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2009年3月の8件の記事

イタリア語で「つらら」は "ghiacciolo"

本日の午前2時過ぎ (2009/03/31 02:04:49) に、キーフレーズ [イタリア語 つらら] で、このサイトを訪問された方がいらしたようだ。リモートホスト名から推測するに、北海道札幌在住でいらっしゃるらしい。

こう云う場合は、日本語版ウィキペディアの [氷柱] を開いて、そこから対応イタリア語版の [Ghiacciolo] のページへ飛べば、「氷柱」はイタリア語で "ghiacciolo" であることが分かる (ちなみに男性名詞)。

その冒頭1センテンスは:

Un ghiacciolo è un cono appuntito di ghiaccio che si forma quando l'acqua che cade da un oggetto gela.
--Ghiacciolo (meteorologia) - Wikipedia

「つらら」とは、物体から落下しようとする水が氷結する場合に形成される先端の尖った円錐状の氷のことである。

カタカナ化するとしたら「ギァッチョーロ」ぐらいかな。なお、イタリア語 "ghiacciolo" には「アイスキャンディ」 の意味もある由。

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フランス語 "Le Système International d'Unités" の読み方

先程 (2009/03/24 10:05:30) も、キーフレーズ [Le Système International d'Unités フランス語 読み方] での訪問者があったようだ。

寡聞にして、私は "Le Système International d'Unités" (pdf/3.88MB) がカタカナ化して使われている例をしらない。と云う訣で、[フランス語 "comptes rendus" の読み方] で書いたこととは独立に、「読み方」で限定しようが限定しまいが、所望のページに辿り着くのは難しいかもしれないと思う。

「ル・システム・アンテルナショナル・デュニテ」ぐらいですかねぇ。

--補足 (2010-04-13 [火] 10:27)
意味は「国際単位系」である。

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フランス語 "comptes rendus" の読み方

未明 (2009/03/24 03:42:21) に、キーフレーズ [COMPTES RENDUS 読み方] で、このサイトを訪問された方がいらしたようだ。

「読み方」で限定すれば、「読み方」が書いてあるウェブページがスグに検索できると思うのは、ヤヤ素朴過ぎるような気がするのだが、このパターンが結構頻繁に見られるのはそれなりに効果があるのだろうか?

そう言えば「とは」をつけるパターンでの訪問もよくある。新聞の「インターネット初心者」への検索エンジン指南として薦められているのを私も読んだことがあるが、素直にそうした教えに従われているのだろう。私自身は使った記憶はないので、どの程度役に立つのかはしらないが、そうした全ての方々に "feeling lucky" であることをお祈り申し上げたい。

いきなり脱線した。フランス語限定であるとして "comptes rendus" をカタカナ化するなら「コント・ランデュ」ぐらいだろう。「コント・ランデュ」が出てくる日本語ウェブ・ページはあることはあるのだが、意外と到達しづらいようなので、ここに1ページ増やしておくことにする。

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メモ: 岩波書店 [ディラック 量子力學 原書第4版] の誤植及び微妙訳

私が ディラック (Paul Adrien Maurice Dirac) の名前を初めて聞いたのは、たしか中学生だったか小学生の時だったと思う。物理学の啓蒙書ででも聞きかじったのだろう (ガモフのトムキンス物--「不思議の国のトムキンス」とか--など読み散らしていたのだ)。物理学的内容など分かる訣もなく (これは確かに小学生の時だが、友達に「E = mc^2 って知ってる?」と聞かれてヘドモドした記憶がある)、「天才物理学者」達の逸話に無闇と興奮していただけだった。

その中でも、ディラックの逸話は印象的だった。例えば、ある婦人 (今、ネットで調べてみたら、ロシアの実験物理学者ピョートル・カピッツァ --Пётр Леонидович Капица-- の2度目の夫人 Анна Алексеевна らしい。ウェブページ "Paul Dirac" 参照) が、編み物をしているのを見て、数学 (位相幾何) 的に言って、その編み方とは別の編み方が可能だと気付き、それをそのご婦人に説明した所、彼女に、それは昔から良く知られていて「裏編み」と呼ばれていると言われてしまった。。。(つまり、彼女は「表編み」をしていた訣です。)

大学に入ってから、教養学部の、物理や化学の参考書として「ディラック」に再び出会う訣だが、読んでみると、何とも咀嚼しづらかった。これは、勿論私が「劣等生」だったと云うこともあるだろう。何しろ、化学の、分子軌道か何かの授業中に、講師が「 "self consitent theory" は通常『自己無道着理論』と呼ばれるが、『自己満足の理論』とも呼ばれる」と云うジョークを飛ばしたのだが、化学の授業で覚えたは、そのことだけだったりするのだ。

しかし、咀嚼しづらかった別の理由の一つは、当時既に、内容が微妙に陳腐化していたせいもあったろうが (なにしろ「量子力学」ではなくて「量子力學」だからね。ただ、ディラックの名誉のために付言するなら、「量子力學」の内容あるいは表現が陳腐化したのは、ディラック自身の偉業の結果だった。彼の量子電磁気学 (Quantum Electrodynamics/QED) は、現在爆発的成長を遂げた場の量子論の鏑矢となったし、超関数論成立の主要動機の一つは、当初数学的に厳密な根拠が与えられていなかったディラックのデルタ関数の合理化だった)、やはり、大きかったのは、量子力学そのものの「分かりにくさ」(と、当然、私の頭の悪さ) だったろう。

量子論の認識論的な「異常性」はさておき (いや、実は「さておき」ではない筈なのだが、ここでは兎に角「さておき」)、何と言うか「結果オーライ」的な「論理」の進展に私は付いて行けなかったのだ。

「こんなことをしてどうして間違えないでいられるのだろう」と立ちすくむ凡人の呟きを余所に、天才は量子の世界を疾走する。

そう云う訣で、「量子力學」に挫折したのだが、それがずっと心に残っていて (まぁ、「虎馬」と云うヤツだな)、時々思い出す度に「そのうち、また挑戦してみよう」と云う呪文で、記憶の亡霊を封印してきたのだ。

しかし、最近アハラノフ・ボーム効果に就いて少し勉強した ([nouse: アハラノフ・ボーム効果とその実証実験 (本ブログ「サニャック効果」関連記事の余談として)] 参照) ついでに、意を決して「量子力學」も強引に通読してみた (ただし「附録 近似的な解き方」は、読んでいない。また、「譯者の註」も必要に応じて参考しただけである)。

読後感は、「名著であることには異存はないのだけれども、やはり既に『歴史的文書』になっている」と云うものだった。

その際若干の誤植に気が付いた。そこで、以下、[ディラック 量子力學 原書第4版] (朝永振一郎・玉木英彦・木庭二郎・大塚益比古・伊藤大介共訳。岩波書店 1968年4月。ISBN-10: 4000061232 ISBN-13: 978-4000061230) の誤植に就いて纏めておく。利用したのは、私の手元にある第5刷 (1971年12月) である。ただし、単純に活字が欠落していることが明白であると思われるもの (「刷り」によって異なるだろうから、例になるかどうか分からないが、手元のものから挙げておくと p.160 の (29) 式で、指数関数の肩にかかっている式中の y が欠けていたり、p.235 の4行目の1つ目の \alpha に付くプライムは2つでなければならないのが1つになっていたりする) は、無視した。また、適宜、みすず書房刊のリプリント版原書 ("The Principles of Quantum Mechanics. 4th ed." ) を援用する。

併せて、「誤訳」と言えないまでも、翻訳として微妙な部分も纏めておいた。

一つ釈明しておくと、「誤植」・「微妙訳」の指摘と言っても、別に、原書全体と訳本を逐一対照させて検討した訣ではない。あくまでも、作業の基本は、訳本を読んでいて意味の通じないところと、そして、それに対して、私の一存で妥当と思われるような変更を並記しただけのことである。と云う訣で、見落とし・見損ないは当然あり得る。ただし、勿論、指摘した部分に就いて、原書の対応箇所に当たり「裏を取る」ぐらいのルーチンワークはしてある。その結果に就いては「備考」に記した。

