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忘れてはうち嘆かるる夕べかなわれのみ知りて過ぐる月日を

作者:式子内親王 出典:[新古今和歌集11]1035
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.344

「を」の用例。『日本語で一番大切なもの』における説明:接続助詞としての「を」と格助詞としての「を」が重層的になっている。このため「月日を忘れては」とも「月日なるものを」ともとれる。

『新古今和歌集』における、この歌の前後の歌:
玉の緒よ絶えなば絶えねながらへば忍ぶることの弱りもぞする (式子内親王 [百人一首]89/[新古今和歌集11]1034)
わが戀は知る人もなしせく床のなみだもらすな黄楊の小まくら (式子内親王 [新古今和歌集11]1036)
3首全体の詞書:「百首歌の中に、忍戀を

この歌の重層性に就いては、『日本語で一番大切なもの』p.345-p.355 で丸谷才一と大野晋が語っている通りだが、私なりに補足すると、「うち嘆かるる」、つまり「ふと溜め息をつく」のは無意識的な行為だが、「忘れ」るのは、意識的に意識の外へ追い出したとも、無意識的に意識から消失したともとれることだ。つまり、以下の全ての解が重層的に成立して、共鳴しあっている:
「この秘めた恋を『忘れてしまおう』と忘れてみたら、ふとため息が出た夕べです。私だけが知っている、これまでの月日があるのです」。
「これまでの秘めた恋の月日を『忘れてしまおう』と忘れてみたら、ふとため息が出た夕べです」。
「気が付くと、『秘めた恋』が心の中から消えていて、ふとため息が出た夕べです。私だけが知っている、これまでの月日があるのです」。
「気が付くと、これまでの『秘めた恋』の月日が心の中から消えていて、ふとため息が出た夕べです」。

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

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