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此を持つ伊は称を致し、捨る伊は謗を招きつ

作者:菅野真道 et al 出典:[続日本紀30]宣命45
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.310, p.315, p.318

「称」の読みは「ほまれ」。この「伊(い)」は、「このもの」とか「このこと」とかに当たる。「これを保つものは称賛を得、捨てるものは人から非難をきっと招く」。「い」(伊)は体言だから、その上に来る言葉は連体形になる。
p.318 での引用形は「此を持ついはほまれを致す」。

参考 (菅野真道 et al [続日本紀30]宣命45):
冬十月乙未の朔、詔(みことのり)して曰(のたま)はく、
「天皇(すめら)が御命(おほみこと)らまと詔(の)りたまはく、掛(か)けまくも畏(かしこ)き新城(にひき)の大宮(おおみや)に天下(あめのした)治(をさ)め給(たま)ひし中(なか)つ天皇(すめらみこ)の臣等(おみたち)を召(め)して後(のち)の御命(おほみこと)に勅(の)りたまひしく『汝等(いましたち)を召(めし)つる事は朝庭(みかど)に奉侍(つかへまつ)らむ狀(さま)教(をし)へたまひ詔(の)りたまはむとそ召(め)しつる。おだひに侍(はべり)て諸(もろもろ)聞(き)きたまへ。貞(ただ)しく明(あき)らかに淨(きよ)き心(こころ)を以(もち)て朕(わ)が子(こ)天皇(すめらみこと)に奉侍(つかへまつ)り護(まも)り助(たす)けまつれ。繼(つ)ぎては是(こ)の太子(ひつぎのみこ)を助(たす)け奉侍(つかへまつ)れ。朕(わ)が教(をし)へ給(たま)ふ御命(おほみこと)に順(したが)はずして王等(おほきみたち)は己(おの)が得(う)ましじき帝(みかど)の尊(たふと)き寶位(みくらゐ)を望(のぞ)み求(もと)め、人(ひと)をいざなひ惡(あ)しく穢(きたな)き心(こころ)を以(もち)て逆(さかしま)に在(あ)る謀(はかりこと)を起(た)て、臣等(おみたち)は己(おの)がひきひき是(これ)に託(つ)き彼(かれ)に依(よ)りつつ頑(かたくな)に尤禮(ゐやな)き心(こころ)を念(おも)ひて橫(よこしま)の謀(はかりこと)を構(かま)ふ。如是(かく)在(あら)む人等(ひとども)をば、朕(われ)必(かなら)ず天翔(あまがけ)り給(たま)ひて見行(みそな)はし、退(しりぞ)て給(たま)ひ捨(す)て給(たま)ひきらひ給(たま)はむ物そ。天地(あめつち)の福(さきはい)も蒙(かがふ)らじ。是(かく)の狀(さま)知(し)りて明(あき)らかに淨(きよ)き心(こころ)を以(もち)て奉侍(つかへまつ)らむ人をば慈(うつくし)び給(たま)ひ愍(あはれ)み給(たま)ひて治(をさ)め給(たま)はむ物そ。復(また)天(あめ)の福(さきはひ)も蒙(かがふ)り、永(なが)き世(よ)に門(かど)絕(た)えず奉侍(つかへまつ)り昌(さか)へむ。ここ知(し)りて謹(つつし)まり淨(きよ)き心(こころ)を以(もち)て奉侍(つかへまつ)れと命(の)りたまはむとなも召(め)しつる』と勅(の)りたまひおほせ給(たま)ふ御命(おほみこと)を、衆諸(もろもろ)聞(き)きたまへと宣(の)る。