岩波書店 [ディラック 量子力學 原書第4版] 正誤表
Chap.V-§31 p.165 l.14
\bra{a(q)\partialdiff{b(q)}{q_r}}\bra \bracket{{a(q)\partialdiff{b(q)}{q_r}}}
備考: 式 (41) の左辺の2番目のブラはケットにすべき。原書 p.123 l.19 from the bottom では正しく表記されている。
Chap.VI-§35 p.191 l.8 from the bottom
無限の回轉 無限小の回轉
備考: 原書 p.143, l.5 from the bottom では "infinitesimal ones". また訳文2行前では "infinitesimal rotations" の対応箇所が「無限小の回転」と訳されている。
Chap.VI-§41 p.222 l.4
\mathcal{H}_z + \hbar\sigma_z m_z + \hbar\sigma_z
備考: 原書 p.166 l.7 では正しく表記されている。
Chap.VII-§45 p.236 l.8 from the bottom
(3) (31)
備考: 式番号の間違い
Chap.VIII-§52 p.271 l.12
\absolutevalue{\bracketo{k}{V}{P^\prime\omega\chi d^\prime}} \absolutevalue{\bracketo{k}{V}{P^\prime\omega\chi\alpha^\prime}}
備考: 式(51) の最終辺の被積分関数中で \alphad と取り違えている。原書 p.203 l.10 では正しく表記されている。
Chap.VIII-§53 p.275 l.5 from the bottom
吸収の係數 (59) と, 放出の係數 (56) を 吸収の係數 (59) と放出の係數 (56) との積を
備考: 原書 p.206 ll.10-9 from the bottom では "the absorption coefficient (59) multiplied by the emission coefficient (56)" と、積を作ることが明示されている。
Chap.X-§60 p.311 l.5
\delta b_{x_r} \delta_{bx_{r}}
備考: 式 (27) 右辺中 \delta の後の b は、下付きの添字。原書 p.230 the bottom line では正しく表記されている。
Chap.X-§62 p.319 欄外
§61 §62
備考: 節番号の間違い。
Chap.XI-§69 p.352 l.3 from the bottom
-c\alpha_1 c\alpha_1
備考: マイナス記号は余計。原書 p.263 l.17 from the bottom では正しく表記されている。
Chap.XI-§69 p.353 l.5
\hbar/2mc^2 h/2mc^2
備考: \hbarh の誤り。原書 p.263 l.10 from the bottom では正しく表記されている。訳書の前2行の2か所で h であることにも注意。
Chap.XI-§73 p.364 l.4
\frac{H^\prime}{mc^2} = \left(1 + \frac{\alpha^2}{s_2}\right)^{-\frac{1}{2}} \frac{H^\prime}{mc^2} = \left(1 + \frac{\alpha^2}{s^2}\right)^{-\frac{1}{2}}
備考: s にかかる添字 2 は、下付きではなく上付き。原書 p.272 l.5 では正しく表記されている。
Chap.XI-§73 p.364 ll.5-4 from the bottom
この場合には, c_s の係數に a を掛け {c^\prime}_s の係數に a_2 を掛けて加え合わせると, この場合には, c_s の係數に a_1 を掛け {c^\prime}_s の係數に a を掛けて加え合わせると,
備考: 原書 p.272 では the first coefficient (c_s) と the second coefficient ({c^\prime}_s) に就いて "In this case we get, multiplying the first coefficient by a_1 and the second by a and adding," (ll.10-9 from the bottom) と正しく表記されている。
Chap.XII-§76 p.382 l.6 from the bottom
-(8\pi)^{-1}\mathcal{A}_r\mathcal{A}^{ss}_rd^3\mathbf{x} -(8\pi)^{-1}\int\mathcal{A}_r\mathcal{A}^{ss}_rd^3\mathbf{x}
備考: 式左辺で積分記号が抜けている。原書 p.287 l.4 では正しく表記されている。ちなみに、原書では \mathbf{x} はボールド体ではなくナミ字。他にも同様な箇所がある。少なくともこの本の範囲内では、趣味とか習慣の問題 (ともに大変重要な要素だが) であって、どちらが正しいと云うわけあいのものでもあるまい。
Chap.XII-§76 p.383 l.3
H_{FL}\!\! =\! (8\pi)^{-1}\!\!\int\!\{(U\!-\!A_0)^r(U\!+\!A_0)^r\! + (V^{rr}\!\!-\!B_0)(V^{ss}\!\!+\!B_0)\}d^3\mathbf{x}
備考: この式には、番号 (49) を付けねばならない。原書 p.287 l.12 では正しく表記されている。ちなみに、原書では \mathbf{x} はボールド体ではなくナミ字。
Chap.XII-§77 p.388 ll.13-14
光子の各状態あたり半エネルギー量子よりなる無限大の數項 光子の各状態あたり半エネルギー量子づつが寄与してなる無限大の項
備考: 原書 p.291 ll.2-1 from the bottom の "an infinite numerical term, consisting of a half-quantum of energy for each photon state." を参照。訳書のままだと、「項」が複数あるように見える。しかし、「無限大の數の項」とすると、日本語としてこなれない。ここは "numerical" を敢えて訳す必要はないだろう。
Chap.XII-§78 p.389 l.4 from the bottom
第2量子化によって, \psi は §65 の \bar{\eta} のように 第2量子化によって, \psi 等は §65 の \bar{\eta} 等のように
備考: この文章の内容には \psi, \bar{\psi}, \eta, \bar{\eta} と複数種類の関数が関わるので、そのことを明示的に示すよう「等」を付け加える必要がある。原書 p.293 ll.3-4 でも "The second quantization makes the \psi's into operators like the \bar{\eta}'s of §65," と複数形になっている。
Chap.XII-§78 p.395 ll.13-21
下記参照
Chap.XII-§79 p.399 ll.11-12
\begin{eqnarray*}&&[\kappa(\mathbf{x},x^\ast_0),\ \lambda(\mathbf{x}^\prime,x^\ast_0)] = [\kappa(\mathbf{x},x_0)+\epsilon v_r x_r[\kappa_{\mathbf{x}},H],\ \lambda(\mathbf{x}^\prime,x_0)+\epsilon v_s x^\prime_s[\lambda_{\mathbf{x}^\prime},H]] \\&&\quad =[\kappa(\mathbf{x},x_0),\ \lambda(\mathbf{x}^\prime,x_0)] + \epsilon v_s x^\prime_s[\kappa_{\mathbf{x}}, [\lambda_{\mathbf{x}^\prime},H]] + \epsilon v_r x_r[[\kappa_{\mathbf{x}},H], \lambda_{\mathbf{x}^\prime}]end{eqnarray*}
備考: 式 (103) の前半部分 (この引用ではスペースが少ないため折り畳んであるが、訳書ではもともとは2行に書かれいてる)。実は、数式としては誤っていない。また、原書 (p.301 ll.2-4) とも一致する。それでも式の全体の流れの統一の観点から言ったら、添え字の s は、4箇所全て r に直した方が良いだろう。実際、反交換子関係に就いての対応する式 (104) では r で統一されている。
Chap.XII-§79 p.400 ll.6-7
我々は方方で \epsilon のべきまで式を計算し, \epsilon^2 は無視してきた. 上記 \epsilon の冪式として計算した箇所においては、\epsilon^2 の項は無視された。
備考: 原書 p.301 ll.8-7 from the bottom では "At several places we worked out expressions in powers of \epsilon and neglected \epsilon^2." ここで "several" は敢えて訳す必要はあるまい。訳すにしても、「方方」などとしてはいけない。
Chap.XII-§80 p.401 l.9 from the bottom
\psi_{a{\mathbf{x}}},\ j_{0{\mathbf{x}}}] [\psi_{a{\mathbf{x}}},\ j_{0{\mathbf{x}^\prime}}]
備考: 式 (109) の左辺。原書 (p.302 the bottom line) でも同じなのだが、1つ前の式を見れば分かるように、荷電密度の添字 \mathbf{x} にはプライムを付けて \mathbf{x}^\prime にする必要がある。
Chap.XII-§81 p.406 l.7
\zeta^\ast_{\mathbf{bp}+\mathbf{k}\hbar} \zeta^\ast_{b\mathbf{p}+\mathbf{k}\hbar}
備考: 式 (120) での被積分関数中の \zeta^\ast の添え字でボールド体の \mathbf{b} は、ナミ字の b にする必要がある。原書 (p.306 l.4 from the bottom) では正しく表記されている。

[量子力學] の翻訳は、「意味を取る」と云う観点からだけ見るなら、概ね出来の良いものだ。ただ、(僅かな比較だけから判断してもうしわけないが) 訳者たちには、原文の「雰囲気」とか「ニュアンス」とかを伝えると云う努力はしなかったようだ。[量子力學]の訳文からは、訳者たちが行なったのは、原文を、単文に分解して、それぞれを直訳した後、英文を参照にしつつも、結局は和文の文脈の中で、適宜、論理的・物理的整合性に従って、訳文の文章を再構成していったと云う印象を受ける。そして、実を言うと、それで良かったので、ディラックの文章そのものが文飾に凝ったと云った類いのものではない。勿論、如何なる文章もその文化・歴史的背景を背負っているから、作者の意図に関わらず「雰囲気/ニュアンス」は発生する。しかし、ザッと見た限りでは、ディラックの文章には、「雰囲気/ニュアンス」が重要な意味を担うと云ったことはありそうもない。実際、彼自身は逸話の多い人で、そういった意味では、文学的対象になりうるのだが、その一方で、彼は文学的営為とは無縁であったらしいことが、その逸話自体から伺える (彼は、詩を書いていると云うオッペンハイマー (J. Robert Oppenheimer) に向かってこう言っている, "I do not see how a man can work on the frontiers of physics and write a poetry at the same time." 「物理学の最前線で活動する一方で、同時に詩を書けるなんて、僕には訣が分らない」)。

