カテゴリー「読み物・書き物・刷り物」の542件の記事

2009年10月23日 (金)

メモ:河出文庫版 [お楽しみはこれもなのじゃ] (著:みなもと太郎) 所引の「満州国国歌」

漫画家みなもと太郎に [お楽しみはこれもなのじゃ--漫画の名セリフ] と云う傑作がある。これは、映画評論画文集として著名な、そしてやはり傑作である和田誠の [お楽しみはこれからだ--映画の名セリフ] の鮮やかなパスティーシュである一方で漫画の評論としても十分に成立していると云う、アッパレとでも言うしかない放れ業なのだが、ここで、その内容を論ずる余裕はない (ただ、一言当てずっぽうを言っておくと、[お楽しみはこれもなのじゃ] の成功には、日本の漫画には映画評論と同じ手法による批評を受け入れる素地があることが関係しているのだろう)。

ここで書き止めておくのは、[お楽しみはこれもなのじゃ] 中、「上田とし子 [フイチンさん]」からの引用である次の一節とその脚註とへの注意である:

「レンミン三チェンワン♪ レンミン三チェンワン♬ ういーぷ」
 なんのことかわからないのも道理で、これは中国語の歌なのであります*

*読者の手紙によって、これは旧満州国国歌らしいことが判明した。「人民三億人」の字をあてるとか……。(み)
--河出文庫版 [お楽しみはこれもなのじゃ] (1997年4月。東京。河出書房。ISBN4-309-47325-3) p.331
ここで「(み)」とあるのは、「みなもと太郎」の略。

「レンミン」は勿論「人民」でよい ([人民日報] は、ピンインでは "Renmin Ribao" と表記される) が、「三チェンワン」は「三億人」にはならないだろう。ここはごく自然に「三千万」と解釈すべきだ。因みに、「チェン」の方は兎も角も、「万(萬)」を、中国語で「ワン」と読むことは、麻雀牌の中に「萬」の字を印したものを「ワンズ」と呼ぶことがあるから、知っている人も多いだろう。

それに、1930年代から1940年代にかけて、中国東北部の人口が「三億人」であったとは到底思えないから、その点からも「人民三億人」は本当らしくない。

そう思って、ネットを検索してみたら、簡単にウィキペディアの [満州国の国歌] と云う記事を見つけた。それによると、「満洲国の国歌は、国務院佈告として正式に制定された二曲があり、その前にも国歌の為に製作された一曲がある」そうだが、「正式に制定された二曲」のうちの一曲め (国務院佈告第4号により1933年2月24日制定) に「人民三千萬人民三千萬」と云うくだりがあるのだ。この「国歌」(作詞:鄭孝胥。作曲:高津敏・園山民平・村岡楽童) は、「軽快な旋律が中国的な印象を与え、日本語の歌詞がないにもかかわらず、日本人に親しまれた」由。

ついでに、検索していて見かけた記載中から、上記に関連する次項を補足すると、ウィキペディアの [満州国] によれば「1934年の初めの満洲国の人口は3088万人、1世帯あたりの平均人数は6.1人、男女比は122:100と推定されていた」とのこと。また、YouTube に音源「満州国国歌」がある。

なお、[お楽しみはこれもなのじゃ] には、私が持っている河出文庫版の他に、立風書房版 (1991年) と角川書店版 (2004年) があるらしいが、私は未見。

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2009年10月13日 (火)

メモ:泡坂妻夫「宝引の辰 捕者帳/幽霊太夫」所引の「小唄」

文春文庫版 [宝引の辰 捕者帳 「凧をみる武士」] (泡坂妻夫著。1999年8月。東京都。文藝春秋。) 所収の [幽霊太夫] 中に次のような一節がある:

どこからともなく聞こえてくる三味線は小唄で、
君がこぬとて枕をなげそ  なげる枕にとがもなや
--文春文庫 [凧をみる武士] p.82

「小唄」は、[捕者帳] と云う時代設定からいうと「端唄」の方が馴染みそうだが、これは細かい詮議だてをしても始まらない。

それよりも、問題は「枕をなげそ」のほうだ。「枕をなげそ」では日本語にならない。これは「枕をななげそ(枕をな投げそ)」とするか、七音にするために格助詞の [を] を取り去って「枕ななげそ(枕な投げそ)」とすべきところだ。

副詞の「な」と終助詞の「そ」とで動詞を挟んで穏和な禁止表現とするのは、日本語古典文法を幾らか学んだ者なら、誰でも知っているだろうから、これ以上くだくだしい説明はしない。

文春文庫版のオリジナルは日本放送出版協会が1995年5月に発行したものらしい。こちらの方は、私は未見である。

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2009年8月14日 (金)

メモ:岩波書店 [ランダウ・リフシッツ統計物理学第2版 上]第1章第7節「エントロピー」中の或る訳語に付いて。ついでに第3版で1パラグラフ講読

昔買ったままでホッタラカシにしていた本を引っ張り出してきて読むと云うことを最近続けいてる。内容は、このブログと同様、極めて雑多なのだが、基本的には、手軽に読める本を選んでいる。ところが、何を読んでいても、極単純である筈のことに引っ掛かりたり、つまらないことでも一応確認したくなったりして、スグに行き詰まって止まってしまうのだ。

「読むのに抵抗を感じなかった書物は、読むに値しなかった書物だ」とは言っても、「頓挫」だからねぇ。自分のリテラシのなさを嘆くばかりだ (話がトッ散らかりそうだが、付け加えておくと、「読むのに抵抗を感じさせない」ことが、重要な要素になる文章作品もある。例えば、理念としての「エンターテインメント文学」がそれだ。その他、記録、報告、取扱い説明書、法規なども、表現自体に限れば、同様だろう。これらは、どれも基本的には [読者/利用者] に考え込ませたり、文意の判断に迷わせたりしてはならない。もっとも、私は、エンターテインメント文学を読んでいてさえ、素直に読み進めないことが大半であって、「読者失格」と言える)。

先日も、[ランダウ・リフシッツ統計物理学第2版 上] (岩波書店。東京1966年)を読み始めたのだが、どうも読みづらい。しかし、それは翻訳文には有りがちの「読みづらさ」(これは「読むに値する」かどうかには余り関係ない)と思えたのが半分、また [ランダウ・リフシッツ理論物理学教程] の他の巻 ([力学] と [場の古典論]) を、かって少しばかり読んだ際に出だしが取っ付きにくかった記憶があるので、[統計物理学] の場合も、それと同様なのだろうと思えたのが半分あったので、我慢して読み進めていった。だが、第1章第7節の、次の一文まで読んだ時に、強い違和感を感じて、頭の上に大きな疑問符が沸いて出てくるのが自分でもわかった。

そうするために, 考えている系は, ある仮想的な非常に大きな系の小さい部分とだけ相互作用をしているものと考えよう. (後者の系はこの意味で恒温槽とか熱浴とかいわれる.)
--[ランダウ・リフシッツ統計物理学第2版 上] (岩波書店。東京1966年) 第1章第7節 p.32 ll.13-14

その疑問符は、続きを読んですぐ破裂しまった。前後矛盾しているのだ。

恒温槽は完全な平衡にあるものとしよう. その際に, 考えている系 (今のばあいは恒温槽の閉じていない部分系であるが) の平均エネルギーは, ほんとうのエネルギー値 E_0 にちょうど等しいようになっているものとする.
--[ランダウ・リフシッツ統計物理学第2版 上] (岩波書店。東京1966年) 第1章第7節 p.32 ll.15-18

つまり、「考えている系」が、前の文では「恒温槽」の外、後の文では「恒温槽」の内にあることになっている。

それまでの流れから判断すると、前の方が可訝しいと思えたが、それはあくまでも印象であって、「ある程度確実なことは、原文を見てからでないと何とも言えない」と云うのが、その時の私の感想だった。だが、生憎、ロシア語原書は手元になかったのだ。

しかし、その後、ロシア語サイト www.eknigu.org で [ランダウ・リフシッツ統計物理学] のロシア語原書の djvu コピーを見つけた。"Л. Д ЛАНДАУ и Е. М. ЛИФШИЦ, ТЕОРЕТИЧЕСКАЯ ФИЗИКА ТОМ V, СТАТИСТИЧЕСКАЯ ФИЗИКА, ЧАСТЬ 1, ИЗДАНИЕ 3-е" というものだ (前記のサイトは、文書へのアクセスと云うかダウンロードと云うか、が、素直にできないようなのであるし、また著作権上の問題が無しとしないので、文書への直接リンクは張らない)。

でも ИЗДАНИЕ 3-е... って「第3版」だね (ちなみに、"ЧАСТЬ 1"/「第1部」とあるが、「第2部」は「理論物理学教程」に第9巻として収められている)。

困った...。第2版の訳文の翻訳品質を、原書第3版に基づいて喋喋するのは、疝気筋と云うものだろう。

だが、何も書けないと云う訣のものでもあるまいと思い返して書くことにした。以下の話はその程度のものだと思って、読み流されたい。

で、まぁ、怪しそうな「そうするために, 考えている系は, ある仮想的な非常に大きな系の小さい部分とだけ相互作用をしていると考えよう. (後者の系はこの意味で恒温槽とか熱浴とかいわれる.)」の対応原文を第3版から探してみると:

Для этого представим себе, что рассматриваемая система является в действительности лишь малой частью некоторой воображаемой очень большой системы (о которой в этой связи говорят как о термостате).--p.41 ll.29-32
そうするために、或る巨大な系を仮想して、ここで考察されている閉鎖系が、実は、そうした巨大な系の小さい一部分に過ぎなかったのだと想像してみよう (こうした関係にあるような巨大な系は恒温槽と呼ばれる)。

つまり、「相互作用をしている」とは書かれていない。

鍵となるのは действительности と云う単語である。これは、「現実」「実際」を意味する女性名詞 действительность の前置格形で、連語 "в действительности" として「実際には」「現実には」の意味となるが、この仮想の構成を叙述している文脈では、「実は...だった(と仮想する)」といった表現に訳すのが適当なところだ。

第2版の原文がどのようなものであったのか、調べが着いていないが、この文を含むパラグラフの第2版の訳文と第3版の原文を比べると、原文段階でも第2版と第3版との間には、全体として変化が無かったろうと思われる。恐らく、第3版の "в действительности" に相当する部分に、第2版原文では「相互作用」を意味する文言が使われていたか、或いは、第2版の翻訳者が、何らかの理由で "в действительности" に「相互作用をしている」と云う誤った訳語を当ててしまっただろう。

「相互作用」と云うと взаимодействие (中性名詞) ぐらいの言葉になりそうで、この単語から「相互の」を含意する接頭辞 взаимо- とった中性名詞 действие には勿論「作用」と云う意味がある訣だが、この単語は確かに действительности の前半に字面が重なっている。あるいは、ここら辺が、ロシア語原書段階か、和訳段階か、不明ではあるけれども、間違いの原因であったかもしれない。

ここで、自分の迂闊さを告白せねばならないが、上のようなことで、ジタバタと調べものをしたり、考え込んでいたりしている間、暫く、第3版の日本語訳が出版されている可能性に思い至らなかった。そして、それは実際に出版されていたのだ。勿論、「暫く」した後には気が付いたので、機会を見つけて、少少遠方の図書館に行き、問題の箇所を確認してみると:
そうするために, 考えている系はある仮想的な非常に大きな系のほんの小さな部分にすぎないと考えよう. (この仮想的な系はこの意味で恒温槽といわれる.)
--[ランダウ・リフシッツ統計物理学第3版 上] (岩波書店。東京1980年 ISBN-10: 4000057200 ISBN-13: 978-4000057202) 第1章第7節 p.33 ll.17-18

直っているね。一件落着。

上記の説明では、文脈の大きな流れが見えづらいかもしれないので、それをもう少し明らかにするために、問題の文を含むパラグラフの、岩波訳第2版訳文と第3版訳文とを並記しておく。

エントロピーの定義のしかたを明確に理解するためには, 次の事情に注意することが肝要である. 完全な平衡にある閉じた系 (その全エネルギーを E_0 であらわすことにする) のエントロピーは, 系を部分系に分割しなくても, 直接に定義することもできるのである. そうするために, 考えている系は, ある仮想的な非常に大きな系の小さな部分とだけ相互作用をしているものと考えよう. (後者の系はこの意味で恒温槽とか熱浴とかいわれる.) 恒温槽は完全な平衡にあるものとしよう. その際に, 考えている系 (今のばあいは恒温槽の閉じていない部分系であるが) の平均エネルギーは, ほんとうのエネルギー値 E_0 にちょうど等しいようになっているものとする. そうすればわれわれの系に対して, そのすべての部分系に対するのと同じ形の分布関数をあてがい, この分布関数をつかって統計的重み \Delta\Gamma を, さらにそれからエントロピーを, 部分系に対してつかったのと同じ公式 (7.3-12) をつかって直接に定義することができる. 恒温槽の存在の影響が, われわれの系の個々の小部分 (部分系) の統計的性質に現れないことは明らかである. 小部分は恒温槽がなくとも閉じてはおらず, 系の残りの部分と平衡にあるのである. それゆえ, 恒温槽の存在はこれらの部分の統計的重み \Delta\Gamma_a を変えることはなく, たったいま示したようなぐあいに定義された統計的重みは (7.13) の積の形の以前の定義と一致するであろう.
--[ランダウ・リフシッツ統計物理学第2版 上] (岩波書店。東京1966年) 第1章第7節 p.32 ll.10-26

エントロピーの定義のしかたを明確に理解するためには, 次の事情を念頭におくことが肝要である. 完全な統計的平衡にある閉じた系 (その全エネルギーを E_0 であらわすことにする) のエントロピーは, 系を部分系に分割するという手段に訴えなくとも, 直接に定義することもできる. そうするために, 考えている系はある仮想的な非常に大きな系のほんの小さな部分にすぎないと考えよう. (この仮想的な系はこの意味で恒温槽といわれる.) 恒温槽は完全な平衡にあるものとする. ただし考えている系 (今のばあいは恒温槽の閉じていない部分系であるが) の平均エネルギーは, エネルギーの真の値 E_0 にちょうど一致しているものとする. そうすればわれわれの系に対して, そのすべての部分系に対するのと同じ形の分布関数をあてがい, この分布をつかって統計的重率 \Delta\Gamma を, さらにそれといっしょにエントロピーを, 部分系に対してつかったのと同じ公式 (7.3-12) によって直接に定義することができる. 恒温槽の存在の影響が, われわれの系の個々の小部分 (部分系) の統計的性質に全く現れないことは明らかである. 小部分は恒温槽がなくとも閉じてはおらず, 系の残りの部分と平衡にあるのである. それゆえ, 恒温槽の存在はこれらの部分の統計的重率 \Delta\Gamma_a を変えることはなく, たったいま示したようなぐあいに定義された統計的重率は (7.13) の積の形の以前の定義と一致することになる.
--[ランダウ・リフシッツ統計物理学第3版 上] (岩波書店。東京1980年) 第1章第7節 p.33 l.14- p.34 l.5

ちなみにロシア語原文は以下の通り:

Для ясного понимания способа определения энтропии важно иметь в виду следующее обстоятельство. Энтропию замкнутой системы (полную энергию которой обозначим как E_0), находящейся в полном статистическом равновесии, можно определить и непосредственно, не прибегая к разделению системы на подсистемы. Для этого представим себе, что рассматриваемая система является в действительности лишь малой частью некоторой воображаемой очень большой системы (о которой в этой связи говорят как о термостате). Термостат предполагается находящимся в полном равновесии, причем таком, чтобы средняя энергия нашей системы (являющейся теперь незамкнутой подсистемой термостата) как раз совпадала с истинным значением энергии E_0. Тогда можно формально приписать нашей системе функцию распределения того же вида, что и для всякой ее подсистемы, и с помощью этого распределения определить ее статистический вес \Delta\Gamma, а с ним и энтропию, нэпосредственно по тем же формулам (7,3-12), которыми мы пользовались для подсистем. Ясно, что наличие термостата вообще не сказывается на статистических свойствах отдельных малых частей (подсистем) нашей системы, которые и без того не замкнуты и находятся в равновесии с остальными частями системы. Поэтому наличие термостата не изменит статистических весов \Delta\Gamma_a этих частей, и определенный только что указанным способом статистический вес будет совпадать с прежним определением в виде произведения (7,13).
--Л. Д ЛАНДАУ и Е. М. ЛИФШИЦ, ТЕОРЕТИЧЕСКАЯ ФИЗИКА ТОМ V, СТАТИСТИЧЕСКАЯ ФИЗИКА, ЧАСТЬ 1, ИЗДАНИЕ 3-е (НАУКА. МОСКВА 1976) p.41 l.24 (l.11 from the bottom) - p.42 l.13

以下、附録として、問題のパラグラフの読解を試みる。その構成は、原書第3版のセンテンス毎に、岩波第2版、岩波第3版、及び拙訳を並記し、その後に単語等を意味を列挙すると云う形式をとることにする。

Для ясного понимания способа определения энтропии важно иметь в виду следующее обстоятельство.
[岩波第2版]エントロピーの定義のしかたを明確に理解するためには, 次の事情に注意することが肝要である.
[岩波第3版]エントロピーの定義のしかたを明確に理解するためには, 次の事情を念頭におくことが肝要である.
[ゑ訳]エントロピー定義の仕組みを明確に理解するのには、以下に述べる事実を見て取ることが重要である。

  1. для:前置詞。生格支配。目的を表わす「...のために」。
  2. ясного:形容詞 ясный の中性生格形。「明解な」
  3. понимания:中性名詞 пониманияе の単数生格形。「理解」
  4. способа:男性名詞 способ の単数生格形。「方法」「やり方」。このセンテンスの鍵となる言葉なので、それなりの訴求力のある言葉を使って訳したほうが良い。「仕組み」と訳しておく。
  5. определения:中性名詞 определение の単数生格形。「確定」「定義」
  6. энтропии:女性名詞 энтропия の単数生格形。「エントロピー」
  7. важно:無人称述語。важно + 不定詞で「...は重要である」を意味する。
  8. иметь в виду:「考慮に入れる」ぐらいの意味らしいが、ここでは вид (男性名詞) が「見ること」「視野」の意味であることを踏まえて「見て取る」と訳したい。
  9. следующее:形容詞 следующий の中性対格形。「次の」
  10. обстоятельство:中性名詞 обстоятельство の単数対格形。「事情」「事実」

Энтропию замкнутой системы (полную энергию которой обозначим как E_0), находящейся в полном статистическом равновесии, можно определить и непосредственно, не прибегая к разделению системы на подсистемы.
[岩波第2版]完全な平衡にある閉じた系 (その全エネルギーを E_0 であらわすことにする) のエントロピーは, 系を部分系に分割しなくても, 直接に定義することもできるのである.
[岩波第3版]完全な統計的平衡にある閉じた系 (その全エネルギーを E_0 であらわすことにする) のエントロピーは, 系を部分系に分割するという手段に訴えなくとも, 直接に定義することもできる.
[ゑ訳]完全な統計的平衡状態にある閉鎖系 (その全エネルギーを記号 E_0 で表わすことにしよう) のエントロピーは、そうした閉鎖系を部分系に分割せずとも、直接確定することが可能なのである。

  1. энтропию:女性名詞 энтропия 「エントロピー」の単数対格形。
  2. замкнутой:形容詞 замкнутоый の女性生格形。「閉鎖的な」「孤立的な」
  3. системы:女性名詞 система の単数生格形。「体系」「システム」の意だが、この文脈では、単に「系」の語が当てられる。
  4. полную:形容詞 полный の女性対格形。「余すところのない」「完全な」
  5. энергию :女性名詞 энергия の単数対格形。「エネルギー」
  6. которой :関係代名詞 который 女性生格形。主文中の名詞・代名詞を先行詞として、それを引用する。
  7. обозначим :完了体動詞 обозначить 「記号・マークで表示する」の勧誘形 (語末の те は省略されている)。不活動体名詞対格支配。
  8. как :私の手持ちの辞書では確認できなかっが、「これを А と云う記号で表わすことにしよう」と云う意味で "обозначим его как А" などと書き表すのは普通に行なわれるらしい。
  9. находящейся :不完了体動詞 находиться 「(事物が)ある」の能動形現在女性生格形。
  10. в:前置詞。対格支配なら「...の中へ」、前置格支配なら「...の中に」「...の中で」
  11. полном:形容詞 полный の中性前置格形。
  12. статистическом:形容詞 статистический の中性前置格形。「統計(学)の」
  13. равновесии:中性名詞 равновесие の単数前置格。「平衡」
  14. можно:無人称述語。можно + 動詞不定形で「...できる」を意味する。一般的な可能を意味する場合には、主語は示されず、文は無人称文になる。
  15. определить:完了体動詞不定形。「確定する」「決定する」。確かに「定義する」と云う語義もあるが、「エントロピー定義」の仕組みを解明しようとする、この文脈にあっては「定義する」と云う訳語は、逆にそぐわないように思われる。
  16. и:接続詞。付加・強調を表わす言葉を導く。
  17. непосредственно:副詞。「直接的に」
  18. не:否定小詞
  19. прибегая:不完了体動詞 прибегать の副動詞形。прибегать к + 与格は伴って「(ある手段に)訴える」を意味する。
  20. разделению:中性名詞 разделение の単数与格形。「分割」
  21. на:前置詞。対格支配で「等価交換」を表わす。例文:менять крупные деньги на мелочь 「大金をくずす」
  22. подсистемы:女性名詞 подсистема の複数対格形。辞書では「下部組織」「サブシステム」と云う訳語が与えられているが、今の文脈では「部分系」

Для этого представим себе, что рассматриваемая система является в действительности лишь малой частью некоторой воображаемой очень большой системы (о которой в этой связи говорят как о термостате).
[岩波第2版]そうするために, 考えている系は, ある仮想的な非常に大きな系の小さな部分とだけ相互作用をしているものと考えよう. (後者の系はこの意味で恒温槽とか熱浴とかいわれる.)
[岩波第3版]そうするために, 考えている系はある仮想的な非常に大きな系のほんの小さな部分にすぎないと考えよう. (この仮想的な系はこの意味で恒温槽といわれる.)
[ゑ訳]そうするために、或る巨大な系を仮想して、ここで考察されている閉鎖系が、実は、そうした巨大な系の小さい一部分に過ぎなかったのだと想像してみよう (こうした関係にあるような巨大な系は「恒温槽」と呼ばれる)。

  1. этого:近称指示代名詞 этот の中性生格形。"Для этого" で「そうするために」の意味になる。
  2. представим:完了体動詞 представить 「提出する」の勧誘形。"представить себе" で「想像する」を意味する。完了体動詞の勧誘形は、個別的動作を勧誘する。
  3. что:接続詞。従属文を導く。
  4. рассматриваемая:不完了体動詞 рассматривать 「検討する」の被動形女性主格形。ただし、訳文中では、後続の文と揃えるために「検討」ではなく「考察」を使っている。
  5. система:これは、単に「系」と訳すよりも、何を指しているのかを明確にするために「閉鎖系」と訳した方がよかろう。
  6. является:不完了体動詞 являться の三人称単数現在形。造格を伴って「...である」を意味する。
  7. в действительности:「実際には」「現実には」。действительность は「現実」「実際」を意味する女性名詞。「作用」「影響」を意味する中性名詞 лействие とは別語。ちなみに тельность は「物質性」を意味する女性名詞。
  8. лишь:限定小詞。「...だけ」「...のみ」
  9. малой:形容詞 малый の女性造格形。「小さい」
  10. частью:女性名詞 часть の単数造格形。「(全体の)一部分」
  11. некоторой:不定代名詞 некоторый の女性生格形。「ある」
  12. воображаемой:形容詞 воображаемый の女性生格形。「仮想的な」。системы (生格形) に掛かっている。
  13. очень:副詞。「非常に」
  14. большой:形容詞 большой の女性生格形。「大きい」
  15. которой:関係代名詞 который の女性前置格形。主文中の名詞・代名詞を先行詞として、それを引用する。
  16. этой:近称指示代名詞 этот の女性前置格形。
  17. связи:女性名詞 связь の前置格。「関係」
  18. говорят:不完了体動詞 говорить 「語る」 の三人称複数現在。不定人称文になっている。"о + 名詞生格形 говорят как о + 名詞生格形" と云う表現は「『1番目の名詞』は、『2番目の名詞』と呼ばれる」ぐらいの意味らしい。"о которой говорят как о + 名詞生格形" といった形でも良く使われるようだ。
  19. как:接続詞。「...と同様に」「...として」
  20. термостате:男性名詞 термостат の単数前置格。手持ちの辞書では「自動温度調節器」・「サーモスタット」と云う訳語しか与えられていないが、ここはやはり「恒温槽」と訳すしかあるまい。

Термостат предполагается находящимся в полном равновесии, причем таком, чтобы средняя энергия нашей системы (являющейся теперь незамкнутой подсистемой термостата) как раз совпадала с истинным значением энергии E_0.
[岩波第2版]恒温槽は完全な平衡にあるものとしよう. その際に, 考えている系 (今のばあいは恒温槽の閉じていない部分系であるが) の平均エネルギーは, ほんとうのエネルギー値 E_0 にちょうど等しいようになっているものとする.
[岩波第3版]恒温槽は完全な平衡にあるものとする. ただし考えている系 (今のばあいは恒温槽の閉じていない部分系であるが) の平均エネルギーは, エネルギーの真の値 E_0 にちょうど一致しているものとする.
[ゑ訳]恒温槽は、完全な平衡状態にあるものとし、その上、我々が (今、恒温槽の開放部分系と見なして) 考察している系の平均エネルギーは、本来のエネルギー値 E_0 と丁度一致するようになっているものとする。

  1. предполагается:不完了体動詞 предполагать 「前提とする」「条件とする」の被動態 (受動態) 相当の動詞。三人称単数現在。訳としては「...(よう)になっているものとする」ぐらいだろう。
  2. находящимся:不完了体動詞 находиться の能動形現在男性造格形。「(人・事物がある状態に)ある」
  3. полном:形容詞 полный の中性前置格形。「完全な」「最大限に達した」
  4. равновесии:中性名詞 равновесие の前置格形。「平衡」
  5. причем:(причём) 接続詞。「その上」「しかも」
  6. таком: 指示代名詞 такой の中性前置格形。в 以下を受けている。"причем таком" で чтобы 以下を導く。
  7. чтобы:接続詞。未だ存在しない事態の実現への希望・必要・要求を表わす補語的従属文を導く (従属文中の動詞は過去形になる)。「...するような」「...するように」
  8. средняя:形容詞 средний の女性主格形。「平均的な」
  9. нашей:所有代名詞 наш の女性生格形。「(筆者・話者から読者・聞き手に向かって)いま私たちの問題[話題]になっている」「この」。訳文中では「我々が...考察している」としてある。
  10. являющейся:不完了体動詞 являться 「...である」(造格支配) の能動形現在女性生格形。日本語の流れとしては、「...と見なして」と訳した方が、文章がなだらかになるだろう。
  11. теперь:副詞 「今」
  12. незамкнутой:形容詞 незамкнутый 「開放した」女性造格形。
  13. подсистемой:女性名詞 подсистема の単数造格形。
  14. термостата:男性名詞 термостат の単数生格形。
  15. как раз:「丁度」
  16. совпадала:不完了体動詞 совпадать の過去女性形。с + 造格を伴って「一致する」の意味。
  17. истинным:形容詞 истинный の女性造格形。辞書では「真の」ぐらいの訳語が与えられている。しかし問題となっている部分系が、恒温槽中の他の部分系との相互作用によりエネルギーが揺らぐと云うのは仮想上の話なので、その「平均エネルギー」も作業概念である。したがって、それが問題となっている部分系の "истинным значением энергии" と一致すると云うことを日本語として言いたい時には「エネルギーの真の値」と云うより、問題となっている部分系 (本来は閉鎖系である) の「本来のエネルギー値」ぐらいに訳しておいたほうがよいだろう。
  18. значением:中性名詞 значение の単数造格形。「値」
  19. энергии:女性名詞 энергия の単数生格形。

Тогда можно формально приписать нашей системе функцию распределения того же вида, что и для всякой ее подсистемы, и с помощью этого распределения определить ее статистический вес \Delta\Gamma, а с ним и энтропию, нэпосредственно по тем же формулам (7,3-12), которыми мы пользовались для подсистем.
[岩波第2版]そうすればわれわれの系に対して, そのすべての部分系に対するのと同じ形の分布関数をあてがい, その分布関数をつかって統計的重み \Delta\Gamma を, さらにそれからエントロピーを, 部分系に対してつかったのと同じ公式 (7.3-12) をつかって直接に定義することができる.
[岩波第3版]そうすればわれわれの系に対して, そのすべての部分系に対するのと同じ形の分布関数をあてがい, この分布をつかって統計的重率 \Delta\Gamma を, さらにそれといっしょにエントロピーを, 部分系に対してつかったのと同じ公式 (7.3-12) によって直接に定義することができる.
[ゑ訳]このようにすると、我々が考察している系の個々の部分系と同一の形の分配関数を、我々が考察している系にも形式的に適用することが可能になるが、そうすると、この分配を用いることで、部分系に対して用いた式 (7.3-12) と同一の式を直接当て嵌めて、我々が考察している系の統計的重み \Delta\Gamma を決定し、そして更にそれから、我々が考察している系のエントロピーをも決定することが可能となる。

  1. тогда:副詞。「その場合は」「このようにすると」
  2. формально:副詞。「正式に」「公式に」「形式的に」。仮想上の議論をしているのだから「形式的に」と云う含意。
  3. приписать:完了体動詞の不定形。+ 対格 + 与格で「(...を...に)帰する」を意味する。
  4. функцию:女性名詞 функция の単数対格。「関数」
  5. распределения:中性名詞 распределение の単数生格形。「分配」
  6. того:定代名詞 тот の中性生格形。"тот же, что и" で「同一の」の意味になる。ただし "тот же" だけでも「同一の」を意味する。
  7. вида:男性名詞 вид の単数生格形。「外観」「状態」
  8. всякой:定代名詞 всякий の女性生格形。「各々」
  9. определить:完了体動詞不定形。「決定する」。
  10. ее:(её) 人称代名詞 она の生格。
  11. с помощью:前置詞相当の語句。生格を伴って「...を用いて」の意。
  12. статистический:形容詞 статистический の男性対格形。「統計(学)の」
  13. вес:男性名詞対格形。「重み」
  14. а:接続詞。「付加」「対比」「対照」「対立」を表わすが、ここでは「付加」だろう。
  15. ним:人称代名詞 он, она の造格。они の与格。
  16. нэпосредственно:副詞「直接的に」
  17. формулам:女性名詞 формула の複数与格形。「式」「公式」
  18. которыми:関係代名詞 который の複数造格形。定語的従属文を導く。
  19. пользовались:不完了体動詞 пользоватсь の過去複数形。+ 造格で「(自分の必要のために)利用する」の意味となる。

Ясно, что наличие термостата вообще не сказывается на статистических свойствах отдельных малых частей (подсистем) нашей системы, которые и без того не замкнуты и находятся в равновесии с остальными частями системы.
[岩波第2版]恒温槽の存在の影響が, われわれの系の個々の小部分 (部分系) の統計的性質に現れないことは明らかである. 小部分は恒温槽がなくとも閉じてはおらず, 系の残りの部分と平衡にあるのである.
[岩波第3版]恒温槽の存在の影響が, われわれの系の個々の小部分 (部分系) の統計的性質に全く現れないことは明らかである. 小部分は恒温槽がなくとも閉じてはおらず, 系の残りの部分と平衡にあるのである.
[ゑ訳]我々が考察している系の個々の小部分 (部分系) は、恒温槽が存在しなかったとしても、閉鎖しておらず、系の残りの部分と平衡しているから、恒温槽の存在が、我々が考察している系の統計的特性に影響を及ぼさないのは明らかである。

  1. ясно:副詞。「明確に」
  2. наличие:中性名詞主格形。「存在」
  3. вообще:副詞。「一般に」。ただし、連語 вообще не は「全然...でない」の意。
  4. сказывается:不完了体動詞 сказываться の三人称単数現在。на + 前置格を伴って「影響を及ぼす」の意。
  5. статистических:形容詞 статистический の複数前置格形。
  6. свойствах:中性名詞 свойство の複数前置格形。「特性」
  7. отдельных:形容詞 отдельный の複数生格形。「個々の」
  8. малых:形容詞 малый の複数生格形。「小さい」
  9. частей:女性名詞 часть の複数生格形。「一部分」
  10. которые:関係代名詞 который の複数主格形。
  11. без:生格支配の前置詞。"и без того" は、辞書では「それでなくてさえ」の訳が当てられているが、ここでは「恒温槽の存在が無かったとしても」と云うことだろう。
  12. замкнуты:形容詞 замкнутоый の短語尾複数形。「閉鎖的な」「孤立的な」
  13. находятся:不完了体動詞 находиться の三人称複数現在形。「(人・事物がある状態に)ある」
  14. равновесии:中性名詞 равновесие の前置格形。「平衡」
  15. остальными:形容詞 остальной の複数造格形。「残りの」
  16. частями:女性名詞 часть の複数造格形。

Поэтому наличие термостата не изменит статистических весов \Delta\Gamma_a этих частей, и определенный только что указанным способом статистический вес будет совпадать с прежним определением в виде произведения (7,13).
[岩波第2版]それゆえ, 恒温槽の存在はこれらの部分の統計的重み \Delta\Gamma_a を変えることはなく, たったいま示したようなぐあいに定義された統計的重みは (7.13) の積の形の以前の定義と一致するであろう.
[岩波第3版]それゆえ, 恒温槽の存在はこれらの部分の統計的重率 \Delta\Gamma_a を変えることはなく, たったいま示したようなぐあいに定義された統計的重率は (7.13) の積の形の以前の定義と一致することになる.
[ゑ訳]それ故、恒温槽の存在によって、これら小部分の統計的重み \Delta\Gamma_a が変わることはなく、上記に示された方法で定義された統計的重みは、以前の積 (7.13) の形での定義の場合に一致するのである。

  1. поэтому:副詞。「それ故」
  2. наличие:中性名詞主格形。「存在」
  3. не:否定小詞
  4. изменит:不完了体動詞 изменять 三人称単数現在形。生格を支配して「変える」の意。
  5. статистических:形容詞 статистический の複数生格形。
  6. весов:男性名詞 вес の複数生格形。「重量」「重み」
  7. этих:近称指示代名詞 этот の複数生格形。
  8. частей:女性名詞 часть「一部分」の複数生格形。
  9. определенный:完了体動詞 определить「定義する」の被動形過去男性主格形。
  10. только что:「たったいま」ぐらいの意味。つまり、部分系に分割しないで「統計的重み」を直接的に定義する仕方を指している。この文意からして、日本語表現としては「上記の/上記に」ぐらいに訳した方が良い。
  11. указанным:形容詞 указанный の男性造格形。「指定された」
  12. способом:男性名詞 способ の単数造格形。「方法」
  13. статистический:形容詞 статистический の男性対格形。「統計(学)の」
  14. будет:不完了体動詞 быть の三人称単数未来形。[быть の未来形 + 不完了体動詞不定形]は、その不完了体動詞の未来形を作る。
  15. совпадать:不完了体動詞不定形。с + 造格で、「...と同時に起こる」「...と合致する」の意味となる。
  16. прежним:形容詞 прежний の造格形。「以前の」
  17. определением:中性名詞 определениие の単数造格形。「定義」
  18. виде:男性名詞 вид の単数前置格。「外観」「状態」
  19. произведения:中性名詞 произведение の単数生格形。「産物」「積」

ここで、私の訳を一つにまとめておこう:

エントロピー定義の仕組みを明確に理解するのには、以下に述べる事実を見て取ることが重要である。完全な統計的平衡状態にある閉鎖系 (その全エネルギーを記号 E_0 で表わすことにしよう) のエントロピーは、そうした閉鎖系を部分系に分割せずとも、直接確定することが可能なのである。そうするために、或る巨大な系を仮想して、ここで考察されている閉鎖系が、実は、そうした巨大な系の小さい一部分に過ぎなかったのだと想像してみよう (こうした関係にあるような巨大な系は恒温槽と呼ばれる)。恒温槽は、完全な平衡状態にあるものとし、その上、我々が (今、恒温槽の開放部分系と見なして) 考察している系の平均エネルギーは、本来のエネルギー値 E_0 と丁度一致するようになっているものとする。このようにすると、我々が考察している系の個々の部分系と同一の形の分配関数を、我々が考察している系にも形式的に適用することが可能になるが、そうすると、この分配を用いることで、部分系に対して用いた式 (7.3-12) と同一の式を直接当て嵌めて、我々が考察している系の統計的重み \Delta\Gamma を決定し、そして更にそれから、我々が考察している系のエントロピーをも決定することが可能となる。我々が考察している系の個々の小部分 (部分系) は、恒温槽が存在しなかったとしても、閉鎖しておらず、系の残りの部分と平衡しているから、恒温槽の存在が、我々が考察している系の統計的特性に影響を及ぼさないのは明らかである。それ故、恒温槽の存在によって、これら小部分の統計的重み \Delta\Gamma_a が変わることはなく、上記に示された方法で定義された統計的重みは、以前の積 (7.13) の形での定義の場合に一致するのである。

