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メモ: 岩波書店 [ディラック 量子力學 原書第4版] の誤植及び微妙訳

私が ディラック (Paul Adrien Maurice Dirac) の名前を初めて聞いたのは、たしか中学生だったか小学生の時だったと思う。物理学の啓蒙書ででも聞きかじったのだろう (ガモフのトムキンス物--「不思議の国のトムキンス」とか--など読み散らしていたのだ)。物理学的内容など分かる訣もなく (これは確かに小学生の時だが、友達に「E = mc^2 って知ってる?」と聞かれてヘドモドした記憶がある)、「天才物理学者」達の逸話に無闇と興奮していただけだった。

その中でも、ディラックの逸話は印象的だった。例えば、ある婦人 (今、ネットで調べてみたら、ロシアの実験物理学者ピョートル・カピッツァ --Пётр Леонидович Капица-- の2度目の夫人 Анна Алексеевна らしい。ウェブページ "Paul Dirac" 参照) が、編み物をしているのを見て、数学 (位相幾何) 的に言って、その編み方とは別の編み方が可能だと気付き、それをそのご婦人に説明した所、彼女に、それは昔から良く知られていて「裏編み」と呼ばれていると言われてしまった。。。(つまり、彼女は「表編み」をしていた訣です。)

大学に入ってから、教養学部の、物理や化学の参考書として「ディラック」に再び出会う訣だが、読んでみると、何とも咀嚼しづらかった。これは、勿論私が「劣等生」だったと云うこともあるだろう。何しろ、化学の、分子軌道か何かの授業中に、講師が「 "self consitent theory" は通常『自己無道着理論』と呼ばれるが、『自己満足の理論』とも呼ばれる」と云うジョークを飛ばしたのだが、化学の授業で覚えたは、そのことだけだったりするのだ。

しかし、咀嚼しづらかった別の理由の一つは、当時既に、内容が微妙に陳腐化していたせいもあったろうが (なにしろ「量子力学」ではなくて「量子力學」だからね。ただ、ディラックの名誉のために付言するなら、「量子力學」の内容あるいは表現が陳腐化したのは、ディラック自身の偉業の結果だった。彼の量子電磁気学 (Quantum Electrodynamics/QED) は、現在爆発的成長を遂げた場の量子論の鏑矢となったし、超関数論成立の主要動機の一つは、当初数学的に厳密な根拠が与えられていなかったディラックのデルタ関数の合理化だった)、やはり、大きかったのは、量子力学そのものの「分かりにくさ」(と、当然、私の頭の悪さ) だったろう。

量子論の認識論的な「異常性」はさておき (いや、実は「さておき」ではない筈なのだが、ここでは兎に角「さておき」)、何と言うか「結果オーライ」的な「論理」の進展に私は付いて行けなかったのだ。

「こんなことをしてどうして間違えないでいられるのだろう」と立ちすくむ凡人の呟きを余所に、天才は量子の世界を疾走する。

そう云う訣で、「量子力學」に挫折したのだが、それがずっと心に残っていて (まぁ、「虎馬」と云うヤツだな)、時々思い出す度に「そのうち、また挑戦してみよう」と云う呪文で、記憶の亡霊を封印してきたのだ。

しかし、最近アハラノフ・ボーム効果に就いて少し勉強した ([nouse: アハラノフ・ボーム効果とその実証実験 (本ブログ「サニャック効果」関連記事の余談として)] 参照) ついでに、意を決して「量子力學」も強引に通読してみた (ただし「附録 近似的な解き方」は、読んでいない。また、「譯者の註」も必要に応じて参考しただけである)。

読後感は、「名著であることには異存はないのだけれども、やはり既に『歴史的文書』になっている」と云うものだった。

その際若干の誤植に気が付いた。そこで、以下、[ディラック 量子力學 原書第4版] (朝永振一郎・玉木英彦・木庭二郎・大塚益比古・伊藤大介共訳。岩波書店 1968年4月。ISBN-10: 4000061232 ISBN-13: 978-4000061230) の誤植に就いて纏めておく。利用したのは、私の手元にある第5刷 (1971年12月) である。ただし、単純に活字が欠落していることが明白であると思われるもの (「刷り」によって異なるだろうから、例になるかどうか分からないが、手元のものから挙げておくと p.160 の (29) 式で、指数関数の肩にかかっている式中の y が欠けていたり、p.235 の4行目の1つ目の \alpha に付くプライムは2つでなければならないのが1つになっていたりする) は、無視した。また、適宜、みすず書房刊のリプリント版原書 ("The Principles of Quantum Mechanics. 4th ed." ) を援用する。