だから [量子力學] を「名訳」と呼ぶのは「贔屓の引き倒し」になりかねないにしても、「誤訳」らしい「誤訳」がほぼない (らしい) ことだけでも、十分優れていると言って良い。これは、訳者たちが、内容をしっかり理解していて、英文として日本語にしづらいところは、穏当な「意訳」をすることができたからだ。私が [量子力學] を読んでいて、「こう云う日本語になる英文ってあるのだろうか?」と感じて、原文を当たった所、確かに (少なくとも翻訳の非専門家にとっては) ヤヤ訳しづらいところだったと云うことが数度あった。と言うか、ある意味、[量子力學]全体が「穏当な意訳」からなっているとも言えるかもしれない。

しかし、残念ながら第 XII 章の翻訳品質は、若干落ちる。何か、翻訳に不慣れな人が訳した趣きがあるのだ。それは、自分の英文理解に自信がなく、「手探り」のまま訳しているとでも形容したら良いのかもしれない。。

例えば、XII-§78/p.394 ll.14-19 (原書 p.296 the bottom line - p.297 l.5) の反交換関係が満たすべき性質の箇条書きで "it" を「それ」と訳してしまっているため、日本語としてこなれていないが、ここは、すべて「反交換関係」を使うところだろう。

あるいはまた、XII-§76/p.380 ll.11 and 16 (原書 p.285 ll.14 and 20) で、原文の「波長が零でない波」は、「波数が零でない波」の思い違いだろうと云う正しい指摘を訳者は「譯者の註」(p.465) でしているにも関わらず、訳文では「波長」を温存しているのは、訳者が自分の物理学理解に自信がないためではなく、英語理解に自信がないことのあらわれと見てよい (もっとも「譯者の註」での説明は、大袈裟のような気がするが)。

そうした「不慣れな訳文」の中で、私が一番違和感を覚えたのは XII-§78/p.395 ll.13-21 (原書 p.297 l.8 from the bottom - p.298 l.2) だ。原文と対応させてみると、間違っているのではないのだが、もっと「普通の日本語」に訳せるだろうと云う気になる。これは、ヤヤ長いので、上記の表には纏めず、以下に、その概要を示すことにした。

まず、原文を示す:

Thus (l^\mu\alpha_\mu + S\alpha_m)_{ab}K_{ba}(x, x^\prime) (87)
should be invariant with K_{ab}(x, x^\prime) given by (85), and its invariance would be sufficient to ensure the invariance of the anticommutation relations. We get for (87)

<br />
\begin{eqnarray*}<br />
&&h^{-3}\!\!\int\Sigma\!\frac{1}{2}(l^\mu\alpha_\mu\! +\! S\alpha_m)_{ab}(p_0\! +\! \alpha_rp_r\! +\! \alpha_mm)_{ba}e^{-i(x-x^\prime)\cdot p/\hbar}p^{-1}_0d^3p \\<br />
&&\quad = h^{-3}\!\!\int\!\Sigma\frac{1}{2}\{(l_0\! -\! l_s\alpha_s\! +\! S\alpha_m)(p_0\! +\! \alpha_rp_r\! +\! \alpha_mm)\}_{aa}e^{-i(x-x^\prime)\cdot p/\hbar}p^{-1}_0d^3p \\<br />
&&\quad = h^{-3}\!\!\int\!\Sigma{2}(l_0p_0\! -\! l_rp_r\! +\! Sm)e^{-i(x-x^\prime)\cdot p/\hbar}p^{-1}_0d^3p. \qquad \qquad \qquad (88)<br />
\end{eqnarray*}<br />

This is Lorentz invariant because the differential element p^{-1}_0d^3\mathbf{p} is Lorentz invariant.
--P.A.M. Dirac "The Principles of Quantum Mechanics" 4th ed. Oxford University Prerss (1958) pp.297-298 (XII-§78)

これに対する [量子力學] の訳文は:

從って (85) で與えられる K_{ab}(x, x^\prime) について

(l^\mu\alpha_\mu + S\alpha_m)_{ab}K_{ba}(x, x^\prime) (87)

が不變でなければならない。そして、これが不變であることが、反交換關係の不變性を保証するのに十分である. (87) として,

<br />
\begin{eqnarray*}<br />
&&h^{-3}\!\!\int\!\Sigma\frac{1}{2}(l^\mu\alpha_\mu\! +\! S\alpha_m)_{ab}(p_0\! +\! \alpha_rp_r\! +\! \alpha_mm)_{ba}e^{-i(x-x^\prime)\cdot p/\hbar}p^{-1}_0d^3\mathbf{p} \\<br />
&&\quad = h^{-3}\!\!\int\!\Sigma\frac{1}{2}\{(l_0\! -\! l_s\alpha_s\! +\! S\alpha_m)(p_0\! +\! \alpha_rp_r\! +\! \alpha_mm)\}_{aa}e^{-i(x-x^\prime)\cdot p/\hbar}p^{-1}_0d^3\mathbf{p} \\<br />
&&\quad = h^{-3}\!\!\int\!\Sigma{2}(l_0p_0\! -\! l_rp_r\! +\! Sm)e^{-i(x-x^\prime)\cdot p/\hbar}p^{-1}_0d^3\mathbf{p}. \qquad \qquad \qquad (88)<br />
\end{eqnarray*}<br />

が得られる. 微分要素 p^{-1}_0d^3\mathbf{p} がローレンツ不變であるから、この式はローレンツ不變である。
--P.A.M. ディラック [ディラック 量子力學 第4版] 東京 岩波書店 (1968) 朝永振一郎・玉木英彦・木庭二郎・大塚益比古・伊藤大介共訳 p.395 ll.13-21 (第XII章第78節)

こまかい翻訳技量の難点をイチイチあげつらっても仕方がないので、私なりの訳文を示すだけにしておく:

と云う訣で (85) で表わされる K_{ab}(x, x^\prime)

(l^\mu\alpha_\mu + S\alpha_m)_{ab}K_{ba}(x, x^\prime) (87)

とは、不変量であるか否かが一致することなる。従って、反交換関係の不変性を証明するには (87) の不変性を証明しさえすれば良い。そこで (87) を計算すると

<br />
\begin{eqnarray*}<br />
&&h^{-3}\!\!\int\!\Sigma\frac{1}{2}(l^\mu\alpha_\mu\! +\! S\alpha_m)_{ab}(p_0\! +\! \alpha_rp_r\! +\! \alpha_mm)_{ba}e^{-i(x-x^\prime)\cdot p/\hbar}p^{-1}_0d^3\mathbf{p} \\<br />
&&\quad = h^{-3}\!\!\int\!\Sigma\frac{1}{2}\{(l_0\! -\! l_s\alpha_s\! +\! S\alpha_m)(p_0\! +\! \alpha_rp_r\! +\! \alpha_mm)\}_{aa}e^{-i(x-x^\prime)\cdot p/\hbar}p^{-1}_0d^3\mathbf{p} \\<br />
&&\quad = h^{-3}\!\!\int\!\Sigma{2}(l_0p_0\! -\! l_rp_r\! +\! Sm)e^{-i(x-x^\prime)\cdot p/\hbar}p^{-1}_0d^3\mathbf{p}. \qquad \qquad \qquad (88)<br />
\end{eqnarray*}<br />

が得られるが、微分要素 p^{-1}_0d^3\mathbf{p} はローレンツ不変であるから、この式もローレンツ不変である。


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ロシア語 "вечерняя звезда" の「読み」

先程から、[вечерняя звезда 読み] や [вечерняя звезда カタカナ] と云うキーフレーズで、このサイトを何度も訪問されている方がいらっしゃるようだが、「ベチェルニャ・ズベズダ」とか「ヴェチェルニャ・ズヴェズダ」ぐらいになるんぢゃないんでしょうか (ラテン文字表記では "vechern'aya zvezda")。


まぁ、こうしたことは、いくらでも異論が出てきそうなので、正しい発音を反映した表記だと言うつもりは全くありませんけれども。


    参考になるかもしれないサイト:
  1. ズヴェズダ - Wikipedia

  2. звезда - ウィクショナリー日本語版

  3. sundown - Wiktionary

  4. YouTube - Vechern'aya Zvezda /The evening star


    関連記事:
  1. nouse: ロシア語で「宵の明星」は "вечерняя звезда"