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2009年5月10日 (日)

メモ:ファインマンとワインバーグのディラック記念講演 "Elementary Particles and the Laws of Physics: The 1986 Dirac Memorial Lectures"

ケンブリッジ大学出版局 (Cambridge University Press) から "Elementary Particles and the Laws of Physics: The 1986 Dirac Memorial Lectures" (Richard Phillips Feynman and Steven Weinberg, Cambridge University Press, 1987, ISBN-10: 0521340004, ISBN-13: 978-0521340007) と云う本が出版されている。

1984年10月Paul Adrien Maurice Dirac が亡くなると、かって彼がルーカス教授職 (Lucasian Professor of Mathematics) として教鞭を執っていたケンブリッジ大学 (University of Cambridge) は、彼の業績を讃えて、毎年記念講演を開催することにした。その第1回の講演者として招待されたのがリチャード・P・ファインマンスティーヴン・ワインバーグである。この本は、その講演に基づいている。

私が、購入したのは随分前 (1995年5月20日) に日本橋丸善でだったが、ハードカヴァ四六判(ぐらい)110ページほどのもので、「瀟洒な一冊」とでも言いたくなる。ジャケットも、臙脂色と言うべきか蘇芳色と呼ぶべきか、或いは単にワインレッドで良いのか知らないが、華やかながら落ちついていて結構おシャレだ。

勿論、私は「ジャケ買い」をした訣でない。第一、ジャケットフロントにはディラックのポートレートが印刷されていて、これが「ある意味恐い」。 恐ろしく聡明そうな、それでいて我々とは全く別の世界が見えているような目をしているのだ。彼は「詩を書く」と云うことが理解できなかったらしいが、なにか詩人のような印象を受ける。それどころか「幻視者」と云う言葉がツイ出てしまう (うん? 実は「ジャケ買い」してたかな?)。

ついでに書いておくと、ジャケットの折り返しにはファインマンとワインバーグのポートレートも掲げられているが、ファインマンは映画俳優のような、そしてワインバーグは実業家のような顔をしている(ワインバーグのことはさておき、ファインマンが「芸達者」だったことは良く知られている)。

買ってはみたものの、そのうち読もうとだけ思って、部屋のそこらへんに転がしておいてそれっきりだったのだが、最近、このブログでは物理学 (と言うか、量子力学) の話題が幾つか続き、それに関係する勉強もしたので、ついでに卒読してみた。

で、この記事を書き始めたのだが、第一稿作成がかなり進んだ段階で (正確には、"Dirac's scissors demonstration" 用の図を、自らの絵心の無さにウンザリしながら、inkscape で「描いたものの、出来が悪いので直そうとして手を入れたら、返ってひどくなり、諦めて最初から作りなおす」を繰り返していた途中に) "Elementary Particles and the Laws of Physics" に日本語訳 (「素粒子と物理法則―窮極の物理法則を求めて (ちくま学芸文庫)」) が存在することに気付いた。迂闊な話で、申しわけないが、後ればせながら「ちくま学芸文庫版」を購入してきた (と言うか、それしか知らないのだが、培風館から出ていたものの文庫化だそうな)。

とは言え、読んだばかりの英語版に不満は無かったので、日本語版の方は読む気が起こらなかった。購入直後に、図面を少し眺めただけで、原稿作成の泥沼に再び飛び込んでしまったのである。ただ、この記事の内容が既に周知化している可能性があるので (「独創的なこと」にこだわる趣味はないから、周知化していても、それだけなら一向に構わないのだが、周知化していると云う事実に無知なのは、さすがに恥づかしい)、第一稿完成後、その点をチェックするため、この記事で扱っている箇所と対応する部分だけザッと読んでみた。結局、訳本に就いてしたのは、それだけである。従って、この記事では、ちくま学芸文庫版の翻訳品質を論ずるつもりはない。ただし、行き掛かり上、以下に論じた箇所の、ちくま学芸文庫版での対応箇所のページ・行番号だけは、追加記入していくつもりである。
--第一稿完成後、推敲前の付加記入。

まず全体の印象を述べておくなら、ファインマンの講演 "The Reason for Antiparticles" (「反粒子の存在理由」と謂ったところか) の方が、ワインバーグの講演 "Towards the final laws of physics" (「物理学の最終法則へ向かって」) よりも断然面白かった。(ちくま学芸文庫版では、それぞれ「反粒子はなぜ存在するのだろうか」と「究極の物理法則を求めて」になっている。)

これは、題材にもよっている。ファインマンが、特殊相対論と量子力学の結合が、必然的に反粒子の存在を要請すると云う、陽電子の存在を予言したディラックの記念講演としては、これ以上ないほど適切な素材を扱い、そして、一応出来上がった理論の総括として、ミンコフスキー空間を舞台にして見晴らしの良い議論ができたのに対し、ワインバーグは、一般相対論と量子力学の最終的統合をめざす一つの試みとして誕生した直後であった超弦理論 (superstring theory) の紹介を行なっているからだ (ワインバーグは講演の中で "string theory" と呼んでいる。当時、「弦理論」の欠陥を克服するものとして超双対性を取り入れた「超弦理論」が提唱され始めた頃だった筈だが、現在では「超弦理論」と呼ばずに、ステップバックして「弦理論」とだけにすることも多いようだ。「膜 (Membrane)」の登場で、「超双対性」は当たり前になったと云うことか。以下、この記事では、基本的には「弦理論」と呼ぶことにする)。 その極めて高度な数学的道具立てもあって、ワインバーグは、「弦理論」の内容の紹介というより、その存在の紹介をすることから余り進んでいない。

実際、当時は、脚註の中で指摘されているように "There are about a half-dozen string theories,..." 「半ダースほどの弦理論が存在する」(p.104 ちくま学芸文庫版 p.116) 状況だった。その解決策として エドワード・ウィッテン が、5つの「超弦理論」を纏める「M理論」(M-theory) を提唱したのは1995年のことである。

そして、多分に謙遜もあるだろうが、ワインバーグは、このように述べている。

The inventors of this theory, and those like myself who are not one of the inventors of the theory but are desperately trying to catch up with it, are now working to try and learn how to solve these theories so that we can find out what these theories say at ordinary energies and see whether they agree with the standard model.
--"Elementary Particles and the Laws of Physics" p.105 ll.14-20
参考: ちくま学芸文庫「素粒子と物理法則」p.117の4-9行
この理論の発明者達や、私自身を含めて、発明者でなくても死に物狂いでこの理論の発展に追い付こうとしている者たちは、現在、こうした理論が通常のエネルギー領域において如何なる結果を与えるかを見出だし、それが標準モデル理論と合致するかどうかを検証しようとして、理論の解明に努力しているところです。

しかし、"The Reason for Antiparticles" の方が面白いのは、単に題材の差だけが理由ではない。やはりファインマンは、講演においても素晴らしく「芸達者」なのだ。彼は、どうしたら、聴衆の興味を引きつけるような核心を速やかに提示し、その興味を持続させ、そして発見の喜びを与えることできるかを知っていた。

多人数を相手に授業する講壇型の教育者は、「芸人」としての資質を持たねばならないのだが、ファインマンは、確かにスタンダップ・コメディアンの資質を持っていたようだ。私は、この講演録を読んでいて、「ここでシッカリ笑いを取っただろうな」と思った箇所が二・三 (或いはもっと?) あった。

しかも伝えるべきことはしっかりと伝えている。何を伝えねばならないかを明確に意識しているからだ。それは、"The Reason for Antiparticles" の中で、その内容をファインマン自身が的確に要約しているからもうかがえる。

Summary
We've gone a long distance in great detail, but the basic ideas are the things to remember. Here's how it went. If we insist that paticles can only have positive energies, then you cannot avoid propagation outside the light cone. If we look at such propagation from a different frame, the paticle is traveling backwards in time: it is an antipaticle. One man's virtual paticle is another man's virtual antipaticle. Then, looking at the idea that the total probability of something happening must be one, we saw that the extra diagrams arising because of the existence of antiparticles and pair production implied Bose statistics for spinless paticles. When we tried the same idea on fermions, we saw that exchanging particles gave us a minus sign: they obey Fermi statistics. The general rule was that a double time reversal is the same as 360°rotation. This gave us the connection between spin and staticstics and the Pauli exclusion principle for spin \frac{1}{2}. That contains everthing, and the rest was just elaboration.
--"Elementary Particles and the Laws of Physics" p.54 l.3 from the bottom - p.55 l.8
参考: ちくま学芸文庫「素粒子と物理法則」p.68下から7行目 - p.70の6行目
要約
多くのことを非常に詳しく検討してきましたが、基本的なアイディアは覚えておいて頂きたい。それは、このようなものでした。粒子が正のエネルギーだけを持ちうるとするなら、我々は、光錐の外側に粒子が伝搬することを認めざるをえません。こうした伝搬では、粒子が、時間軸を逆方向に進むように見えるような別の座標系が存在します。これが反粒子です。ある観測者にとって粒子に見えても、別の観測者にとっては反粒子に見えることがあるのです。ここで、何かが起こると云うことの全確率は1にならねばならないと云う考え方を受け入れる限り、反粒子および対創成の存在のため余分に増える図形が存在すると云うことは、スピン・ゼロの粒子がボーズ統計に従うことを意味します。同じ考え方をフェルミ粒子に適用してみると、粒子の交換が、符号逆転を導き出すことが分ります。つまり、フェルミ粒子は、フェルミ統計に従う訣です。時間軸の逆転を2度することは、360度の回転と同じことだと云うのは一般的規則ですが、これにより、スピンと統計とが結び付き、またスピン \frac{1}{2} に対するパウリの排他原理が得られます。以上のことだけが、この講演の核心であり、それ以外のことは「細かいところの仕上げ」に過ぎなかったのです。

付言するなら、ここでファインマンは、自分が、話題を、スピン・ゼロとスピン \frac{1}{2} の場合に限っていることを明示的に認めている。ここらへんに、私などはファインマンの科学者としてのセンスの良さ、あるいは bon sens を感じてしまう。

これに対しワインバーグも "Towards the final laws of physics" の中で、「ジョーク」を試みてはいるのだが、これが「本人はジョークのつもり」程度のものでしかない。「前置き」も長すぎるし。。。まぁ、そうでもしないと、「尺が稼げない」ところがあったのかも知れないが、「面白くて為になる」講演ができない言い訣みたいになってしまっている。

しかし、ワインバーグも可哀想で、講演の準備中に主催者側から「量子力学の初歩を勉強中の学部学生に分かるレベルで」と云う注文を承けていたらしいのだ (p.67 ll.4-6 ちくま学芸文庫版 p.80の9-11行)。当時 (あるいは現在もかも知れないが)、形成途上にある理論を「解かりやすく」説明させようなどと云うのは無茶な話だ。だから、そんなことは無視してしまって、最初から「何だか分からないけど、或いは、何だか分からないから、面白いこと」を話せば良かったのだが、ワインバーグは結構それに囚われたのかもしれない。読んでいて、私は、多分、ワインバーグは「マジメ」人間なのだろうと思ったのだった。

余談だが、ファインマンは、大学の学部新入生に説明できないような話題は、十分に解明できたとはいえないと考えていたらしい。そういった意味では、「解明途上」の弦理論など、ワインバーグであろうとなかろうと (例えばファインマンでも。もっとも彼は「弦理論」に反発していたらしいが)、その audience に「理解」させようとしても無理なので、ワインバーグは「理解」にこだわる必要はなかったのだが、やはり性格なのかもしれない。ちなみに、ディラック御大の方は、講義をしても、学生が理解できたかどうかについて興味が無かったらしいから、人さまざまだ。

以下、"Elementary Particles and the Laws of Physics" を読んでいる途中に気付いたコマゴマとしたことを纏めておく。

取り敢えずは正誤表を作っておこう。

"Elementary Particles and the Laws of Physics" 正誤表
Richard P. Feynman "The Reason for Antiparticles"
p.7, Fig.1(b)
Elementary Particles and the Laws of Physics.  p.7 Fig.1(b) Elementary Particles and the Laws of Physics.  p.7 Fig.1(b) corrected

備考: p.5 ll.3-4 (ちくま学芸文庫版 p.16下から7-6行) に "Now suppose that there are two disturbances, one at time t_1 and another at a later time t_2,..."「ここで、2つの擾乱が、一方はある時刻 t_1 に、他方は、それよりも遅い時刻 t_2 に起こったとしよう・・・」とあるから (\mathbf{x}_1, t_1) = x_1(\mathbf{x}_2, t_2) = x_2 とを交換する必要がある。

参考: ちくま学芸文庫「素粒子と物理法則」p.18 図1

p.18, l.1

\begin{eqnarray*}
1 = |5a + 5b + \cdots|^2 + \\
\qquad |5c + \cdots|^2 + \cdots
\end{eqnarray*}
1 = |5a + 5b + \cdots|^2 + |5c|^2 + \cdots

備考: 引用した式は、原文では1行に書かれている。省略のリーダー (・・・) が1組多すぎるのは一目で分かる。そこで、式と第5図 (p.17 ちくま学芸文庫版 p.28) を対照してみると、真空-真空過程である第5a図と第5b図は確率振幅を足し合わせてから絶対値の平方を取らねばならないから、元のままでよいが、第5c図に対応する対創成は運動量の違いに応じて全て区別のつく過程だから、確率振幅の絶対値平方を足し合わせねばない。つまり、2番目のリーダーは不要である。

これを踏まえるなら、式は更に

1 = |5a + \sum\limits_{p, q}5b|^2 + \sum\limits_{p, q}|5c|^2

と書き直した方が良いと思われる。

参考: ちくま学芸文庫「素粒子と物理法則」p.29 下から3行目

p.19 Fig.7(d)
Elementary Particles and the Laws of Physics.  p.19 Fig.7(d) Elementary Particles and the Laws of Physics.  p.19 Fig.7(d) corrected

備考: 他の図形に揃えて、頂点を表わす白抜きの丸を付けるべき。 そのついでに、created with Inkscape \sum\limits_{p, q} ? の位置を動かした方が良いだろう (created with Inkscape \sum\limits_{p, q} ? の位置に就いては、Fig.7(f) に対しても、同じことが言える)。

参考: ちくま学芸文庫「素粒子と物理法則」p.30 図7(d)

p.34 l.2
(17) (16)

備考: 引用した式番号が間違っている。

参考: ちくま学芸文庫「素粒子と物理法則」p.47 下から6行目

p.34 l.2 from the bottom
(7) (9)

備考: 引用した式番号が間違っている。

参考: ちくま学芸文庫「素粒子と物理法則」p.48の7行目 (訂正済み)

p.39 Fig.11
Fig.11(a)
(E_a, \mathbf{Q}_a), a (E_a, \mathbf{Q}_a), \mathbf{a}
Fig.11(b)
(E_a, \mathbf{Q}_a), -a^\ast (E_a, \mathbf{Q}_a), -\mathbf{a}^\ast

備考: 光子の偏光 (polarization) は、本文に従ってボールド体で表記すべき。

参考: ちくま学芸文庫「素粒子と物理法則」p.52 図11 (訂正済み)

p.52 l.5 from the bottom
But notice that if the charge q were not quantized, at a multiple of \hbar/2\mu, But notice that if the charge q were not quantized at a multiple of \hbar/2\mu,

備考: 単純なパンクチュエーションミス ("quantized" と "at" との間のカンマが余計)。ちなみに、この講演では、冒頭 (第4ページ下から7行め) で \hbar = 1 として計算を初めてから、それを踏襲してきていたが、この式が含まれる "MAGNETIC MONOPOLES, SPIN AND FERMI STATISTICS" のセクションでは、記号 \hbar が復活している。

参考: ちくま学芸文庫「素粒子と物理法則」p.66 下から9-8行 (原文の余分なカンマは無視されている)

Steven Weinberg "Towards the Final Laws of Physics"
p.64 l.9
whey when

備考: 単純なタイプミス。

参考: ちくま学芸文庫「素粒子と物理法則」p.77 下から7行目 ("when" として訳してある)

p.87 l.2
[\mbox{mass}]^{-\beta_1} [\mbox{mass}]^{\beta_1}

備考: 式 (4) が成立するためには、\beta_1 の前のマイナス符号は取らねばならない。

参考: ちくま学芸文庫「素粒子と物理法則」p.98 下から3行目

p.87 l.3
[\mbox{mass}]^{-\beta_2} [\mbox{mass}]^{\beta_2}

備考: 式 (4) が成立するためには、\beta_2 の前のマイナス符号は取らねばならない。

参考: ちくま学芸文庫「素粒子と物理法則」p.98 下から3行目

その他に気付いたことを書いておく。

"Elementary Particles and the Laws of Physics" メモ
Richard P. Feynman "The Reason for Antiparticles"
p.1 l.2 from the bottom

第1ページの末尾3行には

Dirac with his relativistic equation for the electron was the first to, as he put it, wed quantum mechanics and relativity together.

と云う箇所がある。この "as he put it" は、「彼 (Dirac) の言い方に従えば」ぐらいの意味と捉えるのが一番自然なのだが、実際、Dirac がこうした言い方をしたかどうかは、確認できなかった。それはそれとして、この挿入文は、"wed" (結びつける) の使い方が独特だとファインマンが感じたことを表わしているが、私には、それほど変わった言い回しとは思えない。或いは、ディラックとしては珍しいと云うことなのかもしれない。

そう言えば、ディラックと云う人は、どうやら "girl shy" だったらしい。ガモフに、ご婦人の顔を今までで一番間近で見たのはどのくらいの距離であったか、尋ねられた際に、両手を2フィートほど拡げて、「このくらいの近さだったね」と答えたり、ディラックが結婚した後、その事実を知らなかった友人が、たまたまディラックの家に立ち寄った際、自分の妻を「こちらは、えーっと、ウィグナー (ユージン・ウィグナー/Eugene Wigner)の妹さんです」と紹介した (正確には "This is Wigner's sister, who is now my wife" と言ったらしい) と云う逸話があるのだ。

これに対しては、ファインマンは、「麗しい女性が音楽にのせて踊りながら着衣を一枚ずつ脱いでいく芸能 (だと思う。実態は良く知らない)」の大ファンで、そうした「小屋」に入り浸っていたと云う。そうしたファインマンからすれば、「結びつける」と云う意味で "wed" を使うのは、ディラックらしくないと、思えた可能性はある。

しかし、こうしたことは全て憶測に過ぎない。

或いは、この "wed quantum mechanics and relativity together" は、ディラックとファインマンとの会話の中で出てきたのかもしれない。実際、"Elementary Particles and the Laws of Physics" p.2 (ちくま学芸文庫版 p.12) には、正に二人が何やら話し合っているらしい姿のスナップショット写真が掲載されている。

参考: ちくま学芸文庫「素粒子と物理法則」p.14の3-4行

p.16, l.9

第16ページ第9行-第10行 に

We get the correct answer, but for the wrong reason.

とあるが、私なら "get" は --got-- とする。

参考: ちくま学芸文庫「素粒子と物理法則」p.27の6-7行

p22., l.11-8 from the bottom

第22ページ下から11行目-8行目に

The fact that the amplitude is to be added when two identical particles going A, B to A^\prime, B^\prime arrive A to B^\prime and B to A^\prime instead of A to A^\prime and B to B^\prime, seems very natural,...
A及び BからA^\prime及びB^\primeへと進む2つの同等な粒子が、AからA^\primeへと行き、BからB^\primeへと行く代わりに、AからB^\primeへと行き、BからA^\primeへと行く場合の振幅も加え合わされるべきであると云うことは、極めて自然に見えます。

とある (この "when" には「譲歩」つまり、「...であっても」と云うニュアンスがある)。

これは文法的・語法的に言って首を傾げたくなる文章だが、言いたいことは良くわかる。それに、「正しい」文章にしようとすると、廻りくどくなって返って分かりづらくなる可能性が無しとしない。ただ、この "arrive" の使い方は如何なもんだろうとは、やはり思うのだ。

参考: ちくま学芸文庫「素粒子と物理法則」p.34 ll.8-12

p.22, l.4 from the bottom - p.23 l.2

第22ページ下から4行目から第23ページ2行目の文章

Again, if particles arise from the quantization of a classical field (such as the electromagnetic field, or the vibration field of a crystal) the correspondence principle requires Bose particles if intensity correlations are to be correct, such as in the Hanbury Brown Twiss Effect.

とある。

冒頭の "Again" は「(上述の議論を) 再度適用すると」の含意。訳すとしたら「同様にして」。また、第2語の "if" (1番目の "if") には、譲歩のニュアンスがある。日本語にすると「...の場合でも」ぐらいになる。

"the correspondence principle" の "the" は、指示的な意味合いが強いので、訳すとしたら「この」ぐらいになるだろう。ただ "correspondence" が意外と訳しづらい。"correspondence" と云うと、通常「対応」と訳される。実際、量子力学で "correspondence principle" と言うと、ボーアの対応原理 "Bohr's correspondence principle" を指すのが普通だろう。

しかし、この場合はそうではない。(先回りして言ってしまうならボース統計に従う)同一種粒子の体系に起こる過程の確率振幅計算にあっては、粒子を入れ換えた各事象の確率振幅を加算しなければならないと云う「原理」を指している。これが、量子化される以前の古典的な場が変わっても、量子化後の粒子がボソンであるなら、やはり「対応する」(と言うか、「同じ」と言ってしまっても良いような気がするがするが)「原理」が成立すると言うことなのだ。従って、"correspondence" は敢えて訳す必要はないと思う

更に、2番目の "if" 以下は、"be + 不定詞句" と相俟って、目的を表わす副詞節になっている。従って、全体は次のような意味なる (「ハンベリ・ブラウン・トゥイス効果 (Hanbury Brown Twiss Effect)」に就いては次項参照):

同様にして、(電磁場とか、結晶の振動場とかの) 古典的場の量子化に由来する粒子の場合でも、ハンベリ・ブラウン・トゥイス効果に見られるような強度相関を正しく成立させようとするなら、この原理によって、そうした粒子はボース粒子でなければならないのです。

ここで「電磁場」が、例として挙げられているのはヤヤ不審。また、この議論では、暗黙のうちに、話題が正の強度相関に限定されている。

参考: ちくま学芸文庫「素粒子と物理法則」p.34 下から9-4行

p.23, l.2

第23ページ2行目には such as in the Hanbury Brown Twiss Effect (ハンベリ・ブラウン・トゥイス効果) とあるが、このHanbury Brown Twiss Effect (HBT) に就いては、英文版ウィキペディアの該当項目、及び "Hanbury-Brown and Twiss-type experiments in electronic devices" (Stefan Oberholzer, Institut für Physik, Universität Basel, 6. December2005) を参照。

光子の場合で言い表すと、熱的光源から発せられる光の強度を1対の検出器で測定した場合に得られる、1対の強度測定値の揺らぎの間には、(光子はボソンであるため) 正の相関があると云う現象のことである (R. Hanbury Brown and R. Q. Twiss, "Correlation between photons in two coherent beams of light", Nature 177/1956, pp.27-29)。

この効果は、Robert Hanbury BrownRichard Q. Twiss とが、恒星 (具体的にはシリウス主星) の角直径を測定するために開発した「強度干渉計」の原理として採用された (A test of a new type of stellar interferometer on Sirius)。

ただし、このへんのことには若干の経緯がある。もともと、「強度干渉計」は電波星 (はくちょう座A及びカシオペヤ座A) の角直径を測定するために開発されたもので、その動作原理は古典的電磁気学 (マクスウェル方程式) に基づいていた。Hanbury Brown と Twiss とは、同種の装置を光の場合に建造して、それでシリウス主星の角直径 0.0063秒が測定されたと発表した。

ちなみに、最近の測定値は、約 0.0059秒乃至約 0.0060秒。これについては、英文版ウィキペディア "Sirius" の項、及び、そこで引用されている Kervella et al. "The interferometric diameter and internal structure of Sirius A" Astronomy and Astrophysics 407: 681–688 を参照。日本語版/英語版ウィキペディアの「角直径/angular diameter に記載されているシリウス主星の角直径「約 0.007秒」は疑問

つまり、恒星由来の光の場合にも強度のゆらぎ間に正の相関が存在すると主張した訣である。

発光源が、シリウス主星であろうと、水銀灯であろうと、光が、量子 (光子) になっていることに変わりはないが、光の量子としての側面があからさまになる局面が存在する。その象徴的な例が、恒星が我々の肉眼で視認できると云うこと自体が示すように、発光源が恒星である場合である。当然、HBT は量子力学で解釈されねばならない。しかし、恒星に由来する光子群を1対の検出器で測定してえられる (当然、波動関数の位相情報が失われた) 強度の揺らぎの間に相関があると云うことは、一見量子力学の基本に反するように見えたので、発表当初、HBT は物理的な実在性が疑われたのだった。結局、実は HBT は光がボソンであることの本質的な結果 (電子等のフェルミオンの場合にも同様なことが起こるが、相関 は負 --逆相関 /反相関-- になる) であることが解明された ("The Question of Correlation between Photons in Coherent Light Rays" E. M. PURCELL. Nature 178, 1449 - 1450 [1956])。このことが礎の一つなって、研究が進み、その後大きな発展を遂げて「量子光学」(quantum optics) が成立したのである。

    次の記事も参照:
  1. Obituary: Robert Hanbury Brown (1916-2002) : Article : Nature
  2. "THE PHYSICS OF HANBURY BROWN–TWISS INTENSITY INTERFEROMETRY: FROM STARS TO NUCLEAR COLLISIONS" Gordon Baym. "ACTA PHYSICA POLONICA B" Vol. 29 No 7 (1998)
  3. "HBT Interferometry: Historical Perspective" Sandra S. Padula

参考: ちくま学芸文庫「素粒子と物理法則」p.34 下から7行目

p.29, l.3-5

第29ページ第3行-第5行に

Dirac had a very nice demonstration of this fact-that rotation one time around can be distinguished from doing nothing at all.
--"Elementary Particles and the Laws of Physics" p.29 ll.3-5
ディラックは、1回転することと全く何もしないこととは区別できるのだと云うこの事実を実証する大変巧い方法を知っていました。

とあって、それに脚註して

For this demonstration due to Dirac, his famous scissors demonstration, see R. Penrose and W. Rindler (1984). Spinors and Space-time, Vol.1 p,43. Cambridge University Press.
--"Elementary Particles and the Laws of Physics" p.29 footnote

と書かれていて、最初に読んだ時、一瞬文意が取れず戸惑ったが、"this demonstration due to Dirac" と "his famous scissors demonstration" とが同格であることに気付けば、「ギリギリセーフ」の文章ではではあるのだ (「ディラックによる、この有名な「鋏の実演」に就いては、R・ペンローズ及びW・リンドラー共著 1984年発行『スピノルと時空』第1巻第43ページ参照」ぐらいか)。

それはさておき、この Dirac の "scissors demonstration" の内容は、概ね次のようなものであるらしい (ディラック自身のオリジナルがどのようなものか調べが付かなかった。以下は、上記 Penrose 及び Rindler の著作を参考にして、私なりの表現をしたものである)。

鋏と紐と長い2本の棒を用意し、紐を、鋏の持ち手の2つの穴と、2本の棒とに次の図のように絡ませてから (棒が「長い」とは、要するに、棒から紐を外す操作を禁じる限定。数学的には「無限長」とすべきか)、鋏を刃部分を中心軸にして720度 (4\pi) 回転させる (下図参照)。この後、鋏を、その中心軸に対して逆回転させないでも、紐を「ネジネジ」を解くことができるのだが、どうしたらよいかと云うのが、ディラック "scissors problem/scissors demonstration" と云うことのようだ (ただし、最初の回転が360度では、元に戻すことは不可能と云うのも重要な点)。

Derac's scossors Problem

私は、パズルが苦手で (と言うか、そもそも得意なものは何もないのだが)、こう云う時はサッサと回答を探すことにしている。有り難いことに、"Spinors and Space-time" Vol.1 には、次のように書いてあった (以下の引用で「chair/椅子」とあるのは、問題がもともとの形が、紐を椅子の背もたれの支柱に巻きつけるものとして表現されていたためである)。

The fact that this problem can be solved for 4\pi but not for 2\pi is a consequence of the above properties of SO(3). The solution is made trivially easy if the four strands of string (whose main purpose is to confuse the issue) are regarded as glued (in an arbitrary manner) to an open belt issuing from the chair: a twist of 4\pi of the belt is undone by looping the belt once over its free end. This solution also yields another way of continuously deforming a 4\pi rotation into no rotation. If we regard the scissors as free to slide along the belt, then each position of the belt during the untwisting manoeuvre gives a closed path in the configuration space of the scissors. The first takes it through a rotation of 4\pi, the last through no rotation at all.
--R. Penrose and W. Rindler "Spinors and Space-time" Cambridge University Press (1984) Vol.1. p.43 l.3 from the bottom - p.44 l.8 (Google ブック検索 による)
この問題が、4\pi の場合には解けるが、2\pi の場合には解けないという事実は、SO(3) の上記の性質の結果である。この問題の答えは、4本になっている紐 (その主たる目的は、問題の核心を隠しくらますことにある) を、(適宜の仕方で良いから) 固め合わせて椅子からぶら下がっているベルトとして扱うならば、おのづから明らかになる: ベルトが 4\pi 捻ってあるなら、そのベルトを、椅子に繋がっていない方の端を1回廻り込む輪を描くように動かせば良いのである。この答えは、4\pi の回転を無回転へと連続的に変形する方法の別解にもなっている。実際、鋏がベルトに繋がっていない状態で紐に沿って移動すると見なすなら、ほどけていく過程中におけるベルトの「姿勢」の夫々は、鋏の配位空間内で閉径路を形成するが、その最初の「姿勢」は、4\pi の回転に対応し、最後の「姿勢」は無回転に対応するのである。

つまり、次の図に示すようにして、ネジネジの廻りを、ネジネジの方向とは逆に一周するよう鋏を動かせ、と、言っているのだろう。ただし、その際気をつけねばならないことは:

  1. 周回中、鋏自身は、その中心軸に対しては回転しないようにすること。
  2. 鋏の全体が、ネジネジの廻りを回るように、鋏に付いている紐をうまく捌くこと。

である。

Dirac's demonstration of his scissors problem

また、この "Dirac had a very nice demonstration" で始まる1段落は、編集者によると思われる "This was taken verbatim from Feynman's lecture." (この文章は、ファインマン講演の言葉どおり) と云う脚註も付けられている。これは p.30 の連続写真との対応に臨場感を出すため実況録音風にしたためとも考えられるが、その一方で、「編集者」がこの部分の内容及び/又は表現に留保する意向の現れである可能性もある。

    参考になるかもしれないウェブサイト
  1. "Orientation entanglement - Wikipedia, the free encyclopedia" 「紐と鋏」ではなく、「コーヒーカップとベルト」を使った説明。この問題の数学的な本質が、リー群としての3次特殊直交群 (3次元回転群) SO(3) が単連結でなく、そのスピノル群 (スピン群)、つまり単連結な二重被覆群として、2次特殊ユニタリ群 SU(2) を有することにあることが説明されている。
  2. "Air on the Dirac Strings" CG アニメと「フィリピン・ワイン・ダンス」の実写を収めたmpg 動画 (40MB) へのリンクがある。
  3. "Dirac belt trick" アプレットを使った説明。ベルトの根元とベルト動きとの前後関係が分かりづらい。
  4. "Spinor - Wikipedia, the free encyclopedia" 英文版ウィキペディアの「スピノル」の項。
  5. "Tangloids - Wikipedia, the free encyclopedia" スピノルの計算をモデル化した、つまり、Dirac's scissors demonstration と同じ原理の数理玩具
  6. "The Dirac String Trick - First Hand" Dirac's scissors demonstration の関連情報が纏められている。

次の書籍にも、説明があるようだ。そのGoogle ブック検索とアマゾンへのリンクを貼っておく (Google ブック検索でヒットする著作とアマゾンに掲載されている著作は版数が異なることがあり得るので注意されたい):

  1. Louis H. Kauffman "Knots and physics"
  2. George K Francis "A Topological Picturebook"

参考: ちくま学芸文庫「素粒子と物理法則」p.41 下から4-2行及び p.42 脚註
なお、この脚註には、「訳注」として "Spinors and Space-time" Vol.1 からの転載と思われる "scissors demonstration" の図と、それに就いての説明の要約が付記されている。

p.29 ll.7 from the bottom - the bottom.

