カテゴリー「歴史」の10件の記事

2009年5月 8日 (金)

續日本後紀第九巻仁明天皇承和七年五月「庚辰。停五日節 以後太上天皇不豫也」

昨日遅く (2009/05/07 23:33:20)、キーフレーズ [庚辰。停五日節 以後太上天皇不豫也] で、このサイトを訪問された方がいらしたようだ。

或いは、既に目的の情報を得られているかもしれないが、一応書いておくと、この言葉の出典は續日本後紀卷第九の仁明天皇承和七年五月の条にあると思われる。

    参考になるかもしれないサイト:
  1. 久遠の絆ファンサイト IN 台湾新編 續日本後紀卷第九 仁明天皇
  2. XMLの日本古典への応用の試み続日本後紀
  3. 國學院大學デジタルライブラリー続日本後紀 巻五 Page 015

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2009年2月 7日 (土)

今日は初午。練馬区高松の地口行灯

東京都練馬区高松に、所謂「激安スーパー」である [業務スーパー練馬店] (東京都練馬区高松3-21-18) があって、時時買い物をする。だから、その敷地の中に、恐らく以前はそこに大きな屋敷 (農家) があっただろう名残と思われる稲荷祠があることには気が付いていた。

いま google map のストリートビューで確認してみたら、看板や木が邪魔をして屋代そのものは見えづらいのだが、鳥居ぐらいは見ることができた (航空写真では、屋代の赤い屋根が見える)。

その [業務スーパー] に、たまたま昨日今日 (2009年2月5日・6日) と行く用事があったのだが、その「お稲荷さん」に地口行灯が五・六灯飾ってあったのだな。「ああ。そう言えば、もう初午なんだな」と思ってしまった。調べてみたら今日 (「こんにち」と読んでいただきたい) 2月6日が初午だった。

しかし、顧みてみると、初午に地口行灯が飾ってあるのを実見したのは初めてかもしれない。子どものころ見たことがあるかもしれないのだが、だとすると、忘れてしまっている (そう言えば、去年だったか一昨年だったか、板橋の下頭橋の豊敬稲荷だったかの前を初午の日に通りかかったら、太鼓が柵柱に吊り下げてあって、誰でも叩けるようにしてあったのを見た記憶があるが、その時にも地口行灯はなかったようだ)。

勿論、地口行灯そのものは、北千住の商店街や浅草寺門前の伝法院通りで見かけたことがあるのだが、あれは観光用であって常時掲げられており、初午とは関係ない。

今日見た地口行灯で私が読み取れたものはたった二つで、曰わく「小狐三本桜」と「狐道成寺」だけだった。まぁ「義経千本桜」と「娘道成寺」ぐらいなら私でも知っていると云うだけのことなのだが、そのほかも全て「狐」で通しているらしかった。かってそう云う風習があったのだろうか。浅学にして、その有無を承知しないのが残念である。

原稿を書いているうちに日付が変わってしまったが、このまま投稿することにする。

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2007年2月26日 (月)

「大衆が恐れる者は、必ずや大衆を恐れる」: ユリウス・カエサルの面前に抛り込まれた一句。

[Quintus Fabius Maximus (クィントゥス・ファビウス・マクシムス) の言葉] を書いたついでに、セネカの [怒りについて (De ira)] に就いてもう少し書いておく。

例えば、次のような一節がある:

また、恐怖はそれを起こさせる張本人に常に戻ってきて、恐れられる者自身が安心していられない。この事実はどうであろう。ここで君は、ラベリウスの次の詩の一句を思い起こすであろう。この詩が内戦の最中に劇場で朗読された時、それは全国民の注意を一身に集め、正に一般大衆の感情が声となって投げつけられたかの観があった。
  大衆が恐れる者は、必ずや大衆を恐れる。
--岩波文庫 33-607-2 [怒りについて] セネカ。訳:茂手木元蔵。1980年。東京 岩波書店 p.66

