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見むと言はば否といはめや梅の花散りすぐるまで君が来まさぬ

作者:中臣清麻呂 出典:[万葉集20]4497/4521
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.43

否定の返事「いな」の用例。「遭いたいと言えば、嫌とは決して申しませんのに」だろうと、大野晋は言っているが (そして、この歌だけを読むなら、そうした解釈もあながち不自然ではないのだが)、この「見む」は、素直に「梅の花が見たい」の意味だろう。何故なら、この歌は「式部大輔中臣清麻呂朝臣が宅にて宴する歌十首」と詞書のある一連の和歌 ([万葉集20]4496/4520-[万葉集20]4505/4529) の第2首なのだが、その第1首は、「恨めしく君はもあるかやど梅の散り過ぐるまで見しめずありける (大原今城真人 [万葉集20]4496/4520)」なのである。つまり、宴に招かれた客である大原今城真人が、主人宅の梅の花が散ってしまっているのをみて「見せてくれなかったのは残念」と揶揄ったのに対して、主人の中臣清麻呂は、まともに「『見たい』ということなら『いや』と言うことがありうるでしょうか。梅の花が散りきってしまうまであなたがいらっしゃらなかったじゃありませんか」と、まともに答えたのだ。所謂「ボケ殺し」である。

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

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