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今更ながら「ファインディング・ニモ」

以前、頭の中をかすめただけの思い付きを書き始めたのだが、「芯」になるものが探し出せず、話がまとまらなかった。しかし、ほかの「ネタ」で話を組み立てるのも気疎いので、そのまま発表する。

"Finding Nemo" (邦題「ファインディング・ニモ」) と云う「ディズニー映画 (製作会社:ピクサー・アニメーション・スタジオ )」があって、私は未見である。ただ、このアニメ映画の日本公開時 (2003年12月)、私の居宅には TV 受像機がまだあって、そこで流れされたキャンペーンの情報の切れ端は、私の記憶の中に残っている。

もっとも、私が承知しているのは、「人間にさらわれた『クマノミの男の子』(名前は『二モ (Nemo)』) を、お父さんクマノミ (名前は「マーリン (Marlin)」) が探しに行く」と云う、極めて概括的なことでしかない。

内容を知らない映画について、いきなり半畳を入れるようで申し訣ないが、この記事を書くに当たって、ザッと調べて集めた情報に従うなら、この映画の設定は、動物学的・生態学的には無理があるような気がする。

クマノミは、所謂「雄性先熟性」、つまり、全ての個体はオスとして誕生する。では、メスはいないのかと言うと、そんなことはなくて、メスも存在する。メスは、オスが性転換したものである。

卵から孵化したクマノミは、途中、捕食されたりして大部分が死滅するとは言え、とにかく、イソギンチャク (例外もあるらしい) に、到達することで、幼生期を離脱する。前後してイソギンチャクに到着したクマノミは、シバシバ10匹足らずの個体からなるグループを作る。、

クマノミのグループは、最大で最強の個体である一匹のメス (つまり、「お母さんクマノミ」) と、2番目に大きい個体であり、「お母さんクマノミ」と共に繁殖に関わるオス (「お父さんクマノミ」)、そして、その他のオス (基本的には別の「父母」と云うか「母父」の間で形成された卵から孵化したのち浮遊してたどり着いた、最大でも数匹の「男の子(繁殖には関係しない)」) から構成されている。つまり、こうした「男の子」たちは、いわば「里子」であるが、むしろ「冷や飯喰い」と読んだ方が良いかも知れない。

「お母さん」が最強者としてグループ内を支配するが、「お父さん」と「冷や飯喰い」たちの間にも、序列があって、上位のものは下位のもの (特に直下のもの) を攻撃する。攻撃に耐えかねて、新参者が逃げだすこともある。この行動には、「冷や飯食い」が更に成長して、性的に成熟するのを防ぐ役割がある可能性がある (「お母さん」と「お父さん」との間では、攻撃はホボ抑制されているらしい)。

本稿のこうした記述は全て、泥縄の受け売りである。生態学や行動学的な記載は、新たな観測報告が追加されていくと重要な変更がありうると云う原則的な難点があるが、それ以前に、私が誤解していることも十分ありうる。だが、そうしたことは気にしないで、読みかじったものを未消化のまま吐き出していくことにする。

ただし、卵の段階では、親、特に「お父さん」は、卵塊を清潔にし、その数百から千数百ある卵が、捕食されないよう護ったり、また、酸素不足にならないよう、孵化までの1週間前後休みなくエラであおいで新鮮な海水を卵塊に供給し続けたり、死んでしまった卵があれば腐敗が他の卵に移らないように、死卵を除去 (食べちゃう) したりなど、献身的な世話をすると云う事実を付け加えておこう。

「お母さん」が欠けると (この映画では、「お母さん」の「コーラル (Coral)」がそうなる)、残ったグループのうち最大のオス である「お父さん」がメスへと性転換する。つまり、類型的には「お母さん」がいなくなると、「お父さん」が「お母さん」になる。そして、新しい「お母さん」は、その他のオスの中の一匹 -- 多分序列にして以前第3位だった「男の子」-- とツガイを組む。

それから、「ファインディング・ニモ/Finding Nemo」に登場するクマノミは、ディズニーの公式見解による「カクレクマノミ (Amphiprion ocellaris)」(つまり、「オケラリス種のクマノミ」) ではなく「ペルクラ種のクマノミ/Amphiprion percula」と云うことがシバシバ指摘されているようだ。

関連画像:

  1. ペルクラ種 Amphiprion percula のクマノミの画像
  2. オケラリス種 Amphiprion ocellaris (カクレクマノミ) の画像
  3. マーリン (ニモの父親) の画像

しかし、こうした諸諸のことはあまりこだわっても仕方がないような気もする。「お父さん」が「お父さん」のままなのが分からないことにしろ、オケラリス種にしろ、ペルクラ種にしろ、そうしたことが「問題」になるなら、クマノミに、人間みたいな歯が生えてるとか、白目があるとは思えないから、「問題」にするなら、そちらの方を先に「問題」にしろよ、と、思ったりする (「魚が、人間のように言語コミュニケーションを行う」ことは兎も角)。。。

。。。とは言うものの、本稿での「クマノミ」の説明は、ペルクラ種を基準にしている。

なお、余談になるが、日本語版のウィキペディアの記事「クマノミ亜科」では、英語風に「オセラリス種」としてあるが、学名では、一つの表記に一つの読み方を固定すべきである一方、学名はラテン語を基礎にすると云う原則があるのだから、ここはラテン語風に「オケラリス種」とすべき。日本は、ギリシア・ローマ文化の本流にはないのだから、むしろ、こうした点は厳格でないと、些細な誤りで重大な失敗を引き起こしかねない。

しかし、まぁ、道聴塗説はこれくらいにしておこう (私が書くものは、全て「道聴塗説」と云う指摘が聞こえてきそうだが、この際不問にしておく)。

で、本題だが、かって、「ファインディング・ニモ/Finding Nemo」と云うタイトルを聞いた時思ったのが、「この『ニモ/Nemo』は、ジュール・ヴェルヌの小説『海底二万マイル』に登場する『ネモ船長』からとったのだろうか?」と云う疑問だった。

自分でツッコんでおくと、「海底二万マイル」の原題はフランス語で "Vingt mille lieues sous les mers" だから、「マイル」は可笑しい。しかし、"lieue" は「3海里=5556m」だから、『海底2万海里』も可笑しい。フランス語の lieue に対応する英語は league --厳密な言い方では "nautical league"-- だから、『海底二万リーグ』で、そうした翻訳名もあった筈だが、ここでは、私が子供のころ覚えて馴染んだとおりにしておく(草稿が出来上がってから、気が付いて調べたら、実は、ここらの背景事情は、日本語版ウィキペディアの記事「海底二万里」で説明されていて、それを引用すれば、それで済んだ話だった。。。今回は、こんな話ばかりだ)。

こだわるなら、"sous les mers" を「海底」とするのだって可笑しいのだ。ここは、「潜水」とか「潜航」とすべきところだろう。「潜航二万リーグ」とか、これはこれで、タイトルとして成立すると思うのだが、どうやら、そうしたタイトルでは翻訳されたことはないようだ (検索でヒットしない)。

で、この疑問には日本語版のウィキペディアの記事「ファインディング・ニモ」の「概要」に

主人公ニモ(Nemo)の名は、ジュール・ベルヌの小説『海底二万里』に登場する主人公ネモ船長(Captain Nemo)から採られている。
と書いてあって、あっさり解決している。

ただし、勿論、それだけでは話は終わらないので、その時私は、「もし、『だとしたら』、面白いネーミングだな」と思ったからだ。何故なら、ネモ船長の "Nemo" は、pseudonym であり、ラテン語 nemo に従って「誰でもない」と云う意味が隠されているからだ (日本語版ウィキペディアの記事「ネモ船長」を参照されたい)。つまり "nemo" は、英語で言えば "no one" や "no body" にあたるので、"finding Nemo" は "finding no one" や "finding nobody" つまり、「誰も探さない」と云う意味になるのだ。

そして (草稿完成どころか) 書きながら調べいて分かったが、"finding Nemo" を "finding no one" や "finding nobody" に変換するのは、簡単な思い付きだと云うことだ。実際、"finding no one" や "finding nobody" で、検索すると、それらしい記事がヒットする (意気阻喪したので、私は、内容をチェックしなかった)。

これを知った時点で、書き続ける意欲が著しく減退したのだが、もう少し書いておくと、"Nemo" は文学史的には、古典ギリシアのホメロス「オデュッセイア/ΟΔΥΣΣΕΙΑ」に遡ることができる。「オデュッセイア」の主人公オデュッセウス (Ὀδυσσεύς) がキュクロープス (Κύκλωψ) に対して名乗った Οὖτις がそれである。この "Οὖτις" も「誰でもない」を意味する。

しかし、他方、「オデュッセウス」は「大航海者」の象徴だから、"finding Nemo" は「大航海者を探して」と云う意味をも持ちうる。だから、"finding Nemo" と云う物語には、「大航海者を探して」と云う隠れた意味があるのではないか、と、妄想したのだったが、どうやらハズレのようだ。

「ファインディング・ニモ」は、「父親」が「失われた息子」を探しに旅に出ると云う話 (そのために「母親」が死んでいることが前提になっている) だから、「航海者」であるのは「父親」であると云う訣だ。「旅」は、宜しくドリー(Dory)と云う「案内者」を得て、叙事詩的としてなら、「地獄巡り」の様相を呈するのが順当なのだろうか、そうでもないようだ。

結局、本稿には「思い付き」と呼ぶに値することが、全くない、と云う結果に終わってしまった。

関連情報へのリンク

  1. Orange clownfish - Wikipedia
  2. Orange Clownfish - Amphiprion percula - Details - Encyclopedia of Life
  3. Outis - Wikipedia

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[メモ:2011年6月8日 (水曜) 朝日新聞朝刊 [天声人語] 中の「ゲーテの言葉」] (2011年6月10日[金]) への補足。オリバー・クロムウェル(Oliver Cromwell) の言葉へのリードリヒ・アウグスト・フォン・ハイエク (Friedrich August von Hayek) の言及

経済学者 (と云う一言で片づけて良いのか私には判断が付かない。ただし、世間的な通りが良い言い方をするなら所謂「ノーベル経済学賞」1974年受賞者) フリードリヒ・アウグスト・フォン・ハイエク (Friedrich August von Hayek) に、"The Constitution of liberty" (邦訳名「自由の条件」) と云う著作がある。その第1部第3章 THE COMMON SENSE OF PROGRESS のエピグラフとして、次の一文が銘されている。

Man never mounts higher than when he knows not where he is going.
—Oliver Cromwell
人と云うものは、何処まで登るのか分かっていない時にこそ、一番の高みに到達する。
-オリバー・クロムウェル

本ブログの『メモ:2011年6月8日 (水曜) 朝日新聞朝刊 [天声人語] 中の「ゲーテの言葉」』及び『[メモ:2011年6月8日 (水曜) 朝日新聞朝刊 [天声人語] 中の「ゲーテの言葉」] (2011年6月10日[金])の訂正』で取り上げたクロムウェルの言葉

A man never goes so far as when he doesn't know where he is going.
のもとの形は、これだったのだろう (ちなみに、クロムウェルには言及していないが、『ドイツ語と英語の初歩。または、私は如何にして心配するのを止めて [メモ:2011年6月8日 (水曜) 朝日新聞朝刊 [天声人語] 中の「ゲーテの言葉」] 補足を書くことになったか』もご参照頂きたい)。

注意すべきは、「原形」では、出発点からの移動の大きさが「遠近」ではなく「高低」で表されていることだ。

メモ:2011年6月8日 (水曜) 朝日新聞朝刊 [天声人語] 中の「ゲーテの言葉」』でも書いたことだが、「どこへゆくかわからないときほど人間は遠くにゆくことは決してない。」と云う (岩波新書1969年[エスプリとユーモア]でタレーランによると紹介されていた) 言葉を読んだ時、私は、それが「目的地が明確でないと、とんでもないところに彷徨っていくことになる」か、或いは「目的地に縛られない時こそが、もっとも遠くまで進むことができる」ぐらいの意味だと感じた訣だが、これが、「人間は、何処まで登るのか分かっていない時にこそ、一番の高みに到達する。」であったのだったら、解釈の仕方は、「目的地に縛られない時こそが、もっとも遠くまで進むことができる」に対応する一通りだっただろう。

このことに就いてもう少し書いておくことができる。なぜなら、このエピグラフに続く文章で、ハイエクは、この言葉の出典を明らかにしているからだ。曰く

The quotation at the head of the chapter is taken from Jean François Paul de Gondi de Retz, Mémoires du Cardinal de Retz, de Guy-Joli, et de la duchesse de Nemours, contenant ce qui s'est passé de remarquable en France pendant les premières années du règne de Louis XIV (6 vols. in 8; Nouvelle édition; Paris:Chez Étienne Ledoux, 1820), vol. 2, p. 497, where President Bellièvre is recorded as having said that Cromwell once told him "on ne montait jamais si haut que quand on ne sait où l'on va."
--The Constitution of Liberty: The Definitive Edition - F. A. Hayek - Google ブックス
本章冒頭の引用句は、ジャン・フランソワ・ド・ポール・ド・ゴンヂ・ド・レ他著「レ枢機卿、ギ=ジョリ、ヌムール公爵夫人回想録。ルイ十四世治世初年時代にフランスで起こった著しいことども」(全6巻。八つ折判。新版。パリ:エチエンヌ・ルドゥ書店。1820年) 第2巻第497頁からのものである。当該箇所では、ベリーブル法院長が、かって、クロムウェルより、"on ne montait jamais si haut que quand on ne sait où l'on va." (人と云うものは、何処まで登るのか分かっていない時にこそ、一番の高みに到達する) と言われたことがあると、記録されている。

この "Mémoires du Cardinal de Retz, de Guy-Joli, et de la duchesse de Nemours" もまた、ネット上で閲覧することができる。問題の文の少し前から引用すると

Je vous entends, répondit le président de Bellèvre, et je vous arrête en même temps pour vous dire ce que j'ai appris de Cromwel (M. de Bellièvre l'avait vu et connu en Angleterre): il me disait un jour qu'on ne montait jamais si haut que quand on ne sait où l'on va.
--Mémoires du cardinal de Retz, de Guy Joli, et de la ... c.1 v.2. - Full View | HathiTrust Digital Library | HathiTrust Digital Library
となっている。自信がないが、一応、訳を試みてみると、

ベリーブル法院長は答えた。君の言うことは分かるよ。けれど、止めておいた方がいいね。もっとも、私がクロムウェルの知遇を受けていた当時 (ベリーブル殿は、イギリスでクロムウェルと会って、交友を結んだことがあるのだ)、 ある日、彼は私に「人と云うものは、何処まで登るのか分かっていない時にこそ、一番の高みに到達する。」と語ったことがあるとも付け加えておくがね。

つまり、ベリーブルがイギリスにおいてクロムウェルの知遇を得ていたことが書き添えされており、クロムウェルの言葉は、そうした出会いの中でのものだったことがうかがえる。

この「ベリーブル法院長」に就いては "The Constitution of liberty" の編集者が

Pomponne de Bellièvre (1606–57), grandson of two chancellors of France and the first president of the Parlement of Paris, at one point served as French ambassador to England.
--The Constitution of Liberty: The Definitive Edition - F. A. Hayek - Google ブックス
ポンポンヌ・ド・ベリーブル (1606–57) は、フランスの二人の大法官の孫であり、パリ高等法院の法院長となった。一時期、イギリスにおけるフランス大使を務めたこともある。
と云う注釈を付けている。つまり、この Pomponne de Bellièvre は、二世 (Pomponne II de Bellièvre) の方のこと。彼は、無印の Pomponne de Bellièvre (1529-1607) Pomponne de Bellièvre の孫にあたる。彼がイギリスへの大使を務めたのは、1637年-1640年と1646年のことだったらしい (1637-1640 et de nouveau, en 1646, pour offrir la médiation de Louis xiv entre Charles Ier et son Parlement (Correspondance française de Guy Patin, éditée par Loïc CapronFamille de Bellièvre 及び Archives nationales - Thèse Pour le diplôme d’archiviste paléographe も参照されたい)。

