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有馬やま猪名の笹原風吹けばいでそよ人を忘れやはする

作者:大弐三位 出典:[百人一首]58/[後拾遺和歌集12]709
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.55

歌をうたいだすときの掛け声「そよ」を感動詞として用いている例。「そよ」の他に、「いで」も、「いな」(「猪名」は「ゐな」だが)も感動詞とは、丸谷才一の言。

参考 (『後拾遺和歌集』では、この歌と直前歌が対をなす):
  男かれがれになり侍ける頃よめる
風の音の身にしむばかり聞ゆるはわが身に秋やちかくなるらん
(読人しらず [後拾遺和歌集12]708)
  かれがれなるをとこのおぼつかなくなどいひたりけるによめる
有馬やま猪名の笹原風吹けばいでそよ人を忘れやはする
(大弐三位 [百人一首]58/[後拾遺和歌集12]709)

男の方が「風の音が、まるで身に沁みいるように聞こえるのは、(ご無沙汰しすぎているので)あなたに、そろそろ『飽き』の風が吹き出しそうだからでしょう」と言ってきたのに対して、大弐三位は、「風の音」と云う言葉を引き取って「そよ」を歌の中に入れ、さらに「そよ」には「それそれ(、そのことですが)」と云う意味の感動詞でもあることから「(私があなたに飽きそうですって?) 私があなたを忘れるわけないじゃありませんか」と切り返した訣である。

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

補足
言うまでもないが、大弐三位は紫式部の娘。

参考 (「有馬山」と「猪名」):
しなが鳥猪名野を来れば有馬山夕霧立ちぬ宿りはなくて [一本には「猪名の浦みを漕ぎ来れば」といふ] (作者不詳 [万葉集7]1140/1144)
有馬山おろす嵐の寂しきに霰ふるなりゐなのさゝ原 (藤原定家 [捨遺愚草員外-堀河題百首]730)

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