第29ページ下から7行からページ末までを最初に読んだ時、とまどった。基本的には未来のことにかかわる "keep track of" の後に現在完了形の名詞節 "whether you've made a rotation or not" が従っていたからだ。「回転したのが1回かどうかを追跡監視する」と云う簡単なことを言っているのだと気づくまでにしばらく時間が掛かった。それほど、私は頭が鈍いのだ。こんなことに引っ掛かる者は多くはあるまい。特に、講演の実際の audience には (彼らの多くがネーチヴ・スピーカであっただろうことを考慮しなくても)、ファインマンのイントネーションや身振り・表情も相俟って問題なく理解できただろう。

一応、訳を付けておく。

So two rotations are equivalent to doing nothing, but one rotation can be different, so you have to keep track of whether you've made a rotation or not, and the rest of this talk is a nerve racking attempt to try to keep track of whether you've made a rotation or not.
つまり、2回転は何もしないのと等価ですが、1回転は異なることがあるのです。そこで、回転したのが1回かどうか常に気を付けていなければなりません。これからの話は、回転したのが1回かどうか注意しつづけるようにすると云う精神的にシンドイ作業になります。

なお、Google ブック検索ではこのページを閲覧することができる (Elementary particles and the laws of ... - Google ブック検索)。

参考: ちくま学芸文庫「素粒子と物理法則」p.42 下から行目-p.44の3行目

p.51, ll. 3-9

第51ページ3-9行目には

Now there's a famous theorem that states that when you move an electric charge q through a magnetic field then the phase changes by \mbox{exp}(iq\int\!\!\mathbf{A}\cdot\mbox{d}\mathbf{x}), where \int\!\!\mathbf{A}\cdot\mbox{d}\mathbf{x} is the line integral of the vector potential \mathbf{A} along the path that the electric charge follows. (That's meant to intimidate you!)
--"Elementary Particles and the Laws of Physics" p.51 ll.3-9

とある。

この "famous theorem" とは、アハラノフ・ボーム効果のことである ([nouse: アハラノフ・ボーム効果とその実証実験 (本ブログ「サニャック効果」関連記事の余談として)] 参照)。従って、最後の一文 "That's meant to intimidate you!" は、アハラノフ・ボーム効果がアハラノフとボームによる予言後も、かなり長い間、その信憑性が疑われ続けたことを踏まえているのだろう。

これは私の推測と言うか、憶測だが、ファインマンは、アハラノフ・ボーム効果に就いて説明したのに、「フツーの物理学者、或いは、物理学部学生」なら起こすのが不思議でない「拒絶反応」を聴衆が示さないので、一寸したイタヅラ心を起こしたのだろう。「君らをドン引きさせるつもりだったのだけれどな」と付け足した感じなのだ。その裏には、ファインマンが、アハラノフとボームの予言に当初から拒絶反応を起こすことなく認めたと云う自負があるはずだ。付言するなら、この第1回ディラック記念講演が行なわれた1986年は、奇しくも、日立製作所中央研究所における外村彰 (とのむら あきら) の研究グループが、アハラノフ・ボーム効果の実在を、最終的に実証した年だった。

さて、磁場内で電荷 q を動かすと、電荷の径路に沿ったベクトルポテンシャル \mathbf{A} の線積分を \int\!\!\mathbf{A}\cdot\mbox{d}\mathbf{x} として、電荷の位相が \mbox{exp}(iq\int\!\!\mathbf{A}\cdot\mbox{d}\mathbf{x}) 変化すると云う有名な定理があります。。君らをドン引きさせるつもりだったのだけれどな。

参考: ちくま学芸文庫「素粒子と物理法則」p.64 下から2行目-p.65の3行目

p.57 l.9 from the bottom

第57ページ下から9行めに記載されている "David Finkelstein" は、英文版ウィキペディアに項目のある "David Finkelstein" と思われる。

参考: ちくま学芸文庫「素粒子と物理法則」p.72の10-11行

Steven Weinberg "Towards the Final Laws of Physics"
p.84 ll.2-12

量子電磁力学 (Quantum Electrodynamics/QED) による、電子の異常磁気モーメントの計算に就いて、第84ページ2行目から12行目に次のように書かれている:

This has been calculated many times, first, I believe, by Schwinger, and most recently and comprehensively by Kinoshita in 1981. The result of Kinoshita's calculation, together with the current experimental value, are given below in (2)

Magnetic moment of the electron:

Kinoshita's calculation:
1.00115965246 ± 0.00000000020

Best experimental value:
1.00115965221 ± 0.00000000003 (2)

--"Elementary Particles and the Laws of Physics" p.84 ll.2-12

この計算は何度も行なわれていますが、最初は、確かシュインガーによって行なわれ、最近では、最も包括的な仕方で木下により1981年に行なわれました。木下の計算結果と、現在の実験値を以下の (2) に示しておきます。

電子の磁気モーメント:

木下の計算値:
1.00115965246 ± 0.00000000020

最良の実験値:
1.00115965221 ± 0.00000000003 (2)

この "Schwinger" は、勿論、朝永振一郎やファインマンと同時にノーベル物理学賞 --Nobel laureates in Physics-- (1965年) を受賞した Julian Schwinger のことだが、ここで言及されているのは彼の 1948年における論文 "On Quantum-Electrodynamics and the Magnetic Moment of the Electron" (Phys. Rev. 73, 416 - 417 [1948]) を指しているのだろう。

この "Kinoshita" は「木下東一郎」のこと。

本稿に就いては、以下で、やや補足説明する。

参考: ちくま学芸文庫「素粒子と物理法則」p.96の1-7行
p.97の脚註では、木下のその後の計算の結果が紹介されており、木下と仁尾の論文 "Improved α4 Term of the Electron Anomalous Magnetic Moment" (Phys.Rev. D73 (2006) 013003 arXiv:hep-ph/0507249) が引用されている (「訳注」内で、"Niho" とあるのは --Nio-- の誤り)。

Steven Weinberg "Towards the Final Laws of Physics"
p.100 Fig.4

第100ページの図4には、下のような感じの図が示されて

Interaction of two closed strings

次のようなキャプションが付けられている:

Fig.4 A string intersection involving the emission and reabsorption of a massless spin-two particle.
--"Elementary Particles and the Laws of Physics" p.100 Fig. 4
図4 質量ゼロ・スピン2の粒子の放出と再吸収とに関るストリングの交差

私は「弦理論/ひも理論」には全く無知だが、このキャプションには首を傾げてしまった。この図のように時間が左から右に流れているなら、この図は、粒子の「放出と再吸収」ではなく「吸収と再放出」に対応するような気がする。と言うか、むしろ、2つの閉ストリング (代表的には、質量ゼロ・スピン2の粒子である重力子/graviton) の相互作用を表わす worldsheet とでも説明した方が良いのではないか。(ファインマン図と同様、相互作用の高次の成分に対応する worldsheet も存在する訣だが、ここではそちらの方には立ち入らない)。

参考: ちくま学芸文庫「素粒子と物理法則」p.111 図4

Schwinger と木下東一郎の業績に付いて補足する。

しかし、まずは時間を巻き戻して、前期量子論から説明すると、そこでは、原子核の周りを電子が廻ると云う描像のもとで、電子の配置が量子化されて、当初の議論の段階では、電子の運動エネルギーに対応する主量子数と、電子の軌道運動の角運動量に対応する方位量子数及び磁気量子数とが導き出された (主量子数 n は自然数。方位量子数 ln 未満の非負整数、磁気量子数は、-l から +l までの整数)。ここで、方位量子数は、軌道角運動量全体の大きさ L に対応するのに対し (L = \sqrt{l(l+1)})、磁気量子数 m_\psi は、短絡的に表現するなら、原子が磁場内に置かれた際の、電子の軌道角運動量の磁場方向成分 (描像的には、磁場方向を中心軸とする電子の回転運動の角運動量) であって、磁場内を運動する荷電粒子としての電子の磁気モーメントを \frac{e\hbar}{2m_e}\cdot m_\psi と云う式で規定する値であった (ここで e は電気素量、m_e は電子の静止質量。なお、この式は SI 単位系による --具体的な値は、9.274 \times 10^{-24} J\cdot T^{-1}--。 ちなみに、cgs単位系では、分母に真空中の光速度 c が入る)。この \frac{e\hbar}{2m_e}ボーア磁子と呼ばれ、\mu_B などと記される。

前期量子論における、こうした「原子核の周囲を廻る電子の軌道」と云う描像は、その後確立されたコペンハーゲン教理では排斥されたが、勿論歴史的には十分意味がある。

さて、アルカリ金属原子の光学スペクトル線の予期せぬ二重項 (異常ゼーマン効果) に対する解釈を契機としてヴォルフガング・パウリが、電子に、当時知れられていなかった自由度が存在することを予想し、そしてそれに関連して、後年彼の名を冠せられて呼ばれるようになった排他原理を提唱 (1925年) したことが、電子の磁気モーメントに2種類の変異をもたらす内的自由度としてのスピンの概念に結実した訣だが、そのスピンは角運動量としての実在を持っていた。そして、スピンがゼロであると言う場合を含めると、スピンは、電子以外でもあっても、全ての素粒子が備える本質的な量子条件であることが分かっていく。(所謂、「シュテルン-ゲルラッハの実験」は、当初、スピンとの関係が認識されていなかった。)

電子のスピンと、その磁気モーメントを解明したのはディラックだった。彼は、電子に付いてのシュレディンガーの波動方程式を特殊相対論を満たすよう変形するなら、自然に電子が \frac{1}{2}\hbar (又は -\frac{1}{2}\hbar)) のスピン角運動量と、それに対応する磁気モーメント -\mu_B (又は \mu_B) を有することを示したのだ (岩波書店[ディラック 量子力學 原書第4版]第357ページ9-11行を参照)。ここで、注意すべきなのは、スピン各運動による磁気モーメントは、軌道角運動量から類推される量 (-\frac{1}{2}\mu_B/\frac{1}{2}\mu_B) の2倍になっていることである。

量子化された角運動量 P\hbar と、それに対応する磁気モーメント \mu があるとき、\mu\mu_B\cdot P の何倍かを表わす係数を g 因子 と呼んで、g で表わすことが多いが (つまり \mu = g\cdot\mu_B\cdot P. ただし、電子スピンの場合は、右辺にマイナス記号が付けられる)、ディラックは電子のスピン角運動量については g = 2 であると結論したのである。そして、これは実験と一致するように見えた。これに就いては、岩波書店[ディラック 量子力學 原書第4版]第356ページ2-3行に「この磁氣能率は...實驗と一致している」(This magnetic moment is ... in agreement with experiment.) ) とあることから、当時の認識の一端を伺える。

しかし、詳しい実験の結果、電子の g 因子は 2 から僅かにズレいてることが判明した (P. Kusch 及び H. M. Foley "Precision Measurement of the Ratio of the Atomic `g Values' in the 2P3/2 and 2P1/2 States of Gallium" Phys. Rev. 72, 1256 [1947] では \frac{(g-2)}{2} = 0.00115。 なお、P. Kusch 及び H. M. Foley "The Magnetic Moment of the Electron" Phys. Rev. 74, 250 - 263 [1948] も参照。そこでは \frac{(g-2)}{2} = 0.00119 とされた)。

1-loop Feynman diagram of magnetic moment of electron

このズレが、電子が光子を放出した後、それを吸収することよる効果だと見抜いたシュインガーは、"On Quantum-Electrodynamics and the Magnetic Moment of the Electron" (Phys. Rev. 73, 416 - 417 [1948]) で、ハミルトニアンに付加項を加えて、その補正値 \frac{(g-2)}{2} を、cgs 単位系で表わすと \frac{e^2}{2\pi \hbar c} となると導き、その値 0.001162 と算出して、実験結果を説明することに成功する (計算の際に現れる発散は「繰り込まれた」)。ディラックが産んだ量子電磁力学の卵を、シュインガーが孵した、と謂ったところか (量子電磁力学の成立には、ファインマンや朝永振一郎の功績があったことも忘れてはならないのは勿論だが...)。

なお、この補正値 \frac{e^2}{2\pi \hbar c} は、cgs単位系で表わした微細構造定数 (fine-structure constant) \alpha = \frac{e^2}{\hbar c} (SI では \alpha = \frac{e^2}{4\pi\epsilon_0\hbar c}) を使って書き直すと \frac{\alpha}{2\pi} となる訣だが、シュインガーの墓碑 (マサチューセッツ州マウント・オーバーン墓地/Mount Auburn Cemetery) には、この記号が刻まれいてると云う。

Simplified Feynman Diagram for magnetic moment of electron

しかし、シュインガーの議論は、磁場ポテンシャルの影響を所与とした上での最も単純な摂動を計算したに留まるものだった。つまり、ファインマンの観点で言うなら、シュインガーの補正は、単ループのファインマン図 (右上図) 1個の寄与分を求めたに過ぎない。もっとも、異常磁気モーメントの値なので、運動量の大きさの変化 |p-p^\prime| 及び電子の運動方向の変化がゼロになる極限値を求めれば良く、従ってファインマン図を簡略化することができる(右図)。

式が共変的であることが解かり易いシュインガーのアプローチではあったが、具体的な計算には不向きで、これ以上のことは、実質上不可能だった (ここら辺のところは、ハイゼンベルク表示とシュレディンガー表示の関係と同じである)。

しかし、この摂動は、実際には、次のような微細構造定数の級数として表わされる。つまり、ヨリ高次の項が存在する。


\frac{g-2}{2} = 0.5\times\frac{\alpha}{\pi} - (0.328478...\times\frac{\alpha}{\pi}^2) + (1.181241...\times\frac{\alpha}{\pi}^3) - (1.9144...\times\frac{\alpha}{\pi}^4) + \cdotsa

そして、\alpha の1次の項の計算には1つのファインマン図で間に合うが、2次の項では7つ、3次の項では72個、4次の項では891個、5次の項では12672個と、必要なファインマン図の数は急上昇していき、それに伴った数値計算も、それ以上速さで膨大になっていく。「人力」の計算では、せいぜい2次の項までが限界だった。これに対し、木下はコンピュータを駆使して、3次及び4次の項の摂動計算を行なった。

例えば、木下は、1972年に、P. Cvitanovic と共同で、"Sixth-Order Radiative Corrections to the Electron Magnetic Moment" と云う論文を "Physical Review Letters" Nov. 27, 1972 に発表している (タイトル中の "Sixth-Order" は \alpha の次数としては3次に対応する)。

1981年時点の木下の結果に就いては、"Calculation of the Eighth order anomalous magnetic moment of the electron" (T. Kinoshita and W.B. Lindquist. Submitted to the Second International Conference on Precision Measurement and Fundamental Constants, National Bureau of Standards, Gaithersburg, MD, 8-12 June, 1981) が参考になる。ワインバーグが引用している Kinoshita's calculation は、おそらく、この結果だろう。それは、実験値と小数点以下9桁までが一致するという驚くべきものだ。

しかし、木下は、さらに計算を進めて、2005年には理化学研究所の仁尾真紀子との共同論文 "Improved α4 Term of the Electron Anomalous Magnetic Moment" (Jul 2005. Phys. Rev. D73:013003, 2006. e-Print: hep-ph/0507249) を、翌2006年には、仁尾の他に、 ハーバード大学の研究者 (G. Gabrielse, D. Hanneke, B. Odom) も加えて "New Determination of the Fine Structure Constant from the Electron g Value and QED" (Phys. Rev. Lett. 97, 030802 (2006) [4 pages]) を発表する。この成果は、アメリカ物理学協会 (American Institute of Physics/AIP) の2006年度 "The Physics Story of the Year of 2006" に選ばれたのだった。

ただし、「2007年8月22日付けの理化学研究所プレスリリース: 電子の磁石の強さを1兆分の1の精度まで計算」によれば、理研・名古屋大学・米国コーネル大学の共同開発チーム (仁尾 真紀子その他) は、木下が開発した摂動計算の手法をコンピュータによる完全自動化することに成功し、木下・仁尾が2005年に発表した4次の項の計算を追試した所、そのプログラム20万行中の6行に誤りがあり、計算値を訂正する必要があることが分かったという。

なお、最近の木下の姿が、2008年4月9日[木曜]朝日新聞夕刊(東京本社3版)第1面掲載の「素粒子の狩人」第4回に報じられている。

    次の文書も参考にされたい:
  1. M. Nio (RIKEN) "Automated Calculation Scheme for αn Contributions of QED to Lepton g-2: Diagrams without Lepton Loops" Feb. 7, 2006 KEK大型シミュレーション研究ワークショップ「超高速計算機が切り開く計算物理学の展望」
  2. M. Nio (RIKEN) 「レプトンg-2のQED高次補正」December 1-2, 2008 「計算科学による素粒子・原子核・宇宙の融合」筑波大学
  3. G. Gabrielse, D. Hanneke, T. Kinoshita, M. Nio, and B. Odom. "New Determination of the Fine Structure Constant from the Electron g Value and QED" Phys. Rev. Lett. 97, 030802 (2006) [4 pages]
  4. T. Aoyama, M. Hayakawa, T. Kinoshita, M. Nio "Revised value of the eighth-order QED contribution to the anomalous magnetic moment of the electron" arXiv:[hep-ph]0712.2607v2

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2009年3月21日 (土)

メモ: 岩波書店 [ディラック 量子力學 原書第4版] の誤植及び微妙訳

私が ディラック (Paul Adrien Maurice Dirac) の名前を初めて聞いたのは、たしか中学生だったか小学生の時だったと思う。物理学の啓蒙書ででも聞きかじったのだろう (ガモフのトムキンス物--「不思議の国のトムキンス」とか--など読み散らしていたのだ)。物理学的内容など分かる訣もなく (これは確かに小学生の時だが、友達に「E = mc^2 って知ってる?」と聞かれてヘドモドした記憶がある)、「天才物理学者」達の逸話に無闇と興奮していただけだった。

その中でも、ディラックの逸話は印象的だった。例えば、ある婦人 (今、ネットで調べてみたら、ロシアの実験物理学者ピョートル・カピッツァ --Пётр Леонидович Капица-- の2度目の夫人 Анна Алексеевна らしい。ウェブページ "Paul Dirac" 参照) が、編み物をしているのを見て、数学 (位相幾何) 的に言って、その編み方とは別の編み方が可能だと気付き、それをそのご婦人に説明した所、彼女に、それは昔から良く知られていて「裏編み」と呼ばれていると言われてしまった。。。(つまり、彼女は「表編み」をしていた訣です。)

大学に入ってから、教養学部の、物理や化学の参考書として「ディラック」に再び出会う訣だが、読んでみると、何とも咀嚼しづらかった。これは、勿論私が「劣等生」だったと云うこともあるだろう。何しろ、化学の、分子軌道か何かの授業中に、講師が「 "self consitent theory" は通常『自己無道着理論』と呼ばれるが、『自己満足の理論』とも呼ばれる」と云うジョークを飛ばしたのだが、化学の授業で覚えたは、そのことだけだったりするのだ。

しかし、咀嚼しづらかった別の理由の一つは、当時既に、内容が微妙に陳腐化していたせいもあったろうが (なにしろ「量子力学」ではなくて「量子力學」だからね。ただ、ディラックの名誉のために付言するなら、「量子力學」の内容あるいは表現が陳腐化したのは、ディラック自身の偉業の結果だった。彼の量子電磁気学 (Quantum Electrodynamics/QED) は、現在爆発的成長を遂げた場の量子論の鏑矢となったし、超関数論成立の主要動機の一つは、当初数学的に厳密な根拠が与えられていなかったディラックのデルタ関数の合理化だった)、やはり、大きかったのは、量子力学そのものの「分かりにくさ」(と、当然、私の頭の悪さ) だったろう。

量子論の認識論的な「異常性」はさておき (いや、実は「さておき」ではない筈なのだが、ここでは兎に角「さておき」)、何と言うか「結果オーライ」的な「論理」の進展に私は付いて行けなかったのだ。

「こんなことをしてどうして間違えないでいられるのだろう」と立ちすくむ凡人の呟きを余所に、天才は量子の世界を疾走する。

そう云う訣で、「量子力學」に挫折したのだが、それがずっと心に残っていて (まぁ、「虎馬」と云うヤツだな)、時々思い出す度に「そのうち、また挑戦してみよう」と云う呪文で、記憶の亡霊を封印してきたのだ。

しかし、最近アハラノフ・ボーム効果に就いて少し勉強した ([nouse: アハラノフ・ボーム効果とその実証実験 (本ブログ「サニャック効果」関連記事の余談として)] 参照) ついでに、意を決して「量子力學」も強引に通読してみた (ただし「附録 近似的な解き方」は、読んでいない。また、「譯者の註」も必要に応じて参考しただけである)。

読後感は、「名著であることには異存はないのだけれども、やはり既に『歴史的文書』になっている」と云うものだった。

その際若干の誤植に気が付いた。そこで、以下、[ディラック 量子力學 原書第4版] (朝永振一郎・玉木英彦・木庭二郎・大塚益比古・伊藤大介共訳。岩波書店 1968年4月。ISBN-10: 4000061232 ISBN-13: 978-4000061230) の誤植に就いて纏めておく。利用したのは、私の手元にある第5刷 (1971年12月) である。ただし、単純に活字が欠落していることが明白であると思われるもの (「刷り」によって異なるだろうから、例になるかどうか分からないが、手元のものから挙げておくと p.160 の (29) 式で、指数関数の肩にかかっている式中の y が欠けていたり、p.235 の4行目の1つ目の \alpha に付くプライムは2つでなければならないのが1つになっていたりする) は、無視した。また、適宜、みすず書房刊のリプリント版原書 ("The Principles of Quantum Mechanics. 4th ed." ) を援用する。

併せて、「誤訳」と言えないまでも、翻訳として微妙な部分も纏めておいた。

一つ釈明しておくと、「誤植」・「微妙訳」の指摘と言っても、別に、原書全体と訳本を逐一対照させて検討した訣ではない。あくまでも、作業の基本は、訳本を読んでいて意味の通じないところと、そして、それに対して、私の一存で妥当と思われるような変更を並記しただけのことである。と云う訣で、見落とし・見損ないは当然あり得る。ただし、勿論、指摘した部分に就いて、原書の対応箇所に当たり「裏を取る」ぐらいのルーチンワークはしてある。その結果に就いては「備考」に記した。

岩波書店 [ディラック 量子力學 原書第4版] 正誤表
Chap.V-§31 p.165 l.14
\bra{a(q)\partialdiff{b(q)}{q_r}}\bra \bracket{{a(q)\partialdiff{b(q)}{q_r}}}
備考: 式 (41) の左辺の2番目のブラはケットにすべき。原書 p.123 l.19 from the bottom では正しく表記されている。
Chap.VI-§35 p.191 l.8 from the bottom
無限の回轉 無限小の回轉
備考: 原書 p.143, l.5 from the bottom では "infinitesimal ones". また訳文2行前では "infinitesimal rotations" の対応箇所が「無限小の回転」と訳されている。
Chap.VI-§41 p.222 l.4
\mathcal{H}_z + \hbar\sigma_z m_z + \hbar\sigma_z
備考: 原書 p.166 l.7 では正しく表記されている。
Chap.VII-§45 p.236 l.8 from the bottom
(3) (31)
備考: 式番号の間違い
Chap.VIII-§52 p.271 l.12
\absolutevalue{\bracketo{k}{V}{P^\prime\omega\chi d^\prime}} \absolutevalue{\bracketo{k}{V}{P^\prime\omega\chi\alpha^\prime}}
備考: 式(51) の最終辺の被積分関数中で \alphad と取り違えている。原書 p.203 l.10 では正しく表記されている。
Chap.VIII-§53 p.275 l.5 from the bottom
吸収の係數 (59) と, 放出の係數 (56) を 吸収の係數 (59) と放出の係數 (56) との積を
備考: 原書 p.206 ll.10-9 from the bottom では "the absorption coefficient (59) multiplied by the emission coefficient (56)" と、積を作ることが明示されている。
Chap.X-§60 p.311 l.5
\delta b_{x_r} \delta_{bx_{r}}
備考: 式 (27) 右辺中 \delta の後の b は、下付きの添字。原書 p.230 the bottom line では正しく表記されている。
Chap.X-§62 p.319 欄外
§61 §62
備考: 節番号の間違い。
Chap.XI-§69 p.352 l.3 from the bottom
-c\alpha_1 c\alpha_1
備考: マイナス記号は余計。原書 p.263 l.17 from the bottom では正しく表記されている。
Chap.XI-§69 p.353 l.5
\hbar/2mc^2 h/2mc^2
備考: \hbarh の誤り。原書 p.263 l.10 from the bottom では正しく表記されている。訳書の前2行の2か所で h であることにも注意。
Chap.XI-§73 p.364 l.4
\frac{H^\prime}{mc^2} = \left(1 + \frac{\alpha^2}{s_2}\right)^{-\frac{1}{2}} \frac{H^\prime}{mc^2} = \left(1 + \frac{\alpha^2}{s^2}\right)^{-\frac{1}{2}}
備考: s にかかる添字 2 は、下付きではなく上付き。原書 p.272 l.5 では正しく表記されている。
Chap.XI-§73 p.364 ll.5-4 from the bottom
この場合には, c_s の係數に a を掛け {c^\prime}_s の係數に a_2 を掛けて加え合わせると, この場合には, c_s の係數に a_1 を掛け {c^\prime}_s の係數に a を掛けて加え合わせると,
備考: 原書 p.272 では the first coefficient (c_s) と the second coefficient ({c^\prime}_s) に就いて "In this case we get, multiplying the first coefficient by a_1 and the second by a and adding," (ll.10-9 from the bottom) と正しく表記されている。
Chap.XII-§76 p.382 l.6 from the bottom
-(8\pi)^{-1}\mathcal{A}_r\mathcal{A}^{ss}_rd^3\mathbf{x} -(8\pi)^{-1}\int\mathcal{A}_r\mathcal{A}^{ss}_rd^3\mathbf{x}
備考: 式左辺で積分記号が抜けている。原書 p.287 l.4 では正しく表記されている。ちなみに、原書では \mathbf{x} はボールド体ではなくナミ字。他にも同様な箇所がある。少なくともこの本の範囲内では、趣味とか習慣の問題 (ともに大変重要な要素だが) であって、どちらが正しいと云うわけあいのものでもあるまい。
Chap.XII-§76 p.383 l.3
H_{FL}\!\! =\! (8\pi)^{-1}\!\!\int\!\{(U\!-\!A_0)^r(U\!+\!A_0)^r\! + (V^{rr}\!\!-\!B_0)(V^{ss}\!\!+\!B_0)\}d^3\mathbf{x}
備考: この式には、番号 (49) を付けねばならない。原書 p.287 l.12 では正しく表記されている。ちなみに、原書では \mathbf{x} はボールド体ではなくナミ字。
Chap.XII-§77 p.388 ll.13-14
光子の各状態あたり半エネルギー量子よりなる無限大の數項 光子の各状態あたり半エネルギー量子づつが寄与してなる無限大の項
備考: 原書 p.291 ll.2-1 from the bottom の "an infinite numerical term, consisting of a half-quantum of energy for each photon state." を参照。訳書のままだと、「項」が複数あるように見える。しかし、「無限大の數の項」とすると、日本語としてこなれない。ここは "numerical" を敢えて訳す必要はないだろう。
Chap.XII-§78 p.389 l.4 from the bottom
第2量子化によって, \psi は §65 の \bar{\eta} のように 第2量子化によって, \psi 等は §65 の \bar{\eta} 等のように
備考: この文章の内容には \psi, \bar{\psi}, \eta, \bar{\eta} と複数種類の関数が関わるので、そのことを明示的に示すよう「等」を付け加える必要がある。原書 p.293 ll.3-4 でも "The second quantization makes the \psi's into operators like the \bar{\eta}'s of §65," と複数形になっている。
Chap.XII-§78 p.395 ll.13-21
下記参照
Chap.XII-§79 p.399 ll.11-12
\begin{eqnarray*}&&[\kappa(\mathbf{x},x^\ast_0),\ \lambda(\mathbf{x}^\prime,x^\ast_0)] = [\kappa(\mathbf{x},x_0)+\epsilon v_r x_r[\kappa_{\mathbf{x}},H],\ \lambda(\mathbf{x}^\prime,x_0)+\epsilon v_s x^\prime_s[\lambda_{\mathbf{x}^\prime},H]] \\&&\quad =[\kappa(\mathbf{x},x_0),\ \lambda(\mathbf{x}^\prime,x_0)] + \epsilon v_s x^\prime_s[\kappa_{\mathbf{x}}, [\lambda_{\mathbf{x}^\prime},H]] + \epsilon v_r x_r[[\kappa_{\mathbf{x}},H], \lambda_{\mathbf{x}^\prime}]end{eqnarray*}
備考: 式 (103) の前半部分 (この引用ではスペースが少ないため折り畳んであるが、訳書ではもともとは2行に書かれいてる)。実は、数式としては誤っていない。また、原書 (p.301 ll.2-4) とも一致する。それでも式の全体の流れの統一の観点から言ったら、添え字の s は、4箇所全て r に直した方が良いだろう。実際、反交換子関係に就いての対応する式 (104) では r で統一されている。
Chap.XII-§79 p.400 ll.6-7
我々は方方で \epsilon のべきまで式を計算し, \epsilon^2 は無視してきた. 上記 \epsilon の冪式として計算した箇所においては、\epsilon^2 の項は無視された。
備考: 原書 p.301 ll.8-7 from the bottom では "At several places we worked out expressions in powers of \epsilon and neglected \epsilon^2." ここで "several" は敢えて訳す必要はあるまい。訳すにしても、「方方」などとしてはいけない。
Chap.XII-§80 p.401 l.9 from the bottom
\psi_{a{\mathbf{x}}},\ j_{0{\mathbf{x}}}] [\psi_{a{\mathbf{x}}},\ j_{0{\mathbf{x}^\prime}}]
備考: 式 (109) の左辺。原書 (p.302 the bottom line) でも同じなのだが、1つ前の式を見れば分かるように、荷電密度の添字 \mathbf{x} にはプライムを付けて \mathbf{x}^\prime にする必要がある。
Chap.XII-§81 p.406 l.7
\zeta^\ast_{\mathbf{bp}+\mathbf{k}\hbar} \zeta^\ast_{b\mathbf{p}+\mathbf{k}\hbar}
備考: 式 (120) での被積分関数中の \zeta^\ast の添え字でボールド体の \mathbf{b} は、ナミ字の b にする必要がある。原書 (p.306 l.4 from the bottom) では正しく表記されている。

[量子力學] の翻訳は、「意味を取る」と云う観点からだけ見るなら、概ね出来の良いものだ。ただ、(僅かな比較だけから判断してもうしわけないが) 訳者たちには、原文の「雰囲気」とか「ニュアンス」とかを伝えると云う努力はしなかったようだ。[量子力學]の訳文からは、訳者たちが行なったのは、原文を、単文に分解して、それぞれを直訳した後、英文を参照にしつつも、結局は和文の文脈の中で、適宜、論理的・物理的整合性に従って、訳文の文章を再構成していったと云う印象を受ける。そして、実を言うと、それで良かったので、ディラックの文章そのものが文飾に凝ったと云った類いのものではない。勿論、如何なる文章もその文化・歴史的背景を背負っているから、作者の意図に関わらず「雰囲気/ニュアンス」は発生する。しかし、ザッと見た限りでは、ディラックの文章には、「雰囲気/ニュアンス」が重要な意味を担うと云ったことはありそうもない。実際、彼自身は逸話の多い人で、そういった意味では、文学的対象になりうるのだが、その一方で、彼は文学的営為とは無縁であったらしいことが、その逸話自体から伺える (彼は、詩を書いていると云うオッペンハイマー (J. Robert Oppenheimer) に向かってこう言っている, "I do not see how a man can work on the frontiers of physics and write a poetry at the same time." 「物理学の最前線で活動する一方で、同時に詩を書けるなんて、僕には訣が分らない」)。

だから [量子力學] を「名訳」と呼ぶのは「贔屓の引き倒し」になりかねないにしても、「誤訳」らしい「誤訳」がほぼない (らしい) ことだけでも、十分優れていると言って良い。これは、訳者たちが、内容をしっかり理解していて、英文として日本語にしづらいところは、穏当な「意訳」をすることができたからだ。私が [量子力學] を読んでいて、「こう云う日本語になる英文ってあるのだろうか?」と感じて、原文を当たった所、確かに (少なくとも翻訳の非専門家にとっては) ヤヤ訳しづらいところだったと云うことが数度あった。と言うか、ある意味、[量子力學]全体が「穏当な意訳」からなっているとも言えるかもしれない。

しかし、残念ながら第 XII 章の翻訳品質は、若干落ちる。何か、翻訳に不慣れな人が訳した趣きがあるのだ。それは、自分の英文理解に自信がなく、「手探り」のまま訳しているとでも形容したら良いのかもしれない。。

例えば、XII-§78/p.394 ll.14-19 (原書 p.296 the bottom line - p.297 l.5) の反交換関係が満たすべき性質の箇条書きで "it" を「それ」と訳してしまっているため、日本語としてこなれていないが、ここは、すべて「反交換関係」を使うところだろう。

あるいはまた、XII-§76/p.380 ll.11 and 16 (原書 p.285 ll.14 and 20) で、原文の「波長が零でない波」は、「波数が零でない波」の思い違いだろうと云う正しい指摘を訳者は「譯者の註」(p.465) でしているにも関わらず、訳文では「波長」を温存しているのは、訳者が自分の物理学理解に自信がないためではなく、英語理解に自信がないことのあらわれと見てよい (もっとも「譯者の註」での説明は、大袈裟のような気がするが)。

そうした「不慣れな訳文」の中で、私が一番違和感を覚えたのは XII-§78/p.395 ll.13-21 (原書 p.297 l.8 from the bottom - p.298 l.2) だ。原文と対応させてみると、間違っているのではないのだが、もっと「普通の日本語」に訳せるだろうと云う気になる。これは、ヤヤ長いので、上記の表には纏めず、以下に、その概要を示すことにした。

まず、原文を示す:

Thus (l^\mu\alpha_\mu + S\alpha_m)_{ab}K_{ba}(x, x^\prime) (87)
should be invariant with K_{ab}(x, x^\prime) given by (85), and its invariance would be sufficient to ensure the invariance of the anticommutation relations. We get for (87)

<br />
\begin{eqnarray*}<br />
&&h^{-3}\!\!\int\Sigma\!\frac{1}{2}(l^\mu\alpha_\mu\! +\! S\alpha_m)_{ab}(p_0\! +\! \alpha_rp_r\! +\! \alpha_mm)_{ba}e^{-i(x-x^\prime)\cdot p/\hbar}p^{-1}_0d^3p \\<br />
&&\quad = h^{-3}\!\!\int\!\Sigma\frac{1}{2}\{(l_0\! -\! l_s\alpha_s\! +\! S\alpha_m)(p_0\! +\! \alpha_rp_r\! +\! \alpha_mm)\}_{aa}e^{-i(x-x^\prime)\cdot p/\hbar}p^{-1}_0d^3p \\<br />
&&\quad = h^{-3}\!\!\int\!\Sigma{2}(l_0p_0\! -\! l_rp_r\! +\! Sm)e^{-i(x-x^\prime)\cdot p/\hbar}p^{-1}_0d^3p. \qquad \qquad \qquad (88)<br />
\end{eqnarray*}<br />

This is Lorentz invariant because the differential element p^{-1}_0d^3\mathbf{p} is Lorentz invariant.
--P.A.M. Dirac "The Principles of Quantum Mechanics" 4th ed. Oxford University Prerss (1958) pp.297-298 (XII-§78)

これに対する [量子力學] の訳文は:

從って (85) で與えられる K_{ab}(x, x^\prime) について

(l^\mu\alpha_\mu + S\alpha_m)_{ab}K_{ba}(x, x^\prime) (87)

が不變でなければならない。そして、これが不變であることが、反交換關係の不變性を保証するのに十分である. (87) として,

<br />
\begin{eqnarray*}<br />
&&h^{-3}\!\!\int\!\Sigma\frac{1}{2}(l^\mu\alpha_\mu\! +\! S\alpha_m)_{ab}(p_0\! +\! \alpha_rp_r\! +\! \alpha_mm)_{ba}e^{-i(x-x^\prime)\cdot p/\hbar}p^{-1}_0d^3\mathbf{p} \\<br />
&&\quad = h^{-3}\!\!\int\!\Sigma\frac{1}{2}\{(l_0\! -\! l_s\alpha_s\! +\! S\alpha_m)(p_0\! +\! \alpha_rp_r\! +\! \alpha_mm)\}_{aa}e^{-i(x-x^\prime)\cdot p/\hbar}p^{-1}_0d^3\mathbf{p} \\<br />
&&\quad = h^{-3}\!\!\int\!\Sigma{2}(l_0p_0\! -\! l_rp_r\! +\! Sm)e^{-i(x-x^\prime)\cdot p/\hbar}p^{-1}_0d^3\mathbf{p}. \qquad \qquad \qquad (88)<br />
\end{eqnarray*}<br />

が得られる. 微分要素 p^{-1}_0d^3\mathbf{p} がローレンツ不變であるから、この式はローレンツ不變である。
--P.A.M. ディラック [ディラック 量子力學 第4版] 東京 岩波書店 (1968) 朝永振一郎・玉木英彦・木庭二郎・大塚益比古・伊藤大介共訳 p.395 ll.13-21 (第XII章第78節)

こまかい翻訳技量の難点をイチイチあげつらっても仕方がないので、私なりの訳文を示すだけにしておく:

と云う訣で (85) で表わされる K_{ab}(x, x^\prime)

(l^\mu\alpha_\mu + S\alpha_m)_{ab}K_{ba}(x, x^\prime) (87)

とは、不変量であるか否かが一致することなる。従って、反交換関係の不変性を証明するには (87) の不変性を証明しさえすれば良い。そこで (87) を計算すると

<br />
\begin{eqnarray*}<br />
&&h^{-3}\!\!\int\!\Sigma\frac{1}{2}(l^\mu\alpha_\mu\! +\! S\alpha_m)_{ab}(p_0\! +\! \alpha_rp_r\! +\! \alpha_mm)_{ba}e^{-i(x-x^\prime)\cdot p/\hbar}p^{-1}_0d^3\mathbf{p} \\<br />
&&\quad = h^{-3}\!\!\int\!\Sigma\frac{1}{2}\{(l_0\! -\! l_s\alpha_s\! +\! S\alpha_m)(p_0\! +\! \alpha_rp_r\! +\! \alpha_mm)\}_{aa}e^{-i(x-x^\prime)\cdot p/\hbar}p^{-1}_0d^3\mathbf{p} \\<br />
&&\quad = h^{-3}\!\!\int\!\Sigma{2}(l_0p_0\! -\! l_rp_r\! +\! Sm)e^{-i(x-x^\prime)\cdot p/\hbar}p^{-1}_0d^3\mathbf{p}. \qquad \qquad \qquad (88)<br />
\end{eqnarray*}<br />

が得られるが、微分要素 p^{-1}_0d^3\mathbf{p} はローレンツ不変であるから、この式もローレンツ不変である。


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2009年3月 8日 (日)

1926年のシュレディンガー論文 "Quantisierung als Eigenwertproblem" (固有値問題としての量子化) に就いて: ファインマンの言及箇所探し

[nouse: アハラノフ・ボーム効果とその実証実験 (本ブログ「サニャック効果」関連記事の余談として)] (2009年3月1日[日]) で引用したリチャード・ファインマン (Richard Feynman) の物理学教科書 "The Feynman Lectures on Physics" の一節の冒頭に "The theory we have described was known from the beginning of quantum mechanics in 1926. The fact that the vector potential appears in the wave equation of quantum mechanics (called the Schrödinger equation) was obvious from the day it was written." 「上記に説明した理論は、量子力学の創成当初である1926年以来分っていたのだ。量子力学の波動方程式 (シュレディンガー方程式) が書き表されたその日から、そこには、明白な事実としてにベクトルポテンシャルが現れていた。」 とあるが、この「1926年 」とは、勿論、Erwin Schrödinger (エルヴィン・シュレディンガー) が、量子力学史上重要な "Quantisierung als Eigenwertproblem" (固有値問題としての量子化) 4部作を発表した年である (「重要な」などと書いたが、私はろくに読んだことはない):

  1. "Quantisierung als Eigenwertproblem (Erste Mitteilung)" Annalen der Physik, (4), 79, (1926), 361-376
  2. "Quantisierung als Eigenwertproblem (Zweite Mitteilung)" Annalen der Physik, (4), 79, (1926), 489-527
  3. "Quantisierung als Eigenwertproblem (Dritte Mitteilung: Störungstheorie, mit Anwendung auf den Starkeffekt der Balmerlinien)" Annalen der Physik, (4), 80, (1926), 437-490
  4. "Quantisierung als Eigenwertproblem (Vierte Mitteilung)" Annalen der Physik, (4), 81, (1926), 109-139

因みに、シュレディンガーは、第2論文と第3論文との間に、これもまた「重要な」"Über das Verhältnis der Heisenberg-Born-Jordanschen Quantenmechanik zu der meinen" (Annalen der Physik, (4), 79, (1926), 734-756) (ハイゼンベルクボルンヨルダンの量子力学の私の量子力学に対する関係に就いて) を発表している。

で、ファインマンが言及している、1926年に書かれたベクトル・ポテンシャルを含む波動方程式のことなのだが、やはり「固有値問題としての量子化」4部作中に含まれていると考えるべきだろう。そして、ザッと眺めたところ、ハミルトニアンから波動方程式を導いて、更に、それをクーロン・ポテンシャルでの2体問題 (ケプラー問題) に適用しているらしい第1論文や、作用関数やホイヘンスの原理から波動方程式を論じて、更に、ケプラー問題以外の例として、磁場の非存在下 (第514ページ) での1次元調和振動子等の簡単な系の量子化を扱っているらしい第2論文中には現れるとは思えない。

これに対して摂動論を扱っている第3論文には、期待が持てそうだと、所々を覗いてみたのだが、結局、スカラーポテンシャルについて、次の記述が見つかっただけだった:

Indem wir der Wellengleichung des Keplerproblems, Gleichung (5), S. 362, Bd. 79 dieser Annalen, eine potentielle Energie +eFz hinzufügen, wie es der Einwirkung eines elektrischen Felds in der positiven z-Richtung von des Stärke F auf ein negatives Elektron vom Ladungsbetrag e entspricht, erhalten wir folgende Wellengleichung für den Starkeffekt des Wasserstoffatoms

(32) \Delta\psi + \frac{8\pi^2m}{h^2}\left(E + \frac{e^2}{r} - eFz\right)\psi = 0

welche die Grundlage des restlichen Teiles dieser Abhandlung bildet.
--"Quantisierung als Eigenwertproblem (Dritte Mitteilung)" II. 3 ("Annalen der Physik" Vierte Folge, Band 80, S. 457)

本紀要第79巻第362ページの式 (5) として示されたケプラー問題の波動方程式に、強さ Fz 軸正方向に向かう電場による、電荷 e の負である電子への作用に相当するポテンシャル・エネルギー +eFz を付け加えることで、以後の議論の基礎となる水素原子のスタルク効果に対する次の波動方程式が得られる

(32) \Delta\psi + \frac{8\pi^2m}{h^2}\left(E + \frac{e^2}{r} - eFz\right)\psi = 0

--「固有値問題としての量子化 第3部」第2章/第3節 (「物理学紀要」第80巻第4号第457ページ)

    訳註:
  1. シュレディンガーが "ein negatives Elektron vom Ladungsbetrag e" と云う持って回った言い方をしているので「電荷 e の負である電子」と訳してあるが (言うまでもないが、この論文時点で、陽電子は発見は勿論、少なくとも一般的には、予想もされていない。従って、シュレディンガーは、「陽電子」との区別のために "negative" と云う限定を入れたのではない)、「負電荷 -e の電子」と云うことだろう。

しかし、ファインマンはハッキリ「ベクトル・ポテンシャル」と書いているから、彼が言及しているのは第4論文の次のような箇所だったのだろう (第4論文も摂動を扱っている。ただし、第3論文は時間に依存しない系が主題であるのに対し、第4論文は時間に依存する系が主題である)。

Die Hamiltonsche partielle Differentialgleichung für das Lorentzsche Eelektron läßt sich leicht in folgende Gestalt setzen

(34) <br />
\begin{equation*}<br />
\left\{<br />
\begin{split}<br />
\Bigl(\frac{1}{c}\partialdiff{W}{t} + \frac{e}{c}V\Bigr) &- \Bigl(\partialdiff{W}{x} - \frac{e}{c}\mathfrak{A}_x\Bigr) - \Bigl(\partialdiff{W}{y} - \frac{e}{c}\mathfrak{A}_y\Bigr)  \\<br />
 &- \Bigl(\partialdiff{W}{z} - \frac{e}{c}\mathfrak{A}_z\Bigr) - m^2c^2 = 0 <br />
\end{split}<br />
\right.<br />
\end{equation*}<br />

Hier sind e, m, c Ladung, Masse des Elektrons und Lichtgeschwindigkeit; V, \mathfrak{A} sind die elektromagnetischen Potentiale das äußeren elektromagnetischen Feldes am Elektronenort. W ist die Wirkungsfunktion.