しかし、所謂「短期議会」が招集され、ケンブリッジ選出の議員となった1640年以前のクロムウェルは、ほぼ無名だったらしいから、ベリーブルがクロムウェルと出会ったのは1646年だったろう。当時、クロムウェルは未だ単一権力を握っていないとは言え、清教徒軍が、チャールズ一世軍に決定的な勝利を収めつつある時期であり、チャールズ二世の亡命、チャールズ一世の処刑、共和国の建国と続く流れの中で、クロムウェルはまさに意気軒高としていたはずだ。そうした状況下で、彼が、フランスからの大使と面談して、「人間は、何処まで登るのか分かっていない時にこそ、一番の高みに到達する。」と語ったとしたら、それは、彼が自分の行き先が何処か分からないと云うことを告白したことを意味するのではあるまい。むしろ、「行き先」への展望は確信へと変わっていたが、それは他者、そしてもしかすると、仲間に対してさえ秘匿する必要を本人が感じるほどの「高み」だったと云うことだろう。

廃車寸前のポンコツ老人である私だが、「どこへゆくかわからないときほど人間は遠くにゆくことは決してない。」を読んで「目的地が明確でないと、とんでもないところに彷徨っていくことになる」か、或いは「目的地に縛られない時こそが、もっとも遠くまで進むことができる」と云う意味だろうと考えた18歳の私に、「目的地」を悟られたくない時にも、人は「目的地は分からない」と言うものだと云うことを教えてやりたい。

ハイエクの著作に戻ろう。

ハイエクは、引き続いて、このクロムウェルの言葉が、18世紀の思想家たちに深い感銘を与えたようだ (The phrase apparently made a deep impression on eighteenth century thinkers,...) と、書いている。

そして、そうした思想家として、デイヴィッド・ヒューム (David Hume)、アダム・ファーガソン (Adam Ferguson) 、アンヌ=ロベール=ジャック・テュルゴー (Anne Robert Jacques Turgot)、アルバート・ヴェン・ダイシー (Albert Venn Dicey) 、そして、ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ (Johann Wolfgang von Goethe) を挙げている (ジャンバッティスタ・ヴィーコ (Giambattista Vico) にも言及している)。

また、ゲーテに就いては、彼の言葉

Man geht nie weiter, als wenn man nicht mehr weiss, wohin man geht.
が引用されている。

ハイエクは、タレイラン=ペリゴールには言及していないようだ。

だが、ベリーブルの回想録での記載がある以上、「どこへゆくかわからないときほど人間は遠くにゆくことは決してない。」の「言い出しっぺ」が、英 (クロムウェル)、仏 (タレイラン)、独 (ゲーテ) の誰かと云う疑問は、活躍した時代の前後関係そのままに、クロムウェルと断定してよいだろう。

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メモ: 所謂「モンティ・ホール問題 (Monty Hall problem)」に就いて

以前、図書館から「放浪の天才数学者エルデシュ」と云う本を借りて読んだ時、彼が、所謂「モンティ・ホール問題 (Monty Hall problem)」に引っかかったと云うエピソードが紹介されていて (その後、文庫版を購入した。文庫版 /*草思社文庫 ISBN978-4-7942-1854-4*/ では第6章「はずれ」に書かれている)、その「問題」に就いて無知であった私は、ザッとネットで調べたことがある。

有名な問題らしく、ウィキペディアに項目が立てられていた (「モンティ・ホール問題」)。それに対する印象は、「説明がピンとこない」と云うものだった。実は、「放浪の天才数学者エルデシュ」にも解説があって、それも読んでいた訣だが、キツネにつままれた気分だった。しかし、「読んでいて理解できない・腑に落ちない」と云うことは、私のように超絶的に頭の悪い人間にはデフォルトで発生する現象なので、そうした場合のルーチンである、「何度も読み直す」とか、「新規まき直し自分の頭で考えてみる」とかをする訣だが、この場合も、結局は納得したのだった。ただ、「少なくとも、私自身にとっては、もっと分かりやすい説明の仕方がある」と云うオマケが付いたりする。

今回は、そのオマケを紹介しておく。ただ、当時、そして今回もこの原稿を書くに当たって、ごく簡単に調べただけだから、以下のことは、ネット上に、(あるいは、それどころか、私が気が付かないだけで、ウィキペディアの記事自体の中に)、既に指摘されているかもしれない。そうした場合は、笑殺していただきたい。調べたり考えたりしたことの前回分と今回分とが、私の頭の中で錯綜しているような気がするが、弁別することはしないでおく。そうしたことに拘るほど、大した内容ではないのだ。

ます、スタートラインとして、ウィキペディアに従って、本稿で論ずる「モンティ・ホール問題」とは、いかなるものかを確定しておこう。

「プレーヤーの前に閉まった3つのドアがあって、1つのドアの後ろには景品の新車が、2つのドアの後ろには、はずれを意味するヤギがいる。プレーヤーは新車のドアを当てると新車がもらえる。プレーヤーが1つのドアを選択した後、司会のモンティが残りのドアのうちヤギがいるドアを開けてヤギを見せる。

ここでプレーヤーは、最初に選んだドアを、残っている開けられていないドアに変更してもよいと言われる。プレーヤーはドアを変更すべきだろうか?」

1990年9月9日発行、ニュース雑誌 ''Parade'' にて、マリリン・ボス・サヴァントが連載するコラム「マリリンにおまかせ」において上記の読者投稿による質問に「正解は『ドアを変更する』である。なぜなら、ドアを変更した場合には景品を当てる確率が2倍になるからだ」と回答した。すると直後から、読者からの「彼女の解答は間違っている」との約1万通の投書が殺到し、本問題は大議論に発展した。
--モンティ・ホール問題(最終更新 2017年3月1日 [水] 04:14)

引用者註:「司会のモンティ」は、あらかじめ、アタリとハズレのドアを知っている。

こうした反論に対して、マリリン・ヴォス・サヴァント (Marilyn vos Savant) は、「ドアを変えれば勝てるのは3回の内2回、負けるのは3回の内1回だけ、しかしドアを変えなければ勝てるのは3回の内1回だけ」と反論したそうだ。私に言わせれば、私が読んだ説明の中では、最終的には、これが一番単純で分かりやすい。私の以下の説明も、このヴォス・サヴァントの指摘の枠内に留まるものであることをあらかじめ認めておく。


では、わたしなりの解釈を述べることにする。

いま、1つの「アタリ」と2つの「ハズレ」からなる3つの回答候補がある問題があって、それに対しに2つの異なるフォーマットのクイズ・プログラムを作るとする。それを F1 と F2 と呼ぶことにする。

フォーマットF1 のルールは所謂「三択(三者択一)」である。挑戦者は、3つの候補の内の1つドアを選択して、それがアタリであるなら、ウィナーになり、ハズレであればルーザーになる。挑戦者がウィナーになる確率は 1/3 である。

フォーマットF2 のルールでは、3つの候補の内、2個の選択が許される。選択した2つのドアを開けたとき、その内の中にアタリが含まれているなら挑戦者はウィナーになり、両方ともハズレであればルーザーになる。挑戦者がウィナーになる確率は 2/3 である。ここで、注意しておくと、「開けるドアを2つ選択する」と云うことは、「開けないドアを1つ選択する」と云うことと同じであることである。

私の「納得」のキッカケも、「モンティ・ホール問題」では、司会者の提案を受け入れると、挑戦者が「開けるドアを1つ選択する」状態から「開けないドアを1つ選択する」状態に推移することに気づいたことだった。

さて、次のような、プロトタイプのプログラムを考える。

プログラム0: 司会者 (上記の例で言うなら「司会のモンティ」) が、プログラムの冒頭で、挑戦者 (プレーヤー) に対して、フォーマットF1のクイズと、フォーマットF2のクイズとを提示して、そのどちらのフォーマットでクイズを行っても良いと宣言する。つまり、ドアの選択の前に、クイズ・フォーマットの選択をする。

そして、挑戦者が選択したフォーマットに従って、プログラムが進行する。この場合、どちらのフォーマットが挑戦者にとり有利かと言えば、当然 F2 (アタリの確率が 2/3) の方が F1 (アタリの確率が 1/3) の2倍有利である。

プログラム0 は、フォーマット自体の選択を行うことが明示されている。「モンティ・ホール問題」の核心は、プログラムの途中で、フォーマットF1 からフォーマットF2のへ切り替えが行われているのに、それが気づきづらいようにされていることである (フォーマットの切り替え自体、「ルール違反」だろう)。以下、フォーマット切り替えが容易に透けて見えるプログラムから、フォーマット切り替えがホボ隠蔽されているプログラムへと順次変更していく。

プログラムI: フォーマットF1のクイズでプログラムを開始して、挑戦者が開けるべき1つのドアを選択した時点で、司会者が、開けるドアをもう1つ追加して、2つにしても良いと宣言する。つまり、フォーマット F1 からフォーマット F2 への切り替えを提案する。

もし、挑戦者がこの提案に同意するなら、挑戦者がウィナーになる確率は 1/3 から 2/3 へと倍増する。

このプログラムI を以下の系列で、「 フォーマットF1 を、それの2倍有利なフォーマットF2 に切り替える提案が行われる」と云う事実を変えないまま、プログラムI のコンテンツを「モンティ・ホール」型のコンテンツへ徐々に変形していく。

プログラムII: フォーマットF1のクイズでプログラムを開始して、挑戦者が開けるべき1つのドアを選択した時点で、司会者が挑戦者に対して、当初選択した1つのドアを開けない代わりに、当初選択しなかった2つのドアを開けることを提案する。

この変更は、「開けるドアの集合」の包含関係を意味しない。つまり、「開けるドア」の追加ではない。しかし、「開けるドア」の個数 (集合の濃度) は、1つから2つへと2倍になっている。フォーマットF1 と F2 の要件は、「開けるドア」の個数のみに依存することに注意するなら、この場合も、フォーマットF1 から、フォーマットF2 への切り替えになっていることが分かる。

挑戦者は、司会者の提案に応じるか応じないかに従って、2つ又は1つのドアを開ける。当然のことながら、挑戦者がウィナーになる確率は、司会者の提案を受け入れた場合の方が、受け入れない場合の2倍になる。

プログラムIII: フォーマットF1のクイズでプログラムを開始して、挑戦者が開けるべき1つのドアを選択した時点で、司会者が挑戦者に対して、当初選択したドアを開けない代わりに、当初選択しなかった2つのドアを開けることを提案する。つまり、フォーマットF1 から、フォーマットF2 への切り替えを提案する。ここまでは、プログラムII と同じである。

しかし、プログラムIII では、挑戦者が提案を受け入れた場合、開けるべき2つのドアのうちの一つを挑戦者自身が、そして他方のドアを司会者が同時に開ける

ただし、「同時に開ける」のは、司会者が、「挑戦者の分身」としてドアを開けることを際立たせるためであり、フォーマットF2 への転換後なら、司会者が、挑戦者の前にドアを開けても (次のプログラムIV 参照)、後でドアを開けても、そして、勿論同時に開けても (このプログラムIIIの場合)、いずれの場合も、司会者が挑戦者の分身であることには変わりはない。どの場合も,挑戦者がウィナーになる確率の値は等しく 2/3 である。それらが、コンテンツとして訴求性を有するかどうかは問題にしていない。

プログラムIII以降では、フォーマットF2 への切り替えが行われるなら、司会者が、あるドアを開けるようになっている。ここで、確率の導出のため、挑戦者自身がドアを開ける最終段階までプログラムが進んだ状態を想定するなら、挑戦者自身と司会者がどう関わるにしろ、2つのドアの両方が開くという最終形態は同一であるのだから、その順番も (あるいは同時であっても)、また、司会者及び/又は挑戦者のどちらが開けるかも、挑戦者がウィナーになる確率には影響しない。しかも、司会者がドアを開けるのは、必ず挑戦者の分身としてであることが重要な意味を持つ。司会者はウィナーにもルーザーにもならないのである。

従って、以下、プログラムの変形で指針となるのは、「挑戦者自身の行為により、挑戦者がウィナーになるか、ルーザーになるかが決定する」と云う籤引き型クイズとしての基本的要請を守ることである。ただし、そのことは、確率の計算とは無関係である。

プログラムIV: フォーマットF1のクイズでプログラムを開始して、挑戦者が開けるべき1つのドアを選択した時点で、司会者が挑戦者に対して、当初選択したドアを開けない代わりに、当初選択しなかった2つのドアを開けることを提案する。つまり、フォーマットF1 から、フォーマットF2 への切り替えを提案する。ここまでは、プログラムII 及びプログラムIII と同一である。

しかし、プログラムIV では、挑戦者が提案を受け入れたなら、開けるべき2つのドアのうち、司会者が挑戦者より先に、2つのドアの内、少なくとも一つはあるハズレのドア (司会者は、アタリ・ハズレのドアを知っている) を開けてしまい。残りのドアを挑戦者自身に開けさせる。

この場合でも、時間が前後しているだけで、司会者が挑戦者の分身としてドアを開けると云う事実には変わりはないから、挑戦者がウィナーになる確率は、やはり、提案を受け入れない場合の確率の2倍になる。

このプログラムの場合、司会者がハズレのドアを開けた時点で、「挑戦者がウィナーになる確率は?」と云う設問に対して、「1/3」又は「1/2」と考える人たちが多数いたことが「モンティ・ホール問題」がスキャンダルになった理由だった。しかし、これは間違っている

つまり、F2 への切り替わり当初は「2/3」だったが、司会者がハズレのドアを開けた時点では「1/3」又は「1/2」になると云うようなことは、起こらない。開かないで残っているドアが2つになっていても、挑戦者がウィナーになる確率は 2/3 である。

ドアが2つになったことで、「二者択一」になったように見えても (この見かけにより、プログラムは「盛り上がる」かもしれないが)、それはあくまで「見かけ」であり、ウィナーになる確率には影響しない。アタリ/ハズレを知っている司会者が、意図的にハズレのドアをあけており、挑戦者が正解する可能性を減らしていないから、挑戦者がウィナーになる確率は 2/3 のままである。

挑戦者がウィナーになるかどうかは「フォーマットF2 では、開けることになった2つのドアにどちらかがアタリであればよい」と云う事実に変化はなく、少なくともその片方が必ずハズレと云うフォーマットF2移行時当初からの確定事項が意図的に暴露されたとしても、最終結果の確率には影響は出ないのである。

プログラムIV を変形して、フォーマットF2において開けるべき2つのドアのどちらかにアタリのドアがある場合に「司会者が先にアタリ・ハズレに関わらずドアを開く」としも、挑戦者がウィナーになる確率は 2/3 である。ただし、この場合は、上記の「挑戦者自身の行為により、挑戦者がウィナーになるか、ルーザーになるかが決定する」と云う籤引き型クイズとしての基本的要請に反することになる (この場合、司会者は、アタリのドアであることを承知で開ける訣で、プログラムとして滑稽なことが起こる)。

プログラムV: フォーマットF1のクイズでプログラムを開始して、挑戦者が開けるべき1つのドアを選択した時点で、司会者は、挑戦者が選択しなかったドアの内、少なくとも一つはあるハズレのドア (挑戦者は、アタリ・ハズレのドアを知っている) を開けてしまった後、挑戦者に対して、当初選択したドアを開けない代わりに、「当初選択しなかった2つのドアで、ハズレであることが分かっているドアの他」に、「まだ開いていない残りのドアも」開けることを提案する。

開けるドアは2つだから、これも、フォーマットF1 から、フォーマットF2 への切り替えになっている。ただし、フォーマット切り替えの提案が、プログラムIV では、司会者によるハズレのドア開扉の前に行われているのに対し、プログラムV では、司会者がハズレのドアを開けてしまった後に、フォーマットの切り替えが提案されているので、フォーマット切り替えという事実が認識しにくくなっている。

もし、挑戦者が提案を受け入れたなら、開けるべき2つのドアのうちのうち、司会者が既に開けてしまったドアとは別のドアを挑戦者自身に開けさせる。この場合でも、2つのドアを開けると云う選択を行ったのは挑戦者自身だから、時間が前後しているだけで、司会者が挑戦者の分身としてドアを開けると云う事実には変わりはない。従って、挑戦者がウィナーになる確率は、やはり、受け入れない場合に確率の2倍になる。

このように、このプログラムV (そして、次のプログラムVI) では、興味深いことが発生している。もし、挑戦者が司会者の提案を受け入れると、提案以前に司会者が、挑戦者と別主体として行ったドアを開けると云う行為が、挑戦者の分身としての行為に、時間を遡及して転化するのである。これは、フォーマットF1 及びフォーマットF2 の構成要件に時間が関係しないことから起こるパラドクスである。「モンティ・ホール問題」の解析にベイズ理論が親和するのも、これに起因するのだろう。

