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謡曲 [熊野] の一節

今日昼過ぎ (2010/12/30 12:57)、キーフレーズ [作者 いかんせん都の春も惜しければなれし東の花や散るらん] で、このサイトを訪問された方がいらしたようだ。

お節介ながら申し上げると、「いかにせむ都の春も惜しけれどなれし東の花や散るらむ」あたりで検索しなおされた方が良いのではないか。特に「惜しければ」では歌意が通じがたい。ここは「惜しけれど」でなければならないところだ。

勿論、謡曲 「熊野 (ゆや)」の一節であることは言うまでもない。

--2011-01-03 [月]
前回のポストは取り急ぎ書いたので、不十分だった。若干補足する。

謡曲 [熊野 (ゆや)] では、熊野はシテであって、遠江の國池田の宿の長の遊女と云うことになっている。それをワキである平宗盛が都 (みやこ) に引き連れて行って留めている。熊野は老母が病身であるので帰郷したいのだが、宗盛は熊野に都の桜花を共に見ることを求めて、許さない。そこに、熊野の母親の病が重篤となったとの報せが届く、と云うのが問題の和歌の背景になっている。

シテ: 春雨の、降るは涙か、降るは涙か桜花。散るを惜しまぬ人やある。
ワキ: 由ありげなる言葉の種取り上げて見れば、いかんせん、都の春も惜しけれど
シテ: 馴れし東の花や散るらん
ワキ: げに道理なりあはれなり、はやはや暇取らするぞ東に下り候へ
シテ: なにおん暇と候ふや
ワキ: なかなかのこと、疾く疾く下り給ふべし
シテ: あら尊やうれしやな、これ観音のご利生なり
--岩波書店 [日本古典文学大系 謡曲集 下] p.381
[岩波新日本古典文学大系 謡曲百番] も部屋の何処かに有る筈なのだが、出てこないので、こちらから引用した。

つまり所謂 [割科白] なのである。

これに対し、謡曲 [熊野] のもとになった平家物語では、一ノ谷の合戦で捕虜となった平重衡 (たいら の しげひら) が、源頼朝 (みなもと の よりとも) の要請に従う形で鎌倉へと梶原景時 (かじわら かげとき) により護送される途中、池田の宿に留まった時に、そこに侍った「宿の長者、ゆやがむすめ、侍従」が重衡に歌を献上し、彼がそれに応答したと云う箇所 ([平家物語 巻第十 海道下り]) があることは、このブログの [故郷も恋ひしくもなし旅の空みやこもつひのすみかならねば] (2008年3月18日[火]) でも引用している通りだが、その引用箇所は、こう続いている:

中将、「やさしうもつかまッたるものかな。此歌のぬしは、いかなる者やあらん」と御尋ねありければ、景時畏ッて申しけるは、「君は未しろしめされ候はずや。あれこそ八島の大臣の、当国のかみでわたらせ給候し時、召されまゐらせて、御最愛にて候しが、老母をこれに留め置き、頻りにいとまを申せども給はらざりければ、ころはやよひのはじめなりけるに、

  いかにせむみやこの春もをしけれどなれしあづまの花やちるらむ

と仕て、いとまを給ッてくだりて候し、海道一の名人にて候へ」とぞ申しける。
--岩波文庫 [平家物語 (四)] p.54
(「八島の大臣」とは平宗盛のこと)

とあって、[ゆや] と云うのはむしろ「老母」の名前なのである。そして問題の歌は、[ゆやがむすめ、侍従] が詠んだことになっている。

こうして比べてみると、[話の出来] としては平家物語の方が良くできているし (「老母」が重態であると云う帰郷理由の合理化がない。彼女は単に「母の顔が見たい」のだ)、また、割科白にするような歌ではないから、侍従一人が詠んだとした方が歌意も深くなる。


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