色を超えて全ての人びと (black, white. yellow or red) にと云うのが、"And so happy Christmas" の含意だろう。

つまり、John Lennon は "Happy Christmas (War Is Over)" の中で "so" を繰り返し使いつつも、その意味/機能をに変化を持たせて、文飾としているのだ。

取り立てて珍しい技法ではないが、John Lennon の手さばきは、稚拙ではない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年1月20日 (土)

メモ: John Lennon "Happy Christmas (War Is Over)" 補足

たいしたことではないが、[メモ: John Lennon "Happy Christmas (War Is Over)"] (2006年12月22日) で書くつもりでいながら、失念してしまったことを補足する。

それは、"Happy Christmas (War Is Over)" 歌詞の「サビ」の中に入っている "A very Merry Christmas / And a happy New Year" と云う一節のことだ。周知のように、これは Season's Greeting の定型文である。格式通り、不定冠詞を、それも丁寧に2つ使っている。

原詩において、私が「巧い」と一番感心したのが、この点なのだ。

私は、この歌自体が、ちょっと長い Season's Greeting になっていると考えている。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年1月 4日 (木)

メモ: John Lennon "Imagine"

"Happy Christmas (War Is Over)" に就いて書いた (2006年12月22日) ついでに、"Imagine" (1971年。同一タイトルのアルバムに収録) に就いても少し書いておく。

原歌詞に就いては、以下のサイトなどを参照:

この歌詞は、その「政治性」とか「反宗教性」を云云されることがあるようだ。しかし、私の見るところでは、この詩の内容は、反教会(勿論、キリスト教の「教会」)的かもしれないが、少なくとも部分的には明確に宗教的だ。更に端的に言えば、新約聖書におけるイエスの宣教とパラレルな部分もある(そうでない部分もあるが)。

共産主義的言辞を理由とする「政治性」に就いても、この歌詞が描いているのは、(「類型的な」と云う表現が意地悪になってしまうなら、言い換えると、いみじくもタイトルが示すように) image としての宗教的コミューンであって、政治的現実(変革への具体的プロセス)に対する深刻な認識は見られない(注意: そのことの善し悪しを言っているのではない)。

ここでの John Lennon は、無邪気な教祖のように振る舞っている。もっとも、だからと言って、Lennon の意図は別として、彼の歌が政治的アジテーションの役割を持ちえないかと云うと、それは別の話なのだが...(付言しておくと、"Power to the People" などの一見アジテーション・ソングに見えるようなものより、"Imagine" の方が、人びとを動かす力は強いかもしれない)。


以下 "Song Lyrics Domain - Discover the songs you love..." 所収の "John Lennon Imagine lyrics" に従って論じる。

第1スタンザの "all the peple living for today" は、新約聖書中の「だから、あすのことを思い煩ってはならない。あすのことは、あす思い煩えばよい。その日の苦労は、その日だけで十分である」(マタイ6:34。[フランシスコ会訳聖書研究所]版。以下の新約聖書からの引用に就いても同様) を思い起こさせる。あたかもこれに応えるように、本来の意味を現代人に伝えるように訳すと云う目標を持って出版されたと云う "New Living Translation/NLT" 版の英文聖書 (1996年) では、[マタイ6:34] は "So don't worry about tomorrow, for tomorrow will bring its own worries. Today's trouble is enough for today." と訳されている。

むしろ、第1スタンザは、[マタイ6:34] を踏まえないと、理解が難しいかもしれない。人が平安に生きていくには、「天国」に生まれ変われたいと思い煩ったり、「地獄」に落ちたくないと思い煩ったりすべきではない、と云うのが、このスタンザの含意だろう。

ちなみに、島崎藤村は [千曲川旅情の歌] で、「昨日またかくてありけり 今日もまたかくてありなむ この命なにを齷齪 明日のみを思ひわづらふ」と詠っているが、藤村の自己憐憫と Lennon の自己肯定との方向性の異なり方が面白い。

第2スタンザでは、教会や国家が必然的に伴う思想信条、つまり「大義」を拒絶している。勿論、そうした拒絶の思想信条も、「大義」ではないにしろ、一定の思想信条になってしまう。しかし、それをカテゴライズするのは、あまり意味がないと思う。「小義」だから当然かもしれないが、「John Lennon の思想信条」は、本人以外にとっては(そして多分、本人にとっても)かなり漠然としており、「Lennon 教」とでも言うしかないのではないか。

「サビ」の第3スタンザと第5スタンザは、謂わば、「Lennon 教」への勧誘だな。

第4スタンザ第1行の "possessions" は、個々の「財産」と云うより、「財産と云う考え方」つまり「私的所有制」を指す。たしかに、このスタンザの内容は共産主義的だ。"No need for greed or hunger" などマルクスが「ゴータ綱領批判」(Karl Marx - Kritik des Gothaer Programms) で示した共産主義社会における生産と供給との関係のスローガン "Jeder nach seinen Fähigkeiten, jedem nach seinen Bedürfnissen! (一人ひとりが、それぞれの能力に応じて! 一人ひとりに、それぞれの必要に応じて!)" を連想させる(ただし、人間性の理解に就いては若干浅薄ながらも秀逸なこのキャッチコピーは、マルクスの独創ではないらしい)。しかし、Lennon のボンヤリと描いている「共産主義」は「科学的」なものではなく、この歌詞の言葉尻を踏まえるなら「夢想的」と言えるものだ(「科学的社会主義」が破綻した現在では、その分、「夢」の重みが歴史の前景に迫り出してきているが)。

たいして意味のある措定ではないが、あるいは、Lennon の「思想」は、communism より、anarchism や dadaism に近いかもしれない。Lennon は、どうすれば「大人達」の顰蹙を買うか良く知っていて、そして旨く顰蹙を買うと、それで逆に安心していたようなところがある。

第4スタンザに言う財産の否定も、マタイ第19章後半の[金持ちの青年の逸話] (「もし完全になりたいならば、帰って、あなたの持ち物を売り、貧しい人々に施しなさい。そうすれば、天に宝を蓄えることになる。それから、わたしについて来なさい。」マタイ19:21) や、イエスが空腹になった群集にパンや魚を頒ち与えて満腹させたと云う逸話(マタイ第14章、マタイ第15章及び並行箇所)を思い起こさせる。

なお、第4スタンザ第4行末の "man" は、第2行末の "can" と韻を踏ませているのだが、冠詞なしに使われていて、「男」ではなく「人類一般」を表わしている。

第4スタンザ後半は、「世界は一家、人類はみな兄弟」と云ったところだ。それは、「史的弁証法」とは対極の発想であることに注意。更にこれは、「社会変革」のためには「闘争」が必要だと明確に意識していたナザレのイエスの考え方とも異なっている。イエスはこう言う:「わたしが来たのは地上に平和をもたらすためであると思うな。わたしが来たのは、平和をもたらすためではなく、剣を投げ込むためである。わたしが来たのは、人をその父と、娘をその母と、嫁をそのしゅうとめと仲たがいさせるためである。家の者は、主人の敵となる。」([マタイ10:34-10:36])。またマルコ第11章等に記されている、イエスの神殿境内市場への襲撃事件も参照。こうした反逆的行動と「アジテーション」ゆえに、イエスは処刑されることになるのだが、口実とされたのは、彼が「冒涜の言葉」を吐いたため、つまり「反宗教的」だと云うことだった。

第1, 第2, 及び第5スタンザは、それぞれ、最初の行で「天国(死後を含む将来への懸念)」、「国家(大義)」、「財産(私的所有制)」が無い世界をイメージするよう聴衆に呼びかけている。第2行では、イメージすることの叱咤又は挑発。第3行及び第4行は、第1行の敷衍。そして、第5行と第6行とで、そうした世界が素晴らしいものであることを約束する。全スタンザで第2行と第4行とが脚韻。

歌詞の大雑把な意味を書いておく。

考えてごらん

考えてごらん。「天国なんてものは無いんだ」って。
やってみれば簡単だよ。
足の下には地獄はなくって
頭の上には空があるばかり。
考えてごらん。「人びとみんなが
一日をその一日のためだけに生きている」姿を。

考えてごらん。「国家なんてものは無いんだ」って。
難しいことじゃないんだよ。
殺すこともないし、命を捨てなくてもいいんだ。
宗教なんかもなくってさ。
考えてごらん。「人びとみんなが
心穏やかに暮らしている」姿を。

夢物語を信じている奴って、君らは言うかもしれないな。
だけれど、こう云うのって僕一人だけじゃないんだよ。
君らがいつか、僕らの仲間になって
世界が一つになって欲しいんだ。

考えてごらん。「財産なんてものは無いんだ」って。
君らにはできるかな。
余計に欲しがることも、足りなくて困ることもないんだ。
人間がみな仲よく暮らしてさ。
考えてごらん。「人びとみんなが
世界全体を分かち合っている」姿を。

夢物語を信じている奴って、君らは言うかもしれないな。
だけれど、こう云うのって僕一人だけじゃないんだよ。
君らがいつか、僕らの仲間になって
世界が一つになって欲しいんだ。


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年12月22日 (金)

メモ: John Lennon "Happy Christmas (War Is Over)"

時節柄で、クリスマス・ソングの話をする。John Lennon (ジョン・レノン) の "Happy Christmas (War Is Over)" (1971年) と云う曲のことだ(注:共同作詞家として Yoko Ono がクレジットされていることがある。それは、John 本人の意向でもある)。

原詞は、適宜ネットを検索してもらうとスグに出てくるが、例えば、次のようなところが参考になるだろう:

普通、この曲の日本語タイトルは「ハッピークリスマス(戦争は終わった)」である。これは、当然 "Happy Christmas (War Is Over)" の「翻訳」と考えられる。しかし、私は、"War Is Over" を「戦争は終わった」とすることに、違和感を憶える。

たしかに、英文ジャーナリズムのヘッドラインで "War Is Over" とあったら、「戦争は終わった」と訳して間違いない、と、私も思う。しかし、それらと、Lennon の歌とではコンテキストが違う。

私が見た範囲では、英文ジャーナリズムが "War Is Over" と書くコンテキストは、全て 「(戦争は終わった)そして、我々が勝った」と云うものだ(その後、ネット上をやや詳しく調べたところ、この記述は不正確であることが判った。最近の「イラク戦争」のコンテキストでは、「我々(米国)は負けた」と云うものが目立つ。まぁ、その勝ち負けへのこだわり方を見ると、標榜する政治的立場の相違を通底して「非關正義、とにかくに勝ちたいんだろう」と言いたくなるんだが... それはともかく、改めて英語ジャーナリズムに "War Is Over" に就いてまとめたものを発表したいとは思っている--2006-12-27)。しかし、Lennon の "Happy Xmas" のコンテキストは違う。ここで、安易に John Lennon の「反戦思想」に就いて云云する気はないが、この詩のコンテキスト自体は、明白だ。それは、「あらゆる戦争(当時の時代背景からいえば、具体的には --1964年トンキン湾事件、1975年サイゴン陥落の-- ベトナム戦争)に反対する」と云うものだ。ここにいる Lennon の立場からすれば、少しも戦争は終わっていない。