Aus der klassischen (relativistischen) Gleichung (34) suche ich nun die Wellengleichung für das Elektron abzuleiten durch folgendes rein formale Verfahren, welches, wie man leicht überlegt, auf die Gleichungen (4'') führen würde, wenn es auf die Hamiltonsche Gleichung eines in beliebigem Kraftfeld bewegten Massenpunktes der gewöhnlichen (nichtrelativischen) Mechanik angewendet wird. -- Ich ersetze in (34) nachdem Ausquadrieren die Größen

(35) <br />
\begin{equation*}<br />
\left\{<br />
\begin{split}<br />
&\hspace{10mm} \partialdiff{W}{t}, \quad \partialdiff{W}{x}, \quad \partialdiff{W}{y}, \quad \partialdiff{W}{z}, \quad \\<br />
&\mathrm{bezw. \ durch \ die} \ \mathit{Operatoren} \\<br />
&\pm \frac{h}{2\pi i}\partialdiff{}{t}, \quad \pm \frac{h}{2\pi i}\partialdiff{}{x}, \quad \pm \frac{h}{2\pi i}\partialdiff{}{y}, \quad \pm \frac{h}{2\pi i}\partialdiff{}{z} \mbox{.}<br />
\end{split}<br />
\right.<br />
\end{equation*}<br />

Den so erhaltenen linearen Doppeloperator, ausgeübt an einer Wellenfunktion \psi setze ich gleich Null:

(36) <br />
\begin{equation*}<br />
\left\{<br />
\begin{split}<br />
\Delta\psi - \frac{1}{c^2}\partialdiffsecond{\psi}{t} \mp \frac{4\pi ie}{hc}\Bigr( \frac{V}{c}\partialdiff{\psi}{t} + \mathfrak{A}\,\grad{\psi} \Bigl) \\<br />
\hspace{10mm} + \frac{4\pi^2e^2}{h^2c^2} \Bigr( V^2 - \mathfrak{A}^2 - \frac{m^2c^4}{e^2} \Bigl)\psi = 0 \mbox{.}<br />
\end{split}<br />
\right.<br />
\end{equation*}<br />

(Die Zeichen \Delta und \mathrm{grad} haben hier die elementare dreidimensionaleuklidische Bedeutung.) Das Gleichungspaar (36) wäre die vermutete relativistisch-magnetische Verallgemeinerung von (4'') für den Fall eines einzigen Elektrons und zwar wäre es ebenfalls in dem Sinne zu verstehen, daß die komplexe Wellenfunktion entweder der einen oder der anderen Gleichung zu genügen hat.
--"Quantisierung als Eigenwertproblem (Vierte Mitteilung)" ("Annalen der Physik" Vierte Folge, Band 81, SS. 133-134)

ローレンツ電子に就いてのハミルトン偏微分方程式は、容易に次の形式に表わすことができる:

(34) <br />
\begin{equation*}<br />
\left\{<br />
\begin{split}<br />
\Bigl(\frac{1}{c}\partialdiff{W}{t} + \frac{e}{c}V\Bigr) &- \Bigl(\partialdiff{W}{x} - \frac{e}{c}\mathfrak{A}_x\Bigr) - \Bigl(\partialdiff{W}{y} - \frac{e}{c}\mathfrak{A}_y\Bigr)  \\<br />
 &- \Bigl(\partialdiff{W}{z} - \frac{e}{c}\mathfrak{A}_z\Bigr) - m^2c^2 = 0 <br />
\end{split}<br />
\right.<br />
\end{equation*}<br />

ここで e, m, c は、電子の電荷・質量と光速度であり、V, \mathfrak{A} は、電子の位置における、外部電磁場の電磁ポテンシャルであり、W は、作用関数である。

古典論的な (相対論的な) 方程式 (34) から、以下の純形式的な手続き (容易に分かるように、これを、任意の力場における通常の非相対論力学的な運動質点のハミルトン方程式に適用するなら方程式 (4') が得られる) により、電子の波動方程式を導き出してみよう。つまり (34) において、平方展開に、各項

(35) <br />
\begin{equation*}<br />
\left\{<br />
\begin{split}<br />
&\hspace{10mm} \partialdiff{W}{t}, \quad \partialdiff{W}{x}, \quad \partialdiff{W}{y}, \quad \partialdiff{W}{z}, \quad \\<br />
&\mbox{それぞれを、次の{\bf 作用素}} \\<br />
&\pm \frac{h}{2\pi i}\partialdiff{}{t}, \quad \pm \frac{h}{2\pi i}\partialdiff{}{x}, \quad \pm \frac{h}{2\pi i}\partialdiff{}{y}, \quad \pm \frac{h}{2\pi i}\partialdiff{}{z} \mbox{.}<br />
\end{split}<br />
\right.<br />
\end{equation*}<br />

に置換するのだ。こうして得られた線型2階作用素を、波動関数 \psi に適用したものをゼロに等しいとすると、次のようになる:

(36) <br />
\begin{equation*}<br />
\left\{<br />
\begin{split}<br />
\Delta\psi - \frac{1}{c^2}\partialdiffsecond{\psi}{t} \mp \frac{4\pi ie}{hc}\Bigr( \frac{V}{c}\partialdiff{\psi}{t} + \mathfrak{A}\,\grad{\psi} \Bigl) \\<br />
\hspace{10mm} + \frac{4\pi^2e^2}{h^2c^2} \Bigr( V^2 - \mathfrak{A}^2 - \frac{m^2c^4}{e^2} \Bigl)\psi = 0 \mbox{.}<br />
\end{split}<br />
\right.<br />
\end{equation*}<br />

(ここで、記号 \Delta 及び \mathrm{grad} は、初等的な3次元ユークリッド空間に対するものである)。対をなす方程式 (36) は、単一電子の場合に対する方程式 (4'') を相対論的磁場への一般化と措定して良いだろうが、このことの意味はつまり、複素波動関数は、上記方程式のどちらか一方を満足しなければならないと解釈されるべきだと云うことである。

--「固有値問題としての量子化 第部」第6節 (「物理学紀要」第81巻第4号第133-134ページ)

    訳註:
  1. やや余談に属するが、上記独文の翻訳には、主に小学館の [独和大辞典第2版 (コンパクト版)] を参考にしたが、そこには "Quantisierung" (量子化) と云う見出しが見られず、少々落胆した。まぁ、恐らくは、"Quantisierung" は、ブリティッシュ英語の動詞 "quantise" のドイツ語したものの更に派生名詞形と思われるから、と言うか、あるいは "quantisation" から直接造語したのかもしれないが、いずれにしろドイツ語にとっては「外来語」である可能性が大きいので、「ドイツ語」の辞典に収録するのに抵抗があるかもしれないことを認めるに吝かではない。しかし、逆に、だからこそ、利用者に一定の予備知識がないと、語義を推測しようがないことにも留意してほしかった。辞書への収録は、言葉の重要性との兼ね合いがあるのは、勿論だが、私に言わせれば "Quantisierung" は十分重要な単語である。
  2. "Ausquadrieren" も採録されていない。実は、この語義に就いては、私も若干不審なところがある。一応字面に合わせて「平方展開」と訳しておいたが、一般に「(式の) 展開」を意味する可能性が捨て切れない。
  3. 訳文中の式 (34) に就いて: 最近の Winshell は日本語に対応しているので、tex ファイル中に日本語が入っていても無事に dvi を作成出力する。しかし、そうした dvi ファイルを dvipng.exe で png 画像に変換しようとすると拒絶されてしまう。上記訳文中、式 (34) で使用した png ファイルは、モニター画面上に表示させた dvi 画像をキャプチャして png 形式で保存し、GIMP を使って、所要部分の切り取り、縮小、背景透明化を行なったものである。
  4. 一応、式の (4') がどのようなものか、下に紹介しておく:
    (4') \Bigr( \Delta - \frac{8\pi^2}{h^2}V + \frac{8\pi^2}{h^2}E \Big
l) \Bigr( \Delta - \frac{8\pi^2}{h^2}V - \frac{8\pi^2}{h^2}E \Bigl) \psi = 0

なお、私は未見だが (存在自体は承知していた)、以前共立出版から「シュレーディンガー選集」が出されたことがあって、その第1巻が [波動力学論文集] だった(1974年)。上記で引用した論文も、少なくとも一部は、当然収録されているだろう。

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2009年3月 1日 (日)

アハラノフ・ボーム効果とその実証実験 (本ブログ「サニャック効果」関連記事の余談として)

一般相対論の初歩的な議論で説明できるのにも関わらず、そして、少なくとも現状では一般相対論でしか正しい説明ができていないのにも関わらず、一部の人たちにサニャック効果の理解が進んでいないことの主たる理由は、恐らく、それが「主バンドルのホロノミー」であるためだろう。

[nouse: ホロノミー (holonomy) としてのサニャック効果 (Sagnac effect): 物理篇] (2008年11月8日[土]) の末尾でも触れたが、同じく、その本質が「主バンドルのホロノミー」である物理現象としてアハラノフ・ボーム効果 (Aharonov–Bohm effect) がある (「AB 効果」とも呼ばれる)。この効果も「一部の人たちに理解が進まなかった」。

アハラノフ・ボーム効果は、 Yakir Aharonov (ヤキール・アハラノフ) と David Bohm (デヴィッド・ボーム) が、1959年に、その効果を予言したものだが ("Significance of Electromagnetic Potentials in the Quantum Theory" Phys. Rev. 115, 485 - 491.) その後長い間、その妥当性に疑問が持たれ続けた (なお、実際にはアハラノフとボーム以前に、1949年の段階で Werner Ehrenberg と R.E. Siday とが同じことを既に予言していたと云う [W. Ehrenberg, R. E.Siday: "The Refractive Index in Electron Optics and the Principles of Dynamics"". Proc. Phys. Soc. (1949) B62: 8–21]。従って、この効果は、"Ehrenberg-Siday-Aharonov-Bohm effect" と呼ばれることもあるようだ)。

この記事は、最近図書館で見かけた「ゲージ場を見る―電子波が拓くミクロの世界」(外村彰/とのむらあきら。講談社ブルーバックス。東京講談社。ISBN-06-257162-5) を読んで知ったアハラノフ・ボーム効果実証に関わる逸話を紹介するためだけのものなので、効果の物理的内容に就いて深入りするつもりはないが、話の筋道上簡単に纏めておこう。

電磁気学における基本方程式であるマックスウェル方程式の説明に使われる、スカラーポテンシャルとベクトルポテンシャルは、マックスウェル自身は、その物理的な意義を信じていたようだが、その後、磁場や電場などと異なり大きな任意性がある (「計算の都合」で適当に変えられる) ことから、単なる数学的道具としてのみ見られるようになり、物理的実在性はないものと考えられるようになった。そして、マックスウェル方程式の表式からも隠されるようにな状態が長く続いた。しかし、アハラノフとボームは、量子力学に踏み込むなら、ある種の実験を行なうことで、ポテンシャルの方こそ物理学上基本的な概念であることを示せる筈であると予言し、それが後に実証されたのだった。

以下、ミンコフスキー空間の座標軸を、(x^0, x^1, x^2, x^3) で表わすことにする (ただし x^0 = ct である。x^1-軸、x^2-軸、x^3-軸 は、それぞれ、x-軸、y-軸、z-軸に対応させてある)。また、計量の符号系は [{+}{-}{-}{-}] とする。単位系は SI (になっていると思うが、控えめに MKSA 単位系と言っておいた方が良いかもしれない) である。

アハラノフ・ボーム効果は、スカラーポテンシャル \varphi (当然 1成分) から発生するものと、ベクトルポテンシャル \bm{A} (3次元空間に応じて 3成分) から発生するものの2種類があると云う説明がされることがあるが、これら 2つのポテンシャルは、合わさって相対論的な 4元反変ベクトル ({\varphi}/{c}, \bm{A}) (共変ベクトルとしては ({\varphi}/{c}, -\bm{A})) を構成しており、ミンコフスキー空間のミンコフスキー変換に対して共変的であるし、また、電場と磁場とは合わさって反対称テンソルである電磁テンソル F^{\mu\nu} (共変形式では F_{\mu\nu}) を形成するから (下式参照)、2つの現象は、実は同一現象の別の局面を見ていると考えることができる。

記法の整理をしておく。以下、場の量子論風に

\partial_\mu = (\frac{1}{c}\frac{\partial}{\partial t}, \frac{\partial}{\partial x^i}) \qquad \partial^\mu = (\frac{1}{c}\frac{\partial}{\partial t}, -\frac{\partial}{\partial x^i})

と書くことにする。この場合、電磁テンソルの定義は、

F_{\mu\nu} = \partial_\mu A_\nu - \partial_\nu A_\mu \qquad F^{\mu\nu} = \partial^\mu A^\nu - \partial^\nu A^\mu

となる。

ついでに、電磁ポテンシャルの反変ベクトル形 (A^\mu) \equiv (\frac{\varphi}{c}, \bm{A}) 及び共変ベクトル形 (A_\mu) \equiv (\frac{\varphi}{c}, -\bm{A}) を使って、電磁テンソルの反変形 F^{\mu\nu} 及び共変形 F_{\mu\nu} の成分を書いておこう。ただし、ここで、電場及び磁束密度を (E_x, E_y, E_z), \ (B_x, B_y, B_z) ではなく (E^1, E^2, E^3), \ (B^1, B^2, B^3) と表記することにする。


\begin{eqnarray*}
&& (F^{\mu\nu}) = 
\left(
\begin{array}{cccc}
0 & -{E^1}/{c} & -{E^2}/{c} & -{E^3}/{c} \\
{E^1}/{c} & 0 & -B^3 & B^2 \\
{E^2}/{c} & B^3 & 0 & -B^1 \\
{E^3}/{c} & -B^2 & B^1 & 0   
\end{array}
\right) \\
\\
&& (F_{\mu\nu}) = 
\left(
\begin{array}{cccc}
0 & {E^1}/{c} & {E^2}/{c} & {E^3}/{c} \\
-{E^1}/{c} & 0 & -B^3 & B^2 \\
-{E^2}/{c} & B^3 & 0 & -B^1 \\
-{E^3}/{c} & -B^2 & B^1 & 0   
\end{array}
\right)
\end{eqnarray*}

ちなみに電磁気場のラグランジアン密度は

\mathscr{L} = -\frac{1}{4}F_{\mu\nu}F^{\mu\nu} = \frac{1}{2}(\frac{1}{c^2}\bm{E}^2 - \bm{B}^2)

で与えられる。

まぁ、勿論、磁場だけの空間をミンコフスキー変換しても電場だけの空間にはならず、逆に、電場だけの空間をミンコフスキー変換しても磁場だけの空間にはならないから、単純に電場と磁場とは等価であるとは言い切れないのだけれども。。。。 しかし、例えば電場だけの空間をミンコフスキー変換した場合現れる電場と磁場とが直交することは、アハラノフ・ボーム効果を論ずる時には思い出してもよいかもしれない (これらは、MKSA単位系では、磁束密度 \bm{B} と電場 \bm{E} とに就いて、 c^2\bm{B}^2 - \bm{E}^2\bm{B}\cdot\bm{E} との双方がミンコフスキー不変式であることからいえる)。

この記事を書いている途中で知ったのだが、かっては磁気誘導と呼ばれ、私などは磁束密度として記憶していた \bm{B} は、最近、これもかっては磁場 (磁界) と呼ばれていた bm{H}" より本質的な物理量であるとして、これを改めて「磁場」と呼ぶ流儀があるらしい (参照: 英文版ウィキペディアの "Magnetic field" の項)。確かに、私なぞも昔に電磁気学を勉強した時に \bm{D}bm{H}" には若干の気持ちの悪さを感じたものだが、それはそれとして、本稿では、フツーに \bm{B} を「磁束密度」、bm{H}" を「磁場」と呼ぶことにする (もし登場すればの話だが 。それに、アハラノフ・ボーム効果は、\bm{D}bm{H}" ばかりでなく、\bm{B}\bm{E} も基本的ではありえず、ポテンシャル \varphi 及び \bm{A} の方が基本的であるを示している)。

と云う訣で、ここで、取り敢えずしばらく、アハラノフ・ボーム効果をベクトルポテンシャルに関わる場合、つまり磁場に就いてのアハラノフ・ボーム効果の話題に限ることにする。

磁場に就いてのアハラノフ・ボーム効果は、磁場を「有界領域」に閉じ込めて、その外部には磁場が存在しないようにすることが前提となる。ここで「有界」の意味なのだが、3次元的に有界である場合のほか、3次元空間が「金太郎飴」状態、つまり、或る直線に沿って構造が均一になっていて、その直線に直交する平面内で、磁場が有界であっても良いこととする。

アハラノフ・ボーム効果には、更に、前提条件があって、磁場の存在する「有界」領域を V とし、3次元空間全体を E としたとき E - V が単連結でないこと、つまり、基本群 \pi_1(E - V) が自明でないことも要求される (\pi_1(E - V) \not\cong \{\bm{1}\})。実際、アハラノフ・ボーム効果の説明がなされる時には、通常 \pi_1(E - V) \cong \mathbb{Z} の例が取り上げられる (\mathbb{Z} は整数全体がなす加群) 。

アハラノフとボームの論文 "Significance of Electromagnetic Potentials in Quantum Theory". Phys. Rev. 115 No.3 (Aug. 1, 1959): 485–491 で提示され、また Aharonov–Bohm solenoid effect として言及されることがある、磁場に関するアハラノフ・ボーム効果では、理念的には無限長のソレノイド内に磁場が閉じ込められる。このソレノイド内の空間を V とし、3次元空間全体を E とするなら、\pi_1(E - V) \cong \mathbb{Z} となる。 ここで n \in \mathbb{Z} は、閉曲線がソレノイドの周囲を n 回廻ったことに対応する。

さて、話を一般に戻して、4元電磁ポテンシャル (A_\mu) \equiv (\frac{\varphi}{c}, -\bm{A}) を有する電磁場中を運動する荷電粒子を考える。ここで、その荷電粒子の静止質量を m, 電荷を q とする)、時刻 t における空間位置 を \bm{x}(t) (\bm{x}(t) = (x^1(t), x^2(t), x^3(t))) と書くと、電磁場中で運動する荷電粒子のラグランジアン L は:


L = -mc^2\sqrt{1 - \frac{1}{c^2}\left(\differential{\bm{x}}{t}\right)^2} - qcA_0(t, \bm{x}(t)) - q\differential{x^i}{t}A_i(t, \bm{x}(t))

であるが、非相対論的近似が成立する場合 (\Big|\frac{d\bm{x}}{dt}\Big| \ll c) は、次のように書き直せる (ラグランジアンなので定数項は無視してよい):


L = \frac{1}{2}m \left(\differential{\bm{x}}{t}\right)^2 - q(A_\mu \dot{x}^\mu)

その作用は:


S(t_f\bm{x}_f, \, t_i\bm{x}_i) = \int^{t_f}_{t_i} L(\bm{x}, \dot{\bm{x}}) dt

であり、さらに時間的発展演算子は


U(t_f\bm{x}_f, \, t_i\bm{x}_i) = \int \mathrm{exp}[\frac{i}{\hbar} S(t_f\bm{x}_f, \, t_i\bm{x}_i)] d(\mathrm{path})

となる。アハラノフ・ボーム効果に効いてくるのは、この時間的発展演算子中の指数関数の変数として含まれる作用積分中の非相対論的近似ラグランジアン第2項であって、それを計算すると:


\begin{eqnarray*}
\frac{i}{\hbar}\oint q(A_\mu \dot{x}^\mu) &=& \frac{iq}{\hbar} \int_{\mu < \nu} (\partial_\nu A_\mu - \partial_\mu A_\nu) dx^\nu \wedge dx^\mu \\
&=& \frac{iq}{\hbar} \int_{\mu < \nu} F_{\mu\nu} dx^\mu \wedge dx^\nu
\end{eqnarray*}

従って、例えば、ソレノイド型のアハラノフ・ボーム効果を考えると、半径 R のソレノイドが x^1-軸方向に無限に延在しているとすると、その中の磁束密度ベクトル \bm{B}x^1-軸成分 B^1 しか持たず (ソレノイド内部で一定値 B^1 = \mathrm{const.} \neq 0)、x^2-軸方向、x^3-軸方向には成分を持たない (B^2 = 0 及び B^3 = 0) から、荷電粒子がソレノイドの周囲を1周した際に、電子の波動関数に発生する位相差 (符号の正負は無視する) は:


\frac{q}{\hbar}\int_{r < R} B^1 \, dx^2 \wedge dx^3 = \frac{q}{\hbar}\pi R^2 B^1 = \frac{q}{\hbar}\Phi

となる。ただし、ここで r は、ソレノイドの軸からの距離を表わし、\Phi は、ソレノイド内の全磁束を表わす。

一応ことわっておくと、「荷電粒子がソレノイドの周囲を1周」と言っても、これは、実験の際にそのような構成にしなければならないと云うことではない。これは、ホロノミーによる位相差の総量を計算をするためのもので、謂わば、多様体の「曲がり方」を調べる「測量径路」を指定してるに過ぎない。実際、ここで言う「荷電粒子」とは、要するに電子である訣だが、その場合には「干渉」は、2つの別の径路を通った自分自身との干渉になり、この2つの径路のうち一方を逆転させたものを他方の径路に繋げることで、全体が閉径路と見なされる。

対応して、電場の場合に就いても (つまり、所謂スカラーポテンシャル版のアハラノフ・ボーム効果) も存在する訣だが、この場合には、「荷電粒子が一周してくる」と云う単純な描像は、はっきり「実現」が不可能である。例えば、磁場におけるのと同様、「電場 \bm{E} には x^1-軸成分 E^1 しか存在しない場合」例で、「荷電粒子を一周」させようとすると、その荷電粒子は時間を逆行しなければならなくなるからだ。

ちなみに、アハラノフとボームの原論文では、(磁場の場合にしろ、電場の場合にしろ) 単一荷電粒子の周回と云う描像ではなく、2つの別々の径路を通った電子の波束の干渉を扱っている。そこで提案されている実験では、電場の場合のアハラノフ・ボーム効果は、電位は異なるものの、それぞれで電場の存在しない2つの径路 (異なる電位を有する金属管) を通った電子の波束間には位相差ができるので干渉が発生する筈だと云うものである。

しかし、位相差の計算に就いてなら、「時間を逆行」云々は問題にならない。やはり、ここでも荷電粒子の運動の向きを逆転して考えれば良いだけのことだ。そこで、上述のような電場に就いて、2つの等電位径路の間の間隔 L は一定であり、その電位差を W とし (W = E^1L)、また2つの等電位径路を通過する時間は同じ T であり、さらにこれら2つの等電位径路以外の径路は無視できるほど小さいとして位相差を計算すると (やはり、符号の正負は無視する):


\frac{q}{\hbar}\int ({E^1}/{c}) \, dx^0 \wedge dx^1 = \frac{q}{\hbar} \int E^1 \, dt \wedge dx^1= \frac{q}{\hbar}E^1TL = \frac{q}{\hbar}WT

となる。


アハラノフとボームとが、その名前を冠せられることになる効果の予言を発表した時 (1959年)、大方の物理学者の反応は冷ややかなものだったという。彼らの論文の審査者の一人であった Rudolf Ernst Peierls (ルドルフ・パイエルス) でさえ、一旦は納得したもの、後にそれを撤回する旨アハラノフの面前で表明したそうだ (「ゲージ場を見る」p.130)。「場」の存在しないところに「場」の効果が現れるのだから、遠隔作用的と見える訣で、大多数の物理学者が「そんなことが起こる筈がない」と拒否反応を起こしても不思議はない (アハラノフ・ボーム効果はファイバーバンドルのホロノミーなので、多様体の大局的構造に関わる。しかし、その大局的構造が局所的な空間の接続の仕方で決定されると云うのがガウス・リーマンの多様体論の構想だった)。その中で、論文発表直後に、「おめでとう」と云う祝福の電報を送ってきたのが Richard Feynman (リチャード・ファインマン) だった。そして、電文は、こう続いていた: 「だが、自分の手でこの現象を見つけたかった!」(「ゲージ場を見る」p.130)

これは、ファインマンの本心だっただろう。彼が発見していても何の不思議もなかったのだ。しかも、その内容は深い。ファインマンは、自分が逃がした魚の大きさに悔しがったに違いない。

彼は、その物理学教科書 R. P. Feynman, R. B. Leighton, M. Sands: "The Feynman Lectures on Physics" (私が持っているのは Addison-Wesley. 3 vols. (1963-1965)) 第2巻第15章5 において、早速アハラノフ・ボーム効果を取り上げて、こう総括している (当時、アハラノフ・ボーム効果の実在性に対する反対論が、未だ根強かった筈だが、ファインマンに迷いは見られない。彼の慧眼を思うべきであろう):

The subject has an interesting history. The theory we have described was known from the beginning of quantum mechanics in 1926. The fact that the vector potential appears in the wave equation of quantum mechanics (called the Schrödinger equation) was obvious from the day it was written. That it cannot be replaced by the magnetic field in any easy way was observed by one man after the other who tried to do so. This is also clear from our example of electrons moving in a region where there is no field and being affected nevertheless. But because in classical mechanics \bm{A} did not appear to have any direct importance and, furthermore, because it could be changed by adding a gradient, people repeated said that the vector potential had no direct physical significance -- that only the magnetic and electric fields are "right" even in quantum mechanics. It seems strange in retrospect that no one thought of discussing this experiment until 1956, when Bohm and Aharanov first suggested it and made the whole question crystal clear. The implication was there all the time, but no one paid attention to it. Thus many people were rather shocked when the matter was brought up. That's why someone thought it would be worth while to do the experiment to see that it really was right, even though quantum mechanics, which had been believed for so many years, gave an unequivocal answer. It is interesting that something like this can be around for thirty years but, because of certain prejudices of what is and is not significant, continues to be ignored.
--R. P. Feynman, R. B. Leighton, M. Sands: "The Feynman Lectures on Physics" Addison-Wesley (1964). Volume II 15-12

[ゑびすや註]: "it could be changed by adding a gradient" の "could" には、「当時の人は『事情』を知らなかった」と云う著者の視線が感じられる。また "it would be worth" の "would" には、「検証実験などするまでもないのに」と云う語感がある。

良く知られている通り、ファインマンの物理学教科書には和訳がある (岩波書店。「ファインマン物理学」5分冊 (1) (2) (3) (4) (5)。英文版第2巻に相当するのは、和訳の第3巻と第4巻だろうが、当該引用箇所が載っているのは、あるいは第3巻か)。実は、私もかっては和訳も所有していたのだが、大学生時代、同じ高校から進学してきた友人に進呈してしまって、それ以来持っていない。と云う訣で、岩波の和訳を参照することはできないから (まぁ、図書館に行けば良いのだが、そうまですることもあるまい。原文は至って簡明である) 私なりの訳文を付けておこう:

このことに就いては興味深い経緯がある。上記に説明した理論は、量子力学の創成当初である1926年以来分っていたのだ。量子力学の波動方程式 (シュレディンガー方程式) が書き表されたその日から、そこには、明白な事実としてにベクトルポテンシャルが現れていた。何人もが入れ代わり立ち代わり、ベクトルポテンシャルを磁場で置き換えようとしてみたが、それは容易には成功しなかった。このことは、場が存在しない領域で運動しているにもかかわらず場の影響を受ける上述の電子の例からも明らかである。しかし、古典力学では \bm{A} には、直接的な重要性はないように見えたし、またその上、\mathrm{grad} を加えても構わないようなものだったから、ベクトルポテンシャルには直接的な物理的意義は存在せず、量子力学であっても磁場と電場のみが「正当」なものなのだと、繰り返し表明されたのだった。今の時点で振り替えてみるなら奇妙に思えることだが、1956年、ボームとアハラノフが初めて提案して、問題の全貌を透徹した明確さで示すまで、この実験は、誰も思いつかれることはなかった。その内在的重要性は、常に目前にあり続けた訣だが、誰もそれに注意を払わなかったのだ。だから、問題が明らかになると、多くの人々が逆に驚いたのだった。それだからこそ、長年信じられてきた量子力学が誤解しようのない結論を出しているにもかかわらず、その真偽を確かめるため、そうした実験を行なう価値があると思うものが出てきた。何が重要で何が重要でないかに就いての或る種の先入観のおかげで、これほどのことが、30年間にわたり身近にありながら、無視され続けたと云うことには興味深いものがある。
--ファインマン、レイトン、サンズ「ファインマン物理学」(英文版) 第3巻 (1964年) 第15章第12ページ

アハラノフ・ボーム効果を導く数式の計算は、場の量子論としては初等的なものだ (例えば、藤川和男「ゲージ場の理論」東京 岩波書店。1993年。岩波講座 [現代の物理学] ISBN-10: 4000104500 ISBN-13: 978-4000104500 では、アハラノフ・ボーム効果は、冒頭第1章第2節 pp.6-7 で論じられている)。その発見・承認を遅らせたのは物理学者の心理的抵抗であったのだろう (ファインマンには「心理的抵抗」はなかった訣だ。贅言すると、彼は「心理学」を信じていなかったそうだ)。やや勘繰るならば、Ehrenberg と Siday の発表が黙殺されたのは、彼らが無名であったために、「半分素人の戯言」としか見られなかったためかもしれない (存在自体に注意が払われなかったと云うこともあり得るだろう)。しかし、同じことであっても、アハラノフはともかく、ボームが発表したとなると、無視も成らないが、かといって、「トンデモないこと」に賛成する訣にもいかないと云うことだったのではないか。

ファインマンが皮肉を込めて指摘しているが、幾つか検証実験も行なわれて、しかも、(と言うか、勿論と言うか) 肯定的な結果が得られた。

実際、1960年には Robert G. Chambers [Phys. Rev. Lett. 5, 3 (1960)] が、1961年には H. Börsch 他 [H. Börsch, H. Hamisch, K. Grohamann, D. Wohlleben: Z.Physik 165 (1961) 79] と、 L. L. Marton 他 [A. Fowler, L. Marton, J. A. Simpson, J. A. Suddeth: J.Appl. Phys. 32, 1153 (1961)] とが独立して、1962年には G. Möllenstedt 他 [G. Möllenstedt, W. Bayh: Naturwissenschaften 49, 81 (1962)] が、それぞれ、アハラノフ・ボーム効果が実証されたとの報告を行なっている。

しかし、それでも、アハラノフ・ボーム効果の実在性に対する抵抗は根強かった。実験に不備がある (磁場の閉じ込めが完全でない) とされたのだ。

1978年には、P. Bochhieri と A. Loinger は、アハラノフ・ボーム効果の実在性を否定する論文 [Nuovo Cimento A, 47, 475 (1978)] を発表し、これに対する反論、そして再反論と応酬され、議論は錯綜した (「ゲージ場を見る」pp.145-146)。

このした論争に、鮮やかな実験的結論を出したのが、当時日立製作所中央研究所 (東京都国分寺市) で電子線ホログラフィの研究をしていた外村彰 (とのむら あきら) の研究グループだった (総合科学技術会議 の「外村彰氏インタビュー」も参照)。

外村は、ソレノイドの代わりに微小なドーナッツ型の磁石を使うことを考える。勿論、電子の波動関数の位相差干渉検出には電子線ホログラフィを使う訣だが、しかし、磁石の作成の方は、自力では不可能なので、他の開発チームの協力が必要だった。。。 自分達の研究テーマを抱えている彼らの手を煩わせることになる磁石の作成を説得することが出来るだろうか?

