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五代目菊五郎の「無事でめでてえ」

[古今亭円菊 [町内の若い衆] における「しかんけの犬」] (2012年11月12日 [月]) で、「実際に聞いてみるならば東京弁使用者を認識することはできる気がする」などと書いたが、これは勿論、極ごく内輪に見積もってもらいたいので、この数十年の間に数度、「この人は東京弁を喋っている」と感じた経験があると云うだけのことなのだ。

もっとも、江戸にしろ、東京にしろ、地方出身者 (この「地方」は、単に [江戸/東京] 以外の「地方」と云う意味である) が数百年に亘って「寄ってたかって作った」ような都市だから、その言葉にも「鵺」的なものがある。また、特に江戸時代やそれに直接続く頃の明治時代では、社会的地理的配置で言葉遣いに大きな差があったから、[江戸弁/東京弁] といっても一概には言えないので、現代において関心のある人々の一人ひとりに「私の [江戸弁/東京弁]」があるだろう。

これが「江戸っ子」となると、一層取り留めが付かなくなる。結局、純系の「江戸っ子」とは、歌舞伎や戯作本、町の評判の中にしか生息したことはなかったのではないかと、私には思われる。

ただ、そうした仮想の世界と現実の社会との間を行き来した人たちはいた訣で、さしずめ歌舞伎役者などは、その尤なるものと言ひつべきか。

孫引きになってしまうが、安藤鶴夫が [落語鑑賞(上)] 所収の [富久] のエピグラフに用いている五代目尾上菊五郎 (1844年7月18日--1903年2月18日/天保15年6月4日--明治36年2月18日) の次の逸話など、最初に読んだ時「江戸っ子だね」、と思ったものだった。

刺ッ子、草鞋履きの五代目菊五郎、扇蔵の家の近火を見舞う。 手早く燗をつけようとするのを、門口で苦々しげに "おめえも俺の弟子じゃアねえか、冷でくんな、冷でよ" また丼鉢に、蛸、芋の類(たぐい)のごった盛りにしたのを盆へ、箸をつけて出すと "こいつアいけねえよ、沢庵を二切(ふたッきれ)ばかり持ってきねえ、皿になんか入れちゃアいけねえぜ、じかに掌(てのひら)でくんな" そこで、冷をあおって、香のものをひょいとほうり込み、"無事でめでてえ"
-音羽屋百話-
--旺文社文庫 [落語鑑賞] (安藤鶴夫。旺文社。1976年) p.8
この [音羽屋百話] は、川尻清潭編の [名優芸談] (中央公論社。1936年) に収められているらしいのだが、私は未見。

もっとも、この音羽屋も、「御上」を相手にすると、「からっきししッこしのねえ」ことになる。

岩波文庫 [増補幕末百話] (篠田鉱造。岩波書店。1996年) の第23話「音羽屋の滑稽旅芝居」に依れば、「御維新間もなく」、日光への遊山半分で宇都宮に旅興行に出かけた「宗十郎、菊五郎、秀調、寿三郎」一座は、途中参拝した神社で、音羽屋が賽銭を吝嗇った為か、神主を怒らせてしまい、参拝の際に、籠に乘っていた役者衆を地元の顔役達が拝殿まで担ぎ上げたことを捉えて「下馬札」の定めを守らなかったと難詰される。這うはうの態で窮地を逃げ出して、宇都宮で芝居を開け、大評判をとっていたものの、神主が宇都宮の役所に訴え出たために、頭取や太夫元代理が捕まってしまう。役者達は宇都宮を逐電したが、神主が更に栃木 (栃木には1871年から1884年にかけて、栃木県の県庁があった。このころのことか) に「急訴」したため、菊五郎たちは栃木で裁判を受けることになってしまった。。。

・・・御召喚を待つ間も秀調なんかは翻(こぼ)し抜いて、「マアどうなる事でしょう」と末を案じる女形気質、廃(よせ)ばよいのに音羽屋が串戯口(じょうだんぐち)に「十日も牢へ打込(ぶちこ)まれりゃア済むんだろう」と言ったため「エーッ」と気絶したなんて騒ぎ。

 御裁判(おさばき)の日に、一同恐入ると、「縄打て」とあって、後で「シッカリ締(しめ)ろ」(これは反てゆるめ手を入れて縛るのだそうです)。この時音羽屋は藍弁慶の単衣に献上博多の角帯、侠気(いなせ)な好みでしたが、まさかと思ったのが、「縄打て」と来たので、歩けなくなってしまった。白州を出る時は人の肩へつかまって出たので(早腰が抜けたのでしょう)、外で待っていた女房(おかみ)さんは、コノ態を見ると、ワッと泣出す。実地の愁嘆場。
--岩波文庫[増補 幕末百話] (篠田鉱造。岩波書店。1996年) pp.73--74

まぁ、これも「江戸っ子は皐月の鯉の吹き流し口先ばかりではらわたはなし」の例と見るならば、「江戸っ子」らしいと言えるだろう (通常、この狂歌は「口ではきついことを言っても、気性がさっぱりしていて含むところがない」と説明されているが、むしろ「口では強がりを言うが、実は意気地がない」と解釈した方が狂歌の有り様として素直だろう)。

amazon に、旺文社文庫版の [落語鑑賞] が見当たらなかったので、その元になったと思われる苦楽社版へのリンクを貼っておく。こちらの方は、私は未見。

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