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秋ふけぬ鳴けや霜夜のきりぎりすやや影さむしよもぎふの月

作者:後鳥羽院 出典:[新古今和歌集5]517
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.83

「鳴けや」の「や」は命令。「や」に相手に働きかける意味合いがあることから出てきている。「よもぎふ (蓬生)」はヨモギが生い茂っている (ような) 荒れたところ。なお、「きりぎりす」は現代のコウロギに相当すると言われいてる。

参考(『新古今和歌集』における、この歌の後続の歌2首):
きりぎりす鳴くや霜夜のさむしろに衣かたしきひとりかも寝む (後京極摂政前太政大臣/藤原良経 [百人一首]91/[新古今和歌集5]518)」
寝覺する長月の夜の床さむみ今朝吹く風に霜や置くらん 徳大寺公継[新古今和歌集5]519

按ずるに、この歌は、九月尽が近付き、月も虧けていき、虫の「すだき」も弱まるなかで、月の光 (月影) は致し方なし、せめて虫だけでも精一杯鳴いてほしいと励ましているのだろう。「秋も深まり、霜が降りるような夜だが、鳴けよコウロギ。蓬の生い茂った荒れ野で見る月の光は一段と寒寒しくなってきているのだ。」

ちなみに、「よもぎふの月」と言っても「配所の月」とは限らない。後鳥羽院とは時代も身分もやや異なるが、次のような例がある:
参考 (吉田兼好 [徒然草]第32段):
九月二十日の頃、ある人にさそはれたてまつりて、明くるまで月見ありく事侍りしに、おぼし出づる所ありて、案内せさせて入り給ひぬ。荒れたる庭の露しげきに、わざとならぬ匂ひ、しめやかにうち薫りて、しのびたるけはひ、いとものあはれなり。
よきほどにて出で給ひぬれど、なほ事ざまの優に覺えて、物のかくれよりしばし見ゐたるに、妻戸を今すこしおしあけて、月見るけしきなり。やがてかけこもらましかば、くちをしからまし。跡まで見る人ありとはいかでか知らん。かやうの事は、たゞ朝夕の心づかひによるべし。その人ほどなく失せにけりと聞き侍りし。
(岩波文庫『徒然草』p.37)

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

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