Quid quod semper in auctores redundat timor nec quisquam metuitur ipse securus? Occurrat hoc loco tibi Laberianus ille versus qui medio civili bello in theatro dictus totum in se populum non aliter convertit quam si missa esset vox publici adfectus:
  necesse est multos timeat quem multi timent.
--"De ira" LIBER II, Cap.xi 3
上記引用和訳文中、「この事実」は、前文に係る。上記訳文に従えば「恐怖はそれを起こさせる張本人に常に戻ってきて、恐れられる者自身が安心していられないと云う、この事実はどうであろう?」と云うこと("Quid quod" は、「と云う事実はどうだろう」と云う意の成句)。
"in se ... convertit" は「(自らに)注意を集める」、"non aliter quam" は「正に」で良いだろうが、"populum" (populus 対格)を「国民」としたのはどうか。むしろ「聴衆」とすべきではなかったか。また「一般大衆の感情」とされている "vox publici adfectus" は「民衆の怨嗟の声」くらいまで訳せるかもしれない。"missa esset" は mitto の接続法過去完了三人称単数女性。拙訳を付けておくと:

恐怖と云うものは溢れて、恐怖を引き起こした人々にまで逆流するのが常なので、恐怖される者自身も安全ではないのだと云う事実はどうだろう。ここで、君は、内戦の中、劇場で朗読された際に、あたかも民衆の怨嗟の声が抛り込まれたかの感があったので聴衆が耳をそばだてたと云う、あのラベリウスの詩の一節を思い起こすだろう:
  大衆が恐れる者は、必ずや大衆を恐れる。

ここで、「内戦 (civilis bellum)」とは、ユリウス・カエサル (Gaius Iulius Caesar 或いは Gaius Julius Caesar) と反カエサル派との戦い (ルビコン川越境 49BC。ムンダ会戦45BC) のことだろう。

ラベリウス (Decimus Laberius) は、 カエサルの命により行なわされたプブリウス・シルス ( Publilius Syrus) 等との「黙劇」(mimus) 競演の際 (紀元前46年のことだと云う)、自作劇の前口上として゛カエサルの権力が大きくなりすぎたことを揶揄する詩をカエサルの面前で朗読した。そして、劇中シルスを当てこすった奴隷役で登場したラベリウスは、"Porro Quirites! libertatem perdimus" (「ところで、ローマ市民諸君! 我々は自由を失おうとしているぞ」) と叫ぶのだが、それから一呼吸置いて付け加えたのが問題の言葉だった。この「最後の一句」が発せられると、全聴衆がカエサルの方を向いて、彼に注目したという。

セネカが、下敷きにしたと言われるマクロビウス (Ambrosius Theodosius Macrobius) の "Saturnalia" の一節を引用しておく:

In ipsa quoque actione subinde se, qua poterat, ulciscebatur inducto habitu Syri, qui velut flagris caesus praeripientique se similis exclamabat:
  Porro Quirites! libertatem perdimus
et paulo post adiecit:
  Necesse est multos timeat quem multi timent.
Quo dicto universitas populi ad solum Caesarem oculos et ora convertit, notantes inpotentiam eius hac dicacitate lapidatam. Ob haec in Publium vertit favorem.
--Macrobii "Saturnalia" Liber II Cap.vii 4-5
"ora" は os の複数対格。



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2006年4月24日 (月)

メモ:岩波文庫「新科学対話(下)」

本来なら、岩波文庫「新科学対話(上)」に引き続いて「新科学対話(下)」(今野武雄・日田節次訳 1948年)に就いてメモを作るべきであろうが、どうも気分が乗らないので、一つだけ材料を記録して、作業を中断する。

その前に、背景を説明しておくと、話題になっているのは、無拘束の物体を上方に抛り上げた後の運動(暫く上昇した後落下する)で、サルヴィヤチが物体の速度が連続的に減少し後停止する(その後落下に転ずる)とするのに対し、シンプリチオは、速度が連続的(無段階的に)に減少するなら、それを経過するのに無限の時間がかかるだろうと反論する。つまり、シンプリチオは「ゼノンの逆理」(の変異例)を持ち出しているのだ。以下のサルヴィヤチの発言は、それに対するものである。

