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妹が名も我が名も立たば惜しみこそ富士の高嶺の燃えつつ渡れ

作者:不詳 出典:[万葉集11]2697/2705
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.171

「こそ」による係結びの例。当時富士山が煙をはいて燃えていた。「恋人の噂も私の噂も、世間に広まったら惜しいからこそ、富士の高嶺のように、もやもやと煙をはきながら生き渡っているのに(そうしているのは、後ではっきりとお前と一緒になろうと思っているからだのに)」と大野晋は説明する。

「もえつつ」を「もやもやと煙をはきながら」とすることには、私 ([ゑ]) は躊躇を覚える。しかし、「もえつつ」の解釈から「燃えるように」を排除する大野晋の語感は正しいとおもう (「富士の高嶺」は、単に「燃えつつ」を導くためのもので、「燃えつつ」自体に「もやもやと」と云う意味が --あまり古く遡れないらしい言葉だとは言え「靄」は、「燃ゆ」と同根かもしれない-- あるだろうから、当時の富士山の噴火状況云々は必要ないのではないか)。たしかに、この「もえつつ」には「もやもやと」とか「ぼんやりと」とか「中途半端に」とか「ゆらめきながら」とか「はっきりせずに」とか云うニュアンスがある。大野晋も示唆していることだが、それを私なりに表現すると、この歌の作者 (男性) は恋人 (女性) から「ハッキリしてよ」と叱咤されたのだろう。それに対して男の方が「今ハッキリさせちゃったら、お前も俺もいろいろ都合が悪いだろ」と答えているのだ。まぁ、典型的な逃げ口上と云う気がしないでもないが。

参考 (『万葉集』中の「もえつつ」の用例):
思はぬに妹が笑ひを夢に見て心のうちに燃えつつぞ居る (大伴家持 [万葉集4]718/721)

父母が 成しのまにまに 箸向ふ 弟の命は 朝露の 消やすき命 神の共 争ひかねて 葦原の 瑞穂の国に 家なみや また帰り来ぬ 遠つ国 黄泉の境に 延ふ蔦の おのが向き向き 天雲の 別れし行けば 闇夜なす 思ひ惑はひ 射ゆ鹿の 心を痛み 葦垣の 思ひ乱れて 春鳥の 哭のみ泣きつつ あぢさはふ 夜昼知らず かぎろひの 心燃えつつ 嘆き別れぬ (田辺福麻呂歌集 [万葉集9]1804/1808)

我妹子に逢ふよしをなみ駿河なる富士の高嶺の燃えつつかあらむ (作者不詳 [万葉集11]2695/2703)

大君の 遠の朝廷ぞ み雪降る 越と名に追へる 天離る 鄙にしあれば 山高み 川とほしろし 野を広み 草こそ茂き 鮎走る 夏の盛りと 島つ鳥 鵜養がともは 行く川の 清き瀬ごとに 篝さし なづさひ上る 露霜の 秋に至れば 野も多に 鳥すだけりと ますらをの 友誘ひて 鷹はしも あまたあれども 矢形尾の 我が大黒に [大黒といふは蒼鷹の名なり] 白塗の 鈴取り付けて 朝猟に 五百つ鳥立て 夕猟に 千鳥踏み立て 追ふ毎に 許すことなく 手放れも をちもかやすき これをおきて またはありがたし さ慣らへる 鷹はなけむと 心には 思ひほこりて 笑まひつつ 渡る間に 狂れたる 醜つ翁の 言だにも 我れには告げず との曇り 雨の降る日を 鳥猟すと 名のみを告りて 三島野を そがひに見つつ 二上の 山飛び越えて 雲隠り 翔り去にきと 帰り来て しはぶれ告ぐれ 招くよしの そこになければ 言ふすべの たどきを知らに 心には 火さへ燃えつつ 思ひ恋ひ 息づきあまり けだしくも 逢ふことありやと あしひきの をてもこのもに 鳥網張り 守部を据ゑて ちはやぶる 神の社に 照る鏡 倭文に取り添へ 祈ひ祷みて 我が待つ時に 娘子らが 夢に告ぐらく 汝が恋ふる その秀つ鷹は 麻都太江の 浜行き暮らし つなし捕る 氷見の江過ぎて 多祜の島 飛びた廻り 葦鴨の すだく古江に 一昨日も 昨日もありつ 近くあらば いま二日だみ 遠くあらば 七日のをちは 過ぎめやも 来なむ我が背子 ねもころに な恋ひそよとぞ いまに告げつる (大伴家持 [万葉集17]4011/4035)

この全ての例で「燃えつつ」が「ぼんやりと」と解することができる。「(恋人の笑う姿が )心の中にボンヤリと残っている (大伴家持 [万葉集4]718/721)」、「(亡くなった弟には、かげろうのように)ボンヤリとした気持ちで、ため息を何度も吐いて別れたのだった (田辺福麻呂歌集 [万葉集9]1804/1808)」、「(恋人に逢うツテがなく)ボンヤリとしている (作者不詳 [万葉集11]2695/2703)」、「(大切にしていた鷹を逃がしたと告げられ、何も言うことができず)心がボンヤリとしてしまい (大伴家持 [万葉集17]4011/4035)」。

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

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