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薩摩守馬よりおり、みづからたからかにの給ひけるは、「別の子細候はず。三位殿に申すべき事あ(ッ)て、忠度がかへりまい(ッ)て候」

作者:未確認又は該当情報なし 出典:[(覚一本)平家物語7]「忠教都落(ただのりみやこおち)」
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.424

「が」は連体形「候」に係っている。「ぞ」と同じ機能を果たしている。「が」が係助詞として働いている注目すべき例。(岩波文庫『平家物語三』p.94)

ちなみに、この文は、丸谷才一の『新々百人一首』(新潮文庫『新々百人一首(上)』p.129-p.179) の「平忠度」の項において、前後を含めてかなり長く引用されている(該当する歌は「ささなみや志賀の都は荒れにしを昔ながらの山桜かな (読人しらず [千載和歌集1]66) 」。さてさて、平家物語の記述に従えば、この歌を千載和歌集に入れたのは三位藤原俊成だった訣だが、その際、彼の念頭に「ささなみの志賀の大わだよどむとも昔の人にまたも逢はめやも (柿本人麻呂 [万葉集1]31)」が去来しただろうか。当然したでしょうね。...何故、こうした愚にもつかぬことを書いたのかと云うと、「読人しらず」と「千載和歌集成立の謎」に就いての優れたエッセーである、『新々百人一首:平忠度』では、わざとしたかのように「ささなみの志賀の大わだよどむとも...への言及が抜けているからだ。

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

参考
[平家物語7]「忠教都落」
薩摩守忠教は、いづくよりやかへられたりけん、侍五騎、童一人、わが身ともに七騎取ッて返し、五条の三位俊成卿の宿所におはして見給へば、門戸をとぢて開かず。「忠教」と名のり給へば、「おちうと帰りきたり」とて、その内さはぎあへり。薩摩守馬よりおり、みづからたからかにの給けるは、「別の子細候はず。三位殿に申べき事あッて、忠教がかへりまゐッて候。門をひらかれずとも、此きはまで立よらせ給へ」との給へば、俊成卿、「さる事あるらん。其人ならばくるしかるまじ。入れ申せ」とて、門をあけて対面あり。事の体、何となふ哀也。薩摩守の給ひけるは、「年来申承ッて後、おろかならぬ御事に思ひまいらせ候へ共、この二三年は、京都のさはぎ、国々のみだれ、併当家の身の上の事に候間、粗略を存ぜずといへども、つねに参りよる事も候はず。君既に都を出させ給ひぬ。一門の運命はや尽き候ひぬ。撰集のあるべき由承候しかば、生涯の面目に、一首なり共、御恩をかうぶらうど存じて候しに、やがて世のみだれ出できて、其沙汰なく候条、たゞ一身の歎と存る候。世しづまり候なば、勅撰の御沙汰候はんずらむ。是に候巻物のうちに、さりぬべきもの候はば、一首なりとも御恩を蒙ッて、草の陰にてもうれしと存候はば、遠き御まもりでこそ候はんずれ」とて、日比読おかれたる歌共のなかに、秀歌とおぼしきを百余首書あつめられたる巻物を、今はとてうッたゝれける時、是をとッてもたれたりしが、鎧のひきあはせより取出でて俊成卿に奉る。三位是をあけて見て、「かゝるわすれがたみを給おき候ぬる上は、ゆめゆめ粗略を存ずまじう候。御疑あるべからず。さても唯今の御わたりこそ、情もすぐれてふかう、哀もこと思ひしられて、感涙おさへがたう候へ」との給へば、薩摩守悦ンで、「今は西海の浪の底にしづまば沈め、山野にかばねをさらさばさらせ、浮世に思ひおく事候はず。さらばいとま申て」とて、馬にうちのり、甲の緒をしめ、西をさいてぞあゆませ給ふ。三位うしろを遥に見おくッて、たゝれたれば、忠教の声とおぼしくて、「前途程遠し、思を鴈山の夕の雲に馳」と、たからかに口ずさみ給へば、俊成卿、いとゞ名残をしうおぼえて、涙をおさへてぞ入給ふ。
其後、世しづまッて、千載集を撰ぜられけるに、忠教のありしあり様、言ひおきしことの葉、今更思ひ出でて哀也ければ、彼巻物のうちにさりぬべき歌いくらもありけれ共、勅勘の人なれば、名字をばあらはされず、故郷花といふ題にてよまれたりける歌一首ぞ、「読人知らず」と入られける。
  さゞなみや志賀の都はあれにしをむかしながらの山ざくらかな
其身、朝敵となりにし上は、子細に及ばずと言ひながら、うらめしかりし事ども也。
(岩波文庫『平家物語三』p.94, p.96, p.98)

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