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アハラノフ・ボーム効果とその実証実験 (本ブログ「サニャック効果」関連記事の余談として)

一般相対論の初歩的な議論で説明できるのにも関わらず、そして、少なくとも現状では一般相対論でしか正しい説明ができていないのにも関わらず、一部の人たちにサニャック効果の理解が進んでいないことの主たる理由は、恐らく、それが「主バンドルのホロノミー」であるためだろう。

[nouse: ホロノミー (holonomy) としてのサニャック効果 (Sagnac effect): 物理篇] (2008年11月8日[土]) の末尾でも触れたが、同じく、その本質が「主バンドルのホロノミー」である物理現象としてアハラノフ・ボーム効果 (Aharonov–Bohm effect) がある (「AB 効果」とも呼ばれる)。この効果も「一部の人たちに理解が進まなかった」。

アハラノフ・ボーム効果は、 Yakir Aharonov (ヤキール・アハラノフ) と David Bohm (デヴィッド・ボーム) が、1959年に、その効果を予言したものだが ("Significance of Electromagnetic Potentials in the Quantum Theory" Phys. Rev. 115, 485 - 491.) その後長い間、その妥当性に疑問が持たれ続けた (なお、実際にはアハラノフとボーム以前に、1949年の段階で Werner Ehrenberg と R.E. Siday とが同じことを既に予言していたと云う [W. Ehrenberg, R. E.Siday: "The Refractive Index in Electron Optics and the Principles of Dynamics"". Proc. Phys. Soc. (1949) B62: 8–21]。従って、この効果は、"Ehrenberg-Siday-Aharonov-Bohm effect" と呼ばれることもあるようだ)。

この記事は、最近図書館で見かけた「ゲージ場を見る―電子波が拓くミクロの世界」(外村彰/とのむらあきら。講談社ブルーバックス。東京講談社。ISBN-06-257162-5) を読んで知ったアハラノフ・ボーム効果実証に関わる逸話を紹介するためだけのものなので、効果の物理的内容に就いて深入りするつもりはないが、話の筋道上簡単に纏めておこう。

電磁気学における基本方程式であるマックスウェル方程式の説明に使われる、スカラーポテンシャルとベクトルポテンシャルは、マックスウェル自身は、その物理的な意義を信じていたようだが、その後、磁場や電場などと異なり大きな任意性がある (「計算の都合」で適当に変えられる) ことから、単なる数学的道具としてのみ見られるようになり、物理的実在性はないものと考えられるようになった。そして、マックスウェル方程式の表式からも隠されるようにな状態が長く続いた。しかし、アハラノフとボームは、量子力学に踏み込むなら、ある種の実験を行なうことで、ポテンシャルの方こそ物理学上基本的な概念であることを示せる筈であると予言し、それが後に実証されたのだった。

以下、ミンコフスキー空間の座標軸を、(x^0, x^1, x^2, x^3) で表わすことにする (ただし x^0 = ct である。x^1-軸、x^2-軸、x^3-軸 は、それぞれ、x-軸、y-軸、z-軸に対応させてある)。また、計量の符号系は [{+}{-}{-}{-}] とする。単位系は SI (になっていると思うが、控えめに MKSA 単位系と言っておいた方が良いかもしれない) である。

アハラノフ・ボーム効果は、スカラーポテンシャル \varphi (当然 1成分) から発生するものと、ベクトルポテンシャル \bm{A} (3次元空間に応じて 3成分) から発生するものの2種類があると云う説明がされることがあるが、これら 2つのポテンシャルは、合わさって相対論的な 4元反変ベクトル ({\varphi}/{c}, \bm{A}) (共変ベクトルとしては ({\varphi}/{c}, -\bm{A})) を構成しており、ミンコフスキー空間のミンコフスキー変換に対して共変的であるし、また、電場と磁場とは合わさって反対称テンソルである電磁テンソル F^{\mu\nu} (共変形式では F_{\mu\nu}) を形成するから (下式参照)、2つの現象は、実は同一現象の別の局面を見ていると考えることができる。

