« 「桃夭」私訳試訳 | トップページ | Ricci の回転係数 (Ricci rotation coefficient) の第2、第3添え字に関する反対称化が満たす恒等式 »

都筑道夫「水見舞」(「なめくじ長屋捕物さわぎ」シリーズ) 中の地名「小村井」の読み

都筑道夫の「なめくじ長屋捕物さわぎ」シリーズ中の一篇に「水見舞」と云うものがある。本稿は、この作品中に登場する一語のルビに関する。

以下の記載は、光文社時代小説文庫「ときめき砂絵」所収のテキストに依っているが、ことの性質上、この刊本に固有の問題でありうることをあらかじめ断っておく。などと、大上段に構えてしまったが、実は、たかが一文字に就いての話だ。

「水見舞」冒頭の三文が

台風や大雨のために、河川が氾濫することを、出水(でみず)という。出水があった地域の知りびとの家に、様子をたずねにいくのが、水見舞(みずみまい)だ。八月すえの晴れた日、神田白壁町の御用聞、常五郎が東橋(あずまばし)をわたったのも、水見舞のためだった。きのうの嵐で、小梅(こうめ)で植木屋をやっている親戚の様子を、見にいくところなのだった。
--光文社時代推理文庫「ときめき砂絵」p.223 原文のルビを括弧 () に入れて示した。

で始まっていることがしめすように、事件の舞台は「向島」である。

常識的なところから、話を始めると、東京都区の内、隅田川左岸(東側)には、上流から足立・墨田・江東とならんで川に接している。

上流端で北区を貫通したり、下流端で分流して月島川として中央区を貫通していることなど、細かいところでは、いろいろ注釈を付けねばならないかもしれないが、ここでは詮索しない。現代行政的には、隅田川の起点は北区の「岩淵水門」なのだろうが、江戸時代の感覚を現代に移すなら、現足立区内の「千住大橋」だろう。下流に就いても、江戸時代に埋め立てたのが「ツキヂ」で、明治に入ってから埋め立てたのが「ツキシマ」だと云う話を聞いたことがあるから、本稿の文脈では、江東区より下流は気にしても始まるまい。

墨田区は、敗戦後の都区整理で、旧向島区と旧本所区を合併して作られたことは、東京都区内の小学校に通学したものなら、「わたしたちの××区」レベルの知識で知っている人が多いだろう。

その他に「旧大森区」と「旧蒲田区」を合わせて「大田区」にしたと云う話を最初に聞いた時、子供心にあきれた覚えがある。しかし、そんな話は多いようだ。「分寺駅」と「川駅」の間に新設された駅が「国立」と命名され、結局市の名前にもなってしまった。まぁ、「霞町」とか「笄町」とかの、ゆかしい町名を「西麻布」や「南青山」などと云う索漠たる町名にするよりマシかもしれない。地名と云う文化の中核は、「会議室で決めて、片々たる通知一つで変更」と云う拙速を取るべきものではないのだが、まことに「お前麻布で気が知れぬ」と言いたくなる。

閑話休題、そこで「向島」だが、これは、大ざっばには現墨田区の北半分に当たる。 物語の舞台は向島で、女性の遺体が発見されたのが、三囲稲荷そばの料理屋「平岩」の庭だった (「平岩」は実在した店で「鯉こく」で有名だった。その地域一番の店と云うことで「葛西太郎」を号していたと云う)。

また脱線するが、私の亡父は、本格的なものでは全くなかったが、それでも、川釣りや釣り堀が趣味で、と云うか、栃木の山奥の出身なので、子供のころは、山の中を跋渉するか、川で雑魚を捕まえるかぐらいの遊びしか覚えられなかったに違いない、とにかく、ある時、釣ってきた鯉で、鯉こくもどきを作ったことがある。しかし、素人料理の悲しさで、胆嚢 (にがだま) を潰してしまったらしく、苦くて食べられたものではなかった。しかし、鯉の胆嚢は有毒らしいから、食べなくて正解だったのだ。

東京ロコには、説明するのも気恥ずかしいが、三囲稲荷も実在して、宝井其角の雨乞いの句 (「ゆうだちや・田をみめぐりの・神ならば」) や、越後屋当主三井家の信仰で知られている。

しかし、こうしたことも本稿の主題とは関係がない。実は、私には、次の一文が引っかかったのだ。顔が四角くて、「下駄」のようだと云うので、陰では「下駄常」と呼ばれている「神田白壁町の御用聞、常五郎」が、平岩から、被害女性の実家がある向島請地村へ向かうくだりで、

下駄常は往来に出た。平岩のわきの道は、くねくね曲がって、請地村、中の郷村に通じている。
さらに小梅、押上 (おしあげ)、小村井 (こむらい)。葛飾郡 (かつしかごおり) の村むらは、源兵衛堀、大横川 (おおよこがわ)、北十間川 (きたじっけんがわ)、曳舟堀 (ひきふねぼり)、梅若堀(うめわかぼり)、荒川と、大小の河川に囲まれている、秋葉権現の森を目ざして、歩いていくと、泥水はたちまち、脛のなかばをまた越えた。
--光文社時代推理文庫「ときめき砂絵」p.237 原文のルビを括弧 () に入れて示した。

