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メモ:泡坂妻夫「11枚のとらんぷ」の一節。「・・・には及びもないが、せめて成りたや・・・」に就いて

泡坂妻夫の [11枚のとらんぷ] (創元推理文庫) 第4章「蚤の市--三階ロビー--」はこう終わっている。

「ナポレオンには及ばないが、せめてなりたやお桂ちゃん---」
泡坂妻夫 [11枚のとらんぷ] (創元推理文庫) p.273

これは、[牧桂子] と云う「商社勤めの若い女性」に対して [品川橋夫] と云う「警察病院の外科医」がかけた言葉である。二人ともアマチュアのマジシャンなのだが、そもそもが、この推理小説の殆どの登場人物はマジシャン、更に、その多くが、牧・品川を含めて、 [真敷市] と云う地方都市の奇術愛好家が作っている [マジキ クラブ] の一員と云う設定になっている。そして[マジキ クラブ]の一人が殺される。「では犯人は・・・」と云うフーダニット物に [11枚のとらんぷ] はなっている訣だ。

その後の展開は、事件が発覚する直前に受けていた、東京で開催の「世界国際奇術家会議」への招待に応じて、[マジキ クラブ]の残りの12人が参加する (その最終日に事件の真相が明らかとなるのだが、それはサテ措き)。すると、全員寝る間も惜しんで、様ざまな催し・物販購入・交友に夢中になってしまう。特に、牧桂子は参加者兼接待係として多忙を極める:

桂子はへとへとになると、自分の部屋に戻って、三十分も寝るのである。そして熱いシャワーを浴びるとしゃきりしてしまう。
「さすがだなあ、若さだなあ」
品川はプログラムと一緒に付いていた栄養剤を飲みながら讃歎した。
泡坂妻夫の [11枚のとらんぷ] (創元推理文庫) p.272-p.273

とあって、上記の引用部分に繋がる。

しかし、この「・・・には及ばないが、せめてなりたや・・・」の使い方は「ビミョー」と言わざるを得ない。

「(甲) には及びもないが、せめて成りたや (乙)」と云うコロケーションにあっては「乙」は、ある分野で衆目の認める「第一位/最高峰/典型」でなければならないからだ。「最高」を引き合いに出して、それを凌ぐと言ってしまえるほど程度が甚だしいと云う「物の譬え」なのだ (実際に「最高」を超えているかどうかと云う穿鑿は無意味なのである)。

よく知られいてる例としては、出羽庄内藩本間家の財力に就いて謡われた

本間さまには及びもないが、せめてなりたや殿様に

がある。更に、次のようなものもあるらしい。

  • 田沼意次が治めた (善政を敷いたと言われる) 遠江相良藩には「田沼様には及びもないが、せめてなりたや公方様」(「公方」とは勿論徳川将軍のことである)
  • 江戸時代から明治時代にかけて佐賀県で捕鯨業を営んだ中尾家については「中尾様には及びもないが、せめてなりたや殿様に」

従って、 [11枚のとらんぷ] においても

「お桂ちゃんには及びもないが、せめてなりたやナポレオン---」

とした方が、少ない睡眠時間で活躍している牧桂子に対する品川橋夫の感嘆が的確に表現できただろう。

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