原詞の最終部にあるように、"War Is Over" と云うフレーズは、"if you want it" と相俟って、「あなたが望みさえすれば、戦争はすぐにでも終わる」と云う、確実に起こる筈の近い未来への言及、又は、それが「普遍的真理」である旨の主張だろう(どうしても、「戦争は終わった」と云う表現を使おうとするなら、「『あなたが望みさえすれば』すぐにでも『戦争は終わった』と云う状態が出現する」と云う、やや廻りくどい心理的操作が必要になる)。

"War is over, if you want it" と同じ構造を有する文例をネット上で探した所、次のようなものが見つかった。既に済んだことではなく、if 節の内容の時点以降に起こることに就いて "is over" と言っていることに注意:

*15. When offering a draw to your opponent, you should do so after moving but before you start your opponent's clock. The game is over if both players agree to a draw.
(米国チェス連盟公式ルール中のトーナメント様式及びルール)
15.対戦相手に引き分けの提案をする際には、プレーヤーは自分の駒を動かした後で、且つ、相手側の計時を始める前に提案しなければならない。両方のプレイヤーが引き分けに同意した場合にゲームは終了する。
--Tournament Format & Rules (The U.S. Chess Federation's Official Rules of Chess, 5th Edition)

*`The crisis is over, if you give hotels time to grow'
(これは、ベトナム・ハノイのホテル業界に就いて報じた2001年8月1日付経済記事の、見出し。)
ホテル業界は、成長のための時間的余裕が与えられるなら、危機を脱するだろう。
--Industry & Business Article - Research, News, Information, Contacts, Divisions, Subsidiaries, Business Associations

*The game is over if you cannot clear enough blocks to prevent the entire field from filling up with these blocks.
(Pokemon Puzzle League/Nintendo 64 と云うゲームの遊び方の解説の一節)
ブロックを消し切れずに画面全体がブロックで一杯になってしまったらゲームオーバー。
--Half.com / Video Games / Pokemon Puzzle League

実を言うと、「ハッピークリスマス(戦争は終わった)」に就いてオノ・ヨーコがどう考えているか、知りたい気が僅かながらある。

ついでに、歌詞の内容も、大雑把ながら書いておく。

クリスマスおめでとう(戦争は終わるんだ)

(クリスマスおめでとう、キョウコ。
クリスマスおめでとう、ジュリアン)

そう云う訣でクリスマス
君らの今年はどうだっただろう
また一年が終わってしまい
新しい年が始まるよ。
そう云う訳でクリスマス
楽しくやって欲しいんだ
親しい人、いとおしい人
お年寄りでも若くっても。

とても楽しいクリスマスと
幸せな新年とがくるように
みんなで、一緒に願おうよ
なにも脅えずにすむような

そう云う訣でクリスマス
負け組にも勝ち組にも
お金持ちでも貧乏でも。
この世はすごく変だから
その分、楽しいクリスマスを
白人にも黒人にも
アジア系にもネイチブにも。
喧嘩なんか止めようよ。

とても楽しいクリスマスと
幸せな新年とがくるように
みんなで、一緒に願おうよ
なにも脅えずにすむような

そう云う訣でクリスマス
僕らの今年はどうだっただろう
また一年が終わってしまい
新しい年が始まるよ。
そう云う訳でクリスマス
楽しくやって欲しいんだ
親しい人、いとおしい人
お年寄りでも若くっても。

とても楽しいクリスマスと
幸せな新年とがくるように
みんなで、一緒に願おうよ
なにも脅えずにすむような
戦争は終わるんだ。君が望みさえするならば。
戦争は終わるんだ。たった今すぐに。

クリスマスおめでとう

処理に困ったのが、第1スタンザのと第5スタンザの対照だった。並行していながら、相違点があるので、必要ならば、それを並行かつ対照するように表現し分けしなければならない。それも2点あって、一つは "And what have you done" と "And what have we done" と、もう一つは、"I hope you have fun" と "We hope you have fun" とだ。

"And what have you done" と "And what have we done" とは、それぞれ「君らの今年はどうだっただろう」と「僕らの今年はどうだっただろう」としたが、自分でも不満を持っている。更に、"I hope you have fun" と "We hope you have fun" とについては、旨い便法が見つからないので、取り敢えず、両方とも「楽しくやって欲しいんだ」としてある。

ごく瑣末なことだが、もう一つ書いておこう。「親しい人、いとおしい人」に対応する英文が、"The near and the dear one" となっているサイトが多い。しかし、英語としては "one" よりは --ones-- だろう。

問題は、John Lennon の歌声を聞くと、そこらへんが怪しいことだ。2回でてくる "The near and the dear..." で、1回目は、 "ones" と歌っているようにも聞こえるが、ハッキリしない。そして2回めは、"one" としか、私の耳には聞こえない。ただ、付言すれば、John 自筆の歌詞原稿では "ones" と書いてあるのが読める。また、Happy Christmas (War Is Over) - John Lennon and Yoko Ono (Lyrics and Chords) では、1回目を "ones" 2回目を "one" としている。

"For weak and for strong" は「負け組にも勝ち組にも」としてある。それなりに適切だろうと信じているが、しかし、こう云うところから表現が「古びていく」ことは承知している。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年12月16日 (土)

『"net et vif" の "vif" は「快活に」と訳すべきか』に就いて補足

記事 [nouse: フランス語 "net et vif" に就いて] (2006年12月14日) で、Claude Debussy (クロード・ドビュッシー) のピアノ曲 Jardins sous la pluie (雨の庭) における曲想指定 "net et vif" の "vif" は、「快活に」とは訳しづらい旨の事を書きましたが、翻って考えてみるに、「快活」になりづらい曲だから、あえて、「快活に」演奏するよう注意を喚起した可能性があることに気がつきました。

後知恵になってしまいますが、補足しておきます(音楽史上、どのような判断がなされているかは、私の全く承知しないところです)。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年12月15日 (金)

ちなみに:フランス語 "net et vif" をイタリア語で言うと

Claude Debussy (クロード・ドビュッシー 1862年8月22日-1918年3月25日)の頃、曲想の指定でフランス語を使うのは普通だったのかしらん。もっとも、今のことだって知りはしないな、私は。

曲想指定というと、「アンダンテ・カンタービレ・マ・ノン・トロッポ (andante cantabile ma non troppo)」しか思いつかない不調法者は、フランス語の曲想指定があることに、取り敢えず驚いたのだった。

でも、これってイタリア語で言うと、どうなるのだろう。やはり "netto e vivace" だろうかな。

と云う訣で、"netto e vivace" で google 検索してみたら、その結果は、(本稿作成時)6件あって、そのうちの5件はワインの色の形容に用いられ、残りの1件はウィスキーの味(「後味」?)の形容だった...

うーむ。現代 --とわざわざ付けるべきかどうか分からないが-- イタリアでは "vivace" はともかく、"netto" は音楽用語として使わないらしい。

ここで、フランス語の方でも、"net et vif" がワインの味の形容に使われている例があったのを思い出して、改めて調べてみたら、ネット上で10件ほど見つかった。ひょっとすると、どちらかの方が他方から「輸入した表現」と云うこともありうる。訳すとしたら、ともに「雑味がないのに生き生きとしている」ぐらいだろうか。キャッチコピー風に言うと、「スッキリ・イキイキ」。

ちなまれているのは: フランス語 "net et vif" に就いて

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年12月14日 (木)

フランス語 "net et vif" に就いて

このサイト (nouse) のアクセス解析を見ていたら、[フランス語 net et vif] と云う検索フレーズで、来られた方がいらっしゃる。net, et, vif の3語は、一語一語としては、どれも極めて初歩的なフランス語だが、フレーズとして特別の意味があるかどうか、全く想像がつかなかった。大修館の [新スタンダード仏和辞典] にも、それらしいものは載っていない。うーむ。

ついネットで調べてしまった。フレーズとしてダブルクオートが付いた "net et vif" で google 検索してみると、(数え方にもよるが) 150 件ぐらいのサイトがヒットするのだが、多くは Claude Debussy (クロード・ドビュッシー) のピアノ曲集 Estampes (版画) 中の3曲目 Jardins sous la pluie (雨の庭) に付随する形で見いだされる。

さらに "Jardins sous la pluie" を避けて検索しても、40件ほどヒットするが、その中には、綴り間違い (日本のサイト Estampes: III. Jadins Sous La Pluie. Net et vif で間違えているのはともかく、フランス・アマゾンのサイト Estampes: Jardin Sous La Pluire (Net Et Vif) で間違えているのを見るのは、少し残念。フランスのアマゾンに引きずられてか、ドイツのアマゾンも間違えているし...) やロシア語形 Сады под дождем (Net Et Vif) (Эстампы) もあるので、"Jardins sous la pluie" の割合は、見かけより大きい。

つまり、"net et vif" は、取り敢えずは、ドビュッシーがピアノ曲 [雨の庭] に付けた、曲想指定と云うことになる。定訳があるかもしれないが、あえてここで翻訳するとなると、「鮮明かつ素ばやく」とか「鮮明かつ快活に」ぐらいだろうか。

ただ、ネット上にあった midi 音源で "Jardins sous la pluie" を聴いてみたが、窓越しに庭に落ちている雨脚を恨めしげに眺めている情景が浮かんでくるから、私としては「快活」とは言いにくい。それどころか、速めの演奏では、驟雨に降り籠められた感じで、軽い圧迫感すらある(最後になって、雨は小振りになり、空が明るくなる印象なんだが)。

これに関連して書いておくと、ウィキペディアの [映像 (音楽)] の項によれば、この曲は『いやな天気だから「もう森には行かない」の諸相(Quelques aspects de “Nous n'iron plus au bois” parce qu'il fait un temps insupportable)』を改作したものだと云う。なるほどね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年12月12日 (火)

"Amazing Grace" 歌詞「翻訳のようなもの」

"Amazing Grace" (midi) と云う歌は、しばしば耳にするので、少し気になっていた。しかし、聞こえてくるのは大抵同じ部分だ。歌詞全体がどのようなものなのか、少し調べてみると:

Amazing Grace

Amazing Grace! How sweet the sound
That saved a wretch like me!
I once was lost, but now I'm found,
Was blind, but now I see.

'Twas grace that taught my heart to fear,
And grace my fears relieved;
How precious did that grace appear,
The hour I first believed!

Through many dangers, toils and snares,
I have already come;
'Tis grace has brought me safe thus far,
And grace will lead me home.

The Lord has promised good to me,
His word my hope secures;
He will my Shield and Portion be,
As long as life endures.

Yes, when this flesh and heart shall fail,
And mortal life shall cease;
I shall possess, within the veil,
A life of joy and peace.

The earth shall soon dissolve like snow,
The sun forbear to shine;
But God, Who called me here below,
Will be forever mine.