復(また)詔(の)りたまはく、掛(か)けまくも畏(かしこ)き朕(わ)が天(あめ)の御門(みかど)帝皇(すめら)が御命(おほみこと)以(もち)て勅(の)りたまひしく、『朕(われ)に奉侍(つかへまつ)らむ諸(もろもの)の臣等(おみたち)朕(われ)を君(きみ)と念(おも)はむ人は、太皇后(おほきさき)に能(よ)く奉侍(つかへまつ)れ。朕(われ)を念(おも)ひて在(あ)るが如く異(こと)にな念(おも)ひそ。繼(つぎ)ては朕(わ)が子(こ)太子(ひつぎのみこ)に明(あき)らかに淨(きよ)く二心(ふたごころ)尤(な)くして奉侍(つかへまつ)れ。朕(われ)は子(こ)二(ふた)りと云(い)ふ言(こと)は尤(な)し。唯(ただ)此(こ)の太子(ひつぎのみこ)一人(ひとり)のみそ朕(わ)が子(こ)は在(あ)る。此(こ)の心(こころ)知(し)りて諸(もろもろ)護(まも)り助(たす)て奉侍(つかへまつ)れ。然(しか)らば朕(われ)は御身(みみ)つからしくおほましますに依(より)て太子(ひつぎのみこ)に天(あま)つ日嗣高御座(ひつぎたかみくら)の繼(つぎ)ては授(さづ)けまつる』と命(のりたまひ)て、朕(われ)に勅(の)りたまひしく『天下(あめのした)の政事(まつりごと)は慈(うつくしび)を以(もち)て治(をさ)めよ。復上(またかみ)は三寶(さんぽう)の御法(みのり)を隆(さか)えしめ出家(いへで)せし道人(ひと)を治(おさ)めまつり、次(つぎ)は諸(もろもろ)の天神(あまつかみ・地祇(くにつかみ)の祭祀(まつり)を絕(た)えず、下(しも)は天下(あめのした)の諸人民(おほみかたら)を愍(あはれ)み給(たま)へ』。復(また)勅(の)りたまひしく『此(こ)の帝(みかど)の位(くらゐ)と云(い)ふ物は、天(あめ)の授(さづ)け給(たま)はぬ人(ひと)に授(さづけ)ては保(たも)ことも得(え)ず、亦(また)變(かへ)りて身(み)も滅(ほろび)ぬる物そ。朕(わ)が立(たて)て在(あ)る人と云(い)ふとも、 汝(みまし)が心(こころ)に能(よ)からずと知(し)り目(め)に見(み)てむ人(ひと)をば改(あらた)めて立(た)てむ事は心(こころ)のまにませよ』と命(の)りたまひき。復(また)勅(の)りたまひしく、『朕(わ)が東人(あづまひと)に刀(たち)授(さづ)てて侍(はべ)らしむる事は、汝(みまし)の近(ちか)き護(まも)りとして護(まも)らしめよと念(おも)ひてなも在(あ)る。是(こ)の東人(あづまびと)は常(つね)に云(いは)く、「額(ひたひ)には箭(や)は立(た)つとも背(せ)には箭(や)は立(た)たじ」と云(い)ひて君(きみ)を一(ひと)つ心(こころ)を以(もち)て護(まも)る物そ。此(こ)の心(こころ)知(し)りて汝(みまし)つかへ』と勅(の)りたまひし御命(おほみこと)を忘(わす)れず。此(かく)の狀(さま)悟(さと)りて諸(もろもろ)の東國(あづまのくに)の人等(ひとども)謹(つつ)しまり奉侍(つかへまつ)れ。然(しか)るに掛(か)けまくも畏(かしこ)き二所(ふたところ)の天皇(すめら)が御命(おほみこと)を朕(わ)が頂(いただき)に受(う)け賜(たま)はりて、晝(ひる)も夜(よる)も念(おもほ)し持(も)ちて在(あ)れども、由(よし)尤(な)くして人(ひと)に云(い)ひ聞(き)かしむる事得(え)ず。猶(なお)此(これ)に依(よ)りて諸(もろもろ)の人(ひと)に聞(き)かしめむとなも召(め)しつる。故(かれ)、是(ここ)を以(もち)て、今(いま)朕(わ)が汝等(いましたち)を教(をし)へ給(たま)はむ御命(おほみこと)を、衆諸(もろもろ)聞(き)きたまへと宣(の)る。
