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メモ:岩波文庫 [ゲーデル 不完全性定理] 中の誤植その他

目が覚めた後、起き出すにはヤヤ早すぎると、寝床の上で手近な本を読み散らしすことが良くある。一週間ほど前にもそうしたことがあって、その中の一冊が [ゲーデル 不完全性定理] (岩波文庫) だった訣だ。で、その中に誤植があったと云うだけの話なのだが。。。

印刷文章が或る程度の分量になると、誤植は避けえない。しかも「トンでもない誤植」であっても平然と校正をすり抜けていく。だから、密度や総量がよほど多くない限り、私は誤植や校正ミスに対して寛容である。誤植を見つけたら、その存在を公開指摘して情報を共有すれば、それ以上の事はしないで良いと思っている。

もっとも、実際に出版物上のものであったか否か、私は承知しないが、以前校正技術に就いての説明で見かけた記憶がある「ボーヴォワールサルトルと同棲した」を「ボーヴォワールはサルと同棲した」と誤った「トンでもない」系のミスや、更には King James Bible の「モーセの十戒」中の "Thou shalt not commit adultery." (汝姦淫するなかれ) の "not" を落としてしまって "Thou shalt commit adultery." (汝姦淫すべし) にしてしまったという出版史上有名な "Wicked Bible" などは、話のネタにはなるだろう。しかし、これはまさに別の話である。

いきなり脱線してしまったが、問題の誤植は [ゲーデル 不完全性定理] の p.29 に出てくる。その第11行と第15行の R(\mathfrak{x},\mathfrak{y})R(x,\mathfrak{y}) に直す必要がある。つまり、岩波文庫版では

p.29/[不完全性定理] クルト・ゲーデル (訳:林 晋・八杉 満利子) 岩波文庫 2006年9月15日
-- p.29/[不完全性定理] クルト・ゲーデル (訳:林 晋・八杉 満利子) 岩波文庫 2006年9月15日
となっているが、この文脈から分かるように、\mathfrak{x}\phi の引数であって、R の第1引数ではないからだ (R の第1引数は x)。

ついでに原文も掲げておこう:

S.180/Über formal unentscheidbare Sätze der Principia Mathematica und verwandter Systeme I. Kurt Gödel. Monatshefte für Mathematik und Physik. 38, 1931, S.173–198
--S.180/"Über formal unentscheidbare Sätze der Principia Mathematica und verwandter Systeme I" Kurt Gödel "Monatshefte für Mathematik und Physik" 38, 1931, S.173–198
わざわざ指摘するまでも無かろうが、原文ではR の第1引数は x で一貫している。

行き掛かり上、論文の翻訳部分だけ (岩波文庫 [ゲーデル 不完全性定理] には本体の数倍程の訳註・解説が付けられている。部分的に走り読みした限りでは、読み応えがありそうだが、むしろ、その故に、「御用繁多」な今の私には軽軽に論ずる訣にはいかないので、敢えて取り上げない) を通読したが、その限りでは、訳文に首を傾げるような部分は1点のみだった。それを書いておこう。

岩波文庫 [ゲーデル 不完全性定理] の第32ページ本文最終行、第33ページ第4行・第9行・第11行に「数列」と云う言葉が出てくる。これはしかし、それは、ゲーデル数の並びの意味で使われており、「等差数列」や「等比数列」と同範疇の「数列」を意味しない。「数の列」だから「数列」と云う訳語を当てても構わないという立場もありうるが、そうだとしたら、広く使われている「数列」とは別の含意であることを訳註すべきだっただろう、ぐらいのことは、このままでも言える。しかし、更に言うなら、やはり別の言葉を当てるべきだった。