Salv. Accaderebbe cotesto, Sig. Simplicio, quando il mobile andasse per qualche tempo trattenendosi in ciaschedun grado; ma egli vi passa solamente, senza dimorarvi oltre a un instante; e perché in ogni tempo quanto, ancor che piccolissimo, sono infiniti instanti, però son bastanti a rispondere a gl'infiniti gradi di velocità diminuita. Che poi tal grave ascendente non persista per verun tempo quanto in alcun medesimo grado di velocità, si fa manifesto così: perché se, assegnato qualche tempo quanto, nel primo instante di tal tempo ed anco nell'ultimo il mobile si trovasse aver il medesimo grado di velocità, potrebbe da questo secondo grado esser parimente sospinto in su per altrettanto spazio, sì come dal primo fu portato al secondo, e per l'istessa ragione passerebbe dal secondo al terzo, e finalmente continuerebbe il suo moto uniforme in infinito.


SALV. This would happen, Simplicio, if the moving body were to maintain its speed for any length of time at each degree of velocity; but it merely passes each point without delaying more than an instant: and since each time-interval however small may be divided into an infinite number of instants, these will always be sufficient [in number] to correspond to the infinite degrees of diminished velocity.
That such a heavy rising body does not remain for any length of time at any given degree of velocity is evident from the following: because if, some time-interval having been assigned, the body moves with the same speed in the last as in the first instant of that time-interval, it could from this second degree of elevation be in like manner raised through an equal height, just as it was transferred from the first elevation to the second, and by the same reasoning would pass from the second to the third and would finally continue in uniform motion forever.

TNS Draft: Text and figures, through the end of the Third Day
(translated by Henry Crew and Alfonso de Salvio)

サルヴィヤチ: いやシムプリチオ君もし運動體がそれぞれの大きさの速さを任意の時間繼續するといふのでしたら、さういふことも起るでせう。しかし物體がその徑路上の各點を通過するのは只一瞬時に過ぎません。そしてその各の瞬間も尚ほ、小さい時間間隔に分割され、無限數の瞬間が生ずるのですから、それらは、まさしく減小しゆく速さの無限の程度に對應せしめるに十分です。かやうな抛上體が任意、有限の時間のあひだ、いかなる速さをもその儘保持するものではない、といふことは、次のことからみても明かです。即ちいま或る有限な時間間隔が與へられ、問題の物體がこの時間間隔の最初と最後の瞬間に於て同一の速さを持つてゐるとするならば、この第二の速度(最後の瞬間の速度)でもつて丁度、第一の高さから第二の高さに移つたのと同じやうにして、この第二段の高さから等しい高さだけ昇らせることができる。そして同じ理由に依つて、第二から(値は變らぬ)第三へと移り、結局、等速運動が無限に續け得ることになりませう。

岩波文庫「新科学対話(下)」(今野武雄・日田節次訳 岩波書店 1948年)

パラグラフの後半に就いて言えば、英文版自体がイタリア語からの逐語訳で意味がとりづらいから、岩波文庫版が変になっているのに同情すべき余地はあるのだが、前半は英文解釈上に取り立てて難しいところはないので、訳者が内容を理解していないことが目立ってしまっている。どこが悪いのかイチイチ指摘するのは面倒なので、以下に私の訳を示しておく。ただし、イタリア語から直接訳してあるので、英語版とは少し異なっている。

サルヴィヤチ: シンプリチオさん、そうした運動体が、速度の全ての値の一つ一つを、どのような長さにしろ或る時間維持するとするならば、そうしたことも起こりうるでしょうが、この運動体は、速度の夫々の値を正に瞬間に通り過ぎるのです。そして、どのように短い長さの時間であるにしろ、その中には無数の瞬間が含まれますから、低下していく速度の無数の値に十分対応できるのです。こうした上昇中の重い物体が、如何なる長さの時間にしろ、どの速度の値にも留まるものではないことは、以下のように明らかです。つまり、或る所定の長さの時間に対して、その最初の瞬間と最後の瞬間とで、こうした運動物体が同一の速度値を有するようなことがあるとするならば、当初の高度から次の高度に上昇したことが丁度繰り返されて、二番目の高度からも同じ高度差上昇することになるでしょう。同じことが、二番目の高度と三番目の高度についても言えるので、結局は一定速度の運動が永遠に続くことになってしまいます。