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長唄「都鳥」: たよりくる 船の内こそ ゆかしけれ 君なつかしと 都鳥...河上遠く 降る雨の 晴れて 逢う夜を 待乳山

数時間前 (2009/03/08 18:43:25) に、キーフレーズ [待乳山、逢ふて、うれしき、あれ、みやしゃんせ] でこのサイトを訪問された方がいらしたようだが、ここに限らずはかばかしい結果は得られなかったのではなかろうか。

問題のキーフレーズは、恐らく長唄の「都鳥」の一節と思われるので、そちらに重点を移して検索することをお薦めする。

例えば、グーグルで [長唄 都鳥] を検索するとヒットする [nagauta] と云うウェブページが参考になるのではないかと思われる。

その「都鳥」の項に、次のようにあった:

都鳥

(本調子)たよりくる、船の内こそ、ゆかしけれ、君なつかしと、都鳥(合)幾代かここに、隅田川は、往来の人に、名のみ問はれて(合)花の蔭、水に浮かれて面白や(合)河上遠く、降る雨の(合)晴れて、逢う夜を、待乳山、逢ふて嬉しき、あれ見やしゃんせ、つばさ交はしてぬるる夜は、いつしか、更けて、水の音(合)思ひ思ふて、深みぐさ、結びつとひつ、みだれ逢ふたる、よもすがら、早やきぬぎぬの、鐘の声(合)憎やつれなく、明くる夏の夜

解説

 安政二年、二代目杵屋勝三郎の作曲で、清水清玄と桜姫の書き替え狂言である、(以下略)
--nagauta


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1926年のシュレディンガー論文 "Quantisierung als Eigenwertproblem" (固有値問題としての量子化) に就いて: ファインマンの言及箇所探し

[nouse: アハラノフ・ボーム効果とその実証実験 (本ブログ「サニャック効果」関連記事の余談として)] (2009年3月1日[日]) で引用したリチャード・ファインマン (Richard Feynman) の物理学教科書 "The Feynman Lectures on Physics" の一節の冒頭に "The theory we have described was known from the beginning of quantum mechanics in 1926. The fact that the vector potential appears in the wave equation of quantum mechanics (called the Schrödinger equation) was obvious from the day it was written." 「上記に説明した理論は、量子力学の創成当初である1926年以来分っていたのだ。量子力学の波動方程式 (シュレディンガー方程式) が書き表されたその日から、そこには、明白な事実としてにベクトルポテンシャルが現れていた。」 とあるが、この「1926年 」とは、勿論、Erwin Schrödinger (エルヴィン・シュレディンガー) が、量子力学史上重要な "Quantisierung als Eigenwertproblem" (固有値問題としての量子化) 4部作を発表した年である (「重要な」などと書いたが、私はろくに読んだことはない):

  1. "Quantisierung als Eigenwertproblem (Erste Mitteilung)" Annalen der Physik, (4), 79, (1926), 361-376
  2. "Quantisierung als Eigenwertproblem (Zweite Mitteilung)" Annalen der Physik, (4), 79, (1926), 489-527
  3. "Quantisierung als Eigenwertproblem (Dritte Mitteilung: Störungstheorie, mit Anwendung auf den Starkeffekt der Balmerlinien)" Annalen der Physik, (4), 80, (1926), 437-490
  4. "Quantisierung als Eigenwertproblem (Vierte Mitteilung)" Annalen der Physik, (4), 81, (1926), 109-139

因みに、シュレディンガーは、第2論文と第3論文との間に、これもまた「重要な」"Über das Verhältnis der Heisenberg-Born-Jordanschen Quantenmechanik zu der meinen" (Annalen der Physik, (4), 79, (1926), 734-756) (ハイゼンベルクボルンヨルダンの量子力学の私の量子力学に対する関係に就いて) を発表している。

で、ファインマンが言及している、1926年に書かれたベクトル・ポテンシャルを含む波動方程式のことなのだが、やはり「固有値問題としての量子化」4部作中に含まれていると考えるべきだろう。そして、ザッと眺めたところ、ハミルトニアンから波動方程式を導いて、更に、それをクーロン・ポテンシャルでの2体問題 (ケプラー問題) に適用しているらしい第1論文や、作用関数やホイヘンスの原理から波動方程式を論じて、更に、ケプラー問題以外の例として、磁場の非存在下 (第514ページ) での1次元調和振動子等の簡単な系の量子化を扱っているらしい第2論文中には現れるとは思えない。

これに対して摂動論を扱っている第3論文には、期待が持てそうだと、所々を覗いてみたのだが、結局、スカラーポテンシャルについて、次の記述が見つかっただけだった:

Indem wir der Wellengleichung des Keplerproblems, Gleichung (5), S. 362, Bd. 79 dieser Annalen, eine potentielle Energie +eFz hinzufügen, wie es der Einwirkung eines elektrischen Felds in der positiven z-Richtung von des Stärke F auf ein negatives Elektron vom Ladungsbetrag e entspricht, erhalten wir folgende Wellengleichung für den Starkeffekt des Wasserstoffatoms

(32) \Delta\psi + \frac{8\pi^2m}{h^2}\left(E + \frac{e^2}{r} - eFz\right)\psi = 0

welche die Grundlage des restlichen Teiles dieser Abhandlung bildet.
--"Quantisierung als Eigenwertproblem (Dritte Mitteilung)" II. 3 ("Annalen der Physik" Vierte Folge, Band 80, S. 457)

本紀要第79巻第362ページの式 (5) として示されたケプラー問題の波動方程式に、強さ Fz 軸正方向に向かう電場による、電荷 e の負である電子への作用に相当するポテンシャル・エネルギー +eFz を付け加えることで、以後の議論の基礎となる水素原子のスタルク効果に対する次の波動方程式が得られる

(32) \Delta\psi + \frac{8\pi^2m}{h^2}\left(E + \frac{e^2}{r} - eFz\right)\psi = 0

--「固有値問題としての量子化 第3部」第2章/第3節 (「物理学紀要」第80巻第4号第457ページ)

    訳註:
  1. シュレディンガーが "ein negatives Elektron vom Ladungsbetrag e" と云う持って回った言い方をしているので「電荷 e の負である電子」と訳してあるが (言うまでもないが、この論文時点で、陽電子は発見は勿論、少なくとも一般的には、予想もされていない。従って、シュレディンガーは、「陽電子」との区別のために "negative" と云う限定を入れたのではない)、「負電荷 -e の電子」と云うことだろう。

しかし、ファインマンはハッキリ「ベクトル・ポテンシャル」と書いているから、彼が言及しているのは第4論文の次のような箇所だったのだろう (第4論文も摂動を扱っている。ただし、第3論文は時間に依存しない系が主題であるのに対し、第4論文は時間に依存する系が主題である)。

Die Hamiltonsche partielle Differentialgleichung für das Lorentzsche Eelektron läßt sich leicht in folgende Gestalt setzen

(34) <br />
\begin{equation*}<br />
\left\{<br />
\begin{split}<br />
\Bigl(\frac{1}{c}\partialdiff{W}{t} + \frac{e}{c}V\Bigr) &- \Bigl(\partialdiff{W}{x} - \frac{e}{c}\mathfrak{A}_x\Bigr) - \Bigl(\partialdiff{W}{y} - \frac{e}{c}\mathfrak{A}_y\Bigr)  \\<br />
 &- \Bigl(\partialdiff{W}{z} - \frac{e}{c}\mathfrak{A}_z\Bigr) - m^2c^2 = 0 <br />
\end{split}<br />
\right.<br />
\end{equation*}<br />

Hier sind e, m, c Ladung, Masse des Elektrons und Lichtgeschwindigkeit; V, \mathfrak{A} sind die elektromagnetischen Potentiale das äußeren elektromagnetischen Feldes am Elektronenort. W ist die Wirkungsfunktion.