何故なら、だめ押しのようなことをして申しわけないが、ゲーデル自身は、今ここで「数の並び」と表現した概念と、通常の意味での「数列」とを別の言葉で使い分けているからだ。つまり、岩波文庫 [ゲーデル 不完全性定理] 第51ページの下から4行め、及び第52ページ第8行及び第9行にも「数列」と云う言葉が出てきて、これは通常の意味での「数列」なのだが、この二通りの「数列」に対して、ゲーデルは別の言葉を当てているのだ。具体的に言うなら、「数の並び」は "Zahlenreihe" と呼び (第33ページ第1行相当部分では単に "Reihe"、第33ページ第9行相当部分は複数形で "Zahlenreihen")、「数列」には "Folge von Zahlen" (第51ページの下から4行め及び第52ページ第8行相当部分) 又は "Zahlenfolge" (第52ページ第9行相当部分)を用いているのである (通常の意味での「数列」に "Folge" 又は "Zahlenfolge" が使われている他の例としてはドイツ語版ウィキペディアの "Folge (Mathematik)" の項を参照)。実際には、それぞれ、以下の通り。

「数の並び」と言うべき "Zahlenreihe" 又は "Zahlenreihen" が使われている例:

S.182/Über formal unentscheidbare Sätze der Principia Mathematica und verwandter Systeme I. Kurt Gödel. Monatshefte für Mathematik und Physik. 38, 1931, S.173–198
--S.182/"Über formal unentscheidbare Sätze der Principia Mathematica und verwandter Systeme I" Kurt Gödel "Monatshefte für Mathematik und Physik" 38, 1931, S.173–198

通常の意味での「数列」である "Folge von Zahlen" 又は "Zahlenfolge" が使われている例:

S.192/Über formal unentscheidbare Sätze der Principia Mathematica und verwandter Systeme I. Kurt Gödel. Monatshefte für Mathematik und Physik. 38, 1931, S.173–198
--S.192/"Über formal unentscheidbare Sätze der Principia Mathematica und verwandter Systeme I" Kurt Gödel "Monatshefte für Mathematik und Physik" 38, 1931, S.173–198
S.192/Über formal unentscheidbare Sätze der Principia Mathematica und verwandter Systeme I. Kurt Gödel. Monatshefte für Mathematik und Physik. 38, 1931, S.173–198
--S.192/"Über formal unentscheidbare Sätze der Principia Mathematica und verwandter Systeme I" Kurt Gödel "Monatshefte für Mathematik und Physik" 38, 1931, S.173–198

あと、ヤヤ気になったのは、原論文発表当時の主たる想定読者 (つまり、論理学に就いての専門的知識を有する人々) には常識であっても、現代日本で、数学の専門家はいざ知らず、文庫を手に取るような (それこそ「中学生」を含みうる) 読者には期待できないような知識の最低限の補完 (言ってみれば「躓きの石」をあらかじめ取り除いておくような親切心) が欠けているような気がする。

例えば、文庫第28ページの脚註 [29)] で「内容的な (特に超数学的な) 考察の場合は、ヒルベルトの記号を使う (ヒルベルト-アッカーマン, 理論論理学の基本性質, ベルリン, 1928[31] を参照せよ).」との註が有る数式以後は、記号\simの含意が、それより前の「直後の命題の『否定』」から「前後の命題の『等価』又は『定義』」へと、殆ど真逆に変わっている。こうしたことは、やはり、訳註として触れておいて良かっただろう。

「・・・『ゲーデルの定理が解る』という解説書は多い. 『中学生でも解る』という惹句で売った解説書もあるほどだ. 確かに, ゲーデルの定理の証明は素人にも解りやすそうに見える. しかし, これは間違いなのである. 」(岩波文庫 [ゲーデル 不完全性定理] まえがき。p.7 ll.16-19) と云うことで「素人」を相手にしないと云う立場であるなら、それはそれとして立派な見識で、わたくし風情が、とやかく言うつもりは全くないが、だとしたら、文庫版第55ページに見られる、所謂ラッセルの "definite description operator" は普通のギリシア文字のイオタ "\iotaup" ではなく、原文通り天地逆転して "inverted \iotaup" と表記すべきだっただろう。まさか、翻訳中に「PM,I,14」(「プリンピキア・マテマテカ (Principia Mathematica)」第1部第14章) を覗いてみなかった訣でもあるまいだろうから ("definite description operator" に就いては "The Notation in Principia Mathematica (Stanford Encyclopedia of Philosophy)" なども参照)。

2010-12-21 [火]
ゲーデル著作集の米国版アマゾンリンクを追加しておく。問題の論文は第1巻に独英対訳で掲載されている。

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