併せて、「誤訳」と言えないまでも、翻訳として微妙な部分も纏めておいた。

一つ釈明しておくと、「誤植」・「微妙訳」の指摘と言っても、別に、原書全体と訳本を逐一対照させて検討した訣ではない。あくまでも、作業の基本は、訳本を読んでいて意味の通じないところと、そして、それに対して、私の一存で妥当と思われるような変更を並記しただけのことである。と云う訣で、見落とし・見損ないは当然あり得る。ただし、勿論、指摘した部分に就いて、原書の対応箇所に当たり「裏を取る」ぐらいのルーチンワークはしてある。その結果に就いては「備考」に記した。

岩波書店 [ディラック 量子力學 原書第4版] 正誤表
Chap.V-§31 p.165 l.14
\bra{a(q)\partialdiff{b(q)}{q_r}}\bra \bracket{{a(q)\partialdiff{b(q)}{q_r}}}
備考: 式 (41) の左辺の2番目のブラはケットにすべき。原書 p.123 l.19 from the bottom では正しく表記されている。
Chap.VI-§35 p.191 l.8 from the bottom
無限の回轉 無限小の回轉
備考: 原書 p.143, l.5 from the bottom では "infinitesimal ones". また訳文2行前では "infinitesimal rotations" の対応箇所が「無限小の回転」と訳されている。
Chap.VI-§41 p.222 l.4
\mathcal{H}_z + \hbar\sigma_z m_z + \hbar\sigma_z
備考: 原書 p.166 l.7 では正しく表記されている。
Chap.VII-§45 p.236 l.8 from the bottom
(3) (31)
備考: 式番号の間違い
Chap.VIII-§52 p.271 l.12
\absolutevalue{\bracketo{k}{V}{P^\prime\omega\chi d^\prime}} \absolutevalue{\bracketo{k}{V}{P^\prime\omega\chi\alpha^\prime}}
備考: 式(51) の最終辺の被積分関数中で \alphad と取り違えている。原書 p.203 l.10 では正しく表記されている。
Chap.VIII-§53 p.275 l.5 from the bottom
吸収の係數 (59) と, 放出の係數 (56) を 吸収の係數 (59) と放出の係數 (56) との積を
備考: 原書 p.206 ll.10-9 from the bottom では "the absorption coefficient (59) multiplied by the emission coefficient (56)" と、積を作ることが明示されている。
Chap.X-§60 p.311 l.5
\delta b_{x_r} \delta_{bx_{r}}
備考: 式 (27) 右辺中 \delta の後の b は、下付きの添字。原書 p.230 the bottom line では正しく表記されている。
Chap.X-§62 p.319 欄外
§61 §62
備考: 節番号の間違い。
Chap.XI-§69 p.352 l.3 from the bottom
-c\alpha_1 c\alpha_1
備考: マイナス記号は余計。原書 p.263 l.17 from the bottom では正しく表記されている。
Chap.XI-§69 p.353 l.5
\hbar/2mc^2 h/2mc^2
備考: \hbarh の誤り。原書 p.263 l.10 from the bottom では正しく表記されている。訳書の前2行の2か所で h であることにも注意。
Chap.XI-§73 p.364 l.4
\frac{H^\prime}{mc^2} = \left(1 + \frac{\alpha^2}{s_2}\right)^{-\frac{1}{2}} \frac{H^\prime}{mc^2} = \left(1 + \frac{\alpha^2}{s^2}\right)^{-\frac{1}{2}}
備考: s にかかる添字 2 は、下付きではなく上付き。原書 p.272 l.5 では正しく表記されている。
Chap.XI-§73 p.364 ll.5-4 from the bottom
この場合には, c_s の係數に a を掛け {c^\prime}_s の係數に a_2 を掛けて加え合わせると, この場合には, c_s の係數に a_1 を掛け {c^\prime}_s の係數に a を掛けて加え合わせると,
備考: 原書 p.272 では the first coefficient (c_s) と the second coefficient ({c^\prime}_s) に就いて "In this case we get, multiplying the first coefficient by a_1 and the second by a and adding," (ll.10-9 from the bottom) と正しく表記されている。
Chap.XII-§76 p.382 l.6 from the bottom
-(8\pi)^{-1}\mathcal{A}_r\mathcal{A}^{ss}_rd^3\mathbf{x} -(8\pi)^{-1}\int\mathcal{A}_r\mathcal{A}^{ss}_rd^3\mathbf{x}