プログラムVI: フォーマットF1のクイズでプログラムを開始して、挑戦者が開けるべき1つのドアを選択した時点で、司会者は、挑戦者が選択しなかった2つのドアの内、少なくとも一つはあるハズレのドア (挑戦者は、アタリ・ハズレのドアを知っている) を開けてしまう。ここまでは、プログラムV と同一である。そして、挑戦者に対して、開けるドアを、「挑戦者が当初選択したドア」から、「挑戦者が当初選択しなかった2つのドアの内、まだ開いていないドア」に「切り替える」ことを提案する。

ここで、プログラムVI と司会者の提案の文言が異なっているだけであることに注意。司会者は挑戦者が開けるドアの「切り替え」を提案している形だが、実際には、開けるドアの追加を提案しているのである。

しかし、司会者がこうした言い方をすることで、実際にはフォーマットF1からフォーマットF2への切り替えが提案されているのに、そのことがホボ隠蔽されてしまっている。

提案を受け入れることにより、「切り替え」られるのは、「挑戦者が開けるドア」ではなく、クイズのフォーマットである。挑戦者は、司会者と云う「潜在的な分身」により、ドアを1つ開けており、提案を受け入れることは、「分身を含めて挑戦者が開けるドア」を2つにすることを意味する。従って、挑戦者がウィナーになる確率は、やはり、受け入れない場合に確率の2倍になる。

このプログラムVI は、「モンティ・ホール問題」そのものである。

付言すると、司会者の Monty と云う名前は、three-card Monte や three-cup Monte (これらに就いては、適宜、YouTube をご参照頂きたい) などの、short con game (イメージとしての訳語を当てるなら「大道芸」ならぬ「大道詐欺」) を連想させる。

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[メモ:2011年6月8日 (水曜) 朝日新聞朝刊 [天声人語] 中の「ゲーテの言葉」] (2011年6月10日[金])の訂正

本ブログの記事 [メモ:2011年6月8日 (水曜) 朝日新聞朝刊 [天声人語] 中の「ゲーテの言葉」] (2011年6月10日[金])で、私は、こう書いた。

日付が変わってしまったので、昨日の話になるが、先程、1日遅れでたまたま手にした「2011年6月8日 (水曜) 朝日新聞朝刊 (東京本社13版)」を流し読みした所、[天声人語] がこう始まっていた (現時点では、同内容の物がウェブ上の [asahi.com(朝日新聞社):天声人語 2011年6月8日(水)] で見ることができる) ([ゑ]引用時補足:現在ではリンクが切れている)。

〈行き先を知らずして、遠くまで行けるものではない〉。ゲーテの言葉である。目的地が定まらないと足取りが重くなる。そんな意味だろう。逆に、確かな目標があれば急坂や回り道をしのぎ、転んでも起き上がり、大きな事を成せる
--2011年6月8日 (水曜) 朝日新聞朝刊 (東京本社13版) 第1面 [天声人語]

これを読んだ時の、私の感想は「ヤッチマッタナー」(© クールポコ) と云うものだった。箸にも棒にも掛からない詰まらないことを「したり顔」(最近は「ドヤ顔」と謂うらしいが) で書いてある。大体、「行き先を知らずして、遠くまで行けるものではない」では警句にならない。「当たり前」にさえなっていない。当たり前の日本語を使いたいなら、せめて「行き先を決めない限り、遠くまで行くことはできない」ぐらいにしろよ、と言いたい。

浩瀚なゲーテの著作の中の何処かで、そんなことも書かれているかもる知れないが、そして私はまことに無教養で無知蒙昧ではあるが、私の知っているゲーテは、「行き先を知らずして、遠くまで行けるものではない」とは言ってはいない。少なくとも、私が子どもの時に読んだ小辞典 (福音館書店刊であったか、昭文社刊であったかだと思う) の巻末についていた名言集では、そんなことを言っていなかった。うろ覚えだか、こんな感じだったのだ。

人は何処に行くか分からない時ほど遠く迄行くことはない。

(子どもだった私にも、これが「目的地が明確でないと、とんでもないところに彷徨っていくことになる」か、或いは「目的地に縛られない時こそが、もっとも遠くまで進むことができる」ぐらいの意味だと云うことが感じられた。)
(以下略)

しかし、この「私が子どもの時に読んだ小辞典 (福音館書店刊であったか、昭文社刊であったかだと思う) の巻末についていた名言集では、そんなことを言っていなかった。」は、私の記憶違いだったのだ。

その後、自宅にある段ボールの山の中に詰め込んであった私のシガナイ「蔵書」から出てきた、福音館書店 [ことわざ 故事金言 小辞典] (編者: 江藤寛子/加古三郎。1957年) の巻末の [金言・名句集] には、そうした文言は見当たらなかったからだ (「昭文社刊」は、誤り。福音館書店版が出てきた時の「これだ! 」と云う懐かしさは、余人には共感していただけないと思う。中学生の頃の私の [愛読書] だったのだ)。

福音館書店の [小辞典シリーズ] は、そのころ、小遣いをつぎ込んで、かなり買い揃えたが、身の憂き節の間ハザマに、大部分を「処分」してしまった。本・雑誌を [捨てる] ことに、生理感覚的な苦しみを覚える人間としては、「処分」と云う言葉さえ恨めしいが、そうした思いも時間は押し流してしまう。「これだけは」と取っておいた [ことわざ 故事金言 小辞典] も、結局は、[本の山] の中に紛れ込んでしまっていた。

まぁ、老人となった今では、「処分」は正解だったと、中年の頃の私に声ならぬ声をかけるしかない。買い揃えただけで、ほぼ読むことはなかった、それらの [雑書] の前に「取り敢えず読まなければ基本的な書籍」が、あと何回生まれ変わったとしても足りないくらいあるのだから。

しかし、僥倖により見出した [あの本] の中に目当ての文言が見当たらないのは、どうしたことだろう。索漠たる思いに一瞬とらわれたが、結局、そのままになった。「取り敢えずしなければならない野暮用」が山積している身としては、感慨に耽っている暇はないのだ。

ところが、偶然と云うものはあるので、その後しばらくしてから、やはり本の堆積の中から出てきた [懐かしい一冊] (書き込みを見ると、高校三年の3月27日に購入したものだ。私としては珍しく、読了日の書き込みがあって、購入当日である。卒業式が終わって、大学入学迄の間、暇だったのだな)

岩波新書 青版730 [エスプリとユーモア] (著者: 河盛好藏。1969年)

を、旧友に再会した思いで披見していると、いきなり出てきたのだ。ただし、ゲーテの言葉としてではなく、タレイラン=ペリゴールの言葉として

「どこへゆくかわからないときほど人間は遠くにゆくことは決してない。」

[あぁ、これだったか] と、廻りまわって釈然とした。

少し脱線すると、つまり『これが「目的地が明確でないと、とんでもないところに彷徨っていくことになる」か、或いは「目的地に縛られない時こそが、もっとも遠くまで進むことができる」ぐらいの意味だと云うこと』を感じた「私」は、18歳だったのだ。さすがに、「子どもだった」とは言いづらい年齢である訣で、この点も間違っていた。

その時、すぐに訂正をアップすべきだったのだろうが、単に訂正ではなく、ある程度しっかりした補足を行うべきだろうと、つまらぬ色気を出したために、放置したまま、延々と遅れてしまった。ところが、最近新しく記事を書こうとして、簡単にかけそうな話題が全くないことに気が付き、ツメクサ代わりに、こうして訂正のみの記事を書いているという訣だ。

[エスプリとユーモア] の問題の箇所を、その前の部分から引用しておこう。今、読んでも面白いので、やや長めになる (この本は、現行の言葉遣いでい云う「コピペ」と云うか、「マトメ」でできたようなものだが、そのことを、とやかくは言うまい。私自身が、このブログで類似のことをしていると云うこともあるが、概括的な情報を纏めることには、十分な意味があるからだ)。ただ、引用するだけでは曲がないので、ネットで見つかった対応するフランス文を挿入しておく、最後の3つの bon mots を除けば、同一の書物 "L'esprit de M. de Talleyrand : anecdotes et bons mots" (Louis Thomas. Les Bibliophiles fantaisistes, 1909) 「タレイラン殿の機知: 逸話と警句」(ちなみに、彼は伯爵家の長男だったが、ある事情で家督を継ぐことなく、僧籍に入った。彼が時に「オータンの司教/l'évêque d'Autun」と呼ばれることはあっても、「タレイラン伯爵」とは呼ばれないのは、そのためである) で見出せる。これが [種本] かもしれない。

フランスの政治家に鋭いエスプリの持主の多いことはすでに書いたが、その代表的な天才はタレーランであったことは通説になっている。彼の名文句を集めた本はいろいろあるが、その言葉の矢を少し紹介してみよう。

彼はある若い外交官に向かっていった。「言葉というものは、自分の考えをかくすために、人間に与えられたものであることをを覚えておきたまえ。」
Un jeune auditeur au Conseil d'Etat, admis chez M. de Talleyrand, parlait de sa sincérité et de sa franchise.
« Vous êtes jeune, lui dit M. de Talleyrand ; apprenez que la parole a été donnée à l'homme pour dissimuler sa pensée. »
--Full text of "L'esprit de M. de Talleyrand : anecdotes et bons mots"

フランス文では、"Un jeune auditeur au Conseil d'Etat" 「国務院 (参事院とも) の新人評議官」ぐらいだろうから、「外交官」とはニュアンスが異なる。ただ、時代によっても意味合いが異なっている可能性はある。

ナポレオンの死をきいたとき、
「十年前なら大事件だったろうが、現在では単なるニュースにすぎないね。」
Quand on annonça à M. de Talleyrand la mort de Napoléon : «C'est une nouvelle, dit-il; ce n'est plus un événement. »
--Full text of "L'esprit de M. de Talleyrand : anecdotes et bons mots"

フランス文には「十年前」と云う言及はない。それから、"une nouvelle" は、「ニュース」とするのは微妙。「通知」とか「情報」ぐらいになると思う。実は、タレイランの口ぶりは、かなりそっけないのだが、その「そっけなさ」を出すのが意外と難しい。特に "n'est plus" を言葉として訳すと、訳文内の力点が、本来あるべきところからずれてしまう。「『情報』の一つだね。『事件』ではない。」ぐらいだろう。

ある日、友人のナルボンヌと散歩していると、彼はいろいろの情報をさかんに教えてくれる。そのとき偶然二人のそばを通った男が大きなあくびをした。それを見たタレーランはいった。
「君、声が大きすぎるようだぜ」
Le comte Louis de Narbonne, un de ceux que M. de Talleyrand aima le mieux, s'il aima quelqu'un, se promenait avec lui en récitant des vers de sa façon.
M. de Talleyrand aperçut un promeneur qui bâillait :
« Regarde donc, Narbonne, dit-il à son ami, tu parles toujours trop haut. »
--Full text of "L'esprit de M. de Talleyrand : anecdotes et bons mots"

フランス文 "en récitant des vers de sa façon" は「いろいろの情報をさかんに教えてくれる」と云うより、「独特な節回しで詩の朗誦をした」だろう。

スタール夫人は、彼女ともう一人の女性のどららか好きかと知りたいと思って質問した。
「もしあのかたと二人で河のなかへ落っこちたら、どらちらを先に助けて下さいますか。」
「わかってますよ、奥さん、あなたが水泳の名人でいらっらしゃることは」とタレーランは答えた。
Madame de Staël, qui partageait avec Madame de Flahaut les préférences de M. de Talleyrand, voulut un jour savoir de celui-ci laquelle des deux il aimait le mieux. Madame de Staël insistait beaucoup sans pouvoir obliger le galant abbé à se prononcer.
« Avouez, lui dit-elle, que, si nous tombions toutes deux ensemble dans la rivière, je ne serais pas la première que vous songeriez à sauver?
— Ma foi, madame, c'est possible, vous avez l'air de savoir mieux nager. »
--Full text of "L'esprit de M. de Talleyrand : anecdotes et bons mots"

「わたくしども二人が、一緒に川に落ちたら、貴方が最初に助けようと思うのは私ではないとお認めなさいまし。」
「マダム、正直に申して、それはありそうなことですな。貴方は、泳ぎがお得意でいらっしゃるようお見受けいします。」
フランス文では、タレイランは「水泳の名人でいらっらしゃる」と云う直截な言い方をしていない。
ちなみに、スタール夫人ももう一人の女性 「フラオ夫人」 も、タレイランの愛人だった。勿論、二人ともタレイラン以外の男性を「夫」を持っていた (二人とも「夫人」である。ただし、当該文献内での呼称が統一されていて、この逸話の当時は未婚だった可能性はある)。かれは艶福家だったのだ。この他にも、画家ドラクロア (Eugène Delacroix) の実の父親が彼だったと云う話は、かなり信じられている (ドラクロアの戸籍上の父親シャルル・フランソワ・ドラクロア Charles-François Delacroix は、タレイランの前任外務大臣)。
外交官・艶福家としてのタレイランに就いては、中公文庫 [タレイラン評伝] 上下2巻 (著:ダフ・クーパー。訳:曽根保信。1979) を参照のこと。

この外交官からしばしば馬鹿にされたスタール夫人は、いかなる政体にもうまく立ちまわる彼のことを、頭がコルクで足が鉛で作られた、いくら投げてもすぐ起き上がる、おきあがりこぼしにたとえていた。

不確実なニュースとして、イギリスのジョージ三世の死がパリに伝えられたとき、ある相場師がタレーランのところへ真相をききにやってきた。この外交官は次のように答えた。
「あるものはイギリス国王が死んだというし、また別の情報は国王が死んでいないという。僕としてはこのどちらも信用しないんだ。しかしこれは君にだけ内密に知らせるんだから、ひとにしゃべって貰っては困るよ。」
Un spéculateur lui demandant s'il était vrai que le roi d'Angleterre fût mort,
M. de Talleyrand répondit: « Les uns disent que le roi d'Angleterre est mort, les autres disent qu'il n'est pas mort. Pour moi, je vous le dis en confidence — surtout ne me trahissez pas! — je ne crois ni les uns, ni les autres. »
--Full text of "L'esprit de M. de Talleyrand : anecdotes et bons mots"

フランス文では、後半、順序が違っていて、ちゃんと落ちが付いている。「英国王は死んだと言う者もいれば、死んでいないと言うものもいる。私の意見を君だけに打ち明けると -- 絶対他言は無用だよ -- どちらも信じていないのさ。」

タレーランの言葉を少しばかり。
「中傷よりもっとおそろしい武器がある。それは真実だ。」
「私は自分と同意見でない人は許すが、彼自身のもっている意見に一致しない人間は許せない。」
「どこへゆくかわからないときほど人間は遠くへゆくことは決してない。」

--岩波新書 青版730 [エスプリとユーモア] (著者: 河盛好藏。1969年) pp.112-114

上記引用中のタレイラン=ペリゴールの言葉の最後の3つの原文は、次のとおりである。

「中傷よりもっとおそろしい武器がある。それは真実だ。」
"Il y a une chose plus terrible que la calomnie, c'est la vérité."
--Citations de Charles Maurice, prince de Talleyrand-Périgord - Dicocitations & Le Monde

フランス文では「武器」と云う言葉は使われていない。単に「もの (chose)」である。

「私は自分と同意見でない人は許すが、彼自身のもっている意見に一致しない人間は許せない。」
"Je pardonne aux gens de n'être pas de mon avis, je ne leur pardonne pas de n'être pas du leur."
Charles Maurice, prince de Talleyrand-Périgord - Ses citations - Dicocitations & Le Monde

「自分と同意見」より「私と同意見」の方が良かろう。

「どこへゆくかわからないときほど人間は遠くへゆくことは決してない。」
"On ne va jamais aussi loin que lorsqu'on ne sait pas où l'on va."

