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日本語版ウィキペディアの「サニャック効果」に対する誤った解説について。付けたし:欧州宇宙機関の HYPER プロジェクト

日本語版ウィキペディアの [サニャック効果 (最終更新 2008年12月10日 (水) 12:32)] の冒頭はこう始まっている。



サニャック効果( - こうか、Sagnac effect)は光に関する物理現象の一つで、特殊相対性理論で説明される現象によって、光路中を進む光の速度がその光路の運動に関係なく一定である為に、光路の運動によって光路の長さが変わったかのように見える現象である。
--サニャック効果 (最終更新 2008年12月10日 (水) 12:32)

しかし、この文章は物理学上、殆ど意味をなさない。僅かに、意味があるとしたら、相対論に就いての初歩的な勘違いの見本に使えるかもしれないと云ったぐらいだろう。

これが、実質的に一人の著作になるものなのか、あるいは「多くの船頭」がいたのかを確かめるほどの茶人では私はないし、また分かったとしても、他人様の頭の上の蝿を追う趣味はないので、以下は、誰彼の責任を追及するものでは全くないことを断わったうえで、話を続けていく。

この文章中の「光路」が如何なる意味で使われているのかが、まず問題になる。相対論で、時空中を自由な光が進む軌跡は所謂「ゼロ測地線/zero geodesic」(或いは「ヌル測地線/null geodesic」) になる。しかし、「光路の運動」と云う表現が物理的意味を持つには、「光路」がゼロ測地線そのものであることは難しいだろう。勿論、ゼロ測地線とは別のものである可能性もない訳ではないが、しかし「光の速度が...一定」であると言っている以上、ゼロ測地線の「空間」(「時空」の「空」部分) への投影を、時間をパラメータとして表現していると推定するのが最も妥当と言うべきだろう。勿論、これは「時空多様体」に「時間軸」を含む大域的な座標軸が存在している場合の話だが、「サニャック効果」が主題となる文脈では、この条件は満たされていると考えて良いだろう。

つまり、「光路の運動」とは、ゼロ測地線が載っている座標系が、観測者が載っている座標系に対して運動していると云うことを言いたいのだと考えることができる。

これを念頭に置いて、改めて、ウィキペディアの文章を読むと、「特殊相対性理論で説明される現象によって、光路中を進む光の速度がその光路の運動に関係なく一定である」となっていて、これだけで、この文章は「アウト」なのだ。

特殊相対論が言っているのは、異なる慣性系が互いに等速直線運動をしているなら (まぁ、一方の慣性系から見て、他方の慣性系が等速直線運動をしているなら、自動的に、その逆がなりたっているのだが...) 、真空中を進む同一の光の速度を、どちらの慣性系の時間と空間距離を以って測っても同一になると云うことだけである。

しかし、特殊相対論では、基本的には、それ以上のことは言えない。

一般の時空多様体は、ミンコフスキー空間 (つまり慣性系) を貼り合わせた構造を持つので、局所的には、慣性系になっている。従って、観測者が載っている局所座標系を取り敢えずは慣性系と見なすことは可能である (そして、それに載っている観測者自身に対しては静止している。以下、こうした座標系を「静止座標系」と呼ぶことにする)。しかし、静止座標系を作るのと同一の手続きで、真空中の光をゼロ測地線として載せいてる別の座標系を、静止座標系に対して等速直線運動をする慣性系にすることは一般には不可能である。そして、大雑把な言い方では、(サニャック効果に沿った例を挙げると) 静止座標系に対して回転運動する座標系に載っているゼロ測地線としての光の速度を静止座標系に乗っている観測者が測ると、一般には (具体的には、例えば、空間中、回転の接線方向に光が進んでいる場合など)、特殊相対論の謂う「真空中の光速 c」にはならない。

ここで「権威」を持ち出して議論の補強ような愚劣なことをする積もりはないが、それでも一般相対論の優れた解説者の言葉を引用しておくのも無駄ではないだろう。

重力場が存在すると、その自然な「光路」が屈曲することから得られる結論を論じて、アインシュタインは、次のように説明する:

In the second place our result shows that, according to the general theory of relativity, the law of the constancy of the velocity of light in vacuo, which constitutes one of the two fundamental assumptions in the special theory of relativity and to which we have already frequently referred, cannot claim any unlimited validity. A curvature of rays of light can only take place when the velocity of propagation of light varies with position. Now we might think that as a consequence of this, the special theory of relativity and with it the whole theory of relativity would be laid in the dust. But in reality this is not the case. We can only conclude that the special theory of relativity cannot claim an unlimited domain of validity ; its results hold only so long as we are able to disregard the influences of gravitational fields on the phenomena (e.g. of light).
--Albert Einstein. "Relativity: The Special and General Theory" (1920) Part II. Section 22. "A Few Inferences from the General Theory of Relativity" - Wikisource

この結論の2つめ重要な点としては、一般相対論に従うなら、特殊相対論の2つの基本的仮定の一方をなし、本書でしばしば言及されてきた真空中の光速度一定の法則が、無制限な妥当性を主張できなくなると云うことである。光線が屈曲すると云うことは、光の伝搬速度が場所によって変化しなければ起こりえない。この結果、特殊相対論と、相対論に関わる全ての理論が一敗地に塗れると云う風に考えることになるのだろうかと云うなら、事実はそうではない。これは、特殊相対論が妥当性を主張できる範囲は無制限ではなく、その結論は、(例えば、光の) 現象への重力場の影響が無視できる限りにおいてのみ成立すると云うだけのことなのであると言える。
--アルベルト・アインシュタイン「相対論:特殊と一般」(1920年)。第2部第22章「一般相対性原理からの幾つかの結論」

ただし、ドイツ語原書 "Über die spezielle und die allgemeine Relativitätstheorie" が出版されたのは 1916 年らしい。

一応補足しておくと、「光速度不変の法則」が成立しなくなるのは、静止座標系から加速度系を観測する場合であって、ゼロ測地線としての「光路」が載っている座標系自身において (つまり、その固有時間で) 光の速度を測るなら、その座標系が静止座標系に対して如何なる運動をしていようとも、所謂「真空中の光速度」になる。これはつまり、ゼロ測地線が座標変換してもゼロ測地線に移ると云うことである。さらに言うなら、このことは、物理法則が座標変換に対して共変的であらねばならないと云う、一般相対論の要請に従っている。つまり、「光速度不変の原理」と行ったものがあるなら、特殊相対論より一般相対論の方に馴染んでいるのだ。

これは、上記引用したアインシュタインの言葉尻とは一見異なるが、「光速度不変の原理が破れる」と云うのは、一般相対論が登場したばかりの当時 (例えば "Die Grundlage der allgemeinen Relativitätstheorie" の発表は1916年) として、啓蒙書において特殊相対論側から見た言い方をしたまでのことで、一般相対論側から表現すれば、固有時間で計った光速度は常に一定である。

これに対し、GPS により一般相対論が生活の中に入り込んでいる現在にあっては、メートル法自体が、距離の定義を一般相対論による「光速度不変の法則」に基づくようになっている。つまり、現在の国際単位系 (SI -- フランス語 "Le Système International d'unités" の略) では、長さの基本単位 1メートルを、光が真空中を 1/299,792,458 秒間に進む距離として定義されている (1983年) のは (第2.1.1.1項。Le Système international d’unités" 第8版 2006年 p.22 (仏文) p.112 (英文) 参照)、たとえ加速度系中で測定したとしても、「固有時間」の厳密性が精度良く担保される限り、その「固有時間」で測定した光速度は不変であることを踏まえているのだ。これに対応して「国際度量衡委員会 (CIPM -- フランス語 "Comité international des poids et mesures" の略。英語では "International Committee for Weights and Measures)")」の2002年の勧告では、一般相対論を考慮して、実際にメートル単位を構成する場合には、光路の長さを、固有時間の進み方に影響を与える重力ポテンシャルの不均一性が発生しないような短さに留めるよう求めている (国際度量衡局 [BIPM -- フランス語 "Bureau International des Poids et Mesures" の略] "Le Système international d’unités" 第8版 2006年 付録1. p.78 (仏文) 及び p.167 (英文) 参照)。

