« メモ:[幽明録] の一節における「日中当至」に就いて | トップページ | Gamma(1/4), Gamma(1/3), Gamma(2/3) の表示式 »

メモ:岩波全書 [数学公式 III] p.2 における Gamma(1/4) の表式の誤り

岩波書店発行 [数学公式 III] (1960年。著者: 森口 繁一, 一松 信, 宇田川 銈久。新装版が 1987年に発行されている) は、もっぱら [特殊関数] に関わる。

補足しておくと、 [数学公式] は3巻で一体をなし、“I” は [微分積分・平面曲線] (1956年。新装版 1987年)、“II” は [級数・フーリエ解析] (1957年。新装版 1987年。この巻は、三角関数、双曲線関数、またラプラス変換等の積分変換をもカバーしている。

様々な立場の方々がいらしゃるから、私の漠然たる感想など本来無用だろうが、全書判型3巻にできるだけ多岐にわたる材料を盛り込もうとしたためでもあろうか、式が一般的過ぎて、初歩的な具体例の提示に乏しいきらいがあり、「とりあえず使いたい」と云う火急の場合には該当する表式を見つけ出すのに手間取ることがあるものの、内容の豊かさにおいて、その古書じみた出版年度 (人間ならば、そろそろ [赤いチャンチャンコ] が目交に浮かんでは消える年齢だろう) に関わらず国産類書の追随を許さないと云うのが、私の臆断である。

しかし、あらゆる翻訳に誤訳が付き物であるのと同様、全ての書籍に誤植・編集ミスは不可避である。これは、この [数学公式] でも免れえない。勿論、瑕疵があることをもって総体的な価値を貶するのは、失当と言うべきべきだろうが、[公式集] となると、編集及び内容の正確性に対する要件は一般よりかなり高い。この点は、辞書に起こる信頼性の担保が重大であるのと類似する。

実際、[数学公式] の著者たち (そして、隠れてであるが編集者たちも、だろう) は、その点を肝に銘じているごとく、[数学公式 I] の新装版の p.iv 「新装にあたって」では「多くの読者の方々から, 誤りに関する情報を知らせて頂き, できる限り修正を施してきた. 今回新装にあたって, 今一度全体を見直し誤りを正すよう努力したが, なお不備が残っていることを恐れる」と記してある。

この努力の跡は、[数学公式 III] p.10 ([ポリ・ガンマ函数] の節) で、旧版では

\[
 \psi^{(n)}(z+1) = \psi^{(n)}(z) + \frac{(-1)^{n}}{z^{n+1}}
\]
となっているものが、新装版では、

\[
 \psi^{(n)}(z+1) = \psi^{(n)}(z) + \frac{(-1)^{n}n!}{z^{n+1}}
\]
と、n の階乗が補足されていることにも見える。

これは単純な [ウッカリミス] だが、残念ながら、変数が 1/4 におけるガンマ関数の表式の一部に、[ウッカリ] とは言えないミスがあるのだ ([旧版]・[新装版] とも)。

ヨリ具体的に説明すると、[数学公式 III] p.2

\begin{eqnarray*}
  \Gamma\left(\frac{1}{4}\right) &=& 2\left[\sqrt{\pi}\,K\!\left(\frac{1}{\sqrt{2}}\right)\right]^{1/2} = 2^{3/4}\sqrt{\pi}\left[\frac{3\cdot7\cdot11\cdot15\cdots}{{\;\!}5\cdot9\cdot13\cdot17\cdots}\right]^{1/2} \\
 \quad &=& 2\left[\sqrt{2\pi}\int_{0}^{1}\frac{dt}{\sqrt{1-t^{4}}}\right]^{1/2} = \left[6\sqrt{2\pi}\int_{0}^{\pi/2}\sin^{3/2}{t}\,dt\right]^{1/2}
\end{eqnarray*}
と云う箇所があるが、このうちの

\[
 \Gamma\left(\frac{1}{4}\right) = 2^{3/4}\sqrt{\pi}\left[\frac{3\cdot7\cdot11\cdot15\cdots}{{\;\!}5\cdot9\cdot13\cdot17\cdots}\right]^{1/2}
\]
の部分は成立しない。左辺は、正の実数値だが、右辺は、表式を通常の関数の公式として意味があるようにに解釈する限り 0 になってしまうからだ。

