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いで如何にここだはなはだ利心の失するまで思ふ恋ふらくのゆゑ

作者:柿本人麻呂歌集 出典:[万葉集11]2400/2404
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.48

感動詞「いで」の用例。大野晋の説明によれば、「いで如何に」と云うのは、「さあ、あなたはどうですか」と聞いていて、それに「こんなにひどく、しっかりした気持ちが砕けてしまうまで、私はあなたのことを思い詰めています。あなたにひかれているものだから」と続いている。

うーむ。どうもピンとこないなぁ。「いで如何に」は単純に「一体どう云う訣で」で良いのではないだろうか。私なりに解を付けると、「一体どう云う訣で、こんなにひどく我を忘れるまでに思いつめることになったのか? それはあの人が恋しいからだ!」

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

補足
「[万葉集11]2400/2404」の原文は「伊田何 極太甚 利心 及失念 戀故」。

ここで「恋ふらくのゆゑ」をキチンとパラフレーズしておくと「逢いたくてたまらないのに逢えないからだ」。
と云う訣で「[万葉集11]2400/2404」の解を書き直しておく。「一体どう云う訣で、こんなにひどく我を忘れるまでに思いつめることになったのか? それはあの人に逢いたくてたまらないのに逢えないからだ!」

なお、「いで如何に我がここだ恋ふる我妹子が逢はじと言へることもあらなくに 」と訓が付けられることもある「[万葉集12]2889/2901」の原文は「乞如何 吾幾許戀流 吾妹子之 不相跡言流 事毛有莫國」だが、この「乞如何」は「いでなぞ」と読まれることもある。

「いでいかに」か「いでなぞ」かは兎も角、そして「乞如何」なぞ如何にも「さあ、あなたはどうですか」といった文字ヅラだが、一首の内容は自問である:「一体どう云う訣で、私はこんなにひどくあの人に逢いたい切なさに堪らなくなっているのだろう。あの人が逢いたくないなどと言ったことはないのに」。

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