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見る夢のうつつになるは世の常ぞ現つの夢になるぞ悲しき

作者:読人しらず 出典:[拾遺和歌集14]920
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.98

「ぞ」の用例。「世の常ぞ」の「ぞ」は「である」の意。丸谷才一の解は「夢解きが的中して、夢見が正夢で現実になるこの世間でよくあること。この仕合わせな現実が、いつかはかない夢になってしまうと思うと悲しい」。

私の解釈は、少し違う。私には、この歌から恋愛の臨場感 (勿論、この歌は恋歌である。そもそもからして、『拾遺和歌集』巻十四「恋四」所収) が伝わってこないのだ。なんとなく「他人事」と言って悪ければ、恋愛を感じていないで、恋愛を論じている風とでも言うべきか。それを踏まえて、解を作ると「見た夢が正夢で、現実になるなどは陳腐である。本物だと思っていた恋が夢と儚く消えることの方が、印象が深いのだ」。

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

補足 (「世の常」の用例)
[枕草子]182
村上の前帝の御時に、雪のいみじう降りたりけるを、様器に盛らせ給ひて、梅の花を挿して、月のいと明きに、「これに歌よめ。いかが言ふべき」と、兵衛の蔵人に賜はせたりければ、「雪月花の時」と奏したりけるこそ、いみじうめでさせ給ひけれ。「歌などよむは世の常なり。かくをりにあひたることなむいひがたき」とぞ仰せられける。

おなじ人を御供にて、殿上に人さぶらはざりけるほど、たたずませ給ひけるに、炭櫃にけぶりの立ちければ、「かれは何ぞと見よ」と仰せられければ、見て帰りまゐりて、
  わたつ海の沖にこがるる物見ればあまの釣してかへるなりけり
と奏しけるこそをかしけれ。蛙の飛び入りて、焼くるなりけり。

(岩波文庫『枕草子』p.230-p.231)

ちなみに「雪月花の時」は『和漢朗詠集』[交友] 中の「琴詩酒の友は皆我を抛つ、雪月花の時最も君を憶ふ/琴詩酒友皆抛我 雪月花時最憶君 (白居易)」を踏まえる。

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