問題は、この3つ目である。

確認できる資料が少ないのだ。例えば、"Mes citations en vrac: Charles-Maurice de Talleyrand-Périgord" と云うウェブページに見出されるのだが、これだけでは心もとない。ただし、これとは、別に、閲覧が不自由な形であるとは言え、google books に収められている Des enjeux éthiques pour demain - André Beauchamp の p.104 には、

Mais la lucedité cynique de Talleyrand nous prévient: « On ne va jamais aussi loin que lorsqu'on ne sait pas où l'on va! »
しかし、頭脳明晰な冷笑家タレイランは、「人は何処に行くか分からない時ほど遠く迄行くことはない」と、我々に教えてくれている。
と云う記述がみられる (ちなみに、この文章は、科学技術の倫理問題を論じているらしい。)

後はここで指摘するには「喰い足りない」ものが、幾つかあっただけだった。それでも、一応、これで一件落着したと言いたいところだ。ところが、そうは簡単に問屋が卸してくれなかった。

実は、"On ne va jamais aussi loin que lorsqu'on ne sait pas où l'on va." をネットで検索すると、これをタレイランの言葉としてではなく、クリストファー・コロンブスの言葉だとするサイトや、さらには、Antoine de Rivarol (Antoine Rivaroli) と云う人物と云うサイトまであって、訣が分からなくなった。

結局、クロムウェル (Oliver Cromwell [1599年4月25日 - 1658年9月3日])と、タレイラン (Charles-Maurice de Talleyrand-Périgord [1754年2月13日(2月2日説も) - 1838年5月17日])と、ゲーテ(Wolfgang von Goethe [1749年8月28日 - 1832年3月22日])との三人 が、ほぼ同一の発言

a man never goes so far as when he doesn't know where he is going. クロムウェル
On ne va jamais aussi loin que lorsqu'on ne sait pas où l'on va. タレイラン
man geht nie weiter, als wenn man nicht weiß, wohin man geht. ゲーテ
をしているとされているだけでなく、コロンブス他一名も乱入してきてしまい、「英仏独そろい踏みで、話が良くできてらぁ」と笑っていられなくなった。なにしろ、コロンブスはイタリア生まれだといわれ、それがポルトガル・スペインと流れていったらしいから、なにやらタチの悪い冗談でも聞いているようで、嫌気がさしてきた。

と云う訣で、これ以上調べるのは、当面やめにしておく。再開するにしても何年先になることやら。。。 (鬼の哄笑が聞こえてくるようだ)

最後に、タレイランの言葉を調べているうちに、検索に引っかかったものを幾つか列挙しておこう。

"Les femmes pardonnent parfois à celui qui brusque l'occasion, mais jamais à celui qui la manque."
--//evene.lefigaro.fr/citation/
女は、好機をもぎ取る男を許すことはあっても、好機をつかみ損ねる男は決して許さない。

"Ne dites jamais du mal de vous; vos amis en diront toujours assez."
--//evene.lefigaro.fr/citation/
君は自分の欠点なんか一切言わんでいいのさ。そんなことなら、君の友達が常々たっぷりと言っているよ。

"Café : Noir comme le diable Chaud comme l'enfer Pur comme un ange Doux comme l'amour."
--//evene.lefigaro.fr/citation/
コーヒー : 黒きこと悪鬼の如く、熱きこと地獄の如く、清澄なること天使の如く、甘美なること恋愛の如し。

"La vie serait supportable s'il n'y avait pas les plaisirs."
--//evene.lefigaro.fr/citation/
快楽と云うものが無くなってさえくれたなら、人生は、我慢しうるものになるだろう。

"En politique, il n'y a pas de convictions, il n'y a que des circonstances."
--Charles Maurice, prince de Talleyrand-Périgord - Ses citations - Dicocitations & Le Monde
政治においては、信念などと云うものは存在しない。あるのは、情勢だけである。

"Pas de zèle!"
--Charles Maurice, prince de Talleyrand-Périgord - Citations de Charles Maurice, prince de Talleyrand-Périgord - Dicocitations & Le Monde
「熱心」禁止!

"Dans les temps de révolutions, on ne trouve d'habileté que dans la hardiesse, et de grandeur que dans l'exagération."
--Citations de Charles Maurice, prince de Talleyrand-Périgord - Dicocitations & Le Monde
革命の時代、人々は、大胆な行為の中のみに技巧を感じ、誇張の中のみに偉大を感じていた。

"En France nous avons 300 sauces et 3 religions. En Angleterre, ils ont 3 sauces mais 300 religions."
--Citations de Charles Maurice, prince de Talleyrand-Périgord - Dicocitations & Le Monde
我がフランスでは300種類のソースと3種類の宗教がある。しかし、かの英国では、3種類のソースに対し300種類の宗教がある。

"Il y a trois sortes de savoir: le savoir proprement dit, le savoir-faire et le savoir-vivre; les deux derniers dispensent assez bien du premier."
--Citations de Charles Maurice, prince de Talleyrand-Périgord - Dicocitations & Le Monde
知識には3種類あるのだ: 本来の意味での「知識」と、「行為の知識」と、「人生の知識」だ。後の二つがあれば、最初の一つはなくても十分に足りる。

"Qui n'a pas vécu dans les années voisines de 1780 n'a pas connu le plaisir de vivre."
--Charles Maurice, prince de Talleyrand-Périgord - Citations de Charles Maurice, prince de Talleyrand-Périgord - Dicocitations & Le Monde
1780年頃を生きたことがないものは、「生きる歓び」を経験しなかったと云うことだ。

"Le meilleur auxiliaire d'un diplomate, c'est bien son cuisinier."
--Citations de Talleyrand - abc-citations
外交官にとって、彼の優秀な料理人が、最良の懐刀である。

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岩波書店「位相解析の基礎」 [延長定理] (pp.59-60) の証明における初歩的ミス

自分の疎漏な知識を補強するために測度論や積分論の基礎に就いて書かれた本を拾い読みすることがある。その時に読む本は大体決まっているのだが、岩波書店の「位相解析の基礎」(1960年。吉田耕作・河田敬義・岩村聯) は、その中に入っていない。

それでも、他の本を読んでいて釈然としないときは、手がかりを求めて手を出すことがある。しかし、「位相解析の基礎」の第1編第4章 20.8 の [延長定理] (pp.59-60) の証明を読んで、少し残念だった。初歩的なミスをしているのだ。

[延長定理] は、集合 $X$ の冪集合 $\mathfrak{P}(X)$ の部分集合の内、一定の条件 (「位相解析の基礎」p.52) を満たすものである「集合体」 (つまり「有限加法族」) $\mathfrak{K}$ 上の Jordan 式測度 $v$ が、$\mathfrak{K}$ から生成される最小の Borel 集合体 $\mathfrak{B}=B(\mathfrak{K})$ 上に延長される必要十分条件として $v$$\mathfrak{K}$ 上での可算加法性

\[
 A,A_{1},A_{2},\cdots \in \mathfrak{K}, A=\displaystyle{\bigcup_{n=1}^{\infty}}A_{n}, A_{i}{\cap}A_{j}=\emptyset\; (i{\neq}j)
\]
ならば
\[
 v(A)=\sum_{n=1}^{\infty}v(A_{n})
\]
であること を主張する。

必要なことは明らかなので、十分であることを示すために「位相解析の基礎」では次の段階を踏む。

(a) $v$ から $\mathfrak{P}(X)$ 全体を定義域とする集合関数 $m^{\ast}$ を、任意の $E{\in}\mathfrak{P}(X)$ に対し


\[
 m^{\ast}(E)=\inf\left\{\sum_{n=1}^{\infty}v(A_{n});{\,} E{\subset}\bigcup_{n=1}^{\infty}A_{n},{\,} A_{n}{\in}\mathfrak{K}{\;} (n=1,2,\cdots)\right\}
\]
とすることで、構成する。そして $m^{\ast}$Carathéodry の外測度であることを示す。

(b) 次に、$\mathfrak{P}(X)$ に要素のうち $m^{\ast}$ 可測な集合全体を $\mathfrak{B}^{\ast}$ とする時、$\mathfrak{K}{\subset}\mathfrak{B}^{\ast}$ であることを示す。Carathéodry の外測度に就いて可測な集合 $\mathfrak{B}^{\ast}$ の全体は、Borel 集合体をなすから (「位相解析の基礎」p.57)、$\mathfrak{K}{\subset}\mathfrak{B}^{\ast}$ と云うことは $\mathfrak{B}=B(\mathfrak{K}){\subset}\mathfrak{B}^{\ast}$ を含意する。

(c) 最後に $m^{\ast}$$\mathfrak{B}^{\ast}$ 上に制限するなら測度となる (「位相解析の基礎」p.57) ので、その測度を $m$ で表すなら、$m$$\mathfrak{K}$ への制限 (これは、つまり $m^{\ast}$$\mathfrak{K}$ への制限と云うこと) が $v$ に一致することを示す。

実は、この最後の (c) 段階の [証明] が、間違っている (勿論、[主張] そのものは正しい)。原文を引用すると次の通り (「位相解析の基礎」p.60)。

(c) $m^{\ast}|\mathfrak{K}=v$ の証明. $A{\in}\mathfrak{K}$ に対して $m^{\ast}(A){\leqq}v(A)$ は明らかであるが、$A{\subset}\displaystyle{\bigcup_{n=1}^{\infty}A_{n},{\:}A_{n}{\in}\mathfrak{K}}$であれば、$v$ の可算加法性によって $v(A)=\displaystyle{\sum_{n=1}^{\infty}}v(A_{n}{\cap}A){\leqq}\displaystyle{\sum_{n=1}^{\infty}}v(A_{n})$ である。ゆえに $v(A){\leqq\inf}\{\sum{v(A_{n})}\}=m^{\ast}(A)$ となる。

しかしながら、可算加法性では、可算和を取られる個々の要素の集合は共通部分を持たないこと、つまり

\[
 A_{i}{\cap}A_{j}=\emptyset \quad(i,j=1,2,3,\cdots,{\;}i{\neq}j)
\]
が前提となっている。ところが、この (c) 段階の議論では、これは担保されていない。

勿論、この瑕疵は、初等的なテクニックで回避できる。と云うか、その初等的なテクニックを適用し忘れているので、私はがっかりしたのだ。

烏滸がましいが、その「初等的なテクニック」を書いておく。

\[
 B_{1}=A_{1}{\cap}A,{\quad}B_{n}=(A_{n}-\bigcup_{k=1}^{n-1}A_{k}){\cap}A{\;}(n=2,3,\cdots)
\]
とおくと、当然 $B_{n}{\subset}A_{n}{\cap}A{\,}(n=1,2,3,\cdots)$"" であるが、また、$\mathfrak{K}$ が集合体 (有限加法族) と云う前提から $B_{n}{\in}\mathfrak{K}{\,}(n=1,2,3,\cdots)$ が言える。そして $B_{n}{\,}(n=1,2,3,\cdots)$ の構成法により $n>1$ なら $B_{1}{\cap}B_{n}=\emptyset$ であり $i,j>1,i{\neq}j$ なら、以下の演算で $i<j$ としても一般性を失わないことに注意して
\begin{align*}
 B_{i}{\cap}B_{j} &= \left((A_{i}-\bigcup_{k=1}^{i-1}A_{k}){\cap}A\right){\cap}\left((A_{j}-\bigcup_{k=1}^{j-1}A_{k}){\cap}A\right)\\
                  &=\left((A_{i}-\bigcup_{k=1}^{i-1}A_{k}){\cap}(A_{j}-\bigcup_{k=1}^{j-1}A_{k})\right){\cap}A\\
                  &{\subset} \left(A_{i}{\cap}(A_{j}-\bigcup_{k=1}^{j-1}A_{k})\right){\cap}A\\
                  &{\subset} (A_{i}-\bigcup_{k=1}^{j-1}A_{k}){\cap}A =\emptyset{\cap}A = \emptyset
\end{align*}
そして
\begin{align*}
 \sum_{n=1}^{\infty}B_{n} &= (A_{1}{\cap}A) + \sum_{n=2}^{\infty}\left((A_{n}-\bigcup_{k=1}^{n-1}A_{k}){\cap}A\right)\\
                          &= (\bigcup_{n=1}^{\infty}A_{n}){\cap}A = A
\end{align*}

こうして $B_{1},B_{2},\cdots$ は、$v$$\mathfrak{K}$ における可算加法性の前提を満足するから

\[
 v(A) = \sum_{n=1}^{\infty}v(B_{n}) \leqq \sum_{n=1}^{\infty}v(A_{n})
\]
が言える。これから、$v(A){\leqq\inf}\{\sum{v(A_{n})}\}=m^{\ast}(A)$ が導かれるのは原文通りである。

参照: 伊藤清三著「ルベーグ積分」(裳華房。1963年) p.52-53 の定理9.1 (E.Hopf の拡張定理) 及び p.23-24 の定理5.1、特に、その ii)。

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「高木貞治 [代数学講義改訂新版] p.194 での4次方程式の3次分解方程式の根の表記の瑕疵」補足 (「検算」篇)

本ブログの記事 [高木貞治 [代数学講義改訂新版] p.194 での4次方程式の3次分解方程式の根の表記の瑕疵] (2016年11月30日 [水]) では結果だけを書いたので、この記事では、その「検算」をしておく。

つまり、4次方程式


\[
 a_{0}x^{4}+a_{1}x^{3}+a_{2}x^{2}+a_{3}x+a_{4} = 0
\]

の4つの根 $x_{1},x_{2},x_{3},x_{4}$ に対して
\[
 a_{0}(x_{1}+x_{2})(x_{3}+x_{4}), a_{0}(x_{1}+x_{3})(x_{2}+x_{4}), a_{0}(x_{1}+x_{4})(x_{2}+x_{3})
\]

の3つを根とし、主項係数が 1 の3次方程式が

\[
 \lambda^{3} - 2a_{2}\lambda^{2} + (-4a_{0}a_{4}+a_{2}^{2}+a_{1}a_{3})\lambda + a_{0} a_{3}^{2} + a_{1}^{2}a_{4} - a_{1}a_{2}a_{3} = 0
\]

であることを示すことにする。

まず記号


\begin{align*}
 &V_{1}\equiv(x_{1}+x_{2})(x_{3}+x_{4})\\
 &V_{2}\equiv(x_{1}+x_{3})(x_{2}+x_{4})\\
 &V_{3}\equiv(x_{1}+x_{4})(x_{2}+x_{3})\\
 &S_{1}\equiv{V_{1}+V_{2}+V_{3}}\\
 &S_{2}\equiv{V_{1}V_{2}+V_{2}V_{3}+V_{3}V_{1}}\\
 &S_{3}\equiv{V_{1}V_{2}V_{3}}\\
 &W_{1}\equiv{a_{0}V_{1}} = a_{0}(x_{1}+x_{2})(x_{3}+x_{4})\\
 &W_{2}\equiv{a_{0}V_{2}} = a_{0}(x_{1}+x_{3})(x_{2}+x_{4})\\
 &W_{3}\equiv{a_{0}V_{3}} = a_{0}(x_{1}+x_{4})(x_{2}+x_{3})\\
 &A_{1}\equiv{W_{1}+W_{2}+W_{3}} = a_{0}S_{1}\\
 &A_{2}\equiv{W_{1}W_{2}+W_{2}W_{3}+W_{3}W_{1}} = a_{0}^{2}S_{2}\\
 &A_{3}\equiv{W_{1}W_{2}W_{3}} = a_{0}^{3}S_{3}
\end{align*}

を導入する。

これらの記号を用いて、改めて本稿の目的を述べれば、それは3次式

\[
 \lambda^{3}-A_{1}{\lambda}^{2}+A_{2}{\lambda}-A_{3}
\]

\[
 \lambda^{3} - 2a_{2}\lambda^{2} + (-4a_{0}a_{4}+a_{2}^{2}+a_{1}a_{3})\lambda + a_{0} a_{3}^{2} + a_{1}^{2}a_{4} - a_{1}a_{2}a_{3}
\]

に一致することを示すことにある。

別の言い方をするなら


\begin{align*}
 &A_{1}=2a_{2}\\
 &A_{2}=a_{2}^{2}+a_{1}a_{3}-4a_{0}a_{4}\\
 &A_{3}=a_{1}a_{2}a_{3} - a_{1}^{2}a_{4} - a_{0} a_{3}^{2}
\end{align*}

を示せばよい。

我々が求めようとしているのは $W_{1},W_{2},W_{3}$ を根とする3次方程式である訣だが、それを構成する前に、それぞれを $a_{0}$ で割った、$V_{1},V_{2},V_{3}$ /> に就いて、若干検討しておく。そこで、まず、根 $x_{1},x_{2},x_{3},x_{4}$ の置換が $V_{1},V_{2},V_{3}$ に及ぼす作用を見ることにする。

