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忘れても人に語るなうたたねの夢みてのちも長からじよを

作者:馬内侍 出典:[新古今和歌集13]1161
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.346

「を」の用例。丸谷才一によるなら、三通りの解釈が可能:
「二人がいま関係してすぐに明けるであろう夜のことを人に絶対語るな」
「人に語るな、一夜を共にしても長くはあるまいと思われるわれわれの命なのだから」
「人に語るな、うたたねの夢のような恋を味わったのち、すぐに夜は明けるのに(つまり、二人の仲は長く続かないであろうに)」

こう説明されると「ナルホドネー」とでも言うしかないのだが、どうもピンとこないなぁ。まず、「忘れても人に語るな」が係っているのは「うたたねの夢」なのか、「長からじよ」なのか、と考えると、「うたたねの夢」、つまり「儚い逢瀬」と「忘れても人に語るな」とは素直に繋がる。では「長からじよ」と「忘れても人に語るな」の方はどうかと云うと、「『よ』が長くないから、忘れてもいいけれど、人には話さないで」となって、意味不明だ。

「私の読みが浅いのかしらん」と思いながら、仕方がないので、取り敢えず、問題を迂回して、馬内侍の歌で「忘れ」と「人に語るな」の用例を探していたら、[時代統合情報システム 新古今和歌集 巻第十三] では当該歌が、次のように表記されていた:

わすれても-ひとにかたるな-うたたねの-ゆめみてのちも-なからへしよを (馬内侍 [新古今和歌集13]1161)

「長らへしよを」か...。意味が通じてしまうなぁ。こんな感じだろうか:「私たちの恋のことは忘れても構いませんが、人には話さないでくださいね。『うたたねの夢』のようなあの儚い逢瀬が終わった後も、私たちは世の中を生きてきているのですから」。

「時代統合情報システム」は、どこから「なからへしよを」を何処から引っ張ってきたのか不明なので、裏付けの取りようがない。そして、どちらにしろ現状では圧倒的に少数派だ (単独で孤立している?)。私にとっては、「長からじよを」では意味が取りにくいが、「長らへしよを」なら意味が通じると云うことだけが、根據なんだが、無視する気は起こらない。今後の見当材料として、ここに書いておく。

なお、この歌の詞書は「人に物いひはじめて」である。つまり「釘を刺した」ぐらいの意味なんだろう。このことも「なからへしよを」採用の補強証拠になるかもしれない。

参考 (馬内侍の歌の中で「忘れ」や「人に語るな」が詠まれいる例):
  かへる雁をよめる
とどまらぬ心ぞみえん帰る雁花のさかりを人にかたるな
(馬内侍 [後拾遺和歌集1]70)

  忘れじと言ひ侍りける人のかれがれになりて、枕箱とりにおこせて侍りけるに
玉くしげ身はよそよそになりぬとも二人ちぎりしことな忘れそ
(馬内侍 [後拾遺和歌集16]924)

  雪のあした人のまで來て、かくならひて來ずば、いかゞ思ふべきと申しければ
忘れなば越路の雪のあと絶えて消ゆるためしになりぬばかりぞ
(馬内侍 [金葉和歌集(三奏本)8]445)

  左大将朝光、誓言文(ちかごとふみ)を書きて、代りおこせよと責め侍りければつかはしける
ちはやぶる賀茂のやしろの神も聞け君忘れずは我も忘れじ
(馬内侍 [千載和歌集15]909)

やとかへて-にほひおとるな-うめのはな-むかしわすれぬ-ひともあるよに (馬内侍 [続古今和歌集17]1498)

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

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