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君やこし我やゆきけむおもほえず夢かうつつか寝てかさめてか

作者:読人しらず(伊勢斎宮) 出典:[伊勢物語]69/[古今和歌集13]645
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.58

「か」は自分自身に問うている。「や」は相手に問うている。「や」は、奈良時代には自分に確信や見込みがあるときに使ったが、平安時代になると、この歌のように「...や...や」と使う使い方が広まってくる。詞書「業平朝臣の伊勢のくににまかりたりける時、斎宮な りける人にいとみそかにあひて、又のあしたに人やるすべなくて思ひをりけるあひだ に、女のもとよりおこせたりける

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

[ゑ]補足 (2008-03-28):
参考 ([古今和歌集13]645詞書):
業平朝臣の伊勢国にまかりたりける時、斎宮なりける人に、いとみそかにあひて、又のあしたに、人やるすべなくて、思ひをりけるあひだに、女のもとよりおこせたりける

以前からこの歌の「夢かうつつか寝てかさめてか」は、前後只の言い換えで、表現として緩いのではないかと云う気がしていたのだが、「寝てかさめてか」が「寝ても覚めても」を、二重写しのように影に忍ばせていると捉えるなら、恋愛の phase に進展が起こっていることになるので、「歌」として成立することに気が付いた。そして、そう考えた方が、詞書にもそぐうと思われる。

勿論、当時にも「寝ても覚めても」と云う表現はあった:

わりなくもねても覚めても恋しきか心をいづちやらばわすれむ (読人しらず [古今和歌集12]570)

これを踏まえて、解を作ってみるとこうなる:「あなたがいらしたのか、私が行ったのかも定かではないほどの思いがけないことでした。あれは夢の中の出来事だったのでしょうか。それとも本当にあったことなのでしょうか。そして今、自分が眠って夢の中にいるのか、覚めているのか分からないほどあなたのことを思い続けております」

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