日本語版ウィキペディアの記載にとって皮肉なことに、「光路中を進む光の速度がその光路の運動に関係なく一定である」と云う表現に、幾らかでも物理的な意味を付与しようとするなら、それは、特殊相対論では不可能で、一般相対論によらねばならないのだ。


サニャック効果自体に就いても少し書いておこう (ただし、以下の内容は、このブログで既に書いてあることも多い)。

サニャック効果を論ずる場合は、空間中の光の伝搬速度としての「光の速度」と、時空の構造定数としての「(真空中の)光の速度」とを分けて考える必要がある。サニャック効果の成立にとり、空間中の光の伝搬速度は、本質的な重要性は持たない。

だから、光ファイバー中を、「(真空中の)光の速度」の速度をかなり下まわる伝搬速度で進んでも (勿論、表式中には光ファイバの屈折率が現れるが) 成立する。

また、「光路」がゼロ測地線である必要もない。サニャック効果に関わるのは、空間中の単純な径路である。サニャック効果の「説明」にしばしば使われる円周はゼロ測地線 (の「空間」への投影) ではないから安易に「光速度の不変性」を云々してはならないのだが、その事実とは無関係にサニャック効果は成立する。

それどころか、伝搬するのが光である必要さえない。これは「サニャック効果の普遍性」として知られている。実際問題として、サニャック効果を検出するには、時間差を高精度で測定する必要がある訣だが、光の場合は、光干渉計を用いることで、位相差として現れるサニャック効果の検出が容易になるため、歴史上最初に光に就いて発見されただけである。

しかし現在では、例えば、電子のクーパー対、電子、中性子、原子 (カルシウム、セシウム、ルビジウム) の物質波でのサニャック効果が確認されている。特に、サニャック効果による原子物質波の位相干渉を用いる回転角速度検出は、光を用いる場合より精度が格段に高くなることが期待されるために研究が進められている。

例えば ESA/ESTEC ("European Space Agency"/"European Space Research and Technology Centre" 欧州宇宙機関/欧州宇宙技術センター) で、宇宙空間において、地球の自転による Lense-Thirring effect の測定と、併せて、微細構造定数 の高精度測定を行なうべく推進されている HYPER プロジェクトでは、冷却原子の物質波のサニャック干渉を用いた装置 (Atomic Sagnac Interferometer--ASI--) 2基を観測衛星に搭載することが計画されている ("HYPER: A POTENTIAL ESA FLEXI-MISSION IN THE FUNDAMENTAL PHYSICS DOMAIN")。


サニャック効果は、静止座標系に対して、等速回転運動している座標系内部では大域的な同時性が成立せず (これは、同時性を表わす微分形式が完全積分可能ではないと云うことでありフロベニウスの定理/Frobinius' theorem に関わる)、空間中異なる位置にある2事象の同時性が、その2事象を結ぶ径路に依存することに起因する。この2事象の離間が無限小である場合には、その同時性のズレは線素から容易に求まるが、線素には時空の構造定数としての「(真空中の)光の速度」が入っているから、それに応じてサニャック効果の表式にも「(真空中の)光の速度」(「(真空中の)光の速度」を 1 とした場合は、見かけ上出てこないが、それは別の話だ) が現れる。しかし、これは、例えば光ファイバの中を光がどれだけの速度で伝搬するかとは独立している。一般の2事象の場合の同時性のズレは、無限小離間における同時性のズレを線積分すれば得られるわけだが、これは線積分をどの径路に従って行なうかで変化する。この時、特に、回転軸に対して径路の進む向きが重要となるが、これはサニャック効果を引き起こすコリオリ力ポテンシャルがベクトルポテンシャルであるためである。

こうしたことを踏まえるなら、「光路の長さ」を「光の速度」で割って求めた「時間」からサニャック効果を説明する仕方は、その基礎とする理論が何であったとしても、私は首を傾げざるを得ない。現在のメートル法がそうであるように、「長さ/距離」が「(固有) 時間」から求められるべきものであって、その逆ではないからだ。