そこで外村は、見ず知らずのC. N. Yang (楊振寧) に手紙を出す。「パリティ非保存」のヤン (Tsung-Dao Lee/李政道と共に論文を発表したのが 1956年、これにより、その翌年の 1957年には異例の速さでノーベル物理学賞を受賞した)、非アーベルゲージ理論の基本となる「Yang-Mills 場」のヤンにである。「AB 効果の検証実験を計画しているところですが、この実験は物理学にとって本当に重要でしょうか?」(「ゲージ場を見る」p.148)

ヤンの回答は、彼自身の行動が雄弁に物語った。その約1ヵ月後、ヤンは日立製作所中央研究所にやってきたのだ。1981年6月初めのことである。その時日本を訪れてきたヤンは、アハラノフ・ボーム効果に就いて議論するため国分寺に足を運んだのである。彼の来所により、「AB 効果を検証しようという気運は一気に盛り上がった。実験は中央研究所の磁性グループと一緒になって、ただちにスタートした。」(「ゲージ場を見る」p.149)

翌1982年には、結果が出た。ドーナッツの外側と内側を通る電子線の間に位相差が出ることが電子線ホログラフィで示されたのだ。位相差の値も、理論値に一致した。実験サンプルの中には、磁石から磁場がはみ出ているものもあったが、アハラノフ・ボーム効果の実験には磁場がはみ出ないサンプルが用いられた。アハラノフ・ボーム効果は実証された筈だった。

この結果は、"Physical Review Letters" に提出された (1982年2月16日)。しかし、アハラノフ・ボーム効果に就いての論争の最中であったので、この論文は、効果に対して肯定的な審査者と否定的な審査者により査読された。そして、やはり意見は真っ向から別れ、一旦は拒絶されてしまうのだが、結局、論文はそのままの形で雑誌に掲載されたのだった (Tonomura et al.: "Observation of Aharonov-Bohm Effect by Electron Holography" Phys. Rev. Lett. 48, 1443 - 1446 (May 24, 1982))。

"Physical Review Letters" の一方の審査者と同様、やはり、この論文でも納得しない物理学者がいた (P. Bocchieri, A. Loinger, G. Siragusa: "Remarks on « Observation of Aharonov-Bohm effect by electron holography »" Nuovo Cimento, 35, 11, 370-372 のこと?)。

外村は、誰もが納得する実験結果を出したいと望んだ。

幸いなことに、その後日立の中央研究所で開催された「量子力学の基礎に関する国際シンポジウム」(ISQM) のため再び来所したヤンは新しい実験の提案を行なった。「ドーナッツ状の磁石を超伝導体でつつんでみなさい。"磁束量子化" と呼ばれる超伝導の基本現象が、AB 効果によってドラマティックに観測できるはずである」。
--「ゲージ場を見る」p.153

[ゑびすや註]: ISQM は第1回が1983年に日立製作所中央研究所で開催された。第5回 (1995年) 以降は、日立製作所基礎研究所に場所を移して開催されている。

このヤンの提案は実現が困難であったが、1986年春、外村たちは、遂に実験に成功する。完成したサンプルは:

パーマロイのドーナツ状磁石を芯にして、そのまわりをニオブがとり囲んでいる。磁場が外に漏れないように、ニオブの厚さは三〇〇〇オングストローム以上とし、二枚重ねのニオブの膜の隙間に酸化物が生じないよう留意した。サンプルをマイナス二六八度 (絶対温度五度) まで冷やして、ニオブを超伝導状態にする。マイスナー効果によって磁場は内部に閉じ込められて外には漏れてこない。あてた電子線が磁石の中まで侵入することもない。
--「ゲージ場を見る」p.158

実験の結果、ドーナツの孔の中と外側を通る2本の電子線の間には、1/2 波長の位相差が生じていることがはっきりと映し出されたのだった(「ゲージ場を見る」ジャケット写真、又は p.160 を参照)。

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2008年12月30日 (火)

Cymbeline (シンベリン) の一節

本日0時過ぎ (2008/12/30 00:14:00)、キーフレーズ [WAS I AS A TREE WHOSE BOUGHS DID BEND WITH FRUIT 日本語訳] で、このサイトを訪問された方がいらしたようだが、ここに限らず、はかばかしい結果は得られなかったのではないか。

しかし、「日本語訳」を取り除いて、英語部分を double quotation marks で囲って "WAS I AS A TREE WHOSE BOUGHS DID BEND WITH FRUIT" で検索すれば、シェークスピアの戯曲「シンベリン/Cymbeline」第3幕第3場の一節 (BELARIUS の科白) であることがスグに知れる。

BELARIUS

How you speak!
Did you but know the city's usuries
And felt them knowingly; the art o' the court
As hard to leave as keep; whose top to climb
Is certain falling, or so slippery that
The fear's as bad as falling; the toil o' the war,
A pain that only seems to seek out danger
I' the name of fame and honour; which dies i'
the search,
And hath as oft a slanderous epitaph
As record of fair act; nay, many times,
Doth ill deserve by doing well; what's worse,
Must court'sy at the censure:--O boys, this story
The world may read in me: my body's mark'd
With Roman swords, and my report was once
First with the best of note: Cymbeline loved me,
And when a soldier was the theme, my name
Was not far off: then was I as a tree
Whose boughs did bend with fruit
: but in one night,
A storm or robbery, call it what you will,
Shook down my mellow hangings, nay, my leaves,
And left me bare to weather.
--The Complete Works of William-Shakespeare > Cymbeline - Act 3, Scene 3">

Wikisource 版 (The Tragedy of Cymbeline) もある。

これを見ると、"was I as a tree whose boughs did bend with fruit" の前に、 "then" を付けないと文章として完結しないことが分かる。「当時は」・「かっては」は自分も栄華を誇ったものだったと云う意味合いだから、昔を偲ぶ感情が下敷きなっているので、時間への言及は重要である。そして、強調のためばかりではないだろうが、とにかく "then" が冒頭におかれた結果として "was" が引き摺られて "I" と倒置されたのだ。

"as" の語感は微妙だが、「(当時こそは) そのようなものであった」と云ったところだろうか。


ちなみに、小田島雄志は次のように訳している。

そのころのおれは
枝もたわわに実をつけた木であった
--白水社 u ブックス「シンベリン」ウィリアム・シェイクスピア (小田島雄志 訳) 1983年 東京 白水社 p.103

小田島訳に、ほぼ異論はない。前後の科白の流れを考慮するなら、こう訳した方が良いだろうことを認めつつ、しかし、この文章単独なら、私は「そのころのおれは」ではなくて「そのころはおれも」としたい。

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2008年3月21日 (金)

Oh, to be in England
Now that April's there,
And whoever wakes in England
See,.....

作者:ブラウニング 出典:"Home thought from Abroad"
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.39

丸谷才一の説明:薄田泣菫の詩「大和にしあらましかば」は、この詩をまねた。しかし、「おお」oh では、あまりしみじみとしない。それで「ああ」としたのだが、これは、「あはれ」 の「あ」に引き摺られたのだろう。

Home thought from abroad
Oh to be in England
Now that April's there,
And whoever wakes in England
Sees some morning, unawares,
That the lowest boughs and the brushwood sheaf
Round the elm-tree bole and in tiny leaf"
While the chaffinch sings on the orchard bough
In England now!
--Robert Browning "Home thought from Abroad"

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

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Le vent se lève, il faut tenter de vivre.

作者:ヴァレリー 出典:"Le Cimetière marin"
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.86

Le vent se lève !… il faut tenter de vivre !
L’air immense ouvre et referme mon livre,
La vague en poudre ose jaillir des rocs !
Envolez-vous, pages tout éblouies !
Rompez, vagues ! Rompez d’eaux réjouies
Ce toit tranquille où picoraient des focs !
--"Paul Valéry: Le Cimetière marin" 1920

堀辰雄が、"Le vent se lève, il faut tenter de vivre." を「風立ちぬ、いざ生きめやも」と訳したが、「やも」は反語なので、原文の意味に反する。

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

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  女をかたらはんとてめのとのもとにつかはしける
かくなんとあまの漁火ほのめかせ磯辺の波の折もよからば

作者:源頼光 出典:[後拾遺和歌集11]607
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.134

口語的な「なん(なむ)」が和歌本体中に使われている例。お姫様を誘惑するために乳母に贈った歌。「かくなん」は乳母のセリフ。
大野晋の解:「お姫様に接近するいい折があったら、『ここです』と、漁火をほのめかせ」

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

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居り明かしも今宵は飲まむほととぎす明けむあしたは鳴き渡らむぞ

作者:大伴家持 出典:[万葉集18]4068/4092
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.385

勧誘の「む」。
丸谷才一による解:「徹夜で今夜は飲みましょう。徹夜で飲んだその翌日にはほととぎすが鳴くことでしょう」
この歌には [二日は立夏の節に応る。このゆゑに、「明けむ朝は鳴かむ」といふ] と云う注記がある。

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

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をとつひも昨日も今日も見つれども明日さへ見まくほしき君かも

作者:橘文成(たちばなのあやなり) 出典:[万葉集6]1014/1019
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.240

「さへ」の用例。
大野晋による解:「一昨日も逢ったし、昨日も逢ったし、今日も逢ったけれども、さらに加えて明日も逢いたいと思うあなたです」

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をち水[ヲ]イ取り来て

作者:不詳 出典:[万葉集13]3245/3259
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.328

『万葉集』中接頭辞イを有し、文脈から平面上の移行に関する意味を有すると判断できる動詞の8例の一つとして、大野晋が挙げているもの。
天橋も 長くもがも 高山も 高くもがも 月夜見の 持てるをち水 い取り来て 君に奉りて をち得てしかも (作者不詳 [万葉集13]3245/3259)」

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

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をしめども春の限りの今日のまた夕暮れにさへなりにけるかな

作者:読人しらず 出典:[後撰和歌集3]141
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.240

「さへ」の用例。大野晋の解説によると、「さへ」は後になると「...までも...だ」の意味になっていった。歌の意味は「今日で春は終わりだと思いつめているのに、そのまた夕暮れにまでもなってしまったことだなあ」。

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

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惜しめども散り果てぬれば桜花いまは梢をながむばかりぞ

作者:御白河院 出典:[新古今和歌集2]146
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.99

「である」を意味する「ぞ」は新古今には少ないが、この歌は、丸谷才一の紹介するそうした例。

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

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岡に寄せ我が刈る草のさ寝がやのまこと和やは寝ろとは言なかも

作者:東歌 出典:[万葉集14]3499/3520
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.366

「かも」の用例。
大野晋の説明:「言なかも」とあって、「かも」は体言を承けるから、その上の「な」は連体形。「まこと和やは寝ろとは言なかも」は、「本当に和やかに一緒に寝ろとはおまえは言わないんだね」の意味になる。

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われ男の子意気の子名の子つるぎの子詩の子恋の子あゝもだえの子

作者:与謝野寛 出典:紫
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.39

近代和歌での感動詞「ああ」の用例。

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

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我のみや世をうぐひすとなきわびむ人の心の花とちりなば

作者:読人しらず 出典:[古今和歌集15]798
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.129

「や」の用例。
大野晋による解:「あなたの心が花のように散ってしまって、私への思いを捨ててしまったならば、私だけは、世の中がつらいと泣いて力を落とすでしょうね」。
「世をうぐひす」と言う時には、「うぐひす」の「う」だけにかかるのか、あるいは、「憂し」にかかるのか、と云う丸谷才一の質問に対して、大野晋の回答は、「世をうぢ山と人はいふなり」では「世を」は語幹の「う」だけに係っているが、この歌の「世をうぐひす」では、「世を」は「うぐ」に係っていると看做すべきだが、それは長くかかるほうが自然だと云うことだけで、「う」だけに係ると考えてもよい。
私 ([ゑ]) なりにパラフレーズすると「あなたが私を思ってくれる心の花が散ったとしても、私の方はあなたを思い続けて、花を失った鴬が嘆き鳴くように、『この世は憂し』と嘆き泣くでしょうね」。

参考(『古今和歌集』での前後の歌):
色見えでうつろふ物は世中の人の心の花にぞ有りける (小野小町 [古今和歌集15]797)
思ふともかれなむ人をいかがせむあかずちりぬる花とこそ見め (そせい法師 [古今和歌集15]799)

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われし羨しも

作者:大伴宿奈麻呂 出典:[万葉集4]533/536
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.324

「し」の使用例。下に条件句が来ていない例。「難波潟潮干のなごり飽くまでに人の見る子を我れし羨しも (大伴宿奈麻呂 [万葉集4]533/536)」

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われこそは憎くもあらめわが宿の花たちばなを見には来じとや

作者:不詳 出典:[万葉集10]1990/1994
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.143, p.177

「こそ...め」の已然形係結びの例。大野晋の説明と解:男と女が喧嘩して、男が女の家から怒って帰った。女は男に挨拶の歌を贈った。「われこそは憎くもあらめ」の意味は「私のことは憎いでしょうけれど」で (つまり「こそ」の結びは「ど型」)、だから私には会いにこなくてもいい。「(...けれど、)私の家の花たちばながきれいに咲きました。その花は見には来ないと云うわけですか」。

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

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わびぬれば身を浮草の根を絶えてさそふ水あらばいなんとぞ思ふ

作者:小野小町 出典:[古今和歌集18]938及び仮名序
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.333

「を」の用例。『日本語で一番大切なもの』中に解は見当たらないので、私なりのものを付けておく:「我が身の上は、浮草と同じに根のない『憂き暮し』をしていて、心細いのですが、浮草である以上、誘ってくれる水があるのなら、そこに流れ去ろうと思います」。已然形 + 「ば」だが、単純な順接ではなく、気分に一旦「溜め」がある。

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

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海の底おきを深めて生ふる藻のもとも今こそ恋はすべなき

作者:不詳 出典:[万葉集11]2781/2791
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.164

大野晋の解:「いまこそ私の恋のせつなさはなんともするすべがない」

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

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わたつみの海に出でたる飾磨川絶えむ日にこそわが恋やまめ

作者:遣新羅使 出典:[万葉集15]3605/3627
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.386

「こそ」の用例。
大野晋の解と説明は以下の通り:「海に流れている飾磨川の水が絶えている日はないように、私のこの恋の思いはやむ時はないにちがいない」。「絶ゆる日にこそ」ではなくて「絶えむ日にこそ」と言っている。「絶ゆる日」と言うと、明らかに絶えるのが目の前に確かにある感じになるが、「絶えむ日」と言うと、それは自分の観念の中で思っていることだと云うことを、ちゃんと表わしている。

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

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忘れても人に語るなうたたねの夢みてのちも長からじよを

作者:馬内侍 出典:[新古今和歌集13]1161
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.346

「を」の用例。丸谷才一によるなら、三通りの解釈が可能:
「二人がいま関係してすぐに明けるであろう夜のことを人に絶対語るな」
「人に語るな、一夜を共にしても長くはあるまいと思われるわれわれの命なのだから」
「人に語るな、うたたねの夢のような恋を味わったのち、すぐに夜は明けるのに(つまり、二人の仲は長く続かないであろうに)」

こう説明されると「ナルホドネー」とでも言うしかないのだが、どうもピンとこないなぁ。まず、「忘れても人に語るな」が係っているのは「うたたねの夢」なのか、「長からじよ」なのか、と考えると、「うたたねの夢」、つまり「儚い逢瀬」と「忘れても人に語るな」とは素直に繋がる。では「長からじよ」と「忘れても人に語るな」の方はどうかと云うと、「『よ』が長くないから、忘れてもいいけれど、人には話さないで」となって、意味不明だ。

「私の読みが浅いのかしらん」と思いながら、仕方がないので、取り敢えず、問題を迂回して、馬内侍の歌で「忘れ」と「人に語るな」の用例を探していたら、[時代統合情報システム 新古今和歌集 巻第十三] では当該歌が、次のように表記されていた:

わすれても-ひとにかたるな-うたたねの-ゆめみてのちも-なからへしよを (馬内侍 [新古今和歌集13]1161)

「長らへしよを」か...。意味が通じてしまうなぁ。こんな感じだろうか:「私たちの恋のことは忘れても構いませんが、人には話さないでくださいね。『うたたねの夢』のようなあの儚い逢瀬が終わった後も、私たちは世の中を生きてきているのですから」。

「時代統合情報システム」は、どこから「なからへしよを」を何処から引っ張ってきたのか不明なので、裏付けの取りようがない。そして、どちらにしろ現状では圧倒的に少数派だ (単独で孤立している?)。私にとっては、「長からじよを」では意味が取りにくいが、「長らへしよを」なら意味が通じると云うことだけが、根據なんだが、無視する気は起こらない。今後の見当材料として、ここに書いておく。

なお、この歌の詞書は「人に物いひはじめて」である。つまり「釘を刺した」ぐらいの意味なんだろう。このことも「なからへしよを」採用の補強証拠になるかもしれない。

参考 (馬内侍の歌の中で「忘れ」や「人に語るな」が詠まれいる例):
  かへる雁をよめる
とどまらぬ心ぞみえん帰る雁花のさかりを人にかたるな
(馬内侍 [後拾遺和歌集1]70)

  忘れじと言ひ侍りける人のかれがれになりて、枕箱とりにおこせて侍りけるに
玉くしげ身はよそよそになりぬとも二人ちぎりしことな忘れそ
(馬内侍 [後拾遺和歌集16]924)

  雪のあした人のまで來て、かくならひて來ずば、いかゞ思ふべきと申しければ
忘れなば越路の雪のあと絶えて消ゆるためしになりぬばかりぞ
(馬内侍 [金葉和歌集(三奏本)8]445)

  左大将朝光、誓言文(ちかごとふみ)を書きて、代りおこせよと責め侍りければつかはしける
ちはやぶる賀茂のやしろの神も聞け君忘れずは我も忘れじ
(馬内侍 [千載和歌集15]909)

やとかへて-にほひおとるな-うめのはな-むかしわすれぬ-ひともあるよに (馬内侍 [続古今和歌集17]1498)

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

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忘れてはうち嘆かるる夕べかなわれのみ知りて過ぐる月日を

作者:式子内親王 出典:[新古今和歌集11]1035
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.344

「を」の用例。『日本語で一番大切なもの』における説明:接続助詞としての「を」と格助詞としての「を」が重層的になっている。このため「月日を忘れては」とも「月日なるものを」ともとれる。

『新古今和歌集』における、この歌の前後の歌:
玉の緒よ絶えなば絶えねながらへば忍ぶることの弱りもぞする (式子内親王 [百人一首]89/[新古今和歌集11]1034)
わが戀は知る人もなしせく床のなみだもらすな黄楊の小まくら (式子内親王 [新古今和歌集11]1036)
3首全体の詞書:「百首歌の中に、忍戀を

この歌の重層性に就いては、『日本語で一番大切なもの』p.345-p.355 で丸谷才一と大野晋が語っている通りだが、私なりに補足すると、「うち嘆かるる」、つまり「ふと溜め息をつく」のは無意識的な行為だが、「忘れ」るのは、意識的に意識の外へ追い出したとも、無意識的に意識から消失したともとれることだ。つまり、以下の全ての解が重層的に成立して、共鳴しあっている:
「この秘めた恋を『忘れてしまおう』と忘れてみたら、ふとため息が出た夕べです。私だけが知っている、これまでの月日があるのです」。
「これまでの秘めた恋の月日を『忘れてしまおう』と忘れてみたら、ふとため息が出た夕べです」。
「気が付くと、『秘めた恋』が心の中から消えていて、ふとため息が出た夕べです。私だけが知っている、これまでの月日があるのです」。
「気が付くと、これまでの『秘めた恋』の月日が心の中から消えていて、ふとため息が出た夕べです」。

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

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分けてやる隣もあれなおこり炭

作者:一茶 出典:七番日記
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.152

「あれな」を使っている例。岩波文庫『一茶俳句集』p.199 [文化後期]。岩波文庫『一茶七番日記(上)』 p.412 文化10年10月

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和気い申してあり

作者:菅野真道 et al. 出典:[続日本紀26]宣命34
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.313

主格にあたる使い方の「い」。

参考 (菅野真道 et al. [続日本紀26]宣命34):
八月庚申の朔、從三位和氣王(わけのおほきみ)、謀反(むへん)に坐(つみ)せらさて乃(すなは)ち誅(ちう)せらる。
詔(みことのり)して曰(のたま)はく、
「今(いま)和氣(わけ)に勅(の)りたまはく、先(さき)に奈良麿(ならまろ)らが謀反(むへん)の事(こと)起(おこ)りて在(あり)し時には、仲麻呂(なかまろ)い忠臣(ただしきおみ)として侍(はべ)りつ。然(しかる)に後(のち)に逆心(さかしまにあるこころ)を以(もち)て朝庭(みかど)を動(うごか)し傾(かたぶ)けむとて兵(いくさ)を備(そな)ふる時に和氣(わけ)い申(まを)して在(あ)り。此(これ)に依(よ)りて官位(つかさくらゐ)を昇(あ)げ賜(たま)ひ治(おさ)め賜(たま)ひつ。かくはあれども仲麻呂(なかまろ)も和氣(わけ)も後(のち)には猶(なほ)逆心(さかしまにあるこころ)以(もち)て在(あり)けり。復(また)己(おの)が先靈(おやのみたま)に祈(いの)り願(ねが)へる書(ふみ)を見(み)るに云(い)ひて在(あ)らく、『己(おの)が心(こころ)に念(おも)ひ求(もと)むる事をし成(な)し給(たま)ひてば、尊(たふと)き靈(みたま)の子孫(うみのこ)の遠(とほ)く流(なが)して在(あ)るをば京都(みやこ)に召(め)し上(あ)げて臣(おみ)と成(な)さむ』と云(い)へり。復(また)『己(おの)が怨男女(あたをとこをみな)二人在(あ)り。此(これ)を殺(ころ)し賜(たま)へ』と云(い)ひて在(あ)り。是(こ)の書(ふみ)を見(み)るに謀反(むへん)の心(こころ)ありとは明(あき)らかに見(み)つ。是(ここ)を以(もち)て法(のり)のまにまに治(をさ)め賜(たま)ふと宣(の)る」とのたまふ。
岩波書店[新日本古典文学大系]『続日本紀四』p.86-p.87

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吾妹子が赤裳の裾のひづちなむ今日の小雨にわれさへ濡れな

作者:不詳 出典:[万葉集7]1090/1094
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.236

「さへ」の用例。丸谷才一の説明:「われさへ濡れな」は「わたしも濡れたい」

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わが故に思ひな痩せそ秋風の吹かむその月逢はむものゆゑ

作者:遣新羅使 出典:[万葉集15]3586/3608
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.351

「ものゆゑ」の用例。大野晋の解:「私のことを思って痩せたりしないで下さい。秋風の吹くその月には必ず逢うものと決まっているのだから」。出発に際して男から、残る女へ贈った歌。

出発は天平8年6月だったので、男はすぐにでも帰ってくると詠んだわけだが、実際の帰還は翌天平9年春だった。

参考 (「筑紫を廻り来て、海路にして京に入らむとし、播磨の国の家島に至りし時に作る歌五首」(詞書) の第2歌):
草枕旅に久しくあらめやと妹に言ひしを年の経ぬらく (遣新羅使 [万葉集15]3719/3741)

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わが宿の花たちばなにほととぎす今こそ鳴かめ友に会へるとき

作者:大伴書持(おほとものふみもち) 出典:[万葉集8]1481/1485
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.384

助動詞「む」の用例。催促。『日本語で一番大切なもの』における解:「私の家の花たちばなにいるほととぎすよ、いま友達と会っているこの時に鳴きなさいよ」

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我宿にさける藤浪立ちかへり過ぎがてにのみ人のみるらむ

作者:凡河内躬恒 出典:[古今和歌集2]120
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.400

大野晋の説明:「らむ」とあるが疑の心がない例。時枝誠記が「わが宿に咲いている藤の花を行きすぎることができなくて立ちかえり、人が見ることだな」と云う意味だとした。

「藤浪」は、藤の花房が風に靡いて揺れる様子を波に見立てたもの。

「なみ」、「のみ」、「のみ」と類似音が重なっていることに注意。

[ゑ]補足:「過ぎがてにのみ」の「のみ」は強調。「だけ」と云う意味ではない。「通り過ぎることができず、本当に立ち返って」ぐらいの意味。

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わが身のかくいたづらに沈めるだにあるを......もし我におくれてその志とげず、この思ひおきつる宿世たがはば海に入りね

作者:紫式部 出典:源氏物語[若紫]
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.255

大野晋の説明と解:この「だに」は「すら」に近い。「沈んでいるのすら(耐えがたいのに)まして...」

『源氏物語』[若紫]
「さて、その女は」と、問ひ給ふ。
「けしうはあらず、かたち・心ばせなど、侍るなり。代々の國の司など、用意ことにして、さる心ばへ見すなれど、更にうけひかず。『我が身の、かく、いたづらに沈めるだにあるを、この人一人にこそあれ、おもふさま、殊なり。もし、われに後れて、その心ざしとげず、この、おもひおきつる宿世たがはば、海に入りね』と、つねに、遺言しおきて侍るなる」
と聞こゆれば、君もをかしと聞き賜ふ。
岩波文庫『源氏物語(一)』p.166-p.167

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わが欲りし野島は見せつ底深き阿胡根の浦の玉そ拾はぬ

作者:中皇命 出典:[万葉集1]12
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.101

助詞「そ」の用例。
大野晋の説明と解:「玉そ拾はぬ」と連体形で終わっている。これは、「拾はぬ(は)玉そ」の倒置である。
「私が見せたいと思った野島は見せた。阿胡根の浦の玉である、まだ拾わないものは」。

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わが袖は手本とほりて濡れぬとも恋忘れ貝取らずは行かじ

作者:遣新羅使 出典:[万葉集15]3711/3733
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.372

条件節を作る「ずは」の用例。「手元」の訓は「たもと」。「恋忘れ貝」は、それを拾うと恋の苦しさを忘れると云う貝。二枚貝のバラバラになった一方、又はアワビを指すと云う。

大野晋の解:「着物の袖が濡れてしまうとしても、私は恋忘れ貝を拾わずには行くまい」。

参考 (前2首及び後1首の中のこの歌):
家づとに貝を拾ふと沖辺より寄せ来る波に衣手濡れぬ (遣新羅使 [万葉集15]3709/3731)
潮干なばまたも我れ来むいざ行かむ沖つ潮騒高く立ち来ぬ (遣新羅使 [万葉集15]3710/3732)
我が袖は手本通りて濡れぬとも恋忘れ貝取らずは行かじ (遣新羅使 [万葉集15]3711/3733)
ぬばたまの妹が干すべくあらなくに我が衣手を濡れていかにせむ (遣新羅使 [万葉集15]3712/3734)


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わが袖はしほひに見えぬ沖の石の人こそしらねかわく間もなし

作者:二条院讃岐 出典:[百人一首]92/[千載和歌集12]760
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.371

「見えぬ」。「ぬ」は否定の助動詞「ず」の連体形。

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わが背子が来まさぬ宵の秋風は来ぬ人よりもうらめしきかな

作者:曽禰好忠 出典:[拾遺和歌集13]833
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.294

大野晋の説明:「が」は、本来体言と体言とを結ぶものだったが、この歌では「わが背子が宵」に「来まさぬ」が入っている。

「背子」は女性が夫・恋人を呼ぶ場合にも、男性が男性の友人を呼ぶ場合にも使われるが、この歌は『拾遺和歌集』の「恋三」に収められているから、女性の立場で詠んだものとしておいてよいだろう。「あの人が来てくれない夕方に秋風が吹くと、あるいは、飽きられてしまったのかもしれないと気を揉んで、あの人が来てくれないことよりも、本当はどうなのかと、そちらの方が気にかかりつづけます」

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わが背子がイ立たせりけむ厳橿がもと

作者:額田王 出典:[万葉集1]9
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.328

『万葉集』中接頭辞イを有し、必ずしも「平面上の移行」とは言えないが、「或る点への移行・連続」と取ってもさしつかえがなさそうな動詞の11例の一つとして、大野晋が挙げているもの。
この句は、『万葉集』中の難訓歌に登場する。参考:
莫囂円隣之大相七兄爪謁気我が背子がい立たせりけむ厳橿が本 (額田王 [万葉集1]9)

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わが里に大雪ふれり大原の古りにし里にふらまくは後

作者:天武天皇 出典:[万葉集1]103
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.275

大野晋の説明:「大原の」が「古りにし里」の形容詞になっている。これは、「の」が、「大和の国」のような存在の場所を示すことから広がって、命名したり、指名したりする用法が生じたのである。「吉野の山」と言えば、「吉野にある山」でもあるし、「吉野という山」でもあるのと同じである。それで「の」は「...という」と訳せるのである。

詞書は「天皇、藤原夫人に賜ふ御歌一首」。「天皇」は天武帝。「藤原夫人」は、藤原鎌足の娘、五百重姫。「夫人」は天皇に侍す女性の地位で第3位 (上から順に「皇后」・「妃」・「夫人」・「嬪」)。

「大原」は藤原鎌足誕生の伝承地。『万葉集』中の次歌から、当時藤原夫人がいたことが分かる。天武天皇がいた飛鳥浄御原宮から直線距離で 1km 足らずしか離れていなかった筈であるが、天皇がこちらは大雪が降ったけれど、田舎であるそちらに降るのはこれからだろうと揶揄ったのである。「ふれり」と「古りにし」と「ふらまく」で音が重なり、「大雪」と「大原」で音が重なり、「里」が重出する。

これに対し、藤原夫人は「我が岡のおかみに言ひて降らしめし雪のくだけしそこに散りけむ (藤原夫人 [万葉集2]104)」と、「おかみ」(水神) に頼んで大原で降らせてもらった雪が砕けて、そちらに飛び散ったのでしょうよ、と切り返している (ただし、折口信夫は『水の女』の中で、[万葉集2]104 に就いて「藤原氏の女の、水の神に縁のあった事を見せてゐるのである」と記している)。「岡」は明日香の地名かもしもないが、あるいは、天武御製で「里」とあったのに対比させたか?

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

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わが恋も今は色にや出でなまし軒のしのぶも紅葉しにけり

作者:源有仁 出典:[新古今和歌集11]1027
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.223

丸谷才一の指摘:『国歌大観』に載っている歌の中でただ一つ「我が恋も」とある歌。
大野晋の説明:この歌では、「わが恋も」と「軒のしのぶも」と二つ並べて肯定しているので、「も」の新しい使い方。

「しのぶ」は、「(恋を)隠す」と云う意味での上二段動詞「しのび」(連用形) を掛けてある。「私の恋も今はもう顔色に出てしまえば良いのに。(恋を隠すために吊るした)軒の忍草の葉も色が変わっていましたよ」。シノブグサ (ノキシノブ) は常緑性なので、基本的には「紅葉・黄葉」しない筈だが、何らかの事情で変色したか?

参考(詞書):「忍草の紅葉したるにつけて、女のもとに遣はしける

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わが恋は松を時雨の染めかねて真葛が原に風騒ぐなり

作者:慈円 出典:[新古今和歌集11]1030
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.220, p.291

丸谷才一の紹介する所では、窪田敏夫に、王朝和歌の本質は謎と答えであると云う説がある。それを、この歌に当て嵌めると、「わが恋は松を時雨の染めかねて」と云う謎に対して「真葛が原に風騒ぐなり」と云う答えを出す形になっている。

「真葛が原に風騒ぐなり」は「うらみ」に掛けてあるのだろう。『日本語で一番大切なもの』では解はあたえられていない。強いて付けるならば「私の恋のことを言うならば、いくら時雨に濡れても松が色を変えないように、いくら待ってもあの人の心は変わらないのだ。その代わりに、葛の生い茂った野原である真葛が原に風が吹き騒いで一面の葛の葉の裏が見えるように、私の心は『うらみ』で一杯になるくらいあの人への思いが吹き騒いでいる」。

p.291 では、地名は「が」で承けることが多い例として引用 (「真葛が原」)。

参考 (「嵐吹く真葛が原」):
嵐吹く真葛が原に啼く鹿はうらみてのみや妻を恋ふらん (俊恵法師 [新古今和歌集5]440)

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わが恋はしる人もなし堰く床の涙もらすな黄楊の小枕

作者:式子内親王 出典:[新古今和歌集11]1036
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.213

提題の「は」の典型例。
丸谷才一の解:「わたしの恋は知っている人もいない。せきとめている私の涙をもらすな、枕は人に告げ口をするといわれる、その黄楊の枕よ」
([ゑ]補足。パラフレーズすると「わたしの恋を知る人はいない。せっかく床が私の涙をせき止めてくれているのに、漏らさないでおくれ、黄楊の枕よ」。「人にもらすな」ということだが「涙をもらすな」をかけいてる)

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わが恋は知らぬ山路にあらなくにまどふ心ぞわびしかりける

作者:紀貫之 出典:[古今和歌集12]597
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.287

「わが恋」。内扱いの助詞「が」の用例。

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わが心なぐさめかねつ更科やをばすて山に照る月を見て

作者:読人しらず 出典:[古今和歌集17]878
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.72

地名+「や」で「...の」、「...にある」を意味する例。

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若草の や 妹も乗せたり あいそ 我も乗せたり や 船かたぶくな 船かたぶくな

作者:未確認又は該当情報なし 出典:神楽歌
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.68

丸谷才一の説明:この終助詞「や」は掛け声。

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わが門の片山椿まこと汝我が手触れなな土に落ちもかも

作者:物部広足(もののべのひろたり) 出典:[万葉集20]4418/4442
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.365

「汝」の訓は「なれ」。大野晋の説明によれば、「我が手触れな」の「な」は上代東国方言「なふ」の未然形とは言えない。この型の例は10例たらずあるが、上野国、武蔵国など「なふ」の分布と同じ国で使われる。しかし、用例をみると、「な」は連体形である。この歌場合も「なな」の下の「な」は、助詞「に」の訛りと見られるから、この場合も上の「な」は連体形。文脈上、「なな」は「ずに」、「ぬに」と解釈されるので、終止形又は連体形だが、どちらかは決めがたいが、未然形ではない。

参考 (原文):
和我可度乃 可多夜麻都婆伎 麻己等奈礼 和我弖布礼奈々 都知尓於知母加毛

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わが門の榎の実もり喫む百千鳥千鳥は来れど君そ来まさぬ

作者:不詳 出典:[万葉集16]3872/3894
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.101

助詞「そ」の用例。「も り」は「もぎ」の子音交代形。
大野晋の説明:「君そ来まさぬ」は、「来まさぬ(人は)君そ」の倒置で、「来まさぬ」は「人」に係るから連体形になる。それが、倒置されれば、その連体形が下にくることになる。こうして、連体形で終わる形の係結びが成立した。
「わたしの家の門のところに植えてある榎の木の実をもぎ取って食べにいろいろな鳥はくるけれど、あなたの方は来ない」。

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2008年3月20日 (木)

わが命も常にはあらぬか昔見し象の小川をゆきてみむため

作者:大伴旅人 出典:[万葉集3]332/335
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.67

「も...か」の呼応だが、万葉集で「も...ぬか」となっているときは願望になる。
丸谷才一の解:「昔見たことのある象の小川をもう一度みるために、私の命もずっとあってほしいものだ」。

大伴旅人が太宰帥の時の詠歌。この歌は、次の5首作の第2歌:
  帥大伴卿が歌五首
我が盛りまたをちめやもほとほとに奈良の都を見ずかなりなむ
(大伴旅人 [万葉集3]331/334)
我が命も常にあらぬか昔見し象の小川を行きて見むため (大伴旅人 [万葉集3]332/335)
浅茅原つばらつばらにもの思へば古りにし里し思ほゆるかも (大伴旅人 [万葉集3]333/336)
忘れ草我が紐に付く香具山の古りにし里を忘れむがため (大伴旅人 [万葉集3]334/337)
我が行きは久にはあらじ夢のわだ瀬にはならずて淵にありこそ (大伴旅人 [万葉集3]335/338)

大伴旅人が「象の小川」に何時何度行ったかに就いては未調査。

参考:「「昔見し象(さき)の小川を今見ればいよよさやけくなりにけるかも (大伴旅人 [万葉集3]316/319)」

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らんは全く疑也。故にらんと留るは上に疑の詞にても、てにはにても有へしとぞ。疑の詞は〽いつ〽いづれ〽たれ〽など〽さぞ等也。疑のてにはは、かの字やの字也

作者:栂井道敏 出典:てには網引綱
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.399

「らん(らむ)」の上には「いつ」、「いづれ」、「たれ」などが来ると云うことを言っている。

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夜ひかる玉といふとも酒飲みて情をやるにあに若かめやも

作者:大伴旅人 出典:[万葉集3]346/349
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.360

『万葉集』における「あに」の使用例。
「夜ひかる玉」は伝説上の宝珠。

参考:
[《述異記》卷上]:南海有明珠,即鲸魚目瞳。鲸魚死而目皆無精,可以鑒,謂之夜光。

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夜やくらき道やまどへる郭公わが宿をしもすぎがてに鳴く

作者:紀友則 出典:[古今和歌集3]154
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.128

大野晋の説明:『古今集』になると、「や」の使い方が少し広くなって、疑いや、不明のことに使うようになった。この歌は、形としては倒置だが、倒置として直訳すると、もう通じない。
丸谷才一は、「夜やくらき」が、係結びであることが分っていないと「くらき道」と誤読すると云う話を紹介している。
大野晋の解は「郭公がわが宿をすぎにくくてわが宿で鳴いている。おまえさん、夜が暗いのかい、道を間違えて迷っているのかい」。

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宵々に君をあはれと思ひつつ人にはいはで音をのみぞ泣く

作者:藤原実頼 出典:[新古今和歌集14]1234
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.122

「夜ごとにあなたを可哀想だな可哀想だなと思いながら、口に出すことができないで自分だけで泣いているんですよ」。この歌の前に、何かあって、それに対する言い訣。この「宵々」を逆手にとられて「君だにも思ひ出でける宵々を待つはいかなる心地かはする (読人しらず [新古今和歌集14]1235)」と切り替えされてしまった。

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

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宵なは来なに明けぬしだ来る

作者:東歌 出典:[万葉集14]3461/3480
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.365

上代東国方言の例。
大野晋の説明:「な」は、体言を承ける助詞「に」の前にあるから、「な」は連体形である。「宵なは来なに明けぬしだ来る(宵ニハ訪ネテ来ズニ、夜ガ明ケタトキニ訪ネテ来ル)」と相手を責めている。

あぜと言へかさ寝に逢はなくにま日暮れて宵なは来なに明けぬしだ来る (東歌 [万葉集14]3461/3480)

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

補足
「あぜ」は上代東国方言。「どうして・なぜ」や「どう・いかに」を意味する。「しだ」も上代東国方言らしい。「(...する)時」を意味する。現代語の「行きしな」、「帰りしな」の「しな」の古語。
「あぜと言へか」については、「どういうわけか」、「何と言うか」などの釈義が与えられるのが普通らしいが、私自身の判断はここでは控える。

