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御足跡作る 石の響きは 天に到り 地さへ揺すれ 父母がために 諸人のために

作者:文室智努(ふんやのちぬ) 出典:仏足石歌
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.287

「父母」は内扱いする「が」で承け、「諸人」は外扱いする「の」で承けている。「御足跡」の訓は「みあと」。

この歌は、所謂薬師寺仏足石歌碑に刻まれた21首の第1番。ちなみに、薬師寺仏足石と薬師寺仏足石歌碑とは異なる。仏足石は、仏足が刻まれた上面が平坦なるも、やや不規則な形の白っぽい岩塊 (角礫岩だと云う)。仏足石歌碑は、黒っぽい色をした粘板岩からなる典型的な板碑。

この機会に、「仏足石歌」に就いて纏めておく。まず、薬師寺仏足石歌碑に刻まれているものだが、ネット上を検索しても、その第1番歌はともかく、それ以外はなかなか見当たらない。ようやく、探し当てたのが、次の3つのウェブページだった。

  1. 石造文化財の旅「薬師寺仏足石・仏足跡歌碑」
  2. 文室眞人智努の生涯 -天平一知識人の憂愁-
  3. 佛足石歌碑歌の位相-「ますらを」「もろもろ」の語を手がかりに-
しかし、この全てを併せても、全21首をカヴァーすることはできなかった。

ちなみに言う、[奈良薬師寺 公式サイト] には仏足石歌碑への言及はあっても、それに刻まれた仏足石歌の紹介は1字も見当たらない。おそらく、平成の薬師寺には、仏足石歌を衆生に施さなくても自らの極楽往生が極まった高僧ばかりが揃っているのであろう。

結局、現状では薬師寺仏足石歌の全容を窺えるのは折口信夫の『万葉集辭典』「ぶつそくせきのうた」の項 (中公文庫『折口信夫全集』第6巻 p.291-p.292) のみであるようだ。以下、若干表現を整えて再録する。なお、以下何度か登場する「足跡」の読みは「あと」である。:

御足跡作る 石の響きは 天に到り 地さへ揺すれ 父母がために 諸人のために (薬師寺仏足石歌碑1番歌)
三十あまり 二つの相 八十くさと 備れる人の 踏みし足跡どころ まれにもあるかも (薬師寺仏足石歌碑2番歌) 「三十」の読みは「みそぢ」、「相」の読みは「かたち」、「備れる」の読みは「そだれる」。
よき人の まさめに見けむ 御足跡すらを 我はえ見ずて いはにゑりつく 玉にゑりつく (薬師寺仏足石歌碑3番歌)
この御足跡 やよろづ光を 放ち出だし もろもろすくひ わたし給はな すくひ給はな (薬師寺仏足石歌碑4番歌)
いかなるや 人にいませか いはの上を土と 踏みなし あと遺るらむ 貴くもあるか (薬師寺仏足石歌碑5番歌) 「遺る」の読みは「のける」。
ますらをの 進み先立ち 踏める足跡を 見つつ慕はむ ただに逢ふまでに まさに逢ふまでに (薬師寺仏足石歌碑6番歌)
ますらをの 踏み置ける足跡は 石の上に 今も残れり 見つつしのへと 長くしのへと (薬師寺仏足石歌碑7番歌)
この御足跡を たづね求めて よき人の ゐます国には われもまゐてむ もろもろをゐて (薬師寺仏足石歌碑8番歌)
釋迦の御足跡 いはにうつしおき うやまひて 後の仏に ゆづりまつらむ ささぎまうさむ (薬師寺仏足石歌碑9番歌)
これの世は うつり去るとも とことはに さ残り坐せ 後の世のため 又の世のため (薬師寺仏足石歌碑10番歌)
ますらをの おあ...(以下欠落) (薬師寺仏足石歌碑11番歌)
さきはひの あつきともがら 参到りて まさめに見けむ 人の羨しも うれしくもあるか (薬師寺仏足石歌碑12番歌) 「羨し」の読みは「ともし」。
をぢなきや 我に劣れる 人を多み わたさむためと うつし奉れり 仕へ奉れり (薬師寺仏足石歌碑13番歌)
釋迦の御足跡 いはに写しおき 行きめぐり 敬ひまつり わが世は終へむ この世は終へむ (薬師寺仏足石歌碑14番歌)
くすり師は 常のもあれど まらひとの 今のくすり師 尊かりけり めぐしかりけり (薬師寺仏足石歌碑15番歌)
この御足跡 まはりまつれば 足跡ぬしの たまの裝ひ おもほゆるかも 見る如もあるか (薬師寺仏足石歌碑16番歌)
大御足跡を 見に来る人の いにしかた 千代の罪さへ 滅ぶとぞ言ふ 除くとぞ聞く (薬師寺仏足石歌碑17番歌)
人の身は 得難くあれば 法の為の よすかとなれり つとめもろもろ すすめもろもろ (薬師寺仏足石歌碑18番歌) 「為」の読みは「た」。
四つの蛇(へみ) 五つのものの あつまれる 穢き身をば 厭ひすつべし 離れ棄つべし (薬師寺仏足石歌碑19番歌) 「蛇」の読みは「へみ」。
いかづちの 光の如き これの身は しにのとほきみ つねにたぐへり おづべからずや (薬師寺仏足石歌碑20番歌)
(上句欠落)ひたる 人の為に くすり師求む よき人もとむ 醒さむがために (薬師寺仏足石歌碑21番歌) 「為」の読みは「た」。

