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高木貞治 [代数学講義改訂新版] pp.276-277 に於ける叙述・記号の混乱

周知事項かも知れていが、書いておく。[高木貞治]著 [代数学講義改訂新版] (1965年 共立出版 ISBN 978-4-320-01000-0) 第276頁-第277頁には、叙述・記号の混乱が見られる。こうした「混乱」と関連するかどうかは不明だが、第277頁の式 (12) には錯誤があり、結果として、混乱を輻輳させている。

一応ことわっておいた方が良かろうが、私は、[代数学講義] (現在、発行されているのは、その「改訂新版」)に否定的な評価を試みるもののではない。話題がやや古色を帯びるとはいえ、その故に、内容の生命力が減じている訣ではない。むしろ、活き活きとした知性の動きの現場に参入すると云う体験をすることで、「数学の愉しさ」を教えてくれる本の一冊だとさえ思っている。特に、その悠悠とした筆致など、凡百の類書に顔色なからしむるものだ。しかしながら、それはそれ、これはこれである。

細かい計算を開示する余裕はないので、表面的な事実を指摘するだけにとどめるが、その前に周辺事情を概説するなら、第276頁の前頁、第275頁における「n 次の行列式 A から mm 列を取って m 次の小行列式」作って、それを {A_{pq}}^{(m)} とし (第275頁では、一度 A_{p,q}^{(m)} と表記されているが、その後では、コンマは省略されている)、これを配列して作った、\nu=\binom{n}{m} として \nu\nu 列の (つまり \nu 次の) 行列の行列式を A^{(m)} と記すと云った言及を引き継いで (以上が、第275頁の記述、以下第276頁に入る)、更に、{A_{pq}}^{(m)} の余因子を {\vvec{A}_{pq}}^{(m)} とし (所謂 [ボールド体]、要するに [太字] になっていることに注意。以下同様に、フォントの太さに留意されたい)、余因子 {\vvec{A}_{pq}}^{(m)} からなる行列の行列式を \vvec{A}^{(m)} とする記号を導入した後で、行列式 \vvec{A}^{(m)} が行列式 A の冪乗の常数倍であることを証明して、式 (10)
\[
\vvec{A}^{m} = cA^{\mu}
\]
を導いている (第276頁)。

ここ迄は良い。

しかし、それに続いて、「(10) において, 指数 \mu を定めるには, 両辺の次数を比較すればよい.」(この次数は、行列式としての次数) として行っている計算が \mu つまり、余因子行列の行列式 \vvec{A}^{(m)} の行列式 A に対する指数ではなく、小行列式の行列の行列式 A^{(m)} の行列式 A に対する指数なのだ (ちなみに、c = 1 である)。

なぜなら、第276頁の下から4行目で、余因子の行列としての次数が n-m であることを踏まえて \vvec{A}^{(m)}=a^{(n-m)\nu} とすべき式を、\vvec{A}^{(m)}=a^{m\nu} としまっているからだ (ここで \nu=\binom{n}{m} は、小行列式行列と余因子行列双方の行列としての次数になっていることに注意)。

従って、第276頁の最終行で、行われている計算は、\mu= で始めっているものの、\mu を導き出すものではなく、m 次の小行列式から構成されるの行列の行列式 A^{(m)} が、行列式 A に対して有する冪乗の指数と云うことになる。

そして、この後、話の流れが切り替わってしまい。次頁の第277頁では、[定理8.21] として「n 次の行列式 A からの m 次の小行列式の行列式 A^{(m)}」が主題になっている 。

豆鉄砲を喰らった鳩になった気分で、サブセクション5の内容をチェックしながら読み進めて行くと、最後の最後で、そこにある式 (12) の確認がとれない。具体的には、右辺の A の指数 n(\nu - \mu)-m\nu が、出てこないのだ。

「何か、基本的な勘違いをしているのではないか」と云う思いが頭をかすめる。。。

しかし、叙述の混乱でこちらがミスリードされた思考の道筋をリセットして、原文を読み直してみると、こちらの理解が間違っているとは思えない。私の計算に拠るなら、A に係る指数は \binom{n-1}{m}-\mu でなければならない。そこで、改めて問題の指数を見てみると、n(\nu - \mu)-m\nu\binom{n-1}{m}-\mun 倍であることに気が付いた。

憶測するに、[代数学講義] の原稿段階において、式 (12) の、多項式としての「両辺の次数を比較」した際に、行列式 A の次数 n (A の要素は行列式ではなく、単純な変数なので、多項式としての次数と、行列としての次数が一致する) を相殺しないまま、最終の式に残してしまったのかもしれない。

蛇足ながら付け加えておくと。

その1
余因子行列の行列式 \vvec{A}^{(m)} の行列式 A に対する指数は、等式

\[
\vvec{A}^{(m)} = A^{\binom{n-1}{m}}
\]
で表される。

これに関連する等式
\[
\binom{n}{m} = \binom{n-1}{m-1} + \binom{n-1}{m}
\]
は、多分「高校数学」だろう。

その2
訂正後の式 (12) で \mu=0 と置くと、[蛇足その1] で示した余因子行列の行列式 \vvec{A}^{(m)} の行列式 A に対する指数の式が得られる。訂正前の n(\nu - \mu)-m\nu では、勿論そうはいかないが、n で割っ た (\nu - \mu) - \frac{m}{n}\nu\mu=0 を代入すると

\[
\nu - \frac{m}{n}\nu = \frac{m-n}{n}\binom{n}{m} = \binom{n-1}{m}
\]
が出てくる (表面上の違いを除けば [その1] と同じ計算)。

その3
書誌学的注意をしておくと、私は、たまたま、[代数学講義] の初版 (1930年。ただし、私のは1937年発行分) も所持しているが、この事案の箇所は、初版には存在しない。「改訂版」(1948年) 又は [改訂新版] (1965年) の段階で付加されたもののようである。

蛇足の蛇足
実は、[代数学講義](改訂新版) は、一度も通読したことがない。それでも、折に触れて手に取って、勉強している。自分に、代数学の地力が欠けていると痛感した時など、とりあえず関係している所を拡げてみる。具体的事例があるから、それを解いていくと、自分の思い込みの穴を見定めるのに丁度良いのだ。そして、錆びついた理解力にゴリゴリとヤスリを掛けられている気分は、心地よい。

何故、今、そうしたことをワザワザ書く気になったかと云うと、実は、彼の [解析概論] は今更読み返したいとは思わないことを言う必要があることに気が付いて、それとの「つり合い」を取りたくなったからだ。その一方で、私個人の、この気分の違いは、わざわざ一般化するほどの意味があるとは思えないと云うのも事実なわけで、まぁ、つまらないこどだ、と思いつつ、書くしかないことを、書いている自分がここにいたりする。

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