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世の中は空しきものと知る時しいよよますます悲しかりけり

作者:大伴旅人 出典:[万葉集5]793/796
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.26, p.28

気付きの助動詞「けり」の用例。「いよよますます悲しかりけり」の形で p.28 に再出。
神亀5年6月23日の作歌。大伴旅人は神亀5年4月初旬に妻の大伴郎女を失っていた (その前にも、弟の大伴宿奈麻呂が亡くなっていたらしい)。従って、勿論、この歌は「哀傷」なのだが、「悲し」には、現代語と重なる意味の他に「愛おしい」と云う意味もあることは無視してはならないだろう。このことに引き寄せた解を示しておくと:「生きることのはかなさ知った今、生きることがますます愛おしくなりました」。

参考 (「愛おしい」と云う意味の「悲し」の用例):
大汝 少彦名の 神代より 言ひ継ぎけらく 父母を 見れば貴く 妻子見れば かなしくめぐし うつせみの 世のことわりと かくさまに 言ひけるものを 世の人の 立つる言立て ちさの花 咲ける盛りに はしきよし その妻の子と 朝夕に 笑みみ笑まずも うち嘆き 語りけまくは とこしへに かくしもあらめや 天地の 神言寄せて 春花の 盛りもあらむと 待たしけむ 時の盛りぞ 離れ居て 嘆かす妹が いつしかも 使の来むと 待たすらむ 心寂しく 南風吹き 雪消溢りて 射水川 流る水沫の 寄る辺なみ 左夫流その子に 紐の緒の いつがり合ひて にほ鳥の ふたり並び居 奈呉の海の 奥を深めて さどはせる 君が心の すべもすべなさ [佐夫流と言ふは遊行女婦が字なり] (大伴家持 [万葉集18]4106/4130)

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

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世にふるも更に宗祇の宿り哉

作者:芭蕉 出典:[虚栗]
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.350

詞書:「手づから雨のわび笠をはりて」。
安藤次男は「前書がなければこの句に俳はない」と断じていて (文春文庫『芭蕉百五十句』p.283) そのこと自体には反論しづらいが、前書き込みで俳味があれば、そうするのが正しい味わい方なのではあるまいか。宗祇の句も二条院讃岐の歌も、当然のこととして文彩的借景とすべきだろう。
世にふるは苦しきものをまきの屋にやすくもすぐる初時雨かな (二条院讃岐 [新古今和歌集6]590)」
世にふるもさらに時雨の宿り哉 (宗祇 [新撰菟玖波集20]3801)」

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

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世にふるもさらに時雨の宿り哉

作者:宗祇 出典: [新撰菟玖波集20]3801
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.350

世にふるもさらに時雨の宿り哉」は [新撰菟玖波集20]3801 (「時代統合情報システム:新撰菟玖波集」参照) 以外にも [時代統合情報システム:萱草]、[発句判詞]、[自然斎発句]1355 に見られる。因みに、この発句は、次の句に和したものである:
  応仁の頃、世の乱れ侍りし時、東に下りてつかうまつりける
雲はなほ定めある世の時雨かな
(権大僧都心敬 [新撰菟玖波集20]3800)

参考:
世にふるは苦しきものをまきの屋にやすくもすぐる初時雨かな (二条院讃岐 [新古今和歌集6]590)
世にふるも更に宗祇の宿り哉 (芭蕉 [虚栗])

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

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世にふるは苦しきものをまきの屋にやすくもすぐる初時雨かな

作者:二条院讃岐 出典:[新古今和歌集6]590
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.349

「ものを」の用例。「人間は世の中を苦労しながら生き渡るものなのに、初時雨の方は、槙葺きの屋根をやすやすと過ぎ渡っていくことですね」。「世」は「夜」を、「ふる」は「経る」と「降る」を掛け、さらに「すぐる」と対応する。また「苦しき」と「やすく」とが対比する。「真木の屋」と「時雨」は縁語。

参考 (類歌及び派生):
まきの屋に時雨の音のかはるかな紅葉や深く散り積るらむ (藤原実房 [新古今和歌集6]589)
音にさへたもとをぬらすしぐれな眞木の板屋の夜半の寐覚めに (源定信 [千載和歌集6]403)
まばらなる真木の板屋に音はしてもらぬしぐれや木の葉なるらん (藤原俊成 [千載和歌集6]404)
まきの屋の時雨の音を聞く袖に月のもり来てやとりぬるかな (西行 [西行法師家集 冬]294)
世にふるもさらに時雨の宿り哉 (宗祇 [新撰菟玖波集20]3801)
世にふるも更に宗祇の宿り哉 (芭蕉 [虚栗])

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

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よしさらば後の世とだに頼めおけつらさにたへぬ身ともこそなれ

作者:藤原俊成 出典:[新古今和歌集13]1232
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.172

「こそ」による係結びの例。「もこそ」は、「もぞ」同様、危惧、懸念を表わす。藤原俊成が、藤原定家の母になることになる女性 (美福門院加賀) に贈った歌。

大野晋の解:「よし、それならばせめてあの世で (一緒になろうと) だけでも頼みにさせておいてくれ、そのあなたの態度の辛さに耐えない身になってしまうといけないから」。

うーむ。私 ([ゑ]) の理解は少し違う。「頼めおけ」が命令形であることに注意しなければならない。この言葉は美福門院加賀には向けられえない。藤原俊成にかけられてこそ意味がある「諭し」なのだ。つまり、この歌は、藤原俊成が自分自身に言い聞かせている形だ (勿論、女に聞いてもらいたい「独り言」なのだが)。だから解を付けるなら「よしそう云うことなら、来世だけでも当てにするのだ。この恋の苦しさに堪えられなくなるようだから」になる。つまり、「このままでは恋の苦しさに死んでしまうにちがいない。それでも、来世だけでも当てにしながら死んでいこう」ということだろう。女が冷淡なので、拗ねているのだ。

返歌は「頼めおかんたださばかりを契りにて憂き世の中の夢になしてよ (藤原定家母/美福門院加賀 [新古今和歌集13]1233)」。こちらの方の解は「『来世だけでも当てにするのだ』と思えてしまえるのですね。では、それぐらいのご縁だと云うことで、あなたの恋心を、儚いこの世の夢と云うことにしてください」

この記事は[nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引 (改)] (2008年3月1日[土]) の一部をなすものである。

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能く渟れる水かな

作者:未確認又は該当情報なし 出典:常陸風土記
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.11, p.20

奈良時代の「かな」の用例はこれ一つ。

奈良時代に「かな」の用例が他に存在しないので、「かな」が上代東国方言であろうと推定されるが、(以下『日本語で一番大切なもの』p.28) 厳密には上代東国語にそうした例があるとだけしか言えない。

参考 ([常陸國風土記])
郡の東十里に桑原の岳あり。昔、倭武の天皇、岳の上に停留り給ひて御膳を進奉りき。時に水部をして新ち清井を掘らしめしかば、出泉淨く香り、飲み喫ふに尤好かりき。勅り給ひしく「能く渟れる水かな」 [俗によくたまれるみづかなといふ] と宣り給ひき。是に由りて、里の名を田餘と謂ふ。[以下略す] (岩波文庫『風土記』 p.55)

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

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由良のとを渡るふな人かぢをたえ行方も知らぬ恋の道かも

作者:曽禰好忠 出典:[百人一首]46/[新古今和歌集11]1071
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.22, p.332

この歌では「かも」と「かな」の異同が甚だしい。丸谷才一の説明によれば、岩波古典体系の『新古今和歌集』では「かも」。 東洋文庫にある素庵加筆本『百人一首』、後水尾院宸筆本の『百人一首』、私家集大成の『曽丹集』は「かな」。朝日古典全書の『新古今和歌集』も「かな」だが、その底本では「かも」で、校訂者の小島吉雄が流布本に従って直したものである。

p.332 での引用形は「ゆらの戸をわたる舟人かぢを絶えゆくへも知らぬ恋のみちかも」。橋本進吉は「かぢを絶え」の「かぢを」を客語ととらえて「楫を絶たれ」と解釈するが (丸谷才一の紹介)、大野晋は、これに反対して「かぢを」は「梶緒」であるとする。

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

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夕されば君来まさむと待ちし夜のなごりそ今も寝ねがてにする

作者:不詳 出典:[万葉集11]2588/2593
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.103

「ぞ」による係結びの例。倒置表現であることがはっきりしている。大野晋の解:「今になっても眠れないのは、夕方になったらあなたが来るだろうと、昨夜から一晩中待っていた、そのなごりです」

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

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夕ぐれは雲のはたてに物ぞ思ふあまつ空なる人を恋ふとて

作者:読人しらず 出典:[古今和歌集11恋歌1]484
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.108

「ぞ」による係結びの例。「はたて」は「はて」の意。

[ゑ]補足:「あまつ空なる人」を「高貴な人」と解釈することが行なわれているようだが、私は、これには異論がある。なるほど「身分差」はあるかもしれないが、「手が届かぬほど」とは思えない。ここで「あま (天)」とあるのは、「雲のはたて」の縁語として置かれていることを忘れてはならない。そして、「あま」は「あまつ空なる人」と云う形で「空なる人」、つまり「不実な恋人」を導く。そうした恋人に如何しようもなく惹かれてしまっている (「恋ふ」) ために、これからの成り行きに自信が持てず悩んでいる (「物ぞ思ふ」) のだ。ただ、私には「夕ぐれは雲のはたてに」が、微妙に分からない。あるいは、(夕焼け)雲で占いをしているのか、それとも、恋人からの連絡がない憂愁を雲を見て遣り過ごしているのかとも思うが、それを判断する材料がない。
私なりの解を与えておくと「夕暮れの空の雲の果てを眺めながら、私は恋の先行きをなやむ。上の空の態度をとるあの人に如何しようもなく惹かれてしまっているので」。

参考 (「そらなる人」の例。[源氏物語39]「夕霧」)
山がつの籬をこめて立つ霧も心そらなる人はとゞめず (岩波文庫『源氏物語(四)』p.209)

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

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湯豆腐やいのちのはてのうすあかり

作者:久保田万太郎 出典:流寓抄以後(昭和38年)
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.9

戦後俳句の代表作。

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

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ゆくものはかくのごときか昼夜をおかず

作者:孔子 出典:[論語]子罕
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.119

参考 (『論語』[子罕第九]):「子在川上曰。逝者如斯夫。不舎晝夜。」『論語の新研究』(宮崎市定。東京。岩波書店。1974年) p.253

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行春や鳥啼き魚の目は泪

作者:芭蕉 出典:[奥の細道]千住旅立ち
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.74, p.75

俳句の切字「や」の例。p.75 では「行春や」の形で引用されている。

参考 ([奥の細道]千住旅立ち):
彌生も末の七日、明ぼのゝ空朧々として、月は在明にて光おさまれる物から、不二の峰幽かにみえて、上野谷中の花の梢又いつかはと心ぼそし。むつましきかぎりは宵よりつどひて、舟に乗て送る。千じゆと云所にて船をあがれば、前途三千里のおもひ胸にふさがりて、幻のちまたに離別の泪をそゝく。
  行春や鳥啼魚の目は泪
是を矢立の初として行道なをすゝまず。人々は途中に立ならびて、後かげのみゆる迄はと見送なるべし。
岩波文庫『奥の細道』p.10

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2008年3月19日 (水)

ゆく年のをしくもあるかな増鏡みるかげさへにくれぬと思へば

作者:紀貫之 出典:[古今和歌集6]342
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.65

「も」を「かな」で承けている例。『日本語で一番大切なもの』での説明:「な」を付けることで字余りになってしまっているが、「をしくもあるか」で切ったのでは強くなりすぎるので、「な」を付けたのだろう。

『日本語で一番大切なもの』では解は与えられていない。

実は、私 ([ゑ]) は、この歌の大意を掴めないままでいる。「かげさへにくれぬと思ふ」であって「かげさへくれぬと思ふ」ではないから、「くれぬ」は「年」だけに係っていると考えて良いだろう(大体、「かげさへくれぬ」では意味が取りづらい)が、しかし、それでは「みるかげ」と「としくれぬ」とは、どう繋がるのかと云うと、私には説明が付かない。「増鏡」が只の枕詞で意味を担わないとすると、「かげ」の含意がまとまらなくなるから、「みるかげ」が「鏡に映る自分の姿」であることは動かせないから、そこから「としくれぬ」を導かねばならないのだが、すっきりした筋道がたてられないでいるのだ。
ただし、「年」と「増」が縁語になっているから、この歌は、単純に鏡に映った自らの姿の老醜を嘆くようなものではないにしろ (「現状が続いてほしい」と思っている初二句に注意)、抗いがたい時の流れへの嘆きを詠っていることは確かだ。
一応、疑問点を残したまま、解を作るとこうなる:「今年が終わってしまうのが残念でたまらない。鏡の中に映る自分の姿を見てさえ『また一年が終わってしまう (また一つ年を取ってしまう)』と思うので」。

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

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ゆく河の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず。よどみに浮かぶうたかたは、かつ消え、かつ結びて、久しくとどまりたる例なし

作者:鴨長明 出典:方丈記
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.119

『方丈記』の冒頭部分。

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

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雪のうちに春は来にけりうぐひすの氷れる泪いまやとくらん

作者:二条后 出典:[古今和歌集1]4
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.391

うぐひすの泪のつらら打解けて古巣ながらや春を知るらん (惟明親王 [新古今和歌集1]31)」の本歌。

この歌に契沖が注を付けて、鳥が泣くことはないから、泪は流さないと云うのは散文的な考え方だとした。

丸谷才一『新々百人一首』所収歌 (新潮文庫『新々百人一首(上)』p.41-p.p.70)。

『日本語で一番大切なもの』には(また『新々百人一首』にも) 解は与えられていないようなので、私なりものを付けておく:「雪はまだ降っているのに立春の日が来てしまいましたね。冬の間ないて出来た鶯の涙のつららは、今溶けていることでしょう」。

参考(『古今和歌集』における前後の歌):
春霞立てるやいづこみ吉野の吉野の山に雪は降りつつ (よみ人しらず [古今和歌集1]3)
梅が枝にきゐるうぐひす春かけてなけどもいまだ雪は降りつつ (よみ人しらず [古今和歌集1]5)

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

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雪とのみふるだにあるを桜花いかにちれとか風の吹くらむ

作者:凡河内躬恒 出典:[古今和歌集2]86
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.121, p.393

p.121 では係助詞「か」の用例として引用されている。丸谷才一の解:「まるで雪のように桜の花が降っているのに、つまり、これだけでも十分なのに、これ以上どんなふうに散れと風が吹くのだろうか」。
「だに」は、本来否定・推量・仮定・意思・願望・命令 (不確定な表現) で終わり、「せめて...だけでも」を意味し、特に否定表現で終わるばあいには「せめて...だけでもと願っても、それもない」を意味した。しかし、「...だにある」と肯定的に終わる場合には、「...まである」、「...すらある」、「...さえある」を意味する。

p.393 では、「か」をを受ける理由の推量の「らむ」の用例として引用されている。

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山より出づる北時雨、行くへや定めなかるらん

作者:金春禅竹 出典:能「定家」
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.402

「かな」に相当する「らん」の例。

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補足 (金春禅竹 「定家」)
山より出づる 北時雨、山より出づる 北時雨、行くへや定め なかるらん
(岩波日本古典文學大系「謡曲集(下)」p.47)

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山の際ゆ出雲の子らは霧なれや吉野の山の嶺にたなびく

作者:柿本人麻呂 出典:[万葉集3]429/432
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.146

已然形の用法。「なれ」+「や」で「なれや」の場合。
大野晋の説明によれば、恋人が死んで、吉野の山で火葬にして、その火葬の煙がたなびいていると云う歌である、と云うのだが、「出雲の子」が柿本人麻呂の恋人でなくても成立するだろう。
「出雲の子らは霧であるんですかね」と、相手に聞く形で、そんなはずはないとそれを否定している。「なれ」と云う已然形で「あるので」と云う部分までを含んでいる。平安時代になると已然形には、「ば」か「ど」を付けて、「ば」の場合か「ど」の場合かをはっきり示すようになった。

詞書は、「溺れ死にし出雲娘子を吉野に火葬る時に、柿本朝臣人麻呂が作る歌二首」。「火葬る」の訓は「やきはぶる」。もう一首は「八雲さす出雲の子らが黒髪は吉野の川の沖になづさふ (柿本人麻呂 [万葉集3]429/432)」。
一応私なりの解をを付けておく:「出雲娘子は霧である訣はないだろうに、煙が山間を抜けて去って、吉野の山の嶺にたなびいている」。

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山里は冬ぞさびしさまさりけるひとめも草もかれぬと思へば

作者:源宗于(みなもとのむねゆき) 出典:[百人一首]28/[古今和歌集6]315
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.421

「ぞ」による係結びの例。「ぞ」で「冬ぞさびしさまさりける」と云う倒置が起こっているが、歌全体でも、初三句と下二句とが倒置されている。
『日本語で一番大切なもの』では解は与えられていない。そこで一応私なりのものを付けておくが、その際注意したいのは、「ひとめ」は、通常「人目」、つまり「人の訪問」と説明されているが、そればかりではなく、「め」が「芽」に掛けてあるだろうことだ。「『山里』と云うものは、冬に寂しさが一層増すことが分りました。人の訪問も絶え、木の芽も草も見当たらなくなったり枯れてしまうことを考えますと。」

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山里は人来させじと思はねど訪はるることぞうとくなりゆく

作者:西行 出典:[新古今和歌集17]1658
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.382

一人称を承ける「じ」は「...ないつもりだ」「...しまい」を意味する。丸谷才一の解は、「この山里に誰も来させまいと思うわけではないければも、訪ねてこられることが次第に少なくなっていく」だが、なんだか微妙だな。
対抗するつもりはないが、私の解も付けておく:「山里に住んだのは、人を来させまいと思ってしていることではないのですが、人に訪問されなくても気にならなくなっています」。この「人」は「あなた」に置き換えてもよいかもしれない。

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

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八百日行く浜の沙もわが恋にあに益らじ沖つ島守

作者:笠女郎 出典:[万葉集4]596/599
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.360

『万葉集』における「あに」の使用例。「八百日」の訓は「やほか」。「沙」の訓は「まなご」。「益らじ」の訓は「まさらじ」。「笠女郎、大伴宿禰家持に贈る歌二十四首」(詞書) のうちの1首。

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社し無かリせば

作者:佐伯赤麻呂 出典:[万葉集3]404/407
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.323

「し」の使用例。下に条件句が来ている。「ちはやぶる神の社しなかりせば春日の野辺に粟蒔かましを (作者不詳(娘子) [万葉集3]404/407)」。この歌の詞書は「娘子、佐伯宿禰赤麻呂が贈る歌に報ふる一首」。「粟蒔かまし」に「逢はまかまし」を掛けている。「佐伯宿禰赤麻呂が贈る歌」は見当たらない。

参考 (この歌に続く2首):
  佐伯宿禰赤麻呂がさらに贈る歌一首
春日野に粟蒔けりせば鹿待ちに継ぎて行かましを社し恨めし
(佐伯赤麻呂 [万葉集3]405/408)
  娘子がまた報ふる歌一首
我が祭る神にはあらずますらをに憑きたる神ぞよく祭るべし
(作者不詳(娘子) [万葉集3]406/409)
「社」や「神」が、赤麻呂の「妻」をたとえるのに使われいてる。

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

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ヤア虎が涙のしるしが見えて、空が曇つた

作者:近松門左衛門 出典:心中刃は氷の朔日
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.425

「ぞ」から「が」への移行は、江戸時代に入ると確立する。「空が曇つた」も、そうした一例。([ゑ]注:この例は連体形終止がハッキリしていないようだ。)

「虎が涙」:陰暦5月28日に降る雨。愛人曾我十郎祐成の討ち死にを悲しむ大磯の遊女虎御前の涙が雨となって降ると伝える。虎が雨。曾我の雨。

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ももしきや古き軒ばのしのぶにもなほあまりある昔なりけり

作者:順徳院 出典:[百人一首]100/[続後撰和歌集18]1205
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.74

地名に添える「や」から発展して、普通名詞に添える間投助詞「や」が出てきて、『新古今和歌集』では、普通名詞+間投助詞「や」の形が非常に多くなるが、この歌もそうした『新古今』時代の作。
「しのぶ」は「しのぶ草」と動詞「しのぶ」の両方が掛けてある。動詞「しのぶ」は「昔を偲ぶ」の意 (もともとは四段動詞、平安時代には上二段活用する例も出てきた)。

「しのぶ」は「隠す」を意味する上二段動詞である場合もあるが、その場合は連体形が「シノブル」となり、この歌の「しのぶにも」とは合致しない。

参考 (「シノブグサ」に「隠す」の意味の「しのぶ」が掛けてある例)
わが恋も今は色にや出でなまし軒のしのぶも紅葉しにけり (源有仁 [新古今和歌集11]1027)

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ももしきの大宮人はいとまあれや桜かざして今日も暮しつ

作者:山部赤人 出典:[新古今和歌集2]104
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.84, p.150

p.84 では、助詞「や」の用例として引用されている。
『日本語で一番大切なもの』における論議:この歌を直訳して「大宮人は桜をかざして今日も暮らしている。いとまがあるからなんだな」と解釈すればいちおう解けるが、これを「暇があるからか」ととるのは無趣味。それを一歩進めると、「いとまもあるはずもないのに」という意味になり、歌柄が良くない。だから「大宮人は暇があるんだな」くらいにとる方がいい。
「や」には、自分の見込み、推定が含まれいてる。

p.150 では、「あれや」の用例として引用されている。
『日本語で一番大切なもの』における論議:この歌は『万葉集』「ももしきの大宮人はいとまあれや梅をかざしてここに集へる (山部赤人 [万葉集10]1883/1887)」からの引き歌で、『万葉集』でもやっはり「暇あれや」と言っているから、「暇があるからなんだな」というのが古い形で、それなら疑いでもあるし、場合によると話者の見込みであるから、反語にもなる。自分の見込んでいる理由を入れる言い方は、『万葉』、『古今』、『新古今』では、『万葉』がいちばんはっきりしていて、だんだん薄れていく。だから『新古今』を読み慣れていると、これを気分で受けとろうとする。

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もみぢ葉の流れざりせば立田川水の秋をば誰かしらまし

作者:坂上是則 出典:[古今和歌集5]302
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.120

係結び「誰かしらまし」の使用例。係結びが形式化してきている。「鶯の谷よりいづる声なくは春くることを誰かしらまし (大江千里 [古今和歌集1]14)」を参照。

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もとなし恋ば

作者:大伴坂上郎女 出典:[万葉集4]723/726
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.323

「し」の使用例。下に条件句が来ることが多いが、そうした例。「もとな」は「とめどもなく」、「みだりに」の意。
常世にと 我が行かなくに 小金門に もの悲しらに 思へりし 我が子の刀自を ぬばたまの 夜昼といはず 思ふにし 我が身は痩せぬ 嘆くにし 袖さへ濡れぬ かくばかり もとなし恋ひば 故郷に この月ごろも 有りかつましじ (大伴坂上郎女 [万葉集4]723/726)」

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最上川のぼればくだる稲舟の否にはあらずこの月ばかり

作者:東歌 出典:[古今和歌集20]1092
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.43

否定の返事「いな」の例。丸谷才一の説明:第一句から第三句までは序。男から口説かれた女が「嫌ではないのだけれど、いまだけは月の触りがあるから」と否んでいる。

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最上川逆白波のたつまでにふぶくゆふべとなりにけるかも

作者:斎藤茂吉 出典:『白き山』
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.9

現代和歌での「けるかも」の用例。

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紫のひともとゆゑに武藏野の草はみながらあはれとぞ見る

作者:読人しらず 出典:[古今和歌集17]867
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.106

「ぞ」による係結びの例。「みながら」は「全部そのままで」の意。

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紫草のにほへる妹を憎くあらば人妻ゆゑにわれ恋ひめやも

作者:天武天皇 出典:[万葉集1]21
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.77

あかねさす紫野ゆき標野ゆき野守は見ずや君が袖ふる (額田王 [万葉集1]20)」への返歌。
額田王では「紫野」は具体的に紫草を栽培している草園を指しているが、天武天皇の歌では、同音の「紫草の」は「にほへる」(美しい顔である) に係る枕詞である。
女の方が、不倫が露見するかもしれない軽率な行動を男がとっていることを叱っているのに対し、男の方が「だって好きなんだから人妻でもしょうがないよ」とずれた答えをして、取り合わないでいる。

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

補足:2008-09-09[火]
「美しい女性よ。あなたに腹を立てているのだとしてら、(無理だろうとは思いつつも) 人妻であるあなたを何とかして手に入れたいなどと思うでしょうか?」
([nouse: 「先生」・「先生」・「先生」の聲] 参照)

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虫のごと声にたててはなかねども泪のみこそ下に流るれ

作者:清原深養父 出典:[古今和歌集12]581
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.273

「こと」は「同じ」と云う意味。「虫と同じようには声にたててなかないけれども」。

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

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向つ岡の若楓の木下枝取り花待つい間に嘆きつるかも

作者:不詳 出典:[万葉集7]1359/1363
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.316

「い」の本義は「これ」と解釈することができる。「向つ岡の-若楓の木-下枝取り」の訓は「むかつをの-わかかつらのき-しづえとり」。
「向かいの岡から採ってきた若楓の木の下枝の花が咲くのを待っている、この今、私は溜息をついてしまった」。

参照:「青柳の糸の細しさ春風に乱れぬい間に見せむ子もがも (作者不詳 [万葉集10]1851/1855)」

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

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昔こそ難波田舎と言はれけめ今は京引き都びにけり

作者:藤原宇合(ふじわらのうまかい) 出典:[万葉集3]312/315
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.176

「こそ」による係結びの例。「京引き都びにけり」の訓は「みやこひきみやこびにけり」。
大野晋の解は「昔『こそ』は難波は田舎だといわれたろうけれど、いまはもう都がそこに移って、本当に都らしくなったなあ」。

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三輪山をしかも隠すか雲だにも情あらなも隠さふべしや

作者:額田王 出典:[万葉集1]18
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.78, p.250

p.78 では、助詞「や」の用例として引用されている。「隠すか」は疑問よりも、詰問している。せめて雲だけでも情があってほしいと、相手をなじり、そして「隠さふべしや」は反語になっている。

p.250 では、助詞「だに」の用例として引用されている。

大野晋曰く:自分(額田王)は、三輪山のふもとの飛鳥の地の大海人皇子(おおあまのみこ)と一緒にいたかった。それが天智天皇により近江の都に連れられていく。「(奈良山を越えようとして南を見ると、ちょうど三輪山に雲がかかってきている)三輪山をこんな風に隠すのか、せめて雲だけでも心があってもらいたい。あの懐かしい三輪山を隠すべきではないのに」。

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

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神山の山下とよみ行く水の水脈し絶えずは後もわが妻

作者:不詳 出典:[万葉集12]3014/3028
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.415

「ずは」の用例。この「ずは」は、「よりも」でも「ずに」でも解釈できない。大野晋は「水の流れが絶えない限り、お前は私の妻だぞ」と解釈すべきと、極めて妥当な判断をしている。「神山」の訓は「みわやま」。

大野晋の「ずは」に対する説明の要旨は、その先行部分が示す事態が「1.既に成立している」、「2.未だ成立していない」、「3.成立するはずがない」の3通りのそれぞれで含意が異なると云うものである。

「ずは」の他の用例:
かくばかり恋ひつつあらずは高山の岩根し枕きて死なましものを (磐姫皇后(磐之媛命, 磐姫, 仁徳天皇妃) [万葉集2]86)
立ちしなふ君が姿を忘れずは世の限りにや恋ひ渡りなむ (上総国郡司妻女等 [万葉集20]4441/4465)
見渡せば近きものから岩がくりかがよふ玉をとらずは止まじ (読人しらず [万葉集6]951/956)

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見わたせば柳さくらをこきまぜて都ぞ春の錦なりける

作者:素性法師 出典:[古今和歌集1]56
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.106

「ぞ」による係結びの例。

参考 (柴田清熙「見わたせば」-- [小学唱歌集(初)] 明治14年11月)
見わたせば、あおやなぎ、
花桜、こきまぜて、
みやこには、みちもせに、
春の錦をぞ。
さおひめの、おりなして、
ふるあめに、そめにける。
(岩波文庫『日本唱歌集』p.15)

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見渡せば近きものから岩がくりかがよふ玉をとらずは止まじ

作者:読人しらず。笠朝臣金村歌集所収歌。或いは車持朝臣千年の作かとも。 出典:[万葉集6]951/956
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.414

「ずは」の用例。この「ずは」は、「よりも」でも「ずに」でも解釈できない。「光っている玉を取らないではいられない」。

なお、ネット上では「岩」は「いそ」ではなく「いは」と読む例が多い (白文を示しておこう「見渡者 近物可良 石隠 加我欲布珠乎 不取不巳」) が、「岩波古語辞典」では「磯隠れ」(「いそがくれ」下二段動詞連用形) を採用して、この歌を用例としてあげている。語義は「海辺の石のかげに隱れる」。ちなみに、同辞典では「岩隠り」(「いはがくり」四段動詞連用形) には「亡くなる」の語義を与えている。

『日本語で一番大切なもの』では解は与えられていない。一応私なりの解を付けておくと:「見渡したので近くにあることは確かだと分っている。海辺の石のかげに隱れて光り輝いている玉を取らないでおくものか」。

この歌は、やはり「ずは」の用例になっている次の歌と対 (掛け合い?) になっている:
大君の境ひたまふと山守据ゑ守るといふ山に入らずはやまじ (読人しらず。笠朝臣金村歌集所収歌。或いは車持朝臣千年の作かとも。 [万葉集6]952/957)

「ずは」の他の用例:
かくばかり恋ひつつあらずは高山の岩根し枕きて死なましものを (磐姫皇后(磐之媛命, 磐姫, 仁徳天皇妃) [万葉集2]86)
立ちしなふ君が姿を忘れずは世の限りにや恋ひ渡りなむ (上総国郡司妻女等 [万葉集20]4441/4465)
神山の山下とよみ行く水の水脈し絶えずは後もわが妻 (作者不詳 [万葉集12]3014/3028)

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

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見る夢のうつつになるは世の常ぞ現つの夢になるぞ悲しき

作者:読人しらず 出典:[拾遺和歌集14]920
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.98

「ぞ」の用例。「世の常ぞ」の「ぞ」は「である」の意。丸谷才一の解は「夢解きが的中して、夢見が正夢で現実になるこの世間でよくあること。この仕合わせな現実が、いつかはかない夢になってしまうと思うと悲しい」。

私の解釈は、少し違う。私には、この歌から恋愛の臨場感 (勿論、この歌は恋歌である。そもそもからして、『拾遺和歌集』巻十四「恋四」所収) が伝わってこないのだ。なんとなく「他人事」と言って悪ければ、恋愛を感じていないで、恋愛を論じている風とでも言うべきか。それを踏まえて、解を作ると「見た夢が正夢で、現実になるなどは陳腐である。本物だと思っていた恋が夢と儚く消えることの方が、印象が深いのだ」。

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

補足 (「世の常」の用例)
[枕草子]182
村上の前帝の御時に、雪のいみじう降りたりけるを、様器に盛らせ給ひて、梅の花を挿して、月のいと明きに、「これに歌よめ。いかが言ふべき」と、兵衛の蔵人に賜はせたりければ、「雪月花の時」と奏したりけるこそ、いみじうめでさせ給ひけれ。「歌などよむは世の常なり。かくをりにあひたることなむいひがたき」とぞ仰せられける。

おなじ人を御供にて、殿上に人さぶらはざりけるほど、たたずませ給ひけるに、炭櫃にけぶりの立ちければ、「かれは何ぞと見よ」と仰せられければ、見て帰りまゐりて、
  わたつ海の沖にこがるる物見ればあまの釣してかへるなりけり
と奏しけるこそをかしけれ。蛙の飛び入りて、焼くるなりけり。

(岩波文庫『枕草子』p.230-p.231)

ちなみに「雪月花の時」は『和漢朗詠集』[交友] 中の「琴詩酒の友は皆我を抛つ、雪月花の時最も君を憶ふ/琴詩酒友皆抛我 雪月花時最憶君 (白居易)」を踏まえる。

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見らくしよしも

作者:[万葉集]中で6首該当。大伴坂上郎女, 大伴坂上郎女, 柿本人麻呂, 尾張連, 大伴駿河麻呂, 大伴家持 出典:[万葉集6]983/988, [万葉集6]992/997, [万葉集7]1247/1251, [万葉集8]1421/1425, [万葉集8]1660/1664, [万葉集19]4167/4191
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.324

「し」の使用例。下に条件句が来ていない例。
山の端のささら愛壮士天の原門渡る光見らくしよしも (大伴坂上郎女 [万葉集6]983/988)
故郷の飛鳥はあれどあをによし奈良の明日香を見らくしよしも (大伴坂上郎女 [万葉集6]992/997)
大汝少御神の作らしし妹背の山を見らくしよしも (柿本人麻呂 [万葉集7]1247/1251)
春山の咲きのををりに春菜摘む妹が白紐見らくしよしも/春山の咲きのをゐりに春菜摘む妹が白紐見らくしよしも (尾張連 [万葉集8]1421/1425)
梅の花散らすあらしの音のみに聞きし我妹を見らくしよしも (大伴駿河麻呂 [万葉集8]1660/1664)
時ごとにいやめづらしく咲く花を折りも折らずも見らくしよしも (大伴家持 [万葉集19]4167/4191)

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

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み吉野の吉野の山の春がすみ立つを見る見るなほ雪ぞ降る

作者:紀貫之 出典:[風雅和歌集1]32
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.263

「み吉野吉野春がすみ」。この「の」は「...にある」の意味。丸谷才一の説では、この貫之の歌は、単なる風景描写ではなく、秋の収穫を祈るおまじないの歌である。「春の雪」は豊年をあらかじめ祝う、めでたいものだった。

この歌の「みるみる」は「確かに見えているにもかかわらず」だろう。
「吉野にある吉野山に春霞が立っているのが確かに見えてはいるけれど、春の雪はまだ降っている」。

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み雪降る冬の林に飄風かもい巻き渡ると思ふまで

作者:柿本人麻呂 出典:[万葉集2]199
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.320

動詞に接頭語「い」が付いている例。「飄風」の読みは「つむじ」。大野晋曰く:この「い」は「息」と云う意味ではないか。

参考 (柿本人麻呂 [万葉集2]199):
  高市皇子尊(たけちのみこのみこと)の城上(きのうへ)の殯宮(あらきのみや)の時に、柿本朝臣人麻呂が作る歌一首并せて短歌
かけまくも ゆゆしきかも [一云 ゆゆしけれども] 言はまくも あやに畏き 明日香の 真神の原に ひさかたの 天つ御門を 畏くも 定めたまひて 神さぶと 磐隠ります やすみしし 我が大君の きこしめす 背面の国の 真木立つ 不破山超えて 高麗剣 和射見が原の 仮宮に 天降りいまして 天の下 治めたまひ [一云 掃ひたまひて] 食す国を 定めたまふと 鶏が鳴く 東の国の 御いくさを 召したまひて ちはやぶる 人を和せと 奉ろはぬ 国を治めと [一云 掃へと] 皇子ながら 任したまへば 大御身に 大刀取り佩かし 大御手に 弓取り持たし 御軍士を 率ひたまひ 整ふる 鼓の音は 雷の 声と聞くまで 吹き鳴せる 小角の音も [一云 笛の音は] 敵見たる 虎か吼ゆると 諸人の おびゆるまでに [一云 聞き惑ふまで] ささげたる 幡の靡きは 冬こもり 春さり来れば 野ごとに つきてある火の [一云 冬こもり 春野焼く火の] 風の共 靡くがごとく 取り持てる 弓弭の騒き み雪降る 冬の林に [一云 木綿の林] つむじかも い巻き渡ると 思ふまで 聞きの畏く [一云 諸人の 見惑ふまでに] 引き放つ 矢の繁けく 大雪の 乱れて来れ [一云 霰なす そちより来れば] まつろはず 立ち向ひしも 露霜の 消なば消ぬべく 行く鳥の 争ふはしに [一云 朝霜の 消なば消とふに うつせみと 争ふはしに] 渡会の 斎きの宮ゆ 神風に い吹き惑はし 天雲を 日の目も見せず 常闇に 覆ひ賜ひて 定めてし 瑞穂の国を 神ながら 太敷きまして やすみしし 我が大君の 天の下 申したまへば 万代に しかしもあらむと [一云 かくしもあらむと] 木綿花の 栄ゆる時に 我が大君 皇子の御門を [一云 刺す竹の 皇子の御門を] 神宮に 装ひまつりて 使はしし 御門の人も 白栲の 麻衣着て 埴安の 御門の原に あかねさす 日のことごと 獣じもの い匍ひ伏しつつ ぬばたまの 夕になれば 大殿を 振り放け見つつ 鶉なす い匍ひ廻り 侍へど 侍ひえねば 春鳥の さまよひぬれば 嘆きも いまだ過ぎぬに 思ひも いまだ尽きねば 言さへく 百済の原ゆ 神葬り 葬りいまして あさもよし 城上の宮を 常宮と 高く奉りて 神ながら 鎮まりましぬ しかれども 我が大君の 万代と 思ほしめして 作らしし 香具山の宮 万代に 過ぎむと思へや 天のごと 振り放け見つつ 玉たすき 懸けて偲はむ 畏かれども
(柿本人麻呂 [万葉集2]199)
これは、万葉集中最長歌である。

