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紀伊の関守い留めてむかも

作者:笠金村 出典:[万葉集4]545/548
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.313, p.315

主格にあたる使い方の「い」。

大野晋は「私が逃げていったら紀伊の関守が留めるだろうかしら」と説明しているが、「我が背子が跡踏み求め追ひ行かば紀伊の関守い留めてむかも (笠金村 [万葉集4]545/548)」だから、「夫の跡を私が追いかけたとしても紀伊の関守が留めてしまうでしょうかしら」だろう。因みに、この短歌は、次の長歌への返歌だが、その長歌の内容からも、妻が夫を跡を追いたいと願っているものの「道守」の事を考えて断念していることが判る:
大君の 行幸のまにま もののふの 八十伴の男と 出で行きし 愛し夫は 天飛ぶや 軽の路より 玉たすき 畝傍を見つつ あさもよし 紀伊路に入り立ち 真土山 越ゆらむ君は 黄葉の 散り飛ぶ見つつ にきびにし 我れは思はず 草枕 旅をよろしと 思ひつつ 君はあるらむと あそそには かつは知れども しかすがに 黙もえあらねば 我が背子が 行きのまにまに 追はむとは 千たび思へど たわや女の 我が身にしあれば 道守の 問はむ答へを 言ひやらむ すべを知らにと 立ちてつまづく (笠金村 [万葉集4]543/546)」

更に因みに、この長歌へのもう一つの反歌は:
後れ居て恋ひつつあらずは紀の国の妹背の山にあらましものを (笠金村 [万葉集4]544/547)」。
これは「ずは」の用例にも、「ものを」の用例にもなっているが、実は「かくばかり恋ひつつあらずは高山の磐根し枕きて死なましものを (磐姫皇后(磐之媛命, 磐姫, 仁徳天皇妃) [万葉集2]86)」と同じ構造である。

この主格を示す「い」が、「もの」や「人間」を表わす「あるいは」や「此を持つ伊は称を致し、捨る伊は謗を招きつ ((菅野真道 et al [続日本紀30]宣命45))」の「い」と、起源的に同じものか、別なものかは意見が分かれている。と云うのが p.315 あたりでの議論。しかし、p.317 で「い」の起源は「これ」と云う指示詞だったと結論されている。

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

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