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山里は冬ぞさびしさまさりけるひとめも草もかれぬと思へば

作者:源宗于(みなもとのむねゆき) 出典:[百人一首]28/[古今和歌集6]315
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.421

「ぞ」による係結びの例。「ぞ」で「冬ぞさびしさまさりける」と云う倒置が起こっているが、歌全体でも、初三句と下二句とが倒置されている。
『日本語で一番大切なもの』では解は与えられていない。そこで一応私なりのものを付けておくが、その際注意したいのは、「ひとめ」は、通常「人目」、つまり「人の訪問」と説明されているが、そればかりではなく、「め」が「芽」に掛けてあるだろうことだ。「『山里』と云うものは、冬に寂しさが一層増すことが分りました。人の訪問も絶え、木の芽も草も見当たらなくなったり枯れてしまうことを考えますと。」

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

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