When we've been there ten thousand years,
Bright shining as the sun,
We've no less days to sing God's praise
Than when we'd first begun.
--アメイジンググレイス - Wikipedia

"grace" と云う単語は、最初の3聯にのみ登場することに注意。この3聯の出来が一番良いように、私には思われる。

終わりの方の3聯は、自分の死後のことを歌っている点で、初めの4聨と異なっている。「神」に対する視線も、若干変化しているようだ。

特に、最終聯は、それ以外の聯と比べて、感じが随分違うので、戸惑った。

英文版 wikipedia の "Amazing Grace" の項によれば、この最終聯は John Newton (ジョン・ニュートン 1725–1807) が作ったものではなく、Harriet Beecher Stowe ハリエット・ビーチャー・ストウ) の "Uncle Tom's Cabin (アンクル・トムの小屋)" に出てくるものだそうだ(第38章)が、そういったことが関係しているのかもしれない。

一応、私なりの翻訳(のようなもの)を付けておく。

アメイジング・グレイス(奇しき恩寵)

「奇しき恩寵(くしきみめぐみ)!」 妙なる響きよ。
卑しき吾をも救ひたまへり。
吾、人の世に迷へど、神、吾を見出だせり。
我が眼、光を失へど、神、光を与へたり。

我が心、恩寵によりこそ、怖れを知りけれ
心より、怖れを払ひしも、恩寵なり。
尊き時ぞ、恩寵の顕はれし時は
我が信仰の起りし時なれば。

険しきも、苦しみも、迷ひの種も多かりき
まなかを辿りて、吾ここに至りたる。
恩寵に従ひきたる我が身はつつがなし。
帰りなむ、いざ。恩寵の導きあり。

主は善きことを、吾に約したまへり。
主の言葉あり、我が望み揺るぎなし。
主こそ、我が守り、我が運命
我が生命の続く限りは。

よしや、我が身と心は滅ぶべし
死すべき生命、已まずには措かねど
とばりの内にてぞ、吾は
悦びと安らぎに日日を暮さむ。

大地も雪の如くに溶け去らむ
天日も輝く光を失はむ
されど、天より吾を召されし神
終ることなく、我が身にあり

吾、彼処に生きて万世の後
日輪の如く輝く時も
神を讃へて日日歌はむ
歌ひ初めにし頃に劣らず

関連記事:
1.nouse: ポルトガル語版の「アメイジング・グレイス」

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年11月30日 (木)

メモ: Billy Joel "We didn't start the fire"

[メモ: Billy Joel "New York State of Mind"] (2005年12月3日)で、

告白しておくと、だいたい、私、この Billy Joel の歌("New York State of Mind")を聞いたことがない。更に言ってしまうと、彼の歌を聞いて感心したことがあまりない(一曲だけあったような気がするが、タイトルは失念してしまった。ただし、それは "New York State of Mind" でも、"Honesty" でも、"Uptown Girl" でもない)。

と書きましたが、その「一曲」が "We didn't start the fire" であったことを思い出しました。全米 (Billboard 誌) 第1位になったそうだから、知っている人も多いでしょう。次のリフレインが入っている曲です:

We didn't start the fire
It was always burning
Since the world's been turning
We didn't start the fire
No we didn't light it
But we tried to fight it
火を付けたのは僕らじゃない
昔から燃え続けてきたんだ
世界は廻ってきたんだから
火を付けたのは僕らじゃない
そうさ、僕らは火を付けてない
逆に消そうとしたんだから

この歌、要するに「世の中色色あるけど、悪いのは自分じゃない」と言っていて、それがヤケッパチな歌い方(彼の歌にしては例外的に、歌詞が先にできて、それに「曲」--と云うほどのものではないが-- が後付けされたらしい)に「ハマって」いる。まぁ「正直善哉」とでも言っておきましょう。

そう言えば、"Honesty" は、自身が正直でありたいではなくて、相手に対して正直になれと言っている、虫のいい歌ですが、それは兎に角、「正直」を振り回す奴って、本人は正直かどうか怪しいと云うのが私の感想だったのです。"We didn't start the fire" を聞いた時の私の「感心」の下地には、それがある。「Billy Joel って、ヤケッパチではあるにしろ正直な歌も唄うんだ」と思ったのです。

ちなみに "We didn't start the fire" は、彼が誕生年である1949年から、この曲の発表年1989年(収録アルバム: Storm Front) までの、作者にとっての印象的な出来事を列挙していますが、これはこれで case study として面白い。

参考のために幾つかリンクを張っておきましょう:
1. The song and video have been interpreted as a rebuttal to criticism of Joel's Baby Boomer generation, from both its preceding and succeeding generations, for being responsible for much of the world's problems. The song's title and refrain imply that the world has been in a frenzied and troubled state since before his generation's birth. --We Didn't Start the Fire - Wikipedia, the free encyclopedia
2. "We Didn't Start the Fire" is an excellent education tool for teachers and students! --We Didn't Start the Fire
3. I hold copyright to neither song nor images...please don't sue. --We Didn't Start The Fire (300万ヒットを超えているフラッシュ・ムービー)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年12月 6日 (火)

メモ補足: Billy Joel "New York State of Mind"

2005年12月3日付けの [メモ: Billy Joel "New York State of Mind"] で、

"on Riverside" が何を指すのかピンとこない。"Riverside" が、例えば "Riverside Park" や "Riverside Drive" 或いは、単に「ハドソン川岸」を指すのかは確認できていない。ただし "Riverside" は "slide" と脚韻を踏ませる言葉と云う「縛り」に応えるために嵌め込んだのかもしれない。だとしたら、単純に「川岸」と訳しておいた方が良いだろう。

と書きましたが、これは議論としては未熟でした。 "slide" の方が、"Riverside" との脚韻を取るために当て嵌められた言葉である可能性もある。どちらが「正解」と云うのではなく、動機がお互いに補強し合っている感じですが、それでも「主」は "Riverside" で、「従」は "slide" でしょうね。

しかし、だとすると、"on" はなぜ付いているのだろうと、改めて考えてみると、代わりに "in" や "at" が付いていたり、或いは何も付いていないのではなく、"on" だからこそ「川岸」の意味が出せるのだ気がつきました。従って、今のところ結論そのものは変更しないでおきます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年12月 3日 (土)

メモ: Billy Joel "New York State of Mind"

調べることがあって、ネット上をアレコレ行き来していたら、「2ちゃんねる」の「翻訳者・翻訳依頼者の集い Ⅱ」と云う掲示板の中で、Billy Joel の "New York State of Mind" が一瞬話題になっているのを、たまたま読んだ。

その歌詞の中の "But I'm taking a Greyhound on the Hudson River line" の翻訳として「俺はハドソン川の境界線を越えるグレイハウンドバスに乗っている」を取り上げて、正しくは「ハドソン川路線のバスに乗っている」とする発言者に対して、「グレーハウンドに乗って、やっとハドソン川を渡ってニューヨーク (マンハッタン)に戻ってきた」とする意見がポストされていた(発言番号 20-24)。

つい考えてしまった。

Greyhound と云うと、(いろいろ経緯はあるらしいが)有名なバス会社だから、"a Greyhound" が、その経営するバス路線を走っているバスを指すのは、いずれにしろ間違いないだろう。

ところが "the Hudson River line" と云うを調べて見ると、まず該当しそうなのは、ハドソン川沿いに走っている鉄道だ(昔は、同名の汽船航路があったらしいが、これは問題外だろう)。バス路線と鉄道路線とで、微妙にズレている。勿論、Greyhound にも "the Hudson River line" と云う路線がある可能性はあるが、これは調べがつかなかった。ここで、留意しておいた方が良いのは、"the Hudson River line" が、路線名ではなく、ハドソン川の川筋を意味している可能性だ。

さてと、「ハドソン川路線のバスに乗っている」と「グレーハウンドに乗って、やっとハドソン川を渡ってニューヨーク (マンハッタン)に戻ってきた」か。うーむ。どうなんでしょねぇ。

よく分からないが、最初に一読して私が思い描いたのは、このどちらでもなくて、"the Hudson River line" 沿い("on")に停まっているグレイハウンド・バスに乗り込もうとしている("I'm taking")と云う図柄なんだが(この「乗り込もうとしている」には、将にステップに足を掛ける瞬間だけではなく、その少し手前の状況を含む)、それほど自信がある訣ではなかった。何故なら、"the Hudson River line" と云う名の鉄道路線沿いに、又は、"the Hudson River line" と云う名のバス路線そのものに、そして更に或いは、単にハドソン川の川筋に沿って走っているバスに乗車中と云うことも十分ありうるからだ。ただし、「(ハドソン)川を渡る」なら "over" とか "across" とかを使いそうなものだとは思ったりした。

告白しておくと、だいたい、私、この Billy Joel の歌("New York State of Mind")を聞いたことがない。更に言ってしまうと、彼の歌を聞いて感心したことがあまりない(一曲だけあったような気がするが、タイトルは失念してしまった。ただし、それは "New York State of Mind" でも、"Honesty" でも、"Uptown Girl" でもない)。そうした意味で、以下は、戯れ言と思って頂いてよい。

と云う訣で、The Billy Joel Site に示された "New York State of Mind" の歌詞を読んでみると、あることに気が付く(他のサイト、例えば "http://www.seeklyrics.com/lyrics/Joel-Billy/New-York-State-Of-Mind.html" にも歌詞が示されている)。

つまり、この歌の情景は、ニューヨークに辿りついたと云うものではなく、(かって、西海岸 --多分カリフォルニア州ロサンゼルス-- に住んだこともあったけれども)今は「ニューヨーク」から出て行く気はないと云うものだと云うことだ。

以下、The Billy Joel Site での歌詞のレイアウトに従って説明すると、「休暇を取って、御近所付き合いを抜け、マイアミの海岸とかハリウッドとかに飛行機に乗って一ッ飛びなんてことが好きな人もいるけれど」で始まっている。ここで、「・・・なんてことが好きな人」が暮しているのは、マイアミやハリウッドではあり得ない。では何処かというと、現在のコンテキストで当てはまるのは、「ニューヨーク」しかない。

問題になっている

I'm taking a Greyhound on the Hudson River line

は、この続きだ。「・・・なんてことが好きな人」と違つて「僕は遠出はしない」と云うのが、ここの含意だから、それが成り立つ前提として「僕」もまた「ニューヨーク」の住民でなければならない。

ちなみに、この「ニューヨーク」は、「市」であるより「州」であるかもしれない。タイトル中に、そしてサビの "I'm in a New York state of mind" 中にもある、"state" は double meaning ではなかろうか。

ここで、一応、歌詞の大意を示しておこう("http://www.billyjoel.com/discography/stateofmind.html" 及び "http://www.seeklyrics.com/lyrics/Joel-Billy/New-York-State-Of-Mind.html" を参照のこと)。

ただし "I'm taking a Greyhound on the Hudson River line" は、取り敢えず「僕は、ハドソン川沿いを走るグレイハウンド・バスに乗り込もうとしている」として訳してある。


休暇を取って、御近所付き合いを抜け、
マイアミの海岸とかハリウッドとかに
飛行機に乗って一ッ飛び
なんてことが好きな人もいるけれど
僕は、ハドソン川沿いを走る
グレイハウンド・バスに乗り込もうとしている。
僕の心はニューヨークにある。


映画スターならみんな見た。
奇抜な車やリムジンに乗っていたりした。
ロッキー山脈に登って行き、枯れない緑に分け入ったこともある。
でも、今の自分に何が必要なのか、僕には分っている。
僕はもう時間を無駄にしたくない。
僕の心はニューヨークにある。