記法の整理をしておく。以下、場の量子論風に

\partial_\mu = (\frac{1}{c}\frac{\partial}{\partial t}, \frac{\partial}{\partial x^i}) \qquad \partial^\mu = (\frac{1}{c}\frac{\partial}{\partial t}, -\frac{\partial}{\partial x^i})

と書くことにする。この場合、電磁テンソルの定義は、

F_{\mu\nu} = \partial_\mu A_\nu - \partial_\nu A_\mu \qquad F^{\mu\nu} = \partial^\mu A^\nu - \partial^\nu A^\mu

となる。

ついでに、電磁ポテンシャルの反変ベクトル形 (A^\mu) \equiv (\frac{\varphi}{c}, \bm{A}) 及び共変ベクトル形 (A_\mu) \equiv (\frac{\varphi}{c}, -\bm{A}) を使って、電磁テンソルの反変形 F^{\mu\nu} 及び共変形 F_{\mu\nu} の成分を書いておこう。ただし、ここで、電場及び磁束密度を (E_x, E_y, E_z), \ (B_x, B_y, B_z) ではなく (E^1, E^2, E^3), \ (B^1, B^2, B^3) と表記することにする。


\begin{eqnarray*}
&& (F^{\mu\nu}) = 
\left(
\begin{array}{cccc}
0 & -{E^1}/{c} & -{E^2}/{c} & -{E^3}/{c} \\
{E^1}/{c} & 0 & -B^3 & B^2 \\
{E^2}/{c} & B^3 & 0 & -B^1 \\
{E^3}/{c} & -B^2 & B^1 & 0   
\end{array}
\right) \\
\\
&& (F_{\mu\nu}) = 
\left(
\begin{array}{cccc}
0 & {E^1}/{c} & {E^2}/{c} & {E^3}/{c} \\
-{E^1}/{c} & 0 & -B^3 & B^2 \\
-{E^2}/{c} & B^3 & 0 & -B^1 \\
-{E^3}/{c} & -B^2 & B^1 & 0   
\end{array}
\right)
\end{eqnarray*}

ちなみに電磁気場のラグランジアン密度は

\mathscr{L} = -\frac{1}{4}F_{\mu\nu}F^{\mu\nu} = \frac{1}{2}(\frac{1}{c^2}\bm{E}^2 - \bm{B}^2)

で与えられる。

まぁ、勿論、磁場だけの空間をミンコフスキー変換しても電場だけの空間にはならず、逆に、電場だけの空間をミンコフスキー変換しても磁場だけの空間にはならないから、単純に電場と磁場とは等価であるとは言い切れないのだけれども。。。。 しかし、例えば電場だけの空間をミンコフスキー変換した場合現れる電場と磁場とが直交することは、アハラノフ・ボーム効果を論ずる時には思い出してもよいかもしれない (これらは、MKSA単位系では、磁束密度 \bm{B} と電場 \bm{E} とに就いて、 c^2\bm{B}^2 - \bm{E}^2\bm{B}\cdot\bm{E} との双方がミンコフスキー不変式であることからいえる)。

この記事を書いている途中で知ったのだが、かっては磁気誘導と呼ばれ、私などは磁束密度として記憶していた \bm{B} は、最近、これもかっては磁場 (磁界) と呼ばれていた bm{H}" より本質的な物理量であるとして、これを改めて「磁場」と呼ぶ流儀があるらしい (参照: 英文版ウィキペディアの "Magnetic field" の項)。確かに、私なぞも昔に電磁気学を勉強した時に \bm{D}bm{H}" には若干の気持ちの悪さを感じたものだが、それはそれとして、本稿では、フツーに \bm{B} を「磁束密度」、bm{H}" を「磁場」と呼ぶことにする (もし登場すればの話だが 。それに、アハラノフ・ボーム効果は、\bm{D}bm{H}" ばかりでなく、\bm{B}\bm{E} も基本的ではありえず、ポテンシャル \varphi 及び \bm{A} の方が基本的であるを示している)。