夫(そ)れ君(きみ)の位(くらゐ)は願(ねが)ひ求(もと)むるを以(もち)て得(う)る事は甚(いと)難(かた)しと云(い)ふ言(こと)をば皆(みな)知(し)りて在(あ)れども、先(さき)の人(ひと)は謀(はかりこと)をぢなし、我(われ)は能(よ)くつよく謀(はか)りて必(かなら)ず得(え)てむと念(おも)ひて種々(くさぐさ)に願(ねが)ひ禱(いの)れども、猶(おほ)諸聖(しよしよう)、天神(あまつかみ)、地祇(くにつかみ)の御靈(みたま)の免(ゆる)し給(たま)はず授(さづ)け給(たま)はぬ物に在(あれ)ば、自然(おのづから)に人(ひと)も申(まを)し顯(あらは)し、己(おの)が口(くち)を以(もち)ても云(い)ひつ。變(か)へりて身(み)を滅(ほろぼ)し災(わざはひ)を蒙(かがふ)りて終(つひ)に罪(つみ)を己(おのれ)も他(ひと)も同(おな)じく致(いた)しつ因。茲(これ)て因(よ)りて、天地(あめつち)を恨(うら)み君臣(きみおみ)をも怨(うら)みぬ。猶(おほ)心(こころ)を改(あらた)めて直(なほ)く淨(きよ)く在(あ)らば、天地(あめつち)も憎(にく)みたまはず君(きみ)も捨(す)て給(たま)はずして福(さきはひ)を蒙(かがふ)り身(み)も安(やす)けむ。生(い)きては官位(つかさくらゐ)を賜(たま)はり昌(さか)え、死(し)にては善(よ)き名(な)を遠(とほ)き世(よ)に流(なが)し傳(つた)へてむ。是(こ)の故(ゆゑ)に先(さき)の賢(さか)しき人(ひと)云(い)ひて在(あ)らく『體(み)は灰(はひ)と共(とも)に地(つち)に埋(うづも)りぬれど、名(な)は烟(けぶり)と共(とも)に天(あめ)に昇(のぼ)る』と云(い)へり。また云(い)はく、『過(あやまち)を知(し)りては必(かなら)ず改(あらた)めよ、能(よ)きを得(え)ては忘(わす)るな』といふ。然(しか)る物を口(くち)に我(われ)は淨(きよ)しと云(い)ひて心(こころ)に穢(きたな)きをば天(あめ)の覆(おほ)はず地(つち)の載(の)せぬ所(ところ)と成(なり)ぬ。此(こ)を持(たも)ついは稱(たたへ)を致(いた)し 捨(す)つるいは謗(そしり)を招(まねき)つ。深(ふか)く朕(わ)が尊(たふと)び拜(をろが)み讀誦(どくじゆ)し奉(まつ)る最勝王經(さいしようわうきやう)の王法正論品(わうぼふしやうろんぼん)に命(の)りたまはく『若(も)し善惡(ぜんあく)の業(げふ)を造(つく)らば、現在(げんざい)の中(なか)に諸天(しよてん)と共(とも)に護持(ごぢ)して、其(そ)の善惡(ぜんあく)の報(ほう)を示(しめ)さしめむ。國人(こくじん)の惡業(あくげふ)を造(つく)るを王者(わうじや)禁制(きんせい)せざるは、 此(こ)れ正理(しやうり)に順(じゆん)ぜず。治擯(じひん)せむこと當(まさ)に法(のり)の如(ごと)くすべし』と命(の)りたまひて在(あ)り。是(ここ)を以(もち)て汝等(いましたち)を教(をし)へ導(みちび)く。今世(このよ)には世間(せけん)の榮福(ゐやうふく)を蒙(かがふ)り忠(ただ)しく淨(きよ)き名(な)を顯(あらは)し、後世(のちのよ)には人天(にんでん)の勝樂(しやうらく)を受(う)けて終(つひ)に佛(ほとけ)と成(な)れと念(おもほ)してなも諸(もろもろ)に是(こ)の事を教(をし)へ給(たま)ふと詔(の)りたまふ御命(おほみこと)を、衆諸(もろもろ)聞(き)きたまへと宣(の)る。
復(また)詔(の)りたまはく 、此(こ)の賜(たま)ふ帶(おび)をたまはりて、汝等(いましたち)の心(こころ)をととのへ直(なほ)し朕(わ)が教(をし)へ事(こと)に違(たが)はずして束(つか)ね治(をさ)めむ表(しるし)となも此(こ)の帶(おび)を賜(たま)はくと詔(の)りたまふ御命(おほみこと)を、衆諸(もろもろ)聞きたまへと宣(の)る」とのたまふ。
岩波書店[新日本古典文学大系]『続日本紀四』p.256-p.263

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

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