備考: 式左辺で積分記号が抜けている。原書 p.287 l.4 では正しく表記されている。ちなみに、原書では \mathbf{x} はボールド体ではなくナミ字。他にも同様な箇所がある。少なくともこの本の範囲内では、趣味とか習慣の問題 (ともに大変重要な要素だが) であって、どちらが正しいと云うわけあいのものでもあるまい。
Chap.XII-§76 p.383 l.3
H_{FL}\!\! =\! (8\pi)^{-1}\!\!\int\!\{(U\!-\!A_0)^r(U\!+\!A_0)^r\! + (V^{rr}\!\!-\!B_0)(V^{ss}\!\!+\!B_0)\}d^3\mathbf{x}
備考: この式には、番号 (49) を付けねばならない。原書 p.287 l.12 では正しく表記されている。ちなみに、原書では \mathbf{x} はボールド体ではなくナミ字。
Chap.XII-§77 p.388 ll.13-14
光子の各状態あたり半エネルギー量子よりなる無限大の數項 光子の各状態あたり半エネルギー量子づつが寄与してなる無限大の項
備考: 原書 p.291 ll.2-1 from the bottom の "an infinite numerical term, consisting of a half-quantum of energy for each photon state." を参照。訳書のままだと、「項」が複数あるように見える。しかし、「無限大の數の項」とすると、日本語としてこなれない。ここは "numerical" を敢えて訳す必要はないだろう。
Chap.XII-§78 p.389 l.4 from the bottom
第2量子化によって, \psi は §65 の \bar{\eta} のように 第2量子化によって, \psi 等は §65 の \bar{\eta} 等のように
備考: この文章の内容には \psi, \bar{\psi}, \eta, \bar{\eta} と複数種類の関数が関わるので、そのことを明示的に示すよう「等」を付け加える必要がある。原書 p.293 ll.3-4 でも "The second quantization makes the \psi's into operators like the \bar{\eta}'s of §65," と複数形になっている。
Chap.XII-§78 p.395 ll.13-21
下記参照
Chap.XII-§79 p.399 ll.11-12
\begin{eqnarray*}&&[\kappa(\mathbf{x},x^\ast_0),\ \lambda(\mathbf{x}^\prime,x^\ast_0)] = [\kappa(\mathbf{x},x_0)+\epsilon v_r x_r[\kappa_{\mathbf{x}},H],\ \lambda(\mathbf{x}^\prime,x_0)+\epsilon v_s x^\prime_s[\lambda_{\mathbf{x}^\prime},H]] \\&&\quad =[\kappa(\mathbf{x},x_0),\ \lambda(\mathbf{x}^\prime,x_0)] + \epsilon v_s x^\prime_s[\kappa_{\mathbf{x}}, [\lambda_{\mathbf{x}^\prime},H]] + \epsilon v_r x_r[[\kappa_{\mathbf{x}},H], \lambda_{\mathbf{x}^\prime}]end{eqnarray*}
備考: 式 (103) の前半部分 (この引用ではスペースが少ないため折り畳んであるが、訳書ではもともとは2行に書かれいてる)。実は、数式としては誤っていない。また、原書 (p.301 ll.2-4) とも一致する。それでも式の全体の流れの統一の観点から言ったら、添え字の s は、4箇所全て r に直した方が良いだろう。実際、反交換子関係に就いての対応する式 (104) では r で統一されている。
Chap.XII-§79 p.400 ll.6-7
我々は方方で \epsilon のべきまで式を計算し, \epsilon^2 は無視してきた. 上記 \epsilon の冪式として計算した箇所においては、\epsilon^2 の項は無視された。
備考: 原書 p.301 ll.8-7 from the bottom では "At several places we worked out expressions in powers of \epsilon and neglected \epsilon^2." ここで "several" は敢えて訳す必要はあるまい。訳すにしても、「方方」などとしてはいけない。
Chap.XII-§80 p.401 l.9 from the bottom
\psi_{a{\mathbf{x}}},\ j_{0{\mathbf{x}}}] [\psi_{a{\mathbf{x}}},\ j_{0{\mathbf{x}^\prime}}]
備考: 式 (109) の左辺。原書 (p.302 the bottom line) でも同じなのだが、1つ前の式を見れば分かるように、荷電密度の添字 \mathbf{x} にはプライムを付けて \mathbf{x}^\prime にする必要がある。
Chap.XII-§81 p.406 l.7
\zeta^\ast_{\mathbf{bp}+\mathbf{k}\hbar} \zeta^\ast_{b\mathbf{p}+\mathbf{k}\hbar}
備考: 式 (120) での被積分関数中の \zeta^\ast の添え字でボールド体の \mathbf{b} は、ナミ字の b にする必要がある。原書 (p.306 l.4 from the bottom) では正しく表記されている。

