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海にまぎれんとしき

作者:不詳 出典:竹取物語
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.27

『竹取物語』では、求婚者の「車持皇子」が、助動詞「き」を使うことで、自分の嘘を実体験であるかのように騙る。
かぐや姫に「東の海に蓬莱といふ山あなり。それに白銀を根とし、黄金を莖とし、白玉を實として立てる木あり。それ一枝折りて賜はらむ」と言われた車持皇子の「帰朝報告」:
翁、皇子に申すやう、「いかなる所にか、この木はさぶらひけむ。怪しく麗しくめでたき物にも」と申す。皇子答へて宣はく、「一昨々年の二月の十日比に、難波より船に乘りて、海中に出でて、行かむ方も知らず覺えしかど、思ふ事成らでは、世の中に生きて何かせむ、と思ひしかば、唯空しき風に任せて歩く。命死なば如何はせむ、生きてあらむ限りは斯く歩きて、蓬莱といふらむ山に逢ふや、と浪に漂ひ漕ぎ歩きて、我が國の内を離れて歩き廻りしに、或時は浪荒れつゝ海の底にも入りぬべく、或時には風につけて知らぬ國に吹き寄せられて、鬼のやうなるもの出で來て殺さむとしき。或時には來し方行末も知らず、海に紛れむとしき。或時には粮盡きて、草の根を食物としき。或時にはいはむ方なくむくつけげなるもの來て、食ひかからむとしき。或時には海の貝を取りて命をつぐ。旅の空に助くべき人も無き所に、いろいろの病をして、行方すらも覺えず。船の行くに任せて、海に漂ひて、五百日といふ辰の時許に、海の中に遙かに山見ゆ。舟の中をなむせめて見る。海の上に漂へる山いと大にてあり。その山の樣高くうるはし。これや我が覓むる山ならむと思へど、流石に恐ろしく覺えて、山の圍を指し廻らして、二三日ばかり見歩くに、天人の粧したる女、山の中より出で來て、銀の金碗をもて水を汲み歩く。これを見て船より下りて、『この山の名を何とか申す』と問ふに、女答へて曰く、『これは蓬莱の山なり』と答ふ。之を聞くに嬉しき事限りなし。この女に、『かく宣ふは誰ぞ』と問ふ。『我が名はほうかむるり』といひて、ふと山の中に入りぬ。その山を見るに、更に登るべきやうなし。その山の岨づらを廻れば、世の中に無き花の木ども立てり。金銀瑠璃色の水流れ出でたり。それにはいろいろの玉の橋渡せり。その邊に照り輝く木ども立てり。その中に、この取りて持てまうで來たりしは、いと惡かりしかども、宣ひしに違はましかばとて、この花を折りてまうで來たるなり。山は限りなく面白し。世に譬ふべきにあらざりしかど、この枝を折りてしかば、更に心許無くて、船に乘りて追風吹きて、四百餘日になむまうで來にし。大願の力にや、難波より昨日なむ都にまうで來つる。更に潮に濡れたる衣をだに脱ぎ更へなでなむ、此方まうで來つる」と宣へば、翁聞きて、打歎きて詠める、
  呉竹のよゝの竹取る野山にもさやは侘しき節をのみ見し
これを皇子聞きて、「こゝらの日比思ひ侘び侍りつる心は、今日なむ落居ぬる」と宣ひて、返し、
  我が袂今日乾ければ侘しさの千種の數も忘られぬべし
と宣ふ。
--[Taketori monogatari (UVa Library Etext Center: Japanese Text Initiative)]「蓬莱の玉の枝」(くり返し文字を適宜変更)


本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

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