« ひさかたのひかりのどけき云々の歌は、しづ心なく花のちるかな。何とてしづ心なく花のちるらんといふ意なり。次々の歌もみな此格に同じ。いづれも△のしるしを附けたる所に。何とてといふ言を加へて心得べし。さて此らんをかなに通ふと云ふことは。右の古今の歌のらんを顕昭が本には花と見ゆるかと有。此のかはかなの意也。又新古今九、貫之
  見てだにもあかぬ心を玉ぼこの道のおくまで人のゆくらん
 此歌も同じ格なるを。古今六帖には下句を「みちのく迄も人のゆくかな」とあり。これらにてさとるべし。
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ひさかたの光のどけき春の日に静心なく花の散るらむ

作者:紀友則 出典:[古今和歌集2]84
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.393

「らむ」の用例。『日本語で一番大切なもの』における所説は以下の通り:この「らむ」は、詠嘆の意味ととって、一応「こんなに光がのどかに出ている春の日に、落ち着いた心もなく花はちることよ」と訳せはする (本居宣長は、「かな」に通う「らむ」と云うことを言っている。そこで、「らむ」を「かな」で置き換えると「ひさかたの光のどけき春の日に静心なく花の散るかな」となって、それでも良いようにも思える) が、「なぜ」を補って、理由・原因を推量すると云うようにも訳せる (本居宣長も但し書きを付けて、「らむ」が詠嘆であると云う断定に含みを持たせている)。「らむ」には本質的に曖昧なところがある。

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

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« ひさかたのひかりのどけき云々の歌は、しづ心なく花のちるかな。何とてしづ心なく花のちるらんといふ意なり。次々の歌もみな此格に同じ。いづれも△のしるしを附けたる所に。何とてといふ言を加へて心得べし。さて此らんをかなに通ふと云ふことは。右の古今の歌のらんを顕昭が本には花と見ゆるかと有。此のかはかなの意也。又新古今九、貫之
  見てだにもあかぬ心を玉ぼこの道のおくまで人のゆくらん
 此歌も同じ格なるを。古今六帖には下句を「みちのく迄も人のゆくかな」とあり。これらにてさとるべし。
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  見てだにもあかぬ心を玉ぼこの道のおくまで人のゆくらん
 此歌も同じ格なるを。古今六帖には下句を「みちのく迄も人のゆくかな」とあり。これらにてさとるべし。
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