ヨリ詳しく言えば、周知のように $z$ が正の実数である時、ガンマ関数 $\Gamma(z)$ は正の実数値になるが、特に $\Gamma(1/4)$ に就いて言えば、次のような値がネット上で確認できる ("Particular values of the Gamma function - Wikipedia, the free encyclopedia" や "A068466 - OEIS" 参照)。

\[
 \Gamma\left(\frac{1}{4}\right) \approx 3.6256099082219083119
\]
ここまで細かい値でなくとも、ガンマ関数の基本的等式 $\Gamma(z+1) = z\Gamma(z)$ 及び、同じく初歩的な不等式

\[
 0<z<1 \Rightarrow 1<\Gamma(z),  \quad  1<z<2 \Rightarrow 0<\Gamma(z)<1, \quad 2<z \Rightarrow 1<\Gamma(z)
\]
から、暗算でも

\[
0 < \Gamma\left(\frac{5}{4}\right) = \frac{1}{4}\Gamma\left(\frac{1}{4}\right) < 1, \quad  1 < \Gamma\left(\frac{9}{4}\right) = \frac{5}{4}\cdot\frac{1}{4}\Gamma\left(\frac{1}{4}\right) \Rightarrow \frac{16}{5} < \Gamma\left(\frac{1}{4}\right) < 4
\]
ぐらいは得られる。

「右辺が 0 になる」は、勿論ブラケット $[{\quad}]$ 内が 0 になる訣だが、その「証明」の為には、まずブラケット内の式を

\[
 \frac{3\cdot7\cdot11\cdot15\cdots}{{\;\!}5\cdot9\cdot13\cdot17\cdots} = \frac{3}{5}\cdot\frac{7}{9}\cdot\frac{11}{13}\cdot\frac{15}{17}\cdots
\]
と解釈するところから始めねばならない。

これを揚げ足取りして

\[
 \frac{3\cdot7\cdot11\cdot15\cdots}{{\;\!}5\cdot9\cdot13\cdot17\cdots} = \frac{\infty}{\infty}
\]
と見なすことは、著者たちにとり本意ではあるまい。

だから、ブラケット内部は無限乗積

\[
\prod_{n=1}^{\infty}\left(\frac{4n-1}{4n+1}\right)
\]
と表すことができる。

もうこれ以上は、説明が不要な人もいるだろうが、一応続けると、ここで部分乗積

\[
p_{k} = \prod_{n=1}^{k}\left(\frac{4n-1}{4n+1}\right) = \prod_{n=1}^{k}\left(\frac{1-\frac{1}{4n}}{1+\frac{1}{4n}}\right)  \quad (k \in {\mathbb{N}_{+}})
\]
を考えるなら、当然 $p_{k}$ は正実数であって (つまり「下に有界」)、$k$ が増大すると、真に単調に減少するから、実数体の連続性に関する「ワイエルシュトラス (Weierstrass) の定理」(又は「ボルツァーノ=ワイエルシュトラスの定理」)によって極限値を有する。

ここで

\[
 0 < t <1 \quad \Rightarrow \quad 0 < 1-t < e^{-t}
\]
及び

\[
 \frac{1-\frac{1}{4n}}{1+\frac{1}{4n}} < 1-\frac{1}{4n} \quad\quad (n \in {\mathbb{N}_{+}})
\]
を用いると

\begin{eqnarray*}
  &0 < p_{k} < \prod_{n=1}^{k}\left(1-\frac{1}{4n}\right) < \prod_{n=1}^{k}\exp\left(-\frac{1}{4n}\right) \\
  &\quad = \exp\left[\sum_{n=1}^{k}\left(-\frac{1}{4n}\right)\right] = \exp\left[-\frac{1}{4}\sum_{n=1}^{k}\frac{1}{n}\right]
\end{eqnarray*}

従って、その極限値は

\[
 \lim_{k \rightarrow \infty}p_{k} = 0
\]

では、どのように書き直すべきか?