と云う訣で、ここで、取り敢えずしばらく、アハラノフ・ボーム効果をベクトルポテンシャルに関わる場合、つまり磁場に就いてのアハラノフ・ボーム効果の話題に限ることにする。

磁場に就いてのアハラノフ・ボーム効果は、磁場を「有界領域」に閉じ込めて、その外部には磁場が存在しないようにすることが前提となる。ここで「有界」の意味なのだが、3次元的に有界である場合のほか、3次元空間が「金太郎飴」状態、つまり、或る直線に沿って構造が均一になっていて、その直線に直交する平面内で、磁場が有界であっても良いこととする。

アハラノフ・ボーム効果には、更に、前提条件があって、磁場の存在する「有界」領域を V とし、3次元空間全体を E としたとき E - V が単連結でないこと、つまり、基本群 \pi_1(E - V) が自明でないことも要求される (\pi_1(E - V) \not\cong \{\bm{1}\})。実際、アハラノフ・ボーム効果の説明がなされる時には、通常 \pi_1(E - V) \cong \mathbb{Z} の例が取り上げられる (\mathbb{Z} は整数全体がなす加群) 。

アハラノフとボームの論文 "Significance of Electromagnetic Potentials in Quantum Theory". Phys. Rev. 115 No.3 (Aug. 1, 1959): 485–491 で提示され、また Aharonov–Bohm solenoid effect として言及されることがある、磁場に関するアハラノフ・ボーム効果では、理念的には無限長のソレノイド内に磁場が閉じ込められる。このソレノイド内の空間を V とし、3次元空間全体を E とするなら、\pi_1(E - V) \cong \mathbb{Z} となる。 ここで n \in \mathbb{Z} は、閉曲線がソレノイドの周囲を n 回廻ったことに対応する。

さて、話を一般に戻して、4元電磁ポテンシャル (A_\mu) \equiv (\frac{\varphi}{c}, -\bm{A}) を有する電磁場中を運動する荷電粒子を考える。ここで、その荷電粒子の静止質量を m, 電荷を q とする)、時刻 t における空間位置 を \bm{x}(t) (\bm{x}(t) = (x^1(t), x^2(t), x^3(t))) と書くと、電磁場中で運動する荷電粒子のラグランジアン L は:


L = -mc^2\sqrt{1 - \frac{1}{c^2}\left(\differential{\bm{x}}{t}\right)^2} - qcA_0(t, \bm{x}(t)) - q\differential{x^i}{t}A_i(t, \bm{x}(t))

であるが、非相対論的近似が成立する場合 (\Big|\frac{d\bm{x}}{dt}\Big| \ll c) は、次のように書き直せる (ラグランジアンなので定数項は無視してよい):


L = \frac{1}{2}m \left(\differential{\bm{x}}{t}\right)^2 - q(A_\mu \dot{x}^\mu)

その作用は:


S(t_f\bm{x}_f, \, t_i\bm{x}_i) = \int^{t_f}_{t_i} L(\bm{x}, \dot{\bm{x}}) dt

であり、さらに時間的発展演算子は


U(t_f\bm{x}_f, \, t_i\bm{x}_i) = \int \mathrm{exp}[\frac{i}{\hbar} S(t_f\bm{x}_f, \, t_i\bm{x}_i)] d(\mathrm{path})

となる。アハラノフ・ボーム効果に効いてくるのは、この時間的発展演算子中の指数関数の変数として含まれる作用積分中の非相対論的近似ラグランジアン第2項であって、それを計算すると:


\begin{eqnarray*}
\frac{i}{\hbar}\oint q(A_\mu \dot{x}^\mu) &=& \frac{iq}{\hbar} \int_{\mu < \nu} (\partial_\nu A_\mu - \partial_\mu A_\nu) dx^\nu \wedge dx^\mu \\
&=& \frac{iq}{\hbar} \int_{\mu < \nu} F_{\mu\nu} dx^\mu \wedge dx^\nu
\end{eqnarray*}