英語版や岩波文庫版の翻訳品質とは直接関わりのないことだが、ガリレオのこの議論は、時間軸及び/又は空間軸の平行移動に対して力学法則が変化しないことを前提にしている。

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2006年4月17日 (月)

電子テキスト版 "DUE NUOVE SCIENZE" (新科学対話)

電子テキスト版 "DUE NUOVE SCIENZE" (イタリア語原典[新科学対話])には、これまでにも引用した DISCORSI E "DIMOSTRAZIONI MATEMATICHE INTORNO A DUE NUOVE SCIENZE ATTENENTI ALLA MECANICA & I MOVIMENTI LOCALI" の他にも、次のものがネット上で見つかったので、記録しておく。

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2006年4月 8日 (土)

岩波文庫「新科学対話(上)」に就いて


何時までも、「新科学対話(上)」)」(岩波文庫。今野武雄・日田節次訳 1937年)にかかづらっていられないので、後は簡単に済ます。

1. p.194 のページ末から数えて第4行から第3行に「その錘 D に對する抵抗力の比は既に證明しましたやうに CB:AB に等しく」とあるが、この "D" は --B-- と読み替えねばならない。対応原文は、

then, as we have already shown, its resistance to fracture [bending strength] at the end AD, owing to a load placed at the end B, will be less than the resistance at CI in the ratio of the length CB to AB.

la cui resistenza ad essere spezzato nell'estremità AD da una forza premente nel termine B è tanto minore della resistenza che si troverebbe nel luogo CI, quanto la lunghezza CB è minore della BA, come già si è dimostrato.


2. p.197 の第9行乃至第11行に「そして EG:FD=AE:CF ですから、比を變へれば EG:AE=FD:CF. 又距離 CD,AG は點 F, Eによつて同じ比に分けられてゐるのだから」とあるのは、「そして EG:FD=AE:CF ですから、内項交換して EG:AE=FD:CE. これは、線分 CD と AG とが点 F と E とにより同じ比に分けられていると云うことですから」ぐらいにした方が良い。

対応原文:

And since EG:FD = AE:CF, it follows, permutando, that EG:AE = FD:CF. Seeing that the distances DC and GA are divided in the same ratio by the points F and E,

E perché come EG ad FD, così AE a CF, sarà, permutando, come GE ad EA così DF ad FC; e però (per esser le due leve DC, GA divise proporzionalmente ne i punti F, E)


3. p.201 の第6行から第7行に「だから、私達が反對に假定したやうに、もし曲線三角形プラス X が矩形 CP の 1/3 に等しいとすれば」とあるのは、「だから、『曲線三角形プラス X が矩形 CP の 1/3 に等しくなる』と云う反論がありうるにしても、もしそうだとすると」ぐらいにして方が良いだろう。(「曲線三角形」と云う訳語の当否に就いては、ここでは論じない。)

対応原文:

Therefore if, as our opponent might say, the triangle plus X is equal to a third part of this rectangle CP,

Adunque, se il triangolo insieme con l'X pareggiava, per l'avversario, la terza parte del rettangolo CP,

参照

  1. DISCORSI E "DIMOSTRAZIONI MATEMATICHE INTORNO A DUE NUOVE SCIENZE ATTENENTI ALLA MECANICA & I MOVIMENTI LOCALI: GIORNATA SECONDA

  2. "TNS Draft: SECOND DAY" (translated by Henry Crew and Alfonso de Salvio)

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2006年2月26日 (日)

「複合變列」につまづく

ふと思い立って[ガリレオ・ガリレイ]の「新科学対話」を読みはじめた(トリノオリンピックの余波とは自分では思っていない)。上下ニ分冊の岩波文庫版である。

これがなかなか面白いのだが、全部読み切っていないことでもあるし、どう面白いのかの説明は、いづれ機会があったらすることにして、今回は、上巻を100ページも読んでいないのに、躓いてしまったことを書いておく。

galileo


上巻の92ページには、[第十二圖]として上記のような図が乗っていて、その一番右端の図形に関連して、こう書いてある。

與へられた圓に外接する多角形のうち、少邊數のものは多邊數のものより面積が大であるが、圓と等周の多角形の場合には多邊數のもの程少邊數のものより面積が大である、といふことを證明しませう。