$x_{1},x_{2},x_{3},x_{4}$ を2個づつに分けて、それぞれから作った和同士を掛け合わせて得られる積は、$V_{1}\equiv{(x_{1}+x_{2})(x_{3}+x_{4})}$, $V_{2}\equiv{(x_{1}+x_{3})(x_{2}+x_{4})}$, $V_{3}\equiv{(x_{1}+x_{4})(x_{2}+x_{3})}$ の3通りしかないから、$x_{1},x_{2},x_{3},x_{4}$ の置換を行うと、$V_{1},V_{2},V_{3}$ のそれぞれは $V_{1},V_{2},V_{3}$ のいずれかに変化する。

下の表では、根の添え字に対して左の欄の互換を行った際に $V_{1},V_{2},V_{3}$ がどれに変化するかを、右欄に示してある。なお、表を見やすくするために $(x_{1}+x_{2})(x_{3}+x_{4})$, $(x_{1}+x_{3})(x_{2}+x_{4})$, $(x_{1}+x_{4})(x_{2}+x_{3})$ を、それぞれ $\{12\}\{34\}$,$\{13\}\{24\}$ $\{14\}\{23\}$と表記した (勿論、これらは $x_{1},x_{2},x_{3},x_{4}$ の置換を意味しない)。

\[
 \begin{array}{|c|ccc|}
\hline
  & V_{1}\equiv\{12\}\{34\} & V_{2}\equiv\{13\}\{24\} & V_{3}\equiv\{14\}\{23\}\\
\hline
  (12) & V_{1}\equiv\{12\}\{34\} & V_{3}\equiv\{14\}\{23\} & V_{2}\equiv\{13\}\{24\}\\
  (13) & V_{3}\equiv\{14\}\{23\} & V_{2}\equiv\{13\}\{24\} & V_{1}\equiv\{12\}\{34\}\\
  (14) & V_{2}\equiv\{13\}\{24\} & V_{1}\equiv\{12\}\{34\} & V_{3}\equiv\{14\}\{23\}\\
  (23) & V_{2}\equiv\{13\}\{24\} & V_{1}\equiv\{12\}\{34\} & V_{3}\equiv\{14\}\{23\}\\
  (24) & V_{3}\equiv\{14\}\{23\} & V_{2}\equiv\{13\}\{24\} & V_{1}\equiv\{12\}\{34\}\\
  (34) & V_{1}\equiv\{12\}\{34\} & V_{3}\equiv\{14\}\{23\} & V_{2}\equiv\{13\}\{24\}\\
\hline
 \end{array}
\]

このように、4次方程式の根 $x_{1},x_{2},x_{3},x_{4}$ の互換の全てに於いて、$V_{1},V_{2},V_{3}$ は全体として変わらない。当然、そうした根の任意の置換に於いても $V_{1},V_{2},V_{3}$ は全体として変わらない。これは $V_{1},V_{2},V_{3}$ 自体の置換が起こるのみと云う言い方もできる。従って、$V_{1},V_{2},V_{3}$ の対称式は、$x_{1},x_{2},x_{3},x_{4}$ に就いて対称になる。

ちなみに、恒等置換 ($e$ と表すことにする) の他、置換 $(12)(34),(13)(24),(14)(23)$ の4つの置換 (くどくなりそうだが、こちらの方は、4次方程式の根 $x_{1},x_{2},x_{3},x_{4}$ の置換であって、上記表の右欄の $\{12\}\{34\},\{13\}\{24\},\{14\}\{23\}$ とは異なる) は、個々の $V_{1},V_{2},V_{3}$ そのものを動かさない。この4つの置換 $\{e, (12)(34),(13)(24),(14)(23)\}$ は、4次交代群の正規部分群になっている。それは、位数 2 の巡回群2個の直積と同型なアーベル群であり、Klein の4元群と呼ばれている。この Klein の4元群が、4次交代群の正規部分群になっていることが、上記の 3次方程式が分解方程式になっている所以である。

$S_{1},S_{2},S_{3}$ は、$V_{1},V_{2},V_{3}$ に就いての基本対称式 ([代数学講義改訂新版] p.138 参照) となっているから、$x_{1},x_{2},x_{3},x_{4}$ に対しても対称式であり、従って、符号を除けば $x_{1},x_{2},x_{3},x_{4}$ の基本対称式に等しい $\displaystyle \frac{a_{1}}{a_{0}},\frac{a_{2}}{a_{0}},\frac{a_{3}}{a_{0}},\frac{a_{4}}{a_{0}}$ の多項式として表すことができる (対称式に関する基本定理。[代数学講義改訂新版] p.140)。

さて、4変数 $x_{1},x_{2},x_{3},x_{4}$ から作られる対称式に就いて論じるため、記法と用語を決めておくと、4変数 $x_{1},x_{2},x_{3},x_{4}$ からなる単項式は $Cx_{i_{1}}^{e_{1}}x_{i_{2}}^{e_{2}}x_{i_{3}}^{e_{3}}x_{i_{4}}^{e_{4}}$ ($C$ は定数。$\{i_{1},i_{2},i_{3},i_{4}\}=\{1,2,3,4\}$ であり $e_{1}\geq{0}$, $e_{2}\geq{0}$, </span>$e_{3}\geq{0}$, $e_{4}\geq{0}$) と表せるが、こうした単項式で、変数に置換操作を施すと一致させることができる時、それらを「同型の単項式」又は「同型単項式」と呼ぶ ([代数学講義改訂新版] p.139 参照。ただし、そこでは「同型の項」と呼ばれている)。また、各単項式に於いて $C=1$ と置いた単項式を、元の単項式の「基本形」と呼ぶことにする。同型単項式同士の基本形同士は、勿論同型である。

基本形の単項式があった時、それと異なる同型単項式が存在する場合、それぞれの単項式一つひとつの総和は、対称式となる。また、異なる同型単項式が存在しない場合は、それ自体で対称式となっている。いずれにしろ、そうした対称式を「単型対称式」と呼ぶ ([代数学講義改訂新版] p.139 参照。ただし、そこでは「単型の対称式」になっている)。本稿で扱う対称式は、単型対称式の整係数多項式である。

そこで、基本形の単項式 $x_{i_{1}}^{e_{1}}x_{i_{2}}^{e_{2}}x_{i_{3}}^{e_{3}}x_{i_{4}}^{e_{4}}$ と同型であるが、その具体的な形に任意性を有するものを $[x_{i_{1}}^{e_{1}}x_{i_{2}}^{e_{2}}x_{i_{3}}^{e_{3}}x_{i_{4}}^{e_{4}}]$ で表すことにする。そして、$x_{i_{1}}^{e_{1}}x_{i_{2}}^{e_{2}}x_{i_{3}}^{e_{3}}x_{i_{4}}^{e_{4}}$ と同型の単項式が $n$ 個あって、その総和が対称式になっている時、その総和を $n \otimes{[x_{i_{1}}^{e_{1}}x_{i_{2}}^{e_{2}}x_{i_{3}}^{e_{3}}x_{i_{4}}^{e_{4}}]}$ と記することにする。

この記法を、以下の基本対称式に適用するなら、${}_n\mathrm{C}_{m}$ を二項係数として


\begin{align*}
 &\frac{a_{1}}{a_{0}}=-{}_4\mathrm{C}_{1}\otimes[x_{1}]=-4\otimes[x_{1}]\\
 &\frac{a_{2}}{a_{0}}={}_4\mathrm{C}_{2}\otimes[x_{1}x_{2}]=6\otimes[x_{1}x_{2}]\\
 &\frac{a_{3}}{a_{0}}=-{}_4\mathrm{C}_{3}\otimes[x_{1}x_{2}x_{3}]=-4\otimes[x_{1}x_{2}x_{3}]\\
 &\frac{a_{4}}{a_{0}}={}_4\mathrm{C}_{4}[x_{1}x_{2}x_{3}x_{4}]=[x_{1}x_{2}x_{3}x_{4}]=x_{1}x_{2}x_{3}x_{4}\\
\end{align*}

が成り立つ (4変数 $x_{1},x_{2},x_{3},x_{4}$ を基礎とするなら $x_{1}x_{2}x_{3}x_{4}$ は、単独で対称式になっていることに注意)。

以下では、基本形の単項式を、$x_{1},x_{2},x_{3},x_{4}$ の積を添え字の昇順、指数の降順に並べた

\[
 x_{1}^{e_{1}}x_{2}^{e_{2}}x_{3}^{e_{3}}x_{4}^{e_{4}} \qquad (e_{1}{\geq}e_{2}{\geq}e_{3}{\geq}e_{4}{\geq}0)
\]

を以って代表させることにする。

この記法を使うなら、基本形の範囲内にあっては、4変数 $x_{1},x_{2},x_{3},x_{4}$ の単項式は

  1. 1次: $[x_{1}]$ の1種類
  2. 2次: $[x_{1}x_{2}]$, $[x_{1}^{2}]$ の2種類
  3. 3次: $[x_{1}x_{2}x_{3}]$, $[x_{1}^{2}x_{2}]$ 及び $[x_{1}^{3}]$ の3種類
  4. 4次: $x_{1}x_{2}x_{3}x_{4}$, $[x_{1}^{2}x_{2}x_{3}]$, $[x_{1}^{2}x_{2}^{2}]$ 及び $[x_{1}^{3}x_{2}]$, $[x_{1}^{4}]$ の5種類
  5. 6次: $[x_{1}^{2}x_{2}^{2}x_{3}x_{4}]$, $[x_{1}^{2}x_{2}^{2}x_{3}^{2}]$, $[x_{1}^{3}x_{2}x_{3}x_{4}]$, $[x_{1}^{3}x_{2}^{2}x_{3}]$ 及び $[x_{1}^{3}x_{2}^{3}]$, $[x_{1}^{4}x_{2}x_{3}]$, [x_{1}^{4}x_{2}^{2}], [x_{1}^{5}x_{2}], $[x_{1}^{6}]$ の9種類
に限られることが分かる。ただし、7次以上の単項式は当然だが、5次の単項式、及び $[x_{1}^{3}]$, $[x_{1}^{3}x_{2}]$, $[x_{1}^{4}]$, 及び $[x_{1}^{3}x_{2}^{3}]$, $[x_{1}^{4}x_{2}x_{3}]$, [x_{1}^{4}x_{2}^{2}], [x_{1}^{5}x_{2}], $[x_{1}^{6}]$ の形式の単項式は、以下登場しない。

このうち


\begin{align*}
 &x_{1}+x_{2}+x_{3}+x_{4} = 4{\otimes}[x_{1}] = -\frac{a_{1}}{a_{0}}\\
 &x_{1}x_{2}+x_{1}x_{3}+x_{1}x_{4}+x_{2}x_{3}+x_{2}x_{4}+x_{3}x_{4} = 6{\otimes}[x_{1}x_{2}] = \frac{a_{2}}{a_{0}}\\
 &x_{1}x_{2}x_{3}+x_{1}x_{2}x_{4}+x_{1}x_{3}x_{4}+x_{2}x_{3}x_{4}+ = 4{\otimes}[x_{1}x_{2}x_{3}] = -\frac{a_{3}}{a_{0}}\\
 &x_{1}x_{2}x_{3}x_{4} = \frac{a_{4}}{a_{0}}
\end{align*}

は既述の通り。

以下、単型対称式の幾つかに就いて、基本対称式で表していく。

${x_{1}^{2}}$ から得られる単型対称式 $4{\otimes}[x_{1}^{2}]$ を基本対称式で表すなら


\begin{align*}
 4{\otimes}[x_{1}^{2}] &= (4{\otimes}[x_{1}])^{2} - 2(6{\otimes}[x_{1}x_{2}])\\
                       &= \left(-\frac{a_{1}}{a_{0}}\right)^{2} - 2\left(\frac{a_{2}}{a_{0}}\right)\\
                       &= \frac{a_{1}^{2}}{a_{0}^{2}} - \frac{2a_{2}}{a_{0}}
\end{align*}

次に $[x_{1}^{2}x_{2}x_{3}]$ の形の単項式が幾つあるかというと、$[x_{1}^{2}x_{2}x_{3}]$ の形の単項式は、$[x_{1}x_{2}x_{3}]$ 形の単項式の各変数を選んで二乗することで得られるから、$[x_{1}x_{2}x_{3}]$ 形の単項式が4つあり、そのうちの各変数を選んで二乗する仕方が3通りあるから、全体として $4\times{3}=12$ 個になる。

従って、$[x_{1}^{2}x_{2}x_{3}]$ 形の異なる同型の項 12 個の総和が作る単型対称式 $12\otimes[x_{1}^{2}x_{2}x_{3}]$ を、$x_{1},x_{2},x_{3},x_{4}$ の基本対称式の多項式で表わすと


\begin{align*}
 12\otimes[x_{1}^{2}x_{2}x_{3}] &= (4{\otimes}[x_{1}])(4{\otimes}[x_{1}x_{2}x_{3}]) - 4x_{1}x_{2}x_{3}x_{4}\\
                                &= \left(-\frac{a_{1}}{a_{0}}\right)\left(-\frac{a_{3}}{a_{0}}\right) - 4\left(\frac{a_{4}}{a_{0}}\right)\\
                                &= \frac{a_{1}a_{3}}{a_{0}^{2}} - \frac{4a_{4}}{a_{0}}\\
\end{align*}

$[x_{1}^{2}x_{2}^{2}]$ の形の単項式は ${}_4\mathrm{C}_{2}=6$ 個ある。それらの総和が作る単型対称式 $6{\otimes}[x_{1}^{2}x_{2}^{2}]$


\begin{align*}
 &(6{\otimes}[x_{1}x_{2}])^{2} =\\
 &\quad (x_{1}x_{2}+x_{1}x_{3}+x_{1}x_{4}+x_{2}x_{3}+x_{2}x_{4}+x_{3}x_{4})\\
 &\qquad\qquad \times (x_{1}x_{2}+x_{1}x_{3}+x_{1}x_{4}+x_{2}x_{3}+x_{2}x_{4}+x_{3}x_{4})
\end{align*}

から見て取れるように

\begin{align*}
 6{\otimes}[x_{1}^{2}x_{2}^{2}] &= (6{\otimes}[x_{1}x_{2}])^{2} - 24{\otimes}[x_{1}^{2}x_{2}x_{3}] - 6x_{1}x_{2}x_{3}x_{4}\\
                                &= (6{\otimes}[x_{1}x_{2}])^{2} - 2(12{\otimes}[x_{1}^{2}x_{2}x_{3}]) - 6x_{1}x_{2}x_{3}x_{4}\\
                                &= \left(\frac{a_{2}}{a_{0}}\right)^{2} - 2\left(\frac{a_{1}a_{3}}{a_{0}^{2}} - \frac{4a_{4}}{a_{0}}\right) - 6\left(\frac{a_{4}}{a_{0}}\right)\\
                                &= \frac{a_{2}^{2} - 2a_{1}a_{3}}{a_{0}^{2}} + \frac{2a_{4}}{a_{0}}\\
\end{align*}

$[x_{1}^{2}x_{2}^{2}x_{3}x_{4}]$ の形の単項式は${}_4\mathrm{C}_{2}=6$ 個ある。


\begin{align*}
 6{\otimes}[x_{1}^{2}x_{2}^{2}x_{3}x_{4}] &= (6{\otimes}[x_{1}x_{2}])(x_{1}x_{2}x_{3}x_{4})\\
                                          &= \left(\frac{a_{2}}{a_{0}}\right)\left(\frac{a_{4}}{a_{0}}\right)\\
                                          &= \frac{a_{2}a_{4}}{a_{0}^{2}}\\
\end{align*}

$[x_{1}^{2}x_{2}^{2}x_{3}^{2}]$ の形の単項式は ${}_4\mathrm{C}_{3}=4$ 個ある。


\begin{align*}
 4{\otimes}[x_{1}^{2}x_{2}^{2}x_{3}^{2}] &= (4{\otimes}[x_{1}x_{2}x_{3}])^{2} - 12{\otimes}[x_{1}^{2}x_{2}^{2}x_{3}x_{4}]\\
                                       &= (4{\otimes}[x_{1}x_{2}x_{3}])^{2} - 2(6{\otimes}[x_{1}^{2}x_{2}^{2}x_{3}x_{4}])\\
                                       &= \left(-\frac{a_{3}}{a_{0}}\right)^{2} - 2\left(\frac{a_{2}a_{4}}{a_{0}^{2}}\right)\\
                                       &= \frac{a_{3}^{2}-2a_{2}a_{4}}{a_{0}^{2}}\\
\end{align*}

