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わが背子が来まさぬ宵の秋風は来ぬ人よりもうらめしきかな

作者:曽禰好忠 出典:[拾遺和歌集13]833
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.294

大野晋の説明:「が」は、本来体言と体言とを結ぶものだったが、この歌では「わが背子が宵」に「来まさぬ」が入っている。

「背子」は女性が夫・恋人を呼ぶ場合にも、男性が男性の友人を呼ぶ場合にも使われるが、この歌は『拾遺和歌集』の「恋三」に収められているから、女性の立場で詠んだものとしておいてよいだろう。「あの人が来てくれない夕方に秋風が吹くと、あるいは、飽きられてしまったのかもしれないと気を揉んで、あの人が来てくれないことよりも、本当はどうなのかと、そちらの方が気にかかりつづけます」

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

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