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三輪山をしかも隠すか雲だにも情あらなも隠さふべしや

作者:額田王 出典:[万葉集1]18
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.78, p.250

p.78 では、助詞「や」の用例として引用されている。「隠すか」は疑問よりも、詰問している。せめて雲だけでも情があってほしいと、相手をなじり、そして「隠さふべしや」は反語になっている。

p.250 では、助詞「だに」の用例として引用されている。

大野晋曰く:自分(額田王)は、三輪山のふもとの飛鳥の地の大海人皇子(おおあまのみこ)と一緒にいたかった。それが天智天皇により近江の都に連れられていく。「(奈良山を越えようとして南を見ると、ちょうど三輪山に雲がかかってきている)三輪山をこんな風に隠すのか、せめて雲だけでも心があってもらいたい。あの懐かしい三輪山を隠すべきではないのに」。

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

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