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いつしかと萩の葉向けのかたよりにそそや秋とぞ風も聞ゆる

作者:崇徳院 出典:[新古今和歌集4]286
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.111

大野晋の説明:「ぞ」には「...だ」という意味はなくなり、ただの強めに入ってきて、「秋とぞ風も聞ゆる」という、連体形と呼応して一つのまとまった表現になっている。
丸谷才一の説明:「ぞ」の本来の用法からいうと、随分崩れている。崩れることによって、『新古今』的な、微妙で曖昧な美をうまくかもし出している。

「ビミョー」な感じにしかならないのだが、強いて私 ([ゑ]) なりに解を付けるとすると「いつの間にかのこと、萩の葉が皆同じ方を向いていて、そよそよ吹く風の音からも秋なのだと知られることであるよ」。

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

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