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玉の緒よ絶えなば絶えねながらへば忍ぶることの弱りもぞする

作者:式子内親王 出典:[百人一首]89/[新古今和歌集11]1034
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.125

「学校文法の試験」に格好の歌。「絶えなば」の「な」は完了の「ぬ」の未然形だから「たしかに絶えてしまうならば」。「絶えね」の「ね」は完了の「ぬ」の命令形だから「絶えてしまいなさい」。「ながらへば」(下二段動詞未然形+ば) は「命永らえるならば」。「忍ぶる」は、「隠す」の意。「シノブ」と云う動詞は、包み隠すと云う意味の時は、シノビ、シノビ、シノブ、シノブル、シノブレ、シノビヨと上二段活用するのが本筋である。「弱りもぞする」の「もぞ」は、懸念、危惧を表わす。

大野晋の説明は以下の通り:「内親王という身分では、たやすく位の低い臣下などと結婚することはできないので、恋を隠さねばならない。逢いたい人に逢うには命永らえなければならないけれども、生きていると、もう、この恋の苦しみを人々の前で隠す力も弱り果ててしまうかもしれない。」

大野晋が「忍ぶること」が「(恋を)包み隠す力」としたのは、言葉を噛み砕きすぎたかもしれない (まぁ、こう云う所は大野晋の美質にも関わっているので、とやかく言いたくはないのだが)。

私 ([ゑ]) の考える所では、「忍ぶること」には「包み隠す行為」、「包み隠す行為の対象であると云う事実そのもの」、「包み隠す行為の対象の内容 (一般論としての場合と、具体的な場合がありうるが、この歌の場合は、具体的で、「秘めたる恋情」)」のいづれをも意味しうる。この歌の場合、「包み隠す行為の対象であると云う事実そのもの」は妥当しないだろうが、その他の二つに就いて、「弱りもぞする」とのコロケーションが自然なのはどちらか、それとはやや別に作者の歌意はどちらだったか (両者が共鳴していると云うこともある) に就いての判断は、現時点では控えることにしよう。ただ、どう云う含意であるにしろ、この歌から感じられるのは、恋情の移り変わりのどうしようもなさに対する式子内親王の哀切な自己認識という形での「世界認識」だ。

参考 (「忍ぶること」の用例):
おもふには忍ぶることぞまけにける色にはいでじとおもひしものを (読人しらず [古今和歌集11]503)

思ふには忍ぶることぞ負けにける逢ふにしかへばさもあらばあれ (在原なりける男 [伊勢物語]65)

[源氏物語25]「蛍」
とのは、東の御方にも、さしのぞきたまひて、「中将の、今日の、つかさの手番のついでに、男ども引きつれて物すべきさまに言ひしを。さる心し給へ。まだ明きほどに、來なむものぞ。あやしく、こゝには、わざとならず忍ぶることをも、この親王達の聞きつけて、とぶらひものし給へば、おのづから、ことごとしくなむあるを、用意したまへ」など聞こえ給ふ。(岩波文庫『源氏物語(三)』p.44)

[源氏物語31]「真木柱」
おとゞの君、「いとほし」と思して、「かたき事なり。おのが心一つにもあらぬ人のゆかりに、内裏にも、心おきたるさまに思したなり。『兵部卿の宮なども、怨じ給ふ』と聞きしを。さいへど、思ひやり深うおはする人にて、聞きあきらめ、うらみ、解け給ひにたなり、おのづから、人の中らひは、忍ぶることと思へど、隠れなき物なれば。『しか思ふべき罪もなし』となん、思ひはべる」と、のたまふ。(岩波文庫『源氏物語(三)』p.189)

[源氏物語44]「竹河」
簾の内より、かはらけさし出づ。「『醉ひの進みては、忍ぶる事もつゝまれず。ひがことするわざ』とこそ、聞き侍れ。いかにもてない給ふぞ」と、とみにうけ引かず。(岩波文庫『源氏物語(五)』p.21)

[源氏物語53]「手習」
「 宮の、問はせ給ひしも、かゝることを、ほの思し寄りてなりけり。『などか、のたまはせ果つまじき』と、つらけれど、我も又、はじめよりありしさまのこと、きこえそめざりしかば。聞きて後も、なほ、をこがましき心地して、人に、すべて漏らさぬを、なかなか、ほかには聞こゆる事もあらむかし。現の人びとの中に、忍ぶることだに、隠れある世の中かは」(岩波文庫『源氏物語(六)』p.303)

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

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