$[x_{1}^{3}x_{2}x_{3}x_{4}]$ の形の単項式は ${}_4\mathrm{C}_{1}=4$ 個ある。


\begin{align*}
 4{\otimes}[x_{1}^{3}x_{2}x_{3}x_{4}] &= (4{\otimes}[x_{1}^{2}])(x_{1}x_{2}x_{3}x_{4})\\
                                      &= \left(\frac{a_{1}^{2}}{a_{0}^{2}} - \frac{2a_{2}}{a_{0}}\right)\left(\frac{a_{4}}{a_{0}}\right)\\
                                      &= \frac{a_{1}^{2}a_{4}}{a_{0}^{3}} - \frac{2a_{2}a_{4}}{a_{0}^{2}}\\
\end{align*}

$[x_{1}^{3}x_{2}^{2}x_{3}]$ の形の単項式は $4!=24$ 個ある。


\begin{align*}
 24{\otimes}[x_{1}^{3}x_{2}^{2}x_{3}] &= (4{\otimes}[x_{1}])(6{\otimes}[x_{1}x_{2}])(4{\otimes}[x_{1}x_{2}x_{3}]) - (12{\otimes}[x_{1}^{3}x_{2}x_{3}x_{4}])\\
                                      &\qquad - (48{\otimes}[x_{1}^{2}x_{2}^{2}x_{3}x_{4}])- (12{\otimes}[x_{1}^{2}x_{2}^{2}x_{3}^{2}])\\
                                      &= (4{\otimes}[x_{1}])(6{\otimes}[x_{1}x_{2}])(4{\otimes}[x_{1}x_{2}x_{3}]) - 3(4{\otimes}[x_{1}^{3}x_{2}x_{3}x_{4}])\\
                                      &\qquad - 8(6{\otimes}[x_{1}^{2}x_{2}^{2}x_{3}x_{4}])- 3(4{\otimes}[x_{1}^{2}x_{2}^{2}x_{3}^{2}])\\
                                      &= \left(-\frac{a_{1}}{a_{0}}\right)\left(\frac{a_{2}}{a_{0}}\right)\left(-\frac{a_{3}}{a_{0}}\right) - 3\left(\frac{a_{1}^{2}a_{4}}{a_{0}^{3}} - \frac{2a_{2}a_{4}}{a_{0}^{2}}\right)\\
                                      & \qquad - 8\left(\frac{a_{2}a_{4}}{a_{0}^{2}}\right) - 3\left(\frac{a_{3}^{2}-2a_{2}a_{4}}{a_{0}^{2}}\right)\\
                                      &= \frac{a_{1}a_{2}a_{3}-3a_{1}^{2}a_{4}}{a_{0}^{3}} + \frac{4a_{2}a_{4}-3a_{3}^2}{a_{0}^{2}}\\
\end{align*}

この計算で、$[x_{1}^{3}x_{2}x_{3}x_{4}]$ の型の項は、$x_{1}.x_{1}x_{2}.x_{1}x_{3}x_{4}$ の型の積に由来する $4{\times}3{\times}1=12$ 個であり、$[x_{1}^{2}x_{2}^{2}x_{3}^{2}]$ の型の項は $x_{1}.x_{2}x_{3}.x_{1}x_{2}x_{3}$ の型の積に由来する $4{\times}3{\times}1=12$ 個であるのは容易に分かるが、$[x_{1}^{2}x_{2}^{2}x_{3}x_{4}]$ の型の項は、$x_{1}.x_{1}x_{2}.x_{2}x_{3}x_{4}$ の型の積に由来する $4{\times}3{\times}1=12$ 個、$x_{1}.x_{2}x_{3}.x_{1}x_{2}x_{4}$ の型の積に由来する $4{\times}3{\times}1=12$ 個、 $x_{1}.x_{2}x_{4}.x_{1}x_{2}x_{3}$ の型の積に由来する $4{\times}3{\times}1=12$ 個の他に、</span>$x_{1}.x_{2}x_{3}.x_{2}x_{3}x_{4}$ の型の積に由来する $4{\times}3{\times}1=12$ 個が存在することに注意すべきである。結果として $[x_{1}^{2}x_{2}^{2}x_{3}x_{4}]$ の型の項は $12{\times}4=48$ 個である。

これらの結果を踏まえて、$S_{1},S_{2},S_{3}$ の計算をしていく。これらが、$x_{1},x_{2},x_{3},x_{4}$ の整係数の対称式であるから、基本多項式の整係数の多項式として一意に表わされることに注意しておく。

まず、$S_{1}\equiv{V_{1}+V_{2}+V_{3}}$ は、$x_{1},x_{2},x_{3},x_{4}$ は2次多項式であり、個々の変数に就いては1次になっている。従って、$6{\otimes}[x_{1}x_{2}]$ の整数倍になっているが、その項数は $4{\times}3=12$ だから


\[
 S_{1} = 2(6{\otimes}[x_{1}x_{2}]) = 2\left(\frac{a_{2}}{a_{0}}\right) = \frac{2a_{2}}{a_{0}}
\]

である。

$S_{2}{\equiv}V_{1}V_{2}+V_{2}V_{3}+V_{3}V_{1}$ は、$x_{1},x_{2},x_{3},x_{4}$ は4次多項式であり、個々の変数の最高次数は 2 なので、項として可能であるのは $x_{1}x_{2}x_{3}x_{4}$$[x_{1}^{2}x_{2}x_{3}]$$[x_{1}^{2}x_{2}^{2}]$ との3種類である。

例えば、


\begin{align*}
 V_{1}V_{2} &= (x_{1}+x_{2})(x_{3}+x_{4})(x_{1}+x_{3})(x_{2}+x_{4})\\
            &= (x_{1}x_{3}+x_{1}x_{4}+x_{2}x_{3}+x_{2}x_{4})(x_{1}x_{2}+x_{1}x_{4}+x_{2}x_{3}+x_{3}x_{4})
\end{align*}

を参考にして、それぞれを数え上げると $S_{2}$ の中には $x_{1}x_{2}x_{3}x_{4}$ の項が6個、$[x_{1}^{2}x_{2}x_{3}]$ の型の項が36個、$[x_{1}^{2}x_{2}^{2}]$ の型の項が6個あることが分かる。従って

\begin{align*}
 S_{2} &= 6{\otimes}[x_{1}x_{2}x_{3}x_{4}] + 36{\otimes}[x_{1}^{2}x_{2}x_{3}] + 6{\otimes}[x_{1}^{2}x_{2}^{2}]\\
       &= 6{\otimes}[x_{1}x_{2}x_{3}x_{4}] + 3(12{\otimes}[x_{1}^{2}x_{2}x_{3}]) + 6{\otimes}[x_{1}^{2}x_{2}^{2}]\\
       &= 6\left(\frac{a_{4}}{a_{0}}\right) + 3\left(\frac{a_{1}a_{3}}{a_{0}^{2}} - \frac{4a_{4}}{a_{0}}\right) + \left(\frac{a_{2}^{2}-2a_{1}a_{3}}{a_{0}^{2}} + \frac{2a_{4}}{a_{0}}\right)\\
       &= \frac{a_{2}^{2} + a_{1}a_{3}}{a_{0}^{2}} - \frac{4a_{4}}{a_{0}}
\end{align*}

同様に、$S_{3}{\equiv}V_{1}V_{2}V_{3}$ は6次多項式であり、個々の変数の最高次数は 3 なので、項として可能であるのは $[x_{1}^{3}x_{2}x_{3}x_{4}]$$[x_{1}^{3}x_{2}^{2}x_{3}]$$[x_{1}^{2}x_{2}^{2}x_{3}x_{4}]$$[x_{1}^{2}x_{2}^{2}x_{3}^{2}]$


\begin{align*}
  S_{3} &= \{(x_{1}+x_{2})(x_{1}+x_{3})(x_{1}+x_{4})\}\{(x_{2}+x_{3})(x_{2}+x_{4})(x_{3}+x_{4})\}\\
        &= \{x_{1}^{3} + (x_{2}+x_{3}+x_{4})x_{1}^{2} + (x_{2}x_{3}+x_{2}x_{4}+x_{3}x_{4})x_{1} + x_{2}x_{3}x_{4}\}\\   
        &\qquad \times\{x_{2}^{2}x_{3}+x_{2}x_{3}^{2}+x_{2}^{2}x_{4}+x_{2}x_{4}^{2}+x_{3}^{2}x_{4}+x_{3}x_{4}^{2}+2x_{2}x_{3}x_{4}\}
\end{align*}

を見るならば、4種類の項がすべて含まれることが分かる。更に、$x_{1}^{3}x_{2}x_{3}x_{4}$ の係数は 2 になるから、$[x_{1}^{3}x_{2}x_{3}x_{4}]$ の型の項は8個、$x_{1}^{2}x_{2}^{2}x_{3}^{2}$ の係数も 2 だから、$[x_{1}^{2}x_{2}^{2}x_{3}^{2}]$ の型の項も8個であることが分かる。また、積の中で、$x_{1}^{2}x_{2}^{2}x_{3}x_{4}$ となるのは

\[
  \{x_{2}x_{1}^{2}\}\{2x_{2}x_{3}x_{4}\} + \{x_{3}x_{1}^{2}\}\{x_{2}^{2}x_{4}\} + \{x_{4}x_{1}^{2}\}\{x_{2}^{2}x_{3}\} = 4x_{1}^{2}x_{2}^{2}x_{3}x_{4} 
\]
だけである。これから $[x_{1}^{2}x_{2}^{2}x_{3}x_{4}]$ の型の項は $6{\times}4 = 24$ 個あることが分かる。

従って、


\[
  S_{3} = 2(4{\otimes}[x_{1}^{3}x_{2}x_{3}x_{4}]) + K(24{\otimes}[x_{1}^{3}x_{2}^{2}x_{3}]) + 4(6{\otimes}[x_{1}^{2}x_{2}^{2}x_{3}x_{4}]) + 2(4{\otimes}[x_{1}^{2}x_{2}^{2}x_{3}^{2}])\\
\]

を満たす正整数 $K$ が存在することが分かるが、これから項数を抽出すると

\[
 64=8+24K+24+8
\]

が成り立つので、$K=1$ でなければならない。

結局


\begin{align*}
  S_{3} &= 2(4{\otimes}[x_{1}^{3}x_{2}x_{3}x_{4}]) + 24{\otimes}[x_{1}^{3}x_{2}^{2}x_{3}] + 4(6{\otimes}[x_{1}^{2}x_{2}^{2}x_{3}x_{4}]) + 2(4{\otimes}[x_{1}^{2}x_{2}^{2}x_{3}^{2}])\\
        &= 2\left(\frac{a_{1}^{2}a_{4}}{a_{0}^{3}} - \frac{2a_{2}a_{4}}{a_{0}^{2}}\right) + \left(\frac{a_{1}a_{2}a_{3}-3a_{1}^{2}a_{4}}{a_{0}^{3}} + \frac{4a_{2}a_{4}-3a_{3}^2}{a_{0}^{2}}\right)\\
        &\qquad  + 4\left(\frac{a_{2}a_{4}}{a_{0}^{2}}\right) + 2\left(\frac{a_{3}^{2}-2a_{2}a_{4}}{a_{0}^{2}}\right)\\
        &= \frac{a_{1}a_{2}a_{3}-a_{1}^{2}a_{4}}{a_{0}^{3}} - \frac{a_{3}^{2}}{a_{0}^{2}}
\end{align*}

このようにして


\begin{align*}
 &A_{1}=a_{0}S_{1}=a_{0}\left(\frac{2a_{2}}{a_{0}}\right)=2a_{2}\\
 &A_{2}=a_{0}^{2}S_{2}=a_{0}^{2}\left(\frac{a_{2}^{2} + a_{1}a_{3}}{a_{0}^{2}} - \frac{4a_{4}}{a_{0}}\right)=a_{2}^{2} + a_{1}a_{3}-4a_{0}a_{4}\\
 &A_{3}=a_{0}^{3}S_{3}=a_{0}^{3}\left(\frac{a_{1}a_{2}a_{3}-a_{1}^{2}a_{4}}{a_{0}^{3}} - \frac{a_{3}^{2}}{a_{0}^{2}}\right)=a_{1}a_{2}a_{3}-a_{1}^{2}a_{4} - a_{0}a_{3}^{2}
\end{align*}
が成り立っていることが分かった。

改めて、方程式の形で表すと


\begin{align*}
 \lambda^{3} &-A_{1}\lambda^{2} + A_{2}\lambda - A_{3}\\
             &= \lambda^{3} - 2a_{2}\lambda^{2} + (-4a_{0}a_{4} + a_{2}^{2} + a_{1}a_{3})\lambda + a_{0}a_{3}^{2} + a_{1}^{2}a_{4} - a_{1}a_{2}a_{3} = 0
\end{align*}

である。

[高木貞治]著 [代数学講義改訂新版] (1965年 共立出版 ISBN 978-4-320-01000-0)

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高木貞治 [代数学講義改訂新版] p.194 での4次方程式の3次分解方程式の根の表記の瑕疵

[高木貞治]著 [代数学講義改訂新版] (1965年 共立出版 ISBN 978-4-320-01000-0) p.194 では、4次方程式


\[
 a_{0}x^{4}+a_{1}x^{3}+a_{2}x^{2}+a_{3}x+a_{4} = 0
\]
と、その根 $x_{1},x_{2},x_{3},x_{4}$ に就いて、次のような記載がある。

四次方程式 
\[
 a_{0}x^{4}+a_{1}x^{3}+a_{2}x^{2}+a_{3}x+a_{4} = 0
\]
を解くことは, 連立二元二次方程式


\begin{align*}
&x^{2} = y \\
&a_{0}y^{2}+a_{1}xy+a_{2}y+a_{3}x+a_{4} = 0
\end{align*}
から $x$ を求めるのと同じである. この場合 (3) は
\begin{equation*}
すなわち

\[
 \lambda^{3} - 2a_{2}\lambda^{2} + (-4a_{0}a_{4}+a_{2}^{2}+a_{1}a_{3})\lambda + a_{0} a_{3}^{2} + a_{1}^{2}a_{4} - a_{1}a_{2}a_{3} = 0
\]
になる. これは $(x_{1}+x_{2})(x_{3}+x_{4}), (x_{1}+x_{3})(x_{2}+x_{4}), (x_{1}+x_{4})(x_{2}+x_{3})$ を根とする三次分解方程式である。

[以下、引用者 (ゑ) 補足]
ただし、ここで (3) とあるのは、[代数学講義改訂新版] pp.192-193 に見られるように、連立2元2次方程式

</p>

<p>\begin{align*}
 &F= ax^{2} +2hxy +by^{2} +2gx +2fy +c =0\\
 &G= a^{\prime}x^{2} +2h^{\prime}xy +b^{\prime}y^{2} +2g^{\prime} +2f^{\prime}y +c^{\prime} =0
\end{align*}
から導かれる2次式
\begin{align*}
 F+{\lambda}G = &(a+{\lambda}a^{\prime})x^{2} + 2(h+{\lambda}h^{\prime})xy + (b+{\lambda}b^{\prime})y^{2}\\
                &\qquad +2(g+{\lambda}g^{\prime})x + 2(f+{\lambda}f^{\prime})y + (c+{\lambda}c^{\prime})
\end{align*}
が2つの1次式の積に分解されるための条件式

\begin{equation*}
\begin{vmatrix}
 a+{\lambda}a^{\prime} &h+{\lambda}h^{\prime}  &g+{\lambda}g^{\prime}  \\
&&\\
 h+{\lambda}h^{\prime} &b+{\lambda}b^{\prime}  &f+{\lambda}f^{\prime}  \\
&&\\
 g+{\lambda}g^{\prime} &f+{\lambda}f^{\prime}  &c+{\lambda}c^{\prime}
\end{vmatrix} 
=0
\end{equation*}
を指す。 [引用者補足終了。]

しかし、上記引用部分の最後の箇所は間違っている。単純なケアレスミスだと思うが、「三次分解方程式の根」のそれぞれは、係数 $a_{0}$ を乗じて


\[
 a_{0}(x_{1}+x_{2})(x_{3}+x_{4}), a_{0}(x_{1}+x_{3})(x_{2}+x_{4}), a_{0}(x_{1}+x_{4})(x_{2}+x_{3})
\]
としなければならない。

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メモ: H.フランダース「微分形式の理論」第X章 問題7「サンヴナンの適合条件」(p.234) の前提に就いて。付け足し: 第X章 問題2 及び 問題3 (p.233) に就いての個人的述懐

