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白雲のいゆきはばかり

作者:「白雲の」に該当なし。「白雲も」なら山部赤人 出典:[万葉集3]317/320
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.319, p.325

動詞に接頭語「い」が付いている例。ただし「これ」を意味する「い」ではない。
白雲のいゆきはばかり」の該当例は発見できなかった。ただし、「白雲も」なら「山部赤人 [万葉集3]317/320」に、「天雲も」なら「高橋虫麻呂 [万葉集3]319/322」及び、その反歌の「高橋虫麻呂 [万葉集3]321/324」に例が見られる。

「白雲もい行きはばかり」の例:
天地の 別れし時ゆ 神さびて 高く貴き 駿河なる 富士の高嶺を 天の原 振り放け見れば 渡る日の 影も隠らひ 照る月の 光も見えず 白雲も い行きはばかり 時じくぞ 雪は降りける 語り継ぎ 言ひ継ぎ行かむ 富士の高嶺は (山部赤人 [万葉集3]317/320)

「天雲もい行きはばかり」の例:
なまよみの 甲斐の国 うち寄する 駿河の国と こちごちの 国のみ中ゆ 出で立てる 富士の高嶺は 天雲も い行きはばかり 飛ぶ鳥も 飛びも上らず 燃ゆる火を 雪もち消ち 降る雪を 火もち消ちつつ 言ひも得ず 名付けも知らず くすしくも います神かも せの海と 名付けてあるも その山の つつめる海ぞ 富士川と 人の渡るも その山の 水のたぎちぞ 日の本の 大和の国の 鎮めとも います神かも 宝とも なれる山かも 駿河なる 富士の高嶺は 見れど飽かぬかも (高橋虫麻呂 [万葉集3]319/322)
富士の嶺を高み畏み天雲もい行きはばかりたなびくものを (高橋虫麻呂 [万葉集3]321/324)。


本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

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