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すずむしの声すなり

作者:不詳 出典:出典不詳
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.244

「すずむしの声すなり」は大野晋の発言中の引用。出典は確認できなかった。或いは「秋の野に人松虫の声すなり我かと行きていざ訪はむ (読人しらず [古今和歌集4]202)」か? 平安時代、「鈴虫」と「松虫」の呼称が、後世と逆転していたと云う説(屋代弘賢『古今要覧稿』)がある。「松虫」とされているものが実は「鈴虫」だったと云う知識があると逆に混同しやすくなるだろう。

『源氏』から関連するかもしれない部分を引用しておく。『源氏』に「鈴虫」の巻があるのは周知のところ。
『源氏物語』[鈴蟲]:
「『秋の蟲の聲、いづれとなき中に、松蟲なむ勝(すぐ)れたる』とて、 中宮の、はるけき野べをわけて、いとわざと尋ね取りつゝ、はなせ給へる、 しるく鳴き伝ふるこそ、少なかなれ。 名にはたがひて、命の程、はかなき蟲にぞあるべき。心にまかせて、人聞かぬ、奥山、はるけき野の松原に、聲惜しまぬも、いと、隔て心ある蟲になむありける。鈴蟲は、心やすく、今めいたるこそらうたけれ」など、のたまへば、宮
 「おほかたの秋をば憂しと知りにしをふり捨てがたき鈴蟲の聲」
と、しのびやかにのたまふ、いとなまめいて、あてにおほどかなり。
(岩波文庫『源氏物語(四)』[鈴蟲]p.191)

これは、女三宮の歌だが、『源氏』には、六条御息所が詠んだ「松蟲」を材とする和歌もある。
『源氏物語』[賢木]:
風、いと、冷やかに吹きて、 松蟲の鳴きからしたる聲も、折知り顔なるを、さして、思ふことなきだに、聞き過ぐしがたげなるに、まして、わりなき御心惑ひどもに、なかなか、事もゆかぬにや。
 おほかたの秋のあはれも悲しきに鳴く音なそへそ野邊の松蟲
くやしき事多かれど、かひなければ、明け行く空も、はしたなうて、出でたまふ。 道の程、いと露けし。
(岩波文庫『源氏物語(一)』[賢木]p.361。「なかなか」の後半の「なか」は繰り返し記号「大返し(くの字点)」。)
 [ゑ]贅言:最後の「道の程、いと露けし」が好いなぁ。

六条御息所の歌(ヴァリアントあり)は『今物語』でも取り上げられいる。
『今物語』1:[弁の姿]:
 大納言なりける人、内へまゐりて、女房あまた物語しける所にやすらひければ、この人の扇を手ごとに取りて見けるに、弁の姿したりける人をかきたりけるを見て、此女房ども、「鳴く音なそへそ野辺の松虫」と、口々にひとりごちあへるを、この人聞きて、をかしと思ひたるに、奥のかたよりただ今人の来たるなめりとおぼゆるに、「これはいかに。鳴く音なそへそとおぼゆるは」と、したり顔に言ふ音のするを、この今きたる人、しばしためらひて、いと人にくく、優なる気色にて、「源氏の下襲の尻は短かるべきかは」とばかり、しのびやかに答ふるを、この男あはれに心にくくおぼえて、「ぬしゆかしきものかな。誰ならむ」とうちつけに浮きたちけり。
 堪ふべくもおぼえざりければ、後に、えさらぬ人に尋ねければ、「近衛院の御母。ひがこと。かうのとのの御局」とささやきければ、いでや、ことわりなるべし、その後はたぐひなき物思ひになりにけり。
  おほかたの秋の別れもかなしきに音な鳴きそへそ野辺の松虫
-- 講談社学術文庫『今物語』p.15

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

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