以前、H.フランダース著「微分形式の理論」(1967年岩波書店刊。訳: 岩堀長慶) を通読したことがある。

著者自身が [まえがき] で認めているように、本書は、「微分形式」と云う「非常に偉大な力をもった新しい道具を, 工学者や物理学者のお役に立て」(p.vi) ることを主目的としている (「本書の材料を数学科の大学院学生に, 現代微分幾何学への入門として推薦することを躊躇はしない」(p.vii)とも豪語しているが・・・)。

原著発行 (1963年) から、半世紀以上経過しているため、的外れな評価になる可能性が高いことを認めつつも、それを棚上げして言うなら、本書の利点と、読んでいて感じる「歯がゆさ」とは、両方とも、この点に集約されるといってよいだろう。

ただし、「無いものねだり」を諦めるなら、微分形式の具体的利用の見本帖として充分に「お役に立つ」。

理論物理・数学の著作ではありがちなことだが、校正ミスが目立つ (著者・訳者又はその補助者が、よほど気を入れないと、これは防げまい。また、理論物理・数学の著作は、「他人の目」で見ると、校正ミスや計算の誤りが、かなり明瞭に分かる、と云う側面もある)。

本書では、p.168 の下から6行目に於けるように、「楕円的」とすべきところを「随円的」とするような「惜しいね!」とでも言うしかない校正ミスばかりでなく、数式内部でのミスも二・三にとどまらないので (原書由来かもしれないが、未確認)、まとめた方が良いのだろうが、そこまで時間をかけることをあるまいと云う気が頻りにするするのでやめておく。

一応、原書 H. Flanders "Differential Forms with Applications to the Physical Sciences" (Dover, 1989) の [Google ブックス] のページのリンクを貼っておく。

ただし、校正ミスのチェックには向いていないように見えるので、それ以上のことことはしないでおく。

それよりも、本題である p.234 の [問題X-7] に急ごう。問題文は次のとおりである。

7. $a_{ij}$ 達を $x^{1},x^{2},\cdots,x^{n}$$n^{2}$ 個の函数とする. このとき積分可能条件

\[
\partialsecondmixed{a_{ij}}{x^{k}}{x^{l}} - \partialsecondmixed{a_{ik}}{x^{j}}{x^{l}} =
\partialsecondmixed{a_{lj}}{x^{k}}{x^{i}} - \partialsecondmixed{a_{lk}}{x^{j}}{x^{i}}
\]
が, 函数 $u_{1},\cdots,u_{n}$ が存在して
\[
 a_{ij} = \inverse{2}\left(\pdiff{u_{i}}{x^{j}}+\pdiff{u_{j}}{x^{i}}\right)
\]
を満たすための必要十分条件であることを証明せよ. $n=3$ および $n=2$ の場合を調べよ. (Saint-Venant による. Love[18], 49頁参照.)

ちなみに、この Love[18] の、[Google ブックス] は "A Treatise on the Mathematical Theory of Elasticity - A. E. H. Love - Google ブックス" で見られる。

必要条件になっていることを示すのは容易である。単に 下の式の添え字を適宜変更して、上の式の各項に代入するなら、左辺は

\begin{align*}
 \partialsecondmixed{a_{ij}}{x^{k}}{x^{l}} - \partialsecondmixed{a_{ik}}{x^{j}}{x^{l}} &=
\inverse{2}\left(\cancelto{A}{\partialthirdmixed{u_{i}}{x^{k}}{x^{l}}{x^{j}}} - \partialthirdmixed{u_{j}}{x^{k}}{x^{l}}{x^{i}}\right) -
\inverse{2}\left(\cancelto{A}{\partialthirdmixed{u_{i}}{x^{j}}{x^{l}}{x^{k}}} - \partialthirdmixed{u_{k}}{x^{j}}{x^{l}}{x^{i}}\right)\\
&= - \inverse{2}\left(\partialthirdmixed{u_{j}}{x^{k}}{x^{l}}{x^{i}} - \partialthirdmixed{u_{k}}{x^{j}}{x^{l}}{x^{i}}\right)
\end{align*}

右辺は

\begin{align*}
 \partialsecondmixed{a_{lj}}{x^{k}}{x^{i}} - \partialsecondmixed{a_{lk}}{x^{j}}{x^{i}} &=
\inverse{2}\left(\cancelto{B}{\partialthirdmixed{u_{l}}{x^{k}}{x^{i}}{x^{j}}} - \partialthirdmixed{u_{j}}{x^{k}}{x^{i}}{x^{l}}\right) -
\inverse{2}\left(\cancelto{B}{\partialthirdmixed{u_{l}}{x^{j}}{x^{i}}{x^{k}}} - \partialthirdmixed{u_{k}}{x^{j}}{x^{i}}{x^{l}}\right)\\
&= - \inverse{2}\left(\partialthirdmixed{u_{j}}{x^{k}}{x^{i}}{x^{l}} - \partialthirdmixed{u_{k}}{x^{j}}{x^{i}}{x^{l}}\right)
\end{align*}
となるから (ストライクスルーして同じ文字 $A$ 又は $B$ が付されている項は、相殺する)、両辺は等しい。

しかし、十分条件の方を確認しようとして、私は行き詰まってしまった。何が原因かは、明瞭だった。函数 $a_{ij}$ が添え字に就いて対称、つまり、$a_{ij}=a_{ji}$ であることが使えないと、式の変形が前進しないのだ。

$a_{ij}$ が添え字に就いて対称であるのは、第2の表式を見れば明らかだ。しかし、原状の設問では、第1の式から、$a_{ij}$ の添え字に就いての対称性も導出することを要求していることになる。しばらく途方に暮れましたね。

上記 [Google ブックス] の Love の本の、 該当箇所を読んでみたけれど、どうもピンとこなかったのだが、もし $a_{ij}$ に対応するのが、歪テンソルだとすると、これが添え字に対して対称なのは、物理的な与件として前提に含まれるとして良い。

そこで、今度は "Saint-Venant" を google にかけて、ネットを右往左往していくと、結局、次のページが見つかった。

Saint-Venant's compatibility condition - Wikipedia (last modified on 23 February 2015, at 19:08.)

そこに曰く、

For a symmetric rank 2 tensor field $F$ in n-dimensional Euclidean space the integrability condition takes the form of the vanishing of the Saint-Venant's tensor $W(F)$ defined by

\[
W_{ijkl} = \frac{\partial^2 F_{ij}}{\partial x_k \partial x_l} + 
\frac{\partial^2 F_{kl}}{\partial x_i \partial x_j} - \frac{\partial^2 F_{il}}{\partial x_j \partial x_k} -\frac{\partial^2 F_{jk}}{\partial x_i \partial x_l}
\]

The result that, on a simply connected domain $W=0$ implies that strain is the symmetric derivative of some vector field, was first described by Barré de Saint-Venant in 1864 and proved rigorously by Beltrami in 1886.

n 次元ユークリッド空間における対称2階テンソル場 $F$ に対する積分可能条件は

\[
W_{ijkl} = \frac{\partial^2 F_{ij}}{\partial x_k \partial x_l} + 
\frac{\partial^2 F_{kl}}{\partial x_i \partial x_j} - \frac{\partial^2 F_{il}}{\partial x_j \partial x_k} -\frac{\partial^2 F_{jk}}{\partial x_i \partial x_l}
\]
で定義されるサンヴナン・テンソル $W(F)$ が消えると云う形で言い表される。

この結果は、単連結領域上で $W=0$ が成立しているなら、歪は、何らかのベクトル場の対称微分となっていることを意味するものであるが、1864年にバレ・ド・サンヴナンにより言及され、そして、1886年になって、ベルトラミにより厳密に証明された。

これを見ても、$a_{ij}$ が添え字に就いて対称であることを、前提として含めるべきことが分かるから、以下、これに従って、「十分条件」部分の確認をすることにする。

そこで

\[
 \omega_{jk} := \sum_{i}\left(\pdiff{a_{ij}}{x^{k}}-\pdiff{a_{ik}}{x^{j}}\right)dx^{i}
\]
と云う 1 形式を考える。

この $\omega_{jk}$ が添え字に就いて反対称 (つまり $\omega_{jk}+\omega_{kj}=0$ である) ことに注意。

すると、まさに上記第1の式により

\[
 d\omega_{jk} = \inverse{2}\sum_{i,l}\left\{\pdiff{}{x^{l}}\left(\pdiff{a_{ij}}{x^{k}}-\pdiff{a_{ik}}{x^{j}}\right) - \pdiff{}{x^{i}}\left(\pdiff{a_{lj}}{x^{k}}-\pdiff{a_{lk}}{x^{j}}\right)\right\}dx^{l}{\wedge}dx^{i} = 0
\]
となる。従って、ポアンカレの補題の逆命題 (本書では pp.34-37 特に p.37 を参照) により、ある 0 形式、つまり、函数 $f_{jk}$ が存在して
\[
 \omega_{jk} = df_{jk}
\]
が成立する。

\[
 d(f_{jk}+f_{kj}) = df_{jk}+df_{kj} = \omega_{jk}+\omega_{kj}=0
\]
だから $\displaystyle{f_{jk}+f_{kj}}$ は定数になる。それを $\displaystyle{c_{jk}}$ と表すことにする。

もし $\displaystyle{c_{jk} \neq 0}$ であったなら、$\displaystyle{f_{jk}-\inverse{2}c_{jk},f_{kj}-\inverse{2}{c}_{jk}}$ を、それぞれ改めて $f_{jk},f_{kj}$ と置くことで、

\[
 f_{jk}+f_{kj}=0
\]
が成り立っているとして良い。つまり、$f_{jk}$ は、添え字に就いて反対称だとすることができる。

ここで 1形式

\[
 p_{i} :=\sum_{j}(a_{ij}+f_{ij})dx^{j}
\]
を考えると
\begin{align*}
 dp_{i} &=\sum_{j}(da_{ij}{\wedge}dx^{j} + df_{ij}{\wedge}dx^{j})\\
        &=\sum_{j}\left(da_{ij}{\wedge}dx^{j} + \omega_{ij}{\wedge}dx^{j}\right)\\
        &=\sum_{l,j}\left(\pdiff{a_{ij}}{x^{l}}dx^{l}{\wedge}dx^{j} + \left(\pdiff{a_{li}}{x^{j}}-\pdiff{a_{lj}}{x^{i}}\right)dx^{l}{\wedge}dx^{j}\right)\\
        &=\sum_{l,j}\left(\pdiff{a_{il}}{x^{j}}dx^{j}{\wedge}dx^{l} + \left(\pdiff{a_{li}}{x^{j}}-\pdiff{a_{lj}}{x^{i}}\right)dx^{l}{\wedge}dx^{j}\right)\\
        &=\sum_{l,j}\left(\xcancel{-\pdiff{a_{il}}{x^{j}} + \pdiff{a_{li}}{x^{j}}}\right)dx^{l}{\wedge}dx^{j} - \inverse{2}\sum_{l,j}\left(\xcancel{\pdiff{a_{lj}}{x^{i}}-\pdiff{a_{jl}}{x^{i}}}\right)dx^{l}{\wedge}dx^{j}\\
        &=0
\end{align*}

再び、ポアンカレの補題の逆命題により、ある函数 $u^{i}$ が存在して

\[
 p_{i} = du_{i} = \sum_{j}\pdiff{u^{i}}{x^{j}}dx^{j}
\]
が成り立つ。つまり
\[
 \sum_{j}(a_{ij}+f_{ij})dx^{j} = \sum_{j}\pdiff{u^{i}}{x^{j}}dx^{j}
\]
と云うことだから、全ての $i,j$ の組み合わせに対して
\[
 a_{ij}+f_{ij} = \pdiff{u^{i}}{x^{j}}
\]
が言える。ここで、$i$$j$ とを交換すると
\[
 a_{ji}+f_{ji} = \pdiff{u^{j}}{x^{i}}
\]

ここで辺々足し合わせると、添え字に就いて $a_{ij}$ が対称、$f_{ij}$ が反対称だから

\[
 2a_{ij} = \pdiff{u^{i}}{x^{j}} + \pdiff{u^{j}}{x^{i}}
\]
つまり
\[
 a_{ij} = \inverse{2}\left(\pdiff{u^{i}}{x^{j}} + \pdiff{u^{j}}{x^{i}}\right)
\]
が得られる。

p.233 の [問題X-3] 及び [問題X-2] に就いても書いておきたいことがある。

その p.233 の [問題X-3] とは、

さて, これらのことを Lie のブラケットと関係づける次の公式を証明せよ.
\[
 (d\sigma, \mathrm{v}{\wedge}\mathrm{w}) + (\sigma,[\mathrm{v},\mathrm{w}]) = \mathrm{v}{(\sigma,\mathrm{w})} - \mathrm{w}{(\sigma,\mathrm{v})}
\]
と云うものだ。

今回、この原稿を書くに際して、関連個所を読み直そうとしている途中、たまたま、以前通読した際この問題の一つ前 [問題X-2] の題意を誤解してており、その誤解の混乱の中で、[問題X-3] に就いても計算間違い (正当な根拠のない式の変形) をしていたことに気が付いたからだ。

負け惜しみを言うなら、今でも、 [問題X-2] の題意は、曖昧だと思う。[問題X-2] は、2つの 1形式 $\displaystyle{\sigma_{1}}$$\displaystyle{\sigma_{2}}$ との外積 $\displaystyle{\sigma_{1}{\wedge}\sigma_{2}}$ と、2つのベクトル場 $\displaystyle{\mathrm{v}_{1}}$$\displaystyle{\mathrm{v}_{2}}$ との外積 $\displaystyle{\mathrm{v}_{1}{\wedge}\mathrm{v}_{2}}$ との間の「内積」(「微分形式の理論」で用いられている用語) $\displaystyle{(\sigma_{1}{\wedge}\sigma_{2},\mathrm{v}_{1}{\wedge}\mathrm{v}_{2})}$

\[
 (\sigma_{1}{\wedge}\sigma_{2},\mathrm{v}_{1}{\wedge}\mathrm{v}_{2}) = 
\begin{vmatrix}
 (\sigma_{1},\mathrm{v}_{1}) & (\sigma_{1},\mathrm{v}_{2}) \\
 (\sigma_{2},\mathrm{v}_{1}) & (\sigma_{2},\mathrm{v}_{2}) 
\end{vmatrix}
\]
で「与えられることを示せ」と云うものだが、この設問の意図するところが、「内積」が、この式により well-defined (つまり、右辺が、局所座標系の取り方によらない) であると云うことなのか、それとも、本書では [問題X-1] (p.232-233) でようやく明示されたベクトル場と 1形式との双対性の延長から構成される、2ベクトルと2形式の双対の1性質としての表式なのか、捕えがたいものがある。

まぁ、いづれにしろ、計算間違いをする言い訣にはならないのは分かっている。

自戒を込めて、[問題X-3] の解として、今回行った計算内容を示しておく。

ほぼ機械的な計算で済むが、その前に背景を説明しておくと $\sigma$ は 1形式、$\mathrm{v},\mathrm{w}$ はベクトル場 (1ベクトル場) である。

従って、(本稿においてすでに利用されている記号を含めて、改めて明示的に定義すると) n次元多様体の、任意の一点に着目して、その局所座標系が $\displaystyle{(x^{i})_{1\leq{i}\leq{n}}}$ で表されるとする。これに対応する接ベクトル空間の基底を $\displaystyle{(\partial{}/\partial{x^{i}})_{1\leq{i}\leq{n}}}$ (以下、これを $\displaystyle{(\partial_{i})_{1\leq{i}\leq{n}}}$ と書くことにする) 、その余接ベクトル空間 (1形式のなす線形空間) における双対基底を $\displaystyle{(dx^{i})_{1\leq{i}\leq{n}}}$ とすると、次の関係式を満たす、多様体上の函数 $\displaystyle{\{s_{i}\}_{1\leq{i}\leq{n}},\{v^{i}\}_{1\leq{i}\leq{n}},\{w^{i}\}_{1\leq{i}\leq{n}}}$ が存在する。

\[
 \sigma \equiv \sum_{i}s_{i}dx^{i}, \mathrm{v} \equiv \sum_{i}v^{i}\partial_{i}, \mathrm{w} \equiv \sum_{i}w^{i}\partial_{i}
\]