リズム・アンド・ブルースなしでも
日々を生きて行くことは簡単だった。
でも、今の僕に必要なのは一寸した駆け引き、
ニューヨーク・タイムズ、ディリー・ニュース・・・


そうした生活が現実になったのだ。
これが僕には有り難い。なぜなら、それは以前捨ててしまったものだから
それがチャイナタウンでも「川岸」でのことでも構わない。
そんな全てをどうして見捨てしまったのか
それは自分でも分からない。
僕の心はニューヨークにある。


(第3節及び第4節の繰り返し)


僕は、ハドソン川沿いを走るグレイハウンド・バスに乗り込もうとしているところだ。
僕の心はニューヨークにある。

少し注を付けておくと、第1節の "neighborhood" と "Hollywood" とは脚韻を踏んでいる。また、"holyday" と"Hollywood" とは頭韻を踏んでいる。第2節では "limousines" と "evergreens" とが、 第3節では "blues" と "News" とが、第4節では "slide" と "Riverside" とが、そして "behind" と "mind" とが脚韻を踏んでいる。

第2節の「映画スターならみんな見た」はハリウッドへの言及だろうから、カリフォルニア州ロサンゼルスの話。「ロッキー」も言わずと知れた西部の山脈。だから第3節の「リズム・アンド・ブルースなしでも、日々を生きて行くことは簡単だった」と云うのは、合衆国西部、特にロサンゼルスでの暮らしを指していると解釈できるだろう。これに対して、「ニューヨーク・タイムズ」は、勿論ニューヨークの高級紙、「ディリー・ニュース」は "New York Daily News" のことだろう。これは、ニューヨークの代表的大衆紙。

第4節は、意味がヤヤ取りづらい。しかし、第3節で、西部(ロサンゼルス)では望めなかったニューヨーク流の暮らしの在り方の要素を列挙しているから、それを受けている第4節は、ニューヨークでの生活への言及と理解した。と云うことで、第4節の "It comes down to reality-and it's fine with me 'cause I've let it slide" は「そうした生活が現実になったのだ。これが僕には有り難い。なぜなら、それは以前捨ててしまったものだから」としてある。

しかし、第4節の後半について言うと、「チャイナタウン」はロサンゼルスばかりでなく、ニューヨークにもあるから、それで良いとしても、"on Riverside" が何を指すのかピンとこない。"Riverside" が、例えば "Riverside Park" や "Riverside Drive" 或いは、単に「ハドソン川岸」を指すのかは確認できていない。ただし "Riverside" は "slide" と脚韻を踏ませる言葉と云う「縛り」に応えるために嵌め込んだのかもしれない。だとしたら、単純に「川岸」と訳しておいた方が良いだろう。

ちなみに、ビリー・ジョエル (Billy Joel) は 1949年5月9日ニューヨーク州ニューヨーク市ブロンクス生まれ。その後、子供時代に、彼の一家はニューヨーク州ロング・アイランドに移り住んだ。彼が 1971年に出した最初のソロ・アルバムのタイトル "Cold Spring Harbor" は、ロング・アイランドの地名に由来する。経済上の問題及び契約上のトラブルがあって、ジョエルは 1973年、逃げるようにしてカリフォルニア州ロサンゼルスに転居した。この地で、彼は最初のヒット曲/ヒットアルバムである「ピアノ・マン (Piano Man)」を出す。1975年、ジョエルはニューヨークに帰った。"New York state of Mind" は "Say Goodbye to Hollywood" などと一緒に、1976年のアルバム "Turnstiles" に収められている。-- Wikipedia "Billy Joel" 及び sing365.com の "Billy Joel Biography" によった。

なお、ジョエルが "New York state of Mind" の着想を得たのは、ニューヨークに帰った後のある日、自宅(ニューヨーク州ハイランド・フォールズ "Highland Falls")へと戻るグレイハウンド・バスの中のことで、帰宅後ピアノに向かうと1時間で歌詞・曲とも完成したそうである。-- songfacts.com "New York State Of Mind by Billy Joel"

このエピソードに従うなら、「バスに乗り込もうとしている」は「バスに乗っている」とした方が良いかもしれないと云う気がする。

ここで興味深いのは、ネット上における "New York State of Mind" の引用において "But I'm taking a Greyhound on the Hudson River Line" の部分が "But I'm taking a Greyhound down the Hudson River Line" として引用さていることが少数ながらあることだ。この "down" の方だと、この歌詞の主人公は確かに(ニューヨーク市中心部から離れる方向に走っている)バスに乗車中である。ビリー・ジョエルがそう歌っているバージョンがあるか、或いは、単純な誤記か決定的なことは言えないが、こうした「変異例」を生まれることは、「乗車中」側に有利な状況証拠と言えるだろう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年8月12日 (金)

If you see something, say something.


もう昨日(2005年8月11日)のことになってしまいましたが、日本テレビ系列(読売テレビ製作)の「ダウンタウンDX」と云うテレビ番組を観ていたら、ゲスト出演者のウエンツ瑛士さんが持っていたニューヨークのサブウェイカードの裏面(だと思う)が大写しになりました。そこに

If you see something, say something.

と大書してあったのです。瑛士君は、好きな言葉だけど意味は判らないと言っていましたが、多分大抵の人には何を言いたいかは、すぐピンと来るでしょう。私にも判って、そして「面白い言い方をするもんだ」と思った。現在の日本の言い方なら

不審物や不審な行動を見かけたら係員までお知らせください。

と云った書き方をするところですね(番組を最後まで観なかったので、そのなかで説明がされていたかどうか、私は知らない。もし、だとしたら、失敬)。

冒頭の "If you" が無くても、文章として成立しますが、この "If you" があるとないとでは、文章のニュアンスが隨分違ってくる。現在の「ニューヨーク市と云う文脈」と云うか「アメリカ合衆国と云う文脈」だと、付いている場合 "something" に「不審」と言うラベルを貼ることができるんしょうね。

「サブウェイカード上の注意書」と云う文脈だけなら、"If you" 無しでも、字体やレイアウトでなど、何らかの形で強調するなら「不審」のラベルを貼ることができるでしょうが、おそらく、サブウェイカード以外でも、同じキャッチコピーを使ったキャンペーンが行なわれているだろうから、様々な局面に対応できるものとしては "If you" が付いていたほうが良いと判断されたのでしょう(基本的に、"If you" が付いていないパターンの方はお仕着せがましい)。

"See something, Say something" でも、"something" に「不審」のラベルを貼るよう社会全体の雰囲気を持って行くことはできます。でも、その場合、このスローガンは実質が "See anything, Say something" に変質してしまう。つまり、あらゆるものが「不審物の候補」、あらゆるひとが「不審者の候補」になってしまう。そして「不審」かどうかの判断の契機は社会の網目の中に紛れ込んで、特定できなくなる。あまりゾッとしない話ではありますが。

    関連リンク:
  1. MTA Newsroom (ニューヨーク市交通局)
  2. If you see something, say something (テキサス州ハリス郡都市交通局)
  3. Press Action ::: ‘If You See Something, Say Something’: Paranoia Rides the IRT (「キャンペーン」に対する反応の例)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年5月11日 (水)

一青窈さんの「窈」

「一青窈」(ひととよう)さんと云う歌手の方がいらっしゃる。私なぞは、ほんとど名前を存じあげるだけなんだが、それでも若干の興味を持ったりすることはある。勿論、名前についてである。

「窈」と云う文字が「詩経」(詩經)に出てくることは、ある程度の年齢以上なら、憶えている人も少なくあるまい。「周南」の冒頭を飾る「關雎」に出てくるからだ。そして、(調べてみたことはないが)今でも、高校レベルの漢文教科書の定番素材なのではないか。

改めて引用するほどの事はないのだが、話を続けるために、その冒頭を示せば:

關關雎鳩   關關(かんかん)たる雎鳩(しょきゅう)は
在河之洲   河(かわ)の洲(す)に在り
窈窕淑女   窈窕(ようちょう)たる淑女(しゅくじょ)は
君子好逑   君子(くんし)の好逑(こうきゅう)

雌雄の仲睦まじいとされていた雎鳩(ミサゴ "Pandion haliaetus haliaetus")を引き合いに出して、「窈窕たる」、つまり「奥ゆかしく美しい」お嬢さんは、良い嫁御になるだろうと寿いでいるのだろう。

だから、窈や窕は、実際に「中国」で広く使われているかは別として、中国文化圏内の女性の名前にとして似つかわしいものではある。

そこで、一青窈さんなんだが、彼女の父君が台湾の方であり、母堂が日本女性(旧姓が「一青」とのこと)、そして「窈」は、戸籍名だそうだから(これくらいは、新聞で読んだ記憶がある。ネット上では、たとえば Wikipedia を参照)、当然、「詩経」の語句を踏まえた命名なんだろう。

さて、ここで疑問が生じる。もし、窈さんに姉妹(順当には、妹だろうな)がいらしたとしての話、彼女は「窕」さんだろうか?

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2004年10月23日 (土)

ユンボ、ジャンボ、ダンボ、チョンボ

0. 整地作業
「ユンボ」と云う重機(「建設機械」・「建機」と同義なんだそうだが、微妙に違っているような気もする)があるのは知っていた。何というほどのことはないが、記憶に残りやすい語呂ではある。どう云うものかと云うイメージも、素人ながら持っていた。間違っているかも知れないことを承知で言うと、ブルドーザーのように、本体前面下方に近接して設置された幅広の装具(「ブレード」と言うらしい)で土砂等を押しのけるのではなく、本体前方ながらヤヤ高いところから伸びるアームの先端に設置された幅の狭い装具(「バケット」と言うらしい)で、土砂等を掻き出すのが「ユンボ」だろうと。

先回りして此処で書いておくと、「ユンボ」は、もともとは [三菱] の商品名(brand 又は brand name 又は trade name)であるが、現在やや一般名称(generic name)に近く使われている。

ついでに書いておくと「ユンボ」には、大型機と云うイメージはないなぁ。小回りが効くのが「ユンボ」の身上のような気もするが、実際の現場ではどうなのか知らない。

それで、普通の日本人が「ユンボ」から連想する重機のヨリ公式な一般名は「バックホー(backhoe)型油圧ショベル」とでも言うべきものだと云うことを確認しておく。

まず、1960年 [ユンボ] をフランスから日本に技術導入した、[新三菱重工業] (1950年に一旦分割された他二社との合併により 1964年 [三菱重工業]になる)から生産事業を引き継いだ[新キャタピラー三菱株式会社] (1987年 [三菱重工業明石製作所] と [キャタピラー三菱] とが合併して設立)のオフィシャルサイトによると:

油圧ショベルはヨーロッパ生まれ。昭和30年代前半までは、日本もその大部分を輸入していました。中で評価が高かったのはフランス・シカム社の製品「ユンボ」。昭和35(1960)年、同社と技術提携した新三菱重工(現三菱重工)が、翌年に代表機種のY35を初めて国産化するや、その名は油圧ショベルの代名詞として瞬く間に浸透しました。ショベルカーやバックホー、パワーショベルなど呼称はさまざまですが、(社)日本建設機械工業会では、「油圧ショベル」に統一しています。

※ 「パワーショベル」・・呼称が統一される前にある国内メーカが使用していた呼び名。
※ 「ショベルカー」 ・・油圧ショベルに限らず、警察用語では建設機械を「ショベルカー」と呼んでいます。 新聞報道でもこの表現が使われています。

バケットを手元に引き寄せるように掘削する方法を「バックホー」と言うのであって、 本来は油圧ショベルそのものを意味するものではありません。 ちなみに、手元から前方にすくい上げるように掘削する方式を「フロントショベル」と言います
--新キャタピラー三菱株式会社: なぜ油圧ショベルを「ユンボ」と言うのか?