従って、例えば、ソレノイド型のアハラノフ・ボーム効果を考えると、半径 R のソレノイドが x^1-軸方向に無限に延在しているとすると、その中の磁束密度ベクトル \bm{B}x^1-軸成分 B^1 しか持たず (ソレノイド内部で一定値 B^1 = \mathrm{const.} \neq 0)、x^2-軸方向、x^3-軸方向には成分を持たない (B^2 = 0 及び B^3 = 0) から、荷電粒子がソレノイドの周囲を1周した際に、電子の波動関数に発生する位相差 (符号の正負は無視する) は:


\frac{q}{\hbar}\int_{r < R} B^1 \, dx^2 \wedge dx^3 = \frac{q}{\hbar}\pi R^2 B^1 = \frac{q}{\hbar}\Phi

となる。ただし、ここで r は、ソレノイドの軸からの距離を表わし、\Phi は、ソレノイド内の全磁束を表わす。

一応ことわっておくと、「荷電粒子がソレノイドの周囲を1周」と言っても、これは、実験の際にそのような構成にしなければならないと云うことではない。これは、ホロノミーによる位相差の総量を計算をするためのもので、謂わば、多様体の「曲がり方」を調べる「測量径路」を指定してるに過ぎない。実際、ここで言う「荷電粒子」とは、要するに電子である訣だが、その場合には「干渉」は、2つの別の径路を通った自分自身との干渉になり、この2つの径路のうち一方を逆転させたものを他方の径路に繋げることで、全体が閉径路と見なされる。

対応して、電場の場合に就いても (つまり、所謂スカラーポテンシャル版のアハラノフ・ボーム効果) も存在する訣だが、この場合には、「荷電粒子が一周してくる」と云う単純な描像は、はっきり「実現」が不可能である。例えば、磁場におけるのと同様、「電場 \bm{E} には x^1-軸成分 E^1 しか存在しない場合」例で、「荷電粒子を一周」させようとすると、その荷電粒子は時間を逆行しなければならなくなるからだ。

ちなみに、アハラノフとボームの原論文では、(磁場の場合にしろ、電場の場合にしろ) 単一荷電粒子の周回と云う描像ではなく、2つの別々の径路を通った電子の波束の干渉を扱っている。そこで提案されている実験では、電場の場合のアハラノフ・ボーム効果は、電位は異なるものの、それぞれで電場の存在しない2つの径路 (異なる電位を有する金属管) を通った電子の波束間には位相差ができるので干渉が発生する筈だと云うものである。

しかし、位相差の計算に就いてなら、「時間を逆行」云々は問題にならない。やはり、ここでも荷電粒子の運動の向きを逆転して考えれば良いだけのことだ。そこで、上述のような電場に就いて、2つの等電位径路の間の間隔 L は一定であり、その電位差を W とし (W = E^1L)、また2つの等電位径路を通過する時間は同じ T であり、さらにこれら2つの等電位径路以外の径路は無視できるほど小さいとして位相差を計算すると (やはり、符号の正負は無視する):


\frac{q}{\hbar}\int ({E^1}/{c}) \, dx^0 \wedge dx^1 = \frac{q}{\hbar} \int E^1 \, dt \wedge dx^1= \frac{q}{\hbar}E^1TL = \frac{q}{\hbar}WT

となる。


アハラノフとボームとが、その名前を冠せられることになる効果の予言を発表した時 (1959年)、大方の物理学者の反応は冷ややかなものだったという。彼らの論文の審査者の一人であった Rudolf Ernst Peierls (ルドルフ・パイエルス) でさえ、一旦は納得したもの、後にそれを撤回する旨アハラノフの面前で表明したそうだ (「ゲージ場を見る」p.130)。「場」の存在しないところに「場」の効果が現れるのだから、遠隔作用的と見える訣で、大多数の物理学者が「そんなことが起こる筈がない」と拒否反応を起こしても不思議はない (アハラノフ・ボーム効果はファイバーバンドルのホロノミーなので、多様体の大局的構造に関わる。しかし、その大局的構造が局所的な空間の接続の仕方で決定されると云うのがガウス・リーマンの多様体論の構想だった)。その中で、論文発表直後に、「おめでとう」と云う祝福の電報を送ってきたのが Richard Feynman (リチャード・ファインマン) だった。そして、電文は、こう続いていた: 「だが、自分の手でこの現象を見つけたかった!」(「ゲージ場を見る」p.130)