さらにここで、[問題X-3] がらみで [問題X-2] の結果の肝心な点を言っておくと ($\displaystyle{\delta}$ は勿論クロネッカーのデルタ)、

\[
 \left(dx^{l}{\wedge}dx^{m}, \partial_{j}{\wedge}\partial_{k}\right) =
\begin{vmatrix}
 \partial_{j}x^{l} & \partial_{k}x^{l} \\
 \partial_{j}x^{m} & \partial_{k}x^{m} 
\end{vmatrix} =
\begin{vmatrix}
 \delta_{j}^{l} & \delta_{k}^{l} \\
 \delta_{j}^{m} & \delta_{k}^{m} 
\end{vmatrix}
= \delta^{l}_{j}\delta^{m}_{k}-\delta^{l}_{k}\delta^{m}_{j}
\]

これが、後出の計算中で、用いられているのである。

さて [問題X-3] の式の左辺 $\displaystyle{(d\sigma, \mathrm{v}{\wedge}\mathrm{w}) + (\sigma,[\mathrm{v},\mathrm{w}])}$ に上記の $\displaystyle{\sigma, \mathrm{v}, \mathrm{w}}$ の表式を代入すると

\begin{align*}
 (d\sigma, &\mathrm{v}{\wedge}\mathrm{w}) + (\sigma,[\mathrm{v},\mathrm{w}]) \\
           &= \left(d\left(\sum_{i}s_{i}dx^{i}\right),\left(\sum_{j}v^{j}\partial_{j}\right)\wedge\left(\sum_{k}w^{k}\partial_{k}\right)\right) 
              + \left(\sum_{i}s_{i}dx^{i},\left[\sum_{j}v^{j}\partial_{j},\sum_{k}w^{k}\partial_{k}\right]\right) \\
           &= \left(\inverse{2}\sum_{l,m}\left(\partial_{l}s_{m}-\partial_{m}s_{l}\right)dx^{l}{\wedge}dx^{m}, \inverse{2}\sum_{j,k}\left(v^{j}w^{k}-v^{k}w^{j}\right)\partial_{j}{\wedge}\partial_{k}\right)\\
           &\qquad + \left(\sum_{i}s_{i}dx^{i},\sum_{j,k}\left(v^{j}(\partial_{j}w^{k})-w^{j}(\partial_{j}v^{k})\right)\partial_{k}\right)\\
           &= \inverse{4}\sum_{j,k,l,m}\left(\partial_{l}s_{m}-\partial_{m}s_{l}\right)\left(v^{j}w^{k}-v^{k}w^{j}\right)\left(dx^{l}{\wedge}dx^{m}, \partial_{j}{\wedge}\partial_{k}\right)\\
           &\qquad + \sum_{i,j,k}s_{i}\left(v^{j}(\partial_{j}w^{k})-w^{j}(\partial_{j}v^{k})\right)\left(dx^{i},\partial_{k}\right)\\
\end{align*}

ここが問題の箇所である。これが次のように変形される。
\begin{align*}
           = \inverse{4}\sum_{j,k,l,m}\left(\partial_{l}s_{m}-\partial_{m}s_{l}\right)\left(v^{j}w^{k}-v^{k}w^{j}\right)(\delta^{l}_{j}\delta^{m}_{k}-\delta^{l}_{k}\delta^{m}_{j})\\
           \qquad + \sum_{i,j,k}s_{i}\left(v^{j}(\partial_{j}w^{k})-w^{j}(\partial_{j}v^{k})\right)\delta^{i}_{k}\\
\end{align*}

更に計算を進めると。。。

\begin{align*}
           &= \inverse{4}\sum_{j,k}\left\{\left(\partial_{j}s_{k}-\partial_{k}s_{j}\right)-\left(\partial_{k}s_{j}-\partial_{j}s_{k}\right)\right\}\left(v^{j}w^{k}-v^{k}w^{j}\right)\\
           &\qquad + \sum_{i,j}s_{i}\left(v^{j}(\partial_{j}w^{i})-w^{j}(\partial_{j}v^{i})\right)\\
           &= \inverse{2}\sum_{j,k}\left(\partial_{j}s_{k}-\partial_{k}s_{j}\right)\left(v^{j}w^{k}-v^{k}w^{j}\right) + \sum_{i,j}\left(s_{i}v^{j}(\partial_{j}w^{i})-s_{i}w^{j}(\partial_{j}v^{i})\right)\\
%           &= \sum_{i,j}\left(\partial_{j}s_{i}\right)\left(v^{j}w^{i}-v^{i}w^{j}\right) + \sum_{i,j}\left(s_{i}v^{j}(\partial_{j}w^{i})-s_{i}w^{j}(\partial_{j}v^{i})\right)\\
           &= \sum_{i,j}\left(\partial_{j}s_{i}\right)\left(v^{j}w^{i}-v^{i}w^{j}\right) + \sum_{i,j}\left(s_{i}v^{j}(\partial_{j}w^{i})-s_{i}w^{j}(\partial_{j}v^{i})\right)\\
           &= \sum_{i,j}\left((\partial_{j}s_{i})v^{j}w^{i}-(\partial_{j}s_{i})v^{i}w^{j}\right) + \sum_{i,j}\left(s_{i}v^{j}(\partial_{j}w^{i})-s_{i}w^{j}(\partial_{j}v^{i})\right)\\
           &= \sum_{i,j}\left((\partial_{j}s_{i})v^{j}w^{i}+s_{i}v^{j}(\partial_{j}w^{i})\right) - \sum_{i,j}\left((\partial_{j}s_{i})v^{i}w^{j}+s_{i}w^{j}(\partial_{j}v^{i})\right)\\
           &= \sum_{i,j}v^{j}\left((\partial_{j}s_{i})w^{i}+s_{i}(\partial_{j}w^{i})\right) - \sum_{i,j}w^{j}\left((\partial_{j}s_{i})v^{i}+s_{i}(\partial_{j}v^{i})\right)\\
           &= \sum_{i,j}v^{j}\partial_{j}\left(s_{i}w^{i}\right) - \sum_{i,j}w^{j}\partial_{j}\left(s_{i}v^{i}\right)\\
           &= \sum_{j}v^{j}\partial_{j}(\sigma,\mathrm{w}) - \sum_{j}w^{j}\partial_{j}(\sigma,\mathrm{v})\\
           &= \mathrm{v}\{(\sigma,\mathrm{w})\} - \mathrm{w}\{(\sigma,\mathrm{v})\}\\
\end{align*}

これで [問題X-3] の式が証明された。

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フェルミ、ハイゼンベルク、パウリ3人のカイラリティ

数年前のことになると思うが (2012年のことだったらしい)、近くの図書館で、「アインシュタインの反乱と量子コンピュータ」(発行年:2009年 著者:佐藤文隆 発行:京都大学学術出版会) と云う本を借りて通読したことがある。

「残念! 」と云う読後感だけが残っている (私としては、これは非常に珍しい「症例」)。たしか、著者自身も、内容について弁明めいたものを書いていたようだ。しかし、それだけなら、「『残念感』を味わいたい方には最適」と言う訣にもいかず、ここで取り上げるには及ばない。

しかし、ある一点で、私の記憶の底にコビリついたままのものがあるので、それを書いておく。まぁ、私自身のための厄落としである。

この本の第36ページに、3人の物理学者 (「マスコミ」風に言うと「天才物理学者」) の、所謂「スリーショット」写真が掲げられている。そのキャプションに曰く

1927年にイタリア・アルプスのコモ湖畔で開かれたボルタ記念集会での (左から) フェルミ、ハイゼンベルグ、パウリ。

これを見たとき「オイ・オイ・オイ」と突っ込みましたね。私は、人の顔・名前を記憶するのが病的に苦手なんだが、それでもパウリ (Wolfgang Ernst Pauli/ヴォルフガング・パウリ) の顔は識別できる。左端にいるのは、フェルミ (エンリコ・フェルミ/Enrico Fermi) ではなく、まごうことなく、パウリなのだ。ハイゼンベルグ (ドイツ語風に言うなら「ハイゼンベルク」だが。Werner Heisenberg/ヴェルナー・ハイゼンベルク) もなんとなく分かる。これは、確かに真ん中にいる。フェルミの顔は、申し訳ない知らなかった (と言うか、覚えられていなかった)。

そう言えば、かって、コペンハーゲン (København) にあった「理論物理学研究所/Københavns Universitets Institut for Teoretisk Fysik」での1932年の会議の余興として演じられたと云う「ファウスト」のパロディの中で、パウリはメフィストフェレスを当て書きされていた (ちなみに「主」つまり、「全能の神」は勿論ニールス・ボーア/Niels Bohrである)。少なくとも顔を含めてイメージとしてだけなら、「パウリのメフィストフェレス」は、ハマり役だったろう。

「えっ!? 」と思って、その写真を、二度見してみると、右端のフェルミ (私にとっては「フェルミらしき人」) の胸ポケットが向かって左側(つまり、右胸側) に着いていることに気が付いた。フラワーホールらしきものも向かって左にある。

「なんだ。裏焼きジャン」

しかし、物理学者が書いた書籍中において、「くどいようだが、マスコミ風に言うと天才」物理学者のスリーショットで、裏焼きに気づかないことがありうるのか?

思わず、調べてしまいましたね (当時の話)。

そしたら、CERN (欧州原子核研究機構) の [PAULI-ARCHIVE-PHO-0​18] がマンマ裏焼きになっていた。これは想像だが、親亀がコケタので、子亀だか孫亀だかヒーィッマゴガメだかもコケタのだ (旧い譬えで申し訣ない)。

次を参照のこと。

  1. CERN のアーカイヴ中にある当該の写真:Wolfgang Pauli on a boat on Como lake - CERN Document Serve
  2. 写真に対する私のコメント (今回調べ直して、公表されているのに初めて気付いた):Wolfgang Pauli on a boat on Como lake - CERN Document Server
  3. 正しい向きの写真:Fermi, Heisenberg and Pauli - Stock Image H400/0132 - Science Photo Library

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高木貞治 [代数学講義改訂新版] pp.276-277 に於ける叙述・記号の混乱

周知事項かも知れていが、書いておく。[高木貞治]著 [代数学講義改訂新版] (1965年 共立出版 ISBN 978-4-320-01000-0) 第276頁-第277頁には、叙述・記号の混乱が見られる。こうした「混乱」と関連するかどうかは不明だが、第277頁の式 (12) には錯誤があり、結果として、混乱を輻輳させている。

一応ことわっておいた方が良かろうが、私は、[代数学講義] (現在、発行されているのは、その「改訂新版」)に否定的な評価を試みるもののではない。話題がやや古色を帯びるとはいえ、その故に、内容の生命力が減じている訣ではない。むしろ、活き活きとした知性の動きの現場に参入すると云う体験をすることで、「数学の愉しさ」を教えてくれる本の一冊だとさえ思っている。特に、その悠悠とした筆致など、凡百の類書に顔色なからしむるものだ。しかしながら、それはそれ、これはこれである。

細かい計算を開示する余裕はないので、表面的な事実を指摘するだけにとどめるが、その前に周辺事情を概説するなら、第276頁の前頁、第275頁における「n 次の行列式 A から mm 列を取って m 次の小行列式」作って、それを {A_{pq}}^{(m)} とし (第275頁では、一度 A_{p,q}^{(m)} と表記されているが、その後では、コンマは省略されている)、これを配列して作った、\nu=\binom{n}{m} として \nu\nu 列の (つまり \nu 次の) 行列の行列式を A^{(m)} と記すと云った言及を引き継いで (以上が、第275頁の記述、以下第276頁に入る)、更に、{A_{pq}}^{(m)} の余因子を {\vvec{A}_{pq}}^{(m)} とし (所謂 [ボールド体]、要するに [太字] になっていることに注意。以下同様に、フォントの太さに留意されたい)、余因子 {\vvec{A}_{pq}}^{(m)} からなる行列の行列式を \vvec{A}^{(m)} とする記号を導入した後で、行列式 \vvec{A}^{(m)} が行列式 A の冪乗の常数倍であることを証明して、式 (10)
\[
\vvec{A}^{m} = cA^{\mu}
\]
を導いている (第276頁)。

ここ迄は良い。

しかし、それに続いて、「(10) において, 指数 \mu を定めるには, 両辺の次数を比較すればよい.」(この次数は、行列式としての次数) として行っている計算が \mu つまり、余因子行列の行列式 \vvec{A}^{(m)} の行列式 A に対する指数ではなく、小行列式の行列の行列式 A^{(m)} の行列式 A に対する指数なのだ (ちなみに、c = 1 である)。

なぜなら、第276頁の下から4行目で、余因子の行列としての次数が n-m であることを踏まえて \vvec{A}^{(m)}=a^{(n-m)\nu} とすべき式を、\vvec{A}^{(m)}=a^{m\nu} としまっているからだ (ここで \nu=\binom{n}{m} は、小行列式行列と余因子行列双方の行列としての次数になっていることに注意)。

従って、第276頁の最終行で、行われている計算は、\mu= で始めっているものの、\mu を導き出すものではなく、m 次の小行列式から構成されるの行列の行列式 A^{(m)} が、行列式 A に対して有する冪乗の指数と云うことになる。

そして、この後、話の流れが切り替わってしまい。次頁の第277頁では、[定理8.21] として「n 次の行列式 A からの m 次の小行列式の行列式 A^{(m)}」が主題になっている 。

豆鉄砲を喰らった鳩になった気分で、サブセクション5の内容をチェックしながら読み進めて行くと、最後の最後で、そこにある式 (12) の確認がとれない。具体的には、右辺の A の指数 n(\nu - \mu)-m\nu が、出てこないのだ。

「何か、基本的な勘違いをしているのではないか」と云う思いが頭をかすめる。。。

しかし、叙述の混乱でこちらがミスリードされた思考の道筋をリセットして、原文を読み直してみると、こちらの理解が間違っているとは思えない。私の計算に拠るなら、A に係る指数は \binom{n-1}{m}-\mu でなければならない。そこで、改めて問題の指数を見てみると、n(\nu - \mu)-m\nu\binom{n-1}{m}-\mun 倍であることに気が付いた。

憶測するに、[代数学講義] の原稿段階において、式 (12) の、多項式としての「両辺の次数を比較」した際に、行列式 A の次数 n (A の要素は行列式ではなく、単純な変数なので、多項式としての次数と、行列としての次数が一致する) を相殺しないまま、最終の式に残してしまったのかもしれない。

蛇足ながら付け加えておくと。

その1
余因子行列の行列式 \vvec{A}^{(m)} の行列式 A に対する指数は、等式

\[
\vvec{A}^{(m)} = A^{\binom{n-1}{m}}
\]
で表される。

これに関連する等式
\[
\binom{n}{m} = \binom{n-1}{m-1} + \binom{n-1}{m}
\]
は、多分「高校数学」だろう。

その2
訂正後の式 (12) で \mu=0 と置くと、[蛇足その1] で示した余因子行列の行列式 \vvec{A}^{(m)} の行列式 A に対する指数の式が得られる。訂正前の n(\nu - \mu)-m\nu では、勿論そうはいかないが、n で割っ た (\nu - \mu) - \frac{m}{n}\nu\mu=0 を代入すると

\[
\nu - \frac{m}{n}\nu = \frac{m-n}{n}\binom{n}{m} = \binom{n-1}{m}
\]
が出てくる (表面上の違いを除けば [その1] と同じ計算)。

その3
書誌学的注意をしておくと、私は、たまたま、[代数学講義] の初版 (1930年。ただし、私のは1937年発行分) も所持しているが、この事案の箇所は、初版には存在しない。「改訂版」(1948年) 又は [改訂新版] (1965年) の段階で付加されたもののようである。

蛇足の蛇足
実は、[代数学講義](改訂新版) は、一度も通読したことがない。それでも、折に触れて手に取って、勉強している。自分に、代数学の地力が欠けていると痛感した時など、とりあえず関係している所を拡げてみる。具体的事例があるから、それを解いていくと、自分の思い込みの穴を見定めるのに丁度良いのだ。そして、錆びついた理解力にゴリゴリとヤスリを掛けられている気分は、心地よい。

何故、今、そうしたことをワザワザ書く気になったかと云うと、実は、彼の [解析概論] は今更読み返したいとは思わないことを言う必要があることに気が付いて、それとの「つり合い」を取りたくなったからだ。その一方で、私個人の、この気分の違いは、わざわざ一般化するほどの意味があるとは思えないと云うのも事実なわけで、まぁ、つまらないこどだ、と思いつつ、書くしかないことを、書いている自分がここにいたりする。

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