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コメント

kd さん、こんにちは。

「数行以内かつアウトでない記述は可能」か、と云うご質問ですが、「私には到底無理」と申すしかありません。

もちろん、等角速度回転系と云う特殊な、とは言え、通常議論される「サニャック効果」のただ一つの基礎となる座標系の場合、式の導出は簡単で、例えば、日本語版の [場の古典論 (原書第6版)] では、静止円筒座標系での線素と云う基本的な所から始めてさえ、式 (89.1) から (89.4) までの4つの式の他、式番号の無い2つの式を含めて6つの式で終わってしまいます (p.283-p.284 「1.5ページ」どころか「1ページと5行」。式の変形の内容も初歩的なものばかり)。

なお、サニャック効果の導出に就いては、このサイトの [一般相対論によるサニャック効果の導出] の初め (「まず、実際の計算の前に、一般相対論の初歩の初歩をお浚いしておこう。」から「これで、サニャック効果を示す式が導出された。」まで) に、[場の古典論] での説明を、さらに噛み砕いて説明してあるので、それも参照してください。

私が「アウト」などと言ったのは、式の導出法のことではなくて、原則として特殊相対論を適用してはならない「回転座標系上の物理現象」に特殊相対論を適用してしまっていることを指しています。

ちなみに、等角速度回転系はアインシュタイン自身が、その一般相対論の基本論文 "Die Grundlagen der allgemeinen Relativitätstheorie/一般相対論の基礎" ("Annalen der Physik" 第49巻 1916年, pp.769--822) において特殊相対論が適用できない、従って「特殊相対論の拡張」つまり「一般相対論」の構築が必要であることを説明するための例として挙げているものです。

所謂「特殊相対論を用いたサニャック効果の説明」の問題点は、閉じた「光路」を光が進む時間を回転系から独立した「時計」で計っている点です。まず、物理的対象が何らかの経路を移動するのにかかる時間を測りたいのなら、それは、その対象の固有時間で表わされねばなりません。つまり、概念的には、その対象と共に移動する時計で測らねばならないのです。そして、その移動する時計は、その各点での固有時との同時性が担保されていなければならない。所謂「特殊相対論を用いたサニャック効果の説明」では、まず、この点での違反があります。さらに、特殊相対論の内部に留まる限り、「固有時を表わす時計」の経路が閉じて、出発点に戻ることはありえないのです。この点でも「特殊相対論を用いたサニャック効果の説明」は特殊相対論自体の原則的要求に違反しています。理論の原則が禁じている仕方で議論して「正しい結論」を出しても無意味です。

類似例を挙げるなら、特殊相対論での「双子のパラドクス」があります。この場合も、特殊相対論に内部に留まる限り、故郷を出発した双子の片割れが、故郷に戻ることは禁じられているのです (「双子」には、それぞれ、その付随する固有時を表わす「時計」が存在します。「双子」とは、それぞれの「固有時」、ないしは「固有時を示す時計」を擬人化したものなのです)。そして、「禁止」を無視して、「戻ってきたとすると」と云うように議論を進めるので「パラドクス」になってしまうのです。従って、良く知られているように、これも「アウト」になる訣です。

「双子のパラドクス」の場合、故郷を出発した方の双子の片割れが、故郷に戻ろうとして方向転換をする際に、議論が特殊相対論からはみ出て、一般相対論の領分に入るのです。つまり、方向転換をした方の片割れ「だけ」に直線加速度が生じるので、そこで一般相対論に応じた「重力ポテンシャル」の差による時間遅延が発生します。これが、旅行をした方が「浦島太郎」になる原因です。一般相対論では「双子のパラドクス」は「パラドクス」ではなくなり、当然の結果になります。

