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色よりも香こそあはれと思ほゆれたが袖ふれし宿の梅ぞも

作者:読人しらず 出典:[古今和歌集1]33
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.178

「色よりも香こそあわれと思われるなあ」の「こそ」は、全くの強調だけになっている。強調だけである例としては古い方。
『日本語で一番大切なもの』では解は与えられていない。この歌が詠まれた状況を想像すると、おそらく、作者 (男性か?) の家にあった (女性により?) 梅の花が手折られたのだろう。「花の色より香りの方が心に沁みたのためだろうか、私の家の梅の花が手折られている。手折られた花は誰の袖に入っているのだろう」。花が「袖ふれし」とは「手折られる」の、そして、さらに一歩進めれば、「袖に入れられる」の婉曲語法だろう。

ちなみに「花を袖に入れる」に関して付言すると、梅ではなく、藤の花の例だが、「大伴家持 [万葉集19]4192/4216」では、「藤波の 花なつかしみ 引き攀ぢて 袖に扱入れつ 染まば染むとも」と歌われている。
また、橘の花では「かけまくも あやに畏し 天皇の 神の大御代に 田道間守 常世に渡り 八桙持ち 参ゐ出来し時 時じくの かくの木の実を 畏くも 残したまへれ 国も狭に 生ひ立ち栄え 春されば 孫枝萌いつつ ほととぎす 鳴く五月には 初花を 枝に手折りて 娘子らに つとにも遣りみ 白栲の 袖にも扱入れ かぐはしみ 置きて枯らしみ あゆる実は 玉に貫きつつ 手に巻きて 見れども飽かず 秋づけば しぐれの雨降り あしひきの 山の木末は 紅に にほひ散れども 橘の なれるその実は ひた照りに いや見が欲しく み雪降る 冬に至れば 霜置けども その葉も枯れず 常磐なす いやさかはえに しかれこそ 神の御代より よろしなへ この橘を 時じくの かくの果と 名付けけらしも (大伴家持 [万葉集18]4111/4135)」がある。

梅の香が袖に移ったのではなく、梅の香の方が、香りを薫きしめた誰かの袖に触れたことによる残り香だと説明されていることがあるようだが (と言うか、これが通解であるらしい)、私は従いがたい。
まず、何故、私がこの歌で梅の花が手折られたかと思ったかと云うと、「そうとしか思えなかった」と云うのが第一の理由だが、第二には、この歌が、直前歌「折りつれば袖こそ匂へ梅の花ありとやここに鴬の鳴く (読人しらず [古今和歌集1]32)」を踏まえていると考えたからだ (「梅の花を手折って入れたから袖に梅の匂いがする。梅の花があるといって、ここで鴬が鳴くかもしれない」ぐらいの意味だろう)。謂わば直前歌は、梅の花を手折った側の歌であるのに対し、この歌は手折られた梅の花があった家の主人の歌と云う結構で配置されたのではないか。
勿論、花に袖の香がするのではなく、袖に花の香がすると云う歌の代表である「さつきまつ花橘の香をかげば昔の人の袖のぞする (読人しらず [古今和歌集3]139)」のことは、殆ど思い出す必要さえなく、念頭にあった。さらに言うならば、上記に引用した「大伴家持 [万葉集18]4111/4135」でも「袖にも扱入れ かぐはしみ」と歌われていることに注意すべきだろう。

梅の場合に就いても、幾つか例を検討してみよう。『古今和歌集』では、次のように詠まれている。
  寛平御時きさいの宮の歌合の歌
梅がかを袖にうつしてとどめてば春はすぐともかたみならまし
(読人しらず [古今和歌集1]46)
ちると見てあるべきものを梅の花うたてにほひの袖にとまれる (素性法師 [古今和歌集1]47)
二首のどちらも梅の香が袖に移すことに関わるのは (正確には、「読人しらず [古今和歌集1]46」の方は、「移しておいたならば」だが)、論を俟たないだろう。

『後撰和歌集』にも素性法師の歌が収められている。
梅の花折ればこぼれぬ我が袖ににほひ香うつせ家づとにせむ (素性法師 [後撰和歌集1]28)

