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唐人が玄房といふ名をわら(ッ)て、「……」と相したりけるとかや。

作者:未確認又は該当情報なし 出典:[(覚一本)平家物語7]「還亡(げんぼう)」
中公文庫版『日本語で一番大切なもの』p.423

鎌倉時代の終わり頃には「ぞ」が「が」で置き換えられるようになってきていたが、この例の場合は、更に「が」は連体形「ける」に係っていて、「ぞ」と同じ機能を果たしている。つまり「が」が係助詞として働いている注目すべき例。
岩波文庫『平家物語三』p.56「唐人が、玄房といふ名をわらッて、『玄房とはかへッてほろぶといふ音あり。いか様にも、帰朝の後、事にあふべき人なり』と相したりけるとかや。

本記事は、極めて長文である [nouse: 大野晋・丸谷才一『日本語で一番大切なもの』引用文索引] (2008年3月1日[土]) から同一引用文に係る項目を分離独立させたもので、内容に実質的な変化はない。

補足 ([平家物語7]「還亡」):
彼僧正は、吉備大臣入唐の時、あひともなッて法相宗わたしたりし人也。唐人が、玄房といふ名をわらッて、「玄房とはかへッてほろぶといふ音あり。いか様にも、帰朝の後、事にあふべき人なり」と相したりけるとかや。同天平十九年六月十八日、しやれかうべに玄房といふ銘をかいて、興福寺の庭に落し、虚空に、人ならば千人ばかりが声で、どッとわらふ事ありけり。興福寺は、法相宗の寺たるによッて也。彼僧正の弟子共、是をとッてつかつき、其首をおさめて、頭墓と名付て今にあり。是則広嗣が霊のいたすところなり。是によッて彼亡霊を崇られて、今、松浦の鏡の宮と号す。(岩波文庫『平家物語三』p.56)

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