一応注意しておくと、「双子のパラドクス」では、旅行者は、方向転換の時ばかりでなく、出発時と帰還時にも直線加速度に曝されます。従って、出発時及び帰還時にも一般相対論的な議論が必要になります。更に、その時の加速度は、方向転換の際の加速度と逆方向であり、旅行者の固有時間経過を促進させる効果があります。そして、その時起こる速度変化量は、出発時と帰還時を総合すると、方向転換時における速度変化量と同一です。しかし、注意すべきなのは、方向転換時に発生する固有時間遅延量は、出発時・帰還時に発生する固有時間促進量より大きくなることです。これは、時間遅延・時間促進の量を決めるのが、重力ポテンシャルの差、つまり大雑把に言えば、出発点=終点と旅行者との間の距離に比例するからです。このため、出発点=終点と方向転換点との距離が大きい場合は、出発時・帰還時に発生する促進量は、方向転換時に発生する遅延量と比べて無視可能になります。以上蛇足めいていますが、「効果」を産み出すのが、「力の場」ではなく「ポテンシャルの場」であることは、サニャック効果の理解においても必要な認識です。

kd さんもご存じでしょうが、サニャック効果の説明には、特殊相対論を用いたと称するものの他にも、ガリレイ・ニュートン式の運動学を用いたと称するものもあります。もちろん、それも物理的に間違った説明なのですが、少なくとも、それは「ガリレイ・ニュートン式の運動学」の原則が禁じた議論ではないのです (真空中の光速度を考慮に入れるレベルでは、ガリレイ・ニュートン式の運動学における速度合成の式自体が「物理的に間違っている」。ただし、その適用を禁じる原則はガリレイ・ニュートン式の運動学内部には存在しない)。

これに対し、特殊相対論の原則は、特殊相対論を (直線加速度系にしろ回転系にしろ) 加速度系に適用することを原則として禁じています (ただし、例えば、等加速度直線運動系の場合、議論の興味の対象範囲がごく狭いならば、特殊相対論でも説明にボロが出てこないことがあるのは確かです。

私などは、「特殊相対論を用いたサニャック効果の説明」よりも、「ガリレイ・ニュートン式の運動学を用いたサニャック効果の説明」の方が、「間違え方がまとも」と云う気さえします。

これも蛇足めきますが、ここで [場の古典論] でのサニャック効果の説明の末尾で「この公式は、ドップラー効果の第1近似と同じく, 純粋に古典的な方法によってもたやすく導くことができる」(Эту формулу, как и формулу для первого приближения эффекта Доплера, можно легко вывести и чисто классическим питем.) と書かれていることをここで思い出しても良いかもしれません。

さらに、所謂「特殊相対論を用いたサニャック効果の説明」は、時空の座標を構成する「光路」(正確に言えば「ヌル測地線の3次元空間への投影」でしょう) と、サニャック効果の現われを観測する対象としての (3次元)空間内での光の経路としての「光路」を混同してしまっています。サニャック効果の説明には、ヌル測地線の方が使われるべきなのですが、「特殊相対論を用いたサニャック効果の説明」では、観測する対象としての光を、「特殊相対論的に考察」してしまっているのです。しかし、サニャック効果は、時空多様体の幾何学 (曲率形式) に起因するので、観測する対象は光である必要はないのです。

極端な話が、地球の赤道上を光ファイバで周回させて、レーザー光を東回りと西回りで、1秒未満の時間をかけてそれぞれ1周させた後に観測される固有時の食い違いと、2匹の「亀」に各々に時計を載せて赤道上をそれぞれ東回りと西回りに1周させることで数年 (数十年?) か後に巡り合った時に観測される固有時の食い違いは、同じになるのです。

しかし、こうしたことを話をしていると長くなりすぎるので、これ以上は省略して、最後に、サニャック効果の本質が何故理解されにくいかに就いて、少し述べておきましょう。

サニャック効果は、コリオリ力ポテンシャルに関わります。「回転軸から等距離の円周上を運動する限りコリオリ力は発生しない筈だから、『効果』は生まれない」などとおっしゃらないでください。一般相対論で本質的なのは「重力」ではなく「重力ポテンシャル」であり、「コリオリ力」ではなく「コリオリ力ポテンシャル」だからです。円周上を移動してる途中でコリオリ力が発生しないのは確かですが、円周が囲む円盤上ではコリオリ力ポテンシャルは一定ではないので、円周上の近接する2点間の同時性がズレるのです。円周上を移動する時計に対し、この「ズレ」を補正していくと、「ズレ」は円周上を進んでいくうちに蓄積されるので「補正」も蓄積され、3次元空間的な意味での出版点に戻った時、出発点に留まった時計の示す固有時と円周を一周してきた時計の示す固有時とは一致しなくなります。これが「サニャック効果」です。