『新古今和歌集』では、次の3首は欠かせまい。
梅の花にほひをうつす袖のうへに軒漏る月のかげぞあらそふ (藤原定家 [新古今和歌集1]44)
梅が香にむかしをとへば春の月こたへぬかげぞ袖にうつれる (藤原家隆 [新古今和歌集1]45)
梅の花誰が袖ふれしにほひぞと春や昔の月にとはばや (右衛門督通具/源通具 [新古今和歌集1]46)
「藤原定家 [新古今和歌集1]44」でも「藤原家隆 [新古今和歌集1]45」でも、梅の香が袖に移っているのであって、袖の香りが梅の花に移っているのではないのは明らかだろう。両者同工で、梅の香の袖への「うつり」と月影の袖への「うつり」とを重ねている訣だが、定家は「梅の花の匂いがうつっている袖の上に、軒を漏れ来た月影がうつって、お互い競い合っている」と詠むのに対し、家隆は「昔のことを偲ぼうと、袖にうつった梅の香をたづねたが、そこには何も答えない春の月影がうつっているだけだった」と詠んでいる。では「右衛門督通具/源通具 [新古今和歌集1]46」はどうかと云うと、これも私には、「梅の香が袖に移っている」と思えるが、取り敢えず断定しまい。なぜなら、「右衛門督通具/源通具 [新古今和歌集1]46」は、容易に見て取れるように「読人しらず [古今和歌集1]33」と「読人しらず [古今和歌集3]139」と、そして「月やあらぬ春や昔の春ならぬわが身ひとつはもとの身にして (在原業平 [伊勢物語]4/[古今和歌集15]747)」を、組み合わせた以上のことはしていない (ただし「にほひ」と云う言葉が新たに付け加えられているが) 本歌取りだから、歌の内在に限定する限り、この議論の素材には馴染まないのだ。(実は、「にほひ」には「香」の他に「色つや」の意味もあるから、「藤原定家 [新古今和歌集1]44」と「右衛門督通具/源通具 [新古今和歌集1]46」に関する限り補足の議論をしても良いのだが、結局は現在のこの議論には大筋には影響しない。)
注意するまでもないことだが、「読人しらず [古今和歌集1]46」、「素性法師 [古今和歌集1]47」、「藤原定家 [新古今和歌集1]44」、「藤原家隆 [新古今和歌集1]45」では「袖ふれ(し)」は起こっていない。従って、「読人しらず [古今和歌集1]33」が「袖ふれ」がされたことで、袖に「梅が香」が移っていると解する直接の証拠にはなりえない。では、そうした例がないのかと云うと、時代が『新古今和歌集』以降なるが、次の歌がある:
袖ふれば色までうつれ紅の初花染にさける梅が枝 後嵯峨院 [続拾遺和歌集1]44
この「色までうつれ」は、「香りが移る程度を超えて、色までも袖に移れ」と解すしかないだろう。全体を、今議論している文脈で踏み込んで解を付けるならば「手折って袖に入れたなら(『袖にふれし』)、香りだけでなく色も移って、ベニバナの『初花染め』で染めたようにしてくれ梅の枝の花よ」。「ベニバナの初花染め」は、その年始めた咲いたベニバナで染めること、又は染めたもの。
また、次のようなものもある。
『源氏物語』[早蕨]
御前近き紅梅の、色も香も、なつかしきに、鴬だに、過ぐしがたげに、うち鳴きて渡るめれば、まして「 春や昔の」と、心を惑はし給ふどちの御物語に、 折あはれなりかし。風の、さと吹き入るゝに、花の香も、まらうどの御匂ひも、 橘ならねど、むかし思ひ出でらるゝつまなり。「つれづれの紛らはしにも、世の憂き慰めにも、心とゞめて、もてあそび給ひしものを」など、心にあまり給へば、
  見る人もあらしに迷ふ山里にむかしおぼゆる花の香ぞする
言ふともなく、ほのかにて、たえだえ聞こえたるを、 なつかしげに、うち誦じなして、
   袖ふれし梅はかははらぬ匂ひにて根ごめ移ろふ宿やことなる
岩波文庫『源氏物語(五)』p.243-p.244 (繰り替えし文字も適宜変更)
この薫の歌「袖ふれし梅はかははらぬ匂ひにて根ごめ移ろふ宿やことなる」 (「読人しらず [古今和歌集1]33」を本歌取りしたものと言われいてる)は、「以前香を愛でて手折った梅の花が、その香りも以前と変わらぬまま、梅の木は別の家の庭に移し植えられるのですね」と解した方が、「以前私の袖から香を移した梅の花が、その香りも以前と変わらぬまま、別の家の庭に移し植えられるのですね」と解するより、「もののあはれ」が深いだろう。特に、「梅」に擬えて、薫が中の君のことを語っていることを考え併せるなら、歌意の趣きの違いは歴然としている。