[量子力學] の翻訳は、「意味を取る」と云う観点からだけ見るなら、概ね出来の良いものだ。ただ、(僅かな比較だけから判断してもうしわけないが) 訳者たちには、原文の「雰囲気」とか「ニュアンス」とかを伝えると云う努力はしなかったようだ。[量子力學]の訳文からは、訳者たちが行なったのは、原文を、単文に分解して、それぞれを直訳した後、英文を参照にしつつも、結局は和文の文脈の中で、適宜、論理的・物理的整合性に従って、訳文の文章を再構成していったと云う印象を受ける。そして、実を言うと、それで良かったので、ディラックの文章そのものが文飾に凝ったと云った類いのものではない。勿論、如何なる文章もその文化・歴史的背景を背負っているから、作者の意図に関わらず「雰囲気/ニュアンス」は発生する。しかし、ザッと見た限りでは、ディラックの文章には、「雰囲気/ニュアンス」が重要な意味を担うと云ったことはありそうもない。実際、彼自身は逸話の多い人で、そういった意味では、文学的対象になりうるのだが、その一方で、彼は文学的営為とは無縁であったらしいことが、その逸話自体から伺える (彼は、詩を書いていると云うオッペンハイマー (J. Robert Oppenheimer) に向かってこう言っている, "I do not see how a man can work on the frontiers of physics and write a poetry at the same time." 「物理学の最前線で活動する一方で、同時に詩を書けるなんて、僕には訣が分らない」)。

だから [量子力學] を「名訳」と呼ぶのは「贔屓の引き倒し」になりかねないにしても、「誤訳」らしい「誤訳」がほぼない (らしい) ことだけでも、十分優れていると言って良い。これは、訳者たちが、内容をしっかり理解していて、英文として日本語にしづらいところは、穏当な「意訳」をすることができたからだ。私が [量子力學] を読んでいて、「こう云う日本語になる英文ってあるのだろうか?」と感じて、原文を当たった所、確かに (少なくとも翻訳の非専門家にとっては) ヤヤ訳しづらいところだったと云うことが数度あった。と言うか、ある意味、[量子力學]全体が「穏当な意訳」からなっているとも言えるかもしれない。

しかし、残念ながら第 XII 章の翻訳品質は、若干落ちる。何か、翻訳に不慣れな人が訳した趣きがあるのだ。それは、自分の英文理解に自信がなく、「手探り」のまま訳しているとでも形容したら良いのかもしれない。。

例えば、XII-§78/p.394 ll.14-19 (原書 p.296 the bottom line - p.297 l.5) の反交換関係が満たすべき性質の箇条書きで "it" を「それ」と訳してしまっているため、日本語としてこなれていないが、ここは、すべて「反交換関係」を使うところだろう。

あるいはまた、XII-§76/p.380 ll.11 and 16 (原書 p.285 ll.14 and 20) で、原文の「波長が零でない波」は、「波数が零でない波」の思い違いだろうと云う正しい指摘を訳者は「譯者の註」(p.465) でしているにも関わらず、訳文では「波長」を温存しているのは、訳者が自分の物理学理解に自信がないためではなく、英語理解に自信がないことのあらわれと見てよい (もっとも「譯者の註」での説明は、大袈裟のような気がするが)。

そうした「不慣れな訳文」の中で、私が一番違和感を覚えたのは XII-§78/p.395 ll.13-21 (原書 p.297 l.8 from the bottom - p.298 l.2) だ。原文と対応させてみると、間違っているのではないのだが、もっと「普通の日本語」に訳せるだろうと云う気になる。これは、ヤヤ長いので、上記の表には纏めず、以下に、その概要を示すことにした。

まず、原文を示す:

Thus (l^\mu\alpha_\mu + S\alpha_m)_{ab}K_{ba}(x, x^\prime) (87)
should be invariant with K_{ab}(x, x^\prime) given by (85), and its invariance would be sufficient to ensure the invariance of the anticommutation relations. We get for (87)

<br />
\begin{eqnarray*}<br />
&&h^{-3}\!\!\int\Sigma\!\frac{1}{2}(l^\mu\alpha_\mu\! +\! S\alpha_m)_{ab}(p_0\! +\! \alpha_rp_r\! +\! \alpha_mm)_{ba}e^{-i(x-x^\prime)\cdot p/\hbar}p^{-1}_0d^3p \\<br />
&&\quad = h^{-3}\!\!\int\!\Sigma\frac{1}{2}\{(l_0\! -\! l_s\alpha_s\! +\! S\alpha_m)(p_0\! +\! \alpha_rp_r\! +\! \alpha_mm)\}_{aa}e^{-i(x-x^\prime)\cdot p/\hbar}p^{-1}_0d^3p \\<br />
&&\quad = h^{-3}\!\!\int\!\Sigma{2}(l_0p_0\! -\! l_rp_r\! +\! Sm)e^{-i(x-x^\prime)\cdot p/\hbar}p^{-1}_0d^3p. \qquad \qquad \qquad (88)<br />
\end{eqnarray*}<br />

This is Lorentz invariant because the differential element p^{-1}_0d^3\mathbf{p} is Lorentz invariant.
--P.A.M. Dirac "The Principles of Quantum Mechanics" 4th ed. Oxford University Prerss (1958) pp.297-298 (XII-§78)

これに対する [量子力學] の訳文は:

從って (85) で與えられる K_{ab}(x, x^\prime) について

(l^\mu\alpha_\mu + S\alpha_m)_{ab}K_{ba}(x, x^\prime) (87)

が不變でなければならない。そして、これが不變であることが、反交換關係の不變性を保証するのに十分である. (87) として,

<br />
\begin{eqnarray*}<br />
&&h^{-3}\!\!\int\!\Sigma\frac{1}{2}(l^\mu\alpha_\mu\! +\! S\alpha_m)_{ab}(p_0\! +\! \alpha_rp_r\! +\! \alpha_mm)_{ba}e^{-i(x-x^\prime)\cdot p/\hbar}p^{-1}_0d^3\mathbf{p} \\<br />
&&\quad = h^{-3}\!\!\int\!\Sigma\frac{1}{2}\{(l_0\! -\! l_s\alpha_s\! +\! S\alpha_m)(p_0\! +\! \alpha_rp_r\! +\! \alpha_mm)\}_{aa}e^{-i(x-x^\prime)\cdot p/\hbar}p^{-1}_0d^3\mathbf{p} \\<br />
&&\quad = h^{-3}\!\!\int\!\Sigma{2}(l_0p_0\! -\! l_rp_r\! +\! Sm)e^{-i(x-x^\prime)\cdot p/\hbar}p^{-1}_0d^3\mathbf{p}. \qquad \qquad \qquad (88)<br />
\end{eqnarray*}<br />

が得られる. 微分要素 p^{-1}_0d^3\mathbf{p} がローレンツ不變であるから、この式はローレンツ不變である。
--P.A.M. ディラック [ディラック 量子力學 第4版] 東京 岩波書店 (1968) 朝永振一郎・玉木英彦・木庭二郎・大塚益比古・伊藤大介共訳 p.395 ll.13-21 (第XII章第78節)

こまかい翻訳技量の難点をイチイチあげつらっても仕方がないので、私なりの訳文を示すだけにしておく:

と云う訣で (85) で表わされる K_{ab}(x, x^\prime)

(l^\mu\alpha_\mu + S\alpha_m)_{ab}K_{ba}(x, x^\prime) (87)

とは、不変量であるか否かが一致することなる。従って、反交換関係の不変性を証明するには (87) の不変性を証明しさえすれば良い。そこで (87) を計算すると

<br />
\begin{eqnarray*}<br />
&&h^{-3}\!\!\int\!\Sigma\frac{1}{2}(l^\mu\alpha_\mu\! +\! S\alpha_m)_{ab}(p_0\! +\! \alpha_rp_r\! +\! \alpha_mm)_{ba}e^{-i(x-x^\prime)\cdot p/\hbar}p^{-1}_0d^3\mathbf{p} \\<br />
&&\quad = h^{-3}\!\!\int\!\Sigma\frac{1}{2}\{(l_0\! -\! l_s\alpha_s\! +\! S\alpha_m)(p_0\! +\! \alpha_rp_r\! +\! \alpha_mm)\}_{aa}e^{-i(x-x^\prime)\cdot p/\hbar}p^{-1}_0d^3\mathbf{p} \\<br />
&&\quad = h^{-3}\!\!\int\!\Sigma{2}(l_0p_0\! -\! l_rp_r\! +\! Sm)e^{-i(x-x^\prime)\cdot p/\hbar}p^{-1}_0d^3\mathbf{p}. \qquad \qquad \qquad (88)<br />
\end{eqnarray*}<br />

