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夕ぐれは雲のはたてに物ぞ思ふあまつ空なる人を恋ふとて

作者:読人しらず 出典:[古今和歌集11恋歌1]484
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.108

「ぞ」による係結びの例。「はたて」は「はて」の意。

[ゑ]補足:「あまつ空なる人」を「高貴な人」と解釈することが行なわれているようだが、私は、これには異論がある。なるほど「身分差」はあるかもしれないが、「手が届かぬほど」とは思えない。ここで「あま (天)」とあるのは、「雲のはたて」の縁語として置かれていることを忘れてはならない。そして、「あま」は「あまつ空なる人」と云う形で「空なる人」、つまり「不実な恋人」を導く。そうした恋人に如何しようもなく惹かれてしまっている (「恋ふ」) ために、これからの成り行きに自信が持てず悩んでいる (「物ぞ思ふ」) のだ。ただ、私には「夕ぐれは雲のはたてに」が、微妙に分からない。あるいは、(夕焼け)雲で占いをしているのか、それとも、恋人からの連絡がない憂愁を雲を見て遣り過ごしているのかとも思うが、それを判断する材料がない。
私なりの解を与えておくと「夕暮れの空の雲の果てを眺めながら、私は恋の先行きをなやむ。上の空の態度をとるあの人に如何しようもなく惹かれてしまっているので」。

参考 (「そらなる人」の例。[源氏物語39]「夕霧」)
山がつの籬をこめて立つ霧も心そらなる人はとゞめず (岩波文庫『源氏物語(四)』p.209)

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

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