付け加えておくと、油圧ショベルには、走向方式が無限軌道(履帯、或いは、所謂「キャタピラ」)による「クローラ式」と、タイヤによる「ホイール式」とがある。[車両系建設機械(総合)] を参照。


1. きっかけは・・・
ある時、全く唐突に、「ユンボ」は "Jumbo" のドイツ語風の読み方に違いないことに気がついた。直に気がつかないところが、私が[イカにもエビにもトロい]と呼ばれる由縁だが、兎に角気がついたので、少し調べてみようと思っていた。

"Jumbo" が、もともと USA で見世物に使われた(アフリカン・ネイチヴの言葉に由来する)巨象の名前であること位は、私でも知っていたから、この推測には、初めから確信があった。「ユンボ」の掘削作業は、あからさまに象の摂食行動を連想させるからだ。

しかし、そうなると、もう少し詳しいことを知りたくなる。その辺の事を、少し書いてみる。


2. ジャンボ
まず、最初に [巨象ジャンボ] に就いての情報をヤヤ精密にしておこう。

Wikipedia 英語版から:

Jumbo (1861 - September 15, 1885) was the most famous elephant ever, and is the root of the adjective 'jumbo'.

Jumbo was an African elephant, born in 1861 in the French Sudan from where he was imported to France and kept in the old Zoo Jardin des Plantes close to the South railway station Gare de Sud in Paris . In 1865 he was transferred to the London Zoo, where he became famous through the riding operations. It was the London zoo-keepers that gave Jumbo its name. It is a slightly garbled version of the word jambo, which is Swahili for "hello".

He was sold in 1882 to P. T. Barnum, owner of "The Greatest Show on Earth", the Barnum & Bailey Circus. Barnum's publicity made the name Jumbo synonymous with "huge". Estimated to be 3.25 metres high in the London Zoo, it was claimed that Jumbo was approximately 4 metres tall by the time of his death. Jumbo died at a train station in St. Thomas, Ontario, Canada, where he was crushed by a locomotive. A statue now at the site commemorates the tragedy.

Jumbo's skeleton was donated to the American Museum of Natural History in New York City. Jumbo's hide was stuffed and traveled with Barnum's circus for a number of years. In 1889, Barnum donated the stuffed Jumbo to Tufts University, where it was displayed until destroyed by a fire in 1975. In honor of Barnum's donation, Jumbo became the Tufts mascot.
--Jumbo - Wikipedia, the free encyclopedia

ジャンボ (Jumbo, 1861年 - 1885年9月15日) は、史上最も有名な象であり、形容詞 'jumbo' の元となった。

ジャンボは、オスのアフリカ象である。1861年に仏領スーダン(現在のマリ共和国 Republic of Mali)で生まれたが、そこからフランスに持ち込まれて、パリ南駅(Gare de Sud)近くの自然史博物館付属植物園(Jardin des Plantes de Paris)付設の古くからある動物園(La menagerie du Jardin des Plantes)で飼育された。1865年には、ロンドン動物園に移され、そこで人を乗せる実演を行うことで有名になった。ジャンボと云う名前は、ロンドンでの象の飼育係により付けられた。この名前は、スワヒリ語の挨拶である "jambo" を僅かに変更したものである。

1882年、ジャンボは、「世界最大のショー(The Greatest Show on Earth)」を名乗ったバーナム・アンド・ベイリー・サーカス(the Barnum & Bailey Circus)の所有者 P. T, パーナム (Phineas Taylor Barnum, 1810年7月5日 - 1891年4月7日)に売り渡された。バーナムの宣伝により、ジャンボと云う名前は、「巨大」を意味するようになった。ロンドン動物園で、ジャンボの体高は 3.25 メートルとされていたが、ジャンボ死亡の際には、約4メートルであったと喧伝された。ジャンボが死んだのは、カナダのオンタリオ州セント・トーマスにあった鉄道の駅でのことで、機関車に追突されたのだった。現在、事故現場には像が建てられている。

ジャンボの骨格は、ニューヨーク市にあるアメリカ自然史博物館(the American Museum of Natural History)に寄贈された。ジャンボの皮の方は、剥製にされて、数年の間、バーナムのサーカスの巡業に伴われた。1889年、バーナムは、ジャンボの剥製を、タフツ大学(Tufts University)に寄贈した。剥製は、1975年の火事で焼失するまで、大学で展示されていた。バーナムの寄贈に敬意を払って、ジャンボは、タフツ大学のマスコットにされた。


[[ゑびすや注:この Wikipedia からの引用部分及び訳文は、"GNU Free Documentation License" に従って再利用可能である。]]


3. ユンボ
で、「ユンボ」のことなんだが・・・

再び [新キャタピラー三菱株式会社] のオフィシャルサイトから適宜引用すると:

新三菱重工業は建設機械のレパートリーを広げるべく、今後主流となる製品を求めて、海外の建設機械の調査を重ねた。その結果、有力候補に上がったのが、フランスのユンボ社 (当時シカム社) の油圧ショベルであった。



新三菱重工業は、昭和35年2月調査団をユンボ社へ派遣。性能や将来性を検討した結果、技術提携を決定し、8月には通産省の認可を得た。10月にサンプル機Y35を輸入、さまざまな調査研究を行った。


昭和35年(1960)、建設機械の専門工場として、神戸造船所明石工場は建設された。11万8,420m²の敷地に、建設機械・鉄構・研究所の共同設備を有する工場は6月に着工し、12月には生産のすべてを引き継いだ工場が完成した。
昭和36年6月、記念すべき国産初の全油圧式パワーショベルY35の1号機が、(株)戸田組 (現・戸田建設(株)) に納入されたのを皮切りに、Y35シリーズは好調に販売を続け、38年度には累計で451台に達した。全国で、その機能を評価されたY35は、次第に日本中に浸透し三菱ユンボパワーショベルの商品名「ユンボ」は、油圧ショベルの代名詞になったほどである。


そして需要の伸びとともに、明石工場は生産能力を高め事業を拡大、昭和46年8月1日には三菱重工業明石製作所として独立した。
--新キャタピラー三菱株式会社: 新キャタピラー三菱の歴史:1959-73

なお、1977(昭和52)年9月、三菱重工はユンボ社(旧シカム社)との技術提携を解消している(新キャタピラー三菱株式会社: 新キャタピラー三菱の歴史:1986-92)。


4. パズル
ここで分らなくなってくる。フランス語では単語 "jumbo" の発音は、やはり [ジャンボ] とでもするしかないだろう(フランス語にとっての英語由来の外来語と意識されている)。

ちなみに、Hachette のオンライン辞書 Encyclopédie Voila avec Hachette では、"jumbo" こう説明されている:

jumbo [ʤæmbo] n. masc. (arg. amér. «petit éléphant».).
1. AVIAT. Équivalent français : gros-porteur. [On dit aussi jumbo jet.]
2. Chariot à portique portant un jeu de perforatrices qui permet de forer simultanément plusieurs trous de mine dans un tunnel.
--Voila Encyclopédie, c 02/2004 Hachette Multimédia / Hachette Livre

jumbo [ʤæmbo]. 名詞. 男性. (「小さい象」を意味する米国スラング)
1. [航空] フランス語の gros-porteur (大型輸送機) と同義. jumbo jet (ジャンボジェット)とも言う.
2. トンネル内で同時に複数の発破孔が掘削できるよう、複数の削岩機をまとめて保持している横木が設けられた車両.

[[ゑびすや注: 残念ながら、発音記号が旨く表示されていないかもしれない。少なくとも、私の Internet Exolorer ではそうだ。]]

我我の「ユンボ」とは違いますなぁ。つまり、普通名詞としてのフランス語 "le jumbo" には、「ユンボ」に相当する意味はなさそうだ。

じゃ、ドイツ語の "der Jumbo" は、どうかと云うと、辞書には、少なくとも機械関係では [ジャンボジェット] 以外の語義は見当たらない(wissen.de)。やはり普通名詞としては「ユンボ」を意味しえない可能性が高い。


5. デッドエンド
ネット上をいろいろ検索してみたが、"jumbo" と 「ユンボ」とを繋ぐ資料は見つからなかった。ここは、一旦「ユンボは Jumbo のドイツ語風の読み方に違いない」と云う大前提を捨てる必要がある。

かと云って、出来ることはあまりない。"yunbo" 又は "yumbo" でネットを検索するくらいだ。しかも、それは「ユンボ」に就いてネットで調べる際にルーチンワークとして遣ってある(「ユンボ」のローマ字表記だからね)。しかし、フランス語圏(もしくは、フランス国内)のサイトを標的にして、集中的に調べることはしていなかった(だって、「ローマ字表記」だからね)。たまたま、フランス語のサイトがあっても、そこでは yumbo は、バイクだかスクーターだかの商品名らしかった。


6. ドンデン
だが、いろいろジタバタしているうちに、普通名詞ではないにしろ、「ユンボ」に相当して "yunbo" 又は "yumbo" 又は、これらに何からの類同性がある言葉がフランス語として使われているはずだと思えてきた。こうして、キチンと[フランス] 限定で、"yunbo" と "yumbo" を調べるべきだと云う方針が立った。

実際に google 検索してみると、"yunbo" の方は、中国系らしい人名がヒットしたくらいだが、"yumbo" では、この商標を持つ「油圧ショベル」の存在が確認できた。


7. フランス語で言うと
「バックホー型油圧ショベル」は、フランス語では何と言うか調べてみると、「建設用語小辞典・建設機械」によれば、"pelle hydraulique sur chenilles". ただ、これは訳すと「履帯(又は無限軌道、つまり、「所謂」キャタピラ)式油圧ショベル」、更に言い換えると「クローラ式油圧ショベル」になって、必ずしも [バックホウ] に限らないので、その点は留保しておく。

実は、"pelle hydraulique sur chenilles" は、日本語サイトよりフランス語サイト Europe-Machinery.com : matériel TP et camion occasion (中古大型車両 camion occasion の売買サイトらしい)の方で先に見つけて、それが日本語の「クローラ式油圧ショベル」であることを確認する過程で、上記の「建設用語小辞典・建設機械」を見つけた次第。(この文章全体としてそうなのだが、実際に起こったことは、錯綜と冗長の極みなので、若干整理して書いてある。)

ちなみに、[履帯] ではなくてタイヤを装着した架台に搭載された「ホイール式油圧ショベル」は、Europe-Machinery.com では、"pelle hydraulique sur pneus" と表されている。ま、当然だろう。


8. ユンボ出現
で、「ユンボ」が出てくるのが、"pelle hydraulique sur chenilles" のページYumbo Y70 occasion.