が得られるが、微分要素 p^{-1}_0d^3\mathbf{p} はローレンツ不変であるから、この式もローレンツ不変である。


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コメント

そうですね。式(103)では、無限小の2乗の項は実際には書かれることなく無視されていますが (式(101)と式(102)との間で無視する旨が述べられている) 、無視しなかったとしたら積が登場していた筈ですから、そのことを念頭に置くなら "r" と "s" とで書き分けておいたほうが良いですね。

勿論、一般的にテンソル積を論じるような場合は、別の添え字を使用するのは必須です。これもおっしゃる通りです。

ゑびすや拝

投稿: | 2010年9月17日 (金) 12:29

103式の左辺の2つを縮約表現する場合、基本的には別ものには別の添え字で分けるのが普通です。この例だと問題は起きませんが、起きる場合もあります。
これは式の流れとかいう問題とか関係ありません。
私は Dirac はこういうところもきっちり注意してるんだな、と思いました。
洋書はよく間違いが多いんですが、Diracのはないんですね。おそらく、本人が出来上りを入念にチェックしたんだと思います。

103式の3段目は中身が同じものがあるのをまとめるときにr添え字に戻しているだけです。s にしてもいいのですが、添え字は r を基本にしているので r にしただけです。

私は訳書はあまり読んでないんですが、内容的にはたしかに古いもの、間違いになってるものもありますけど、彼の論の進め方とか思考表現の仕方は参考になると思います。さすがに訳文にその透徹感を反映するのは難しいようですが。

投稿: dau | 2010年9月17日 (金) 10:42

[dau] さん、コメント有り難うございます。

アインシュタインの規約により束縛されている添え字なので "r"でも "s"でも構わないとは思うのですが、式 (101) による同一の時間座標変換が行なわれているので、やはり "r"にしておいたほうが「式の全体の流れ」としては素直なのではないでしょうか。

それに、上記ブログでの引用部分には表れていませんが、式 (103) の最後では "r" に統一されている訣ですし (そうしないと引き算が成立しない)。。。

えびすや拝

投稿: | 2010年9月16日 (木) 23:26

かなり読み込まれてらっしゃいますね。物理学科出身の方でしょうか。
さて、正誤表でなんですが、p.399はsに統一するのではなく、このままでいいです。

P.B.の違う変数に関ってそれぞれの添え字の量を付随させているだけで、むしろ同じにしてしまうと両者の中身の識別ができていないことになります。103式の最初はそれを明らさまに示しています。
逆に104式が添え字sを使うべきですが、すでに103で解っているので、104式内で混乱しないように変えたのかなと思いますが、どっちでも103を経由していれば問題ないでしょう。

投稿: dau | 2010年9月16日 (木) 11:18

早速ご教示頂きましてありがとうございました。

なるほど他のblogより美しい数式が表示されている理由がわかりました。
そして他のブロガーには真似ができない理由も。
恐ろしく手間のかかった芸術品なのですね。

数式そのもの美しいだけでなく、文中の数式と文字がサイズも位置関係も違和感なく配置されているため
「ひょっとして最新のTeXエディターはBlogに直接出力できるのだろうか?」
と思い、伺ってみたのですが、まさか手作業でなさっているとは!