これは、ファインマンの本心だっただろう。彼が発見していても何の不思議もなかったのだ。しかも、その内容は深い。ファインマンは、自分が逃がした魚の大きさに悔しがったに違いない。

彼は、その物理学教科書 R. P. Feynman, R. B. Leighton, M. Sands: "The Feynman Lectures on Physics" (私が持っているのは Addison-Wesley. 3 vols. (1963-1965)) 第2巻第15章5 において、早速アハラノフ・ボーム効果を取り上げて、こう総括している (当時、アハラノフ・ボーム効果の実在性に対する反対論が、未だ根強かった筈だが、ファインマンに迷いは見られない。彼の慧眼を思うべきであろう):

The subject has an interesting history. The theory we have described was known from the beginning of quantum mechanics in 1926. The fact that the vector potential appears in the wave equation of quantum mechanics (called the Schrödinger equation) was obvious from the day it was written. That it cannot be replaced by the magnetic field in any easy way was observed by one man after the other who tried to do so. This is also clear from our example of electrons moving in a region where there is no field and being affected nevertheless. But because in classical mechanics \bm{A} did not appear to have any direct importance and, furthermore, because it could be changed by adding a gradient, people repeated said that the vector potential had no direct physical significance -- that only the magnetic and electric fields are "right" even in quantum mechanics. It seems strange in retrospect that no one thought of discussing this experiment until 1956, when Bohm and Aharanov first suggested it and made the whole question crystal clear. The implication was there all the time, but no one paid attention to it. Thus many people were rather shocked when the matter was brought up. That's why someone thought it would be worth while to do the experiment to see that it really was right, even though quantum mechanics, which had been believed for so many years, gave an unequivocal answer. It is interesting that something like this can be around for thirty years but, because of certain prejudices of what is and is not significant, continues to be ignored.
--R. P. Feynman, R. B. Leighton, M. Sands: "The Feynman Lectures on Physics" Addison-Wesley (1964). Volume II 15-12

[ゑびすや註]: "it could be changed by adding a gradient" の "could" には、「当時の人は『事情』を知らなかった」と云う著者の視線が感じられる。また "it would be worth" の "would" には、「検証実験などするまでもないのに」と云う語感がある。

良く知られている通り、ファインマンの物理学教科書には和訳がある (岩波書店。「ファインマン物理学」5分冊 (1) (2) (3) (4) (5)。英文版第2巻に相当するのは、和訳の第3巻と第4巻だろうが、当該引用箇所が載っているのは、あるいは第3巻か)。実は、私もかっては和訳も所有していたのだが、大学生時代、同じ高校から進学してきた友人に進呈してしまって、それ以来持っていない。と云う訣で、岩波の和訳を参照することはできないから (まぁ、図書館に行けば良いのだが、そうまですることもあるまい。原文は至って簡明である) 私なりの訳文を付けておこう:

このことに就いては興味深い経緯がある。上記に説明した理論は、量子力学の創成当初である1926年以来分っていたのだ。量子力学の波動方程式 (シュレディンガー方程式) が書き表されたその日から、そこには、明白な事実としてにベクトルポテンシャルが現れていた。何人もが入れ代わり立ち代わり、ベクトルポテンシャルを磁場で置き換えようとしてみたが、それは容易には成功しなかった。このことは、場が存在しない領域で運動しているにもかかわらず場の影響を受ける上述の電子の例からも明らかである。しかし、古典力学では \bm{A} には、直接的な重要性はないように見えたし、またその上、\mathrm{grad} を加えても構わないようなものだったから、ベクトルポテンシャルには直接的な物理的意義は存在せず、量子力学であっても磁場と電場のみが「正当」なものなのだと、繰り返し表明されたのだった。今の時点で振り替えてみるなら奇妙に思えることだが、1956年、ボームとアハラノフが初めて提案して、問題の全貌を透徹した明確さで示すまで、この実験は、誰も思いつかれることはなかった。その内在的重要性は、常に目前にあり続けた訣だが、誰もそれに注意を払わなかったのだ。だから、問題が明らかになると、多くの人々が逆に驚いたのだった。それだからこそ、長年信じられてきた量子力学が誤解しようのない結論を出しているにもかかわらず、その真偽を確かめるため、そうした実験を行なう価値があると思うものが出てきた。何が重要で何が重要でないかに就いての或る種の先入観のおかげで、これほどのことが、30年間にわたり身近にありながら、無視され続けたと云うことには興味深いものがある。
--ファインマン、レイトン、サンズ「ファインマン物理学」(英文版) 第3巻 (1964年) 第15章第12ページ

アハラノフ・ボーム効果を導く数式の計算は、場の量子論としては初等的なものだ (例えば、藤川和男「ゲージ場の理論」東京 岩波書店。1993年。岩波講座 [現代の物理学] ISBN-10: 4000104500 ISBN-13: 978-4000104500 では、アハラノフ・ボーム効果は、冒頭第1章第2節 pp.6-7 で論じられている)。その発見・承認を遅らせたのは物理学者の心理的抵抗であったのだろう (ファインマンには「心理的抵抗」はなかった訣だ。贅言すると、彼は「心理学」を信じていなかったそうだ)。やや勘繰るならば、Ehrenberg と Siday の発表が黙殺されたのは、彼らが無名であったために、「半分素人の戯言」としか見られなかったためかもしれない (存在自体に注意が払われなかったと云うこともあり得るだろう)。しかし、同じことであっても、アハラノフはともかく、ボームが発表したとなると、無視も成らないが、かといって、「トンデモないこと」に賛成する訣にもいかないと云うことだったのではないか。

ファインマンが皮肉を込めて指摘しているが、幾つか検証実験も行なわれて、しかも、(と言うか、勿論と言うか) 肯定的な結果が得られた。

実際、1960年には Robert G. Chambers [Phys. Rev. Lett. 5, 3 (1960)] が、1961年には H. Börsch 他 [H. Börsch, H. Hamisch, K. Grohamann, D. Wohlleben: Z.Physik 165 (1961) 79] と、 L. L. Marton 他 [A. Fowler, L. Marton, J. A. Simpson, J. A. Suddeth: J.Appl. Phys. 32, 1153 (1961)] とが独立して、1962年には G. Möllenstedt 他 [G. Möllenstedt, W. Bayh: Naturwissenschaften 49, 81 (1962)] が、それぞれ、アハラノフ・ボーム効果が実証されたとの報告を行なっている。

しかし、それでも、アハラノフ・ボーム効果の実在性に対する抵抗は根強かった。実験に不備がある (磁場の閉じ込めが完全でない) とされたのだ。

1978年には、P. Bochhieri と A. Loinger は、アハラノフ・ボーム効果の実在性を否定する論文 [Nuovo Cimento A, 47, 475 (1978)] を発表し、これに対する反論、そして再反論と応酬され、議論は錯綜した (「ゲージ場を見る」pp.145-146)。

このした論争に、鮮やかな実験的結論を出したのが、当時日立製作所中央研究所 (東京都国分寺市) で電子線ホログラフィの研究をしていた外村彰 (とのむら あきら) の研究グループだった (総合科学技術会議 の「外村彰氏インタビュー」も参照)。

外村は、ソレノイドの代わりに微小なドーナッツ型の磁石を使うことを考える。勿論、電子の波動関数の位相差干渉検出には電子線ホログラフィを使う訣だが、しかし、磁石の作成の方は、自力では不可能なので、他の開発チームの協力が必要だった。。。 自分達の研究テーマを抱えている彼らの手を煩わせることになる磁石の作成を説得することが出来るだろうか?