これは、サニャック効果がゲージ場で発生していることの現われです (詳しくは、このサイトの記事 [ホロノミー (holonomy) としてのサニャック効果 (Sagnac effect): 物理篇] を参照願います)。ゲージ場の効果は、(「場の量子論」が大きな発展を遂げた現在はそうでもないでしょうが) 少なくとも以前は、それなりに有能な物理学者にとってさえ理解が困難なものだったのです。

ゲージ場での効果の分かりにくさの著名な例が量子力学における「アハラノフ・ボーム効果」です。「アハラノフ・ボーム効果」は、典型的には、電磁気学で登場するベクトルポテンシャルが3次元空間内の柱状領域内以外では一定であり、従って、そこでは磁場が存在せず、そして磁場が存在するのは、その柱状領域内に限定される場合でも、荷電粒子、典型的には電子が、その柱状領域の廻りを一周すると、その粒子の波動関数の位相が、そうした柱状領域が無い場合と比べて変化すると云うものです (このサイトの記事 [アハラノフ・ボーム効果とその実証実験 (本ブログ「サニャック効果」関連記事の余談として)] も参照してください)。 ヤキール・アハラノフ (Yakir Aharonov) と デヴィッド・ボーム (David Bohm) が、その可能性を予言し (もっとも、彼ら以前に同じことを発表した人物がいるそうです)、その後には肯定的な検証実験も行なわれたのですが (否定的な実験結果も報告されていました)、アハラノフ・ボーム効果の、当時の物理学者から見た「異常性」により、先日 (2012年5月2日) 亡くなった外村彰が有無を言わせぬ形で実証するまで、多くの物理学者の態度は冷ややかなものであったようです (ファインマンやヤンと云った超一流レベルは、アハラノフ・ボーム効果の正当性と重要性を理解していましたけれども)。

逆に言えば、ゲージ場の効果と云うものは、それほど本質の理解が困難なのです。

ただ、私に言わせれば、アハラノフ・ボーム効果よりもサニャック効果のほうが、相対論の内部だけで処理可能である分、はるかに「理解」しやすい。アインシュタインはサニャック効果には、余り興味を持っていなかった節がありますが、これはサニャック効果が空っぽな時空のなす慣性系からの座標変換から現れる当然な結果だと考えていたからではないかと私は憶測しています。ただし、中空の球形質量体が静止している場合に内部に形成される無重力場慣性系が、その球形質量体の回転時に慣性系から外れる と云うLense–Thirring 効果 (初期の、そしてアインシュタインが興味を持った Lense–Thirring 効果 の定式化と現在の定式化は異なるようですが、兎に角) に対しては、マッハ原理との関連もあって明白な興味を抱いていたことは注意しておいてよいと思います (例えば [相対論の意味] pp.104--109 特に p.108 での「サーリング」への言及)。

サニャック効果のゲージ場での効果としての理解の難しさと云うのは確かにあるのですが、最後に付け加えておく、実は、サニャック効果と並行的な原理で発生する「効果」が、我々の日常生活に存在します。それは時差と日付変更線です。

我々が世界を一周する場合、つまり地球と云う回転系を静止したものとみなす感覚の上で、地軸の廻りを一周する場合、政治的・地理的な偏移を無視するなら、経度15度で区切られた範囲内で、「現地時間」が1時間ずつ変わっていきます。この「現地時間」が、一般相対論での「固有時間」に該当するのです。地球上のある1点から、時計 (旅行者の固有時間に相当) を持って出発して地球を一周すると、その土地土地で現地時間と食い違ってきますが、現地時間に合わせて旅行者の時計の時刻を修正すれば問題が無くなります。しかし、ズレの食い違いの解消は、謂わば表面的ななのであって、そうした修正をしていっても、もし、日付変更線と云う人為的に引かれた境界線を通過する際に日付変更と云う人為的目的を持った補正を失念するならば、出発点に戻った時には、自分の考えている日付と、出発点の日付は、1日ズレてしまうのです。このズレに対応するのが「サニャック効果」なのです。

投稿: ゑびすや | 2012年7月10日 (火) 12:18

こんにちは

>> A5版1.5ページに収まるのですから。

数行以内かつアウトでない記述は可能でしょうか? それともどうしても1.5ページを要するでしょうか?