「請地」・「中の郷」(中之郷)・「小梅」・「押上」は分かる。いずれも、旧向島区内の地名だ。「押上」など「東京スカイツリー」のお蔭で、全国的な知名度が上がっているかも知れないから、ご存知の方も多いだろう。(なお、「断腸亭料理日記2012 東京スカイツリー界隈のこと その3」も参照されたい)

しかし、「小村井(こむらい)」が、引っかかる。旧向島区の「小村井」は「おむらい」と読ませるはずだからだ (行政上の地域名としての「小村井」は消滅しているが、「小村井駅」は現存する)。少なくとも現在は。。。

実際、ネットで検索してみると、墨田区の「小村井」は「おむらい」と読む、と云う「知らせ」や「気づき」は相当数ある。

その一方で、今回、本稿を起稿するうえで、調べなおして発見したのだが「東武・亀戸線再訪(廃駅跡をたずねて) - おやじのつぶやき」と云うブログでは、『「小村井」(ある時期から、この読みも「こむらい」から「おむらい」に変わっています)』と指摘するものもあることはある (私が見つけられたのは、この一件だけだった)。ただし、その根拠になる1965年頃の、国土地理院地形図のウェブ画像の該当箇所駅名が不鮮明で「むらい」は認識できるがその前の一文字が、読み取りがたい。「お」には見えないが、「こ」としても歪んでいる (細かいことを言えば、「駅名」と「近隣地名」が合致するとは、必ずしも言えない)。

それに、明治や江戸と云った、かなりの以前はともかく、1965年 (昭和40年) の段階で「こむらい」と読んでいたという情報には、首を傾げざるを得ない。実は、私の亡母は、旧向島区の出身だった (私の家では、母の実家を今でも「向島」と呼んでいる)。もっとも「小村井」は、南方にある「北十間川」を挟んで本所と対峙すると云う旧向島区の南部に位置するが、母の実家は、「百花園」や「言問団子」・「長命寺桜もち」が、、、と言っても、実感できない人には、情報として意味がないか。。。エーット、隅田川に架かる「白鬚橋」近くの、区内北部にあるわけだが、旧向島区内としては地元であることにかわりはないだろう。その母親が、「小村井」を「おむらい」と呼んでいたらしい (実は、私自身は、そう言っていたような気がする程度の、ウッスラとした記憶しかない。これは、姉からの伝聞情報。狭いといえば狭い同一区内で、だからこそ、母には、近隣地区への若干の対抗意識があったようだ)。大正年間の生まれの母は、若年時に聞き覚えた呼び方を、そのまま使ったはずで、だとしたら、昭和前半には「おむらい」と云う呼び方が一般的であったと思われる。

ただ、留保しなければならないのは、私の母は、「ダンプカー」を「タンプカー」と呼び、「デパート」を「デバート」と言ってしまう態の人間だったことだ。しかし、「おむらい」と「こむらい」は、言い分けられたと思う。

実は,私は母の言語能力をとやかく言える立場ではない。先ほども、「白髭橋」(しらひげばし) と入力したつもりが「白重橋」(しらしげばし) と変換されて腐った。

脱線に次ぐ脱線で申し訣ないが、以前、三島由紀夫の「邯鄲」(「近世能楽集」所収)を読んだ時、ワキとして登場する「菊」(四十がらみの地味な和服を着た女) が、シテである「次郎」に「パスじゃないよ、バスだってば。今でも君、デバートだの、ゲソリンだのって言っているだろう。」とからかわれた直後に、それを否定しながら「デバート」と言ってしまうくだりがあって、なにやら懐かしかった (新潮文庫「近世能楽集」(三島由紀夫) p.11)。

だったら「おむらい」で良いではないかと言われそうだが、著者の都筑道夫は、地名・人名・物称には、細かく気遣う人で、例えば、今も江東区を流れる「小名木川 (おなぎがわ)」の「小」は、「こ」ではなく「お」と読まねばならないことを、都筑道夫は、その複数の作品の中で、憤懣やるかたないと云った風情で断りを入れているくらいだ。我が偏愛の小説家都筑さんのことだから、「どうでもいいこと」とはわかりつつ、「お」と「こ」の違いは、なにやら見過ごせない。

単純な校正ミスである可能性も十分あるのだが、釈然としないまま、随分月日がたっているので、一旦文章化して、私のささやかな「鬱懐」を晴らした。

「ときめき砂絵」

|
|

« 「桃夭」私訳試訳 | トップページ | Ricci の回転係数 (Ricci rotation coefficient) の第2、第3添え字に関する反対称化が満たす恒等式 »

どうでもいいこと」カテゴリの記事

江戸/東京」カテゴリの記事

読み物・書き物・刷り物」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/40172/63282228

この記事へのトラックバック一覧です: 都筑道夫「水見舞」(「なめくじ長屋捕物さわぎ」シリーズ) 中の地名「小村井」の読み:

« 「桃夭」私訳試訳 | トップページ | Ricci の回転係数 (Ricci rotation coefficient) の第2、第3添え字に関する反対称化が満たす恒等式 »