売買が成立してしまうと削除されてしまうだろうから、摘要を書いておくと:

Pelle hydraulique sur chenilles Yumbo Y70 occasion

Vendeur : BOUYSSI Daniel
Adresse : 67 AV CH DE GAULLE, 81600 gaillac, France
Date d'enregistrement : 19/09/2004
Marque : Yumbo
Modèle : Y70
Année : 1980
Heures : 7500 (heures)
Poids : 14 (en tonnes)
Etat : Etat moyen
Prix HT : 4500 (Euros)

Europe-Machinery.com: pelle hydraulique sur chenilles - Yumbo Y70 occasion

クローラ式油圧ショベル Yumbo Y70 中古品
出品者: BOUYSSI Daniel
住所: フランス ガヤック 81600 シャルル・ド・ゴール通り 67
登録日: 2004年9月19日
ブランド: Yumbo
型式: Y70
製造年: 1980年
運転時間: 7500 (時間)
重量: 14 (トン単位)
状態: 中程度
税別価格: 4500 (ユーロ)

[[ゑびすや謂う。BOUYSSI と云う姓の読み方が分からない。ビュシか? ちなみに、タイプミスである可能性は低い。フランス国内には、 BOUYSSI 姓が300人ほどいる由。]]

掲示板でも、「中古 Yumbo 売りたし」といった感じのものが見つかった。

  1. vend pelle à chenilles
  2. vend pelle à chenilles
  3. vends pelle à chenilles
  4. pelle mecanique international (ancienement YUMBO 6O) chenilles

これも、早晩削除されるだろうから、転記しておこう。

1. Vends pelle à chenille bon état. Poids 14 tonnes. Fonctionnement sans problemes. Marque YUMBO
売りたし。良好な状態のクローラ式ショベル。重量14トン。問題なく動作。YUMBO ブランド。

2. Vends pelle à chenille bon état. Poids 14 tonnes. Fonctionnement sans problemes. Marque YUMBO
売りたし。良好な状態のクローラ式ショベル。重量14トン。問題なく動作。YUMBO ブランド。

3. pelle Yumbo, International, 15 tonnes, 3 godets, bon état de marche, téléphone: ** ** ** ** **
Yumbo ショベル。国際規格。15トン。3 バケット。走向良好。電話: ** ** ** ** **

4. vends petit prix pour pieces pelle mecanique international (ancienement YUMBO 6O) chenilles marecage galets neuf pompe hydraulique et verin bon état, moteur HS.
廉価にて国際規格パワーショベル(元は、YUMBO 6O)の部品売りたし。沼沢地用履帯。転輪9個。油圧ポンプ。ジャッキ良品。HSモーター。

[[ゑびすや謂う。3. と 4., 特に4., は訳していて自信がない。しかし、Yumbo ブランドの油圧ショベルに関するものであることは確かだ。]]

しかし、最初の二つは、発言者が Europe-Machinery.com の BOUYSSI Daniel その人だから、扱われている油圧ショベルも同一と思われる。従って、その新規証拠能力はない。結局、Yumbo ブランドの油圧ショベルの実在を示すのは3例と云うことになるが、これは、最小限であるとはいえ、議論の足場たりうる数であろう。勿論、これらの "Yumbo" が、三菱が提携したユンボ社(又はシカム社)の製品であると云う論理的が必然性はないのだが、十分大きい可能性はある。つまり、「ユンボ」は、フランス語としての "Yumbo" に由来すると考えてよい。

むしろ注目すべきは、Yumbo ブランドの油圧ショベルの出現頻度の低さだ。例えば、上記の Europe-Machinery.com 中の「クローラ式油圧ショベル」のページでは、
250 ほどある出品のなかで、YUMBO ブランドは Daniel BOUYSSI が出したもの1件だけだった。それに対して、日本製や韓国製のは隨分ある。存続していたとしても、Yumbo 社又は、Yumbo の製造メーカーは商売繁盛しているとは思われない。


9. よくあること
従って、「『ユンボ』は "Jumbo" のドイツ語風の読み方」と云う、私の当初の「確信」は、少なくともその時漠然と考えていたありようとしては、間違っていたと言える。

何故、「少なくともその時漠然と考えていたありようとしては」などと、持って回った留保を付けたのかというなら、「ユンボ」又は "Yumbo" と "Jumbo" とは関係が無くもないからだ。


10. ユンボとジャンボ
Disney のアニメーション映画に "Dumbo" と云うものがある。「耳の大きな仔象の物語」だということ位は私でも知っている。断片的にはテレヴィで見かけたことはあるが、全編を通して観た記憶はない(単に、観て忘れているだけかも知れないが、どちらでも話は同じだ)。シノプシスは、英語版なら、[Plot Summary for Dumbo (1941)] で知ることができる。

日本語サイトでは、組織立って映画・アニメを扱っているところでは、まともなストーリーの紹介をしているところがない(対象化が出来ていない)のだが、わずかに、ある個人が、このアニメに触れると云う形で、使える粗筋をまとめている。 [もう一つ・・・「ダンボ」]

で、この "Dumbo" なんだが、主人公の赤ちゃん象は、サーカスのメス象のところにコウノトリが運んでくる。このメス象の名前が "Mrs. Jumbo." 日本語版でも「ジャンボ」だ。しかし、フランス語版では、どうやら "Madame Yumbo" つまり、「ユンボ」と言うことがあるらしい。次を参照。

≪ Je viens livrer votre bébé, dit la cigogne-facteur à Madame Yumbo. Voulez-vous signer ici, s'il vous plaît ? ≫ Madame Yumbo poussa un cri de joie et s'empressa d'ouvrir le paquet. Enfin, elle recevait son bébé éléphant ! Il etait vraiment mignon, cet éléphanteau.



Le petit éléphant fut baptise Dumbo.
--regis.camus.free.fr, L'histoire: Dumbo. page 1

「あなたの赤ちゃんを届けに来ましたよ。ここにサインしてくださいね。」と、コウノトリの郵便屋さんはユンボさんの奥さんに言いました。奥さんは、嬉しさに叫び声をあげると、急いで包みを開けました。こうして、ユンボさんの奥さんのところに、赤ちゃん象がやって来たのです。本当に可愛らしい仔象でした。



仔象は、「ダンボ」と名づけられました。

[[ゑびすや謂う。"Madame" も、それを受ける "elle" も訳しづらい。一応「ユンボさんの奥さん」としておく。]]

Dumbo の母親を Madame Jumbo としているフランス語サイト(La page des personnages de "Dumbo" de Walt Disney)もあるから、軽軽には判断できないが、「ユンボは(フランス版)ダンボの母親」と云うのは一つの自立した説たりうるだろう。

ただ、それでも何故、英語 "Mrs. Jumbo" に、フランス語として "Madame Yumbo" を当てたかと云う疑問は残っている。

ここで、フランス語の "Yumbo" が、ドイツ語の "Jumbo" の音を移して作られたと云うことはあるだろう。ただし、これは単純な可能性に留まる。今のところは、その必然性は全く見えない。


11. 蛇足を描く。
1.チョンボ

    小型のユンボを「チョンボ」と言うことがあるらしい(関西?)。
  1. 岡山県の農業従事者の発言: 「私は重量3.5トンのユンボ(こちらでは小さいのでチョンボといっています。)を持っていますが、トラクターによる土移動はユンボのそれより多いです。」

  2. 岡山県の「プチホテル」のサイト中: ユンボの、小型です。 「チョンボ」君です。 ...

2. 「現在ユンボは (株)レンタルのニッケン によって商標登録されている。」と云う説があるが(一般名詞化した商標たち)未確認。レンタルのニッケンのサイトからは、そうした主張は探し出せなかった。ただし、[レンタルのニッケン] は、三菱グループであることに注意。

また、[レンタルのニッケン]は、製造者(ヤンマー、コマツ、コベルコ、クボタ、日立、CAT 三菱、石川島建機)に関わらず、油圧ショベルを「ユンボ」の名でまとめている。例えば、掘削機・アタッチメント を参照。

この会社の「概要」を読んでいたら、社員の名前が面白いので、タマタマそう云う人たちが集まったのかしらと、思ったら、全員「ビジネス・ネーム」と云うものを付けているのだそうな(2004年10月21日 CX 系の「トリビアの泉」でもやっていた)。創業者が「亀 太郎」で、その跡を継いだのが「鶴 ひみこ」、現社長が「鹿の子 喜太郎」(まぁ、この方は本名が「鹿子木 卓」とおっしゃるらしい)、そして監査役が「大目付 太郎」。

3. フランス語サイト中に [建築機械を製造するユンボ社] のものと思われるものは見つけ出せなかった。しかし、企業情報を提供するフランス語サイト [SOCIETE.COM L'information gratuite sur les entreprises du registre du Commerce] に依れば、"Fabrication de machines pour l'extraction ou la construction" (採掘及び建設用機械の製造)を業務とする YUMBO と云うフランス企業は存在する。ただし、その登記は2002年2月13日。


12. リンク集

    本文中に取り入れられなかったリンク:
  1. Jumbo - The Elephant

  2. Jumbo the Elephant. Roadside Pet Cemetery

  3. Tufts Journal: Tufts at 150: Elephant tales

  4. Tufts Magazine Online

  5. Histoire du tunnel du Mont Blanc

  6. 「明細書用語」-パテントサーチ研究所-

  7. ユンボ大好き

  8. 0312雑記草

  9. 土工機械史

  10. Dumbo


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2004年9月30日 (木)

Pentium と錬金術

以前から、Pentium の語源に錬金術的契機があるのか気になっていたのですが、ネット内 google 検索してもそれらしいことは書かれていませんね。

と、こう書けば、この話は終わりなんですが、それでは無愛想過ぎるので、ヤヤ詳しく書いておきましょう。

では、そもそも、Pentium の語源は、一般にどう説明されているのか、と云うと:

Pentium - Microprocessor from Intel
The fifth microprocessor in the 80x86 series. It would have been called i586 or 80586, but Intel decided to name it Pentium (penta = five) after it lost a trademark infringement lawsuit against AMD. (The judgment was that numbers like "286," "386," and "486" could not be trademarked.) According to Intel, Pentium conveys a meaning of strength "like titanium".
--List of computer term etymologies

Pentium - Intel のマイクロプロセッサ
五番目の 80x86 シリーズ・マイクロプロセッサ。本来 i566 又は 80586 と呼ばれるべきものであったが、Intel が AMD との商標侵害訴訟に敗れた後(判決では、「286」、「386」及び「486」などの数字は商標たりえないとされた)、Intel が Pentium (penta とは「5」の意味)と名づけることに決めた。Intel によれば、Pentium には、「チタン(titanium)」におけるのと同様に強さの意味が込められている。

肝腎の最後のセンテンス、何を言いたいんだか判らない。

Intel のサイトを覗いてみても、「Intel によれば」と云う箇所の裏づけになりそうなことは見つけられなかったけれども、Intel が、それに類するような事を言ったとして話を進めると・・・