そこで外村は、見ず知らずのC. N. Yang (楊振寧) に手紙を出す。「パリティ非保存」のヤン (Tsung-Dao Lee/李政道と共に論文を発表したのが 1956年、これにより、その翌年の 1957年には異例の速さでノーベル物理学賞を受賞した)、非アーベルゲージ理論の基本となる「Yang-Mills 場」のヤンにである。「AB 効果の検証実験を計画しているところですが、この実験は物理学にとって本当に重要でしょうか?」(「ゲージ場を見る」p.148)

ヤンの回答は、彼自身の行動が雄弁に物語った。その約1ヵ月後、ヤンは日立製作所中央研究所にやってきたのだ。1981年6月初めのことである。その時日本を訪れてきたヤンは、アハラノフ・ボーム効果に就いて議論するため国分寺に足を運んだのである。彼の来所により、「AB 効果を検証しようという気運は一気に盛り上がった。実験は中央研究所の磁性グループと一緒になって、ただちにスタートした。」(「ゲージ場を見る」p.149)

翌1982年には、結果が出た。ドーナッツの外側と内側を通る電子線の間に位相差が出ることが電子線ホログラフィで示されたのだ。位相差の値も、理論値に一致した。実験サンプルの中には、磁石から磁場がはみ出ているものもあったが、アハラノフ・ボーム効果の実験には磁場がはみ出ないサンプルが用いられた。アハラノフ・ボーム効果は実証された筈だった。

この結果は、"Physical Review Letters" に提出された (1982年2月16日)。しかし、アハラノフ・ボーム効果に就いての論争の最中であったので、この論文は、効果に対して肯定的な審査者と否定的な審査者により査読された。そして、やはり意見は真っ向から別れ、一旦は拒絶されてしまうのだが、結局、論文はそのままの形で雑誌に掲載されたのだった (Tonomura et al.: "Observation of Aharonov-Bohm Effect by Electron Holography" Phys. Rev. Lett. 48, 1443 - 1446 (May 24, 1982))。

"Physical Review Letters" の一方の審査者と同様、やはり、この論文でも納得しない物理学者がいた (P. Bocchieri, A. Loinger, G. Siragusa: "Remarks on « Observation of Aharonov-Bohm effect by electron holography »" Nuovo Cimento, 35, 11, 370-372 のこと?)。

外村は、誰もが納得する実験結果を出したいと望んだ。

幸いなことに、その後日立の中央研究所で開催された「量子力学の基礎に関する国際シンポジウム」(ISQM) のため再び来所したヤンは新しい実験の提案を行なった。「ドーナッツ状の磁石を超伝導体でつつんでみなさい。"磁束量子化" と呼ばれる超伝導の基本現象が、AB 効果によってドラマティックに観測できるはずである」。
--「ゲージ場を見る」p.153

[ゑびすや註]: ISQM は第1回が1983年に日立製作所中央研究所で開催された。第5回 (1995年) 以降は、日立製作所基礎研究所に場所を移して開催されている。

このヤンの提案は実現が困難であったが、1986年春、外村たちは、遂に実験に成功する。完成したサンプルは:

パーマロイのドーナツ状磁石を芯にして、そのまわりをニオブがとり囲んでいる。磁場が外に漏れないように、ニオブの厚さは三〇〇〇オングストローム以上とし、二枚重ねのニオブの膜の隙間に酸化物が生じないよう留意した。サンプルをマイナス二六八度 (絶対温度五度) まで冷やして、ニオブを超伝導状態にする。マイスナー効果によって磁場は内部に閉じ込められて外には漏れてこない。あてた電子線が磁石の中まで侵入することもない。
--「ゲージ場を見る」p.158

実験の結果、ドーナツの孔の中と外側を通る2本の電子線の間には、1/2 波長の位相差が生じていることがはっきりと映し出されたのだった(「ゲージ場を見る」ジャケット写真、又は p.160 を参照)。

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