『万葉集』にも「仏足石歌」が収められいてる:
弥彦 神の麓に 今日らもか 鹿の伏すらむ 皮衣着て 角つきながら (作者不詳 [万葉集16]3884/3906)

これは「弥彦おのれ神さび青雲のたなびく日すら小雨そほ降る [一云 あなに神さび] (作者不詳 [万葉集16]3883/3905)」と対をなしている訣だが、この「あなに神さび」を、第6句と見做すと、こちらの方も仏足石歌ということになる。

このほか、仏足石歌としては、しばしば『古事記』と『播磨国風土記』に一首ずつあると説明されているのが普通であるが、具体的に引用されているものは、少なくともネット上では見つからなかった。皆さんが、実地に当たらないまま、子引き、孫引き、曽孫引きしている訣のものでもないのだろうが、如何せん、見当たらないものは仕方がない。

実際に探してみたところでは『古事記』所収の仏足石歌とは、次の歌を指しているのではないかと思われる:

[古事記]「下巻/清寧記」
大君の みこの柴垣 八節結り 結り廻し 切れむ柴垣 焼けむ柴垣 (志毘臣 [古事記]歌謡109) 岩波文庫『古事記』p.197-p.198。 「八節結り」の読みは「やふじまり」、「結り廻し」の読みは「しまりもとほし」。

では『播磨国風土記』はどうかと云うと、これが見当たらないのだな。「歌謡」は、どうやら次の3首 (ただし「逸文」中に1首ある。下記参照) だけのようだが、そのどれも所謂「仏足石歌体」ではない。

うつくしき 小目の小竹葉に 霰ふり 霜降るとも な枯れそね 小目の小竹葉 岩波日本古典文學大系『風土記』p.345。「小目の小竹葉」の訓は「をめのささば」
たらちし 吉備の鐵の 狹??持ち 田打つ如す 手拍て子等 吾は儛ひせむ (岩波日本古典文學大系『風土記』p.351)「??」は「鍬」の異体字。unicode 936b。「鐵」の訓は「まがね」。「如す」の読み「なす」。「手拍て」の読みは「てうて」。
淡海は 水渟る國 倭は 青垣 青垣の 山投に坐しし 市邊の天皇が 御足末 奴僕らま (岩波日本古典文學大系『風土記』p.351)「山投に坐しし」の読みは「やまとにましし」、「御足末」の読みは「みあなすゑ」。

また、『播磨国風土記』逸文 (卜部兼方 [釋日本紀8]) には、次の歌が見られる:
住吉の 大倉向きて 飛ばばこそ 速鳥と云はめ 何か速鳥 (岩波日本古典文學大系『風土記』p.484)「住吉」の読みは「すみのえ」

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

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