Pentium と titanium との共通部分である接尾辞 -ium に関連するのだろうと推測は出来るのですが、だからこそ何を言いたいんだか判らないんです。

チタンと云う金属は確かに、「鉄よりも軽く、強く、そして錆びない」。しかし、同じ接尾辞を持つ金属アルミ(aluminium)だって、鉄より「軽く、そして錆びない」(正確には、錆び、つまり酸化、が内部に進行しないってことなんだろう。でも、これはチタンだって同じことなんじゃないかな)けれど、とても「強い」とは言えないのは、一円硬貨やビールの空き缶の事を考えればそれで十分でしょう。(helium のことは、発見の経緯が例外的だから此処では論じない。)

ここは素直に -ium は、Pentium と云う名称に、[元素な雰囲気] を出すために付けられたと理解すべきでしょう。実際、そう説明している例もある。

Names in the 1990s also need broad consumer appeal. In the 1970s, says Lexicon's Placek, Intel was far from creating a branded microprocessor. By 1993, when Lexicon created the name Pentium as a term to evoke a fifth-generation (pente) chip with resonance as an element (like titanium), Intel leveraged it into a big brand name.
--Name-o-rama: How do they come up with names like Pentium and AirTouch? (By Alex Frankel)

1990年代にあっては、名称も、消費者への広範な訴求力を持たねばならない。Lexicon Branding 社の社長 David Placek によれば、1970年代、Intel 社は、マイクロプロセッサをブランド化することが全く出来なかった。1993年に至って、Lexicon Branding 社が、第五世代(pente)チップに(チタンのような)元素の響きを持たせて登場させるために、Pentium と云う名称を作り出すと、Intel 社は、それを巨大なブランド名に育て上げた。

[[ゑびすや謂う。動詞 'leverage' の用法に注意。文脈上、このくらいの意味だろうと思われる訳を付けておく。ただし、一応裏付けはある。ネット上で使われる jargons を集めた netlingo を参照。]]

と云う訣で、Lexicon Branding のサイトにも行ってみましたが、Pentium の由来に就いて、ここでも分りませんでした(余談: この会社、Apple の PowerBook の名づけ親でもあるらしい)。

ついでに書いておくと、上記 'Name-o-rama' には、Lexicon Branding とは別の手法で商品名・企業名を作り出している会社 NameLab Inc に就いても触れられていて、その対比が面白かった。米国本田の "Acura" や、コンピュータ・メーカー "Compaq" (Hewlett-Packard と合併して、会社が無くなってしまったけれど)が、その「製品」。

ちなみに、Intel では、当初、「第五世代チップ」の新名称を社内公募したらしい。「賞品」は「お二人様、ハワイ旅行にご招待」。でも結局、どれにしたらよいか決められず、Lexicon Branding と NameLab との二社に、応募の審査ともども、別途新名称の提案を発注したとのこと。結局、Lexicon Branding の案が選ばれたのですが、それでも、正解に一番近かった(って、どう云うことだ?)二名は、ハワイ旅行に行けたそうです。そんな事が書いてあるのが、Pentium Name Story

脱線ばかりして申し訳ない。

で、まぁ、もし Pentium の -ium に元素を含意があるとすると、どうなるのかと云うと・・・

その成り立ちからして、"Pentium" には、「五番目の元素」と云う「自然な」意味が発生する。或いは、むしろ、「第五元素」と言うべきか。

ここで、漸く話が錬金術に繋がる訣です。

「第五元素」に就いて説明するのは、煩わしい。と云うか、私は知らない。所謂「四大(地・水・火・風)」の次の、というか、「四大」を超越する五番目の元素。卑金属(特に鉛)を、貴金属(特に金)に変える魔法の [触媒]。人の霊性を高め、不老不死にする「賢者の石」。と、一知半解を並べ立てたところで、捕らえ所がない。泥縄式にネットを漁ってみましたが、少なくとも、日本語の錬金術関連サイトの殆どは、まともに読む気が起こるような内容ではなかった。

それに、いま問題になっているのは、「錬金術」そのものではなくて、現代のアメリカ合衆国社会に落ちている「錬金術」の歴史的な影なんですね。

そのものずばりのタイトルを有する映画 "The Fifth Element (1997)" (邦題も「フィフス・エレメント (これも 1997年公開)」)に於いて、第五元素の具現と云うことになっている Milla Jovovich (as Leeloo) が、

Me fifth element - supreme being. Me protect you.

と言っていました(正確に言うと、TV で聞いたウロ覚えを、今回ネット上で確認した)が、まぁ、そう云う受けとられ方をしているのでしょう。("The Fifth Element" と云う映画タイトルが Pentium に示唆されている可能性も排除できないけれど。)

だから、商品名に纏わせるには、丁度良いオーラだと思ったんですが、結局、Pentium と錬金術との関係は確かめられませんでした。


これまた余談になりますが(初等的な知識を振り回すようで気恥づかしいけれど)、ギリシャ語の πεντε は基数詞、つまり、物が幾つあるかを指定する言葉なんですね。例: 複合語ですが、角が五つある図形、つまり「五角形」は、πενταγωνον となる。

これに対して、何番目に当たるかを示す序数詞では、形は変わって、例えば「五番目の」は πεμπτος と、すこし形が異なる。

なんでこんなことをワザワザ注意したかというと、「第五元素」或いは「第五実体」は、ラテン語では quinta essentia ギリシャ語では、πεμπτε ουσια と、共に序数詞を使っているのです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2004年8月 6日 (金)

"May the Force be with you."に就いて

再録した「NIFTY翻訳フォーラム投稿(1997年7月3日?)」に些かの補足を試みる。

当該記事作成当時は、私はインターネットにアクセスできなかったので(出来るようになったのは、1998年春)、"May the Force be with you." に就いて、インターネット上で調べる事はなかった。そこで、今回の再録に応じて、ルーチンワークとして google 検索した。

時間がなかったのでゴク大雑把な調査しかできなかったためもあろうが、発見感の少ない作業で、失敗したと言ってよい。しかし、勿論、他のあらゆる失敗と同様、この失敗にも記録する価値はあるだろう。

1. 日本語サイトの場合:

1.1. Koubuchi's Personal Home Page
The STAR WARS quartet 中の、台詞 "May the Force be with you." の出現箇所をまとめたもの。当方内容未確認。全部かどうかも不明。サイト中の説明に曰わく

基本的にはフォースを重視するジェダイの表現であり、一般の人が使うことはありません。しかし帝政成立後は、ジェダイの活躍華々しい旧共和国時代を象徴する表現として、反乱軍の合い言葉のようになります。ドドンナ将軍やアクバー提督の台詞は、このような合い言葉であって、彼らがジェダイというわけではありません。この決まり文句も数えてみると、登場回数は案外少ないものです。一方「ファントム・メナス」では、ジェダイの全盛期ということもあって、何度も出てきます。 --Koubuchi's Personal HomePage 中の「よくある台詞集」:May the Force be with you!:フォースのともにあらんことを!


2. 英語サイトの場合:

2.1. "George Lucas, the Force and God" by Terry Mattingly
"Star Wars" における「フォース」が「神」と同一であるのはそのとおりだとしても、その「神」とは如何なるものなのか、つまり、"Star Wars" の宗教観を論じて、それが様様な要素(受動的な東洋哲学と、ユダヤ・キリスト教的な責任倫理及び自己犠牲と)の混淆物とする、監督 George Lucas の伝記作者 Dale Pollock の説を紹介して、結論に代えている。

3. 宿題:

英語の希求法について書こうと思っていたのだが、材料が集まらない。別の機会まで延期する。

それに使えるかもしれないので、The Lord be with you. と God be with you. とに関連して、聖書の章句番号を記録しておこう。

  • 旧約 [出エジプト] 10:10; [ヨシュア] 1:17 ; [歴代誌 上] 22:11
  • 新約 [テサロニケ 2] 3:16

おまけとして、たまたま思い出した賛美歌第405番(番号は日本基督教団讃美歌委員会1954年版による)「神ともにいまして(GOD BE WITH YOU TILL WE MEET AGAIN)」 のことも、ここにリンクを貼っておこう。この曲は、私のような不信心な者にとってもゆかしい別れの歌である。

脱線ついでに書いておくと、私の(全く当てにならないことが多い)記憶によるなら、この讃美歌は、曾っての TBS ドラマ「私は貝になりたい」で、主人公(フランキー堺)の前に死刑になる人物(内藤武敏だったと思う)を送り出すシーンで効果的に使われていた

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2004年7月18日 (日)

NIFTY翻訳フォーラム投稿再録(1998年1月7日?)


回顧と展望

皆さん、明けましておめでとうございます。

もうぢき、松が取れてしまいますので、今のうちに年頭らしいことをしておきます。

といっても、相変わらずノンキな話なんですが。

1997年中で、私にとってのベストソングはエレファントカシマシの「風に吹かれて」でした。昨日、テレヴィ・コマーシャルのバックグラウンド・ミュージックで聞きましたが、私が最初に聞いたのは、古本屋の店内で流していた(多分)有線放送においてでした。聞いていて、感激してしまった。

あれは、何なんでしょうね。私、例外は結構多いとはいえ、基本的に和製ロックが苦手で、そして「風に吹かれて」の歌詞も、和製ロックの常道で立派に歌謡曲している。説明に苦しむんだが、まぁ、あんまり焦って説明しても始まらないから、そのままにしておきましょう。


去年見たテレヴィのシリーズもの時代劇で印象に残っているのは CX の[御家人斬九郎]でした。多分、正月の特別番組態勢が終われば、まだ続きをやるのではないかな。

総体、今まともな時代劇をつくれるのは、あの局だけではないかと思います。[銭形平次]は稍々おちるが、[鬼平犯科帳]と[御家人斬九郎]は良く出来ていて、感心する。そして、最近では、この両者のうち[斬九郎]が勝る。

特に、年末近くの数本は見応えがありました。梶芽衣子さんが出ていた回は、彼女の魅力を活かしきれずに失敗していましたが、その外は、毎回毎回違った趣向で楽しませてくれました。

そう言えば、一回[用心棒]へのオマージュになっているのがありましたね。(勿論、三船敏郎が無くなる前のことです。)ストーリーではなく、あの映画の稍々荒涼とした雰囲気がそっくりに作ってあった。当然、アメリカのハードボイルド小説(ダシル・ハメットの[赤い収穫]!)や西部劇の雰囲気にも似ている。(ついでに書いておくと、私の狭い知識内では、日本映画史上、一番かっこいい男優の姿は、[用心棒]のラスト近くで、三船敏郎が「ヘヘっ」と云った感じで肩をゆすり上げつつ、破落戸たちに歩み寄っていくシーンです。)


ただ[斬九郎]で、一番優れいてると思われるのは、キャスティングです。まず、レギュラーが全員はまっている。[斬九郎]の渡辺謙、母親[麻佐女]の岸田今日子、与力[西尾伝三郎 ](原作ではこうなっているんだが、テレヴィの方では同心と云った格だね。)の益岡徹、岡っ引[南無八幡の佐治]塩見三省、芸者[蔦吉]若村麻由美(原作では、柳橋芸者[おつた]。でもテレヴィでは名前からして深川芸者っぽい)。どれも、みなキマっている。そして、もう一昨年になった筈だが、第二回シリーズからは、中間役で牧冬吉さん(なつかしや)が出ていらっしゃる。