(一応、岩波文庫版の原文の雰囲気を出すために、旧字旧かなを再現しようとしたが、字形が見当たらない場合は、普通のものにしてある。以下同様)

で、その内容はと云うと、

O を中心、OA を半徑とする圓に切線 AD を引き、この切線上に、圓 O の外接五角形の一邊の半分を表はす AD, 外接七角形の一邊の半分を表はす AC をとります。線分 OGC, OFD を引き、O を中心、OC を半徑として弧 ECI を描きます。さて
△DOC > 扇形EOC, 扇形COI > △COA
∴ △DOC : △COA > 扇形EOC : 扇形COI
即ち > 扇形FOG : 扇形GOA
そこで複合變列して、△DOA : 扇形FOA > △COA : 扇形GOA
從つて △DOA×10 : 扇形FOA×10 > △COA×14 : 扇形GOA×14
即ち外接五角形と圓との比は、外接七角形と同じ圓との比よりも大。故に、五角形は七角形よりも面積が大であります。

これで、証明しようとすることの前半が済んでいる訣だが、この「複合變列」と云うところで詰まってしまった。

暫く頭をひねったが、「複合變列」などと云う操作は、知りもしないし想像もつかない。

で、原文にあたることにした。

探してみると、次のようなものが見つかった。

  1. Discorsi e dimostrazioni matematiche intorno à due nuoue scienze attenenti alla mecanica & i mouimenti locali / del signor Galileo Galilei
  2. DISCORSI E DIMOSTRAZIONI MATEMATICHE INTORNO A DUE NUOVE SCIENZE ATTENENTI ALLA MECANICA & I MOVIMENTI LOCALI

最初の方は原本の影印版、二番目の方は電子テキスト化してある。と云う訣で、扱いやすい二番目の方から、問題のところを探してみると:

Nel cerchio, il cui centro O, semidiametro OA, sia la tangente AD, ed in essa pongasi, per esempio, AD esser la metà del lato del pentagono circoscritto, ed AC metà del lato dell'ettagono, e tirinsi le rette OGC, OFD, e, centro O, intervallo OC, descrivasi l'arco ECI. E perché il triangolo DOC è maggiore del settore EOC, e'l settore COI maggiore del triangolo COA, maggior proporzione arà il triangolo DOC al triangolo COA, che 'l settore EOC al settore COI, cioè che'l settore FOG al settore GOA; e componendo e permutando, il triangolo DOA al settore FOA arà maggior proporzione che il triangolo COA al settore GOA, e dieci triangoli DOA a dieci settori FOA aranno maggior proporzione che quattordici triangoli COA a quattordici settori GOA, cioè il pentagono circoscritto arà maggior proporzione al cerchio che non gli ha l'ettagono; e però il pentagono sarà maggior dall'ottagono.

うーん。日本では [島原の乱] があったり、海禁政策が取られ出したりした時代、井原西鶴が生まれる前の著作だから、動詞なんかの言い回しが古いみたいですね。 私が持っている辞書では調べが付かない。

だから、内容を把握したと言い張るつもりは無いが、それでも、最後の "ottagono" は "ettagono" にしないと意味が通じないぐらいなら気が付いた(ま、動詞じゃないし)。

念のため影印版の方を当たってみたら、たしかにその通りでした(より正確には、"dall'ottagono" は --dell'ettagono-- にしないといけない)。

まぁ、それはともかく、問題の「複合變列(して)」は、原文では "e componendo e permutando," だね。

ははは。これならわかる。そして、自分の間抜けさが忌々しくなるほど単純なことだ。

「複合變列して」ではなくて、「複合し、そして變列して」とでも読むべきだったのだろうが、こうした言い換えでは分かりづらいかもしれない。もっと簡単な言い方がありそうなものだが、とにかく、その内容は、"componendo" は、比例式(「比例不等式」とでも謂うのか?)の、(正確な言い方かどうかはしらないが)後項を前項に足し合わせること、そして "permutando" は、内項どうしを交換することだ。記号を使うと:

△DOC : △COA > 扇形FOG : 扇形GOA が分っていいる。
それぞれ後項を前項にたして
(△DOC + △COA): △COA > (扇形FOG + 扇形GOA): 扇形GOA
つまり、
△DOA : △COA > 扇形FOA : 扇形GOA
内項どうしを入れ換えて
△DOA : 扇形FOA > △COA : 扇形GOA

返す返すも自分の頭の悪さが怨めしい。

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2006年2月21日 (火)

[アメリカ合衆国大統領行政命令第9066号]訳文


以下は、2006年1月23日付の「"evacuation area" 補足 その2: 戦時における日系米人強制収容の場合」で言及したアメリカ合衆国大統領の「行政命令第9066号 (Executive Order No. 9066)」の原文と和訳文です。

Executive Order No. 9066
The President
Executive Order

Authorizing the Secretary of War to Prescribe Military Areas

Whereas the successful prosecution of the war requires every possible protection against espionage and against sabotage to national-defense material, national-defense premises, and national-defense utilities as defined in Section 4, Act of April 20, 1918, 40 Stat. 533, as amended by the Act of November 30, 1940, 54 Stat. 1220, and the Act of August 21, 1941, 55 Stat. 655 (U.S.C., Title 50, Sec. 104);

Now, therefore, by virtue of the authority vested in me as President of the United States, and Commander in Chief of the Army and Navy, I hereby authorize and direct the Secretary of War, and the Military Commanders whom he may from time to time designate, whenever he or any designated Commander deems such action necessary or desirable, to prescribe military areas in such places and of such extent as he or the appropriate Military Commander may determine, from which any or all persons may be excluded, and with respect to which, the right of any person to enter, remain in, or leave shall be subject to whatever restrictions the Secretary of War or the appropriate Military Commander may impose in his discretion. The Secretary of War is hereby authorized to provide for residents of any such area who are excluded therefrom, such transportation, food, shelter, and other accommodations as may be necessary, in the judgment of the Secretary of War or the said Military Commander, and until other arrangements are made, to accomplish the purpose of this order. The designation of military areas in any region or locality shall supersede designations of prohibited and restricted areas by the Attorney General under the Proclamations of December 7 and 8, 1941, and shall supersede the responsibility and authority of the Attorney General under the said Proclamations in respect of such prohibited and restricted areas.

I hereby further authorize and direct the Secretary of War and the said Military Commanders to take such other steps as he or the appropriate Military Commander may deem advisable to enforce compliance with the restrictions applicable to each Military area hereinabove authorized to be designated, including the use of Federal troops and other Federal Agencies, with authority to accept assistance of state and local agencies.

I hereby further authorize and direct all Executive Departments, independent establishments and other Federal Agencies, to assist the Secretary of War or the said Military Commanders in carrying out this Executive Order, including the furnishing of medical aid, hospitalization, food, clothing, transportation, use of land, shelter, and other supplies, equipment, utilities, facilities, and services.

This order shall not be construed as modifying or limiting in any way the authority heretofore granted under Executive Order No. 8972, dated December 12, 1941, nor shall it be construed as limiting or modifying the duty and responsibility of the Federal Bureau of Investigation, with respect to the investigation of alleged acts of sabotage or the duty and responsibility of the Attorney General and the Department of Justice under the Proclamations of December 7 and 8, 1941, prescribing regulations for the conduct and control of alien enemies, except as such duty and responsibility is superseded by the designation of military areas hereunder.

Franklin D. Roosevelt
The White House,
February 19, 1942.