ちなみに、反歌は2首あって:
ひさかたの天知らしぬる君故に日月も知らず恋ひわたるかも (柿本人麻呂 [万葉集2]200)
埴安の池の堤の隠り沼のゆくへを知らに舎人は惑ふ (柿本人麻呂 [万葉集2]201)

さらに:
  或書の反歌一首
哭沢の神社にみわ据ゑ祈れども我が大君は高日知らしぬ
(柿本人麻呂 [万葉集2]202)
   右一首は、類聚歌林には「桧隈女王、泣沢の神社を怨むる歌なり」といふ。 日本紀を案ふるに、曰はく、「十年丙申の秋の七月辛丑の朔の庚戌に、後皇子尊薨ず」といふ。
「神社」の読みは「もり」。

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

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宮柱したつ磐根にしきたてて露もくもらぬ日のみかげかな

作者:西行 出典:[新古今和歌集19]1877
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.262

助詞「つ」の用例。丸谷才一の説明:「したつ磐根(いはね)」は『時代別国語辞典』にもないが、西行の独創ではなく大祓の祝詞にある。この場合の「したつ磐根」は、まさに自分の外界にある。

参考:
六月晦大祓〔十二月も此に准へ〕
集侍はれる親王 諸王 諸臣 百官人等諸聞食せと宣る
天皇が朝廷に仕奉る 比礼挂くる伴男 手襁挂くる伴男 靫負ふ伴男 剱佩く伴男 伴男の八十伴男を始めて 官官に仕奉る人等の 過犯しけむ雑雑の罪を 今年の六月の晦の大祓に 祓給ひ清給ふ事を 諸聞食せと宣る
高天原に神留り坐す 皇親神漏岐神漏美の命以ちて 八百万の神等を 神集に集賜ひ 神議に議賜て 我が皇孫之尊は 豊葦原の水穂の国を 安国と平けく所知食と事依し奉き
如此依し奉し国中に荒振神達をば 神問しに問し賜ひ 神掃に掃賜ひて 語問し磐根樹の立草の垣葉をも語止て 天磐座放ち 天の八重雲を伊頭の千別に千別て 天降依し奉き
如此依さし奉し四方の国中と 大倭日高見之国を安国と定奉て 下津磐根に宮柱太敷立て 高天原に千木高知て 皇御孫之命の美頭の御舎仕奉て 天之御蔭日之御蔭と隠坐て 安国と平けく所知食む国中に成出む 天の益人等が 過犯けむ雑々の罪事は
天津罪と 畦放 溝埋 樋放 頻蒔 串刺 生剥 逆剥 屎戸 許々太久の罪を 天津罪と法別て
国津罪と 生膚断死膚断 白人胡久美 己が母犯罪己が子犯罪 母と子と犯罪子と母と犯罪 畜犯罪 昆虫の災 高津神の災 高津鳥の災 畜仆し蟲物為罪 許々太久の罪出でむ
如此出ば 天津宮事を以て 大中臣天津金木を本打切末打断て 千座の置座に置足はして 天津菅曾を本苅断末苅切て 八針に取辟て 天津祝詞の太祝詞事を宣れ
如此乃良ば 天津神は天磐門を押披て 天之八重雲を伊頭の千別に千別て所聞食む 国津神は高山乃末短山之末に登坐して 高山の伊穂理短山の伊穂理を撥別て所聞食む
如此所聞食てば 皇御孫之命の朝廷を始て 天下四方国には 罪と云ふ罪は不在と 科戸之風の天之八重雲を吹放事之如く 朝之御霧夕之御霧を朝風夕風の吹掃事之如く 大津辺に居る大船を 舳解放艫解放て大海原に押放事之如く 彼方之繁木が本を焼鎌の敏鎌以て打掃事之如く 遺る罪は不在と 祓賜ひ清賜事を 高山之末短山之末より 佐久那太理に落多支都速川の瀬に坐す瀬織津比咩と云神大海原に持出なむ 如此持出往ば 荒塩之塩の八百道の八塩道之塩の八百会に坐す速開都比咩と云神 持可可呑てむ 如此可可呑ては 気吹戸に坐す気吹主と云神 根国底之国に気吹放てむ
如此気吹放ては 根国底之国に坐す速佐須良比咩と云神 持佐須良比失てむ
如此失てば 今日より始て罪と云ふ罪は不在と 高天原に耳振立聞物と馬牽立て 今年の六月の晦日の 夕日之降の大祓に 祓給ひ清給ふ事を 諸聞食せと宣る
四国の卜部等 大川道に持退出て祓却と宣る
--六月晦大祓祝詞 - Wikisource

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見むと言はば否といはめや梅の花散りすぐるまで君が来まさぬ

作者:中臣清麻呂 出典:[万葉集20]4497/4521
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.43

否定の返事「いな」の用例。「遭いたいと言えば、嫌とは決して申しませんのに」だろうと、大野晋は言っているが (そして、この歌だけを読むなら、そうした解釈もあながち不自然ではないのだが)、この「見む」は、素直に「梅の花が見たい」の意味だろう。何故なら、この歌は「式部大輔中臣清麻呂朝臣が宅にて宴する歌十首」と詞書のある一連の和歌 ([万葉集20]4496/4520-[万葉集20]4505/4529) の第2首なのだが、その第1首は、「恨めしく君はもあるかやど梅の散り過ぐるまで見しめずありける (大原今城真人 [万葉集20]4496/4520)」なのである。つまり、宴に招かれた客である大原今城真人が、主人宅の梅の花が散ってしまっているのをみて「見せてくれなかったのは残念」と揶揄ったのに対して、主人の中臣清麻呂は、まともに「『見たい』ということなら『いや』と言うことがありうるでしょうか。梅の花が散りきってしまうまであなたがいらっしゃらなかったじゃありませんか」と、まともに答えたのだ。所謂「ボケ殺し」である。

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みは上におのれつちのと下につきすでにやむのみなかばなりけり

作者:未確認又は該当情報なし 出典:物覚え歌
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.139

物覚え歌。漢字の「巳」、「己」、「已」の字形の違いを歌っている。

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皆是レ金光明経ノ力ナリケリ

作者:未確認又は該当情報なし 出典:西大寺本「金光明最勝王経」
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.25

気付きの助動詞「けり」の用例。「ケリ」は、現在の事を述べている。

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水上やたえだえ氷る岩間より清滝川に残る白波

作者:藤原良経 出典:[新古今和歌集6]634
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.74

『新古今和歌集』では、普通名詞+間投助詞「や」の形が非常に多くなる。この歌は、その一例。この歌の「清滝川」は、京都愛宕山麓より保津川に注ぐものを指すと思われる。「清滝川の水源近く、ところどころ氷った岩の間には、『清滝川の白波』が残っている」。

参考:
降りつみし高嶺のみ雪とけにけり清滝川の水の白波 (西行 [新古今和歌集1]27)
いしばしる水の白玉かず見えて清滝川に澄める月かげ (藤原俊成 [千載和歌集4]284)

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みつみつし久米の若子がイ触れけむ磯の草根のかれまく惜しも

作者:河辺宮人 出典:[万葉集3]435/438
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.329

『万葉集』中接頭辞イを有し、必ずしも「平面上の移行」とは言えないが、「或る点への移行・連続」と取ってもさしつかえがなさそうな動詞の11例の一つとして、大野晋が挙げているもの。
みつみつし久米の若子がい触れけむ礒の草根の枯れまく惜しも (河辺宮人 [万葉集3]435/438)」

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水鳥の発ちの急きに父母に物言ず来にて今ぞ悔しき

作者:有度部(うとべの)牛麿 出典:[万葉集20]4361/4337
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.104

助詞「ぞ」の用例。防人の歌。「水鳥の」は様ざまな言葉に係る枕詞。この歌では「たち」に係っている。「急いで出発してきたために、父母に言うべきことも言わずに来てしまったのが『今ぞ悔しき』」。「今ぞ悔しき」と云う成句が当時あって、それをこの歌の中に入れたのだろう、と云うのが丸谷才一の説。私も大野晋と同様に「なるほど」と言いたい。

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水茎の岡の木の葉を吹き返へしたれかは君を恋ひんと思ひし

作者:読人しらず 出典:[新古今和歌集11]1056
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.126

反語「かは」を使っている例。「水茎の」は「水城」、「岡」に係る枕詞。丸谷才一 の解は、「岡の木の葉を吹き返す風が吹いているが、吹き返すようにくり返して恋しく思うのは誰だろうか(つまり自分である)」。しかし、「吹き返すようにくり返して恋しく思う」には、引っ掛かる物を感じる。あるいは、「あなたが私を恋しく思ってくれるお返しに、もっとずっと強くあなたを恋しく思うのは誰でしょう(、他ならぬ、私です)」ではないか。荒井由美の「少しだけ片思い」を少しだけ連想させる。

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道の隅イつもるまでに

作者:額田王 出典:[万葉集1]17
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.328

『万葉集』中接頭辞イを有し、文脈から平面上の移行に関する意味を有すると判断できる動詞の8例の一つとして、大野晋が挙げているもの。
味酒 三輪の山 あをによし 奈良の山の 山の際に い隠るまで 道の隈 い積もるまでに つばらにも 見つつ行かむを しばしばも 見放けむ山を 心なく 雲の 隠さふべしや (額田王 [万葉集1]17)」

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

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みちのくはいづくはあれどしほがまの浦こぐ舟のつなでかなしも

作者:東歌 出典:[古今和歌集20]1088
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.206

これは、「いづく」と云う疑問詞を「は」で受けている珍しい例。大野晋の説明によれば、この場合、「みちのくはいづく」と云うのが一纏まりなのである。「春は (何時がいちばんいいかと言うと) あけぼの」と同じ形式であって「みちのくはどこ (が一番か)」と考えられる。次の「あれど」は、奈良時代でも平安時代でも「ともかく」の意味で使われている。だから全体としては「みちのくはどこ (が一番かと云うこと) はともかくとして、しおがまの浦こぐ舟の綱手は非常に心をしみじみと打つ」。

『日本語で一番大切なもの』中では特に問題にされていないが、私には何故「しほがまの浦こぐ舟のつなでかなしも」なのかが、もうひとつ釈然としない。これは宿題にしておく。

参考 (後世への影響):
世の中はつねにもがもな渚こぐあまの小舟のつなでかなしも (鎌倉右大臣/源実朝 [百人一首]93/[新勅撰和歌集8]525/[金槐和歌集]594)

[奥の細道]「末の松山」(曾良随行日記によれば「元禄2年5月8日」)
それより野田の玉川・沖の石を尋ぬ。末の松山は寺を造て末松山といふ。松のあひあひ皆墓はらにて、はねをかはし枝をつらぬる契の末も、終はかくのごときと悲しさも増りて、塩がまの浦に入相のかねを聞。五月雨の空聊はれて、夕月夜幽に、 籬が島もほど近し。蜑の小舟こぎつれて肴わかつ聲々に、「つなでかなしも」とよみけん心もしられて、いとゞ哀也。其夜、目盲法師の琵琶をならして、奥上るりと云ものをかたる。平家にもあらず舞にもあらず、ひなびたる調子うち上て、枕ちかうかしましけれど、さすがに邊土の遺風忘れざるものから殊勝に覚らる。 (岩波文庫『奥の細道』p.28)

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

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2008年3月18日 (火)

道しあればおのが越路のふるさとも同じ春とや雁のゆくらん

作者:後醍醐院 出典:[続後拾遺和歌集]53
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.230

「ふるさとも」の「も」を、推量の「雁のゆくらん」で受ける。(新編国歌大観第1巻歌集p.526)
「越路と云う帰る道はあることであるし、越路 (北国) にある自分の故郷もやはり春になっているのかと雁は行くのだろうな」

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三島江や霜もまだひぬ芦の葉につのぐむほどの春風ぞ吹く

作者:源通光 出典:[新古今和歌集1]25
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.72

「...では」を意味する 地名+「や」の例。動詞「つのぐみ」(連用形) は「新芽が角のように出始める」こと。

参考 (詞書):
詩をつくらせて歌に合せ侍りしに、水郷春望といふことを
「三島江」は、現大阪府高槻市あたり。万葉以来の歌枕。

参考 (「三島江」の歌):
三島江の入江の薦をかりにこそ我れをば君は思ひたりけれ (作者不詳 [万葉集11]2766/2776)
三島江の玉江の薦を標めしより己がとぞ思ふいまだ刈らねど(作者不詳 [万葉集7]1348/1352)
みしま江につのぐみ渡る蘆のねの一よのほどに春めきにけり(曾禰好忠 [後拾遺和歌集1]42)
三島江や蘆の枯葉の下ごとに羽がひの霜をはらふをし鳥 (藤原忠通 [夫木和歌抄17]6979)

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みかりする交野のみ野にふる霰あなかままだき鳥もこそ立て

作者:崇徳院 出典:[新古今和歌集6]685
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.42

感動詞「あな」の用例。「あなかま」は口語性が強い。

崇徳院が実際に行なったかどうかは、浅学にして私 ([ゑ]) は不案内だが、皇室の遊猟地があった「交野が原」における鳥の狩りの情景だろう。折あしく霰が降ってきたので、鳥が逃げてしまうと心配しているのである。

参考:
床近しあなかま夜半のきりぎりす夢にも人の見えもこそすれ (藤原基俊 [新古今和歌集15]1387)」。「床」の訓は「ゆか」。

[新古今和歌集6]685-[新古今和歌集6]688
  百首歌めしける時
御狩する交野のみ野に降る霰あなかままだき鳥もこそ立て
(崇徳院 [新古今和歌集6]685)
  内大臣に侍ける時、家歌合に
御狩すと鳥だちの原をあさりつつ交野の野邊に今日も暮しつ
(法性寺入道前関白太政大臣/藤原忠通 [新古今和歌集6]686)
  京極關白前太政大臣高陽院歌合に
御狩野はかつ降る雪にうづもれて鳥立も見えず草がくれつつ
(前中納言匡房/大江匡房 [新古今和歌集6]687)
  鷹狩のこころをよみ侍ける
狩りくらし交野の真柴折りしきて淀の川瀬の月を見るかな
(藤原公衡 [新古今和歌集6]688)

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

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みかの原わきて流るる泉川いつみきとてか恋ひしかるらん

作者:藤原兼輔 出典:[百人一首]27/[新古今和歌集11]996
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.62

「か」の用例。実際に経験したことを意味する「みき」を「いつ...とてか」で曖昧にしている。また「みか」、「みか」、「みき」が隠されている。
「泉川」までが序で「いつみき」を導いているが、序詞部分で、わき上がる水のイメージとわき上がる思いのイメージが交錯するようになっている。その一方で、「わきて」で二人の間が分かれていることを表わしている。
「契りを交わしたことなどない筈なのに、まるで契りを交わしたことがあるように恋しく思われるのはどうしてだろう」。

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

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み吉野の 吉野の鮎
鮎こそは 島辺もよき え苦しゑ
水葱の本 芹の本 吾は苦しゑ

作者:未確認又は該当情報なし 出典:[日本書紀27]天智紀10年12月
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.50

「え苦しゑ」。感動詞「え」の用例。「吉野」の読みは「えしの」、「水葱」の読みは「なぎ」。

大野晋の解説によれば、これは、天武天皇が吉野に逃げ込んだ時のことを諷刺している。吉野に逃げ込んでいるのはとても苦しいことで、いずれ良くないことが起こるだろうと云う意味だろう。「鮎ならば水のほとりの島辺に押し込められてもいいだろうけれども、私は鮎ではないから、こんな水葱や芹のあるところに押し込められて苦しい」。

参考 ([日本書紀27]天智紀10年12月):
十二月(しはす)の癸亥(みづのとのゐ)の朔(ついたち)乙丑(きのとのうしのひ)に、天皇(すめらみこと)、近江宮(あふみのみや)に崩(かむあが)りましぬ。癸酉(みづのとのとりのひ)に、新宮(にひみや)に殯(もがり)す。時に、童謠(わざうた)して曰はく、
  み吉野の 吉野の鮎 鮎こそは 島傍(しまへ)も良(え)き え苦しゑ 水葱(なぎ)の下(もと) 芹(せり)の下(もと) 吾(あれ)は苦(くる)しゑ 其一
  臣(おみ)の子(こ)の 八重(やへ)の紐(ひも)解(と)く 一重(ひとへ)だに いまだ解(と)かねば 御子(みこ)の紐(ひも)解く 其二
  赤駒(あかごま)の い行(ゆ)き憚(はばか)る 真葛原(まくずはら) 何(なに)の伝言(つてこと) 直(ただ)にし良(え)けむ  其三

(岩波文庫『日本書紀(五)』p.64)

十二月癸亥朔乙丑、天皇崩于近江宮。癸酉、殯于新宮。于時、童謠曰、
  美曳之弩能、美曳之弩能阿喩、々々擧曾播、施麻倍母曳岐、愛倶流之衛、奈疑能母騰、制利能母騰、阿例播倶流之衛 其一
  於彌能古能、野陛能比母騰倶、比騰陛多爾、伊麻拕藤柯泥波、美古能比母騰矩 其二
  阿箇悟馬能、以喩企波々箇屡、麻矩儒播羅、奈爾能都底擧騰、多拕尼之曳雞武 其三

(岩波文庫『日本書紀(五)』p.390)

この記事は[nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引 (改)] (2008年3月1日[土]) の一部をなすものである。


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御足跡作る 石の響きは 天に到り 地さへ揺すれ 父母がために 諸人のために

作者:文室智努(ふんやのちぬ) 出典:仏足石歌
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.287

「父母」は内扱いする「が」で承け、「諸人」は外扱いする「の」で承けている。「御足跡」の訓は「みあと」。

この歌は、所謂薬師寺仏足石歌碑に刻まれた21首の第1番。ちなみに、薬師寺仏足石と薬師寺仏足石歌碑とは異なる。仏足石は、仏足が刻まれた上面が平坦なるも、やや不規則な形の白っぽい岩塊 (角礫岩だと云う)。仏足石歌碑は、黒っぽい色をした粘板岩からなる典型的な板碑。

この機会に、「仏足石歌」に就いて纏めておく。まず、薬師寺仏足石歌碑に刻まれているものだが、ネット上を検索しても、その第1番歌はともかく、それ以外はなかなか見当たらない。ようやく、探し当てたのが、次の3つのウェブページだった。

  1. 石造文化財の旅「薬師寺仏足石・仏足跡歌碑」
  2. 文室眞人智努の生涯 -天平一知識人の憂愁-
  3. 佛足石歌碑歌の位相-「ますらを」「もろもろ」の語を手がかりに-
しかし、この全てを併せても、全21首をカヴァーすることはできなかった。

ちなみに言う、[奈良薬師寺 公式サイト] には仏足石歌碑への言及はあっても、それに刻まれた仏足石歌の紹介は1字も見当たらない。おそらく、平成の薬師寺には、仏足石歌を衆生に施さなくても自らの極楽往生が極まった高僧ばかりが揃っているのであろう。

結局、現状では薬師寺仏足石歌の全容を窺えるのは折口信夫の『万葉集辭典』「ぶつそくせきのうた」の項 (中公文庫『折口信夫全集』第6巻 p.291-p.292) のみであるようだ。以下、若干表現を整えて再録する。なお、以下何度か登場する「足跡」の読みは「あと」である。:

御足跡作る 石の響きは 天に到り 地さへ揺すれ 父母がために 諸人のために (薬師寺仏足石歌碑1番歌)
三十あまり 二つの相 八十くさと 備れる人の 踏みし足跡どころ まれにもあるかも (薬師寺仏足石歌碑2番歌) 「三十」の読みは「みそぢ」、「相」の読みは「かたち」、「備れる」の読みは「そだれる」。
よき人の まさめに見けむ 御足跡すらを 我はえ見ずて いはにゑりつく 玉にゑりつく (薬師寺仏足石歌碑3番歌)
この御足跡 やよろづ光を 放ち出だし もろもろすくひ わたし給はな すくひ給はな (薬師寺仏足石歌碑4番歌)
いかなるや 人にいませか いはの上を土と 踏みなし あと遺るらむ 貴くもあるか (薬師寺仏足石歌碑5番歌) 「遺る」の読みは「のける」。
ますらをの 進み先立ち 踏める足跡を 見つつ慕はむ ただに逢ふまでに まさに逢ふまでに (薬師寺仏足石歌碑6番歌)
ますらをの 踏み置ける足跡は 石の上に 今も残れり 見つつしのへと 長くしのへと (薬師寺仏足石歌碑7番歌)
この御足跡を たづね求めて よき人の ゐます国には われもまゐてむ もろもろをゐて (薬師寺仏足石歌碑8番歌)
釋迦の御足跡 いはにうつしおき うやまひて 後の仏に ゆづりまつらむ ささぎまうさむ (薬師寺仏足石歌碑9番歌)
これの世は うつり去るとも とことはに さ残り坐せ 後の世のため 又の世のため (薬師寺仏足石歌碑10番歌)
ますらをの おあ...(以下欠落) (薬師寺仏足石歌碑11番歌)
さきはひの あつきともがら 参到りて まさめに見けむ 人の羨しも うれしくもあるか (薬師寺仏足石歌碑12番歌) 「羨し」の読みは「ともし」。
をぢなきや 我に劣れる 人を多み わたさむためと うつし奉れり 仕へ奉れり (薬師寺仏足石歌碑13番歌)
釋迦の御足跡 いはに写しおき 行きめぐり 敬ひまつり わが世は終へむ この世は終へむ (薬師寺仏足石歌碑14番歌)
くすり師は 常のもあれど まらひとの 今のくすり師 尊かりけり めぐしかりけり (薬師寺仏足石歌碑15番歌)
この御足跡 まはりまつれば 足跡ぬしの たまの裝ひ おもほゆるかも 見る如もあるか (薬師寺仏足石歌碑16番歌)
大御足跡を 見に来る人の いにしかた 千代の罪さへ 滅ぶとぞ言ふ 除くとぞ聞く (薬師寺仏足石歌碑17番歌)
人の身は 得難くあれば 法の為の よすかとなれり つとめもろもろ すすめもろもろ (薬師寺仏足石歌碑18番歌) 「為」の読みは「た」。
四つの蛇(へみ) 五つのものの あつまれる 穢き身をば 厭ひすつべし 離れ棄つべし (薬師寺仏足石歌碑19番歌) 「蛇」の読みは「へみ」。
いかづちの 光の如き これの身は しにのとほきみ つねにたぐへり おづべからずや (薬師寺仏足石歌碑20番歌)
(上句欠落)ひたる 人の為に くすり師求む よき人もとむ 醒さむがために (薬師寺仏足石歌碑21番歌) 「為」の読みは「た」。

『万葉集』にも「仏足石歌」が収められいてる:
弥彦 神の麓に 今日らもか 鹿の伏すらむ 皮衣着て 角つきながら (作者不詳 [万葉集16]3884/3906)

これは「弥彦おのれ神さび青雲のたなびく日すら小雨そほ降る [一云 あなに神さび] (作者不詳 [万葉集16]3883/3905)」と対をなしている訣だが、この「あなに神さび」を、第6句と見做すと、こちらの方も仏足石歌ということになる。

このほか、仏足石歌としては、しばしば『古事記』と『播磨国風土記』に一首ずつあると説明されているのが普通であるが、具体的に引用されているものは、少なくともネット上では見つからなかった。皆さんが、実地に当たらないまま、子引き、孫引き、曽孫引きしている訣のものでもないのだろうが、如何せん、見当たらないものは仕方がない。

実際に探してみたところでは『古事記』所収の仏足石歌とは、次の歌を指しているのではないかと思われる:

[古事記]「下巻/清寧記」
大君の みこの柴垣 八節結り 結り廻し 切れむ柴垣 焼けむ柴垣 (志毘臣 [古事記]歌謡109) 岩波文庫『古事記』p.197-p.198。 「八節結り」の読みは「やふじまり」、「結り廻し」の読みは「しまりもとほし」。

では『播磨国風土記』はどうかと云うと、これが見当たらないのだな。「歌謡」は、どうやら次の3首 (ただし「逸文」中に1首ある。下記参照) だけのようだが、そのどれも所謂「仏足石歌体」ではない。

うつくしき 小目の小竹葉に 霰ふり 霜降るとも な枯れそね 小目の小竹葉 岩波日本古典文學大系『風土記』p.345。「小目の小竹葉」の訓は「をめのささば」
たらちし 吉備の鐵の 狹??持ち 田打つ如す 手拍て子等 吾は儛ひせむ (岩波日本古典文學大系『風土記』p.351)「??」は「鍬」の異体字。unicode 936b。「鐵」の訓は「まがね」。「如す」の読み「なす」。「手拍て」の読みは「てうて」。
淡海は 水渟る國 倭は 青垣 青垣の 山投に坐しし 市邊の天皇が 御足末 奴僕らま (岩波日本古典文學大系『風土記』p.351)「山投に坐しし」の読みは「やまとにましし」、「御足末」の読みは「みあなすゑ」。

また、『播磨国風土記』逸文 (卜部兼方 [釋日本紀8]) には、次の歌が見られる:
住吉の 大倉向きて 飛ばばこそ 速鳥と云はめ 何か速鳥 (岩波日本古典文學大系『風土記』p.484)「住吉」の読みは「すみのえ」

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

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まつむしの声すなり

作者:読人しらず 出典:[古今和歌集4]202
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.244

『日本語で一番大切なもの』p.244 大野晋の発言中に「すずむしの声すなり」とあるも出典不詳。あるいは、「秋の野に人松虫の声すなり我かと行きていざ訪はむ (読人しらず [古今和歌集4]202)」か? 平安時代、「鈴虫」と「松虫」の呼称が、後世と逆転していたと云う説(屋代弘賢『古今要覧稿』)がある。「松虫」とされているものが実は「鈴虫」だったと云う知識があると逆に混同しやすくなるだろう。

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

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松が根の岩田の岸の夕すずみ君があれなと思ほゆるかな

作者:西行 出典:山家集/[玉葉和歌集14]1939
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.304

大野晋の説明:破格だが、「君があれな」は、「きみがあらば(イイノニ)と思ほゆるかな」と解釈できる。
詞書:夏野へ參りけるに岩田と申す所に涼みて下向しける人につけて京へ同行に侍りける上人の許へ遣しける

『新古今』歌人としては「あれな」の利用は西行に特徴的。参考:
あはれとて人の心のなさけあれな数ならぬにはよらぬ嘆きを (西行 [新古今和歌集13]1230)
さびしさに堪へたる人のまたもあれな庵ならべん冬の山里 (西行 [新古今和歌集6]627)

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

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万智ちゃんを先生と呼ぶ子らがいて神奈川県立橋本高校

作者:俵万智 出典:『サラダ記念日』
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.426

丸谷才一の説明:未知の情報を承ける「が」。万智ちゃんが先生と呼ばれる意外な、新鮮な感じが「が」で表現されている。

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

補足
サラダ記念日』は、俵万智 (1962年12月31日-) の第1歌集。河出書房新社1987年5月8日初版発行。ISBN4-309-00470-9。

俵万智の自選百首が「万智の一人百首」で見られる。

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まちちゃんと我を呼ぶとき青年のその一瞬のためらいが好き

作者:俵万智 出典:『サラダ記念日』
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.428

大野晋の説明:情意の対象の「が」。「見たい」「好き」など、欲望や好みの対象は、みな瞬時に現われてくるものとして「が」で承ける。「水が飲みたい」と云う言い方と同じ。

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

補足
サラダ記念日』は、俵万智 (1962年12月31日-) の第1歌集。河出書房新社1987年5月8日初版発行。ISBN4-309-00470-9。

俵万智の自選百首が「万智の一人百首」で見られる。

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またや見ん交野のみ野の桜がり花の雪散る春のあけぼの

作者:藤原俊成 出典:[新古今和歌集2]114
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.131

助詞「や」の用例。「見ん (は) またや」と云う読みは不適。
大野晋の説明:「ぞ」や「か」は、古くからの伝統があるので、ひっくり返してみると、ちゃんと本へもどる形の例をもっているが、「や」は、係結びがそうとう発達したあとで、疑問の「か」の位置を占めたから、どうも古い形を持っていない。
なお、桜に関するさまざまな言葉がみんな使われている (「あけぼの」まで)。

現在の大阪府交野市北部から枚方市にかけてのなだらかな丘陵地は、平安時代「交野が原」と呼ばれ、皇室の遊猟地であり、また貴族達の桜狩りの名所であった。「天皇が狩りをすることもある交野が原での桜狩り。春の夜明けに花吹雪がして...もう一度見たいものだがな」(「またや見ん交野の」は「またや見がたし」を匂わせているだろう)。

参考 (皇室の遊猟地としての「交野」):
みかりする交野のみ野にふる霰あなかままだき鳥もこそ立て (崇徳院 [新古今和歌集6]685)

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大夫は友の騒きに慰もる心もあらめわれそ苦しき

作者:不詳 出典:[万葉集22]2571/2576
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.144

「出来るでしょうけれど」を意味する已然形「め」。「男のあなたは友達と騒いで心の憂さを晴らせるでしょうけれど、私の方は苦しいのよ」

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

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ますらをと思へる吾をかくばかりみつれにみつれ片思ひをせむ

作者:大伴家持 出典:[万葉集4]719/722
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.343

「を」の用例。自分を「ますらを」だと思っていたことへの執着がある。そうした執着が破れたことにより「吾」が第3人称的になり、さらに末尾の助動詞「む」が反語的になる。動詞「みつれ」(連用形) は「疲れ果てる」・「窶れる」の意。「一人前の大人の男だった筈のこの私が、これほど窶れるような片思いをしようとは」

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

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ますらをが山かたつきて住む庵の外面にわたす杉のまろ橋

作者:順徳院 出典:[風雅和歌集16]1768
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.297

助詞「が」の用例。「外面」の訓は「そとも」。丸谷才一の説明と解:おそらく順徳院が佐渡に流されてからの歌。それで、自分のことを「ますらを」と言っている。「身分の低い男である私が、山の近くに住んでいる庵のすぐ外のところに渡してある杉の丸太橋」。

[ゑ]補足:『日本語で一番大切なもの』では「ますらを」を簡単に「身分の低い男」と云う説明で済ましてあるが (勿論、会話の流れの中ではそれで構わない)、実際は、漁師・猟師・農夫など、もう少し具体的イメージのある言葉である。ただし、困ったことに、この歌の場合は、それほど具体的なイメージでは歌われていない。身分の落差を強調するため使われているだけである。それでも、なお、この「ますらお」には「身分の低い男」に留まらないイメージの喚起力がある。
要するに、落剥して男 (私) が暮している庵の裏手には山が迫り、正面には渓流が流れていて、そこに杉の丸太橋が渡してある、と云うことなんだが、これを体言止めである程度絵画的に纏めようとすると難しい。逆に、それで順徳院の手練の見事さが分かる。

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

補足
読み返すと、私 ([ゑ]) の説明が「説明」になっていないような気がしたのだが、しかし、どこを直すと云う訣にもいかないようなので、しばらくはこのままにしておく。

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枕だに知らねばいはじ見しままに君かたるなよ春の夜の夢

作者:和泉式部 出典:[新古今和歌集13]1160
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.258

「だに」の 用例。「(寝床の事を知ると云う) 枕でさえ (外してしまったので) 何も知らないのだから話す筈はないのですよ。あの春の一夜の夢を、自分で見たのだと言うことだけで吹聴しないで下さいね」

参考:
しるといへば枕だにせでねしものを塵ならぬ名の空に立つらむ (伊勢 [古今和歌集13]676)

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

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待つ人も来ぬものゆゑに鶯の鳴きつる花を折りてけるかな

作者:読人しらず 出典:[古今和歌集2]100
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.352

「ものゆゑ」の用例。『日本語で一番大切なもの』で大野晋が的確な説明をしている。
「ものゆゑ」の意味には、「...に決まっているから」と云う場合と「...に決まっているのに」と云う場合があるが、これは「のに」の方。「待っているあの人は、いくら待っても来る筈はない。それは分っているのに、鴬が留まって鳴いた花の枝を折ってしまったの (見せることもできないのに)」

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

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堀江漕ぐ伊豆手の船の楫つくめ

作者:大伴家持 出典:[万葉集20]4460/4484
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.266

「伊豆手の船」。生産者・作者を表わす「の」の用例。「堀江漕ぐ伊豆手の舟の楫つくめ音しば立ちぬ水脈早みかも 大伴家持 [万葉集20]4460/4484」
古代、伊豆国 (いずのくに) 製の船は上等とされていたらしい。「楫」は「船をこぎ進めるための道具である櫓や櫂の総称」だが、ここでは「櫓」のことか。ただし、「楫つくめ」或いは「つくめ」の語義には諸説あり、確定していないらしい。一応、私の解を当てておく。「伊豆国製の船で運河を行く。しっかりと握っているのに櫓が何度も音を立てたぞ。水の流れが速いのかもしれないぞ」。

参考:
防人の堀江漕ぎ出る伊豆手船楫取る間なく恋は繁けむ (大伴家持 [万葉集20]4336/4360)

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

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法師らがひげの剃杭馬つなぎいたくな引きそ法師は泣かむ

作者:不詳 出典:[万葉集16]3846/3868
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.289

助詞「が」の用例。
大野晋の説明:本来外扱いすべき対象を意図的に内扱いにすると、馬鹿にしたり軽蔑したりする意味になる。法師を馬鹿にして「法師らがひげ」と言っている。

歌の詞書は「戯れて僧を嗤ふ歌一首」。そして、次の歌では法師の方が仕返しの歌 (詞書「法師が報ふる歌一首」) を詠んでいる:「壇越やしかもな言ひそ里長が課役徴らば汝も泣かむ (作者不詳 [万葉集16]3847/3869)」

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

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ほのぼのと春こそ空に来にけらし天の香具山霞たなびく

作者:後鳥羽院 出典:[新古今和歌集1]2
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.181

大野晋の説明:「来にけらし」で「こそ」の係りが不鮮明になっている例。丸谷才一の説明:この「けらし」は「けるらし」の短縮形で確かに已然形だが、「こそ」を受ける感じがあまりしない。

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

(補足:2008-08-31[日])
大意を付けておく。その為には、当然ながら、まず、この歌が [新古今和歌集] 第1巻 [春上] の第2歌であって、その詞書が「春のはじめの歌」であることだ。つまり、一首は立春を詠っている (あるいは歌そのものは、立春以降数日にして詠まれたのかも知れないが、いづれにしろ、歌題は「立春」)。そこには「立春にはなったものの、『里』はまだまだ春めいていない」と云う底意がある。

「ほのぼのと」が意外と訳しづらいのだが、こんな感じだろう。
「『立春』と云うことでやってきたらしい『春』の証しが、空には微かに現れている。天の香具山に霞がたなびいているのだ。」

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霍公鳥鳴きて越ゆなり今し来らしも

作者:大伴家持 出典:[万葉集20]4305/4329
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.245

伝聞の「なり」の用例。
大野晋の解:「霍公鳥(ほととぎす)がその山を鳴いて越える声が聞こえる、ああ、やってくるらしいな」
木の暗の茂き峰の上を霍公鳥鳴きて越ゆなり今し来らしも (大伴家持 [万葉集20]4305/4329)」

[ゑ] 補足:この歌の詞書は「霍公鳥を詠む歌一首」と当たり前だが、左註が「右の一首は、四月に大伴宿禰家持作る」とあって、注意を引く。大伴家持は、霍公鳥 (ホトトギス) を愛し、この鳥が立夏の日に鳴くことにこだわった。立夏までにホトトギスが鳴かないと、不満を表わす歌を詠んだりしているほどである。この歌が詠まれた天平勝宝6年の立夏は、4月8日であったらしいが、この歌では素直に期待感とその成就が顕れているから、おそらく立夏のころ、少なくとも立夏には遅れずに詠まれたのだろう。さらに、この歌の一首前の「山吹の花の盛りにかくのごと君を見まくは千年にもがも (大伴家持 [万葉集20]4304/4328)」は3月25日での祝宴で作られている (主賓の橘諸兄が宴を中止したために謡われなかったが) から、3月26日から4月8日の間に詠まれたのではないだろうか。ちなみに、彼は4月5日に、少納言から転じて、従五位上として兵部少輔に任じられている。

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

補足
「大野晋の解」に補足するなら、気分としては木が鬱蒼と繁った山(「木の暗の茂き峰」)であるからこそに、ホトトギスの姿が見えず、声だけが聞こえると云う含みがあるのだろう。

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北面の下﨟、さては金行といふ御力者ばかりぞまいりける。

作者:未確認又は該当情報なし 出典:[(覚一本)平家物語3]「法王被流(ほうおうながされ)」
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.423

鎌倉時代の終わり頃には、引用文中にあるような「ぞ」は「が」で置き換えてもいいようになってきていた。(岩波文庫『平家物語一』p.368)

Web 上で「﨟」を、『「藹」の「言」に代えて「月」』とか、『「臈」の「くさかんむり」を字全体に』とか、『草冠に「臈」』とか表現されていることがあるが、現時点の unicode には収録されている。

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

補足
[平家物語3]「法王被流」
さて御車に召されけり。公卿・殿上人一人も供奉せられず。たゞ北面の下臈、さては金行といふ御力者ばかりぞ参りける。御車の尻には、尼ぜ一人参られたり。この尼ぜと申は、やがて法皇の御乳の人、紀伊二位の事也。七条を西へ、朱雀を南へ御幸なる。あやしのしづの男、賎女にいたるまで、「あはや法皇の流されさせましますぞや」とて、泪を流し、袖をしぼらぬはなかりけり。去七日の夜の大地震も、かゝるべかりける先表にて、十六洛叉の底までもこたへ、乾牢地神の驚きさわぎ給ひけんも理かなとぞ、人申ける。(岩波文庫『平家物語一』p.368)

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古人の食へしめたる吉備の酒病まばすべなし貫簀たばらむ

作者:丹生女王 出典:[万葉集4]554/557
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.264

「吉備の酒」。行為・生産の行なわれる場所を意味する、助詞「の」の用例。「食へ」の訓は「たまへ」。「古人 (ふるひと)」とは「大伴旅人」のこと。

「貫簀(ぬきす)」とは「簀の子」のこと。吐いたりする時に前に置いて着物を汚さないようにする。大野晋の解:「気持ちが悪くなったらなんとも仕方がありません。どうか貫簀(ぬきす)をください」。

この歌の詞書は、「丹生女王、太宰帥大伴卿に贈る歌二首」で、もう一首は「天雲のそくへの極み遠けども心し行けば恋ふるものかも (丹生女王 [万葉集4]553/556)」。
作者「丹生女王」は、[万葉集3]420/423-[万葉集3]422/425 の作者「丹生王」と同一人物とされている。成る程、たしかに、この [万葉集4]554/557 は、大伴旅人に宛てた歌に似つかわしいが、もう一首の 長歌である[万葉集4]420/423 への反歌とした方が似つかわしい。想像を逞しゅうするに、丹生王は石田王を失った後、酒に沈淪したのかもしれない。

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

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故郷も恋ひしくもなし旅の空みやこもつひのすみかならねば

作者:平重衡 出典:[平家物語10]海道下(かいどうくだり
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.230

大野晋の説明:「も」は本来、不確定・不確実を表わすので、その後は否定や願望の言葉が続くことが多い。「故郷も恋ひしくもなし」でも、「も」の下が否定の言葉「なし」になっている。

参考 (『平家物語』[海道下]):
さらでもたびは物うきに、心を尽すゆふまぐれ、池田の宿にもつきたまひぬ。彼(かの)宿の長者、ゆやがむすめ、侍従がもとに其夜は宿せられけり。侍従、三位中将を見たてまッて、「昔はつてにだに思ひよらざりしに、けふはかゝるところに入らせたまふふしぎさよ」とて、一首のうたをたてまつる。
  旅の空はにふのこやのいぶせさにふる郷いかにこひしかるらむ
三位中将返事には、
  故郷もこひしくもなしたびのそらみやこもつひのすみかならねば
(岩波文庫『平家物語四』p.52)

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ふるさとは吉野の山しちかければひと日もみゆきふらぬ日はなし

作者:読人しらず 出典:[古今和歌集6]321
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.205

助詞「は」の用例。

大野晋の説明:「は」は先行部分に就いて提題して、その下に何がしかの求める。この文の仕組みは、「ふるさとは (どうした状態かと言うと) 吉野の山が近いから、一日でも雪の降らない日は (どうしたのかと言うと) ありません」

「ふるさと」は「吉野行宮」を指す。『日本語で一番大切なもの』では話題にされていないが、「ひと日もみゆきふらぬ日はなし」を「かっての (持統帝の?) 吉野行幸が日々過去のものになっていく」と云う読み方も成立すると思う。

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

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古池や

作者:芭蕉 出典:[蛙合]
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.75

俳句の切字「や」の例。「古池や蛙飛びこむ水の音 (芭蕉 [蛙合])」

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補足
「蛙合」の内容に就いては、次のウェブページ参照:古池蛙

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冬の夜のながきを送る袖ぬれぬ暁がたの四方のあらしに

作者:後鳥羽院 出典:[新古今和歌集6]614
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.278

助詞「の」を多く使った例。『日本語で一番大切なもの』では解は与えられていない。

実は、私 ([ゑ]) にはこの歌が釈然としない。後鳥羽院の趣向と言うか「見立て」が見えてこないのだ。単純に恋人を待っていると考えても良いのだが、そうすると「四方のあらし」が、道具立てとして大袈裟過ぎる。勿論、この歌が『源氏物語』[須磨] の巻の「心尽くしの秋風」の章を踏まえていると云うことは十分あり得るが、だとしても、それなら後鳥羽院は自らを「流竄の王子」に擬えているのだろうか。そうすると第3句までに緊張感が足りない。それとも、この歌に「見立て」はなく、実景だろうか?