その答えは、[数学公式 II] p.84 に示されている。それは次の通りである。

なお、以下の式中の記号 $K$ は、[数学公式 II] p.84にもあるように、「第1種の完全楕円積分」

\[
 K(k) = \int_{0}^{1}\frac{dt}{\sqrt{(1-t^{2})(1-k^{2}t^{2})}}
\]
を意味する。ついでに書いておくと、[数学公式 III] p.2 では、対応する箇所に注の記号があるが、注本体は欠落している。同様の注を付けるつもりだったのだろう。


\begin{eqnarray*}
 &\prod_{n=1}^{\infty}\left(\frac{1}{1-\frac{1}{(4n-1)^{2}}}\right)\left(1-\frac{1}{(4n+1)^{2}}\right) = \frac{3^2}{3^2-1}\cdot\frac{5^2-1}{5^2}\cdot\frac{7^2}{7^2-1}\cdot\frac{9^2-1}{9^2}\cdots\\
 &\quad =\frac{1}{\pi}\left(K\left(\frac{1}{\sqrt{2}}\right)\right)^{2} = \frac{(\Gamma{(1/4)})^{4}}{16\pi^{2}} = 1.0942198\cdots
\end{eqnarray*}

これを、$\Gamma{(1/4)}$ を中心にして書き直すと

\begin{eqnarray*}
 &\Gamma{\left(\frac{1}{4}\right)} = 2\sqrt{\pi}\left[\prod_{n=1}^{\infty}\left(\frac{1}{1-\frac{1}{(4n-1)^{2}}}\right)\left(1-\frac{1}{(4n+1)^{2}}\right)\right]^{1/4} \\
&\quad = 2\sqrt{\pi}\left[\frac{3^2}{3^2-1}\cdot\frac{5^2-1}{5^2}\cdot\frac{7^2}{7^2-1}\cdot\frac{9^2-1}{9^2}\cdots\right]^{1/4}\\
&\quad =2\left[\sqrt{\pi}K\left(\frac{1}{\sqrt{2}}\right)\right]^{1/2}
\end{eqnarray*}

上記の式で、第2辺と第3辺のブラケット内が同一なのは

\begin{eqnarray*}
 &\prod_{n=1}^{\infty}\left[\left(\frac{1}{1-\frac{1}{(4n-1)^{2}}}\right)\left(1-\frac{1}{(4n+1)^{2}}\right)\right] \\
 &\quad = \prod_{n=1}^{\infty}\left[\left(\frac{(4n-1)^{2}}{(4n-1)^{2}-1}\right)\left(\frac{(4n+1)^{2}-1}{(4n+1)^{2}}\right)\right]
\end{eqnarray*}
から容易に確認できる。

そして、この右辺は、さらに

\begin{eqnarray*}
 &\prod_{n=1}^{\infty}\left[\frac{(4n-1)^{2}}{(4n-1)^{2}-1}\cdot\frac{(4n+1)^{2}-1}{(4n+1)^{2}}\right] \\
 &\quad = \prod_{n=1}^{\infty}\left[\frac{(4n-1)^{2}}{2(2n-1)}\cdot\frac{2(2n+1)}{(4n+1)^{2}}\right]
\end{eqnarray*}
とまで「簡約化」できる訣だが (以下の説明のため「2 の通分」はここではせず、意図的に残してある)、こうすると、[数学公式 III] p.2 での失敗の原因が透けて見えてくるのだ。

