« 久方の天しらしぬる君ゆゑに日月をしらず恋ひわたるかも | トップページ | ひさかたのひかりのどけき云々の歌は、しづ心なく花のちるかな。何とてしづ心なく花のちるらんといふ意なり。次々の歌もみな此格に同じ。いづれも△のしるしを附けたる所に。何とてといふ言を加へて心得べし。さて此らんをかなに通ふと云ふことは。右の古今の歌のらんを顕昭が本には花と見ゆるかと有。此のかはかなの意也。又新古今九、貫之
  見てだにもあかぬ心を玉ぼこの道のおくまで人のゆくらん
 此歌も同じ格なるを。古今六帖には下句を「みちのく迄も人のゆくかな」とあり。これらにてさとるべし。 »

久堅のあめにしをるる君ゆゑに月日もしらで恋ひわたるらん

作者:柿本人麻呂 出典:[新古今和歌集8]849
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.396

丸谷才一の説明:この歌の元の歌は 「久方の天しらしぬる君ゆゑに日月をしらず恋ひわたるかも ([万葉集2]200)」である。つまり、『新古今集』は「かも」を「らん」に変えたか、あるいは、そう云う伝承が以前からあったことになる。とすると、『新古今』の歌人たちにとっては、「かも」も「らむ」も非常に近いものだったと言える。

詞書「ならの帝ををさめたてまつりけるを見て

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

|
|

« 久方の天しらしぬる君ゆゑに日月をしらず恋ひわたるかも | トップページ | ひさかたのひかりのどけき云々の歌は、しづ心なく花のちるかな。何とてしづ心なく花のちるらんといふ意なり。次々の歌もみな此格に同じ。いづれも△のしるしを附けたる所に。何とてといふ言を加へて心得べし。さて此らんをかなに通ふと云ふことは。右の古今の歌のらんを顕昭が本には花と見ゆるかと有。此のかはかなの意也。又新古今九、貫之
  見てだにもあかぬ心を玉ぼこの道のおくまで人のゆくらん
 此歌も同じ格なるを。古今六帖には下句を「みちのく迄も人のゆくかな」とあり。これらにてさとるべし。 »

『日本語で一番大事なもの』」カテゴリの記事

日本語/和文」カテゴリの記事

詩/文藝」カテゴリの記事

読み物・書き物・刷り物」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/40172/40530687

この記事へのトラックバック一覧です: 久堅のあめにしをるる君ゆゑに月日もしらで恋ひわたるらん:

« 久方の天しらしぬる君ゆゑに日月をしらず恋ひわたるかも | トップページ | ひさかたのひかりのどけき云々の歌は、しづ心なく花のちるかな。何とてしづ心なく花のちるらんといふ意なり。次々の歌もみな此格に同じ。いづれも△のしるしを附けたる所に。何とてといふ言を加へて心得べし。さて此らんをかなに通ふと云ふことは。右の古今の歌のらんを顕昭が本には花と見ゆるかと有。此のかはかなの意也。又新古今九、貫之
  見てだにもあかぬ心を玉ぼこの道のおくまで人のゆくらん
 此歌も同じ格なるを。古今六帖には下句を「みちのく迄も人のゆくかな」とあり。これらにてさとるべし。 »