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メモ:岩波全書[数学公式 III] p.48 におけるヤコビのテータ関数の虚変換公式の誤り

本稿の草稿段階で、用語「Jacobi の虚変換」と「Jacobi の虚数変換」のどちらがヨリ広く通用しているのだろうと、google 検索してみたら、ウィキペディアに「ヤコビの虚数変換式」と云う項目が立てられていて、そこで、本稿の主題である [数学公式III] の誤りのことが指摘されていることに気が付いた (以前にも、テータ関数に就いてネットで調べたことがあるのは、下記にある通りだが、その時は見落としたらしい)。従って、本稿を書く意味はホボ無くなっている。しかし、新たに記事のネタを考えるのもメンドーなので、今までに書いた草稿を少しくドレッシングして投稿することにする。

更に、いきなり話を混線させるようなことをして申し訣ないが、[数学公式III] での誤りとは別に、ウィキペディア「ヤコビの虚数変換式」の第2の式 (つまり $\vartheta_{1}$ に就いての式) の右辺冒頭のマイナス符号は不要である。ウィキペディア [テータ関数] の小節 [恒等式] では正しく示されているので、それを参照されたい。

岩波書店発行 [数学公式III] (1960年。著者: 森口 繁一, 一松 信, 宇田川 銈久。新装版が 1987年に発行されている) は、もっぱら [特殊関数] に関わる。この記事は、新装版に基づいている (1960年版も所持しているのだが、現在手元に見当たらない)。

その [第II篇楕円関数第2章](pp.46-51) は 「楕円テータ関数」を扱うが、p.48 に示されている「Jacobi の虚変換」の恒等式は次の通りである。

Jacobis_imaginary_transformation_false

しかし、この内、第2の式は誤っており、第1の式を含め、全体として、次のようにすべきである。

Jacobis_imaginary_transformation_true

「Jacobi の虚数変換式」([数学公式III] では「Jacobi の虚変換」) と云う通り名があるくらいの公式で、誤植レベルを超えた瑕疵があるのは、やや面妖ではある。更に、この恒等式は、モジュラー形式に至る「数学の大道」にあることに思いを致すなら、この間違いの [面妖さ] は倍増する。

まぁ、それでも、これを「編集ミス」レベルと言ってしまったら、「編集ミスレベル」になる。人間、間違える時は間違えるものなのだ。「編集者」は「編集ミス」をする性である。「犯人」探しをしても、仕方がない。

ただ、それはそれとして、この件については、「重要参考人」の如きものが、存在する。

それは、[数学公式] の少し前に発行された、所謂「テラカン」、つまり寺澤寛一著 [自然科學者のための数學概論 (增訂版) ](岩波書店1954年。[增訂版] と云うことは、[オリジナル版] も存在する訣だが、そして、たしか以前所持していた記憶があるが、引っ越しの際に廃棄してしまった筈であり、両者間の比較は諦めることにする) である。その pp.544-546 には「Jacobi の虚數變換」が解説されていて、特に p.546 には、虚数変換式が、次のように示されている。

Jacobis_imaginary_transformation_TERAKAN

「テラカン」では、[岩波数学公式III] に対し、変数 $v$ の代わりに $z$ が使われ、コンマの代わりに「縦棒」が使われ、そして、テータ関数の添え字では、[岩波数学公式] では、$\nu$ のみが使われているのに比して、jk とが使われいる点を除けば、両者が同一であることがわかる ($\sqrt{i}=e^{{\pi}i/4}$ 及び $i\sqrt{i}=e^{3{\pi}i/4})$ に注意)。

そして重要なのは、「テラカン」においては、上記の式に続いて

ここに $j=0$ なら $k=2$, $j=2$ なら $k=0$, $j=3$ なら $k=3$ である.
と補足されていることである。

ここから先は、妄想にしかなりえないが、公式集の原稿作成時、「テラカン」もしくは同等の内容を有する「種本」から、上記のテータ関数の虚数変換式を、(公式集の内部の文脈に合わせて適宜、変数・定数・添え字の記法を書き換えて) 引き写した時に、元はあった添え字に就いての注意書きを転記し忘れたのなら、例えばゲラ刷りの段階では、左辺と右辺の添え字の相違が意味不明になる。その相違を hypercorrection して統一してしまうと、丁度、[岩波数学公式集III] における式が誕生するのだ。

こうしたことが実際に起こったかどうかは分からない。

非当事者には想像しがたい失策であっても、当人の表層的現実意識では「ウッカリしていた」と表現するしかないこともありうる。原因の調査自体に特段の意味があるのでない限り、whodunit ばりの詮索に拘るより、次の段階に進んだ方がよい。この話は、「そうかもしれない」と云う、それまでのことである。

結局、読み手としては Caveat lector の二語を肝に銘ずるしかない。

この件と関係するのかどうか、不明だが、以前、この記事の起稿を意識していない段階でテータ関数に就いての情報を求めてネット内を彷徨していた際、立川裕二 (たちかわ ゆうじ: 。東京大学理学系研究科物理学科准教授、東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構科学研究員 --その長さに感動せざるを得ない。海堂尊の小説の中の登場人物を思い出してしまった。その海堂尊自身が「独立行政法人放射線医学総合研究所重粒子医科学センターAi情報研究推進室室長」なんだそうだが--。立川さんの専門分野は素粒子物理学、特に超弦理論における場の理論や数理物理) と云う方の駒場での授業の講義録のなかに『「岩波公式集」。これは僕が学生のとき(の少しまえ) ぐらいまでは日本の(理論) 物理屋の必携書だったが』と前振りした後で、

有名な噂として、岩波公式集のテータ関数の恒等式が間違っていたせいで、日本の弦理論研究者が一年ほど混乱して研究が遅れた、という話がある。
--Yuji Tachikawa [線形代数の復習 離散および連続フーリエ変換 ]
と云う逸話を紹介されているのことを知った。

私の感想は述べないでおこう。

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