投稿: kd | 2012年7月 7日 (土) 02:53

どうも丁寧にありがとうございます.

表式については最低次近似レベルを書いているような気もしますが,問題あればそのうち誰かが正してくれるだろうと思っています.

なお時刻系(の実現)はいろいろ奥が深いようです.概念分割がされていて,TAI(国際原子時)を例に取ると,
・秒は: SI秒.
・どこの座標時かは: 地球のジオイド面上(回転系).
・実現は: 加盟機関の原子時計の時刻比較を行い較正後の加重平均を取る.


投稿: kd | 2010年11月15日 (月) 23:32

[kd] さん、コメント有り難うございます。


ご指摘に従って、日本語版ウィキペディアの [サニャック効果] の [一般相対論に基づくとの主張によるサニャック効果の説明] の部分を読んでみました。

編集履歴をチェックする餘裕がないので、現在の記事の見た目だけで申しますと、[一般相対論に基づくとの主張によるサニャック効果の説明] の冒頭部分で、サニャック効果が平坦でない擬リーマン多様体としての時空多様体のホロノミーだと云う事実 (要するに「固有時間の経過は径路依存」だと云うこと) の指摘はそれなりにされていることは確かです。

しかし、その後の説明は「ビミョー」ですねぇ。

信号の周回時間の表式が表れています。その導出の根拠が示されていないので断定的なことは言えないのですが、取り敢えず、v=Rω ("ω" の添え字 "rot" は省略) を当てはめてみると (「赤道上「低空」を東回りに24時間で一周する群速度の物質波としての飛行機。と変な言い回しになりましたが、これは「相手に話を合わせた」結果で、伝搬速度はサニャック効果に無関係なのです)、この表式が「キミョー」であることが分かります。

さらに「記事」の表式に従うと、回転系上の信号の周回時間と回転系上の出発点に静止した観測者における経過時間との差が、信号の伝搬速度に依存しますが、サニャック効果による「時間差」は、信号の伝搬速度には依存しません。

まぁ、問題の表式そのものは、v=c (真空中の光速度) の場合に就いてですが、ランダウ・リフシッツの「場の古典論」(申しわけないですが、私が持っているのは第4版の翻訳です) の第10章 (第90節「回転」) に載っているくらいで (p.307) 全くの「間違い」と云うようなものではないのですけれども。

しかし、「全くの間違いと云うようなものではない」と言っても、なんだか「まぐれ当たり」的なところがありますね。なぜなら 「v=c の場合」と云うのは、話の流れで書いたまでで、サニャック効果中の光速度 c は、時空の構造定数としての c, つまり一般相対論の計量2次形式に表われる c であって、光の伝搬速度や、物質波の群速度とは別に考えねばならないからです。

ついでに言うなら、ランダウ・リフシッツは、こう続けています。「この公式は、ドップラー効果の第1近似と同じく、純粋に古典的な方法によってもたやすく導くことができる」。

この「純粋に古典的な方法」とは、ガリレイ・ニュートン型のアプローチと云うことでしょうね。

実際、ウィキペディア中の問題の表式は何やら第17-18世紀の匂いがする。

そこでは、光が「その経路を正の方向に一周回するのにする時間」を計算している訣ですが、「負の方向に一周回」する時間を計算してみるなら、その速度が「真空中における光速度」を超えることになります。これは、勿論、ガリレイ・ニュートン的世界観では問題ないわけですが、しかし、ガリレオ・ニュートン的世界観は、局所と大域の区別をしないので、同じ議論を局所的な場合に適用すると、マイケルソン・モーリー「型」の実験の結果と衝突します (本来のマイケルソン・モーリーの実験そのものは地球の公転速度に着目していたので、話が少しズレるのです)。