一応解を付けておく:「長い長い冬の夜を遣り過ごしていて暁に私は涙する。廻りは全て嵐の風」

ちなみに、この歌は、塚本邦雄『清唱千首』に第645歌として所収。塚本邦雄は「きつぱりとした上・下倒置が、まことに雄々しい」と評する。うーむ。しかし、微妙に倒置ぢゃないんだけどな。

参考 ([源氏物語]12「須磨」):
須磨には、いとゞ心づくしの秋風に、海はすこし遠けれど、行平の中納言の、「関吹き越ゆる」と言ひけむ浦波、夜々は、げに、いと近う聞こえて、またなくあはれなるものは、かゝる所の秋なりけり。御前に、いと人少なにて、うち休みわたれるに、ひとり目をさままして、枕をそばだてて四方の嵐を聞き給ふに、波、たゞこゝもとに立ちくる心地して、涙おつともおぼえぬに、枕うくばかりになりにけり。琴を、すこし掻き鳴らし給へるが、われながら、いと、すごう聞こゆれば、弾きさし給ひて、
  恋ひわびて泣く音にまがふ浦浪は思ふかたより風や吹くらむ
と、謡ひ給へるに、人びと驚きて、めでたうおぼゆるに、しのばれで、あいなう起きゐつゝ、鼻を忍びやかにかみわたす。
(岩波文庫『源氏物語(二)』p.41-p.42) (繰り返し記号の処理に就いて岩波文庫版と変更がある。)


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ふもとまで尾上の桜ちりこずはたなびく雲と見てやすぎまし

作者:藤原顕輔 出典:[新古今和歌集2]124
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.374

条件節を作る「ずは」の用例。大野晋の解:「尾上の桜がもしふもとまで散ってこないなら、遠くに棚引く雲と見過ごしていただろうに、散ってくるから桜だとわかる」

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船の舳のイはつるまでに

作者:大伴家持 出典:[万葉集18]4122/4146
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.328

『万葉集』中接頭辞イを有し、文脈から平面上の移行に関する意味を有すると判断できる動詞の8例の一つとして、大野晋が挙げているもの。
天皇の 敷きます国の 天の下 四方の道には 馬の爪 い尽くす極み 舟舳の い果つるまでに いにしへよ 今のをつづに 万調 奉るつかさと 作りたる その生業を 雨降らず 日の重なれば 植ゑし田も 蒔きし畑も 朝ごとに しぼみ枯れゆく そを見れば 心を痛み みどり子の 乳乞ふがごとく 天つ水 仰ぎてぞ待つ あしひきの 山のたをりに この見ゆる 天の白雲 海神の 沖つ宮辺に 立ちわたり との曇りあひて 雨も賜はね (大伴家持 [万葉集18]4122/4146)」

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

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不尽の嶺を高みかしこみ天雲もい行きはばかりたなびくものを

作者:高橋虫麻呂 出典:[万葉集3]321/324
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.347

詠嘆の終助詞「ものを」の用例。これから、接続助詞としての「ものを」が派生する。

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深草の野辺の桜し心あらば今年ばかりは墨染に咲け

作者:上野岑雄(かみつけのみねお) 出典:[古今和歌集16]832
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.263

助詞「の」の用例。「深草」も「野辺」も作者にとっては自分の外界にある。
「深草の野辺」は「深草にある埋葬地」の意。

『源氏物語』[薄雲]の引き歌。藤壷が亡くなったあとで光源氏が「今年ばかりは」とつぶやく。その一句を言うだけで和歌全部を引いたことになる。

参考 ([源氏物語19]「薄雲」):
をさめたてまつるにも、世の中ひゞきて、「悲し」と思はぬ人なし。殿上人など、なべて、ひとつ色に黒みわたりて、ものの映(はへ)なき春の暮なり。二條院の御前の櫻を御覧じても、花の宴の折など、思し出づ。「今年ばかりは」と、ひとりごち給ひて、人の、見とがめつべければ、御念誦堂にこもりゐ給ひて、日一日、泣き暮らし給ふ。夕日、花やかにさして、山ぎはの木ずゑ、あらはなるに、雲の薄く渡れるが、鈍色なるを、なにとも御目とどまらぬ頃なれど、いと物あはれに思さる。 (岩波文庫『源氏物語(二)』p.237)

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

補足
この歌は、太政大臣藤原基経 (836年-891年) が亡くなった際のもの。詞書は「ほりかはのおほきおほいまうち君、身まかりにける時に、深草の山におさめてけるのちによみける」。

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昼は 日の暮るるまで 夜は 夜の明くる極み

作者:「岡本天皇」とあり、舒明天皇又は皇極天皇(斉明天皇)のいづれか不確定 出典:[万葉集4]485/488
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.276

助詞「の」の用例。

大野晋の説明:『万葉集』では、助詞「の」の下に動詞が来ても、それは連体形に限り、結局はその下に体言が来ることになる。「極み」は名詞であるし、「まで」と云う助詞も、本来は「両手(まて)」と云う名詞なので、「の」は下の名詞にかかっていると言える。

参考:
神代より 生れ継ぎ来れば 人さはに 国には満ちて あぢ群の 通ひは行けど 我が恋ふる 君にしあらねば 昼は 日の暮るるまで 夜は 夜の明くる極み 思ひつつ 寐も寝かてにと 明かしつらくも 長きこの夜を (「岡本天皇」とあり、舒明天皇又は皇極天皇(斉明天皇)のいづれか不確定 [万葉集4]485/488)

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

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昼解けば解けなへ紐の我が背なに相寄るとかも夜解けやすけ

作者:東歌 出典:[万葉集14]3483/3503
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.365

「なへ」は上代東国の否定の助動詞「なふ」の連体形。

大野晋の解:「昼間解こうとすると解けない下紐が、恋しい我が夫に相よるというつもりでか、夜は解けやすいこと」。

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

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ひもの緒のイつがり合ひてにほどりの二人並び居

作者:大伴家持 出典:[万葉集18]4106/4130
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.329

『万葉集』中接頭辞イを有し、必ずしも「平面上の移行」とは言えないが、「或る点への移行・連続」と取ってもさしつかえがなさそうな動詞の11例の一つとして、大野晋が挙げているもの。
大汝 少彦名の 神代より 言ひ継ぎけらく 父母を 見れば貴く 妻子見れば かなしくめぐし うつせみの 世のことわりと かくさまに 言ひけるものを 世の人の 立つる言立て ちさの花 咲ける盛りに はしきよし その妻の子と 朝夕に 笑みみ笑まずも うち嘆き 語りけまくは とこしへに かくしもあらめや 天地の 神言寄せて 春花の 盛りもあらむと 待たしけむ 時の盛りぞ 離れ居て 嘆かす妹が いつしかも 使の来むと 待たすらむ 心寂しく 南風吹き 雪消溢りて 射水川 流る水沫の 寄る辺なみ 左夫流その子に 紐の緒の いつがり合ひて にほ鳥の ふたり並び居 奈呉の海の 奥を深めて さどはせる 君が心の すべもすべなさ [佐夫流と言ふは遊行女婦が字なり] (大伴家持 [万葉集18]4106/4130)」

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

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ひとりのみぬる常夏の露けさは涙にさへや色をそふらむ

作者:伊勢 出典:[新拾遺集3]285
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.238

「さへ」の用例。『新拾遺和歌集』については次のウェブページ参照:。新拾遺集(巻3:夏)

丸谷才一によれば、伊勢は、「さへ」と「添ひ」の組み合わせが好みだったらしい

「常夏」とは「ナデシコ」のこと。「草の花はなでしこ、唐のはさらなり、大和のもいとめでたし」(『枕草子』第67段) とあるが、ここでは順当に「大和撫子」つまり「カワラナデシコ (Dianthus superbus)」を意味するとみなすべきだろう。ちなみに「唐撫子」は「セキチク (Dianthus chinensis)」の意。

一応、解を付けておくと「床(とこ)にひとり寂しく寝ている私、その「とこ」にゆかりの常夏の花に溜まりがち露が、私の涙に彩りを添えるようです」

『源氏物語』に「常夏」の巻があるのは周知のところ。

[源氏物語26]「常夏」
「 なでしこを飽かでも、この人々のたち去りぬるかな。いかで、おとゞにも、この花園、見せたてまつらむ。『世も、いと常なきを』と思ふに。いにしへも、もののついでに、かたり出で給へりしも、「たゞ今のこと」とぞ思ゆる」
とて、すこし、のたまひ出でたるにも、いとあはれなり。
  「 撫子のとこなつかしき色を見ばもとの垣根を人やたづねん
 この事のわづらはしさにこそ、繭籠りも、心苦しう、思ひきこゆれ」
とのたまふ。君、うち泣きて、
  「 山賤の垣ほに生ひし撫子のもとの根ざしを誰れか尋ねん」
はかなげに、きこえない給へるさま、 げに、いと、なつかしく、若やかなり。
(岩波文庫『源氏物語(三)』p.67)

しかし、「常夏又はなでしこの露けさ」と云うことなら、「白露の玉もてゆへるませのうちに光さへそふ常夏の花 (高倉院 [新古今和歌集3]275)」の項で引用した「帚木」からの分はそちらを参照することで済ませるとして、ここでは「紅葉賀」や「葵」の巻から引用した方が良いだろう。

[源氏物語7]「紅葉賀」
わが御かたに臥し給ひて、「胸のやるかたなきを、程過ぐして、大い殿へ」と、おぼす。 御前の前栽の、何となく青み渡れる中に、常夏の、花やかに咲き出でたるを、をらせたまひて、命婦の君のもとに、かきたまふ事多かるべし。
  「 よそへつゝ見るに心はなぐさまで露けさまさる撫子の花
 「花に咲かなん」と思ひ給へしも、かひなき世に侍りければ」
とあり。
(岩波文庫『源氏物語(一)』p.273
(岩波文庫版テキストは若干意味が取りづらかったので、岩波書店「新日本古典文学大系」『源氏物語』及び小学館「日本古典文学全集」『源氏物語』を参考にして変更した。)

[源氏物語9]「葵」
御帳の前に、御硯などうち散らして、手習ひ捨て給へるを、とりて、目をおししぼりつゝ見給ふを、若き人々は、悲しき中にも、ほほゑむもあるべし。あはれなるふることども、唐のも大和のも、書きけがしつゝ、草にも真名にも、さまざまめづらしきさまに、書き混ぜ給へり。「かしこの御手や」と、空を仰ぎて、ながめ給ふ。よそ人に、見たてまつりなさむが、惜しきなるべし。「 ふるき枕、ふるき衾、誰とともにか」とある所に、
  なき魂ぞいとゞ悲しき寝し床のあくがれがたき心ならひに
 又、「霜の花白し」とある所に、
  君なくて塵つもりぬる常夏の露うち払ひいく夜寝ぬらむ
一日の花なるべし、枯れて混じれり。
(岩波文庫『源氏物語(一)』p.341 (文庫版テキスト中の繰り返し記号は、モニター上の見え方を考慮して適宜処理してある。また、岩波書店「新日本古典文学大系」『源氏物語』及び小学館「日本古典文学全集」『源氏物語』を参考にして、テキストをやや変更した。)

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

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ひとり寝やいとど寂しきさを鹿の朝臥す小野の葛のうら風

作者:藤原顕綱 出典:[新古今和歌集5]450
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.74

丸谷才一の説明:『新古今和歌集』では、普通名詞+間投助詞「や」の形が非常に多くなる。この歌は、その一例。

「『新古今和歌集』巻第五 秋歌下」の冒頭「下紅葉かつ散る山の夕時雨濡れてやひとり鹿の鳴くらむ (藤原家隆朝臣 [新古今和歌集5]437)」から「過ぎて行く秋の形見にさを鹿のおのが鳴く声も惜しくやあるらむ (権大納言長家 [新古今和歌集5]452)」ぐらいまで同じモチーフ (寂しさ、さを鹿、小野、葛、風) の作例が並んでいる。

一応、解を付けておく:「あなたを待ちながらのひとり寝がとうとう朝になり、ますます寂しさが増してきました。私はまるで妻を恋しく思って鳴きながら得られず朝の野の中に臥している牡鹿と同じです。その野に繁る葛の葉が秋風にあおられて裏が見えて...あなたをおうらみいたします。」

参考:
下紅葉かつ散る山の夕時雨濡れてやひとり鹿の鳴くらむ (藤原家隆朝臣 [新古今和歌集5]437)
野分せし小野の草ぶし荒れはててみ山に深きさをしかの声 (寂蓮法師 [新古今和歌集5]439)
嵐吹く真葛が原に啼く鹿はうらみてのみや妻を恋ふらん (俊恵法師 [新古今和歌集5]440)
われならぬ人もあはれやまさるらむ鹿鳴く山の秋のゆふぐれ (土御門内大臣 [新古今和歌集5]443)
鳴く鹿の声に目ざめてしのぶかな見はてぬ夢の秋の思を (前大僧正慈円 [新古今和歌集5]445)
夜もすがらつまどふ鹿の鳴くなべに小萩が原の露ぞこぼるる (権中納言俊忠 [新古今和歌集5]446)
寝覚して久しくなりぬ秋の夜は明けやしぬらむ鹿ぞ鳴くなる (源道済 [新古今和歌集5]447)
過ぎて行く秋の形見にさを鹿のおのが鳴く声も惜しくやあるらむ (権大納言長家 [新古今和歌集5]452)
わが恋は松を時雨のそめかねて真葛が原に風さわぐなり (前大僧正慈円 [新古今和歌集11]1030)
いかにせむ葛のうら吹く秋風に下葉の露のかくれなき身を (相模 [新古今和歌集13]1166)
来ぬ人をあきのけしきやふけぬらむうらみによわるさをしかの声 (寂蓮法師 [新古今和歌集14]1321) (「まつ虫の声」のヴァリアント)
秋風の吹き裏返し葛の葉の葉の裏見れば恨めしきかな (平貞文 [古今和歌集15]823)

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

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独り寝と薦朽ちめやも綾むしろ緒になるまでに君をし待たむ

作者:不詳 出典:[万葉集11]2538/2543
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.53

「(あなたを待って) 独り寝していて薦が朽ちるかもしれないけれども、綾むしろが糸になるまで待ちましょう」と云うのが表の意味だが、裏に、「あなたがいらして、「を」(「はい」) と返事ができるまで待ちましょう」と云う意味があるのだろう、と云うのが丸谷才一の議論。

「やれやれ、困ったもんだ」と思ってしまう。「朽ちめやも」が反語になることを、丸谷才一は承知していた筈なのに、なにをウッカリしていたのだろう (『日本語で一番大切なもの』p.86-p.89 で堀辰雄の『風立ちぬ』を引き合いに出して、「『風立ちぬ』のせいで、「やも」が誤解されると困るから」などと言っている)。

「やも」は反語である。だから「薦朽ちめやも」は「薦が壊れるなんてことがあるだろうか (いや、ありはしない)」と云う意味だ。

とは言え、告白すると、私もこの歌の意味が分からない。第2句までと、第3句以降が、うまく繋がらないのだ (丸谷才一が「誤解」したのも、少しだけ分かるような気がする)。一応、私なりの解を付けてみると「(共寝をするならともかく) 一人で寝ていても薦が壊れるなんてことがあるでしょうか (ある訣ないでしょう)。(一人で寝ていても) 綾むしろがボロボロになるまであなたを待ちましょう」となるが、書いてみてもサッパリ感興が沸かない。私も「誤解」しているか知らん。

合理化はできることはできる。二通りあって、一つは、「独り寝をしていても、薦と綾むしろとでは壊れ方が違う」と云うものだ。例えば「薦は被る物」、「綾むしろは敷く物」と云うような区別があるならば、薦は壊れなくても、綾むしろは長い間にはボロボロになるかもしれない (薦より綾むしろの方が織りがしっかりしてそうな気もするのだが、ここではそう云う話はしない)。つまり、それほど長い間あなたを待っていますよ、と云う意味になる。この場合、丸谷才一の「裏の意味」にも適う。
もう一つは、独り寝をしている限り薦は壊れない。(「当然」、と付けるべきか)綾むしろも壊れない。その壊れない綾むしろが「緒になるまでに」、と云うことはつまり、「永遠に」あなたを待ちましょう、と云う意味になる (この場合、緒にならないこと前提だから、丸谷才一の「裏の意味」は成立しない)。

まぁ、どちらにしろ、理に落ちて感心しないが、どうしても一つを選べと云うのなら、私は「永遠に待つ」だな。 (以下の補足参照)

ちなみに、この歌は丸谷才一の『新々百人一首』(みちのくのをだえの橋やこれならん踏みみ踏まずみこころまどはす (藤原道雅 [後拾遺和歌集13]751)) 中でも引用されている (新潮文庫『新々百人一首(下)』p.105)

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

補足
改めて考え直した所、この歌は「一人ボケツッコミ」なのだと気付いた。

承諾の「を」と云う返事を頂けるまでいくらでも待つ譬えで「綾むしろ緒になるまで」と云う固定的表現が当時あったのかも知れないし、この表現が作者創案であっても構わないのだが、何れにしろ、「裏に仕掛けがあって、緒といのが『を』で、返事の『を』をかけてあるんだ思います」と云う丸谷才一の指摘は正鵠を射ているようだ。

つまり「綾むしろ緒になるまで君をし待たむ」が、この歌の主意なのだが、それに対して、独り寝したら「綾むしろ緒になるまで」なんて「アリエネーし」と (他人に言われる前に) 自分で自分の譬えにツッコミを入れているのだ。更に、恋の駆け引き上の微妙な、しかし作者にとっては遥かに重要だった筈の話をするなら「綾むしろ緒になるまで」と云う表現を使って、相手の女から「わたしが居ないからと云っても、独り寝はしないわけね」と、一番困るツッコミを招くと云う墓穴を掘りかねない可能性を考えただろう。

従って、この歌の解は「独り寝しているのだから、薦が壊れるなんて本当はありえないけれども、綾むしろがボロボロになって『緒』がでるほどの長い長い時間でも、あなたの『を』と云う承諾の返事をお待ちしましょう」になる。

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2008年3月17日 (月)

人は正しうなければ、人が用いぬぞ

作者:「作者」未確認 出典:『周易秘抄』下
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.379

陳述の意味を表わす形容詞「なし」の例。『周易秘抄』に就いては未確認。 岩波書店『國書總目録第四巻』p.236 によれば、写本が大阪府立中之島図書館にある由。「用いぬぞ」は「用ゐぬぞ」か??

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

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人はいさ心も知らずふるさとは花ぞむかしの香ににほひける

作者:紀貫之 出典:[百人一首]35/[古今和歌集1]42
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.44, p.231, p.371

p.44 では、「知らない」、「分からない」を意味する「いさ」の用例として引用されている。丸谷才一の解は「さあ人はどういう心なのか知らないけれども、私が訪ねてきた昔なつかしいこの土地では、花は昔のとおりに咲いている」。
うぅむ。丸谷才一は「人/花」と「心/香」の二項対立の対応を見落としている。更に、細かいことを言うなら、気付きの「ける」を無視している。一応、私なりの解を付けておく。「久しぶりにやってきたこの懐かしい所で、人の心は昔どおりであるかはとにもかくにも、花の香は昔どおりでしたね」。

p.231 及び p.371 では、「心も知らず」が、「も」に否定の「ず」が承けている例として引用されている。

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

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人はいさ飽かぬ夜床に留めつる我が心こそ我を待つらめ

作者:源頼政 出典:[千載和歌集13]805
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.45

「知らない」、「分からない」を意味する「いさ」の用例。「あなたのことは分りませんが、昨夜の寝床のことでは満足できなかった私の心がしっかりと寝床に残っていて、私を待っているようですよ」。

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

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一つ松幾代かへぬる吹く風の音の清きは年深みかも

作者:市原王 出典:[万葉集6]1042/1046
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.118

係助詞「か」の用例。「幾代かへぬる」は「へぬる (は) 幾代か」の倒置。
大野晋の解:「一つ松よ、おまえさんがへてきたのは幾代なんだ、そのおまえさんから吹いてきて鳴る風の音の清く澄んで聞こえるのは、年長くここに立っているからか」。
「年深み」に就いては、「いにしへの古き堤は年深み池の渚に水草生ひにけり (山部赤人 [万葉集3]378/381)」がある。

この歌の詞書は「同じ月十一日に、活道(いくぢ)の岡に登り、一株(ひともと)の松の下に集ひて飲(うたげ)する歌二首」である。「年」は天平16年甲申。「月」は正月、元旦は「丙申」だったから、その1月11日は「丙午」だった筈である (閏正月のあった年だが、「閏」であったとの証拠はない。ただし、「閏正月」であった場合は、正月11日は「乙亥」)。つまり、この宴は「子の日」ではなかった。

「二首」のうちのもう一首は、「たまきはる命は知らず松が枝を結ぶ心は長くとぞ思ふ (大伴家持 [万葉集6]1043/1047)」。

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

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人しれぬ思ひをつねにするがなる富士の山こそわが身なりけれ

作者:読人しらず 出典:[古今和歌集11]534
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.178

「こそ」の用例。大野晋の解と説明:「人知れぬ思いをつねにするするがの国の富士の高嶺こそ、私とそっくりだなあ」となって詠嘆調になっている (「こそ」は単なる強調になっている)。

『日本語で一番大切なもの』の解は、「思ひ」の「ひ」が「火」と掛けてあることを組み込んでいない。確かに難しいのだが、強引に作ると「わたしは『片思ひ』と云う『火』を常にするがの富士の高嶺なのだなあ」

平安時代、富士山を「火の山」だった。たとえば、『竹取物語』は次のように結ばれている:
かの奉れる不死の藥の壺に、御文具して御使に賜はす。勅使には、調の岩笠といふ人を召して、駿河の國にあなる山の頂に持て行くべきよし仰せ給ふ。嶺にてすべきやう教へさせ給ふ。御文不死の藥の壺竝べて、火をつけてもやすべきよし仰せ給ふ。そのよし承りて、兵士ども數多具して山へ登りけるよりなむ、その山をばふじの山とは名づけける。その煙、未だ雲の中へ立ち昇るとぞいひ傳へたる。--[Taketori monogatari (UVa Library Etext Center: Japanese Text Initiative)]

この記事は[nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引 (改)] (2008年3月1日[土]) の一部をなすものである。

補足 (2008-04-26 [土]):

ふしのねの-たえぬおもひを-するからに-ときはにもゆる-みとそなりぬる (柿本人麻呂? [柿本集])
--和歌データベース:柿本集

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人知れず絶えなましかばわびつつも無き名ぞとだに言はましものを

作者:伊勢 出典:[古今和歌集15]810
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.252

「だに」の用例。
丸谷才一の解:「わたしたちの恋が人に知られいないうちに別れていたならば、悲しいことは悲しいけれど、でも、その話は浮きなもうけですよ、本当はそんなことはありませんでした、と言えたのに」

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

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他国に君をいませていつまでか吾が恋ひ居らむ時の知らなく

作者:狭野弟上娘子 出典:[万葉集15]3749/3771
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.375

「知らなく」は「知らぬアク」で、「分からないことよ」の意 (「アク語法」)。「他国」の訓は「ひとくに」。
大野晋の解:「よその国にあなたを置いておいて、いつまで私が恋続けていることだろう、その時(期限)の分からないことよ」

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ひさかたの光のどけき春の日に静心なく花の散るらむ

作者:紀友則 出典:[古今和歌集2]84
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.393

「らむ」の用例。『日本語で一番大切なもの』における所説は以下の通り:この「らむ」は、詠嘆の意味ととって、一応「こんなに光がのどかに出ている春の日に、落ち着いた心もなく花はちることよ」と訳せはする (本居宣長は、「かな」に通う「らむ」と云うことを言っている。そこで、「らむ」を「かな」で置き換えると「ひさかたの光のどけき春の日に静心なく花の散るかな」となって、それでも良いようにも思える) が、「なぜ」を補って、理由・原因を推量すると云うようにも訳せる (本居宣長も但し書きを付けて、「らむ」が詠嘆であると云う断定に含みを持たせている)。「らむ」には本質的に曖昧なところがある。

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

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ひさかたのひかりのどけき云々の歌は、しづ心なく花のちるかな。何とてしづ心なく花のちるらんといふ意なり。次々の歌もみな此格に同じ。いづれも△のしるしを附けたる所に。何とてといふ言を加へて心得べし。さて此らんをかなに通ふと云ふことは。右の古今の歌のらんを顕昭が本には花と見ゆるかと有。此のかはかなの意也。又新古今九、貫之
  見てだにもあかぬ心を玉ぼこの道のおくまで人のゆくらん
 此歌も同じ格なるを。古今六帖には下句を「みちのく迄も人のゆくかな」とあり。これらにてさとるべし。

作者:本居宣長 出典:詞の玉緒
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.395

『日本語で一番大切なもの』p.393 で引用されている「ひさかたの光のどけき春の日に静心なく花の散るらむ (紀友則 [古今和歌集2]84)」に対する本居宣長の評註。この本居宣長の書き方は、非常に但書きが多くて、含みのある言い方 (丸谷才一)。但書きでぬかりが無いようにしてある (大野晋)。

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久堅のあめにしをるる君ゆゑに月日もしらで恋ひわたるらん

作者:柿本人麻呂 出典:[新古今和歌集8]849
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.396

丸谷才一の説明:この歌の元の歌は 「久方の天しらしぬる君ゆゑに日月をしらず恋ひわたるかも ([万葉集2]200)」である。つまり、『新古今集』は「かも」を「らん」に変えたか、あるいは、そう云う伝承が以前からあったことになる。とすると、『新古今』の歌人たちにとっては、「かも」も「らむ」も非常に近いものだったと言える。

詞書「ならの帝ををさめたてまつりけるを見て

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久方の天しらしぬる君ゆゑに日月をしらず恋ひわたるかも

作者:柿本人麻呂 出典:[万葉集2]200
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.397, p.398

「かも」の用例。『日本語で一番大切なもの』p.396 に引用されている「久堅のあめにしをるる君ゆゑに月日もしらで恋ひわたるらん (柿本人麻呂 [新古今和歌集8]849)」の元の形。末尾の「かも」と「らん」との違いに注意。

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ひさかたの天照る月は見つれども吾が思う妹に遇はぬころかも

作者:不詳 出典:[万葉集15]3650/3672
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.293

大野晋の説明と解:「ア(吾)ガ」は、じかに「思ふ」にかかるのではなく、本来はその下の「妹」にかかるので「アガ妹」、つまり恋人にかかる。しかし、言葉の上では時間的な順序として「アガ」の次に「おもふ」と云う動詞がある。そこで「アガおもふ」と云う結び付きが強く意識されるようになる。
「大空を渡っていく月は見たけれども、私が胸の中に抱いている恋人にはこの頃は逢うことができない」。

参考 ([万葉集15]3644/3666 から [万葉集15]3651/3673 に対する詞書):
佐婆の海中にしてたちまち逆風に遭ひ、漲ぎらふ浪に漂流す。経宿の後に、幸くして順風を得、豊前の国の下毛の郡の分間の浦に到著す。ここに追ひて艱難を怛みし、悽惆しびて作る歌八首

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

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ひさかたの天つみ空に照る月の失せなむひこそわが恋ひやまめ

作者:不詳 出典:[万葉集12]3004/3018
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.145

「こそ...め」の已然形係結びの例。
大野晋の解:「ひさかたの天つみそらに照る月がたしかになくなってしまう日があったら、その日にこそ、私の恋はやむでしょうけれど」

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

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火打箱が見えぬ。

作者:近松門左衛門 出典:曾根崎心中
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.425

「ぞ」から「が」への移行は、江戸時代に入ると確立する。「火打箱が見えぬ」は連体形終止になっている。岩波文庫『曾根崎心中・冥途の飛脚・他五篇』[曾根崎心中] p.41

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

補足
[曾根崎心中]
亭主奥にて目をさまし。「今のはなんぢや。女子共 有明の火も消えた。起きてとぼせ」と起されて 下女は眠そに目をすりすり。丸裸にて起出で「火打箱が見えぬ」と。探り歩くを触らじと あなたこなたへ這いまつはるゝ玉葛、苦しき闇の現なや。やうやう二人手を取合ひ。門口迄そつと出で 掛金は外せしが、車戸の音 いぶかしく 明けかねし 折から、下女は火打をはたはたと。打つ音に紛らかし ちやうど打てば そつと開け。かちかち打てば そろそろ明け。合はせ合はせて身を縮め 袖と袖とを槙の戸や。虎の尾を踏む心地して 二人続いて つつと出で。顔を見合はせ「アヽうれし」と 死にゝ行く身を喜びし。あはれさ つらさ あさましさ、跡に火打の石の火の 命の末こそ 短けれ。 (岩波文庫『曾根崎心中・冥途の飛脚・他五篇』 p.41)

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はるる夜の星か川べの蛍かもわが住む方のあまのたく火か

作者:在原業平 出典:[伊勢物語]87/[新古今和歌集17]1589
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.21

疑問を表わす「かも」の用例。
『伊勢物語』にれよば「わが住む方」は「蘆屋の里」(現兵庫県芦屋市付近)。知人達と自宅前の海岸に出た後、そこから山の上の方の滝を見に行った帰るさ、日が暮れてしまった時に、自宅の方を見た情景を詠んだと云うことになっている。

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

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春の野に鳴くやうぐひすなつけむとわが家の園に梅が花咲く

作者:算師志氏大道(さんししじのおほみち) 出典:[万葉集5]837/841
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.69

「や」の用例。下二段動詞「なつけ」(連用形) は「なつかせる」の意。「家」の訓は「へ」。

大野晋の説明:「春の野に鳴くやうぐひす」は「春の野に鳴くうぐひす」と云うこと。丸谷才一の説明:複数の人間の間で歌う唄だったのが、単数で歌う和歌に変わった時に、掛け声の「や」が間投助詞の「や」に変わる。

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

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2008年3月16日 (日)

春の色のいたりいたらぬ里はあらじ咲ける咲かざる花の見ゆらむ

作者:読人しらず 出典:[古今和歌集2]93
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.383, p.394

p.383 では、第3人称に付いた「じ」(打ち消しの推量) の用例として引用されている。

秋風のいたりいたらぬ袖はあらじただわれからの露の夕暮 (鴨長明 [新古今和歌集4]366)」の本歌。

p.394 では、「らむ」の用例として引用されている。この「らむ」は疑問とも詠嘆の思い入れともとれる。本居宣長は、こうした「らむ」を「かな」に通う (つまり、詠嘆である) とは言っているが、多くの但し書きをつけて、断定に含みを持たせてある。

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

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春の雨にありけるものをたちかくれ妹が家道にこの日くらしつ

作者:不詳 出典:[万葉集10]1877/1881
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.351

「ものを」の用例。大野晋の説明によれば、この歌は「(帰ろうと思えば帰れる)春の雨でしかないのに、それを口実にして恋人の家に入り浸って自分の家に帰らなかった」と云うことで、「本当は帰らねばならないのに」と云う気分が「ものを」に出ているなのだそうだが...
うーん。しかし「妹が家路」だから、「恋人の家」ではなくて「恋人の家へと続く道」だろう。大野晋の解釈は成り立たないと思う。「春の雨にありけるものを」の「を」には、「春雨だから濡れても行けるのに」と云う気分であるのは大野晋の言う通りだろうが、「本当は恋人の家から帰らねばならないのに」ではなくて「本当は恋人の家に行かねばならないのに」と理解すべきなのだ。だから、解としては「『春の雨』だったのに、つい雨宿りをしていたら、恋人の家に行く途中で日が暮れてしまったよ」になる。
まぁ、男のために想像してやるなら、雨宿りをしていて、「これなら、そのうち止むだろうから、止んでから出て行こう」と云う (ただし、「春雨じゃ、濡れて行こう」と言える程度の) 小雨が夕暮れまで降り続けたのだろう。夕方になって、なんだ「春雨」 だったではないか、「小雨決行」すべきだったと気付いたのだが、「後悔先に立たず」と云うことだろう。

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

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