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ラスクの語源: 日本語版ウィキペディアと日経プラスワン記事に関連して

たまたま [日経プラスワン2010年1月30日 (土曜)] s7面の「ラスク化現象」と云うコラムを読んだのだが、そこに曰わく:

ラスクとは「2度焼く」という意味で、そもそもからして硬くなったパンを再利用した元祖ワケあり商品。
--[日経プラスワン2010年1月30日 (土曜)] s7面。title:ラスク化現象。author:福光 恵。

上記引用文で「意味」とは「語源」のことだろう。しかし、以前、私が少し調べた範囲では、rusk は、16世紀頃にスペイン語又はポルトガル語から英語に移入された言葉で、当時は「ネジパン」を意味していた rosca に由来する。ただし、現代では、rosca は、スペイン語でもポルトガル語でも「ドーナッツ」又は「ベーグル」状のものを意味する。また語形も現代スペイン語では指小形の Rosquilla の方が一般的らしい (Cf:"Rosca - Wikipedia, the free encyclopedia")

もっとも、「ネジパン」と書いたが、これは "twist of bread" を訳しただけのものである。ヨリ具体的な形状を確認したかったのだが、私には出来なかった。大体、「ネジパン」が「ドーナッツ/ベーグル」に変化する過程が、私には釈然としないままなのだ。

ちなみに rosca (本来は「ネジ」又は「螺旋」を意味する) の語源そのものは、ハッキリしないらしい。車輪を意味するラテン語 rota の俗ラテン語時代の (推定による) 指小形 *rotisca とする説があるらしいが確定的ではないようだ。

結局、「調査」と云うほどの事はできず、中断してしまったのだが、その際、「オイオイ」と思ったことがあった。日本語版ウィキペディアの「ラスク」の項に、次のような一節があったからだ。

もともとは「二度焼いたパン」を意味しており、固くなったパンを食べるために工夫されたもの。
--日本語版ウィキペディア [ラスク] (最終更新 2010年1月24日 [日] 04:00)
この引用自体は、現時点での最新版からのものだが、私が以前読んだものも、これと同一趣旨であった。以下同様。

しかし、「二度焼いた」が biscuit (ビスケット) の語源であるのは、英語の豆知識 (「トリビア」と言ったほうが良いか) の初級段階のものの一つだろう。実際、私が、これを知ったのは、高校生の時の参考書だか、所謂「英単語記憶術」のたぐいの有りがちハウトゥー本の中でだった。

わざわざ説明するのも気が引けるが、biscuit は、ラテン語から古フランス語経由で英語に移入されてきた言葉で、 bis + cuit と分解される。そして bis は「ニ度」を意味するラテン語副詞 (所謂「度数詞」又は「数副詞」) 由来の言葉。cuit はラテン語形では coctus で、これは、「調理する」を意味する動詞 coquere の過去分詞 (大雑把な意味での「ヨーロッパ文化」では「調理する」とは、「生」の素材に火を使って加熱することなのだ)。

日本語版ウィキペディアの記事が、如何してこんな「チョンボ」を犯したのかは不明だし、知りたくもないが、対応する英語版 Wikipedia の記載を読むと、嫌でも憶測ができてしまう。

A rusk is a rectangular, hard, dry biscuit or a twice-baked bread (zwieback, biscotte).
--Wikipedia "Rusk" (last modified on 23 January 2010 at 03:13)
「ラスク」とは、硬質で水分の少ないタイプの四角い「ビスケット」、つまり、二度焼きしたパンのことである (ドイツ語:zwieback フランス語:biscotte)。
(2010-02-05 [金] 補足)
訳文が不適切だったので若干改めた。これでも分かりづらいかもしれない。
つまり、ドイツ語の "zwieback" と、フランス語の "biscotte" は、"biscuit" と同様、「2度焼かれた」と云う語源を有するが、食品用語としては "rusk" の対応語なのである。
逆に言えば、食品としての "rusk" を示すドイツ語"zwieback" 及びフランス語 "biscotte" には「2度焼かれた」と云う意味があるが、英語としての "rusk" には「2度焼かれた」と云う意味はない。

ここで、"twice-baked bread" は biscuit と同格、つまり、言い換えなのだが (biscuit の語源を知らなかったとしても、他の解釈をするのは、ある程度英語になれた人間には難しい)、もし、rusk の言い換えだと勘違いしたなら、日本語版ウィキペディアのような誤解をしてしまう可能性は十分あるだろう。

そして、これも憶測だが、[日経プラスワン] のコラムは、日本語版ウィキペディアの記事を鵜呑みにしたのかもしれない。勿論、こんなことの事実を確認することには興味はないから、どうでもいいことなのだが。

ただ、いずれにしろ、rusk の語源説明から「2度焼く」と云う誤謬を排除する程度の知識は COD (Concise Oxford English Dictionary) レベルの辞典で簡単に調べられる。文を以って生業とするのなら、その程度のルーチンワークはしておくべきだっただろう。

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