行政命令第9066号
大統領
行政命令

陸軍長官への軍事地域指定権付与

本戦争を成功裏に遂行せしめんためには、1940年11月30日の第54会期制定法第1220号及び1941年8月21日の第55会期制定法第655号により訂正された1918年4月20日の第40会期制定法第533号(合衆国法典集第50編第104章)の第4章に定められた意味での諜報行為並びに国防用物資・国防用不動産・国防用設備への破壊行為に対抗するため、あらゆる可能な防護策をとる必要があることに鑑みて、

合衆国大統領及び陸海軍最高司令官としての私に与えられている権限により、私は今やここに、陸軍長官及び陸軍長官が随時指名する陸軍司令官に対し、陸軍長官又は陸軍長官が指名した司令官のいずれにせよ、必要又は望ましいと判断する時には何時でも、陸軍長官又は該当司令官が決定する場所及び範囲の地域を軍事地域として指定し、当該地域より、誰であるにしろ、またと、全員であるにしろ人を排除する権限を付与する。これに関連して、如何なる者の進入・滞在・離脱する権利であっても、陸軍長官又は該当陸軍司令官が自由裁量で定めることのできる如何なる規制にも従わわねばならないものとする。陸軍長官には、如何なる地域からにしろ、そこから排除された住民に対して、陸軍長官又は前記陸軍司令官の判断に従って必要と思われる交通手段・食料・避難所その他の便宜を供与し、他の措置が取られるまで、この命令の目的を達成する権限が付与される。如何なる地区又は地方であっても、軍事地域の指定は、1941年12月7日及び8日の布告に基づく司法長官による禁止及び制限地域の指定に取って代わるものであり、また、こうした禁止及び制限地域に対する前記布告に基づく司法長官の責務及び権限に取って代わるものである。

私は、さらに、陸軍長官及び前記陸軍司令官に対し、連邦軍その他の連邦機関の利用、及び州及び地方自治体の援助を受ける権限を含めて、上記において指定権限が付与された軍事地域の各々に適用される規制の遵守が履行されるようにするために陸軍長官又は該当陸軍司令官が適切と判断する他の手続きを取る権限を付与し、また、そうすることを指示する。

私は、さらに、行政省庁、独立機関その他の連邦機関の全てに対し、医療援助、医療機関への収容、食料、衣料、交通手段、土地・避難所・その他の支給品の利用、備品、設備、施設、サービスを提供するなど、本行政命令の履行において陸軍長官又は前記陸軍司令官を援助する権限を付与し、また、そうすることを指示する。

本命令は、1941年12月12日付の行政命令第8972号に基づいて従来付与されていた権限を如何なる仕方でも修正又は制限するものと看做されてはならず、また、今後の軍事地域指定により取って代わられる責務及び責任を除いて、破壊行動の疑いがある場合の捜査に関しての連邦捜査局の責務及び責任も、敵国人の行動規制及び管理を規定する1941年12月7日及び8日の布告に基づいた司法長官及び司法省の責務及び責任を修正又は制限するものと看做されてはならない。

フランクリン・D・ルーズベルト
ホワイトハウス
1942年2月19日

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2006年1月23日 (月)

"evacuation area" 補足 その2: 戦時における日系米人強制収容の場合


"evacuation area" が、災害からの避難とは別の文脈で使われることがあるので、そのことを書いておく。

1941年12月7日(ハワイ現地時間)における日本海軍の真珠湾攻撃を契機とする日米戦争中、米国大統領フランクリン・ルーズベルト (Franklin D. Roosevelt) が 1942年2月19日に出した行政命令 9066 (Executive Order 9066) に基づいて、アメリカ合衆国西海岸地域(ワシントン州西部、オレゴン州西部、カリフォルニア州、アリゾナ州の一部)に居住していた日系米人が、所謂 "relocation camp" に強制収容されたが、この日系人が立ち退かされた地域が "evacuation area" として言及されることがある。ただし、当時の文書の中で使われていたかどうかは確認できなかった。

以下のサイトを参照:

  1. Japanese American Internment Online Exhibit

  2. Childhood Lost: the Orphans of Manzanar

行政命令 9066 が正式に破棄されたのは、1976年4月ジェラルド・フォード (Gerald Ford) 大統領によってだった。

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2005年5月13日 (金)

南畝の由来

詩経と言えば、「小雅」中の「大田」に、

以我覃耜   我が覃耜(たんし)を以って
俶載南畝   載(こと)を南畝(なんぼ)に俶(はじ)む

とあるが、蜀山人大田覃の号が「南畝」なのはこれによるのだろう。



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