現在の国際単位系 (SI) では、セシウム原子時計で計測した「1秒」の1/299,792,458の間に光が真空中を進む距離と決められていますが、親記事にも書いたように、その際、一般相対論的効果を考慮して、地球の重力ポテンシャルが不均一にならないよう十分短い光路を用いるよう勧告されていますが、寡聞にして、私は、さらに地球の自転による地表の対慣性系線速度 (赤道上で日速4万km) を考慮に入れるような勧告がなされているとは承知しません。もし、ガリレイ・ニュートン的世界観によるサニャック効果の説明が物理的に正しいものであるなら、当然そうした勧告がなされていてしかるべきだったのではないかと云う気がします。

また、サニャック効果の議論は、特殊相対論的世界観では禁忌です。つまり、特殊相対論は局所的な枠組み (「ミンコフスキー時空」と呼ばれる平坦な時空) 内で構成されているので、大域的な効果であるサニャック効果は特殊相対論の議論の対象になじまないのです。勿論、特殊相対論による局所的な議論を「旨く貼り合わせて」サニャック効果を説明すると云うことは可能でしょうけれども、それはそのままアドホックな一般相対論の導入にほかなりません。だったら最初から一般相対論で説明すればよいことになる。

もしウィキペディア中の問題の表式が実際に一般相対論から導かれると云うのなら、それをウィキペディアの説明中に概略なりとも示すべきだったろうと思います。「場の古典論」中の説明程度のものであるのなら、A5版1.5ページに収まるのですから。


ゑびすや拝

投稿: ゑびすや | 2010年11月14日 (日) 13:01

現時点での日本語版ウィキペディアの「サニャック効果」についての批評はいかがでしょうか?

投稿: kd | 2010年11月14日 (日) 02:44

[石川] さん、コメント有り難うございます

おっしゃる通り、「大域的な同時性が成立しない」のは「等速回転運動をする座標系」(これ就いては、このブログの [英文版ウィキペディア "Born coordinates" 導入部、第1節-第3節翻訳草稿] を参考にしてください) に限りません。

ただ、このポストの議論の対象は、日本語版ウィキペディアの記事なので、過度に一般的な話を展開すると、記事の問題点を指摘すると云う意図がぼやけてしまうような気がします。それに、私のような非力な人間にとっては「非等角速度回転運動をする空間座標系」の一般相対論的な定式化ができたとは思いません (今でもできないでしょう)。むしろ、「時空多様体」(つまり、「時間」と「空間」の大域的存在、より正確には、時間性キリングベクトル場の存在と、時間性キリングベクトル場の積分曲線よる元の4次元多様体の商空間が3次元リーマン多様体になっていることは前提とする訣ですが) 一般での世界線を議論した方が何とかなります。

実は、そうした「時空多様体」に就いての議論を、このブログの[ホロノミー (holonomy) としてのサニャック効果 (Sagnac effect): 物理篇] で、簡単ながら行なっていますので、よろしかったら御覧になってみて下さい (と言っても、実際に、固有時間の食い違いの計算値を求めているのは、ボルン座標系、つまり、「等速回転運動」の場合だけですが)。

ゑびすや拝

投稿: | 2010年9月11日 (土) 10:12

"サニャック効果は、静止座標系に対して、等速回転運動している座標系内部では大域的な同時性が成立せず"
とありますが
回転は”等速”回転でなくても、数学的な形式化が面倒なだけで、”サニャック効果”の名称を使ってもいいような気がします。どうなのでしょうか。

投稿: 石川博一 | 2010年9月10日 (金) 23:29

こんにちは.さて「静止衛星から地上へ伝播する電波の伝播時間」を考えますと,
= 直線距離/光速度 + 地球自転角速度Ωの1次の項 + 高次の項
となりますが,(観測者は地球に固定.この伝播光路は屈曲もしている)
これはGPS測位計算の際にも出てきます.慣性系上で説明するならば1次の項はすぐに分かるのでそれでも良いと思っております.
回転系上で説明するならば,(光路に沿う)固有時間と観測者時間とに差があるので,当然の事象として説明するのが素朴(?)と思います.
なお地球を巡る閉路(衛星a --> 地上a --> 衛星b --> 地上b ... )でSagnac効果の実験も行われたようです.

投稿: | 2009年1月15日 (木) 17:12

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