おそらく、[数学公式 III] p.2 では

\[
 \left[\frac{(4n-1)^{2}}{2(2n-1)}\cdot\frac{2(2n+1)}{(4n+1)^{2}}\right]
\]
において $n=1,2,3\cdots$ の時 $2n-1$ は 1 から始まる奇数の数列であり、$2n+1$ が 3 から始まる奇数の数列であることから、隣り合う乗積項の各成分間で $2(2n+1))$$2(2(n+1)-1)$ を「通分」してしまって

\[
 \frac{1}{2}\prod_{n=1}^{\infty}\left[\frac{(4n-1)^{2}}{(4n+1)^{2}}\right] = \frac{1}{2}\left[\prod_{n=1}^{\infty}\left(\frac{4n-1}{4n+1}\right)\right]^{2} 
\]
を「導いて」しまったのだろう (この「通分」では第一項の分母の 2 が残ることに注意)。そして、ここで、我々は [数学公式 III] p.2 における、そのまままでは「(無限大/無限大) が得られる奇妙な分数式」と、この「ワイルドな通分」とが通底していることに気づくことになる。分数の書き方が不適切であったために、通分してはいけない分母・分子を相殺してしまったのだ、と推測できるからだ。

こうして誤った式

\[
 \Gamma{\left(\frac{1}{4}\right)} = 2^{3/4}\sqrt{\pi}\left[\prod_{n=1}^{\infty}\left(\frac{4n-1}{4n+1}\right)\right]^{1/2} \text{(faltse equation)}
\]
が得られてしまったのだろう。

つまり、ヨリ具体的は、次のような「計算」をしているのだ。

\begin{align*}
 &\frac{3^2}{3^2-1}\cdot\frac{5^2-1}{5^2}\cdot\frac{7^2}{7^2-1}\cdot\frac{9^2-1}{9^2}\cdots\\
 &\quad = \frac{3^2}{2\cdot4}\cdot\frac{4\cdot6}{5^2}\cdot\frac{7^2}{6\cdot8}\cdot\frac{8\cdot10}{9^2}\cdots\quad\text{(true)}\\
 &\quad = \frac{3^2}{2\cdot\cancel{4}}\cdot\frac{\cancel{4}\cdot\cancel{6}}{5^2}\cdot\frac{7^2}{\cancel{6}\cdot\cancel{8}}\cdot\frac{\cancel{8}\cdot\cancel{1}0}{9^2}\cdots\quad\text{(false)}
 \end{align*}

これは無限和

\[
 (1-1)+ (1-1)+(1-1)+(1-1)+\cdots
\]


\[
 1+(-1+1)+(-1+1)+(-1+1)+(-1+1)+\cdots
\]
と変形することに近い。

もっとも

\[
 \prod_{n=1}^{\infty}\left[\frac{(4n-1)^{2}}{2n-1}\cdot\frac{2n+1}{(4n+1)^{2}}\right] =\prod_{n=1}^{\infty}\left[\frac{32n^3-6n+1}{32n^3-6n-1}\right]
\]
そのものは絶対収束する (ブラケット内の分子・分母を、それぞれ $32n^{3}$ で割ると、ともに $1+O(n^{2})$ 程度の値になる) のに対し、

\[
 \prod_{n=1}^{\infty}\left(\frac{4n-1}{4n+1}\right)
\]
は、前述のように絶対収束しない (いわゆる「0 に発散する無限乗積」)。

なお、[数学公式 III] p.2 における $\Gamma(1/4)$ に関わる他の等式や、[数学公式 II] p.84 での等式の正しいことは、いくつかの初等的な事項を踏まえるなら、容易に確認できる。

しかし、本稿の主目的は、2014年が無投稿の年になることを防ぐことにある。不純な動機で慚愧の至りだが、「日誌」・「月誌」はおろか「年誌」としてさえ成立しないのは、生存確認の伝手にさえにもなるまいと忸怩たる思いがあるのだ。

そこで、残りは次回投稿に回すことにして、今回はこれで終わりとする。もっとも、それは来年末になるかもしれない。呵呵。

|
|

« メモ:[幽明録] の一節における「日中当至」に就いて | トップページ | Gamma(1/4), Gamma(1/3), Gamma(2/3) の表示式 »

数学」カテゴリの記事

読み物・書き物・刷り物」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/40172/60898907

この記事へのトラックバック一覧です: メモ:岩波全書 [数学公式 III] p.2 における Gamma(1/4) の表式の誤り:

« メモ:[幽明録] の一節における「日中当至」に就いて | トップページ | Gamma(1/4), Gamma(1/3), Gamma(2/3) の表示式 »