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春の雨にありけるものをたちかくれ妹が家道にこの日くらしつ

作者:不詳 出典:[万葉集10]1877/1881
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.351

「ものを」の用例。大野晋の説明によれば、この歌は「(帰ろうと思えば帰れる)春の雨でしかないのに、それを口実にして恋人の家に入り浸って自分の家に帰らなかった」と云うことで、「本当は帰らねばならないのに」と云う気分が「ものを」に出ているなのだそうだが...
うーん。しかし「妹が家路」だから、「恋人の家」ではなくて「恋人の家へと続く道」だろう。大野晋の解釈は成り立たないと思う。「春の雨にありけるものを」の「を」には、「春雨だから濡れても行けるのに」と云う気分であるのは大野晋の言う通りだろうが、「本当は恋人の家から帰らねばならないのに」ではなくて「本当は恋人の家に行かねばならないのに」と理解すべきなのだ。だから、解としては「『春の雨』だったのに、つい雨宿りをしていたら、恋人の家に行く途中で日が暮れてしまったよ」になる。
まぁ、男のために想像してやるなら、雨宿りをしていて、「これなら、そのうち止むだろうから、止んでから出て行こう」と云う (ただし、「春雨じゃ、濡れて行こう」と言える程度の) 小雨が夕暮れまで降り続けたのだろう。夕方になって、なんだ「春雨」 だったではないか、「小雨決行」すべきだったと気付いたのだが、「後悔先に立たず」と云うことだろう。

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

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