では、「袖の香が梅の花に移る」と明確に言える例が全くないのかと云うと、これがあるのだな:
『源氏物語』[匂宮]
香のかうばしさぞ、この世の匂ひならず、あやしきまで、うちふるまひ給へるあたり、遠く隔たる程の追風に、まことに、百歩の外も、薫りぬべき心地しける。誰も、さばかりになりぬる御有様の、いと、やつればみ、たゞありなるやはあるべき。さまざまに、「我、人に勝らむ」と、つくろひ、用意すべかめるを、かく、かたはなるまで、うち忍び立ち寄らむ、物の隈も、しるきほのめきの、隠れあるまじきに、うるさがりて、をさをさ取りもつけ給はねど、あまたの、御唐櫃に埋もれたる香の香どもも、この君のは、言ふよしもなき匂ひを加へ、お前の花の木も、はかなく袖ふれれたまふ梅の香は、春雨の雫にも濡れ、身にしむる人多く、秋の野に主なき藤袴も、もとの薫りは隠れて、なつかしき追風殊に、をりなしからなむ、まさりける。 岩波文庫『源氏物語(四)』p.335-p.336 (繰り替えし文字を適宜変更)
しかし、ここでまず注意すべきなのは、この薫のありさまの叙述が滑稽譚、もしくはホラ話風になっていることである。紫式部は、読者からの「無イ無イ」と云うツッコミを期待しているような書きぶりなのだ。そして、言うまでもなかろうが、ここで梅の花に移るのは梅の花の香ではなく、いわば「薫の体臭」だと云うことだ。さらに、付け加えるならば、「袖ふれれたまふ梅の香」は勿論「色よりも香こそあはれと思ほゆれたが袖ふれし宿の梅ぞも (読人しらず [古今和歌集1]33)」を踏まえているのだろうが、その直後の「春雨の雫にも濡れ」が「匂ふ香の君思ほゆる花なれば折れる雫に今朝ぞ濡れぬる (伊勢 [古今和歌六帖1]600/[伊勢集]335)」に拠っているだろう事である。ここでも、梅の花の枝は折られているのだ。

以上で、「たが袖ふれし」に就いての議論を終えるが、最後に引用した『源氏物語』の続きの部分も興味深いので、ついでに引用しておく (くどくなるが、以下の引用文中、薫の「人の咎むる香」は「梅の花たちよるばかりありしより人のとがむる香にぞしみぬる (読人しらず [古今和歌集1]35)」を踏まえている。梅の花の香が人に移っていることに注意)。
かく、いと、怪しきまで、人の咎むる香に、しみ給へるを、兵部卿の宮なむ、異事よりも、いどましく思して。それは、わざと、よろづの勝れたるうつしをしめ給ひ、朝夕のことわざに、あはせいとなみ、お前の前栽にも、春は、梅の花の園を眺め給ひ、秋は、世の人の、めづる女郎花、小牡鹿の妻にすめる萩の露にも、をさをさ、御心移したまはず、老を忘るゝ菊に、衰へゆく藤袴、物げなき吾木香などは、いと、すさまじき霜枯の頃ほひまで、おぼし捨てずなど、わざとめきて、香に愛づる思ひをなむ、たてて好ましうおはしける。かゝる程に、「すこし、なよびやはらぎ過ぎて、好いたる方に引かれ給へり」と、世の人は、思ひ聞えたり。昔の源氏は、すべて、かく、たてて、「その事」と、やう變り、しみ給へる方ぞ、なかりし。 岩波文庫『源氏物語(四)』p.336 (繰り替えし文字を適宜変更)
前段で、薫が滑稽な存在であると暴露した紫式部は、ここで、匂宮が、そうした薫に真剣に張り合おうとする人物であると形容される。それだけでもう、匂宮の「詰まらなさ」は決定付けられているのだ。そして、最後の一文である。作者は、それまで、抜き身のナイフをちらつかせながら、さんざん脅しておいて、最後にあっさりとナイフを心臓に突き刺すようなことをしているのだ。しかし、このことは作者をも縛る。逆に言えば、ここに紫式部の小説家としての自信が垣間見えるのだ。「二人の詰まらない男」を主人公にしても「面白い物語」が作り上げるられると云う自信である。

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

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