大変参考になりました。

投稿: G | 2010年8月22日 (日) 02:15


G さん、こんにちは。

「数式」のこと、お褒めに預かって恐縮するばかりです。実は、極めて「原始的な」ことしかしていないからです。どの程度の予備知識を前提にして良いのか分からないので、失礼になるかもしれないことを承知で、やや噛み砕いて説明しますと、要するに

1. あらかじめ WinShell をインストールしておき、さらに、その「ユーザ指定プログラム」の内の1つを "dvipng.exe" (dvi ファイルを png ファイルに変換するソフト) に設定する。この dvipng.exe も、初めから TeX アーカイヴに含まれていれなら、それを使えば良い訣ですが、そうでない場合には、やはりインストールする必要があります (私の場合はどちらだったか忘れてしまいました)。なお、dvipng.exe のオプションについては、例えば「dvipng - [物理のかぎしっぽ]」を参考にしてください。

2. やはりあらかじめ、png 画像の編集を行えるソフトをインストールしておく。私の場合は "GIMP" ですが、勿論、画像の一部選択とその保存が可能ならば、後は (有料かどうかいったことも含めて) ユーザとの相性の問題ではないでしょうか

3. 必要な数式に対応する tex ファイルを、適宜のエディタで作って WinShell に読み込ませる。勿論、普段使いのエディタにこだわらない場合は WinShell 内蔵のエディタを利用してもかまわない。

4. WinShell の内部で 「tex ファイルから dvi ファイル」に変換し、更に「dvi ファイルから png ファイル」への変換を行う。ただし、設定或いは処理方法に応じて、 (勿論、tex ファイルが正しく書けている場合限定ですが) これが1段階で済ませることも出来るし、また tex ファイルが LaTeX 文法に沿っているか確認する段階を最初に付け加えることも出来る。

5. png 画像を GIMP (又は類似の画像編集ソフト) に読み込ませて、所望の数式部分を含む矩形を選択し、別途名前を付けて保存する。このさい矩形のピクセル単位での幅と高さを記録しておく (ファイル名そのものに数値を入れておくと便利)。

6. その数式画像ファイルをネットにアップロードする。基本的には、その数式を表示させたいウェブページのソース原稿が収められるべきフォルダと同一か近いフォルダにアップロードすることになるとは思いますが、個別事情があるので具体的ことは当事者の判断によるしかないでしょう。

7. 上記数式画像ファイルの URL を、その数式を表示させたいウェブページのソース原稿内に、 HTML の img タグで埋め込む。なお、私の経験では img タグ内の width アトリビュートと height アトリビュートとに、上記の幅と高さの数値に基づいた数値 (「基づいた」と言っても、同一である方が良いと思います) を指定しておかないと正しく表示されないようです。


こうして纏めてみると、最近、実行していないせいか、手順の記憶が曖昧になっていることに気がつきました。重大な見落としや間違いをしているかも知れず、役にたつかどうか分からないのですが、一応公開しておきます。

私の場合は、こうしたインストールや設定の際に、うまくいかず、いろいろ試行錯誤した記憶があることはあるのですが、過ぎてしまうと細かいことは全て忘れてしまって、「前車の轍」を示すことさえできないのは残念です。

ゑびすや拝。

投稿: | 2010年8月22日 (日) 01:08

はじめまして「G」と申します。ブログで数式を表示する方法を探していてこちらに辿りつきました。
(正確には「サニャック効果について書いていたブログの数式が綺麗だったなあ」と過去の記憶を頼りに辿りつきました。)

私が探した限り、nouse様のページが数式を一番きれいに表示されているように思います。

数式が表現できるブログとしては、「はてなダイアリー」等のmimeTeXが実装されているブログが紹介される例が多いのですが、mimeTeXではnouse様のページの数式ほど綺麗には表示されません。

nouse様はいったいどのような方法で数式を表示しているのでしょうか?cocologにこのような機能があるのでしょうか?ご教示いただけましたら幸いです。

投稿: G | 2010年8月21日 (土) 20:17

はじめまして。「とね」と申します。ちょうど今この本を読んでいます。(P258「VIII 衝突の問題」に差し掛かったところです。)

これだけの誤植を指摘できるほど読み込まれていらっしゃるのに驚かされました。さっそく、自分の本に訂正を記入するのに内容を使わせていただきます。

素晴らしい記事をありがとうございました。

私のブログも物理系ですが、対象読者をずっと入門レベルにしています。(というより私の勉強の進度から、そうならざるを得ません。)

これからも、立ち寄らせていただきます。

投稿: とね | 2009年3月29日 (日) 01:01

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» ttmnr's status on Saturday, 17-Oct-09 02:04:13 UTC [ttmnr]
ディラックがある婦人の編み物を見て、トポロジー的に別の編み方があると婦人に説明したら、編み物でよく知られた裏編みだったという逸話。 reading: メモ: 岩波書店 [ディラック 量子力學 原書第4版] の誤植及び微妙訳: nouse http://j.mp/2wJWlu... [続きを読む]

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