Aus der klassischen (relativistischen) Gleichung (34) suche ich nun die Wellengleichung für das Elektron abzuleiten durch folgendes rein formale Verfahren, welches, wie man leicht überlegt, auf die Gleichungen (4'') führen würde, wenn es auf die Hamiltonsche Gleichung eines in beliebigem Kraftfeld bewegten Massenpunktes der gewöhnlichen (nichtrelativischen) Mechanik angewendet wird. -- Ich ersetze in (34) nachdem Ausquadrieren die Größen

(35) <br />
\begin{equation*}<br />
\left\{<br />
\begin{split}<br />
&\hspace{10mm} \partialdiff{W}{t}, \quad \partialdiff{W}{x}, \quad \partialdiff{W}{y}, \quad \partialdiff{W}{z}, \quad \\<br />
&\mathrm{bezw. \ durch \ die} \ \mathit{Operatoren} \\<br />
&\pm \frac{h}{2\pi i}\partialdiff{}{t}, \quad \pm \frac{h}{2\pi i}\partialdiff{}{x}, \quad \pm \frac{h}{2\pi i}\partialdiff{}{y}, \quad \pm \frac{h}{2\pi i}\partialdiff{}{z} \mbox{.}<br />
\end{split}<br />
\right.<br />
\end{equation*}<br />

Den so erhaltenen linearen Doppeloperator, ausgeübt an einer Wellenfunktion \psi setze ich gleich Null:

(36) <br />
\begin{equation*}<br />
\left\{<br />
\begin{split}<br />
\Delta\psi - \frac{1}{c^2}\partialdiffsecond{\psi}{t} \mp \frac{4\pi ie}{hc}\Bigr( \frac{V}{c}\partialdiff{\psi}{t} + \mathfrak{A}\,\grad{\psi} \Bigl) \\<br />
\hspace{10mm} + \frac{4\pi^2e^2}{h^2c^2} \Bigr( V^2 - \mathfrak{A}^2 - \frac{m^2c^4}{e^2} \Bigl)\psi = 0 \mbox{.}<br />
\end{split}<br />
\right.<br />
\end{equation*}<br />

(Die Zeichen \Delta und \mathrm{grad} haben hier die elementare dreidimensionaleuklidische Bedeutung.) Das Gleichungspaar (36) wäre die vermutete relativistisch-magnetische Verallgemeinerung von (4'') für den Fall eines einzigen Elektrons und zwar wäre es ebenfalls in dem Sinne zu verstehen, daß die komplexe Wellenfunktion entweder der einen oder der anderen Gleichung zu genügen hat.
--"Quantisierung als Eigenwertproblem (Vierte Mitteilung)" ("Annalen der Physik" Vierte Folge, Band 81, SS. 133-134)

ローレンツ電子に就いてのハミルトン偏微分方程式は、容易に次の形式に表わすことができる:

(34) <br />
\begin{equation*}<br />
\left\{<br />
\begin{split}<br />
\Bigl(\frac{1}{c}\partialdiff{W}{t} + \frac{e}{c}V\Bigr) &- \Bigl(\partialdiff{W}{x} - \frac{e}{c}\mathfrak{A}_x\Bigr) - \Bigl(\partialdiff{W}{y} - \frac{e}{c}\mathfrak{A}_y\Bigr)  \\<br />
 &- \Bigl(\partialdiff{W}{z} - \frac{e}{c}\mathfrak{A}_z\Bigr) - m^2c^2 = 0 <br />
\end{split}<br />
\right.<br />
\end{equation*}<br />

ここで e, m, c は、電子の電荷・質量と光速度であり、V, \mathfrak{A} は、電子の位置における、外部電磁場の電磁ポテンシャルであり、W は、作用関数である。

古典論的な (相対論的な) 方程式 (34) から、以下の純形式的な手続き (容易に分かるように、これを、任意の力場における通常の非相対論力学的な運動質点のハミルトン方程式に適用するなら方程式 (4') が得られる) により、電子の波動方程式を導き出してみよう。つまり (34) において、平方展開に、各項

(35) <br />
\begin{equation*}<br />
\left\{<br />
\begin{split}<br />
&\hspace{10mm} \partialdiff{W}{t}, \quad \partialdiff{W}{x}, \quad \partialdiff{W}{y}, \quad \partialdiff{W}{z}, \quad \\<br />
&\mbox{それぞれを、次の{\bf 作用素}} \\<br />
&\pm \frac{h}{2\pi i}\partialdiff{}{t}, \quad \pm \frac{h}{2\pi i}\partialdiff{}{x}, \quad \pm \frac{h}{2\pi i}\partialdiff{}{y}, \quad \pm \frac{h}{2\pi i}\partialdiff{}{z} \mbox{.}<br />
\end{split}<br />
\right.<br />
\end{equation*}<br />

に置換するのだ。こうして得られた線型2階作用素を、波動関数 \psi に適用したものをゼロに等しいとすると、次のようになる:

(36) <br />
\begin{equation*}<br />
\left\{<br />
\begin{split}<br />
\Delta\psi - \frac{1}{c^2}\partialdiffsecond{\psi}{t} \mp \frac{4\pi ie}{hc}\Bigr( \frac{V}{c}\partialdiff{\psi}{t} + \mathfrak{A}\,\grad{\psi} \Bigl) \\<br />
\hspace{10mm} + \frac{4\pi^2e^2}{h^2c^2} \Bigr( V^2 - \mathfrak{A}^2 - \frac{m^2c^4}{e^2} \Bigl)\psi = 0 \mbox{.}<br />
\end{split}<br />
\right.<br />
\end{equation*}<br />

(ここで、記号 \Delta 及び \mathrm{grad} は、初等的な3次元ユークリッド空間に対するものである)。対をなす方程式 (36) は、単一電子の場合に対する方程式 (4'') を相対論的磁場への一般化と措定して良いだろうが、このことの意味はつまり、複素波動関数は、上記方程式のどちらか一方を満足しなければならないと解釈されるべきだと云うことである。

--「固有値問題としての量子化 第部」第6節 (「物理学紀要」第81巻第4号第133-134ページ)

    訳註:
  1. やや余談に属するが、上記独文の翻訳には、主に小学館の [独和大辞典第2版 (コンパクト版)] を参考にしたが、そこには "Quantisierung" (量子化) と云う見出しが見られず、少々落胆した。まぁ、恐らくは、"Quantisierung" は、ブリティッシュ英語の動詞 "quantise" のドイツ語したものの更に派生名詞形と思われるから、と言うか、あるいは "quantisation" から直接造語したのかもしれないが、いずれにしろドイツ語にとっては「外来語」である可能性が大きいので、「ドイツ語」の辞典に収録するのに抵抗があるかもしれないことを認めるに吝かではない。しかし、逆に、だからこそ、利用者に一定の予備知識がないと、語義を推測しようがないことにも留意してほしかった。辞書への収録は、言葉の重要性との兼ね合いがあるのは、勿論だが、私に言わせれば "Quantisierung" は十分重要な単語である。
  2. "Ausquadrieren" も採録されていない。実は、この語義に就いては、私も若干不審なところがある。一応字面に合わせて「平方展開」と訳しておいたが、一般に「(式の) 展開」を意味する可能性が捨て切れない。
  3. 訳文中の式 (34) に就いて: 最近の Winshell は日本語に対応しているので、tex ファイル中に日本語が入っていても無事に dvi を作成出力する。しかし、そうした dvi ファイルを dvipng.exe で png 画像に変換しようとすると拒絶されてしまう。上記訳文中、式 (34) で使用した png ファイルは、モニター画面上に表示させた dvi 画像をキャプチャして png 形式で保存し、GIMP を使って、所要部分の切り取り、縮小、背景透明化を行なったものである。
  4. 一応、式の (4') がどのようなものか、下に紹介しておく:
    (4') \Bigr( \Delta - \frac{8\pi^2}{h^2}V + \frac{8\pi^2}{h^2}E \Big
l) \Bigr( \Delta - \frac{8\pi^2}{h^2}V - \frac{8\pi^2}{h^2}E \Bigl) \psi = 0

なお、私は未見だが (存在自体は承知していた)、以前共立出版から「シュレーディンガー選集」が出されたことがあって、その第1巻が [波動力学論文集] だった(1974年)。上記で引用した論文も、少なくとも一部は、当然収録されているだろう。

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アハラノフ・ボーム効果とその実証実験 (本ブログ「サニャック効果」関連記事の余談として)

一般相対論の初歩的な議論で説明できるのにも関わらず、そして、少なくとも現状では一般相対論でしか正しい説明ができていないのにも関わらず、一部の人たちにサニャック効果の理解が進んでいないことの主たる理由は、恐らく、それが「主バンドルのホロノミー」であるためだろう。

[nouse: ホロノミー (holonomy) としてのサニャック効果 (Sagnac effect): 物理篇] (2008年11月8日[土]) の末尾でも触れたが、同じく、その本質が「主バンドルのホロノミー」である物理現象としてアハラノフ・ボーム効果 (Aharonov–Bohm effect) がある (「AB 効果」とも呼ばれる)。この効果も「一部の人たちに理解が進まなかった」。

アハラノフ・ボーム効果は、 Yakir Aharonov (ヤキール・アハラノフ) と David Bohm (デヴィッド・ボーム) が、1959年に、その効果を予言したものだが ("Significance of Electromagnetic Potentials in the Quantum Theory" Phys. Rev. 115, 485 - 491.) その後長い間、その妥当性に疑問が持たれ続けた (なお、実際にはアハラノフとボーム以前に、1949年の段階で Werner Ehrenberg と R.E. Siday とが同じことを既に予言していたと云う [W. Ehrenberg, R. E.Siday: "The Refractive Index in Electron Optics and the Principles of Dynamics"". Proc. Phys. Soc. (1949) B62: 8–21]。従って、この効果は、"Ehrenberg-Siday-Aharonov-Bohm effect" と呼ばれることもあるようだ)。