特に若村麻由美の芸者姿には、目を瞠るがある。私は、彼女ほど芸者姿の似合う女優を知らない。もっとも、これには局側の対応もあるんでしょうね。彼女、NHK の金曜夜にやっていた(今、丁度再放送中らしい)[天晴れ夜十郎]に[三千歳]役で出ていたが、精彩がなかったと記憶する。

[天晴れ夜十郎]にしろ、たしかその後釜の[半七捕物帳]にしろ、それなりに良い素材を使っているのに、見事に詰まらなかった。[半七捕物帳]みたいな傑作を詰まらなくしてどうすんだ。

見られるのはエンディングだけでしたね。[天晴れ夜十郎]では切り絵、[半七捕物帳]では半七が現代の東京に紛れ込ませた姿をモノクロ・スチールで写し取って、見応えがあった。

若村麻由美さんは、この二日、[NHK教育]で放送した片岡仁左衛門襲名公演にゲスト出演していて、その時、アナウンサーが言うには、歌舞伎の「大ファン」で(ま、義理でも、こう云うわな)、踊りの名取りさんなんだそうです。分かったような、分からないような気分になりました。

そうそう、その時、一緒に[役者]中村又五郎さんが出ていらした。彼は、池波正太郎が、その風貌を[剣客商売]の秋山小兵衛のモデルにした人で(池波正太郎[小鍋だて])、そう聞くと床しい。この前も、NHK教育で対談番組に出ていたのを拝見したことがある(人間国宝になった記念?)。

もう一度そうそう、ややうろ覚えだが、彼は、去年(?)の[鬼平犯科帳]に、(確か逆縁の)仇討ちをしようとする老剣士の役で出ていた(それを[鬼平]がすけてやる)。セリフ廻しが、歌舞伎そのままなのにテレヴィ・ドラマのなかで浮いていなかった。たいしたもんだと思った記憶が有ります。

話を戻して、[御家人斬九郎]は、たしかに良く出来た作品なんだが、不満がないわけではない。それは、冒頭必ず出で来る[江戸本所]と云うキャプションなんです。

また、脱線します。[本所]は本来は[ほんじょう]と読んだそうです。今でも、志ん朝師などは、高座で確かに[ほんじょう]と発音している。

何度も「そうそう」と言って申し分けないが、そうそう。古今亭志ん朝で思 い出しましたが、いまの[鬼平犯科帳]ではなくて、昔の先代松本幸四郎 が主演していた時には、志ん朝師が[うさ忠]を演じていたと記憶します。主演が幸四郎と云うことではなく、そのことに「贅沢なことをするもんだ」と感心したように覚えています。

私の記憶が確かなら[本所]は、お江戸のうちではない。所謂[川向こう]と云う奴で、大川を挟んで、あっちかこっちかの違いは地元の人間には皮膚感覚として切実だった筈なんですがね。

勿論、川向こうには川向こうの良さがあるので、お江戸ほど窮屈ではなかったらしい。例えば、向両国(むこうりょうごく。今の墨田区両国)の見世物には際どいものがあったと言います。(あんまり、いい例じゃないね。)

でも、[本所]を江戸と言ってはいけないでしょう。そう言えば、こうしたことに厳しい都筑道夫は昨年版行した[さかしま砂絵](光文社)所収の[置いてけ掘](この外題は[本所七不思議]から取られている)で、本所に行った「センセー」に「見るからに、顔役というところだの。お太刀をきめているなんざあ、江戸では見られぬすがただ。」(54頁)と言わせています。

また、少なくとも、昭和30年代迄そうした雰囲気があったことは、純正の下町っ子であるなぎら健壱([なぎら]は確か[柳楽]と書いたと記憶するが、いま確認できない。もっとも通用名が開いた形だから、いいか。彼は、銀座木挽町生まれ)の[下町小僧](ちくま文庫)を読むと分かる。

川一本のことなんだけれども、やっぱり、気になりますね。

話題二つだけで、結構長くなったしまった。まだ、二つ・三つ残っているんですが、やめておきます。


最後に今後のことを一つ。

近日中(一両日中? 或いは、一・二週間中)に、極めて長文のアップを行ないます。実は、このフォーラムでの発言を再開するに当たって腹案にあったものです。ぜひ書いておきたかったので、組み立ててみたんですが、思った以上に長くなってしまった。自分でも、ハタ迷惑になりそうなのが分かる。当フォーラムで長文のアップをするのは、これを最後にします。


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2004年7月16日 (金)

NIFTY翻訳フォーラム投稿再録(1997年7月3日?)


フォースのともにあらんことを

しばらく前に、英国の科学技術政策に関連する公文書を訳したことがあります。

中に、成人向けであったか学生向けであったか失念しましたが、いわゆる公開講座に関する言及があった。そのタイトルが "May the Force be with you." だったのですな。

私、翻訳家として怠慢の誹りを免れないんだが、映画館に映画を観に行くことなど、滅多にない。数年に一度ぐらいでしょう。それでも、TV で放送された時ぐらいなら観ることがある。(勿論、日本語吹き替え版で。)

だから、問題のタイトルが、[スターウォーズ]からの引用又はモヂリであろうことは、すぐに想像がついた。それどころか、実は、私にとっては、映画一篇の中で最も印象的なセリフがあったのですが、その原文であることを確信したのです。

その[印象的なセリフ]と云うのが、私の(誤っていることが多い)記憶によれば、「フォースのともにあらんことを」なんです。

[印象的]といっても、共感したのではない、微妙な違和感があった。

まぁ、しかし、その話は後回しにしましょう。翻訳の時のことに話を戻すと、当然のようにジタバタし始めた。引用句の翻訳は、先行して定訳/流布訳があるならば、出来る限りそれを尊重しなければならない。なぜなら、文章中に引用がある場合には、引用の内容と云うメッセージと共に、引用が行なわれていると云う事実(議論上かなり粗い近似値になりますが、ここでは、これはメタメッセージと呼んで良いはずです)をも[翻訳]しなければならないからです。

[引用が行なわれていると云う事実]を読者に伝えるには、定訳/流布訳(if any)を使うのが最も自然で効果的です。勿論、訳文の文脈上、定訳/流布訳の利用が不可能な場合もありえますが、しかし、それは、翻訳の蹉跌と言ってよいでしょう。

と云う訣で調べてみたら、"May the Force be with you." が、たしかに Star Wars 由来であることは、引用句辞典ですぐに確認できました。

とすると、これに定訳/流布訳と言えるものがあるのか?

これも、TV の吹き替えや、映画のスーパーインポーズで使われた表現なら、良しとすべきで、従って、取り敢えず、問題は「フォースのともにあらんことを」と聞いたような気がすると云う私の記憶力になります。これは大問題だ。裏を取りたいけれども、その手段が分からない。困った。困った。

とは言うものの、時間に全く余裕がなかったから、逆に早く諦めが付いた。記憶が曖昧なまま「フォースのともにあらんことを」で済ませてしまった。


そのしばらく後で、NHK の衛星放送でやっていた輸入物の科学番組を観ていたら、たまたま "May the Force be with you." と云うテロップが出てきた。あるセクション(素粒子間に働く力が話題だったと記憶します)の[見出し]としてだけ使われていたから、上記の[公開講座]のタイトルとは独立している筈。どうやら、この一句はかなりポピュラーらしい。単に、引用句辞典に載っていると云う事実から窺える以上に訴求力のあるような気がする。


このことと私が感じた[違和感]とは、関係がありそうです。

the Force とは何かについて、映画の中で尤もらしい意味付けが行われていましたが、有り様は所謂[念力]で、その基盤となっているのは、「強く念じるならば願望を無媒介的に現実化することができる」と云う呪術的心性です。(現実には、この[無媒介的に]の部分が、様々な粉飾によって見えづらくなっていることが多いのですが。)

呪術的心性は、「科学技術」が「迷信」を駆逐したように見える現代にあっても、我々と無縁ではない。それどころか、我々は、各個人史において[無能な呪術者]として意識を覚醒し、多かれ少なかれ[魔法使いの弟子]として成長し、基本的に不完全な形で[空想から科学へ]の転換を遂げる。

呪術的心性は、我々の精神活動のなかに意外に多量に残存しており、それを意識から締め出すと(フロイト流に言えば[抑圧]すると)、それは[裏口]から進入して、我々の精神活動の足元をすくう。

我々は、自らの内にある呪術的心性を、意識の中であやしつつ、それが増長しないようにしなければならない。

だから[呪術的心性]が窺えるからといって、[フォース] に違和感を抱いたわけではないと云うのが、私の自己診断です。

[違和感]の正体を探ってみると、映画の中で、[フォース]が deus ex machina として働いていることにあるようです。つまり、[神]と[力]とが安易に同一視されてしまっているように受け取られたのです。[愛]と[智]が抜け落ちちゃっている。まぁ、[ヨーダ]なんかに[智]の側面を表させようとしたんでしょうけれども、私の印象では、あれは[老賢者]と言うより、[カワイイ creature]なんですな。

ここまでが、TV で[スター・ウォーズ]を見ただけによる、つまり「フォースのともにあらんことを」を契機とする感想です。それ以上考えは進まず、そのままになってしまった。


しかし、"May the Force be with you." と云うのを読んで、ハタと思い当たったことがある。

この the Force を God で置き換えて "May God be with you." とするなら、英語文化(English literacy)内で非常に自然な文章になるんです。

それは、古臭い言い方をするなら "God be with you." となるのですが(ここで、古格な表現 "God bless you." と、日常的な言い回しにヨリ馴染みやすい "May God bless you." との共存に注意してよいかもしれません)、その形では、まさに古くから使われており、そして、あまりに頻繁に使われるので、現代では goodbye と云う縮約形が使われている。

この フォーラムでは、わざわざ説明するのを躊躇せざるをえないが、一応しておくと、goodbye が "A contraction of the phrase [God be with you (or ye)]" (OED. ただし、原文では [ と ] とに挟まれた部分はイタリック体)であることは[英語の豆知識]として基本に属します。

OED によるなら

1588 Shakes. [L.L.L.] iii. i. 151,
I thanke your worship, God be wy you.

1607 Middleton & Dekker [Roaring Girl] D j b,
Farewell. God b'y you Mistresse Gallipot.

1719 D'Urfey [Pills] III. 135
Good B'w''y! with all my Heart.

1818 Byron [Juan] i. ccxxi,
And so your humble servant, and good-b'ye!

と、まあ、こんな感じですね。
(ただし、原文では [ と ] とに挟まれた部分はイタリック体)

そして、Star Wars の中で、"May the Force be with you." は、まさに別れに際する挨拶であったはずです。少なくともこの局面では George Lucas が the Forceを[神]のメタファーとして使っていると、かなりの確度をもって推定できるでしょう。


| | コメント (0) | トラックバック (0)