この記事は、最近図書館で見かけた「ゲージ場を見る―電子波が拓くミクロの世界」(外村彰/とのむらあきら。講談社ブルーバックス。東京講談社。ISBN-06-257162-5) を読んで知ったアハラノフ・ボーム効果実証に関わる逸話を紹介するためだけのものなので、効果の物理的内容に就いて深入りするつもりはないが、話の筋道上簡単に纏めておこう。

電磁気学における基本方程式であるマックスウェル方程式の説明に使われる、スカラーポテンシャルとベクトルポテンシャルは、マックスウェル自身は、その物理的な意義を信じていたようだが、その後、磁場や電場などと異なり大きな任意性がある (「計算の都合」で適当に変えられる) ことから、単なる数学的道具としてのみ見られるようになり、物理的実在性はないものと考えられるようになった。そして、マックスウェル方程式の表式からも隠されるようにな状態が長く続いた。しかし、アハラノフとボームは、量子力学に踏み込むなら、ある種の実験を行なうことで、ポテンシャルの方こそ物理学上基本的な概念であることを示せる筈であると予言し、それが後に実証されたのだった。

以下、ミンコフスキー空間の座標軸を、(x^0, x^1, x^2, x^3) で表わすことにする (ただし x^0 = ct である。x^1-軸、x^2-軸、x^3-軸 は、それぞれ、x-軸、y-軸、z-軸に対応させてある)。また、計量の符号系は [{+}{-}{-}{-}] とする。単位系は SI (になっていると思うが、控えめに MKSA 単位系と言っておいた方が良いかもしれない) である。

アハラノフ・ボーム効果は、スカラーポテンシャル \varphi (当然 1成分) から発生するものと、ベクトルポテンシャル \bm{A} (3次元空間に応じて 3成分) から発生するものの2種類があると云う説明がされることがあるが、これら 2つのポテンシャルは、合わさって相対論的な 4元反変ベクトル ({\varphi}/{c}, \bm{A}) (共変ベクトルとしては ({\varphi}/{c}, -\bm{A})) を構成しており、ミンコフスキー空間のミンコフスキー変換に対して共変的であるし、また、電場と磁場とは合わさって反対称テンソルである電磁テンソル F^{\mu\nu} (共変形式では F_{\mu\nu}) を形成するから (下式参照)、2つの現象は、実は同一現象の別の局面を見ていると考えることができる。

記法の整理をしておく。以下、場の量子論風に

\partial_\mu = (\frac{1}{c}\frac{\partial}{\partial t}, \frac{\partial}{\partial x^i}) \qquad \partial^\mu = (\frac{1}{c}\frac{\partial}{\partial t}, -\frac{\partial}{\partial x^i})

と書くことにする。この場合、電磁テンソルの定義は、

F_{\mu\nu} = \partial_\mu A_\nu - \partial_\nu A_\mu \qquad F^{\mu\nu} = \partial^\mu A^\nu - \partial^\nu A^\mu

となる。

ついでに、電磁ポテンシャルの反変ベクトル形 (A^\mu) \equiv (\frac{\varphi}{c}, \bm{A}) 及び共変ベクトル形 (A_\mu) \equiv (\frac{\varphi}{c}, -\bm{A}) を使って、電磁テンソルの反変形 F^{\mu\nu} 及び共変形 F_{\mu\nu} の成分を書いておこう。ただし、ここで、電場及び磁束密度を (E_x, E_y, E_z), \ (B_x, B_y, B_z) ではなく (E^1, E^2, E^3), \ (B^1, B^2, B^3) と表記することにする。


\begin{eqnarray*}
&& (F^{\mu\nu}) = 
\left(
\begin{array}{cccc}
0 & -{E^1}/{c} & -{E^2}/{c} & -{E^3}/{c} \\
{E^1}/{c} & 0 & -B^3 & B^2 \\
{E^2}/{c} & B^3 & 0 & -B^1 \\
{E^3}/{c} & -B^2 & B^1 & 0   
\end{array}
\right) \\
\\
&& (F_{\mu\nu}) = 
\left(
\begin{array}{cccc}
0 & {E^1}/{c} & {E^2}/{c} & {E^3}/{c} \\
-{E^1}/{c} & 0 & -B^3 & B^2 \\
-{E^2}/{c} & B^3 & 0 & -B^1 \\
-{E^3}/{c} & -B^2 & B^1 & 0   
\end{array}
\right)
\end{eqnarray*}

ちなみに電磁気場のラグランジアン密度は

\mathscr{L} = -\frac{1}{4}F_{\mu\nu}F^{\mu\nu} = \frac{1}{2}(\frac{1}{c^2}\bm{E}^2 - \bm{B}^2)

で与えられる。

まぁ、勿論、磁場だけの空間をミンコフスキー変換しても電場だけの空間にはならず、逆に、電場だけの空間をミンコフスキー変換しても磁場だけの空間にはならないから、単純に電場と磁場とは等価であるとは言い切れないのだけれども。。。。 しかし、例えば電場だけの空間をミンコフスキー変換した場合現れる電場と磁場とが直交することは、アハラノフ・ボーム効果を論ずる時には思い出してもよいかもしれない (これらは、MKSA単位系では、磁束密度 \bm{B} と電場 \bm{E} とに就いて、 c^2\bm{B}^2 - \bm{E}^2\bm{B}\cdot\bm{E} との双方がミンコフスキー不変式であることからいえる)。

この記事を書いている途中で知ったのだが、かっては磁気誘導と呼ばれ、私などは磁束密度として記憶していた \bm{B} は、最近、これもかっては磁場 (磁界) と呼ばれていた bm{H}" より本質的な物理量であるとして、これを改めて「磁場」と呼ぶ流儀があるらしい (参照: 英文版ウィキペディアの "Magnetic field" の項)。確かに、私なぞも昔に電磁気学を勉強した時に \bm{D}bm{H}" には若干の気持ちの悪さを感じたものだが、それはそれとして、本稿では、フツーに \bm{B} を「磁束密度」、bm{H}" を「磁場」と呼ぶことにする (もし登場すればの話だが 。それに、アハラノフ・ボーム効果は、\bm{D}bm{H}" ばかりでなく、\bm{B}\bm{E} も基本的ではありえず、ポテンシャル \varphi 及び \bm{A} の方が基本的であるを示している)。

と云う訣で、ここで、取り敢えずしばらく、アハラノフ・ボーム効果をベクトルポテンシャルに関わる場合、つまり磁場に就いてのアハラノフ・ボーム効果の話題に限ることにする。

磁場に就いてのアハラノフ・ボーム効果は、磁場を「有界領域」に閉じ込めて、その外部には磁場が存在しないようにすることが前提となる。ここで「有界」の意味なのだが、3次元的に有界である場合のほか、3次元空間が「金太郎飴」状態、つまり、或る直線に沿って構造が均一になっていて、その直線に直交する平面内で、磁場が有界であっても良いこととする。

アハラノフ・ボーム効果には、更に、前提条件があって、磁場の存在する「有界」領域を V とし、3次元空間全体を E としたとき E - V が単連結でないこと、つまり、基本群 \pi_1(E - V) が自明でないことも要求される (\pi_1(E - V) \not\cong \{\bm{1}\})。実際、アハラノフ・ボーム効果の説明がなされる時には、通常 \pi_1(E - V) \cong \mathbb{Z} の例が取り上げられる (\mathbb{Z} は整数全体がなす加群) 。

アハラノフとボームの論文 "Significance of Electromagnetic Potentials in Quantum Theory". Phys. Rev. 115 No.3 (Aug. 1, 1959): 485–491 で提示され、また Aharonov–Bohm solenoid effect として言及されることがある、磁場に関するアハラノフ・ボーム効果では、理念的には無限長のソレノイド内に磁場が閉じ込められる。このソレノイド内の空間を V とし、3次元空間全体を E とするなら、\pi_1(E - V) \cong \mathbb{Z} となる。 ここで n \in \mathbb{Z} は、閉曲線がソレノイドの周囲を n 回廻ったことに対応する。

さて、話を一般に戻して、4元電磁ポテンシャル (A_\mu) \equiv (\frac{\varphi}{c}, -\bm{A}) を有する電磁場中を運動する荷電粒子を考える。ここで、その荷電粒子の静止質量を m, 電荷を q とする)、時刻 t における空間位置 を \bm{x}(t) (\bm{x}(t) = (x^1(t), x^2(t), x^3(t))) と書くと、電磁場中で運動する荷電粒子のラグランジアン L は:


L = -mc^2\sqrt{1 - \frac{1}{c^2}\left(\differential{\bm{x}}{t}\right)^2} - qcA_0(t, \bm{x}(t)) - q\differential{x^i}{t}A_i(t, \bm{x}(t))

であるが、非相対論的近似が成立する場合 (\Big|\frac{d\bm{x}}{dt}\Big| \ll c) は、次のように書き直せる (ラグランジアンなので定数項は無視してよい):


L = \frac{1}{2}m \left(\differential{\bm{x}}{t}\right)^2 - q(A_\mu \dot{x}^\mu)

その作用は:


S(t_f\bm{x}_f, \, t_i\bm{x}_i) = \int^{t_f}_{t_i} L(\bm{x}, \dot{\bm{x}}) dt

であり、さらに時間的発展演算子は


U(t_f\bm{x}_f, \, t_i\bm{x}_i) = \int \mathrm{exp}[\frac{i}{\hbar} S(t_f\bm{x}_f, \, t_i\bm{x}_i)] d(\mathrm{path})

となる。アハラノフ・ボーム効果に効いてくるのは、この時間的発展演算子中の指数関数の変数として含まれる作用積分中の非相対論的近似ラグランジアン第2項であって、それを計算すると:


\begin{eqnarray*}
\frac{i}{\hbar}\oint q(A_\mu \dot{x}^\mu) &=& \frac{iq}{\hbar} \int_{\mu < \nu} (\partial_\nu A_\mu - \partial_\mu A_\nu) dx^\nu \wedge dx^\mu \\
&=& \frac{iq}{\hbar} \int_{\mu < \nu} F_{\mu\nu} dx^\mu \wedge dx^\nu
\end{eqnarray*}

従って、例えば、ソレノイド型のアハラノフ・ボーム効果を考えると、半径 R のソレノイドが x^1-軸方向に無限に延在しているとすると、その中の磁束密度ベクトル \bm{B}x^1-軸成分 B^1 しか持たず (ソレノイド内部で一定値 B^1 = \mathrm{const.} \neq 0)、x^2-軸方向、x^3-軸方向には成分を持たない (B^2 = 0 及び B^3 = 0) から、荷電粒子がソレノイドの周囲を1周した際に、電子の波動関数に発生する位相差 (符号の正負は無視する) は:


\frac{q}{\hbar}\int_{r < R} B^1 \, dx^2 \wedge dx^3 = \frac{q}{\hbar}\pi R^2 B^1 = \frac{q}{\hbar}\Phi

となる。ただし、ここで r は、ソレノイドの軸からの距離を表わし、\Phi は、ソレノイド内の全磁束を表わす。

一応ことわっておくと、「荷電粒子がソレノイドの周囲を1周」と言っても、これは、実験の際にそのような構成にしなければならないと云うことではない。これは、ホロノミーによる位相差の総量を計算をするためのもので、謂わば、多様体の「曲がり方」を調べる「測量径路」を指定してるに過ぎない。実際、ここで言う「荷電粒子」とは、要するに電子である訣だが、その場合には「干渉」は、2つの別の径路を通った自分自身との干渉になり、この2つの径路のうち一方を逆転させたものを他方の径路に繋げることで、全体が閉径路と見なされる。

対応して、電場の場合に就いても (つまり、所謂スカラーポテンシャル版のアハラノフ・ボーム効果) も存在する訣だが、この場合には、「荷電粒子が一周してくる」と云う単純な描像は、はっきり「実現」が不可能である。例えば、磁場におけるのと同様、「電場 \bm{E} には x^1-軸成分 E^1 しか存在しない場合」例で、「荷電粒子を一周」させようとすると、その荷電粒子は時間を逆行しなければならなくなるからだ。

ちなみに、アハラノフとボームの原論文では、(磁場の場合にしろ、電場の場合にしろ) 単一荷電粒子の周回と云う描像ではなく、2つの別々の径路を通った電子の波束の干渉を扱っている。そこで提案されている実験では、電場の場合のアハラノフ・ボーム効果は、電位は異なるものの、それぞれで電場の存在しない2つの径路 (異なる電位を有する金属管) を通った電子の波束間には位相差ができるので干渉が発生する筈だと云うものである。

しかし、位相差の計算に就いてなら、「時間を逆行」云々は問題にならない。やはり、ここでも荷電粒子の運動の向きを逆転して考えれば良いだけのことだ。そこで、上述のような電場に就いて、2つの等電位径路の間の間隔 L は一定であり、その電位差を W とし (W = E^1L)、また2つの等電位径路を通過する時間は同じ T であり、さらにこれら2つの等電位径路以外の径路は無視できるほど小さいとして位相差を計算すると (やはり、符号の正負は無視する):


\frac{q}{\hbar}\int ({E^1}/{c}) \, dx^0 \wedge dx^1 = \frac{q}{\hbar} \int E^1 \, dt \wedge dx^1= \frac{q}{\hbar}E^1TL = \frac{q}{\hbar}WT

となる。


アハラノフとボームとが、その名前を冠せられることになる効果の予言を発表した時 (1959年)、大方の物理学者の反応は冷ややかなものだったという。彼らの論文の審査者の一人であった Rudolf Ernst Peierls (ルドルフ・パイエルス) でさえ、一旦は納得したもの、後にそれを撤回する旨アハラノフの面前で表明したそうだ (「ゲージ場を見る」p.130)。「場」の存在しないところに「場」の効果が現れるのだから、遠隔作用的と見える訣で、大多数の物理学者が「そんなことが起こる筈がない」と拒否反応を起こしても不思議はない (アハラノフ・ボーム効果はファイバーバンドルのホロノミーなので、多様体の大局的構造に関わる。しかし、その大局的構造が局所的な空間の接続の仕方で決定されると云うのがガウス・リーマンの多様体論の構想だった)。その中で、論文発表直後に、「おめでとう」と云う祝福の電報を送ってきたのが Richard Feynman (リチャード・ファインマン) だった。そして、電文は、こう続いていた: 「だが、自分の手でこの現象を見つけたかった!」(「ゲージ場を見る」p.130)

これは、ファインマンの本心だっただろう。彼が発見していても何の不思議もなかったのだ。しかも、その内容は深い。ファインマンは、自分が逃がした魚の大きさに悔しがったに違いない。

彼は、その物理学教科書 R. P. Feynman, R. B. Leighton, M. Sands: "The Feynman Lectures on Physics" (私が持っているのは Addison-Wesley. 3 vols. (1963-1965)) 第2巻第15章5 において、早速アハラノフ・ボーム効果を取り上げて、こう総括している (当時、アハラノフ・ボーム効果の実在性に対する反対論が、未だ根強かった筈だが、ファインマンに迷いは見られない。彼の慧眼を思うべきであろう):

The subject has an interesting history. The theory we have described was known from the beginning of quantum mechanics in 1926. The fact that the vector potential appears in the wave equation of quantum mechanics (called the Schrödinger equation) was obvious from the day it was written. That it cannot be replaced by the magnetic field in any easy way was observed by one man after the other who tried to do so. This is also clear from our example of electrons moving in a region where there is no field and being affected nevertheless. But because in classical mechanics \bm{A} did not appear to have any direct importance and, furthermore, because it could be changed by adding a gradient, people repeated said that the vector potential had no direct physical significance -- that only the magnetic and electric fields are "right" even in quantum mechanics. It seems strange in retrospect that no one thought of discussing this experiment until 1956, when Bohm and Aharanov first suggested it and made the whole question crystal clear. The implication was there all the time, but no one paid attention to it. Thus many people were rather shocked when the matter was brought up. That's why someone thought it would be worth while to do the experiment to see that it really was right, even though quantum mechanics, which had been believed for so many years, gave an unequivocal answer. It is interesting that something like this can be around for thirty years but, because of certain prejudices of what is and is not significant, continues to be ignored.
--R. P. Feynman, R. B. Leighton, M. Sands: "The Feynman Lectures on Physics" Addison-Wesley (1964). Volume II 15-12

[ゑびすや註]: "it could be changed by adding a gradient" の "could" には、「当時の人は『事情』を知らなかった」と云う著者の視線が感じられる。また "it would be worth" の "would" には、「検証実験などするまでもないのに」と云う語感がある。

良く知られている通り、ファインマンの物理学教科書には和訳がある (岩波書店。「ファインマン物理学」5分冊 (1) (2) (3) (4) (5)。英文版第2巻に相当するのは、和訳の第3巻と第4巻だろうが、当該引用箇所が載っているのは、あるいは第3巻か)。実は、私もかっては和訳も所有していたのだが、大学生時代、同じ高校から進学してきた友人に進呈してしまって、それ以来持っていない。と云う訣で、岩波の和訳を参照することはできないから (まぁ、図書館に行けば良いのだが、そうまですることもあるまい。原文は至って簡明である) 私なりの訳文を付けておこう:

このことに就いては興味深い経緯がある。上記に説明した理論は、量子力学の創成当初である1926年以来分っていたのだ。量子力学の波動方程式 (シュレディンガー方程式) が書き表されたその日から、そこには、明白な事実としてにベクトルポテンシャルが現れていた。何人もが入れ代わり立ち代わり、ベクトルポテンシャルを磁場で置き換えようとしてみたが、それは容易には成功しなかった。このことは、場が存在しない領域で運動しているにもかかわらず場の影響を受ける上述の電子の例からも明らかである。しかし、古典力学では \bm{A} には、直接的な重要性はないように見えたし、またその上、\mathrm{grad} を加えても構わないようなものだったから、ベクトルポテンシャルには直接的な物理的意義は存在せず、量子力学であっても磁場と電場のみが「正当」なものなのだと、繰り返し表明されたのだった。今の時点で振り替えてみるなら奇妙に思えることだが、1956年、ボームとアハラノフが初めて提案して、問題の全貌を透徹した明確さで示すまで、この実験は、誰も思いつかれることはなかった。その内在的重要性は、常に目前にあり続けた訣だが、誰もそれに注意を払わなかったのだ。だから、問題が明らかになると、多くの人々が逆に驚いたのだった。それだからこそ、長年信じられてきた量子力学が誤解しようのない結論を出しているにもかかわらず、その真偽を確かめるため、そうした実験を行なう価値があると思うものが出てきた。何が重要で何が重要でないかに就いての或る種の先入観のおかげで、これほどのことが、30年間にわたり身近にありながら、無視され続けたと云うことには興味深いものがある。
--ファインマン、レイトン、サンズ「ファインマン物理学」(英文版) 第3巻 (1964年) 第15章第12ページ

アハラノフ・ボーム効果を導く数式の計算は、場の量子論としては初等的なものだ (例えば、藤川和男「ゲージ場の理論」東京 岩波書店。1993年。岩波講座 [現代の物理学] ISBN-10: 4000104500 ISBN-13: 978-4000104500 では、アハラノフ・ボーム効果は、冒頭第1章第2節 pp.6-7 で論じられている)。その発見・承認を遅らせたのは物理学者の心理的抵抗であったのだろう (ファインマンには「心理的抵抗」はなかった訣だ。贅言すると、彼は「心理学」を信じていなかったそうだ)。やや勘繰るならば、Ehrenberg と Siday の発表が黙殺されたのは、彼らが無名であったために、「半分素人の戯言」としか見られなかったためかもしれない (存在自体に注意が払われなかったと云うこともあり得るだろう)。しかし、同じことであっても、アハラノフはともかく、ボームが発表したとなると、無視も成らないが、かといって、「トンデモないこと」に賛成する訣にもいかないと云うことだったのではないか。

ファインマンが皮肉を込めて指摘しているが、幾つか検証実験も行なわれて、しかも、(と言うか、勿論と言うか) 肯定的な結果が得られた。

実際、1960年には Robert G. Chambers [Phys. Rev. Lett. 5, 3 (1960)] が、1961年には H. Börsch 他 [H. Börsch, H. Hamisch, K. Grohamann, D. Wohlleben: Z.Physik 165 (1961) 79] と、 L. L. Marton 他 [A. Fowler, L. Marton, J. A. Simpson, J. A. Suddeth: J.Appl. Phys. 32, 1153 (1961)] とが独立して、1962年には G. Möllenstedt 他 [G. Möllenstedt, W. Bayh: Naturwissenschaften 49, 81 (1962)] が、それぞれ、アハラノフ・ボーム効果が実証されたとの報告を行なっている。

しかし、それでも、アハラノフ・ボーム効果の実在性に対する抵抗は根強かった。実験に不備がある (磁場の閉じ込めが完全でない) とされたのだ。

1978年には、P. Bochhieri と A. Loinger は、アハラノフ・ボーム効果の実在性を否定する論文 [Nuovo Cimento A, 47, 475 (1978)] を発表し、これに対する反論、そして再反論と応酬され、議論は錯綜した (「ゲージ場を見る」pp.145-146)。

このした論争に、鮮やかな実験的結論を出したのが、当時日立製作所中央研究所 (東京都国分寺市) で電子線ホログラフィの研究をしていた外村彰 (とのむら あきら) の研究グループだった (総合科学技術会議 の「外村彰氏インタビュー」も参照)。

外村は、ソレノイドの代わりに微小なドーナッツ型の磁石を使うことを考える。勿論、電子の波動関数の位相差干渉検出には電子線ホログラフィを使う訣だが、しかし、磁石の作成の方は、自力では不可能なので、他の開発チームの協力が必要だった。。。 自分達の研究テーマを抱えている彼らの手を煩わせることになる磁石の作成を説得することが出来るだろうか?

そこで外村は、見ず知らずのC. N. Yang (楊振寧) に手紙を出す。「パリティ非保存」のヤン (Tsung-Dao Lee/李政道と共に論文を発表したのが 1956年、これにより、その翌年の 1957年には異例の速さでノーベル物理学賞を受賞した)、非アーベルゲージ理論の基本となる「Yang-Mills 場」のヤンにである。「AB 効果の検証実験を計画しているところですが、この実験は物理学にとって本当に重要でしょうか?」(「ゲージ場を見る」p.148)

ヤンの回答は、彼自身の行動が雄弁に物語った。その約1ヵ月後、ヤンは日立製作所中央研究所にやってきたのだ。1981年6月初めのことである。その時日本を訪れてきたヤンは、アハラノフ・ボーム効果に就いて議論するため国分寺に足を運んだのである。彼の来所により、「AB 効果を検証しようという気運は一気に盛り上がった。実験は中央研究所の磁性グループと一緒になって、ただちにスタートした。」(「ゲージ場を見る」p.149)

翌1982年には、結果が出た。ドーナッツの外側と内側を通る電子線の間に位相差が出ることが電子線ホログラフィで示されたのだ。位相差の値も、理論値に一致した。実験サンプルの中には、磁石から磁場がはみ出ているものもあったが、アハラノフ・ボーム効果の実験には磁場がはみ出ないサンプルが用いられた。アハラノフ・ボーム効果は実証された筈だった。

この結果は、"Physical Review Letters" に提出された (1982年2月16日)。しかし、アハラノフ・ボーム効果に就いての論争の最中であったので、この論文は、効果に対して肯定的な審査者と否定的な審査者により査読された。そして、やはり意見は真っ向から別れ、一旦は拒絶されてしまうのだが、結局、論文はそのままの形で雑誌に掲載されたのだった (Tonomura et al.: "Observation of Aharonov-Bohm Effect by Electron Holography" Phys. Rev. Lett. 48, 1443 - 1446 (May 24, 1982))。

"Physical Review Letters" の一方の審査者と同様、やはり、この論文でも納得しない物理学者がいた (P. Bocchieri, A. Loinger, G. Siragusa: "Remarks on « Observation of Aharonov-Bohm effect by electron holography »" Nuovo Cimento, 35, 11, 370-372 のこと?)。

外村は、誰もが納得する実験結果を出したいと望んだ。

幸いなことに、その後日立の中央研究所で開催された「量子力学の基礎に関する国際シンポジウム」(ISQM) のため再び来所したヤンは新しい実験の提案を行なった。「ドーナッツ状の磁石を超伝導体でつつんでみなさい。"磁束量子化" と呼ばれる超伝導の基本現象が、AB 効果によってドラマティックに観測できるはずである」。
--「ゲージ場を見る」p.153

[ゑびすや註]: ISQM は第1回が1983年に日立製作所中央研究所で開催された。第5回 (1995年) 以降は、日立製作所基礎研究所に場所を移して開催されている。

このヤンの提案は実現が困難であったが、1986年春、外村たちは、遂に実験に成功する。完成したサンプルは:

パーマロイのドーナツ状磁石を芯にして、そのまわりをニオブがとり囲んでいる。磁場が外に漏れないように、ニオブの厚さは三〇〇〇オングストローム以上とし、二枚重ねのニオブの膜の隙間に酸化物が生じないよう留意した。サンプルをマイナス二六八度 (絶対温度五度) まで冷やして、ニオブを超伝導状態にする。マイスナー効果によって磁場は内部に閉じ込められて外には漏れてこない。あてた電子線が磁石の中まで侵入することもない。
--「ゲージ場を見る」p.158

実験の結果、ドーナツの孔の中と外側を通る2本の電子線の間には、1/2 波長の位相差が生じていることがはっきりと映し出されたのだった(「ゲージ場を見る」ジャケット写真、又は p.160 を参照)。

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